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審決分類 審判 査定不服 1項3号刊行物記載 特許、登録しない。 A61L
審判 査定不服 特17 条の2 、4 項補正目的 特許、登録しない。 A61L
管理番号 1302917
審判番号 不服2014-22072  
総通号数 188 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2015-08-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2014-10-30 
確定日 2015-07-06 
事件の表示 特願2012-87825「三次元組織構造体」拒絶査定不服審判事件〔平成24年7月26日出願公開、特開2012-139541〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2004年2月2日(優先権主張 2003年8月1日)を国際出願日とする特願2006-519056号の一部を、特許法第44条第1項の規定により平成21年9月28日に新たな特許出願とした特願2009-223536号の一部を、さらに特許法第44条第1項の規定により平成24年4月6日に新たな特許出願としたものであって、平成25年9月19日付けで拒絶理由が通知され、同年11月25日付けで意見書及び手続補正書が提出されたが、平成26年7月28日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、同年10月30日に拒絶査定不服審判の請求がなされ、それと同時に手続補正書が提出され、同年12月10日付けで手続補正書(方式)が提出され、平成27年4月16日付けで上申書が提出されたものである。

第2 平成26年10月30日付けの手続補正についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成26年10月30日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)を却下する。

[理由]
1 本件補正の内容
本件補正は、特許請求の範囲について、補正前(平成25年11月25日付け手続補正によるもの)の
「【請求項1】
スキャフォルドを含まず、成体の心臓を構成する心筋組織以外の部分に由来する筋芽細胞を含む、心臓疾患を有する心臓に移植するための単層の細胞シート。
【請求項2】
筋芽細胞が骨格筋芽細胞である、請求項1に記載の細胞シート。
【請求項3】
前記筋芽細胞は、前記細胞シートが適用される被験体に由来する、請求項1又は2に記載の細胞シート。
【請求項4】
前記心臓疾患は、心不全、虚血性心疾患、心筋梗塞、心筋症、心筋炎、肥大型心筋症、拡張相肥大型心筋症および拡張型心筋症からなる群より選択される、請求項1?3のいずれか1項に記載の細胞シート。
【請求項5】
請求項1?4のいずれか1項に記載の細胞シートを含む心臓疾患に適用するための医薬。
【請求項6】
前記心臓は、心不全、虚血性心疾患、心筋梗塞、心筋症、心筋炎、肥大型心筋症、拡張相肥大型心筋症および拡張型心筋症からなる群より選択される疾患または障害を伴う、請求項5に記載の医薬。
【請求項7】
スキャフォルドを用いず、成体の心臓を構成する心筋組織以外の部分に由来する筋芽細胞を含む、心臓疾患を有する心臓に移植するためのシート状三次元構造体を製造する方法であって、
a)水に対する上限臨界溶解温度または下限臨界溶解温度が0?80℃である温度応答性高分子がグラフティングされた細胞培養支持体上で、成体の心筋以外の部分に由来する細胞を、アスコルビン酸、アスコルビン酸1リン酸、アスコルビン酸2リン酸、L-アスコルビン酸、又はそれらの塩の存在下で培養する工程;
b)培養液温度を、該上限臨界溶解温度以上または下限臨界溶解温度以下とする工程;および
c)該培養した細胞を、シート状三次元構造体として剥離する工程;
を包含する、前記方法。
【請求項8】
前記剥離時またはその前に、タンパク質分解酵素による処理がなされない、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記温度応答性高分子が、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)である、請求項7又は8に記載の方法。
」を、
補正後の
「【請求項1】
スキャフォルドを含まず、成体の心臓を構成する心筋組織以外の部分に由来する筋芽細胞を含む、心臓疾患を有するヒトの心臓に移植するための単層の細胞シートであって、
前記筋芽細胞は、前記細胞シートが適用される被験体に由来し、
前記細胞シートは、少なくとも6cm^(2)の面積を有し、以下:
a)水に対する上限臨界溶解温度または下限臨界溶解温度が0?80℃である温度応答性高分子がグラフティングされた細胞培養支持体上で、成体の心臓を構成する心筋組織以外の部分に由来する筋芽細胞を培養し、単層の細胞シートを形成させる工程;
b)培養液温度を、該上限臨界溶解温度以上または下限臨界溶解温度以下とする工程;および
c)該細胞シートを剥離する工程;
を含む方法によって製造される、
前記細胞シート。
【請求項2】
筋芽細胞が骨格筋芽細胞である、請求項1に記載の細胞シート。
【請求項3】
前記心臓疾患は、心不全、虚血性心疾患、心筋梗塞、心筋症、心筋炎、肥大型心筋症、拡張相肥大型心筋症および拡張型心筋症からなる群より選択される、請求項1又は2に記載の細胞シート。
【請求項4】
請求項1?3のいずれか1項に記載の細胞シートを含む心臓疾患に適用するための医薬。
【請求項5】
心不全、虚血性心疾患、心筋梗塞、心筋症、心筋炎、肥大型心筋症、拡張相肥大型心筋症および拡張型心筋症からなる群より選択される心臓疾患に適用するための、請求項4に記載の医薬。」(下線は、原文のとおり)
とするものである。

