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審決分類 |
審判 全部申し立て 2項進歩性 C08J 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備 C08J 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 C08J 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載 C08J |
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管理番号 | 1311871 |
異議申立番号 | 異議2015-700295 |
総通号数 | 196 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2016-04-28 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2015-12-10 |
確定日 | 2016-03-10 |
異議申立件数 | 1 |
事件の表示 | 特許第5735631号「繊維強化複合材料からなる成形体」の請求項1ないし16に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第5735631号の請求項1ないし16に係る特許を維持する。 |
理由 |
第1 主な手続の経緯等 特許第5735631号(請求項の数は16。以下,「本件特許」という。)は,国際出願日である平成23年8月31日(優先権主張 平成23年2月28日)にされたとみなされる特許出願に係るものであって,平成27年4月24日に設定登録された。 特許異議申立人 特許業務法人朝日奈特許事務所(以下,単に「異議申立人」という。)は,平成27年12月10日,本件特許の請求項1?16に係る発明についての特許に対して特許異議の申立てをした。 第2 本件発明 本件特許の請求項1?16に係る発明(以下,それぞれ「本件発明1」ないし「本件発明16」という。)は,その特許請求の範囲の請求項1?16に記載された事項により特定されるものであって,そのうちの本件発明1は以下のとおりである。 「熱可塑性樹脂中に不連続の強化繊維が存在する繊維強化複合材料からなる成形体であって,該成形体に含まれる強化繊維について,該成形体の面内で2次元配向して等方性を有し,下記式(1)で定義される臨界単糸数以上で構成される強化繊維束(A)の,該成形体中の強化繊維全量に対する割合が20Vol%以上90Vol%未満であり,かつ強化繊維束(A)中の平均繊維数(N)が下記式(2)を満たし,該成形体における互いに直交する2方向の引張弾性率の値のうち大きいものを小さいもので割った比が2を超えないことを特徴とする成形体。 ただし,強化繊維束(A)が全て同じ繊維数であるものを除く。 臨界単糸数=600/D (1) 0.7×10^(4)/D^(2)<N<1×10^(5)/D^(2) (2) (ここでDは強化繊維の平均繊維径(μm)である)」 第3 申立理由の概要 異議申立人の主張は,概略,次のとおりである。 1 主たる証拠として「Consolidation of Net-shape Random Fiber Thermoplastic Composite Preforms,POLYMER COMPOSITES-2010,第653?665頁」(以下,「刊行物1」という。),「Flow Properties of Tailored Net-Shape Thermoplastic Composite Preforms,Appl Compos Mater(2009),第16巻,第331?344頁」(以下,「刊行物2」という。),特開平4-163109号公報(以下,「刊行物3」という。)及び「Fibre-bundling in a short-fibre composite:1.Review of literature and development of a method for controlling the degree of bundling,Composite Science and Technology(2003),第63巻,第715?725頁」(以下,「刊行物4」という。)を提出し,本件発明1?6,8,11?12,15?16は,刊行物1に記載された発明であり,本件発明1?9,11?12,15?16は,刊行物2に記載された発明であり,本件発明1?3,5,11,15は,刊行物3に記載された発明であり,本件発明1?2,11,15は,刊行物4に記載された発明であるから,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができない(以下,「取消理由1」という。)