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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C07C
管理番号 1315221
審判番号 不服2014-26045  
総通号数 199 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2016-07-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2014-12-19 
確定日 2016-05-30 
事件の表示 特願2012-511126「ピレスロイド化合物、製造方法およびその使用」拒絶査定不服審判事件〔平成22年11月25日国際公開、WO2010/133098、平成24年11月 8日国内公表、特表2012-527409〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
この出願は、2010年2月11日(パリ条約による優先権外国庁受理 2009年5月21日(CN)中国,2009年6月5日(CN)中国,2009年6月5日(CN)中国)を国際出願日とする出願であって、平成23年12月21日付けで上申書および手続補正書が提出され、平成24年1月19日付けで上申書及び手続補正書が提出され、平成25月10月17日付けで拒絶理由が通知され、平成26年1月8日に意見書および誤訳訂正書が提出され、同年8月15日付けで拒絶査定され、同年12月19日に拒絶査定不服審判が請求されたものである。

第2 本願発明について
1 本願発明の認定
この出願の請求項1に係る発明は、平成26年1月8日付けの誤訳訂正により訂正された特許請求の範囲の記載からみて、請求項1に記載された事項により特定される以下のとおりのものである(以下「本願発明」という。)。
「 【請求項1】
化合物の構造が式(A)で表わされる2,3,5,6‐テトラフルオロ‐4‐メトキシメチルベンジル‐3‐(3,3,3‐トリフルオロ‐1‐プロペニル)‐2,2‐ジメチルシクロプロパンカルボキシレートの立体異性体であるピレスロイド化合物:
【化1】

(式中、カルボン酸部分における炭素‐炭素二重結合がZ配置であり、シクロプロパンの1位における絶対立体配置がR配置である)であって、2,3,5,6‐テトラフルオロ‐4‐メトキシメチルベンジル‐1R‐(Z)‐3‐(3,3,3‐トリフルオロ‐1‐プロペニル)‐2,2‐ジメチルシクロプロパンカルボキシレートであるピレスロイド化合物を含んでなる殺虫剤であって、
2,3,5,6-テトラフルオロ-4-メトキシメチルベンジル-1S-(Z)-3-(3,3,3-トリフルオロ-1-プロペニル)-2,2-ジメチルシクロプロパンカルボキシレートを含まない、殺虫剤。」

第3 原査定の拒絶の理由
原査定の拒絶の理由の1つは、以下のとおりのものと認める。
「この出願の下記の請求項に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
記 (引用文献等については引用文献等一覧参照)
・請求項1-13:引用文献1
引用文献1には、・・・

引 用 文 献 等 一 覧
1.特開2002-145828号公報 」

特開2002-145828号公報を、以下「引用文献1」という。

第4 当審の判断
当審は,原査定の拒絶の理由のとおり,本願発明は,引用文献1に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない,と判断する。
理由は以下のとおりである。

1 引用文献1及びその記載事項
(1)引用文献1:特開2002-145828号公報(原審の引用文献1)
原査定で引用された本願優先日前に頒布された刊行物である上記「引用文献1」には、次の記載がある。
(1a)「【請求項1】式(1)
【化1】

で示される4-メトキシメチル-2,3,5,6-テトラフルオロベンジル 3-(3,3,3-トリフルオロ-1-プロペニル)-2,2-ジメチルシクロプロパンカルボキシレート。
【請求項2】請求項1に記載のエステル化合物を含有することを特徴とする有害生物防除剤。」(【特許請求の範囲】)

(1b)「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明はエステル化合物及びそれを有効成分として含有することを特徴とする有害生物防除剤に関する。
【0002】
【従来の技術および発明が解決しようとする課題】特開昭57-123146号公報において4-メトキシメチル-2,3,5,6-テトラフルオロベンジル 3-(2-クロロ-3,3,3-トリフルオロ-1-プロペニル)-2,2-ジメチルシクロプロパンカルボキシレートが殺虫剤の有効成分として記載されている。しかし、該化合物は活性の点で有害生物防除剤の有効成分として必ずしも十分とは言えない。」

