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審決分類 審判 一部無効 2項進歩性  G01J
管理番号 1305378
審判番号 無効2012-800183  
総通号数 191 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2015-11-27 
種別 無効の審決 
審判請求日 2012-11-05 
確定日 2015-09-09 
事件の表示 上記当事者間の特許第3377209号「共焦点分光分析」の特許無効審判事件についてされた平成25年 7月 2日付け審決に対し、東京高等裁判所において審決取消の判決(平成25年(行ケ)第10227号平成26年 9月17日判決言渡)があったので、さらに審理のうえ、次のとおり審決する。 
結論 特許第3377209号の請求項に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許第3377209号に係る出願は,平成4年6月8日(パリ条約による優先権主張 1991年6月8日 英国,1991年11月16日 英国)を国際出願日として出願したものであり,本件出願の手続の経緯の概要は,以下のとおりである。

平成 4年 6月 8日 本件特許出願(特願平4-511305号)
平成14年12月 6日 特許権の設定登録
平成24年 7月 3日 訂正審判請求(訂正2012-390086号)
9月11日 訂正認容の審決
9月21日 確定登録
11月 5日 無効審判請求(無効2012-800183号)
平成25年 2月26日 答弁書
4月25日 審理事項通知書
5月23日 口頭審理陳述要領書(請求人,被請求人)
5月30日 口頭審理陳述要領書(被請求人)
6月 6日 口頭審理陳述要領書(請求人)
6月 6日 第1回口頭審理
6月19日 審理終結
7月 2日 審決
8月 9日 知的財産高等裁判所への訴えの提起
(平成25年行ケ第10227号)
平成26年 9月17日 判決言渡(審決取消)
12月12日 審決の予告


第2 本件発明
上記「第1」より,平成24年7月3日付けでなされた訂正審判の請求について,その訂正を容認する審決が確定していることから,本件特許の請求項7?13に係る発明は,上記訂正審判で訂正された特許請求の範囲の請求項7?13に記載された事項により特定される,次のとおりのものである。

「【請求項7】サンプルに光を照射して散乱光のスペクトルを得る手段と,
前記スペクトルを分析する手段と,
光検出器と,
前記分析されたスペクトルの少なくとも一つの成分を前記光検出器に通し,前記サンプルの所与の面から散乱された光を前記光検出器の所与の領域に合焦させ前記サンプルの他の面から散乱された光を前記光検出器に合焦させない手段と
を具備する分光分析装置であって,
前記光はスリットを備えた一次元空間フィルタを通過して第一の次元で共焦点作用をもたらし,
前記光検出器の前記所与の領域で受ける光が,前記所与の領域外で受ける光を含まずに,またはこの光と分離して検出され,前記所与の領域は前記第一の次元を横切る第二の次元で共焦点作用をもたらすように形成されており,
前記サンプルの前記所与の面の焦点からの散乱光は,前記スリットにおいてスポットとしての焦点に絞り込まれて前記スリットを通過し,前記サンプルの前記所与の面の前記焦点の前または後で散乱される光は,前記スリットにおいて焦点を結ばず,
前記サンプルに光を照射するのと,前記サンプルからの散乱光を集光するのとに同一のレンズが用いられ,
前記光検出器は電荷結合素子であることを特徴とする分光分析装置。
【請求項8】前記光検出器の前記所与の領域が細長いことを特徴とする請求項7に記載の分光分析装置。
【請求項9】前記光検出器の前記所与の領域が前記スリットを横切る方向に延在していることを特徴とする請求項7または請求項8に記載の分光分析装置。
【請求項10】前記光検出器はピクセルのアレイを備えたことを特徴とする請求項7から請求項9の何れかに記載の分光分析装置。
【請求項11】前記所与の領域の前記ピクセルの一部からのデータを選択的にまとめて貯蔵する手段を有することを特徴とする請求項10に記載の分光分析装置。
【請求項12】前記光検出器はピクセルの二次元アレイを備え,前記アレイにより与えられるイメージを表すデータを受け,このイメージデータを処理して合焦される前記光を検出する計算手段を有することを特徴とする請求項10または請求項11に記載の分光分析装置。
【請求項13】前記スペクトルがラマン散乱光のスペクトルであることを特徴とする請求項7から請求項12の何れかに記載の分光分析装置。」
(以下「本件発明7」?「本件発明13」といい,これらをまとめて[本件発明」という。)


第3 当事者の主張
1 請求人の主張
審判請求書および口頭審理陳述要領書によれば,請求人は,本件特許の請求項7?13に係る発明は,甲第1?甲第18号証等に基づいて,出願前に当業者が容易に発明をすることができた発明であるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。よって,その特許は特許法第123条第1項第2号の規定により無効とすべきであると主張し,また,これらの発明は,不明確であり,平成6年改正前特許法第36条第5項第2号の要件を具備しない。よって,その特許は特許法第123条第1項第4号の規定により無効とすべきであると主張している。

(1)甲第1号証:NATURE Vol.347 No.20 (1990) p301-303 の写し
(2)甲第2号証:特開昭63-131115号公報
(3)甲第3号証:JOURNAL OF RAMAN SPECTROSCOPY, Vol.22 (1991)
p217-225 の写し
(4)甲第4号証:甲第3号証の出版社のウェブサイトの写し (http://onlinelibrary. wiley.com/doi/10.1002/jrs.v22:4/issuetoc)
(5)甲第5号証:科学技術振興機構が1991年5月22日に甲第3号証を受け入れたことの証明書の写し
(6)甲第6号証:赤外・ラマン・振動[II]133頁?145頁,昭和58年8月31日,石谷 炯
(7)甲第7号証:特開昭61-272714号公報
(8)甲第8号証:特開平2-267512号公報
(9)甲第9号証:特開平3-33711号公報
(10)甲第10号証:Mon. Not. R. astr. Soc. 237, 15 - 19 (1989)
(11)甲第11号証:European Spectroscopy News, 80, p. 28-34 (1988)(ただし,p.30,31は全面広告のため,除く。)
(12)甲第12号証:J. Aerosol Sci., 22, pp. S399 - S402 (1991)
(13)甲第13号証:「高感度ラマン分光法の最近の動向と半導体超薄膜への応用」,平成12年,谷野 浩史,天野 茂樹
(14)甲第14号証:複写納品書の写し,平成23年1月5日,独立行政法人科学技術振興機構情報提供部長
(15)甲第15号証:赤外・ラマン・顕微分光法講習会テキスト76?81ページ,「レーザー走査顕微鏡の原理と応用」,平成3年1月22日,河田 聡
(16)甲第16号証:赤外・ラマン・顕微分光法講習会のお知らせ,分光研究第39巻第5号会告267,平成2年10月31日
(17)甲第17号証:平成22年(ワ)第42637号の原告準備書面(10)
(18)甲第18号証:平成22年(ワ)第42637号の原告準備書面(13)

2 被請求人の主張
これに対して,被請求人は,答弁書および口頭審理陳述要領書において,乙第1?4号証を提出して,上記無効理由が存在しないと主張している。

(1)乙第1号証:特許庁編,「平成15年改正法における無効審判等の運用指針」,社団法人発明協会,52頁,平成15年12月26日発行
(2)乙第2号証:審判便覧51-04.1 (特許庁ホームページより取得),[online],[平成25年5月29日検索],インターネット<URL:http://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/shiryou/kijun/kijun2/sinpan-binran mokuji.htm >
(3)乙第3号証:WikipediaのMonochromatorについての記載,[online],[平成25年5月29日検索],インターネット<URL:http://en.wikipedia.org/wiki/Monochromator>
(4)乙第4号証:特開平4-99929号公報


第4 各証拠およびその内容
以下,「甲第1号証」?「甲第18号証」を「甲1」?「甲18」と,「乙第1号証」?「乙第4号証」を「乙1」?「乙4」という。
なお,これら書証のうち日本語ではない原語で記載されたものについては,その翻訳について当事者に争いがないので,原文は省略し,その代替として当審,請求人あるいは被請求人の翻訳文を摘記する。(下線は,特に断りのないものは当審で付与した。)

1 甲1について
本件特許の優先日前に頒布され,本件特許の審査段階において引用された刊行物である甲1には,「Studying single living cells and chromosomes by confocal Raman microspectroscopy」に関して,以下の事項が記載されている。
(甲1-ア)
「図1共焦点ラマン顕微分光器。DCM色素レーザー(Spectra Physics, 375B)からの波長660nmのレーザー光が,高開口数の顕微鏡対物レンズを用いて分析対象の物体に集光される。物体により散乱された光は,同じ対物レンズにより集められ,共焦点検出を可能とするピンホールを通して,分光器に導入される。この共焦点ラマン顕微鏡の面内空間分解能は,レーザーの集光サイズによって決まり,0.5μmよりも小さい。直径100μmのピンホールにより深さ分解能は1.3μmとなる。分光器は,効率的な迷光の抑制(109程度)とラマン光に対して高い透過率(400-1800cm-1の分光範囲で80-90%)を兼ね揃えたシェブロン型誘導体バンドパスフィルタセット(G.J.Puppets,A.Huizinga,H.W.Krabbe,H.A.de Boer,G,Gijsbers, とF.F.M.de Mul, 原稿準備中)と,波長分散ステージからなる。信号の検出には液体窒素冷却CCDカメラ(English Electric Valve Co. P8603B CCDチップを備える。Wright Instruments Ltd 製)が用いられる。このCCDカメラは高い量子効率(700nmで?40%)と,ほとんどノイズフリーの動作(無視できる暗電流および,二乗平均平方根で10個の電子(10個の光子に相当する)の読み出しノイズ)を兼ね備えている。顕微分光器のスペクトル分解能は約6?7cm-1である。略語,M:ミラー,L:レンズ」

(甲1-イ)「図1」




上記記載事項(甲1-ア)および(甲1-イ)に示された内容を総合すると,甲1には以下の発明(以下「甲1発明」という)が記載されていると認められる。
「DCM色素レーザーからの波長660nmのレーザー光を,高開口数の顕微鏡対物レンズを用いて分析対象の物体に集光し,物体により散乱された光が同じ対物レンズにより集められ,共焦点検出を可能とするピンホールを通して,分光器に導入され,面内空間分解能は,レーザーの集光サイズによって決まり,0.5μmよりも小さく,直径100μmのピンホールにより深さ分解能は1.3μmとなり,前記分光器は,シェブロン型誘導体バンドパスフィルタセットと,波長分散ステージからなり,信号の検出には液体窒素冷却CCDカメラが用いられる共焦点ラマン顕微鏡。」

2 甲2について
本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲2には,「走査レ-ザ顕微鏡」に関して,図面とともに,以下の事項が記載されている。
(甲2-ア)
「2.特許請求の範囲
1.レーザと,該レーザにより出射されたレーザ光を収束させポイントソースとするための第1のレンズと,このレーザ光を再び収束し,試料をポイントソースの像面に置くための第2のレンズと,試料を透過したレーザ光を収束するための第3のレンズと,該第3のレンズによる試料の像面に位置し移動可能とした第1のスリットと,該第1のスリットを通過したレーザ光を収束するための第4のレンズと,該第4のレンズによる上記第1のスリットの像面に位置し,上記第1のスリットの方向と交叉しかつ移動可能とした第2のスリットと,該第2のスリットを透過したレーザ光を検出する光検出器からなることを特徴とする走査レーザ顕微鏡。」(1頁左下欄4?18行)

(甲2-イ)
「〔産業上の利用分野〕
本発明は,共焦点タイプの走査レーザ顕微鏡に係り,特に光学系の調整が容易な,共焦点タイプの走査レーザ顕微鏡に関する。」(1頁左下欄20行?同頁右下欄3行)

(甲2-ウ)
「〔発明が解決しようとする問題点〕
共焦点タイプの走査レーザ顕微鏡におけるピンホール5の役割は分解能を上げることであり,微小な口径のピンホールが要求される。このため,位置合せをして,この微小なピンホールに光を入射させるのが難しい。」(2頁左上欄1?6行)

(甲2-エ)
「〔問題点を解決するための手段〕
上記の目的を達成するために,2個のスリットとレンズとを使用して,ピンホールの役割をする光学系を構成する。スリットに微小な光を入射させるようにスリットの位置を調整するのは,一方向の動きだけで済むので容易である。2個のスリットを調整することで,目的は達成される。」(2頁左上欄10?16行)

(甲2-オ)
「スリット81の方向と交叉するように,スリット82を光検出器6の前に置き,光検出器6の出力が最大になるように,スリット82を調整する。」(2頁右上欄5?7行)

(甲2-カ)
「レーザ1から出射したレーザ光2をレンズ31で絞りポイントソースとする。迷光を遮断するために,適宜,絞り込まれたところにピンホールを置いてよい。試料4は,レンズ32によるポイントソースの像面に置く。試料4はステージ71により走査することができる。試料4を透過したレーザ光をレンズ33で集光し,スリット81上へ絞り込む。」(2頁右上欄13?20行)

