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審決分類 審判 査定不服 特29条特許要件(新規) 特許、登録しない。 H04L
管理番号 1307334
審判番号 不服2014-11514  
総通号数 192 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2015-12-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2014-06-18 
確定日 2015-11-04 
事件の表示 特願2011-510039「可動鍵装置を伴う量子鍵配送」拒絶査定不服審判事件〔平成21年11月26日国際公開,WO2009/141587,平成23年 7月21日国内公表、特表2011-521581〕について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 
理由 第1.手続の経緯
本願は,2009年5月15日(パリ条約による優先権主張外国庁受理2008年5月19日 英国,及び,アメリカ合衆国)を国際出願日とする出願であって,
平成23年1月17日付けで特許法第184条の4第1項の規定による明細書,請求の範囲,及び,図面(図面の中の説明に限る)の日本語による翻訳文が提出され,平成24年3月21日付けで審査請求がなされ,平成25年6月7日付けで審査官により拒絶理由が通知され,これに対して平成25年12月13日付けで意見書が提出されると共に手続補正がなされたが,平成26年2月20日付けで審査官により拒絶査定がなされ(発送;平成26年2月25日),これに対して平成26年6月18日付けで審判請求がなされたものである。

第2.本願発明について
本願の請求項に係る発明は,平成25年12月13日付けの手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項(以下,これを「本願の請求項」という)1?請求項18に記載された,次の事項により特定されるものである。

「 【請求項1】
第1のエンティティから第2のエンティティへの鍵配送方法であって,第1のエンティティが可動鍵装置と秘密データを共有するために前記可動鍵装置と通信するステップと,前記可動鍵装置を前記第2のエンティティとの量子リンクを有する場所まで移動させるステップと,前記量子リンク上に前記可動鍵装置から前記第2のエンティティまで量子信号を送信するステップであって,量子信号が前記秘密データに基づく該ステップと,前記第1のエンティティおよび前記第2のエンティティが第2のエンティティにより受信された量子信号に基づき鍵合意に着手するステップとを含む,方法。
【請求項2】
前記秘密データが乱数の少なくとも1つのストリングを含む,請求項1に記載の方法。
【請求項3】
秘密データが第1のエンティティから可動鍵装置に送信される,請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
第2のエンティティとの量子リンクが,自由空間経路,および適切な導波路(複数可)を通る経路のうちの1つまたは複数を含む,請求項1から3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
量子信号が一連の適切に変調された信号光子を含む,請求項1から4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
鍵合意に着手するステップが第1のエンティティおよび第2のエンティティが認証を行うステップを含む,請求項1から5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
可動鍵装置が一度,しかも一回だけ秘密データを使用して量子信号を送信する,請求項1から6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
秘密データが使用されたときに秘密データを削除するステップを含む,請求項7に記載の方法。
【請求項9】
可動鍵装置が安全で改ざんの恐れのないハウジングによって構成されている,請求項1から8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
第1のエンティティと可動鍵装置の間の通信が暗号化される,請求項1から9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
第1のエンティティと可動鍵装置の間の通信が,第1のエンティティと可動鍵装置の間の量子鍵配送により得られる量子鍵を使って第1のエンティティと可動鍵装置の間の通信を暗号化することにより保護される,請求項10に記載の方法。
【請求項12】
可動鍵装置が少なくとも1つの量子ノードを介して第1のエンティティにリンクされる,請求項10または11に記載の方法。
【請求項13】
第1のエンティティおよび第2のエンティティが鍵合意に着手した後,第1のエンティティおよび第2のエンティティが,第2のエンティティと第3のエンティティの間の量子交換の詳細に関して安全に通信するステップをさらに含む,請求項1から12のいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
第1のエンティティおよび第3のエンティティが新しい鍵を合意するために鍵合意ステップに着手するステップをさらに含む,請求項13に記載の方法。
【請求項15】
可動鍵装置が持ち運びできる装置である,請求項1から14のいずれか一項に記載の方法。
【請求項16】
可動鍵装置が郵便または急使により移動される,請求項15に記載の方法。
【請求項17】
可動鍵装置が乗り物内部に組み込まれる,請求項1から14のいずれか一項に記載の方法。
【請求項18】
可動鍵装置が航空機内部に組み込まれる,請求項17に記載の方法。」