(1c)「【0004】
【発明の実施の形態】本発明化合物には、シクロプロパン環上の2個の不斉炭素に由来する異性体およびカルボン酸部分に存在する炭素-炭素二重結合に由来する異性体が存在するが、本発明にはその各々及びその混合物が含まれる。本発明化合物中、有害生物防除効力の点からはシクロプロパン環1位の絶対立体配置がR配置である化合物またはシクロプロパン環1位の絶対立体配置がR配置である化合物に富む異性体混合物が好ましく、特にシクロプロパン環1位の絶対立体配置がR配置でありシクロプロパン環1位と3位の相対立体配置がトランスである化合物{(1R)-トランス体}または(1R)-トランス体に富む異性体混合物が好ましい。また、カルボン酸部分に存在する炭素-炭素二重結合の立体配置は、E配置である化合物が好ましい。」

(1d)「【0011】本発明化合物が対象とする害虫としては、例えば以下の害虫があげられる。
鱗翅目害虫ニカメイガ、コブノメイガ、ノシメコクガ等のメイガ類、ハスモンヨトウ、アワヨトウ、ヨトウガ等のヨトウ類、モンシロチョウ等のシロチョウ類、コカクモンハマキ等のハマキガ類、シンクイガ類、ハモグリガ類、ドクガ類、ウワバ類、カブラヤガ、タマナヤガ等のアグロティス属害虫 (Agrotis spp.)、ヘリコベルパ属害虫 (Helicoverpa spp.)、ヘリオティス属害虫 (Heliothis spp.)、コナガ、イチモンジセセリ、イガ、コイガ等双翅目害虫アカイエカ、コガタアカイエカ等のイエカ類、ネッタイシマカ、ヒトスジシマカ等のヤブカ類、シナハマダラカ等のハマダラカ類、ユスリカ類、イエバエ、オオイエバエ、ヒメイエバエ等のイエバエ類、クロバエ類、ニクバエ類、タネバエ、タマネギバエ等のハナバエ類、ミバエ類、ショウジョウバエ類、チョウバエ類、ノミバエ類、アブ類、ブユ類、サシバエ類、ヌカカ類等網翅目害虫チャバネゴキブリ、クロゴキブリ、ワモンゴキブリ、トビイロゴキブリ、コバネゴキブリ等膜翅目害虫アリ類、スズメバチ類、アリガタバチ類、カブラハバチ等のハバチ類等隠翅目害虫イヌノミ、ネコノミ、ヒトノミ等シラミ目害虫ヒトジラミ、ケジラミ、アタマジラミ、コロモジラミ等等翅目害虫ヤマトシロアリ、イエシロアリ等半翅目害虫ヒメトビウンカ、トビイロウンカ、セジロウンカ等のウンカ類、ツマグロヨコバイ、タイワンツマグロヨコバイ等のヨコバイ類、アブラムシ類、カメムシ類、コナジラミ類、カイガラムシ類、グンバイムシ類、キジラミ類等鞘翅目害虫ヒメカツオブシムシ、ヒメマルカツオブシムシ、ウエスタンコーンルートワーム、サザンコーンルートワーム等のコーンルートワーム類、ドウガネブイブイ、ヒメコガネ等のコガネムシ類、コクゾウムシ、イネミズゾウムシ、ワタミゾウムシ、アズキゾウムシ等のゾウムシ類、チャイロコメノゴミムシダマシ、コクヌストモドキ等のゴミムシダマシ類、イネドロオイムシ、キスジノミハムシ、ウリハムシ等のハムシ類、シバンムシ類、ニジュウヤホシテントウ等のエピラクナ属 (Epilachna spp.)、ヒラタキクイムシ類、ナガシンクイムシ類、カミキリムシ類、アオバアリガタハネカクシ等総翅目害虫ミナミキイロアザミウマ、ミカンキイロアザミウマ、ハナアザミウマ等直翅目害虫ケラ、バッタ等ダニ類コナヒョウヒダニ、ヤケヒョウヒダニ等のヒョウヒダニ類、ケナガコナダニ、ムギコナダニ等のコナダニ類、チリニクダニ、イエニクダニ、サナアシニクダニ等のニクダニ類、クワガタツメダニ、フトツメダニ等のツメダニ類、ホコリダニ類、マルニクダニ類、イエササラダニ類、ナミハダニ、カンザワハダニ、ミカンハダニ、リンゴハダニ等のハダニ類、フタトゲチマダニ等のマダニ類」

