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この審決には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
無効2014800196 審決 特許
無効2013800116 審決 特許
無効2013800190 審決 特許
無効2015800002 審決 特許
無効2013800206 審決 特許

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審決分類 審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  C07D
審判 全部無効 2項進歩性  C07D
審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C07D
管理番号 1304260
審判番号 無効2014-800145  
総通号数 190 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2015-10-30 
種別 無効の審決 
審判請求日 2014-09-01 
確定日 2015-08-10 
事件の表示 上記当事者間の特許第2527860号発明「チエノ〔2,3-b〕〔1,5〕ベンゾジアゼピン誘導体及び該誘導体を含有する抗精神病薬組成物」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許第2527860号は、平成3年4月24日(パリ条約による優先権主張1990年4月25日、イギリス)に出願され、平成8年6月14日に特許権の設定登録がなされたものである。これに対して、平成26年9月1日にテバ製薬株式会社により本件特許を無効にすることについての審判の請求がなされたところ、その審判における手続の経緯は、以下のとおりである。

平成26年 9月 1日 審判請求書、甲第1?5号証提出(請求人)
同年11月 5日 上申書(1)提出(被請求人)
平成27年 2月13日 答弁書、乙第1?14号証提出(被請求人)
同年 3月20日 審理事項通知書
同年 4月 8日 上申書(1)、甲第6?12号証、及び
参考資料1提出(請求人)
同日 上申書(2)、乙第5号証(再提出)、及び
乙第15?21号証提出(被請求人)
同年 4月10日 上申書(3)提出(被請求人)
同年 4月22日 上申書(2)提出(請求人)
同年 5月 6日 口頭審理陳述要領書、
甲第13?46号証提出(請求人)
同年 5月 7日 口頭審理陳述要領書、
乙第22?28号証提出(被請求人)
同年 5月18日 上申書(3)提出(請求人)
同日 上申書(4)提出(被請求人)
同年 5月20日 上申書(4)、
参考資料2?3提出(請求人)
同日 口頭審理、補正許否の決定

なお、上申書については提出日の順に「上申書(1)」のように括弧数字を付し、甲号証及び乙号証については「甲1」のように略記し、以下、同様に記す場合がある。

第2 本件発明
本件特許第2527860号の請求項1?6に係る発明(以下、「本1発明」?「本6発明」のように表記する場合がある。)は、本件特許明細書の特許請求の範囲に記載された以下のとおりのものである。

「【請求項1】2-メチル-10-(4-メチル-1-ピペラジニル)-4H-チエノ-〔2,3-b〕〔1,5〕ベンゾジアゼピン、またはその酸付加塩。
【請求項2】2-メチル-10-(4-メチル-1-ピペラジニル)-4H-チエノー〔2,3-b〕〔1,5〕ベンゾジアゼピン。
【請求項3】請求項1に記載の化合物またはその製薬上許される酸付加塩を、その製薬上許される希釈剤または担体と一緒に含むことを特徴とする抗精神病薬組成物。
【請求項4】請求項2に記載の化合物2.5?5mgを、その製薬上許される希釈剤または担体と一緒に含むことを特徴とするカプセルまたは錠剤の形態の抗精神病薬組成物。
【請求項5】(a)N-メチルピペラジンを
式【化1】

の化合物と反応させること、または
(b)式【化2】

の化合物を閉環すること
を特徴とする請求項1に記載の化合物の製造方法。
【請求項6】式【化3】

で表わされる化合物及びQが-NH_(2)である場合にはその塩。」

なお、化合物の名称である「2-メチル-10-(4-メチル-1-ピペラジニル)-4H-チエノ-〔2,3-b〕〔1,5〕ベンゾジアゼピン」という用語については、その一般名である「オランザピン」という呼称により表記することがある。

第3 請求人の主張の要点
1 本件審判の請求の趣旨
請求人が主張する本件審判における請求の趣旨は、「特許第2527860号の特許請求の範囲の請求項1?6に係る特許は無効とする。審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求める。」である。

2 請求人が主張する無効理由及び証拠方法の概要
請求人は、以下の無効理由1a、1b、2、及び3を主張し、証拠方法として甲第1号証?甲第46号証を提出した。

(1)無効理由1a
本件特許の請求項1?6に係る発明は、本件優先日前に頒布された甲第1号証(主引用例)に記載された発明又は甲第1号証(主引用例)及び甲第2号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許は特許法第123条第1項第2号の規定により無効とされるべきである。

(2)無効理由1b
本件特許の請求項1?2に係る発明は、本件優先日前に頒布された甲第2号証(主引用例)に記載された発明又は甲第2号証(主引用例)及び甲第1号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許は特許法第123条第1項第2号の規定により無効とされるべきである。

(3)無効理由2
本件特許の請求項1?6に係る発明は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果が記載されていないので、平成6年法律第116号による改正前の特許法第36条第4項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許は特許法第123条第1項第4号の規定により無効とされるべきである。

(4)無効理由3
本件特許の請求項1?6に係る発明は、それら特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえないので、平成6年法律第116号による改正前の特許法第36条第5項第1号の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許は特許法第123条第1項第4号の規定により無効とされるべきである。

(5)証拠方法(甲第1?46号証)
請求人が提出した証拠方法は以下のとおりである。
<審判請求書添付>
甲第1号証:特開昭51-76296号公報
甲第2号証:J. Med. Chem. 1980, 23, pp.884-889
甲第3号証:臨床試験の統計解析に関するガイドライン(案)について 平成2年2月8日付け日薬連発第98号通知
甲第4号証:臨床試験の統計解析に関するガイドラインについて 平成4年3月4日付け薬新薬第20号通知
甲第5号証:カナダ連邦裁判所 2009年10月9日 判決及び判決の理由書(事件番号:T-1048-07)

<平成27年4月8日付け上申書添付>
甲第6号証:南山堂医学大辞典(628?631頁) 1996年2月1日発行 株式会社南山堂
甲第7号証:早期審査の事情説明書 平成8年1月19日 被請求人
甲第8号証:医薬品の開発-合成医薬品研究指針-(247?285頁) 昭和41年10月20日 株式会社南江堂
甲第9号証:The Journal of Pharmacology and Experimental Therapeutics Vol.262 No.2 pp.545-551 (1992)
甲第10号証:The Organic Chemistry of Drug Synthesis VOLUME 2 - DANIEL LEDNICER, pp.424-429 (1980)
甲第11号証:精神医学 Vol.22, No.2, pp.114-124 (1980)
甲第12号証:聴覚言語障害 Vol.3, No.1, pp.18-27 (1974)
参考資料1:産業構造審議会知的財産政策部会特許制度小委員会第5回審査基準専門委員会議事録 平成22年9月10日 特許庁

<平成27年5月6日付け口頭審理陳述要領書添付>
甲第13号証:あっと驚く薬理学(23?24頁) 2014年9月10日発行 中原保裕著 株式会社技術評論社
甲第14号証:薬剤副作用軽減化の工夫(216?221頁) 昭和61年11月1日発行 垂井清一郎・高杉益充編 医薬ジャーナル社
甲第15号証:早期審査の事情説明書 平成8年1月19日 被請求人
甲第16号証:進歩性検討会報告書 平成19年3月 特許庁審判部
甲第17号証:意見書 平成27年4月28日 大和田智彦
甲第18号証:意見書 平成27年4月28日 大和田智彦
甲第19号証:「INTEROFFICE MEMORANDUM」と題する書面 1992年12月2日 ニコラス アレン ムーア
甲第20号証:宣誓書 1992年12月2日 ニコラス アレン ムーア
甲第21号証:「Study D07290」と題する書面の一部 1995年5月 被請求人
甲第22号証:「PROJECT TEAM STATUS REPORT(91-01)」と題する書面 1991年5月2日 被請求人
甲第23号証:「Study D07290」と題する書面の一部 1995年5月 被請求人
甲第24号証:オランザピン動物実験に関する意見書 平成27年5月3日 大橋靖雄
甲第25号証:「A 26-WEEK ORAL COMPARATIVE TOXICITY STUDY IN FEMAALE BEAGLE DOGS」と題する文書の一部 2002年4月12日 MPIリサーチ社
甲第26号証:The New England Journal of Medicine Vol.353, No.12, pp.1209-1223 (2005)
甲第27号証:株式会社南江堂のホームページ(http://www.nejm.jp/about/)
甲第28号証:PubMedの検索結果画面(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16172203)
甲第29号証:精神医学 Vo.48, No.1, pp.29-35 (2006)
甲第30号証:精神神経学雑誌 Vol.109, No.1, pp.89-90 (2007)
甲第31号証:Diabetes Care Vol.27, No.2, pp.596-601 (2004)
甲第32号証:臨床精神薬理 Vol.9, No.9, pp.1953-1962 (2006)
甲第33号証:Schizophrenia Research No.107, pp.115-121 (2009)
甲第34号証:The American Journal of Psychiatry Vol.160, No.2, pp.290-296 (2003)
甲第35号証:The Journal of Clinical Psychiatry Vol.63, No.5, pp.425-433 (2002)
甲第36号証:精神神経学雑誌 Vol.106, No.9, pp.1196-1197 (2004)
甲第37号証:Archives of General Psychiatry Vol.59, pp.1021-1026 (2002)
甲第38号証:日本臨床栄養学会雑誌 Vol.25, No.3, pp.235-240 (2004)
甲第39号証:The Journal of Clinical Psychiatry Vol.61, No.10, pp.742-749 (2000)
甲第40号証:レセプトデータを用いた有害事象発現リスクの評価手法に関する思考調査(3)報告書 平成26年10月 独立行政法人医薬品医療機器総合機構
甲第41号証:臨床精神医学 Vol.44, No.4, pp.593-599 (2015)
甲第42号証:Psychopharmacology No.229, pp.1-7 (2013)
甲第43号証:European Neuropsychopharmacology (2015)
甲第44号証:意見書 平成27年5月2日 長峰敬彦
甲第45号証:「Study D07290」と題する書面の一部 1995年5月 被請求人
甲第46号証:意見書 平成27年5月5日 長峰敬彦

<平成27年5月20日付け上申書添付>
参考資料2:The Organic Chemistry of Drug Synthesis VOLUME 2 - DANIEL LEDNICER, ix-xii (1980)
参考資料3:星薬科大学図書館OPACホームページの検索結果画面

第4 被請求人の主張の要点
1 答弁の趣旨
被請求人が主張する答弁の趣旨は、「本件審判の請求は、成り立たない。審判費用は、請求人の負担とする。との審決を求める。」である。

2 証拠方法(乙第1号証?乙第28号証)
被請求人が提出した証拠方法は以下のとおりである。
<答弁書添付>
乙第1号証:医薬品インタビューフォーム(21?26、70?74及び139?142頁) 2014年1月 被請求人
乙第2号証:医薬品産業ビジョン2013資料編 厚生労働省
乙第3号証:パテント Vol.62, No.11, pp.19-26 (2009)
乙第4号証:知財管理 Vol.60, No.1, pp.43-57 (2010)
乙第6号証:臨床薬理 Vol.10, No.4, pp613-614 (1979)
乙第7号証:精神衛生研究 No.32, pp.1-15 (1985)
乙第8号証:精神衛生研究 No.31, pp143-152 (1985)
乙第9号証:精神神経学雑誌 Vol.115, No.9, pp953-966 (2013)
乙第10号証:クロザリル錠添付文書 2014年11月 ノバルティス
乙第11号証:脳と神経の薬理(61頁) 1989年12月1日発行 株式会社金芳堂
乙第12号証:臨床精神薬理学(169?177頁) 1988年10月31日発行 株式会社西村書店
乙第13号証:特許・実用新案審査基準(20?26頁) 特許庁
乙第14号証:判例時報 No.2073, pp.105-117 (2010)

<平成27年4月8日付け上申書添付>
乙第5号証:J. Med. Chem. 1980, 23, pp.884-889(甲2)及び和訳
乙第15号証:知財高裁平成22年8月19日言渡 平成21年(行ケ)第10180号判決
乙第16号証:陳述書の写し 1991年4月23日 ジェフリー R. ミーンズ
乙第17号証:陳述書の写し 1991年4月23日 ジェームズ T. シマノフスキ
乙第18号証:陳述書の写し 1991年4月23日 デイヴィッド J. スクラビー
乙第19号証:米国出願明細書(07/890,348)
乙第20号証:意見書 1994年7月27日 被請求人
乙第21号証:特許リスト及び公報抜粋(2014年特許公報発行分)