第3.原審の拒絶理由
原審における,平成25年6月7日付けの拒絶理由(以下,これを「原審拒絶理由」という)は,概略,以下のとおりである。

「 理 由

(a)<省略>
(b)この出願の下記の請求項に係る発明は,下記の点で特許法第29条第1項柱書に規定する要件を満たしていないので,特許を受けることができない。
(c)省略

記 (引用文献等については引用文献等一覧参照)
理由(a)について <省略>

理由(b)について
本願請求項1に係る発明には「前記可動鍵装置を前記第2のエンティティとの量子リンクを有する場所まで移動させるステップ」が含まれている。
そして,「前記可動鍵装置」について本願明細書の発明の詳細な説明では,「可動鍵装置は,事実上,鍵記憶装置の役割を果たす,場所から場所へと容易に移動されることができる比較的小型の持ち運びできる装置である場合がある」(段落【0039】)ことや,「そのような小型の可動鍵装置は,必要とされるときに,共有暗号鍵の更新を可能にするために第1のエンティティから第2のエンティティまで郵便物,または急使という別の形を介して送られることができる。」(段落【0040】)ことが記載されており,これらの記載内容を参酌すると,「前記可動鍵装置」を「場所まで移動させる」主体とは人間である。
してみると,「前記可動鍵装置を前記第2のエンティティとの量子リンクを有する場所まで移動させるステップ」とは,人間が「前記可動鍵装置を前記第2のエンティティとの量子リンクを有する場所まで移動させる」という精神的な決定をもって「移動」行為を行うことによって初めて実現可能なステップであり,このような人間の精神活動に基づいて行われる処理は自然法則を利用していないものに該当するので,特許法第2条でいう発明にはあたらないから,本願請求項1に係る発明は,特許法第29条第1項柱書に規定する要件を満たしていない。
さらに,請求項1を引用し,あるいは請求項1に従属する請求項2-18に係る発明も同様の理由により特許法第29条第1項柱書に規定する要件を満たしていない。

