• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  G01F
審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  G01F
審判 全部無効 2項進歩性  G01F
管理番号 1303204
審判番号 無効2014-800023  
総通号数 189 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2015-09-25 
種別 無効の審決 
審判請求日 2014-02-05 
確定日 2015-06-01 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第5371066号発明「超音波センサ及びこれを用いた超音波流量計」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 請求のとおり訂正を認める。 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許第5371066号(以下「本件特許」という。)は、平成23年11月4日に出願(特願2011-241803号)されたものであって、その請求項1ないし9に係る発明について、平成25年9月27日に特許権の設定登録がなされたものである。

これに対し、株式会社ソニックから平成26年2月5日付けで請求項1ないし9に係る発明の特許について無効審判の請求がなされたものである。
審判請求以降の手続は、おおむね次のとおりである。

平成26年2月24日付け 請求書副本の送達通知
平成26年4月25日付け 答弁書(被請求人)
平成26年4月25日付け 訂正請求書(被請求人)
平成26年5月15日付け 審尋
平成26年5月15日付け 答弁書副本の送付通知
平成26年5月15日付け 訂正請求書副本の送付通知
平成26年6月16日差出 回答書(被請求人)
平成26年7月22日付け 回答書副本の送付通知
平成26年8月25日付け 弁駁書(請求人)
平成26年9月16日付け 弁駁書副本の送付通知
平成26年9月16日付け 補正許否の決定
平成26年9月16日付け 通知書≪同意確認通知≫
平成26年10月3日差出 同意回答書(被請求人)
平成26年10月20日付け 審理の方式の申立書(被請求人)
平成26年11月4日付け 補正許否の決定
平成26年11月4日付け 審理事項通知書
平成26年12月1日付け 口頭審理陳述要領書(請求人)
平成26年12月1日付け 口頭審理陳述要領書(被請求人)
平成26年12月15日 第1回口頭審理
平成26年12月17日付け 上申書(請求人)
平成27年1月9日付け 上申書(被請求人)

第2 訂正請求について
1 請求の趣旨・本件訂正の内容
被請求人が平成26年4月25日付けで提出した訂正請求書の請求の趣旨は、「特許第5371066号の明細書、特許請求の範囲を本件請求書に添付した訂正明細書、特許請求の範囲のとおり、一群の請求項ごとに訂正することを求める。」というものであって、本件訂正の内容は、請求項1ないし9からなる一群の請求項について、以下の訂正事項1?13からなるものである。
なお、明細書について、訂正前のもの、すなわち願書に添付した明細書を「特許明細書」と、訂正後のものを「訂正明細書」ということがある。また、訂正箇所に下線を付した。訂正事項13は、平成26年12月15日の第1回口頭審理における訂正請求書の補正に基づくものである。

(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「微少流量が流れる」とあるのを、「微少流量の物質が流れる」に訂正する。
(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項1に「高周波が付与されて振動し、」とあるのを、「高周波信号が付与されて振動し、」に訂正する。
(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項1に「前記超音波振動子の幅よりも大きな幅」とあるのを、「前記超音波振動子の前記導管の軸方向の幅よりも大きな同方向の幅」に訂正する。
(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項1に「音の伝搬速度が前記導管内を流れる物質の音の伝搬速度」とあるのを、「音の伝搬速度が前記導管内を流れる前記物質の音の伝搬速度」に訂正する。
(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項5に「前記超音波振動子と前記制振部材の接触面に非粘着性物質を挟む」とあるのを、「前記超音波振動子と前記制振部材との間に非粘着性物質を介在させる」に訂正する。
(6)訂正事項6
特許請求の範囲の請求項6に「前記超音波振動子と前記制振部材の接触面」とあるのを、「前記超音波振動子と前記制振部材の互いに対峙する面」に訂正する。
(7)訂正事項7
願書に添付した明細書の段落【0011】に記載された「微少流量が流れる」とあるのを、「微少流量の物質が流れる」に訂正する。
(8)訂正事項8
願書に添付した明細書の段落【0011】に記載された「高周波が付与されて振動し、」とあるのを、「高周波信号が付与されて振動し、」に訂正する。
(9)訂正事項9
願書に添付した明細書の段落【0011】に記載された「前記超音波振動子の幅」とあるのを、「前記超音波振動子の前記導管の軸方向の幅」に訂正する。
(10)訂正事項10
願書に添付した明細書の段落【0011】に記載された「音の伝搬速度が前記導管内を流れる物質の音の伝搬速度」とあるのを、「音の伝搬速度が前記導管内を流れる前記物質の音の伝搬速度」に訂正する。
(11)訂正事項11
願書に添付した明細書の段落【0011】に記載された「整合部材が測定される流体の密度と略等しい密度を有することと」とあるのを、「測定される流体の密度と略等しい密度を有する整合部材を選定することと」に訂正する。
(12)訂正事項12
願書に添付した明細書の段落【0018】に記載された「超音波振動子と導管の間に導管に流れる物質の同様の音波伝搬速度を有する材料からなるリング状の整合部材」とあるのを、「超音波振動子と導管の間に導管に流れる物質と同様の音波伝搬速度を有する材料からなると共にリング状の柔軟性のある均一な整合部材」に訂正する。
(13)訂正事項13
願書に添付した明細書の段落【0011】に記載された「環状の柔軟性のある略均一な整合部材を設けると共に、」とあるのを、「環状の柔軟性のある均一な整合部材を設けると共に、」に訂正する。

2 訂正の適否についての判断
(1)訂正事項1について
訂正事項1は、訂正前の請求項1の「微少流量が流れる」について、「微少流量の物質が流れる」と訂正することで、「微少流量」の何が流れるのかを明確にし、かつ、訂正前の請求項1の「前記導管内を流れる物質」との記載との整合を取ることを目的とするものであるから、当該訂正事項1は、特許法第134条の2第1項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものに該当する。
また、訂正事項1は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲及び図面(以下単に「本件特許明細書等」ということがある。)に記載された事項の範囲内で行われたものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(2)訂正事項2について
訂正事項2は、訂正前の請求項1に「高周波が付与されて振動し、」とあるのを、「高周波信号が付与されて振動し、」に訂正することで、これに続く「振動を受信して高周波信号を発生させる」との記載と用語を統一することを目的とするものであるから、当該訂正事項2は、特許法第134条の2第1項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
また、願書に添付した明細書の段落【0021】に「これらの超音波センサ1A,1Bは、コントロールユニット(C/U)30に電気的に接続され、上流側超音波センサ1Aに高周波を印加して振動させ」と記載されているとおり、超音波振動子は高周波の電気信号を付与して振動させるものであるから、訂正事項2は、本件特許明細書等に記載された事項の範囲内で行われたものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(3)訂正事項3について
訂正事項3は、訂正前の請求項1の「前記超音波振動子の幅よりも大きな幅」とあるのを、「前記超音波振動子の前記導管の軸方向の幅よりも大きな同方向の幅」に訂正することで、「前記超音波振動子の幅」が、「導管の軸方向」の幅であることを明瞭にすることを目的とするものであるから、当該訂正事項3は、特許法第134条の2第1項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
そして、願書に添付した図面の図2は、超音波センサの構造を示した説明図であるが、図2には、整合部材7における導管20の軸方向の幅が、超音波振動子における導管20の軸方向の幅よりも大きな幅であることが示されているから、訂正前の請求項1に記載された、整合部材における「超音波振動子の幅よりも大きな幅」が、導管の軸方向の幅を指していることは自明である。
よって、訂正事項3は、願書に添付した明細書の段落【0026】の記載を見るまでもなく、本件特許明細書等に記載された事項の範囲内で行われたものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(4)訂正事項4について
訂正事項4は、訂正前の請求項1に「音の伝搬速度が前記導管内を流れる物質の音の伝搬速度」とあるのを、「音の伝搬速度が前記導管内を流れる前記物質の音の伝搬速度」に訂正することで、「導管内を流れる物質」と、訂正事項1により訂正された「微少流量の物質」とが同じものであることを明瞭にするものであるから、特許法第134条の2第1項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
また、訂正事項4は、本件特許明細書等に記載された事項の範囲内で行われたものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(5)訂正事項5について
訂正事項5は、訂正前の請求項5に「前記超音波振動子と前記制振部材の接触面に非粘着性物質を挟む」とあるのを、「前記超音波振動子と前記制振部材との間に非粘着性物質を介在させる」に訂正することで、「接触面に非粘着性物質を挟む」との構成についての解釈上の疑義(超音波振動子と制振部材とは、非粘着性物質を挟むことで、面同士では接触していないのにもかかわらず、訂正前の請求項5の「接触面」との記載より、両者が面同士で接触しているようにも解釈できる)をなくすものであるから、当該訂正事項5は、特許法第134条の2第1項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
そして、願書に添付した明細書の段落【0012】には、「超音波振動子と制振部材との間に非粘着性物質を挟むようにしても良いものである。」と記載されていることから、訂正事項5は、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(6)訂正事項6について
訂正事項6は、訂正前の請求項6に「前記超音波振動子と前記制振部材の接触面」とあるのを、「前記超音波振動子と前記制振部材の互いに対峙する面」に訂正することで、構成についての解釈上の疑義(超音波振動子と制振部材とは、非粘着性処理が施された介在部材により、面同士では接触していないのにもかかわらず、訂正前の請求項6の「接触面」との記載より、両者が面同士で接触しているようにも解釈できる)をなくすものであるから、当該訂正事項6は、特許法第134条の2第1項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
そして、願書に添付した明細書の段落【0012】には、「さらにまた、片面若しくは両面に非粘着性処理が施された介在部材を設けるようにしても良いものである。」と記載されていることから、訂正事項6は、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(7)訂正事項7について
訂正事項7は、上記訂正事項1に係る訂正に伴って、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との整合を図るため、願書に添付した明細書の段落【0011】に記載された「微少流量が流れる」を、「微少流量の物質が流れる」に訂正するものである。
よって、訂正事項7は、特許法第134条の2第1項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
また、訂正事項7は、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(8)訂正事項8について
訂正事項8は、上記訂正事項2に係る訂正に伴って、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との整合を図るため、願書に添付した明細書の段落【0011】に記載された「高周波が付与されて振動し、」とあるのを、「高周波信号が付与されて振動し、」に訂正するものである。
よって、訂正事項8は、特許法第134条の2第1項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
また、訂正事項8は、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(9)訂正事項9について
訂正事項9は、上記訂正事項3に係る訂正に伴って、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との整合を図るため、願書に添付した明細書の段落【0011】に記載された「前記超音波振動子の幅よりも大きな幅」とあるのを、「前記超音波振動子の前記導管の軸方向の幅よりも大きな同方向の幅」に訂正するものである。
よって、訂正事項9は、特許法第134条の2第1項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
また、上記「(3)」で述べたとおり、「超音波振動子の幅」が、導管の軸方向の幅を指していることは自明であるから、訂正事項9は、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(10)訂正事項10について
訂正事項10は、上記訂正事項4に係る訂正に伴って、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との整合を図るため、願書に添付した明細書の段落【0011】の最初の文に「音の伝搬速度が前記導管内を流れる物質の音の伝搬速度」とある記載を、「音の伝搬速度が前記導管内を流れる前記物質の音の伝搬速度」に訂正するものである。
よって、訂正事項10は、特許法第134条の2第1項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
また、訂正事項10は、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(11)訂正事項11について
訂正事項11は、願書に添付した明細書の段落【0011】に記載された「この『音の伝搬速度が前記導管内を流れる物質の音の伝搬速度と略等しい材質からなること』とは、整合部材が測定される流体の密度と略等しい密度を有することと同じ概念を有するものである。」とあるのを、「この『音の伝搬速度が前記導管内を流れる物質の音の伝搬速度と略等しい材質からなること』とは、測定される流体の密度と略等しい密度を有する整合部材を選定することと同じ概念を有するものである。」に訂正することで、「音の伝搬速度」と「密度」とが同じ意味であるかのような誤解が生じないよう、表現を改めることを目的としたものである。
よって、訂正事項11は、特許法第134条の2第1項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
そして、訂正事項11は、上記のとおり、誤解が生じないように表現を改めるものであるから、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(12)訂正事項12について
訂正事項12は、願書に添付した明細書の段落【0018】に「超音波振動子と導管の間に導管に流れる物質の同様の音波伝搬速度を有する材料からなるリング状の整合部材」とあるのを、「超音波振動子と導管の間に導管に流れる物質と同様の音波伝搬速度を有する材料からなると共にリング状の柔軟性のある均一な整合部材」に訂正することで、願書に添付した明細書の段落【0018】に記載の効果が奏されるためには、超音波振動子と導管の間に介在される整合部材が導管に流れる物質と同様の音波伝搬速度を有する材料からなることだけではなく、「柔軟性のある均一な」部材であることも必要であることを明瞭にするものである。
したがって、当該訂正事項12は、特許法第134条の2第1項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
そして、願書に添付した明細書の段落【0018】の記載は、【発明の効果】についての記載であるから、整合部材が「柔軟性のある均一な」部材であることを含む、訂正前の請求項1に記載された事項により特定される発明の効果を記載したものであることは明らかである。
よって、訂正事項12は、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(13)訂正事項13について
訂正事項13は、願書に添付した明細書の段落【0011】に記載された「環状の柔軟性のある略均一な整合部材を設けると共に、」とあるのを、「環状の柔軟性のある均一な整合部材を設けると共に、」に訂正することで、発明の詳細な説明の記載を特許請求の範囲の記載と整合させることを目的とするものである。
よって、訂正事項13は、特許法第134条の2第1項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
また、訂正事項13は、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

3 一群の請求項について
(1)訂正事項5に係る訂正後の請求項5及び訂正事項6に係る訂正後の請求項6は、訂正事項1ないし4に係る訂正後の請求項1を引用しているから、訂正後の請求項1ないし9は、一群の請求項を構成するものであり、本件訂正請求は、特許法第134条の2第3項の規定に適合する。

(2)訂正事項7ないし13は、訂正後の請求項1と関係しているから、本件訂正請求は、特許法第134条の2第9項で準用する同法第126条第4項の規定にも適合する。

4 請求人の主張について
請求人は、訂正事項12について、願書に添付した明細書の段落【0018】には「整合部材」が均一であることが記載されていないから、同段落【0018】に記載された「超音波振動子の振動をバラツキ少なく均一に確実に導管内の流体に伝達することができると共に、導管内の流体を伝搬してきた振動を超音波振動子によってバラツキ少なく均一に確実に検出することができるため、導管内を通過する流体の流量、流速を精度良く検出することが可能となる」との効果を、整合部材が柔軟性のある均一な部材であることの効果であるとする訂正事項12は、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内の訂正ではない旨主張している(弁駁書第3頁第12行?第4頁8行、同第12頁第26行?第13頁第1行)。
しかし、願書に添付した明細書の段落【0026】には「また生来略均一に作られている材質を選んでいるので、そのバラつきを気にする必要はなく、バラツキ少なく均一に送受信可能となるものである。」と記載され、願書に添付した明細書の段落【0030】には「これによって、導管20に対して、流体の流れ方向に対して、制振部材3,4、柔軟性のある略均一な整合部材7によって、つまりは接着剤を使って固め固定端振動にするのではなく、固着させず自由振動させることで円滑に振動することが可能となり、流れ方向の振動は制振部材3,4によって制振され、超音波振動子2の残響がバラツキなく均一に取り除け、導管20に対する方向についても、制振部材3,4及び柔軟性のある略均一な整合部材7によって、つまりは接着剤を使って固め固定端振動にするのではなく、固着させず自由振動させることで振動子が円滑に振動することが可能となるため、導管20を流れる流体にバラツキ少なく均一に振動を伝えることが可能となるものである。」と記載されているのであるから、願書に添付した明細書の段落【0018】に記載された【発明の効果】(特許を受けようとする発明が従来の技術との関連において有する有利な効果)が、整合部材が柔軟性のある均一な部材であることを含む、訂正前の請求項1に記載された事項により特定される発明の効果を記載したものであることは明らかである。
よって、訂正事項12は、願書に添付した明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入するものではないから、請求人の主張は採用できない。

5 まとめ
以上のとおりであるから、本件訂正は、特許法第134条の2第1項ただし書第3号に掲げる事項を目的とするものに該当し、特許法第134条の2第3項、同法第134条の2第9項で準用する同法第126条第4項、第5項及び第6項の規定に適合するので、本件訂正を認める。

第3 本件発明
上記第2のとおり、本件訂正は認められたので、本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1ないし9に係る発明(以下、単に、本件発明1ないし9ということがある。)は、本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1ないし9に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。
「【請求項1】
微少流量の物質が流れる導管の外周上に配置され、高周波信号が付与されて振動し、振動を受信して高周波信号を発生させるリング状の超音波振動子と、該超音波振動子を挟持固定するように配置される一対の制振部材とによって構成される超音波センサにおいて、
前記超音波振動子の内周面と前記導管の外周面の間に、前記超音波振動子の前記導管の軸方向の幅よりも大きな同方向の幅を有する環状の柔軟性のある均一な整合部材を設けると共に、該整合部材は、音の伝搬速度が前記導管内を流れる前記物質の音の伝搬速度と略等しい材質からなることを特徴とする超音波センサ。
【請求項2】
前記超音波振動子と前記制振部材の接触面は、その粘着性が最小限となるように加工されることを特徴とする請求項1記載の超音波センサ。
【請求項3】
前記超音波振動子と前記制振部材との接触面の粘着性を最小限にする加工は、表面コーティングであることを特徴とする請求項2記載の超音波センサ。
【請求項4】
前記超音波振動子と前記制振部材との接触面の粘着性を最小限にする加工は、プラズマ表面処理であることを特徴とする請求項2記載の超音波センサ。
【請求項5】
前記超音波振動子と前記制振部材との間に非粘着性物質を介在させることを特徴とする請求項1?4のいずれか1つに記載の超音波センサ。
【請求項6】
前記超音波振動子と前記制振部材の互いに対峙する面の少なくとも一方の面に非粘着性処理が施された介在部材を設けること特徴とする請求項1?4のいずれか1つの記載の超音波センサ。
【請求項7】
前記超音波振動子と前記整合部材の間及び前記整合部材と前記導管の間には、導管を流れる物質の密度と略等しい密度を有するグリースが適用されることを特徴とする請求項1?6のいずれか1つに記載の超音波センサ。
【請求項8】
請求項1?7のいずれか1つに記載の超音波センサを、微少流量が流れる導管上に所定の間隔で配置したことを特徴とする超音波流量計。
【請求項9】
前記導管を流れる流量の計測を実行して出力するコントロールユニットが載置されるコントロールユニット収納部と、一対の前記超音波センサが所定の間隔で配置されるセンサ保護部とによって構成されるケースを具備し、
該ケースのセンサ保護部は、導管とは離れた状態で制振部材を挟持固定することを特徴とする請求項8記載の超音波流量計。」

第4 請求人の請求の趣旨及び請求の理由
1 請求人の請求の趣旨及び主張する無効理由の概略
請求人は、審判請求書において、特許第5371066号発明の特許請求の範囲の請求項1乃至9に記載された発明についての特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求め、審判請求書、弁駁書、口頭審理陳述要領書及び上申書を提出した。そして、請求人が主張する無効理由は、概略、次のとおりのものである。
(1)無効理由1
特許請求の範囲の請求項1乃至9の記載は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たさないものであるため、特許請求の範囲の請求項1乃至9に係る発明(本件発明1乃至9)についての特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであり、同法第123条第1項第4号の規定に該当し、無効とすべきものである。

(2)無効理由2
本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないから、本件発明1乃至9についての特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであり、同法第123条第1項第4号の規定に該当し、無効とすべきものである。

(3)無効理由3
本件発明1乃至9についての特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである。

2 証拠方法
請求人が提出した証拠方法は、以下のとおりである。
(1)審判請求書とともに提出された証拠
甲第1号証:新村出、広辞苑、第六版、株式会社岩波書店、2008年1月11日
甲第2号証:宇田川義夫、超音波技術入門-発信から受信まで-、初版、日刊工業新聞社、2010年1月30日
甲第3号証:材料音速一覧表、インターネット(URL:http://www.olympus-ims.com/ja/ndt-tutorials/thickness-gage/appendices-velocities/)
甲第4号証:秋山徹、位相差バラツキへの温度影響調査結果、2013年10月23日
甲第5号証:電子メール及び当該電子メールに添付された文書を印刷したもの(2010年3月10日16時20分)
甲第6号証:雇用保険被保険者資格喪失確認通知書(事業主通知用)
甲第7号証:特許庁、工業所有権法(産業財産権法)逐条解説、第19版、一般社団法人発明推進協会、2012年12月25日
甲第8号証:電子メールを印刷したもの(2010年4月12日12時07分)
甲第9号証の1:特開2001-166660号公報
甲第9号証の2:特開2003-170230号公報
甲第9号証の3:国際公開第2005/050069号
甲第10号証の1:特表平8-509195号公報
甲第10号証の2:特開2003-286357号公報
甲第10号証の3:特開2008-130861号公報
甲第11号証の1:特開2009-248520号公報
甲第11号証の2:特開平5-228991号公報
甲第11号証の3:特開2009-220695号公報
甲第12号証:信越化学工業株式会社のグリース・オイルコンパウンドカタログ
甲第13号証の1:特開2008-107234号公報
甲第13号証の2:特開2006-279128号公報
甲第13号証の3:特開平10-38649号公報
甲第13号証の4:特開2008-14841号公報
甲第13号証の5:特開2008-164330号公報

(2)弁駁書とともに提出された証拠
甲第14号証:新村出、広辞苑、第六版、株式会社岩波書店、2008年1月11日
甲第15号証:東京高裁昭和43(行ケ)第67号判決
甲第16号証:電子メール(送信日時:2010年10月29日19時28分)を印刷したもの
甲第17号証:電子メール(送信日時:2010年11月1日18時24分)を印刷したもの
甲第18号証:タキオニッシュホールディングス株式会社就業規則
(甲第19号証の1(特開2005-106594号公報)、甲第19号証の2(特開2002-303541号公報)、甲第19号証の3(特開2002-365106号公報)及び甲第19号証の4(特開2005-351828号公報)については、後述のとおり、証拠として採用しない。)

(3)口頭審理陳述要領書(請求人)とともに提出された証拠
甲第20号証:平成22年(2010年)9月16日付出向個別契約書
甲第21号証:平成25年(ネ)第1003号 従業員地位確認等請求控訴事件 判決文
甲第22号証:株式会社ソニック就業規則

