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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない。 C07D
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 C07D
管理番号 1315252
審判番号 不服2014-23806  
総通号数 199 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2016-07-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2014-11-21 
確定日 2016-06-01 
事件の表示 特願2012-263345「シクロプロピル縮合ピロリジン骨格を有するジペプチジルペプチダーゼIVの阻害剤及び方法」拒絶査定不服審判事件〔平成25年 2月28日出願公開、特開2013- 40219〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、2001年3月5日(パリ条約による優先権主張外国庁受理2000年3月10日、米国(US))を国際出願日とする出願である特願2001-567699号の一部を平成22年1月14日に新たな特許出願とした特願2010-6181号の一部を、さらに、平成24年11月30日に新たな特許出願としたものであって、平成25年5月22日に手続補正がなされ、その後平成26年3月27日付け拒絶理由通知に応答して、平成26年6月27日付けで意見書が提出されたが、同年7月14日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、同年11月21日に拒絶査定不服審判が請求されたものである。
その後、平成27年4月8日付け及び同年11月27日付けで上申書が提出された。

2.本願発明
本願の請求項1?16に係る発明は、平成25年5月22日付けの手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1?16に記載された事項によって特定されたものであるところ、そのうち請求項1および14は、以下のとおりである。

「【請求項1】
式:
【化1】


[式中、
xは0又は1であり、yは0又は1であるが、
yが0のときxは1であり、
yが1のときxは0であり;
式中、Xは水素又はシアノ基であり;
R^(1)は、アルキル、アルケニル、アルキニル、シクロアルキル、シクロアルキルアルキル、ビシクロアルキル、トリシクロアルキル、アルキルシクロアルキル、ヒドロキシアルキル、ヒドロキシアルキルシクロアルキル、ヒドロキシシクロアルキル、ヒドロキシビシクロアルキル、ヒドロキシトリシクロアルキル、ビシクロアルキルアルキル、アルキルチオアルキル、アリールアルキルチオアルキル、シクロアルケニル、アリール、アラルキル、ヘテロアリール、ヘテロアリールアルキル、シクロヘテロアルキル又はシクロヘテロアルキルアルキルの中から選択されるものであり;
これらすべての基は、適宜、有効な炭素原子に、水素原子、ハロ、アルキル、ポリハロアルキル、アルコキシ、ハロアルコキシ、ポリハロアルコキシ、アルコキシカルボニル、アルケニル、アルキニル、シクロアルキル、シクロアルキルアルキル、ポリシクロアルキル、ヘテロアリールアミノ、アリールアミノ、シクロヘテロアルキル、シクロヘテロアルキルアルキル、 ヒドロキシ、ヒドロキシアルキル、ニトロ、シアノ、アミノ、置換されたアミノ、アルキルアミノ、ジアルキルアミノ、チオール、アルキルチオ、アルキルカルボニル、アシル、アルコキシカルボニル、アミノカルボニル、アルキニルアミノカルボニル、アルキルアミノカルボニル、アルケニルアミノカルボニル、アルキルカルボニルオキシ、アルキルカルボニルアミノ、アリールカルボニルアミノ、アルキルスルホニルアミノ、アルキルアミノカルボニルアミノ、アルコキシカルボニルアミノ、アルキルスルホニル、アミノスルフィニル、アミノスルホニル、アルキルスルフィニル、スルホンアミド又はスルホニルの中から選択される1、2、3、4又は5基で置換されていてもよく;
R^(3)は、水素原子またはアルキルである
の構造を持つ化合物(その全立体異性体を含む)または医薬的に許容できるそれらの塩を含む、医薬組成物。 」
「【請求項14】
糖尿病、インスリン耐性、高血糖症、高インスリン血症、遊離脂肪酸又はグリセロールの高血中濃度、肥満症、X症候群、代謝障害症候群、糖尿病の合併症、高トリグリセリド血症、高インスリン血症、アテローム性動脈硬化症、障害性グルコースホメオスタシス、障害性グルコース耐性、不妊症、多嚢胞性卵巣症候群、成長障害、薄弱、関節炎、移植における同種移植拒絶、自己免疫疾患、AIDS、腸疾患、炎症性腸症候群、拒食症、骨粗鬆症、又は免疫調節性疾患、若しくは慢性炎症性腸疾患の治療に使用するための、請求項1?13のいずれかに記載の医薬組成物。」

そして、請求項14で引用する「請求項1?13のいずれか」が、「請求項1」である場合の請求項14を、請求項1を引用しない形式で書き直すと以下のようになる。

「糖尿病、インスリン耐性、高血糖症、高インスリン血症、遊離脂肪酸又はグリセロールの高血中濃度、肥満症、X症候群、代謝障害症候群、糖尿病の合併症、高トリグリセリド血症、高インスリン血症、アテローム性動脈硬化症、障害性グルコースホメオスタシス、障害性グルコース耐性、不妊症、多嚢胞性卵巣症候群、成長障害、薄弱、関節炎、移植における同種移植拒絶、自己免疫疾患、AIDS、腸疾患、炎症性腸症候群、拒食症、骨粗鬆症、又は免疫調節性疾患、若しくは慢性炎症性腸疾患の治療に使用するための、
式:
【化1】