<平成27年5月7日付け口頭審理陳述要領書添付>
乙第22号証:特許審決取消訴訟の実務と法理(178?183頁) 2003年10月22日発行 社団法人発明協会
乙第23号証:知財高裁平成22年12月8日言渡 平成22年(行ケ)第10125号判決
乙第24号証:知財高裁平成25年10月31日言渡 平成25年(行ケ)第10078号判決
乙第25号証:判例時報 No.2168, pp.124-133 (2013)
乙第26号証:The Organic Chemistry of Drug Synthesis VOLUME 2 - DANIEL LEDNICER, pp.424-429(甲10)及び和訳
乙第27号証:医薬品非臨床試験ガイドライン解説2010(11?15頁) 2010年6月18日発行 株式会社薬事日報社
乙第28号証:進歩性検討会報告書 平成19年3月 特許庁審判部

第5 本件の願書に添付された明細書並びに甲号証及び乙号証について
1 本件の願書に添付された明細書の記載事項
本件特許第2527860号の願書に添付された明細書には、次の記載がある。

摘記A1:特許請求の範囲
上記「第2 本件発明」の項に示した請求項1?6の記載のとおり。

摘記A2:段落0001?0002及び0008?0011
「【0001】【産業上の利用分野】本発明は、新規な有機化合物及び医薬品としてのその用途に関する。
【0002】【従来技術及び発明が解決しようとする課題】現在、中枢神経系の患者の治療のために多くの薬剤が利用できる。これらの薬剤の中には、精神分裂症及び分裂病様疾患の如き重度の精神症状を治療するために抗精神病薬として知られるカテゴリーがある。このような症状に利用できる薬剤はしばしば望ましくない副作用と関連があり、その徴候を更に安全且つ有効な方法で防除または排除する一層良好な製品に対する要望がある。更に、多くの患者は現在の薬剤治療に応答しないし、また部分的に応答するにすぎず、そしてこのような部分応答者または非応答者の概算は治療した者の40%?80%の間で変化する。…
【0008】フルメザピンを用いる臨床試験に於いて、患者のうちの二人は上記のAIMSスケールで測定して錐体外路副作用の発生を示した。本発明者らは、フルメザピン及びその他の関連化合物と比較して驚くべき予期しない性質を有する化合物を発見した。
【0009】【課題を解決するための手段】本発明の化合物は、式
【0010】【化6】

【0011】で表わされる化合物またはその酸付加塩である。式(I)の遊離塩基は2-メチル-10-(4-メチル-1-ピペラジニル)-4H-チエノ〔2,3-b〕〔1,5〕ベンゾジアゼピンである。本発明の化合物は、中枢神経系に関して活性を試験するための実験スクリーン及び臨床試験で、以下に詳細に記載される驚くべき程優れた結果を示した。これらの結果は中枢神経系の広範囲の疾患の比較的に安全且つ有効な治療に関してその有用性を示す。」

摘記A3:段落0014?0017
「【0014】精神分裂症患者に於ける本発明の化合物の最初の完全開放の(盲検の逆の)研究に於いて、少なくとも2週間の治療を終えた8人の患者のうちの6人は、毎日5?30mgの投薬量で、BPRSスケールで評価した4週目に66%?87%の改善を示した。更に3回の進行中の臨床試験の予備結果は、最初の研究に使用された投薬量の下限以下の投薬量、例えば毎日2.5?5mgでこの高レベルの効能を確かめることが現在明らかである。
【0015】更に、治療投薬量で治療された患者では肝臓酵素のごく軽度で一過性の増加の少ない発生率があり、しかもクレアチニンホスホキナーゼ(CPK)の血漿レベルはフルメザピンより低く、これは筋組織に関して低副作用を示す。更に、本発明の化合物は、その他の現在使用される神経弛緩薬よりもプロラクチンレベルの低い増加を生じ、これは月経周期の乱れが少ないことを示唆し、女性化乳房及び乳汁漏出の少ないことを示唆する。白血球数の変化は臨床研究中に観察されなかった。
【0016】近似する化合物である2-エチル-10-(4-メチル-1-ピペラジニル)-4H-チエノ〔2,3-b〕〔1,5〕ベンゾジアゼピンを8mg/kgの投薬量で使用する犬毒性研究に於いて、8匹の犬のうち4匹のコレステロール量のかなりの増加を示したが、一方、本発明の化合物はコレステロール量の増加を示さないことが観察された。
【0017】それ故、臨床状況に於いて、全体として本発明の化合物は顕著な優れた点を示し、従来の既知の抗精神病薬よりも良好な副作用プロフィールを示し、しかも高度に有益な活性レベルを有する。本発明の化合物は、その遊離塩基形態及び酸付加塩形態の両方で使用し得る。酸付加塩は、無機酸、例えば、塩酸、臭化水素酸、硝酸、硫酸またはリン酸または有機カルボン酸、例えば、グリコール酸、マレイン酸、ヒドロキシマレイン酸、フマル酸、リンゴ酸、酒石酸、クエン酸もしくは乳酸、または有機スルホン酸、例えば、メタンスルホン酸、エタンスルホン酸、2-ヒドロキシエタンスルホン酸、トルエン-p-スルホン酸、もしくはナフタレン-2-スルホン酸の如き有機酸の付加塩のような、好適な酸との製薬上許される無毒性の付加塩であることが好ましい。」

摘記A4:段落0046?0050
「【0046】式(I)の化合物はそのまま単離されてもよく、あるいは常法を用いて酸付加塩に変換されてもよいことが理解される。上記の如く、本発明の化合物は有益な中枢神経系活性を有する。この活性は、良く確立された操作を用いてモデルで実証された。例えば、その化合物は、抗精神病活性を予測する幾つかの通常の挙動試験で評価された。それは10mg/kg未満の投薬量でマウスに於けるアポモルヒネ誘発クライミング(climbing) 挙動及び低体温に拮抗した(Moore, N.A. ら、Psychopharmacology, 94巻、2号、263?266頁(1988年)、及び96巻、539頁(1988年))。また、その化合物はラット(ED_(50)4.7mg/kg)で条件回避反応を抑制したが、標準化合物と違って、それは多量の投薬量(ED_(50)39.4mg/kg)でのみカタレプシーを誘発した。条件回避反応を阻止するのに必要とされる投薬量とカタレプシーを誘発するのに要する投薬量との間のこの分離は、その化合物が診察中に錐体外路副作用を殆ど誘発しそうもないことを示す。
【0047】また、本発明の化合物は、上記のアポモルヒネ誘発クライミング試験に基く試験で10mg/kg未満の投薬量で活性であり、この試験は、その化合物がドーパミンレセプター失活剤であるN-エトキシカルボニル-2-エトキシ-1,2-ジヒドロキノリン(EEDQ)による24時間前処理により生じるクライミング反応の乱れを防止する能力を測定した(Mellerら、Central D1 dopamin receptors, Plenum Press, 1988)。この試験は、その化合物がD-1レセプター及びD-2レセプターの両方で活性を有することを示す。
【0048】加えて、本発明の化合物は、神経レセプターへの結合の程度を測定するように設計された幾つかの試験管内結合アッセイで活性の好ましいプロフィールを有することがわかった。挙動試験で行なった観察と折り合うように、その化合物は^(3)H-SCH23390(Billard, W. ら、Life Science35巻1885頁(1984年))及び^(3)H-スピペロン(Seeman, P.ら、Nature261巻、717頁(1976年))結合アッセイの夫々で1μM未満のIC_(50)により示されるようにドーパミンD-1レセプター及びD-2レセプターの両方で活性である。
【0049】その化合物は、Proc. Nat. Acad. Sci. USA 71巻1725頁(1974年)に於いてYamamura, HI及びSnyder, SHにより記載された^(3)H-QNB結合アッセイで1μM未満のIC_(50)を有し、それが抗ムスカリン-抗コリン作用性の活性を有することを示す。加えて、その化合物は、それがラット前頭皮質中で低ナノモル濃度でH-スピペロンを結合部位から転移させる(Peroutka, SJ及びSnyder, SH,Mol. Pharmacol. 16巻、687頁、(1979年))という点で5-HT-2レセプターでその最大の活性を示す。また、その化合物は5-HT-ICレセプターで活性である。
【0050】挙動試験で観察された活性プロフィールと同様に、試験管内レセプター結合アッセイに於ける活性のこのプロフィールは、その化合物が精神病の症状の治療に有効であるが錐体外路副作用を殆ど誘発しそうもないことを示す。本発明の化合物は広い投薬量範囲で有効であり、投与される実際の薬量は治療される症状に依存する。例えば、成人の治療では、毎日0.05?30mg、好ましくは0.1?20mgの投薬量が使用し得る。毎日1回の投薬が通常充分であるが、分割薬量が投与されてもよい。精神病疾患の治療には、毎日2?15mg、好ましくは2.5?10mgの薬量範囲が好適であり、一方、軽い不安状態には0.1?5mg、好ましくは0.5?1mgのような低投薬量範囲が更に適切であり得る。精神病を患う患者に適した養生法を選択するに際して、毎日2?15mgの投薬量で開始し、そして病気が制御下にある場合には毎日0.5?2mg程度の低い投薬量に減少することがしばしば必要であり得る。本発明の放射能ラベルした化合物を使用する研究に於いて、残留物が唾液中に検出され、こうしてその化合物は潜在的に患者中で監視されてコンプリアンスを評価し得る。」

摘記A5:段落0053?0060
「【0053】以下の実施例により本発明を説明する。
【0054】【実施例】実施例1
1. 2-アミノ-5-メチルチオフェン-3-カルルボニトリル
硫黄(217.8g、6.79モル)、プロピオンアルデヒド(472.5g、580ml、8.13モル)及びジメチルホルムアミド(1350ml)の混合物を、空気攪拌機、空気冷却器、ロング・リーチ温度計及び滴下ロールを取り付けた5リットルのフランジ口フラスコに入れた。トリエチルアミン(576ml、4.13モル)を、冷却し攪拌した反応混合物に30分間にわたって滴下して添加し、その間ポット温度を氷浴で5?10℃に保った。添加が終了した後、ポットを50分間にわたって18℃まで温め、混合物を良く攪拌した。次に、ジメチルホルムアミド(900ml)中のマロノニトリル(450g、6.8モル)の溶液を、70分間にわたって滴下して添加し、添加中ポット温度を20℃付近に保った。添加が終了した後、混合物を更に45分間15?20℃で攪拌し、ついでTLC用にサンプリングした。次に、混合物を攪拌しながら氷(4リットル)/水(8リットル)に注ぎ、これは必要とされる生成物を沈殿させた。10分後、攪拌機を止め、固体を沈降させた。水性液をデカントで除き、固体を濾過により分離した。分離した固体を水(脱イオン水、4リットル)で良く洗浄し、ついで減圧で70?75℃で一夜にわたって乾燥して標題化合物を得た。融点100℃。
2. 2-(2-ニトロアニリノ)-5-メチルチオフェン-3-カルボニトリル
乾燥テトラヒドロフラン(50ml)中の水素化ナトリウム(14.4g、油中50%の分散液、0.3モル)の攪拌スラリーに、乾燥テトラヒドロフラン(250ml)中の2-フルオロ-ニトロベンゼン(28.2g、0.2モル)及び2-アミノ-5-メチルチオフェン-3-カルボニトリル(27.6g、0.2モル)の溶液を窒素雰囲気下で滴下して添加した。その混合物を25℃で24時間攪拌し、砕いた氷に注ぎ、ジクロロメタン(3×500ml)で抽出した。合わせた抽出物を2N塩酸(2×200ml)、水(2×200ml)で洗浄し、硫酸マグネシウムで乾燥し、溶媒を減圧下で除去した。残渣をエタノールで結晶化して標題化合物(35.2g)を得た。融点99?102℃。
3. 4-アミノ-2-メチル-10H-チエノ〔2,3-b〕〔1,5〕ベンゾジアゼピン塩酸塩
50℃のエタノール(35ml)の2-(2-ニトロアニリノ)-5-メチル-チオフェン-3-カルボニトリル(3g、0.011モル)の攪拌スラリーに、塩酸(26ml、5M)中の無水塩化スズ(II)(6.95g、0.037モル)の溶液を10分間で添加した。混合物を還流下で1時間攪拌し、減圧下で濃縮し、5℃で一夜かけて結晶化した。その塩を濾過し、少量の水で洗浄し、乾燥した。融点>250℃。これを更に精製しないで次の段階で使用した。
4. 2-メチル-10-(4-メチル-1-ピペラジニル)-4H-チエノ(2,3-b〕〔1,5〕-ベンゾジアゼピン
粗4-アミノ-2-メチル-10H-チエノ〔2,3-b〕〔1,5〕ベンゾジアゼピン塩酸塩(4.3g)を、窒素雰囲気下でN-メチルピペラジン(15ml)、ジメチルスルホキシド(20ml)及びトルエン(20ml)の混合物中で20時間還流させた。混合物を約50℃に冷却し、水(20ml)を添加し、生成物を5℃で一夜にわたって結晶化させた。生成物を濾過し、アセトニトリル(30ml)で結晶化して標題化合物(1.65g)を得た。融点195℃。
【0055】化合物の構造を分光分析で確認した。
【0056】【化17】

