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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C07K
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C07K
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C07K
管理番号 1311799
異議申立番号 異議2015-700112  
総通号数 196 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2016-04-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2015-10-22 
確定日 2016-01-07 
異議申立件数
事件の表示 特許第5705288号「プロタンパク質コンベルターゼスブチリシンケクシン9型(PCSK9)に対する抗原結合タンパク質」の請求項1?9に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 特許第5705288号の請求項1?9に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第5705288号の請求項1?9に係る特許についての出願は、平成20年8月22日(パリ条約による優先権主張 平成19年8月23日、米国、 平成19年12月21日、米国、 平成20年1月9日、米国、 平成20年8月4日、米国)を国際出願日とする特願2010-522084号の一部を平成25年9月20日に新たな特許出願としたものであって、平成27年3月6日に特許の設定登録がされ、その特許に対し、平成27年10月22日に特許異議申立人SK特許業務法人により特許異議の申立てがされたものである。

第2 本件発明
特許第5705288号の請求項1?9に係る発明は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1?9に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。
「【請求項1】
PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ、PCSK9との結合に関して、配列番号368、175及び180のアミノ酸配列からそれぞれなるCDR1、2及び3を含む重鎖と、配列番号158、162及び395からそれぞれなるCDR1、2及び3を含む軽鎖とを含む抗体と競合する、単離されたモノクローナル抗体。
【請求項2】
PCSK9との結合に関して、配列番号49のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と、配列番号23のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体と競合する、請求項1に記載の単離されたモノクローナル抗体。
【請求項3】
配列番号247、256及び265のアミノ酸配列からそれぞれなるCDR1、2及び3を含む重鎖と、配列番号222、229及び238からそれぞれなるCDR1、2及び3を含む軽鎖とを含む第二の抗体との結合に関しさらに競合する、請求項1又は2に記載の単離されたモノクローナル抗体。
【請求項4】
配列番号67のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と、配列番号12のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む第二の抗体との結合に関しさらに競合する、請求項3に記載の単離されたモノクローナル抗体。
【請求項5】
PCSK9とLDLRとの結合を中和することができ、配列番号368、175及び180のアミノ酸配列からそれぞれなるCDR1、2及び3を含む重鎖と、配列番号158、162及び395からそれぞれなるCDR1、2及び3を含む軽鎖とを含む抗体のエピトープと完全に又は部分的に同じエピトープを認識する、単離されたモノクローナル抗体。
【請求項6】
配列番号49のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と、配列番号23のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体のエピトープと完全に又は部分的に同じエピトープを認識する、請求項5に記載の単離されたモノクローナル抗体。
【請求項7】
配列番号247、256及び265のアミノ酸配列からそれぞれなるCDR1、2及び3を含む重鎖と、配列番号222、229及び238からそれぞれなるCDR1、2及び3を含む軽鎖とを含む第二の抗体のエピトープと完全に又は部分的に同じエピトープをさらに認識する、請求項5又は6に記載の単離されたモノクローナル抗体。
【請求項8】
配列番号67のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と、配列番号12のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む第二の抗体のエピトープと完全に又は部分的に同じエピトープをさらに認識する、請求項7に記載の単離されたモノクローナル抗体。
【請求項9】
請求項1?8のいずれか1項に記載の単離されたモノクローナル抗体を含む、医薬組成物。」
(以下、「本件発明1」、「本件発明2」等といい、併せて「本件発明」という。)

第3 異議申立の理由
異議申立人の主張する、申立の理由は、概略、次のとおりのものである。
1 取消理由1(進歩性欠如)
本件優先日当時、当業者は、高コレステロール血症の治療を目的として、PCSK9とLDLRの相互作用を中和する抗体を取得する強い動機付けを有しており(甲第1?5号証)、(1)周知のXenoMouseを用いることにより、(2)PCSKペプチド220-240を用いることにより(甲第1号証)、(3)PCSK9のD374を含むペプチドを用いることにより(甲第1、3号証)、又は、(4)周知のファージディスプレイ法を用いることにより(甲第5、6号証)、当該抗体を容易に取得することができた。そして、本件発明1?9に顕著な効果は認められない。
したがって、本件発明1?9は、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。