(4)上申書において提出された証拠
甲第23号証:平成26年12月15日に行われた口頭審理において、請求人が説明に用いた資料

なお、弁駁書第27頁第5行から第28頁第14行(「(4-7)無効理由3についての予備的意見」の項)に記載された事項による請求の理由の補正については、平成26年9月16日付けの補正許否の決定により、許可しないこととなったので、該請求の理由の補正に伴って提出された甲第19号証の1、甲第19号証の2、甲第19号証の3、及び甲第19号証の4については、証拠として採用しない。
また、弁駁書の第24頁第11?27行(「仮に・・・甲第5,8号証から当業者にとって容易である。」)及び第25頁第7?19行(「仮に・・・甲第5,8号証から当業者にとって容易である。」)に記載された事項による請求の理由の補正ついては、平成26年10月3日差出の同意回答書のとおり、被請求人が、不同意であったので、平成26年11月4日付けの補正許否の決定により、許可しないこととなった。よって、弁駁書第24頁第14?23行により特定される甲第8号証の新たな記載箇所は、補正を許可しないことになった請求の理由を立証するための証拠としては、採用しない。

第5 被請求人の答弁の趣旨及び主張
1 被請求人の答弁の趣旨及び主張の概要
被請求人は答弁書において、請求人の主張は理由がないものとする、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求め、答弁書、回答書、口頭審理陳述要領書(平成26年12月15日の第1回口頭審理における訂正後のもの)及び上申書において、特許請求の範囲の請求項1乃至9に記載された特許を無効とすべき理由はない旨主張している。

2 被請求人が提出した証拠方法
被請求人が提出した証拠方法は以下のとおりである。
(1)答弁書とともに提出された証拠
乙第1号証:チョン・カー・ウィー、「微少液体流量計測の現状と将来展望」、産総研計量標準報告、Vol.8、No.1、2010年8月
乙第2号証:新村出、広辞苑、第四版、株式会社岩波書店、1993年9月10日
乙第3号証:吉田明彦、国立天文台編 理科年表 平成24年机上版第85冊2012、丸善出版株式会社、平成23年11月30日
乙第4号証:特開2011-7539号公報
乙第5号証:特開2003-14513号公報
乙第6号証:特開2004-198340号公報
乙第7号証:平成11年(行ケ)第368号判決

(2)回答書とともに提出された証拠
乙第8号証:株式会社テクノスルガからの採用内定通知書
乙第9号証の1:2009年12月21日付け出向個別契約書
乙第9号証の2:2010年3月31日付け出向個別契約書
乙第10号証:秘密扱い資料(2007年9月12日付けの技術者募集用の資料)
乙第11号証:株式会社テクノスルガの閉鎖事項全部証明書
乙第12号証:タキオニッシュホールディングス株式会社の会社情報(URL:http://www.tachyonish.com/company/index.html)
乙第13号証:株式会社ソニックの履歴事項全部証明書
乙第14号証:被請求人のスケジュール表
乙第15号証:東京高裁/昭和55,2,18判決
乙第16号証:上告受理申立て通知書

(3)口頭審理陳述要領書(被請求人)とともに提出された証拠
乙第17号証:特開2012-242091号公報
乙第18号証:高温対応超音波流量計センサについての検討資料

第6 無効理由1(第36条第2項)について
1 無効理由1の要点
無効理由1について請求人の主張する理由の要点は、以下のアないしクの点で、請求項1の記載は明確でないから、請求項1及び請求項1の記載を引用する請求項2乃至9に係る発明が明確でなく、以下のケの点で、請求項2の記載は明確でないから、請求項2及び請求項2の記載を引用する請求項3乃至9に係る発明が明確でなく、以下のコの点で、請求項5の記載は明確でないから、請求項5及び請求項5の記載を引用する請求項7乃至9に係る発明が明確でなく、以下のサの点で、請求項6の記載は明確でないから、請求項6及び請求項6の記載を引用する請求項7乃至9に係る発明が明確でなく、以下のシの点で、請求項7の記載は明確でないから、請求項7及び請求項7の記載を引用する請求項8乃至9に係る発明が明確でない、というものである。

ア 「微小流量が流れる導管」(訂正前)について、「微小流量」の範囲が曖昧である。
イ 「高周波が付与されて振動し、振動を受信して高周波信号を発生させるリング状の超音波振動子」(訂正前)について、「高周波」の範囲が曖昧である。
ウ 「前記超音波振動子の幅よりも大きな幅を有する環状の柔軟性のある均一な整合部材」(訂正前)について、「幅」が超音波振動子及び整合部材のどこの寸法であるのかが不明確である。
エ 「前記超音波振動子の幅よりも大きな幅を有する環状の柔軟性のある均一な整合部材」(訂正前)について、整合部材の何が均一であるのかが不明確である。
オ 「微少流量が流れる導管」(訂正前)及び「前記導管内を流れる物質」(訂正前)について、「微小流量」と「物質」との関係が不明確である。
カ 「音の伝搬速度が前記導管内を流れる物質の音の伝搬速度と略等しい材質」(訂正前)について、「略等しい」の範囲が曖昧である。
キ 「該整合部材は、音の伝搬速度が前記導管内を流れる物質の音の伝搬速度と略等しい材質からなる」(訂正前)について、「整合部材」の構成が不明である。
ク 「該整合部材は、音の伝搬速度が前記導管内を流れる物質の音の伝搬速度と略等しい材質からなる」(訂正前)について、「音の伝搬速度」の意味が不明確である。
ケ 「接触面は、その粘着性が最小限となるように加工される」について、「最小限となる」が具体的にどのような構成の接触面を意味するものかが不明確である。
コ 「前記超音波振動子と前記制振部材の接触面に非粘着性物質を挟む」(訂正前)について、「接触面に非粘着性物質を挟む」が具体的にどのような構成を意味するものかが不明確である。
サ 「前記超音波振動子と前記制振部材の接触面の少なくとも一方の面に非粘着性処理が施された介在部材を設ける」(訂正前)について、「接触面の少なくとも一方の面に・・・介在部材を設ける」が具体的にどのような構成を意味するものかが不明確である。
シ 「導管を流れる物質の密度と略等しい密度を有するグリース」について、「略等しい」の範囲が曖昧である。

2 無効理由1についての当審の判断
ア 請求項1の「微小流量が流れる導管」(訂正前)との記載について
(ア)請求人の主張(請求書第13頁第6?7行、同第17頁第7?10行、弁駁書第4頁第10行?第5頁第3行)
請求項1の「微少流量が流れる導管」(訂正前)との記載について、「微少」の範囲が曖昧であり、「微小流量」とはどの程度の流量を意味するものかが曖昧である。また、本件明細書においても、「微小流量」の範囲が明らかにされていない。
また、本件明細書段落【0006】の「上述した超音波流量計において、特に微少流量を測定する場合には、特許文献3に開示されるように、微少流量の流体が通過する導管の内側に超音波振動子を設けることは難しく、流れそのものを阻害する恐れがあるため、導管の外側に超音波振動子を設けることが望ましい。」との記載は、微少流量を測定する場合に導管の外側に超音波振動子を設けることが望ましいことを述べているに過ぎないから、該記載から「微少流量」の定義を導き出すことは困難である。
さらに、乙第1号証には「1L/minより低い流量は微小流量として一般的に認識されている」と記載されているが、これは技術常識として定まった定義ではない。

(イ)当審の判断
平成26年4月25日付け訂正請求により、請求項1に記載された「微少流量が流れる導管」は、「微少流量の物質が流れる導管」と訂正された(訂正事項1)。
訂正後の請求項1の「微少流量の物質が流れる導管の外周上に配置され、高周波信号が付与されて振動し、振動を受信して高周波信号を発生させるリング状の超音波振動子と、・・・とによって構成される超音波センサ」との記載は、超音波センサのうち、訂正明細書段落【0006】に記載された「微少流量の流体が通過する導管の内側に超音波振動子を設けることは難しく、流れそのものを阻害する恐れがあるため、導管の外側に超音波振動子を設け」た形式の超音波センサが、特許を受けようとする発明の対象であることを特定する記載であって、該形式の超音波センサにおいて、「導管」を流れる物質の「微少流量」の具体的範囲を定義することは、特許を受けようとする発明の技術的意義にとって本質的な要件ではない。
よって、訂正後の請求項1に「微少流量の物質」について「微少」の範囲が特定されていないからといって、特許を受けようとする発明が不明確であるとはいえない。
また、訂正明細書をみても、「微小流量」の具体的範囲を特定することが、発明を特定するために必要な事項であるとは記載されていない。
したがって、上記(ア)の点で訂正後の請求項1の記載が明確でないとすることはできない。

イ 請求項1の「高周波が付与されて振動し、振動を受信して高周波信号を発生させるリング状の超音波振動子」(訂正前)との記載について
(ア)請求人の主張(請求書第13頁第8?9行、同第17頁第11?15行)
請求項1の「高周波が付与されて振動し、振動を受信して高周波信号を発生させるリング状の超音波振動子」(訂正前)との記載について、「高周波」の意味が曖昧であり、「高周波」とはどの程度の周波数を意味するものかが曖昧である。また、本件明細書においても「高周波」の範囲が明らかにされていない。

(イ)当審の判断
平成26年4月25日付け訂正請求により、「高周波が付与されて振動し、振動を受信して高周波信号を発生させるリング状の超音波振動子」は、「高周波信号が付与されて振動し、振動を受信して高周波信号を発生させるリング状の超音波振動子」と訂正された(訂正事項2)。
訂正明細書の段落【0021】に「これらの超音波センサ1A,1Bは、コントロールユニット(C/U)30に電気的に接続され、上流側超音波センサ1Aに高周波を印加して振動させ、・・・下流側超音波センサ1Bにおいて振動子を振動させ、コントロールユニット30によって電気的に検出される。」と記載されているとおり、上記「高周波信号が付与されて振動し、振動を受信して高周波信号を発生させるリング状の超音波振動子」との記載は、超音波振動子による振動の発生、検出についての一般的な記述であって、「高周波信号」の周波数の程度は、特許を受けようとする発明の技術的意義にとって本質的な要件ではない。
よって、訂正後の請求項1に「高周波」の程度が明らかにされていないからといって、特許を受けようとする発明が不明確であるとはいえない。
また、訂正明細書をみても、「高周波」の具体的範囲を特定することが、発明を特定するために必要な事項であるとは記載されていない。
したがって、上記(ア)の点で訂正後の請求項1の記載が明確でないとすることはできない。

ウ 請求項1の「前記超音波振動子の幅よりも大きな幅を有する環状の柔軟性のある均一な整合部材」(訂正前)との記載について
(ア)請求人の主張(請求書第13頁第9?11行、同第17頁第16?25行)
請求項1の「前記超音波振動子の幅よりも大きな幅を有する環状の柔軟性のある均一な整合部材」(訂正前)との記載について、「幅」が整合部材のどこの寸法であるのかが不明確である。つまり、「幅」なる語は、「物の横方向の、一端から他の端までの距離。横のひろさ。また、細長く続くものの、両端を直角に切る長さ。」(甲第1号証)なる意味を有するものであるところ、超音波振動子及び整合部材の「横方向」が何ら特定されていないので、「幅」が超音波振動子及び整合部材のどこの寸法を指しているものかが不明確である。また、本件明細書においても、「幅」が超音波振動子及び整合部材のどこの寸法を指すものかが明らかにされておらず、超音波振動子及び整合部材の「横方向」も明らかにされていない。

(イ)当審の判断
平成26年4月25日付け訂正請求により、「超音波振動子の幅」は「超音波振動子の前記導管の軸方向の幅」と訂正され、「環状の柔軟性のある均一な整合部材」についての「大きな幅」は「大きな同方向の幅」と訂正された(訂正事項3)。
よって、訂正後の請求項1の「幅」が、「導管の軸方向の幅」を意味していることは明らかである。
したがって、上記(ア)の点で訂正後の請求項1の記載が明確でないとすることはできない。

エ 請求項1の「前記超音波振動子の幅よりも大きな幅を有する環状の柔軟性のある均一な整合部材」(訂正前)との記載について
(ア)請求人の主張(請求書第13頁第11?13行、同第17頁第26行?第18頁第4行)
請求項1の「前記超音波振動子の幅よりも大きな幅を有する環状の柔軟性のある均一な整合部材」(訂正前)との記載について、整合部材の何が均一であるかが不明確である。また、本件明細書段落【0026】に「略均一に作られている材質」との記載があるが、材質の何が均一なのか不明であり、結局、整合部材の何が均一であるのかが明らかにされていない。

(イ)当審の判断
特許を受けようとする発明は、訂正明細書に記載された、超音波振動子と導管との接合部分を接着剤により接着した場合の問題点(段落 【0007】の「超音波振動子と導管との接合部分の状態、特に超音波振動子と導管との接合部分を接着する接着剤の量及び偏心等接着状態にバラツキがある」、段落 【0026】の、「接着箇所」において「振動子の幅よりも大きな幅を有する予測不可能なばらつきを持つ」等)を解決するために、超音波振動子と導管との接合を、接着剤による接着ではなく、整合部材によって行うことで、「超音波振動子の内周面と前記導管の外周面との間」の接合部分の状態のバラツキや、「超音波振動子の前記導管の軸方向の幅よりも大きな同方向の幅」のバラツキを少なくし、「バラツキ少なく均一に送受信可能となる」(段落 【0026】)ようにした点に技術的特徴を有するものである。
すると、特許を受けようとする発明の技術的特徴は、接着剤を用いる従来の技術と対比した場合に、「整合部材」が均一に作られていることにより、「超音波振動子と導管との接合部分の状態」のバラツキを少なくした点にあるのであるから、整合部材の「何が」均一であるかは、特許を受けようとする発明の技術的特徴にとって、本質的な事項ではない。
また、訂正明細書をみても、「整合部材」の選定にあたり、「略均一に作られている材質」を具体的に特定したことが、発明を特定するために必要な事項であるとは記載されていない。
したがって、上記(ア)の点で訂正後の請求項1の記載が明確でないとすることはできない。

オ 請求項1の「微少流量が流れる導管」(訂正前)及び「前記導管内を流れる物質」(訂正前)との記載について
(ア)請求人の主張(請求書第13頁第13?15行、同第18頁第5?10行)
請求項1の「微少流量が流れる導管」(訂正前)及び「前記導管内を流れる物質」(訂正前)との記載について、「微少流量」と「物質」との関係が不明確である。つまり、「微少流量」と「物質」のどちらも導管内を流れるものであるところ、「微少流量」と「物質」とが同じものを意味するのか、異なるものを意味するのか、が不明確である。また、本件明細書においても「微少流量」と「物質」の関係が明らかにされていない。
よって、請求項1の記載は明確でない。

(イ)当審の判断
平成26年4月25日付けの訂正請求によって、「微少流量が流れる導管」は、「微少流量の物質が流れる導管」と訂正され(訂正事項1)、「前記導管内を流れる物質」は、「前記導管内を流れる前記物質」と訂正された(訂正事項4)。
よって、請求項1に記載された「微少流量」と「物質」とが同じものを意味することは、明らかなものとなった。
したがって、上記(ア)の点で訂正後の請求項1の記載が明確でないとすることはできない。

カ 請求項1の「音の伝搬速度が前記導管内を流れる物質の音の伝搬速度と略等しい材質」(訂正前)との記載について
(ア)請求人の主張(請求書第13頁第15?16行、同第18頁第11?16行、弁駁書第5頁第4行?第7頁第24行)
(i)請求項1の「該整合部材は、音の伝搬速度が前記導管内を流れる物質の音の伝搬速度と略等しい材質からなる」(訂正前)との記載について、「略等しい」の範囲が曖昧である。つまり、整合部材の音の伝搬速度と、前記導管内を流れる物質の音の伝搬速度と、の差又は比がどのような場合に「略等しい」と言えるのかが曖昧である。また、本件明細書においても、「略等しい」の範囲が明らかにされていない。
(ii)本件明細書には、「略均一な整合部材7を通して2倍の速度で一気に超音波振動子に伝わることはなくなり」(段落【0026】)との記載があるが、「2倍の速度で一気に超音波振動子に伝わることがなくなる材質」とは「導管を流れる液体の音速の2倍未満の音速を有する材質」と解される。しかし、2倍の範囲にまで「略」の射程を拡張することは「略」の通常の語義に反する。
仮に「略」の射程を2倍の範囲にまで拡張すると、導管を流れる物質が水(音速1500m/sec、乙第3号証)の場合、「ポリエチレン」(軟質)(音速1950m/sec、乙第3号証)、ポリスチレン(音速2350m/sec、乙第3号証)、及びナイロン-6,6(音速2620m/sec、乙第3号証)等が「音の伝搬速度が前記導管内を流れる前記物質の音の伝搬速度と略等しい材質」に該当することになるが、一方で、「2倍の速度で一気に超音波振動子に伝わることがなくなる材質」を「ポリエチレン」の音速と同程度の音速である材質の意味に解すると、ポリスチレン、及びナイロン-6,6等は「2倍の速度で一気に超音波振動子に伝わることがなくなるような材質」に当たらなくなり、これらは本件請求項1における「音の伝搬速度が前記導管内を流れる前記物質の音の伝搬速度と略等しい材質」に該当しないことになる。結局どの程度の音速を有する物質が「音の伝搬速度が前記導管内を流れる前記物質の音の伝搬速度と略等しい材質」に該当することになるのか、不明確である。
また、仮に、ポリエチレン製の整合部材を用いることで一応の効果(位相差のバラツキを押さえる効果)が得られるとしても、整合部材の材質として前述のポリスチレンまたはナイロン-6,6を用いた場合に一応の効果(位相差のバラツキを押さえる効果)が得られるかは不明である。
その結果、ポリスチレン及びナイロン-6,6が本件請求項1における「音の伝搬速度が前記導管内を流れる前記物質の音の伝搬速度と略等しい材質」に該当するか否かが不明であり、本件発明1の外延が明確でない。
(iii)段落【0013】には「導管を流れる物質が水である場合には、グリースの密度は略1.00であることが望ましい」と記載され、これは「略」の範囲が「0.995以上1.005未満であること」、つまり「略」の範囲が高々±0.5%の範囲に限定されることを意図したものと解されるが、これに対し水の音速(1500m/sec程度)とポリエチレンの音速(1950m/sec)は30%も異なっているのに拘わらず、同じ「略」の用語が用いられているから、この点からも請求項1の「略等しい」は不明確である。

(イ)当審の判断
平成26年4月25日付けの訂正請求により、「該整合部材は、音の伝搬速度が前記導管内を流れる物質の音の伝搬速度と略等しい材質」は、「該整合部材は、音の伝搬速度が前記導管内を流れる前記物質の音の伝搬速度と略等しい材質」と訂正された(訂正事項4)。
事案に鑑み、請求人の主張(ii)、(i)、(iii)の順に判断する。

(i)請求人の主張(ii)について
訂正明細書の段落【0025】、【0026】には、次のとおり記載されている。
「【0025】
通常、前記導管20は、3mm、4mm、6mm径のポリテトラフルオロエチレン(PTFE)によって形成されるものであり、測定される流体が水である場合、前記整合部材7は、ポリエチレン等、水を伝わる音の速度とほぼ等しい音速を持つ柔軟性のあるビニール系材料からなることが望ましい。さらに、超音波振動子2と前記整合部材7との間の面9及び整合部材7と導管20との間の面10には、測定される流体(例えば水)を伝わる音速と同等の音速を有するグリース(例えば密度が極力1.00に近いグリース)が塗布されることが望ましい。
【0026】
これによって、超音波振動子2と導管20との接合部分の状態が、例えばエポキシ系接着剤では、密度(ρ)、物質中の音速(c)を掛け合わせた音響インピーダンス(z=ρc)が、PTFEとエポキシ系接着剤とではほぼ同等となり、それぞれ物質中の音速(c)が1300m/sec程度、2500m/sec程度となっていることから、液体中を伝わって来た振動は、液体中からPTFE及び振動子の幅よりも大きな幅を有する予測不可能なばらつきを持つ接着箇所を通して、2倍の速度で一気に超音波振動子に伝わることになるが、超音波振動子2の幅よりも大きな幅を有する略均一な整合部材7では、密度(ρ)、物質中の音速(c)等、水とほぼ同一に合わせることによって、略均一な整合部材7を通して2倍の速度で一気に超音波振動子に伝わることはなくなり、また生来略均一に作られている材質を選んでいるので、そのバラつきを気にする必要はなく、バラツキ少なく均一に送受信可能となるものである。」
段落【0025】の上記記載によれば、整合部材として、導管内を流れる物質(水)を伝わる音の速度とほぼ等しい音速を持つ柔軟性のある材料(ポリエチレン等のビニール系材料)を選定すべきことが記載されている。そして、段落【0026】では、該記載を受けて(段落【0026】文頭の「これによって」参照。)、「超音波振動子2と導管20との接合部分の状態が、例えばエポキシ系接着剤」による接着である場合に、「液体中を伝わって来た振動は、液体中からPTFE及び振動子の幅よりも大きな幅を有する予測不可能なばらつきを持つ接着箇所を通して、2倍の速度で一気に超音波振動子に伝わ」ってしまうが、「超音波振動子2の幅よりも大きな幅を有する略均一な整合部材7では、密度(ρ)、物質中の音速(c)等、水とほぼ同一に合わせることによって、略均一な整合部材7を通して2倍の速度で一気に超音波振動子に伝わることはなくな」ると記載されている。
これらの記載を併せ読めば、段落【0026】の「2倍の速度」が、エポキシ系接着剤による接着箇所を伝わる振動の速度(2500m/sec程度)の言い換えであることは、当業者が容易に理解できることである。
したがって、段落【0026】の「2倍の速度」とは、導管内を流れる液体(水)の音の伝搬速度の2倍の速度を意味するものではない。
よって、請求人の主張(ii)は、「2倍の速度で一気に超音波振動子に伝わることがなくなる材質」とは「導管を流れる液体の音速の2倍未満の音速を有する材質」と解される、とする前提において誤っているから、請求人の主張(ii)の点で訂正後の請求項1が明確でないとはいえない。

