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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  C07D
管理番号 1301847
審判番号 無効2014-800025  
総通号数 188 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2015-08-28 
種別 無効の審決 
審判請求日 2014-02-18 
確定日 2015-06-11 
事件の表示 上記当事者間の特許第4562229号発明「光学活性ピペリジン誘導体の酸付加塩及びその製法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
本件は,「宇部興産株式会社」,「田辺三菱製薬株式会社(名義変更後)」を出願人(以下「被請求人」という。)とし,平成9年12月19日(国内優先権主張 平成8年12月26日)に特許出願された特願平9-350784号の一部を,平成12年2月10日に,名称を「光学活性ピペリジン誘導体の酸付加塩及びその製法」とする発明について,新たに出願(特願2000-32961号)がされたものであって,平成22年8月6日に,特許第4562229号として設定登録がなされた(請求項の数3。以下,その特許を「本件特許」といい,その明細書を「本件特許明細書」という。)。

本件特許について,シオノケミカル株式会社(以下「請求人」という。)から,本件無効審判の請求がなされた。その手続の経緯は以下のとおりである。

平成26年 2月18日 審判請求書・甲第1?30号証提出(請求人)
同年 5月26日 答弁書・乙第1?17号証提出(被請求人)
同年 7月10日 審理事項通知書
同日 上申書・甲第31,32号証提出(請求人)
同年 8月27日 口頭審理陳述要領書・甲第33?50号証及び
弁駁書と称する参考資料提出(請求人)
同日 口頭審理陳述要領書・乙第18?23号証提出
(被請求人)
同年 9月10日 口頭審理陳述要領書・甲第51,52号証提出
(請求人)
同日 口頭審理
同年10月31日 上申書・甲第53?55号証提出(請求人)
同日 上申書・乙第24?32号証提出(被請求人)
同年11月28日 上申書・甲第56?60号証提出(請求人)
同日 上申書(被請求人)
同年12月26日 上申書・乙第33,34号証提出(被請求人)
平成27年 4月15日 審理終結通知

第2 本件発明
本件特許の請求項1?3に係る発明(以下「本件発明1」?「本件特許3」といい,合わせて「本件発明」という。)は,本件特許請求の範囲の請求項1?3に記載された事項によって特定される以下のとおりのものと認める。
「【請求項1】
実質的に(R)体を含有しない、(S)-4-〔4-〔(4-クロロフェニル)(2-ピリジル)メトキシ〕ピペリジノ〕ブタン酸・ベンゼンスルホン酸塩を有効成分としてなる、医薬組成物。
【請求項2】
実質的に(R)体を含有しない、(S)-4-〔4-〔(4-クロロフェニル)(2-ピリジル)メトキシ〕ピペリジノ〕ブタン酸・ベンゼンスルホン酸塩の結晶を有効成分としてなる、請求項1記載の医薬組成物。
【請求項3】
抗ヒスタミン剤または抗アレルギー剤である、請求項1または2に記載の医薬組成物。」

第3 請求の趣旨並びにその主張の概要及び請求人が提出した証拠方法
1 審判請求書,口頭審理陳述要領書,上申書に記載した無効理由の概要
請求人が主張する請求の趣旨は,
「特許第4562229号の請求項1ないし3に係る発明についての特許を無効にする。審判請求費用は被請求人の負担とする。との審決を求める。」であると認める(審判請求書第2頁「請求の趣旨」,第1回口頭審理調書「請求人 1」参照)。
そして,請求人が主張する無効理由の概要は,以下のとおりである(審判請求書「7.(1),(2),(4)(4.3)?(4.5)」,第1回口頭審理調書「請求人 2,3」参照)。

本件発明1?3は,本件出願(優先日)前に頒布された甲第1号証に記載された発明(主引用発明)及び甲第2号証に記載された発明に基いて本件出願(優先日)前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により,特許を受けることができない。
よって,本件の請求項1?3に係る発明の特許が特許法第29条の規定に違反してされたものであるから,同法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきものである。

2 請求人の提出した証拠方法
請求人の提出した証拠方法は,以下のとおりである。

(1)審判請求書で提出した証拠方法
甲第1号証 特開平4-182467号公報
甲第2号証 特開平2-25465号公報
甲第2号証の1 昭和63年特許願第175142号についての特許法第
17条の2の規定による補正の掲載, 平成4年2月6日
甲第3号証 日本化学会編, 季刊化学総説 光学異性体の分離,
No.6, 第2,9,16,134,212?213
頁, 1989年10月10日
甲第4号証 加藤隆一, 月間薬事, 第29巻, 第10号,
第23?26頁, 1987年
甲第5号証 富岡清ほか, ファルマシア, 第25巻, 第4号,
第311?316頁, 1989年
甲第5号証の1 寺島孜郎, ファルマシア, 第25巻, 第4号,
第317?321頁, 1989年
甲第6号証 岡本一郎ほか, 日本化学会誌, 第2号,
第133?139頁, 1992年
甲第7号証 牧野成夫, 分離技術, 第25巻, 第5号,
第3?8頁, 1992年
甲第8号証 日本化学会編, 化学便覧 応用化学編 第5版,
第II-567?571頁, 平成7年3月15日,
丸善株式会社
甲第9号証 日本化学会編, 分離精製技術ハンドブック,
第472?484頁, 平成5年3月25日,
丸善株式会社
甲第10号証 岡本佳男, 高分子, 第49巻, 5月号,
第316?317頁, 2000年
甲第11号証の1 甲南大学教授 宮澤敏文, 確認書,
平成24年8月23日
甲第11号証の2 光学分割用カラム取扱説明書, CHIRALPAK ○R(審決注:丸文字にR)AD, ダイセル化学工業
甲第11号証の3 分析チャート, 平成7年9月13日
甲第12号証 久保田和彦ほか編, 基礎薬理学実験,
第176?181頁, 1987年5月10日,
株式会社南江堂
甲第13号証 佐久間昭, 薬効評価-計画と解析I, 第4?9頁,
1977年6月10日, 財団法人東京大学出版会
甲第14号証 稲葉稔編, チャート基礎医薬シリーズ 薬理学,
第6?9頁, 1992年5月27日,
株式会社医学評論社
甲第15号証 本田浩子ほか, 薬理と治療, 第25巻, 第4号,
第9?18頁, 1997年4月20日
甲第15号証の1 成田寛ほか, 薬理と治療, 第25巻, 第4号,
第37?54頁, 1997年4月20日
甲第16号証 国立医薬品食品衛生研究所長, 衛研発第2382号
審査報告書, 平成12年4月24日
甲第17号証 タリオン錠5、タリオン錠10(ベシル酸ベポタスチン)
に関する資料, 第181,182,188頁,
宇部興産株式会社ほか
甲第18号証 社本一夫, 物質特許・多項性-その理論と運用-,
第68?71頁, 昭和51年2月27日,
株式会社化学工業日報社
甲第19号証 特公平3-7668号公報
甲第20号証 特開平5-306294号公報
甲第21号証 鈴木郁生編, 医薬品の開発 第20巻 医薬品の安全性
・毒性試験, 第21?33頁,
平成2年11月25日, 株式会社廣川書店
甲第22号証 医薬品非臨床試験研究会監修, 医薬品非臨床試験ガイド
ライン解説2002, 第11?15頁,
2002年7月30日, 株式会社薬事日報社
甲第23号証 遼東化学工業株式会社 今井英治作成, 実験報告書,
平成23年5月27日
甲第24号証 遼東化学工業株式会社 今井英治作成,
実験報告書(2), 平成23年11月22日
甲第25号証 遼東化学工業株式会社 今井英治作成,
実験報告書(3), 平成24年1月18日
甲第26号証 株式会社日本バイオリサーチセンター 安田俊一作成,
抗アレルギー薬のモルモットを用いた摘出回腸に対する作
用 最終報告書, 2014年2月3日
甲第27号証 株式会社日本バイオリサーチセンター 安田俊一作成,
抗アレルギー薬のモルモットを用いたヒスタミン誘発ショ
ック試験 最終報告書, 2014年2月3日
甲第28号証 摂南大学薬学部准教授 中村三孝, 見解書,
2014年2月17日
甲第29号証の1 特願2000-32961号の平成15年1月30日
付け手続補正書
甲第29号証の2 特願2000-32961号の平成18年10月24日
付け拒絶理由通知書
甲第29号証の2の1 特願2000-32961号の平成18年12月
18日付け面接記録
甲第29号証の3 特願2000-32961号の平成19年1月4日付け
手続補正書
甲第29号証の4 特願2000-32961号の平成19年1月4日付け
意見書
甲第29号証の5 特願2000-32961号の平成19年2月27日
付け拒絶査定書
甲第29号証の6 特願2000-32961号の平成19年4月4日付け
審判請求書
甲第29号証の7 特願2000-32961号の平成19年6月27日
付け手続補正書
甲第29号証の8 特願2000-32961号の平成22年7月14日
付け審決書
甲第30号証 特許第4562229号公報

(2)平成26年7月10日付け上申書(以下「請求人第1回上申書」という。)で提出した証拠方法
甲第31号証 北里大学薬学部客員教授 川島紘一郎, 見解書,
2014年6月25日
甲第32号証 東京大学名誉教授 齋藤洋, 鑑定書,
平成26年6月25日

(3)平成26年8月27日付け口頭審理陳述要領書(請求人第1回口頭審理陳述要領書)で提出した証拠方法
甲第33号証 瀬沼勝, 学位論文「数種の光学活性医薬品の工業的製法
に関する研究」, 第1?3頁, 1990年
甲第34号証 Irving W. Wainer, trends in analytical chemistry,
Vol.6, No.5, p.125-134, 1987
甲第35号証 高知大学特任教授 西郷和彦, 見解書,
2014年8月25日
甲第36号証 大阪大学大学院薬学研究科教授 赤井周司, 見解書,
2014年8月11日
甲第37号証 特開平1-221331号公報
甲第38号証 高橋昭ほか訳, 高速液体クロマトグラフィーの実際,
第4?5頁, 株式会社東京化学同人,
1992年3月10日
甲第39号証 仲井由宣ほか編, 製剤学-理論と応用-,
第308?317頁, 株式会社南山堂,
1974年9月20日
甲第40号証 橋田充編, 経口投与製剤の設計と評価,
第69?95頁, 株式会社薬業時報社,
平成7年2月10日
甲第41号証 原三郎ほか, 薬理学入門, 第6?9頁,
株式会社南山堂, 1972年9月10日
甲第42号証 田中潔ほか, 現代の薬理学, 第4?7頁,
金原出版株式会社, 昭和48年10月30日
甲第43号証 石田行雄ほか, 薬物作用の構造・活性相関,
第157?173頁, 株式会社廣川書店,
昭和49年6月10日
甲第44号証 兵庫医療大学薬学部教授 田中明人, 見解書,
2014年8月23日
甲第45号証 Philip L. Gould, International Journal of
Pharmaceutics, Vol.33, p.201-207, 1986
甲第46号証 シオノケミカル株式会社 丹波宏之作成, 実験報告書,
平成26年8月20日
甲第47号証 化学大辞典編集委員会, 化学大事典 第9巻,
第529頁「ラセミ化」の項, 共立出版株式会社,
昭和53年9月10日
甲第48号証 特表平8-500348号公報
甲第49号証 北里大学薬学部客員教授 川島紘一郎, 見解書,
平成26年8月23日
甲第50号証 日本化学会編, 季刊化学総説 光学異性体の分離,
No.6, 第16?29頁, 1989年10月10日

(4)平成26年9月10日付け口頭審理陳述要領書(以下「請求人第2回口頭審理陳述要領書」という。)で提出した証拠方法
甲第51号証 タリオン錠5、タリオン錠10(ベシル酸ベポタスチン)
に関する資料, 第480?481頁,
宇部興産株式会社ほか
甲第52号証 不服2008-17048審決書

(5)平成26年10月31日付け上申書(以下「請求人第2回上申書」という。)で提出した証拠方法
甲第53号証 宮嶋孝一郎編, 医薬品の開発 第15巻 製剤の物理化
学的性質, 第153?154頁,
株式会社廣川書店, 平成元年10月25日
甲第54号証 特願2000-79499号の平成18年8月17日付け
拒絶査定書
甲第55号証 高知大学特任教授 西郷和彦, 見解書,
2014年10月22日

(6)平成26年11月28日付け上申書(以下「請求人第3回上申書」という。)で提出した証拠方法
甲第56号証 ファルマシア, 第26巻, 第4号,
信和化工株式会社による「ULTRON」の広告頁,
平成2年4月1日
甲第57号証 A. Terhechteほか, Journal of Chromatography A,
Vol.694, p.219-225, 1995
甲第58号証 日本分析化学会関東支部編, 高速液体クロマトグラフィ
ーハンドブック, 第272?273頁,
丸善株式会社, 昭和60年11月15日
甲第59号証 東和薬品株式会社 松田啓二作成, 実験報告書,
2014年11月27日
甲第60号証 株式会社バイオリサーチセンター 安田俊一, 確認書,
2014年11月26日