2 取消理由2(記載要件違反)
次の(1)?(4)の点で、本件の発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしておらず、特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号及び第2号に規定する要件を満たしていない。
(1)「中和」について
特許請求の範囲及び発明の詳細な説明において、中和のレベル、中和アッセイ系及び中和アッセイの実験条件が定義されていない。また、発明の詳細な説明において、PCSK9は広範なものとして定義されている。中和アッセイ系、中和アッセイの実験条件及び用いるPCSK9が異なれば、得られる結果が変わるから、請求項1?8における「PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ」の意味が明確でなく、どのような抗体が本件発明1?9の技術的範囲に入るのか判断することができない。

(2)「フレームワーク」について
請求項1、3、5及び7において、競合相手の抗体及びエピトープが同じである抗体のフレームワークが特定されていない。フレームワークが異なれば、抗体の立体構造が変化し、抗体の結合活性や抗体が認識する配列に影響が出ることが技術常識であるから、本件発明1、3、5及び7の抗体が、どのようなフレームワークの抗体と競合したときに競合したことになるのか、どのようなフレームワークの抗体と同じエピトープを認識しなければならないのか、当業者は判断することができない。

(3)「競合」について
特許請求の範囲及び発明の詳細な説明において、競合のレベル、競合アッセイ系及び競合アッセイの実験条件が定義されていない。競合アッセイ系やその実験条件が異なれば、得られる結果が変わるから、請求項1?4における「競合する」の意味が明確でなく、どのような抗体が本件発明1?4及び9の技術的範囲に入るのか判断することができないし、どのようにして本件発明1?4の抗体を取得すればよいのかがわからない。

(4)「エピトープ」について
発明の詳細な説明では、エピトープは、抗原結合タンパク質によって結合され得るあらゆる決定基を含む旨定義されている(段落【0142】)。このようなエピトープには、実施例において、結合する抗体から5あるいは8オングストローム内に存在することが示されたアミノ酸残基以外のアミノ酸残基も含まれるから、当業者は請求項5?9でいうエピトープを決定することができない。
また、特許請求の範囲及び発明の詳細な説明において、エピトープを認識すると判断するために、どの程度のレベルが必要か定義がないから、当業者は得られた抗体がエピトープを認識するといえるのかどうか、判断できない。
さらに、発明の詳細な説明には、21B12抗体や31H4抗体のエピトープと考えられるPCSK9のアミノ酸残基が多数列挙されているが、これらをどのように利用して抗体を取得できるのか、これらのアミノ酸残基のいずれか一つを認識する抗体がPCSK9とLDLRの結合を中和するかについて、記載されていない。実施例28には、LDLRはPCSK9の触媒ドメインに結合することが示されているところ、エピトープとして挙げられたPCSK9中のアミノ酸残基の中には触媒ドメイン以外に位置するものも含まれるから、そのようなエピトープがPCSK9とLDLRの結合を中和できるとは考えられない。したがって、発明の詳細な説明は、当業者が本件発明5?9の抗体を製造することができるように記載したものとはいえない。