[式中、
xは0又は1であり、yは0又は1であるが、
yが0のときxは1であり、
yが1のときxは0であり;
式中、Xは水素又はシアノ基であり;
R^(1)は、アルキル、アルケニル、アルキニル、シクロアルキル、シクロアルキルアルキル、ビシクロアルキル、トリシクロアルキル、アルキルシクロアルキル、ヒドロキシアルキル、ヒドロキシアルキルシクロアルキル、ヒドロキシシクロアルキル、ヒドロキシビシクロアルキル、ヒドロキシトリシクロアルキル、ビシクロアルキルアルキル、アルキルチオアルキル、アリールアルキルチオアルキル、シクロアルケニル、アリール、アラルキル、ヘテロアリール、ヘテロアリールアルキル、シクロヘテロアルキル又はシクロヘテロアルキルアルキルの中から選択されるものであり;
これらすべての基は、適宜、有効な炭素原子に、水素原子、ハロ、アルキル、ポリハロアルキル、アルコキシ、ハロアルコキシ、ポリハロアルコキシ、アルコキシカルボニル、アルケニル、アルキニル、シクロアルキル、シクロアルキルアルキル、ポリシクロアルキル、ヘテロアリールアミノ、アリールアミノ、シクロヘテロアルキル、シクロヘテロアルキルアルキル、 ヒドロキシ、ヒドロキシアルキル、ニトロ、シアノ、アミノ、置換されたアミノ、アルキルアミノ、ジアルキルアミノ、チオール、アルキルチオ、アルキルカルボニル、アシル、アルコキシカルボニル、アミノカルボニル、アルキニルアミノカルボニル、アルキルアミノカルボニル、アルケニルアミノカルボニル、アルキルカルボニルオキシ、アルキルカルボニルアミノ、アリールカルボニルアミノ、アルキルスルホニルアミノ、アルキルアミノカルボニルアミノ、アルコキシカルボニルアミノ、アルキルスルホニル、アミノスルフィニル、アミノスルホニル、アルキルスルフィニル、スルホンアミド又はスルホニルの中から選択される1、2、3、4又は5基で置換されていてもよく;
R^(3)は、水素原子またはアルキルである
の構造を持つ化合物(その全立体異性体を含む)または医薬的に許容できるそれらの塩を含む、医薬組成物。」(以下、「本願発明」という。)

3.原査定の拒絶の理由
原査定の拒絶の理由は、本願は、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない(理由1)、及び、本願は、特許請求の範囲の記載が同条第6項第1号に規定する要件を満たしていない(理由2)というものであり、平成26年3月27日付けの拒絶理由通知において、以下の点が指摘されている。
「請求項1-16に係る発明は医薬に関するものであるところ、発明の詳細な説明には請求項1に記載の化合物が薬理作用を有することを具体的に確認できる記載はなく、該作用を有することは自明でもない。よって、この出願の発明の詳細な説明は、当業者が請求項1-16に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されておらず、該発明は発明の詳細な説明に記載したものでない。(薬理試験結果は当初明細書に記載されていなければならない。)」

(なお、本願は、適法な分割出願であって、本願の特許法第36条についての適用法は、特願2001-567699号の出願日である平成13年3月5日について適用される、平成11年法律第41号による改正法が適用されることから、平成26年3月27日付けの拒絶理由通知書における理由1の条文として、「特許法第36条第4項」と記載すべきであったが、該通知書においては、「特許法第36条第4項第1号」と誤って表記されている。しかしながら、拒絶理由通知書の「特許法第36条第4項第1号」が「特許法第36条第4項」の誤記であることは、拒絶理由通知書および原査定の備考欄の記載内容から明らかであるから、原査定の拒絶の理由の理由1を、「特許法第36条第4項」と読み替えた。)

4.当審の判断
4-1.特許法第36条第4項について
(1)特許法第36条第4項に規定する要件(いわゆる実施可能要件)について
本願発明は、「糖尿病、インスリン耐性、高血糖症、高インスリン血症、遊離脂肪酸又はグリセロールの高血中濃度、肥満症、X症候群、代謝障害症候群、糖尿病の合併症、高トリグリセリド血症、高インスリン血症、アテローム性動脈硬化症、障害性グルコースホメオスタシス、障害性グルコース耐性、不妊症、多嚢胞性卵巣症候群、成長障害、薄弱、関節炎、移植における同種移植拒絶、自己免疫疾患、AIDS、腸疾患、炎症性腸症候群、拒食症、骨粗鬆症、又は免疫調節性疾患、若しくは慢性炎症性腸疾患の治療に使用するための・・・医薬組成物」(以下、「糖尿病・・・慢性炎症性腸疾患」として列記される各種疾患をまとめて、「本願発明で特定される各種疾患」ともいう。)の発明であるから、特許法第2条第3項第1号にいう「物の発明」である。
そして、「物の発明」における「実施」には「その物の使用をする行為」が含まれ、本願発明において「その物の使用をする行為」とは、本願発明の「式:【化1】(注;式中の化学構造式及び置換基定義の記載は省略する)の構造を持つ化合物(その全立体異性体を含む)または医薬的に許容できるそれらの塩」(以下、 「本願発明の【化1】の化合物」ともいう。」)を、本願発明で特定される各種疾患に罹患している患者の治療に使用することであるから、本願発明において、特許法第36条第4項に規定される、「発明の詳細な説明は、・・その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に、記載しなければならない」との要件(いわゆる実施可能要件)を満足するためには、発明の詳細な説明が、本願発明の【化1】の化合物を本願発明で特定される各種疾患に罹患している患者に投与した場合に、本願発明で特定される各種疾患に対する治療効果がもたらされることを、当業者が理解できるように記載されている必要があると認められる。
そして、医薬組成物の発明においては、通常、医薬組成物の有効成分の物質名や化学構造だけからその薬理作用を予測することは困難であるから、本願が実施可能要件を満たすといえるためには、本願明細書の発明の詳細な説明に、本願発明の医薬組成物の適用対象疾患である、本願発明で特定される各種疾患についての情報や、本願発明の医薬組成物の調製方法や投与方法といった情報が記載されているのみならず、出願時の技術常識から、当業者が理解可能である場合を除いては、本願発明の医薬組成物の投与により、本願発明で特定される各種疾患に対する治療効果が得られることを、当業者が理解できるような薬理データやそれと同視すべき程度の記載がなされている必要がある。