理由(c)について <省略> 」

第5.原審拒絶理由についての当審の判断
本願の請求項1に,
「前記可動鍵装置を前記第2のエンティティとの量子リンクを有する場所まで移動させるステップ」,
と記載され,本願の請求項には,
「 【請求項15】
可動鍵装置が持ち運びできる装置である,請求項1から14のいずれか一項に記載の方法。
【請求項16】
可動鍵装置が郵便または急使により移動される,請求項15に記載の方法。
【請求項17】
可動鍵装置が乗り物内部に組み込まれる,請求項1から14のいずれか一項に記載の方法。
【請求項18】
可動鍵装置が航空機内部に組み込まれる,請求項17に記載の方法。」
と記載され,
そして,該「移動させるステップ」に関して,平成23年1月17日付けで提出された特許法第184条の4第1項の規定による明細書の日本語による翻訳文(以下,これを「本願明細書」という)の発明の詳細な説明には,
「【0014】
したがって,量子リンクのチェーンによりリンクされる必要がない2つの場所間で鍵素材の安全な配送を提供することが本発明の目的である。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明によれば,第1のエンティティから第2のエンティティまでの鍵配送方法であって,第1のエンティティが可動鍵装置と秘密データを共有するように前記可動鍵装置と通信するステップと,前記可動鍵装置を前記第2のエンティティとの量子リンクを有する場所まで移動させるステップと,前記可動鍵装置から前記量子リンク上の前記第2のエンティティまで量子信号を送信するステップであって,量子信号が前記秘密データストリングに基づく該ステップと,前記第1のエンティティおよび前記第2のエンティティが第2のエンティティにより受信される量子信号に基づき鍵合意に着手するステップとを含む方法が提供される。
【0016】
したがって,本発明の方法は,可動鍵装置の使用を伴い,量子鍵配送(QKD)の原理が,第1のエンティティと第2のエンティティの間に適切な量子通信リンクが存在しない際でも適用されることができるようにする。第1の場所で第1のエンティティは,秘密データを共有するように可動鍵装置と通信する。この第1の場所では,可動鍵装置には第2のエンティティへの量子リンクがない。第1のエンティティと可動鍵装置の間の通信は,可動鍵装置が第1のエンティティにも知られているデータ,たとえば1つまたは複数の乱数ストリングを含むことを保証する。したがって,通信の終わりには,可動鍵装置は事実上,量子信号伝送の基底として使用されることができ,かつ第1のエンティティに知られる秘密データでロードされる。秘密データは,第1のエンティティから可動鍵装置に送信されることが好ましい。秘密データは可動鍵装置により生成され,第1のエンティティに送信されることができるが,たいていの応用例では,このことは,第1のエンティティが秘密データの生成を制御できなくなるので好ましくない。
【0017】
次に,可動鍵装置は,第2のエンティティへの量子リンクを実際に有する場所まで移動させられる。本明細書で使用される量子リンクは,量子信号の交換に適したリンクを意味する。量子リンクは,たとえば,自由空間経路,または光ファイバケーブルなどの適切な導波路(複数可)の経路を含むことがある。」(下線は,当審にて,説明の都合上付与したものである。以下,同じ),
と記載され,更に,本願明細書の発明の詳細な説明には,
「【0040】
したがって,そのような小型の可動鍵装置は,必要とされるときに,共有暗号鍵の更新を可能にするために第1のエンティティから第2のエンティティまで郵便物,または急使という別の形を介して送られることができる。装置は改ざんの恐れがなく,かつ量子信号を一度だけ送信するという前提で,第1のエンティティは,当事者間で合意された鍵を決定しようと試みる唯一の方法が,量子信号が第2のエンティティに転送されるときに量子信号を測定しようと試みること,または量子伝送を傍受し第2のエンティティに見せかけようと試みることであることを確信することができる。いずれの方法も,鍵合意段階中に検出可能である。」
及び,
「【0044】
ある種の実施形態では,可動鍵装置は乗り物の一部の中に組み込まれることがある可能性がある。乗り物は,陸,海,空,または宇宙の乗り物であれ,どんな動く乗り物でもよく,本明細書の目的については,乗り物という用語の意味において人工衛星が含まれるものとする。したがって,本発明は,第2のエンティティと接続されるように移動されることができる乗り物の中に本発明による可動鍵装置を配置することがある。第2のエンティティ自体さらに移動するために乗り物上に配置されることができる。したがって,本発明は鍵配送の一部を提供するために,スケジュールされた乗り物の移動を使用することができる。たとえば,可動鍵装置が,定期的にスケジュールされた飛行を行う航空機の中に組み込まれた場合,本発明は長距離QKDの自動的手段を提供する。たとえば,ロンドンの銀行がニューヨークの姉妹銀行と新しい鍵を合意することを望むと仮定する。ロンドンの銀行は,ニューヨーク行きの航空機とのリンクを有するロンドン空港に配置される通信ハブ量子ノードと安全な通信を確立することがある。銀行と空港通信ハブの間の通信は,銀行とハブの間の直接量子リンクを介して,または1つまたは複数の量子ノードを介してQKDにより守られることができる。
【0045】
少なくとも1つの可動鍵装置が航空機の中に組み込まれる。可動鍵装置と空港ハブの間の量子リンクを形成する機器が各空港ゲートに配置されることができ,たとえば,自由空間光学機器が,航空機の適切な部分と,空港基盤,または航空機の中にプラグインされることができる光ファイバリンクとの間でやりとりする光信号を伝送するように構成される。可動鍵装置と通信ハブの間にはまた古典的通信手段もある。銀行は,可動鍵装置に量子信号を送信するために使用される空港ハブに乱数の安全なストリングを送信する。次に,銀行は可動鍵装置と鍵合意ステップに着手し,暗号鍵を合意する。次に,銀行は,前記暗号鍵を使用して暗号化された安全なデータストリングを可動鍵装置に送信する。可動鍵装置はまた,異なる組織から異なる安全なデータストリングを受信し,そのデータを可動鍵装置のメモリの異なる部分,または別個のメモリユニットに記憶する,および/または複数の可動鍵装置が存在することがある。
【0046】
その後,航空機は最終的にロンドンを出発し,ニューヨークに向け飛び立ち,空港に着陸する。航空機がゲートで所定の位置につくと,量子リンクが可動鍵装置とニューヨークの空港の通信ハブの間に形成される。ある時点で,ロンドンの銀行からのデータを有する可動鍵装置はこの通信ハブと通信し,次に,ロンドンの銀行からメモリ内に保持された秘密データに基づき量子信号を送信する。ニューヨークの空港の通信ハブは,量子信号を検出しようと試み,最後には1組の測定されたデータに至る。次に,ニューヨークの空港の通信ハブは古典的チャネル上でロンドンの銀行と通信する。銀行およびニューヨークの空港の通信ハブは,(たとえば,初期登録過程で確立され,次に,鍵が使用されるたびに更新される)共有ID鍵に基づき互いに認証し,次に,鍵合意ステップに着手する。妨害がないと仮定して,銀行およびニューヨークの空港の通信ハブは量子鍵を合意する。次に,銀行は通信ハブにニューヨークの銀行との量子リンクを確立するよう指令し,量子信号の基底として使用される一連の乱数をハブに送り,乱数ストリングは量子鍵により暗号化される。ニューヨークの銀行は量子信号を測定しようと試み,次に,直接ロンドンの銀行と認証ステップおよび鍵合意ステップに着手する。ロンドンの銀行は,送信される量子信号について知っているので,妨害がないと仮定して,認証および鍵合意は成功する。したがって,ロンドンの銀行およびニューヨークの銀行は,直接であれ,別の方法であれ,ロンドンとニューヨークの間に機能する量子リンクがなくても,将来の通信のエンドツーエンド暗号化のために使用されることができ,かつQKD技法を使用して確立された新しい暗号鍵を確立する。」
と記載されていて,上記引用の本願明細書の段落【0040】に記載された内容は,本願の請求項16に記載された事項と同等に,
“「可動鍵装置」を,「郵便」,又は,「急使」を用いて,「第2のエンティティ」近傍の,「量子リンクを有する場所」まで,送る”
というものであり,上記引用の本願明細書の段落【0044】に記載されている事項は,
“「可動鍵装置」を,何らかの「乗り物」に乗せて,「第2のエンティティ」近傍の,「量子リンクを有する場所」まで,送る”
というものであり,上記引用の本願明細書の段落【0045】,及び,段落【0046】に記載された内容は,
「乗り物」として「飛行機」を採用した事例を示すものである。
したがって,上記引用の本願の請求項1に記載の,
「前記可動鍵装置を前記第2のエンティティとの量子リンクを有する場所まで移動させるステップ」,
とは,本願の請求項1,及び,請求項15?請求項16に記載の内容,及び,上記引用の,本願明細書の発明の詳細な説明に記載された内容から,
“持ち運びできる可動鍵装置を,郵便,または,急使を使用して,第2のエンティティとの量子リンクを有する場所まで送る,或いは,航空機といった乗り物に乗せて,第2のエンティティとの量子リンクを有する場所まで送る”
「ステップ」を示すものであって,「移動される」手法としては,上記指摘の手法以外には,本願の請求項各項,本願明細書の発明の詳細な説明,及び,図面には示されていない。
そこで,上記引用の本願の請求項1に記載された事項において,「可動鍵装置」を「移動させる」こと,及びそのために用いられている「郵便」,「急使」,“乗り物に組み込むこと”,及び,“飛行機内部に組み込む”こと,について,以下に検討する。