2 本件補正の目的の検討
本件補正が、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項の規定に適合するものであるか否かについて検討する。

(1)本件補正は、補正前の請求項3と請求項7?9を削除し、請求項の従属関係を整理するとともに、請求項1について、(a)移植対象の心臓が「ヒトの」心臓であり、(b)筋芽細胞が「細胞シートが適用される被験体に由来」するものであり、(c)細胞シートが、(c1)「少なくとも6cm^(2)の面積を有」するものであって、(c2)「a)水に対する上限臨界溶解温度または下限臨界溶解温度が0?80℃である温度応答性高分子がグラフティングされた細胞培養支持体上で、成体の心臓を構成する心筋組織以外の部分に由来する筋芽細胞を培養し、単層の細胞シートを形成させる工程;b)培養液温度を、該上限臨界溶解温度以上または下限臨界溶解温度以下とする工程;およびc)該細胞シートを剥離する工程;を含む方法によって製造される」ものであるという発明特定事項を追加することを含むものである。

(2)そこでまず、請求項1に発明特定事項を追加する本件補正について、特許請求の範囲の限定的減縮を目的とするものであるか検討する。

ア いわゆる特許請求の範囲の限定的減縮を目的とするものといえるには、特許請求の範囲の補正が、「特許請求の範囲の減縮」であり、「補正前の請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するもの」であり、かつ、「補正前の当該請求項に記載された発明とその補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一である」という要件を満たすことが必要である。
このことを考慮して、請求項1の補正について検討する。

イ 請求項1の補正のうち、(a)及び(b)は、それぞれ、補正前の発明特定事項をさらに限定するものであって、上記した限定的減縮を目的とするものにあたるといえる。
しかしながら、請求項1の補正のうち(c)の(c1)、(c2)は、いずれも補正前の発明特定事項をさらに限定するものということはできない。
すなわち、補正前の請求項1においては、「細胞シート」は、「スキャフォルドを含ま」ないものであること、「成体の心臓を構成する心筋組織以外の部分に由来する筋芽細胞を含む」ものであること、「心臓疾患を有する心臓に移植するための」ものであること、「単層」であることによって特定されていた。
これに対し、補正後の請求項1においては、上記特定のいずれかをさらに限定するものではなく、これに加えて、(c1)の細胞シートの大きさ及び(c2)の細胞シートの製造方法という構成によっても特定することになったものである。そうすると、請求項1についての補正は、補正前の請求項1には存在しなかった構成を付加するものというべきである。
よって、請求項1についての補正は、「補正前の請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するもの」という要件を満たしていないから、特許請求の範囲の限定的減縮を目的とするものとはいえない。

ウ ここで、審判請求人は、審判請求書の手続補正書(方式)において、「当該補正は、補正前の請求項3(審決注:(a)に対応)、出願当初の請求項7(審決注:(c2)に対応)、及び本件明細書の段落0082(審決注:(c1)に対応)等の記載に基づきます。」と主張しているので、補足して検討する。
仮に、細胞シートは、適当な大きさを有し、何らかの方法で製造されることが当然であり、上記審判請求人が補正の根拠とする記載に基づき、これらを明確化したものと解したところで、これらの特定は、補正前の請求項には存在しなかった新たな構成を付加することにかわりない。
そのうえ、(c2)の製造方法については、補正前の請求項7のa)の工程では、「アスコルビン酸、アスコルビン酸1リン酸、アスコルビン酸2リン酸、L-アスコルビン酸、又はそれらの塩の存在下で培養する」ことを特定していたにもかかわらず、この構成を削除した、出願当初の請求項7の記載に基づくと主張している。
そうすると、請求項1の補正のうち(c2)の細胞シートの製造方法に関する構成について、補正前の請求項7の方法の発明の構成を単に組み入れたものであると解することもできない。
よって、審判請求人の上記主張を考慮しても、請求項1についての補正は、特許請求の範囲の限定的減縮を目的とするものとはいえない。

(3)そして、請求項1についての補正が、請求項の削除、誤記の訂正又は明りょうでない記載の釈明(拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る。)を目的とするものでないことも明らかである。

(4)まとめ
以上のとおり、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項各号に規定する事項を目的とするものであるとはいえない。

3 むすび
よって、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項の規定に違反するので、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

第3 本願発明
1 平成26年10月30日付けの手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1?9に係る発明は、平成25年11月25日付けの手続補正書の特許請求の範囲の請求項1?9に記載された事項により特定されるものと認められるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は次のとおりのものである。

「【請求項1】
スキャフォルドを含まず、成体の心臓を構成する心筋組織以外の部分に由来する筋芽細胞を含む、心臓疾患を有する心臓に移植するための単層の細胞シート。」

2 刊行物及びその記載事項
原査定の拒絶の理由に引用された、本願の優先権主張の日前の平成15年6月に頒布された刊行物である「第6回日本組織工学会 プログラム・抄録集、123頁」(原査定の引用文献1。以下、「刊行物1」という。)には、次の事項が記載されている。なお、刊行物1は英文のため、当審による翻訳文で示す。
(1a)「人工組織筋芽細胞シートは、心機能を改善する」(123頁1行)

