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審決分類 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 A61K
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない。 A61K
管理番号 1316094
審判番号 不服2015-990  
総通号数 200 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2016-08-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2015-01-19 
確定日 2016-06-16 
事件の表示 特願2011-508766「破壊された細胞膜を有する細胞、病原体に感染した細胞、死にかけている細胞または死細胞を検出する方法」拒絶査定不服審判事件〔平成21年11月19日国際公開、WO2009/137871、平成23年 7月14日国内公表、特表2011-519959〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、2009年5月12日(パリ条約による優先権主張 2008年5月13日 (US)アメリカ合衆国 2008年12月8日 (US)アメリカ合衆国)を国際出願日とする出願であって、平成26年1月24日付けで手続補正がなされ、平成26年9月11日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、平成27年1月19日に拒絶査定不服審判が請求されたものである。


2.本願発明
本願の請求項1?58に係る発明は、平成26年1月24日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1?58に記載された事項により特定されるものであるところ、その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は次のとおりのものである。
「【請求項1】
対象中における、破壊された細胞膜を有する細胞、病原体に感染した細胞、死にかけている細胞もしくは死細胞、またはそれらの一部、または周囲細胞の、取り込みおよび/またはクリアランスを調節するための、ポリペプチドの該ポリペプチドのリガンドへの結合を調節する化合物を含む薬学的組成物であって、ここで、該ポリペプチドが、以下:
i)SEQ ID NO:1?8のいずれか1つに提示されたアミノ酸配列;
ii)SEQ ID NO:1?8のいずれか1つもしくは複数に対して少なくとも50%同一なアミノ酸配列;ならびに/または
iii)i)もしくはii)の生物活性および/もしくは抗原性断片
を含む、前記薬学的組成物。」


3.原査定の理由
一方、原査定の拒絶の理由は、以下のとおりのものである。
「2.この出願は、発明の詳細な説明の記載が下記の点で、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

3.この出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。


○理由 2、3について
[B]
・請求項 1-31、53-58
本願発明は、破壊された細胞膜を有する細胞、病原体に感染した細胞、死にかけている細胞もしくは死細胞、またはそれらの一部、または周囲細胞の、取り込み、クリアランスを調節するため、または、それらの細胞に由来する物質の抗原認識、プロセッシング、提示、免疫応答を調節するために、Clec9Aとそのリガンドの結合を調節する化合物を用いる発明である。
一方、本願明細書の実施例には、Clec9Aが、死細胞に結合することは示されているが、Clec9Aとそのリガンドの結合を調節する化合物を用いて、死細胞等の取り込み、クリアランス等を調節したことは記載されていない。また、図10では、可溶性Clec9Aは、死細胞のCD8+DC取り込みに対して効果を奏さなかったことが記載されている。ここで、可溶性Clec9Aは、死細胞に結合し、内因性Clec9Aとそのリガンドの結合を調節する化合物の一つと認められる。そうすると、Clec9Aとそのリガンドの結合を調整する化合物であれば、死細胞のクリアランス等を調節できるとはいえない。
したがって、発明の詳細な説明には、上記請求項に係る発明について、当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているものとはいえず、また、上記請求項に係る発明の範囲まで発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない。」


4.判断
4-1 特許法第36条第4項第1号に規定する要件(いわゆる実施可能要件)について
本願発明は、上述のとおり、薬学的組成物の発明であるから、特許法第2条第3項第1号にいう物の発明である。また、物の発明における実施には、その物の使用をする行為が含まれる。そして、本願発明におけるその物の使用とは、上記薬学的組成物を対象すなわち患者に投与し、かつ、対象に対して、破壊された細胞膜を有する細胞、病原体に感染した細胞、死にかけている細胞もしくは死細胞、またはそれらの一部、または周囲細胞の、取り込みおよび/またはクリアランスを調節するという薬理作用をもたらすことにほかならない。そうすると、本願明細書の発明の詳細な説明の記載が、当業者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものといえるためには、上記薬学的組成物を対象に投与する際に必要な投与量、投与方法、製剤化方法に加え、上記薬学的組成物が上記薬理作用を示すことを当業者が認識できるに足る記載がなされている必要がある。