1.“可動鍵装置を第2のエンティティとの量子リンクを有する場所まで移動させる”こと
上記引用の記載を字句どおり読めば,
“人が,可動鍵装置を第2のエンティティとの量子リンクを有する場所まで移動させる”という態様を含むことは明らかである。

2.「郵便」を使用する場合
本願の請求項15に記載された内容で,本願の請求項1に記載の内容を限定解釈した場合,「可動鍵装置」を「移動させる」ために,「郵便」を使用することは,「郵便」自体が,“手紙やものを輸送するためのサービス”の一種であって,該“サービス”を使用するとは,「可動鍵装置」を,「第2のエンティティとの量子リンクを有する場所まで」移動させたい者が,該“サービス”の使用を決定することによってなされるものである。
即ち,「郵便」を使用する場合,本願の請求項1に記載の「移動させる」とは,“人”が,「可動鍵装置」を,「第2のエンティティとの量子リンクを有する場所まで移動させる」作業を示すものであると言える。

3.「急使」を使用する場合
「急使」とは,“急ぎの使い”であるから,“人”を用いた“情報”や,“物”の伝達,或いは,配送手段を指すものであることは明らかである。
したがって,この場合も,「可動鍵装置」を,「第2のエンティティとの量子リンクを有する場所まで」移動させたい“者”が,「急使」という“人”を使った“配送手段”を採用して「可動鍵装置」を「移動させる」ことを示すものである。

4.「乗り物内部に組み込」む,及び,「飛行機内部に組み込」む場合
上記においても指摘したとおり,「可動鍵装置」を,任意の「乗り物内部に組み込」む,或いは,乗り物を「飛行機」に限定して,「飛行機内部に組み込」むとは,
「可動鍵装置」を,任意の「乗り物」に乗せる,或いは,「可動鍵装置」を,「飛行機」に乗せることを意味し,「可動鍵装置」を,「乗り物」等に乗せる行為は,“人”によって行われるものである。