第4 答弁の趣旨並びにその主張の概要及び被請求人が提出した証拠方法
1 審判事件答弁書,口頭審理陳述要領書,上申書に記載した答弁の概要
被請求人が主張する答弁の趣旨は,「本件審判の請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。との審決を求める。」であると認める(審判事件答弁書第3頁「第6 答弁の趣旨」,第1回口頭審理調書「被請求人 1」参照)。
そして,被請求人は請求人が主張する上記無効理由は,審判事件答弁書,口頭審理陳述要領書,平成26年10月31日付けの上申書(以下「被請求人第1回上申書」という。),同年11月28日付けの上申書(以下「被請求人第2回上申書」という。),同年12月26日付けの上申書(以下「被請求人第3回上申書」という。)において,いずれも理由がない旨の主張をしていると認める。

2 被請求人の提出した証拠方法
被請求人の提出した証拠方法は,以下のとおりである。

(1)審判事件答弁書で提出した証拠方法
乙第1号証 高(審決注:「高」の異字体である。)部眞規子,
実務詳説 特許関係訴訟 〔第2版〕,
第336頁?339頁, 平成24年11月27日
乙第2号証 慶應義塾大学薬学部教授 須貝威, 見解書,
2012年11月28日
乙第3号証 牧野成夫ほか, 分離技術, 第26巻, 第6号,
第15?19頁, 1996年
乙第4号証 萩中淳, Pharm. Tech. Japan, 第11巻,
第13号, 第1643?1652頁, 1995年
乙第5号証 萩中淳, Pharm. Tech. Japan, 第11巻,
第11号, 第1311?1318頁, 1995年
乙第6号証 日本分析化学会関東支部編, 高速液体クロマトグラフィ
ーハンドブック 改訂第2版, 第94?103頁,
丸善株式会社, 平成12年3月25日
乙第7号証 宇部興産株式会社 大上雅良ほか作成,
実験報告・陳述書, 2012年11月28日
乙第8号証 大西敦ほか, 有機合成化学協会誌, 第54巻,
第5号, 第344?353頁, 1996年
乙第9号証 宇部興産株式会社 山本康仁ほか作成,
実験報告・陳述書, 2011年11月28日
乙第10号証 波多野博行ほか, 液体クロマトグラフィーとその応用,
第104?107,172?175頁,
株式会社講談社発行, 昭和49年9月10日
乙第11号証 芝哲夫監修, 機器分析の手引き(2),
第26?29頁, 化学同人, 1984年10月1日
乙第12号証 特許庁, 物質特許制度及び多項制に関する運用基準,
昭和50年10月
乙第13号証 長瀬博監訳, 最新 創薬科学 下巻,
第347?349頁, 株式会社テクノミック,
平成11年9月25日
乙第14号証の1 THE MERCK INDEX TENTH EDITION, p.1310-1311
MERCK CO., Inc., 1983
乙第14号証の2 乙第14号証の1の部分訳
乙第15号証の1 国際公開第95/11677号
乙第15号証の2 乙第15号証の1の部分訳
乙第16号証 医薬品インタビューフォーム 日本薬局方
エバスチン錠, 第1?4頁, 2014年3月
乙第17号証 厚生省薬務局新医薬品課長,審査課長,
薬新薬第88号, 単回及び反復投与毒性試験ガイドライ
ンの改正について, 平成5年8月10日

(2)口頭審理陳述要領書で提出した証拠方法
乙第18号証 櫻井敬子ほか, 行政法[第3版],第26頁?27頁,
平成23年7月30日
乙第19号証の1 米国特許第6,130,353号明細書
乙第19号証の2 乙第19号証の1の部分訳
乙第20号証の1 Yun K. Yeほか, Journal of Chromatography A,
Vol.927, p.47-52, 2001
乙第20号証の2 乙第20号証の1の部分訳
乙第21号証 Irving W. Wainer, trends in analytical chemistry,
Vol.6, No.5, p.125-134, 1987
乙第22号証 国際公開第2012/33194号
乙第23号証 厚生省薬務局審査課長, 薬審第877号,
新有効成分含有医薬品のうち原薬の不純物に関するガイド
ラインについて, 平成7年9月25日

(3)被請求人第1回上申書で提出された証拠方法
乙第24号証 タリオン錠5、タリオン錠10(ベシル酸ベポタスチン)
に関する資料, 第107?109頁,
宇部興産株式会社ほか
乙第25号証 特開平11-193260号公報
乙第26号証 化学大辞典編集委員会編, 化学大辞典 第1巻,
第268頁「アミノ酸」の項, 昭和46年2月5日
乙第27号証 日本分析化学会関東支部編, 高速液体クロマトグラフィ
ーハンドブック, 第300?301頁,
丸善株式会社, 昭和60年11月15日
乙第28号証 厚生省薬務局審査課監修, 医薬品製造指針
1995年度版, 第108頁?第114頁,
平成7年9月30日
乙第29号証 田辺三菱製薬株式会社 松原茂樹ほか, 検討報告書,
平成26年10月15日
乙第30号証 製品安全安全データシート トリフルオロ酢酸,
キシダ化学株式会社, 2010年4月26日
乙第31号証 古賀元ほか, 有機化学用語事典, 第36?37頁,
株式会社朝倉書店, 1990年9月20日
乙第32号証 社団法人日本化学会編, 新実験化学講座1
基本操作[I], 第252?261頁,
丸善株式会社, 昭和50年9月20日

(4)被請求人第3回上申書で提出された証拠方法
乙第33号証 小西友七ほか編, ジーニアス英和大辞典,
第2466?2467頁, 株式会社大修館書店,
2001年4月25日
乙第34号証 A. Terhechteほか, Journal of Chromatography A,
Vol.694, p.219-225, 1995

第5 無効理由についての当審の判断
当審は,本件発明1?3に係る特許については,上記無効理由及び証拠によっては無効とすることはできないものと認める。
その理由は,以下のとおりである。

1 甲号証の記載事項
(1)甲第1号証の記載事項
本件特許出願の優先日前に頒布された甲第1号証には,以下の事項が記載されている。
(1a)「一般式(I)で示されるジアリールメトキシピペリジン誘導体及びその塩。

上記式中、Ar^(1)及びAr^(2)はそれぞれハロゲン、ニトロ、低級アルキル、低級アルコキシ又はハロ低級アルキルが置換していてもよいフェニル基、又はピリジル基を表す。
Xは炭素数1?10のアルキレン基又は式

を有する基を表し、nは1?8の整数を表す。
Yは酸素原子又は式-CONH-を有する基を表す。
Zはハロゲン、低級アルキル、低級アルケニル、低級アルコキシ、ヒドロキシ、シアノ、カルボキシル、低級アルコキシカルボニル、アルカノイル、アルカノイルアミノ、メチレンジオキシ、テトラゾリル、式-CONHR^(1)及び式-Q-COOR^(2)より選ばれた少なくとも1つの置換基を有するフェニル基:
(式中、R^(1)は水素原子、低級アルキル基、シクロアルキル基、ベンゼンスルホニル基、テトラゾリル基又は後記式(B)を有する基を表し、Qは低級アルキレン基又は低級アルケニレン基を表し、R^(2)は水素原子又は低級アルキル基を表す)
又は

を有する基を表す。
(式中、R^(3)は水素原子、低級アルキル基、低級アルケニル基、低級アルコシキ基又はヒドロキシ基を表し、R^(4)はカルボキシル基、低級アルコキシカルボニル基、シアノ基、フェニル基、カルバモイル基又はテトラゾリル基を表し、R^(5)は水素原子又は低級アルキル基を表し、R^(6)は水素原子又は低級アルコキシカルボニル基を表す)」(特許請求の範囲)
(1b)「本発明者らは、抗アレルギー薬の開発を目的として、ジアリールメトキシピペリジン誘導体を合成してその薬理試験を行い、後記一般式(I)を有する新規な化合物が抗ヒスタミン作用、抗ロイコトリエン作用などの薬理活性を示し、しかも毒性が低いものであることを見い出し、抗アレルギー薬として有用であることを認めて本発明を完成するに至った。」(第2頁左上欄第15行?右上欄第2行)
(1c)「製法C
Yが式-CONH-基である化合物

」(第15頁右下欄)
(1d)「このようにして製造される一般式(I)を有する化合物は、その分子中の不斉炭素原子に基づく光学異性体又は幾何(シス、トランス)異性体が存在する場合がある。このような場合には、所望により光学分割又は分離された原料化合物(例えば化合物(II)、(III)、(IV)、(V)、(VII)、(VIII)、(X)、(XI)など)を用いて上記の反応を行うことにより、対応する目的化合物(I)の光学異性体又は幾何異性体を得るか、あるいは化合物(I)の光学異性体又は幾何異性体混合物を通常の光学分割法または分離法に従って処理することによって、それぞれの立体異性体を得ることができる。」(第17頁左下欄第17行?右下欄第9行)
(1e)「実施例48
・・・
c) 4-{4-[(4-クロロフェニル)-2-ピリジルメトキシ]ピペリジニル}ブタン酸1.0g(2.57mmol)をジクロロメタン10mlに溶解し、ジシクロヘキシルカルボジイミド0.73g(3.53mmol)を加え、0℃で1時間撹拌した。この反応混合物に3-アミノ-2-ヒドロキシ-5-メチルアセトフェノン0.47g(2.85mmol)を加え、さらに0℃で2時間撹拌した。室温で一夜放置後、反応液を減圧下で濃縮し、残渣に酢酸エチルを加えて不溶物を濾(審決注:原文はさんずいに「戸」である。以下同じである。)別した。濾液を減圧下で濃縮し、残渣をクロロホルムとメタノールの容量比30:1の混合溶媒を溶出溶媒とするシリカゲルカラムクロマトグラフィーに付し、1-{3-{N-[(3-アセチル-2-ヒドロキシ-5-メチル)フェニル]カルバモイル}プロピル}-4-[(4-クロロフェニル)-2-ピリジルメトキシ]ピペリジン0.43g(収率31%)を橙色泡状物として得た。」(第26頁左上欄第1行?右下欄第1行)
(1f)「実施例59
・・・
c) 4-{(4-[(4-クロロフェニル)-2-ピリジルメトキシ]ピペリジニル}ブタン酸2.0g(5.14mmol)をジクロロメタン20mlに溶解し、ジシクロヘキシルカルボジイミド1.27g(6.17mmol)を加えて0℃で30分間撹拌した。この反応混合物に8-アミノ-6-メトキシ-2-メトキシカルボニルクロモン1.54g(6.18mmol)を加え、0℃でさらに3時間撹拌した。室温で一夜放置後反応液を減圧下で濃縮し、残渣に酢酸エチルを加えて不溶物を濾別した。濾液を減圧下で濃縮し、残渣をクロロホルムとメタノールの容量比20:1の混合溶媒を溶出溶媒とするシリカゲルカラムクロマトグラフィーに付し、1-{3-[N-(6-メトキシ-2-メトキシカルボニルクロモン-8-イル)カルバモイル]プロピル}-4-[(4-クロロフェニル)-2-ピリジルメトキシ]ピペリジン0.50g(収率17%)を褐色泡状物として得た。」(第28頁左上欄第1行?右下欄第8行)

(2)甲第2号証の1の記載事項
本件特許出願の優先日前に頒布された甲第2号証の1には,以下の事項が記載されている。
(2a)「一般式[I]:

[式中、Ar^(1)及びAr^(2)は、いずれか一方がピリジル基であり、他の一方がフエニル基又はハロゲン置換フエニル基を表し;Aは炭素数2?6の直鎖状のアルキレン基又はアルケニレン基を表し;Bは低級アルキル基、ヒドロキシ基、低級アルコキシ基、アミノ基、低級アルキルアミノ基、フエニル基又は低級アルキル置換フエニル基を表す]
で示される化合物、及びその医薬的に許容される酸付加塩。」(特許請求の範囲第1項)
(2b)「請求項1記載の化合物またはその医薬的に許容される酸付加塩を有効成分とする抗ヒスタミン剤。」(特許請求の範囲第5項)
(2c)「次に本発明の代表的化合物の一例を列挙するが、本発明がこれらの化合物に限定されることがないことはいうまでもない。
・・・
・4-[4-[(4-クロロフエニル)(2-ピリジル)メトキシ]-1-ピペリジル]ブタン酸及びそのベンゼンスルホン酸塩、」(第3頁左下欄第10行?右上欄第1行)
(2d)「本発明の化合物(I)においてAr^(1)とAr^(2)が結合する炭素は不斉炭素であり、立体異性体が存在するが、その各々及びそれらの混合物のいずれも本発明に包含される。」(第4頁左上欄第13?16行)
(2e)「 また、本発明化合物[I]に、適当な酸を作用させることによつて、非毒性の、薬理的に有効な酸付加塩にすることができる。この場合、適当な酸の例としては、例えば塩化水素酸、臭化水素酸などのハロゲン化水素酸類;硫酸、硝酸、リン酸などの無機酸類;酢酸、プロピオン酸、ヒドロキシ酢酸、2-ヒドロキシプロピオン酸、ピルビン酸、マロン酸、コハク酸、マレイン酸、フマル酸、ジヒドロキシフマル酸、シユウ酸、安息香酸、桂皮酸、サリチル酸、メタンスルホン酸、エタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、p-トルエンスルホン酸、シクロヘキシルスルフアミン酸、4-アミノサリチル酸などの有機酸などが挙げられる。」(第5頁右下欄第3?16行)
(2f)「本発明に属する次の代表的な化合物についての薬理試験結果を以下に示す。
・・・
化合物C
4-[4-[(4-クロロフエニル)(2-ピリジル)メトキシ]-1-ピペリジル]ブタン酸(実施例4で調製)
・・・
ヒスタミンショック死保護作用
体重200?250gのHartley系雄性モルモットを使用した。実験動物を5時間絶食した後、被験物質を1mg/Kgの用量で経口投与した。被験物質投与2時間後にヒスタミン塩酸塩1.25mg/Kgを静脈内投与し、ヒスタミンショックを誘発した。被験物質の力価はヒスタミンによつて誘発されたショック死の抑制率で判定した。試験結果を表1に示す。」(第6頁右上欄第7行?右下欄第8行)
(2g)「

」(第7頁右上欄)
(2h)「実施例2
実施例1で得られた3-[4-[(4-クロロフエニル)-2-ピリジルメトキシ]-1-ピペリジル]プロピオン酸エチル1.00g(2.48ミリモル)を50重量%水酸化ナトリウム水溶液1mlとエタノール8mlの混合溶液に溶解させた後、2時間室温で撹拌した。次いで、反応混合物を減圧下で濃縮し、希塩酸で中和した後、クロロホルムで抽出した。
・・・
実施例4
実施例3で得られた4-[4-[(4-クロロフエニル)(2-ピリジル)メトキシ]-1-ピペリジル]ブタン酸エチルを用いて、実施例2と同様の方法で4-[4-[(4-クロロフエニル)(2-ピリジル)メトキシ]-1-ピペリジル]ブタン酸を得た。」(第8頁左上欄末行?右上欄第8行,第9頁左上欄第1?7行)

(3)甲第3号証の記載事項
本件特許出願の優先日前に頒布された甲第3号証には,以下の事項が記載されている。
(3a)「対掌体の一方が有効な生物活性を示す場合,もう一方の異性体が単にまったく活性を示さないだけでなく,有効な対掌体に対して競合阻害(competitive inhibition)をもたらす結果,ラセミ体の生物活性が有効な対掌体に比べ1/2以下に激減してしまう場合があることは,医薬品の開発研究でしばしば体験するところである.
・・・
したがって,光学的に純粋な対掌体をいかにして入手(合成又は分割)するかは,医薬品のみならず生物活性物質を対象とする研究において,不斉中心をもつ化合物を扱う場合,避けて通ることのできない重要課題である.」(第2頁第9?15行)
(3b)「古くからセルロース,澱粉などキラルな高分子を固定相とするクロマトグラフィーによる光学分割は試みとしては知られていた.・・・
この領域での飛躍的進歩は,HPLC(高性能液体クロマトグラフィー)の進歩に伴ってもたらされた。分子の立体構造に対して大きな識別力を持つ効率のよいカラムが開発され,分割能と同時に量的処理能力が向上したからである.」(第9頁第2?9行)
(3c)「生理(薬理)活性をもつ物質が生体に摂取され吸収されると,その物質に特異的な親和性をもつ受容体(receptor)との結合により生理活性が発現することになるので,基質が不斉中心をもっていれば,その(S)体と(R)体とでは生理活性に相違が生ずるのはこれまた自然であろう.医薬品の多くは生体にとって異物(xenobiotics)であり,副作用が認められない場合でも,疾病という異常状態から正常状態への復帰に必要な最少限度の用量を(必要期間だけ)投与されるべきである.したがって,医薬品の構造中に不斉中心が存在している薬物は,たとえ一方の光学異性体が生体に対して何らの生理活性を示さないラセミ体であっても,光学分割して目的に適合した対掌体のみを提供すべきであると主張されるようになった.換言すれば,このようなラセミ体は「50%の不純物を含有する医薬品」とみなすべきであるとの提唱であり,これが共感を呼ぶに至ったのはごく自然のことである^(1))。このような考え方が出てきた背景には,1章のはじめに述べたサリドマイドに関する知見が大きく横たわっていたためと思われる^(2))。」(第123頁第8?18行)
(3d)「液体クロマトグラフィー(LC)による光学分割,なかでもHPLCによる光学分割については,分割能の高い種々のタイプのキラル固定相の開発が進んでおり,最も広範囲の光学異性体の分離に対応できるようになっている.GCによる光学分割と比較すると,熱的に不安定な物質や高沸点の物質の分割においてとくに有利であり,分取も容易である.」(第124頁第11?14行)
(3e)「医薬品はヒトや動物の病気の治療に用いられる化学物質であるが,その作用は薬物が生体内の特定の受容体(レセプター)に結合して活性を発現するものと考えられている.したがって,薬理活性の発現には医薬品と受容体の双方の立体構造が重要な役割を演じ,不斉をもつ薬物ではその鏡像体によって受容体との結合のしやすさに差があり,これにより薬理活性の強さに差を生じることになる.場合によっては,まったく異なった薬理作用を示すこともある.さらに薬物が受容体に到達するまでに各種の酵素によって分解されて活性を失ったり,逆により活性の強い形に変換される場合もあり,その分解あるいは変換の速さが鏡像体によって大きく異なることがしばしば認められていて,これも薬理活性の差となって現れる.また,分解物が毒性をもつ場合には,鏡像体によって異なった副作用を示すこととなる.」(第212頁第12?20行)
(3f)「光学異性体間の薬効の差が小さいもの,活性体で投与しても体内でラセミ化されるもの,逆にラセミ体で投与しても体内で活性型の鏡像体に変換されるものなど,薬物代謝にはさまざまな経路があり,不斉をもつ医薬品はすべて光学活性体として使用すべきだとはいえない.現状では上述のような薬物代謝を充分に検討したうえで,ラセミ体で使用するか,光学活性体とするかが決定されている.最近では製造承認を得るために,ラセミ体の薬物については,それぞれの光学異性体の吸収,分布,代謝,排泄など薬物動態を検討した資料の提出が求められている^(2))」(第213頁第6?11行)

(4)甲第4号証の記載事項
本件特許出願の優先日前に頒布された甲第4号証には,以下の事項が記載されている。
(4a)「生体(酵素や受容体)はこれらの光学異性体を識別する能力を持っており,異性体にはまったく生理活性を持たないもの,弱い同類の生理活性を持つもの,拮抗的な生理活性を持つもの(アンタゴニスト)や別な生理活性を持つものがある。
それゆえ,医薬品として用いるときにはラセミ体としてではなく,目的にあったエナンチオマーのみを用いることが好ましいと考えられるが,現状はほとんどがラセミ体として用いられている。たとえば,Mason(1984)によると米国では合成キラル医薬品の82%はラセミ体として投与されている。この原因として,不斉合成や光学異性体の分離は技術的にかなり難しいことがあり,特に大量生産においては分離・精製などの生産コストの問題があげられる。
しかし,最近,医薬品としてラセミ体の開発・使用に関して問題が投げかけられてきた。その背景として,最近の薬物分析技術の進歩,とくに高速液体クロマトグラフィーにおけるキラルカラムの開発などにより,光学異性体の分離・定量の技術が進歩し,その結果,合成キラル医薬品の生体内動態,特に代謝に関して異性体間に著しい差があることが明らかになったことがあげられよう^(1,2))。」(第23頁左欄第7行?右欄第3行)
(4b)「1.光学異性体間で薬理作用を異にするもの
Thalidomideの催奇形作用で見られたような,異性体間で薬効・毒性を異にするものの代表的なものにつき述べる。たとえば,DOPAではl-体はIevodaとして抗パ-キンソン病薬として用いられているが,d-体は薬理作用がなく,顆粒球減少作用を起こす。Barbituratesは(-)-体は鎮静作用を示すが,(+)-体はむしろ興奮作用を示す。Ketamineの(+)-体は強い麻酔作用を持つが,(-)-体は弱い麻酔作用と不安・興奮作用,心拍増加作用を持つ。Pentazocinは(-)-体はより強い鎮痛作用を持つが,(+)-体はむしろ強い不安誘起作用を持つ。Verapmilは(-)-体も(+)-体とほぼ同じ程度の冠血管拡張作用を持つが,その心筋収縮力抑制作用および心筋伝導抑制作用は(+)-体の方が少ないので,(+)-体の方が安全性の高い,より好ましい抗狭心薬と考えられている。
また,興味深い例としては,propoxypheneのd-体は強い鎮痛作用を持ち,「Darvon」という商品名で鎮痛薬として市販されているが,一方,l-体には鎮痛作用がなく,鎮咳作用のみがあり,「Darvon」の鏡像文字の「Novrad」という商品名で市販されている。
Labetalol(α,β-ブロッカー)には二つの不斉炭素があり,臨床的には四つの光学異性体のラセミ体として用いられている。そのβ-ブロッカーの作用はほとんどは(R,R)-体にあり,一方,α-ブロッカーの作用のほとんどは(S,R)-体にある。それゆえ,(R,R)-体は dilevalolとして抗高血圧薬として開発中である。また,dobutamineは,(-)-体は主としてα_(1)-アゴニスト作用を持ち,(+)-体は主としてβ_(1)-およびβ_(2)-アゴニスト作用を持っている。
Arlens(1984)はこれらラセミ体間で異なった薬理作用を持つ薬を“psendohybrid drug”と呼んで,エピネフリンのように一つの分子内にαおよびβ-作用を持っている“hybrid drug”から区別している^(3))。」(第23頁右欄第19行?第24頁左欄第27行)

(5)甲第5号証の記載事項
本件特許出願の優先日前に頒布された甲第5号証には,以下の事項が記載されている。
(5a)「合成医薬品開発の将来と光学活性体
・・・
人類の英知を結集した光学活性合成医薬品開発の現状,将来に視点を据え,薬学の貢献を探った座談会記録である。」(第311頁 表題,要約)
(5b)「野口 本音のところはどちらかよく分かりませんけれども,HPLCなどによる分離の手段が急速に発達をして比較的容易に分離ができるようになってきたことが関心を持たれるーつの原因であると思います.新規化合物をつくる側から言うと,何とか分けようとするのですけれども,不斉合成するのは大変です.しかし,たまたまとれたラセメートを簡単にHPLCで分離できれば,そのフラクションを用いてとりあえず薬理活性を見ることができます.特に,レセプターあたりを相手にするようなスクリーニング系ですと当然どちらか片方の作用が強くなり,ラセメートよりも活性が強くなると,何かよいものを作ったような気持になります.」(第311頁右欄第3?14行)
(5c)「岩澤 薬効の種類によって随分違うと思うのですが,理論的にいえば,普通,活性体はラセミ体の2倍の強さです。ところがまるごとの動物を使った実験で2倍の差をクリアに出すのはかなり大変なことが多いんです。そこでどうしてもin vitoroの試験でその効力を比較することになる。」(第313頁左欄第17?22行)

(6)甲第6号証の記載事項
本件特許出願の優先日前に頒布された甲第6号証には,以下の事項が記載されている。
(6a)「1.2 液体クロマトグラフィー法による光学異性体分離^(4))
液体クロマトグラフィ一法による光学異性体分離(以下,分割と省略する)は,これに答える新技術として注目されていた。本法には,光学活性添加物によって移動相に光学活性な環境を形成するキラル移動相法と,光学活性な固定相を用いるキラル固定相法とがあるが,本論文では,適用範囲が広い後者のみについて述べる。この場合,光学活性な固定相と,試料の光学異性体とのジアステレオメリックな相互作用自由エネルギーの差が,分離の要因となる。」(第133頁右欄第10?18行)
(6b)「たとえば,3,5-ジメチルフェニルカルバマートは,セルロース,アミロース^(20))いずれも広い適用範囲を持つが,前者が1-アミノ-3-アリールオキシ-2-プロパノール骨格を持つβ-遮断剤をよく分割する一方,ジアリールメタン部分に不斉中心を持つ医薬(抗ヒスタミン剤など)には成功率が低いのに対し,後者は逆の特性を持つなど,相補的な面を持つ。」(第137頁左欄第1?6行)