そこで、本願明細書の発明の詳細な説明の記載を検討するに、該発明の詳細な説明には、上記薬学的組成物を対象に投与し、かつ、対象において、破壊された細胞膜を有する細胞、病原体に感染した細胞、死にかけている細胞もしくは死細胞、またはそれらの一部、または周囲細胞の、取り込みおよび/またはクリアランスを調節するという薬理作用をもたらすことに関して、以下の(ア)?(オ)の記載がある。

(ア)「【0093】
本明細書で用いる場合、用語「5B6」および「Clec9A」は、以下を含むポリペプチドを指す;
i)SEQ ID NO:1?8のいずれか1つに提示されたアミノ酸配列;
ii)SEQ ID NO:1?8のいずれか1つもしくは複数に対して少なくとも50%同一なアミノ酸配列;ならびに/または
iii)i)またはii)の生物活性、可溶性および/または抗原性断片。
・・・
【0101】
化合物
本発明者らは、樹状細胞のサブセットにおいて発現される5B6(当技術分野においてCLEC9AおよびHEEE9341とも呼ばれる)が、破壊された細胞膜を有する細胞、病原体に感染した細胞、死にかけている細胞および死細胞、またはそれらの一部上のリガンドに結合することを今回初めて示した。このことにより、リガンドへの5B6の結合を調節する化合物、および/または、5B6もしくはリガンドの産生を調節する化合物を、多種多様の診断、予後および治療手順において使用することが可能となる。
【0102】
本発明に有用な化合物は、5B6またはリガンドに結合する、好ましくは特異的に結合するもののような任意のタイプの分子であり得る。・・・特に好ましい化合物は、精製および/または組換え抗体もしくはその抗原結合性断片、または本明細書に記載の5B6の可溶性形態(sulble form)である。」(【0093】?【0102】)

(イ)「【0244】
薬学的組成物、投与量および投与経路
許容される担体または希釈剤とともに化合物を含む組成物は、本発明の方法において有用である。
【0245】
治療用組成物は、適切な純度を有する所望の成分(5B6と結合する化合物など)を、任意で薬学的に許容される担体、添加剤または安定化剤と混合することにより、凍結乾燥製剤、水溶液または水性懸濁液の形態で調製することができる・・・。・・・
・・・
治療用組成物は一般に、無菌のアクセスポート(access port)を有する容器、例えば、皮下注射針による貫通が可能なストッパーを有する静脈内用の溶液バックまたはバイアルの内部に配置される。組成物は好ましくは、皮下、筋肉内または非経口的に、例えば、静脈内注射もしくは注入として投与されるか、または体腔内に投与される。
【0249】
化合物は、1回の用量当たり約0.001?2000mg/kg体重、より好ましくは1回の用量当たり約0.01?500mg/kg体重の量で投与される。反復用量を、治療に当たる医師によって処方された通りに投与することもできる。」(【0244】?【0249】)

