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審決分類 審判 訂正 1項3号刊行物記載 訂正する G02C
審判 訂正 2項進歩性 訂正する G02C
審判 訂正 4項(134条6項)独立特許用件 訂正する G02C
管理番号 1304257
審判番号 訂正2015-390067  
総通号数 190 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2015-10-30 
種別 訂正の審決 
審判請求日 2015-06-22 
確定日 2015-08-13 
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第3611154号に関する訂正審判事件について,次のとおり審決する。 
結論 特許第3611154号に係る明細書を本件審判請求書に添付された訂正明細書のとおり訂正することを認める。 
理由 第1 請求の要旨
本件審判の請求の趣旨は,「特許第3611154号の明細書を本件審判請求書に添付の訂正明細書のとおり訂正することを認める,との審決を求める。」というものである。

請求人が求める訂正(以下,「本件訂正」という。)は,次の訂正事項1及び2からなる。

1 訂正事項1
特許第3611154号の明細書(以下,特許第3611154号を「本件特許」といい,本件訂正による訂正前の特許第3611154号の明細書を「本件特許明細書」といい,審判請求書に添付した訂正明細書を「本件訂正明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1が次の(1)のとおりであったのを,次の(2)のとおりに訂正する。
(1)本件特許明細書の請求項1
「【請求項1】
レンズ屈折面を鼻側領域と耳側領域とに分割する主子午線曲線に沿って,近景に対応する面屈折力を有する近用視矯正領域と,近景よりも実質的に離れた特定距離に対応する面屈折力を有する特定視距離矯正領域と,前記近用視矯正領域と前記特定視距離矯正領域との間において両領域の面屈折力を連続的に接続する累進領域とを備え,
前記近用視矯正領域の中心は,近用アイポイントから前記主子午線曲線に沿って下方に2mmから8mmだけ間隔を隔て,
前記近用アイポイントでの屈折力をK_(E)とし,前記特定視距離矯正領域の中心での屈折力をK_(A)とし,前記近用視矯正領域の中心での屈折力をK_(B)としたとき,
0.6<(K_(E)-K_(A))/(K_(B)-K_(A))<0.9 (1)
の条件を満足することを特徴とする累進多焦点レンズ。」

(2)訂正後の請求項1(下線部は訂正箇所を示す。)
「【請求項1】
レンズ屈折面を鼻側領域と耳側領域とに分割する主子午線曲線に沿って,近景に対応する面屈折力を有する近用視矯正領域と,近景よりも実質的に離れた特定距離に対応する面屈折力を有する特定視距離矯正領域と,前記近用視矯正領域と前記特定視距離矯正領域との間において両領域の面屈折力を連続的に接続する累進領域とを備え,
前記近用視矯正領域の中心は,近用アイポイントから前記主子午線曲線に沿って下方に2mmから8mmだけ間隔を隔て,
前記近用アイポイントでの屈折力をK_(E)とし,前記特定視距離矯正領域の中心での屈折力をK_(A)とし,前記近用視矯正領域の中心での屈折力をK_(B)とし,前記特定視距離矯正領域における明視域の最大幅をW_(F)(mm)としたとき,
0.6<(K_(E)-K_(A))/(K_(B)-K_(A))<0.9 (1)
W_(F)≧50/(K_(B)-K_(A)) (2)
の条件を満足することを特徴とする累進多焦点レンズ。」

2 訂正事項2
本件特許明細書の発明の詳細な説明の【0012】が次の(1)のとおりであったのを,次の(2)のとおりに訂正する。
(1)本件特許明細書の【0012】
「【0012】
【課題を解決するための手段】
前記課題を解決するために,本発明においては,レンズ屈折面を鼻側領域と耳側領域とに分割する主子午線曲線に沿って,近景に対応する面屈折力を有する近用視矯正領域と,近景よりも実質的に離れた特定距離に対応する面屈折力を有する特定視距離矯正領域と,前記近用視矯正領域と前記特定視距離矯正領域との間において両領域の面屈折力を連続的に接続する累進領域とを備え,
前記近用視矯正領域の中心は,近用アイポイントから前記主子午線曲線に沿って下方に2mmから8mmだけ間隔を隔て,
前記近用アイポイントでの屈折力をK_(E)とし,前記特定視距離矯正領域の中心での屈折力をK_(A)とし,前記近用視矯正領域の中心での屈折力をK_(B)としたとき,
0.6<(K_(E)-K_(A))/(K_(B)-K_(A))<0.9 (1)
の条件を満足することを特徴とする累進多焦点レンズを提供する。」

(2)訂正後の【0012】(下線部は訂正箇所を示す。)
「【0012】
【課題を解決するための手段】
前記課題を解決するために,本発明においては,レンズ屈折面を鼻側領域と耳側領域とに分割する主子午線曲線に沿って,近景に対応する面屈折力を有する近用視矯正領域と,近景よりも実質的に離れた特定距離に対応する面屈折力を有する特定視距離矯正領域と,前記近用視矯正領域と前記特定視距離矯正領域との間において両領域の面屈折力を連続的に接続する累進領域とを備え,
前記近用視矯正領域の中心は,近用アイポイントから前記主子午線曲線に沿って下方に2mmから8mmだけ間隔を隔て,
前記近用アイポイントでの屈折力をK_(E)とし,前記特定視距離矯正領域の中心での屈折力をK_(A)とし,前記近用視矯正領域の中心での屈折力をK_(B)とし,前記特定視距離矯正領域における明視域の最大幅をW_(F)(mm)としたとき,
0.6<(K_(E)-K_(A))/(K_(B)-K_(A))<0.9 (1)
W_(F)≧50/(K_(B)-K_(A)) (2)
の条件を満足することを特徴とする累進多焦点レンズを提供する。」


第2 訂正要件についての判断
1 本件訂正の目的について
訂正事項1(前記「第1」「1」を参照。)は,請求項1に係る発明について,訂正前には特定視距離矯正領域における明視域の最大幅W_(F)(mm)が任意であったものを,訂正前の請求項2に記載された発明特定事項の一部の構成である「50/(K_(B)-K_(A))」以上のものに限定するものであるから(なお,請求項2に係る発明については,請求項1に付された限定が,本件訂正前の請求項2自身に記載された発明特定事項であることから,本件訂正の前後でその発明特定事項に事実上相違するところはない。),特許法126条1項ただし書き1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものと認められる。
また,訂正事項2(前記「第1」「2」を参照。)は,本件特許明細書の発明の詳細な説明の【0012】の記載を,本件訂正後の請求項1の記載に整合させるものであるから,特許法126条1項ただし書き3号に掲げる明瞭でない記載の釈明を目的とするものと認められる。
したがって,本件訂正は,特許法126条1項ただし書き1号及び3号に掲げる事項を目的とするものと認められる。

2 新規事項の追加の有無について
本件特許明細書の特許請求の範囲の請求項2や発明の詳細な説明の【0022】には,「W_(F)≧50/(K_(B)-K_(A))」なる条件式を満足することが記載されているから,訂正事項1によって,請求項1に係る発明に,特定視距離矯正領域における明視域の最大幅W_(F)(mm)が「50/(K_(B)-K_(A))」以上である旨の限定を付し,訂正事項2によって,【0012】の記載を当該限定を付した請求項1の記載に整合させる本件訂正は,本件特許明細書または図面に記載した事項の範囲内においてするものであって,特許法126条5項の規定に適合する。

3 特許請求の範囲の拡張または変更について
訂正事項1及び2が,実質上特許請求の範囲を拡張し,または変更するものでないことは明らかであるから,本件訂正は,特許法126条6項の規定に適合する。

4 独立特許要件について
本件訂正は,特許法126条1項ただし書き1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正事項を含んでいるから,特許法126条7項の規定に適合するか否か(特許出願の際独立して特許を受けることができるものか否か)について検討する。(なお,請求項2に係る発明については,本件訂正の前後でその発明特定事項に事実上相違はないから,本件訂正後の請求項2に係る発明に対する独立特許要件の検討はしない。)

(1)本件訂正後の請求項1に係る発明
ア 本件訂正後の請求項1に係る発明
本件訂正後の請求項1に係る発明(以下,「本件訂正発明」という。)は,前記「第1」「1」「(2)」に記載したとおりのものである。

イ 本件訂正発明の「近用アイポイント」について
(ア) 本件訂正発明の「近用アイポイント」に関して,本件訂正明細書の発明の詳細な説明には,次の記載がある。
「【0014】
【発明の実施の形態】
図3は,従来の遠近重視の累進多焦点レンズの主子午線曲線上の屈折力分布を概略的に示す図である。まず,図3を参照して,従来の遠近重視の累進多焦点レンズの欠点について説明する。
図3に示すように,従来の遠近重視の累進多焦点レンズでは,眼鏡レンズとしての装用基準となる遠用アイポイントEから遠用部Fの下方Aまでの主子午線曲線に沿った距離が小さい。すなわち,従来の遠近重視の累進多焦点レンズの設計手法では,遠用部Fの下方Aを基準とした遠用アイポイントEでの屈折力増加量が加入度の約5%である。このため,発生する収差が比較的小さく,良好な視覚特性が得られ,遠用部Fの明視域をある程度広くすることが可能になっている。なお,遠用アイポイントとは,眼鏡の装用者が自然の姿勢で遠方を見ているときの視線のレンズ上での通過点であり,遠用フィッティングポイントと呼ばれることもある。
【0015】
また,従来の遠近重視の累進多焦点レンズでは,遠用アイポイントEから近用部Nの上方Bにかけて主子午線曲線上での屈折力を加入度の約95%だけ増加させている。このため,近用部Nの明視域が遠用部Fの明視域よりもはるかに小さくなる。したがって,図3に示す屈折力分布を有する累進多焦点レンズは,遠近重視のレンズや遠中重視のレンズとしては実用に耐えることができるが,中近重視のレンズとしては視野が狭いだけでなく像の揺れや歪みが依然として大きく実用に耐えることができない。
さらに,従来の遠近重視の累進多焦点レンズでは,眼鏡レンズとしての装用基準となる遠用アイポイントEから近用部Nまでの距離が大きいため,近方視に移行するのに視線を大きく下げる必要があり,眼精疲労を引き起こしてしまう。
【0016】
そこで,本発明の累進多焦点レンズでは,遠用部の明視域をある程度犠牲にし,装用者の老視の度合いに応じて近景よりも実質的に離れた特定距離までの範囲(軽度の老視であれば遠方までの範囲)を矯正している。すなわち,本発明では,近用作業時の装用感を最重視して,眼球の回旋疲労が少ないような累進帯の長さを確保している。また,明視域の広い近用部を確保し,且つ最大非点隔差を減少させ,中間部における明視域もある程度確保するとともに特定視距離領域を十分に広くしている。
なお,本発明において,近景よりも実質的に離れた特定距離に対応する面屈折力を有する特定視距離矯正領域を『特定視部』と呼び,特定視部の中心すなわち特定中心と近用部の中心すなわち近用中心との距離を『累進帯の長さ』と呼び,特定中心と近用中心との間で付加される屈折力の増加量を『加入度』と呼ぶ。
【0017】
本発明においては,近用アイポイントを近用中心から主子午線曲線に沿って上方に2mmから8mmの距離に設定している。また,本発明においては,近用アイポイントから近用中心までの距離範囲の設定に対応して,次の条件式(1)を満足する。
0.6<(K_(E)-K_(A))/(K_(B)-K_(A))<0.9 (1)
ここで,
K_(E):近用アイポイントでの屈折力(ディオプター)
K_(A):特定中心での屈折力(ディオプター)
K_(B):近用中心での屈折力(ディオプター)
なお,(K_(E)-K_(A))は特定中心を基準とした近用アイポイントでの屈折力増加量を意味し,(K_(B)-K_(A))は加入度を意味する。
【0018】
このように,本発明では,眼鏡レンズとしての装用基準となる近用アイポイントから近用中心までの距離を小さくしているため,近用アイポイントから近用部にかけて発生する収差が比較的小さく,良好な視覚特性が得られる。また,視線を大きく下げることなく中間視から近用視へ移行することができるとともに,近用部において広い明視域を確保することができる。
また,本発明のように,特定中心を基準とした近用アイポイントでの屈折力増加量(K_(E)-K_(A))を加入度(K_(B)-K_(A))の60%?90%に設定すると,近用アイポイントから近用部に至る領域の側方領域における非点収差の集中が軽減され,像の揺れや歪みなどが抑えられ,近用部および中間部において広い明視域を実現することができる。
【0019】
さらに,本発明では,近用アイポイントから特定視部にかけて加入度の60%?90%だけ屈折力を低下させている。この構成により,近用アイポイントから特定視部にかけて視覚特性が改良され,主子午線曲線の側方領域における収差集中が緩和される。その結果,像の揺れや歪みを軽減することができ,広い明視域を確保することができる。また,近用アイポイントから特定視部にかけて屈折力の変化の度合いが比較的小さいため,近用アイポイントと特定視部との接続が連続的で滑らかになるように構成することができる。したがって,像の揺れや歪みが比較的少ない中間視状態を得ることができるとともに,特定視部の明視域を大きく確保することができる。
【0020】
ところで,近用アイポイントから近用中心までの距離を2mmよりも短くすると,近用アイポイントから特定中心にかけて主子午線曲線上での屈折力が大きく低下することになる。その結果,近用アイポイントから特定視部にかけて屈折力の変化の度合いが大きくなり,像の揺れや歪みの少ない良好な中間視状態を得ることができなくなる。さらに,特定視部において十分広い明視域を確保することができなくなる。
【0021】
また,近用アイポイントから近用中心までの距離を2mmよりも短くすると,近用アイポイントから特定視部までの距離が長くなりすぎて,特定視距離状態において上目遣い気味になってしまう。
一方,近用アイポイントから近用中心までの距離を8mmよりも長くすると,視線を大きく下げなければ近用視領域に移行することができなくなる。その結果,眼精疲労を引き起こすとともに,近用部においてある程度広い明視域を確保することができなくなってしまう。
・・・(中略)・・・
【0028】
ところで,特定視部の中心すなわち特定中心とは,特定視部での所定の表面屈折平均度数を有する主子午線曲線上の位置であり,実用上は特定視部の測定基準点とされる点である。また,近用部の中心すなわち近用中心とは,近用部での所定の表面屈折平均度数を有する主子午線曲線上の位置であり,実用上は近用部の測定基準点とされる点である。
また,近用アイポイントとは,レンズを眼鏡フレームに枠入れする際に基準とされる位置であり,眼鏡フレームを装用した状態において近用視線通過位置と合致する近用基準点となる。本発明の実施例において,近用アイポイントの位置とレンズの幾何中心とを一致させているが,必ずしも一致させる必要はない。」