【0057】^(1)H NMR(CDCl_(3)):δ2.30(3H,s,4′-CH_(3)),2.28(3H,s,2-CH_(3)),2.45(4H,m,3′-CH_(2)) 3.49(4H,m,2′-CH_(2)),5.00(H,ブロードs,10-NH),6.23(H,ブロードs,3-CH),6-35-7-10(4H,m,6,7,8,9-H)。^(3)C NMR(CDCl_(3)):δ128.5(s,C-2),127.8(d,C-3),119.1(s,C-3a),157.4(s,C-4)140.8(s,C-5a),123.4,122.6,124.1(d,C-6,7,8),118.8(d,C-9),142.5(s,C-9a),151.8(s,C-10a),46.5(t,2′-C),54.8(t,3′-C),45.9(q,-4′-C),15.2(q,2-Me)。
【0058】質量分析は、M^(+)312及び主要なフラグメントイオンm/z255,242,229及び213を示す。
実施例2
1. メチル-2-アミノ-5-メチルチオフェン-3-カルボキシレート
窒素雰囲気下の45℃の乾燥メチルホルムアミド(12ml)中のメチルシアノアセテート(3.9g、0.04モル)、硫黄(1.26g、0.04モル)及びトリエチルアミン(3.3ml、0.02モル)の攪拌混合物に、乾燥ジメチルホルムアミド(2ml)中の新たに蒸留ししたプロピオンアルデヒド(2.5g、0.043モル)の溶液を滴下して添加し、その間温度を45?47℃に保った。混合物を45℃で1.5時間攪拌し、ついで水と酢酸エチルの間で分配した。有機抽出物を水洗し、乾燥し、蒸発させた。標題化合物を中性アルミナでクロマトグラフィーにより精製し、クロロホルム-ヘキサンで溶出させた(4.8g)。
2. メチル2-(2-ニトロアニリノ)-5-メチルチオフェン-3-カルボキシレート
窒素雰囲気下の乾燥テトラヒドロフラン(25ml)中の水素化ナトリウム(2g)の攪拌懸濁液に、乾燥テトラヒドロフラン(30ml)中のメチル2-アミノ-5-メチルチオフェン-3-カルボキシレート(4.8g、0.028モル)及び2-フルオロニトロベンゼン(4.0g、0.025モル)の溶液を添加した。その混合物を25℃で20時間攪拌し、氷に注ぎ、2N塩酸と酢酸エチルの間で分配させた。有機抽出物を硫酸マグネシウムで乾燥し、溶媒を減圧下で蒸発させ、標題化合物をシリカゲルでクロマトグラフィーにより精製し、トルエンで溶出させ、エタノールで結晶化した(4.1g)。
3. 2-メチル-10-(4-メチル-1-ピペラジニル)-4H-チエノ〔2,3-b〕〔1,5〕-ベンゾジアゼピン
メチル2-(2-ニトロアニリノ)-5-メチルチオフェン-3-カルボキシレート(3.7g、0.0013モル)を、パラジウム/木炭触媒(10%、200mg)を使用してエタノール-酢酸エチル(2:1、150ml)中でパール(Parr) 装置中で4.2kg/cm^(2)(60psi)で水素化した。触媒及び溶媒の除去の後、粗ジアミノエステルを、N-メチルピペラジン(21ml)及びアニソール(55ml)の混合物に溶解した。この溶液に、アニソール(15ml)中の四塩化チタン(3.45ml)の溶液を窒素雰囲気下に攪拌しながら添加した。その混合物を100℃で1時間攪拌し、ついで還流下に48時間攪拌して1-{〔2-(2-アミノ-アニリノ)-5-メチルチオフェン-3-イル〕カルボニル}-4-メチルピペラジンの閉環を行なった。
【0059】80℃に冷却した後、30%アンモニア溶液(10ml)及びイソプロパノール(10ml)の混合物を注意して添加し、その後、酢酸エチル(25ml)を添加した。無機沈殿を濾過により除去し、濾液を水(3×25ml)で洗浄し硫酸マグネシウムで乾燥し、溶媒を減圧下で除去した。生成物をフロリシル(Florisil)でクロマトグラフィーにより精製し、酢酸エチルで溶出させ、最後にアセトニトリル(40ml)で結晶化して標題化合物(2.32g)を得た。これは上記の化合物と同じであった。
実施例3 活性成分をシリコーン澱粉とブレンドし、それを硬質ゼラチンカプセルに充填することによりプルブル(pulvule)製剤を調製する。
【0060】
カプセル300mg当り
本発明の化合物 5.0mg
シリコーン 2.9mg
流動性澱粉 292.1mg」

2 甲号証及びその記載事項(摘示)
(1)甲第1号証:特開昭51-76296号公報
本件特許の優先日(1990年4月25日)前の昭和51年7月1日に頒布された刊行物である甲第1号証には、次の記載がある。

摘記1a:第3頁左上欄第14行?左下欄末行
「本発明は式(I):

〔式中R^(1)およびR^(2)はたがいに関係なく水素、C_(1?4)アルキル、C_(2?4)アルケニル、C_(3?6)シクロアルキル、ハロゲン、C_(1?4)ハロアルキル、ニトロ、アミノ、C_(2?4)アシルアミノ、ヒドロキシ、C_(1?4)アルコキシ、C_(1?4)アルキルチオまたは-SO_(2)N(R^(4))_(2)もしくはSO_(2)R^(4)であり、このR^(4)はC_(1?4)アルキルであり、R^(5)は、
(A)式:

(式中R^(6)は水素、C_(1?4)ハロアルキル、C_(1?4)アルキル、C_(3?6)シクロアルキル、C_(2?4)アルケニル、C_(1?4)アルカノイル、ベンジル、C_(1?4)カルボアルコキシ、-(CH_(2))_(n)OXまたはハロゲン置換されていてもよいフエニルであり、このnは2または3を表わし、Xは水素またはエステル基を表わす)
を有する基であるか;または、
(B)式:
-NH-(CH_(2))_(n)-Z
(式中nは2または3であり、Zは

である)
を有する基であり、式

で表わされる基は上記ジアゼピン核に縮合した、置換されていてもよりチオフエン環である〕
で表わされる新しいチエノ〔1、5〕ベンゾジアゼピンまたはその酸付加塩を提供するものである。」

摘記1b:第4頁左下欄第1行?第5頁左上欄第6行
「上記の式(I)?(IV)のいずれかで定義される化合物の範囲に含まれる好ましい化合物は、次の特徴のうち一つまたはそれ以上を有するものである;
(A)R^(1)が6または7-ハロ置換基、例えば塩素またはフツ素である;
(B)R^(2)が水素である場合、R^(1)は7-ハロ置換基、例えば塩素またはフツ素である;
(C)R^(2)が水素である場合、R^(1)は7-フルオロ置換基である;
(D)R^(2)が水素である;
(E)R^(1)またはR^(2)がトリフルオロメチルである;
(F)R^(2)が水素である場合、R^(1)は6-または7-トリフルオロメチル置換基である;
(G)R^(1)またはR^(2)がメチルチオまたはメトキシである;
(H)R^(1)およびR^(2)のいずれもがハロゲン原子、例えばフツ素である;
(I)R^(5)が式:

〔式中R^(6)は水素、C_(1?4)アルキル、ベンジルまたは(CH_(2))_(n)OXである〕
で表わされる基である;
(J)R^(5)が式:

で表わされる基である;
(K)式(I)で表わされる化合物が構造式(II)を有する;
(L)チオフエン環がC_(1?4)アルキル基、例えばエチルにより置換されている;
(M)チオフエン環が置換されていない;
(N)チオフエン環が電子吸引基、例えばハロゲン、ニトロ、トリフルオロメチルまたはC_(2?4)アルカノイルにより置換されている。
現在最も好ましい化合物群は、(A)?(E)、(J)および(L)の特徴を有するものである。
この群に含まれる、特に活性度の高い化合物は遊離塩基の形および薬用として受けいれられる塩の形の2-エチル-7-フルオロ-10-(4′-メチル-1′-ピペラジニル)-4H-チエノ〔2、3-b〕-〔1、5〕ベンゾジアゼピンである。
ここで「C_(1?4)アルキル」とは、1?4個の炭素原子を有する直鎖状または分枝状のアルキル基、すなわちメチル、エチル、イソプロピル、n-ブチル、s-ブチル、イソブチルおよびn-ブチルを意味する。」

摘記1c:第8頁右上欄第12行?右下欄第4行及び第10頁右上欄の式(IX)?左下欄の式(X)
「本発明はまた、
(a)式R^(5) で表わされるアミンを式(V):

で表わされる化合物と反応させ、R^(5)が式:

であつてR^(6)がC_(1?4)カルボアルコキシである場合には所望によりさらに加水分解を行なつてこれをR^(6)が水素であるアミンとするか;または、…
で表わされるアルキル化剤と反応させることから成る、式(I)の化合物の製法にも関する。…



摘記1d:第12頁左下欄第5?11行及び第13頁左上欄第5?10行
「特に式(I)の化合物およびその酸付加塩は、神経弛緩性、鎮静性または弛緩性または制吐性を有する有効な中枢系に作用する化合物である。これらの性質、ならびにこれら化合物の高治療指数により、本発明の化合物は軽度の不安状態およびある種の精神状態、例えば精神分裂症および急性 病に有効である。…
投与ルートにより、上記の組成物は経口投与用の錠剤、カプセル剤または懸濁液、および非経口投与用の注射溶液とすることができる。好ましくはこれらの組成物を投与量単位の形態とし、各投与量は活性成分1?200mg、より一般的には5?100mgとする。」

摘記1e:第27頁左上欄第11行?右上欄第12行
「例26
(a)2-エチル-10-(4-メチル-1-ピペラジニル)-4H-チエノ〔2,3-b〕〔1,5〕ベンゾジアゼピン
N-メチルピペラジン(10ml)中に9,10-ジヒドロ-2-エチル-4H-チエノ〔2,3-b〕〔1,5〕ベンゾジアゼピン-10-オン(2.4g、0.01モル)を懸濁した。乾燥アニソール(5ml)中の四塩化チタン(1.2ml、0.011モル)を加え、この混合物を2時間120℃で攪拌加熱した。反応混合物を氷水上に注ぎ、灰白色の沈でんが生じるまで振盪した。この懸濁液を、抽出液が黄色にならなくなるまでメチレン・クロライドで抽出した。抽出液を合わせて水洗し、乾燥し(MgSO_(4))、真空下で蒸発させると目的化合物が黄色の固体として得られた。この固体をエーテル中でつき砕き、ろ過し、ヘキサンから再結晶させた。m.p.195?197℃
この遊離塩基を次にマレイン酸塩(m.p.186?188℃)(エタノール/エーテル)に変えた。」

