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審決分類 審判 一部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B23K
審判 一部申し立て 2項進歩性  B23K
審判 一部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  B23K
管理番号 1314348
異議申立番号 異議2015-700333  
総通号数 198 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2016-06-24 
種別 異議の決定 
異議申立日 2015-12-21 
確定日 2016-05-19 
異議申立件数
事件の表示 特許第5750237号「アルミニウム合金製熱交換器の製造方法」の請求項1ないし6に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 特許第5750237号の請求項1ないし6に係る特許を維持する。 
理由 1.手続の経緯
特許第5750237号の請求項1?11に係る特許についての出願は、平成22年5月25日に特許出願され、平成27年5月22日にその特許権の設定登録がされ、その後の、その特許に対し、特許異議申立人 中川 賢治により特許異議の申立てがされたものである。

2.本件発明
特許第5750237号の請求項1?6の特許に係る発明は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1?6に記載された事項により特定されるとおりのものである。

3.申立理由の概要
特許異議申立人 中川 賢治は、証拠として特開2009-68083号公報(以下「刊行物1」という。)、特開2009-58167号公報(以下「刊行物2」という。)、特開平11-183085号公報(以下「刊行物3」という。)及び独国特許出願公開第102008009695号明細書及び抄訳文(以下「刊行物4」という。)を提出し、請求項1?6に係る特許は特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、また、請求項1に係る特許は同法第36条第4項第1号又は第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたことから、請求項1?6に係る特許を取り消すべきものである旨主張している。


4.刊行物の記載
(1)刊行物1
ア 刊行物1の記載事項
刊行物1には、以下の事項が記載されていると認められる。
a アルミニウム合金押出材
段落【0026】には、チューブ2がAl合金から構成されること、押出加工を経ることが記載されていることから、チューブ2はアルミニウム合金押出材からなるものであると認められる。

b フラックス粉末
段落【0028】には「フッ化物系フラックスのサイズは、本発明としては特に限定をされないが、平均粒径10μm以下が望ましい。」と記載されており、フラックスに粒経が存在することから、フラックスは粉末からなるものであると認められる。

c 熱交換器の電位
「チューブ表面層は、内部よりも卑」(段落【0031】)、「チューブの電位がフィンよりも30mV以上貴」(段落【0031】)と記載されていることから、製造される熱交換器のチューブ2内部が最も電位が貴で、チューブ2表面層、フィン3の順に電位が卑になっているものと認められる。


イ 引用発明
刊行物1には、以下の発明(以下「引用発明」という。)が記載されている。
「アルミニウム合金押出材からなる扁平多穴状のチューブ2の表面に、Si粉末とフラックス粉末とバインダを混合した塗布物を塗布し、Al合金製のフィン3を組立ててろう付け接合してなるアルミニウム合金製熱交換器の製造方法であって、前記チューブ2は、質量%(以下、合金成分値は質量%で示す)で、Mn:0.05?0.50%を含有し、Siを0.10超?0.50%未満、Cuを0.001?0.10%含有し、残部Alと不可避不純物からなるアルミニウム合金押出材により構成され、前記フィン3はAl-Mn-Zn系合金材をコルゲート加工してなるフィンであり、前記塗布物はSi粉末とZnを含有する化合物系フラックス粉末とZnを含有しない化合物系フラックス粉末とバインダとを混合したもので、塗布物中の各粉末量は、Si粉末が1?5g/m^(2)、Zn含有フラックスが12g/m^(2)、Znを含有しないフラックスが1、2、3g/m^(2)で、Si粉末:フラックス:バインダ=2?4:7?15:1?3の混合比であり、ろう付け接合により製造される熱交換器のチューブ2内部が最も電位が貴で、チューブ2表面層、フィン3の順に電位が卑になっているアルミニウム合金製熱交換器の製造方法。」