(ii)請求人の主張(i)について
次に、段落【0026】の「2倍の速度」が、エポキシ系接着剤による接着箇所を伝わる振動の速度(2500m/sec程度)の言い換えであることを踏まえれば、請求項1の特許を受けようとする発明の技術的根拠は、超音波振動子と導管との接合部分がエポキシ系接着剤によって接着されている場合には、液体(水)中を伝わって来た振動は、液体(水)中から、超音波振動子の幅よりも大きな幅(予測不可能なばらつきを持っている)を有する接着箇所を通して、液体(水)を伝わる音の速度よりも格段に大きな速度で一気に超音波振動子に伝わってしまい(言い換えると、本来の伝搬経路を振動が伝わって超音波振動子に到着するより前に、超音波振動子の幅よりも大きな幅の接着箇所を通る伝搬経路(予測不可能なばらつきを持っている)を振動がより速く伝わって超音波振動子に到着してしまい)、導管内の流体を伝搬してきた振動を超音波振動子によってバラツキ少なく均一に確実に検出することができなかったので、超音波振動子と導管との接合部分に、超音波振動子よりも幅広で、柔軟性のある均一な(バラツキの少ない)整合部材を設け、その幅広の整合部材を、音の伝搬速度が導管内を流れる物質の音の伝搬速度と略等しい材質とすることで、振動が一気に超音波振動子に伝わらないようにし(言い換えると、本来の伝搬経路を振動が伝わって超音波振動子に到着するタイミングと、バラツキの少ない整合部材による伝搬経路を伝わって超音波振動子に到着するタイミングとの差を、接着による場合に比して少なくして)、位相差のバラツキを防止した点にあるといえる(より詳しい理論的説明は、「第7」「2」「(2)」「ア 位相差のバラツキが軽減する理論上の根拠について」「(イ)当審の判断」にて述べる。)。
したがって、特許を受けようとする発明の技術的意義は、位相差のバラツキが、超音波振動子と導管との接合部分に設けられた、超音波振動子より幅広の物質の音の伝搬速度と、導管内を流れる物質の音の伝搬速度との差によっても生じているとのメカニズムを解明し、かかる解明に基づいて、超音波振動子より幅広の物質の音の伝搬速度と、導管内を流れる物質の音の伝搬速度との差を少なくすれば位相差のバラツキを小さくできるとの技術的知見を見出した点にあるから、訂正後の請求項1の「音の伝搬速度が前記導管内を流れる前記物質の音の伝搬速度と略等しい材質」との記載は、かかる技術的知見に基づく解決手段の表現として、十分なものである。
よって、整合部材の音の伝搬速度と、前記導管内を流れる物質の音の伝搬速度と、の差又は比が訂正後の請求項1に記載されていないからといって、特許を受けようとする発明が明確でないとはいえない。
よって、請求人の主張(i)の点で訂正後の請求項1が明確でないとはいえない。

(iii)請求人の主張(iii)について
訂正明細書段落【0013】の記載はグリースに関する記載であって整合部材に関する記載ではないから、整合部材に関する「略」の解釈に訂正明細書段落【0013】の記載を考慮しなければならない理由はない。
よって、請求人の主張(iii)の点で訂正後の請求項1が明確でないとはいえない。

(iv)まとめ
以上のとおり、請求人の主張(ア)の点で訂正後の請求項1が明確でないとはいえない。

キ 請求項1の「該整合部材は、音の伝搬速度が前記導管内を流れる物質の音の伝搬速度と略等しい材質からなる」(訂正前)との記載について
(ア)請求人の主張(請求書第13頁第16?18行、同第18頁第17行?第19頁第7行)
請求項1の「該整合部材は、音の伝搬速度が前記導管内を流れる物質の音の伝搬速度と略等しい材質からなる」(訂正前)との記載について、「整合部材」の構成が不明確である。つまり、請求項1には、どのような物質が導管内を流れるのか何ら特定されておらず、「前記導管内を流れる物質の音の伝搬速度」の意味が不明確である。その結果、「整合部材」の構成が不明である。より詳細には、「整合部材」は「物質」に対応した特定の部材でなければならないが、その「物質」が特定されていないのであるから、「整合部材」がいかなるものであるか不明である。

(イ)当審の判断
平成26年4月25日付けの訂正請求により、「該整合部材は、音の伝搬速度が前記導管内を流れる物質の音の伝搬速度と略等しい材質からなる」は、「該整合部材は、音の伝搬速度が前記導管内を流れる前記物質の音の伝搬速度と略等しい材質からなる」と訂正された(訂正事項4)。
特許を受けようとする発明は、「該整合部材は、音の伝搬速度が前記導管内を流れる(前記)物質の音の伝搬速度と略等しい材質からなる」とした点に技術的意義を有しているのであって、「導管内を流れる物質」がどのような物質であるかは、発明にとって本質的な事項ではない。
したがって、「導管内を流れる物質」が特定されていないからといって、特許を受けようとする発明が不明確となるものではない。
また、訂正明細書をみても、「導管内を流れる物質」を特定の物質とすることが、発明を特定するために必要な事項であるとは記載されていない。
したがって、上記(ア)の点で訂正後の請求項1の記載が明確でないとすることはできない。

ク 請求項1の「該整合部材は、音の伝搬速度が前記導管内を流れる物質の音の伝搬速度と略等しい材質からなる」(訂正前)との記載について
(ア)請求人の主張(請求書第13頁第18行、同第19頁第8行?同第20頁第7行、弁駁書第7頁第25行?第9頁第6行)
請求項1の「該整合部材は、音の伝搬速度が前記導管内を流れる物質の音の伝搬速度と略等しい材質からなる」(訂正前)との記載について、「音の伝搬速度」の意味が不明確である。より、詳細には、「音の伝搬速度」が有する通常の意味は「音速」である(甲第1号証)が、本件明細書の段落【0011】には「この『音の伝搬速度が前記導管内を流れる物質の音の伝搬速度と略等しい材質からなること』とは、整合部材が測定される流体の密度と略等しい密度を有することと同じ概念を有するものである。」(訂正前)との記載があるが、音速が密度と同じ概念を有するものでないことが出願時の技術常識である(甲第2号証)から、請求項1の「音の伝搬速度」が、通常有する意味すなわち「音速」の意味で用いられているのか、「密度」の意味で用いられているのか、あるいはその他の意味で用いられているのか、いずれと解すべきか不明である。
また、段落【0011】を「測定される流体の密度と略等しい密度を有する整合部材を選定することと同じ概念を有するものである。」と訂正したとしても、測定される流体の密度と等しい密度を有する整合部材を選定しても整合部材の音速が導管内を流れる物質の音速と必ずしも等しくなるとはいえないから、本件訂正後においても、請求項1の「該整合部材は、音の伝搬速度が前記導管内を流れる前記物質の音の伝搬速度と略等しい材質からなること」の意味は依然として不明確である。

(イ)当審の判断
平成26年4月25日付けの訂正請求により、段落【0011】の「『音の伝搬速度が前記導管内を流れる物質の音の伝搬速度と略等しい材質からなること』とは、整合部材が測定される流体の密度と略等しい密度を有することと同じ概念を有するものである。」との記載は、「『音の伝搬速度が前記導管内を流れる物質の音の伝搬速度と略等しい材質からなること』とは、測定される流体の密度と略等しい密度を有する整合部材を選定することと同じ概念を有するものである。」と訂正された(訂正事項11)。
訂正明細書の段落【0025】には、「【0025】 通常、前記導管20は、3mm、4mm、6mm径のポリテトラフルオロエチレン(PTFE)によって形成されるものであり、測定される流体が水である場合、前記整合部材7は、ポリエチレン等、水を伝わる音の速度とほぼ等しい音速を持つ柔軟性のあるビニール系材料からなることが望ましい。」と記載されている。ここで、「水」は導管内を流れる物質の一例であるから、上記記載より、特許を受けようとする発明の技術的意義は、整合部材を、導管内を流れる物質を伝わる音の速度とほぼ等しい音速を持つ柔軟性のある材料からなるようにした点にあることが、当業者であれば容易に理解することができる。
よって、特許を受けようとする発明を記載した訂正後の請求項1の「音の伝搬速度」は、文字どおりの意味であって、これを「密度」と解釈する余地はない。
したがって、上記(ア)の点で訂正後の請求項1の記載が明確でないとすることはできない。

ケ 請求項2の「接触面は、その粘着性が最小限となるように加工される」との記載について
(ア)請求人の主張(請求書第13頁第25行?第14頁第4行、同第20頁第17?26行、弁駁書第9頁第7?22行)
請求項2の「接触面は、その粘着性が最小限となるように加工される」との記載について、「最小限」とは「これ以上ないという限界に達するまで小さいこと。最小限度」(甲第14号証)との意味を有しているところ、「最小限となる」が具体的にどのような構成の接触面を意味するものか曖昧である。また、本件明細書においても「最小限となる」がどのような構成の接触面を意味するものか明らかにされていない。
よって、請求項2の記載は明確でない。

(イ)当審の判断
請求項2の特許を受けようとする発明は、訂正明細書の段落 【0008】に記載された「また、振動子の振動が減衰せず流量検出が不可能とならないよう、振動子を制振材料で挟持固定し、確実に残響を取り除くことが望ましいため、振動子と制振材料を接着剤にて固定していたが、この振動子と制振材料との間の接着剤の接着状態のばらつきによっても超音波の送受信に影響を与えることから、それらが位相差に表れ、微少流量の検出に誤差が生じるという問題があった。」との問題を解決するため、「制振部材3,4と超音波振動子2との間の表面8は、粘着性が生じないように加工される」(段落【0029】)ようにした点に技術的意義を有するものである。
そして、粘着性が生じないように「表面コーティング」(請求項3)や「プラズマ表面処理」(請求項4)を施して加工しても、粘着性を完全に生じないようにすることは不可能であるから、請求項2では、「その粘着性が最小限となるように」との表現にとどめたものであることは、当業者であれば容易に理解できることである。
したがって、「最小限となる」が具体的にどのような構成の接触面を意味するかは、請求項2の特許を受けようとする発明にとって本質的な事項ではない。
また、訂正明細書をみても、「最小限となる」接触面の具体的な構成が、請求項2の特許を受けようとする発明を特定するために必要な事項であるとは記載されていない。
したがって、上記(ア)の点で請求項2の記載が明確でないとすることはできない。

コ 請求項5の「前記超音波振動子と前記制振部材の接触面に非粘着性物質を挟む」(訂正前)との記載について
(ア)請求人の主張(請求書第14頁第5?12行、同第21頁第1?12行)
請求項5の「前記超音波振動子と前記制振部材の接触面に非粘着性物質を挟む」(訂正前)との記載について、「非粘着性物質を挟む」が具体的にどのような構成を意味するものかが不明確である。つまり、「接触面」が存在する以上、「超音波振動子」と「制振部材」とが互いに接触しておりその間に何かを挟む空間がないところ、「接触面に非粘着性物質を挟む」が具体的にどのような構成を意味するものかが不明確である。また、本件明細書においても、「接触面に非粘着性物質を挟む」の具体的な構成は明らかにされていない。
よって、請求項5の記載は明確でない。

(イ)当審の判断
平成26年4月25日付け訂正請求により、「前記超音波振動子と前記制振部材の接触面に非粘着性物質を挟む」は、「前記超音波振動子と前記制振部材との間に非粘着性物質を介在させる」と訂正され(訂正事項5)、「接触面に非粘着性物質を挟む」ことの具体的構成は明確なものとなった。
したがって、上記(ア)の点で訂正後の請求項5の記載が明確でないとすることはできない。

サ 請求項6の「前記超音波振動子と前記制振部材の接触面の少なくとも一方の面に非粘着性処理が施された介在部材を設ける」(訂正前)との記載について
(ア)請求人の主張(請求書第14頁第13?20行、同第21頁第13?26行)
請求項6の「前記超音波振動子と前記制振部材の接触面の少なくとも一方の面に非粘着性処理が施された介在部材を設ける」(訂正前)との記載について、「接触面の少なくとも一方の面に・・・介在部材を設ける」が具体的にどのような構成を意味するものかが不明確である。つまり、「接触面」が存在する以上、「超音波振動子」と「制振部材」とが互いに接触しておりその間に何かを挟む空間がないところ、「接触面の少なくとも一方の面に・・・介在部材を設ける」が具体的にどのような構成を意味するものかが不明確である。また、本件明細書においても、「接触面の少なくとも一方の面に・・・介在部材を設ける」の具体的な構成は明らかにされていない。
よって、請求項6の記載は明確でない。

(イ)当審の判断
平成26年4月25日付けの訂正請求により、「前記超音波振動子と前記制振部材の接触面の少なくとも一方の面に非粘着性処理が施された介在部材を設ける」は、「前記超音波振動子と前記制振部材の互いに対峙する面の少なくとも一方の面に非粘着性処理が施された介在部材を設ける」と訂正され(訂正事項6)、「超音波振動子」と「制振部材」との間に非粘着性処理が施された介在部材が設けられていることが明確となった。
したがって、上記(ア)の点で訂正後の請求項6の記載が明確でないとすることはできない。

シ 請求項7の「導管を流れる物質の密度と略等しい密度を有するグリース」との記載について
(ア)請求人の主張(請求書第14頁第21行?第15頁第1行、同第22頁第1?9行、弁駁書第9頁第23行?第10頁第11行)
請求項7の「導管を流れる物質の密度と略等しい密度を有するグリース」との記載について、「略等しい」の範囲が曖昧である。つまり、グリースの密度と、導管を流れる物質の密度との差又は比がどのような場合に「略等しい」と言えるのかが曖昧である。また、訂正明細書においても、「略等しい」の範囲が明らかにされていない。また、「導管を流れる物質(水)の性質に近いグリースを選ぼうとすれば、密度が導管を流れる物質(水)の密度とできるだけ同じにするのが技術常識である」ともいえない。
よって、請求項7の記載は明確でない。

(イ)当審の判断
訂正明細書の【発明が解決しようとする課題】欄には、既に述べたとおり、従来、超音波振動子と導管との接合部分を接着していたために生じた問題点を解決することが課題であると記載されているのであるから、請求項7の特許を受けようとする発明の技術的意義は、超音波振動子と整合部材の間及び整合部材と導管の間も、接着剤ではなく、潤滑剤(甲第12号証)であるグリースを塗布することが望ましいことを見出した点にあることは、当業者にとって明らかである。
そして、訂正明細書の段落【0013】には「さらにまた、前記超音波振動子と前記整合部材の間及び前記整合部材と前記導管の間には、導管を流れる物質の密度と略等しい密度を有するグリースが適用されることが望ましい。例えば導管を流れる物質が水である場合には、グリースの密度は略1.00であることが望ましい。」と記載されているから、請求項7の「導管を流れる物質の密度と略等しい密度」との記載は、いろいろな密度を有するグリース製品の中から、特に、導管を流れる物質に近い密度のグリースを選定すべきことを意味しているだけであって、該記載によって、請求項7の特許を受けようとする発明の技術的意義が不明確となるわけではない。
よって、上記(ア)の点で請求項7の記載が明確でないとすることはできない。

3 無効理由1(第36条第6項第2号)のまとめ
以上のとおり、本件特許の訂正後の請求項1乃至9の記載は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしている。
よって、無効理由1は理由がない。

第7 無効理由2(第36条第4項第1号)について
1 無効理由2の要点
無効理由2について請求人の主張する理由の要点は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、以下の(1)の点で実施可能要件に違反し、以下の(2)の点で委任省令に違反するから、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないというものである。
(1)発明の詳細な説明には、本件請求項1に記載された「音の伝搬速度が前記導管内を流れる物質の音の伝搬速度と略等しい材質からなる」(訂正前)整合部材について当業者が実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていない。
(2)発明の詳細な説明には、当業者が本件課題と本件請求項1に記載された事項との関係を実質的に理解できるように理論上又は実験上の根拠が記載されているとはいえず、当業者が本件発明1乃至9の技術上の意義を理解するために必要な事項が記載されていない。

2 無効理由2についての当審の判断
(1)整合部材の製造方法、入手方法について(実施可能要件違反)
ア 請求人の主張(請求書第22頁第17?24行、同第23頁第8行?第24頁第6行、弁駁書第10頁第26行?第11頁第26行)
本件請求項1記載の発明特定事項のうち「音の伝搬速度が導管内を流れる物質の音の伝搬速度と略等しい材質からなる」(訂正前)整合部材について、その製造方法、入手方法等が発明の詳細な説明に記載されておらず、具体的にいかなる整合部材を用いることができるのかが明らかにされていない。
整合部材の例として本件明細書の段落【0025】に、「測定される流体が水である場合、前記整合部材7は、ポリエチレン等、水を伝わる音の速度とほぼ等しい音速を持つ柔軟性のあるビニール系材料からなることが望ましい」と記載されているところ、水の音速は1500m/sec程度(甲第3号証)であるのに対し、ポリエチレンの音速は2000m/sec程度(LDPE)?2500m/sec程度(HDPE)(甲第3号証)であり、これらは「略等しい」とはいえない。
また、略等しいか否かの判断は水とポリエチレンの間でなされるべきであって、本件明細書に記載されていない硬質の固体の音速との差違は、比較にあたり考慮すべきではないから、ポリエチレンの音速(1950m/sec)は水の音速(1500m/sec)に対して略等しいとは認められない。
よって、発明の詳細な説明には、本件発明1乃至9を当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。

イ 当審の判断
訂正後の請求項1に記載された「該整合部材は、音の伝搬速度が前記導管内を流れる前記物質の音の伝搬速度と略等しい材質からなる」との要件の技術的意義については、既に「第6」「2」「カ」「(イ)」「(ii)請求人の主張(i)について」にて詳述したから、ここでは繰り返さない。
次に、訂正明細書の段落【0025】の記載を検討すると、「水」の音速は1500m/sec程度(甲第3号証、乙第3号証)であるのに対し、エポキシ系接着剤中の音速は2500m/sec程度(訂正明細書段落【0026】)である。これに対し、低密度ポリエチレン(LDPE)やポリエチレン(軟質)には、2000m/sec程度の音速のものがあり(甲第3号証、乙第3号証)、その音速は、エポキシ系接着剤中の音速よりも水の音速に十分近く、「水を伝わる音の速度とほぼ等しい音速」(訂正明細書段落【0025】)であるといえる。
そして、訂正明細書の段落【0025】には、「ポリエチレン等、水を伝わる音の速度とほぼ等しい音速を持つ柔軟性のあるビニール系材料」で整合部材を作成することが記載されているから、発明の詳細な説明には、本件発明1乃至9を当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載されている。
よって、上記(ア)の点で、訂正明細書の発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないということはできない。

(2)本件発明1乃至9の理論上及び実験上の根拠(委任省令違反)
請求人は、本件明細書には、当業者が段落【0010】に記載された本件課題(ゼロ・ドリフトを軽減し、求める精度を測定することができる超音波センサを提供すること)と、本件請求項1に記載された事項との関係を実質的に理解できるように理論上及び実験上の根拠が記載されているとはいえないから、本件明細書の発明の詳細な説明は、本件発明1乃至9の技術上の意義を理解するために必要な事項を記載したものではない(請求書第22頁第25行?第23頁第4行、同第24頁第7行?21行)と主張しているので、以下、理論上の根拠(ア、イ)及び実験上の根拠(ウ、エ)に分けて検討する。

(理論上の根拠について)
ア 位相差のバラツキが軽減する理論上の根拠について
(ア)請求人の主張(請求書第24頁第22行?第26頁第20行、弁駁書第11頁第27行?第14頁第5行)
本件明細書の段落【0032】及び段落【0026】の記載より、本件発明1乃至9は、「該整合部材は、音の伝搬速度が前記導管内を流れる物質の音の伝搬速度と略等しい材質からなる」(訂正前)構成を採用することで、物質(水)を伝わって来た振動が2倍の速度で一気に超音波振動子に伝わらないようにし、それによって、位相差のバラツキを軽減し、その結果、ゼロ・ドリフトを軽減するものであると考えられる。
しかしながら、本件明細書の段落【0026】では、液体中を伝わって来た振動が2倍の速度で一気に超音波振動子に伝わることがなくなることで位相差のバラツキが軽減する理論上の根拠を説明しているとはいえない。換言すれば、「該整合部材は、音の伝搬速度が前記導管内を流れる物質の音の伝搬速度と略等しい材質からなる」構成と、「該整合部材は、音の伝搬速度が前記導管内を流れる物質の音の伝搬速度の2倍である材質からなる」構成と、の間で、どのように作用が異なる結果、前者では位相差バラツキが少なくなり、後者では位相差バラツキが大きくなるという差違が生じるのか、何ら説明がなされておらず、また、物質を伝わって来た振動が超音波振動子に伝わる速度と、位相差バラツキと、の関係は、出願時の技術常識から明らかであるということはできない。
また、本件明細書段落【0018】(訂正前)には「整合部材」が均一であることが記載されていないので、位相差のバラツキ低減が、「均一な整合部材」の効果であるとも認められない。
さらに、乙第4号証段落【0008】には、管体や、音響結合材(本件発明1における整合部材に相当する)の伝搬特性などのフィールドを含め、温度、圧力等多くの不確定要素を含んでいるため、信号伝達経路に複雑に介在して、その送信時と受信時との可逆性がいつも等しいとは限らない、ことを述べているだけであり、音響結合材をなす物質の音速がどのように作用するかまでは述べていない。
よって、本件明細書の段落【0026】及び【0032】には、当業者が本件課題と上記構成との関係を実質的に理解できるように理論上の根拠が記載されているとはいえない。

(イ)当審の判断
訂正明細書段落【0026】の記載については、前記「第6」「2」「カ」「(イ)」「(ii)請求人の主張(i)について」において、該段落に記載された、特許を受けようとする発明の技術的意義について説明したが、ここでは、平成26年12月1日付け口頭審理陳述要領書(被請求人)第8頁の参考図1(密度、音響インピーダンスZ_(1)?Z_(3)の数値及びポリエチレンの音速については削除した。ただし、訂正明細書段落【0026】に、PTFEとエポキシ系接着剤それぞれ物質中の音速(c)が1300m/sec程度、2500m/sec程度と記載され、また水の音速が1500m/sec程度であることは当事者間に争いがなく、また、技術常識(甲第3号証、乙第3号証)でもあるので、これらの音速の数値はそのままとした。)を用いて、理論的側面から検討する。
なお、段落【0026】の「2倍の速度」が、エポキシ系接着剤による接着箇所を伝わる振動の速度(2500m/sec程度)の言い換えであることは、前記「第6」「2」「カ」「(イ)」「(i)請求人の主張(ii)について」にて説明したとおりであるので、ここでは繰り返さない。