ものである。 2 本件発明1?16は,主たる証拠として刊行物1ないし4に記載されたいずれかの発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない(以下,「取消理由2」という。)ものである。 3 本件特許に係る明細書の発明の詳細な説明の記載は,特許法36条4項1号に規定する要件に適合しない(以下,「取消理由3」という。なお,当該要件を「実施可能要件」という場合がある。)ものである。 具体的には,本件特許に係る明細書の発明の詳細な説明には,本件発明1の「臨界単糸数以上で構成された強化繊維束(A)のマットの繊維全量に対する割合」,「臨界単糸数以上で構成された強化繊維束(A)」の「繊維長」,「平均繊維数(N)」の分析方法として,「1)ランダムマットにおける強化繊維束の分析・・・強化繊維束(A)のマットの繊維全量に対する割合の求め方は・・・繊維束をピンセットで全て取り出し,繊維束を太さ毎に分類する。・・・太さ0.2mm程度単位で分類した」(段落【0026】)と記載されている。 しかし,甲11から,実際の炭素繊維束からなるランダムマットにおいて,炭素繊維束の一部の部分は炭素繊維束の有無を判別できなかったり,一部が分離しているため一つの束か複数の束とするかをサンプリング者の主観により左右されるため,サンプリングにより得られた炭素繊維束に関する数値は一義的に決定されない。 そのため,いかに当業者であっても,このような開示のみから,「臨界単糸数以上で構成される強化繊維束(A)のマットの繊維全量に対する割合」,「繊維長」,「臨界単糸数以上で構成される強化繊維束(A)の平均繊維数(N)」が一義的に決定できないから,明細書の発明の詳細な説明の記載は,本件発明1を実施できる程度に明確かつ十分に記載されていない。本件発明1を引用する本件発明2?16も同様である。 4 本件特許に係る特許請求の範囲の記載は,特許法36条6項1号に規定する要件に適合しない(以下「取消理由4」という。なお,当該要件を「サポート要件」という場合がある。)ものである。 具体的には,本件特許に係る「不連続の強化繊維」,「臨界単糸数以上で構成される強化繊維束(A)の,該成形体中の強化繊維全量に対する割合が20Vol%以上90Vol%未満」,「臨界単糸数以上で構成される強化繊維束(A)中の平均繊維数(N)が下記式(2)を満た」す成形体として,明細書の発明の詳細な説明の実施例に記載されているものは,繊維長が20mm,30mm,50mmである場合の3点にすぎず,強化繊維束(A)の配合割合に関しては,35%,60%,80%の3点のみが開示され,平均繊維数Nの数値範囲に関して,1.18×10^(4),1.35×10^(4),2.5×10^(4)の3点のみが開示されているにすぎない。 そうすると,当業者が発明の課題を解決できることを認識できる範囲は,不連続繊維として繊維長が20?50mm程度のもののみであり,効果繊維束(A)の配合割合は35?80%程度のもののみであり,平均繊維数Nとして1.18×10^(4)?2.5×10^(4)程度のもののみであって,これ以外の範囲のものは,当業者であっても,本件発明の効果が奏し得るかどうかはわからず,特許請求の範囲の記載は,発明の詳細な説明に開示された範囲を超えて特許を請求するものであるから,サポート要件を満足していない。 5 そして,上記取消理由1?4にはいずれも理由があるから,本件特許の請求項1?16に係る発明についての特許は,特許法113条2号及び4号に該当し,取り消されるべきものである。 第4 当合議体の判断 当合議体は,以下述べるように,取消理由1?4にはいずれも理由はないと解する。 1 取消理由1及び2(新規性及び進歩性)について (1) 刊行物1?4に記載された発明 ア 刊行物1に記載の発明 刊行物1には,FIG.1の圧密化スクリーンを利用するプリフォーミングシステムを利用して製造された,FIG.6(c)に示されているスタンピング成形に利用される特定のプリプレグが記載されているから,以下の発明が記載されているといえる。 「ガラス繊維とポリプロピレンのカットされた混繊繊維からなり,ヒートセットされ,圧密化スクリーンで予備圧密化され,予熱され,プレス成形されたプリプレグをスタンピング成形して得られた成形品。」 (以下,「刊行物1発明」という。) イ 刊行物2に記載の発明 刊行物2には,以下の発明が実質的に記載されているといえる。 「ガラス繊維とポリプロピレンのカットされた混繊繊維からなり,圧密化スクリーンを利用するプリフォーミングシステムを利用して製造されたプリプレグをスタンピング成形して得られた成形品。」