(1e)「【0012】本発明化合物を有害生物防除剤の有効成分として用いる場合には、本発明化合物をそのまま用いてもよいが、通常は本発明化合物を製剤化して使用する。その製剤としては、例えば油剤、乳剤、水和剤、フロアブル剤(水中懸濁剤、水中乳濁剤等)、粉剤、粒剤、エアゾール剤、加熱蒸散剤(殺虫線香、電気殺虫マット、吸液芯型加熱蒸散殺虫剤等)、加熱燻煙剤(自己燃焼型燻煙剤、化学反応型燻煙剤、多孔セラミック板燻煙剤等)、非加熱蒸散剤(樹脂蒸散剤、含浸紙蒸散剤等)、煙霧剤(フォッキング等)、ULV剤及び毒餌があげられる。・・・
【0016】殺虫線香の基材としては、例えば木粉、粕粉等の植物性粉末とタブ粉、スターチ、グルテイン等の結合剤との混合物があげられる。
【0017】電気殺虫マットの基材としては、例えばコットンリンターを板状に固めたもの、コットンリンターとパルプとの混合物のフィリブルを板状に固めたものがあげられる。」

(1f)「【0030】
【実施例】以下、製造例、製剤例及び試験例等により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
【0031】まず、本発明化合物の製造例を示す。
【0032】製造例N,N-ジメチルホルムアミド10mlに式(8)
【化7】

で示される4-メトキシメチル-2,3,5,6-テトラフルオロベンジル 3-ホルミル-2,2-ジメチルシクロプロパンカルボキシレート1.0g及び(2,2,2-トリフルオロエチル)トリフェニルホスホニウムトリフルオロメタンスルホネート1.55gを溶解し、氷冷下でフッ化セシウム2.18gを加え、さらに室温で8時間攪拌した。その後、反応液を1%塩酸約20mlに注加し、酢酸エチル50mlで2回抽出した。有機層を合わせて飽和炭酸水素ナトリウム水溶液、飽和食塩水で順次洗浄し、硫酸ナトリウムで乾燥した後、減圧下で濃縮した。得られた残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィーに付して、式(9)
【化8】

で示される4-メトキシメチル-2,3,5,6-テトラフルオロベンジル (Z)-3-(3,3,3-トリフルオロ-1-プロペニル)-2,2-ジメチルシクロプロパンカルボキシレート(以下、本発明化合物1と記す)0.29g及び式(10)
【化9】