(a)振動の伝搬経路について
(i)本来の伝搬経路b-1/a-1
訂正明細書段落【0021】の「上流側超音波センサ1Aに高周波を印加して振動させ、流れに対して垂直に伝搬した振動は、導管20の中心部で方向を変え、流れる流体を伝搬し、下流側超音波センサ1Bにおいて振動子を振動させ、コントロールユニット30によって電気的に検出される。さらに下流側超音波センサ1Bに高周波を印加して振動させ、流れに対して垂直に伝搬した振動は、導管20の中心部で方向を変え、流れる流体を伝搬し、上流側超音波センサ1Aにおいて振動子を振動させ、コントロールユニット30によって電気的に検出される。」との記載によれば、流体を伝搬してきた振動が受信側の超音波振動子に伝わる本来の経路は、振動が導管内の流体を導管の軸方向に伝搬し、超音波振動子の直下から、参考図1(a)のb-1または参考図1(b)のa-1で示されるとおりに超音波振動子に伝わる伝搬経路(以下、「本来の伝搬経路b-1/a-1」という。)である。

(ii)振動子の幅よりも大きな幅を有する予測不可能なばらつきを持つ接着箇所を通して超音波振動子に伝わる伝搬経路b-2
次に、訂正明細書段落【0026】の「超音波振動子2と導管20との接合部分の状態が、例えばエポキシ系接着剤では、密度(ρ)、物質中の音速(c)を掛け合わせた音響インピーダンス(z=ρc)が、PTFEとエポキシ系接着剤とではほぼ同等となり、それぞれ物質中の音速(c)が1300m/sec程度、2500m/sec程度となっていることから、液体中を伝わって来た振動は、液体中からPTFE及び振動子の幅よりも大きな幅を有する予測不可能なばらつきを持つ接着箇所を通して、2倍の速度で一気に超音波振動子に伝わることになる」との記載において、「振動子の幅よりも大きな幅を有する予測不可能なばらつきを持つ接着箇所」を通して「超音波振動子に伝わる」伝搬経路は、参考図1(a)のb-2で示される振動の伝搬経路(以下、「伝搬経路b-2」という。)である。

(iii)超音波振動子の幅よりも大きな幅を有する略均一な整合部材7を通る伝搬経路a-2
超音波振動子の内周面と導管の外周面の間に、超音波振動子の前記導管の軸方向の幅よりも大きな同方向の幅を有する環状の柔軟性のある均一な整合部材を設けた場合にも、振動は、液体中からPTFE及び超音波振動子の前記導管の軸方向の幅よりも大きな同方向の幅を有する環状の柔軟性のある均一な整合部材を通って、超音波振動子に伝わるが、その伝搬経路は、参考図1(b)のa-2で示される振動の伝搬経路(以下、「伝搬経路a-2」という。)である。

(b)振動の伝搬経路の対比
本来の伝搬経路である伝搬経路b-1/a-1を振動が伝わる速度は、流体が水であれば、水の音速(1500m/sec程度(甲第3号証、乙第3号証))である。
これに対し、エポキシ系接着剤による接着箇所を通る伝搬経路b-2では、振動が、エポキシ系接着剤により形成された「振動子の幅よりも大きな幅を有する(予測不可能なばらつきを持つ)接着箇所」を伝搬しているのであるから、伝搬経路b-2を振動が伝わる速さは、エポキシ系接着剤の音速である「2500m/sec程度」(訂正明細書段落【0026】)である。
したがって、訂正明細書段落【0026】の「液体中を伝わって来た振動は、液体中からPTFE及び振動子の幅よりも大きな幅を有する予測不可能なばらつきを持つ接着箇所を通して、2倍の速度で一気に超音波振動子に伝わることになる」とは、振動が、本来の伝搬経路である伝搬経路b-1/a-1を、水の音速(1500m/sec程度)で伝わって超音波振動子に到達するよりも前に、振動が、伝搬経路b-2により、「2倍の速度」、つまり、エポキシ系接着剤の音速である2500m/sec程度で「一気に超音波振動子に伝わ」(訂正明細書段落【0026】)ってしまうことを意味していると解釈できる。
これに対し、超音波振動子の幅よりも大きな幅を有する略均一な整合部材7を通る伝搬経路a-2では、伝搬経路a-2を伝わる振動の伝搬速度は、流体が水であれは、「整合部材7は、ポリエチレン等、水を伝わる音の速度とほぼ等しい音速を持つ柔軟性のあるビニール系材料からなる」(訂正明細書段落【0025】)のであるから、水の音速(1500m/sec程度)とほぼ等しい伝搬速度である。すると、訂正明細書段落【0026】の「超音波振動子2の幅よりも大きな幅を有する略均一な整合部材7では、密度(ρ)、物質中の音速(c)等、水とほぼ同一に合わせることによって、略均一な整合部材7を通して2倍の速度で一気に超音波振動子に伝わることはなくなり」との記載は、振動が、伝搬経路a-2を通して、(一気に伝わるのではなく)水とほぼ同一の伝搬速度で超音波振動子に伝わるため、伝搬経路a-2を通して伝わる振動は、本来の伝搬経路である伝搬経路b-1/a-1を伝わる振動とほぼ等しいタイミングで超音波振動子に到達するようにできることを意味していることは、当業者が容易に理解しうることである。

(c)訂正後の請求項1に記載された「整合部材」の構成と、位相差のバラツキが少なくなることとの関係について
エポキシ系接着剤を用いた従来技術の場合には、本来の伝搬経路であるb-1/a-1に対し、伝搬経路b-2を通って「一気に超音波振動子に伝わ」(訂正明細書段落【0026】)った振動は、本来の伝搬経路であるb-1/a-1を伝わって来た振動の検出波形に影響を与え、位相差にバラツキを生じさせる原因となる。また、そればかりでなく、「一気に超音波振動子に伝わ」(訂正明細書段落【0026】)る時間さえも、伝搬経路b-2を構成する接着箇所自体が「予測不可能なばらつきを持つ」(訂正明細書段落【0026】)ため、予測不可能なばらつきを持ち、したがって、伝搬経路b-2を通ってきた振動が本来の検出波形に影響を与える度合いさえ「予測不可能なばらつきを持つ」ことになる。
これに対し、訂正後の請求項1に係る発明では、「超音波振動子の前記導管の軸方向の幅よりも大きな同方向の幅を有する環状の柔軟性のある均一な整合部材を設ける」と共に、該整合部材として「音の伝搬速度が前記導管内を流れる前記物質の音の伝搬速度と略等しい材質からなる」構成を採用することによって、上記「(b)」で説明したとおり、振動が、伝搬経路a-2を通して、導管内の流体(水)とほぼ同一の伝搬速度で超音波振動子に伝わるため、伝搬経路a-2を通して伝わる振動は、本来の伝搬経路である伝搬経路b-1/a-1を伝わる振動とほぼ等しいタイミングで超音波振動子に到達するようにでき、その結果、エポキシ系接着剤を用いた従来技術と比較した場合、位相差のバラツキを軽減し、その結果、ゼロ・ドリフトを軽減できるものである。
また、訂正後の請求項1に係る発明では、整合部材として「柔軟性のある均一な整合部材」を用いているため、「また生来略均一に作られている材質を選んでいるので、そのバラつきを気にする必要はなく、バラツキ少なく均一に送受信可能となる」(訂正明細書段落【0026】)ものである。
以上のとおり、訂正明細書には、エポキシ系接着剤を用いた従来技術と、訂正後の請求項1に係る発明の整合部材を用いた場合との間で、どのように作用が異なる結果、訂正後の請求項1に係る発明の整合部材を用いた場合に、エポキシ系接着剤を用いた従来技術に比べ、位相差のバラツキが少なくなるのか、当業者であれば十分理解しうる程度に説明がなされているといえる。

(d)請求人の他の主張について
請求人は、本件明細書段落【0018】(訂正前)には「整合部材」が均一であることが記載されていないので、位相差のバラツキ低減が、「均一な整合部材」の効果であるとも認められない旨主張するが、平成26年4月25日付けの訂正請求により、明細書の段落【0018】は、「超音波振動子と導管の間に導管に流れる物質と同様の音波伝搬速度を有する材料からなると共にリング状の柔軟性のある均一な整合部材を介在させたことによって」と訂正された(訂正事項12)から、請求人の主張は前提を欠いたものとなっている。

(e)まとめ
以上のとおり、乙第4号証の記載を検討するまでもなく、上記(ア)の点で、訂正明細書の発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないということはできない。

イ 明細書段落【0026】の第1行乃至第6行と第7行乃至第9行の記載の齟齬について
(ア)請求人の主張(請求書第26頁第21行?第28頁第24行、弁駁書第14頁第6行?第15頁第8行)
本件明細書の段落【0026】第1行乃至第6行によると、本件課題は、「導管と超音波振動子との間に設けられた物質」の音速と、「導管をなす材質」の音速と、の関係であるといえるのに対し、本件請求項1や段落【0026】の第7行乃至第9行では、「整合部材」の密度、音速等と、「導管内を流れる物質(水)」の密度、音速等との関係を問題としている。このように、段落【0026】の第1行乃至第6行と、本件請求項1や段落【0026】の第7行乃至第9行とで比較の対象が異なる技術上の理由が不明である。
そして、「整合部材」の密度、音速等を、「導管内を流れる物質(水)」の密度、音速等とほぼ同一に合わせることで、「導管と超音波振動子との間に設けられた物質」の音速と、「導管をなす材質」の音速と、の関係の問題が解決するという理論上の根拠は発明の詳細な説明で明らかにされていない。
さらに、本件発明1においては、導管をなす材質の物性(音速等)について何ら規定されていない以上、「導管をなす材質の物性(音速等)の如何に拘わらず」位相差バラツキを軽減し、ゼロ・ドリフトを軽減するという作用効果が得られなければならないはずであるが、本件明細書には、この点について何らの説明もない。
よって、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

(イ)当審の判断
訂正明細書段落【0026】の「2倍の速度」が、エポキシ系接着剤による接着箇所を伝わる振動の速度(2500m/sec程度)の言い換えであることは、前記「第6」「2」「カ」「(イ)」「(i)請求人の主張(ii)について」にて説明したとおりであるから、ここでは繰り返さない。
そして、上記「ア 位相差のバラツキが軽減する理論上の根拠について」「(イ)当審の判断」において説明したとおり、訂正明細書段落【0026】において比較の対象とされるべき音速が、本来の伝搬経路である伝搬経路b-1/a-1を音が伝わる速度、すなわち水の音速(1500m/sec程度(甲第3号証、乙第3号証))と、伝搬経路b-2を形成する「エポキシ系接着剤」の音速との差、及び、本来の伝搬経路である伝搬経路b-1/a-1を音が伝わる速度、すなわち水の音速(1500m/sec程度(甲第3号証、乙第3号証))と、伝搬経路a-2を形成する「整合部材」の音速との差であることは、当業者であれば、容易に理解しうることである。
よって、請求人の主張は、前提となる訂正明細書段落【0026】の解釈が誤っているから、採用できない。
また、訂正後の請求項1に導管をなす材質の物性(音速等)について記載されていないからといって、「導管をなす材質の物性(音速等)の如何に拘わらず」位相差バラツキを軽減し、ゼロ・ドリフトを軽減するという作用効果が得られなければ、当業者が訂正後の請求項1に係る発明を実施することができないということにはならない。
よって、上記(ア)の点で、訂正明細書の発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないということはできない。

上申書(請求人)について
請求人は、平成26年12月15日に行われた口頭審理において説明に用いた資料を、甲第23号証として提出している。甲第23号証では、スネルの法則に基づいて、超音波の臨界角と伝搬経路長の差について説明しているが、甲第23号証に記載された音の伝搬の説明は、音波を理想的な平面波として扱える程度に大きな物質中における音波の伝搬を前提とした場合の説明であって、訂正後の請求項1に係る発明が対象とする微少流量計のような、複雑で微小な部品から構成される装置内の振動の伝搬に、直ちに適用できるものではない。
よって、上申書(請求人)として提出された甲第23号証をみても、理論上の根拠についての上記判断は変わらない。

(実験上の根拠について)
ウ 図6に示される波形と、図9に示される波形との比較について
(ア)請求人の主張(請求書第28頁第25行?第30頁第26行、弁駁書第15頁第9行?第17頁第1行)
比較例に係る超音波センサの実験結果である図6は、常温時、冷却時における波形例であり、本件発明1に係る超音波センサを用いた実験である図9は、常温時、45℃、65℃、85℃における波形例である。そして、本件発明の効果を確認するためには、従来例で問題となった温度で得た波形と、当該温度と同じ又は近い温度で得た本件発明の波形と、を比較しなければならないが、両者の温度は明らかに異なっている。よって、図6に示される波形と、図9に示される波形と、を比較することに何ら技術的意味はない。
また、図9に示される波形の方が、位相がずれている周期の数、比率ともに図6に示される波形よりも多い。そして、図9に示される波形の1?4周期目及び12?18周期目の位相のずれ量は、図6に示される波形の15?16周期目の位相のずれ量とほとんど変わらない。
よって、発明の詳細な説明には、位相差のバラツキを少なくし、ゼロ・ドリフトを軽減するという課題が請求項1に記載された発明特定事項で解決できることを示す実験上の根拠が示されていない。

(イ)当審の判断
請求人が主張の根拠とする図6、図9は、上流側の波形と下流側の波形を比較したものではなく、「温度差」が「上流側の波形」に及ぼす影響についてのみ、比較例に係る超音波センサと、訂正後の請求項1に係る超音波センサとのそれぞれについて示したものであるから、図6と図9とで、常温以外の「温度」が相違していたり、「温度」が「上流側の波形」の位相のずれに与える影響に格別の差違が認められないからといって、上流側の波形と下流側の波形との間の「位相差バラツキが少ないため、ゼロ・ドリフトが軽減される」(訂正明細書段落【0018】)という訂正後の請求項1に係る発明の効果が否定されることにはならない。
そして、上流側の波形と下流側の波形との間の「位相差バラツキが少ないため、ゼロ・ドリフトが軽減される」(訂正明細書段落【0018】)という訂正後の請求項1に係る発明の効果は、図3(a)、図3(b)、図7、図8等で十分に示されているといえる。
したがって、上記(ア)の点で、訂正明細書の発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないということはできない。

エ 秋山徹の実験結果報告書について
(ア)原告の主張(請求書第30頁第27行?第31頁第24行、弁駁書第17頁第2行?第18頁第1行)
甲第4号証の、10℃、20℃,30℃,40℃,50℃及び60℃における位相差の経時的変化を示すグラフから明らかなとおり、位相差バラツキは温度によって大きく変動し、さらに時間によっても大きく変動する。本件明細書段落【0034】乃至【0038】及び本件図3乃至図9に示される実験結果は、1回の実験において得られた位相差のみを示しているに過ぎず、統計的に処理したものではない。また、どの時間の波形を示したのかも明らかにされていない。
実験により得られる値が温度、圧力等多くの不確定要素を含む場合、その効果を確認するためには統計的に処理して標準偏差といった値を用いることが必要とされるから、1回の実験結果だけでは、実験上の根拠として不十分である。
よって、本件図6,9をもって、本件発明1に係る超音波センサの位相差バラツキを評価しているとはいえず、位相差バラツキに関して温度の影響を受けにくくゼロ・ドリフトを軽減するという効果を示す実験上の根拠とすることはできない。

(イ)当審の判断
既に「ア 位相差のバラツキが軽減する理論上の根拠について」「(イ)当審の判断)」にて述べたとおり、訂正明細書には、訂正後の請求項1に係る発明の理論的根拠が示されているのであるから、訂正明細書の発明の詳細な説明に、訂正後の請求項1に係る発明を当業者が実施しうる程度の記載がなされているというためには、実験は、従来技術に対する訂正後の請求項1に係る発明の効果が一応確認できる程度のもので足り、必ずしも発明の効果が、統計処理のなされた具体的数値で表され、また経時的変化の程度が確認されなければ、訂正後の請求項1に係る発明を当業者が実施できないというものではない。
よって、上記(ア)の点で、訂正明細書の発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないということはできない。

3 無効理由2(第36条第4項第1号)についてのまとめ
以上のとおり、訂正明細書の発明の詳細な説明には、訂正後の請求項1に記載された「音の伝搬速度が前記導管内を流れる前記物質の音の伝搬速度と略等しい材質からなる」整合部材について当業者が実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されている。
また、訂正明細書の発明の詳細な説明には、当業者が本件課題と訂正後の請求項1に記載された事項との関係を実質的に理解できるように理論上又は実験上の根拠が記載されており、当業者が訂正後の請求項1ないし9に係る発明の技術上の意義を理解するために必要な事項が記載されている。
よって、訂正明細書の発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしている。
従って、無効理由2は理由がない。

第8 無効理由3(第29条第2項)について
以下、特に断らない限り、特許請求の範囲、明細書は訂正後のものをいう。
1 請求人の主張
(1)本件発明1について
甲第5号証に開示される発明は、公然知られた発明であって、本件発明1は、甲第5号証に開示される発明に基づき、設計事項を考慮することで、当業者が容易になし得たものである。

(2)本件発明2について
甲第8号証に開示される発明は、公然知られた発明であって、本件発明2は、甲第5号証及び甲第8号証に開示される発明に基づき、設計事項を考慮することで、当業者が容易になし得たものである。

(3)本件発明3について
本件発明3は、甲第5号証に開示される発明に基づき、設計事項及び周知技術(甲第9号証の1?甲第9号証の3)を考慮することで、当業者が容易になし得たものである。

(4)本件発明4について
本件発明4は、甲第5号証に開示される発明に基づき、設計事項及び周知技術(甲第10号証の1?甲第10号証の3)を考慮することで、当業者が容易になし得たものである。

(5)本件発明5、6について
本件発明5、6は、甲第5号証に開示される発明に基づき、設計事項及び周知技術(甲第11号証の1?甲第11号証の3)を考慮することで、当業者が容易になし得たものである。

(6)本件発明7について
本件発明7は、甲第5号証に開示される発明に基づき、一般的に知られている技術(甲第12号証)及び周知技術を考慮することで、当業者が容易になし得たものである。

(7)本件発明8について
本件発明8は、甲第5号証に開示される発明に基づき、設計事項を考慮することで、当業者が容易になし得たものである。

(8)本件発明9について
本件発明9は、甲第5号証、甲第13号証の1及び甲第13号証の2に開示される発明に基づき、設計事項及び周知技術(甲第13号証の3?甲第13号証の5)を考慮することで、当業者が容易になし得たものである。

したがって、本件発明1乃至9の特許は、特許法第29条第1項第1号に規定する特許出願前に日本国内において公然知られた発明、及びその出願前に日本国内において頒布された刊行物に記載された発明若しくは周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから(特許法第29条第2項)、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである。

2 被請求人の主張
甲第5号証に記載された先行技術発明は、特許法第29条第1項第1号における「公然知られた発明」に該当しない。
したがって、本件発明1乃至9は、特許法第29条第1項第1号に規定する公然知られた発明、及び出願前に頒布された刊行物に記載された発明若しくは周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
また、仮に、甲第5号証に記載された先行技術発明が公然知られた発明に該当するとしても、本件発明1は、先行技術発明から当業者が容易になし得たものではない。
さらに、本件発明1が先行技術発明から容易なし得たものでない以上、本件発明2乃至9も、先行技術発明及び甲第8?13号証に記載された技術から当業者が容易に発明をなし得たものではない。

3 甲第5、8?13号証に記載された事項
(甲第5号証)
甲第5号証の電子メールには、次のとおり記載されている。
「差出人:"岩佐 正道"
送信日時:2010年3月10日水曜日 16:20
宛先:金 英毅;石橋暢幸;竹村 和夫;星川 賢;”高橋 邦廣”;"”芦沢 徳万(E-mail)”";”秋山 徹”;斉藤 哲明;宗片様(タキオニッシュ)
件名:直近のセンサ構造
添付ファイル:センサ構造概要.ppt

各位
直近のセンサ構造と、実験データを載せます。

よろしくお願い申し上げます。
******************************************
タキオニッシュホールディングス株式会社
事業開発部 瑞穂開発センター
岩佐 正道
(省略)
******************************************」

次に、甲第5号証の電子メールの添付文書(以下、「添付文書」または「技術資料」ということがある。)の第1頁には、次の技術事項が記載されている。
「センサ構造(直近) 2010.3.10 岩佐

最近の実験からの気付きなど:
●この構造では、特に振動子RTV間の状態がデータに効いてきます。(次ページ参照)
●ビニール幅を2.5mmと幅を広げ、3発で打った場合の位相フラットさが安定しました。(今までは、2mm程度、1.5mm以下は最悪。もっと幅を広げた場合はこれからです。)
●振動子-ビニール、ビニール-テフロン間のグリースを変えると、データに表れるようです。また、テフロンの中身が水以外では、変えなければならないところが出てくるかもしれません。
●箱の中とは言え、ファイバワッシャは、ゴミを発生させる可能性はないか?それ以外の件でも、防湿剤のようなもので固める必要があるかもしれません。」(第1頁)

第1頁の図面には、左側の振動子について「1.5t 8φ、3φ振動子」、「ファイバワッシャ」、「信越1液性RTVゴム KE-42-T:硬度25」、「フィレット接着 接着剤検討中(弾性エポキシ系?)」との記載があり、この振動子より30mm離れた(図面右側の)振動子については、「1.5(or 1:シビアではないようです。)」、「振動子ビニール間:信越グリースG-40H」、「ビニールテフロン間:信越グリースG-40H」、「現在ビニール使用 材料検討中」との記載がある。
また、第1頁の図面には、「現在ビニール使用 材料検討中」との記載の矢印の先のビニールの厚みが「0.1」、3Pテフロンの軸方向の長さが「2.5」と記載されている。

上記第1頁の図面について、以下の(1)ないし(3)の点が見て取れる。
(1)「テフロンの中身が水以外では」との記載より、図面中の「3Pテフロン」の矢印で示された部材が管であって、その中の流体が水であること。
(2)「ビニール幅を2.5mmと幅を広げ」との記載より、図面中の数値の単位がmmであること。
(3)「t」が厚さを意味し、「φ」が直径を意味する寸法補助記号であることは、常識的な事項であるから、振動子についての「1.5t 8φ、3φ」との記載は、厚さ1.5mm、内直径3mm、外直径8mm」の意味であること。