(甲2-キ)
「スリット81の調整はスリット82をはずした状態で行ない,光検出器6の出力が最大になるようにする。スリット82も光検出器6の出力が最大になる位置に合わせられるように,ステージ73により移動できる。」(2頁左下欄7?12行)

(甲2-ク)
「〔発明の効果〕
本発明によれば,共焦点タイプの走査レーザ顕微鏡におけるピンホールの位置合せを必要とせず,その代わりに,2個のスリットの位置合せをすることになる。スリットの位置合せは一次元方向だけなので,ピンホールの位置合せと比べて非常に容易になる。このため,走査レーザ顕微鏡の調整に要する時間を短縮することが可能になる。」(2頁左下欄16行?同頁右下欄3行)

上記記載事項(甲2-ア)?(甲2-ク)および図1,2に示された内容を総合すると,甲2には以下の発明(以下「甲2発明」という)が記載されていると認められる。
「レーザと,該レーザにより出射されたレーザ光を収束させポイントソースとするための第1のレンズと,このレーザ光を再び収束し,試料をポイントソースの像面に置くための第2のレンズと,試料を透過したレーザ光を収束するための第3のレンズと,該第3のレンズによる試料の像面に位置し移動可能とした第1のスリットと,該第1のスリットを通過したレーザ光を収束するための第4のレンズと,該第4のレンズによる上記第1のスリットの像面に位置し,上記第1のスリットの方向と交叉しかつ移動可能とした第2のスリットと,該第2のスリットを透過したレーザ光2を検出する光検出器からなる走査レーザ顕微鏡。」

3 甲3について
本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲3には,「走査レ-ザ顕微鏡」に関して,図面とともに,以下の事項が記載されている(請求人の翻訳文)。
(甲3-ア)
「 【219ページ左欄14行目から220ページ右欄11行目まで】
ラマン信号の収集,スループット,検出
共焦点ラマン顕微分光器の光学系を図1に示す。DCM色素レーザーからの波長660 nmのレーザー光が,狭帯域バンドパスフィルター(BPF)を透過した後,高倍率の対物レンズで試料に集光される。 BPFはレーザー光に対して84%の透過率をもつ。対物レンズに入射するレーザー光の光円錐の幅は,アポダイゼーションにより大きさが30%失われる程度である。これにより対物レンズの開口数を最大限に利用することができる。以下で示すように,レーザー焦点における強度の半値幅は0.5μmより小さい。散乱光および反射光は(訳注:レーザー光を集光したものと)同じ対物レンズで集められる。 BPFはラマン散乱光を反射する。(反射率はスペクトル区間300-3000cm-1において98%より大きい)反射されたラマン散乱光は対物レンズの像面に焦点を結ぶ。この位置にピンホールが配置される。このピンホールは測定体積を制限する役割を果たす(共焦点の性質の項で述べられている)。ピンホールを透過した光は正レンズによって集められる。この正レンズはピンホールを透過した光を,シェブロン型バントパスフィルターセットを使用するために必要な平行光に変換する。このフィルターセットは平行に取り付けられた2枚の狭帯域バンドパスフィルターで構成されている。光は2枚のフィルタ一間を往復して反射される。それぞれの反射で,レーザー光は80%より多くが透過し,効率的にラマン散乱光と分離される。ラマン散乱光は非常に高い効率(ストークスラマンシフトが600?2600 cm-1の間において99%以上の反射率)で反射される。12回反射させることによって,レーザーの輝線を108-109消光できる。
ラマン信号のスループットを図2に示す。レーザー光を広げた後(L3とL4),格子周波数300本/mm,ブレース波長600nm (Jobin Yvon)のルールドグレーティングが分散に用いられる。ラマンスペクトルは,焦点距離0.45 mの凹面鏡によって,液体窒素冷却低速走査CCDカメラ(Wright Instruments,EEV P 8603 CCD chip)に焦点を結ぶ。したがって,我々の応用に最も重要なスペクトル区間(600-1750 cm-1のストークスラマンシフト)は,一回の測定で得られる。波長の分散方向には,カメラの385ピクセルのみが利用可能である。これは1ビクセルが平均して3 cm-1に相当することを意味する。狭いラマン線の場合は,これはエイリアシング効果を引き起こし,分光分解能の低下をもたらす。しかしながら,今回の応用においてこのことは特に重要ではないと考えられる。波数軸を線形にするため,また更なるデータ処理におけるソフトウェアの互換性のために,測定されたスペクトルは,毎回,385点から1000点へ補間した。測定されたレーザー線幅(補間後)は6-7 cm-1であった。エイリアシング効果を無視すれば,分光分解能は6-7 cm-1である。
CCDカメラの量子効率は波長 700 nm 付近において約40%のピーク値をもつ。CCDカメラは 140 K に冷却された。これは暗電流を取り除くためである。カメラの電子回路で使用されている相関二重サンプリング法によってリセット雑音は防がれた。一測定箇所あたり,10電子の読み出しノイズ(検出される光子10個に相当する)が残った。したがって,測定における信号雑音比は,実質どんな信号レベルでも光子(ショット)ノイズ限界である。宇宙線事象の検出は,測定されたスペクトルに,平均して2000個の光子の検出に相当するスパイクを引き起こす。宇宙線事象検出の可能性を最小化するため,分光方向に対して垂直方向には,最小限のビクセルだけを使うべきである。凹面鏡で光軸外に集光されることにより生じる非点収差を補正するために,CCDカメラの前に円柱レンズ(図1に図示されない)が用いられた。この方法により,すべてのラマン信号が10ビクセル(分光方向に対して垂直方向,90%の信号は5ビクセル)以内に含まれる。これらの(ビニングされた)ピクセルのみが読みだされるので,宇宙線事象はほとんど検出されない。1画素ごとの感度の違いは,Howard と Maynard によって示されたものと類似の方法によって,毎回,ラマンスペクトルから補正される。
図3に,共焦点ラマン顕微分光器の(偏光および無偏光に対する)ラマン信号の総合的な検出効率を波数の関数として示す。絶対的な検出効率の計算結果(一部,クレーディンクやCCDカメラ,は供給元のデータシートに基づいている)は,顕微鏡対物レンズにより集められたすべての光のうち,最大で15%が実際に検出されることを示している。(表1)スペクトルの大部分において,検出効率はほぼ偏光方向に無依存である。これにより,ラマン散乱光の2つの偏光成分をそれぞれ測定する,あるいは,分光器の入り口に偏光解消子を用いる必要がなくなり,測定されたスペクトルの,検出効率の波数依存性を容易に校正することができる。図3の検出効率曲線を得るために用いた方法と同じ方法が,この目的のために用いることができる(実験項を見よ)。」

(甲3-イ)
「 【225ページ左欄3行目から同ページ右欄3行目まで】
さらなる改良の別の可能性は,CCDカメラが2次元検出器である事実を利用することである。これは,Bowdenらに示されたように,スポット照明の代わりにサンプルのライン照明によって実現される。ピンホールはこの場合スリットに置き換えられる。しかし深さ方向分解能は低下する。深さ方向分解能の低下は,より弱い信号強度を代償として,スリット幅を狭めることで補償できる。ライン照明はサンプルの異なる部分からのラマンスペクトルを同時に記録することを可能にするだろう。これは,例えば染色体のbanding patternsの研究を促進するだけでなく,細胞の変化がおこる状況,例えば細胞-細胞間または細胞-薬剤の相互作用の重要な局所的情報ももたらすだろう。」

(甲3-ウ)「図1」




上記記載事項(甲3-ア)?(甲3-ウ)を総合すると,甲3には,以下の発明が記載されていると認められる。
「DCM色素レーザーからの波長660 nmのレーザー光が,高倍率の対物レンズで試料に集光され, レーザー焦点における強度の半値幅は0.5μmより小さく,物体からの散乱光はレーザー光を集光したものと同じ対物レンズで集められ対物レンズの像面に焦点を結び,この位置に配置されるピンホールを透過した光は正レンズによって集められ,平行光に変換されシェブロン型バントパスフィルターセットを使用し,レーザーの輝線を108-109消光でき,その後,格子周波数300本/mm,ブレース波長600 nm (Jobin Yvon)のルールドグレーティングが分散に用いられ,ラマンスペクトルは,焦点距離0.45 mの凹面鏡によって,液体窒素冷却低速走査CCDカメラ(Wright Instruments, EEV P 8603 CCD chip)に焦点を結ぶ共焦点ラマン顕微分光器。」(以下「甲3発明」という)

4 甲4について
甲3の発行日を証明するための,甲3の表紙が掲載されたその出版社のウェブサイトのコピーであり,「April 1991」,「Issue 4」と記載がある。

5 甲5について
1991年5月22日に,科学技術振興機構が甲3を受け入れたことの証明書であり,平成24年8月9日付けの証明である。

6 甲6について
本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲6には,「ラマンマイクロプローブ」に関して,図面とともに,以下の事項が記載されている。
(甲6-ア)
「2.測定装置
市販の代表的なラマンマイクロプローブであり筆者らが現在使用しているMOLE・・・を例にして説明する。・・・図1にその概念的な構成を示した。・・・
試料は光学顕微鏡の水平な試料台上に置き,白色光でスコープ上に投影される像(最高×1000)を観察し,・・・レーザー光に切換えて照射する。同じ対物レンズを用いてレーザービームは1μm(×100)まで絞ることができる。ラマン散乱もこの対物レンズで180°の方向に集光され,ビームスプリッタを通して分光器に導かれる。この他に光学顕微鏡の暗視野照明用の対物レンズを用いて約200μm径の広い範囲を照射することもできる.これは主にラマンイメージを観察する目的で用いられる。
分光器は2枚のコンケイブ・ホログラフィック・グレーティング・・・を用いている。・・・分光器も含めた光学系はスペクトルのモノチャンネルとマルチチャンネル測定およびイメージ観察のそれぞれの目的に合せた配置が取られる。・・・
マルチチャンネル検出器もMOLEでは用いられている。・・・
MOLEは・・・予想されたほど普及せず,・・・Delhayeはこうした傾向を不満として,MOLEをさらに高感度化し,問題の多いイメージングを改良する意味で第2世代のラマンマイクロプローブと称する装置を発表している3)。図3にダイオード・マトリックスあるいはリニア・ダイオード・アレイを用いて,試料視野を少なくとも100×100の部分に分割した104個のユニットのスペクトルおよび位置の情報を比較的速い時間で得る方法を示した。得られた信号はコンピュータに取り込んで,積算や背景の除去等の処理をしてから利用する。・・・またレーザービームを線形にフォーカスして,その線上での特定のラマンバンドの強度変化を,同じリニア・ダイオード・アレイと適当な光学系の配置で記録することができる。またこのビームを走査することで二次元的な像を得ることもできる。
図4にこのアイデアを製品化したMicrodil 284)の概念図を示した。
・・・
3.測定と解析上の問題点
3・1 一般的なこと
・・・
3・2 空間分解能
マイクロプローブとしての空間分解能5,6)も重要な問題である。分解能を決定する一方の要因は励起光がどの程度まで絞れるかということで,光の波長や光学系の倍率や収差等で決定される。これは0.5?1μm程度まで容易に到達する。もう一方の要因は試料側の光学的性質である。・・・
この要因はさらに二つに分けられる。その第一は励起光の照射範囲であり,そのすべての領域からラマン散乱光が放出される。・・・
第二の要因は集光光学系のサンプリング体積である。これは対物レンズの集光の立体角やスリットの幅等によって,焦点にある測定対象個所の周辺のどの範囲の信号を拾うかで決まる.これを利用して測定の空間分解能を上げることができる。図6にその方法を示した。これは光路中の試料の像が焦点を結ぶ適当な位置にアパーチャーを置くことで,図のa,bに示したように焦点からずれた場所からの光を除くことができる。モノチャンネルモードの場合スリットもこのアパーチャーと同じ役割をするが,この場合は分解能に異方性が生じてしまう。・・・
・・・
3・3 ラマンイメージ
ラマンバンドを用いたイメージングについて述べる。・・・
この様な問題点の改良をねらったものが前節で述べたDelhaye3)らの試みで,MOLEの全体照射方式から走査型にすることで感度を上げ,ラマン強度の情報を一度コンピュータにとりこんで,背景の蛍光の除去や,他の要因の補正を行って,コントラストの高い意味のあるイメージを得ようとするものである。(133頁右欄22行?139頁左欄9行)
(甲6-イ)図3には,試料にレーザー光を照射し,散乱光のスペクトルを得る手段と,スリットと,ダイオード・マトリックスあるいはリニア・ダイオード・アレイと,を備え,試料に光を照射するのと,前記試料からの散乱光を集光するのとに同一のレンズが用いらたラマンスペクトルの測定装置が記載されている。
上記記載事項(甲6-ア)?(甲6-イ)を総合すると,甲6には,以下の発明が記載されていると認められる。
「試料に線形のレーザー光を照射し,散乱光のスペクトルを得る手段と,スリットを備えた一次元空間フィルタと,ダイオード・マトリックスあるいはリニア・ダイオード・アレイとを備え,試料に光を照射するのと,前記試料からの散乱光を集光するのとに同一のレンズが用いられ,スペクトルおよび位置の情報を比較的速い時間で得て,得られた信号はコンピュータに取り込んで,積算や背景の除去等の処理をしてから利用するMOLEを更に高感度化した第2世代のラマンマイクロプローブと称する装置」が記載されている。(以下「甲6発明」という)