で示される4-メトキシメチル-2,3,5,6-テトラフルオロベンジル (E)-3-(3,3,3-トリフルオロ-1-プロペニル)-2,2-ジメチルシクロプロパンカルボキシレート(以下、本発明化合物2と記す。)0.29gを得た。
本発明化合物1の物性値^(1)H-NMR(CDCl_(3),TMS)δ(ppm):1.19(s,3H)、1.56(s,3H)、1.67(d,1H)、2.45(m,1H)、3.41(s,3H)、4.59(s,2H)、5.25(s,2H)、5.66(m,2H)
本発明化合物2の物性値^(1)H-NMR(CDCl_(3),TMS)δ(ppm):1.19(s,3H)、1.28(s,3H)、1.72(d,1H)、2.12(m,1H)、3.41(s,3H)、4.58(s,2H)、5.79(m,2H)
【0033】次に、式(8)で示される化合物の製造法を参考製造例1として示す。
参考製造例1テトラヒドロフラン10mlに4-メトキシメチル-2,3,5,6-テトラフルオロベンジルアルコール1.0g及びピリジン0.42gを溶解し、氷冷下で3-(2-メチル-1-プロペニル)-2,2-ジメチルシクロプロパンカルボン酸塩化物{立体異性体比率 (1R)-トランス体:(1R)-シス体:(1S)-トランス体:(1S)-シス体=93.9:2.5:3.5:0.1}0.9gを加え、さらに室温で8時間攪拌した。その後、反応液を氷水約50ml中に注加し、酢酸エチル80mlで2回抽出した。有機層を合わせて飽和食塩水で洗浄、無水硫酸ナトリウムで乾燥した後、減圧下濃縮した。得られた残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィーに付し、4-メトキシメチル-2,3,5,6-テトラフルオロベンジル 3-(2-メチル-1-プロペニル)-2,2-ジメチルシクロプロパンカルボキシレート1.4gを得た。
^(1)H-NMR(CDCl_(3),TMS)δ(ppm):1.13(s,3H)、1.26(s,3H)、1.38(d,1H)、1.69(brs,6H)、2.10(dd,1H)、3.40(s,3H)、4.59(s,2H)、4.87(d,1H)、5.24(dd,2H)」

(1g)「【0053】製剤例12本発明化合物1または2 100mgを適量のアセトンに溶解し、4.0cm×4.0cm、厚さ1.2cmの多孔セラミック板に含浸させて、加熱燻煙剤を得る。
【0054】製剤例13本発明化合物1または2 100μgを適量のアセトンに溶解し、2cm×2cm、厚さ0.3mmの濾紙に均一に塗布した後、アセトンを風乾して、常温揮散剤を得る。
【0055】製剤例14本発明化合物1または2のアセトン溶液を濾紙に本発明化合物濃度が1m^(2)当り1gとなるように含浸させ、アセトンを風乾して、防ダニシートを得る。
【0056】次に本発明化合物が有害生物防除剤の有効成分として有効であることを試験例により示す。
試験例本発明化合物をアセトンに希釈し、その希釈液0.64mlを底部の直径が9cmのアルミニウム皿に滴下し、アセトンを風乾した。ポリエチレンカップ(直径9cm、高さ4.5cm)内にアカイエカ雌成虫10頭を放ち、その上部に虫が直接に薬剤処理面に触れないようにナイロンネットをした。このカップの天地を逆にし、上記アルミニウム皿の上にのせた。25℃で60分経過後、ノックダウンしたアカイエカを数え、ノックダウン率(%)を求めた。比較対象化合物としては式(12)で示される4-メトキシメチル-2,3,5,6-テトラフルオロベンジル (Z)-3-(2-クロロ-3,3,3-トリフルオロプロプ-1-エニル)-2,2-ジメチルシクロプロパンカルボキシレートを用いた。結果を表1に示す。
【表1】

【0057】
【発明の効果】本発明化合物は有害生物防除活性に優れ、有害生物防除剤の有効成分として有用である。」

2 引用文献1に記載された発明について
引用文献1には、摘記(1a)によれば、

「式(1)

で示される4-メトキシメチル-2,3,5,6-テトラフルオロベンジル 3-(3,3,3-トリフルオロ-1-プロペニル)-2,2-ジメチルシクロプロパンカルボキシレートを含有する有害生物防除剤」が記載され、摘記(1f)よれば、

式(9)

で示される4-メトキシメチル-2,3,5,6-テトラフルオロベンジル (Z)-3-(3,3,3-トリフルオロ-1-プロペニル)-2,2-ジメチルシクロプロパンカルボキシレートが製造例を伴って記載されている。

そうすると、引用文献1には、


で示される4-メトキシメチル-2,3,5,6-テトラフルオロベンジル (Z)-3-(3,3,3-トリフルオロ-1-プロペニル)-2,2-ジメチルシクロプロパンカルボキシレートを含有する有害生物防除剤。」
(以下「引用発明」という。)が記載されているといえる。

