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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A61K
管理番号 1304299
審判番号 不服2013-21471  
総通号数 190 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2015-10-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2013-11-05 
確定日 2015-08-12 
事件の表示 特願2010-155473「免疫無防備状態の個体群に用いる糖コンジュゲートワクチン」拒絶査定不服審判事件〔平成22年11月25日出願公開、特開2010-265293〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、平成14年9月19日(パリ条約による優先権主張 2001年9月19日 (US)アメリカ合衆国)を国際出願日とする特願2003-561504号の一部を、平成22年7月8日に新たな特許出願としたものであって、平成24年11月21日付けで手続補正がなされ、平成25年6月21日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、平成25年11月5日に拒絶査定不服審判が請求されるとともに、同日付けで手続補正がなされたものである。


2.平成25年11月5日付けの手続補正についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成25年11月5日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)を却下する。
[理由]
(1)本件補正の内容
本件補正により、特許請求の範囲の請求項1は、
補正前の
「【請求項1】
ブドウ球菌属細菌の鼻腔保菌を有する免疫無防備状態のヒトを黄色ブドウ球菌細菌感染から防御するためのワクチンであって、
(a) 黄色ブドウ球菌(S. aureus)タイプ5多糖抗原と免疫キャリアとの糖コンジュゲート、および
(b) 黄色ブドウ球菌(S. aureus)タイプ8多糖抗原と免疫キャリアとの糖コンジュゲート
を含み、ブドウ球菌属細菌の鼻腔保菌を有する免疫無防備状態の個体の黄色ブドウ球菌細菌感染からの防御での使用のための、上記ワクチン。」
から、
補正後の
「【請求項1】
ブドウ球菌属細菌の鼻腔保菌を有する免疫無防備状態のヒトを黄色ブドウ球菌細菌感染から防御するためのワクチンであって、
(a) 黄色ブドウ球菌(S. aureus)タイプ5多糖抗原と免疫キャリアとの糖コンジュゲート、および
(b) 黄色ブドウ球菌(S. aureus)タイプ8多糖抗原と免疫キャリアとの糖コンジュゲート
を含み、
前記免疫キャリアが、ジフテリアトキソイド、破傷風トキソイド、組換え的に製造された遺伝的に解毒されているその変異体、あるいはブドウ球菌のエキソトキシンもしくはトキソイドからなる群より選択される、
ブドウ球菌属細菌の鼻腔保菌を有する免疫無防備状態の個体の黄色ブドウ球菌細菌感染からの防御での使用のための、上記ワクチン。」
へ補正された。

そこで、本件補正前後の請求項1を対比すると、本件補正は、本件補正前の請求項1における発明を特定するために必要な事項である
「免疫キャリア」を
「ジフテリアトキソイド、破傷風トキソイド、組換え的に製造された遺伝的に解毒されているその変異体、あるいはブドウ球菌のエキソトキシンもしくはトキソイドからなる群より選択される」免疫キャリア
に補正するものである。

(2)本件補正の適否
(2-1)本件補正の目的について
本件補正は、請求項1については、本件補正前の請求項1に記載された発明を特定するために必要な事項である
「免疫キャリア」を
「ジフテリアトキソイド、破傷風トキソイド、組換え的に製造された遺伝的に解毒されているその変異体、あるいはブドウ球菌のエキソトキシンもしくはトキソイドからなる群より選択される」免疫キャリア
に限定するものということができるものであり、かつ、本件補正後の請求項1に記載された発明と本件補正前の請求項1に記載された発明とは、産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるので、本件補正は、請求項1については、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法(以下、「平成18年改正前の特許法」という。)第17条の2第4項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。

(2-2)独立特許要件違反について
そこで進んで、本件補正後の請求項1に記載された発明(以下、「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか否か、すなわち、平成18年改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか否か、について検討する。

(2-2-1)引用例に記載された事項
原査定の拒絶の理由に引用された、本願の優先日前に頒布された刊行物であるAbstracts of Papers, 221st American Chemical Society National Meeting,2001年 6月 5日,BIOT 45(以下「引用例1」という。)には、以下の事項が記載されている。(引用例1は英語で記載されているので、訳文で示す。)
(ア)「血液透析患者におけるナビ^((R))社のスタフバックス^((R))(黄色ブドウ球菌莢膜多糖(CP)コンジュゲートワクチン)の有効性の研究の結果」(タイトルの欄)