7 甲7について
本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲7には,「走査型光学顕微鏡」に関して,図面とともに,以下の事項が記載されている。
(甲7-ア)「〔産業上の利用分野〕
本発明は,走査型光学顕微鏡に関するものである。
〔従来の技術〕
従来一般の顕微鏡は,光源及び適切なコンデンサーレンズによって被観察試料の観察領域全体をできるだけ均一に照明するようにすると共に,対物レンズにより試料像を拡大し接眼レンズを通して観察或いは写真撮影するようにしていたが,観察領域全体を照明するためにフレア等が多く,従来からの工夫にも拘らず理論上の解像限界を得ることは不可能であり,又低コントラストな試料等は非常に見づらかった。
そこで,上記従来の光学顕微鏡の欠点であるフレア等によって理論上の解像限界が達成できない点を解決するために,点状光投射型の顕微鏡が提案された(Scanned Image Microscopy, E,A,Ash,Academic Prees 1980)。特にその中でも共焦点型といわれる方法が優れている。これは点光源によって観察試料を点状に照射し,照射された試料からの透過光又は反射光を再び点状に結像せしめ,ピンホール開口を有する検出器で像の濃度情報を得るようにしたものである。」(1頁左下欄13行?同頁右下欄15行)

(甲7-イ)「この光検出器アレイ30がピーク値検出型の場合,光検出器エレメント32は微小スポット31が点線図示の如く光検出器エレメント32の丁度真上に来た時即ち一番明るい時の光量のみを検出することになる。これは第3図に示すような微小スポット33の中心部分がだけピンホール34によって検出するという共焦点型検出と全く同じである。」(3頁右上欄4?11行)

8 甲8について
本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲8には,「共焦点走査型光学顕微鏡」に関して,図面とともに,以下の事項が記載されている。
(甲8ーア)「〔産業上の利用分野〕
本発明は,従来の光学顕微鏡より高分解能が実現可能な共焦点走査型光学顕微鏡に関する。」(1頁左下欄19行?同頁右下欄1行)

(甲8ーイ)「〔発明が解決しようとする課題〕
共焦点走査型光学顕微鏡では,上記のように,ピンホールを光検出器の前に置き透過光量を制限することで分解能を向上させる。したがつて,ピンホールはこの顕微鏡において非常に大切である。ピンホールがこの顕微鏡において分解能向上の効果を発揮するためには十分小さいものである必要がある。形成された反射光像等及びピンホールは小さいので,両者の位置合わせ非常に困難なものとなる。本発明の目的は,このような位置合わせの困難さを解消することにある。
〔課題を解決するための手段〕
上記目的を達成するために,本発明では2次元の強度分布が分かり,かつ,その特定範囲の光量に比例する信号を得ることが可能な2次元撮像素子を,従来のピンホールの代わりに設置したものである。」(1頁右下欄19行?2頁左上欄11行)

(甲8ーウ)「 次に,共焦点光学系を構成するための撮像素子の使用方法について述べる。撮像素子を使用した走査画像には強度分布があり,中心部の強度が強い。この中心部の信号のみを共焦点走査型光学顕微鏡の画像信号として使用する。即ち,画像素子そのものの画像形成機能は使用しない。光ビームを試料面上で走査するとき撮像素子上での反射光像が固定されるような光学系を使用している場合には,特定位置の画素からのみ信号を取ればよい。この信号と試料上でのプローブ光による走査位置との対応を付けて画像として表示装置に表せばよい。」(2頁右上欄18行?左下欄9行)

9 甲9について
本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲9には,「走査型光学顕微鏡」に関して,図面とともに,以下の事項が記載されている。
(甲9ーア)「2.特許請求の範囲
1.a.光源と,
前記光源から発した光を,物体上に集光する対物レンズと,
前記光源と前記対物レンズとの間に配置されていて前記対物レンズに入射される光の入射角度を変化させることにより物体上を走査する少なくとも1つの光偏向器と;
b.前記光偏向器と前記対物レンズとの間に配置されていて,前記物体からの戻り光を取り出す光分割部材と,
c.前記物体と前記対物レンズに対して共役となる位置に配置された2次元マトリックス状に並んだ開口と光電変換素子との組合わせよりなる受光部とを具備してなることを特徴とする走査型光学顕微鏡。」(1頁左下欄4?19行)

(甲9ーイ)「[産業上の利用分野]
本発明は,走査型光学顕微鏡装置に関する。特に,共焦点型の走査型光学顕微鏡に関する。」(2頁左下欄17行?19行)

(甲9ーウ)「従来,走査型顕微鏡の1つの方式として,第2図に示す方法が提案されていた。・・・
ところが,この従来の走査型顕微鏡では,テレビレートで画像を得るためには,高速走査が必要となり,上記の第1の光偏向器5に音響光学素子(以下AODと称する)を使用する必要があった。一般に,AODは,シリンドリカルレンズ効果を有するなど収差量の多い素子なので,試料面からの反射光をAODを介して受けることが困難である。このために,AODに再入射される前にビームスプリッタ等を挿入して,情報を導いていたので,AODの走査方向には,ビームが移動してしまい,スリットを介して受光せざるを得なかった。このために,共焦点光学系の特徴を1次元減少させて使用せざるを得なかった。・・・
また,共焦点光学系の特徴を充分に生かすために,ピンホールを用いた場合には,第1の光偏向器5としてガルバノミラ-などの素子を使用する必要があった。」(2頁右下欄6行?3頁右上欄2行)

(甲9ーエ)「 本発明は,上記の問題点を解決するために為されたものであり,光偏向器と対物レンズとの間において,対物レンズに入射される光の入射角度を変化されることにより,試料上に走査できる光偏向器を配置して,走査すること,また試料からの戻り光を取り出す光分割部材と,試料と対物レンズに対して共役となる位置に,或いは試料からの透過光を集光する集光レンズにより試料と共役となる位置に,配置された2次元マトリックス状の開口と光電変換素子との組合わせによる受光部とから構成された共焦点型光学顕微鏡を提供することを目的にする。従って,本発明は,平面的にスイッチング機能を有するピンホールアレイ,スイッチアレイを有するものと同等の,解像度を高くすることを可能する共焦点走査型光学顕微鏡を提供することを目的とする。
[問題点を解決するための手段]
・・・
[作用]
以上の構成により,試料上の走査点と2次元的に配置された開口を有する光電変換素子の各画素を対応させ,試料上の走査点の情報のみを得るように,光電変換素子の各画素,或いは2次元的にその開口マトリックス自体を駆動することで,平面的に,スイッチング機能を有するピンホールアレイ,或いはスリットアレイを形成したものと,等価となる装置を提供する。」(3頁左下欄5行?4頁右下欄19行)

(甲9ーオ)「[実施例]
第1図は,本発明の走査型光学顕微鏡の光学配置例を示す模式図である。
・・・
試料12と対物レンズ11に対して共役な点にレンズ10により集光され,2次元マトリックス光スィッチ16に入射される。
この2次元光マトリックススイッチ16は,2次元マトリックス状に並んだ開口と光電変換素子との組合わせより成り,試料12上を走査させる走査信号に同期されて,スイッチの開閉を行なうことにより,対応した走査点の情報のみを得ることができるものである。
例えば,第3図に示すように,画像表示をビデオモニタにした場合,ビデオモニタの主走査方向に対応した走査方向にスリット状の分割画素を有する液晶ライトバルブ,又は,液晶ライトバルブ等の電圧変化により,その偏光面が回転する素子16aを配置し,その背後にホトダイオード等の受光素子16bを配置しておく。
この素子16aは,予めレーザ光源1の偏光成分を透過させない方向に偏光方向を一致させておく。試料面12上を走査された光が,反射されて2次元マトリックススイッチ16に入射され,走査信号に同期させて対応したスリット状の画素に電圧を印加すると,偏光面が回転して,受光素子16bに光が到達する。この場合,ビデオテレビのの副走査線方向の隣接した画素は閉じられているので,実質的に,スリットを対物レンズの共役点に配置した場合と等価になる。 また,2次元マトリックススイッチ16として,第4図に示すように光電変換素子17を面状に配置したものを用いてもよい。各々の素子の大きさは,一方が集光された光ビームのスポットサイズ以下の大きさで,他方が走査範囲に対応した大きさ以上の素子であれば,どんなものでも使用できる。この場合には,上記に説明した例と同様に,実質的に,スリットを対物レンズの共役点に配置した場合と等価なものになる。」(5頁左上欄7行?同頁右下欄4行)

(甲9ーカ)「[発明の効果]
本発明による共焦点走査型光学顕微鏡は,試料上に走査点に同期させて2次元光マトリックススイッチの開口を開閉させるので,次のような顕著な技術的効果が得られた。
第1に,ビームの移動を無くなるために,反射光,又は,透過光を再び光偏向器に導く必要性がなくなるので,光学系の余分な収差を取り除くことができる。
第2に,それと同時に,高速の偏向に対しても,実質的にピンホールを配置したと同様な効果を導くことができる。即ち,
用いた光電変換素子の各変換素子が試料上のX走査線上の各走査点に対応し,対応した走査点外からの光は,光電変換部を短絡し,対応した走査点時のみの光電変換部を,外部回路に接続して,その情報を取り出すことにより,Y方向は熱論,X方向にも各変換素子がピンホールとして働き,理想的なフンフォーカル系に構成できる,すぐれた共焦点走査型光学顕微鏡を提供できた。」(7頁右上欄15行?左下欄14行)

10 甲10について
本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲10には,図面とともに,以下の事項が記載されている(請求人の翻訳文)。
「【16ページ最後の行から17ページ4行目まで】
マスクを通った光は,2倍の顕微鏡対物レンズによって,赤色フィルターを通して,EEVP8603 CCD 素子に再結像される。この構成では22μmのビクセルは0.124arcsecの角度拡がりを持つため,火星が露出過度となることを防ぐために,火星を減光部分の後ろに置き,衛星を透明部分の後ろに置くことは容易である。」

11 甲11について
本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲11には,図面とともに,以下の事項が記載されている(請求人の翻訳文)。
「 【28ページ右欄9?11行】
我々のイメージング検出器に用いられたEEV P8603 CCD素子の量子効率は,680nmに45%のピーク値を持ち,400から900nmの間において,10%より大きい。
【32ページ右欄18?20行】
これは,CCD検出器の1個のピクセルの幅に等しい22μmの出口スリットを用いることで達成される。 」

12 甲12について
本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲12には,図面とともに,以下の事項が記載されている(請求人の翻訳文)。
「【S400ページ下から5?2行】
ラマン散乱強度は液体窒素冷却CCDカメラ(Wright Instruments 製)で検出された。このカメラには,385×578のピクセルフォーマット,22×22μmのピクセルサイズ,および,8.5 × 12.8 mmの検出領域を待ったEEV P8603 センサーが備えられた。」

13 甲13について
本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲13には,「高感度ラマン分光法の最近の動向と半導体超薄膜への応用」に関して,以下の事項が記載されている。

(1)「今日,様々なタイプのマルチ・チャンネル検出器が市販されてきている。代表的なものとして,イメージ・インテンシファイヤ付きフォトダイオード・アレイ検出器(以下IPDAと略す),チャージ・カップルド・デバイス検出器(以下CCDと略す),位置検出型光電子増倍管(以下PS-PMTと略す)の三種があげられる。3, 4) 現在マルチ・ラマン測光用にもっとも普及しているのはIPDAであり,他の2種は最近やっと普及し始めたところである。表1に主要なパラメータを比較して示した。5) これらの検出器にはいずれも一長一短あり,現在のところまだ相対的な評価は定まっていない。これらの検出器を用いると,通常の光電子増倍管換算で毎秒0.1カウント程度の信号も容易に検出可能である。ここでPS-PMTのダークについては,後述のように一次元検出器としての値であることに注意されたい。
このようなシステムによって,様々な薄膜のラマン検出が行われるようになった。たとえばラングミュア・プロジェット膜の1モノレイヤからの信号検出について,トリプル分光器とIPDA,あるいはトリプル分光器と冷却された電化(「電荷」の誤記)結合素子検出器(以下CCDと略す)による報告がある。6-9) またゲルマニウムの数モノレイヤからのラマン信号検出がトリプル分光器と位置検出型光電子増倍管によりなされている。10, 11)

表1 多チャンネル検出器の性能比較
─────────────────────────────────
IPDA CCD PS-PMT
─────────────────────────────────
量子効率 5-15% 40-80% 15%
波長領域 400-800 nm 300-1000 nm 300-900 nm
読みだしノイズ 1500e 10e なし
空間歪み 1% なし 5%
感度の移動変動 20% 2-7% 5%
線形性 1%以下 2%以下 2-5%
ダーク 0.005 c/s 0.01 c/s 0.002 - 0.008 c/s
読みだし時間 10-20 ms 1-10 s 1 ms
空間分解能 50-100μm 18-30μm 40-70μm
─────────────────────────────────
」(2頁23行?3頁表1)