(以下,「刊行物2発明」という。) ウ 刊行物3に記載の発明 刊行物3には,その特許請求の範囲,実施例の記載から,以下の発明が記載されているといえる。 「強化繊維と熱可塑性樹脂を主成分として,抄造技術により得られる不織材料を加熱,加圧し,さらに冷却して繊維強化熱可塑性樹脂成形素材を製造し,当該熱可塑性樹脂成形素材をプレス成形して得られた成形品であって,不織材料が,強化繊維として水溶性高分子,潤滑剤,シランカップリング剤で処理された直径10μmφ,長さ25mmのガラス繊維Aと,シランカップリング剤,ウレタンバインダーで直径10μmφ,長さ13mmのガラス繊維が67本に集束されているガラス繊維束B又はガラス繊維束Bと集束数のみ異なるガラス繊維束C(集束本数200本)又はガラス繊維束D(集束本数500本)を用い,全体の強化繊維の含有率が40wt%,熱可塑性樹脂であるポリプロピレン樹脂が60wt%であって,原料であるガラス繊維A及びガラス繊維Bの含有率がそれぞれ(30wt%,10wt%),(20wt%,20wt%),(10wt%,30wt%),ガラス繊維A及びガラス繊維C又はDが(20wt%,20wt%)の,抄造法により製造された不織材料である,成形品。」(以下,「刊行物3発明」という。) エ 刊行物4に記載の発明 刊行物4には,具体的な炭素繊維(東レT300(1000本/トウ))で製造されている繊維マットと熱可塑性樹脂シートを交互に積層させたプリプレグが記載されている。本件特許の優先日前の当業者において,繊維マットと熱可塑性樹脂シートを積層したプリプレグは,これを成形して成形品とすることは自明のことであるから,以下の発明が記載されているといえる。 「東レT300(1000本/トウ)の炭素繊維をワックスでコーティングした炭素繊維を裁断機でカットしたものを利用し,強化繊維中の強化繊維束の割合が50%である繊維マットと熱可塑性樹脂シートを交互に積層させたプリプレグから成形して得られた成形品。」(以下,「刊行物4発明」という。) (2) 刊行物1に基づく取消理由1について 本件発明1と刊行物1発明とを対比する。 刊行物1発明の「ガラス繊維」,「ポリプロピレン」,「プリプレグ」は,それぞれ,本件発明1における「強化繊維」,「熱可塑性樹脂」,「繊維強化複合材料」に相当する。 また,刊行物1発明の混繊繊維はカットされているから,刊行物1発明のガラス繊維は不連続といえる。 そうすると,両者は, 「熱可塑性樹脂中に不連続の強化繊維が存在する繊維強化複合材料からなる成形体。」の点で一致し,以下の点で相違している。 <相違点1> 成形体に含まれる強化繊維の配向について,本件発明1は「該成形体の面内で2次元配向して等方性を有し,該成形体における互いに直交する2方向の引張弾性率の値のうち大きいものを小さいもので割った比が2を超えない」と特定するのに対し,刊行物1発明では,この点を特定しない点。 <相違点2> 成形体に含まれる強化繊維について,本件発明1は「下記式(1)で定義される臨界単糸数以上で構成される強化繊維束(A)の,該成形体中の強化繊維全量に対する割合が20Vol%以上90Vol%未満であり,かつ強化繊維束(A)中の平均繊維数(N)が下記式(2)を満たし, 臨界単糸数=600/D (1) 0.7×10^(4)/D^(2)<N<1×10^(5)/D^(2) (2) (ここでDは強化繊維の平均繊維径(μm)である)」と特定するのに対し,刊行物1発明では,この点を特定しない点。 事案に鑑み,まず,相違点2について検討する。 刊行物1発明の成形体に含まれる強化繊維であるガラス繊維の平均繊維径について,刊行物1のFIG.5には「繊維径は ?19μm」との記載はあるが,それ以外の図面等には具体的な数値に関する記載はなく,上記FIG.5の記載と刊行物1発明の強化繊維であるガラス繊維の繊維径との関係も不明である。 そうすると,刊行物1発明のガラス繊維の平均繊維径を特定することはできない。その結果,刊行物1発明において,強化繊維の臨界単糸数も特定することはできない。 また,刊行物1発明のプリプレグの一断面の状態を示すFIG.6(c)の画像からは,それぞれの繊維の配向方向は不明であることから,繊維がどのような束となっているかを判別することはできず,さらに,繊維束に含まれる繊維数も不明である。 そうすると,刊行物1発明の成形体中の強化繊維の結束状態も不明であるから,式(2)を満足するかどうかも不明である。 よって,刊行物1発明における臨界単糸数は不明であり,刊行物1発明が本件発明1の式(2)を満たしているかどうかも不明であるから,相違点2は実質的な相違点である。 以上のことから,相違点1について検討するまでもなく,本件発明1は,刊行物1に記載された発明ということはできないから,新規性を有する。 