3 対比・判断
(1)対比
引用発明の「式(9)で示される4-メトキシメチル-2,3,5,6-テトラフルオロベンジル (Z)-3-(3,3,3-トリフルオロ-1-プロペニル)-2,2-ジメチルシクロプロパンカルボキシレート」と本願発明の「化合物の構造が式(A)で表わされる2,3,5,6‐テトラフルオロ‐4‐メトキシメチルベンジル‐3‐(3,3,3‐トリフルオロ‐1‐プロペニル)‐2,2‐ジメチルシクロプロパンカルボキシレート」とは、シクロプロパンの1位における絶対立体配置を除いて一致しており、菊酸類似の構造を有する天然ピレスロイド及び合成ピレスロイドの総称としてのピレスロイド化合物であるといえるから、本願発明と引用発明とは、
「2,3,5,6‐テトラフルオロ‐4‐メトキシメチルベンジル‐3‐(3,3,3‐トリフルオロ‐1‐プロペニル)‐2,2‐ジメチルシクロプロパンカルボキシレートの立体異性体であるピレスロイド化合物:


(式中、カルボン酸部分における炭素‐炭素二重結合がZ配置である)」
である点で一致し、以下の点で相違している。

相違点1:シクロプロパンの1位における絶対立体配置に関し、本願発明は、R配置であると特定されているのに対して、引用発明では、そのように特定されていない点

相違点2:本願発明では、「殺虫剤」と特定されているのに対して、引用発明では、「有害生物防除剤」と特定されている点

相違点3:本願発明では、「2,3,5,6-テトラフルオロ-4-メトキシメチルベンジル-1S-(Z)-3-(3,3,3-トリフルオロ-1-プロペニル)-2,2-ジメチルシクロプロパンカルボキシレートを含まない」と特定されているのに対して、引用発明では、そのような特定のない点

(2)相違点の判断
上記相違点について検討する。

ア 相違点1について

シクロプロパンの1位における絶対立体配置に関し、引用文献1の摘記(1c)には、「本発明化合物中、有害生物防除効力の点からはシクロプロパン環1位の絶対立体配置がR配置である化合物またはシクロプロパン環1位の絶対立体配置がR配置である化合物に富む異性体混合物が好ましく」と記載されているし、R配置の取得方法も、光学異性体分離用のカラムを用いる等によって、光学異性体の所望の一方を容易に取得できることが技術常識であるから、引用発明において、上記同一文献内の示唆に基づき、シクロプロパンの1位における絶対立体配置をR配置に特定することは、当業者が容易になし得ることである。

イ 相違点2について

引用発明の「有害生物防除剤」に関し、摘記(1b)においては、従来技術の化合物を殺虫剤の有効成分として記載した上で、活性の点で十分でないという課題を記載しており、摘記(1d)には、対象とする害虫の例示が本願明細書で対象としている蚊、ハエ、チャバネゴキブリを含めてなされており、摘記(1e)には、「殺虫線香、電気殺虫マット、吸液芯型加熱蒸散殺虫剤等」の殺虫剤を概念とした用途の記載があり、当該分野の一般図書である参考文献(中筋 房夫 外2名著,新農学シリーズ 害虫防除,1997年2月10日,朝倉書店,102頁11?14行)には、「害虫防除法は便宜的に化学的防除,・・・などに分類され・・・これらの防除法の中で化学的防除,特に殺虫剤は,一般に簡便で効果もきわめて高いため防除技術の中心的役割をはたしてきた。」との記載があることも考慮すると、引用発明の「有害生物防除剤」には、殺虫剤が中心的なものとして挙げられるといえる。
したがって、相違点2は実質的相違点であるとはいえない。