(2)「3. 1 検出器の選択
多重検出器のうち,アナログ検出器であるIPDAやCCDは,強いパルス・ノイズに対してそのエネルギーに比例した応答を示すので,通常は,長時間微弱な信号を積算しているうちにパルス・ノイズがスペクトルのあちこちに現れ,無視できない数になってしまう。経験的にはこれは光電子増倍管換算でチャンネルあたり毎秒 0.001 - 0.01 カウントのノイズになる。これらは主として宇宙からの高エネルギー粒子線によるものなので,避けることは困難である。ひとつの対策として測定を数回繰り返し,再現しないピークについてはこれを取り除く,ソフトウエアによる解決方法があるにはあるが,信号そのものを損なうおそれもあり,抜本的な解決策とはいえない。これに対して,PS-PMTのようなデジタル検出器においては,信号は常にフォトン・カウンティングによってひとつひとつ数えられている。普通は波高弁別器によってエネルギーの高いもしくは低いノイズと正しい信号とを選別して測定しており,またたとえ宇宙線ノイズがはいったとしても1カウントと数えられるだけである。今回我々は超微弱信号の検出を目的としているので,以上の理由によりPS-PMTを採用することにした。但し,量子効率の絶対値や赤外域の感度などを重んじるならばCCD検出器の方が優れているなど,目的によって選択は異なってくることを注意しておく。」(3頁12行?4頁8行)

(3)「3. 2 二次元検出器と非点収差補正
グレーティングを使用した分光器では,レンズのような透過型光学素子ではなく球面鏡のような反射型光学素子を使わざるを得ないので,同軸光学系を使用することができず,非点収差の問題が生じる。球面鏡の法線方向と光の入射方向のなす角αが0でない場合には,入射面内とそれに垂直な方向とで,焦点距離が異なってくる。焦点距離をfとする時,この焦点距離の差はf・sin2αで与えられる。本来ならばそれぞれに対応した曲率半径を持つ楕円面鏡を使用することにより,非点収差のない光学系を形成すべきである。しかし,通常の分光器ではこれを省略し,上記の入射面内の焦点がスリットの位置に来るように設計する。入口スリット上の点光源は,出口スリット上でスリットの長さ方向(以下Y方向と呼ぶ)に線状に広がるが,光の分散方向(以下X方向と呼ぶ)に対しては焦点が得られているので,sin2α《1の近似が成り立つ範囲で,分光器の性能としては一応問題がない。光学系をできるだけコンパクトに設計し明るさを損なわない範囲でαを小さくするとか,ダブル分光器ではふたつの分光器によって生じる非点収差が互いにキャンセルするように光学系を立体的に折り返すように配置するなどの工夫が知られている。出口スリットの像は厳密には線状ではなく少し弓形の像になるので,弓形のスリットを使用するなどの技術も開発されている。
単チャンネルの検出器や一次元検出器の場合には,このようなY方向への像の広がりは,検出器の受光面の広がりの範囲内に納まってさえいれば,これを全て積算できるので問題はない。しかし二次元検出器の場合にはこのことは装置全体の感度限界を考える上で重要である。二次元検出器ではY方向に信号を積算して,X方向の一次元検出器に変換して使用する。例えばCCD検出器の場合には,この積算過程のことをビンニングと呼んでいる。ビンニングされる素子の数をできるだけ減らすことにより,ノイズの取り込みを抑えることができる。この効果はPS-PMT検出器の場合により顕著である。非点収差による像の広がりのため,Y方向に数百チャンネル積算しなければならない場合には,第1表の比較に見られる通り,IPDAなどの一次元検出器に比べて著しく高感度というわけではない。しかし,非点収差を補正して検出器位置でのY方向の像の広がりを抑えることにより,この積算チャンネル数を減少させることができれば,実効的な感度ははるかに向上する。
PS-PMTのノイズは通常の光電子増倍管と同様に主として光電面付近での何らかの光または電子ノイズによっており,これを通常,毎秒10 - 20カウント程度である。従って,1024×1024ピクセルの二次元配列でピクセル位置を特定すると,そこでのノイズはピクセルあたり毎秒1 - 2×10-6 カウントである。さて多重検出によるラマン分光においては,PS-PMTは単なる一次元の多重検出器として用いられてきた。PS-PMTの受光面上でスペクトルの方向をX軸にそれに垂直な方向をY軸に取ると,通常の分光器では,スペクトルは各波長でY軸方向に200 - 400ピクセル分広がっており,これを足し合わせて一次元のデータとしている。Y軸方向に全1024ピクセル足し合わせたとしたら,各チャンネルでのノイズは毎秒1 - 2×10-2 カウントとなり,信号の存在する中央の 200 - 400 ピクセル分のみ足し合わせたとしても毎秒2 - 8×10-3カウントとなる。このようなノイズ・レベルはIPDAや高感度CCDの値とそれほど違わず,これまで特にPS-PMTが他よりもとりわけて超高感度であるとは考えられていなかったのはうなずける。
ところがもし,スペクトルのY軸方向への広がりを極端にせばめることができたとしたら,チャンネルあたりのノイズは著しく減少するはずである。たとえばY軸方向への広がりを5ピクセル以下にすることができれば,チャンネルあたり毎秒5 - 10×10-5カウントのノイズ・レベルとすることができ,IPDAやCCDにおける0.001 - 0.01カウントのパルス・ノイズも存在しないことから,極限的な微弱光の高感度ラマン分光が可能となる。」(4頁9行?5頁22行)

(4)「3. 3 高感度ラマン分光光学系
図1に我々の使用している分光光学系の概略を示す。トリプル・ポリクロメータ分光器としてはDilor社のモデルXYを使用した。前段フィルタ・ステージの差分散型ダブル分光器は50cmと比較的長い焦点距離を持ち,低波数側でのレイリー散乱光などの除去率が良いと考えられる。後段のポリクロメータは入射側が50cm,出射側が60cmの焦点距離の集光系を用いている。αは約6°と比較的小さく,ダブル分光器は互いに収差を打ち消すように設計されている。
検出器としては,ストレート側にIPDA検出器(Dilor社のゴールドモデル)を,サイド側に切り替え用の反射鏡を使ってPS-PMT(ITT社のモデルF4146M)を設置した。両検出器の性能はミラーを切り替えて直接比較することができる。PS-PMTのフォトカソード面はマルチアルカリを使用し,300-900nmで感度を持つ。500nmでの量子効率は14%,位置分解能は半値全幅で52μm(約2チャンネル分)である。ペルチェ冷却器を用いて-30℃に冷却した時のダーク・カウントは25mmφ径のフォトカソード領域全体で毎秒約9カウントである。この値は,25μm角の各ピクセルあたりで,毎秒7-9×10-6カウントに相当する。
非点収差補正は,入口スリットの手前にシリンドリカル・レンズの光学系を導入する外部補正方式に依った。調整は,IPDAの代わりにモニター用のCCDカメラを設置して,Hgランプなどの単色光を光源とし,試料位置に置いたグリッド・パターンの像を観察して行った。非点収差補正光学系の調整が完全に行われると,入口スリットのところでのグリッドの像がそのまま検出器の位置ではっきりした像に転送される。その精度は10μm以下であり,検出器のピクセル・サイズ25μmよりもずっと小さくできる。またレンズの色収差を考えると,波長の変化に伴って補正レンズ系の位置を変化させる必要があるが,この値は実は400nmと900nmの間で1mm以下と非常に小さい。従って通常は多チャンネル検出器で一度に測定できる領域が最大500-1000cm-1であることから,受光面上での色収差による像のぼけは無視できる。むしろ検出器の受光面をどれだけ正確にポリクロメータの焦点面に一致させることができるかで測定精度が決まる。この時,PS-PMTの移動の自由度としては,焦点を合わせるための前後の移動とあおり2種,分光器の分散方向に正確に合わせるための回転の計4軸が重要である。さらに,有効受光面を適切な位置に置くためのXY方向の平行移動と合わせて,計6軸を再現性良く微調整できるように設計されている。」(5頁23行?6頁19行)

(5)「3. 4 性能評価
先に述べたようなダーク・カウント数でノイズ・レベルを論じるやり方は,実は適正とはいえない。ラマン装置の性能は,単に分光器や検出器の性能だけできまるものではなく,試料からの散乱光の集光光学系の能率をはじめ,試料に対する入射方法の工夫などがむしろ重要であることも多い。また,ダブル分光器はトリプル分光器よりもずっと明るいので,ダークの絶対値のみから優劣を論じることは危険である。そこで我々は,単結晶シリコンのフォノン・モードの測定による分光器性能の評価法を提案した。今日,純度の高いシリコン・ウエーハを入手することは容易であり,またその520cm-1のピークのスペクトルは試料によらず不変である。従って,以下のような測定を行うことにより,あらゆる装置の実効的な性能比較が可能になると考えられる。
図2の(a)と(b)は,Ar+レーザの515nm線による励起で,シリコン(100)ウエーハの520cm-1付近のピークの測定を行った時の,PS-PMTの二次元画像である。(b)は(a)の一部を拡大してある。レーザ用のフィルター分光器をわざと取り外し,Ar+レーザからのプラズマ発光線をも測定するようにしてある。全スペクトル領域で,Y方向への信号の広がりは3-4ピクセルすなわち100μm以下である。この広がりは,測定時の入射スリット幅100μm(検出器位置で125μmに相当)と検出器の分解能52μmの和よりも小さい。図2の(c)は,(b)のデータを用いてY方向に5ピクセルずつ加算して得たラマン・スペクトルである。

図3と図4は,単結晶シリコンの520cm-1付近のピークについて,試料に入射されるレーザの強度を一桁づつ下げ,同時に測定時間を十倍づつ増大させながら測定した例である。このようにすれば,非常に微弱なラマン信号を再現性良く作り出すことができ,入射光学系を含めた装置を定量的に評価することができる。ここでは入射光学系として顕微集光光学系を用い,ビーム径を試料上で1μmに絞って測定した。100倍の対物レンズにより幅100μmの入口スリット上に転送される。図3はPS-PMTを用いた測定結果で,図4には比較のため,ポリクロメータ出口のストレート方向に設置されたIPDAによる測定結果を示す。PS-PMTの場合には図2の時と同様にY方向に5ピクセルを加算した。IPDAによる測定では,10μW励起の時パルス・ノイズが無視できなくなってきており,1μW励起ではノイズのため測定不能になっている。これらはそれぞれ光電子増倍管換算で毎秒0.1カウントと毎秒0.01カウントの信号強度に対応している。一方,PS-PMTでは,100nW励起の時には非常に高いSN比で良好なスペクトルが得られており,10nW励起の時でも十分なSN比で信号が検出されている。これらはそれぞれ毎秒0.001カウント,毎秒0.0001カウントの信号強度に相当している。10nW励起のデータからノイズ・レベルは毎秒4-5×10-5カウントと見積もられる。これは非点収差補正を行わなかった場合に比べて30乃至60分の1のノイズになっている。補正のない場合には1μW励起でも信号とノイズの強度がほぼ等しくなり,従ってIPDAの場合とけた違いに高感度というわけではない。このことは従来からの報告と整合している。」(7頁3行?8頁14行)

(6)「図1」




(7)「図2」




(8)上記(6)の図1から,次のア?ウが読みとれる。
ア 試料にレーザを照射するためにミラー等の光学系が用いられること。
イ 上記光学系と上記(5)に記載された対物レンズとの間に,共用される光学要素がないこと。
ウ PS-PMD(位置検出型光電子増倍管)に,信号処理回路系が接続され,技術常識からみて,その信号処理回路系は,PS-PMDで得られた信号の処理を行う回路であること。

(9)上記(7)の図2及び上記(5)の記載から,PS-PMTにおける,Y方向に5ピクセルずつ加算してラマン・スペクトルを得る領域が,細長いことが読みとれる。

(10)技術常識を勘案して,上記(1)?(9)を総合すると,甲13には,以下の発明が記載されていると認められる。

「Ar+レーザの515nm線を試料に照射し散乱光を発生させる光学系と,
前記散乱光について,試料上でのビーム径を1μmに絞り,X方向の幅100μmの入射スリット上に転送する100倍の対物レンズと,
前記入射スリットを通過した光を分光するトリプル・ポリクロメータ分光器と,
前記トリプル・ポリクロメータ分光器は,前段フィルタ・ステージの差分散型ダブル分光器は50cmの焦点距離を持ち,後段のポリクロメータは入射側が50cm,出射側が60cmの焦点距離の集光系を用いており,
25μm角のピクセルが二次元配列された二次元検出器であるPS-PMTと,
前記トリプル・ポリクロメータ分光器が有する非点収差を補正するシリンドリカル・レンズと,
PS-PMDで得られた信号を処理する信号処理回路系と,
を具備し,
全スペクトル領域で前記PS-PMTの,X方向に直交するY方向への信号の広がりが3?4ピクセルすなわち100μm以下であって,前記PS-PMTにおいてY方向に5ピクセルずつ加算してラマン・スペクトルを得る超高感度ラマン分光装置であって,
前記光学系と前記対物レンズとの間に,共用される光学要素はなく,
前記PS-PMTにおける,Y方向に5ピクセルずつ加算してラマン・スペクトルを得る領域は細長い
装置。」(以下「甲13発明」という)