5.判断
(1)特許法第29条第2項について
ア 対比
本特許の請求項1に係る発明(以下「特許発明」という。)と引用発明とを対比する。
引用発明における「チューブ2」、「塗布物」は、それぞれ特許発明における「冷媒通路管」、「塗料」に、その組成を除き熱交換器の製造方法における構成要素として相当する。また、引用発明における「コルゲート加工してなるフィン」、「チューブ2内部」は、特許発明における「コルゲートフィン」、「冷媒通路管深部」にそれぞれ相当する。

よって、特許発明と引用発明とは、以下の点で一致する。
〔一致点〕
「アルミニウム合金押出材からなる偏平多穴状の冷媒通路管の表面に、Si粉末とフラックス粉末とバインダを混合した塗料を塗布し、アルミニウム合金フィンを組み付けてろう付け接合してなるアルミニウム合金製熱交換器を製造する方法であって、前記フィンはAl-Mn-Zn系合金材を成形してなるコルゲートフィンであり、前記塗料はSi粉末とZnを含有する化合物系フラックス粉末とZnを含有しない化合物系フラックス粉末とバインダを混合したものである、アルミニウム合金製熱交換器の製造方法。」

また、以下の点で相違する。
〔相違点1〕
特許発明のフィンは、ベアフィンであるのに対し、引用発明のフィン3は、”ベア”との呼称を伴っていない点。いいかえれば、ろう材がクラッドされていないフィン(本特許の明細書段落【0007】参照)であるかが不明である点
〔相違点2〕
特許発明の冷媒通路管は、Mn:0.6?1.7%を含有し、Siを0.10%未満、Cuを0.05%未満に制限し、残部Alと不可避的不純物からなるものであるのに対し、引用発明のチューブ2は、Mn:0.05?0.50%を含有し、Siを0.10超?0.50%未満、Cuを0.001?0.10%含有し、残部Alと不可避不純物からなる点
〔相違点3〕
特許発明の塗料は、塗料中の各粉末量が、Si粉末が1?4g/m^(2)、Zn含有フラックスが1?9g/m^(2)、Znを含有しないフラックスが1?9g/m2、粉末の合計量が5?20g/m^(2)で、バインダは塗料全体の5?40%の量であるのに対し、引用発明の塗布物は、塗布物中の各粉末量が、Si粉末が1?5g/m^(2)、Zn含有フラックスが12g/m^(2)、Znを含有しないフラックスが1、2、3g/m^(2)で、Si粉末:フラックス:バインダ=2?4:7?15:1?3の混合比であり、粉末の合計量が不明であるのと共に、バインダの塗料全体に占める重量比(本特許の明細書段落【0047】参照)が直ちには明らかではない点
〔相違点4〕
熱交換器の電位に関して、特許発明は、冷媒通路管深部、冷媒通路管表面、フィン接合部フィレット、フィンの順に電位が卑となるものであるのに対し、引用発明は、チューブ2内部、チューブ2表面層、フィン3の順に電位が卑になるものであって、フィン接合部フィレットの電位がどのようになっているかが不明である点


イ 当審の判断
a 引用発明に基づく理由についての判断
相違点2より検討する。
刊行物2には、「熱交換器用チューブには、好適にはMn:0.3?1.5%を含有し、かつSi含有量を0.10%未満とし、必要に応じて、Fe:0.20?0.70%、Cu:0.01?0.20%、Ti:0.05?0.25%のうち1種または2種以上を含有し、残部がAlと不可避不純物からなる組成を有するAl合金を用いる。」(段落【0022】)との記載がある。そして、Cuを0.01%、0.02%に制限した実施例も記載されている(段落【0032】【表1】、合金1、2)。