(1b)「自己由来骨格筋芽細胞(SM)は、実現可能で有望な細胞源の1つであり、そして、その直接的な注入が、心筋再生のための臨床において試みられてきた。しかし、SMの直接的な注入には、ある種の限界があり、代替的なストラテジーが必要とされている。近年、我々は、細胞の損失が減少し、瘢痕形成を伴わないというような利点を有する、人工組織心臓用シートを開発した。」(123頁5?9行)

(1c)「【目的】
したがって、我々は、SMによって構築されたシートが首尾よく機能不全の心臓を再生し得ると仮説を立てた。」(123頁10?12行)

(1d)「【方法】
機能不全の心臓を、2週間にわたってLAD(当審注:左前下行枝)を結紮することによって、18のラットで調製した。ポリマー(N-イソプロピルアクリルアミド)は、温度応答性ドメインであって、これを、培養皿上に被覆した。脚の筋肉から単離したSMを精製し、その後これらの皿上で培養した。SMによって構築された細胞シートは、単層の細胞シートとして皿から剥離した。次いで、2つのシートを、重ね合わせ、9のラットの機能不全である心筋に移植し(S群)、他方、他の6は、コントロールとしてコラーゲンシートを移植した(C群)。」(123頁13?19行)

(1e)「【結果】
2週間後、細胞シートは、心筋へ付着して、SMの移動を示した。駆出率及び内径短縮率は、S群において有意に高かった。S群では、細胞性が大きく、瘢痕形成を伴わずかつ壁が顕著に肥厚化したことによりLV拡張が軽減されることが組織学的方法によって明らかになった。」(123頁20?24行)

(1f)「【結論】
SM-シート移植は、梗塞後のグローバルリモデリングを制限することにより、グローバルな心機能を改善し、心筋再生のための有望なストラテジーであることを示唆している。」(123頁25?27行)

3 刊行物に記載された発明
刊行物1は、心機能を改善するための人工組織筋芽細胞シートに関するものであって(上記(1a))、そして、自己由来骨格筋芽細胞を、温度応答性ドメインであるポリマー(N-イソプロピルアクリルアミド)を被覆した培養皿上で培養し、これを単層の細胞シートとして剥離し、2枚重ね合わせることにより人工組織筋芽細胞シートを作製し、これをラットの機能不全の心筋に移植したことが記載されている(上記(1b)及び(1d))。
よって、刊行物1には次の発明(以下、「刊行物1発明」という。)が記載されているといえる。

「自己由来骨格筋芽細胞を、温度応答性ドメインであるポリマー(N-イソプロピルアクリルアミド)を被覆した培養皿上で培養し、これを単層の細胞シートとして剥離し、2枚重ね合わせた細胞シートとしてラットの機能不全の心筋に移植する人工組織筋芽細胞シート。」

4 対比
そこで、本願発明と刊行物1発明を対比する。

(1)刊行物1発明は、「自己由来骨格筋芽細胞を、温度応答性ドメインであるポリマー(N-イソプロピルアクリルアミド)を被覆した培養皿上で培養し、これを単層の細胞シートとして剥離し、2枚重ね合わせた細胞シート」として移植するものであるから、本願発明と「スキャフォルドを含まず」という点で一致する。

(2)本願発明の「成体の心臓を構成する心筋組織以外の部分に由来する筋芽細胞」について、本願の請求項1を引用する請求項2には、「筋芽細胞が骨格筋芽細胞である」と記載され、同請求項1又は2を引用する請求項3には、「前記筋芽細胞は、前記細胞シートが適用される被験体に由来する」と記載されていることから、自己由来の骨格筋芽細胞を包含するものである。
よって、刊行物1発明の「自己由来骨格筋芽細胞」は、本願発明の「成体の心臓を構成する心筋組織以外の部分に由来する筋芽細胞」に相当する。

(3)刊行物1発明の「人工組織筋芽細胞シート」は、「2枚重ね合わせた細胞シート」として「ラットの機能不全の心筋に移植する」ものであるから、細胞シートは、移植するためのものといえる。
これに対し、本願発明の「細胞シート」は、「心臓疾患を有する心臓に移植するための」ものであって、「単層」のものである。
よって、両者は、「心臓疾患に移植するための細胞シート」である点で共通する。

(4)以上のことから、両発明には、次の一致点及び一応の相違点がある。

一致点:
「スキャフォルドを含まず、成体の心臓を構成する心筋組織以外の部分に由来する筋芽細胞を含む、心臓疾患を有する心臓に移植するための細胞シート。」である点。

一応の相違点:
「細胞シート」について、本願発明では、「単層の細胞シート」と特定されているのに対し、刊行物1発明では、「単層の細胞シートとして剥離し、2枚重ね合わせた細胞シート」である点。