14 甲14について
甲13の発行年を証明するための,複写納品書の写しであり,試料内容としてEFM-90,30-36と記載され,発行年として1990と記載されている。

15 甲15について
赤外・ラマン・顕微分光法講習会テキスト76?81頁の写しと表紙の写しであり,76頁表題には「レーザー走査顕微鏡の原理と応用」と記載され,同頁6?9行には「共焦点走査顕微鏡は検出器に微小なピンホールかスリットを必要とし,回折格子分光器もまた微細なスリットを入射部に必要とするのであるから,この2つの光学系はそのまま結合してメリットを相乗してくれるのに,まだ,理解がそこまで進んでいないようである。」と記載されている。

16 甲16について
赤外・ラマン・顕微分光法講習会のお知らせの写し2頁と,分光研究第39巻第5号の表紙と321頁の写しと,会告267の写しである。

17 甲17について
平成22年(ワ)第42637号の原告準備書面(10)の写しで,平成24年8月16日付けのものである。

18 甲18について
平成22年(ワ)第42637号の原告準備書面(13)の写しで,平成25年1月18日付けのものである。

19 乙1について
52頁に「(3)弁駁書等によって実質的に請求の理由等が補正された場合の取り扱い」が記載されている。

20 乙2について
1?8頁に「「請求の理由」の要旨変更」について記載されている。

21 乙3について
モノクロメータについて記載されている。

22 乙4について
本件特許の優先日前に頒布された刊行物である乙4には,「高感度ラマン分光装置,調整方法,および測定方法」について記載されている。


第5 当審の判断

1 甲1発明に対する進歩性について
(1)対比
本件発明7と甲1発明とを対比する。

ア その機能ないし構造からみて,甲1発明における「分析対象の物体」,「波長660nmのレーザー光」,「レーザー光が集光された物体の面」,「対物レンズ」,「波長分散ステージ(Grating)」および「液体窒素冷却CCDカメラ」は,それぞれ,本件発明7における「サンプル」,「光」,「サンプルの所与の面」,「散乱光のスペクトルを得る手段(レンズ)」,「スペクトルを分析する手段」および「光検出器」に相当することが明らかである。

イ 甲1発明の「ピンホール」は,「二次元空間フィルタ」であり,二次元で共焦点作用をもたらすから,本件発明7の「スリットを備えた一次元空間フィルタ」とは,共焦点作用をもたらす「空間フィルタ」である点で共通する。

そうすると,両者は,
(一致点)
「サンプルに光を照射して散乱光のスペクトルを得る手段と,
前記スペクトルを分析する手段と,
光検出器と,
前記分析されたスペクトルの少なくとも一つの成分を前記光検出器に通し,前記サンプルの所与の面から散乱された光を前記光検出器の所与の領域に合焦させ前記サンプルの他の面から散乱された光を前記光検出器に合焦させない手段と
を具備する分光分析装置であって,
前記光は空間フィルタを通過して共焦点作用をもたらし,
前記サンプルの前記所与の面の焦点からの散乱光は,前記空間フィルタにおいてスポットとしての焦点に絞り込まれて前記空間フィルタを通過し,前記サンプルの前記所与の面の前記焦点の前または後で散乱される光は,前記空間フィルタにおいて焦点を結ばず,
前記サンプルに光を照射するのと,前記サンプルからの散乱光を集光するのとに同一のレンズが用いられ,
前記光検出器は電荷結合素子である分光分析装置。」
である点で一致し,次の点で相違するといえる。

(相違点1-1)
「空間フィルタ」が,本件発明7では「スリットを備えた一次元空間フィルタ」であるのに対して,甲1発明では「ピンホール」である点。

(相違点1-2)
本件発明7では「前記光検出器の前記所与の領域で受ける光が,前記所与の領域外で受ける光を含まずに,またはこの光と分離して検出され,前記所与の領域は前記第一の次元を横切る第二の次元で共焦点作用をもたらすように形成されてお」るのに対し,甲1発明ではそのような構成か否か不明である点。

(2)相違点の検討
ア そこで,先ず,相違点1-1について検討する。
上記記載事項(甲2-エ)からみて甲2には,「ピンホールの替わりに直交する2個のスリットとレンズを使用する」ことが記載されているといえるものの,「ピンホールの替わりに1個のスリットとレンズを使用するとともに光検出器の前記所与の領域で受ける光と前記所与の領域外で受ける光を分離して検出する」ことが記載されているとまではいえない。
また,本件特許明細書には「CCDをコンピュータと組み合わせると,このように,従来の空間フィルタにおけるピンホールと同じ効果を与える。レンズ16がサンプルの表面に焦点を結ぶと,サンプル内の表面の背後から散乱された光をフィルタリングして取り除くことができ,表面自体の分析も行うことができる。あるいは,レンズ16を故意にサンプル内の点に焦点を結ばせて表面から散乱された光をフィルタリングして取り除くことができる。このように,余分の空間フィルタを使用しないでも共焦点作用が達成されていた。」(特許公報3頁6欄18?26行,下線は当審にて付与する)と記載され,また,甲7,甲8,特開平2-221909号公報あるいは甲9の記載からみて,「光検出器の所与の領域で受ける光が,前記所与の領域外で受ける光を含まずに,またはこの光と分離して検出され,前記所与の領域は共焦点作用をもたらすように形成される」ことは,本件特許の優先日前周知の事項であるといえるが,このような周知の「空間ファイルタを使用しない共焦点作用」は,ピンホール,すなわち,二次元の共焦点作用をもたらすものの代替であって,一次元の共焦点作用をもたらすものではないから,一次元の共焦点作用をもたらす「1個のスリット」を使用する替わりに「光検出器の前記所与の領域で受ける光と前記所与の領域外で受ける光を分離して検出する」ようにすること,すなわち,2つの異なる原理に基づく手段の組み合わせにより二次元の共焦点作用をもたらすことは,自明の事項でもなく,また,このことが公知であることを示す証拠も示されていない。
そうすると,甲2と甲1には類似の技術分野に属する発明が記載され,「調整を容易にする」という甲2発明の課題は一般的な課題であって,甲1発明も有しているといえるから,甲1発明の「ピンホール」を甲2記載の「直交する2個のスリットとレンズ」に置き換えることには,動機は十分に存在し容易であるといえるものの,甲2記載を甲1発明に適用しても,「直交する2個のスリットとレンズ」に置き換わるまでであって,「1個のスリットとレンズを使用するとともに光検出器の前記所与の領域で受ける光と前記所与の領域外で受ける光を分離して検出する」という構成には到達しないというべきである。
したがって,甲1発明において,甲2記載の事項を適用して,相違点1-1における本件発明7の構成とすることは,当業者が容易になし得た程度のことであるとはいえない。

イ 相違点1-2について検討する。
前述したように,「空間ファイルタを使用しない共焦点作用」は周知の事項であるといえる。
しかしながら,前記周知の「空間ファイルタを使用しない共焦点作用」はピンホール,すなわち,二次元の共焦点作用をもたらすものの代替であって,一次元の共焦点作用をもたらすものではない。まして,「第一の次元を横切る第二の次元で共焦点作用をもたらす」ものではないことは明らかである。
甲1発明から本件発明7に到達するには,甲1発明に甲2発明を適用し,さらに,該周知技術を甲2発明の一方のスリットに適用することとなり,2ステップの創作行為が必要となる。
してみると,「空間フィルタを使用しない共焦点作用」が周知であるとしても,甲1発明において,前記周知の事項を適用して,相違点1-2における本件発明7の構成とすることは,当業者が容易に想到し得る事項であるとは到底いえない。
そして,相違点1-2は,相違点1-1を前提として,甲1発明および甲2の記載からは予測し得ない,本件特許明細書に記載された格別の効果を奏するといえる。
請求人は,審判請求書45?47頁において「エ 甲第9号証(特開平3-33711号公報)の記載内容
甲第9号証は,本件特許の出願審査経緯で発せられた拒絶理由通知書で引用された引用例5である。・・・
以上から,甲第9号証には,従来のピンホール又はスリットに代えて,集光された光ビームのスポットサイズ以下の大きさの画素を面上に有した前記受光部により,対応する試料上の走査点の情報のみを得るように,前記光電変換アレイを駆動する駆動手段を有する光検出器によって,共焦点光学系を構成できることが記載されている。
オ.第2のスリットを光検出器の読取領域の幅の制限に置き換えることの容易性
上記のとおり,甲第9号証には,スリットに代えて,光検出器の読取領域の制限によって,共焦点作用が得られるという周知技術が記載されている。」と主張するが,甲9は上記(甲9ーウ)に「[作用]以上の構成により,試料上の走査点と2次元的に配置された開口を有する光電変換素子の各画素を対応させ,試料上の走査点の情報のみを得るように,光電変換素子の各画素,或いは2次元的にその開口マトリックス自体を駆動することで,平面的に,スイッチング機能を有するピンホールアレイ,或いはスリットアレイを形成したものと,等価となる装置を提供する。」と,共焦点光学系をスリットのみで構成している場合に限定して「スリットに代えて,光検出器の読取領域の制限によって,2次元の共焦点作用が得られる」といっているにすぎないので,上記主張は採用できない。

(3)まとめ
以上のとおり,本件発明は上記相違点1-1および1-2の点で,甲1発明および他の甲号証に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということができない。

2 甲2発明に対する進歩性について

(1)対比
本件発明7と甲2発明とを対比する。

ア その機能ないし構造からみて,甲2発明における「試料」,「レーザ光」,「第3のレンズ」および「光検出器」は,それぞれ,本件発明7における「サンプル」,「光」,「散乱光のスペクトルを得る手段(レンズ)」,および「光検出器」に相当することが明らかである。

イ 甲2発明の「第1のスリットと,該第1のスリットを通過したレーザ光を収束するための第4のレンズと,該第4のレンズによる上記第1のスリットの像面に位置し,上記第1のスリットの方向と交叉しかつ移動可能とした第2のスリット」は,「二次元空間フィルタ」であり,二次元で共焦点作用をもたらすから,本件発明7の「スリットを備えた一次元空間フィルタ」とは,共焦点作用をもたらす「空間フィルタ」である点で共通する。

ウ 甲2発明の「走査レーザ顕微鏡」と本件発明7の「分光分析装置」とは,「光学装置」の点で共通する。

そうすると,両者は,
(一致点)
「サンプルに光を照射してサンプルからの光のスペクトルを得る手段と,
光検出器と
前記スペクトルの少なくとも一つの成分を前記光検出器に通し,前記サンプルの所与の面から散乱された光を前記光検出器の所与の領域に合焦させ前記サンプルの他の面から散乱された光を前記光検出器に合焦させない手段と
を具備する光学装置であって,
前記光はスリットを備えた一次元空間フィルタを通過して第一の次元で共焦点作用をもたらし,
前記サンプルの前記所与の面の焦点からの散乱光は,前記空間フィルタにおいてスポットとしての焦点に絞り込まれて前記空間フィルタを通過し,前記サンプルの前記所与の面の前記焦点の前または後で散乱される光は,前記空間フィルタにおいて焦点を結ばない光学装置。」
である点で一致し,次の点で相違するといえる。

(相違点2-1)
「スペクトルを得る手段」が受光するサンプルからの光について,本件発明7では「散乱光」であるのに対して,甲2発明では「透過光」である点。

(相違点2-2)
「光学装置」が,本件発明7では「スペクトルを分析する手段」を具備し,「分析された」「スペクトルの少なくとも一つの成分を前記光検出器に通」す「分光分析装置」であるのに対して,甲2発明では透過型の「走査レーザ顕微鏡」であって「スペクトルを分析する手段」を具備しない点。

(相違点2-3)
本件発明7では「前記光検出器の前記所与の領域で受ける光が,前記所与の領域外で受ける光を含まずに,またはこの光と分離して検出され,前記所与の領域は前記第一の次元を横切る第二の次元で共焦点作用をもたらすように形成されてお」るのに対し,甲2発明ではそのような構成か否か不明である点。

(相違点2-4)
本件発明7では「前記サンプルに光を照射するのと,前記サンプルからの散乱光を集光するのとに同一のレンズが用いられ」るの対して,甲2発明では「レーザにより出射されたレーザ光を収束させポイントソースとするための第1のレンズと,このレーザ光を再び収束し,試料をポイントソースの像面に置くための第2のレンズと」が用いられる点。