(イ) 前記(ア)で摘記した本件訂正明細書の発明の詳細な説明の【0014】及び【0015】には,従来の遠近重視の累進多焦点レンズにおいて,眼鏡の装用者が自然の姿勢で遠方を見ているときの視線のレンズ上での通過点であり,遠用フィッティングポイントと呼ばれることもある「遠用アイポイント」が,「遠用部Fの下方A」の下方で,「遠用部Fの下方A」からの屈折力増加量が加入度の約5%となる位置に設定されているという構成を有していることが記載され,当該構成では,中近重視のレンズとしては視野が狭いだけでなく像の揺れや歪みが依然として大きく,近方視に移行するのに視線を大きく下げる必要があり,眼精疲労を引き起こしてしまうという問題があったことが記載されている。
一方,【0016】及び【0017】には,近用作業時の装用感を最重視して,眼球の回旋疲労が少ないような累進帯の長さを確保し,明視域の広い近用部を確保し,且つ最大非点隔差を減少させ,中間部における明視域もある程度確保するとともに特定視距離領域を十分に広くするために,「近用アイポイント」を近用中心から主子午線曲線に沿って上方に2mmから8mmの距離に設定するとともに,特定中心を基準とした「近用アイポイント」での屈折力増加量(K_(E)-K_(A))を加入度(K_(B)-K_(A))の60%?90%に設定(いい換えると,近用中心を基準とした「近用アイポイント」での屈折力減少量を加入度の10%?40%に設定)するという構成を採用することが記載され,【0021】に,「近用アイポイント」から近用中心までの距離について,2mmよりも短くすると,「近用アイポイント」から特定視部までの距離が長くなりすぎて,特定視距離状態において上目遣い気味になってしまうという問題があり,8mmよりも長くすると,視線を大きく下げなければ近用視領域に移行することができなくなって,眼精疲労を引き起こすとともに,近用部においてある程度広い明視域を確保することができなくなってしまうという問題があることが説明されている。
本件訂正明細書において,「近用アイポイント」が「眼鏡の装用者が自然の姿勢でものを見ているときの視線のレンズ上での通過点」(以下,便宜上「視線通過点」という。)である旨の明記はないものの,仮に,本件訂正発明において,「視線通過点」が,従来の遠近重視の累進多焦点レンズにおける「遠用アイポイント」のように,特定中心近傍に設けられているのであれば,【0021】に記載されたような「特定視距離状態において上目遣いになってしまう」という問題が生じることはないし,また,近方視する際の視線の移動距離は「視線通過点」から近用中心までの距離であり,当該距離が長いと眼精疲労が引き起こされることが明らかであって,「近用アイポイント」を「視線通過点」と考えると,【0021】の「近用アイポイントから近用中心までの距離を8mmよりも長くすると,視線を大きく下げなければ近用視領域に移行することができなくなる。その結果,眼精疲労を引き起こす」という記載とも整合するから,本件訂正明細書に記載された「近用アイポイント」が「視線通過点」であることは明らかである。
そうすると,本件訂正明細書において,「遠用アイポイント」及び「近用アイポイント」は,いずれも「視線通過点」を指す文言であって,従来の遠近重視の累進多焦点レンズの「視線通過点」での屈折力が遠用部での屈折力に近い値(遠用部Fの下方Aを基準とした屈折力増加量が加入度の約5%)を有していることから,当該従来の遠近重視の累進多焦点レンズの「視線通過点」に対しては「遠用」なる表現が付加された「遠用アイポイント」という文言を用い,本件訂正発明の「視線通過点」での屈折力が近用部での屈折力に近い値(近用中心を基準とした屈折力減少量が加入度の10%?40%)を有していることから,当該本件訂正発明の「視線通過点」に対しては「近用」なる表現が付加された「近用アイポイント」という文言を用いていると解される。
当該解釈は,本件訂正明細書の発明の詳細な説明の【0028】の「近用アイポイントとは,レンズを眼鏡フレームに枠入れする際に基準とされる位置であり,眼鏡フレームを装用した状態において近用視線通過位置と合致する近用基準点となる。」という記載とも矛盾しない。
以上によれば,本件訂正発明において,「近用アイポイント」なる文言は,「視線通過点」であり,かつ,近用中心を基準とした当該「視線通過点」での屈折力減少量が加入度の40%以下であるような「視線通過点」を指していると解するのが相当である。

(2)引用文献及びその記載事項
特公平6-90368号公報(以下,「引用文献」という。)は,本件特許出願の出願より前に頒布された刊行物であって,当該引用文献には次の記載がある。(下線は,後述する引用発明の認定に特に関係する箇所を示す。)
ア 「【特許請求の範囲】
・・・(中略)・・・
【請求項7】レンズを構成する2つの屈折面のうち少なくとも1つのレンズ屈折面において,該レンズ屈折面の上下方向に伸び該レンズ屈折面を左右に別ける中央基準線を有し,該中央基準線上の遠用中心及び近用中心の間で所定の加入度が付加される累進多焦点レンズを使用した眼鏡において,
前記累進多焦点レンズは,
A)前記遠用中心と前記近用中心の間の中央基準線上での屈折力の勾配Gが,
G≦ADD/20(ディオプトリー/mm)
の関係を満たし,
B)前記遠用中心より上方に位置する遠用部領域において,前記中央基準線を含み下記の条件により定義される明視域を有し,
(n-1)×|C_(1)-C_(2)|≦0.5(m^(-1))
かつ,該明視域の最大幅Wは
5≦W≦30(mm)
の関係を満たし,
アイポイントが前記中央基準線上で前記遠用中心より前記近用中心の方向に5mmないし15mm離れた位置にくるように枠入加工されたことを特徴とする眼鏡。
(ただし,
ADDは加入度で単位はディオプトリー
nはレンズ素材の屈折率
C_(1),C_(2)はレンズ屈折面上の点における主曲率(単位はm^(-1))をそれぞれ示す。)」

イ 「【発明の詳細な説明】
〔産業上の利用分野〕
本発明は,主として老視になつた人がそれを補うために使用する累進多焦点レンズの屈折面の構造およびその累進多焦点レンズを使用した眼鏡の構造に関する。
・・・(中略)・・・
〔従来技術〕
まず累進多焦点レンズについて説明する。
・・・(中略)・・・累進多焦点レンズの特徴である凸面屈折面の構造についてさらに説明を加えると,その屈折面は第2図のようにおおよそ領域分けをすることができる。図中の1,2,3はそれぞれ遠用部領域,中間部領域,近用部領域と呼ばれ,それぞれ遠方視(およそ1mないし2mより遠くのものを見る),中間視(および(審決注:『および』は誤記であり,正しくは『およそ』と認められる。以下,『およそ』と表記する。)50cmから1mないし2mの間のものを見る),近方視(および(審決注:『および』は誤記であり,正しくは『およそ』と認められる。以下,『およそ』と表記する。)50cmより手前のものを見る)に適した屈折力をレンズに与える部分である。図のMは中央基準線と呼ばれ,レンズのほぼ中央を上下方向に伸びておりレンズを左右に分けている。この中央基準線は,この図のように左右対称に分割する場合には『主子午線』,そうでない場合は『主注視線』と呼ばれることもある。中央基準線は累進多焦点レンズの屈折面の構造上で重要な役割りをはたしている。すなわち中央基準線上では第3図のように屈折力(正確には面屈折力)が変化しており,累進多焦点レンズの基本的な機能をもたらしている。この図は縦軸に中央基準線上の位置,横軸に屈折力を表わす。この図のように屈折力はA点からB点にかけて漸進的に増加しており,A点より上方の部分およびB点より下方の部分においてはほぼ一定か,小さな変化しかしない。この屈折力の変化の節点A,Bはそれぞれ遠用中心および近用中心を(審決注:『近用中心を』は誤記であり,正しくは『近用中心と』と認められる。以下,『近用中心と』と表記する。)呼ばれており,第2図のようにA点より上方を遠用部領域,B点より下方を近用部領域,それら間(審決注:『それら間』は誤記であり,正しくは『それらの間』と認められる。以下,『それらの間』と表記する。)の部分を中間部領域と考えることができる。・・・(中略)・・・
この遠用中心から近用中心の間で付加される屈折力の増加分は加入度と呼ばれる。加入度は初歩の老視のための0.5デイオプトリー(以下,Dと記す)から,強度の老視のための3.5Dまでの値が一般的に採られている。
・・・(中略)・・・このようにレンズのほぼ中央を走る中央基準線において曲率が変化していることから,累進多焦点レンズの凸側表面は遠用部領域から近用部領域にかけて非球面な形状となつている。そのためその表面上の1点における曲率は方向により値が異なり,その曲率の最大のものC_(1)と最小のものC_(2)(これらは主曲率と呼ばれる)の差に応じて,つぎの式で示されるだけの面屈折力の差がそのレンズ表面上の点に生ずる。
(n-1)×|C_(1)-C_(2)|(デイオプトリー)
これはレンズの光学性能上では非点収差として現われる。従つて以下本明細書中においては非点収差をこの面屈折力の差の意味で使用する。第4図は従来の累進多焦点レンズにおけるその非点収差の分布を表わしたものである。この図は非点収差を地図の等高線と同様に等非点収差線により表現したもので,ハツチングのピツチの狭いものほど非点収差が大きいことを示している。図の一番小さい等非点収差線は0.5Dの非点収差の線であり,図中の白い部分は非点収差が0.5D以下の部分である。この非点収差0.5以下の部分は,経験的に言つて,ものを見た場合像のぼやけを感ずることなく見ることができることから,明視域と呼ばれている。・・・(中略)・・・この図のように,累進多焦点レンズではレンズの側方部分,特に中間部領域および近用部領域の側方部分に多くの非点収差が発生する。この非点収差は視覚上では像のぼやけとして知覚されまた一方ではこの部分では像が歪められるため,頭を動かしたときの像の揺れとして知覚され,使用上で不快感を与える。従つてこの非点収差は無くすことが望ましいが,累進多焦点レンズの基本構造上不可能である。つまり例えば遠用部領域と近用部領域を完全な球面としてその部分の非点収差を無くそうとすれば,その異なる曲率をもつ遠用部領域と近用部領域を滑らかにつらねる中間部領域では急激な形状の変化を余儀なくされ極端に大きな非点収差がその領域内に発生してしまう。逆に遠用部領域と近用部領域の明視域を狭くしてその側方部分に非点収差を拡散させれば,中間部領域での非点収差は減少し,中間視において視野の広い像の揺れの少ないものができるが,遠方視および近方視は損なわれてしまう。このように累進多焦点レンズにおいてはその欠陥である非点収差の少ない理想のレンズはあり得ないのであつて,それぞれの装用者の使用目的に対して非点収差による弊害が少なくなるようにレンズを設計する必要がある。この観点からみると現在までに開発された累進多焦点レンズは第4図および第5図に示されるような2つのタイプに大別される。
まず第4図は遠方視と近方視に等しく重点をおいた従来の累進多焦点レンズである。その構造について説明を加えると,中央基準線上で加入度を付加している区間ABの長さ(この区間ABを累進部と呼び,その長さを累進部の長さと呼ぶ)は通常12?16mmである。これは遠方視時と近方視時での眼球の回旋を考慮したとき,あまり長くできないためである。遠用部領域の明視域は最低40mm程度の水平方向での幅があり,横方向に目を向けたときにもはつきりと見えるようにしている。近用部領域の明視域の幅は加入度により変わるが加入度2.00Dのもので10mm?15mmぐらいの水平方向の幅をもつている。中間部領域の明視域は累進部での屈折力の勾配によつてほぼ決定され,加入度2.00Dのものでは通常3mm?5mmの水平方向の幅をもつている。
一方,第5図は特願昭58-170647に記載された累進多焦点レンズの非点収差図である。このレンズは遠方視および中間視に重点をおいて設計されているので,それまでの第4図に示すようなタイプのものとは異つた構造となつている。・・・(中略)・・・
以上2つのタイプ即ち,第4図のようね遠方視と近方視の両方に重点を置き全体にバランスをとつた標準的なもの(以下,このタイプを標準タイプと呼ぶ)と第5図のような遠方視と中間視に重点を置いたもの(以下,このタイプを遠中タイプと呼ぶ)が,従来の累進多焦点レンズの使用目的から見た設計のタイプである。
つぎに累進多焦点レンズを使つた眼鏡について述べる。
眼鏡を作成する場合,第4図のような円形のレンズをフレームの玉型形状に縁摺り加工をし,フレームに枠入れするのであるが,その際アイポイントが正しい位置に来る必要がある。アイポイントとは眼鏡装用者が自然な姿勢で遠方を見ているときの視線のレンズ上での通過位置であり,フイツテイングポイントと呼ばれることもある。このアイポイントの位置は累進多焦点レンズにおいては特に正確に設定される必要がある。なぜならば累進多焦点レンズは既に説明したとおり,レンズ上の位置によつて度数が変わり,また独自の非点収差分布をもつているため,正しくアイポイントが設定されないと本来の性能が発揮されないのである。第6図は従来の累進多焦点レンズを使用した眼鏡の構造を示す正面図で,破線は明視域を示している。従来のこの種の眼鏡ではこの図のようにアイポイントEは遠用中心Aと一致させるか(第6図(a)のもの),あるいは2?4mm程度遠用中心より上方に離れた位置に設定される(第6図(b)のもの)。なお第6図(a)は中央基準線に対し左右対称に設計されたものでの例で,図のように眼の輻湊に合せて近用中心Bが遠用中心Aよりも鼻側にくるように中央基準線をおよそ10°傾けて枠入れされる。第6図(b)は中央基準線が輻湊を考慮して予め曲げられて設計されたものでの例で,この場合は枠入れ時に傾ける必要はない。なお設計での対称性の有無とアイポイントの設定位置には相関はない。
アイポイントを遠用中心あるいはそれよりやゝ上方の位置に設定するのは,自然な姿勢で正面を見たとき遠方視ができることが通常の生活において要求されるからである。そのためには遠用部領域内にあつて,かつ近方視のときに眼の回旋が大きくなり過ぎない位置として,遠用中心の近傍に設定されるのである。このことは,遠中タイプの累進多焦点レンズにおいても同様である。
〔発明が解決しようとする問題点及び目的〕
先に述べたように累進多焦点レンズはその使用目的に応じて最も目的に適するように,支障がなるべく少ないように設計されるべきである。その意味で従来の累進多焦点レンズは,中間距離および近距離のものを主体とした作業,たとえば執筆,外科等の医療手術,旋盤等の工作機械作業などにとつて充分なものでなかつた。というのは標準タイプのものは遠用部領域と近用部領域は明視域が広くかつ遠方視から近方視への視線の移行も眼の回旋が少なくてすむため使い易いが,中間部領域が狭く特に加入度が2.5Dを超えるようなものでは戸のすき間から見ているような感じで中間視がしずらいものであつた。また遠中タイプのものでは遠用部領域の明視域は非常に広く,また中間部領域の明視域の標準タイプのものに比べると広いため遠方視および中間視は良好であるが,近用部領域はアイポイントから遠くかつ狭いため近方視がいずらいという欠点があつた。
本発明はそのような欠点を解消した中・近距離を主体とした視作業に適した累進多焦点レンズおよび眼鏡を提供するものである。」(2ページ右欄18行?4ページ右欄26行)