以上,1.?4.に検討したとおり,本願の請求項1に記載された,
「前記可動鍵装置を前記第2のエンティティとの量子リンクを有する場所まで移動させるステップ」,
とは,本願の請求項各項,本願明細書の発明の詳細な説明,及び,図面に記載された内容から,“「人手」によって実現されるステップ”であるといえる。

次に,本願の請求項1に記載された,“「人手」によって実現されるステップである”
「前記可動鍵装置を前記第2のエンティティとの量子リンクを有する場所まで移動させるステップ」,
を含む「第1のエンティティから第2のエンティティへの鍵配送方法」が,全体として,「自然法則を利用した」ものであると言えるかについて検討する。

本願の請求項1に記載された,
「第1のエンティティから第2のエンティティへの鍵配送方法」,
とは,本願明細書の段落【0014】に記載された,
「量子リンクのチェーンによりリンクされる必要がない2つの場所間で鍵素材の安全な配送を提供することが本発明の目的である」,
同段落【0016】に記載された,
「第1の場所で第1のエンティティは,秘密データを共有するように可動鍵装置と通信する。この第1の場所では,可動鍵装置には第2のエンティティへの量子リンクがない」,
同段落【0017】に記載された,
「次に,可動鍵装置は,第2のエンティティへの量子リンクを実際に有する場所まで移動させられる」,
から,
“第1のエンティティと,第2のエンティティとの間に,直接,量子リンクが存在していない環境において,第1のエンティティと,第2のエンティティとの間の,量子鍵配送を実現するために,仲介となる可動鍵装置に,第1のエンティティから必要な情報を送信し,該可動鍵装置を,第2のエンティティとの間の量子リンクが可能な場所まで,移動させ,可動鍵装置と,第2のエンティティとの間の量子リンク可能な場所において量子リンクを確立する”,
というものである。
即ち,上記1.?4.において,“人手による作業である”と認定した,ステップが,本願における課題を解決する主要な構成となっている。
そして,本願の請求項1には,上記引用のステップの前段に存在する,
「第1のエンティティが可動鍵装置と秘密データを共有するために前記可動鍵装置と通信するステップ」(以下,これを「前段ステップ」という),
その後段に存在する,
「前記量子リンク上に前記可動鍵装置から前記第2のエンティティまで量子信号を送信するステップ」(以下,これを「後段ステップ」という),
は,「可動鍵装置」の前処理,後処理として周知の技術的事項が記載されているに止まり,本願の請求項1に記載されているのは,全体として,
“第1のエンティティから(直接接続されていない)第2のエンティティへの鍵配送であって,
(1)第1のエンティティから,第2のエンティティへ送るべき秘密データを,仲介となる可動鍵装置に送信する手順と,
(2)第2のエンティティへ送るべき秘密データを格納した可動鍵装置を,第2のエンティティと,量子リンクが確立できる場所まで,移動させる手順と,
(3)可動鍵装置を,第2のエンティティと量子リンクが確立できる場所まで移動させたら,第2のエンティティとの量子通信を行い,前記秘密データを送信する手順
とからなる方法”
が記載されているに止まり,全体としては,“直接量子リンクが確立できない,エンティティ間で,仲介装置を,人手で移動させることによって,量子リンクが確立できるようにするための作業手順が開示されているにすぎない”

以上の検討したとおりであるから,本願の請求項1に記載された事項は,前段ステップ,後段ステップに,装置間の通信に関する記述かあることを考慮しても,全体として,“人手による作業の手順”を開示したものであり,自然法則を利用したものであるとは認められない。