(7)甲第7号証の記載事項
本件特許出願の優先日前に頒布された甲第7号証には,以下の事項が記載されている。
(7a)「これらの新規光学活性化合物の開発に欠かせない技術として,液体クロマトグラフィー(HPLC)による光学異性体の分離・分析技術が挙げられる。キラル固定相を分離剤としたキラルカラムによる分析技術は新規光学活性医薬品の開発動向と相まって,ここ10数年で急速に進歩し,各社から次々と新規のキラル固定相を用いたキラルカラムが上市されており,現在では100種類以上のカラムが販売されるに至っている.」(第3頁左欄第13?20行)
(7b)「光学活性化合物の開発が盛んな医薬品分野においては,取り扱う化合物が熱的に不安定な場合が多く,低温での分析が可能であること,また,機器が比較的安価で取り扱いも容易という点から,現状ではHPLC法が幅広く採用されている.HPLC法による光学異性体の分析には,大別して,○1(審決注:原文は丸文字内に1である。以下同様である。)光学異性体をジアステレオマー化した後,そのジアステレオマーをシリカゲルやODSなどの非キラル系充填剤を用いたカラムにより分析する間接法,○2光学異性体をそのまま,誘導体化することなく,直接,キラル固定相を充填剤として用いたキラルカラムにより分析する直接法に分けられる.今日では,誘導体化が不要で分析が簡便という利点をもつこと,入手可能なキラルカラムの種類が大幅に増加し,選択範囲が広がったことなどから,直接法が一般的に用いられている.また,現在市販されているキラルカラムによって,光学異性体の90%以上は分割可能といわれている.」(第3頁右欄第8?24行)
(7c)「光学活性体の生産手段は上述のようにいろいろとあるが,それぞれ長所,欠点を持っており,特に,新薬の開発段階において,高純度のものを迅速に供給するという観点から見ると,選択肢は極めて限定される.また,開発初期においてはいずれの活性体が有効であるかが不明なため,光学異性体間の薬理活性などの比較検討の目的から,両活性体ともに求められる.不斉合成法や酵素を用いる方法は基本プロセスの開発に時間がかかる上,基本的には片方の活栓体を得るための手段であって,この目的には不向きであり,優先晶出法やジアステレオマー法が古くからの方法として,試みられている.しかし,目標光学純度に到達するために収率を度外視して再結晶操作を何度も繰り返す場合もあり,非常に手間がかかる.
これらの方法と比較すると,HPLC法は,分析カラムで目的の光学異性体が分割されることが確認されれば,そのままカラムを大きくすることによって,必要な光学活性体を分取することが容易であろうことは誰しも想像されることである.事実,分析用キラルカラムと同じく,g単位での評価用少量サンプルを確保するための分取用キラルカラム(?5cmφ)や分取用途を目的としたキラル充填剤が多数販売されており,この目的に広く使用されている。表2^(2))に,分取用としてよく用いられているキラル充填剤を示した。」(第5頁左欄第9?32行)
(7d)「

」(第5頁右欄)

(8)甲第8号証の記載事項
本件特許出願の優先日前に頒布された甲第8号証には,以下の事項が記載されている。
(8a)「一般に行われる光学分割の手法は,○1結晶化を利用する方法,○2化学反応を利用する方法,○3吸着を利用する方法に大別できる.
・・・
○1,○2の欠点としては,分割できる化合物が限られるていること,時間と労力を要することなどがある.
○3は1980年代にはいり急速に発展した手法であり,主としてクロマトグラフィーによる.・・・かなり広範囲の化合物を短時間のうちに光学分割できる.なかでも高速液体クロマトグラフィー(HPLC)による光学分割は,光学純度決定と分取のための主要な手法になっており,化学,薬学などの学術研究上だけでなく,光学活性な医薬品などの開発や光学活性物質の品質管理などに欠くことのできない分析法になっている.また,キログラムスケールの分取も行うことができる.」(第567頁右欄第28?48行)
(8b)「(i) 多糖誘導体 セルロースやアミロースなどの多糖はもっとも入手しやすい高分子であり,かつ光学活性である。これらの多糖自体もある程度の光学分割能を示すが,実用性の高い充填(審決注:原文は土偏に眞である。以下同じである。)剤は得られていない.しかし,多糖は反応性に富むOH基を有しており,誘導化すると優れた光学分割能を示し,シリカゲルに吸着させることにより実用性の高いキラル充填剤が調製できる.
セルロースの誘導体としては,エステル(28)?(30)とフェニルカルバメート誘導体(31)?(34)がよい.高い光学分割能の発現には,いずれも三置換体であることが必要である.
・・・なかでも3,5-ジメチルフェニル誘導体(34)は,芳香族炭化水素やハロゲン化物からアミンやカルボン酸まで,きわめて広範囲の化合物をかなりの確率(約60%)で光学分割することができる.多くのセルローストリス(カルバミン酸フェニル)誘導体はリオトロピック液晶を形成し,シリカゲルに吸着させたさいに,かなり規則的な構造をとると思われる.
1,4-α-グルカンであるアミロースのカルバミン酸フェニル誘導体も,シリカゲルに吸着させると実用性のあるキラル充填剤となる.この場合もカルバミン酸3,5-ジメチルフェニル(35)がもっとも高い光学分割能を示すことが多い.(35)の不斉識別能は(34)のそれとは異なり,両者はかなり相補的である。したがって,(34)と(35)を用いると80%前後の碓率でラセミ体を分割できる可能性がある.」(第569頁右欄第13行?第570頁左欄第25行)
(8c)「

」(第571頁)

(9)甲第9号証の記載事項
本件特許出願の優先日前に頒布された甲第9号証には,以下の事項が記載されている。
(9a)「なかでも3,5-ジメチルフェニルカルバメートは,分割可能な化合物の種類が多い.図11.37にその例を示す.ヘキサン-2-プロパノ?ルを溶離液として,芳香族炭化水素からアミンやカルボン酸まで分割できる.水素結合,双極子-双極子相互作用以外に芳香環どうしの相互作用も不斉識別に働いていると考えられる.筆者らのところで,このカラムにより493種のラセミ体の分割を行ったが,そのうち227種が完全分割され,86種は裾が一部重なった部分分割であった.この確率(313/493=0.63)は,ほかのキラルカラムによる確率に比べてかなり高い.
アミロースのフェニルカルバメート(20,R=PhNHCO)の誘導体についても同様の検討が加えられている.ここでもトリス(3,5-ジメチルフェニルカルバメ-ト)が高い光学分割能を示す.分割可能な化合物の例を図11.38に示す.これらの化合物については,いずれもセルロース誘導体で分割するより良好な結果が得られる.このカラムにより,372種のラセミ体の光学分割が筆者らにより試みられている,そのうち108は完全分割,98は部分分割されている。
これら2種の3,5-ジメチルフェニルカルバメートによる光学分割では,493種のラセミ体のうち,185がセルロース誘導体のみで分割され,78がアミロ?ス誘導体のみで,128は両者で分割されたことになり,合計391(79%)が少なくともどちらかの誘導体で分割できることになる.」(第480頁左欄第3行?右欄第1行)

(10)甲第19号証の記載事項
本件特許出願の優先日前に頒布された甲第19号証には,以下の事項が記載されている。
(19a)「アムロジピン〔2-(2-アミノエトキシメチル)-4-(2-クロルフェニル)-1,4-ジヒドロ-6-メチルピリジン-3,5-ジカルボン酸 3-エチル 5-メチル〕のベンゼンスルホン酸塩。」(特許請求の範囲第1項)
(19b)「結果を比較することにより、次の順番が明らかになつたが、これによればベシレートが最も安定な塩であり、塩酸塩が最も安定性の小さい塩である。

」(第3頁左欄第37行?40行,右欄 表2)

(11)甲第20号証の記載事項
本件特許出願の優先日前に頒布された甲第20号証には,以下の事項が記載されている。
(20a)「 表3
4″-デオキシ-4″-エピ-メチルアミノアベルメクチン
Blb/Blaの塩の安定性データ
HPLC Bl重量%
塩 時間(週) 室温(空気) 47℃(空気)
リン酸塩 8 101.2 88.3
酒石酸塩 8 87.9 85.4
クエン酸塩 8 99.2 92.7
没食子酸塩 8 99.9 93.9
サリチル酸塩 8 98.6 88.8
ベンゼンスルホン酸塩 16 100.4 96.5
マレイン酸塩 16 98.7 93.7
安息香酸塩(1) 32 100.8 100.5
安息香酸塩(2) 32 101.2 100.7
安息香酸塩(3) 32 99.9 99.7
安息香酸塩(4) 32 100.2 100.8」(第10頁表3)

(12)甲第45号証の記載事項
本件特許出願の優先日前に頒布された甲第45号証には,日本語に訳して以下の事項が記載されている。訳文は請求人が提出したものによった。
(45a)「塩基性薬物群に対する塩の選択
・・・
要約
Kepner-Tregoeの決定分析的アプローチを用い、塩基性薬物群における塩の選択性に理論的解釈を与えることを試みた。選択性の評価項目は、“必須”(MUSTS)が必要”(WANTS)かに着目して精査した。共役酸に十分な強度があり。かつその毒性が人体に許容であることを前提として、種々の重要な物理化学的性質(融点、水への溶解度ならびに溶出速度、安定性および疎水性)をもとに、形成する塩の望ましい特性を検討した。塩基性薬物群に特異的な問題を克服するべく、どのような塩を選定すればよいのか、その一助となり得るいくつかの傾向が見出せた。医薬品の開発において、最もバランスの良い選択をすることに重きを置くと。塩の選定もーつの項目とみなすことが肝要である。」(第201頁 Title,Summary)
(45b)「緒言
薬物に対して塩を形成することは、その化学構造を変えることなく、物理化学的性質ひいては生物学的性質をも変える手段である。“適切な”塩を選択することの重要性は、総説(Bergeら、1977年)で詳細に述べられている。しかし、塩の形成は薬物のあらゆる性質に多大な影響をもたらすにもかかわらず、期待するバランスの良い性質を示すような塩の選択はいまだ困難で、半経験的に選択せざるを得ない状況である。
塩の候補を絞り込む際に、化学プロセスの担当は、共役酸の価格ならびに入手し易さはもちろんのこと、収率、結晶化速度やその純度を検討する。一方で製剤化担当や分析担当は、塩の吸湿性、安定性、溶解性ならびに製剤化のしやすさを重視する。また、薬物代謝担当は薬物動態学的な観点から検討し、安全性評価担当は、薬物およびその共役酸を長期間または急性投与した場合の毒物学的影響を懸念する。このような事情に鑑みて、塩のどのような性質に着目すればよいのか、明確な評価項目が必要であるが、ある医薬品候補群に対して最も適切な塩を選抜するのはいまだ困難である。
塩の選定において、どのような性質に着目すればよいのかを議論した文献は、これまでにほとんどない。本総説は、塩基性薬物群に対する塩の選択に関する問題に取り組むものである。」(第201頁左欄第1行?右欄第16行)
(45c)「入手可能な陰イオン塩の形成種の中で、その入手容易性ならびに生理学的な理由から、一塩酸塩がこれまでに最も高い頻度(?40%)で選択されてきた。塩酸塩についてはこのような先例があり、(塩酸塩で医薬品)開発を迅速に進める根拠が数多く議論されてきたので、他の塩類は、塩酸塩で問題が生じた場合にのみ検討されてきた。」(第203頁左欄第15?22行)
(45d)「しかしながら鉱酸の塩類を選択した場合には、pHが低くなり湿気に溶解しやすくなることによって、スルホン酸塩やカルボン酸塩などを選択した場合よりも、安定性について不利な環境をつくりだしてしまう。塩の安定性については、その共役酸の疎水性に関しても検討しておかなければならない。キシロバムがその一例で(Walkingら、1983年)、加水分解されやすい塩基部分をアリールスルホン酸塩が保護している。アリールスルホン酸塩を選択した背景は、これらの塩は完全にイオン化した酸になることによって、体液中での溶解性がpH非依存的になるからである。しかしながら安定性の乏しい塩酸塩およびスルホン酸塩とは対照的に、アリール基は、吸湿性ならびに水分表面における溶解を最小化するよう、疎水性の障壁として作用している。」(第210頁左欄第21行?右欄第5行)
(45e)「極性塩の吸湿特性は、固体状態の性質にも依る。結晶性の物質において、その吸湿性は結晶表面の性質に依る。該表面の性質は、粒子径分布のような明らかな物理的性質だけではなく、結晶癖(すなわち、疎水性面と親水性面の割合)によっても変化する。さらに。固体の結晶化度合も重要で、結晶のアモルファス性が強まるにつれて疎水性面の優勢な露出が妨げられ、結果として吸湿性の増加をもたらす。異なる多形を有する結晶群では、疎水と親水の結晶面配置が異なるために、吸湿性の異なる塩が生成し得ることに注目すべきであろう。」(第210頁右欄下から第3行?第211頁左欄第14行)