(イ)「序論:・・・ナビ^((R))社のスタフバックス^((R))は、2価黄色ブドウ球菌糖コンジュゲートワクチンであり、緑膿菌由来の非毒性組換えエキソプロテインA(rEPA)にコンジュゲートされたCPタイプ5及び8を含むものである。・・・血液透析中の終末期腎疾患(ESRD)患者は、黄色ブドウ球菌菌血症のハイリスクにさらされている・・・。100μgのスタフバックスのワクチン投与が、ESRD患者における応答を引き出すために必要であった・・・。」(本文1?13行)

(ウ)「方法:スタフバックスは、単回筋肉注射された。そして、ダブルブラインド化され、ランダム化され、プラセボでコントロールされた有効性試験において1800人の血液透析患者の中で評価された。」(本文14?16行)

(エ)「結果:研究の修正につながる有意な安全上の問題はなかった。ワクチン接種者の約38%、及び、プラセボ受容者の20%が、筋肉注射に対する副反応を報告した。副反応の事象は、一般に、穏やかから並の程度であり、たいてい、2日以内に介入治療なしに解消した。ワクチン接種後、約10ヶ月の間、プラセボ群では26人の黄色ブドウ球菌菌血症が見られ、スタフバックス^((R))受容者では11人の菌血症が見られ、菌血症の57%の減少が見られた。ワクチン接種後12ヶ月までに、黄色ブドウ球菌菌血症の減少は26%であった。」(本文17?25行)
(オ)「結論:これらのデータは、スタフバックス^((R))がよく受容され、このリスクにさらされた成人個体群において、ワクチン接種後、約10ヶ月の間、黄色ブドウ球菌菌血症の発生率を有意に減少させることができることを示す。」(本文29?32行)

同じく、原査定の拒絶の理由に引用された、本願の優先日前に頒布された刊行物であるClinical Microbiology Reviews,1997年,Vol.10, No.3,p.505-520(以下「引用例2」という。)には、以下の事項が記載されている。(引用例2は英語で記載されているので、訳文で示す。)
(カ)「黄色ブドウ球菌の鼻での保菌:疫学、潜在的なメカニズム、及び関連するリスク」(p.505のタイトルの欄)

(キ)「表1.種々の個体群における黄色ブドウ球菌の鼻での保菌率
個体群タイプ 人数 保菌率(%) 参考文献
平均 範囲
・・・
血液透析 454 51.5 30.8-84.4 14,60,84,87,129,157,191,215
・・・」(p.506の表1)

(ク)「感染に対するリスクファクターとしての黄色ブドウ球菌の保菌
黄色ブドウ球菌の保菌は、種々の母集団において感染の進展のリスクファクターとみなされてきている(表3及び4)。・・・
・・・
血液透析
・・・
表4は、血液透析中の患者における黄色ブドウ球菌の感染の進展に対する、鼻での保菌の重要性を評価した4つの研究を示す。感染率は、すべての研究において、保菌者の方がより高く、相対的リスクは、1.8から4.7にわたっていた。
・・・
表4.外科患者以外のカテゴリーにおける、リスクファクターとしての鼻での保菌
カテゴリーと参考文献・・保菌率(%)・・感染数/患者数 相対的リスク
保菌者 非保菌者
・・・
血液透析
157 ・・・ 84 8/27 1/5 1.8
60 ・・・ 35 10/14 10/26 1.9
215 ・・・ 70 12/26 3/26 4.0
84 ・・・ 51 5/36 1/34 4.7
」(p.509右欄1行?p.511の表4)

(2-2-2)引用発明
引用例1の記載事項(ア)によれば、引用例1は、血液透析患者におけるスタフバックス^((R))(黄色ブドウ球菌莢膜多糖(CP)コンジュゲートワクチン)の有効性の研究に関するものであり、記載事項(ア)によれば、スタフバックス^((R))は、2価黄色ブドウ球菌糖コンジュゲートワクチンであり、緑膿菌由来の非毒性組換えエキソプロテインA(rEPA)にコンジュゲートされたCPタイプ5及び8を含むものであり、また、上記血液透析患者は、詳しくは、血液透析中の終末期腎疾患(ESRD)患者であって、黄色ブドウ球菌菌血症のハイリスクにさらされている患者であることが記載されているといえる。そして、記載事項(ウ)によれば、スタフバックスは、ダブルブラインド化され、ランダム化され、プラセボでコントロールされた有効性試験において1800人の血液透析患者の中で評価されたことが記載され、記載事項(エ)及び(オ)によれば、有意な安全上の問題はなく、ワクチン接種後、約10ヶ月の間、黄色ブドウ球菌菌血症の発生率を有意に減少させることができることが記載されている。
そうすると、これら引用例1の記載からみて、引用例1には、以下の発明(以下「引用発明」という。)が記載されているものと認められる。
「黄色ブドウ球菌菌血症のハイリスクにさらされている血液透析中の終末期腎疾患(ESRD)患者の黄色ブドウ球菌菌血症の発生率を有意に減少させるためのワクチンであって、
緑膿菌由来の非毒性組換えエキソプロテインA(rEPA)にコンジュゲートされたCPタイプ5及び8を含み、
血液透析中の終末期腎疾患(ESRD)患者の黄色ブドウ球菌菌血症の発生率を有意に減少させるための、上記ワクチン。」