摘記1f:第34頁左下欄第7行?右下欄第15行
「以下の実施例は、本発明の活性化合物を含有する薬用組成物の処方に関する。使用した活性成分は2-エチル-7-フルオロ-10-(4-メチル-1-ピペラジニル)-4H-チエノ〔2,3-b〕〔1,5〕ベンゾジアゼピンである。しかしこの化合物の代わりに本発明の他の活性固体化合物を使用できることは理解されよう。
例37
次のようにして1錠中に活性成分10mgを含有する錠剤を作つた:
活性成分 10mg
バレイショでんぷん 40mg
ラクトース 35mg
ポリビニルピロリドン(10%水溶液として) 4mg
ナトリウムでんぷんグリコレート 4.5mg
ステアリン酸マグネシウム 0.5mg
タルク 1mg
合 計 100mg
活性成分、でんぷんおよびラクトースをNo.44メツシユB.S.フルイを通し、よく混合した。ポリビニルピロリドン溶液を得られた粉末と混合し、次にこれをNo.12メツシユB.S.フルイを通した。こうして得られた粒子を50?60℃で乾燥し、No.16メツシユB.S.フルイに通した。ナトリウムでんぷんグリコレート・ステアリン酸マグネシウムおよびタルクをあらかじめNo.60メツシユB.S.フルイを通しておき、次にこれらを上記粒子に加えた。混合後これらの粒子を打錠機上でプレスして、各100mgの錠剤を得た。」

(2)甲第2号証:J. Med. Chem. 1980, 23, 884-889
本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲第2号証には、和訳にして、次の記載がある。

摘記2a:第878頁第1行(表題)
「抗精神病薬候補としての4-ピペラジニル-10H-チエノ〔2,3-b〕〔1,5〕ベンゾジアゼピン」

摘記2b:第878頁第5?11行(要約)
「これまでに一連の4-置換10H-チエノ〔2,3-b〕〔1,5〕ベンゾジアゼピンが合成されている。これらの化合物は、ラットを対象に条件回避反応(CAR)の阻害能およびカタレプシーの誘発能について評価検討されており、いくつかの定型および非定型抗精神病薬として比較検討されている。カタレプシーを惹起しない投与量でCARを阻害する化合物は、臨床で副作用として錐体外路症状をもたらす可能性が低いと考えられている。多数の化合物(9、12、17、29、34)は強力な抗精神病活性を示しながら、これらの2つのパラメータに対する活性で好ましい分離を維持している。〔1,5〕系列の化合物に類似の3つの5-ピペラジニル-10H-チエノ〔2,3-b〕〔1,4〕ベンゾジアゼピン誘導体(46?48)を調製し比較したところ、不活性であることが明らかにされた。」

摘記2c:第879頁右欄第30?39行
「フェニル環の7位をハロゲン原子(塩素、フッ素)で置換することで活性が亢進した。…チオフェン環の2位の短鎖アルキル置換(メチル基、エチル基、イソプロピル基)により活性が上昇すると考えられる。」

摘記2d:第880?882頁(表I)


…表I(続き) マウス
マウス 低体温症 ラット ラット
LD_(50)^(b), ED_(min)^(c), CAR^(d), カタレプシー^(c),
化合物 … mg/kg po mg/kg po po po

クロザピン 150 50 3(30) 2(80)
ハロペリドール >100 3.00 3(1.25) 3(1.25)
クロルプロマジン 400 6.25 3(10) 1(10)

^(a)CARおよびカタレプシー実験では制限用量反応曲線を用いた。使用した最高投与量は、ラットが回転ロッド上に維持する能力を阻害するED_(50)の半量であった。表中に引用した投与量は、可能な場合には、化合物のカタレプシー誘発能とCAR阻害能の間で比較ができるよう選択した。^(b)数値はマウスの概算LD_(50)値(mg/kg po)を表している。NT=試験せず。^(c)薬理学的方法を参照のこと。NT=試験せず。^(d)活性:0=有意な影響なし(0?25%阻害)、1=26?30%阻害、2=31?50%阻害、3=51?75%阻害、4=76?99%阻害、5=条件反応および無条件反応の完全阻害。括弧内の数値は、特に言及のない限り投与量、mg/kg、po。^(e)活性:0=有意な影響なし(群スコア0?3)、1=群スコア4?7、2=群スコア8?15、3=群スコア16?30、4=群スコア31?40。括弧内の数値は、特に言及のない限り投与量、mg/kg、po。NT=試験せず。^(f)参考文献19。」

(3)甲第9号証:The Journal of Pharmacology and Experimental Therapeutics Vol. 262 No.2 pp. 545-551 (1992)
本件特許の出願日後の甲第9号証には、和訳にして、次の記載がある。

摘記9a:第548頁左欄(表1)
「表1 ラット^(a)におけるCAR及びCAT惹起についてのオランザピン及び各種抗精神病薬の効果
化合物 CAR CAT 比率
オランザピン 4.7(3.6-6.1) 39.4(24.5-63.2) 8.4
クロルプロマジン >10 na 25.1(18.5-34.0) <2.5
クロザピン 21.3(15.4-29.4) >160 na >8
ハロペリドール 0.5(0.4-0.8) 1.1(1.0-1.3) 2.2
ラクロプリド 7.5(5.7-9.9) 20.9(15.6-28.0) 2.8
レモキシプリド 13.5(11.3-16.2) 67.5(53.6-84.9) 5.0
リスペリドン 0.9(0.7-1.3) 6.3(4.4-9.1) 7.0
^(a)結果は括弧内に記した95%信頼区間とともにED_(50)値(mg/kg,p.o.)で示されている。比率はED_(50)CAT/ED_(50)CARである。na=適用不能。」

(4)甲第13号証:あっと驚く薬理学
本件特許の出願日後の甲第13号証には、次の記載がある。

摘記13a:第22頁図2-5?第23頁第4行


薬というのは、図2-5のように薬として発揮される正の力と、毒として発揮される負の力とを持ち合わせていて、その差を上手に使って治療をしていかなくてはなりません。その差(幅)が小さい薬ほど、取り扱い方が難しく、劇薬と言われており、その差がさらに小さいものを毒薬と呼んでいるのです。」

(5)甲第19号証:書面(ムーア氏)
本件特許の出願日後の甲第19号証には、和訳にして、次の記載がある。

摘記19a:第2頁本文第3?8行
「オランザピンと170222は、ともにラットの条件回避反応を阻害し(オランザピンのED50は3.6〔3.1-4.3〕mg/kg、170222のED50は6.1〔5.1-7.0〕mg/kgである。)、より高い用量で(オランザピンのED50は12.5〔11-14.1〕mg/kg、170222のED50は20.3〔15.8-26.1〕mg/kgである。)カタレプシーを誘発する。
全体としてみると、170222化合物のほうが若干低いようであるが、オランザピンと17022化合物は、同レベルの活性を有している。」

3 乙号証及びその記載事項(摘示)
(1)乙第1号証:医薬品インタビューフォーム(第70頁)




(2)乙第17号証:陳述書の写し(シマノフスキ博士)
「連邦規則法典第37編規則1.132に基づく宣言書 …
私は、本実験の実験デザインについて助言する統計学者として役割を果たし、妥当な対照が本実験に含まれることを保証した。私の統計分析のためのデータは、ビーグル犬における2-メチル-10-(4-メチル-1-ピペラジニル)-4H-チエノ-〔2,3-b〕〔1,5〕-ベンゾジアゼピン(オランザピン)及び2-エチル-10-(4-メチル-1-ピペラジニル)-4H-チエノ-〔2,3-b〕〔1,5〕-ベンゾジアゼピン(’222)の毒性プロファイルに関する長期投与実験過程において収集された。…
メス及びオスの平均コレステロールレベルのプロファイルプロットを、それぞれ図1及び図2に示す。図1が明確に示すように、8mg/kg-’222投与群のメスにおけるコレステロールレベルは、投与25日後に顕著に上昇した。…
本実験に関する私の統計分析に基づいて、私は、’222が投与されたメスイヌにおいて観察されたコレステロールレベルの増加が統計的に有意であり、オランザピンが投与されたイヌ又は対照のイヌにおいては、時間経過とともにコレステロールレベルの有意な増加が生じることはなかったと結論付け、そのように信じる。…




第6 当審の判断
1 無効理由1a(甲第1号証を主引用例とした進歩性)について
(1)甲第1号証に記載された発明
乙15の判決の第43頁では、刊行物に「物の発明」が記載されているというためには「当該刊行物に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてその技術思想を実施し得る程度に、当該発明の技術的思想が開示されていることを要する」とされている。
そして、甲1の刊行物の第27頁には「例26」として「2-エチル-10-(4-メチル-1-ピペラジニル)-4H-チエノ〔2,3-b〕〔1,5〕ベンゾジアゼピン」という化合物(一般名:エチルオランザピン)、当該「エチルオランザピン」の具体的な合成手順、及び当該「エチルオランザピン」の具体的な物性(融点195?197℃)が記載されている(摘記1e)。
してみると、乙15の判示に照らして、甲1の刊行物には「エチルオランザピン」についての発明が、当業者にとって特段の創作能力を発揮するまでもなく実施可能な程度に記載されているといえる。
したがって、甲第1号証の刊行物には、
『2-エチル-10-(4-メチル-1-ピペラジニル)-4H-チエノ〔2,3-b〕〔1,5〕ベンゾジアゼピン。』という化合物(一般名:エチルオランザピン)についての発明(以下「甲1発明の1」という。)が、記載されている。

(2)対比
本1発明(オランザピンまたはその酸付加塩)と甲1発明の1(エチルオランザピン)とを対比する。
摘記1bの『(L)チオフエン環がC_(1?4)アルキル基、…ここで「C_(1?4)アルキル」とは、1?4個の炭素原子を有する直鎖状または分枝状のアルキル基、すなわちメチル、エチル、イソプロピル、n-ブチル、s-ブチル、イソブチルおよびn-ブチルを意味する。』との記載を参酌するに、甲1の刊行物に記載された発明は、チオフェン環の2位がエチル基の上位概念であるC_(1?4)のアルキル基である場合を包含するものであって、本1発明の「2-メチル」と、甲1発明の1の「2-エチル」の両者は「2-アルキル」という点において一致する。
してみると、両者は『2-アルキル-10-(4-メチル-1-ピペラジニル)-4H-チエノ〔2,3-b〕〔1,5〕ベンゾジアゼピン』に関するものである点において一致し、次の点において相違する。

(相違点ア)チオフェン環の2位のアルキル基が、本1発明はメチル基であるのに対して、甲1発明の1はエチル基である点。

(3)判断
ア 相違点アについて
上記「相違点ア」について検討する。
先ず、甲1の刊行物には、一般式(I)で定義される化合物(摘記1a)において「最も好ましい化合物群は、(A)?(E)、(J)および(L)の特徴のうち一つまたはそれ以上を有するものである」との示唆がなされている(摘記1b)。
次に、甲1発明の1の「エチルオランザピン」と本1発明の「オランザピン」は、両者とも、(D)のR^(2)が水素であるという特徴、(J)のR^(5)が4′-メチル-1′-ピペラジニル基であるという特徴、及び(L)のチオフェン環がC_(1?4)アルキル基により置換されているという特徴を有するものである。
そして、甲1の刊行物には、当該「C_(1?4)アルキル」が「メチル、エチル、イソプロピル、n-ブチル、s-ブチル、イソブチルおよびn-ブチル」の7種類を意味することが記載されている(摘記1b)。
してみると、甲1発明の1の「エチルオランザピン」は、甲1の刊行物1において好ましいとされる(D)、(J)及び(L)の3つの特徴を有する化合物であって、これら3つの特徴のうち選択肢があるのは(L)の特徴のみである。
そして、当該(L)の特徴で好ましいとされる「C_(1?4)アルキル」の7つの選択肢のうち、メチル基は最も一般的なアルキル基であるから、甲1発明の1におけるチオフェン環の2位のアルキル基に着目して、そのエチル基をメチル基に置き換えることには、十分な動機付けがあるといえる。
また、当該エチル基をメチル基に置き換えた化合物を製造することは、甲1の「例26」の製造例において、その出発原料(9,10-ジヒドロ-2-エチル-4H-チエノ〔2,3-b〕〔1,5〕ベンゾジアゼピン-10-オン)のエチル基をメチル基に置き換えたものを用いればよく、その製造が当業者にとって特段困難であると認めるべき事情は見当たらない。
したがって、甲1発明の1の「エチルオランザピン」について、そのチオフェン環の2位のアルキル基の種類を、甲1の「(L)チオフエン環がC_(1?4)アルキル基、例えばエチルにより置換されている;」との記載に基づいて、エチル基からメチル基に置き換えてみることは、当業者が普通に想起できることと認められる。