(2)本願明細書の発明の詳細な説明の記載
そこで、まず、本願明細書の発明の詳細な説明の記載を検討すると、発明の詳細な説明には、本願発明の医薬組成物の医薬用途に関し、以下の記載がある。

(a)(【0001】?【0006】)
「【0001】
本発明はシクロプロピル縮合ピロリジン骨格を有するジペプチジルペプチダーゼIV(DP-4)の阻害剤に関するものであり、糖尿病、特にタイプIIの糖尿病の治療方法に関するもので、高血糖、X症候群、糖尿病合併症、高インスリン血症、肥満症、アテローム性動脈硬化症、及び様々な免疫調節性の疾病及び慢性炎症性腸疾患と同様関連する疾病も同様に含まれる。・・・
【背景技術】
【0002】
ジペプチジルペプチダーゼIV(DP-4)は、・・・様々な組織(腸、肝臓、肺、腎臓)に存在する非古典的なセリンアミノジペプチダーゼに結合した膜である。それは、ある内在性のタンパク質(GLP-1(7-36)、グルカゴン)をインビボで代謝性開裂する原因であり、様々な他のタンパク質(GHRH、NPY、GLP-2、VIP)に対してインビトロでタンパク質分解活性を示す。
【0003】
GLP-1(7-36)は、小腸においてプログルカゴンの翻訳後の工程によって得られる29アミノ酸のタンパク質である。GLP-1(7-36)は、インビボで、インスリン分泌の刺激、グルカゴン分泌の阻害、、満腹促進及び胃排出の遅延を含む多数の活性を有する。生理学的なプロフィールに基づき、GLP-1(7-36)の活性は、タイプIIの糖尿病及び潜在的な肥満症の治療及び予防に有効であると期待されている。この主張を支持して、GLP-1(7-36)の糖尿病患者への外的な投与(連続的な注入)がこの患者群に効果を示す。不幸にして、GLP-1(7-36)はインビボで素早く分解し、インビボで短い半減期(t_(l/2)=1.5分)であることが示されている。遺伝的交系な(genetically bred)DP-4ノックアウトマウスの研究及び選択的なDP-4阻害剤によるインビボ/インビトロの研究に基づき、DP-4はインビボにおいてGLP-1(7-36)の初期分解酵素であることが示唆されている。GLP-1(7-36)はDP-4によって効果的にGLP-1(9-36)分解され、生理学的なアンタゴニストとしてGLP-1(7-36)へ作用すると推測されている。従って、DP-4のインビボでの阻害は、GLP-1(7-36)の内因性のレベルを増強し、そのアンタゴニストGLP-1(9-36)の形成を減弱し、そして糖尿病の状態を回復させるのに役立つと考える。
【0004】
(発明の開示)
本発明によれば、シクロプロピル縮合ピロリジン骨格を有する化合物は、DP-4を阻害し、式:
【化1】 ・・・
の構造を持つ化合物で、医薬的に許容できるそれらの塩、又はそのプロドラッグエステル、及びその全立体異性体を含む。
・・・
【0006】
さらに、本発明によれば、糖尿病、特にタイプIIの糖尿病、並びに、障害性グルコースホメオスタシス、障害性グルコース耐性、不妊治療剤、多嚢胞性卵巣症候群、成長障害、薄弱、関節炎、移植における同種移植拒絶、自己免疫疾患(例えば、強皮症及び多発性硬化症)、様々な免疫調節性疾患(例えば、紅斑性狼蒼又は乾癬)、AIDS、腸疾患(例えば、壊死性の腸炎,微絨毛封入症又は腹腔症)、炎症性腸症候群、化学療法誘導型腸粘膜萎縮症又は傷害、拒食症、骨粗鬆症、X症候群、代謝障害症候群、糖尿病合併症、高インスリン血症、肥満症、アテローム性動脈硬化症、及び炎症性腸疾患(例えば、クローン病及び潰瘍性大腸炎)等の治療方法が提供される。その治療においては、構造式Iの化合物の治療上効果的な(DP4を阻害するための)量を、治療が必要なヒトの患者に投与する。」