(2-2-3)対比
本願補正発明と引用発明とを対比する。
まず、本願補正発明の「免疫無防備状態のヒト」及び「免疫無防備状態の個体」は、本願明細書【0016】の記載によれば、終末期腎疾患(ESRD)患者を含むものとされているから、引用発明にいう「黄色ブドウ球菌菌血症のハイリスクにさらされている血液透析中の終末期腎疾患(ESRD)患者」は、本願補正発明にいう「免疫無防備状態のヒト」及び「免疫無防備状態の個体」に該当するものである。また、引用発明にいう「黄色ブドウ球菌菌血症の発生率を有意に減少させる」は、本願補正発明にいう「黄色ブドウ球菌細菌感染から防御する」及び「黄色ブドウ球菌細菌感染からの防御での使用」に該当するものである。そして、引用発明にいう「緑膿菌由来の非毒性組換えエキソプロテインA(rEPA)にコンジュゲートされたCPタイプ5及び8」は、本願補正発明にいう
「 (a) 黄色ブドウ球菌(S. aureus)タイプ5多糖抗原と免疫キャリアとの糖コンジュゲート、および
(b) 黄色ブドウ球菌(S. aureus)タイプ8多糖抗原と免疫キャリアとの糖コンジュゲート」に該当するものである。
してみれば、両者は、
「免疫無防備状態のヒトを黄色ブドウ球菌細菌感染から防御するためのワクチンであって、
(a) 黄色ブドウ球菌(S. aureus)タイプ5多糖抗原と免疫キャリアとの糖コンジュゲート、および
(b) 黄色ブドウ球菌(S. aureus)タイプ8多糖抗原と免疫キャリアとの糖コンジュゲート
を含み、
免疫無防備状態の個体の黄色ブドウ球菌細菌感染からの防御での使用のための、上記ワクチン。」
である点で一致し、以下の点で相違する。
・引用発明では,免疫無防備状態のヒト又は個体について、ブドウ球菌属細菌の鼻腔保菌の有無は特定されていないのに対し、本願補正発明では、免疫無防備状態のヒト又は個体が、ブドウ球菌属細菌の鼻腔保菌を有するものとされている点(以下「相違点1」という。)。
・免疫キャリアが、引用発明では、緑膿菌由来の非毒性組換えエキソプロテインA(rEPA)であるのに対し、本願補正発明では、ジフテリアトキソイド、破傷風トキソイド、組換え的に製造された遺伝的に解毒されているその変異体、あるいはブドウ球菌のエキソトキシンもしくはトキソイドからなる群より選択されるものである点(以下「相違点2」という。)。

(2-2-4)判断
上記相違点について検討する。
相違点1について
引用例2の記載事項(カ)によれば、引用例2は、黄色ブドウ球菌の鼻での保菌の疫学に言及するものであり、記載事項(ク)によれば、感染に対するリスクファクターとしての黄色ブドウ球菌の保菌と題する部分の中で、黄色ブドウ球菌の保菌は、種々の母集団において感染の進展のリスクファクターとみなされてきていること、及び、表4に示された、血液透析中の患者における黄色ブドウ球菌の感染の進展に対する鼻での保菌の重要性を評価した4つの研究において、感染率は、すべての研究において、保菌者の方がより高く、相対的リスクは、1.8から4.7にわたっていたことが記載されている。そうすると、これら引用例2の記載に接した当業者にとって、血液透析中の患者の中でも鼻での保菌を有する患者は、黄色ブドウ球菌の感染の進展に対する予防の必要性が高い患者であることが明らかであるから、引用例1及び2を併せ見た当業者ならば、黄色ブドウ球菌の感染の進展に対する予防の手段である引用発明のワクチンを、免疫無防備状態のヒト又は個体の中でもブドウ球菌属細菌の鼻腔保菌を有する患者に使用するものとすることに、格別の創意を要したものとはいえない。