(ウ)「【0254】
実施例1 - 5B6のクローニングおよび発現
・・・
可溶性5B6の組換え発現
・・・
膜結合5B6に対する可溶性5B6の結合を調べるための結合アッセイ
・・・
【0268】
結果
脾臓DCサブセット間の遺伝子発現パターンの比較
遺伝子発現プロファイル分析により、CD8^(-)cDCと対比してCD8^(+)cDCサブセットによって優先的に発現されるマウスcDNAクローンが同定された。5B6と命名されたこのクローンは、CD8^(+)DCにおいて差異を伴って発現される、第6番染色体上に認められる遺伝子である「仮想的C型レクチン」の断片に相当した(Riken 9830005G006,(最近、C型レクチンドメインファミリー9、メンバーA、(Clec9a)Genbankアクセッション番号AK036399.1、Unigene ID Mm.391518と命名)。
・・・
【0273】
C型レクチン遺伝子の発現
マイクロアレイ分析により、5B6は、CD8^(-)DCと対比してCD8^(+)DCにおいて3.5倍の高さのレベルで、DN DCと対比してCD8^(+)DCにおいて2.6倍の高さのレベルで発現されると予想された。このため、本発明者らはプライマーを設計し、マウス脾臓cDCサブセットにおける5B6の発現を定量的RT-PCRによって調べた。5B6はCD8^(+)cDCによって優先的に発現されることが確認された。脾臓CD8^(+)DCは脾臓CD4^(+)cDCよりも22倍の多さのmRNAを発現した(図3A)。
・・・
【0279】
可溶性5B6は膜結合型5B6と種交差的な様式で相互作用することができる
5B6分子の結合パートナーを同定するために、本発明者らは、可溶性FLAGタグ付加m5B6およびh5B6、ならびに対照可溶性FLAGタグ付加C型レクチンCireを作製した。可溶性5B6を、pIresNeoベクター中にある完全長非タグ付加5B6構築物による一過性トランスフェクション後に膜結合型m5B6およびh5B6を発現する293T細胞との結合に関してスクリーニングした。可溶性マウス5B6は、膜結合型マウス5B6およびヒト5B6を発現する293T生細胞のいずれとも結合することができたが、モック(DNAを有しない)トランスフェクト293T細胞との結合はごくわずかまたは皆無であった(図6)。同様に、可溶性ヒト5B6は、膜結合型マウス5B6およびヒト5B6を発現する293T生細胞のいずれとも結合することができたが、モックトランスフェクト293T細胞とは結合しなかった。対照的に、対照可溶性分子Cireは対照またはトランスフェクト細胞株のいずれともごくわずかな結合しか示さなかった。したがって、可溶性5B6は膜結合型5B6と種交差的な様式で相互作用することができる。」(【0254】?【0279】)

(エ)「【0280】
実施例2-死にかけている細胞および死細胞によって発現される5B6リガンド
材料および方法
命名
この実施例にわたって、5B6はClec9Aと呼ばれる。
・・・
可溶性Clec9Aの組換え発現
可溶性Clec9Aの2つの型、全長Clec9A外部ドメイン(Clec9A-ecto;ストーク(stalk)およびCTLD)およびClec9A CTLDのみ(Clec9A-CTLD)を作製した。可溶性外部ドメインマウスClec9AをSEQ ID NO:40として提供し、可溶性外部ドメインヒトClec9AをSEQ ID NO:41として提供し、可溶性CTLDのみマウスClec9AをSEQ ID NO:42として提供し、可溶性CTLDのみヒトClec9AをSEQ ID NO:43として提供する。
・・・
【0289】
マウスおよびヒトClec9Aは死細胞へ結合する
種々のマウスおよびヒト細胞をスクリーニングし、可溶性Clec9Aが細胞表面へ結合し得るかどうかを測定し;低いまたは最低限の結合が正常細胞で観察されたが、・・・死滅していた細胞へのClec9A結合を観察した。・・・