第4 当合議体の判断
当合議体は、以下に述べるとおり、取消理由1及び2は、いずれも理由がないと判断する。

1 取消理由1(進歩性欠如)について
(1)甲第1?6号証に記載された事項
ア 甲第1号証(J.Clin.Invest., vol.116(11), p.2995-3005(Nov.2006))
甲第1号証は、本件優先日前に発行された学術論文であって、次の事項が記載されている。
「我々は、HepG2細胞の培地に添加した精製PCSK9が、用量及び時間依存的に、細胞表面のLDLRの数を減少させることを示す。高コレステロール血症を引き起こす機能増強変異体PCSK9(D374Y)は、この活性を約10倍有していた。PCSK9の結合や取り込みは、大部分LDLRの存在に依存した。共免疫沈殿およびリガンドブロッティング試験はPCSK9とLDLRが直接会合することを示した。・・・PCSK9が血漿中で活性なのかを確認するために、PCSK9トランスジェニックマウスを野生型同腹子と並体癒合した。並体癒合の後、分泌PCSK9は野生型マウスの血漿循環に移行し、肝臓のLDLR量を検出できないレベルにまで減少させた。分泌PCSK9はLDLRと会合し、肝臓のLDLRレベルを減少させると結論する。」(第2995頁要約)
「PCSK9の生物活性はマウスにおける過剰発現研究をとおして明らかとなった。転写後のPCSK9過剰発現は、肝臓におけるLDLRの量を減少させた。PCSK9が、通常時LDLRタンパク質のレベルを制御することの確証は、ヒトおよびマウスにおける機能喪失研究により行われた。PCSK9対立遺伝子にナンセンス変異のヘテロ結合を有する個体は、著しく低い血漿LDLコレステロールレベルとなり、PCSK9活性の低下はLDLRの増加につながることが示唆された。これらの結論は、PCSK9ノックアウトマウスの研究によっても裏付けられた。この研究は、PCSK9の欠失が、肝臓におけるLDLRの数を増加し、血漿LDLの除去を加速し、そして著しく血漿コレステロールレベルを低下させる結果となることを示した。最近のほとんどの研究は、PCSK9に機能欠失変異のヘテロ接合を有するヒトは、アテローム硬化性心疾患を発症する長期的リスクが極めて低いことを示している。
ヒトの遺伝的データ及びマウスのin vivo研究は、PCSK9の一つの機能はLDLRの数を減少させることであること、そして、この機能は、基礎状態のヒトにおいても明白であることを示している。」(第2995頁右欄第6?25行)
「PCSK9機能欠失変異体のヒト遺伝データとPCSK9欠損ノックアウトマウスの研究は、当該プロテアーゼの阻害が、高コレステロール血症の処置に治療効果をもたらすことを明確に示している。・・・今回のデータが示すように、PCSK9が分泌因子として機能するとすれば、LDLRとの相互作用を阻害する抗体、あるいは、血漿での活性を妨げる阻害剤の開発など、活性を中和する追加的方法を、高コレステロール血症の治療のために活用することができる。」(第3002頁右欄下から第13?1行)
「抗体。抗ヒトPCSK9ポリクローナル抗体のために、Proteanソフトウェアを用いてヒトPCSK9アミノ酸配列の免疫原性領域を分析した。アミノ酸165-180(RYRADEYQPPDGGSLV)及び220-240(ASKCDSHGTHLAGVVSGRDAG)を合成し、Imject Maleimide Activated mcKLH キット(Pierce)を用いてキーホールリンペットヘモシアニンに結合し、以前に記載した方法により、ウサギにペプチド混合物を注射した。IgG画分を血清から、ImmunoPure(A/G)IgG精製キット(Pierce)を用いて精製した。」(第3003頁左欄第26?33行)
イ 甲第2号証(J.Biol.Chem., vol.282(25), p.18602-18612(June 22,2007))
甲第2号証は、本件優先日前に発行された学術論文であって、次の事項が記載されている。
「ここで、我々は、LDLRの細胞外ドメイン内にPCSK9の結合部位があることを見出し、PCSK9が結合した後のレセプターの結末を決定した。組換えヒトPCSK9は、ヒトLDLRのEGF相同性ドメインの最初の上皮細胞増殖因子様リピート(EGF-A)と配列依存的に相互作用した。同様に結合特異性がPCSK9と精製したEGF-Aとの間に観察された。・・・培養した肝細胞の培地に、過熱により不活性化したPCSK9ではないPCSK9を添加すると、レセプターが細胞膜からリソソームへ異動した。これらのデータは、EGF-AへのPCSK9の結合が、レセプターのリサイクルのために必要な酸依存的構造変化を阻害するモデルと一致した。結論として、LDLRは、エンドソームからリソソームへの経路に切り替えられ、そこで分解される。」(第18602頁左欄第9?24行)
「N末端カルシウムと連係することが知られているAsn295、Glu296及びAsp310を含むEGF-Aの個々の残基を置換すると、培養細胞におけるPCSK9のLDLRへの結合が阻害された(図2及び3)。」(第18610頁左欄第12?15行)
ウ 甲第3号証(J.Biol.Chem., vol.282(29), p.20799-20803(July 20,2007))
甲第3号証は、本件優先日前に発行された学術論文であって、次の事項が記載されている。