なお,この点に関して,審判請求人は,平成25年12月13日付けの意見書(以下,これを「意見書」という)において,
「本願請求項1に記載の「前記可動鍵装置を前記第2のエンティティとの量子リンクを有する場所まで移動させるステップ」について,「前記可動鍵装置」を「場所まで移動させる」主体が人間であるとしても,請求項1に係る発明は,特許法第2条でいう発明にはあたると思料する。
発明該当性に関して,審査基準によれば,「発明を特定するための事項に自然法則を利用していない部分があっても,請求項に係る発明が全体として自然法則を利用していると判断されるときは,その発明は,自然法則を利用したものとなる」とある。審査基準第II部第1章1.1(4)参照。まず,請求項1に記載の他のすべてのステップは,自然法則を利用している。そのため,請求項1に係る発明は,全体として自然法則を利用したものといえる。さらに,請求項1に記載の「移動させるステップ」も自然法則を利用していると思料する。その理由は,請求項1に記載の「前記第2のエンティティとの量子リンクを有する場所」は,単一光子の使用のために制限される物理的限界によって決められ,この物理的限界は,人間の精神活動ではなく,自然法則である。そのため,請求項1に記載の「移動させる」ステップも自然法則を利用している。
したがって,本願発明は,特許法第29条第1項柱書に規定する要件を満たす。」
と主張し,平成26年6月18日付けの審判請求書(以下,これを「審判請求書」という)において,
「拒絶査定の備考によれば,「「前記可動鍵装置」を「場所まで移動させる」主体が人間である」とした場合,「移動させるステップ」の実行主体である「第1のエンティティ」自体が人間となる,とされている。しかしながら,「前記可動鍵装置」を「場所まで移動させる」主体が人間であるとした場合であっても,これは,「第1のエンティティ」が「移動させるステップ」の実行主体であることを意味しない。請求項1の記載によれば,「第1のエンティティ」は,「可動鍵装置と通信するステップ」の実行主体であるが,他のステップの実行主体であるとは限らない。また,仮に「第1のエンティティ」が請求項1に記載の他のすべてのステップの実行主体であるとしても,請求項に係る発明は,全体として自然法則を利用していると思料する。すなわち,「可動鍵装置」は,物理的装置であり,「量子リンク」や「量子信号」は,物理的性質のものである。そのため,請求項に係る発明は,自然法則を利用しているといえる。
実際,審査基準第VII部第1章2.2.2(注)(2)によれば,
「請求項に係る発明が,
(a)機器等(例:炊飯器,洗濯機,エンジン,ハードディスク装置)に対する制御又は制御に伴う処理を具体的に行うもの,又は
(b)対象の物理的性質又は技術的性質(例:エンジン回転数,圧延温度)に基づく情報処理を具体的に行うもの
に当たる場合は,「自然法則を利用した技術的思想の創作」である。」
そのため,本願請求項1に係る発明は,「可動鍵装置」に対する制御又は制御に伴う処理を具体的に行うものに当たるか,「可動鍵装置」の「量子リンク」や「量子信号」に基づく情報処理を具体的に行うものに当たる。
このように,少なくともこれらの観点から,本願発明は,特許法上の発明に該当すると思料する。」
と主張しているが,意見書において,「「移動させる」ステップも自然法則を利用している」ことの根拠としている,
「請求項1に記載の「移動させるステップ」も自然法則を利用していると思料する。その理由は,請求項1に記載の「前記第2のエンティティとの量子リンクを有する場所」は,単一光子の使用のために制限される物理的限界によって決められ,この物理的限界は,人間の精神活動ではなく,自然法則である。」
ことと,「可動鍵装置」を「移動させる」こととは,何ら関係がなく,したがって,上記引用の意見書の主張は採用できない。
また,審判請求書において,審査基準第VII部第1章2.2.2(注)(2)を引用して,本願の請求項1に記載された事項が,自然法則を利用しているものである旨主張しているが,審査基準第VII部第1章は,「第VII部 特定技術分野の審査基準 第1章 コンピュータ・ソフトウエア関連発明」に関するものである。
一方,本願の請求項1に記載された事項は,「コンピュータ・ソフトウエア関連発明」ではないので,参照すべき審査基準は,「第II部 特許要件 第1章 産業上利用することができる発明 (4)自然法則を利用していないもの」であって,本願の請求項1に記載された事項のように,一部に,通信等の装置間の処理過程が含まれているとしても,全体として,人の作業手順を表現したものと解されるものは,上記において指摘したとおり,自然法則を利用したものとは認められない。
よって,審判請求書における主張も,採用できない。

以上に検討したとおりであるから,本願の請求項1に係る発明は,自然法則を利用した技術的思想の創作には該当しない。

第6.むすび
したがって,本願の請求項1に係る発明は,特許法第29条第1項柱書の要件を満たしておらず,特許を受けることができない。

よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2015-06-08 
結審通知日 2015-06-09 
審決日 2015-06-23 
出願番号 特願2011-510039(P2011-510039)
審決分類 P 1 8・ 1- Z (H04L)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 青木 重徳  
特許庁審判長 山崎 達也
特許庁審判官 石井 茂和
浜岸 広明
発明の名称 可動鍵装置を伴う量子鍵配送  
代理人 特許業務法人川口國際特許事務所  

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