第1頁の図面における左右の振動子についての記載の相違は、作図上の都合によるものと認められるから、上記添付文書の第1頁の記載及び上記(1)ないし(3)を総合勘案すると、甲第5号証には次の発明(以下、「先行技術発明」または「引用発明」ということがある。)が記載されているものと認められる。

「中身が水のテフロン管の外部に、厚さ1.5mmの環状の振動子を設け、環状の振動子とテフロン管との間に、テフロン管の軸方向の長さが2.5mm、厚さ0.1mmのビニールを設け、さらに、振動子の両側をゴム(信越1液性RTVゴム KE-42-T:硬度25)で挟んだセンサ構造。」

(甲第8号証)
甲第8号証には、次の技術事項が記載されている。
「透明RTVでは、実際、振動子とRTV間は、グリースを塗ってもはりつかず、さらさらな方が良いようですし」(第5頁第17?18行)
上記記載より、甲第8号証には、「振動子とRTV間は、さらさらな方が良い」との技術事項が記載されている。

なお、甲第8号証には、弁駁書第24頁第14?23行で指摘されているとおり、
「振動子・テフロン間のシート、グリース密度を変えて、多くデータを取っていないので」(第1頁)
「ポリエチレン等の厚みは、0.15mmでも0.1mmでも変わらないと思います。」(第1頁)
「ポリエチレンなどシート状のものをはさんだときの、位相の変化はごく小さいと思います」(第2頁)
「僕は、ASO-という会社のハイクリーンポリエチレンで良いと思います。」(第3頁)
「(ハイクリーンポリエチレンを用いているのはそれが理由です。」(第5頁)
との記載があるが、既に述べたとおり、弁駁書第24頁第14?23行により特定される甲第8号証の上記新たな記載箇所は、平成26年11月4日付け補正許否の決定により補正が許可されなかった請求の理由を立証するための証拠としては、採用しない。

(甲第9号証の1)
甲第9号証の1には、次の技術事項が記載されている。
「【0011】フッ素ゴム成形体の表面に上記割合でフッ素樹脂粉末を配合した同種材料のフッ素ゴム層からなるコーティング層を設けることにより、コーティング層の密着性に優れ、非粘着性に優れた電子写真装置用ブレードが得られる。また、コーティング層がフッ素ゴムを基材としていることにより、あるいは、低分子量含フッ素重合体を配合することにより、優れた引張り伸びを示し、 200%以上の引張り伸び特性を有する。その結果、耐久性に優れた電子写真装置用ブレードが得られる。」(段落【0011】)
よって、甲第9号証の1には、 「フッ素ゴム成形体の表面にフッ素樹脂粉末を配合した同種材料のフッ素ゴム層からなるコーティング層を設けることにより、非粘着性に優れた電子写真装置用ブレード。」が記載されている。

(甲第9号証の2)
第9号証の2には、次の技術事項が記載されている。
「【0015】次に、打ち抜き装置の他例について図3を参照して説明する。前述した実施例と同一部材には同一番号を付して説明を援用するものとする。本実施例はワークとして母材13aに粘着剤13bが塗付されたテープ材13を打ち抜く場合について説明する。例えばダイボンディング用のテープ材を下方にある基板(図示せず)に貼着する場合、パンチ14には吸引孔14aが形成されており、テープ材13を打ち抜くと同時に吸着保持したまま基板上に貼り付け、吸引孔14aよりエアーを吹出してテープ材13より離間するように構成されている。このテープ材13は、粘着面を上面にして搬送されることから、粘着剤13bに当接するパンチ14の先端面14b及び固定ストリッパ8のワーク1への当接面8a(パンチガイド5が直接当接する場合にはパンチガイド5の当接面)には、非粘着性の表面コーティング処理、例えばフッソ樹脂コーティング処理が施されている。
【0016】本実施例においても、パンチ14が摺接部材7に摺接して表面に潤滑剤12による被膜を形成したまま打ち抜きが行えるので、抜きかすの金属凝着は生ずることがなく、パンチ14の寿命を伸ばして耐久性を向上させることができる。また、パンチ14の先端面14b及び固定ストリッパ8のワーク1への当接面8a(パンチガイド5が直接当接する場合にはパンチガイド5の当接面)には、非粘着性の表面コーティング処理が施されているので、粘着剤13bがパンチ14や固定プラテン8(パンチガイド5)に付着することがなく、ワークを汚すことなく打ち抜くことができる。」(段落【0015】?【0016】)
よって、甲第9号証の2には、「粘着剤13bに当接するパンチ14の先端面14b及び固定ストリッパ8のワーク1への当接面8a(パンチガイド5が直接当接する場合にはパンチガイド5の当接面)に、非粘着性の表面コーティング処理、例えばフッソ樹脂コーティング処理が施されている、打ち抜き装置。」が記載されている。

(甲第9号証の3)
第9号証の3には、次の技術事項が記載されている。
「【0006】
本発明は、表面コーティングされたシール材に関し、軟質基材の持つ強度、硬度、シール性を保ちつつ、非粘着性、耐薬品性、耐プラズマ性を高めたシール材を提供する。」(段落【0006】)
よって、甲第9号証の3は、「表面コーティングされた、非粘着性を高めたシール材」が記載されている。

上記甲第9号証の1ないし甲第9号証の3より、「粘着性を低下させるために表面コーティングを施すこと」は周知技術であると認められる。

(甲第10号証の1)
甲第10号証の1には、次の技術事項が記載されている。
「第2表面39は基本的に完全に非付着性の表面であり、ウェブ11の接着剤との接着性を持たない。この表面39は、例えば、金属管40の外部表面の一部にプラズマコーティングを施すことにより形成できる。なお、この種のプラズマコーティングはコネチカット、ウォータベリーのプラズマコーティング(Plasma Coatings)社製の900トラクション/リリースシリーズ(例:コーティング番号936)により提供できる。」 (第15頁第20?25行)
よって、甲第10号証の1には、「外部表面の一部にプラズマコーティングを施すことにより形成した、基本的に完全に非付着性の表面を外部表面の一部とする金属管40」が記載されている。

(甲第10号証の2)
甲第10号証の2には、次の技術事項が記載されている。
「【0029】このような特定のプラズマ照射によりフッ素ゴム成形体に非粘着性が付与される機構は、プラズマ照射による新たな架橋の生成、未架橋成分あるいは低分子量成分の選択的エッチング除去等が考えられる。プラズマ照射により、フッ素ゴム成形体の表面部分だけが高度に架橋され、更にはこの架橋部分は殆どエッチングされず、粘着成分である低分子量成分が選択的に除去されて非粘着化されるものと考えられる。また、表面層におけるフッ素原子比の増大も考えられる。飽和フッ化炭素ガスの非平衡プラズマを照射することにより、フッ素ゴム成形体の表面層に含フッ素基が導入される。また、非平衡酸素プラズマの照射でも、フッ素ゴム成形体の表面層から水素原子を引き抜き、二重結合や架橋部を形成させることでフッ素原子比率を相対的に高める。」(段落【0029】)
よって、甲第10号証の2には、「特定のプラズマ照射により非粘着性が付与されたフッ素ゴム成形体」が記載されている。

(甲第10号証の3)
甲第10号証の3には、次の技術事項が記載されている。
「【0015】
本発明のシリコーンゴム層積層体、又は、突当て装置、実装用基板への物品の実装方法、若しくは、発光ダイオード表示装置の製造方法におけるシリコーンゴム層積層体(以下、これらを総称して、単に、本発明のシリコーンゴム層積層体等と呼ぶ場合がある)においては、シリコーンゴム層の表面に非粘着性を付与するために、シリコーンゴム層の表面に酸素プラズマ処理が施されていることが好ましい。具体的には、例えば、平行平板型RIE装置を用い、係る平行平板型RIE装置に酸素ガスを供給することで、酸素プラズマ処理を行う方法(所謂アッシング法)を挙げることができる。酸素プラズマ処理の具体的な条件として、酸素ガス雰囲気にて放電電力100W以上、圧力10Pa?400Pa程度で1分間?30分間、O_(2)プラズマを照射するといった条件を挙げることができる。」(段落【0015】)
よって、甲第10号証の3には、
「シリコーンゴム層の表面に非粘着性を付与するために、シリコーンゴム層の表面に酸素プラズマ処理が施されている、シリコーンゴム層積層体」が記載されている。

上記甲第10号証の1ないし甲第10号証の3より、「粘着性を低下させるためプラズマ表面処理を施すこと」は、周知技術であると認められる。

(甲第11号証の1)
甲第11号証の1には、次の技術事項が記載されている。
「【0033】
また、画像形成装置1には、前記図1に示すように、前記記録用紙51とインクリボン30との間を介入するようにして表面性改質シート40が備えられている。表面性改質シート40は、保護層が被覆された印画物の表面状態を改質するものである。
例えば、図3(1)の平面図および図3(2)の断面図に示すように、リボン状の基材シート41に、上記インクリボン30(前記図1、図2参照)が記録用紙51(前記図1参照)表面に直接接触するように設けられた印画用開口部42が形成されている。さらに、記録用紙51に形成された画像を保護する保護層の表面状態を改質するための表面性改質部43、44が、基材シート41の長手方向に並んで形成されている。
上記基材シート41は、例えばポリイミドフィルムで形成されている。当然、他の種類の樹脂フィルムで形成されていてもよい。
また、表面性改質シート40の少なくとも上記インクリボン30と接触する側の面には、非粘着処理層45(図示せず)が形成されている。この非粘着処理層45については、後に詳述する。」(段落【0033】)
よって、甲第11号証の1には、「記録用紙51とインクリボン30との間を介入するようにして表面性改質シート40が備えられ、表面性改質シート40の少なくとも上記インクリボン30と接触する側の面には、非粘着処理層45が形成されている、画像形成装置1。」が記載されている。

(甲第11号証の2)
甲第11号証の2には、次の技術事項が記載されている。
「【0014】この複合メッキ被膜層40はニッケル被膜中に、フッ素樹脂の微粒子を分散共析させたもので、例えば、日本カニゼン株式会社製の商品名カニフロンを挙げることができる。このような組成及び構造を有する複合メッキ被膜層40は、非粘着性を有し、比較的高温に加熱されたPETなどの樹脂材料に対して付着性が弱く、滑りが良好である。この複合メッキ被膜層40の組成としては、好ましくは、ニッケル(Ni)を80?90重量%、還元剤であるリン(P)を1?9重量%、フッ素樹脂(PTFE)を1?9重量%含有するものが良く、フッ素樹脂の粒径は1μm以下であることが好ましい。更に好ましくは、ニッケル(Ni)を83?86重量%、リン(P)を7.5?10重量%、フッ素樹脂(PTFE)を6?8.5重量%含むものが良い。あるいは、ニッケル(Ni)を88?90重量%、リン(P)8?9.5重量%、フッ素樹脂(PTFE)を1.5?3重量%含むものが良い。後者のものは、より耐摩耗性の点で優れている。このような複合メッキ被膜層40を顕微鏡写真にて観察した場合、被膜中にNi-Pマトリックス構造を有し、その中にPTFE微粒子がほぼ均一に分散された構造として観察される。」(段落【0014】)
よって、甲第11号証の2には、「ニッケル被膜中に、フッ素樹脂の微粒子を分散共析させ、非粘着性を有し、付着性が弱く、滑りが良好である、複合メッキ被膜層40」が記載されている。

(甲第11号証の3)
甲第11号証の3には、次の技術事項が記載されている。
「【0018】
以下、本発明の一実施形態を図面を用いて説明する。図1は自動車用ホイール1に本発明の積層体3を粘着により配置した状態の背面斜視図、図2はアウターリム側の要部断面図である。図1において、自動車用ホイール1の一対のビードシート11a、11bの両側には積層体3が周方向に間隔を置いて複数箇所配置されている。図2において、積層体3は非粘着性の樹脂基材31と粘着層32とからなり、粘着層32をビードシート11aに粘着させて配置されている。
【0019】
図3は積層体3をビードシート11a、11bに配置した後、自動車用ホイール1にゴムタイヤ2をリム組みした際の断面図を示すものである。ゴムタイヤ2は、ビード21が積層体3の非粘着性の樹脂基材31に接触した状態でリム組みされている。」(段落【0018】?【0019】)
また、図3には、ゴムタイヤ2が、ビード21が積層体3の非粘着性の樹脂基材31に接触した状態でリム組みされていることが示されている。
よって、甲第11号証の3には、「積層体3は非粘着性の樹脂基材31と粘着層32とからなり、粘着層32を自動車用ホイール1のビードシート11aに粘着させて配置し、ゴムタイヤ2を、ビード21が積層体3の非粘着性の樹脂基材31に接触した状態でリム組みした自動車用ホイール1」が記載されている。

上記甲第11号証の1ないし甲第11号証の3より、粘着性を低下させるために非粘着シートを挟むことあるいは非粘着性処理が施された介在部材を設けること」は、周知技術であると認められる。

(甲第12号証)
甲第12号証には、信越化学工業株式会社のグリース「G-40H」の比重が1.06であることが記載されている。

(甲第13号証の1)
甲第13号証の1には、次の技術事項が記載されている。
「【0020】
(第1実施形態)
以下、本発明の実施形態に係る超音波式流体計測装置について、図面を参照して説明する。
図1?図4に示すように、第1実施形態の超音波式流体計測装置10は、供給流路11および排出流路12に連通されたハウジング13と、ハウジング13内の収容部14に収容された計測流路15と、計測流路15に第1送受波器17および第2送受波器18が設けられた超音波計測部16と、第1送受波器17および第2送受波器18を結ぶ超音波伝搬路(結ぶ線)19に対して略平行となるように計測流路15に収容された複数の仕切板20とを備える。
なお、本実施形態では、複数の仕切板20を超音波伝搬路19に対し、略平行となるように計測流路15に収容したが、これに限定されるものではなく、複数の仕切板20を超音波伝搬路19に沿う方向に計測流路15に収容してもよい。
超音波伝搬路19は、いわゆるZパスに設定されている。」(段落【0020】)
「【0022】
ハウジング13は、凹部32が形成されたハウジング本体31と、ハウジング本体31にビス止めすることで凹部32の開口を塞ぐ蓋体34とからなる。
ハウジング本体31は、凹部32の供給側端部に本体側溝部位25Aが形成され、凹部32の排出側端部に本体側溝部位26Aが形成されている。
蓋体34は、本体側溝部位25Aに臨む部位に蓋体側溝部位25Bが形成され、本体側溝部位26Aに臨む部位に蓋体側溝部位26Bが形成されている。」(段落【0022】)
「【0027】
図3に示すように、弾性体30は、計測流路15と収容部14との間に介装される。
弾性体30を環状に形成することで、弾性体30を計測流路15の外側面15Cに沿って周回させることができる。
これにより、計測流路15と収容部14との間の隙間43を弾性体30で塞ぎ、隙間43に流体40が流れることを止めて計測精度の向上が図れる。」(段落【0027】)
「【0030】
図4に示す超音波計測部16は、ハウジング本体31の右側壁31Aに第1送受波器17を設けるとともに、複数の扁平流路41(図3参照)に臨ませ、左側壁31Bに第2送受波器18を設けるとともに、複数の扁平流路41(図3参照)に臨ませ、第1送受波器17および第2送受波器18が演算部44(図1参照)に接続されている。
第1送受波器21は、右側壁31Aのうち、第2送受波器18の上流側に配置されている。
具体的には、第1送受波器17および第2送受波器18間の超音波伝搬路19は、平面視で複数の扁平流路41の流れ方向(矢印Aで示す方向)を斜めに横切るように設定されてZパスである。」(段落【0030】)
「【0044】
第1送受波器17から第2送受波器18に向けて超音波を発信する。超音波は、複数の扁平流路41内の流体40を経て、第1送受波器17から第2送受波器18に伝搬される。超音波が第1送受波器17から第2送受波器18に伝搬される第1超音波伝搬時間T1を演算部44(図1参照)で求める。
【0045】
同様に、第2送受波器18から第1送受波器17に向けて超音波を発信する。超音波は、複数の扁平流路41内の流体40を経て、第2送受波器18から第1送受波器17に伝搬される。超音波が第2送受波器18から第1送受波器17に伝搬される第2超音波伝搬時間T2を演算部44(図1参照)で求める。
第1、第2の超音波伝搬時間T1、T2に基づいて、ガスの流速Uを求める。」(段落【0044】?【0045】)
上記記載事項及び図1、3、4を総合勘案すれば、甲第13号証の1には、
「ハウジング13内の収容部14に収容された計測流路15と、計測流路15に第1送受波器17および第2送受波器18が設けられた超音波計測部16とを備え、弾性体30は、計測流路15と収容部14との間に介装され、弾性体30を環状に形成することで、弾性体30を計測流路15の外側面15Cに沿って周回させ、これにより、計測流路15と収容部14との間の隙間43を弾性体30で塞ぎ、隙間43に流体40が流れることを止めて計測精度の向上が図れ、第1送受波器17および第2送受波器18が演算部44に接続され、超音波が第1送受波器17から第2送受波器18に伝搬される第1超音波伝搬時間T1を演算部44で求め、超音波が第2送受波器18から第1送受波器17に伝搬される第2超音波伝搬時間T2を演算部44で求め、第1、第2の超音波伝搬時間T1、T2に基づいて、ガスの流速Uを求める、超音波式流体計測装置10。」が記載されていると認められる。

(甲第13号証の2)
甲第13号証の2には、次の技術事項が記載されている。
「【0024】
続いて、本発明を実施するための最良の形態について、図を参照しつつ説明する。図1は本形態の超音波送受信器の断面構造図である。図2は放電系回路の回路図である。
図1で示すような本形態の超音波送受信器10は、楔1、超音波振動子2、スリーブ3、バッキング材4、リード線5、コネクタ部6、電気抵抗7を備えている。
【0025】
楔1は、超音波透過材として一般的に用いられているエポキシ系樹脂などのブロックであり、所定角度の角部を有している。
超音波振動子2は、例えば、PZT(Pb(Zr・Ti)0_(3) )のような圧電素子である。この超音波振動子2は、プラス側接続部2aとマイナス側接続部2bとを有する。
図示しないがこれら楔1と超音波振動子2との間には、整合層が介在している。整合層は、超音波を効率よく被検体に放射するとともに被検体からの反射エコーを効率よく受信する役割をもつものである。一般に、整合層の厚みを調整することで通過する超音波の周波数を制御できる。この整合層の音響インピーダンスは主剤と混合物との混合比によって変化させることができる。主材は例えばエポキシ樹脂であり、混合物は例えばタングステン粒子等である。プラス側接続部2aとマイナス側接続部2bとは絶縁体で被覆される。
スリーブ3は、超音波振動子2を囲むように楔1に接着される。
【0026】
バッキング材4は、不要な超音波の振動を吸収する機能を有しており、楔1およびスリーブ3で囲まれる空間に充填される。バッキング材4により、超音波振動子2、リード線3、コネクタ部6の下側が覆われる。
リード線5は二本あり、超音波振動子2のプラス側接続部2aと、マイナス側接続部2bとにそれぞれ一本ずつ接続される。」(段落【0024】?【0026】)

上記記載事項及び図1を総合勘案すれば、甲第13号証の2には、
「楔1、超音波振動子2、スリーブ3、バッキング材4、リード線5、コネクタ部6、電気抵抗7を備えた超音波送受信器10であって、スリーブ3は、超音波振動子2を囲むように楔1に接着され、不要な超音波の振動を吸収する機能を有するバッキング材4が、楔1およびスリーブ3で囲まれる空間に充填され、該バッキング材4により、超音波振動子2、リード線3、コネクタ部6の下側が覆われる、超音波送受信器。」が記載されていると認められる。

(甲第13号証の3)
甲第13号証の3には、次の技術事項が記載されている。
「【0023】(実施例4)図5は本発明の実施例4の超音波式流量計の縦断面図、図6は同流量計の流路体の分解斜視図である。図5において、21は入口部10と出口部11を機械的に接続し固定する接続体であり、ここでは接続体21は入口部10と出口部11を金属材料で一体成形している。22は接続体21とU字体12により囲まれて形成される空間部であり、流量演算部14はこの空間部22に収納されている。」(段落【0023】)
「【0026】(実施例5)図7は本発明の実施例5の超音波式流量計の縦断面図である。図7において、25は計測値、異常発生あるいは流量計への動作命令などを離れた場所に設けた外部ユニット26と無線により送受信する無線送受信手段である。無線送受信手段25は無線送受信手段本体25aと無線送受信手段アンテナ25bを備え、外部ユニット26は外部ユニット本体26aと外部アンテナ26bを備えている。27は無線送受信手段25とU字体12を覆う筐体である。この筐体27は合成樹脂などの電波透過性材料で構成されるもので、無線送受信手段25とU字体12の他に開閉体9、一対の超音波振動子13、流量演算部14、などを覆っている。また、流量演算部14および無線送受信手段25の無線送受信手段本体25aは空間部22に収納されるとともに封止体(図示せず)により外乱電波などから遮蔽されている。」(段落【0026】)
「【0038】また、入口部、出口部を機械的に固定する接続体とU字体との間で形成した空間部に流量演算部を収納しているので、外部との接続口である入口部および出口部を接続体で固定しているので流量計の高強度化により取付の施工性および計測の信頼性を向上できる。また、接続体とU字体との間で形成した空間部に流量演算部を収納することで流量計をより小型化できる。また流量演算部は接続体とU字体により必然的に4面を金属材料で囲われるため、残りの2面を囲うだけで流量演算部はその全面を外部からの電波などの外乱から遮蔽でき、低コストで信頼性を向上できる。」(段落【0038】)
上記記載事項及び図5、7、9、10を総合勘案すれば、甲第13号証の3には、
「接続体21とU字体12により囲まれて形成される空間部22に流量演算部14が収納され、U字体12、一対の超音波振動子13、流量演算部14などを筐体27で覆った超音波式流量計。」が記載されていると認められる。

(甲第13号証の4)
甲第13号証の4には、次の技術事項が記載されている。
「【0049】
また、ケース30の内部には、回路基板10が配置されている。そして、第1超音波振動子2と回路基板10との間、および、第2超音波振動子3と回路基板10との間は、流体管路1の内壁に沿って配置された撚り線から成る信号線20によって接続されている。この信号線20の撚り数(ターン数)は、偶数とすることが好ましい。」(段落【0049】)
上記記載事項及び図7を総合勘案すれば、甲第13号証の4には、「ケース30の内部に、回路基板10を配置」することが記載されていると認められる。