ウ 「〔問題点を解決するための手段〕
累進多焦点レンズに関して,その性能を決定づける種々の要因について従来の累進多焦点レンズおよび新しく試作したレンズにより検討を加えた結果,つぎのような結論を得た。
まず中間部領域の明視域を広く使い易いものにするために,同領域での中央基準線上での屈折力の勾配Gを
G≦ADD/20(デイオプトリー/mm)
とした。ここでADDは,レンズの加入度である。中間部領域の明視域の広さは加入度に拘りなく小さければ小さいほど良いのであるが,眼鏡の限られたスペースの中で所望の加入度を達成する必要性から,両者のバランスを考慮した結果上式のような関係を得た。また外科手術のような特に広い中間視を必要とする場合で使用者の眼鏡処方の加入度が2.5Dを越えるようなものにおいては,
G≦ADD/25(デイオプトリー/mm)
の条件を満たすことが望ましい。
更に遠方視時の最低限必要な視野を確保し,かつ中間領域の側方部分における非点収差を小さくするために,遠用部領域の明視域の水平方向の最大幅Wにつぎのような条件をつけた。
5≦W≦30(mm)
これによつて遠用部領域内に非点収差が拡散され,その分,中間部領域の側方における非点収差を大幅に減らすことができた。
Wは値(審決注:『Wは値』は誤記であり,正しくは『Wの値』と認められる。以下,『Wの値』と表記する。)は遠方視の必要とされる程度と中間部領域側方で許容される非点収差の程度により上式の範囲内で決定する必要がある。本発明に当つての試作装用テストによれば,遠方視のできる部分がおよそ5mmより小さいものでは遠方視の広さに対する装用者の不満があり,およそ30mmを超えるようなものでは中間部側方の視野の像のぼやけ,あるいは揺れに対して不満があつた。
・・・(中略)・・・
一方この累進多焦点レンズを使用した眼鏡においては,中間視および近方視をし易いものとするためにアイポイントが遠用中心より5mmないし15mm下方に中央基準線上にくるように眼鏡の作成をした。このように眼鏡を作成することにより顔の正面を見たときにレンズの度数が中間視に合つたものとなり中間視がし易くなる。また近方視においても,本発明のレンズは中央基準線上の屈折力の勾配を小さくしたため遠用中心から近用中心の距離が長くなつてしまい,従来のアイポイントの位置では近用部領域が極端に下方に行つてしまいほとんど近方視が困難となるが,上述のようなアイポイントの設定により,ほぼ従来の累進多焦点レンズと同様に視線を下方に向けることにより近方視が可能である。またアイポイントの位置は,遠方視の必要性に応じて決定され,必要性が高いほど遠用中心寄りに設定する必要がある。」(4ページ右欄27行?5ページ左欄44行)

エ 「第1図(a),(b)はそれぞれ本発明の第1の実施例である累進多焦点レンズの非点収差分布および中央基準線上での屈折力の変化を示したものである。この図においてMは中央基準線,Aは遠用中心,Bは近用中心である。第1図(a)の図中の数字は各等非点収差線の非点収差の大きさをデイオプトリーの単位で表わしている。この実施例は加入度が2.0Dのものであり,遠用中心Aおよび近用中心Bはレンズの幾何学中心Oよりそれぞれ10mm上方および15mm下方にある。中央基準線M上の累進部での屈折力の変化は第1図(b)に示すようにほぼ直線的に変化しており,その屈折力勾配Gは,
G=2.0/25=0.08(D/mm)
である。なお,以下に出てくる本発明の実施例の累進部の屈折力の変化はほぼ直線的なものであり,説明を省略する。また中央基準線上では非点収差が零である。つまり中央基準線は臍点曲線である。遠用部領域の水平方向の最大幅Wは約18mmである。
このレンズと比較のために従来の累進多焦点レンズの非点収差分布を第10図に示す。このレンズの加入度は2.0D,累進部の長さは16mmでありほぼ直線的に屈折力の付加がされている。従つて累進部における屈折力勾配GはG=2.0/16=0.125(D/mm)である。また中央基準線上の非点収差は零であり,遠用部領域の水平方向の最大幅Wは42mmである。なお近用部領域における明視域の水平方向の最大幅は,本発明のものもこの従来のものも同じで約12mmである。
・・・(中略)・・・
第7図は本発明の第2の実施例の累進多焦点レンズの非点収差分布を示す図である。この実施例の加入度は第1の実施例と同じく2.0Dであり,遠用中心Aおよび近用中心Bはそれぞれレンズの幾何学中心Oより15mm上方および15mm下方の中央基準線上にある。
遠用部領域の明視域の水平方向の最大幅Wは約10mmである。・・・(中略)・・・
第8図は本発明の第3の実施例の累進多焦点レンズの非点収差分布を示す図である。この実施例は加入度2.5Dのものであり,遠用中心および近用中心の位置は第1の実施例のものと同じである。中央基準線上では非点収差が零である。また遠用部領域の幅Wは約13mmであり,近用部領域の水平方向の幅は約12mmである。
・・・(中略)・・・
第9図(a)は本発明の第4の実施例の累進多焦点レンズの非点収差分布を示す図である。このレンズの加入度は第3の実施例のものと同じく2.5Dであり,遠用中心と近用中心の位置はレンズの幾何学中心Oよりそれぞれ15mm上方および15mm下方にある。遠用部領域の明視域の最大幅Wは約8mmであり,近用部領域の明視域の幅は約10mmである。また中央基準線上には第7図の第2の実施例のものと同様の非点収差を有している。・・・(中略)・・・
つぎに本発明の眼鏡について実施例により詳細に説明する。
第1図(c)および第9図(b)は本発明の眼鏡の実施例である。それらの図はそれぞれ本発明の第1および第4の実施例の累進多焦点レンズを使用した眼鏡の片側半分の正面図であり,眼鏡のフレームFに本発明の累進多焦点レンズが枠入れされた状態を示している。図中の破線はレンズの明視域を表わしている。Eはアイポイントの位置を示しており,第1図(c)のものでは遠用中心Aより10mm下方,第9図(b)のものでは遠用中心Aより15mm下方の中央基準線上にある。本発明の眼鏡の特徴は,これら実施例のように先述の本発明の累進多焦点レンズを使用し,アイポイントが累進部内,具体的には遠用中心より下方5mmないし15mmにくるように枠入れされていることである。」(5ページ左欄48行?6ページ右欄38行)

オ 「〔発明の効果〕
実施例を用いて説明したように,本発明によれば中・近距離を主体とした視作業に適した累進多焦点レンズおよび眼鏡が提供される。
累進多焦点レンズでは,中間部領域における屈折力の勾配GをG≦ADD/20(D/mm)(ADDは加入度)を満たすようにしたため,中間部領域の明視域が広くなり,中間視において広く鮮明な像が得られる。またそれと同時に遠用部領域の明視域の水平方向の最大幅WをW≦30(mm)となるように遠用部領域に非点収差を入れることにより,中間部領域での非点収差が一層減少し,中間部領域の側方部における像のぼやけおよび揺れを減少させる。一方,前出の遠用部領域の明視域の幅WはW≧5(mm)の条件も付加されており,最低限必要な遠方視が確保される。
中間部領域の中央基準線上の屈折力の勾配GをG≦ADD/25(D/mm)を満足するようにすれば,中間部領域の非点収差が一段と減少し,特に良い中間視が得られる。
・・・(中略)・・・
眼鏡では,上述のように中間視において優れた性能をもつた累進多焦点レンズを使い,中央基準線上の遠用中心より近用中心の方向に5mmないし15mmの位置にアイポイントがくるように枠入れを行なうことにより,顔の正面で中間視ができるため,中・近距離の視作業を主として行なう場合には,非常に使いやすくなる。」(7ページ左欄7?43行)

(3)引用文献に記載された発明
前記(2)アないしオの記載から,請求項7に記載された眼鏡に用いる,枠入れのために玉型形状に縁摺り加工する前の円形の累進多焦点レンズ(以下,「玉型形状に縁摺り加工する前の円形の累進多焦点レンズ」を便宜上「累進多焦点アンカットレンズ」という。)についての発明を把握することができるところ,当該累進多焦点アンカットレンズの少なくとも一方の屈折面が,引用文献の3ページ左欄20ないし26行に記載された従来の累進多焦点レンズと同様に,面屈折力がほぼ一定か,小さな変化しかなく,遠方視に適した屈折力をレンズに与える前記遠用中心より上方の遠用部領域と,遠用中心から近用中心にかけて面屈折力が漸進的に増加し,中間視に適した屈折力をレンズに与える前記遠用中心と前記近用中心の間の中間部領域と,面屈折力がほぼ一定か,小さな変化しかなく,近方視に適した屈折力をレンズに与える前記近用中心より下方の近用部領域とを有していることが,引用文献の前記(2)ウないしオの記載から明らかであるから,引用文献には次の発明が記載されていると認められる。

「レンズを構成する2つの屈折面のうち少なくとも1つのレンズ屈折面において,該レンズ屈折面の上下方向に伸び該レンズ屈折面を左右に別ける中央基準線を有し,該中央基準線上の遠用中心及び近用中心の間で所定の加入度が付加される累進多焦点アンカットレンズにおいて,
面屈折力がほぼ一定か,小さな変化しかなく,およそ1mないし2mより遠くのものを見る遠方視に適した屈折力をレンズに与える前記遠用中心より上方の遠用部領域と,遠用中心から近用中心にかけて面屈折力が漸進的に増加し,およそ50cmから1mないし2mの間のものを見る中間視に適した屈折力をレンズに与える前記遠用中心と前記近用中心の間の中間部領域と,面屈折力がほぼ一定か,小さな変化しかなく,およそ50cmより手前のものを見る近方視に適した屈折力をレンズに与える前記近用中心より下方の近用部領域とを有し,
前記遠用中心と前記近用中心の間の中央基準線上での屈折力の勾配Gが,
関係式(1): G≦ADD/20(ディオプトリー/mm)
を満たし,
前記遠用中心より上方に位置する遠用部領域において,前記中央基準線を含み下記の条件式により定義される明視域を有し,
条件式: (n-1)×|C_(1)-C_(2)|≦0.5(m^(-1))
かつ,該明視域の最大幅Wは,
関係式(2): 5≦W≦30(mm)
を満たすとともに,遠方視の必要とされる程度と中間部領域側方で許容される非点収差の程度により前記関係式(2)の範囲内で決定され,
アイポイントが前記中央基準線上で前記遠用中心より前記近用中心の方向に5mmないし15mm離れた位置にくるように設定されるとともに,当該アイポイントの位置が,遠方視の必要性に応じて決定され,必要性が高いほど遠用中心寄りに設定された,
中・近距離を主体とした視作業に適した累進多焦点アンカットレンズ。
(ただし,
ADDは加入度で単位はディオプトリー
nはレンズ素材の屈折率
C_(1),C_(2)はレンズ屈折面上の点における主曲率(単位はm^(-1))をそれぞれ示す。)」(以下,「引用発明」という。)