(相違点2-5)
「光検出器」が,本件発明7では「電荷結合素子である」の対して,甲2発明では不明である点。

(2)相違点の検討
ア そこで,先ず,相違点2-1について検討する。
共焦点光学系でラマン散乱光を得ることは,甲1にも記載のとおり,周知技術であった。
したがって,甲2発明の「スペクトルを得る手段」が受光するサンプルからの「透過光」について,周知技術を適用して本件発明7と同様のサンプルからの「散乱光」に変更することは,分光分析装置において,透過光も散乱光も,分析のために適宜用いられるものであるから,当業者において十分な動機付けが存在し,また,何ら困難性もなく,容易に想到し得たものといえる。

イ 相違点2-2について検討する。
本件特許明細書をおける「背景技術」欄に記載されているように,「スペクトルを分析する手段」を具備する「分光分析装置」は,本件特許の優先日前周知であり,また,本件特許の優先日前に頒布された刊行物である特開平1-188816号公報に記載されているように,分光機能のない走査顕微鏡に分光機能を付加することも,本件特許の優先日前に知られている。
してみると,甲2発明に分光機能を付加して本件発明7と同様の「分光分析装置」に変更することは,顕微鏡の分野において,多機能とすることは一般的な課題であり,一般的な技術行為であるから,当業者において十分な動機付けが存在し,また,何ら困難性もなく,容易に想到し得たものといえる。

ウ 相違点2-3について検討する。
相違点1-2の検討にて前述したように,「光検出器の所与の領域で受ける光が,前記所与の領域外で受ける光を含まずに,またはこの光と分離して検出され,前記所与の領域は共焦点作用をもたらすように形成される」ことは,本件特許の優先日前周知の事項であるといえる。
しかしながら,前記周知の「空間ファイルタを使用しない共焦点作用」はピンホール,すなわち,二次元の共焦点作用をもたらすものの代替であって,一次元の共焦点作用をもたらすものではない。まして,「第一の次元を横切る第二の次元で共焦点作用をもたらす」ものではないことは明らかである。
また,甲2発明の「二次元空間フィルタ」は,「第1のスリット」と「第4のレンズ」と「第2のスリット」とを必須の構成とするものであり,その「第1のスリット」が本件発明7の「一次元空間フィルタ」に相当するとしても,それ以外の「第4のレンズ」と「第2のスリット」を除くあるいは他の手段に変更することについては,甲2発明の「二次元空間フィルタ」としての必須の構成の一部を変更することになり,阻害要因が存在するというべきであり,「第4のレンズ」と「第2のスリット」を除くあるいは他の手段に変更することは,甲2には記載も示唆もないから,動機付けもないといえる。
また,甲2発明の「光検出器」は,「第2のスリット」でマスクしているので,所与の領域の信号のみを検出しているものであり,「光検出器の所与の領域外で受ける光」は存在しない。
また,甲9発明については相違点1-2の検討で述べたとおりである。
そして,甲2発明において,前記周知の事項を適用する場合,「第2のスリット」のみではなく,「第一のスリット」も置き換えることとなるのが自然である。
そうすると,「空間ファイルタを使用しない共焦点作用」が周知であるとしても,甲2発明において,「第2のスリット」のみに前記周知の事項を適用して,相違点2-3における本件発明7の構成とすることは,当業者が容易に想到し得る事項であるとは到底いえない。
そして,相違点2-3は,甲2の記載および前記周知の事項からは予測し得ない,本件特許明細書に記載された格別の効果を奏するといえる。

エ 相違点2-4について検討する。
そもそも,ラマン分光装置において,「サンプルに光を照射するのと,前記サンプルからの散乱光を集光するのとに同一のレンズが用いられている照射系」を採用することは,本件特許の優先日前周知の事項であるといえる。例えば,特開昭63-95329号公報の1頁右下欄6?13号には「アルゴンイオンレーザ1より放出されたレーザ光は顕微鏡のハーフミラ-2で折り曲げられ,試料用対物レンズ3で被測定用試料4に照射される。この照射光がラマン分光用励起光となる。試料4から出てくるラマン散乱光を再び対物レンズ3でコリメート(collimate)し,ハーフミラ-2を通過させ,レンズ5で分光器6の入射スリットに入れる。」と記載され,特開昭62-297746号公報の2頁右上欄1?7号には「そしてレンズ17により試料5上に焦点を結ぶよう集光される。そして,試料5からはレーザ光12とエネルギーの異なる光がラマン散乱光として放射される。該ラマン散乱光はレンズ17により集光され,ミラー20で方向を曲げられ,検光子21に入る。」と記載されている。
また,前述の特開平1-188816号公報に記載されているように,分光型走査顕微鏡において透過型を反射型に変更することも,適宜選択し得る設計的事項であるといえる。
してみると,甲2発明において,反射型に変更するとともに,「サンプルに光を照射するのと,前記サンプルからの散乱光を集光するのとに同一のレンズが用いられている照射系」を採用し,相違点2-4における本件発明7の構成とすることは,当業者が容易に想到し得たものといえる。

オ 相違点2-5について検討する。
本件特許明細書をおける「背景技術」欄に記載されているように,「電荷結合素子である」「光検出器」は,本件特許の優先日前周知であるといえる。
してみると,甲2発明を本件発明7と同様の「電荷結合素子である」「光検出器」に特定することは,当業者において十分な動機付けが存在し,また,何ら困難性もなく,容易に想到し得たものといえる。

(3)まとめ
そうすると,本件発明7は,相違点2-3において,甲2発明に基づいて当業者が容易に想到できたとはいえず,本件発明7をさらに限定する発明である本件発明8?13も,同様に,甲2発明に基づいて当業者が容易に想到できたとはいえない。

3 甲3発明に対する進歩性について
(1)対比
本件発明7と甲3発明とを対比する。

ア その機能ないし構造からみて,甲3発明における「試料物体」,「波長660 nmのレーザー光」,「レーザー光が集光された試料物体の面」,「対物レンズ」,「ルールドグレーティング」および「液体窒素冷却低速走査CCDカメラ」は,それぞれ,本件発明7における「サンプル」,「光」,「サンプルの所与の面」,「散乱光のスペクトルを得る手段(レンズ)」,「スペクトルを分析する手段」および「光検出器」に相当することが明らかである。

イ 甲3発明の「ピンホール」は,「二次元空間フィルタ」であり,二次元で共焦点作用をもたらすから,本件発明7の「スリットを備えた一次元空間フィルタ」とは,共焦点作用をもたらす「空間フィルタ」である点で共通する。

そうすると,両者は,上記「甲1発明に対する進歩性について」「(1)対比」で述べた(一致点)で一致し,(相違点1-1),(相違点1-2)と同じ点で相違するといえる(それぞれ(一致点),(相違点3-1),(相違点3-2)と呼ぶ。)。

(2)相違点の検討
(相違点3-1),(相違点3-2)の検討は,それぞれ,上記「甲1発明に対する進歩性について」「(2)対比」の (相違点1-1),(相違点1-2)で検討したとおりである。

(3)まとめ
以上のとおり,本件発明7は上記相違点3-1および3-2の点で,甲3発明および他の甲号証に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということができない。

4 甲6発明に対する進歩性について

(1)対比
本件発明7と甲6発明とを対比する。

ア その機能ないし構造からみて,甲6発明における「試料」,「レーザー光」,「レーザー光が照射された試料の面」,および「レンズ」は,それぞれ,本件発明7における「サンプル」,「光」,「サンプルの所与の面」,および「散乱光のスペクトルを得る手段(レンズ)」に相当することが明らかである。

イ 甲6発明は,「スペクトルおよび位置の情報を」「得て,得られた信号はコンピュータに取り込んで,積算や背景の除去等の処理をしてから利用する」のであるから,本件発明7における「スペクトルを分析する手段」および「光検出器」を備えることは明らかである。

そうすると,両者は,
(一致点)
「サンプルに光を照射して散乱光のスペクトルを得る手段と,
前記スペクトルを分析する手段と,
光検出器と,
前記分析されたスペクトルの少なくとも一つの成分を前記光検出器に通す手段と
を具備する分光分析装置であって,
前記光はスリットを備えた一次元空間フィルタを通過し,
前記サンプルに光を照射するのと,前記サンプルからの散乱光を集光するのとに同一のレンズが用いられる分光分析装置。」
である点で一致し,次の点で相違するといえる。

(相違点6-1)
本件発明7では「前記サンプルの所与の面から散乱された光を前記光検出器の所与の領域に合焦させ前記サンプルの他の面から散乱された光を前記光検出器に合焦させない手段」を備えるのに対して,甲6発明ではそのような手段を備えるか不明である点。

(相違点6-2)
「スリットを備えた一次元空間フィルタ」が,本件発明7では「前記光はスリットを備えた一次元空間フィルタを通過して第一の次元で共焦点作用をもたらし,」「前記サンプルの前記所与の面の焦点からの散乱光は,前記スリットにおいてスポットとしての焦点に絞り込まれて前記スリットを通過し,前記サンプルの前記所与の面の前記焦点の前または後で散乱される光は,前記スリットにおいて焦点を結ばず」と構成されているのに対して,甲6発明ではそのような構成を有するか不明である点。

(相違点6-3)
「前記サンプルの所与の面から散乱された光を」「合焦させる」「前記光検出器の前記所与の領域」が,本件発明7では「前記光検出器の前記所与の領域で受ける光が,前記所与の領域外で受ける光を含まずに,またはこの光と分離して検出され,」「前記第一の次元を横切る第二の次元で共焦点作用をもたらすように形成されて」おるのに対して,甲6発明では不明である点。

(相違点6-4)
「光検出器」が,本件発明7では「電荷結合素子である」の対して,甲6発明では「ダイオード・マトリックスあるいはリニア・ダイオード・アレイ」である点。

(2)相違点の検討
ア そこで,先ず,相違点6-1について検討する。
共焦点光学系を用いることは,例えば,検査速度は遅いが,微小領域を検査するために顕微鏡に採用しているように,微小領域の検査のための光学系として周知の技術である。
そして,甲6発明は,分光分析装置であるから微小領域を検査することを排除しない。
してみると,甲6発明を本件発明7と同様の共焦点光学系に変更することは,当業者において十分な動機付けが存在し,また,何ら困難性もなく,容易に想到し得たものといえる。

イ 相違点6-2について検討する。
光学要素として「スリットを備えた一次元空間フィルタ」は,本件特許の優先日前に頒布された刊行物である国際公開90/14589号(特表平4-500274号公報参照)のFIG-1に記載されており,このような「スリットを備えた一次元空間フィルタ」が,共焦点作用をもたらすことも,例えば,本件特許の優先日前に頒布された刊行物である特開昭63-306413号公報,特開平3-61918号公報あるいは特開昭63-306414号公報に記載されているように,技術常識であるといえる。
また,ラマン散乱光測定装置において,必ずしもスリットを備えたものではないものの,ラマン分光器の光路前に共焦点作用をもたらす空間フィルタを設けることも,本件特許の優先日前に頒布された刊行物である特公昭56-44371号公報(特に,第1図の集光レンズL2,L3間を参照)に記載されている。
一方,本件発明7では「前記光はスリットを備えた一次元空間フィルタを通過して第一の次元で共焦点作用をもたらし」「前記サンプルの前記所与の面の焦点からの散乱光は,前記スリットにおいてスポットとしての焦点に絞り込まれて前記スリットを通過し,前記サンプルの前記所与の面の前記焦点の前または後で散乱される光は,前記スリットにおいて焦点を結ばず」と特定され,また,本件特許明細書には「第5図は,CCDを第4図の実施例で使用したときの第2図および第3図に対応する平面図である。スリット30を通過する光は回折格子分析器20によりラマンスペクトルの個々のバンド28に分散される。スリット30がないと,バンド28に対応するが焦点19の外側から散乱された光が破線対48,50の間にあるもっと広い領域に現れる。スリット30は一次元空間フィルタリングのみを提供し,ラマンバンド28のそれぞれが第5図の水平方向に空間的にフィルタリングされるようにしていることが認められるであろう。」(特許公報4頁7欄15?24行)と記載されていることからみて,該「一次元空間フィルタ」の技術的意義は,共焦点作用であり,CCD光検出器におけるラマンスペクトルの個々のバンドを狭くすることにあるといえる。
また,前述したように,本件発明7においては「前記光はスリットを備えた一次元空間フィルタを通過して第一の次元で共焦点作用をもたらし」と特定されているのであるから,該「一次元空間フィルタ」は,その「スペクトルを分析する手段」とは光学的に直列に配置される別の構成部材であり,十分な共焦点作用をもたらすために,そのスリットの幅は,より小さいことが望ましいものである。
それに対し,甲6発明におけるスリットは,上記(甲6-ア)に
「3・2 空間分解能
マイクロプローブとしての空間分解能5,6)も重要な問題である。分解能を決定する一方の要因は励起光がどの程度まで絞れるかということで,・・・
・・・
第二の要因は集光光学系のサンプリング体積である。これは対物レンズの集光の立体角やスリットの幅等によって,焦点にある測定対象個所の周辺のどの範囲の信号を拾うかで決まる.」
とスリットの幅が空間分解能に関係することが記載されてはいるが,共焦点作用については記載されていない。しかしながら,空間分解能を上げるためにスリットの幅を狭めていくと,一次元の共焦点作用が生じるのであるから,ある程度以上空間分解能を上げる場合は,共焦点作用のためのものともいえる。
そして,スリットの幅を狭めて,空間分解能を上げ,共焦点作用を生じさせることは より良い精度で測定しようとすることが,一般的な課題であるから,十分な動機付けが有り,阻害要因も存在しない。
してみると,甲6発明のスリットを備えた一次元空間フィルタを本件発明7と同様の共焦点作用をもたらすように変更することは,当業者において十分な動機付けが存在し,また,何ら困難性もなく,容易に想到し得たものといえる。