本件発明2?6,8,11?12,15?16は,いずれも本件発明1を引用する発明であるから,同様に刊行物1に記載された発明ということはできないから,新規性を有する。 よって,異議申立人が主張する刊行物1に基づく取消理由1には理由がない。 (3) 刊行物1に基づく取消理由2について 当該相違点2について検討する。 刊行物1には,成形体に含まれる強化繊維について「下記式(1)で定義される臨界単糸数以上で構成される強化繊維束(A)の,該成形体中の強化繊維全量に対する割合が20Vol%以上90Vol%未満であり,かつ強化繊維束(A)中の平均繊維数(N)が下記式(2)を満た」す点についての記載はなく,また,成形体に含まれる強化繊維についての繊維束の割合についての言及ないし示唆もない。 そして,本件発明1は,上記相違点2の発明特定事項を有することにより,「式(1)で定義される臨界単糸以上の強化繊維束(A)と,単糸の状態又は臨界単糸数未満の強化繊維(B)を成形体内に同時に存在させることにより,薄肉であり,物性発現率の高い成形体を実現することが可能である」(段落【0010】)という効果が奏されるものであり,当該効果について,具体的な実施例において確認されている。 一方,異議申立人の提示したいずれの証拠にも,成形体の強化繊維中に含まれる臨界単糸数以上の強化繊維束(A)と臨界単糸数未満の強化繊維が一定量となることで,薄肉で,物性発現率の高い成形体が得られることについての記載はなく,示唆もされていない。 そうすると,上記効果は,当業者が予測し得ない格別の効果といえる。 よって,相違点2は当業者であっても容易に想到し得たものとはいえない。 以上のことから,相違点1について検討するまでもなく,本件発明1は,刊行物1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないから,進歩性を有する。 本件発明2?16は,いずれも本件発明1を引用する発明であるから,同様に刊行物1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。 よって,異議申立人が主張する刊行物1に基づく取消理由2には理由がない。 (4) 刊行物2に基づく取消理由1について 本件発明1と刊行物2発明とを対比すると,両者は, 「熱可塑性樹脂中に不連続の強化繊維が存在する繊維強化複合材料からなる成形体。」の点で一致し,以下の点で相違している。 <相違点3> 成形体に含まれる強化繊維の配向について,本件発明1は「該成形体の面内で2次元配向して等方性を有し,該成形体における互いに直交する2方向の引張弾性率の値のうち大きいものを小さいもので割った比が2を超えない」と特定するのに対し,刊行物2発明では,この点を特定しない点。 <相違点4> 成形体に含まれる強化繊維について,本件発明1は「下記式(1)で定義される臨界単糸数以上で構成される強化繊維束(A)の,該成形体中の強化繊維全量に対する割合が20Vol%以上90Vol%未満であり,かつ強化繊維束(A)中の平均繊維数(N)が下記式(2)を満たし, 臨界単糸数=600/D (1) 0.7×10^(4)/D^(2)<N<1×10^(5)/D^(2) (2) (ここでDは強化繊維の平均繊維径(μm)である)」と特定するのに対し,刊行物2発明では,この点を特定しない点。 事案に鑑み,相違点4について検討する。 刊行物2発明における強化繊維の平均繊維径は不明であって,成形体中の強化繊維の結束状態も不明である。そうすると,刊行物2発明の臨界単糸数は,証拠からは特定できず,臨界単糸数以上で構成される強化繊維束(A)の平均繊維数も特定できない。 ゆえに,相違点4は実質的な相違点であって,相違点3について検討するまでもなく,本件発明1は,刊行物2に記載された発明ということはできないから,新規性を有する。 本件発明2?9,11?12,15?16は,いずれも本件発明1を引用する発明であるから,同様に刊行物2に記載された発明ということはできないから,新規性を有する。 よって,異議申立人が主張する刊行物2に基づく取消理由1には理由がない。 (5) 刊行物2に基づく取消理由2について 当該相違点4について検討すると,上記(3)で検討したとおりであって,本件発明1は,刊行物2発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないから,進歩性を有する。 本件発明2?16は,いずれも本件発明1を引用する発明であるから,同様に刊行物2発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。 よって,異議申立人が主張する刊行物2に基づく取消理由2には理由がない。 (6) 刊行物3に基づく取消理由1について 本件発明1と刊行物3発明とを対比する。 刊行物3発明の「繊維強化熱可塑性樹脂成形素材」は,本件発明1における「繊維強化複合材料」に相当する。 そうすると,両者は, 「熱可塑性樹脂中に不連続の強化繊維が存在する繊維強化複合材料からなる成形体。」の点で一致し,以下の点で相違している。 <相違点5> 成形体に含まれる強化繊維の配向について,本件発明1は「該成形体の面内で2次元配向して等方性を有し,該成形体における互いに直交する2方向の引張弾性率の値のうち大きいものを小さいもので割った比が2を超えない」と特定するのに対し,刊行物3発明では,この点を特定しない点。 <相違点6> 成形体に含まれる強化繊維について,本件発明1は「下記式(1)で定義される臨界単糸数以上で構成される強化繊維束(A)の,該成形体中の強化繊維全量に対する割合が20Vol%以上90Vol%未満であり,かつ強化繊維束(A)中の平均繊維数(N)が下記式(2)を満たし, 臨界単糸数=600/D (1) 0.7×10^(4)/D^(2)<N<1×10^(5)/D^(2) (2) (ここでDは強化繊維の平均繊維径(μm)である)」と特定するのに対し,刊行物3発明では,この点を特定しない点。 以下,相違点について検討する。 相違点5について 刊行物3発明の繊維強化熱可塑性樹脂成形素材(繊維強化複合材料)を形成する不織材料が抄造法によって製造されるものであること,及び,刊行物3の当該不織材料を示す第3図の記載と当業者の技術常識から,当該不織材料中の強化繊維は二次元にランダムに配向していると認められるので,刊行物3発明の成形体においても,「成形体の面内で2次元配向して等方性を有し,該成形体における互いに直交する2方向の引張弾性率の値のうち大きいものを小さいもので割った比が2を超えない」ものとなる蓋然性が高い。 したがって,相違点5は実質的な相違点ではない。 相違点6について 刊行物3発明は,ガラス繊維A(直径10μm)とガラス繊維束B(集束本数64本)又はC(集束本数200本)又はガラス繊維束D(集束本数500本)を用いて,抄造法により不織材料を製造したものであるが,当該ガラス繊維は抄造時の原料としてのものであって,抄造後にホットプレス成形された繊維強化熱可塑性樹脂シートにおけるガラス繊維についての数値ではないし,その繊維強化熱可塑性樹脂成形素材を成形して得られた成形品についてのものでもない。 そして,抄造時において,集束剤で集束しているガラス繊維は,抄造時の分散液中で分散したり,再凝集したりするものであることが当業者の技術常識である(要すれば,特開平5-329836号公報)ことから,原料時のガラス繊維の状態(集束本数,集束本数の割合)がわかったからといって,それから抄造された不織材料のガラス繊維の集束本数や臨界単糸数以上で構成される強化繊維束(A)の平均繊維数が計算できるものではない。まして,当該不織材料を加熱,加圧し,さらに冷却したた繊維強化熱可塑性樹脂成形素材をプレス成形した成形品におけるこれらの数値は明らかではない。 そうすると,刊行物3発明が,本件発明1における「臨界単糸数以上で構成される強化繊維束(A)の,該成形体中の強化繊維全量に対する割合が20Vol%以上90Vol%未満」,及び「強化繊維束(A)中の平均繊維数(N)が式(2)を満た」すとはいえず,相違点6は実質的な相違点である。 以上のことから,本件発明1は,刊行物3に記載された発明ということはできないから,新規性を有する。 本件発明2?3,5,11,15は,いずれも本件発明1を引用する発明であるから,同様に刊行物3に記載された発明ということはできないから,新規性を有する。 よって,異議申立人が主張する刊行物3に基づく取消理由1には理由がない。 (7) 刊行物3に基づく取消理由2について 当該相違点6について検討すると,上記(3)で検討したとおりであって,本件発明1は,刊行物3発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないから,進歩性を有する。 本件発明2?16は,いずれも本件発明1を引用する発明であるから,同様に刊行物3発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。 よって,異議申立人が主張する刊行物3に基づく取消理由2には理由がない。 (8) 刊行物4に基づく取消し理由1について 本件発明1と刊行物4発明とを対比する。 刊行物4発明の「裁断機でカットされた炭素繊維」,「プリプレグ」は,それぞれ,本件発明1における「不連続の強化繊維」,「繊維強化複合材料」に相当する。 