(4)対比
ア(ア) 引用発明の「レンズ屈折面の上下方向に伸び該レンズ屈折面を左右に別ける中央基準線」とは,引用文献の3ページ左欄12ないし14行の記載によれば,レンズを左右対称に分割する場合には「主子午線」,そうでない場合は「主注視線」と呼ばれることもある基準線であるところ(前記(2)イを参照。),当該中央基準線によって左右に分割されたレンズ屈折面の2つの部分のうち,装用者の鼻に近い部分を「鼻側領域」と,耳に近い部分を「耳側領域」ということができるから,引用発明の「レンズ屈折面の上下方向に伸び該レンズ屈折面を左右に別ける中央基準線」は,本件訂正発明の「レンズ屈折面を鼻側領域と耳側領域とに分割する主子午線曲線」に相当する。

(イ) また,引用発明の「面屈折力がほぼ一定か,小さな変化しかなく,およそ50cmより手前のものを見る近方視に適した屈折力をレンズに与え」る「近用部領域」は,本件訂正発明の「近景に対応する面屈折力を有する近用視矯正領域」に相当する。

(ウ) また,本件訂正発明における「特定距離」について,本件訂正後の請求項1には「近景よりも実質的に離れた」距離である点以外に特段の規定はないところ,引用発明の「およそ50cmより手前のものを見る近方視」をする際の視認対象物が本件訂正発明の「近景」に相当し,引用発明における「遠方視」をする際の視認対象物までの距離である「およそ1mないし2mより遠く」は,本件訂正発明の「特定距離」に相当する。
したがって,引用発明の「面屈折力がほぼ一定か,小さな変化しかなく,およそ1mないし2mより遠くのものを見る遠方視に適した屈折力をレンズに与え」る「遠用部領域」は,本件訂正発明の「近景よりも実質的に離れた特定距離に対応する面屈折力を有する特定視距離矯正領域」に相当する。

(エ) また,引用発明の「中間部領域」は,遠用中心と近用中心の間に位置し,遠用中心より上方には遠用部領域が,近用中心より下方には近用部領域が存在するのだから,「遠用部領域」と「近用部領域」との間に位置する領域である。
そして,引用発明の「中間部領域」では,遠用中心から近用中心にかけて面屈折力が漸進的に増加するのだから,当該「中間部領域」は,「遠用部領域」(特定視距離矯正領域)と「近用部領域」(近用視矯正領域)の面屈折力を連続的に接続する領域であるといえる。
したがって,引用発明の「遠用中心から近用中心にかけて面屈折力が漸進的に増加し,およそ50cmから1mないし2mの間のものを見る中間視に適した屈折力をレンズに与える遠用中心と近用中心の間の中間部領域」は,本件訂正発明の「近用視矯正領域と特定視距離矯正領域との間において両領域の面屈折力を連続的に接続する累進領域」に相当する。

(オ) そして,引用発明の「近用部領域」,「遠用部領域」及び「中間部領域」は上下方向に分かれて配置され,「中央基準線」は上下方向に延びているのだから,引用発明の「近用部領域」(近用視矯正領域),「遠用部領域」(特定視距離矯正領域)及び「中間部領域」(累進領域)は「中央基準線」(主子午線曲線)に沿って位置しているといえる。
したがって,引用発明は,本件訂正発明の「レンズ屈折面を鼻側領域と耳側領域とに分割する主子午線曲線に沿って,近景に対応する面屈折力を有する近用視矯正領域と,近景よりも実質的に離れた特定距離に対応する面屈折力を有する特定視距離矯正領域と,前記近用視矯正領域と前記特定視距離矯正領域との間において両領域の面屈折力を連続的に接続する累進領域とを備え」という発明特定事項に相当する構成を具備している。

イ(ア) 本件訂正発明では,近用視矯正領域の中心が,「近用アイポイントから前記主子午線曲線に沿って下方に2mmから8mmだけ間隔を隔て」た位置に存在しているところ,前記(1)イで述べたように,「近用アイポイント」は「視線通過点」であると解されるから,本件訂正発明では,「視線通過点」(近用アイポイント)が,累進領域における主子午線曲線上の所定の位置(近用視矯正領域の中心から主子午線曲線に沿って2mmから8mmだけ上方の位置)に設けられている。

(イ) 一方,前記(2)イで摘記した引用文献の記載中の「アイポイントとは眼鏡装用者が自然な姿勢で遠方を見ているときの視線のレンズ上での通過位置であり,フイツテイングポイントと呼ばれることもある。」との記載(引用文献の4ページ左欄28ないし31行),「アイポイントを遠用中心あるいはそれよりやゝ上方の位置に設定するのは,自然な姿勢で正面を見たとき遠方視ができることが通常の生活において要求されるからである。」との記載(引用文献の4ページ左欄末行ないし右欄3行),前記(2)ウで摘記した引用文献の記載中の「一方この累進多焦点レンズを使用した眼鏡においては,中間視および近方視をし易いものとするためにアイポイントが遠用中心より5mmないし15mm下方に中央基準線上にくるように眼鏡の作成をした。このように眼鏡を作成することにより顔の正面を見たときにレンズの度数が中間視に合つたものとなり中間視がし易くなる。」との記載(引用文献の5ページ左欄30ないし35行),前記(2)オで摘記した引用文献の記載中の「中央基準線上の遠用中心より近用中心の方向に5mmないし15mmの位置にアイポイントがくるように枠入れを行なうことにより,顔の正面で中間視ができる」との記載(引用文献の7ページ左欄39ないし42行)等からみて,引用発明における「アイポイント」が,眼鏡装用者が自然な姿勢でものを見ている(正面を見ている)ときの視線のレンズ上での通過位置,すなわち「視線通過点」であることが明らかである。
また,引用発明における「アイポイント」は,「前記中央基準線上で前記遠用中心より前記近用中心の方向に5mmないし15mm離れた位置にくるように設定され」たものである。
したがって,引用発明では,「視線通過点」(アイポイント)が,中間部累進領域における中央基準線上の所定の位置(中央基準線上で遠用中心より5mmないし15mm下方の位置)に設けられている。

(ウ) 前記(ア)及び(イ)に照らせば,引用発明における「アイポイント」と,本件訂正発明の「近用アイポイント」とは,「視線通過点」である点で一致し,引用発明と本件訂正発明とは,「視線通過点」の位置が,「特定視距離矯正領域の中心」(遠用中心)と「近用視矯正領域の中心」(近用中心)の間の「累進領域」(中間部領域)における「主子午線曲線」(中央基準線)上のいずれかの位置に設定されている点で一致する。

ウ 本件訂正明細書の発明の詳細な説明の【0024】には「一般に,累進多焦点レンズは眼鏡フレームに合わせて加工される・・・(中略)・・・加工前の累進多焦点レンズは一般に直径が60m(審決注:『60m』は誤記であり,正しくは『60mm』と認められる。以下,『60mm』と表記する。)程度以上の円形レンズであり,この円形形状のまま眼鏡小売店に供給され,小売店において所望の眼鏡フレーム形状に合わせて加工される。したがって,本発明による累進多焦点レンズの面形状の規定においては,加工前の円形形状を基準としている。」と記載され,【0029】には「図1は,本発明の実施例にかかる累進多焦点レンズの領域区分の概要を示す図である。図1に示すように,本実施例の累進多焦点レンズは,装用時において上方に位置する特定視部Fと,下方の近用部Nと,双方の領域の間において連続的に屈折力が変化する中間部Pとを備えている。」と記載されているところ,図1には円形の累進多焦点レンズが示されているから,本件訂正発明の「累進多焦点レンズ」が,少なくとも,「玉型形状に縁摺り加工する前の円形の累進多焦点レンズ」を包含する概念であることは明らかである。
したがって,引用発明の「累進多焦点アンカットレンズ」は,本件訂正発明の「累進多焦点レンズ」に相当する。

エ 前記アないしウから,本件訂正発明と引用発明とは,
「レンズ屈折面を鼻側領域と耳側領域とに分割する主子午線曲線に沿って,近景に対応する面屈折力を有する近用視矯正領域と,近景よりも実質的に離れた特定距離に対応する面屈折力を有する特定視距離矯正領域と,前記近用視矯正領域と前記特定視距離矯正領域との間において両領域の面屈折力を連続的に接続する累進領域とを備え,
視線通過点が,累進領域における主子午線曲線上のいずれかの位置に設定された累進多焦点レンズ。」
である点で一致し,次の点で相違する。

相違点1:
本件訂正発明では,「視線通過点」(近用アイポイント)が,そこから主子午線曲線に沿って下方に2mmから8mmだけ間隔を隔てた位置に近用視矯正領域の中心が存在するような位置(すなわち,近用視矯正領域の中心から主子午線曲線に沿って2mmから8mmだけ上方の位置)に設定されているのに対して,
引用発明では,「視線通過点」(アイポイント)が,中央基準線上で遠用中心より近用中心の方向に5mmないし15mm離れた位置にくるように設定されるとともに,当該アイポイントの位置が,遠方視の必要性に応じて決定され,必要性が高いほど遠用中心寄りに設定されている点。

相違点2:
本件訂正発明では,「視線通過点」での屈折力K_(E)が,特定視距離矯正領域の中心での屈折力をK_(A)とし,近用視矯正領域の中心での屈折力をK_(B)としたとき,0.6<(K_(E)-K_(A))/(K_(B)-K_(A))<0.9なる関係式(1)を満足する値であって,「視線通過点」が近用アイポイントであるのに対して,
引用発明では,「視線通過点」での屈折力については特定されておらず,したがって「視線通過点」が近用アイポイントであるのか否かは特定されない点。

相違点3:
本件訂正発明では,「特定視距離矯正領域」における明視域の最大幅W_(F)が,特定視距離矯正領域の中心での屈折力をK_(A)とし,近用視矯正領域の中心での屈折力をK_(B)としたとき,「W_(F)≧50/(K_(B)-K_(A)) (2)」の条件を満足する値であるのに対して,
引用発明では,「遠用部領域」(本件訂正発明の「特定視距離矯正領域」に相当)における明視域の最大幅Wが,「関係式(2): 5≦W≦30(mm)」を満たすとともに,遠方視の必要とされる程度と中間部領域側方で許容される非点収差の程度により前記関係式(2)の範囲内で決定された値である点。

(5)判断
ア 相違点1について
(ア) 引用発明では,遠用中心と近用中心の間の中央基準線上での屈折力の勾配Gが,G≦ADD/20(ディオプトリー/mm)を満たすことが規定されているところ,加入度ADDとは近用中心での屈折力と遠用中心での屈折力の差のことであり,中央基準線上での屈折力の勾配Gは,当該屈折力差(すなわち加入度ADD)を近用中心と遠用中心の間の中央基準線上での距離で除算した値で表されるから,引用発明の前記規定は,遠用中心と近用中心の間の中央基準線上での距離(以下,便宜上「中間部領域長さ」という。)を20mm以上とすることにほかならない。
一方,引用発明において,アイポイントは中央基準線上で遠用中心より近用中心の方向に5mmないし15mm離れた位置にあるのだから,アイポイントの近用部からの中央基準線上での距離は,例えば中間部領域長さが20mmの場合は5mmから15mmの間の値であり,中間部領域長さが23mmの場合は8mmから18mmの間の値となる。
すなわち,引用発明において,屈折力の勾配Gとして規定範囲の上限値である「ADD/20」近傍の値を選択(つまり,中間部領域長さとして20mm程度を選択)し,かつ,アイポイントと遠用中心の間の距離として規定範囲の上限値である「15mm」近傍の値を選択した場合,アイポイントの位置は近用中心から5mm程度上方となり,相違点1に係る本件訂正発明の発明特定事項が特定する「視線通過点」(近用アイポイント)の位置の条件を満足することとなる。
そうすると,「屈折力の勾配G」及び「アイポイントと遠用中心の間の距離」についての前記選択が,当業者にとって容易になし得る選択であるのであれば,相違点1に係る本件訂正発明の発明特定事項は,引用発明を具体化するに際して当業者が適宜なし得た設計事項でしかなく,相違点1は実質的な相違点ではないというべきであるか,あるいは,少なくとも,引用発明を,相違点1に係る本件訂正発明の発明特定事項に相当する構成を具備したものとすることは,当業者が容易に想到し得たことというべきである。

(イ) これに対し,逆に,前記選択が,技術的に矛盾する等の理由で,例え当業者といえども想定することのできない選択であるのならば,相違点1は実質的な相違点というべきであり,かつ,引用発明を,当該相違点1に係る本件訂正発明の発明特定事項に相当する構成を具備したものとすることが容易に想到し得たこととはいえないということになる。
そこで,前記選択(屈折力の勾配Gとして規定範囲の上限値である「ADD/20」近傍の値を選択し,かつ,アイポイントと遠用中心の間の距離として規定範囲の上限値である15mm近傍の値を選択すること。)が当業者にとって容易であったのか否かについて,以下に検討する。