ここで、刊行物1には、チューブ2の合金組成に関して以下の記載がある。
「Mnは、チューブの電位を卑にすることなく強度を向上させることができ、好適には、0.05?0.50%のMnを含有しても良い。……0.50%を超えて含有すると、材料の押出し加工性を低下させる。」(段落【0019】)
「Siは、Mnとともに含有させることで、微細なAl-Mn-Si系化合物を形成し、強度が有効に向上するので、所望によりMnとともにチューブに含有させることができる。ただし、0.10%以下の含有では、上記効果が十分でなく……なるので、Si含有量は0.10%超0.5%未満とする。」(段落【0020】)

してみれば、刊行物2には、相違点2に関する特許発明の冷媒通路管の金属組成を満足する金属組成が開示されているといえる。しかしながら、刊行物1には、チューブ2の金属組成について、Mnを0.50%超えるようにすること及びSiを0.10%以下とすることについて否定する記載があるから、刊行物2の記載があったとしても、引用発明において、Mnを0.50%、特に0.6%を超えるようすること及びSiを0.10%以下、特に0.10%未満とすることは、当業者といえども容易に想到し得ないといえる。
特許異議申立人は、この相違点2に関して、耐食性が良好なアルミニウム製熱交換器を得ることという課題の共通性をもって、引用発明に刊行物2に記載の技術的事項を適用することの動機付けとしているが(特許異議申立書第12頁「そして、」の段落)、上記のように、刊行物1には刊行物2に記載の事項の適用を阻害する要因が記載されていると認められるから、特許異議申立人のいう動機付けは、適用することの動機付けとなり得るものではない。

よって、特許発明と引用発明とは、上記相違点2で相違し、当該相違点は、当業者といえども容易に想到し得るものではない。


b 他の理由についての判断
刊行物2には、Znを含有しないフラックスを用いることが記載されており(例えば、段落【0003】、【0004】、【0015】、【0027】)、いいかえれば、Znを含有するフラックスを用いることを排除しているものであるから、Znを含有する化合物系フラックス粉末を用いるものである特許発明を、刊行物2に記載の発明に基き発明することは、当業者といえども容易ではない。
さらに、刊行物3又は4は、特許発明の主要な発明特定事項を複数開示していないことから、特許発明を刊行物3又は4に記載の発明に基づいて発明をすることは、当業者といえども容易ではない。

ウ 小括
特許発明と引用発明とは、上記相違点2で相違するから、他の相違点である相違点1、3及び4を検討するまでもなく、特許発明は、引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。また、特許発明が容易に発明をすることができたとする他の理由も発見しない。
特許発明が容易に発明をすることができたものではない以上、特許発明を引用する本特許の請求項2?6に係る発明も容易に発明をすることができたものではない。
したがって、請求項1?6に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるとはいえない。


(2)特許法第36条第4項1号又は第6項第2号について
特許異議申立人は、特許異議申立書において、特許第5750237号の特許請求の範囲又は明細書の発明の詳細な説明の記載に関して、以下のア及びイの2点を主張している。

ア 特許法第36条第4項第1号(実施可能要件)違反
本件特許の請求項1に係る発明における「塗料はSi粉末とZnを含有する化合物系フラックス粉末とZnを含有しない化合物系フラックス粉末とバインダを混合したもの」であるが、Si粉末は固体であり、化合物系フラックス粉末は固体であり、バインダも明細書の記載から固体であるので、塗料とならず、塗布できない。よって、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていない(上記特許異議申立書の3.(1))。
より具体的には、バインダであるアクリル樹脂は「固体に相違ない」(同(D-6))から、固体であるSi粉末と、固体である化合物系フラックス粉末と、固体であるアクリル系樹脂バインダとを混合した混合物(塗料)は、液状にならず、液状態でない塗料は(ロールコートにより)塗布できない(同(D-6))。
よって、冷媒通路管に塗布可能な塗料が完成されていないから、当業者が本件発明の課題を解決することができない。よって、発明の詳細な説明中には、本件特許の課題を解決する手段が当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない(同(D-7)の要約)。