5 判断
そこで、上記一応の相違点について検討する。

(1)本願発明の「移植するための単層の細胞シート」という表現は、そのままで移植するためのものであるとも解されるが、単層の細胞シートを重層して得られる、移植するための重層された細胞シートの層を構成する単層の細胞シートも含まれるとも解される。

ア そこで、本願明細書の記載をみると、層状の細胞シートに関して次のような説明がある。
(ア1)「【0096】本明細書中で使用される場合、用語「三次元構造体」とは、・・・三次元方向に広がる物体を指す。この用語は、任意の形(例えば、シート状など)の物体を包含する。そのようなシート状構造体は、一層でも複数層でもあり得る。
【0097】本明細書において「細胞シート」とは、単層の細胞から構成される構造体をいう。このような細胞シートは、少なくとも二次元の方向に生物学的結合を有する。生物学的結合を有するシートは、製造された後、単独で扱われる場合でも、細胞相互の結合が実質的に破壊されないことが特徴である。・・・」
(ア2)「【0134】・・・1つの実施形態において、本発明の三次元構造体は、少なくとも単層の細胞シートを含み、ある実施形態では、本発明の三次元構造体は、単層の細胞シートによって構成される。・・・従って、細胞シートを少なくとも単層で持つ本発明の三次元構造体は、損傷部位を覆う用途において有用である。
【0135】好ましい実施形態において、本発明の三次元構造体は、複数の層の細胞シートを含む。好ましくは、この複数の層の細胞シートは、互いに生物学的に結合していることが有利である。・・・心臓への移植が意図される場合、このような生物学的結合は、通常電気的結合を含む。あるいは、このような生物学的結合は、スキャフォルドなしでの結合という側面で記載することができる。」

イ 細胞シートの移植に関して、実施例1には次のように記載されている。
(イ1)「【0211】(心筋細胞シートの作製)単離した新生児ラットの心筋細胞を、矩形に設計したPIPAAmグラフティングポリスチレン細胞培養皿上で培養し、そして温度を20℃まで低下させることによって矩形の細胞シートとして剥離させた。そして2つの心筋細胞シートを重層して、より厚い心臓移植片を作製した。・・・線維芽細胞シートの場合、単離した線維芽細胞を、同じ皿上で2日間培養し、そして同じ方法によって、矩形の細胞シートとして剥離した。
【0212】(心筋細胞シートの移植)心筋細胞シート移植を、LewisラットのLAD結紮の2週間後に実施した。・・・心筋細胞シートまたは線維芽細胞シートを、梗塞心筋層中に移植した。・・・」
(イ2)「【0224】(組織学的評価)本発明者らは、低温度下で単層心筋細胞シートを得ることができた(図6の左上)。心筋細胞シートは、移植後に結紮糸を用いずに、梗塞心筋層上にじかに付着させた(図6右上)。」
(イ3)「【0229】(結果)ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)製の温度応答性ドメインを、ポリスチレン細胞培養表面上にグラフティングした。新生児ラットの心筋細胞を、これらの皿上で培養し、そしてトリプシンを用いずに20℃未満で矩形の細胞シートとして剥離した。2つのシートを重層して、より厚い心臓移植片を作製した。・・・」

ウ 細胞シートの移植に関して、実施例2には次のように記載されている。
(ウ1)「【0241】(方法)左前下行枝(LAD)を2週間結紮することによって、28匹のラットにおいて、損傷心臓を作製した。高分子(N-イソプロピルアクリルアミド)製の温度応答性ドメインで、培養皿上をコーティングした。脚筋肉から単離した骨格筋芽細胞(SM)を培養し(図12を参照)、20℃にて単一の単層細胞シート(組織)として皿から脱着した(図13)。9匹のラットにおいて2つの筋芽細胞シート移植(筋芽細胞シート(S)群=107細胞)を行った;9匹のラットにおいて筋芽細胞注入(1群=107細胞)を行った;10匹のラットにおいて非細胞治療(C群=培地のみの注入)を行った(図14および16を参照)。」
(ウ2)図13には、細胞シートを二層化したこと、図14には、二層化した細胞シートを移植したことが示されている。