「ここで、触媒として不活性のプロテアーゼドメインを、プロドメインと共に細胞で発現し、培地から精製した。生理学的濃度でヒト肝細胞HepG2の培養培地に加えたときに、触媒として不活性のPCSK9がLDLRに結合し分解する活性は、野生型タンパク質を用いたときに見られたものと同様であった。同様に、絹尾獲得変異体PCSK9(D374Y)の触媒不活性型は、触媒として活性の対象物と比較して、活性の喪失は示されなかった。両タンパク質は、野生型PCSK9と比較して10倍増加した細胞表面LDLR分解活性を示した。我々は、LDLRを分解するPCSK9の活性は、触媒活性とは関係ないと結論する。そして、PCSK9はLDLRのリサイクルを防ぎ、及び/又は、リソソーム分解に向ける、シャペロンとして機能することを示唆する。」(第20799頁左欄第9?22行)
エ 甲第4号証(特表2010-523135号公報)
甲第4号証は、本件優先日よりも前の平成19年4月13日を優先日とする国際出願を公表する公報であるが、本件国際出願日よりも後の平成22年7月15日に発行されたものであって(なお、国際公開も本件国際出願日よりも後である。)、次の事項が記載されている。
「【請求項1】
PCSK9に特異的に結合する抗体の抗原結合部分を含み、ここで抗原結合部分が以下:
(a)配列番号1のアミノ酸166-177;
(b)配列番号1のアミノ酸187-202;
(c)配列番号1のアミノ酸206-219;
(d)配列番号1のアミノ酸231-246;
(e)配列番号1のアミノ酸277-283;
(f)配列番号1のアミノ酸336-349;
(g)配列番号1のアミノ酸368-383;または
(h)配列番号1のアミノ酸426-439;
のうちの1つの配列内かまたはそれと重複するヒトPCSK9(配列番号1)の触媒ドメイン内のエピトープに結合する単離されたプロタンパク質転換酵素サブチリシン/ケキシン9型ポリペプチド(PCSK9)結合分子。」(第2頁第2?15行)
「【請求項46】
請求項1から45のいずれかのPCSK9結合分子を含む医薬組成物。」(第5頁第45?46行)
「【請求項51】
対象における血漿コレステロールを低減させるのに有効な量の請求項46に記載の組成物を対象に投与することを含む対象の血漿コレステロールを低減させる方法。」(第6頁第32?34行)
「【請求項56】
対象が脂質障害を有するかまたはその危険性がある請求項51に記載の方法。
【請求項57】
対象が高コレステロール血症であるかまたは高コレステロール血症の危険性がある請求項56に記載の方法。」(第6頁第44?48行)
「【0004】
種々の態様では、本発明はPCSK9の1つまたはそれより多い生物学的機能を調整(例えば阻止)するPCSK9結合分子を提供する。例えばPCSK9結合分子はPCSK9のタンパク質分解活性(例えばPCSK9プロドメインのタンパク質分解)および/またはPCSK9とPCSK9受容体との間の相互作用(例えばLDL-Rに対するPCSK9結合)を阻止することができる。PCSK9は転写後の様式でLDL-Rを下方調節する。故にPCSK9の阻止の結果、LDL-Rレベルの増大に至る。インビボでのLDL-Rのレベル増大によりLDL-R媒介のLDL-cの取り込みを増大させることが可能になる。故にLDL-RのPCSK9調節と干渉する結合分子は最終的に循環LDL-cのレベルを低減させる。
【0005】
PCSK9結合分子には、例えばPCSK9に結合する抗体(例えばPCSK9の、触媒ドメインまたはシステインリッチドメインのような特定のドメインまたはエピトープ内)およびかかる抗体の結合部分を含むポリペプチドが含まれる。」(第9頁第17?30行)
オ 甲第5号証(特表2011-511637号公報)
甲第5号証は、本件優先日よりも後の平成20年2月7日を優先日とする国際出願の公表公報であって、発行日が本件国際出願日よりも後のものであるが、次の事項が記載されている。
「【請求項1】
単離されたPCSK9特異的拮抗薬であって:
(a) 配列番号:17またはその同等物を含むCDR3ドメインを含む重鎖可変部(前記同等物は、CDR3ドメインにおいて1つ以上の保存的アミノ酸置換を持つものとして特徴付けられる。)、および/または
(b) 配列番号:7またはその同等物を含むCDR3ドメインを含む軽鎖可変部(前記同等物は、CDR3ドメインにおいて1つ以上の保存的アミノ酸置換を持つものとして特徴付けられる。)、
を含み、
前記PCSK9特異的拮抗薬は、PCSK9の細胞LDL取り込み阻害を拮抗する、PCSK9特異的拮抗薬。」(第2頁第2?12行)
「【請求項11】
抗体分子である請求項1のPCSK9特異的拮抗薬。
【請求項12】
(a) 配列番号:13を含む重鎖可変CDR1配列;
(b) 配列番号:15を含む重鎖可変CDR2配列;
(c) 配列番号:3を含む軽鎖可変CDR1配列;および/または
(d) 配列番号:5を含む軽鎖可変CDR2配列
をさらに含む請求項1のPCSK9特異的拮抗薬。」(第2頁第39?46行)
「【0016】
本発明の特定の実施形態には、上記の所定のレベルの1つでPCSK9との結合を示し、PCSK9との結合を1D05抗体分子と競争するPCSK9特異的拮抗薬が含まれる。1D05抗体分子は、本書において重要なPCSK9特異的拮抗薬を形成する。1D05抗体分子は、(i)配列番号:11を含む重鎖可変部(「VH」)および(ii)配列番号:27を含む軽鎖可変部(「VL」)を含むものとして特徴付けられる。前記VHおよびVL領域は、それぞれVH(配列番号:13、15および17)およびVL領域(配列番号:3、5および7)について開示したCDR 1、2および3の完全相補物を含む。」
カ 甲第6号証(J.Lipid Res., vol.52, p.78-86(2011))
甲第6号証は、本件国際出願日後に発行された学術論文であって、甲第5号証に記載された1D05抗体がファージディスプレイ法で取得された旨記載されている。