ウ 相違点3について

本願発明は、「2,3,5,6-テトラフルオロ-4-メトキシメチルベンジル-1S-(Z)-3-(3,3,3-トリフルオロ-1-プロペニル)-2,2-ジメチルシクロプロパンカルボキシレートを含まない」との特定で、シクロプロパンの1位における絶対立体配置がS配置で、カルボン酸部分における炭素‐炭素二重結合がZ配置の化合物を含まないことを特定しているが、カルボン酸部分における炭素‐炭素二重結合がZ配置の化合物である引用発明において、引用文献1の摘記(1c)の記載の好ましい選択肢である「シクロプロパン環1位の絶対立体配置がR配置である化合物」に特定するということは、シクロプロパンの1位における絶対立体配置がS配置で、カルボン酸部分における炭素‐炭素二重結合がZ配置の化合物を結果的に含まないことになるので、引用発明から当業者が容易になし得る特定にすぎない。

また、相違点を発明全体から検討するため、シクロプロパンの1位における絶対立体配置に関する相違点1と、用途の表現に関する一応の相違点2と、カルボン酸部分における炭素‐炭素二重結合がZ配置であり、シクロプロパンの1位における絶対立体配置がS配置である場合を含まないことに関する相違点3との相互関係を検討してみる。
上記相違点1と相違点3とに関しては、引用発明において、シクロプロパンの1位における絶対立体配置をR配置であると特定することと、S配置である場合を含まないこととは、実質的に同じことを特定していることになり、相違点1及び相違点3のとおり選択された化合物が、相違点2の殺虫剤という用途において有効であることを示しているにすぎず、それらの相違点の関係の構成上の困難性を本願明細書中で説明する記載はない上に、相乗効果を有する特段の技術的意義を伴った関係についても説明されておらず、本願発明の構成全体を選択する困難性を見いだせない。

(3)本願発明の効果について
本願発明の効果について検討する。
本願明細書【0037】【0038】の表1の結果、【0039】?【0041】の表2の結果、【0042】の結果を検討することで、試験条件のもとで、本願発明に該当する化合物1又は6が相対的に高い効力を有した結果が得られたことは確認できる。
しかしながら、立体配置の相違に基づく効果の違いは、引用文献1の摘記(1c)の「本発明化合物中、有害生物防除効力の点からはシクロプロパン環1位の絶対立体配置がR配置である化合物またはシクロプロパン環1位の絶対立体配置がR配置である化合物に富む異性体混合物が好ましく」(下線は当審にて追加)との記載、及び、引用文献1の摘記(1g)の表1において、「4-メトキシメチル-2,3,5,6-テトラフルオロベンジル(Z)-3-(3,3,3-トリフルオロ-1-プロペニル)-2,2-ジメチルシクロプロパンカルボキシレート(以下、本発明化合物1と記す)」(摘記(1f)参照)が「4-メトキシメチル-2,3,5,6-テトラフルオロベンジル(E)-3-(3,3,3-トリフルオロ-1-プロペニル)-2,2-ジメチルシクロプロパンカルボキシレート(以下、本発明化合物2と記す。)」(摘記(1f)参照)に比較してノックダウン率が高いことを考慮すると、本願発明の効果が、引用発明及び技術常識からみて当業者の予測を超える顕著なものとはいえない。