エ 細胞シートの移植に関して、実施例3?10には次のように記載されている。
(エ1)「【0281】・・・
(実施例3:骨格筋芽細胞-組織操作した筋芽細胞シートの移植は、心筋症ハムスターにおいて、心臓リモデリングの減弱によって心機能を改善する-ハムスターでの例)・・・
・・・
【0283】(方法)中程度の心臓リモデリングを示す27週齢の雄性BI0T0-2(拡張型心筋症(DCM)モデルハムスター)を、レシピエントとして使用した。BI0FIBハムスター(FIB)から単離した筋芽細胞を、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド製温度応答性高分子をグラフティングした皿上で培養し、そして20℃にて、酵素処理を用いることなく細胞シートを脱着した。
【0284】以下の3つの異なる治療:(1)筋芽細胞シート移植群(S群、n=8)、(2)筋芽細胞(FIBから単離した筋芽細胞)注入群(T群、n=10)、(3)シャム手術群(C群、n=10)を行った。S群において、筋芽細胞シートを、左心室(LV)壁上に移植した。T群において、筋芽細胞を、右心室(RV)壁および左心室(LV)壁中に注入した。」
(エ2)「【0289】(実施例4:ブタ梗塞モデルにおける治療)・・・
【0290】(方法)30kgのブタを全身麻酔下、開胸を行い、LADを結紮することにより作製された心筋梗塞モデルに3つの異なる治療1)骨格筋芽細胞シート群2)骨格筋芽細胞注入群3)コントロール群を作製し、心機能、心筋組織の変化を検討した(図34)。骨格筋芽細胞は自己の大腿筋から採取し、・・・使用した。この細胞をポリ(N-イソプロピルアミド製温度応答性高分子をグラフトした皿上で培養し、温度変化にて酵素処理することなく細胞シートを脱着した。」
(エ3)「【0293】(実施例5:滑膜細胞)・・・
【0294】(方法)8週齢ラットの膝関節を剥離し、関節内側面に滑膜組織を切離する。・・・得られた細胞をポリ(N-イソプロピルアミド製温度応答性高分子をグラフトした皿上で培養し、温度変化にて酵素処理することなく細胞シートを脱着した。LADの結紮することにより作製された心筋梗塞モデルに3つの異なる治療1)細胞シート群2)細胞注入群3)コントロール群を作製し、心機能、心筋組織の変化を検討した。」
(エ4)「【0297】(実施例6:幹細胞)・・・
【0298】(方法)マウス胚性幹細胞のうち・・・心筋細胞を選択した。この細胞をポリ(N-イソプロピルアミド製温度応答性高分子をグラフトした皿上で培養し、温度変化にて酵素処理することなく細胞シートを脱着した。LADの結紮することにより作製された心筋梗塞モデルに3つの異なる治療1)細胞シート群2)細胞注入群3)コントロール群を作製し、心機能、心筋組織の変化を検討した。」
(エ5)「【0301】(実施例7:アスコルビン酸添加による人工組織作製)・・・筋芽細胞を十分量増殖させた後、5×10^(6)の細胞数を、10cmの温度応答性培養皿にて培養した。
【0302】(結果)アスコルビン酸類を添加した場合は、無添加の培養系での人工組織よりも、脱着が格段に容易となっており、しかも、無添加の培養系では、数mm程度の大きさまでしか培養されず、それを超えると、割れ目などが入り、成長しなかった。しかも、はがすことが実質的に困難であり、移植可能な人工組織を提供できなかった。これに対し、本発明のアスコルビン酸類を添加した培地で培養した人工組織は、移植可能な程度の大きさに成長し、しかも、脱着が容易であり、孔も発生せず、傷もほとんど付けることなく人工組織を単離することができた。・・・
【0303】(実施例8:アスコルビン酸2リン酸添加の効果)・・・滑膜細胞および筋芽細胞を十分量増殖させた後、5×10^(6)の細胞数を、10cmの温度応答性培養皿にて培養した。・・・
【0304】培養開始9日後に、脱着させ、収縮させた。収縮させるとおよそ3分の1程度に収縮した。収縮した組織をHE染色などの組織学分析を行ったところ(図42、滑膜細胞)、細胞は10層以上になり、マトリクスはコラーゲンのメッシュまたはスポンジ状となっており、ピンセットで容易につまめる硬さとなっていた。
・・・
【0307】(結果)アスコルビン酸2リン酸を添加した場合は、無添加の培養系での人工組織および通常使用されるアスコルビン酸1リン酸を含む系での人工組織よりも、脱着が格段に容易となっており、しかも、無添加の培養系では、数mm程度の大きさまでしか培養されず、それを超えると、割れ目などが入り、成長しなかった。・・・
【0308】特に、硬度という点では、アスコルビン酸2リン酸を含む系で培養した人工組織は、ピンセットでつまめる程度の硬度であったのに対して、それ以外のものでは、硬度の点でアスコルビン酸2リン酸を含む系には及ばなかった。アスコルビン酸2リン酸を添加した培地で培養した人工組織は、移植可能な程度の大きさに成長し、しかも、脱着には特別な注意も要することなく、孔も発生せず、傷もほとんど付けることなく人工組織を単離することができる。・・・
【0309】(実施例9:アスコルビン酸類の存在下で培養した人工組織の効果)実施例7および8においてアスコルビン酸類の存在下で作製した人工組織を、拡張型心筋症ハムスターに移植したところ、移植したハムスターすべてが完治し、通常のハムスターと同様の生存期間生存した。・・・」
(エ6)「【0310】(実施例10:併用療法)・・・
・・・
【0312】細胞をポリ(N-イソプロピルアミド製温度応答性高分子をグラフトした皿上で培養し、温度変化にて酵素処理することなく細胞シートを脱着した。LADの結紮することにより作製された心筋梗塞モデルに3つの異なる治療1)細胞シート群2)遺伝子治療群3)併用療法群4)コントロール群を作製し、心機能、心筋組織の変化を検討した。」