(2)判断
本件発明1は、上記第2のとおりのものであるところ、「配列番号368、175及び180のアミノ酸配列からそれぞれなるCDR1、2及び3」及び「配列番号158、162及び395からそれぞれなるCDR1、2及び3」は、実施例に記載された抗ヒトPCSK9モノクローナル抗体21B12の重鎖及び軽鎖のCDR(相補性決定領域)である。抗体において、CDRは可変領域の中でも特に変化に富む部分であって、重鎖及び軽鎖の合計6つのCDRが立体的に組み合わさって抗原結合部位を形成すること、及び、可変領域のCDR以外の部分はフレームワークとよばれる比較的一定な構造で、CDRを構造的に支える役割を担っていることは、本件優先日当時の技術常識である。
したがって、請求項1の「配列番号368、175及び180のアミノ酸配列からそれぞれなるCDR1、2及び3を含む重鎖と、配列番号158、162及び395からそれぞれなるCDR1、2及び3を含む軽鎖とを含む抗体」とは、21B12抗体の抗原結合領域とほぼ同様の構造の抗原結合領域を有する抗体であり、そのような抗体であれば、「PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ、」という性質を有することは自明であるといえる。そうすると、本件発明1は、21B12抗体の抗原結合領域とほぼ同様の構造の抗原結合領域を有する抗体と「PCSK9との結合に関して」「競合する、単離されたモノクローナル抗体」であって、そのような抗体が当然有する性質として「PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ、」という文言が付されているものと認められる。ここで、抗体の「競合」とは、発明の詳細な説明(段落【0140】)にも記載されているとおり、抗原への結合に関して競い合って、相手の抗体の抗原への結合を妨げ、阻害することであり、ある抗体と、それと「競合」する抗体とは、ほぼ同一のエピトープに結合するものであるから、結局、本件発明1は、21B12抗体の抗原結合領域とほぼ同様の構造の抗原結合領域を有する抗体であると解される。
これに対して、本件優先日前に頒布された刊行物である甲第1?3号証の上記記載によれば、本件優先日前、PCSK9とLDLRの相互作用を阻害すれば血清コレステロールのレベルを低減できることが広く知られていたことから、当業者には、高コレステロール血症の治療用医薬を開発する目的で、上記相互作用を阻害する物質を探索する動機があったことが認められる。そして、甲第1号証にも阻害物質として抗体が例示されているとおり、生体分子間の相互作用を阻害する物質として抗体は周知であるから、当業者であれば、上記相互作用を阻害する抗体の作成を容易に想到し得るとまでは認めることができる。しかしながら、甲第1?3号証のいずれにも、抗原結合領域の具体的な構造は記載されておらず、本願優先日当時の周知技術を考慮しても、21B12抗体の抗原結合領域とほぼ同様の構造の抗原結合領域を有する抗体を導き出すことはできない。
したがって、本件発明1は、本件優先日前に頒布された刊行物である甲第1?3号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。
本件発明2?4及び9は、本件発明1の構成をすべて含むものであるから、本件発明1と同様に、甲第1?3号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
また、本件発明5は、上述したとおりの技術常識に照らして、21B12抗体の抗原結合領域とほぼ同様の構造の抗原結合領域を有する抗体の「エピトープと完全に又は部分的に同じエピトープを認識する、単離されたモノクローナル抗体」であるといえる。ここで、「同じエピトープを認識する」ということは、同じ抗原結合領域の構造を有することに他ならないから、結局、本件発明5は、本件発明1と同様に、21B12抗体の抗原結合領域とほぼ同様の構造の抗原結合領域を有する抗体であると解される。したがって、本件発明5、及び本件発明5の構成をすべて含む本件発明6?9も、甲第1?3号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
なお、甲第4?6号証は、本件国際出願日後に頒布された刊行物であるから、本件発明の進歩性を否定する証拠として採用することはできないものである。そして、これらには21B12抗体の抗原結合領域の構造に関する記載や示唆があるわけではないから、たとえこれらが本件優先日に近い時期の技術水準を示すものであるとしても、本件発明の進歩性判断に影響を及ぼすことはない。