(b)(【0122】?【0124】)
「【0122】
本発明の方法を実施するにあたり、薬学的な配合、すなわち、構造式Iの化合物を含み、他の抗糖尿病薬及び/又は他の種類の治療剤と共に又は含まずに、また薬学的な賦形剤や希釈剤と関連しつつ、用いられる。薬学的な配合は、通常の固形物又は液体の賦形剤又は希釈剤、及び目的の投与方法に適したタイプの薬学的な添加剤を用いて処方されることができる。これらの化合物は、ヒト、サル、イヌなどの哺乳類に経口で、例えば錠剤、カプセル、顆粒又は粉末で投与することができ、また注射製剤の形態で非経口で投与することができる。成人の用量は、好適には1日10?1000mgであり、単回で投与するか又は、1日1?4回の個々の用量の形態で投与することができる。
【0123】
典型的な経口投与のカプセルは、構造式Iの化合物(250mg)、乳糖(75mg)及びステアリン酸マグネシウム(15mg)を含む。その混合物は、60メッシュのふるいを通過し、1号ゼラチンカプセルに詰められる。
【0124】
典型的な注射製剤は構造式Iの化合物250mgを無菌状態でバイアルに詰め、無菌状態で凍結乾燥し、封をして調製する。使用にあたっては、バイアルの内容物を生理食塩水2mLに混ぜ、注射製剤を調製する。」

(c)(【0125】?【0131】)
「【0125】
本発明の化合物のDP4阻害活性は、DP4の阻害増強を測定するインビトロ測定システムの使用で測定することができる。本発明のDP4阻害の阻害定数(Ki値)は、後述の方法で測定することができる。
【0126】
ブタ ジペプチジル ペプチダーゼIVの精製
ブタの酵素は、いくらかの改良を加えつつ、あらかじめ引用文献(1)に記載してあるように精製した。腎臓を15?20頭から取り、皮部を取り除き、-80℃で凍結した。凍結組織(2000?2500g)を0.25Mのショ糖12Lでワーリングブレンダーを用いてホモジナイズした。それから、そのホモジネートを37℃で18時間放置することで、細胞膜からDP-4の切断を容易にした。切断工程後、ホモジネートを遠心分離(7000×g、20分、4℃)して浄化し、上清を集めた。固形の硫酸アンモニウムを60%飽和液に加え、遠心分離(10,000×g)で沈殿物を集め、除去した。追加の硫酸アンモニウムを上清に加えて80%飽和液にし、80%ペレットを集めて、20mMのNa_(2)HPO_(4)(pH7.4)に溶かした。
【0127】
20mMのNa_(2)HPO_(4)(pH7.4)への透析後、調製物を遠心分離(10,000×g)により浄化した。その後、浄化した調製物は、同一緩衝液で平衡化したConAセファロース300mLに入れた。緩衝液で洗浄して一定のA280にした後、5%(w/v)メチル α-D-マンノピラノシドで、カラム抽出した。活性な分画をプールし、濃縮し、5mM酢酸ナトリウム(pH5.0)で透析した。透析した物質を、同一緩衝液で平衡化したファルマシア レソースSカラム(Pharmacia Resource S column)100mLに流した。流れ出た物質は集められ、これらには酵素活性の大部分が含まれていた。活性物質は再び濃縮し、20 mMのNa_(2)HPO_(4)(pH7.4)で透析した。最後に、濃縮した酵素は、ファルマシア S-200ゲルろ過カラム(Pharmacia S-200 gel filtration column)でクロマトグラフィーし、低分子量の汚染物質を除いた。カラム分画の純度は、SDS-PAGEの換算によって測定し、最も純度の高い分画を集めて濃縮した。精製された酵素は-80℃で20%グリセロール中で保存した。
【0128】
ブタ ジペプチジル ペプチダーゼIVの定量
酵素は、以下の改良を加えつつ、基質としてgly-pro-p-ニトロアニリドを用いて、あらかじめ引用文献(2)に記載してある安定状態の条件下定量した。反応液は最終的な量が100μlで、100mMのAces、52mMのTRIS、52mMのエタノールアミン、500μMのgly-pro-p-ニトロアニリド、0.2%のDMSO及び4.5nMの酵素が25℃、pH7.4で含まれていた。10μMのテスト化合物での単回の定量にあたっては、緩衝液、化合物及び酵素を96穴のミクロタイタープレートに加え、室温で5分間インキュベートした。反応は基質の添加によって開始した。p-ニトロアニリンの連続的な生成を、モレキュラデバイスTmaxプレートリーダー(Molecular Devices Tmax plate reader)を用いて、15分間405nMで、9秒毎に読み取って測定した。p-ニトロアニリン生成の直線的速度は、各プログラム曲線の直線的部分を通して得た。p-ニトロアニリン吸収の標準的曲線は、各実験の初期段階に得られ、p-ニトロアニリンの生成を触媒化する酵素を、標準曲線から定量した。50%よりおおきな阻害があった化合物は更なる分析するのに選別した。
【0129】
ポジティブな化合物の分析のため、安定状態の速度論的阻害定数を、基質と阻害剤の濃度の両方合わせた作用として測定した。基質の飽和曲線は、gly-pro-p-ニトロアニリドの60μMから3600 μMの濃度で得られた。付加的な飽和曲線もまた、阻害剤の存在下得られた。すべての阻害実験は、11基質と7阻害剤の濃度が含まれ、プレートにクロスして3倍の定量で行った。20nMより低いKisで強い結合阻害剤では、酵素濃度は0.5nMに減少し、反応時間は120分に延びた。3枚のプレートからプールされたデータセットは、競合的、非競合的又は反競合的な阻害剤のいずれかと、よく一致していた。
【0130】
引用文献(1)ラーフェルドら[Rahfeld, J. Schutkowski, M., Faust, J., Neubert., Barth, A., 及び Heins, J. (1991) Biol. Chem. Hoppe-Seyler, 372, 313-318.]
【0131】
引用文献(2) ナガツら[Nagatsu, T., Hino, M., Fuyamada, H., Hayakawa, T., Sakakibara, S., Nakagawa, Y., and Takemoto, T. (1976) Anal. Biochem., 74, 466-476.]」