相違点2について
ジフテリアトキソイド、破傷風トキソイド、組換え的に製造された遺伝的に解毒されているその変異体、あるいはブドウ球菌のエキソトキシンもしくはトキソイドからなる群より選択されるもの、は、古くから、多糖抗原の免疫キャリアとして使用されているものである(必要なら、例えば、特表平6-504065号公報の6ページ右上欄参照。)から、あるいは、黄色ブドウ球菌抗原の免疫担体として使用されているものである(特表2002-544169号公報の【0028】参照。)から、引用例1を見た当業者が、引用発明の免疫キャリアを、緑膿菌由来の非毒性組換えエキソプロテインA(rEPA)から、ジフテリアトキソイド、破傷風トキソイド、組換え的に製造された遺伝的に解毒されているその変異体、あるいはブドウ球菌のエキソトキシンもしくはトキソイドからなる群より選択されるものに変更することに、格別の創意を要したものとはいえない。

次に本願補正発明の効果について検討する。
審判請求人の主張によれば、本願補正発明は、免疫すべき集団としてブドウ球菌属細菌の鼻腔保菌陽性患者を選択することにより、ワクチンの効果を顕著に増大させ、本願明細書の段落[0058]の表5に記載のように、試験したワクチンは鼻腔保菌陽性集団についてのみ、菌血症に対して有効な保護をもたらしたものであり、このような本願補正発明はいずれの引用文献にも記載も示唆もされておらず、本願補正発明の顕著な効果は従来技術から予測不可能であったもの、とのことである。
そこでまず、上記表5のデータが含まれる本願明細書の実施例2で明らかにされた効果について検討するに、実施例2には、以下の記載がある。
「【0042】
実施例2: 黄色ブドウ球菌(S. aureus)タイプ5/タイプ8の多糖ワクチンによるESRD患者の防御
【0043】
被験者を、・・・73の血液透析センターで募集した。試験対象患者の基準は・・・血管フィステルまたは合成/グラフトアクセスを用いて血液透析をしているESRD患者・・・である。・・・
【0044】
適格な被験者は、ワクチンまたはプラセボの一回注射を受けるように無作為に割り当てられた。無作為化は、(1)血管アクセス(天然血管フィステルまたは合成/グラフト)および(2)持続的な黄色ブドウ球菌(S. aureus)の鼻腔保菌の有無、により層化した。
【0045】
ワクチン(StaphVAX(登録商標)、Nabi・・・により供給される)は、・・・等重量の組換え緑膿菌・・・無毒エキソトキシンA(rEPA)にコンジュゲートされた黄色ブドウ球菌・・・タイプ5およびタイプ8 CPS (100μg/タイプ/mL)を含んでいた。・・・
・・・
【0053】
73の血液透析センターで勧誘されて選別された・・・1804人を無作為化し、ワクチン(n=894)またはプラセボ(n=910)を投与した。
・・・
【0055】
局所反応は、一般に穏やかまたは軽度であり、2日以内で消失した。・・・
【0056】
・・・3?40週の期間では、ワクチン接種者に・・・11件の発症があり、対照者では・・・26件の発症があった。該ワクチンは菌血症を57%減少させた・・・。40週後は効力が低下し、54週で26%となった・・・。

【0058】
・・・黄色ブドウ球菌(S. aureus)の鼻腔保菌もまた、対照者においては菌血症の危険性の増加と関連する傾向があった・・・が、ワクチン接種者ではその傾向が認められなかった。