(3)異議申立人の主張に対して
ア 異議申立人は、当業者であれば、周知のXenoMouseを用いることにより、本件発明の抗体を容易に製造することができる旨主張する。
しかし、本件明細書にも記載されたとおり、XenoMouseは、ヒト抗体遺伝子を有するマウスであって、抗体遺伝子が再構成することにより、様々な抗原に対する様々なヒト抗体を産生できるものではあるが、たとえPCSK9を抗原として用いたとしても、PCSK9上には多種類のエピトープが存在するから、必ずしも21B12抗体と同様の抗原結合領域を有する抗体が得られるわけではない。したがって、異議申立人の上記主張は採用できない。
イ 異議申立人は、当業者であれば、甲第1号証から導き出されるPCSKペプチド220-240を用いることにより、本件発明の抗体を容易に製造することができる旨主張する。
そこで、甲第1号証の記載を検討すると、甲第1号証には、抗PCSK9ポリクローナル抗体を作成するために、PCSK9の165-180位(RYRADEYQPPDGGSLV)及び220-240位(ASKCDSHGTHLAGVVSGRDAG)のペプチドを担体であるキーホールリンペットヘモシアニンに結合して抗原としたことが記載されているが、特に220-240位のみに着目してそれのみを抗原として使用してモノクローナル抗体を製造することの動機はない。しかも、本件の実施例によれば、PCSK9の154位から378位に広く分布するアミノ酸残基が21B12抗体との相互作用界面に存在し(実施例30)、21B12抗体は立体構造的エピトープ抗体であるのだから(実施例39)、220-240位の線状ペプチドを用いて21B12抗体と同様の抗原結合領域を有する抗体が得られるとは認められない。したがって、異議申立人の上記主張は採用できない。
ウ 異議申立人は、当業者であれば、甲第1号証及び甲第3号証から導き出されるPCSK9のD374を含むペプチドを用いることにより、本件発明の抗体を容易に製造することができる旨主張する。
しかし、上記イで指摘したとおり、21B12は立体構造的エピトープ抗体であるのだから、PCSK9のD374を含む線状ペプチドを用いて21B12抗体と同様の抗原結合領域を有する抗体が得られるとは認められない。また、D374を含むPCSK9の立体構造を再現する程度に大きなペプチドを用いた場合には、それには多種類のエピトープが存在するから、必ずしも21B12抗体と同様の抗原結合領域を有する抗体が得られるわけではない。したがって、異議申立人の上記主張は採用できない。
エ 異議申立人は、当業者であれば、周知のファージディスプレイ法を用いることにより、本件発明の抗体を容易に製造することができる旨主張する。
しかし、ファージディスプレイ法で用いるライブラリーはさまざまな抗原結合領域を含むものの、たとえPCSK9でパニングしたとしても、PCSK9上には多種類のエピトープが存在するから、必ずしも21B12抗体と同様の抗原結合領域が得られるわけではない。したがって、異議申立人の上記主張は採用できない。
オ 上記ア?エの他に、異議申立人は、本件発明の効果が顕著でないことを主張するが、上記(2)及び(3)ア?エのとおり、本件発明の構成が容易想到であるとは認められないのだから、本件発明の効果について検討するまでもない。