そうすると,両者は, 「熱可塑性樹脂中に不連続の強化繊維が存在する繊維強化複合材料からなる成形品。」の点で一致し,以下の点で相違している。 <相違点7> 成形体に含まれる強化繊維の配向について,本件発明1は「該成形体の面内で2次元配向して等方性を有し,該成形体における互いに直交する2方向の引張弾性率の値のうち大きいものを小さいもので割った比が2を超えない」と特定するのに対し,刊行物4発明では,この点を特定しない点。 <相違点8> 成形体に含まれる強化繊維について,本件発明1は「下記式(1)で定義される臨界単糸数以上で構成される強化繊維束(A)の,該成形体中の強化繊維全量に対する割合が20Vol%以上90Vol%未満であり,かつ強化繊維束(A)中の平均繊維数(N)が下記式(2)を満たし, 臨界単糸数=600/D (1) 0.7×10^(4)/D^(2)<N<1×10^(5)/D^(2) (2) (ここでDは強化繊維の平均繊維径(μm)である)」と特定するのに対し,刊行物4発明では,「強化繊維中の強化繊維束の割合が50%」と特定されているものの強化繊維束中の平均繊維数は不明である点。 事案に鑑み,相違点8について検討する。 相違点8について まず,甲8をみても,東レT300の6000本/トウの炭素繊維の平均繊維径が7μmであることは理解できるが,別の製品となる東レT300の1000本/トウの炭素繊維の平均繊維径は不明である。 そうすると,刊行物4発明の臨界単糸数は,証拠からは特定できず,臨界単糸数以上で構成される強化繊維束(A)の平均繊維数も特定できない。 また,刊行物4発明の「強化繊維束」は、ワックスを付与した東レT300(1000本/トウ)の炭素繊維をグリセロール溶液に分散させて抄造法で得られた繊維マット中の炭素繊維束を意味していることから,グリセロールに投入される段階での強化繊維束の平均繊維数は1000といえる。 ここで,溶剤中で炭素繊維が開繊したり結合したりするという当業者の技術常識を踏まえれば,ワックスが付与された炭素繊維がグリセロール中でどの程度開繊するかは不明であって,形成された繊維マットの強化繊維束の平均繊維数は不明である。さらに、ワックスが付与されていない炭素繊維についても同じく溶剤中で炭素繊維が開繊したり結合したりするという当業者の技術常識を踏まえれば,ワックスが付与されていない炭素繊維が抄造法で繊維マットとなった時にもある程度結束した炭素繊維が存在するといえるから,ワックスを付与した炭素繊維の割合が50%であったとしても,刊行物4発明の抄造後の繊維マット中の臨界単糸数以上の強化繊維束の割合がどの程度となるかは不明であり,また,臨界単糸数以上で構成される強化繊維束(A)の平均繊維数(N)は不明である。 よって,刊行物4発明において「強化繊維中の強化繊維束の割合が50%」と特定されているとしても,東レT300(1000本/トウ)の平均繊維径が不明であることから臨界単糸数も不明であり,当該臨界単糸数以上で構成される繊維マット中の強化繊維束(A)の割合と平均繊維数(N)も不明であって,相違点8は実質的な相違点である。 以上のことから,相違点7について検討するまでもなく,本件発明1は,刊行物4に記載された発明ということはできないから,新規性を有する。 本件発明2,11,15は,いずれも本件発明1を引用する発明であるから,同様に刊行物4に記載された発明ということはできないから,新規性を有する。 よって,異議申立人が主張する刊行物4に基づく取消理由1には理由がない。 (9) 刊行物4に基づく取消理由2について 当該相違点8について,検討する。 刊行物4発明においては,上記(8)で検討のとおり「臨界単糸数」は不明である。そして,刊行物4には,強化繊維中の強化繊維束の割合について,0%,25%,50%,75%,100%とした事例,及び,強化繊維束の割合はワックスを付与した強化繊維の割合を変更することで行う旨記載がある。しかし,刊行物4における「強化繊維束」が,何本以上が束になったものを繊維束としているのかや強化繊維束の繊維数をどの程度とするかの記載はない。 そうすると,刊行物4発明の「強化繊維束」は,本件発明1の「臨界単糸数以上で構成される強化繊維束(A)」とは異なるものであり,刊行物4には,成形体に含まれる強化繊維について「強化繊維束(A)中の平均繊維数(N)が下記式(2)を満た」す点についての記載はなく,また,成形体に含まれる強化繊維の臨界単糸数以上の強化繊維束の割合及び繊維本数についての言及ないし示唆もない。 そして,本件発明1は,上記相違点の発明特定事項,すなわち,臨界単糸数以上で構成される強化繊維束を特定割合有し,その強化繊維束の平均繊維数が特定範囲であることにより,上記(2)の相違点2で検討した効果が奏されるものであり,当該効果について,具体的な実施例において確認されている。 