(2)本願明細書の上記(1)アからみて、細胞シートは単層でも、これを重層した二層以上のものでもよいことが説明されている。そして、上記(1)イ及びウの実施例1及び2では、単層で得られた細胞シートを重層して二層化した細胞シートを移植したことが明確に示されている。
上記(1)エの実施例3?10では、培養した細胞シートを脱着したこと、細胞シートを移植したことが簡略に説明されているため、具体的な操作を示した実施例1及び2のように重層したものを用いたのか、そのままで用いたのかは判然としない。
しかしながら、これらの本願明細書の記載からみて、培養した細胞シートは単層の細胞シートとして得ることができるが、これをそのまま移植のために用いることと、得られた細胞シートを重層して移植のために用いることの双方が、本願発明の実施の態様として説明されていることは明らかである。

(3)そうすると、本願発明の「移植するための単層の細胞シート」は、そのままで移植するためのもののみでなく、単層の細胞シートを重層して得られる、移植するための重層された細胞シートの層を構成する単層の細胞シートも含まれると解され、刊行物1発明の「単層の細胞シートとして剥離し、2枚重ね合わせた細胞シート」を移植に用いたことを包含するといえる。
よって、一応の相違点は、実質的な相違点とはならず、両発明に異なるところはない。

(4)補足するに、本願発明の「心臓に移植するための単層の細胞シート」なる記載は、平成25年9月19日付け拒絶理由に対してなされた、平成25年11月25日付け手続補正によるものであるところ、これと同時に提出した意見書で、この補正の根拠として上記(1)ウの記載を指摘している。
そして、上記(1)ウの記載は、単層の細胞シートを二層化して移植に用いることを示したものであるから、このような対応を除外していないというべきである。

6 まとめ
よって、本願発明は、刊行物1に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。

第4 付言
上記「第2 平成26年10月30日付けの手続補正についての補正却下の決定」のとおり、この手続補正は却下すべきものであるが、この手続補正書の請求項1に係る発明についての実施可能要件、特に「前記細胞シートは、少なくとも6cm^(2)の面積を有し」とされている点について付言する。

1 本願明細書には、細胞シートの大きさに関して次のような記載がある。
(A)大きさに関する一般的な記載
(A1)「【0014】本発明によって、移植可能な人工組織が提供される。このような組織は、従来技術では達成不可能な大きさを達成し、しかも強度も優れていることから、従来人工物での移植処置が考えられなかった部位の処置が可能になった。・・・」
(A2)「【0031】本明細書において『移植可能な人工組織』とは、・・・。移植可能な人工組織は通常、十分な強度、十分な大きさ、十分な無孔性、十分な厚み、十分な生体適合性、十分な生体定着性などを有する。」

(B)具体的な数値に関する記載
(B1)「【0033】移植可能な人工組織において十分な大きさは、移植を目的とする部分に依存して変動するが、当業者は適宜、その大きさを設定することができる。しかし、移植される場合は少なくとも一定の大きさを有することが好ましく、そのような大きさは、通常、面積について少なくとも1cm^(2)であり、好ましくは少なくとも2cm^(2)であり、より好ましくは少なくとも3cm^(2)である。さらに好ましくは少なくとも4cm^(2)であり、少なくとも5cm^(2)であり、少なくとも6cm^(2)であり、少なくとも7cm^(2)であり、少なくとも8cm^(2)であり、少なくとも9cm^(2)であり、少なくとも10cm^(2)であり、少なくとも15cm^(2)であり、あるいは少なくとも20cm^(2)であり得る。」
(B2)「【0082】本明細書において「大型」とは、人工組織に関して言及するとき、孔がない部分の大きさをいい、代表的には、孔がない部分の長手方向の長さが少なくとも1cm、好ましくは少なくとも1.5cm、さらに好ましくは少なくとも2cmであることを意味する。この場合、短手方向の長さもまた、少なくとも1cm、好ましくは少なくとも1.5cm、さらに好ましくは少なくとも2cmであることが好ましいが必ずしもそうである必要はない。面積で表す場合、孔がない部分の内接円の面積が通常少なくとも1cm^(2)であり、好ましくは少なくとも2cm^(2)であり、より好ましくは少なくとも3cm^(2)であり、さらに好ましくは少なくとも4cm^(2)であり、なおさらに好ましくは少なくとも5cm^(2)であり、最も好ましくは少なくとも6cm^(2)である。」
(B3)「【0179】好ましい実施形態において、本発明の人工組織は、大型である。大型とは、通常移植対象の部位を覆うに十分な面積を有することをいう。そのような面積は、例えば、少なくとも1cm^(2)以上であり、より好ましくは、少なくとも2cm^(2)以上であり、少なくとも3cm^(2)以上であり、少なくとも4cm^(2)以上であり、さらに好ましくは少なくとも5cm^(2)以上であり、あるいは少なくとも6cm^(2)以上であることがさらに好ましい。」
(B4)「【0223】(結果)(心臓移植片の特徴)剥離した心筋細胞シートは、細胞骨格再構成に起因して、面積が5.76cm^(2)から111±0.05cm^(2)へと縮んだ(n=3)。一方、その厚さは、20.1±0.9μmから52.4±6.0μmへと増加した(n=3)。この心臓シートは、巨視的観察によると、自然に収縮した。」(実施例1の記載。なお、111±0.05cm^(2)とあるのは、本件の原出願の記載からみて1.11±0.05cm^(2)の誤記と解される。)
(B5)図面には、【図1-1】に「サイズ例:1.11±0.05cm^(2)広さ 50.2±6.0μm厚さ」、【図13】に「剥離筋芽細胞シート構築物 1.00±0.05cm^(2)面積 厚さ100±10.0μm」が記載されている。