イ 本1発明の効果について
(ア)本件特許明細書に記載された効果
先ず、本件特許明細書の段落0016には「近似する化合物である2-エチル-10-(4-メチル-1-ピペラジニル)-4H-チエノ〔2,3-b〕〔1,5〕ベンゾジアゼピンを8mg/kgの投薬量で使用する犬毒性研究に於いて、8匹の犬のうち4匹のコレステロール量のかなりの増加を示したが、一方、本発明の化合物はコレステロール量の増加を示さないことが観察された。」との記載がある(摘記A3)。
そして、本件特許明細書においては、当該「犬毒性研究」の実験手順の詳細や実験データの具体的な数値が明らかにされていないが、乙17の陳述書の写し(宣言書)の図1には、エチルオランザピン(’222)が投与されたメスイヌにおいてコレステロールレベルが顕著に上昇し、オランザピンが投与されたイヌ又は対照のイヌにおいてコレステロールレベルの有意な増加が生じなかったという実験結果が示されている。すなわち、本件特許明細書の段落0016の試験結果には、乙17の宣言書による裏付けがあるといえる。

次に、本件特許明細書の段落0046には「その化合物はラット(ED_(50)4.7mg/kg)で条件回避反応を抑制したが、標準化合物と違って、それは多量の投薬量(ED_(50)39.4mg/kg)でのみカタレプシーを誘発した。条件回避反応を阻止するのに必要とされる投薬量とカタレプシーを誘発するのに要する投薬量との間のこの分離は、その化合物が診察中に錐体外路副作用を殆ど誘発しそうもないことを示す。」との記載がある(摘記A4)。
そして、本件特許明細書に記載された当該『ED_(50)CAR=4.7mg/kg』及び『ED_(50)CAT=39.4mg/kg』という薬理データについては、本件出願後に頒布された甲9の論文の第548頁の表1や、乙1の医薬品インタビューフォームの第70頁の表において、全く同じ数値の薬理データが提示されている。すなわち、本件特許明細書の段落0046の試験結果には、甲9の論文や乙1の医薬品インタビューフォームの裏付けがあるといえる。
また、甲9の表1(摘記9a)及び乙1の表には、オランザピンを含む各種抗精神病薬のED_(50)CAT/ED_(50)CARの比率(レシオ)が示されているところ、本件特許明細書に記載された薬理データから計算されるオランザピンの比率(39.4/4.7=8.4)は、クロザピン(>8)、ハロペリドール(2.2)、クロルプロマジン(<2.5)よりも大きい。
してみると、本1発明の「オランザピン」は、条件回避反応(Conditioned Avoidance Response)の阻止という薬理活性に必要な投薬量と、カタレプシー(CATalepsy)という副作用を誘発する投薬量との間の分離が、他の抗精神病薬に比べて広いので、本件特許明細書に記載された「その化合物が診察中に錐体外路副作用を殆ど誘発しそうもない」という効果には、甲9及び乙1の裏付けがあるといえる。

(イ)コレステロール増加の副作用について
本1発明は、本件特許明細書の段落0016に記載されるように、甲1発明の1(エチルオランザピン)が8匹のうち4匹のイヌにおいてコレステロール量が顕著に上昇するという副作用を示したのに対して、オランザピンではコレステロール量の増加を示さないという効果を奏するものである。
これに対して、甲1の刊行物には、その第12頁左下欄(摘記1d)に「特に式(I)の化合物およびその酸付加塩は、神経弛緩性、鎮静性または弛緩性または制吐性を有する有効な中枢系に作用する化合物である。これらの性質、ならびにこれら化合物の高治療指数により、本発明の化合物は軽度の不安状態およびある種の精神状態、例えば精神分裂症および急性 病に有効である。」との記載があるものの、その具体的な薬理データについての記載は見当たらず、チオフェン環の2位のアルキル基の種類をエチル基からメチル基に置き換えることでコレステロール増加の副作用が顕著に減少するという本1発明の効果について示唆を含めて記載が見当たらない。
また、甲2の刊行物にも、チオフェン環の2位のアルキル基の種類をエチル基からメチル基に置き換えることでコレステロール増加の副作用が顕著に減少するという本1発明の効果について示唆を含めて記載が見当たらない。
してみると、本件特許明細書の段落0016に記載された『本発明の化合物はコレステロール量の増加を示さないことが観察された』という本1発明の効果(コレステロール増加副作用減少の効果)は、甲1及び甲2の刊行物のいずれにも記載されていない有利な効果であって、甲1の刊行物において上位概念で示された発明が有する効果とは異質な効果であるといえるから、本件特許の優先日当時の技術水準から当業者が予測できたものであるとは認められない。

(ウ)条件回避反応阻止とカタレプシー誘発の分離について
本1発明は、本件特許明細書の段落0046に記載されるように、その化合物の条件回避反応阻止の半数有効用量(ED_(50)CAR)が4.7mg/kgであり、カタレプシー誘発の半数有効用量(ED_(50)CAT)が39.4mg/kgであり、その化合物が錐体外路副作用を殆ど誘発しそうもないという効果を奏するものである。
これに対して、甲1の刊行物には、その式(I)の化合物およびその酸付加塩が精神分裂症や急性鬱病に有効であることについての記載がある(摘記1d)ものの、その具体的な薬理データについての記載は見当たらない。また、摘記1eの「例26」で合成されたエチルオランザピン(融点195?197℃)及びエチルオランザピンのマレイン酸塩(融点186?188℃)、並びに摘記1fの「例37」で処方された2-エチル-7-フルオロ-10-(4-メチル-1-ピペラジニル)-4H-チエノ〔2,3-b〕〔1,5〕ベンゾジアゼピン(一般名:エチルフルメザピン)が、治療域で錐体外路副作用を誘発するか否かも明らかにされていない。
このため、甲1の刊行物の記載によっては『条件回避反応阻止の薬効が高く、カタレプシー誘発の副作用が小さく、化合物が錐体外路副作用を殆ど誘発しない』という本1発明の効果を導き出せない。

次に、甲2の刊行物には「抗精神病薬候補としての4-ピペラジニル-10H-チエノ〔2,3-b〕〔1,5〕ベンゾジアゼピン」について、その表Iに示されるとおりの薬理データが示されているが、本1発明(オランザピンまたはその酸付加塩)の化合物並びにその薬理データは甲2の刊行物に記載がない。
そして、甲2の表Iの1-45の基本骨格を有する化合物群において、そのチオフェン環の2位のアルキル基の種類がエチル基又はメチル基である点でのみ相違するもの同士で比較するに、例えば、化合物14(エチル基)と化合物10(メチル基)との比較では、薬理活性(ラットCAR)は、エチル基の4(12.5)の方がメチル基の3(10)よりも高く、副作用(ラットカタレプシー)は、エチル基の1(10)の方がメチル基の2(10)よりも低くなっている。してみると、甲2の表Iの薬理データによっては、チオフェン環の2位のアルキル基の種類をエチル基からメチル基に置き換えることにより有利な効果が得られるという結果を導き出せない。
このため、甲2の刊行物の記載によっては『条件回避反応阻止の薬効が高く、カタレプシー誘発の副作用が小さく、化合物が錐体外路副作用を殆ど誘発しない』という本1発明の効果を導き出せない。

さらに、甲2の表I及び甲9の表1に示された薬理データに基づいて、本1発明(オランザピン)と甲1発明の1(エチルオランザピン)の医薬としての有用性(薬理活性と副作用の分離)の優劣について精査する。
先ず、甲2の表I(摘記2d)には、甲1の「例26」で合成されたエチルオランザピンのマレイン酸塩と同じ融点(186?188℃)の化学式(C_(18)H_(22)N_(4)S・C_(4)H_(4)O_(4))で表される化合物6と、従来例としてのクロルプロマジンについての薬理データが示されているところ、その薬理活性(ラットCAR)は、化合物6の2(10)よりもクロルプロマジンの3(10)の方が高く、副作用(ラットCAT)は、化合物6の1(16)とクロルプロマジンの1(10)とで有意な差が見られない(なお、表Iのカタレプシー活性は「1=群スコア4?7」とされているため、副作用の優劣を単純に比較できない。)。すなわち、医薬としての有用性は、甲2の薬理データにおいて『クロルプロマジン>エチルオランザピン』の順になっている。
次に、甲9の表1(摘記9a)には、ラットCAR(薬理活性)の半数有効用量(ED_(50))が、オランザピンの4.7の方がクロルプロマジンの>10より少なく(投薬量が少なくても薬理活性が発揮される)、CAT惹起(副作用)の半数有効用量(ED_(50))が、オランザピンの39.4の方がクロルプロマジンの25.1より多い(投薬量が多くても副作用が生じない)ことが示されている。すなわち、医薬としての有用性は、甲9の薬理データにおいて『オランザピン>クロルプロマジン』の順になっている。
してみると、甲2及び甲9に示された薬理データの結果から、医薬としての有用性は『オランザピン>クロルプロマジン>エチルオランザピン』の順になる。このため、本1発明(オランザピンまたはその酸付加塩)は、甲1発明の1(エチルオランザピン)よりも、条件回避反応を阻止するのに必要とされる投薬量とカタレプシーを誘発するのに要する投薬量との間の分離という効果(本件特許明細書の段落0046に記載された「錐体外路副作用を殆ど誘発しそうもない」という効果)において際立って優れているものと認められる。

(エ)請求人の主張について
a.乙17の信用性について
乙17の陳述書の写しは、米国法典上の宣誓を行った上で陳述がなされているものであり、これに添付された図1などの試験結果は、本件特許明細書の段落0016の「犬毒性研究」の試験結果を裏付けるものである。
これに対して、請求人は、上申書(3)の添付資料第62頁などで、甲22の書面を示しつつ、乙17の実験はもっぱら特許取得のために行われたもので、試験者には有利な結果を得ようとする動機が強く働くため、動機・経緯面で信用性が乏しいと主張し、同67頁などで、甲26及び甲29?甲40を示しつつ、乙17の結論は多数の臨床例と明らかに矛盾するとの主張をしている。
しかしながら、請求人は追試などの然るべき方法で乙17の図1の試験結果の信憑性を検証しているものではない。そして、このような動機や経緯であるとしても、乙17に示された実験の試験結果が信頼できないとする理由は見当たらない。さらに、特許取得のために化合物の適切な薬理データを試験して得ることは普通のことであるから、その動機や経緯に特段の疑義があると認めることはできない。また、ヒトでの臨床例の結果とイヌでの動物試験の結果が必ず同じになるとする技術常識は見当たらないので、乙17の結果に矛盾があるとはいえない。このため、当該主張は採用できない。