(4)請求人の主張について
ア 請求人は、平成26年1月8日付け意見書、及び同年12月19日付け審判請求書において、引用文献1の式(9)のZ異性体がシクロプロパン環1位の絶対立体配置について具体的な立体表示のない単なる一般的化学式である点、引用文献1のZ異性体及びE異性体のH^(1)NMRデータの一部に不一致があるとする点、式(8)の原料からみて、引用文献1には、シクロプロパン環1位の絶対立体配置がRとSの化合物の混合物が記載されているとする点、【0004】にカルボン酸部分に存在する炭素-炭素二重結合の立体配置はE配置である化合物が好ましいとの記載がある点を指摘し、本願発明は、特許されるべき旨主張している。
イ まず、式(9)のZ異性体が、シクロプロパン環1位の絶対立体配置について具体的な立体表示のない単なる一般的化学式である点については、相違点1で検討のとおり、摘記(1c)に、「有害生物防除効力の点からはシクロプロパン環1位の絶対立体配置がR配置である化合物」が好ましいとされているのであるから、式(9)自体に、シクロプロパン環1位の絶対立体配置について表示がなくとも当業者であれば、その配置の化合物を検討してみることは困難性はなく、R配置の取得方法も、光学異性体分離用のカラムを用いる等によって、光学異性体の所望の一方を容易に取得できることが技術常識であるから、引用発明において、上記同一文献内の示唆に基づき、シクロプロパンの1位における絶対立体配置をR配置に特定することは、当業者が容易になし得ることであるといえる。
ウ また、H^(1)NMRデータの一部の不一致に関しては、審判請求人は、E異性体のデータから2Hのケミカルシフトの一部データが欠けていることを不一致の理由としているところ、式(9)式(10)の化学構造式からみて、2Hのケミカルシフトはすでに2種類存在しており、データの欠落があるとはいえず、Z異性体自体の認定に対して影響があるとの前記主張自体失当である。
審判請求人の主張は明確ではないものの、ビニル結合を形成する部分の1Hのケミカルシフトの何らか欠落を主張していると仮に理解したとして検討しても、式(9)が実際に製造されたことの記載がある状況で、関連する異性体化合物(E異性体)のH^(1)NMRデータの一部に仮に欠落していると思われる箇所や不整合があったことが、引用文献1に接した当業者にとって、式(9)の化合物(Z異性体)自体を発明として認定することができない事情とはならない。
エ さらに、RとSの化合物の混合物が記載されているとする点は、引用文献1の参考製造例1に記載されるように、式(9)の原料である式(8)の原料で3.6%程度S体が混合されていたとしても、式(9)を混合物であると認定しなければならない理由はなく、仮に混合物であったとしても、摘記(1c)の「本発明化合物中、有害生物防除効力の点からはシクロプロパン環1位の絶対立体配置がR配置である化合物またはシクロプロパン環1位の絶対立体配置がR配置である化合物に富む異性体混合物が好ましく」との記載から、「シクロプロパン環1位の絶対立体配置がR配置である化合物に富む異性体混合物」とともに、「シクロプロパン環1位の絶対立体配置がR配置である化合物」が好ましい例示とされており、絶対立体配置の光学分割自体は、周知慣用技術である高速液体クロマトグラフィーを用いることで行えるのであるから、当業者であれば容易になし得る技術的事項である。
オ 最後に、【0004】の「炭素-炭素二重結合の立体配置は、E配置である化合物が好ましい。」との記載について、具体的実験に基づく摘記(1g)の記載とは矛盾する記載ではあるが、当業者であれば、Z配置のものの方が特性が向上している実験結果が示されている以上、Z配置のものを検討を行うことに支障となるものではないといえる。

カ したがって、請求人の上記主張はいずれも、引用発明から本願発明を容易に発明することができない理由としては、採用できない。

4 まとめ
以上のとおり、本願発明は、引用文献1に記載された発明および技術的事項に基いて、本願優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

第5 むすび
以上のとおり、本願発明は、本願の優先日前に日本国内において頒布された引用文献1に記載された発明に基づいて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明することができたものであるから、その余の請求項について検討するまでもなく、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2015-12-25 
結審通知日 2016-01-05 
審決日 2016-01-18 
出願番号 特願2012-511126(P2012-511126)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C07C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 高橋 直子  
特許庁審判長 佐藤 健史
特許庁審判官 瀬良 聡機
齊藤 真由美
発明の名称 ピレスロイド化合物、製造方法およびその使用  
代理人 浅野 真理  
代理人 反町 洋  
代理人 松山 祐子  
代理人 反町 洋  
代理人 勝沼 宏仁  
代理人 勝沼 宏仁  
代理人 松山 祐子  
代理人 浅野 真理  
代理人 中村 行孝  
代理人 中村 行孝  

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