ウ 相違点6-3について検討する。
相違点1-2の検討にて前述したように,「光検出器の所与の領域で受ける光が,前記所与の領域外で受ける光を含まずに,またはこの光と分離して検出され,前記所与の領域は共焦点作用をもたらすように形成される」ことは,本件特許の優先日前周知の事項であるといえる。
しかしながら,甲6発明は「リニア・ダイオード・アレイ」の場合,「光検出器の所与の領域外で受ける光」が存在しないので,「光検出器の所与の領域で受ける光が,前記所与の領域外で受ける光を含まずに,またはこの光と分離して検出され」る構成を有しない。
また、甲6発明は「ダイオード・マトリックス」の場合,「光検出器の所与の領域外で受ける光」は存在するが,「前記光検出器の前記所与の領域で受ける光が,前記所与の領域外で受ける光を含まずに,またはこの光と分離して検出され」る構成を有しない。
しかも,前記周知の「空間ファイルタを使用しない共焦点作用」はピンホール,すなわち,二次元の共焦点作用をもたらすものの代替であって,一次元の共焦点作用をもたらすものではない。まして,「第一の次元を横切る第二の次元で共焦点作用をもたらす」ものではないことは明らかである。
そうすると,「空間フィルタを使用しない共焦点作用」が周知であるとしても,甲6発明において,前記周知の事項を適用して,相違点6-3における本件発明7の構成とすることは,当業者が容易に想到し得る事項であるとは到底いえない。
そして,相違点6-3は,相違点6-2を前提として,甲2の記載および前記周知の事項からは予測し得ない,本件特許明細書に記載された格別の効果を奏するといえる。
エ 相違点6-4について検討する。
相違点2-5の検討にて前述したように,「電荷結合素子である」「光検出器」は,本件特許の優先日前周知の事項であるといえる。
してみると,甲6発明を本件発明7と同様の「電荷結合素子である」「光検出器」に特定することは,当業者において十分な動機付けが存在し,また,何ら困難性もなく,容易に想到し得たものといえる。

(3)まとめ
そうすると,本件発明7は,相違点6-3において,甲6発明に基づいて当業者が容易に想到できたとはいえず,本件発明7をさらに限定する発明である本件発明8?13も,同様に,甲6発明に基づいて当業者が容易に想到できたとはいえない。

5 甲13発明に対する進歩性について
(1)本件発明7について
ア 対比
(ア) 甲13発明の「試料」,「Ar+レーザの515nm線」,「入射スリット」,「PS-PMT」は,それぞれ本件発明7の「サンプル」,「光」,「スリット」,「光検出器」に相当する。

(イ) 本件発明7では,「前記分析されたスペクトルの少なくとも一つの成分を前記光検出器に通」すのであるから,「分析」は「光検出器に通」される前に行われる。してみれば,その「分析」は波長毎に分光することを意味し,「散乱光のスペクトルを得る」とは,分光前の複数の波長を有した散乱光を得ることを意味すると解される。
したがって,甲13発明の「散乱光」は本件発明7の「散乱光のスペクトル」に相当し,また,甲13発明の「対物レンズ」は,散乱光を得るための物である。よって,甲13発明の「Ar+レーザの515nm線を試料に照射し散乱光を発生させる光学系と,前記散乱光について,試料上でのビーム径を1μmに絞り,X方向の幅100μmの入射スリット上に転送する100倍の対物レンズ」は,本件発明7の「サンプルに光を照射して散乱光のスペクトルを得る手段」に相当する。
また,甲13発明の「トリプル・ポリクロメータ分光器」は,「対物レンズ」,「入射スリット」を経た,「試料」で「発生」した「散乱光」を「分光する」。よって,甲13発明の「前記入射スリットを通過した光を分光するトリプル・ポリクロメータ分光器」は,本件発明7の「前記スペクトルを分析する手段」に相当する。

(ウ) 甲13発明の「対物レンズ」は,「前記散乱光について,試料上でのビーム径を1μmに絞り,X方向の幅100μmの入射スリット上に転送する」る機能を有し,また,上記第4の13(6)に摘記した図1からも明らかなように,合焦機能を有する。
そして,「対物レンズ」は所定の焦点深度を有するものであるから,「試料」のある面で合焦させれば,所定の焦点深度を外れた他の面では合焦しない。
よって,甲13発明の「前記散乱光について,試料上でのビーム径を1μmに絞り,X方向の幅100μmの入射スリット上に転送する100倍の対物レンズ」が,本件発明7の「前記分析されたスペクトルの少なくとも一つの成分を前記光検出器に通し,前記サンプルの所与の面から散乱された光を前記光検出器の所与の領域に合焦させ前記サンプルの他の面から散乱された光を前記光検出器に合焦させない手段」として機能することは明らかである。

(エ) 上記(ア)?(ウ)より,甲13発明の「Ar+レーザの515nm線を試料に照射し散乱光を発生させる光学系と,前記散乱光について,試料上でのビーム径を1μmに絞り,X方向の幅100μmの入射スリット上に転送する100倍の対物レンズと,前記入射スリットを通過した光を分光するトリプル・ポリクロメータ分光器と,25μm角のピクセルが二次元配列された二次元検出器であるPS-PMTと,を具備」した「超高感度ラマン分光装置」は,本件発明7の「サンプルに光を照射して散乱光のスペクトルを得る手段と,前記スペクトルを分析する手段と,光検出器と,前記分析されたスペクトルの少なくとも一つの成分を前記光検出器に通し,前記サンプルの所与の面から散乱された光を前記光検出器の所与の領域に合焦させ前記サンプルの他の面から散乱された光を前記光検出器に合焦させない手段とを具備する分光分析装置」に相当する。

(オ) 甲13発明の「前記PS-PMTにおいてY方向の5ピクセルずつ加算」することと,本件発明7の「前記光検出器の前記所与の領域で受ける光が,前記所与の領域外で受ける光を含まずに,またはこの光と分離して検出され,前記所与の領域は前記第一の次元を横切る第二の次元で共焦点作用をもたらす」こととは,「前記光検出器の所定の領域で受ける光が,該領域外で受ける光を含まずに検出され」る点で共通する。

(カ) 以上より,本件発明7と甲13発明との一致点,相違点は,次の通りである。

「一致点」
「サンプルに光を照射して散乱光のスペクトルを得る手段と,
前記スペクトルを分析する手段と,
光検出器と,
前記分析されたスペクトルの少なくとも一つの成分を前記光検出器に通し,前記サンプルの所与の面から散乱された光を前記光検出器の所与の領域に合焦させ前記サンプルの他の面から散乱された光を前記光検出器に合焦させない手段と
を具備する分光分析装置であって,
前記光はスリットを通過し,
前記光検出器の所定の領域で受ける光が,前記領域外で受ける光を含まずに検出される,
分光分析装置。」

「相違点1」
スリットについて,本件発明7では,「第一の次元で共焦点作用をもたらす一次元空間フィルタ」であり,「前記サンプルの前記所与の面の焦点からの散乱光は,前記スリットにおいてスポットとしての焦点に絞り込まれて前記スリットを通過し,前記サンプルの前記所与の面の前記焦点の前または後で散乱される光は,前記スリットにおいて焦点を結ば」ないのに対し,甲13発明では,それが明らかでない点。

「相違点2」
所与の領域について,本件発明7では,「前記第一の次元を横切る第二の次元で共焦点作用をもたらすように形成されて」いるのに対し,甲13発明では,それが明らかでない点。

「相違点3」
本件発明7では,「前記サンプルに光を照射するのと,前記サンプルからの散乱光を集光するのとに同一のレンズが用いられ」るのに対し,甲13発明では,前記光学系と前記対物レンズとの間に,共用される光学要素はない点。

「相違点4」
光検出器について,本件発明7では「電荷結合素子」であるのに対し,甲13発明では「PS-PMT」である点。

イ 相違点の検討
(ア) 「相違点1」について
A.甲13発明において,Ar+レーザの515nm線のスリット上でのエアリーディスク径の最小値は,63μmである。
また,また,ラマン散乱光の波長は光源光の波長よりも長いから,ラマン散乱光によって形成されるスリット上でのエアリーディスク径の最小値は上記の63μmよりも大きくなる。
他方,甲13発明のスリット幅は100μmであるから,スリット幅とラマン散乱光によってスリット上で形成されるエアリーディスク径との比は1.59(100/63)よりも大きくなることはない。
そして,スリット幅がエアリーディスクの大きさの2.5倍までの場合は,光学的に,共焦点作用を有すると認められる。
これについて,次のB.とC.の2つの場合について検討する。

B.甲13発明においてはシリンドリカル・レンズが存在し,上記第4の13(6)に摘記した甲13の図1には,これが入射スリットに入射する前に置かれる様子が示されている。このシリンドリカル・レンズは,上記第4の13(3)の「3. 2 二次元検出器と非点収差補正」中に記載されているように,グレーティングを使用した分光器が有する非点収差により,入射スリット上の点光源が光の分散方向(X方向)に直交するY方向へ線状に広がるのを抑えるため,Y方向に非点収差を与えるものである。したがって,甲13発明のシリンドリカル・レンズは,スリットの幅方向(X方向)に影響を与えるものではないから,上記A.のとおり,スリット幅はエアリーディスクの大きさの2.5倍より小さく,結果,甲13発明の「入射スリット」は共焦点作用を有する。
したがって,甲13発明における試料の所与の面の焦点からの散乱光は,入射スリットにおいてスポットとしての焦点に絞り込まれて前記入射スリットを通過し,前記試料の前記所与の面の前記焦点の前または後で散乱される光は,前記スリットにおいて焦点を結ばないことも明らかである。
よって,上記「相違点1」は実質的な相違点ではない。

C.非点収差を補正するシリンドリカル・レンズを,甲13の図1のように分光器への入射前に置く他,分光器からの出力後や分光器の中に置くことも周知技術であるから,甲13発明におけるシリンドリカル・レンズを,散乱光が入射スリットを通過した後の光の経路に配置することは,当業者が容易に想到し得たことである。
この結果,甲13発明のシリンドリカル・レンズは上記A.のエアリーディスク径についての検討に影響を与えないから,甲13発明の「入射スリット」は,共焦点作用を有し,試料の所与の面の焦点からの散乱光は,入射スリットにおいてスポットとしての焦点に絞り込まれて前記入射スリットを通過し,前記試料の前記所与の面の前記焦点の前または後で散乱される光は,前記スリットにおいて焦点を結ばないことも明らかである。

(イ)「相違点2」について
甲13発明において,「前記トリプル・ポリクロメータ分光器は,前段フィルタ・ステージの差分散型ダブル分光器は50cmの焦点距離を持ち,後段のポリクロメータは入射側が50cm,出射側が60cmの焦点距離の集光系を用いて」いることから,入射スリットの位置から光検出器の位置までの倍率は,60/50=1.2倍であると認められる。よって,Ar+レーザの515nm線のPS-PMTでのエアリーディスク径の最小値は,60μm×1.2=76μmであり,ラマン散乱光の波長は光源光よりも長いから,ラマン散乱光によって形成される光検出器上でのエアリーディスク径の最小値は76μmより大きい。
他方,甲13発明においては,25μm角のピクセル5つを加算することから,その幅は25μm×5=125μmとなり,その幅と,ラマン散乱光により光検出器上で形成されるエアリーディスク径との比は,125/76=1.64より大きくなることはない。
そして,スリット幅がエアリーディスクの大きさの2.5倍までの場合は,光学的に,共焦点作用を有すると認められるから,甲13発明においては「前記PS-PMTにおいてY方向に5ピクセルずつ加算して」いることによって,第一の次元を横切る第二の次元で共焦点作用を有するといえ,その5ピクセルの幅を持つ領域により「所与の領域」が形成される。
よって,上記「相違点2」は実質的な相違点ではない。

(ウ)「相違点3」について
ラマン分光装置において,サンプルに光を照射するのと,サンプルからの散乱光を集光するのとに同一のレンズを用いることは,例えば,上記第4の1の甲1(図1)等に示されているように周知技術である。
そして,この周知技術を甲13発明に採用するにあたって,格別な困難性も認められない。
よって,甲13発明に上記周知技術を採用して,上記「相違点3」に係る本件発明7の構成を想到することは,当業者にとって容易なことである。