(C)三次元化促進因子(アスコルビン酸)を用いる場合に関する記載
上記「第3 本願発明 5 判断 (1) エ (エ5)」に示した、実施例7?9に加え、次の記載がある。
(C1)「【0148】(三次元化促進因子による人工組織の調製)別の局面において、本発明は、人工組織を生産するための方法を提供する。この人工組織生産法は、A)細胞を提供する工程;B)該細胞を、三次元化促進因子を含む細胞培養液を収容する、所望の人工組織のサイズを収容するに十分な底面積を有する容器に配置する工程;およびC)該容器中の該細胞を、該所望の大きさのサイズを有する人工組織を形成するに十分な時間培養する工程、を包含する。」
(C2)「【0152】本発明の方法において使用される容器は、所望の人工組織のサイズを収容するに十分な底面積を有する限り、当該分野において通常使用されるような容器を用いることができ、例えば、シャーレ、フラスコ、型容器など、好ましくは底面積が広い(例えば、少なくとも1cm^(2))容器が使用され得る。・・・」
(C3)「【0162】別の局面において、本発明は、機能的人工組織を提供する。本明細書では、本発明の機能的人工組織は、移植可能な人工組織である。これまでも細胞培養によって人工組織を作製することが試みられているが、いずれも、大きさ、強度、はがすときの物理的損傷などによって移植に適した人工組織とはなっていなかった。本発明は、上述のような三次元化促進因子の存在下で細胞を培養することによって、大きさ、強度などの点で問題が無く、剥離させるときに特に困難を伴わない組織培養方法が提供された。・・・」
(C4)【図38】に、長さ1.5cm、幅1cm程度の人工組織の写真が示されている。

2 以上の本願明細書の記載からすると、本願発明の細胞シートは、従来では達成不可能であった十分な大きさを有するものであること(A)、そのような大きさは少なくとも1cm^(2)以上であり、好ましくは6cm^(2)以上であるが、実施例として具体的に製造され、かつ大きさが示されているのは、1cm^(2)程度であること(B)が理解でき、また、三次元化促進因子を用いると、剥離させるときに困難を伴うことなく1cm^(2)程度の細胞シートが得られること(C)が理解できる。
しかしながら、実際に少なくとも6cm^(2)の細胞シートを剥離して得たことは明記されていない。

3 そこで次に、本願明細書に、少なくとも6cm^(2)の細胞シートとして剥離させるための手段が示されているか検討する。
(D)細胞シートの剥離に関する記載
(D1)「【0010】・・・上記課題は、一部、本発明において特定の培養条件によって細胞を培養することによって予想外に組織化が進展し、かつ、培養皿から剥離し易いという性質をもつ人工組織を見出したことによって達成された。」
(D2)「【0137】・・・この方法は、a)温度応答性高分子を含む支持体上で成体の心筋以外の部分に由来する細胞を培養する工程;・・・
【0138】・・・従来の細胞シートなどの調製方法では、タンパク質分解酵素による処理を行うことによって剥離を容易にしていたが、これにより細胞シートが損傷を受け、三次元構造体とはなっていなかったという問題があった。本発明は、上記のような方法を用いることによって、タンパク質分解酵素による処理を省くことができ、その結果、損傷のない三次元構造体が提供されたという効果をもたらす。
・・・
【0141】・・・基材から剥離された人工組織および三次元構造体は、細胞、細胞間のタンパク質(例えば、細胞外マトリクス)が保持された強度ある細胞塊として回収することができ、・・・機能を何ら損なうことなく保有している。・・・トリプシン等の通常のタンパク質分解酵素を使用した場合、・・・細胞は個々に分かれた状態となって剥離される。・・・デスモソーム構造については10℃?60℃に保持した状態で剥離させることができることで知られているが、得られる三次元構造体および人工組織は強度の弱いものである。それに対し、本発明の三次元構造体および人工組織は、デスモソーム構造、基底膜様タンパク質が共に80%以上残存された状態のものであり、その結果上述したような種々の効果を得ることができるようになる。・・・」
(D3)「【0145】・・・培養した人工組織または三次元構造体を支持体材料から剥離回収するには、培養された人工組織もしくは三次元構造体をそのまま、または必要に応じ高分子膜に密着させ、細胞の付着した支持体材料の温度を支持体基材の被覆重合体の上限臨界溶解温度以上若しくは下限臨界溶解温度以下にすることによって、培養された細胞シートまたは三次元構造体を単独で、若しくは高分子膜に密着させた場合はそのまま高分子膜とともに剥離することができる。・・・
【0146】人工組織および三次元構造体を高収率で剥離、回収する目的で、細胞培養支持体を軽くたたいたり、ゆらしたりする方法、さらにはピペットを用いて培地を撹拝する方法等を単独で、あるいは併用して用いてもよい。加えて、必要に応じて人工組織および三次元構造体は、等張液等で洗浄して剥離回収してもよい。・・・」
(D4)「【0160】・・・剥離は、物理的な刺激(例えば、容器の角に棒などで物理的刺激を与えるなど)を行うことによって促進することができる。・・・」
(D5)「【0178】・・・傷のない人工組織は、本発明において初めて提供された、三次元化促進因子を用いた人工組織生産法によって実質的に初めて提供可能となった。なぜなら、従来は、人工組織を培養環境から剥離する際、どうしても組織そのものに物理的刺激を与えざるを得ず、その際必然的に傷が付かざるを得ない状態になっていたからである。」