(甲第13号証の5)
甲第13号証の5には、次の技術事項が記載されている。
「【0019】
図1は本発明の実施の形態1における超音波流量計の構成を示す断面模式図である。流路51は流体の通る管で、途中に超音波センサ52、53が設けてある。超音波センサ52、53はリード線で信号処理部54が設けられているプリント基板55と接続される。また、プリント基板55には制御部56、ノイズフィルタ部57、端子台58も設けられている。端子台58はシールド部材59で複数の面を覆うようにしている。シールド部材59は金属製の筐体60と電気的に直接または、コンデンサを介して接続される。コンデンサは問題となるノイズが高周波であるため、ある程度の容量を持っていれば、高周波でのコンデンサのインピーダンスは小さくなり、実質上直接接続と同じような効果が得られる。端子台58にはコード61が接続され外部機器との電気信号のやり取りを行う。」(段落【0019】)
また、図1には、筐体(60)内の流路(51)(流体の通る管)の途中に対向して超音波センサ52、53が設けられ、超音波センサ52、53は、シールドされたリード線65を介してプリント基板(55)に接続され、プリント基板は、筐体(60)の内部に設けられ、信号処理部(54)と、制御部(56)、ノイズフィルタ部(57)、端子58が設けられていることが示されている。
よって、甲第13号証の5には「筐体(60)内の流路(51)(流体の通る管)の途中に対向して超音波センサ52、53が設けられ、超音波センサ52、53はリード線で信号処理部54が設けられているプリント基板55と接続され、プリント基板は、筐体(60)の内部に設けられ、信号処理部(54)と、制御部(56)、ノイズフィルタ部(57)、端子58が設けられている、超音波流量計。」が記載されていると認められる。

上記甲第13号証の3ないし甲第13号証の5より、「演算部を覆うケースを設けること」は、周知技術であると認められる。

4 当審の判断
無効理由3の検討に先立ち、甲第5号証に記載された発明(以下、「先行技術発明」ということがある。)が、本件特許の出願前に公然知られた発明であるか否かを判断する。

(1)前提となる事実
まず、両当事者から提出された書類、証拠(平成26年9月16日付け補正許否の決定、及び平成26年11月4日付け補正許否の決定により採用されなかったものを除く。以下同様。)及び口頭審理における審理結果を総合すると、以下の事実が認められる。
ア 被請求人とタキオニッシュホールディングス株式会社(以下、「タキオニッシュHD」と表記することがある。)との雇用関係について
(ア)被請求人は、平成19年(2007年)9月28日付けで、株式会社テクノスルガ(平成19年(2007年)11月1日にタキオニッシュHDに吸収合併(乙11、乙12))から採用内定通知を受け(乙8)、平成19年(2007年)11月1日にタキオニッシュHDに入社した(甲6、乙8)。(回答書第2頁第16?19行)

(イ)その後、被請求人は、平成22年(2010年)1月1日から海上電機株式会社へ出向となり(乙9-1)、同出向は平成22年(2010年)4月1日に更新され、出向期間は、平成23年(2011)年3月31日までとされた(乙9-2)が、平成22年(2010年)9月16日にタキオニッシュHDから株式会社ソニックへの出向命令(平成23年(2011年)3月31日まで)を受け、(甲20、甲21;ただし、甲21の判決は確定していない。)、平成22年(2010年)12月2日に(出向元である)タキオニッシュHDから事業主の都合によって離職した(甲6)(なお、解雇の有効性については、被請求人とタキオニッシュHDとの間で争いがあり、甲21の判決に対して上告受理の申立て(乙16)がなされている。)。
(請求書第33頁第20?23行、回答書第2頁第21行?第3頁第2行、口頭審理陳述要領書(請求人)第5頁第12?27行、同第6頁第8?10行)

イ 請求人、タキオニッシュHD、及び海上電機株式会社の関係について
請求人(平成21年(2009年)4月1日、「株式会社カイジョーソニック」より商号変更(乙13))は、タキオニッシュHDが議決権の過半数を有し、タキオニッシュHDによる実質的な支配が認められる会社(いわゆる子会社)であり、タキオニッシュHDの超音波計測機器事業部とともに、超音波センサや超音波流量計といった超音波計測機器の研究開発及び製造等を継続して行っている。
また、「海上電機株式会社」はタキオニッシュHDの子会社の1つであり、請求人とともに超音波計測機器事業に参画している。
(口頭審理陳述要領書(請求人)第3頁第8?22行、同第4頁第13?14行)。

ウ 超音波センサや超音波流量計に関する研究開発における担当と役割分担について
(ア)タキオニッシュHD(瑞穂開発センター(仮称としてタキオン技研))と請求人との間で超音波センサや超音波流量計に関する研究開発が行われていた(乙10)が、超音波流量計に関する業務を超音波センサの開発と設計、及び、センサからの信号を処理する処理部の開発と設計とに分けるならば、超音波センサの開発がタキオニッシュHDの瑞穂開発センターが担当し、それ以外の超音波センサの設計と処理部の開発及び設計が請求人の担当であった。
(回答書第4頁第16行?第5第12行)

(イ)タキオニッシュHDの瑞穂開発センター及び海上電機株式会社が超音波計測機器の研究開発を主に行い、請求人が超音波計測機器の製造を主に行っているが、これらの役割は明確に区別されているわけではなく、超音波計測機器の研究開発に請求人の従業員が加わることもあり、超音波計測機器の製造にタキオニッシュHD及び海上電機株式会社の従業員が加わることもある。
(口頭審理陳述要領書(請求人)第3頁第22行?第4頁第2行)

(ウ)超音波計測機器の研究開発は、タキオニッシュHDを親会社とし請求人及び海上電機株式会社を子会社とする会社群の、超音波計測機器の研究開発を行うチーム(同じグループ会社の同じ開発グループ)で行われていた。
(答弁書第23頁第2?3行、同第24頁第6行、口頭審理陳述要領書(請求人)第4頁第3?14行、乙18)

エ 共同研究開発について
(ア)共同研究開発契約について
タキオニッシュホールディングス株式会社と請求人との間では、超音波センサや超音波流量計に関する研究開発を行うに当たり、契約は特に締結されていない。
その理由は、
(i)請求人がタキオニッシュホールディングス株式会社の子会社であること。
(ii)超音波センサや超音波流量計に関する研究開発を行うチームのリーダ(秋山徹氏)がタキオニッシュホールディングス株式会社の役員と請求人の役員とを兼務していること。
による。
つまり、タキオニッシュホールディングス株式会社と請求人との間では、研究開発の目的、研究開発の期間、研究成果の取り扱い等の申込に対して承諾がなされないという事態は生じていなかったため、研究開発を行う際の契約を締結していない。
(口頭審理陳述要領書(請求人)第4頁第15?27行)

(イ)研究成果の取り扱いについて
研究成果を導き出した主要な人物や、研究成果の内容にしたがって、研究開発チームのリーダ(秋山徹氏)が、特許等の出願をするか、公表・発表をするか、また、特許出願や公表・発表をする場合にはタキオニッシュHDと請求人のどちらが行うか、を判断している。
研究成果(発明)について特許権取得が必要であると秋山徹氏が判断した場合には、タキオニッシュホールディングス株式会社および/または請求人がその発明者から個別に特許を受ける権利を譲り受けて特許出願をしている。
(口頭審理陳述要領書(請求人)第5頁第1?8行)

オ 甲第5号証の電子メールの送付について
(ア)当時の開発メンバーについて
超音波センサや超音波流量計に関する研究開発が行われていた当時の開発メンバーと、その役割分担は、それぞれ次のとおりであった。

株式会社ソニック:工業機器部のメンバー
秋山:CTO タキオニッシュホールディングス(株)兼務
斉藤:課長
高橋:処理系回路設計、センサ設計、治具設計等を担当
芦沢;チューブ継手の選定等を担当
石橋:処理系のソフトウェアの開発 被請求人が開発したセンササンプルを用いた測定等を担当(甲8)
金:被請求人が開発したセンササンプルを用いた測定、PCに取りこまれた測定データから、位相差をPCに表示させるためのソフトウェアの作成等を担当(甲8)
星川:被請求人が開発したセンササンプルを用いた測定等を担当

株式会社ソニック:営業のメンバー
竹村:技術と相手会社との間の営業的仕事、微少流量計の従来機種の測定等を担当。

タキオニッシュホールディングス(株)瑞穂開発センターのメンバー
宗片:開発第一部長、後に瑞穂開発センターセンター長
甲第5号証のメールが送信された時期の前後に、被請求人がスケジュール表(乙14)を提出していた上司
佐藤:平成22年3月入社。途中から課長、瑞穂開発センターセンター長
五十嵐:平成21年11月24日入社 途中から回路の評価等を担当
川口:素子焼き、ガラス管を用いたセンサの評価等を担当

なお、甲第5号証の電子メールの宛先のうち、秋山氏は、請求人役員 兼 タキオニッシュホールディングス株式会社役員であり、金氏、石橋氏、竹村氏、星川氏、高橋氏、芦沢氏、斉藤氏は請求人従業員であり、宗片氏は、タキオニッシュホールディングス株式会社従業員である。
(回答書第4頁7?10行、同第5頁第13行?第6頁第10行、同第6頁第16?19行、口頭弁論陳述要領書(請求人)第7頁第16?25行、乙13)

(イ)被請求人の担当業務について
テフロンチューブを用いたセンサ開発とシミュレーションを担当。初期の頃は、(タキオニッシュHDの)瑞穂開発センターで、ガラス管を用いた場合のシミュレーションと原因追及のための従来機種での各種データ取り及び確認を担当。その後、テフロンチューブを用いて、開発サンプルを用いた位相差を確認し、そのサンプルを株式会社ソニックへ渡す作業を担当。
また、被請求人がエクセルで作成した研究開発の予定(乙14)を、毎週月曜の朝に上司である宗片に提出していた。
(回答書第6頁11?19行)

(2)請求人の主張
ア 先行技術発明が公然知られた発明であることの根拠について
請求人は先行技術発明が公然知られた発明であることの根拠として、先行技術発明は、秘密を保つ義務を有しない請求人従業員等に公然知られていたと主張し、請求人従業員等が秘密を保つ義務を有しない理由として、次のように主張している。

イ 請求人従業員等が秘密を保つ義務を有しない理由
(ア)解雇が有効である場合の、雇用関係に基づく守秘義務について
被請求人は、平成22年(2010年)12月2日に、出向元であるタキオニッシュHDを退社しており(甲6)、被請求人とタキオニッシュHDとの間の雇用契約が解消されている。そして、これに伴い、請求人による、出向社員としての被請求人の雇用(甲20、甲21)が解消している(仮に、甲20に係る出向命令が無効であるとしても、タキオニッシュHDに被請求人が雇用されている関係に置き換わるだけであり、結論は変わらない。)。
そして、請求人従業員等の、被請求人に対する秘密を保つ義務(請求人従業員等が被請求人のために秘密を保持する義務)は、被請求人と請求人との間の雇用関係があり、かつ請求人従業員等と請求人との間に雇用関係があることにより、課せられていたものであるから、被請求人がタキオニッシュホールディングス株式会社を退社して雇用関係が消滅(法律関係の変動)すれば、請求人従業員等の、被請求人に対する秘密を保つ義務は影響を受けて消滅する。
つまり、共同研究者等が発明者との法律関係に基づき、契約上または信義則上発明者に対する関係で発明の内容を第三者に対し秘密にすべき義務を負うとしても、その義務は、本件においては、上記のような、請求人と被請求人との間の雇用関係の消滅(法律関係の変動)により、消滅している(甲6、甲15)。
よって、遅くとも本件特許の出願(本件特許の出願日:2011年(平成23年)11月4日)前である2010年(平成22年)12月3日に、被請求人にとって、請求人従業員等は先行技術発明について秘密を保つ義務を有しない者となっているから、先行技術発明は、秘密を保つ義務を有しない請求人従業員等に公然知られた発明となっている(甲7)。
また、請求人は、本件発明が「秘密扱い文書で示された開発事業」(乙10)に該当しないと考えていたのであるから(甲17)、この点は、上記結論に影響しない。
(審判請求書第33頁第20行?第34頁第6行、弁駁書第18頁第19行?第19頁第5行、同第22頁第4?6行、同第22頁13?18行、同第22頁22行?第23頁第8行、口頭審理陳述要領書(請求人)第5頁第9行?第6頁第27行)。

(イ)就業規則上の守秘義務について
請求人が参画するタキオニッシュHDの就業規則(甲18)には、第4条4.に「会社業務に関する情報は、遺漏、その他取り扱いに注意する。」とあるだけであり、秘密保持義務または守秘義務に関する明確な定めはない。仮に、秘密保持義務または守秘義務に関する定めに該当するとしても、先行技術発明を漏らしたとしても使用者の利益をことさら害するような行為とは認められず、請求人従業員等において請求人のために先行技術発明についての秘密を保つべき関係が継続しているとは認められない。(弁駁書第21頁第18?26行)
また、請求人の就業規則(甲22)では、「業務上知り得た技術情報等を正当な理由なく開示したり、利用目的を越えて取扱い、または漏洩しないこと」(甲22、第8条(3))と定められているが、本件において、請求人と被請求人との間の雇用関係が消滅していることに加え、研究開発チームのリーダ(秋山徹氏)は甲5に記載された事項に価値がないと判断しており(甲17)、これは、請求人が請求人従業員等に対して甲5に記載された事項を正当な理由なく開示することを許可したものと認められる。
したがって、請求人従業員等は、就業規則上、当該事項を自由に開示等することができ、就業規則上の請求人従業員等の秘密を保つ義務はない。(口頭審理陳述要領書(請求人)第7頁第1?10行)

(ウ)敵対心等による守秘義務の解消について
甲16のメールの送信時(2010年10月29日19時28分)において、請求人の取締役である秋山徹氏は、甲16における「特許」(回答書第4頁第6行?同第6頁第15行及び乙14より、超音波流量計に係るものである)の特許性の有無を検討し、甲17に係るメール(送信日時:2010年11月1日18時24分)の送信時において、被請求人が特許出願をしようとする発明が利益をもたらさないと判断している。また、甲17のメールの中で、被請求人が特許権を取得した場合に特許権を行使することを示唆しており、被請求人は請求人に対して敵対心を持っていると認められる。
よって、本件においては、被請求人は、特許権を取得した場合に請求人に特許権を行使することを示唆していること、及び、被請求人の退職理由は解雇であり、タキオニッシュHDによる解雇の有効性を争っていること、を考慮すれば、請求人従業員等と被請求人との間の信義も失われている。よって、請求人従業員等には、信義則上も秘密を保つ義務はない。
(弁駁書第19頁第6行?第20頁第10行、同第20頁第23?25行、同第21頁第4?13行、同第22頁第18?21行、口頭審理陳述要領書(請求人)第7頁第11?15行)

ウ よって、先行技術発明は、遅くとも本件特許の特許出願前である2010年(平成22年)12月3日に、秘密を保持する義務を有しない請求人従業員等に公然知られた発明となっている。

(3)被請求人の主張
被請求人は、先行技術発明が公然知られた発明にあたらないことの理由として、次のように主張している。
ア 請求人従業員等の守秘義務について
(ア)被請求人従業員等における、社会通念上又は商慣習上の守秘義務について
上記先行技術発明の文書の送付は、研究開発の成果を同じグループ会社の同じ開発グループ内での打ち合わせを目的としたものであり、秘密扱いとすることを期待して信頼して被請求人が、上記電子メールを請求人従業員等に送付したものと推認するのが相当であるから、上記電子メールを受け取った請求人従業員等は、社会通念上又は商慣習上、当該発明の内容につき秘密を保つべき関係に立つ者といえる(乙7)。
このことは、研究開発に従事していた者が同じ製品の研究開発に従事していた他の者と同じグループ会社に在職しているときであっても、その会社を退職した後であっても変わることはない。
また、被請求人は、タキオニッシュHDから一方的に解雇を通知され、これに不服の被請求人は、会社に戻ることを望んで労働裁判を2011年3月に提起し、この訴訟は解雇の有効性を争っているもので、現在においても継続中であり(乙16)、被請求人が会社に戻る可能性もあるのであるから、被請求人が解雇された日(2010年12月2日)の翌日から先行技術発明が公然知られた発明になるという請求人の論理は理解しがたい。
(答弁書第22頁第17行?第23頁第22行、回答書第7頁17行?第8頁第7行)

(イ) センサの開発が極秘裏に進めていたことから生ずる秘密保持義務について
タキオニッシュHDと請求人(株式会社ソニック)との間では、超音波センサの開発事業を秘密扱い文書(乙10)でしか判からないようにして極秘裏に進めていたのであり、そのような会社の方針の下でセンサの開発を行っていた当時(甲5の電子メールが請求人従業員等に到達した段階)において、請求人及び請求人従業員等との間で先行技術発明の内容について秘密を保つ取り決めがなくても、請求人従業員等において、請求人のために、先行技術発明についての秘密を保つべき関係が生じていた。
(回答書第6頁第20行?第7頁第4行)

(ウ)就業上の秘密保持義務について
請求人及びタキオニッシュホールディング株式会社に存在するはずの就業規則には、労働者の秘密保持義務または守秘義務に関する定めがあるのが通常であり、また、仮にそのような規定がない場合であっても、労働者にあっては、労働契約に伴う付随義務として、信義則上、使用者の利益をことさら害するような行為を避けるべき義務、即ち使用者の業務上の秘密を漏らさない義務を負うことは当然であり(乙15)、上記秘密扱い文書(乙10)で示された開発事業に関与する労働者にあっては、このような義務を負うことは、なおさらである。そして、このような義務は、被請求人が退職したことによって、また、研究開発が終了したことによって直ちに無くなることはないのであり、請求人従業員等において請求人のために継続している。
(回答書第7頁第5?16行)

イ 被請求人の退職と請求人従業員等の守秘義務との関係について
被請求人が退職した後も、請求人従業員等は、部外者から照会があっても本件発明(当審注:「先行技術発明」の意味と解される。)の内容を開示することはないであろうし、開示しなければならない立場にもない。
解雇の有無と、請求人従業員等が契約上または信義則上負っている先行技術発明の内容を第三者らに対して秘密にすべき義務が解消するか否かとは関係のないことであるから、請求人従業員等が請求人との法律関係に基づき、契約上または信義則上負っている先行技術発明の内容を第三者に対し秘密にすべき義務が、被請求人が退職したことによって直ちになくなるものではない。
(口頭審理陳述要領書(被請求人)第28頁16行?第29頁第2行、同第30頁第7?14行)

ウ 先行技術発明の評価と敵対心について
先行技術発明が利益をもたらさず、先行技術発明を漏らしたとしても、使用者の利益を害さないことや、被請求人が敵対心を持っているかどうかということと、請求人従業員等において請求人のために先行技術発明についての秘密を保つべき関係か解消されることとは全く関係のないことである。
また、被請求人が請求人に対して敵対心をもっているかどうかの点についても、甲17で示されるやり取りは、特許権の一般的な考え方を問い合わせているだけで、権利行使することは何ら述べておらず、これをもって敵対心があるとはいえない。
(口頭審理陳述要領書(被請求人)第29頁第5?13行、同第30頁第1?6行)

(4)当審の判断
ア 請求人従業員等の秘密を保つ義務について
先行技術発明が、請求人従業員等に公然知られていたか否かを、請求人従業員等の秘密を保つ義務の点から検討する。

イ 密接な信頼関係に基づく、請求人従業員等の、被請求人に対する秘密を保持する義務について
一般に、研究開発チームにおけるメンバー同士の関係は、各自が研究成果を秘匿することなく開示し合い、互いに検討、改良を加えることで、協同して研究開発を進めていく関係であるから、単なる仲間意識ではなく、より密接な、相互の信頼関係の上に成り立つ関係であって、そのような関係は、秘密保持に関する格別の明示的な合意や明示的な指示又は要求がなくとも、他のメンバーから報告された技術を第三者に開示せず、互いの利益(例えば、特許を受ける権利や学会発表まで秘匿されることなど)を侵害しないよう努めることが暗黙のうちに求められることの上に成り立っているものといえる。
したがって、研究開発チームにおけるメンバー同士といった密接な信頼関係の上に成り立つ関係にあっては、あるメンバーが退社したからといって、他のメンバーが、退社したメンバーから報告された技術情報について秘密を保持する義務が直ちに消滅することはないものといえる。
そこで検討すると、上記(1)「エ」「(ア)共同研究開発契約について」に記載した事実より、タキオニッシュHDと請求人との間では、超音波センサや超音波流量計に関する研究開発を行うに当たり、研究開発の目的、研究開発の期間、研究成果の取り扱い等の申込に対して承諾がなされないという事態は生じていなかったため、共同開発契約を締結する必要がなく、また、(1)「ウ」「(イ)」のとおり、タキオニッシュHDの瑞穂開発センターと請求人との役割は明確に区別されておらず、両者の従業員が相互に研究開発に携わっていたというのであるから、タキオニッシュHDと請求人との間で行われた超音波センサや超音波流量計に関する研究開発を行うチーム(以下、単に「研究開発チーム」という。)は、実質的に、一つの社内で行われた研究開発の研究開発チームと同視しうるものと認められる。
次に、甲5の電子メールに添付された技術資料は、その記載内容が、研究開発チームにおける被請求人の担当業務である、「テフロンチューブを用いたセンサ開発」(前記「(1)」「オ」「(イ)」参照。)に属するものであって、「最近の実験からの気付きなど:」の欄には被請求人によってなされた工夫に関する記載が見られること、及び、甲5の電子メールの宛先が研究開発チームのメンバーである(前記「(1)」「オ」「(ア)」参照。)ことからみて、請求人及びタキオニッシュHD(瑞穂開発センター)における超音波センサや超音波流量計の研究開発の一環として、被請求人の研究成果を研究開発チームの他のメンバーに報告するために送信されたものであると認められる。
そして、該電子メールに添付された技術資料の内容を了知した研究開発チームのメンバーは、該電子メールに添付された資料が、該研究開発に関する技術情報であって、未公開の技術情報を含み、その技術内容について検討を求められているものであることを容易に認識し得たものと認められる。
そうであれば、該電子メールに添付された技術資料の内容を了知した研究開発チームのメンバーは、その技術内容について、秘密保持に関する格別の明示的な合意や明示的な指示又は要求がなくとも、研究開発チームのメンバー間の密接な信頼関係に基づき、暗黙の契約あるいは信義則に基づいて、秘密を保持し、被請求人の利益(例えば特許を受ける権利等)を侵害しないよう努める義務を負っていたと認めることができる。
そして、この義務は、密接な信頼関係に基づく、暗黙の契約あるいは信義則に基づいて発生した義務であるから、被請求人の退社に伴って消滅することはないものといえる。