【0290】
胸腺細胞を、アポトーシスの初期マーカーであるアネキシンVで、および破壊された細胞膜を有する程度まで損傷された細胞をマークするためにPIで、染色した。mClec9A-ectoは、一部のアポトーシスマウス胸腺細胞へ強力に結合したが、それらの生存相当物へは結合せず;特に、結合は、初期アネキシンV^(+)アポトーシス細胞ではなく、後期アポトーシス/二次壊死細胞(アネキシンV^(+)PI^(+))へ限定された(図8A)。
【0291】
本発明者らは、さらに、BH3模倣薬物ABT-737によって誘導されるアポトーシスを受けるように誘導されたマウス胚線維芽細胞(MEF)を調べた。本発明者らは、mClec9AおよびhCLEC9Aの両方が、後期アポトーシスMEFへ強力に結合したが、それらの生存相当物へは結合しなかった(図8B)ことを見出した。ヌクレアーゼによってではなく、プロテアーゼ(トリプシン、プロテアーゼK)によってアポトーシス細胞を前処理することは、用量依存様式でClec9A結合を低下させ、このことは、リガンドはタンパク質またはタンパク質結合分子であったことを示唆している(図8C)。死細胞への結合のレベルは、試験した他のC型レクチンの可溶性形態、即ち、Cire(図8A、BおよびC)およびClec12A(データは示さず)で見られたいずれの「非特異的」結合よりも高かった。
・・・
【0294】
死細胞への結合はC型レクチンドメインを介する
死細胞へのClec9A結合の要件を調べるために、可溶性組換えタンパク質のより短い形態(CTLDのみ)を、可溶性全長外部ドメイン(ストーク+CTLD)と比較した。mClec9A-CTLDおよびhCLEC9A-CTLDは両方とも、ホモ二量体Clec9A外部ドメインと比べて、単量体であり、このことは、ストーク領域がホモ二量体化を必要としたことを示している(図7)。しかし、mClec9A-CTLDおよびhCLEC9A-CTLDは両方とも、全長外部ドメインと同様のレベルの死細胞への結合を示し、このことは、単量体CTLDが結合に十分であることを示している(図9A)。mClec9A-ectoおよびmClec9A-CTLDは、Clec9Aの限界希釈を使用した場合であっても、同様のレベルの結合を示し、このことは、外部ドメインおよびCTLDが、死細胞へ同様に結合したことを示している。
・・・
【0297】
Clec9AはDCによる死細胞の取り込みを媒介するのか?
Clec9Aは、以前報告され(Caminschi et al., 2008;Sancho et al., 2008)かつ図10Aにおいて確認されたように、脾臓CD8^(+)DC上に発現され、CD8^(-)DC上には発現されない。CD8^(+)DCは、死細胞の貪食作用時により効率的となることが以前報告された(Iyoda et al., 2002;Schulz et al, 2002;Schnorrer et al., 2006)。従って、本発明者らは、死細胞の取り込みが、過剰の可溶性Clec9Aを使用してブロックされ得るかどうかを調べた。以前報告されたように(Iyoda et al., 2002;Schulz and Sousa, 2002)、CD8^(+) DCは、核色素PIで標識された死滅した脾細胞の貪食作用が、それらのCD8-相当物よりも効率的であった(図10B)。しかし、可溶性mClec9Aの添加は、全長外部ドメイン(mClec9A-ecto;図10B)またはCTLDのみ(データは示さず)にかかわらず、死細胞のCD8^(+)DC取り込みに対して顕著な効果は有さなかった。親油性膜色素PKH26で標識された死滅した脾細胞を使用して、同様の結果が観察された(データは示さず)。」(【0280】?【0297】)