(4)小括
以上のとおりであるから、特許異議申立の理由及び証拠(甲第1?6号証)によっては、本件発明1?9が、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないということはできない。

2 取消理由2(記載要件違反)について
(1)「中和」について
本件発明1は、上記第2のとおりのものであるところ、上記第4 1(2)で判断したとおり、「PCSK9との結合に関して、配列番号368、175及び180のアミノ酸配列からそれぞれなるCDR1、2及び3を含む重鎖と、配列番号158、162及び395からそれぞれなるCDR1、2及び3を含む軽鎖とを含む抗体と競合する」という発明特定事項により、21B12抗体の抗原結合領域とほぼ同様の構造の抗原結合領域を有するという構造的特徴が特定されており、その結果として、「PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ、」という性質を有するものと認められる。本件発明2?9についても同様である。
したがって、「中和」について、そのレベル、アッセイ系及びその実験条件について特段の定義がないからといって、発明の範囲が不明確になるものではないし、発明の詳細な説明の開示が不足するということにもならない。

(2)「フレームワーク」について
上記第4 1(2)で述べたとおり、重鎖及び軽鎖の合計6つのCDRが変化に富んだ抗原結合部位を形成するのに対して、フレームワークはCDRを構造的に支える役割を担い、構造的には比較的一定なものであることが、本件優先日当時の技術常識である。そして、発明の詳細な説明には、21B12抗体の重鎖及び軽鎖の可変領域全体のアミノ酸配列が配列番号49及び23として記載されており、それらのうちCDR(配列番号368、175、180、158、162及び395)以外の部分として、21B12抗体のフレームワークを具体的に特定できる。それと大きく異ならないものであれば、21B12抗体と同様の抗原結合部位を形成するようにCDRを支えることができることが自明である。
したがって、フレームワークが特定されていないからといって、発明の範囲が不明確になるものではないし、発明の詳細な説明の開示が不足するということにもならない。