(ウ) まず,引用発明における「屈折力の勾配G」について,検討する。
引用文献の4ページ右欄32ないし39行には,屈折力の勾配Gの数値範囲について,「中間部領域の明視域を広く使い易いものにするために,同領域での中央基準線上での屈折力の勾配GをG≦ADD/20(デイオプトリー/mm)とした。・・・(中略)・・・中間部領域の明視域の広さは加入度に拘りなく小さければ小さいほど良いのであるが,眼鏡の限られたスペースの中で所望の加入度を達成する必要性から,両者のバランスを考慮した結果上式のような関係を得た。」(前記(2)ウを参照。)と説明されているところ,その意味は,中間部領域における屈折力の勾配を加入度確保の観点から可能な範囲でなだらかなものとすることによって,当該中間部領域に生じる非点収差を小さくし,中間部領域での明視域を広くしたということと解される。
また,引用文献の4ページ右欄39ないし43行には,「外科手術のような特に広い中間視を必要とする場合で使用者の眼鏡処方の加入度が2.5Dを越えるようなものにおいては,G≦ADD/25(デイオプトリー/mm)の条件を満たすことが望ましい。」(前記(2)ウを参照。)と記載されているところ,当該記載中の加入度の大きさと屈折力の勾配Gに関する記載が,累進多焦点アンカットレンズにおいて,中間部領域長さが一定であることを前提とすると,採用する加入度が大きいほど屈折力の勾配Gが大きくなり,中間部領域に生じる非点収差が大きくなってしまうから,これに対処するためには,採用する加入度が大きいほど,中間部領域長さを大きくして非点収差の増加を抑制する必要があるということを説明していることが明らかであるから,採用する加入度がさほど大きくない場合には,中間部領域長さはさほど大きくする必要はないことが,当業者に自明である。
そうすると,引用発明において,屈折力の勾配Gとして,G≦ADD/20(デイオプトリー/mm)という範囲の中の如何なる値を採用するのかは,当該引用発明を使用する眼鏡装用者に必要な加入度,すなわち眼鏡装用者の処方加入度の大きさに応じて決定すべき事項であって,処方加入度が大きいときには,勾配Gとして前記範囲中の大きな値を選択しなければならず,処方加入度が小さいときには,勾配Gとして前記範囲中の小さい値を選択できることが明らかであるから,引用発明において,処方加入度の小さな装用者が使用することを想定し,当該処方加入度に対応して,屈折力の勾配Gの値としてADD/20程度の値を選択すること(すなわち,中間部領域長さとして20mm程度を選択すること)は,当業者が容易になし得たことである。

(エ) 次に,引用発明における「アイポイントと遠用中心の間の距離」について,検討する。
引用発明は,中・近距離を主体とした視作業に適した累進多焦点アンカットレンズであるところ,引用文献の4ページ右欄11ないし13行には,前記中・近距離を主体とした視作業に関して,「執筆,外科等の医療手術,旋盤等の工作機械作業」が例示されている(前記(2)イを参照。)。
当該例示された視作業のうち,例えば,「執筆」という作業において,文章を書くという作業自体は,「およそ50cmより手前のものを見る近方視」をしながら行う作業であって,一般的には「およそ1mないし2mより遠くのものを見る遠方視」をする必要がさしてないことが明らかであるから,引用文献の前記記載から,引用発明の用途として,およそ1mないし2mより遠くのものを見る遠方視の必要性が低く,専らおよそ50cmより手前のものを見る近方視をしながら行う視作業を想定することは,当業者にとって容易なことである。
しかるに,引用発明において,アイポイントは,中央基準線上で遠用中心より近用中心の方向に5mmないし15mm離れた位置にくるように設定されるとともに,当該アイポイントの位置が,遠方視の必要性に応じて決定され,必要性が高いほど遠用中心寄りに設定されるものである。
そうすると,引用発明において,引用発明の用途として,遠方視の必要性が低く,専ら近方視をしながら行う視作業を想定して,「5mmないし15mm」という範囲の中で15mm近傍の値を選択することは,当業者が容易になし得たことである。

(オ) 前記(ウ)で述べた処方加入度が小さいという眼鏡装用者の想定と,前記(エ)で述べた遠方視の必要性が低く,専ら近方視をしながら行う視作業という用途の想定との間に,技術的な矛盾等は存在せず,両想定が両立し得ることは明らかである。
そうすると,引用発明において,処方加入度が小さい眼鏡装用者が,遠方視の必要性が低く,専ら近方視をしながら行う視作業に用いることを想定して,屈折力の勾配Gの値としてADD/20程度の値を選択するとともに,アイポイントと遠用中心の間の距離として15mm程度の値を選択することは,当業者が容易になし得たことというほかない。
したがって,相違点1に係る本件訂正発明の発明特定事項は,引用発明を具体化するに際して当業者が適宜なし得た設計事項でしかなく,相違点1は実質的な相違点ではないか,少なくとも,引用発明を,相違点1に係る本件訂正発明の発明特定事項に相当する構成を具備したものとすることは,当業者が容易に想到し得たことである。

イ 相違点2について
前記ア(オ)で述べた,処方加入度が小さい眼鏡装用者が,遠方視の必要性が低く,専ら近方視をしながら行う視作業に用いることを想定して,屈折力の勾配Gの値としてADD/20程度の値を選択するとともに,アイポイントと遠用中心の間の距離として15mm程度の値を選択した引用発明におけるアイポイントでの屈折力が,遠用中心での屈折力に加入度ADDの75%(=15/20)程度を加算した値となることは明らかである。すなわち,当該アイポイントでの屈折力をK_(E)とし,遠用中心での屈折力をK_(A)とし,近用中心での屈折力をK_(B)としたとき,「(K_(E)-K_(A))/(K_(B)-K_(A))」の値は0.75程度となる。
しかるに,当該0.75程度という「(K_(E)-K_(A))/(K_(B)-K_(A))」の値は,「0.6<(K_(E)-K_(A))/(K_(B)-K_(A))<0.9」(関係式(1))という相違点2に係る本件訂正発明の発明特定事項に規定された条件を満足する。
そして,アイポイントでの屈折力が当該条件を満足するのであるから,前記ア(オ)で述べた,処方加入度が小さい眼鏡装用者が,遠方視の必要性が低く,専ら近方視をしながら行う視作業に用いることを想定して,屈折力の勾配Gの値としてADD/20程度の値を選択するとともに,アイポイントと遠用中心の間の距離として15mm程度の値を選択した引用発明におけるアイポイントは,本件訂正発明でいうところの「近用アイポイント」(前記(4)イ(イ)を参照。)に相当する。
すなわち,引用発明において,前記ア(オ)で述べた,処方加入度が小さい眼鏡装用者が,遠方視の必要性が低く,専ら近方視をしながら行う視作業に用いることを想定して,屈折力の勾配Gの値としてADD/20程度の値を選択するとともに,アイポイントと遠用中心の間の距離として15mm程度の値を選択する(以下,「屈折力の勾配Gの値としてADD/20程度の値を選択するとともに,アイポイントと遠用中心の間の距離として15mm程度の値を選択すること」を,「相違点1及び2に係る選択」ということがある。)と,当該引用発明は,相違点2に係る本件訂正発明の発明特定事項に相当する構成を具備することとなる。
したがって,前記ア(ウ)ないし(オ)で述べたのと同じ理由で,相違点2に係る本件訂正発明の発明特定事項は,引用発明を具体化するに際して当業者が適宜なし得た設計事項でしかなく,相違点2は実質的な相違点ではないか,少なくとも,引用発明を,相違点2に係る本件訂正発明の発明特定事項に相当する構成を具備したものとすることは,当業者が容易に想到し得たことである。

ウ 相違点3について
(ア) 引用発明の「加入度ADD」及び「明視域の最大幅W」が,本件訂正発明の「K_(B)-K_(A)」(相違点3に係る本件訂正発明の発明特定事項の「W_(F)≧50/(K_(B)-K_(A)) (2)」という条件の右辺の分母。以下,「W_(F)≧50/(K_(B)-K_(A)) (2)」という条件を「相違点3に係る条件(2)」という。)及び「特定視距離矯正領域における明視域の最大幅W_(F)」(相違点3に係る条件(2)の左辺)にそれぞれ相当するところ,引用発明において,「加入度ADD」及び「明視域の最大幅W」としてそれぞれ如何なる値が選択された場合に,相違点3に係る条件(2)を満足するのかについてまず検討する。
引用発明において,採用される加入度ADDの大きさは特段規定されてはいないものの,引用文献の従来技術を説明する欄において「加入度は初歩の老視のための0.5デイオプトリー(以下,Dと記す)から,強度の老視のための3.5Dまでの値が一般的に採られている。」(3ページ左欄32ないし34行。前記(2)イを参照。)と記載されていることや,引用文献の4ページ右欄39ないし43行には,引用発明の「関係式(1)」に関して,「また外科手術のような特に広い中間視を必要とする場合で使用者の眼鏡処方の加入度が2.5Dを越えるようなものにおいては,G≦ADD/25(デイオプトリー/mm)の条件を満たすことが望ましい。」(前記(2)ウを参照。)と記載されていて,引用発明が,加入度として2.5D以下のもの,及び2.5Dを越えるものの双方を想定していることが明らかであること等からは,引用発明においても,従来技術と同様に,加入度ADDとして,初歩の老視のための0.5Dから,強度の老視のための3.5Dまでの値を採用することが想定されていると解するのが相当である。
したがって,引用発明において,相違点3に係る条件(2)の右辺である「50/(K_(B)-K_(A))」は,加入度ADD(「K_(B)-K_(A)」に相当する。)の値に応じて約14.3(=50/3.5)以上100(=50/0.5)以下という範囲内の任意の値を採り得ることになる。
一方,引用発明の「明視域の最大幅W」は「関係式(2): 5≦W≦30(mm) を満たす」ものであるから,引用発明において,相違点3に係る条件(2)の左辺である「W_(F)」(「明視域の最大幅W」に相当する。)は,5以上30以下という範囲内の任意の値を採り得ることになる。
そして,これら引用発明における相違点3に係る条件(2)の左辺が採り得る値の範囲(5以上30以下)と,右辺が採り得る値の範囲(約14.3以上100以下)とは「約14.3以上30以下」という範囲で重複しており,加入度ADDが「50/明視域の最大幅W」以上の値であるときに,相違点3に係る条件(2)の左辺(明視域の最大幅W)が,右辺(50/加入度ADD)以上の値となるから,引用発明において,「明視域の最大幅W」として「約14.3mm以上30mm以下」の範囲内の値を選択するとともに,「加入度ADD」として0.5D以上3.5D以下の範囲にあり,かつ,「50/明視域の最大幅W」以上の値を選択すると,当該引用発明は,相違点3に係る条件(2)を満足する,すなわち,相違点3に係る本件訂正発明の発明特定事項に相当する構成を具備することとなる。
したがって,引用発明において,「明視域の最大幅W」として「約14.3mm以上30mm以下」の範囲内の値を選択するとともに,「加入度ADD」として0.5D以上3.5D以下の範囲にあり,かつ,「50/明視域の最大幅W」以上の値を選択することが,当業者にとって容易になし得る選択であるのであれば,相違点3に係る本件訂正発明の発明特定事項は,引用発明を具体化するに際して当業者が適宜なし得た設計事項でしかなく,相違点3は実質的な相違点ではないというべきであるか,あるいは,少なくとも,引用発明を,相違点3に係る本件訂正発明の発明特定事項に相当する構成を具備したものとすることは,当業者が容易に想到し得たことというべきである。

(イ) これに対し,逆に,前記選択が,技術的に矛盾する等の理由で,例え当業者といえども想定することのできない選択であるのならば,相違点3は実質的な相違点というべきであり,かつ,引用発明を,当該相違点3に係る本件訂正発明の発明特定事項に相当する構成を具備したものとすることが容易に想到し得たこととはいえないということになる。
そこで,引用発明において,「明視域の最大幅W」として「約14.3mm以上30mm以下」の範囲内の値を選択するとともに,「加入度ADD」として0.5D以上3.5D以下の範囲にあり,かつ,「50/明視域の最大幅W」以上の値を選択することが当業者にとって容易であったのか否かについて,以下に検討する。