(3)検討
「ジペプチジルペプチダーゼIV」について、請求人は、本願明細書中で、「DP-4」、「DP4」、「DPP-IV」等種々の表記で記載しているが、いずれも同じ酵素を意図するものと認められるので、この審決においては、引用による記載箇所を除き、「DP4」と統一して記載する。)
上記本願明細書の発明の詳細な説明の記載を検討すると、(a)には、本願発明の【化1】の化合物は、ジペプチジルペプチダーゼIV(DP4)の阻害作用を有していること、(タイプIIの)糖尿病等、本願発明で特定される各種疾患の治療のために、治療上効果的な(DP4を阻害するための)量の該化合物を、治療が必要なヒトの患者に投与すること(【0002】、【0004】および【0006】)、DP4は、内在性のタンパク質(GLP-1(7-36)、グルカゴン)をインビボで代謝性開裂する原因であり、様々な他のタンパク質(GHRH、NPY、GLP-2、VIP)に対してインビトロでタンパク質分解活性を示すこと、GLP-1(7-36)は、インビボで、インスリン分泌の刺激、グルカゴン分泌の阻害、満腹促進及び胃排出の遅延を含む多数の活性を有し、糖尿病患者への連続的な注入で効果を示すこと、GLP-1(7-36)はDP4によって効果的にGLP-1(9-36)分解され、生理学的なアンタゴニストとしてGLP-1(7-36)へ作用すると推測されていることから、DP4のインビボでの阻害は、GLP-1(7-36)の内因性レベルを増強し、そのアンタゴニストGLP-1(9-36)の形成を減弱し、糖尿病の状態を回復させるのに役立つと考られることが記載されている(【0002】?【0003】)。
しかしながら、(a)の記載は、 DP4とGLP-1(7-36)との関係やGLP-1(7-36)が、インビボでインスリン分泌の刺激等の活性を有し、タイプIIの糖尿病等の状態を回復させるのに役立つことや、本願発明の【化1】の化合物が、内在性のタンパク質(特に、GLP-1(7-36))を分解するDP4の阻害作用を有しており、それに起因して、GLP-1(7-36)の内因性レベルを増強し、アンタゴニストGLP-1(9-36)の形成を減弱し、糖尿病等の疾患の状態を回復するのに役立つと考えられることを一般的に記載するものにすぎず、本願発明の【化1】の化合物が、実際に、DP4の阻害作用を有しており、それに起因して、GLP-1(7-36)の内因性レベルの増強およびアンタゴニストGLP-1(9-36)の形成の減弱がなされることを示す薬理データまたはそれと同視すべき程度の記載には当たらない。
ましてや、(a)の記載からは、当業者は、本願発明の【化1】の化合物が、本願発明で特定される各種疾患に罹患される患者に投与された場合に、全ての疾患に対して、実際に治療効果が奏され、本願発明の【化1】の化合物を含む医薬組成物が、本願発明で特定される各種疾患の治療に使用できることを理解することはできない。

(b)には、治療には、通常の賦形剤又は希釈剤、及び目的の投与方法に適したタイプの薬学的な添加剤を用いた薬学的な配合が用いられ、投与は経口或いは非経口であること、成人用量が、好適には1日10?1000mgで、単回又は1日1?4回の形態で投与できることが記載され、典型的な経口投与のカプセル製剤および典型的な注射製剤の処方と、それぞれの調製方法も記載されているが、該調製方法で得られた医薬組成物を、本願発明で特定される各種疾患に罹患している患者に投与した場合に、実際に、DP4が阻害され、それに起因して、GLP-1(7-36)の内因性レベルの増強およびアンタゴニストGLP-1(9-36)の形成の減弱が起こり、本願発明で特定される各種疾患の治療効果が奏されることを示す具体的な薬理データは示されていない。
そして、本願明細書の発明の詳細な説明に、本願発明の医薬組成物の調製方法や投与方法についての情報が記載されている場合であっても、医薬組成物を投与した場合に、所定の疾患に対する治療効果が奏されることを、本願明細書の発明の詳細な説明の記載から当業者に理解できない場合には、そのような医薬組成物が、所定の疾患に対する治療のための医薬として使用できることは当業者は理解できないところ、(b)の記載からは、当業者は、本願発明の【化1】の化合物が、本願発明で特定される各種疾患に罹患される患者に投与された場合に、各種疾患に対する治療効果が奏されることを理解できないのであるから、当業者は、(b)の記載から、本願発明の【化1】の化合物を含む医薬組成物が、本願発明で特定される各種疾患の治療に使用できることを理解できない。