2 甲第1号証に記載された発明(甲1発明)
甲第1号証には,実施例として具体的に,「4-{4-[(4-クロロフェニル)-2-ピリジルメトキシ]ピペリジニル}ブタン酸」が記載されている(摘記1e,1f参照)ので,「4-[4-[(4-クロロフェニル)-2-ピリジルメトキシ]ピペリジニル]ブタン酸」の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されているといえる。

3 対比・判断
(1)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲1発明を対比する。
本件発明1と甲1発明とは,
「4-〔4-〔(4-クロロフェニル)(2-ピリジル)メトキシ〕ピペリジノ〕ブタン酸」である点で一致し,以下の3点で相違する。
(i)本件発明1では「実質的に(R)体を含有しない、(S)体」であるのに対し,甲1発明では,光学異性体についての特定がなされていない点
(ii)塩形態について,本件発明1は,「ベンゼンスルホン酸塩」であるのに対して,甲1発明は「酸付加塩」でない点
(iii)用途について,本件発明1では,「医薬組成物」であるのに対して,甲1発明では,医薬組成物であることの特定がない点

イ 相違点の検討
(ア)前提
甲第1号証には,その特許請求の範囲に,
「一般式(I)で示されるジアリールメトキシピペリジン誘導体及びその塩。

上記式中、Ar^(1)及びAr^(2)はそれぞれハロゲン・・・が置換してもよいフェニル基、又はピリジル基を表す。
Xは炭素数1?10のアルキレン基又は式

を有する基を表し、nは1?8の整数を表す。
Yは酸素原子又は式-CONH-を有する基を表す。
Zは・・・少なくとも1つの置換基を有するフェニル基:
・・・
又は

を有する基を表す。」と記載され(摘記1a参照),この一般式(I)で示される化合物が「抗アレルギー薬として有用である」ことが記載されている(摘記1b参照)。
そして,甲第1号証に記載された甲1発明の化合物は,この一般式(I)で示される化合物ではなく,「1-{3-{N-[(3-アセチル-2-ヒドロキシ-5-メチル)フェニル]カルバモイル}プロピル}-4-[(4-クロロフェニル)-2-ピリジルメトキシ]ピペリジン」(摘記1e参照)や「1-{3-[N-(6-メトキシ-2-メトキシカルボニルクロモン-8-イル)カルバモイル]プロピル}-4-[(4-クロロフェニル)-2-ピリジルメトキシ]ピペリジン」(摘記1f参照)のようなアレルギー薬として有用な一般式(I)で示される化合物を,特定の製造方法(摘記1c参照)によって製造するための原料化合物として使用されているものである。
また,甲1発明の化合物は,分子中に不斉炭素原子が1つ存在するので,光学異性体を有する化合物である。ただし,甲第1号証には,一般式(I)の化合物や原料化合物は所望により光学異性体とすることができる旨の記載がある(摘記1d参照)ものの,甲1発明について光学異性体であることを示す表記が一切ないことからすれば,いずれかの光学異性体であるとはいえず,(S)体と(R)体を等量含むラセミ体であるか,少なくとも(S)体と(R)体の混合物であると解するのが相当と認められる。
この前提に立って,以下相違点(i)?(iii)について検討する。

(イ)相違点(i)について
a 動機付けについて
甲第1号証には,「一般式(I)を有する化合物は、その分子中の不斉炭素原子に基づく光学異性体又は幾何(シス、トランス)異性体が存在する場合があ」り,「このような場合には、所望により光学分割又は分離された原料化合物・・・を用いて上記の反応を行うことにより、対応する目的化合物(I)の光学異性体又は幾何異性体を得る・・・ことによって、それぞれの立体異性体を得ることができる」と記載されている(摘記1d参照)。
また,甲第3号証には,光学異性体には,その一方のみに生物活性があり,他方には全くない場合や活性に差がある場合があること(摘記3a,3e参照),たとえ一方の光学異性体が何ら生理活性を示さないラセミ体でも光学分割して目的の光学異性体のみを提供すべきとなってきたこと(摘記3c参照),医薬品の製造承認にあたっては,ラセミ体の薬物については,それぞれの光学異性体の薬物動態を検討した資料の提出が求められていること(摘記3f参照)が記載され,甲第4号証にも,異性体には全く生理活性を持たない場合や弱い生理活性を有する場合があること(摘記4a参照)も記載されていることから,光学異性体がある医薬化合物では,ラセミ体だけではなくそれぞれの光学異性体を分割して取得し,その薬理作用を確認して薬理作用のよい光学異性体を使用することが本件優先日時点での当業者の技術常識となっていたものと認められる。
そして,甲1発明は医薬化合物の原料化合物であるが,明らかに光学異性体が存在する化合物であって,(S)体と(R)体を含む混合物であるから,甲第1号証の記載及び上記技術常識に照らして,甲1発明においても,当業者がこれを光学分割して一方の光学異性体である「(S)体」を得ようとする動機付けがあるということができる。

b (S)体を得る手段の容易想到性について
甲1発明の(S)体又は(R)体を含む混合物(ラセミ体も含む)から「(S)体」を得る手段が当業者にとって容易に想到し得たことかについて検討する。
甲第3号証には,高性能液体クロマトグラフィー(HPLC)において,分子の立体構造に対して大きな識別力をもつ効率のよいカラムが開発され,分離能とともに量的処理能力が向上し,広範囲の光学異性体の分離に対応できるようになったこと(摘記3b,3d参照),甲第4号証にも高速液体クロマトグラフィーにおけるキラルカラムの開発により光学異性体の分離・定量の技術が進歩したこと(摘記4a参照)が記載されている。
甲第5号証は,「合成医薬品開発の将来と光学活性体」を表題とする座談会記録(摘記5a参照)であるが,その有識者の発言として,「HPLCなどによる分離の手段が急速に発達をして比較的容易に分離ができるようになってきたこと」,「不斉合成するのは大変」だが,「ラセメートを簡単にHPLCで分離できれば,そのフラクションを用いてとりあえず薬理活性を見ることができ」ることが記載されている(摘記5b参照)。
さらに,甲第6号証には,液体クロマトグラフィー法による光学異性体分離が注目され,その中でも光学活性な固定相を用いるキラル固定相法の適用範囲が広いことが記載されている(摘記6a参照)。
甲第7号証には,光学活性化合物の開発が盛んな医薬品分野においては,取り扱う化合物が熱的に不安定な場合が多く,低温での分析が可能であること,また,機器が比較的安価で取り扱いも容易という点から,現状ではHPLC法が幅広く採用され,現在市販されているキラルカラムによって,光学異性体の90%以上は分割可能といわれていていることが記載され(摘記7b参照),HPLC法は,ジアステレオマー法に比較して,分析カラムで目的の光学異性体が分割されることが確認されれば,そのままカラムを大きくすることによって,必要な光学活性体を分取することが容易で,分取用としてよく用いられるキラル充填剤として,「CHIRALPAK AD」,「CHIRALPAK OD」が挙げられている(摘記7c,7d参照)。
甲第8号証には,光学分割の方法で,結晶化を利用する方法,化学反応を利用する方法は,分割できる化合物が限られ,時間と労力を要するのに対して,液体クロマトグラフィーによる分離はかなり広範囲の化合物を短時間のうちに光学分割でき,光学活性な医薬品などの開発に欠くことのできない分析法であって,キログラムスケールの分取も行うことができることが記載されている(摘記8a参照)。
これらの証拠の記載からすれば,本件優先日時点において,医薬品化合物の開発の光学異性体の分離方法として,液体クロマトグラフィー法は低温での分析が可能で,広範囲の化合物を光学分割できるので幅広く用いられるようになってきたこと,医薬品の光学分割法としてはジアステレオマー法などの結晶化を利用する方法よりも液体クロマトグラフィー法は短時間かつ広範囲な化合物を分割できる簡便な光学分割手段として当業者に認識されていたということができる。さらにいえば,分析用光学分割カラムでも,医薬品の薬理活性をみるには十分な分離ができ,キログラム単位の分取も可能であり,そのままスケールアップなど設計上の変更をすることで分取にも使用できることも当業者の技術常識として認識されていたということができる。
そうすると,本件優先日時点において,工業的な光学異性体の分割方法としてジアステレオマー法が知られており,光学分割用のキラルカラムが分析用と異なり高価なもので(乙第2号証)工業的規模の生産には必ずしも適さないとしても,当業者であれば,広範囲な化合物を分離可能であって,医薬品の薬理作用をみるには十分な分離ができ,比較的容易な分離手段と認識されていた液体クロマトグラフィー法によって甲1発明の光学分割をまず試みることが自然であったということができる。

次に,甲1発明の光学分割に,キラル固定相法を適用するに際しては,それに適する光学分割カラムとその操作条件の選択する必要があることは自明のことといえる。
甲第8,9号証には,光学分割用のキラル固定相として,セルロースやアミロースの3,5-ジメチルフェニル誘導体がは分割可能な化合物の種類が多く,アミロースのカルバミン酸3,5-ジメチルフェニル誘導体(商品名「CHIRALPAK AD」),セルロースのカルバミン酸3,5-ジメチルフェニル誘導体(商品名「CHIRALPAK OD」)のいずれかを使用することで80%前後の確率でラセミ体を分割できる可能性があることが記載されている(8b,8c,9a参照)。そして,甲第6号証には,「たとえば,3,5-ジメチルフェニルカルバマートは,セルロース,アミロースいずれも広い適用範囲を持つが,前者が1-アミノ-3-アリールオキシ-2-プロパノール骨格を持つβ-遮断剤をよく分割する一方,ジアリールメタン部分に不斉中心を持つ医薬(抗ヒスタミン剤など)には成功率が低いのに対し,後者は逆の特性を持つなど,相補的な面を持つ」と記載されている(摘記6b参照)ことから,アミロースの3,5-ジメチルフェニルカルバマート誘導体を光学分割カラムとして使用することで,甲1発明を含むジアリールメタン部分に不斉中心を持つ抗ヒスタミン剤の光学分割には高い成功率があることも示唆されているといえる。
そうすると,本件優先日時点において,多くの化合物を高い確率で分離可能なことが知られている光学分割カラムである商品名「CHIRALPAK AD」を,甲1発明の光学分割カラムとして選択することは当業者がまず試行してみることということができる。

そして,この光学分割カラムを使用して光学分割を行うのであれば,当然,それに適した操作を実施するはずである。「光学分割用カラム取扱説明書」と題する甲第11号証の2は,甲第11号証の1の確認書から,本件優先日前の1995年9月から1996年2月の間に「CHIRALPAK AD」を甲南大学工学部の宮澤教授が購入した際に付属されたものであることが推認できるものである。そして,平成7年3月15日に発行された甲第8号証にも市販品として「CHIRALPAK AD」が溶離剤として「ヘキサン-2-プロパノール」とともに記載され(摘記8d参照),その記載内容が甲第11号証の2と整合していること,取扱説明書をこのような製品に付属させることは社会通念に照らしても自然なことであることから,本件優先日時点には,甲第11号証の2の記載事項は公知になっていたものと認められ,当業者であれば,この取扱説明書に記載された操作条件で光学分割を実施するものといえる。
そして,甲第11号証の2には,「CHIRALPAK AD」の標準使用条件として,溶離液として「n-ヘキサン/2-プロパノール=80:20(v/v)」を使用すること,「溶離液及び試料溶媒」の「使用可能溶媒」として,「n-ヘキサン/2-プロパノール=100/0?0/100(v/v)」又は「n-ヘキサン/エタノール=100/0?85/15(v/v)及び50/50?0/100(v/v):室温下」,「n-ヘキサン/エタノール=100/0?85/15(v/v)及び35/65?0/100(v/v):40℃付近」が,「試料が塩基性物質の場合、ジエチルアミンを0.1%(v/v)[Max.0.5%]添加すると、良い分離の得られる事があ」ること,「試料が酸性物質の場合、トリフルオロ酢酸または酢酸を0.1%(v/v)[Max.0.5%]添加すると、良い分離の得られる事があ」ることが記載され,さらに,「使用可能溶媒以外を、溶離液や試料溶媒としてご使用にありますと、カラム性能を損なう恐れがあります。」との注意書きも記載されている。
そうすると,甲1発明は分子中に酸性基(カルボキシル基)と塩基性基(ピペリジル基とピリジル基)を有し,酸性か塩基性かは構造式からでは直ちには判明しないから,上記「CHIRALPAK AD」を使用して光学分割する場合には,その取扱説明書に従って,「n-ヘキサン/2-プロパノール=80:20(v/v)」を標準の溶離液として使用し,分離の状態が不十分であれば,「ジエチルアミン」又は「トリフルオロ酢酸又は酢酸」を0.1%添加して分離を試みることは,当業者が通常行う操作条件であると認めることができる。
そして,このような操作条件である「n-ヘキサン/2-プロパノール/トリフルオロ酢酸=80:20:0.1(v/v)」を溶離剤(移動相)として,ラセミ体の甲1発明を光学分割したところ,(S)体と(R)体とを分離できることは,甲第23号証及び甲第24号証の実験結果によって裏付けられている。
したがって,甲1発明を(S)体と(R)体とを分離する手段として,「CHIRALPAK AD」で「n-ヘキサン/2-プロパノール=80:20(v/v)」に「トリフルオロ酢酸」を0.1%添加した溶離剤を使用する手段を採用して光学分割ができることを確認することは,本件優先日時点での技術常識に従って,当業者が容易になし得たことと認めることができる。