」(本願明細書【0042】?【0058】)
まず、この記載中の【0042】?【0056】の記載からみて、上記実施例2は、ランダム化され、プラセボでコントロールされた有効性試験であって、使用したワクチン及びその投与量・投与方法、被験者の条件及びその人数、副反応の程度、黄色ブドウ球菌菌血症の減少の程度、において、引用例1の記載事項(ア)?(オ)に示されたスタフバックスの有効性の研究と一致するから、上記【0042】?【0056】で明らかにされたワクチンの効果は、引用例1に記載されたワクチンの効果と比較して何ら優れたものではない。
また、【0058】の表5のデータは、上記【0042】?【0056】で明らかにされたワクチンの効果のうち、表4の54週におけるワクチン群の患者数27人とプラセボ群の患者数37人につき、血管アクセスのタイプ及び鼻腔保菌状態により4つの群に区分した際の、各群の人数を示したものに過ぎず、上記【0042】?【0056】で明らかにされたワクチンの効果の域を出る効果を明らかにしたものではなく、換言すれば、引用例1に記載されたワクチンの効果と比較して優れた効果を明らかにしたものではない。このデータについて、【0058】には上記「黄色ブドウ球菌(S. aureus)の鼻腔保菌もまた、対照者においては菌血症の危険性の増加と関連する傾向があった・・・が、ワクチン接種者ではその傾向が認められなかった。」なる考察が記載され、また、審判請求人は、試験したワクチンは鼻腔保菌陽性集団についてのみ、菌血症に対して有効な保護をもたらしたと主張している。しかしながら、もとより、黄色ブドウ球菌は、鼻粘膜や皮膚に見られる菌として周知のものであり(必要なら、例えば、ステッドマン医学大辞典編集委員会編、「ステッドマン医学大辞典 第3版 [縮刷版]」第5刷、平成7年3月10日、メジカルビュー社発行、p1382の「Staphylococcus」の欄の中の「S.aureus」の欄参照。)、また、引用例2の記載事項(キ)によれば、血液透析中の患者における黄色ブドウ球菌の鼻での保菌率は、7本の文献の合計454人の患者における検査により、30.8%から84.4%にわたり、平均で51.5%であったとされている。そうすると、引用例1及び2の記載に接した当業者は、引用例1の1800人の患者においても、黄色ブドウ球菌の鼻での保菌者は相当数存在したと認識するものといえ、そのような、いわば典型的な患者群においてワクチンの効果が生じていたことを改めて認識したことをもって、本願補正発明に進歩性を見出すことはできない。この点について、さらに審判請求人は、「特殊な遺伝子型を保有する患者に特に有効なことが明らかになり、請求項に係る医薬発明の対象患者群が、引用発明においては特に特定されていなかった対象患者群と異なることが明らかになったことにより、両者の対象患者群を当業者が明確に区別することが可能となった場合」を引き合いに出して本願補正発明の新規性進歩性を主張するが、この場合と本願補正発明を同列に論じることは、黄色ブドウ球菌に関する上記の事情に鑑み、適切でない。

したがって、本願補正発明は、引用例1及び2、並びに、特表平6-504065号公報又は特表2002-544169号公報に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができない。

(2-3)むすび
よって、本件補正は、平成18年改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するものであるから、特許法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。


3.本願発明
本件補正は、上記のとおり却下されたので、本願に係る発明は、平成24年11月21日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1?16に記載された事項により特定されるものであるところ、その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は次のとおりのものである。
「【請求項1】
ブドウ球菌属細菌の鼻腔保菌を有する免疫無防備状態のヒトを黄色ブドウ球菌細菌感染から防御するためのワクチンであって、
(a) 黄色ブドウ球菌(S. aureus)タイプ5多糖抗原と免疫キャリアとの糖コンジュゲート、および
(b) 黄色ブドウ球菌(S. aureus)タイプ8多糖抗原と免疫キャリアとの糖コンジュゲート
を含み、ブドウ球菌属細菌の鼻腔保菌を有する免疫無防備状態の個体の黄色ブドウ球菌細菌感染からの防御での使用のための、上記ワクチン。」


4.引用例に記載された事項
引用例1及び2に記載された事項は、上記2.の(2-2-1)に記載したとおりであり、引用例1から認定される引用発明は、上記2.の(2-2-2)に記載したとおりである。


5.対比・判断
本願発明は、本願補正発明のワクチンにおける免疫キャリアの範囲の制限をなくしたワクチンの発明であるから、本願補正発明を包含し、かつ、引用発明との間に、もはや上記相違点2が存在しないものである。
そうすると、本願補正発明と引用発明との間の相違点1及び本願補正発明の効果について、上記2.の(2-2-4)にて説示したところと同様の理由により、本願発明は、引用例1及び2に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。


6.むすび
以上のとおり、本願発明は、引用例1及び2に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2015-03-12 
結審通知日 2015-03-17 
審決日 2015-03-30 
出願番号 特願2010-155473(P2010-155473)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 春田 由香光本 美奈子  
特許庁審判長 内藤 伸一
特許庁審判官 大久保 元浩
齋藤 恵
発明の名称 免疫無防備状態の個体群に用いる糖コンジュゲートワクチン  
代理人 藤田 節  
代理人 田中 夏夫  
代理人 藤井 愛  
代理人 新井 栄一  
代理人 平木 祐輔  

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