(c)には、 本願発明の【化1】の化合物のDP4阻害活性を評価するために使用される酵素であるブタジペプチジルペプチダーゼIVの精製方法及び該酵素を使用したDP4阻害実験の手順が記載され、特に【0129】には、「ポジティブな化合物の分析のため、安定状態の速度論的阻害定数を、基質と阻害剤の濃度の両方合わせた作用として測定した」ところ、「20nMより低いKisで強い結合阻害剤では、酵素濃度は0.5nMに減少し、反応時間は120分に延びた。」と記載されている。
しかしながら、(c)には、どのような化学構造を有する化合物を阻害剤として使用してDP4阻害実験を行ったのか、また、どのような化学構造の化合物にDP4阻害活性があり、「20nMより低いKisで強い結合阻害剤」に相当していた化合物は、どのような化学構造の化合物であったのかを理解できるような記載は全くなく、かかる記載からは、「20nMより低いKisで強い結合阻害剤」に相当する化合物が、本願発明の【化1】の化合物に該当する化合物であるのかも不明であるし、仮に、「20nMより低いKisで強い結合阻害剤」に相当する化合物が本願発明の【化1】の化合物の一般式に包含される化合物である場合であっても、そのような特定の化合物の結果から、本願発明の【化1】の一般式で表される化合物全体についてまで同様の阻害活性が奏されるといえるのかも不明である。
また、本願明細書の(c)以外の記載を検討しても、本願発明の【化1】の化合物のDP4阻害活性について言及する記載はないし、【0129】の上記記載が、本願発明の【化1】の一般式で表される化合物全体についてのものであることを推認させるような記載も見当たらない。
さらに、本願発明の医薬組成物は、「本願発明で特定される各種疾患」に対する治療のために使用するためのものであるところ、仮に、【0129】の「20nMより低いKisで強い結合阻害剤」に相当する化合物が、本願発明の【化1】の化合物に包含される化合物であって、その結果から、本願発明の【化1】の化合物全体についてDP4阻害作用を有することが理解できると仮定した場合であっても、本願明細書の発明の詳細な説明には、DP4阻害作用によって、GLP-1(7-36)の作用が増強でき、その結果、インスリン分泌の刺激、グルカゴン分泌の阻害、満腹促進及び胃排出の遅延といった活性が期待でき、タイプIIの糖尿病及び潜在的な肥満症の治療及び予防に有効である可能性があることについての言及があるのみで(前記(a)参照)、本願発明で特定される多岐にわたる各種疾患の全てが、DP4阻害作用やGLP-1(7-36)作用と密接に関連しており、DP4を阻害すれば(あるいは、その結果、GLP-1(7-36)が増強されれば)、これら広範囲にわたる全ての疾患が治療できることについての説明や、その点を裏付けるような具体的な根拠については何ら記載されていないし、その点が、本願出願時の技術常識であったとも認められない。
してみると、上記(c)の記載からは、本願発明の【化1】の化合物を含む医薬組成物が、本願発明で特定される各種疾患の治療に使用できることを当業者は理解できない。

さらに、(a)?(c)以外の、他の本願明細書の発明の詳細な説明の記載を検討しても、本願発明の【化1】の化合物を含む医薬組成物が本願発明で特定される各種疾患の治療に使用できることを推認させるような記載も見当たらない。
(なお、実施例(【0134】?【0289】)には、化合物の調製例が記載されているのみで、本願発明の【化1】の化合物の薬理活性についての言及は全く記載されていない。)

以上述べたとおり、本願明細書の発明の詳細な説明には、本願発明の医薬組成物の投与により、本願発明で特定される各種疾患に対する治療効果が得られることを、当業者が理解できるような薬理データやそれと同視すべき程度の記載がなされているとはいえないし、また、本願発明の医薬組成物の投与により、本願発明で特定される各種疾患に対する治療効果が得られることが出願時の技術常識であったともいえないのであるから、本願発明の【化1】の化合物を含む医薬組成物が、本願発明で特定される各種疾患の治療に使用できることを、出願時の技術常識を参酌しても、本願明細書の発明の詳細な説明の記載から、当業者は理解できない。
してみると、出願時の技術常識を参酌しても、本願明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。

(4)請求人の主張について
この点について、請求人は、審判請求書の請求の理由についての、平成27年1月7日付けの手続補正書の(3)(a)において、下記の主張をしている。

「(i) 拒絶理由1および2につきまして、本願発明は、本明細書中の個々の記載、および出願時の技術常識などを参酌しますと、本願明細書に十分に記載(サポート)されているものと思量いたします。すなわち、本願明細書[0006]などに本発明の化合物の薬理上の有用性を明示した上で、その評価のために実際に行った薬理試験の手順を[0125]?[0131]に記載しており、特に[0129]には、本発明化合物が極めて低い(20nm以下)阻害定数を示したことが明示されております。従って、当業者が必要とあれば、同アッセイ法に基づきまして、本願発明に含まれる具体的な化合物(特に、請求項8、[0017]に記載の特に好ましい化合物)が、ジペプチジルペプチダーゼ(DPP)-IVの活性を調節できることを容易に確認できるようになっており、又、本発明化合物の有用性を容易に推認できますようになっております。
(ii) また実際に、本発明者らは、本願明細書の記載および技術常識に基づいて実験を行って、本発明化合物がDPP-IV阻害剤として優れた薬理効果を有することを具体的に確認し、本出願の後にそれらの考察を含めた内容を、学術文献にまとめて報告しております(参考資料1および2をご参照下さい)。
(iii) 例えば、参考資料1では、本願明細書[0126]?[0129]に記載の実験手順に従ってブタDPP-IVを用いてインビトロ阻害実験を行い(参考資料1の第2589頁右欄の「Table 1」および同頁左欄の「Results and Discussion」をご参照下さい)、その結果、本発明化合物の範囲に含まれる化合物(Compound 21-42)(本願明細書[0017]に記載の特に好ましい化合物を含む)の多くは、ブタDPP-IVについての阻害定数(Ki)が極めて低く、それゆえDPP-IV阻害活性が高いことが示されています。
同様に、参考資料2におきましても、ヒトDPP-IVを用いてインビトロ阻害実験を行い、さらに当該技術分野で公知の方法に基づいてラット血清中のDPP-IV阻害%を調べ(参考資料2の第5028頁右欄の「Table 1」および第5027頁右欄第3段落第1?5行目をご参照下さい)、その結果、本発明化合物(Compound 8a-8g、10a、10b、10d、10g、16c-16e、18d、23、26、28および30)(本願明細書[0017]に記載の特に好ましい化合物を含む)の多くが低い阻害定数を有し、また、実際にラット体内への当該化合物の投与後、DPP-IV活性が時間と共に(30分→4時間)低下していることからも(同「Table 1」)、当該化合物のDPP-IV阻害活性が高いことが確認されています。
(iv) また、当業者は、当該技術分野の技術常識を参酌すれば、本願明細書[0122]?[0124]に記載される医薬組成物の具体的な調製・使用方法に基づいて、過度の実験を要することなく本願発明の医薬組成物を容易に調製し、使用することができます。例えば、本願明細書[0123]を参照すれば、式Iの化合物(250mg)、乳糖(75mg)およびステリン酸マグネシウム(15mg)を含む混合物を1号ゼラチンカプセルに詰めて、本願医薬組成物である経口投与用カプセルを調製することができます。」