なお,乙第6号証には,「含窒素エナンチオマーの光学分割を目的とした場合のCSP選択の目安」として,セルロースやアミロースをヒドロキシ基をカルバモイル化した「TypeII」は,アミノ酸の光学分割不可能との記載がある(第101頁表4・6参照)が,乙第6号証は本件優先日後に頒布された刊行物であって,本件優先日時点での技術常識を直ちに推認する根拠とはなり得ない。また,乙第6号証の上記記載はWainerが集約した例として記載され(第101頁第2行参照),そのWainerの論文である本件優先日前に頒布された甲第34号証(乙第21号証である)には,乙第6号証の表4・6と同じ表が記載されている(第132頁TABLE II参照)ところ,そのアミノ酸は「α-アミノ酸」又は「α-アミノ酸に構造が類似した」ものであることが記載されている(第132頁左欄第7?10行参照)。
そうすると,乙第6号証の記載は,あくまでも「光学分割を目的とした場合のCSP選択の目安」であって例外もあると解されること,甲1発明はカルボキシル基を有するものの,アミノ基(-NH_(2))はなく,ピリジル基とピペリジル基を有するもので,「α-アミノ酸」又はこれに類似するアミノ酸ではなく,上記「アミノ酸」に甲1発明の化合物が含まれるとは直ちにいえないことからすれば,本件優先日時点において,甲1発明の光学分割は「CHIRALPAK AD」を使用してはできないという技術常識があったと認めることはできない。
また,甲第23号証,甲第24号証では,エタノールを少量使用して試料を溶解し,移動相で希釈しているが,甲1発明を製造するための製造方法においては,エタノールを溶媒として使用する(摘記2h参照)こと,さらに甲第11号証の2には,エタノールも「n-ヘキサン」とともに使用すれば「使用可能溶媒」となり得ることが記載されていることから,試料の溶解にエタノールを使用し,ヘキサンを含む移動相で濃度調整することも取扱説明書で許容される通常の態様であるということができる。
さらに,乙第10号証に,溶離剤より溶出力の小さい溶媒を通常使用する旨の記載がある(第172頁第23行?末行)が,試料を溶媒で溶解して溶離剤に希釈して使用する態様を必ずしも禁じているわけではなく,「もしやむをえず溶出力の強い溶媒のままカラムに添加しなければならないときは,添加量をできるだけ少なくするとともに,分離すべき物質の保持時間があまり短くならない条件で分離を行なえば,影響を小さくできる」(第178頁第4?7行)とも記載されているから,試料がn-ヘキサン/2-プロパノールに溶解しない場合にエタノールを少量使用して溶解することは,エタノールが溶離剤よりも溶出力の高いものであるとしても,必ずしも技術常識に反した操作であるということはできない。

(ウ)相違点(ii)について
甲第1号証には,式(I)で示される化合物を塩とすることは記載されている(摘記1a,1c参照)といえるが,甲1発明のような原料化合物を塩とすることについては記載されていない。
医薬品化合物をその薬理作用を改善するために塩とすることは,ごく一般的に行われているが,それは最終的な医薬品化合物を塩とするのであって,反応前の原料化合物を塩にしてもその後の反応によって同じ塩として存在しなくなる可能性もあるから,原料化合物である甲1発明において,これを「ベンゼンスルホン酸塩」とする動機付けがあるとはいえない。
一方,甲第2号証には,甲1発明と同じ「4-[4-[(4-クロロフエニル)(2-ピリジル)メトキシ]-1-ピペリジル]ブタン酸」が記載されており(摘記2c,2h参照),この化合物が薬理活性を有し,「抗ヒスタミン剤」として使用し得ること(摘記2b,2g参照)が記載され,医薬品として使用する際にベンゼンスルホン酸塩とすることも(摘記2c,2f参照)記載されている。
しかしながら,甲1発明は上述のように原料化合物として用いることを前提にしたものである以上,甲第2号証に記載された「4-[4-[(4-クロロフエニル)(2-ピリジル)メトキシ]-1-ピペリジル]ブタン酸」を主引用発明とするわけではないから,同じ化合物であったとしても,原料化合物としてしか使用されていない甲第1号証の開示を超えて,甲1発明を医薬品化合物として使用し,それをさらにベンゼンスルホン酸塩とする動機付けがあるということはできない。
よって,甲1発明において,これをベンゼンスルホン酸塩とすることは,当業者が容易になし得たということができない。

(エ)相違点(iii)について
甲1発明は上記(ウ)で述べたように原料化合物として用いることを前提にしたものである以上,甲第2号証に記載された「4-[4-[(4-クロロフエニル)(2-ピリジル)メトキシ]-1-ピペリジル]ブタン酸」を主引用発明とするわけではないから,同じ化合物であったとしても,原料化合物としてしか使用されていない甲第1号証の開示を超えて,甲1発明を医薬品化合物として使用する動機付けがあるということはできない。

ウ 効果について
上記イ(ウ),(エ)で述べたとおり,本件発明1は甲1発明から容易になし得たということができないが,本件発明1の効果についても念のため検討する。

(ア)本件特許明細書に記載された効果について
本件特許明細書には,本件発明1の効果に関して以下の記載がある。
(a)「【0030】
〔薬理試験〕
次の光学活性ピペリジン誘導体エステルの(S)-エステル及び(R)-エステルを用いて、光学異性体による薬理作用の差を試験した。
(S)-エステル:(S)-4-〔4-〔(4-クロロフェニル)(2-ピリジル)メトキシ〕ピペリジノ〕ブタン酸エチルフマル酸塩(参考例3で調製)
(R)-エステル:(R)-4-〔4-〔(4-クロロフェニル)(2-ピリジル)メトキシ〕ピペリジノ〕ブタン酸エチルフマル酸塩(参考例4で調製)
【0031】
ヒスタミンショック死抑制作用
体重250?550gのHartley系雄性モルモットを使用し、Lands等の方法(Lands, A.M., Hoppe, J.O., Siegmund, O.H. and Luduena, F.F., J. Pharmacol. Exp. Ther. 95, 45 (1949))に準じてヒスタミンショック死抑制作用を試験した。実験動物を一夜(約14h)絶食させた後、試験物質5ml/kgを経口投与した。試験物質投与2時間後に、ヒスタミン塩酸塩1.25mg/kgを静脈投与して、ヒスタミンショックを誘発させた。誘発後、実験動物の症状観察及びヒスタミンショックの発現時間を測定し、呼吸停止又は回復まで観察した。試験結果を表1に示す。
【0032】
【表1】

【0033】
7日間homologousPCA反応抑制作用
体重250?550gのHartley系雄性モルモットを使用し、Levine等の方法(Levine, B.B., Chang, Jr.H., and Vaz, N.M., J. Immunol. 106, 29 (1971))に準じてPCA反応抑制作用を試験した。前日に剪毛したモルモットの背部の正中線をはさんで左右2点に、生理食塩水で32倍希釈したモルモット抗BPO・BGG-IgE血清を0.05ml皮内投与した。
7日後に抗原としてbenzylpenicilloyl bovine serum albumin(BPO・BSA)500μgを含む1%Evans Blue生理食塩水1mlを静脈内投与してPCA反応を惹起させた。その30分後に放血し、皮膚を剥離して漏出した色素量をKatayama等の方法(Katayama, S., Shinoya, H. and Ohtake, S., Microbiol. Immunol. 22, 89 (1978))に準じて測定した。実験動物は一夜(約16h)絶食させ、試験物質は抗原投与の2時間前に経口投与した。試験結果を表2に示す。
【0034】
【表2】

【0035】
表1の試験結果から、(S)-エステル及び(R)-エステルは共に用量依存的な抑制作用を示し、用量反応曲線より求めた(S)-エステル及び(R)-エステルのED_(50)値は、各々0.023mg/kg、1.0mg/kgであり、(S)-エステルは(R)-エステルより約43倍強い活性を示した。また、表2に示すPCA反応抑制試験でも(S)-エステル及び(R)-エステルは共に用量依存的に反応を抑制した。この試験における最大抑制率は約70%程度と推察され、その50%(すなわち、35%)抑制する投与量で比較すると、(S)-エステルは(R)-エステルより約100倍以上強い作用を示した。これらのことから、光学異性体間で明らかな薬理作用の差が認められ、(S)-エステルの方が(R)-エステルより優れていることが確認された。」
(b)「【0036】
しかしながら、上記(S)-エステルは後記安定性試験結果(表4)に示すように吸湿性であり、また(S)-エスエルの代謝物である式(I)の(S)-ピペリジン誘導体は、(S)-エステルと同等の薬理作用を示すが、それ自体は極めて結晶性の悪い化合物で、通常は飴状物として得られ、医薬品として高度な品質を確保、維持することは困難であった。
そこで式(I)の(S)-ピペリジン誘導体の種々の酸付加塩について、次の方法で結晶化を検討した。」
(c)「【0037】
〔実験例 1〕
式(I)の(S)-ピペリジン誘導体を有機溶媒に溶解し、表3に示す酸を加えて均一にした後、放置した。析出物が得られない場合には、溶媒を留去した後、難溶性の溶媒を加えて再び放置した。酸付加塩が油状、飴状の場合を除き、得られた固形物を濾取して減圧乾燥した。得られた各種酸付加塩の性状は表3に示すように、多くは油状物又は吸湿性の結晶であった。
【0038】
【表3】

【0039】
しかしながら、式(I)の(S)-ピペリジン誘導体のベンゼンスルホン酸塩及び安息香酸塩は吸湿性でない結晶として得られた。」
(d)「【0040】
〔安定性試験〕
ベンゼンスルホン酸塩:(S)-4-〔4-〔(4-クロロフェニル)(2-ピリジル)メトキシ〕ピペリジノ〕ブタン酸一ベンゼンスルホン酸塩(実施例1で調製)
安息香酸塩:(S)-4-〔4-〔(4-クロロフェニル)(2-ピリジル)メトキシ〕ピペリジノ〕ブタン酸一安息香酸塩(実施例2で調製)
【0041】
上記各化合物を粉砕後、500μm篩を通過させたものを試験試料とした。各試料をガラスシャーレに分割して入れ、40℃、75%湿度にて保存し、1ヵ月後に取り出して、含有類縁物質量及びラセミ化による(R)-体含有量を測定して、試験開始時の含有量と比較した。
【0042】
(a)類縁物質の含有量変化
試料を移動相に溶かして、この液1ml中に試料約0.1%が含まれるように調製した。試料溶液25μlにつき、液体クロマトグラフ法にて各々のピーク面積百分率を自動積分法により測定した。
・・・
【0043】
(b)(R)体量
試料約5mgを移動相に溶かして、この液1ml中に試料約0.1%が含まれるように調製した。試料溶液1.5μlにつき、液体クロマトグラフ法にて各々のピーク面積百分率を自動積分法により測定し、下式により(R)体量(%)を算出した。
・・・
【0046】
【表4】

【0047】
表4の試験結果から、(S)-エステルは分解により類縁物質の増加が顕著に認められ、しかも(R)体量の増加に伴い光学純度が低下することが明らかになった。したがって、物理化学的に不安定な化合物であり、医薬品として長期間高度な品質を確保できるとは言い難い。一方、ベンゼンスルホン酸塩及び安息香酸塩は、類縁物質及び(R)体量の顕著な増加は認められず、吸湿性も少ないことが確認された。したがって、これらは光学活性体として物理化学的な安定性を有する化合物である。」