イ 特許法第36条第6項第2号(明確性)違反
特許異議申立書の趣旨は要するに、本件特許の請求項1には、「冷媒通路管の表面に、Si粉末とフラックス粉末とバインダを混合した塗料を塗布し」及び「塗料はSi粉末とZnを含有する化合物系フラックス粉末とZnを含有しない化合物系フラックス粉末とバインダを混合したもの」との記載があるが、上記アで述べたように、この請求項1に記載された「塗料」では塗布することが不可能であるから、塗布不可能な塗料を「塗布」するとする請求項1の記載は、技術的に不備があるため、当該請求項1に係る発明は、不明確である。

ウ 当審の判断
a 特許請求の範囲の記載
本件特許の請求項1には、「塗料」に関して以下の記載がある。
「冷媒通路管の表面に、Si粉末とフラックス粉末とバインダを混合した塗料を塗布し」
「前記塗料はSi粉末とZnを含有する化合物系フラックス粉末とZnを含有しない化合物系フラックス粉末とバインダを混合したもの」
「バインダは塗料全体の5?40%の量」

b 発明の詳細な説明の記載
本件特許の明細書中には、以下の記載がある。
「バインダは例えばアクリル系樹脂を使用する。」(段落【0043】)
「上記の塗料はロールコートにより冷媒通路管に塗装することができる。」(段落【0047】)
「表9に示す塗布量となるように混合したSi粉末とKZnF_(3)粉末とZn非含有フラックス粉末(ノコロックフラックス)とアクリル系樹脂バインダの混合物を表面にロールコートにより塗装した冷媒通路管」(段落【0072】)

c 出願時の技術常識
本件特許出願時において、Si粉末とフラックスとバインダを溶媒に混合して液状にし、ロールコート等の手段で当該液状物を塗布し、溶媒を乾燥・揮発除去させ、層状の塗料を冷媒通路管の表面に形成することは、熱交換器を製造する際の技術常識であったと認められる(例えば、特開平7-303858号公報、特開平11-58068号公報、特開2008-284565号公報参照。)。

d 実施可能要件についての判断
ここで、実施可能要件に関して、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているとは、「当業者が、明細書及び図面に記載された発明の実施についての説明と出願時の技術常識とに基づいて、請求項に係る発明を実施しようとした場合に、どのように実施するかを理解でき」ること(「特許・実用新案審査基準」第II部第1章第1節2.(2))である。してみれば、上記(イ)の明細書の記載と上記の出願時の技術常識に基づけば、当業者であれば、本特許の請求項1に係る発明に関する塗料を冷媒通路管の表面に塗布することができたといえるし、本特許の請求項1に係る発明のアルミニウム合金製熱交換器の製造方法をどのように実施するかを理解できたといえる。
よって、本特許に係る発明の詳細な説明の記載は、実施可能要件を満たすものであるから、請求項1に係る特許は特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるとはいえない。

e 明確性についての判断
上記のように、請求項1に記載された「塗料」は塗布することが不可能であるとはいえないし、請求項1の記載に字義的な不備があるといえても、技術常識でその不備は十分補えるというべきであるから、総合的には技術的な不備があるといえず、請求項1の記載に重大な不備は無く、結果として不明確であるとはいえない。
よって、請求項1に係る特許は特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるとはいえない。


6.むすび
したがって、特許異議申立ての理由及び証拠によっては、請求項1?6に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1?6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2016-04-28 
出願番号 特願2010-119218(P2010-119218)
審決分類 P 1 652・ 121- Y (B23K)
P 1 652・ 537- Y (B23K)
P 1 652・ 536- Y (B23K)
最終処分 維持  
前審関与審査官 篠原 将之田合 弘幸  
特許庁審判長 西村 泰英
特許庁審判官 平岩 正一
落合 弘之
登録日 2015-05-22 
登録番号 特許第5750237号(P5750237)
権利者 株式会社UACJ
発明の名称 アルミニウム合金製熱交換器の製造方法  
代理人 福田 保夫  
代理人 赤塚 賢次  

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