4 上記剥離に関する記載のうち、(D3)及び(D4)以外は、いずれも温度応答性高分子を用いた培養方法又は三次元化促進因子を用いたことで十分な大きさで剥離できることを示したものといえるが、これらについては既に検討したとおり、具体的には1cm^(2)程度の細胞シートを得たことが示されるだけである。
一方、上記(D3)及び(D4)には、高分子膜に密着させる方法や、培養容器を軽くたたいたり、ゆらしたりする方法が示されている。
しかしながら、このような漠然とした記載から、具体的にどのような条件の操作を採用した場合に、少なくとも6cm^(2)の細胞シートが得られるかについて理解できる記載はない。すなわち、上記「第3 本願発明 5 判断 (1) イ?エ」に示した、実施例1?9には、剥離の際に高分子膜を用いたことや、培養容器をたたいたり、ゆらしたりする手段を採用したことは示されてない。また、【図6】及び【図16】にラット梗塞モデルへの移植、【図34】にブタ梗塞モデルへの移植状況について、写真で代用した図面が示されているが、これらをみても、剥離の際に高分子膜を用いたことや、培養容器をたたいたり、ゆらしたりする手段を採用したことは理解できないし、移植された細胞シートがどのような大きさのものかもわからない。

5 この点について、平成27年4月16日付けで審判請求人が提出した上申書にも、「細胞培養支持体上で形成された少なくとも6cm^(2)という大きな面積を有する単層の筋芽細胞シートは、培養温度を上限臨界溶解温度以上又は下限臨界溶解温度以下とすることにより、当該細胞培養支持体から剥離されると、無造作に浮遊し、かつ折れ曲ったり等するため、極めて扱いにくいものとなります。そのような状況において、損傷を与えることなく当該細胞シートを回収するためには、細胞培養支持体を軽くたたいたり、ゆらしたりする方法、さらにはピペットを用いて培地を撹拝する方法を併用する等(本件明細書の段落0146)といった、特殊な操作が必要となります。」と記載されている
そうすると、少なくとも6cm^(2)の細胞シートを得るためには、軽くたたいたり、ゆらしたりするなどの操作が必要であるといえるところ、本願明細書の記載を参酌しても、上記のとおり、このような操作によって少なくとも6cm^(2)の細胞シートが得られたことを理解できるように記載されているとはいえない。

6 したがって、本願明細書には、少なくとも6cm^(2)の面積を有する細胞シートを得たことも、それに必要な条件が理解できるような記載もなされているとはいえないから、少なくとも6cm^(2)の面積を有する細胞シートを得るためには、当業者といえども過度の試行錯誤を要するものといえる。
よって、本願明細書の発明の詳細な説明は、平成26年10月30日付け手続補正書の請求項1に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものではなく、この手続補正を考慮した本願は、特許法第36条第4項第1号に規定された要件を満たさないものである。
このことは、上記上申書で提示された補正案であっても同様である。

第5 むすび
以上のとおり、本願の請求項1に係る発明は、刊行物1に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。
したがって、その他の請求項に係る発明についての判断を示すまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2015-05-08 
結審通知日 2015-05-11 
審決日 2015-05-25 
出願番号 特願2012-87825(P2012-87825)
審決分類 P 1 8・ 57- Z (A61L)
P 1 8・ 113- Z (A61L)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 深草 亜子  
特許庁審判長 星野 紹英
特許庁審判官 関 美祝
冨永 保
発明の名称 三次元組織構造体  
代理人 鶴喰 寿孝  
代理人 小野 新次郎  
代理人 小林 泰  
代理人 山本 修  
代理人 竹内 茂雄  

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