また、請求人は、上申書(3)の添付資料第63頁などで、甲24の意見書を引用しつつ、乙17の生データをばらつきを考慮しない方法で統計解析すると乙17と同様に有意差が生じるが、乙17の統計解析の手法はサンプルのばらつきが考慮されていない不適切なものであると主張し、さらに、同65頁などで、乙17の統計解析は、死亡したメスイヌというサンプルを除外するという不適切な統計解析であることは明らかであり、到底信用することができないとの主張をしている。
しかしながら、乙17の動物試験は特許取得を目的とした非臨床試験であって、新薬申請を目的とした臨床試験ではない。そして、産業上の利用可能性や有用性を裏付けるための実験データに医薬承認で求められるような統計学的な手法が必ずしも必要であるとはいえず、乙17の試験に本件特許出願後から広く用いられるようになった統計解析の手法を用いることが必要であるとも認められない。また、雄雌40匹のイヌを用いた190日間の非臨床試験において28日目で肺炎で死亡した1匹を除外することは、実験初期の段階で被検体が死亡してしまった以上、そのデータを収集することが不可能なので、その除外が不適切であると直ちに解することはできず、肺炎という死因とコレステロール増加とに密接な因果関係があるとも認められない。このため、当該主張は採用できない。

b.効果の予測性について
請求人は、上申書(3)の添付資料第45頁などで「

」という図を示して、当該図示にあるとおりオランザピンの効果は予測可能であるとの主張をしている。
しかしながら、甲2の表Iに示される薬理データは、摘記2dの表Iの注釈a、d及びeにあるように、投与量(括弧内の数値)を化合物間で比較できるように選択したものであって、なおかつ、例えば、薬理活性を『1=26?30%阻害』や『3=51?75%阻害』で配点し、副作用を『1=群スコア4?7』や『3=群スコア16?30』で配点しているものである。すなわち、当該図示において、投与量(括弧内の数値)が異なる場合のものを同一座標上に示すことは妥当性を欠き、元となる数値データが不均等な幅で丸めて配点されている点でも妥当性を欠いている。
また、甲2の表Iに示されるエチルフルメザピン(化合物12)は、薬理活性(ラットCAR)が3(6)であり、副作用(ラットCAT)が2(12)であるから、本来〔3(6),2(12)〕の座標に配置されるべきであるが、これと異なる〔2(10),1(8)〕の座標に配置されているという点においても、当該図示に基づく請求人の主張は的確ではない。
いずれにせよ、一般に医薬用の化学物質の薬理効果を理論的に予測することは通常困難とされているから、当該図示により医薬としての薬理効果を予測できるとすることに合理性はなく、当該主張は採用できない。

また、請求人は、上申書(3)の添付資料第47頁などで、エチル基からメチル基に置換することにより活性が向上することは、甲17の意見書からも明らかであると主張している。
しかしながら、甲2の化合物10及び14をみると、チオフェン環2位にメチル基よりも嵩高いエチル基で置換されている化合物14〔ラットCAR=4(12.5)〕はメチル基の化合物10〔ラットCAR=3(10)〕よりも薬理活性が高い。そうすると、チオフェン環2位の炭化水素基が嵩高いほど薬理活性が上昇するというようにも考えられる。
いずれにせよ、一般に医薬用の化学物質の薬理効果を理論的に予測することは通常困難とされているから、既存の薬理データに基づいて新規化合物の医薬としての薬理効果を予測できるとすることに合理性はなく、当該主張は採用できない。

また、請求人は、上申書(3)の添付資料第56頁などで、縦軸をラットCAR又はラットCATのスコア、横軸を投薬量としたプロット図を複数示して、オランザピンの薬理活性・副作用は平均値程度のものであり、何ら顕著なものではないとの主張をしている。
しかしながら、ある化合物の薬理活性が高くても副作用が大きければ、その化合物の医薬としての有用性は高いとはいえず、ある化合物の副作用が小さくても薬理活性が低ければ、その化合物の医薬のとしての有用性は高いとはいえない。すなわち、医薬の有用性は、薬理活性に必要な投薬量と副作用を誘発する投薬量との間の分離(甲13の治療域)の相対的な広さ(ED_(50)CAT/ED_(50)CARの比率)によって専ら評価されるべきものであって、薬理活性(ラットCAR)又は副作用(ラットCAT)の数値の大小それ自体によって医薬の有用性を直ちに評価できるとはいえないので、当該主張は採用できない。

また、請求人は、上申書(3)の添付資料第59頁などで、甲19や甲20の書面を提示して、オランザピンはエチルオランザピン単独との比較においてすら「活性が優れ、副作用が少ない」といえないと主張している。
しかしながら、治療域の広さの指標を与えるED_(50)CAT/ED_(50)CARの比率(レシオ)を、甲19及び甲20の数値データに基づいて計算すると、オランザピンの12.5/3.6=3.47の方がエチルオランザピンの20.3/6.1=3.33(又は20.3/7.9=2.57)よりも高くなっている。すなわち、甲19や甲20の結果は、オランザピンがエチルオランザピンよりも医薬としての有用性が高いことを裏付けているといえるから、当該主張は採用できない。

ウ 甲1発明の1を主引用例とした場合の進歩性の総括
以上のとおり、本1発明は、甲1の刊行物及び甲2の刊行物に記載されていないコレステロール増加の副作用減少という異質な効果と、条件回避反応阻止とカタレプシー誘発の顕著な分離という際立って優れた効果を有するものであって、これらの効果が本件特許の優先日当時の技術水準から当業者が予測できたものであるともいえない。
してみると、本1発明は、甲第1号証に記載された発明又は甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。
したがって、請求人の主張及び提出した証拠方法によっては、本1発明に係る特許が特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるということはできない。

(4)本2発明?本6発明について
ア 本2?4発明
本2発明は、本1発明から「またはその酸付加塩」を除いた「オランザピン」に関する発明である。
本3発明は、本1発明の化合物を「希釈剤または担体」と一緒に含む「抗精神病薬組成物」に関する発明である。
本4発明は、本2発明の化合物の所定量を「希釈剤または担体」と一緒に含む「カプセルまたは錠剤」の形態の「抗精神病薬組成物」に関する発明である。
してみると、上述のとおり、本1発明を当業者が容易に想到し得たとはいえないから、本2?4発明は、甲第1号証に記載された発明又は甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。
したがって、請求人の主張及び提出した証拠方法によっては、本2発明?本4発明に係る特許が特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるということはできない。

イ 本5発明
(ア)甲1発明の3
甲1の刊行物の第8頁(摘記1c)、及び第3頁(摘記1a)の記載からみて、甲1の刊行物には、
『式R^(5)Hで表されるアミンを式(V):

〔式中R^(1)およびR^(2)はたがいに関係なく水素、C_(1?4)アルキル、C_(2?4)アルケニル、C_(3?6)シクロアルキル、ハロゲン、C_(1?4)ハロアルキル、ニトロ、アミノ、C_(2?4)アシルアミノ、ヒドロキシ、C_(1?4)アルコキシ、C_(1?4)アルキルチオまたは-SO_(2)N(R^(4))_(2)もしくはSO_(2)R^(4)であり、このR^(4)はC_(1?4)アルキルであり、
R^(5)は、(A)式:

(式中R^(6)は水素、C_(1?4)ハロアルキル、C_(1?4)アルキル、C_(3?6)シクロアルキル、C_(2?4)アルケニル、C_(1?4)アルカノイル、ベンジル、C_(1?4)カルボアルコキシ、-(CH_(2))_(n)OXまたはハロゲン置換されていてもよいフエニルであり、このnは2または3を表わし、Xは水素またはエステル基を表わす)を有する基であるか;または、
(B)式:
-NH-(CH_(2))_(n)-Z
(式中nは2または3であり、Zは

である)を有する基であり、式

は置換されていてもよい縮合チオフエン環を表わし、QはアミンR^(5)Hの水素で分裂することのできる基を表わす〕
で表わされる化合物と反応させ、R^(5)が式:

であつて、R^(6)がC_(1?4)カルボアルコキシである場合には所望によりさらに加水分解を行なつてこれをR^(6)が水素であるアミンとする方法。』
についての発明(以下「甲1発明の3」という。)が記載されている。

(イ)対比・判断
本5発明と甲1発明の3とを対比すると、
甲1発明の3の「式R^(5)Hで表されるアミン」と、本5発明の「N-メチルピペラジン」とは、両者とも「アミン」である点において共通し、
甲1発明の3の「式(V):…で表わされる化合物」と、本5発明の「式【化1】…の化合物」とは、両者とも「チエノ〔1,5〕ベンゾジアゼピン骨格を有する中間体化合物」である点において共通する。
してみると、両者は『(a)アミンをチエノ〔1,5〕ベンゾジアゼピン骨格を有する中間体化合物と反応させる化合物の製造方法。』に関するものである点において一致し、次の3つの点において相違する。

(相違点イ)アミンが、前者は「N-メチルピペラジン」であるのに対して、後者は「R^(5)H」で特定されるもの(R^(5)は上記と同じ意味を有する。)である点。

(相違点ウ)チエノ〔1,5〕ベンゾジアゼピン骨格を有する中間体化合物が、前者は「

」であるのに対して、後者は「

」である点。

(相違点エ)製造される化合物が、前者は「請求項1に記載の化合物」であるのに対して、後者は当該化合物に特定されるものではない点。

そこで、上記「相違点イ」?「相違点エ」について検討する。
本5発明は「請求項1に記載の化合物」の製造に関するものであって、製造される化合物は本1発明の「2-メチル-10-(4-メチル-1-ピペラジニル)-4H-チエノ〔2,3-b〕〔1,5〕ベンゾジアゼピン、またはその酸付加塩」である。
そうすると、上述のとおり、本1発明を当業者が容易に想到し得たとはいえないから、上記「相違点エ」の製造される化合物の置換基の種類及び置換位置を対応する特定のものとし、上記「相違点イ」のアミン及び上記「相違点ウ」の中間体化合物の置換基の種類及び置換位置を対応する特定のものとすることが、当業者にとって容易であるとはいえない。
すなわち、本5発明は、甲第1号証に記載された発明又は甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。

ここで、請求人は、上申書(1)の第71頁第8?11行において「本件特許発明1のオランザピンは、甲1発明の1のエチルオランザピンに比して選択的効果は有しない。したがって、オランザピンの製造方法の発明である本件特許発明5は、甲1発明の1のエチルオランザピンの製造方法を含む甲1発明の3に比して選択的効果は有しない。」と主張し、口頭陳述要領書の第21頁第6?8行において「そもそも本件発明5は甲1発明の3の選択発明であるが、本件発明5には選択的効果はないので、当業者に容易想到である(請求人上申書第65頁?第67頁参照)。」と主張している。
しかしながら、上述のとおり、本1発明は甲1発明の1に比して選択的効果を有しているものであるから、当該主張は採用できない。

以上のとおりであるから、本5発明は、甲第1号証に記載された発明又は甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。
したがって、請求人の主張及び提出した証拠方法によっては、本5発明に係る特許が特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるということはできない。

ウ 本6発明
(ア)甲1発明の4
甲1の刊行物の第10頁右上欄の記載(摘記1c)からみて、甲1の刊行物には、
「以下の式(IX)で表される化合物。

〔式中R^(1)およびR^(2)は上記と同じ意味を有し、

は置換されていてもよい縮合チオフェン環を表わす。〕」
についての発明(以下「甲1発明の4」という。)が記載されている。

(イ)対比・判断
本6発明と甲1発明の4とを対比するとを対比すると、
甲1発明の4の「式(IX)で表される化合物」と、本6発明の「式【化3】…で表わされる化合物」とは、両者とも「チエノ〔1,5〕ベンゾジアゼピン骨格を有する化合物」である点において共通する。
してみると、両者は「チエノ〔1,5〕ベンゾジアゼピン骨格を有する化合物。」に関するものである点において一致し、次の点において相違する。

(相違点オ)ベンゼン環の置換基及びその置換位置が、前者は「水素」であるのに対して、後者は式(IX)の置換基R^(1)及びR^(2)が「たがいに関係なく水素、C_(1?4)アルキル、C_(2?4)アルケニル、C_(3?6)シクロアルキル、ハロゲン、C_(1?4)ハロアルキル、ニトロ、アミノ、C_(2?4)アシルアミノ、ヒドロキシ、C_(1?4)アルコキシ、C_(1?4)アルキルチオまたは-SO_(2)N(R^(4))_(2)もしくはSO_(2)R^(4)であり、このR^(4)はC_(1?4)アルキル」であって、その置換位置が特定されるものではない点。

(相違点カ)チオフェン環の縮合構造並びに置換基及びその置換位置が、前者は〔2,3-b〕の形で縮合したチオフェン環の2位に「メチル基」を有するのに対して、後者は〔2,3-b〕か〔3,2-b〕か〔3,4-b〕の3種類の形での縮合構造が想定されるチオフェン環の特定されない置換位置に特定されない置換基が置換されていてもよいとされている点。