(ウ) まず,引用発明における「明視域の最大幅W」について,検討する。
引用文献の3ページ右欄末行ないし4ページ左欄2行には,従来の累進多焦点レンズについて,遠用部領域の明視域の幅が最低40mm程度の値となっていて,横方向に目を向けたときにもはっきり見えるようにしていたことが記載され(前記(2)ア(イ)を参照。),4ページ右欄44ないし48行には,「明視域の最大幅W」について「関係式(2): 5≦W≦30(mm)」を満足させる理由が,遠方視時の最低限必要な視野を確保し,中間領域の側方部分における非点収差を小さくするためであることが記載されている(前記(2)ア(ウ)を参照。)。
これらの記載からは,「関係式(2): 5≦W≦30(mm)」を満足する「明視域の最大幅W」の値が,従来の累進多焦点レンズの値(最低でも40mm以上)よりも小さいこと,及び,「明視域の最大幅W」を小さくすると,中間領域の側方部分における非点収差を小さくできるが,遠方視時の視野が小さくなってしまい,「明視域の最大幅W」を大きくすると,遠方視時の視野が大きくできるが,中間領域の側方部分における非点収差が大きくなってしまうことを把握できる。
しかるに,引用発明において,「明視域の最大幅W」は,「関係式(2): 5≦W≦30(mm)を満たすとともに,遠方視の必要とされる程度と中間部領域側方で許容される非点収差の程度により前記関係式(2)の範囲内で決定され」るものであるところ,「遠方視の必要とされる程度と中間部領域側方で許容される非点収差の程度により前記関係式(2)の範囲内で決定」するとは,遠方視の必要性が高い場合には関係式(2)の範囲内で大きな値を選択し,遠方視の必要性が低い場合には関係式(2)の範囲内で小さな値を選択するとともに,中間部領域側方に生じる非点収差の許容値が小さい場合には関係式(2)の範囲内で大きな値を選択してはならないことを意味していることが当業者に自明である。
したがって,遠方視の必要性が比較的高く,中間部領域側方に生じる非点収差の許容値も比較的大きな用途を想定して,「明視域の最大幅W」として,「5≦W≦30」という範囲中の比較的大きな値に該当する「約14.3mm以上30mm以下」の範囲内にある値を選択することは,当業者が容易になし得たことといえる。

(エ) 次に,引用発明における「加入度ADD」について,検討する。
引用発明の加入度ADDには,引用発明を装用する眼鏡装用者の処方加入度の値が設定されるものであるところ,眼鏡装用者の処方加入度は,老視の進行度合いによって,0.5D以上3.5D以下という範囲内の如何なる値にもなり得るものである。
そうすると,「加入度ADD」として,0.5D以上3.5D以下という範囲内の如何なる値を選択したものも,引用発明が当然に想定している態様ということができるから,引用発明において,「加入度ADD」として,0.5D以上3.5D以下の範囲にあり,かつ,50/W以上(明視域の幅Wが約14.3mmのとき約3.5(=50/14.3)D,明視域の幅Wが30mmのとき約1.7(=50/30)D)の値を選択することに,何ら困難性はないというべきである。

(オ) 前記(ウ)及び(エ)からは,遠方視の必要性が比較的高く,中間部領域側方に生じる非点収差の許容値も比較的大きな用途を想定して,「明視域の最大幅W」として約14.3mm以上30mm以下の範囲にある値を選択するとともに,「加入度ADD」として0.5D以上3.5D以下の範囲にあり,かつ,50/W以上の値を選択すること(以下,「相違点3に係る選択」ということがある。)は,当業者にとって容易になし得たことといえる。

エ 相違点1及び2に係る選択と相違点3にかかる選択の両立性について
引用発明において,「屈折力の勾配Gの値としてADD/20程度の値を選択するとともに,アイポイントと遠用中心の間の距離として15mm程度の値を選択する」という相違点1及び2に係る選択と,「明視域の最大幅Wとして約14.3mm以上30mm以下の範囲にある値を選択するとともに,加入度ADDとして0.5D以上3.5D以下の範囲にあり,かつ,50/W以上の値を選択する」という相違点3に係る選択との間に,技術的な矛盾等がなく,両選択を同時に行うことが当業者にとって容易であったのか否かについて検討する。
(ア) 前記ア(ウ)及びイで述べたように,相違点1及び2に係る選択における「屈折力の勾配Gの値としてADD/20程度の値を選択する」ことは,「処方加入度の小さな装用者が使用する」との想定を前提とするものである。
しかるに,引用文献には「外科手術のような特に広い中間視を必要とする場合で使用者の眼鏡処方の加入度が2.5Dを越えるようなものにおいては,G≦ADD/25(デイオプトリー/mm)の条件を満たすことが望ましい。」(4ページ右欄39ないし43行。前記(2)ウを参照。)と記載されていて,勾配GがADD/20≦G<ADD/25の範囲内に設定されるのは処方加入度ADDが2.5D以下のときであることが明らかであり,かつ,処方加入度ADDが2.5Dであるときの勾配Gの最大値は0.10(=2.5/25)である。また,引用文献に記載された従来の累進多焦点レンズの加入度ADDが2.0D及び2.5Dであり,勾配Gが0.125(=2.0/16)D/mm及び約0.156(=2.5/16)D/mm(引用文献の5ページ右欄15ないし19行,6ページ左欄36ないし40行。前記(2)エを参照。)であるのに対して,第1ないし第4の実施例では,加入度ADDがそれぞれ2.0D,2.0D,2.5D及び2.5Dであり,勾配Gがそれぞれ0.08(=2.0/25)D/mm,約0.067(=2.0/30)D/mm,0.10(=2.5/25)D/mm及び約0.08(=2.5/30)D/mm(引用文献の5ページ左欄48行ないし右欄10行,5ページ右欄49行ないし6ページ左欄16行,6ページ左欄36ないし40行。前記(2)エを参照。)であって,実施例中に勾配Gが0.10D/mmを越えるものは存在しない。これらを考慮すると,相違点1及び2に係る選択が前提とする想定における「処方加入度の小さな」とは,具体的には,上限値が概ね2.0D程度(処方加入度が2.0D以下であれば,勾配Gは0.10を越えない。以下,当該上限値を「ADD_(max)」と表記する。)で,下限値が,引用発明が想定している加入度(前記ウ(ア)を参照。)の最小値である0.5Dであるような数値範囲内の値であることを指していると解するのが相当である。
したがって,引用発明において,相違点1及び2に係る選択は,0.5D以上であり,「ADD_(max)」D(概ね2.0D程度)以下である加入度ADDを前提として行われる選択であるといえる。

(イ) 一方,引用発明において,明視域の最大幅Wが相違点3に係る選択における最小値(約14.3mm)または最大値(30mm)である場合,「50/W」はそれぞれ3.5または約1.7であり,相違点3に係る条件(2)を満たすためには,最小値(約14.3mm)では加入度ADDが3.5D以上,最大値(30mm)では加入度ADDが約1.7D以上となる。
また,明視域の最大幅Wが「50/ADD_(max)」mmである場合,「50/W」は「ADD_(max)」であり,相違点3に係る条件(2)を満たすためには,加入度ADDが「ADD_(max)」D(概ね2.0D程度)以上となる。

(ウ) ここで,引用発明において,明視域の最大幅Wが,相違点3に係る選択における「約14.3mm以上30mm以下」という範囲のうち,約14.3mm以上「50/ADD_(max)」mm未満という範囲内の値である場合について検討すると,前記(イ)で述べたように,明視域の最大幅Wが約14.3mm以上のときは加入度ADDが3.5D以上であり,明視域の最大幅Wが「50/ADD_(max)」のときは加入度ADDが「ADD_(max)」D(概ね2.0D程度)以上であるから,相違点3に係る条件(2)を満たすためには,加入度ADDの値が少なくとも「ADD_(max)」Dを越える値である必要がある。
しかし,前記(ア)で述べた相違点1及び2に係る選択における前提の「0.5D以上『ADD_(max)』D以下」という加入度ADDの範囲と,前記明視域の最大幅Wが約14.3mm以上「50/ADD_(max)」mm未満(「50/ADD_(max)」を含まない。)という範囲内の値である場合の「少なくとも『ADD_(max)』Dを越える」(「ADD_(max)」を含まない。)という加入度ADDの範囲との間には,重複する範囲はない。
したがって,引用文献の記載からは,引用発明における相違点1及び2に係る選択と,明視域の最大幅Wが約14.3mm以上「50/ADD_(max)」mm未満の範囲内の値であるような選択とは,想定する眼鏡装用者の処方加入度の大きさという観点から相反する選択と理解されるのであって,引用文献の記載に接した当業者は,「0.5D以上『ADD_(max)』D以下」の範囲内の処方加入度を有する眼鏡装用者を想定した場合には,相違点1及び2に係る選択を行うものの,明視域の最大幅Wが約14.3mm以上「50/ADD_(max)」mm未満の範囲内の値であるような選択を行うことはできず,「『ADD_(max)』Dを越える」の範囲内の処方加入度を有する眼鏡装用者を想定した場合には,明視域の最大幅Wが約14.3mm以上「50/ADD_(max)」mm未満の範囲内の値であるような選択を行うことはできるものの,相違点1及び2に係る選択を行うことはないというべきである。
また,引用文献の記載に反して,両選択を同時に行うことの動機付けも見当たらない。
したがって,例え当業者といえども,引用発明において,相違点1及び2に係る選択と,相違点3に係る選択のうち明視域の最大幅Wが約14.3mm以上「50/ADD_(max)」mm未満の範囲内の値であるような選択とを同時に行うことが容易であったとすることはできない。

(エ) さらに,相違点3に係る選択のうちの残余の選択である,明視域の最大幅Wが「50/ADD_(max)」mm以上30mm以下の範囲内の値であるような選択について検討をすると,当該「50/ADD_(max)」mm(25mm程度)以上30mm以下という範囲内の値は,相違点3に係る選択における明視域の最大幅Wの数値範囲(5mm以上30mm以下)のうちの最大値近傍となる値であるから,前記ウ(ウ)で述べた事項からみて,明視域の最大幅Wが「50/ADD_(max)」mm以上30mm以下の範囲内の値であるような選択が,少なくとも,遠方視の必要性が高い用途を想定したときになされる選択であることは明らかである。
一方,前記ア及びイで述べたとおり,相違点1及び2に係る選択は,遠方視の必要性が低く,専ら近方視をしながら行う視作業に用いることを想定したときになされる選択である。
そうすると,引用文献の記載からは,引用発明における相違点1及び2に係る選択と,明視域の最大幅Wが「50/ADD_(max)」mm以上30mm以下の範囲内の値であるような選択とは,遠方視の必要性という観点から相反する選択と理解されるのであって,引用文献の記載に接した当業者は,遠方視の必要性が低い用途を想定した場合には,相違点1及び2に係る選択を行うものの,明視域の最大幅Wが「50/ADD_(max)」mm以上30mm以下の範囲内の値であるような選択を行うことはなく,遠方視の必要性が高い用途を想定した場合には,明視域の最大幅Wが「50/ADD_(max)」mm以上30mm以下の範囲内の値であるような選択を行うものの,相違点1及び2に係る選択を行うことはないというべきである。
また,引用文献の記載に反して,両選択を同時に行うことの動機付けも見当たらない。
したがって,例え当業者といえども,引用発明において,相違点1及び2に係る選択と,相違点3に係る選択のうち明視域の最大幅Wを「50/ADD_(max)」mm以上30mm以下の範囲内の値とするような選択とを同時に行うことが容易であったとすることはできない。

(オ) 以上のとおりであるから,引用文献には,相違点1及び2に係る選択と相違点3に係る選択とを同時に行うことについては記載も示唆もされておらず,かつ,引用発明において,相違点1及び2に係る選択と相違点3に係る選択を同時に行うことが,当業者にとって容易に想到し得たこととすることもできない。

(6)まとめ
以上のとおりであって,相違点1及び2に係る本件訂正発明の発明特定事項に相当する構成と,相違点3に係る本件訂正発明の発明特定事項に相当する構成とを同時に具備した発明を,引用文献から把握することはできず,かつ,引用発明において,相違点1及び2に係る本件訂正発明の発明特定事項と相違点3に係る本件訂正発明の発明特定事項とを同時に採用することは,例え当業者といえども容易に想到できたことといえないから,本件訂正発明は,引用文献に記載された発明と同一でなく,かつ,引用文献に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものでもない。
また,他に本件訂正発明を特許を受けることができない発明とすべき理由も見当たらない。
したがって,本件訂正発明は,特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるから,本件訂正は特許法126条7項の規定に適合する。