(オ)「【0299】
実施例3-m5B6リガンドの同定
CD8^(+)DCは、他のDC型よりも効率的に死細胞を取り込む(Iyoda et al., 2002)。CD8^(+)DC上で発現される、m5B6は、死細胞に特異的に結合するが、初期アポトーシス細胞には結合しない。初期アポトーシス細胞と壊死細胞とを識別するためにCD8^(+)DCによって使用される分子は最も重要であり、何故ならば、DCによる初期アポトーシス細胞の取り込みは寛容を誘導するが、壊死細胞の取り込みは免疫を誘導するためである(Sauter et al., 2000)。従って、DC上の受容体によるこれらの状態の差異的認識は、免疫系にとって非常に重要である。重要なことに、CD8^(+) DCのみが、外因性Agに対する効率的なCD8 T細胞応答を誘導することができる(Belz et al., 2004)。
【0300】
一部の関連C型レクチンは、それらのリガンドが同定されており、あるものは、多数のリガンドを有する(例えば、LOX-1/Clec8a、Dectin-1/Clec7a)。5B6リガンドのアイデンティティーは、一団の免疫化学技術およびプロテオミクス技術を使用して決定されるであろう。
【0301】
第1のアプローチにおいては、細胞を、35Sを使用して代謝的に標識し、細胞死を誘導し、次いで、可溶性FLAGタグ化m5B6と共にインキュベートする。過剰の遊離Clec9Aを洗浄除去し、細胞を、化学架橋剤の存在または非存在下でインキュベートする。細胞を溶解し、複合体を、抗FLAG M2または抗5B6親和性樹脂のいずれかを使用してアフィニティー精製する。結合されたタンパク質を、過剰のFLAGまたは5B6ペプチドで溶出する。
【0302】
補足的なアプローチにおいて、多量のバッチのsol-5B6を精製し、NHS活性化セファロース樹脂へ結合させる。少なくとも5 x 10^(7)個のEL4細胞からの溶解物を、5B6親和性樹脂と共にインキュベートし、結合されたタンパク質を溶出する。溶出されたタンパク質をSDS-PAGEによって分析し、PVDF膜へ移し、ホスフォイメージャーを使用して視覚化する。陽性バンドを同定するために、この手順をスケールアップし、溶出液をSDS-PAGEおよびSyproルビー/クマシーブルー染色によって分析する。バンドを切り取り、タンパク質を、質量分析を使用して同定する。手短に記載すると、タンパク質バンドを、トリプシンで消化し(Moritz et al., 1996)、キャピラリークロマトグラフィーで分離し(Moritz et al., 1992)、オンラインエレクトロスプレーイオン化イオントラップ質量分析計(Simpson et al., 2000)を使用して配列決定する。
【0303】
さらなる補足的なアプローチにおいて、標準プロトコルによって、ラットを死細胞で免疫化し、融合を行い、ハイブリドーマを作製する。死細胞へ結合して、フローサイトメトリーによってアッセイした場合にsol-5B6の結合をブロックするAbについて、ハイブリドーマをスクリーニングする。本発明者らは、ブロッキングAgをクローン化および精製し、それを使用してリガンドを免疫沈降させ、質量分析によって同定を可能にする。
【0304】
可能性のあるリガンドについてのMycタグ化発現構築物を作製し、293T細胞中へ一過性トランスフェクションし、細胞死を誘導し、その後、5B6^(+)DCまたは5B6トランスフェクタント細胞と共にインキュベートする。本発明者らは、細胞を溶解し、抗Clec9A mAbを使用して5B6複合体を免疫沈降させ、ウエスタンブロットによってmycタグ化リガンドの共沈について分析する。あるいは、本発明者らは、5B6複合体の直接ウエスタンブロットを行う。補足的なアプローチにおいて、本発明者らは、可能性のある候補物を組換え可溶性分子として発現させ、5B6トランスフェクタントへのそれらの結合を確認する。
【0305】
5B6リガンドに結合する抗体は、標準手順を使用して作製される。」(【0299】?【0305】)