そこで、上記「相違点オ」及び「相違点カ」について検討する。
本6発明は本1発明の化合物を製造するための中間体化合物に関するものであって、製造される化合物は本1発明の「2-メチル-10-(4-メチル-1-ピペラジニル)-4H-チエノ〔2,3-b〕〔1,5〕ベンゾジアゼピン、またはその酸付加塩」である。
そうすると、上述のとおり、本1発明を当業者が容易に想到し得たとはいえないから、上記「相違点オ」のベンゼン環の置換基の種類を対応すると特定のものとし、上記「相違点カ」のチオフェン環の置換基の種類を対応する特定のものとすることが、当業者にとって容易であるとはいえない。
すなわち、本6発明は、甲第1号証に記載された発明又は甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。

ここで、請求人は、上申書(1)の第74頁第2?5行において「本件特許発明1のオランザピンは、甲1発明の1のエチルオランザピンに比して選択的効果は有しない。したがって、オランザピンを構成する中間体化合物である本件特許発明6は、甲1発明の1のエチルオランザピンを構成する中間体化合物を含む甲1発明の4に比して選択的効果は有しない。」と主張し、口頭陳述要領書の第22頁第7?9行において「そもそも本件発明6は甲1発明の4の選択発明であるが、本件発明6には選択的効果はないので、当業者に容易想到である(請求人上申書第71頁?第74頁参照)。」と主張している。
しかしながら、上述のとおり、本1発明は甲1発明の1に比して選択的効果を有しているものであるから、当該主張は採用できない。

以上のとおりであるから、本6発明は、甲第1号証に記載された発明又は甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。
したがって、請求人の主張及び提出した証拠方法によっては、本6発明に係る特許が特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるということはできない。

2 無効理由1b(甲第2号証を主引用例とした進歩性)について
(1)甲第2号証に記載された発明
摘記2bの「一連の4-置換10H-チエノ〔2,3-b〕〔1,5〕ベンゾジアゼピン」との記載、摘記2dの化学式1-45の記載、並びに化合物6のR=CH_(3)、R^(1)=H、R^(2)=2-C_(2)H_(5)との記載、及び化合物9のR=CH_(3)、R^(1)=7-F、R^(2)=2-CH_(3)との記載からみて、甲第2号証の刊行物には、


上記の構造式Iにおいて、R^(1)が水素、R^(2)が2-C_(2)H_(5)であるチエノベンゾジアゼピン。」という化合物(一般名:エチルオランザピン)についての発明(以下「甲2発明の1」という。)、及び


上記の構造式Iにおいて、R^(1)が7-F、R^(2)が2-CH_(3)であるチエノベンゾジアゼピン。」という化合物(一般名:フルメザピン)についての発明(以下「甲2発明の3」という。)が記載されている。

(2)対比・判断
ア.甲2発明の1を主引用例とした場合の対比・判断
本1発明と、甲2発明の1(エチルオランザピン)とを対比すると、両者は構造式Iの化学構造を有し、フェニル環上のR^(1)が両者とも「水素」であり、チオフェン環上のR^(2)の置換基が両者とも「2位のアルキル基」である化合物に関するものである点において一致し、次の点において相違する。

(相違点キ)本1発明においては、そのR^(2)が「メチル基」であるのに対して、甲2発明の1においては、そのR^(2)が「エチル基」である点。

そこで、上記「相違点キ」について検討する。
先ず、甲2の刊行物には、甲2の表Iに示されるとおりの個々の化合物が記載されているのみであって、これら個々の化合物の置換基を他の置換基に適宜置き換えてもよいとする記載が見当たらない。すなわち、甲2の刊行物には、甲2発明の1(エチルオランザピン)のエチル基をメチル基に置き換えることの動機付けを与える直接的な記載が存在しない。なお、摘記2cには「チオフェン環の2位の短鎖アルキル置換(メチル基、エチル基、イソプロピル基)により活性が上昇すると考えられる。」との記載があるが、これは甲2の表Iに示された化合物で得られた結果を総評したものであって、甲2の表Iに記載のない化合物について言及したものではない。
そして、甲2の化合物6及び7をみると、チオフェン環2位にエチル基よりも嵩高いt-ブチル基で置換されている化合物7〔LD_(50)=400,ED_(min)=12.5〕は、エチル基の化合物6〔LD_(50)=150,ED_(min)=25〕よりも、半数致死用量(LD_(50))が大きく、マウスの低体温症の最小有効用量(ED_(min))が小さい。
また、甲2の化合物10及び14をみると、チオフェン環2位にメチル基よりも嵩高いエチル基で置換されている化合物14〔ラットCAR=4(12.5),ラットCAT=1(10)〕は、メチル基の化合物10〔ラットCAR=3(10),ラットCAT2(10)〕よりも、薬理活性(ラットCAR)が高く、副作用(ラットCAT)が小さい。
そうすると、チオフェン環2位の炭化水素基が嵩高いほど薬理活性が上昇し、毒性や副作用が減少すると考えられるため、チオフェン環2位にエチル基よりメチル基を有する化合物の方が、逆に薬理活性が低く毒性や副作用が高いと考えられることとなる。
このため、甲2発明の1(エチルオランザピン)のチオフェン環の2位のエチル基をメチル基に置き換えることの動機付けを与える記載が、甲2の刊行物にあるとは認められない。

次に、甲2の刊行物に記載された発明に、甲1の刊行物に記載された発明を組み合わせることの容易性について検討する。
そもそも、甲2の刊行物は、甲2の表Iに示されるとおりの個々の化合物の活性を比較した結果を記載するものであって、甲2発明の1(エチルオランザピン)の置換基を他の置換基に置き換えることの動機付けを与える記載がないものである。そして、甲2の化合物10及び14の結果では、チオフェン環2位のアルキル基をメチル基とした化合物の方が、薬理活性が低く副作用が高いという結果が示されているので、他の刊行物に記載された発明を参酌したとしても、甲2発明の1(エチルオランザピン)のエチル基をメチル基に置き換えることには相当の阻害要因があるといえるものである。
そして、摘記1bの「この群に含まれる、特に活性度の高い化合物は遊離塩基の形および薬用として受けいれられる塩の形の2-エチル-7-フルオロ-10-(4′-メチル-1′-ピペラジニル)-4H-チエノ〔2、3-b〕-〔1、5〕ベンゾジアゼピンである。」との記載にあるように、甲1の刊行物においては、エチルフルメザピン(甲2の化合物12)が「特に活性度の高い化合物」として記載されている。
すなわち、甲1の刊行物1には、チオフェン環の2位がエチル基である場合の化合物が「特に活性度の高い化合物」として記載されているので、甲2発明の1(エチルオランザピン)のチオフェン環の2位のエチル基をメチル基に置き換えることの動機付けを、甲1の刊行物の記載から当業者が認識できるとは認められない。
このため、甲2発明の1の「エチルオランザピン」について、そのチオフェン環の2位のエチル基をメチル基に置き換えてみることは、甲1の刊行物の記載を参酌しても、当業者が容易に想起できないものと認められる。

さらに、上記『第6 1(3)イ』の項に示したように、本1発明は、甲1の刊行物及び甲2の刊行物に記載されていないコレステロール増加の副作用減少という異質な効果と、条件回避反応阻止とカタレプシー誘発の分離という際立って優れた効果を有するものであって、これらの効果は本件特許の優先日当時の技術水準から当業者が予測できたものではない。

してみると、甲2発明の1を主引用例とした場合に、本1発明が、甲第2号証に記載された発明又は甲第2号証及び甲第1号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。

イ.甲2発明の3を主引用例とした場合の対比・判断
本1発明と、甲2発明の3(フルメザピン)とを対比すると、両者は構造式Iの化学構造を有し、チオフェン環上のR^(2)の置換基が両者とも「2位のメチル基」である化合物に関するものである点において一致し、次の点において相違する。

(相違点ク)本1発明においては、そのR^(1)が「水素」であるのに対して、甲2発明の3においては、そのR^(1)が「7位のフッ素」である点。

そこで、上記「相違点ク」について検討する。
先ず、甲2の刊行物の第879頁第30?32行には「フェニル環の7位をハロゲン原子(塩素、フッ素)で置換することで活性が亢進した。」との記載がなされている。すなわち、甲2の刊行物は、フェニル環の7位をフッ素置換した場合の方が好ましいとしているので、甲2発明の3(フルメザピン)の7位のフッ素を水素に置き換えることについては、阻害要因があるといえるものであり、少なくとも動機付けを与える記載があるとはいえない。
また、甲2の化合物6(エチルオランザピン)及び化合物12(エチルフルメザピン)をみると、フェニル環の7位がフッ素で置換されている化合物12〔LD_(50)=>200,ED_(min)=6.25,ラットCAR=3(6)〕は、水素の化合物6〔LD_(50)=>150,ED_(min)=25,ラットCAR=2(10)〕よりも、半数致死用量(LD_(50))が大きく、低体温症の最小有効用量(ED_(min))が小さく、条件回避反応阻止の薬理活性(ラットCAR)が高い。そうすると、フェニル環の7位をフッ素置換した方が、薬理活性が上昇し、毒性や副作用が減少すると考えられるため、フェニル環の7位のフッ素を水素に置換した化合物の方が、逆に薬理活性が低く毒性や副作用が高いと考えられることとなる。
このため、甲2発明の3(フルメザピン)のフェニル環の7位のフッ素を水素に置き換えることの動機付けを与える記載が、甲2の刊行物にあるとは認められない。

次に、甲2の刊行物に記載された発明に、甲1の刊行物に記載された発明を組み合わせることの容易性について検討する。
そもそも、甲2の刊行物は、甲2の表Iに示されるとおりの個々の化合物の活性を比較した結果を記載するものであって、甲2発明の3(フルメザピン)の置換基を他の置換基に置き換えることの動機付けを与える記載がないものである。そして、甲2の化合物6及び12の結果では、フェニル環の7位のフッ素を水素に置き換えた化合物の方が、薬理活性が低く副作用が高いという結果が示されているので、他の刊行物に記載された発明を参酌したとしても、甲2発明の3(フルメザピン)のフッ素を水素に置き換えることには相当の阻害要因があるといえるものである。
そして、摘記1bの「この群に含まれる、特に活性度の高い化合物は遊離塩基の形および薬用として受けいれられる塩の形の2-エチル-7-フルオロ-10-(4′-メチル-1′-ピペラジニル)-4H-チエノ〔2、3-b〕-〔1、5〕ベンゾジアゼピンである。」との記載にあるように、甲1の刊行物においては、エチルフルメザピン(甲2の化合物12)が「特に活性度の高い化合物」として記載されている。
すなわち、甲1の刊行物1には、フェニル環の7位がフッ素である場合の化合物が「特に活性度の高い化合物」として記載されているので、甲2発明の3(フルメザピン)のフェニル環の7位のフッ素を水素に置き換えることの動機付けを、甲1の刊行物の記載から当業者が認識できるとは認められない。
このため、甲2発明の3の「フルメザピン」について、そのフェニル環の7位のフッ素を水素に置き換えてみることは、甲1の刊行物の記載を参酌しても、当業者が容易に想起できないものと認められる。

さらに、上記『第6 1(3)イ』の項に示したように、本1発明は、甲1の刊行物及び甲2の刊行物に記載されていないコレステロール増加の副作用減少という異質な効果と、条件回避反応阻止とカタレプシー誘発の分離という際立って優れた効果を有するものであって、これらの効果は本件特許の優先日当時の技術水準から当業者が予測できたものではない。

してみると、甲2発明の3を主引用例とした場合に、本1発明が、甲第2号証に記載された発明又は甲第2号証及び甲第1号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。

(3)まとめ
以上のとおりであるから、本1発明は、甲第2号証に記載された発明又は甲第2号証及び甲第1号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。
したがって、請求人の主張及び提出した証拠方法によっては、本1発明に係る特許が特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるということはできない。

(4)本2発明について
本2発明は、本1発明から「またはその酸付加塩」を除いた「オランザピン」に関する発明である。
してみると、上述のとおり、本1発明を当業者が容易に想到し得たとはいえないから、本2発明は、甲第2号証に記載された発明又は甲第2号証及び甲第1号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。
したがって、請求人の主張及び提出した証拠方法によっては、本2発明に係る特許が特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるということはできない。