第3 むすび
以上のとおり,本件審判の請求は,特許法126条1項1号ないし3号に掲げる事項を目的とし,かつ,同条2項ないし4項の規定に適合する。
よって,結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
累進多焦点レンズ
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
レンズ屈折面を鼻側領域と耳側領域とに分割する主子午線曲線に沿って、近景に対応する面屈折力を有する近用視矯正領域と、近景よりも実質的に離れた特定距離に対応する面屈折力を有する特定視距離矯正領域と、前記近用視矯正領域と前記特定視距離矯正領域との間において両領域の面屈折力を連続的に接続する累進領域とを備え、
前記近用視矯正領域の中心は、近用アイポイントから前記主子午線曲線に沿って下方に2mmから8mmだけ間隔を隔て、
前記近用アイポイントでの屈折力をK_(E)とし、前記特定視距離矯正領域の中心での屈折力をK_(A)とし、前記近用視矯正領域の中心での屈折力をK_(B)とし、前記特定視距離矯正領域における明視域の最大幅をW_(F)(mm)としたとき、
0.6<(K_(E)-K_(A))/(K_(B)-K_(A))<0.9 (1)
W_(F)≧50/(K_(B)-K_(A)) (2)
の条件を満足することを特徴とする累進多焦点レンズ。
【請求項2】
前記特定視距離矯正領域における明視域の最大幅をW_(F)(mm)とし、前記近用視矯正領域における明視域の最大幅をW_(N)(mm)とし、前記特定視距離矯正領域の中心での屈折力をK_(A)(ディオプター)とし、前記近用視矯正領域の中心での屈折力をK_(B)(ディオプター)としたとき、
W_(F)≧50/(K_(B)-K_(A)) (2)
W_(N)≧50/(K_(B)-K_(A)) (3)
の条件を満足することを特徴とする請求項1に記載の累進多焦点レンズ。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、眼の調節力の補助として使用する累進多焦点レンズに関する。
【0002】
【従来の技術】
老視の矯正には、単焦点レンズや、バイフォーカルレンズや、累進多焦点レンズなどが用いられている。これらのレンズの中でも特に累進多焦点レンズは、遠方視時と近方視時とで眼鏡の掛け替えや掛け外しを必要としない。また、累進多焦点レンズは、外観的にもバイフォーカルレンズのような境目がない。したがって、累進多焦点レンズに対する需要がかなり高まっている。
【0003】
累進多焦点レンズは、眼の調節力が衰退して近方視が困難になった場合の調節力の補助用眼鏡レンズである。一般に、累進多焦点レンズでは、装用時において上方に位置する遠用視矯正領域(以下、「遠用部」という)と、下方の近用視矯正領域(以下、「近用部」という)と、双方の領域の間において連続的に屈折力が変化する累進領域(以下、「中間部」という)とを備えている。なお、本発明において「上方」、「下方」、「水平」および「鉛直」等は、装用時のレンズにおける位置関係を示すものである。また、近用度数と遠用度数との差を加入度と呼ぶ。
【0004】
一般に、累進多焦点レンズにおいて、遠用部および近用部において明視域(非点隔差が0.5ディオプター以下の範囲)を広く確保し、その間を累進領域(累進帯)で結ぶと、その累進帯の側方領域にレンズ収差が集中するようになる。その結果、特に累進帯の側方領域において結像不良(像のボケ)および像の歪みが発生し、このような領域で視線を振る(移動させる)と装用者には像の歪みが像の揺れとして知覚され、装用感の悪い不快な感じを抱くことになる。
【0005】
このような視覚特性の課題を解決するために、公知の累進多焦点レンズにおいては様々な観点に基づく設計および評価がなされている。レンズ面の形状に関しては、レンズ面のほぼ中央を上方から下方にかけて鉛直に走る子午線に沿った断面と物体側レンズ面との交線(主子午線曲線)がレンズの加入度などの仕様を表すための基準線として用いられ、レンズの設計においても重要な基準線として用いられている。
【0006】
また、レンズの装用状態において近用部が中央からわずかに鼻側に寄ることを考慮して、近用部を非対称な配置とした累進多焦点レンズ(以下、「非対称累進多焦点レンズ」という)が提案されている。
このような非対称累進多焦点レンズにおいても、遠用中心と近用中心とを通る断面と物体側レンズ面との交線からなる中心線が基準線として用いられる。本発明においては、これらの基準線を総称して「主子午線曲線」という。
【0007】
以上のような技術背景の中で、特開昭62-10617号公報に開示された中近両用の累進多焦点レンズが注目されている。この中近両用累進多焦点レンズは、中間視から近方視を重視する設計に基づく累進多焦点レンズであり、遠近両用累進多焦点レンズと比較して像の揺れや歪みが少なく且つ手元から中間距離までの視野が比較的広く、特に室内では比較的使い易い眼鏡レンズであるといわれている。
【0008】
【発明が解決しようとする課題】
ところで、目の調節力の衰退の度合いが大きくなるにつれて、加入度の大きなレンズを装用しなければならなくなる。一般に、加入度が大きくなればなるほど、上述のような累進多焦点レンズの欠点が顕著になる。すなわち、加入度が大きくなればなるほど、遠用部および近用部における明視域が狭くなる。その結果、遠用部および近用部において視線を振って快適な側方視をすることができず、顔全体を振って側方視をしなければならなくなる。また、加入度が大きくなればなるほど、遠用部と近用部とを結ぶ累進帯の側方領域におけるレンズ収差が増大する。その結果、累進帯の側方領域で視線を振ると、像の揺れや歪みが増大するとともに装用感がさらに悪化し、装用が困難になってしまうことがある。
【0009】
また、従来の累進多焦点レンズでは、目の調節力の衰退の度合いに関わらず遠方から近方まで良好に見えるように設定しているため、累進帯が比較的長い。したがって、レンズを眼鏡フレームに枠入れした状態では、近用視領域がフレームの最下部に位置することになり、近方視する場合には視線を大きく下げなければならない。その結果、見づらいばかりでなく、視線を大きく下げることによる眼精疲労を引き起こすことになる。したがって、従来の累進多焦点レンズでは、たとえばデスクワークのような近方作業をある程度長い時間に亘って継続することが困難であった。
【0010】
ところで、特開昭62-10617号公報に開示された従来の中近両用累進多焦点レンズでは、累進帯が比較的長いため、一般の累進多焦点レンズに見られる像の揺れや歪みのような欠点はある程度解消されている。しかしながら、上述したように、累進帯が長いため近方視する場合には視線を大きく下げなければならないので、見づらいばかりでなく眼精疲労を引き起こすという不都合があった。
【0011】
本発明は、前述の課題に鑑みてなされたものであり、目の調節力の衰退が大きい人でも長い時間に亘って快適に近方視を継続することのできる累進多焦点レンズを提供することを目的とする。
【0012】
【課題を解決するための手段】
前記課題を解決するために、本発明においては、レンズ屈折面を鼻側領域と耳側領域とに分割する主子午線曲線に沿って、近景に対応する面屈折力を有する近用視矯正領域と、近景よりも実質的に離れた特定距離に対応する面屈折力を有する特定視距離矯正領域と、前記近用視矯正領域と前記特定視距離矯正領域との間において両領域の面屈折力を連続的に接続する累進領域とを備え、
前記近用視矯正領域の中心は、近用アイポイントから前記主子午線曲線に沿って下方に2mmから8mmだけ間隔を隔て、
前記近用アイポイントでの屈折力をK_(E)とし、前記特定視距離矯正領域の中心での屈折力をK_(A)とし、前記近用視矯正領域の中心での屈折力をK_(B)とし、前記特定視距離矯正領域における明視域の最大幅をW_(F)(mm)としたとき、
0.6<(K_(E)-K_(A))/(K_(B)-K_(A))<0.9 (1)
W_(F)≧50/(K_(B)-K_(A)) (2)
の条件を満足することを特徴とする累進多焦点レンズを提供する。
【0013】
本発明の好ましい態様によれば、前記特定視距離矯正領域における明視域の最大幅をW_(F)(mm)とし、前記近用視矯正領域における明視域の最大幅をW_(N)(mm)とし、前記特定視距離矯正領域の中心での屈折力をK_(A)(ディオプター)とし、前記近用視矯正領域の中心での屈折力をK_(B)(ディオプター)としたとき、
W_(F)≧50/(K_(B)-K_(A)) (2)
W_(N)≧50/(K_(B)-K_(A)) (3)
の条件を満足する。
【0014】
【発明の実施の形態】
図3は、従来の遠近重視の累進多焦点レンズの主子午線曲線上の屈折力分布を概略的に示す図である。まず、図3を参照して、従来の遠近重視の累進多焦点レンズの欠点について説明する。
図3に示すように、従来の遠近重視の累進多焦点レンズでは、眼鏡レンズとしての装用基準となる遠用アイポイントEから遠用部Fの下方Aまでの主子午線曲線に沿った距離が小さい。すなわち、従来の遠近重視の累進多焦点レンズの設計手法では、遠用部Fの下方Aを基準とした遠用アイポイントEでの屈折力増加量が加入度の約5%である。このため、発生する収差が比較的小さく、良好な視覚特性が得られ、遠用部Fの明視域をある程度広くすることが可能になっている。なお、遠用アイポイントとは、眼鏡の装用者が自然の姿勢で遠方を見ているときの視線のレンズ上での通過点であり、遠用フィッティングポイントと呼ばれることもある。
【0015】
また、従来の遠近重視の累進多焦点レンズでは、遠用アイポイントEから近用部Nの上方Bにかけて主子午線曲線上での屈折力を加入度の約95%だけ増加させている。このため、近用部Nの明視域が遠用部Fの明視域よりもはるかに小さくなる。したがって、図3に示す屈折力分布を有する累進多焦点レンズは、遠近重視のレンズや遠中重視のレンズとしては実用に耐えることができるが、中近重視のレンズとしては視野が狭いだけでなく像の揺れや歪みが依然として大きく実用に耐えることができない。
さらに、従来の遠近重視の累進多焦点レンズでは、眼鏡レンズとしての装用基準となる遠用アイポイントEから近用部Nまでの距離が大きいため、近方視に移行するのに視線を大きく下げる必要があり、眼精疲労を引き起こしてしまう。
【0016】
そこで、本発明の累進多焦点レンズでは、遠用部の明視域をある程度犠牲にし、装用者の老視の度合いに応じて近景よりも実質的に離れた特定距離までの範囲(軽度の老視であれば遠方までの範囲)を矯正している。すなわち、本発明では、近用作業時の装用感を最重視して、眼球の回旋疲労が少ないような累進帯の長さを確保している。また、明視域の広い近用部を確保し、且つ最大非点隔差を減少させ、中間部における明視域もある程度確保するとともに特定視距離領域を十分に広くしている。
なお、本発明において、近景よりも実質的に離れた特定距離に対応する面屈折力を有する特定視距離矯正領域を「特定視部」と呼び、特定視部の中心すなわち特定中心と近用部の中心すなわち近用中心との距離を「累進帯の長さ」と呼び、特定中心と近用中心との間で付加される屈折力の増加量を「加入度」と呼ぶ。
【0017】
本発明においては、近用アイポイントを近用中心から主子午線曲線に沿って上方に2mmから8mmの距離に設定している。また、本発明においては、近用アイポイントから近用中心までの距離範囲の設定に対応して、次の条件式(1)を満足する。
0.6<(K_(E)-K_(A))/(K_(B)-K_(A))<0.9 (1)
ここで、
K_(E):近用アイポイントでの屈折力(ディオプター)
K_(A):特定中心での屈折力(ディオプター)
K_(B):近用中心での屈折力(ディオプター)
なお、(K_(E)-K_(A))は特定中心を基準とした近用アイポイントでの屈折力増加量を意味し、(K_(B)-K_(A))は加入度を意味する。
【0018】
このように、本発明では、眼鏡レンズとしての装用基準となる近用アイポイントから近用中心までの距離を小さくしているため、近用アイポイントから近用部にかけて発生する収差が比較的小さく、良好な視覚特性が得られる。また、視線を大きく下げることなく中間視から近用視へ移行することができるとともに、近用部において広い明視域を確保することができる。
また、本発明のように、特定中心を基準とした近用アイポイントでの屈折力増加量(K_(E)-K_(A))を加入度(K_(B)-K_(A))の60%?90%に設定すると、近用アイポイントから近用部に至る領域の側方領域における非点収差の集中が軽減され、像の揺れや歪みなどが抑えられ、近用部および中間部において広い明視域を実現することができる。
【0019】
さらに、本発明では、近用アイポイントから特定視部にかけて加入度の60%?90%だけ屈折力を低下させている。この構成により、近用アイポイントから特定視部にかけて視覚特性が改良され、主子午線曲線の側方領域における収差集中が緩和される。その結果、像の揺れや歪みを軽減することができ、広い明視域を確保することができる。また、近用アイポイントから特定視部にかけて屈折力の変化の度合いが比較的小さいため、近用アイポイントと特定視部との接続が連続的で滑らかになるように構成することができる。したがって、像の揺れや歪みが比較的少ない中間視状態を得ることができるとともに、特定視部の明視域を大きく確保することができる。
【0020】
ところで、近用アイポイントから近用中心までの距離を2mmよりも短くすると、近用アイポイントから特定中心にかけて主子午線曲線上での屈折力が大きく低下することになる。その結果、近用アイポイントから特定視部にかけて屈折力の変化の度合いが大きくなり、像の揺れや歪みの少ない良好な中間視状態を得ることができなくなる。さらに、特定視部において十分広い明視域を確保することができなくなる。
【0021】
また、近用アイポイントから近用中心までの距離を2mmよりも短くすると、近用アイポイントから特定視部までの距離が長くなりすぎて、特定視距離状態において上目遣い気味になってしまう。
一方、近用アイポイントから近用中心までの距離を8mmよりも長くすると、視線を大きく下げなければ近用視領域に移行することができなくなる。その結果、眼精疲労を引き起こすとともに、近用部においてある程度広い明視域を確保することができなくなってしまう。
【0022】
また、本発明においては、次の条件式(2)および(3)を満足することが望ましい。
W_(F)≧50/(K_(B)-K_(A)) (2)
W_(N)≧50/(K_(B)-K_(A)) (3)
ここで、
W_(F):特定視部における明視域の最大幅(mm)
W_(N):近用部における明視域の最大幅(mm)