ア. そこで、検討すると、まず、請求人が主張する(i)及び(iv)の点については、既に(1)で述べたとおり、出願時の技術常識から、当業者が所定の医薬組成物の投与により、所定の各種疾患に対する治療効果が得られることを理解できる場合を除いては、本願明細書の発明の詳細な説明に、各種疾患についての情報や、所定の医薬組成物の調製方法や投与方法といった情報が記載されている場合であっても、所定の医薬組成物の投与により、所定の各種疾患に対する治療効果が得られることを当業者が理解できるような、薬理データやそれと同視すべき程度の記載がなされていない場合には、当業者は、該医薬組成物が該所定の各種疾患の治療に使用できることを理解できないところ、本願明細書の発明の詳細な説明には、本願発明の【化1】の化合物を含む医薬組成物が、本願発明で特定される各種疾患に対する治療効果を有することを示す薬理データやそれと同視すべき程度の記載もなく、当業者は、該医薬組成物が本願発明で特定される各種疾患の治療に使用できることを理解できないし、そのことが本願出願時の技術常識であったともいえない。また、当業者が本願発明の【化1】の化合物として特に好ましい化合物(請求人の主張によれば、これは、請求項8や【0017】に記載される一般式の化合物)を理解することができ、当該化合物についてのDP4阻害活性を評価することが可能であることは、本願明細書の発明の詳細な説明に、本願発明の【化1】の化合物を含む医薬組成物が、本願発明で特定される各種疾患に対する治療効果を有することを示す薬理データと同視すべき程度の記載がある場合には当たらない。
なお、仮に、請求項8や【0017】に記載の一般式の化合物に含まれる化合物が、【0129】に記載されるような強い阻害活性を有する場合であっても、本願発明の【化1】の化合物は、R^(1)やR^(3)、Xの組み合わせとして広範囲の置換基群を包含しており、R^(1)のみ考慮しても、ヒドロキシアルキル(例えばヒドロキシメチル)のような比較的親水性の置換基からアリールのような芳香族性の置換基や、シクロアルキルといった疎水性の置換基まで、性質のかなり異なる置換基を有する化合物が包含されている上、該置換基自体が、更に、ヒドロキシル基やアミノ基のような親水基によってより親水性に置換されたり、シクロアルキルアルキル等の疎水性の基で置換されていても良い化合物であってもよく、本願発明の【化1】の化合物には、種々に化合物自体の物性が異なると解される化合物が包含されているところ、請求項8や【0017】に記載の一般式に含まれる特定の化合物においてDP4阻害活性が確認された場合であっても、本願発明の【化1】の化合物にまで一般化できるかは不明であると言わざるを得ない。ましてや、本願発明の【化1】の化合物を含む医薬組成物が本願発明で特定される各種疾患全てに対する治療効果を奏するかは不明であると言わざるを得ない。
したがって、(i)及び(iv)の点の請求人の主張は採用できない。

イ. 次に、請求人の(ii)及び(iii)の主張は、請求人は、参考資料1および2において本願発明の化合物がDP4阻害剤として優れた薬理効果を有することを具体的に確認しているというものであり、特に参考資料1に開示されるブタDP4を使用したインビトロ阻害実験は、本願明細書に記載の実験手順に従ったものであるところ、請求人は、本願明細書の【0017】に記載の特に好ましい化合物を含んでおり、多くがブタDP4についての阻害定数(Ki)が極めて低く、DP4阻害活性が高かった旨の主張もしている。
しかしながら、参考資料1,2は、本願の出願より後に頒布されたものであって、その内容についても、本願明細書の発明の詳細な説明の記載から明らかな事項とはいえない。また、本願発明の【化1】の化合物には、種々の化学構造の化合物が包含され、それら全ての化合物自体の物性が同じであるともいえないところ、本願明細書の【0017】に記載の一般式に含まれる特定の化合物において、強いDP4阻害活性が確認された場合であっても、本願発明の【化1】の化合物にまで一般化できるかは不明であるし、ましてや、本願発明の【化1】の化合物を含む医薬組成物が、本願発明で特定される各種疾患全てに対する治療効果を奏するかは不明であると言わざるを得ないことは、ア.で述べたとおりである。
したがって、(i)及び(iv)の点の請求人の主張も採用できない。