3 無効理由2(実施可能要件)について
(1)本件請求項1及び2に係る発明について
ア 請求人が主張する無効理由2の具体的な内容
請求人は、上申書(1)の第151頁の「(c)小括」の項において「以上から、明細書段落【0014】ないし段落【0016】及び明細書段落【0046】ないし段落【0049】のいずれもが、請求項1に係る発明の化合物の抗精神病薬としての有用性ないしは効果を裏付けるようなものとはいえない以上、明細書には、技術的に意味のある特定の用途が明細書に記載されておらず、その結果、請求項1に係る化合物を使用することができないといえ、請求項1に係る発明は実施可能要件を満たしていない。」と主張している。

イ 判断
先ず、本件請求項1及び2に係る発明の「2-メチル-10-(4-メチル-1-ピペラジニル)-4H-チエノ-〔2,3-b〕〔1,5〕ベンゾジアゼピン」という化合物は、所定の命名法にしたがった化合物名で表記されたものであって、その化合物名それ自体(及び本件明細書の段落0056の構造式の記載)のとおり明確に説明されている。また、当該化合物(一般名:オランザピン)の酸付加塩については、本件明細書の段落0017に記載のとおり明確に説明されている。
そして、当該「オランザピン」を作ることができることは、本件明細書の段落0054の実施例1の合成例のとおり明確に記載されている。

次に、本件特許明細書の段落0014には、当該「オランザピン」の臨床試験結果を非盲検の状態で8人の患者に対して行ったところ、そのうち6人の患者においてBPRSスケールが66%?87%改善した旨の記載があり、同段落0015には、当該「オランザピン」がフルメザピン(甲2発明の3)と比較して、肝臓、筋組織等への影響が低い旨の記載があり、同段落0016には、当該「オランザピン」がエチルオランザピン(甲2発明の1)と比較して、コレステロール上昇が少ない旨の記載がある。
また、当該「オランザピン」について、同段落0046には、ラットにおける条件回避反応阻止の半数有効用量(ED_(50)CAR)が4.7mg/kgで、カタレプシー誘発の半数有効用量(ED_(50)CAT)が39.4mg/kgであるという薬理データについての記載があり、同段落0047には、マウスにおけるアポモルヒネ誘発クライミング試験で10mg/kg未満の投薬量で活性であることの記載があり、同段落0048?0049には、神経レセプターへの結合の程度を測定する複数の結合アッセイで好ましい活性プロフィールを示すことの記載がある。
そして、一般に『化学物質の発明の成立のために必要な有用性があるというためには,用途発明で必要とされるような用途についての厳密な有用性が証明されることまでは必要としない』とされているところ〔平成20年(行ケ)第10483号判決〕、本件特許明細書に記載された各種の薬理データ等が、化学物質発明の有用性ないし産業上の利用可能性の裏付けとして十分でないと解すべき事情は見当たらない。
してみると、当該「オランザピン」が使用できることは、本件特許明細書の発明の詳細な説明に明確に記載されている。

したがって、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が容易に本件請求項1及び2に係る発明の実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果を記載したものではないとはいえないから、平成6年法律第116号改正附則第6条第2項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていないとはいえない。

(2)本件請求項3及び4に係る発明について
ア 請求人が主張する無効理由2の具体的な内容
請求人は、審判請求書の第47頁第9行?第48頁第2行において「本件特許発明は、人体に投与される医薬品にかかる発明(いわゆる医薬発明)であるが、特許・実用新案審査基準第VII部…には、下記の記載がある。…原則、(i)どの化合物等を、(ii)どのような薬理試験系において適用し、(iii)どのような結果が得られたのか、そして、(iv)その薬理試験系が請求項に係る医薬発明の医薬用途とどのような関連性があるのか、のすべてが明らかにされなくてはならない。」とした上で、同第62頁第20?25行において「これらの記載からは、(i)本件特許発明が、何らかの試験に使用されたことが縷々記載されていることのみが把握し得るのであって、当業者が再現可能な程度に、用いられた(ii)薬理試験系、(iii)薬理試験結果及び(iv)薬理試験系と当該医薬発明の医薬用途との関連性が記載されているとはいえない。したがって、かかる記載は、薬理試験の記載に求められる要件を満たしておらず、当業者が、本件特許発明の薬理作用を的確に捉えて、患者や被検者に投与するなどの実施行為を行うことはできない。」と主張している。
また、請求人は、上申書(1)の第155頁第14?22行において「明細書段落【0014】には、非盲検で行われた医師の観察結果(BPRSスケール)の記載がある。しかし、前述のとおり、非盲検の試験は、可及的に意識的・無意識的な偏りを排除できる二重盲検試験(甲3及び甲4)に対比し、薬理効果以外の影響や意識的・無意識的な偏りが結果に混入しやすいため(甲第11号証…)、客観性が乏しい試験方法である。そのため、このような客観性の乏しい非盲検での試験結果の記載しかない段落【0014】の記載は、数字データと同視できるほどの客観的な観察結果ではない。」と主張している。

イ 判断
本件特許明細書の段落0014には「精神分裂症患者に於ける本発明の化合物の最初の完全開放の(盲検の逆の)研究に於いて、少なくとも2週間の治療を終えた8人の患者のうちの6人は、毎日5?30mgの投薬量で、BPRSスケールで評価した4週目に66%?87%の改善を示した。」との記載がある。
すなわち、本件特許明細書には(i)本発明の化合物(オランザピン)を、(ii)毎日5?30mgの投薬量で8人の患者に対して完全開放という薬理試験系において適用し、(iii)BPRSスケール(簡易精神症状評価尺度)で評価した4週目に66%?87%の改善を示すという結果が得られたことが記載されている。
そして、本件請求項3及び4に係る特許発明は「抗精神病薬組成物」に関するものであるところ(摘記A1)、(iv)その薬理試験系(Brief Psychiatric Rating Scaleでの評価)と本件請求項3及び4に係る医薬発明の医薬用途(抗精神病薬)とに関連性があることは明らかである。
してみると、本件特許明細書には、医薬用途発明の有用性ないし産業上の利用可能性を裏付けるに十分な薬理データが示されているといえる。
なお、例えば、統合失調症薬であるクロザリルの添付文書(乙10)においては非盲検試験をもって臨床成績が評価されているところ、本件明細書に記載された非盲検試験が医薬用途に使用できることの裏付けとして不適切であると解すべき事情はない。
したがって、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が容易に本件請求項3及び4に係る発明の実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果を記載したものではないとはいえないから、平成6年法律第116号改正附則第6条第2項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていないとはいえない。

(3)本件請求項5及び6に係る発明について
ア 請求人が主張する無効理由2の具体的な内容
請求人は、審判請求書の第63頁第10?15行において「請求項5の発明は、請求項1の化合物の製造方法の発明であり、請求項6の発明は、請求項1の化合物の製造に用いられる化合物の発明であるが、いずれもそれらの発明から導出される目的物である請求項1の発明が、実施可能要件を満たさず、医薬発明としての有用性を備えないものであるから、請求項1?4の発明と同様に、請求項5及び6に係る発明は、平成6年法律第116号による改正前の特許法第36条第4項の規定により特許を受けることができない。」と主張している。

イ 判断
先ず、本件請求項5に係る発明の(a)の反応スキーム(付加反応)の選択肢については、本件特許明細書の段落0054の実施例1において、(i)一般的な原材料から、(ii)所定の処理工程を経て、(iii)目的物のオランザピンが得られることが示されている。
また、本件請求項5に係る発明の(b)の反応スキーム(閉環反応)の選択肢については、同段落0058?0059の実施例2において、(i)一般的な原材料から、(ii)所定の処理工程を経て、(iii)目的物のオランザピンが得られることが示されている。

次に、本件請求項6に係る発明の中間体化合物については、本件特許明細書の段落0019に当該中間体化合物の化学構造式が明示され、そのQについて同段落0021には「Qはアミノ(-NH_(2))、ヒドロキシルまたはチオールであることが好ましく」と記載されているから、当該「物の発明」について明確に説明されている。
そして、当該中間体化合物を作ることができることは、同段落0054の実施例1の「3.4-アミノ-2-メチル-10H-チエノ〔2,3-b〕(1,5)ベンゾジアゼピン塩酸塩」の項において明確に記載されている。
また、当該中間体化合物が「オランザピン」を製造するための中間体として使用できることも、同段落0054の実施例1において明確に記載されている。

したがって、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が容易に本件請求項5及び6に係る発明の実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果を記載したものではないとはいえないから、平成6年法律第116号改正附則第6条第2項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていないとはいえない。

(4)無効理由2のまとめ
以上のとおり、本件特許は、平成6年法律第116号改正附則第6条第2項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていないとはいえないから、特許法第123条第1項第4号に該当せず、無効理由2は理由がない。

4 無効理由3(サポート要件)について
(1)請求人が主張する無効理由3の具体的な内容
審判請求人は、口頭審理陳述要領書の第70頁第16行?第71頁第2行において「本件特許発明1及び2の課題は、抗精神病薬として有用な化合物の提供である。しかし、上記6.(4)エ.のとおり、当業者は、本件特許発明1及び2の有用性を理解することができず、その結果、当業者は本件特許発明1及び2を、当該課題を解決できるものとは認識できない。また、本願特許発明2?5についても、同様に、当業者が課題を解決しうる範囲のものであるとは認識できない。従って、本件特許発明1?6はサポート要件を充足しない。」と主張し、同第69頁第18行?第70頁第2行において「本件特許権の明細書に記載された臨床試験では、プラセボ効果による影響が生じやすい抗精神病薬の臨床試験であるにも関わらず、非盲検で行われており、その信用性は乏しい。また、本件特許権の明細書に記載されたインビボ・インビトロの試験も、抗精神病薬の薬理活性という動物試験では評価しにくいことや試験結果の数値が具体性に極めて乏しい。」と主張している。

(2)判断
一般に『特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり,明細書のサポート要件の存在は,特許出願人…が証明責任を負うと解するのが相当である。』とされている〔平成17年(行ケ)10042号判決参照。〕。
ここで、本件特許明細書の段落0010の「中枢神経系の広範囲の疾患の比較的に安全且つ有効な治療に関してその有用性を示す」との記載からみて、本件請求項1?6に係る特許発明の「解決しようとする課題」は、当該有用性を示す「化合物(オランザピン、またはその酸付加塩)」の提供、当該有用性を示す「抗精神病薬組成物」の提供、当該有用性を示す「化合物の製造方法」の提供、並びに当該有用性を示す化合物の製造のための中間体となる「化合物」の提供にあるものと認められる。
そして、本件特許明細書の段落0054の実施例1には、当該「オランザピン」を製造するための具体的な中間体及び合成方法が記載され、同段落0046?0049には、当該「オランザピン」について得られた各種の薬理データが記載され、同段落0014には、当該「オランザピン」を投薬された患者に改善が見られたことまでもが記載されている。
してみると、本件請求項1?6に係る特許発明は「発明の詳細な説明に記載された発明」で「発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のもの」であることが明らかである。
したがって、本件特許請求の範囲の請求項1?6の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものではないとはいえないから、平成6年法律第116号改正附則第6条第2項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第36条第5項第1号に適合するものではないとはいえない。

(3)無効理由3のまとめ
以上のとおり、本件特許は、平成6年法律第116号改正附則第6条第2項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第36条第5項に規定する要件を満たしていないとはいえないから、特許法第123条第1項第4号に該当せず、無効理由3は理由がない。

第7 むすび
以上検討したように、請求人の主張する理由及び提出した証拠方法によっては、本件特許を無効とすることはできない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2015-06-15 
結審通知日 2015-06-18 
審決日 2015-06-30 
出願番号 特願平3-228215
審決分類 P 1 113・ 121- Y (C07D)
P 1 113・ 537- Y (C07D)
P 1 113・ 536- Y (C07D)
最終処分 不成立  
特許庁審判長 井上 雅博
特許庁審判官 中田 とし子
木村 敏康
登録日 1996-06-14 
登録番号 特許第2527860号(P2527860)
発明の名称 チエノ〔2,3-b〕〔1,5〕ベンゾジアゼピン誘導体及び該誘導体を含有する抗精神病薬組成物  
代理人 大賀 沙央里  
代理人 板東 高志  
代理人 岩谷 龍  
代理人 小林 浩  
代理人 日野 真美  
代理人 阿部 隆徳  
代理人 加藤 志麻子  
代理人 壽 勇  
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