条件式(2)および(3)を満足しない場合、特定視部および近用部において十分広い明視域を確保することができなくなるので好ましくない。
【0023】
このような累進多焦点レンズのレンズ面の設計においては、レンズとしての円形形状の範囲内のみにおいて設計評価するのではなく、レンズ面の円形形状を含む図6に示すような四角形を想定し、この四角形内において面形状の設計および評価を行う。レンズの円形形状を包含するより大きな面において曲面を最適化することによって、実用的レンズ面をより滑らかな優れた形状にすることが可能になる。
なお、図6において、OGはレンズの幾何中心であり、Wはレンズの半径である。また、曲線Φ3?Φ-3およびΣ0?至Σ3は、それぞれz軸およびy軸に沿った設計上の基準となる横断面および縦断面を示している。
【0024】
また、一般に、累進多焦点レンズは眼鏡フレームに合わせて加工されるため、遠用部、中間部および近用部の各領域、特に周辺部を含む遠用部および近用部の領域は、フレームの形状によって異なることになる。加工前の累進多焦点レンズは一般に直径が60m程度以上の円形レンズであり、この円形形状のまま眼鏡小売店に供給され、小売店において所望の眼鏡フレーム形状に合わせて加工される。
したがって、本発明による累進多焦点レンズの面形状の規定においては、加工前の円形形状を基準としている。そして、累進多焦点レンズの最適面形状の設計においては、使用頻度の高い中央領域ばかりでなく、使用される有効領域を含むより広い領域における面形状をも考慮して、収差のバランスを図ることが肝要である。
【0025】
本発明の実施例を、添付図面に基づいて説明する。
具体的な実施例を説明する前に、まず本発明における累進多焦点レンズの設計手法について、また累進多焦点レンズの基準となる各点について説明する。
図4は、累進多焦点レンズを装用した状態における眼の様子を説明する図であり、主子午線曲線に沿った断面すなわちレンズの鉛直断面の様子を示している。図示のように、眼球Oは眼球回旋点CRを中心に回転するため、視線pはレンズL上の種々の点を通過することになる。そして、近く物体を見つめるときには顔が下向きになると同時に視線も角度αだけ下がる。このとき累進多焦点レンズを装用していれば、両眼の視線は輻輳しながらレンズLの主子午線曲線上を中間部から近用部へ移動することになる。視覚を感ずる網膜の部位で最も視力がでるのは黄斑部中心窩であり、物体を見ようとする場合、この中心窩位置に視線が合うように物体に眼を向けて、鮮明な像をこの中心窩位置に形成しなければならない。調節しないとき、この中心窩位置の物体側共役位置を調節遠点と称し、眼球が回転移動したときのこの調節遠点の軌跡Tを遠点球面と呼んでいる。
【0026】
図4は遠視眼状態を示したものであり、遠視眼の調節遠点は眼後に位置するから回旋点CRを中心とした遠点球面Tを描くことができる。したがって、この遠点球面Tの位置に黄斑部中心窩があることと等価となる。
そこで、この遠点球面Tから回旋点CRを通り累進多焦点レンズLへ向かう光線pを考え、この光線pがレンズLで屈折されて収束する位置が物体位置となる。このとき、主子午線曲線に沿った方向のm像(メリディオナル像)の位置と主子午線曲線に直交する方向のs像(サジタル像)の位置とが合致していれば良好な結像状態となる。しかしながら、一般には、図示のようにm像とs像とが一致せず、非点隔差を生ずることになる。この非点隔差の程度が著しいと、物体が流れて見え、像の歪み等の不快な視覚の原因となる。
【0027】
図4に示す曲線は遠点球面Tと共役な点の変化を示しており、m像とs像との平均位置を結んだ線である。そして、この曲線が、累進多焦点レンズLのいわゆる加入度曲線に対応している。図4の場合、遠用部の屈折度数が0ディオプター(D)で近用部の屈折度数が2ディオプターであり、加入度Adが2ディオプターということになる。そして、m像とs像との間隔Δがレンズの装用状態における収差としての非点隔差に対応する。
このように、実際に累進多焦点レンズを装用する状態でのレンズの性能評価を行うことによって、最終的に使用状態において最良の性能を発揮することのできる累進多焦点レンズのレンズ設計を行うことが可能になる。
【0028】
ところで、特定視部の中心すなわち特定中心とは、特定視部での所定の表面屈折平均度数を有する主子午線曲線上の位置であり、実用上は特定視部の測定基準点とされる点である。また、近用部の中心すなわち近用中心とは、近用部での所定の表面屈折平均度数を有する主子午線曲線上の位置であり、実用上は近用部の測定基準点とされる点である。
また、近用アイポイントとは、レンズを眼鏡フレームに枠入れする際に基準とされる位置であり、眼鏡フレームを装用した状態において近用視線通過位置と合致する近用基準点となる。本発明の実施例において、近用アイポイントの位置とレンズの幾何中心とを一致させているが、必ずしも一致させる必要はない。
【0029】
図1は、本発明の実施例にかかる累進多焦点レンズの領域区分の概要を示す図である。
図1に示すように、本実施例の累進多焦点レンズは、装用時において上方に位置する特定視部Fと、下方の近用部Nと、双方の領域の間において連続的に屈折力が変化する中間部Pとを備えている。レンズ面の形状に関しては、装用状態でレンズ面のほぼ中央を上方から下方にかけて鉛直に走る子午線に沿った断面と物体側レンズ面との交線すなわち主子午線曲線MM′がレンズの加入度などの仕様を表すための基準線として用いられている。このように対称設計された累進多焦点レンズでは、特定中心A、近用アイポイントE、近用中心Bは、主子午線曲線MM′上にある。
【0030】
このように、図1の累進多焦点レンズは、主子午線曲線MM′に沿って、近景に対応する面屈折力を有する近用部Nと、近景よりも実質的に離れた特定距離に対応する面屈折力を有する特定視部Fと、近用部Nと特定視部Fとの間において両領域の面屈折力を連続的に接続する中間部Pとを備えている。そして、特定中心Aよりも上方を特定視部F、近用中心Bよりも下方を近用部N、特定中心Aと近用中心Bとの間を中間部Pと考えることができる。累進多焦点レンズの屈折面上では屈折力が連続的に変化しており各領域を明確に区分することができないが、レンズの構造を考える上で有効な手段として図1のような領域区分が一般的に採用されている。
【0031】
図2は、本実施例の累進多焦点レンズの主子午線曲線上の屈折力分布を概略的に示す図である。図2において、縦軸は累進多焦点レンズの主子午線曲線を、横軸は主子午線曲線上の屈折度数(単位D:ディオプター)をそれぞれ示している。
図2に示すように、主子午線曲線上の表面屈折力の平均度数は、特定中心Aから近用アイポイントEを経由して近用中心Bまで連続的に且つ滑らかに接続するように構成されている。
【0032】
本実施例の累進多焦点レンズでは、近用アイポイントEから近用中心Bまでの主子午線曲線に沿った距離は5mmである。また、近用アイポイントEから特定中心Aまでの主子午線曲線に沿った距離は14mmである。したがって、特定中心Aから近用中心Bまでの主子午線曲線に沿った距離すなわち累進帯の長さは19mmである。
また、図2を参照すると、本実施例の累進多焦点レンズでは、特定視部Fの平均屈折度数(ベースカーブ)が3.5ディオプターで、加入度Adが1.5ディオプターである。したがって、図示のように、特定中心Aにおける屈折度数は3.5ディオプターであり、近用中心Bにおける屈折度数は5.0ディオプターである。
【0033】
図5は、本実施例の累進多焦点レンズの等非点隔差曲線図であり、図4に示す設計手法にしたがってレンズの装用状態における性能評価を行った結果を示している。図5において、等非点隔差曲線は0.5ディオプターごとの値で示されている。
図5を参照すると、本実施例の累進多焦点レンズでは、非点隔差の最大値が1.0D(ディオプター)程度であり、像の揺れや歪みが少ない良好な中間視および近用視が可能であることがわかる。また、特定中心Aから近用アイポイントEまでの緩やかな度数勾配により、特定視部Fの下方から中間部Pにかけて側方領域の等非点隔差を表す線の密度および勾配がともに減少している。
【0034】
本実施例では、中間視および近用視をし易くするために、眼鏡レンズとしての装用基準となる近用アイポイントEから近用中心Bまでの主子午線曲線に沿った距離を5mmと小さく設定している。このため、顔の正面を見るときにレンズの度数が中間視および中間視からやや近方視に合ったものとなり、中間視および中間視からやや近方視がし易くなっている。また、図5に示すように、近用アイポイントEから近用部Nにかけて発生する収差が比較的小さく、良好な視覚特性が得られ、近用部Nの明視域をある程度広くすることができる。
【0035】
また、本実施例では、特定中心Aを基準とした近用アイポイントEでの屈折力増加量を加入度Ad(1.5ディオプター)の約75%に設定している。すなわち、近用中心Bでの屈折力と近用アイポイントEでの屈折力との差が約0.35ディオプターとなっている。その結果、近用中心Bから中間部Pのほぼ中央に至る領域の側方領域における非点収差の集中が軽減され、像の揺れや歪みなどが抑えられ、図5に示すように近用部Nおよび中間部Pにおいて広い明視域を実現している。
【0036】
さらに、本実施例では、眼鏡レンズとしての装用基準となる近用アイポイントEから近用中心Bまでの距離を5mmと小さく設定しているため、視線を大きく下げることなく中間視領域から近用視領域へ移行することができる。さらに、図5に示すように、近用部Nにおける明視域の最大幅W_(N)は約40mmであり、近用部Nにおいて従来の累進多焦点レンズに比べて十分広い明視域を確保することができる。因みに、加入度Adは1.5ディオプターであるため、近用部Nにおける明視域の最大幅W_(N)は条件式(3)を満足している。
【0037】
また、本実施例では、近用アイポイントEから特定中心Aにかけて主子午線曲線上での屈折力を加入度Adの約75%だけ低下させている。すなわち、近用アイポイントEでの屈折力と特定中心Aでの屈折力との差が約1.15ディオプターとなっている。この構成により、近用アイポイントEから特定視部Fにかけて視覚特性が改良され、主子午線曲線の側方領域における収差集中が緩和されている。その結果、像の揺れや歪みを軽減することができ、広い明視域を確保することができる。
【0038】
また、近用アイポイントEから特定中心Aにかけて屈折力の変化の度合い(1.15ディオプター/14mm=0.082)が比較的小さいため、近用アイポイントEと特定視部Fとの接続が連続的で且つ滑らかになるように構成することができる。したがって、像の揺れや歪みの比較的少ない中間視状態を得ることができる。さらに、図5に示すように、特定視部Fにおける明視域の最大幅W_(F)は約60mmであり、特定視部Fにおいて従来の累進多焦点レンズに比べて十分広い明視域を確保することができる。因みに、加入度Adは1.5ディオプターであるため、特定視部Fにおける明視域の最大幅W_(F)は条件式(2)を満足している。
【0039】
なお、本実施例では、近用アイポイントEから近用中心Bまでの距離を5mmと設定しているが、この距離を2mm?8mmに設定しても同様の効果を得ることができる。ただし、近用アイポイントEから近用中心Bまでの距離を2mmよりも短くすると、近用アイポイントEから特定中心Aにかけて主子午線曲線上での屈折力が加入度Adの約95%だけ低下することになる。その結果、近用アイポイントEから特定視部Fにかけて屈折力の変化の度合いが大きくなり、像の揺れや歪みの少ない良好な中間視状態を得ることができなくなる。さらに、特定視部Fにおいて十分広い明視域を確保することができなくなる。
【0040】
また、近用アイポイントEから近用中心Bまでの距離を2mmよりも短くすると、近用アイポイントEから特定視部Fまでの距離が長くなりすぎて、特定距離視状態において上目遣い気味になってしまう。
一方、近用アイポイントEから近用中心Bまでの距離を8mmよりも長くすると、視線を大きく下げなければ近用視領域に移行することができなくなる。その結果、眼精疲労を引き起こすとともに、近用部Nにおいてある程度広い明視域を確保することができなくなってしまう。
【0041】
なお、主子午線曲線上での表面屈折力の傾向だけでは、周辺部までの表面屈折力の傾向を完全に説明することは難しい。しかしながら、上述のような主子午線曲線上での屈折力分布によって、レンズ面全体に亘る収差バランスを良好に保ち、優れた視覚特性を有する中近重視の累進多焦点レンズを実現することが可能となる。
また、本実施例では、主子午線曲線を基準として左右対称な累進多焦点レンズに本発明を適用しているが、近用部を鼻側に偏位させた非対称累進多焦点レンズにも本発明を適用することができる。
【0042】
【効果】
以上説明したごとく、本発明によれば、目の調節力の衰退が大きい人でも長い時間に亘って快適に近方視を継続することのできる累進多焦点レンズを実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の実施例にかかる累進多焦点レンズの領域区分の概要を示す図である。
【図2】本実施例の累進多焦点レンズの主子午線曲線上の屈折力分布を概略的に示す図である。
【図3】従来の遠近重視の累進多焦点レンズの主子午線曲線上の屈折力分布を概略的に示す図である。
【図4】累進多焦点レンズを装用した状態における眼の様子を説明する図であり、主子午線曲線に沿った断面すなわちレンズの鉛直断面の様子を示している。
【図5】本実施例の累進多焦点レンズの等非点隔差曲線図である。
【図6】本発明の累進多焦点レンズを設計するための基準となる横断面および縦断面を説明する図である。
【符号の説明】
F 特定視部
N 近用部
P 中間部
A 特定中心
B 近用中心
E 近用アイポイント
MM′ 主子午線曲線
Ad 加入度
T 遠点球面
O 眼球
CR 眼球回旋点
L レンズ
OG 幾何中心
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審決日 2015-08-04 
出願番号 特願平8-297655
審決分類 P 1 41・ 856- Y (G02C)
P 1 41・ 113- Y (G02C)
P 1 41・ 121- Y (G02C)
最終処分 成立  
特許庁審判長 藤原 敬士
特許庁審判官 本田 博幸
清水 康司
登録日 2004-10-29 
登録番号 特許第3611154号(P3611154)
発明の名称 累進多焦点レンズ  
代理人 鈴木 守  
代理人 大野 聖二  
代理人 大谷 寛  
代理人 小林 英了  
代理人 大谷 寛  
代理人 大野 聖二  
代理人 小林 英了  
代理人 鈴木 守  
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