(イ)(S)体とした点について
本件特許明細書には,本件発明1そのものではなく,そのエチルエステルのフマル酸塩である「(S)-4-〔4-〔(4-クロロフェニル)(2-ピリジル)メトキシ〕ピペリジノ〕ブタン酸エチルフマル酸塩」と,その光学異性体である「(R)-4-〔4-〔(4-クロロフェニル)(2-ピリジル)メトキシ〕ピペリジノ〕ブタン酸エチルフマル酸塩」について,ヒスタミンショック死抑制試験とPCA反応抑制試験を実施したところ,(S)体,(R)体のED_(50)値は,各々0.023mg/kg,1.0mg/kgであり,(S)体のほうが(R)体よりも薬理効果が優れていることが記載されている(摘記a参照)。そして,本件特許明細書には,「(S)-エスエルの代謝物である式(I)の(S)-ピペリジン誘導体は、(S)-エステルと同等の薬理作用を示す」と記載されている(摘記b参照)から,本件特許明細書で示された薬理効果は,本件発明1の薬理効果を直接示すものでないとしても,(S)-エチルエステルのフマル酸塩と同等の薬理効果を奏することは本件特許明細書から理解できる。
その一方,甲1発明は,上述のとおり(S)体と(R)体の混合物(ラセミ体を含む)であると解するのが相当であるところ,甲第2号証には,ヒスタミンショック死抑制試験において,甲1発明と同じ化合物C(これも(S)体と(R)体の混合物(ラセミ体を含む)と解される。)では,投与量1.0mg/kgで生存率100%の結果が示されており,本件発明1と同種の薬理作用が得られることは理解できるものの,生存率100%を維持できる最小投与量は不明であるので,甲第1,2号証の記載から甲1発明に対する本件発明1の効果は直ちに予測できるものではない。
また,本件特許明細書には,本件発明1と甲1発明(ラセミ体など)とを比較した薬理試験については記載されていないので,甲1発明を引用発明とした場合に,本件発明1の効果が格別顕著となものといえるのかは本件特許明細書の記載からは直ちに判明しない。
そこで,被請求人が特許出願の審査の過程で提出した甲第29号証の3に添付された実験成績証明書には,モルモットヒスタミン誘発ショックに対する薬理作用として本件発明1((S)体)とラセミ体とを比較し,等量(0.16mg/kg)の試験物質を投与した後にヒスタミン塩酸塩を投与してヒスタミンショックを誘発させて生存率を測定したところ,本件発明1では生存率が100%であるのに対して,ラセミ体では33%であることが示されている。この実験成績証明書の内容は,本件特許明細書に記載されるヒスタミンショック死抑制作用の薬理試験(摘記a参照)と同じ薬理作用を評価するものといえ,ラセミ体のデータは引用発明の効果を確認するためのものであるから,この実験成績証明書の内容は本件特許明細書に記載された範囲のものであって参酌することができるものといえる。
そして,甲第29号証の3の実験成績証明書では,ブタン酸のベンゼンスルホン塩における(S)体とラセミ体との比較データであるのに対して,本件特許明細書の表1はエチルエステルの(S)体と(R)体との比較データである点で異なるが,(S)体の薬理効果が同様に記載されているところ,実験成績証明書ではラセミ体0.16mg/kgの投与量で生存率が33%しか得られていないのに対して,本件特許明細書の表1(摘記a参照)では,エチルエステルの(S)体ではその半量以下といえる0.06mg/kg(分子量はブタン酸のベンゼンスルホン酸547.06に対してエチルエステルのフマル酸塩532.95なので,等モルの投与量はエチルエステルのフマル酸塩でも0.16gとなる。)で生存率100%の効果が得られていることからすれば,甲1発明である「4-〔4-〔(4-クロロフェニル)(2-ピリジル)メトキシ〕ピペリジノ〕ブタン酸」において,(R)体に全く薬理作用がなく,(S)体のみの薬理作用があるとした場合よりも,(S)体は高い効果が得られていることが一応推認し得るといえる。
また,上記実験成績証明書のデータと本件特許明細書に記載されたデータとでは,実験条件が完全に一致しているわけではないので直接比較し得ないとしても,甲第27号証によれば,同様のヒスタミンショック死抑制試験において,本件発明1であるベポタスチンの(S)体とラセミ体とでは,(S)体のID_(50)が0.095mg/kgであるのに対して,ラセミ体はその2倍以上である0.221mg/kgであるから,甲1発明である「4-〔4-〔(4-クロロフェニル)(2-ピリジル)メトキシ〕ピペリジノ〕ブタン酸」において,(S)体体はラセミ体の2倍以上の効果が得られているということができる。
そして,医薬品化合物の薬理活性は,特異的な親和性をもつ受容体との結合により生理活性が発現することによって生じるものであるから,立体構造の異なる光学異性体の(S)体と(R)体とでは生理活性に相違が生じること(摘記3c,3e参照)は,医薬化合物が光学異性体という構造であることによって当然に生じ得ることと当業者であれば理解でき,ラセミ体は,薬理活性のある一方の光学異性体を50%含むものであって,その薬理効果の差は通常は最大2倍であるといえ,このことは甲第5号証において,「理論的にいえば,普通,活性体はラセミ体の2倍の強さ」との有識者の発言がある(摘記5c参照)ことからも当業者の技術常識となっていたものと認めることができる。
一方,甲第3号証には,「対掌体の一方が有効な生物活性を示す場合,もう一方の異性体が単にまったく活性を示さないだけでなく,有効な対掌体に対して競合阻害・・・をもたらす結果,ラセミ体の生物活性が有効な対掌体に比べ1/2以下に激減してしまう場合があることは,医薬品の開発研究でしばしば体験するところである」と記載されている(摘記3a参照)が,競合阻害は,光学異性体の構造の違いによって必ずしも生じる現象ではなく,もう一方の光学異性体との間で競合阻害が生じるかは,光学異性体の立体構造からは当業者は当然に予測し得るものとはいえない。また,甲第4号証に,異性体間で薬効・毒性を異にする化合物が何種類か例示されている(摘記4b参照)が,この例示から,ラセミ体の薬理作用が一方の光学異性体の1/2未満となることが当然に予測できるとはいえない。
これらのことからすれば,本件優先日時点において,光学異性体の一方と他方とが薬理活性に差が生じ得ることであって,ラセミ体と薬理活性を有する一方の光学異性体の薬理効果の差は2倍まではあり得ることとして当業者の技術常識となっていたとはいえるが,ラセミ体との薬理効果の差が2倍を超えることは,光学異性体の構造の差によって当然に生じる効果であるとはいえず,甲1発明を(S)体とすることによって,このような効果を奏することは当業者は必ずしも予測し得たとはいえない。
よって,本件発明1は,甲1発明及び本件優先日時点での技術常識から当業者が予測し得ない効果を奏するものと認めることができる。

(ウ)ベンゼンスルホン酸塩とした点について
本件特許明細書には,本件発明1であるベンゼンスルホン酸塩は,吸湿性ではなく,また,安定性試験を実施したところ,「(S)-4-〔4-〔(4-クロロフェニル)(2-ピリジル)メトキシ〕ピペリジノ〕ブタン酸エチルフマル酸塩」に比べて,類縁物質及び(R)体の含有量の増加が少なく,安定性に優れることが記載されている(摘記c,d参照)。
一方,甲1発明をスルホン酸塩とした場合に吸湿性でない結晶として得られること,さらには,スルホン酸塩として保存したときに類縁物質及び(R)体の含有量の増加が少なく,安定性に優れることは甲第1,2号証のいずれにも記載もされていない。
また,甲第19号証には,アムロジピンのベンゼンスルホン酸塩は他の塩に比べて最も安定性に優れた化合物であることが記載され(摘記19a,19b参照),また,甲第20号証には,4”-デオキシ-4”-エピ-メチルアミノアベルメクチンのベンゼンスルホン酸塩が安定なものであることは記載されている(20a参照)が,アムロジピンや4”-デオキシ-4”-エピ-メチルアミノアベルメクチンは,甲1発明とは全く別の化合物であって,甲1発明をベンゼンスルホン酸塩とした場合にも同様に安定性が得られると当業者が理解できる記載は見あたらない。
一方,甲第45号証は,「塩基性薬物群に対する塩の選択」を標題とする論文(摘記45a参照)で,「塩基性薬物群における塩の選択性に理論的な解釈を与えることを試みた」(摘記45a参照)ものであり,「塩基性薬物群に対する塩の選択に関する問題に取り組」んだ総説(摘記45b参照)であるといえる。甲第45号証には,一塩酸塩がこれまで最も高い頻度で選択され,他の塩類は塩酸塩で問題が生じた場合のみ検討されてきたこと(摘記45c参照),塩の安定性については,その共役酸の疎水性に関しても検討する必要があり,アリールスルホン酸塩は,安定性の乏しい塩酸塩,スルホン酸塩と対照的に吸湿性,水分表面における溶解を最小化する疎水性の障壁として作用することも記載されている(摘記45d参照)。
しかしながら,本件発明1の化合物は,上記イ(イ)bで検討したように塩基性基(ピリジル基とピペリジル基)のほかに酸性基(カルボキシル基)も有するので,甲第45号証でいう「塩基性薬物群」に含まれるといえるかは不明であり,また,本件発明1の酸付加塩ができることから,この「塩基性薬物群」に該当するとしても,上記のアリールスルホン酸塩の疎水性に関する記載は,本件発明1とは異なる化合物である「キシロバム」を例にとってなされたものであって,さらに,塩類の吸湿特性は固体状態の性質にも依るとされていること(摘記45e参照)からすれば,本件発明1の化合物をベンゼンスルホン酸塩をとすることで必ず非吸湿性になるとまでは当業者が予測し得たということはできない。
加えて,本件発明1のようにベンゼンスルホン酸塩とすることで,(R)体への転化が抑えられるという効果も得られている(摘記d参照)。
甲第47号証に,光学異性体のラセミ化が物理的試剤(熱,酸,溶媒に溶かすなど)あるいは化学的試剤(アルカリ,酸など)で起こることが記載され,甲第53号証に「不斉炭素の存在はラセミ化の可能性を暗示する.これらの反応には熱,溶媒,光,湿度が複雑に関係している。」との記載がある(第153頁末行?第154頁第1行)が,これらの記載はラセミ化が溶媒に溶解したり,熱や光などの様々な要因によって起こり得るという可能性を示唆するにとどまるものであって,水分が存在すれば必ず本件発明1でラセミ化が起こることまで記載されているわけではなく,非吸湿性とすれば必ず(S)体から(R)体への転化が抑制できることが当業者に予測できるということはできない。
そうすると,本件発明1の安定性についての効果は,請求人が提出したいずれの証拠の記載を参酌しても当業者が予測し得たものということができない。
よって,本件発明1のベンゼンスルホン酸塩とした効果については当業者が本件優先日時点での技術常識を参酌したとしても甲1発明から予測し得ないものといわざるを得ないから,顕著な効果があるものと認めることができる。

エ まとめ
以上のとおりであるから,本件発明1は,本件出願(優先日)前に頒布された甲第1号証に記載された発明(主引用発明)及び甲第2号証に記載された発明に基いて本件出願(優先日)前に当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。

(2)本件発明2について
本件発明2は,本件発明1の化合物を「結晶」に限定した発明であるから,上記(1)で述べたように,本件発明1は甲第1号証に記載された発明(主引用発明)及び甲第2号証に記載された発明に基いて本件出願(優先日)前に当業者が容易に発明をすることができたものといえない以上,本件発明3についても同様に甲第1号証に記載された発明(主引用発明)及び甲第2号証に記載された発明に基いて本件出願(優先日)前に当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。

(3)本件発明3について
本件発明3は,本件発明1又は2において,「医薬組成物」の用途を「抗ヒスタミン剤または抗アレルギー剤」に限定した発明であるから,上記(1),(2)で述べたように,本件発明1又は本件発明2は甲第1号証に記載された発明(主引用発明)及び甲第2号証に記載された発明に基いて本件出願(優先日)前に当業者が容易に発明をすることができたものといえない以上,本件発明3についても同様に甲第1号証に記載された発明(主引用発明)及び甲第2号証に記載された発明に基いて本件出願(優先日)前に当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。

4 請求人の主張について
(1)請求人の主張の概要
ア (S)体とした点について(審判請求書第36頁第5行?第46頁第27行,請求人第1回口頭審理陳述要領書に添付された参考資料の第28頁第1行?第41頁末行,請求人第2回口頭審理陳述要領書第2頁第12行?第5頁第11行,請求人第3回上申書第20頁第21行?第29頁第13行)
(ア)本件特許明細書の記載と実験成績証明書の参酌について
本件特許明細書に記載された薬理試験は,本件発明1であるベンゼンスルホン酸塩の薬理効果ではなく,(S)-エステルのフマル酸塩の薬理効果しか記載されておらず,代謝による(S)-エステル,(R)-エステル,ラセミ-エステル間におけるエステル結合の切断のされ易さが同一とは限らず,薬理効果にどのように結びつくのかは判断できない。(S)-エステルと(R)-エステルとは,消化管からの吸収過程で血中及び肝において脱エステル化されて,(S)体と(R)体に変換する速度が異なることが予測されるから,(S)-エステルとその代謝物の(S)体が同等の薬理作用を示すとしても,(R)-エステルと(R)体の薬理効果が同等であるとは推認できない(甲第49号証)。
したがって,本件特許明細書には本件発明の顕著な薬理効果は記載されていない。
また,本件特許明細書には(S)体と(R)体の間で競合阻害などの作用が起きることを示す記載は一切ないから,(S)体がラセミ体の7倍あるいは3倍の効果であることを示す出願後の実験成績証明書(甲第29号証の3)を参酌する基礎がない。