(5)実施可能要件のむすび
以上述べたとおり、出願時の技術常識を考慮しても、本願明細書の発明の詳細な説明からは、本願発明の【化1】の化合物を含む医薬組成物が、本願発明で特定される各種疾患の治療に使用できることを当業者は理解できないのであるから、本願明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえず、本願は、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。

4-2.特許法第36条第6項第1号について
(1)特許法第36条第6項第1号に規定する要件(いわゆるサポート要件)について
特許法第36条第6項第1号には、特許請求の範囲の記載は、「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」と規定されており、当該規定を満たすか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、本願明細書の発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明が解決しようとする課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否か、また、その記載がなくとも、当業者が出願時の技術常識に照らし、当該発明が解決しようとする課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり、そして、請求項に係る発明が、本願明細書の発明の詳細な説明において、発明が解決しようとするを解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えていると判断された場合には、該請求項に係る発明は、発明の詳細な説明に実質的に記載されているとはいえず、特許法第36条第6項第1号の規定に反するものとなる。また、本願明細書のサポート要件の充足は、本願出願人である審判請求人が証明責任を負うと解するのが相当である。

(2)検討
これを本願についてみると、本願発明は、上記2.で示したとおりのものであるから、本願発明が解決しようとする課題は、「糖尿病、インスリン耐性、高血糖症、高インスリン血症、遊離脂肪酸又はグリセロールの高血中濃度、肥満症、X症候群、代謝障害症候群、糖尿病の合併症、高トリグリセリド血症、高インスリン血症、アテローム性動脈硬化症、障害性グルコースホメオスタシス、障害性グルコース耐性、不妊症、多嚢胞性卵巣症候群、成長障害、薄弱、関節炎、移植における同種移植拒絶、自己免疫疾患、AIDS、腸疾患、炎症性腸症候群、拒食症、骨粗鬆症、又は免疫調節性疾患、若しくは慢性炎症性腸疾患の治療に使用するための式:【化1】(注;式中の化学構造式及び置換基定義の記載は省略する)の構造を持つ化合物(その全立体異性体を含む)または医薬的に許容できるそれらの塩を含む、医薬組成物を提供すること」であると認められる。
そして、本願発明が解決しようとする課題が解決できることを当業者が理解できるためには、少なくとも、本願明細書の発明の詳細な説明の記載から、本願発明の【化1】の化合物を含有する医薬組成物が、本願発明で特定される各種疾患の治療に有用であることを理解できる必要がある。

しかしながら、4-1の(2)で摘示した本願明細書の発明の詳細な説明の記載からは、同(3)で述べたとおり、出願時の技術常識を参酌しても、本願発明の【化1】の化合物が、本願発明で特定される各種疾患に対する治療効果を有していることは理解できないのであるから、本願発明の【化1】の化合物を含有する医薬組成物が、本願発明で特定される各種疾患に対する治療に有用であることを、本願明細書の発明の詳細な説明の記載から当業者は理解できない。そして、本願発明の【化1】の化合物を含有する医薬組成物が、本願発明で特定される各種疾患に対する治療に有用であることを当業者が理解できない以上、本願発明で特定される各種疾患の治療に使用するための本願発明の【化1】の化合物を含有する医薬組成物を提供するという本願発明が解決しようとする課題を解決できることを、出願時の技術常識を参酌しても、本願明細書の発明の詳細な説明の記載から、当業者は認識することができない。
また、同(4)で指摘したとおり、請求人の主張は採用できない。

以上述べたとおり、出願時の技術常識を参酌しても、本願明細書の発明の詳細な説明の記載によっては、当業者が本願発明が解決しようとする課題を解決できることを認識することはできず、本願発明は、本願明細書の発明の詳細な説明において、発明が解決しようとするを解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えているものである。
したがって、本願は、特許法第36条第6項第1号に記載する要件を満たしていない。

なお、請求人は、平成27年11月27日付け上申書において、本願請求項1等に記載の医薬組成物に含まれる化合物の置換基「X」の定義から、「水素」を削除する補正案を提示して、補正の機会を求めている。
しかしながら、これまでに補正の機会は十分あったと認められるし、特許法では審判請求と同時に補正することが定められているところ、請求人は手続補正書を提出しなかったのであるし、仮に補正案のような補正をした場合であっても、既に述べたと同様の理由により拒絶理由が解消しないことは明らかであるから、補正の機会を与えない。

5.むすび
以上のとおり、本願は、第36条第4項及び第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないから、拒絶をすべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2015-12-24 
結審通知日 2016-01-05 
審決日 2016-01-19 
出願番号 特願2012-263345(P2012-263345)
審決分類 P 1 8・ 537- Z (C07D)
P 1 8・ 536- Z (C07D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 三木 寛  
特許庁審判長 村上 騎見高
特許庁審判官 渕野 留香
横山 敏志
発明の名称 シクロプロピル縮合ピロリジン骨格を有するジペプチジルペプチダーゼIVの阻害剤及び方法  
代理人 森本 靖  
代理人 釜平 双美  
代理人 品川 永敏  
代理人 鮫島 睦  
代理人 田村 恭生  

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