一方,異議申立人の提示したいずれの証拠にも,成形体の強化繊維中に含まれる臨界単糸数以上の強化繊維束(A)と臨界単糸数未満の強化繊維が一定量となることで,薄肉で,物性発現率の高い成形体が得られることについての記載はなく,示唆もされていないから,上記効果は,当業者が予測し得ない格別の効果といえる。 よって,相違点8は当業者であっても容易に想到し得たものとはいえない。 以上のことから,相違点7について検討するまでもなく,本件発明1は,刊行物4発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないから,進歩性を有する。 本件発明2?16は,いずれも本件発明1を引用する発明であるから,同様に刊行物4発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。 よって,異議申立人が主張する刊行物4に基づく取消理由2には理由がない。 2 取消理由3(実施可能要件)について 本件特許の明細書の発明の詳細な説明においては,本件特許に係る「不連続の強化繊維」,「臨界単糸数以上で構成される強化繊維束(A)の,該成形体中の強化繊維全量に対する割合」,「臨界単糸数以上で構成される強化繊維束(A)中の平均繊維数(N)」に関し,段落【0026】において,その具体的な測定方法が記載され,実施例において,これらの値の測定された結果が記載されていて,当業者において,当該測定方法が実施不可能であるとの技術常識があるとも認められない。 そして,段落【0027】?【0033】における実施例において,図1に示される成形体と図2に示される成形体の製造方法が具体的に記載されており,段落【0035】において成形品の用途についても具体的に言及されている。 してみれば,本件明細書の記載に基づいて,本件特許に係る発明を当業者が実施できると認められる。 よって,本件特許に係る明細書の発明の詳細な説明の記載は,実施可能要件を満たすと判断される。異議申立人が主張する取消理由3には理由がない。 3 取消理由4(サポート要件)について 発明の詳細な説明における実施例としては,本件特許に係る発明の範囲に含まれる「繊維長」,「臨界単糸数以上で構成される強化繊維束(A)の成形対中の強化繊維全量に対する割合」,「臨界単糸数以上の強化繊維束(A)中の平均繊維数(N)」が,それぞれ(20mm,35%,1.18×10^(4)),(30mm,60%,1.35×10^(4)),(50mm,80%,2.5×10^(4))の3点の実施例が示されているのみであるが,当業者において,本件特許に係る発明の詳細な説明の段落【0003】,【0010】及び詳細な説明全体の記載に基づけば,本件発明は「薄肉,軽量,高剛性で意匠性に優れ,複雑な3次元形状を有する成形体を高い生産性で提供すること」を発明が解決しようとする課題としていることが理解でき,本件特許の発明特定事項を満足することで,前記課題が解決されることが理解できる。 また,サポート要件が,特許請求の範囲に含まれる数値範囲全体についての実施の形態を示すことを要求するものであると解することはできない。 以上のことから,本件特許に係る特許請求の範囲の記載は,発明の詳細な説明に記載された発明であって,当業者が本件発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるといえる。 よって,本件特許に係る特許請求の範囲の記載はサポート要件を満たすと判断される。異議申立人が主張する取消理由4には理由がない。 第5 むすび したがって,異議申立人の主張する申立ての理由及び証拠によっては,特許異議の申立てに係る特許を取り消すことはできない。また,他に当該特許が特許法113条各号のいずれかに該当すると認めうる理由もない。 よって,結論のとおり決定する。 |
異議決定日 | 2016-02-29 |
出願番号 | 特願2013-502136(P2013-502136) |
審決分類 |
P
1
651・
113-
Y
(C08J)
P 1 651・ 536- Y (C08J) P 1 651・ 537- Y (C08J) P 1 651・ 121- Y (C08J) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 柴田 昌弘、加賀 直人 |
特許庁審判長 |
田口 昌浩 |
特許庁審判官 |
大島 祥吾 須藤 康洋 |
登録日 | 2015-04-24 |
登録番号 | 特許第5735631号(P5735631) |
権利者 | 帝人株式会社 |
発明の名称 | 繊維強化複合材料からなる成形体 |
代理人 | 長谷川 博道 |
代理人 | 高松 猛 |
代理人 | 尾澤 俊之 |