(イ)本件発明の効果の顕著性について
本件特許明細書に記載されたエステル体の効果がベンゼンスルホン塩の効果と仮定し得るとしても,光学異性体の一方が有効な生物活性を示し,他方が全く活性を示さない場合が多いことは技術常識であるから,本件特許明細書に記載される(S)体を(R)体と比較してヒスタミン死抑制試験で43倍,PCA反応抑制試験で100倍の効果があるとしても通常のことであり,顕著な効果があることを意味しない。
また,後から提出された実験成績証明書(甲第29号証の3)を参酌し得るとしても,本件発明には顕著な効果は以下に述べるとおり認められない。
甲第29号証の3の試験結果は,「モルモット摘出回腸のヒスタミン誘発収縮に対する薬理作用」,「モルモットヒスタミン誘発ショックに対する薬理作用」,「ラット静脈内単回投与試験」の3つである。
「モルモット摘出回腸のヒスタミン誘発収縮に対する薬理作用」の試験においては,用量0.1μMにおける収縮抑制率のみを比較して,本件発明の抑制率21%に対してベンゼンスルホン酸塩の光学分割体dl体は3%としているが,技術常識(甲第14号証)によれば,「特定の用量を投与した場合の反応の程度」で比較するのは正しくなく,同一の反応量(50%)における用量の比較によるべきであって,薬理効果を7倍と評価はできない。
一方,請求人が提出した試験報告書(甲第26号証)では,(S)体とラセミ体のIC_(50)を比較するとS体がラセミ体の2.66倍の効果しかなく,95%信頼区間を用いて統計学的に評価すれば2倍と比べて統計学的に有意な差であるといえない(甲第31,32号証)。
次に,「モルモットヒスタミン誘発ショックに対する薬理作用」の試験においても,用量0.16mg/kgにおける生存率のみを比較して,本件発明の生存率100%に対してラセミ体33%としているが,同様の理由により薬理効果を3倍と評価はできない。
一方,請求人が提出した試験報告書(甲第27号証)では,(S)体とラセミ体のID_(50)を比較するとS体がラセミ体の2.33倍の効果しかなく,同様に2倍と比べて統計学的に有意な差であるといえない。
さらに,「ラット静脈内単回投与試験」においては,LD_(50)による評価が行われているが,LD_(50)は「実験条件によって大きくその値が左右される生物指標」(甲第21号証)であって,「普遍性が約束されない」(甲第22号証)ものであるから,その数値自体に信頼性がないし,(S)体の値137mg/kgは,ラセミ体の値の86mg/kgの約1.6倍にすぎず顕著な効果とは認められない。
なお,請求人が提出した試験報告書の結果は,(R)体が薬効を示さないことを開示する甲第15?17号証によっても裏付けられているといえる。
さらに,仮に2倍以上の差があるとしても,ラセミ体の薬理活性は必ずしも有効な光学異性体の1/2となるわけではないことが本件優先日時点での技術常識となっていた(甲第3?5号証)と認められるから,2.66倍や2.33倍という効果も当業者の予測し得る範囲内のものである。

イ ベンゼンスルホン酸塩とした点について(審判請求書第33頁第4行?第35頁下から第3行,請求人第1回口頭審理陳述要領書に添付された参考資料の第22頁第19行?第27頁第20行,第2回請求人上申書第2頁第11行?第3頁末行,第3回請求人上申書第14頁第1行?第20頁第20行)
(ア)効果の程度について
本件特許明細書の示された本件発明1のベンゼンスルホン酸塩が吸湿性でない結晶として得られたという効果は医薬としての最低限の基準を充たしたという程度の効果にすぎない。
本件特許明細書に記載されている安定性試験の効果については,比較対象が(S)-4-〔4-〔(4-クロロフェニル)(2-ピリジル)メトキシ〕ピペリジノ〕ブタン酸エチルフマル酸塩のみであって,これは比較対象となり得ない。
甲第2号証には,(S)-4-〔4-〔(4-クロロフェニル)(2-ピリジル)メトキシ〕ピペリジノ〕ブタン酸のベンゼンスルホン酸塩が記載されていたのであるから,ベンゼンスルホン酸塩が吸湿性等の物理化学的性質を示しただけでは技術水準から予測し得る範囲を超えたということができない。ベンゼンスルホン酸塩と他の酸付加塩との物理化学的性質を比較して顕著な効果を示す必要があるところ,ベンゼンスルホン酸塩の効果は,トルエンスルホン酸塩やナフタレンスルホン酸塩と比べても顕著な効果があるとは認められない(甲第46号証)。

(イ)効果の予測性について
心臓病等に有効な薬剤においてベンゼンスルホン酸塩が安定性(非吸湿性)に優れていることが甲第19号証に記載され,寄生虫感染症等に有効な薬剤においてベンゼンスルホン酸塩が安定性に優れていることが甲第20号証に記載されるように,本件優先日当時,ベンゼンスルホン酸塩とすることにより非吸湿性となる薬剤も複数知られていたのであるから,本件特許明細書に示される安定性の効果は当業者が予測し得る範囲内のものにすぎない。
さらに,甲45号証によれば,塩基性薬物群において,塩酸塩などで吸湿性の塩が得られない場合には,疎水性で吸湿性を極小化させるアリールスルホン酸塩を使用することが本件優先日時に知られていたといえるから,酸付加塩になる甲1発明は塩基性薬物群であって,この知見を適用し,ベンゼンスルホン酸塩を選択した場合に,非吸湿性で安定性の高いものが得られることは当業者が容易に予測し得たことである。そして,甲1発明がベンゼンスルホン酸塩と塩を形成することは,甲第2号証に記載され(摘記2c参照),結晶になることは予測し得るし,結晶化を試みることは医薬品として当然のことである(甲第44号証)。
また,光学異性体のラセミ化を防ぐことは当業者にとって自明の課題であり(甲第55号証),光学異性体のラセミ化は溶媒,熱,光,酸,アルカリ等により生じるものである(甲第47号証)から,溶媒となる水分が少なくなる(非吸湿性となる)ほどラセミ化が起こりにくい((R)体への転化が抑制される)ことも十分予測し得ることである。

(2)請求人の主張の検討
ア (S)体とした点について
(ア)本件特許明細書の記載と実験成績証明書の参酌について
上記3(1)ウ(イ)で述べたとおり,本件特許明細書には,(S)-エステル体と本件発明1とで同等の薬理効果が生じることが記載されており,これを否定する具体的な証拠も存在しない。また,後で提出した実験成績証明書(甲第29号証の3)も,本件特許明細書に記載されるヒスタミンショック死抑制作用の薬理試験と同じ薬理作用を評価する試験で,引用発明であるラセミ体の効果に関するデータを追加したものといえるから,この実験成績証明書の内容は本件特許明細書に記載された範囲内のもので参酌することが許されるものということができる。
よって,請求人の主張は採用できない。

(イ)本件発明の効果の顕著性について
請求人の指摘のとおり,甲第29号証の3の「モルモットヒスタミン誘発ショックに対する薬理作用」の試験において,用量0.16mg/kgにおける生存率のみを比較して,本件発明の生存率100%に対してラセミ体33%であることから,薬理効果を3倍と評価できないとはいえても,上記3(1)ウ(イ)で述べたとおり,甲第29号証の3におけるラセミ体の薬理効果と本件特許明細書に記載された(S)体の薬理効果を比較すれば,(S)体にラセミ体の2倍以上の薬理効果があることを推認し得るといえる。
また,甲第27号証の実験結果には,薬理効果の一般的な評価方法であるID_(50)で(S)体とラセミ体を比較しても,(S)体がラセミ体の2.33倍の薬理効果を示すことが記載されている。また,95%信頼区間を踏まえた(S)体のID_(50)は0.084?0.106mg/kgであるのに対して,ラセミ体は0.215?0.228mg/kgであって,ID_(50)について(S)体の最大値とラセミ体の最小値を比較しても2倍以上の差がある。「モルモットヒスタミン誘発ショックに対する薬理作用」の試験は生体の個体差や反応性の差などのよりばらつきが生じる(甲第28号証)としても,ID_(50)で評価して(S)体がラセミ体の2倍以下となった実験結果が1つとして提示されていないことからすれば,甲第27号証の実験結果によって,(S)体がラセミ体の2倍以上の薬理効果を生じるとの推認を妨げることはできない。
そして,上記3(1)ウ(イ)で述べたとおり,ラセミ体と一方の光学異性体の薬理効果の差は通常2倍までであって,ラセミ体との薬理効果の差が2倍を超えることは,光学異性体の構造の差によって当然に生じる効果であるとはいえず,本件発明1の(S)体としたことの効果は,甲1発明と本件優先日時点での技術常識から当業者が予測し得たとはいえない。
よって,請求人の主張は採用できない。

イ ベンゼンスルホン酸塩とした点について
(ア)効果の程度について
請求人は,非吸湿性の結晶という効果は医薬品としての基準を充たす程度の効果にすぎないと述べているが,効果の顕著性は引用発明及び本件優先日時点での技術常識から当業者がその効果を予測し得たか否かで判断されるべきものであって,本件特許明細書に示された非吸湿性結晶としての効果が医薬品としての最低限の基準を充たす程度のものであったとしても,上記3(1)ウ(ウ)で述べたとおり,本件発明1の効果は当業者が引用発明及び本件優先日時点での技術常識からは予測できない以上,顕著なものと認めることができる。
また,本件特許明細書の安定性試験の比較対象は(S)-4-〔4-〔(4-クロロフェニル)(2-ピリジル)メトキシ〕ピペリジノ〕ブタン酸エチルフマル酸塩のみであるが,それ以外の酸付加塩はそもそも結晶でなかったり,吸湿性のものであることは本件特許明細書から理解できる(摘記c参照)。
また,甲第2号証には,(S)-4-〔4-〔(4-クロロフェニル)(2-ピリジル)メトキシ〕ピペリジノ〕ブタン酸のベンゼンスルホン酸塩が記載されているとしても,実際に合成されたわけではなく,吸湿性や安定性などの物理化学的性質については記載されていないのであるから,甲第2号証の記載から甲1発明をベンゼンスルホン酸塩とした場合に,本件発明1のように非吸湿性結晶であることや安定性が他の酸付加塩よりも良好になることまで予測することはできない。
さらに,本件発明1(ベンゼンスルホン酸塩)が,トルエンスルホン酸塩やナフタレンスルホン酸塩と比べても顕著な効果がないとしても,本件発明1の効果が引用発明及び本件優先日時点での技術常識から当業者が予測できない以上,本件発明1の効果が顕著でない理由とはならない。

(イ)効果の予測性について
本件特許明細書には,式(I)の化合物において,塩酸塩など多数の酸付加塩のうち,ベンゼンスルホン酸塩と安息香酸塩のみが非吸湿性であることが明確に示されており(摘記c参照),甲1発明を医薬品に適した酸付加塩とするあたって,ベンゼンスルホン酸塩や安息香酸塩とそれ以外の酸付加塩とで吸湿性の性状が異なることや安定性がよくなることまで,当業者が予測し得るとする根拠は,上記3(1)ウ(ウ)で述べたように,いずれの証拠にも見あたらない。
よって,請求人の主張は採用することができない。

第6 むすび
以上のとおり,本件発明1?3は,甲第1号証に記載された発明(主引用発明)及び甲第2号証に記載された発明に基いて本件出願(優先日)前に当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。
よって,請求人が主張した理由及び証拠によっては,本件発明1?3の特許を,無効とすることはできない。
審判費用については,特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により,請求人が負担すべきものとする。
よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2015-04-15 
結審通知日 2015-04-17 
審決日 2015-04-28 
出願番号 特願2000-32961(P2000-32961)
審決分類 P 1 113・ 121- Y (C07D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 新留 素子冨永 保  
特許庁審判長 井上 雅博
特許庁審判官 齊藤 真由美
中田 とし子
登録日 2010-08-06 
登録番号 特許第4562229号(P4562229)
発明の名称 光学活性ピペリジン誘導体の酸付加塩及びその製法  
代理人 田中 洋子  
代理人 小澤 圭子  
代理人 津国 肇  
代理人 小澤 圭子  
代理人 高見 憲  
代理人 鮫島 正洋  
代理人 井手 浩  
代理人 鶴目 朋之  
代理人 小國 泰弘  
代理人 新保 克芳  
代理人 高見 憲  
代理人 鮫島 正洋  
代理人 津国 肇  
代理人 小野 信夫  
代理人 柳下 彰彦  
代理人 小國 泰弘  
代理人 ▲高▼▲崎▼ 仁  
代理人 酒匂 禎裕  
代理人 柳下 彰彦  
代理人 田中 洋子  

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