ウ 請求人従業員等の就業上の義務について
甲5の電子メールに添付された技術資料の内容は、上記のとおり、該電子メールに添付された技術資料の内容を了知した研究開発メンバーにとって、業務上知り得た技術情報に相当するものであるところ、タキオニッシュHDや請求人の就業規則には、次のとおり規定されている。
(ア)タキオニッシュHDの就業規則(甲18)
第4条 社員は、上司の指揮命令を誠実に守り、互いに協力して職務を遂行するとともに、以下のことを守らなくてはならない。もしこれに違反した場合は、処罰の対象となることがある。
1.?3.(省略)
4.会社業務に関する情報は、遺漏、その他取り扱いに注意する。」
第18条 次の各号の一に該当する場合は、減給、または出勤停止とする。ただし情状によっては、訓戒にとどめることがある。
1.?2.(省略)
3.本規程第2条第4条の定めに違反した場合で、その事案が軽微なとき。」
第23条 退職時には、作業服、社員カード等、会社からの貸与品を返却するとともに業務に関する名刺等の顧客情報及び技術情報を返却しなければならない。」

(イ)請求人(株式会社ソニック)の就業規則(甲22)
第8条(服務)
社員は常に次の各号の事項を守り、職務に精励しなければならない。
(1)?(2)(省略)
(3)別に定める「情報管理規程」を遵守するとともに、取引先・顧客その他の関係者及び会社の役員・社員の個人情報、業務上知り得た技術情報等を正当な理由なく開示したり、利用目的を越えて取扱い、または漏洩しないこと(退職後も同様とする)」
第55条(秘密情報の開示禁止)
社員は、解雇され又は退職するときは、会社で取得した情報を第三者に開示・漏洩もしくは使用してはならない。」
よって、タキオニッシュHD及び請求人(株式会社ソニック)の従業員(口頭審理陳述要領書(請求人)第7頁第16?22行に記載のとおり、甲5の電子メールの宛先のうち、金氏、石橋氏、竹村氏、星川氏、高橋氏、芦沢氏、斉藤氏は請求人(株式会社ソニック)従業員であり、宗片氏は、タキオニッシュホールディングス株式会社従業員である。)は、かかる就業規則により、甲5の電子メールに添付された技術資料の内容を、社外に漏洩しない義務を負っていたものと認められる。

以上のとおり、タキオニッシュHD及び請求人の従業員のうち、甲5の電子メールに添付された技術資料の内容を了知した開発メンバーは、就業上の義務として、甲5の電子メールに添付された技術資料に開示された技術内容についての秘密を、被請求人の退社とは関係なしに、保持する義務を負っていたものと認められる。

エ 秋山徹氏の守秘義務について
秋山徹氏は、タキオニッシュHD及び請求人(株式会社ソニック)の取締役であるから、タキオニッシュHD及び請求人(株式会社ソニック)から経営の委任を受けていると考えられ(会社法330条)、民法の委任に関する規定(民法644条)により、「善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務」を負っている。また、タキオニッシュHD及び請求人(株式会社ソニック)のため忠実にその職務を行わなければならず(会社法第355条)、これらの義務に違反する任務懈怠により会社に損害を与えた場合には損害賠償責任を会社に対して負う(会社法第423条)という、立場にある。
また、秋山徹氏は、超音波センサや超音波流量計に関する研究開発を行うチームのリーダであって、研究成果の取り扱いについては、研究成果を導き出した主要な人物や、研究成果の内容にしたがって、特許等の出願をするか、公表・発表をするか、また、特許出願や公表・発表をする場合にはタキオニッシュホールディングス株式会社と請求人のどちらが行うか、を判断し、研究成果(発明)について特許権取得が必要であると、秋山徹氏が判断した場合には、タキオニッシュホールディング株式会社および/または請求人がその発明者から個別に特許を受ける権利を譲り受けて特許出願をする立場にあったものである(前記「(1)」「エ」「(イ)」参照。)。
よって、秋山徹氏は、取締役及び研究開発チームのリーダとして、請求人従業員以上に、研究開発により生じた成果に対して、タキオニッシュHD及び請求人(株式会社ソニック)の利益を考えて行動する義務を負っていたということができる。
そして、秘密の技術情報を外部に漏らすことが、タキオニッシュHD及び請求人(株式会社ソニック)の利益に反することはいうまでもないことであるから、秋山徹氏は、甲5の電子メールに添付された技術資料の技術内容を了知した時点から、該技術内容についての秘密を保持すべき高度の義務を負っていたといえる。また、該義務が被請求人の退社によって消滅するものでないことも明らかである。

さらに、秋山徹氏は、被請求人が特許出願を予定していることを知っており(甲17)、しかも研究開発チームのリーダとして特許出願の必要性の有無を判断していたということから特許法に関する知識を有していたと認められるから、仮に甲5の電子メールに添付された技術資料を公表・発表すれば、被請求人の特許取得の障害になるであろうことを理解していたものと認められる。そうであれば、秋山徹氏は、社会通念上、あるいは特許出願の予定を打ち明けられた者の信義則上の義務として、被請求人の退社とは関係なく、甲5の電子メールに添付された技術資料の公表を控える義務を負っていたものと認められる。
以上のことから、タキオニッシュHD及び請求人(株式会社ソニック)の取締役である秋山徹氏についても、被請求人の退社とは関係なしに、先行技術発明についての秘密を保持すべき義務を負っていたと認められる。

オ まとめ
以上のとおり、甲5の電子メールに添付された技術資料の内容を了知した請求人従業員等は、密接な相互の信頼関係に基づく、黙示の契約または信義則上の義務、就業上の義務、取締役及び研究開発チームのリーダとしての義務、社会通念上あるいは特許出願の予定を打ち明けられた者の信義則上の義務に基づいて、甲5の電子メールに添付された技術資料の内容についての秘密を保持すべき義務を負っていたものと認められ、また、該義務は、被請求人の退社によって影響を受けないものと認められる。

よって、甲5の電子メールに添付された技術資料に記載された発明(先行技術発明)は、特許法第29条第1項第1号に規定する、公然知られた発明であるとはいえない。

(5)請求人の主張について
ア 上記「(2)」「イ」「(ア)解雇が有効である場合の、雇用関係に基づく守秘義務について」について
請求人は、前記「(2)」「イ」「(ア)」にて、請求人従業員等の、被請求人に対する秘密を保つ義務(請求人従業員等が被請求人のために秘密を保持する義務)は、被請求人と請求人との間の雇用関係があり、かつ請求人従業員等と請求人との間に雇用関係があることにより、課せられていたものであると主張しているので、まず該主張について検討する。
請求人は、被請求人と請求人との間の雇用関係があり、かつ請求人従業員等と請求人との間に雇用関係があることにより、請求人従業員等の、被請求人に対する秘密を保つ義務が生じるとするが、被請求人と請求人従業員等とは直接的な雇用契約関係にないのであるから、請求人の主張に係る秘密を保つ義務は、いったいどのような法律的根拠あるいは契約関係に基づいて発生するのか、明らかでない。よって、請求人の主張する秘密を保つ義務とは、会社内の上司と部下、あるいは同僚といった、同じ組織に属している仲間意識から生じた連帯感としての義務であると解さざるを得ない。
そのような、連帯感としての義務であれば、被請求人の退社に伴って、請求人従業員等の、被請求人に対する、連帯感に基づく秘密を保持する義務は消滅することがあるかも知れない。
しかし、請求人従業員等の秘密を保つ義務は、例えば上記「(4)」「イ」ないし「エ」で述べたように、被請求人に対する連帯感に基づいて生じるものばかりではないのであるから、被請求人の退社に伴って、請求人従業員等の、被請求人に対する、連帯感に基づく秘密を保持する義務が消滅したからといって、請求人従業員等の秘密を保つ義務がすべて消滅することにはならない。
よって、上記請求人の主張「(2)」「イ」「(ア)」は、そもそも、その立論自体が、甲第5号証に記載された発明(先行技術発明)が公然知られたことの証明に結びつくものとなってない。
したがって、請求人の主張は、採用できない。

イ 上記「(2)」「イ」「(イ)就業規則上の守秘義務について」について
タキオニッシュHDの就業規則の第4条は、「第4条 社員は、上司の指揮命令を誠実に守り、互いに協力して職務を遂行するとともに、以下のことを守らなくてはならない。もしこれに違反した場合は、処罰の対象となることがある。」と、処罰の可能性を含めて規程し、第18条で、具体的に、減給、または出勤停止の処罰が規定されているのであるから、「第4条 4.」の「会社業務に関する情報は、遺漏、その他取り扱いに注意する。」との規程は、単なる要請ではなく、秘密保持義務または守秘義務に関する明確な定めであるといえる。
また、該規程を、「使用者の利益をことさら害するような行為」でなければ、社員が自由に秘密を漏らしてよいとする規程と解釈することもできない。
さらに、被請求人と請求人との間の雇用関係の解消が、タキオニッシュHD及び請求人の従業員(社員)における就業上の秘密保持義務に影響しないことはいうまでもないことである。
また、甲17の「岩佐さん 興味はありませんので、個人で出されるのなら、ご自由にどうぞ!」との文言は、特許出願に関する先行したやり取りに対し、一時的な感情の高ぶりに基づいて発せられた言葉ともとれ、「特許出願に興味がない」からといって、先行技術発明に価値がないとまで冷静に判断していたと即断することはできない。
仮に、秋山徹氏が、先行技術発明に特許出願するほどの価値がないと判断していたとしても、タキオニッシュHD及び請求人(株式会社ソニック)の取締役を兼任する秋山徹氏は、タキオニッシュHD及び請求人(株式会社ソニック)の利益を考えて行動すべき立場にあるのだから、例えばノウハウとして社内に蓄積したり、他社へ譲渡したり、先行技術発明に関連して得られた技術資料を今後の研究開発に役立てるなどの対応も検討すべきであって、上記判断が、タキオニッシュHD及び請求人の従業員に対して先行技術発明を正当な理由なく開示することを許可したものと認めることはできない。
また、守秘義務に関し、就業規則における正当事由とは、不可抗力や、個別具体的に使用者の許可を得た場合等、客観的に合理的な理由や、社会通念上相当である場合をいうものと解されるから、取締役が単に「特許出願するほどの価値がない」と判断しただけでは足りないというべきである。

ウ 上記「(2)」「イ」「(ウ)敵対心等による守秘義務の解消について」について
請求人は、甲17の「秋山さん 堀場向けの仕事はなくなったということですね。特許は個人のもので、取れた場合ということになるかと思われますが、特許侵害ということになるのではないですか?」との文面、及び被請求人が「タキオニッシュホールディングス株式会社による解雇の有効性を争っていること」から、被請求人は請求人に対して敵対心を有しているので、信義が失われたことで秘密を保持する義務は解消したと主張する。しかし、甲17の上記記載は、被請求人が「請求人に特許権を行使することを示唆している」とまではいえず、さらに「タキオニッシュホールディングス株式会社による解雇の有効性を争っていること」は、国民の裁判を受ける権利の正当な行使であって、かかる正当な権利行使がなされたからといって、請求人従業員等と被請求人との間の信義が失われていたと即断することもできない。
よって、請求人の主張は採用できない。

(6)無効理由3についての小括
以上のとおり、甲5の電子メールに添付された技術資料に記載された発明(先行技術発明)は、本件特許の出願前に公然知られた発明であるとはいえないから、本件の請求項1に係る発明(本件発明1)の特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるということはできない。
また、本件の請求項2ないし9に係る発明(本件発明2?9)は、請求項1に係る発明(本件発明1)に、所定の技術的限定を付した発明であるから、本件の請求項2ないし9に係る発明(本件発明2?9)の特許は、同様の理由により、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるということはできない。
よって、請求人の主張及び提出した証拠方法によっては、本件の請求項1ないし9に係る発明の特許が特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるということはできない。

(7)本件発明1ないし9の進歩性について
仮に、甲第5号証に記載された発明(以下、「引用発明」という。)が公然知られた発明であったとして、本件発明1ないし9の進歩性の有無について、念のため検討する。

ア 本件発明1
本件の請求項1を再掲すれば、次のとおりであって、本件発明1は、特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「微少流量の物質が流れる導管の外周上に配置され、高周波信号が付与されて振動し、振動を受信して高周波信号を発生させるリング状の超音波振動子と、該超音波振動子を挟持固定するように配置される一対の制振部材とによって構成される超音波センサにおいて、
前記超音波振動子の内周面と前記導管の外周面の間に、前記超音波振動子の前記導管の軸方向の幅よりも大きな同方向の幅を有する環状の柔軟性のある均一な整合部材を設けると共に、該整合部材は、音の伝搬速度が前記導管内を流れる前記物質の音の伝搬速度と略等しい材質からなることを特徴とする超音波センサ。」

イ 引用発明
前記「第8」「3」「(甲第5号証)」に記載した、甲第5号証に記載された発明(引用発明)を再掲すれば、次のとおりである。
「中身が水のテフロン管の外部に、厚さ1.5mmの環状の振動子を設け、環状の振動子とテフロン管との間に、テフロン管の軸方向の長さが2.5mm、厚さ0.1mmのビニールを設け、さらに、振動子の両側をゴム(信越1液性RTVゴム KE-42-T:硬度25)で挟んだセンサ構造。」

ウ 対比
本件発明1と引用発明とを比較する。
引用発明の「テフロン管」が、本件発明1の「導管」に相当する。
次に、引用発明の「水」は、「テフロン管」の中身であって、その中を流れていることは明らかであるから、本件発明1の「微少流量の物質」に相当する。
次に、引用発明の「厚さ1.5mmの環状の振動子」は、その厚みから見て、振動の周波数が高周波であることは明らかであるから、「高周波信号が付与されて振動し、振動を受信して高周波信号を発生させるリング状の超音波振動子」に相当する。
次に、引用発明の「振動子の両側」を「挟」む「ゴム(信越1液性RTVゴム KE-42-T:硬度25)」が、本件発明1の「該超音波振動子を挟持固定するように配置される一対の制振部材」に相当する。
次に、引用発明の「環状の振動子とテフロン管との間に、テフロン管の軸方向の長さが2.5mm、厚さ0.1mmのビニールを設け」ることと、本件発明1の「超音波振動子の内周面と前記導管の外周面の間に、前記超音波振動子の前記導管の軸方向の幅よりも大きな同方向の幅を有する環状の柔軟性のある均一な整合部材を設け」ることとは、「超音波振動子の内周面と前記導管の外周面の間に、前記超音波振動子の前記導管の軸方向の幅よりも大きな同方向の幅を有する環状の部材を設け」る点で共通する。
次に、引用発明の「センサ構造」が、次の相違点は別として、本件発明1の「超音波センサ」に相当する。
すると、本件発明1と引用発明とは、次の点で一致する。
<一致点>
微少流量の物質が流れる導管の外周上に配置され、高周波信号が付与されて振動し、振動を受信して高周波信号を発生させるリング状の超音波振動子と、該超音波振動子を挟持固定するように配置される一対の制振部材とによって構成される超音波センサにおいて、
前記超音波振動子の内周面と前記導管の外周面の間に、前記超音波振動子の前記導管の軸方向の幅よりも大きな同方向の幅を有する環状の部材を設けたことを特徴とする超音波センサ。

また、両者は、次の点で相違する。
<相違点>
本件発明1では、部材が「柔軟性のある均一な整合」部材であって、「音の伝搬速度が前記導管内を流れる前記物質の音の伝搬速度と略等しい材質からなる」ものであるのに対し、引用発明には、そのような構成が示されていない点。

エ 判断
そこで上記相違点について検討すると、本件発明1において、柔軟性のある整合部材を用いる技術的理由は、明細書の段落【0027】に「また、柔軟性のある略均一な整合部材7によって、導管20に対する方向については超音波振動子2が円滑に振動することが可能となるため、導管20を流れる流体にバラツキ少なく均一に振動を伝えることが可能となるものである。」と記載され、明細書の段落【0030】に「これによって、導管20に対して、流体の流れ方向に対して、制振部材3,4、柔軟性のある略均一な整合部材7によって、つまりは接着剤を使って固め固定端振動にするのではなく、固着させず自由振動させることで円滑に振動することが可能となり、流れ方向の振動は制振部材3,4によって制振され、超音波振動子2の残響がバラツキなく均一に取り除け、導管20に対する方向についても、制振部材3,4及び柔軟性のある略均一な整合部材7によって、つまりは接着剤を使って固め固定端振動にするのではなく、固着させず自由振動させることで振動子が円滑に振動することが可能となるため、導管20を流れる流体にバラツキ少なく均一に振動を伝えることが可能となるものである。」と記載されているとおり、超音波振動子2を「固着させず自由振動させることで円滑に振動することが可能」とし「導管20を流れる流体にバラツキ少なく均一に振動を伝えることが可能」とする点にあるところ、引用発明には「ビニール」との材料名が記載されているだけであって、「ビニール」を用いる技術的根拠は何も示されていないばかりでなく、かえって甲第5号証の電子メールに添付された文書の第1頁には「現在ビニール使用 材料検討中」と、どのような材料を用いたらよいか検討中であると記載されているのだから、引用発明の「ビニール」との材料名だけでは、その硬度(柔軟性)を、本件発明1のような、超音波振動子2を「固着させず自由振動させることで円滑に振動することが可能」とし「導管20を流れる流体にバラツキ少なく均一に振動を伝えることが可能」としうる程度の柔軟性とすることの動機付けがなく、設計的事項を考慮したとしても、この点は当業者が容易に想到し得たことではない。

次に、本件発明1において整合部材の材質を「音の伝搬速度が前記導管内を流れる前記物質の音の伝搬速度と略等しい材質からなる」ものとする技術的意義は、既に「第6」「2」「カ」「(イ)」(より詳しい理論的説明は、「第7」「2」「(2)」「ア」「(イ)」)で述べたとおり、従来技術において、管路内を伝搬する音波が振動子に到着するよりも前に接着剤に到着し、この接着剤の音の伝搬速度は、管路内の液体の伝搬速度より格段に速いことから、接着剤を伝わる伝搬経路の振動は、接着剤に到達した時点から一気に超音波振動子に伝わるのに対し、本件発明1においては、整合部材に音波が差し掛かると、音波は整合部材の音の伝搬速度で伝搬するので、接着剤のように一気に超音波振動子に伝搬されることがなくなり、位相差のバラツキが少なくなるとの新たな技術的知見に立脚したものである。
これに対し、引用発明には「ビニール」との材料名が記載されているだけであって、「ビニール」を用いる技術的根拠は何も示されていないばかりでなく、上記のとおり、甲第5号証の電子メールに添付された文書の第1頁には「現在ビニール使用 材料検討中」と、どのような材料を用いたらよいか検討中であると記載されているのだから、引用発明において、このような位相差のバラツキに影響を与えていた原因を解明し、新たな技術的知見に基づいて、引用発明の「ビニール」の音の伝搬速度を、テフロン管内の「水」の伝搬速度と略等しい材質からなるものとする動機付けがなく、設計的事項を考慮したとしても、この点は当業者が容易に想到し得たことではない。

そして、本件発明1では、整合部材が「柔軟性のある均一な」部材であることと「音の伝搬速度が前記導管内を流れる前記物質の音の伝搬速度と略等しい材質からなる」ものであることとの総合的な効果として、「位相差バラツキが少ないため、ゼロ・ドリフトが軽減される」(明細書段落【0032】)という格別な作用効果が奏されるものと認められる。

オ 本件発明1についてのまとめ
以上のとおり、本件発明1は、甲第5号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとは認められない。

カ 本件発明2ないし9について
本件発明2ないし9は、本件発明1に、所定の技術的限定を付した発明であるから、本件発明1について述べたのと同様の理由により、当業者が容易に発明をすることができたものとは認められない。

進歩性についてのまとめ
以上のとおり、仮に、甲第5号証に記載された発明が公然知られた発明であったとしても、本件発明1は、設計事項を考慮したとしても、甲第5号証に開示される発明に基いて、当業者が容易になし得たものであるとはいえず、本件発明2は、設計事項を考慮したとしても、甲第5号証及び甲第8号証に開示される発明に基いて、当業者が容易になし得たものであるとはいえず、本件発明3は、設計事項を考慮したとしても、甲第5号証に開示される発明及び周知技術(甲第9号証の1?甲第9号証の3)に基いて、当業者が容易になし得たものであるとはいえず、本件発明4は、設計事項を考慮したとしても、甲第5号証に開示される発明及び周知技術(甲第10号証の1?甲第10号証の3)に基いて、当業者が容易になし得たものであるとはいえず、本件発明5は、設計事項を考慮したとしても、甲第5号証に開示される発明及び周知技術(甲第11号証の1?甲第11号証の3)に基いて、当業者が容易になし得たものであるとはいえず、本件発明6は、設計事項を考慮したとしても、甲第5号証に開示される発明及び周知技術(甲第11号証の1?甲第11号証の3)に基いて、当業者が容易になし得たものであるとはいえず、本件発明7は、甲第5号証に開示される発明、一般的に知られている技術(甲第12号証)及び周知技術に基いて当業者が容易になし得たものであるとはいえず、本件発明8は、設計事項を考慮したとしても、甲第5号証に開示される発明に基いて、当業者が容易になし得たものであるとはいえず、本件発明9は、設計事項を考慮したとしても、甲第5号証、甲第13号証の1及び甲第13号証の2に開示される発明及び周知技術(甲第13号証の3?甲第13号証の5)に基いて当業者が容易になし得たものであるとはいえない。
よって、本件の請求項1ないし9に係る発明の特許は、仮に、甲第5号証に記載された発明が公然知られた発明であったとしても、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものではない。

5 無効理由3(第29条第2項)のまとめ
以上のとおり、本件の請求項1ないし9に係る発明の特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるということはできないから、特許法第123条第1項第2号に該当しない。
よって、無効理由3は理由がない。