(エ)「相違点4」について
上記第4の13(2)に摘記した中に記載されているように,甲13の4頁1?8行目には,「PS-PMTのようなデジタル検出器においては,信号は常にフォトン・カウンティングによってひとつひとつ数えられている。普通は波高弁別器によってエネルギーの高いもしくは低いノイズと正しい信号とを選別して測定しており,またたとえ宇宙線ノイズがはいったとしても1カウントと数えられるだけである。今回我々は超微弱信号の検出を目的としているので,以上の理由によりPS-PMTを採用することにした。但し,量子効率の絶対値や赤外域の感度などを重んじるならばCCD検出器の方が優れているなど,目的によって選択は異なってくることを注意しておく。」と記載されていることから,甲13発明において,「PS-PMT」の代わりに「CCD」を採用することは,当業者が容易に想到し得たことである。

(オ)以上の相違点1?4を総合的に勘案しても,本件発明7の奏する作用効果は,甲13発明の奏する作用効果から予測される範囲内のものにすぎず,格別顕著なものでもない。

(カ)したがって,本件発明7は,甲13発明及び上記周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

(2)本件発明8について
本件発明8は,本件発明7の「前記光検出器の前記所与の領域」が「細長い」点をさらに特定したものである。
この点については,甲13発明の「前記PS-PMTにおける,Y方向に5ピクセルずつ加算してラマン・スペクトルを得る領域は細長い」のであるから,相違点でない。
したがって,本件発明8と本件発明7との相違点は,上記相違点1及び2が実質的に相違点ではないことを踏まえると,上記相違点3及び4であり,この相違点3及び4に係る本件発明8の構成を甲13発明に付加することは,上記(1)で検討したように,当業者が容易に想到し得たことである。
よって,本件発明8は,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

(3)本件発明9について
本件発明9は,本件発明7の「前記光検出器の前記所与の領域」について,さらに「前記スリットを横切る方向に延在している」点を特定したものである。
この点について検討すると,まず,甲13発明においては,スリットの幅方向がX方向であるから,スリットの溝が走る方向はY方向である。そして,甲13発明において,「前記PS-PMTにおける,Y方向に5ピクセルずつ加算してラマン・スペクトルを得る領域は細長い」のであるが,細いのは5ピクセルに限定されたY方向,長いのは限定されないX方向である。
したがって,「ラマン・スペクトルを得る領域」において「長い」X方向と,スリットの溝が走るY方向とは,直交する。
よって,甲13発明の「X方向の幅100μmの入射スリット」を通った散乱光を受ける「前記PS-PMTにおける,Y方向に5ピクセルずつ加算してラマン・スペクトルを得る領域は細長い」ことは,本件発明9の「前記光検出器の前記所与の領域が前記スリットを横切る方向に延在している」ことに相当する。
してみれば,本件発明9と甲13発明との相違点は,上記相違点1及び2が実質的に相違点ではないことを踏まえると,上記相違点3及び4であり,この相違点3及び4に係る本件発明9の構成を甲13発明に付加することは,上記(1)で検討したように,当業者が容易に想到し得たことである。
よって,本件発明9は,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

(4)本件発明10について
本件発明10は,本件発明7の「前記光検出器」について,「ピクセルのアレイを備えた」点をさらに特定するものであるが,甲13発明の「PS-PMT」が,「ピクセルが二次元配列された二次元検出器」であることから,この点は相違点ではない。
してみれば,本件発明10と甲13発明との相違点は,上記相違点1及び2が実質的に相違点ではないことを踏まえると,上記相違点3及び4であり,この相違点3及び4に係る本件発明10の構成を甲13発明に付加することは,上記(1)で検討したように,当業者が容易に想到し得たことである。
よって,本件発明10は,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

(5)本件発明11について
本件発明11は,本件発明7を引用する本件発明10に,さらに「前記所与の領域の前記ピクセルの一部からのデータを選択的にまとめて貯蔵する手段を有する」ことを特定したものである。
ア 対比
本件発明11と甲13発明とを対比すると,本件発明11は,上記相違点1及び2が実質的に相違点ではないことを踏まえると,上記(4)で指摘した,本件発明10における上記相違点3及び4の他,さらに次の相違点5でも相違する。

「相違点5」
本件発明11は,「前記所与の領域の前記ピクセルの一部からのデータを選択的にまとめて貯蔵する手段を有する」のに対し,甲13発明では,「PS-PMTにおいてY方向に5ピクセルずつ加算してラマン・スペクトルを得る」から,その5ピクセルが選択的にまとめて扱われるものの,その貯蔵に関して明らかでない点。

イ 相違点についての検討
(ア)上記「相違点5」について検討するに,まとめて扱われるデータを,後の解析のために,まとめた状態で貯蔵することは,計測データの処理における周知技術である。
そして,甲13発明の超高感度ラマン分光装置で得られるラマン・スペクトルも後に解析されるのは自明であり,上記周知技術を採用することについて,格別な困難性も認められない。
よって,この周知技術にならって,甲13発明の「PS-PMTにおいて」「加算」される「5ピクセル」を,選択的にまとめて貯蔵することは,当業者が容易に想到し得たことである。

(イ)上記相違点3及び4については,上記(1)のとおりであり,上記相違点3?5を総合的に勘案しても,本件発明11の奏する作用効果は,甲13発明の奏する作用効果から予測される範囲内のものにすぎず,格別顕著なものでもない。

ウ よって,本件発明11は,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

(6)本件発明12について
本件発明12は,本件発明7を引用する本件発明10の「光検出器」に関して,さらに「前記光検出器はピクセルの二次元アレイを備え,前記アレイにより与えられるイメージを表すデータを受け,このイメージデータを処理して合焦される前記光を検出する計算手段を有する」点を特定するものである。
この点について検討するに,まず,甲13発明が具備する「ピクセルが二次元配列された二次元検出器であるPS-PMT」における「二次元配列」は,本件発明12の「二次元アレイ」に相当する。
そして,甲13発明において「ピクセルが二次元配列された二次元検出器」で得られるデータは,本件発明12の「イメージデータ」に相当するから,甲13発明において「PS-PMTにおいてY方向に5ピクセルずつ加算」することは,本件発明12において「イメージデータを処理すること」に相当する。
そして,上記5の(1)イ(イ)で検討したように,甲13発明においては,「前記PS-PMTにおいてY方向に5ピクセルずつ加算」することによって第二の次元で共焦点作用を有するといえるのであるから,甲13発明において「PS-PMTにおいてY方向に5ピクセルずつ加算」することは,本件発明12における「イメージデータを処理して合焦される前記光を検出する」ことに相当する。
ここで,甲13発明においては,上記の「PS-PMTにおいてY方向に5ピクセルずつ加算」するという処理を,PS-PMD内で行うのか,信号処理回路系で行うのか定かではないものの,そのいずれかが,本件発明12の「計算手段」に相当するのは明らかである。
よって,甲13発明が,本件発明12の「前記光検出器はピクセルの二次元アレイを備え,前記アレイにより与えられるイメージを表すデータを受け,このイメージデータを処理して合焦される前記光を検出する計算手段」に相当する手段を有するのは明らかである。
してみれば,本件発明12と甲13発明との相違点は,上記相違点1及び2が実質的に相違点ではないことを踏まえると,上記(4)で指摘した本件発明10における上記相違点3及び4であり,この相違点3及び4に係る本件発明12の構成を甲13発明に付加することは,上記(1)で検討したように,当業者が容易に想到し得たことである。
よって,本件発明12は,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

(7)本件発明13について
本件発明13は,本件発明7の「スペクトル」が「ラマン散乱光のスペクトル」であることを特定したものである。
一方,甲13発明の「超高感度ラマン分光装置」は,「Ar+レーザの515nm線を試料に照射し散乱光を発生させ」,「ラマン・スペクトルを得る」装置である。
したがって,甲13発明の「ラマン・スペクトル」は,本件発明13の「ラマン散乱光のスペクトル」に相当する。
してみれば,本件発明13と甲13発明との相違点は,上記相違点1及び2が実質的に相違点ではないことを踏まえると,上記相違点3及び4であり,この相違点3及び4に係る本件発明13の構成を甲13発明に付加することは,上記(1)で検討したように,当業者が容易に想到し得たことである。
よって,本件発明13は,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

6 本件発明7?13の明確性要件違反について
(1)請求人は,「本件特許請求の範囲には,構成要件D,G-1及びG-2において,『所与の領域』との記載がある。この『所与の領域』はサンプルの所与の面から散乱された光が合焦される領域であり(構成要件D),当該『所与の領域』で受ける光が,『所与の領域』外で受ける光を含まずに,またはこの光と分離して検出され(構成要件G-1),かつ,『所与の領域』は,第一の次元を横切る第二の次元で共焦点作用をもたらすように形成されている。
しかしながら,このような『所与の領域』が具体的にどのような範囲であるかについては,特許請求の範囲の記載において,明確ではない。」旨を主張している。(請求書81頁3?10行)
ところで,本件特許明細書には,「サンプルが単色光または多色光さえも照射され,散乱光が分析される他の分光分析技術も知られている。例としては蛍光分光分析および赤外分光分析がある。本発明はそのような技術にも応用できる。そのような技術を共焦点法で使用してサンプルの一定の面から散乱された光のみを分析することも可能である。これは散乱された光をレンズ系の焦点に非常に小さなピンホール(典型的には10μm)を備えた空間フィルタを通過させることを含む。要求された面から散乱された光はピンホールにおいて緊密に焦点を絞られて通過するが,他の面からの光は焦点がそれほど緊密(tight)に絞られず遮断される。しかしながら,そのような空間フィルタは正確に構成するのが難しい。というのは,光学要素を注意深く整合(アラインメント)させて散乱された光を非常に小さなピンホール上に緊密に焦点合わせすることを保証する必要があるからである。同じ理由で,最初に組み立てた後,光学要素を正確に整合状態に維持するのが難しく,この系は,また,振動に対して敏感である。ラマン系のような非常に低レベルの散乱された光しか分析に利用できない系では,焦点に集められた光を目で見ることができないので,整合を行うのが特に困難である。
発明の開示
本発明は,・・・前記光はスリットを備えた一次元空間フィルタを通過して第一の次元で共焦点作用をもたらし,前記光検出器の前記所与の領域で受ける光が,前記所与の領域外で受ける光を含まずに,またはこの光と分離して検出され,前記所与の領域は前記第一の次元を横切る第二の次元で共焦点作用をもたらすように形成されていることを特徴とするものである。」(2頁4欄19行?3頁5欄4行)と記載されているように,本件発明7も通常のピンホールを用いた共焦点法と同様の作用効果を有するものであるから,光検出器の「所与の領域」は,通常のピンホールを用いた共焦点法を用いた場合の,当業者が測定条件等に応じて適宜定める測定領域により定まる領域といえるので,特許請求の範囲の「所与の領域」が明確でないとまではいうことはできず,請求人の上記主張は採用できない。

(2)請求項8は「前記所与の領域が細長い」ことをさらに特定しているが,この「細長い」ということは,平行でない2方向のうち一方が他方より長いことを意味するので明確であり,上記(1)で検討した「所与の領域」の明確性をそこなうものでもない。
よって,請求項8の記載も明確である。

(3)請求項9は「前記所与の領域が前記スリットを横切る方向に延在している」ことをさらに特定するものであり,これも上記(1)で検討した「所与の領域」の明確性をそこなうものでもない。
よって,請求項9の記載も明確である。

(4)請求項10?13は,「所与の領域」について請求項7以上に特定するものではなく,上記(1)で検討した「所与の領域」の明確性をそこなうような特定事項も含まない。
よって,請求項10?13の記載も明確である。

7 小括
上記「5 甲13発明に対する進歩性について」のとおり,本件発明7?13は,甲13発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。


第6 むすび
以上のとおり,本件発明7?13は,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件発明7?13の特許は特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり,特許法第123条第1項第2号に該当し,本件発明7?13の特許は,無効とすべきものである。
審判に関する費用については,特許法169条2項で準用する民事訴訟法61条の規定により,被請求人の負担とする。

よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2015-03-30 
結審通知日 2015-04-01 
審決日 2015-04-27 
出願番号 特願平4-511305
審決分類 P 1 123・ 121- Z (G01J)
最終処分 成立  
前審関与審査官 樋口 宗彦  
特許庁審判長 神 悦彦
特許庁審判官 三崎 仁
右▲高▼ 孝幸
登録日 2002-12-06 
登録番号 特許第3377209号(P3377209)
発明の名称 共焦点分光分析  
代理人 小野 尚純  
復代理人 梅田 幸秀  
代理人 中所 昌司  
代理人 特許業務法人 谷・阿部特許事務所  
代理人 佐野 辰巳  
代理人 松本 雅利  
復代理人 中川 直政  
復代理人 新開 正史  
復代理人 窪田 郁大  
復代理人 上山 浩  
代理人 生田 哲郎  
代理人 奥貫 佐知子  

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