(3)「競合」について
発明の詳細な説明の段落【0140】には、「定義及び実施形態」(段落【0068】)の一項目として、「競合」に関し、「同じエピトープに対して競合する抗原結合タンパク質(例えば、中和抗原結合タンパク質又は中和抗体)という文脈において使用される場合の「競合する」という用語は、検査されている抗原結合タンパク質(例えば、抗体又は免疫学的に機能的なその断片)が共通の抗原(例えば、PCSK9又はその断片)への参照抗原結合タンパク質(例えば、リガンド又は参照抗体)の特異的結合を妨げ、又は阻害する(例えば、低下させる)アッセイによって測定された抗原結合タンパク質間の競合を意味する。」の記載がある。請求項1等の「競合する」が、同じエピトープに対する競合を意味することは技術常識に照らして自明であるから、上記記載は本件発明1の特定事項である「競合する」を定義付けるものであるといえる。そして、同段落には、具体的な文献を引用してアッセイ方法が多数列挙されているほか、通常、少なくとも40%から75%以上阻害するものを意味する旨記載されている。これらの記載は、当業界において「競合」が意味するものとして妥当な範囲のものであり、発明が明確でないとか、開示が不十分であるとする理由は見いだせない。

(4)「エピトープ」について
請求項5では、特許を受けようとする抗体が、「配列番号368、175及び180のアミノ酸配列からそれぞれなるCDR1、2及び3を含む重鎖と、配列番号158、162及び395からそれぞれなるCDR1、2及び3を含む軽鎖とを含む抗体のエピトープと完全に又は部分的に同じエピトープを認識する」ものであることが特定されている。ここで、「配列番号368、175及び180のアミノ酸配列からそれぞれなるCDR1、2及び3を含む重鎖と、配列番号158、162及び395からそれぞれなるCDR1、2及び3を含む軽鎖とを含む抗体のエピトープ」は、21B12抗体の抗原結合領域とほぼ同様の構造の抗原結合領域を有する抗体特有のエピトープを意味し、「同じエピトープを認識する」が、同様の構造の抗原結合領域を有することを意味することは、上記第4 1(2)で説明したとおりである。
それに対して、異議申立人が指摘する、発明の詳細な説明(段落【0142】)の「抗体又はT細胞受容体などの抗原結合タンパク質によって結合され得るあらゆる決定基」は、エピトープの一般的説明であって、請求項5に記載されたエピトープを不明確にするものではない。
また、異議申立人が指摘するとおり、発明の詳細な説明には、21B12抗体や31H4抗体のエピトープと考えられるPCSK9のアミノ酸残基が列挙されているが、実施例29、30、及び39等によれば、21B12抗体も31H4抗体も、アミノ酸配列上は離れた位置にある複数のアミノ酸残基が寄せ集まって形成された立体構造的エピトープを認識する抗体であるから、発明の詳細な説明に列挙された上記アミノ酸残基のうちの一つを認識するような抗体が、21B12抗体や31H4抗体と「同じエピトープを認識する」とはいえないことは明らかである。また、特定の立体構造的エピトープを認識する抗体を製造するには、エピトープのみを調整することは困難であるから、抗原タンパク質全体を用いて抗体を作成し、その中から競合試験等により選抜するのが通常である。よって、発明の詳細な説明に、21B12抗体や31H4抗体のエピトープと考えられるPCSK9のアミノ酸残基を利用して本件発明5?8の抗体を取得する方法が記載されていないからといって、実施可能要件やサポート要件が満たされないわけではない。

(5)小括
以上のとおりであるから、特許異議申立の理由によっては、本件が特許法第36条第4項第1号、第6項第1号又は第2号に規定する要件を満たしていないとすることはできない。

第5 むすび
以上のとおり、異議申立人が主張する取消理由1及び2によっては、請求項1?9に係る特許を取り消すことはできない。
したがって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2015-12-24 
出願番号 特願2013-195240(P2013-195240)
審決分類 P 1 651・ 536- Y (C07K)
P 1 651・ 537- Y (C07K)
P 1 651・ 121- Y (C07K)
最終処分 維持  
前審関与審査官 野村 英雄  
特許庁審判長 田村 明照
特許庁審判官 長井 啓子
小堀 麻子
登録日 2015-03-06 
登録番号 特許第5705288号(P5705288)
権利者 アムジエン・インコーポレーテツド
発明の名称 プロタンパク質コンベルターゼスブチリシンケクシン9型(PCSK9)に対する抗原結合タンパク質  
代理人 特許業務法人川口國際特許事務所  
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