第9 むすび
以上検討したように、請求人の主張する理由及び提出した証拠方法によっては、本件の請求項1ないし9に係る発明の特許を無効とすることはできない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
超音波センサ及びこれを用いた超音波流量計
【技術分野】
【0001】
本願発明は、微少流量を高精度に測定するための微少流量計に使用される超音波センサと、この超音波流量計を使用して微少流量を測定する超音波流量計に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1(特開2000-121404号公報)は、ガス流路と、前記ガス流路に設置する送受信用の超音波センサと、前記超音波センサの送受信の制御及び超音波の伝搬時間の計測を行い、計測データをデータバスラインで入出力する制御計測回路と、前記制御計測回路の制御内容の一部を記憶する不揮発メモリを備え、前記構成要素の組合せユニット部品毎に実流量の測定を行い、別に設けたデータ処理用パソコンでデータの送受信を実行して流量演算を行い、前記実流量との比較から前記ユニット部品毎の固有補正データを前記不揮発メモリに書き込み、固有補正データを保有した状態にした流量計測ユニットを開示する。この特許文献1に開示されるように、超音波式流量検出の原理は、ガス流路内の2点間の超音波の伝搬時間がガス流速を含んだ関数であり、伝搬時間を計測すればガス流速が逆算でき、流速がわかればこれと通過断面積とより流量がわかることを応用していることが開示されている。
【0003】
特許文献2(特開2010-14690号公報)は、応答性に優れた高精度な流量測定を実現するために、超音波の伝搬時間を予め計測する予備計測時に、超音波の送信時点から受信波の到達時点までの間に計測したクロックパルス数を順方向と逆方向について記憶しておき、予備計測後の本計測時に、超音波の送信時点からクロックパルス数を計数し始め、順方向と逆方向についてそれぞれ記憶したクロックパルス数の2個前のクロックパルスの出力時点で積分を開始し、受信波の到達時点で積分電圧を測定して微少時間を算出することによりクロックパルス時間と微少時間とから伝搬時間を計測するようにした超音波流量計を開示する。
【0004】
特許文献3(特開2011-7539号公報)は、流体の流れに沿って所定の距離を隔てて、測定管に取り付けられる複数の超音波振動子と、上流側の超音波振動子から発信された超音波を下流側の超音波振動子が受信するまでの伝搬時間と、下流側の超音波振動子から発信された超音波を上流側の超音波振動子が受信するまでの伝搬時間との時間差に基づいて流体の流速を求める演算回路とを備え、超音波振動子は、測定管に応じて予め定めた、第1の周波数の超音波と第2の周波数の超音波とを交互に発信し、演算回路は、第1の周波数の超音波での伝搬時間の第1の時間差を、流体の流速がゼロのときの時間差として求め、第2の周波数の超音波での伝搬時間の第2の時間差と、第1の時間差とに基づき、流体の流速を求める超音波流量計を開示する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2000-121404号公報
【特許文献2】特開2010-14690号公報
【特許文献3】特開2011-7539号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述した超音波流量計において、特に微少流量を測定する場合には、特許文献3に開示されるように、微少流量の流体が通過する導管の内側に超音波振動子を設けることは難しく、流れそのものを阻害する恐れがあるため、導管の外側に超音波振動子を設けることが望ましい。
【0007】
また、微少流量の検出にあたっては、特許文献3に記載されているような上流側の超音波振動子から発振され、導管内の順方向に流れる流体を伝搬する超音波振動を下流側の超音波振動子で検出し、また下流側の超音波振動子から発振された超音波を逆方向に流れる流体を伝搬する超音波振動を上流側の超音波振動子で検出する場合に、検出する流量が微少であることから、超音波振動子と導管との接合部分の状態、特に超音波振動子と導管との接合部分を接着する接着剤の量及び偏心等接着状態にバラツキがある場合、振動子の減衰を含む振動子の振動状態にバラツキが生じることから、超音波の伝搬状態にもバラツキが生じ、これらの結果としてそれらが位相差に表れ、微少流量の検出に誤差が生じるという問題点があった。
【0008】
また、振動子の振動が減衰せず流量検出が不可能とならないよう、振動子を制振材料で挟持固定し、確実に残響を取り除くことが望ましいため、振動子と制振材料を接着剤にて固定していたが、この振動子と制振材料との間の接着剤の接着状態のばらつきによっても超音波の送受信に影響を与えることから、それらが位相差に表れ、微少流量の検出に誤差が生じるという問題があった。
【0009】
そもそも、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)においてエポキシ等で接着する場合、それ自体が難しく生産性が悪いという問題があった。表面処理後に接着できたとしても、接着状態は予測不可能なばらつきを生み、精度良く接着できたとは言い難く、位相差は特に温度などによって増幅され、流量が無い状態で流量を示すゼロ・ドリフトが発生する問題があった。それらは同様に予測不可能であり、センサ間によって差異があった。
【0010】
このため、この発明は、振動子と導管の間、振動子と制振材料の間の接着状態のバラツキを防止し、ゼロ・ドリフトを軽減し、求める精度を測定することができる超音波センサを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
したがって、本願発明は、微少流量の物質が流れる導管の外周上に配置され、高周波信号が付与されて振動し、振動を受信して高周波信号を発生させるリング状の超音波振動子と、該超音波振動子を挟持固定するように配置される一対の制振部材とによって構成される超音波センサにおいて、前記超音波振動子の内周面と前記導管の外周面の間に、前記超音波振動子の前記導管の軸方向の幅よりも大きな同方向の幅を有する環状の柔軟性のある均一な整合部材を設けると共に、該整合部材は、音の伝搬速度が前記導管内を流れる前記物質の音の伝搬速度と略等しい材質からなることにある。
この「音の伝搬速度が前記導管内を流れる物質の音の伝搬速度と略等しい材質からなること」とは、測定される流体の密度と略等しい密度を有する整合部材を選定することと同じ概念を有するものである。該整合部材は、特に均一であることが望ましい。
【0012】
さらに、前記超音波振動子と前記制振部材の接触面は、その粘着性が最小限となるように加工されることが望ましい。例えば、前記超音波振動子と前記制振部材との接触面の粘着性を最小限にする加工は、何れかの面若しくは両面に施される表面コーティングであり、またプラズマ表面処理であることが望ましい。さらに、超音波振動子と制振部材との間に非粘着性物質を挟むようにしても良いものである。さらにまた、片面若しくは両面に非粘着性処理が施された介在部材を設けるようにしても良いものである。
【0013】
さらにまた、前記超音波振動子と前記整合部材の間及び前記整合部材と前記導管の間には、導管を流れる物質の密度と略等しい密度を有するグリースが適用されることが望ましい。例えば導管を流れる物質が水である場合には、グリースの密度は略1.00であることが望ましい。
【0014】
また、前記制振部材は、硬度20?25のゴム系物質であることが望ましい。
【0015】
経年変化による劣化を防ぐために、特に振動子と制振部材の間の面の防湿のため、外周側面に防湿処理用部材を設けるようにしても良い。
【0016】
また、本願発明の別の態様は、微細流量が流れる導管上に、上述した本願発明に係る超音波センサを所定の間隔で配置した超音波流量計を提供することである。
【0017】
また、前記超音波流量計は、前記導管を流れる流量の計測を実行して出力するコントロールユニットが載置されるコントロールユニット収納部と、一対の前記超音波センサが所定の間隔で配置されるセンサ保護部とによって構成されるケースを具備することが望ましく、さらに前記ケースのセンサ保護部が、導管とは離れた状態で制振部材を挟持固定することが望ましい。
【発明の効果】
【0018】
この発明の超音波センサ及びそれを用いた超音波流量計によれば、超音波センサの超音波振動子を制振部材で挟持して導管に固定し、超音波振動子と導管の間に導管に流れる物質と同様の音波伝搬速度を有する材料からなると共にリング状の柔軟性のある均一な整合部材を介在させたことによって、超音波振動子の振動をバラツキ少なく均一に確実に導管内の流体に伝達することができると共に、導管内の流体を伝搬してきた振動を超音波振動子によってバラツキ少なく均一に確実に検出することができるため、導管内を通過する流体の流量、流速を精度良く検出することが可能となるものである。また、この発明では、位相差バラツキが少ないため、ゼロ・ドリフトが軽減されるものである。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】図1は、本願発明に係る超音波センサが所定の間隔で配置された本願発明に係る超音波流量計の構成を示した説明図である。
【図2】図2は、本願発明に係る超音波センサの構造を示した説明図である。
【図3】図3(a)は、常温時において、制振部材で挟持された振動子を導管に接着した超音波流量計の波数に対する位相差を示した特性(A)、導管に振動子を、整合部材を介して配置した超音波流量計の波数に対する位相差を示した特性(B)、及び導管に、制振部材で挟持された振動子を、整合部材を介して配置した超音波流量計の波数に対する位相差を示した特性(C)を示した特性線図であり、図3(b)は、高温時若しくは低温時において、制振部材で挟持された振動子を導管に接着した超音波流量計の波数に対する位相差を示した特性(A’)、導管に振動子を、整合部材を介して配置した超音波流量計の波数に対する位相差を示した特性(B’)、及び導管に、制振部材で挟持された振動子を、整合部材を介して配置した超音波流量計の波数に対する位相差を示した特性(C’)を示した特性線図である。
【図4】制振部材の硬度と位相差との関係を示した特性線図である。
【図5】図5は、常温時、接着剤使用時のオシロスコープ一般波形の例である。
【図6】図6は、常温時、冷却時オシロスコープ一般波形の比較例である。
【図7】図7は、常温時、導管に振動子を、整合部材を介して配置した超音波流量計の波形例である。
【図8】図8は、常温時、導管に、制振部材で挟持された振動子を、整合部材を介して配置した超音波流量計の波形例である。
【図9】図9は、常温時、45℃、65℃、85℃における、導管に、制振部材で挟持された振動子を、整合部材を介して配置した超音波流量計の波形例である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、この発明の実施例について、図面により説明する。
【実施例】
【0021】
本願発明に係る超音波センサ1(1A,1B)は、例えば図1に示す微少流量計100に使用されるものである。例えば図1に示す微少流量計100は、上流側超音波センサ1Aと下流側超音波センサ1Bが所定の間隔をあけて微少量の流体が流れる導管20に外設される。これらの超音波センサ1A,1Bは、コントロールユニット(C/U)30に電気的に接続され、上流側超音波センサ1Aに高周波を印加して振動させ、流れに対して垂直に伝搬した振動は、導管20の中心部で方向を変え、流れる流体を伝搬し、下流側超音波センサ1Bにおいて振動子を振動させ、コントロールユニット30によって電気的に検出される。さらに下流側超音波センサ1Bに高周波を印加して振動させ、流れに対して垂直に伝搬した振動は、導管20の中心部で方向を変え、流れる流体を伝搬し、上流側超音波センサ1Aにおいて振動子を振動させ、コントロールユニット30によって電気的に検出される。これによって、それぞれの位相差から導管20を流れる流体の速度を計測し、平均流体速度Vと、導管20の断面積Sとによって流量を演算し求め、例えば流量値または流速値として表示、あるいは出力信号に変換するものである。
【0022】
また、前記超音波流量計100は、前記コントロールユニット30が載置されるコントロールユニット収納部120と、前記所定の間隔で配置された一対の超音波センサ1A,1Bが配置されたセンサ保護部130とを具備するケース110を有する。前記センサ保護部130は、前記ケース110と一体に形成され、前記超音波センサを挟持固定する超音波センサ保持部131を有する。この超音波センサ保持部131は、前記導管20に接触しないように前記超音波センサ1A,1Bを保持することが望ましい。
【0023】
この微少流量計100で使用される本願発明に係る超音波センサ1は、例えば図2に示すように、環状の超音波振動子2と、この超音波振動子2を挟持する一対の制振部材3,4とによって構成され、さらに前記超音波振動子2の内周面と前記導管20の外周面の間には、リング状の柔軟性のある略均一な整合部材7が設けられる。
【0024】
前記制振部材3,4と超音波振動子2との間の表面8の防湿のため、外周側面に防湿処理用部材を設ける場合、振動子外周側面は、制振部材3,4と超音波振動子2との間の表面8同様、接着剤、粘着等、振動子の自由振動を妨げないのが望ましい。
【0025】
通常、前記導管20は、3mm、4mm、6mm径のポリテトラフルオロエチレン(PTFE)によって形成されるものであり、測定される流体が水である場合、前記整合部材7は、ポリエチレン等、水を伝わる音の速度とほぼ等しい音速を持つ柔軟性のあるビニール系材料からなることが望ましい。さらに、超音波振動子2と前記整合部材7との間の面9及び整合部材7と導管20との間の面10には、測定される流体(例えば水)を伝わる音速と同等の音速を有するグリース(例えば密度が極力1.00に近いグリース)が塗布されることが望ましい。
【0026】
これによって、超音波振動子2と導管20との接合部分の状態が、例えばエポキシ系接着剤では、密度(ρ)、物質中の音速(c)を掛け合わせた音響インピーダンス(z=ρc)が、PTFEとエポキシ系接着剤とではほぼ同等となり、それぞれ物質中の音速(c)が1300m/sec程度、2500m/sec程度となっていることから、液体中を伝わって来た振動は、液体中からPTFE及び振動子の幅よりも大きな幅を有する予測不可能なばらつきを持つ接着箇所を通して、2倍の速度で一気に超音波振動子に伝わることになるが、超音波振動子2の幅よりも大きな幅を有する略均一な整合部材7では、密度(ρ)、物質中の音速(c)等、水とほぼ同一に合わせることによって、略均一な整合部材7を通して2倍の速度で一気に超音波振動子に伝わることはなくなり、また生来略均一に作られている材質を選んでいるので、そのバラつきを気にする必要はなく、バラツキ少なく均一に送受信可能となるものである。
【0027】
また、柔軟性のある略均一な整合部材7によって、導管20に対する方向については超音波振動子2が円滑に振動することが可能となるため、導管20を流れる流体にバラツキ少なく均一に振動を伝えることが可能となるものである。
【0028】
また、前記制振部材3,4は、図4で示すように、超音波振動子2の残響がバラツキなく均一に取り除けるよう、硬度20?25の間の硬度を有するゴム系材料から形成されることが望ましい。
【0029】
さらに、制振部材3,4と超音波振動子2との間の表面8は、粘着性が生じないように加工されることが望ましい。この加工は、表面コーティングによる方法、特にプラズマ処理を施して表面を粘着性が生じないように表面処理する方法、両面若しくは片面に粘着性が生じないように表面処理されたフィルムを介在させる方法、粘着性を有しない材料からなるフィルムを介在させる方法等がある。
【0030】
これによって、導管20に対して、流体の流れ方向に対して、制振部材3,4、柔軟性のある略均一な整合部材7によって、つまりは接着剤を使って固め固定端振動にするのではなく、固着させず自由振動させることで円滑に振動することが可能となり、流れ方向の振動は制振部材3,4によって制振され、超音波振動子2の残響がバラツキなく均一に取り除け、導管20に対する方向についても、制振部材3,4及び柔軟性のある略均一な整合部材7によって、つまりは接着剤を使って固め固定端振動にするのではなく、固着させず自由振動させることで振動子が円滑に振動することが可能となるため、導管20を流れる流体にバラツキ少なく均一に振動を伝えることが可能となるものである。
【0031】
以上の構成により、本願発明によれば、上述した効果、超音波振動子の振動をバラツキ少なく均一に確実に導管内の流体に伝達することができると共に、導管内の流体を伝搬してきた振動を超音波振動子によってバラツキ少なく均一に確実に検出することができるため、導管内を通過する流体の流量、流速を精度良く検出することができるという効果を達成することができるものである。
【0032】
また、以上のような構造を有する超音波センサ1を具備した超音波流量計100は、図3(a)(b)で示すように、位相差バラツキが少ないため、ゼロ・ドリフトが軽減されるという効果を達成するものである。PTFEと環状の超音波振動子の編心等ばらつきを減少させ、精度良く製造でき、センサ間の再現性の悪さも軽減され、さらに、構造が簡単なことから、原価的、生産性効果も高く、製造が飛躍的に容易になるという効果を達成するものである。
【0033】
超音波センサ1は、ケース110で衝撃、防湿から保護するものであることから、センサ保護部130に超音波センサ1A,1Bを装着した時でも、導管20内を通過する流体の流量、流速を精度良く検出することができるという効果、ゼロ・ドリフトが軽減されるという効果等が達成されなければならないため、プラスチックまたは金属等からなるケース110に、センサ保護部130を設ける。この場合は、制振部材3,4をそれらに設けられた超音波センサ保持部131で狭持し、導管20とは離れた状態で、導管20に接着剤で接着しない形で支持することが望ましい。その場合、それ以外に超音波センサ1を支持しなければならない部位については、特に限定されるものではない。また、センサ保護部130、コントロールユニット収納部120についても、一体型であるか無いかには特に限定されるものではない。
【0034】
図5は、超音波振動子2と制振部材3,4を接着剤を使用して固定し、振動させた場合のオシロスコープ一般波形の例であり、その接着状態のバラツキから、上流と下流の波形の振幅差が著しく異なっている。
【0035】
図6は、常温時、冷却時オシロスコープ一般波形比較の例であり、波形中心部と後方部に、温度差による振幅の違いが見られる。このように、接着状態のバラツキ、温度差により波形に差異が現れ、位相差に影響を及ぼすのである。
【0036】
図7は、導管に振動子を、整合部材7を介して配置し、常温時において振動させた、超音波流量計の上流と下流の実施波形例である。
【0037】
図8は、導管に、制振部材3,4で挟持された振動子を、整合部材7を介して配置し、常温時において振動させた、超音波流量計の上流と下流の実施波形例である。
【0038】
図9は、導管に、制振部材3,4で挟持された振動子を、整合部材7を介して配置し、常温時、45℃、65℃、85℃において振動させた、超音波流量計の上流の実施波形例である。実際に流量測定に使われる波形は、図7及び図8で示すように、上流と下流の実施波形の差異はほとんどない。
【0039】
尚、図3(a)(b)において、A,A’は、超音波振動子2を、制振部材3,4で挟持接着固定し、導管20に接着固定した場合の超音波流量計の特性を示したものであり、超音波流量計の上流下流の波形差は少ないが図5のような接着状態のバラツキによる波形差に、図6のような温度による波形差も加わり、位相差が悪くなるのである。
【0040】
B,B’は、前記超音波振動子2を、整合部材7を介して導管20に固定した場合の超音波流量計の特性を示したものであり、制振部材3,4で狭持していない分、図5、図6のような波形差が現れることになるが、接着剤による固定ほどではなく、バラツキも少ないため、A,A‘のように悪くはならない。
【0041】
C,C’は、前記超音波振動子2を、制振部材3,4で挟持固定し、整合部材7を介して導管20に固定した場合の超音波流量計の特性を示したものである。制振部材3,4、整合部材7という構成のため、常に図7、図8のような、上流下流の波形差が極めて少ない状態になり、位相差が少なくなるのである。このように、本願発明の係る超音波流量計100の特性C,C’が最も位相差が少なくなることがこの特性線図から読み取ることができるものである。
【符号の説明】
【0042】
1,1A,1B 超音波センサ
2 超音波振動子
3,4 制振部材
7 整合部材
8 振動子と制振部材の間の面
9 振動子の整合部材の間の面
10 整合部材と導管の間の面
20 導管
30 コントロールユニット
100 超音波流量計
110 ケース
120 コントロールユニット収納部
130 超音波センサ保護部
131 超音波センサ保持部
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
微少流量の物質が流れる導管の外周上に配置され、高周波信号が付与されて振動し、振動を受信して高周波信号を発生させるリング状の超音波振動子と、該超音波振動子を挟持固定するように配置される一対の制振部材とによって構成される超音波センサにおいて、
前記超音波振動子の内周面と前記導管の外周面の間に、前記超音波振動子の前記導管の軸方向の幅よりも大きな同方向の幅を有する環状の柔軟性のある均一な整合部材を設けると共に、該整合部材は、音の伝搬速度が前記導管内を流れる前記物質の音の伝搬速度と略等しい材質からなることを特徴とする超音波センサ。
【請求項2】
前記超音波振動子と前記制振部材の接触面は、その粘着性が最小限となるように加工されることを特徴とする請求項1記載の超音波センサ。
【請求項3】
前記超音波振動子と前記制振部材との接触面の粘着性を最小限にする加工は、表面コーティングであることを特徴とする請求項2記載の超音波センサ。
【請求項4】
前記超音波振動子と前記制振部材との接触面の粘着性を最小限にする加工は、プラズマ表面処理であることを特徴とする請求項2記載の超音波センサ。
【請求項5】
前記超音波振動子と前記制振部材との間に非粘着性物質を介在させることを特徴とする請求項1?4のいずれか1つに記載の超音波センサ。
【請求項6】
前記超音波振動子と前記制振部材の互いに対峙する面の少なくとも一方の面に非粘着性処理が施された介在部材を設けること特徴とする請求項1?4のいずれか1つの記載の超音波センサ。
【請求項7】
前記超音波振動子と前記整合部材の間及び前記整合部材と前記導管の間には、導管を流れる物質の密度と略等しい密度を有するグリースが適用されることを特徴とする請求項1?6のいずれか1つに記載の超音波センサ。
【請求項8】
請求項1?7のいずれか1つに記載の超音波センサを、微少流量が流れる導管上に所定の間隔で配置したことを特徴とする超音波流量計。
【請求項9】
前記導管を流れる流量の計測を実行して出力するコントロールユニットが載置されるコントロールユニット収納部と、一対の前記超音波センサが所定の間隔で配置されるセンサ保護部とによって構成されるケースを具備し、
該ケースのセンサ保護部は、導管とは離れた状態で制振部材を挟持固定することを特徴とする請求項8記載の超音波流量計。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2015-03-27 
結審通知日 2015-03-31 
審決日 2015-04-20 
出願番号 特願2011-241803(P2011-241803)
審決分類 P 1 113・ 536- YAA (G01F)
P 1 113・ 121- YAA (G01F)
P 1 113・ 537- YAA (G01F)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 田邉 英治  
特許庁審判長 清水 稔
特許庁審判官 樋口 信宏
武田 知晋
登録日 2013-09-27 
登録番号 特許第5371066号(P5371066)
発明の名称 超音波センサ及びこれを用いた超音波流量計  
代理人 小竹 秋人  
代理人 大貫 和保  
代理人 宮崎 昭夫  
代理人 緒方 雅昭  
代理人 勝又 弘好  
代理人 小竹 秋人  
代理人 勝又 弘好  
代理人 藤田 康文  
代理人 藤田 康文  
代理人 大貫 和保  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