上記(ア)?(オ)によれば、上記薬学的組成物を対象に投与する際に必要な投与量、投与方法及び製剤化方法は、上記(イ)に記載されているといえるものの、上記薬学的組成物が上記薬理作用を示すことを当業者が認識できるに足る薬理試験結果の記載は見いだせない。
すなわち、まず、(ア)の【0093】及び【0101】によれば、本願発明にいうポリペプチドは、本願明細書における5B6(Clec9Aとも呼ばれる)のことであることが記載され、同じく【0101】によれば、本願発明者らは、樹状細胞のサブセットにおいて発現される5B6が、破壊された細胞膜を有する細胞、病原体に感染した細胞、死にかけている細胞および死細胞、またはそれらの一部上のリガンドに結合することを今回初めて示したこと、また、このことにより、リガンドへの5B6の結合を調節する化合物や5B6もしくはリガンドの産生を調節する化合物が多種多様の診断、予後および治療手順において使用することが可能となる、という、本願発明者の見解が記載されている。また、(ア)の【0102】によれば、本発明に有用な化合物は、5B6またはリガンドに結合する分子であり、特に好ましい化合物として、5B6の可溶性形態(sulble form)があること、が記載されている。そして、(ウ)?(オ)には、5B6(Clec9Aとも呼ばれる)や可溶性5B6に関する種々の実験結果を含む記載が、実施例1?3として記載されている。
そこで、これら実施例1?3の記載について検討するに、まず、(オ)の【0299】によれば、CD8^(+)DC(審決注:CD8を発現している樹状細胞)は、他のDC型よりも効率的に死細胞を取り込むことが記載されているところ、(ウ)によれば、実施例1では、5B6(Clec9A)は、CD8^(+)cDCによって優先的に発現されることが確認されたこと、及び、可溶性マウス5B6と可溶性ヒト5B6は、ともに、膜結合型マウス5B6およびヒト5B6を発現する293T生細胞のいずれとも結合することができたことが記載されている。そうすると、5B6の可溶性形態が5B6に結合する分子であることは明らかにされているとはいい得ても、5B6の可溶性形態がリガンドへの5B6の結合を調節し、ひいては、5B6の可溶性形態を含む薬学的組成物が死細胞などの取り込みやクリアランスを調節するという上記薬理作用を示すことを当業者が認識できるに足る薬理試験結果の記載までは見いだせない。
次に、(エ)によれば、実施例2の【0289】?【0291】では、可溶性Clec9AであるmClec9A-ecto(審決注:マウス全長Clec9A外部ドメイン)は、後期アポトーシス/二次壊死細胞であるマウス胸腺細胞に結合したが、それらの生存相当物へは結合しなかったこと、及び、可溶性Clec9AであるmClec9A及びhCLEC9A(審決注:ヒトClec9A外部ドメイン)は、後期アポトーシスマウス胚線維芽細胞へ結合したが、それらの生存相当物へは結合しなかったこと、が記載され、同じく【0294】には、可溶性組換えタンパク質のより短い形態(CTLDのみ)を、可溶性全長外部ドメイン(ストーク+CTLD)と比較したところ、mClec9A-CTLD及びhCLEC9A-CTLDは両方とも、ホモ二量体Clec9A外部ドメインと比べて、単量体であり、このことは、ストーク領域がホモ二量体化を必要としたことを示していること、並びに、mClec9A-CTLD及びhCLEC9A-CTLDは両方とも、全長外部ドメインと同様のレベルの死細胞への結合を示し、このことは、単量体CTLDが結合に十分であることを示していること、が記載されている。そうすると、実施例2のここまでの記載により、5B6の可溶性形態が後期アポトーシス/二次壊死細胞上のリガンドに結合する分子であること、並びに、5B6の外部ドメインにおけるストーク領域がホモ二量体化を必要としたこと及び単量体CTLDが結合に十分であることが明らかにされているとはいい得ても、5B6の可溶性形態がリガンドへの5B6の結合を調節し、ひいては、5B6の可溶性形態を含む薬学的組成物が死細胞などの取り込みやクリアランスを調節するという上記薬理作用を示すことを当業者が認識できるに足る薬理試験結果の記載までは見いだせない。かえって、続く【0297】には、本願発明者らが、死細胞の取り込みが過剰の可溶性Clec9Aを使用してブロックされ得るかどうかを調べたところ、可溶性mClec9Aの添加は、全長外部ドメイン(mClec9A-ecto;図10B)またはCTLDのみ(データは示さず)にかかわらず、死細胞のCD8^(+)DC取り込みに対して顕著な効果は有さなかったことが記載されている。
最後に、(オ)によれば、実施例3はm5B6リガンドの同定と題するものであるが、その内容は、該リガンドの取得及び同定方法の概略を紹介するにとどまるものであり、5B6の可溶性形態の薬理作用への言及の記載は見いだせない。
そうすると、これら実施例1?3の記載によれば、5B6の可溶性形態がリガンドへの5B6の結合を調節し、ひいては、5B6の可溶性形態を含む薬学的組成物が死細胞などの取り込みやクリアランスを調節するという上記薬理作用を示すことを当業者が認識できるに足る薬理試験結果の記載は見いだせず、かえって、死細胞の取り込みが過剰の可溶性Clec9Aを使用してブロックされ得るかどうかを調べたところ、可溶性mClec9Aの添加は、全長外部ドメインまたはCTLDのみにかかわらず、死細胞のCD8^(+)DC取り込みに対して顕著な効果は有さなかったことが記載されている。また、5B6の可溶性形態以外に、リガンドへの5B6の結合を調節する化合物を実際に入手または製造して、その作用を明らかにした実験結果の記載は見いだせない。
また、上記薬学的組成物が上記薬理作用を示すことは本願発明の出願時の技術常識に属する事項であったというような、薬理試験結果の記載がなされていなくても上記薬学的組成物が上記薬理作用を示すことを当業者が認識できるといえる、格別の事情も見いだせない。
そうすると、本願明細書の発明の詳細な説明には、上記薬学的組成物が上記薬理作用を示すことを当業者が認識できるに足る記載がなされているとはいえない。

この点について審判請求人は、原審における意見書において、
「また、可溶性mClec9Aが、CD8+DCによる死細胞の取り込みに対して効果を奏さなかったことにつきましては、当業者であれば、この効果の欠如は、可溶性Clec9Aが十分な量で添加されなかったことの結果であると理解するであろうと出願人は考えます。事実、当業者は、適切な化合物の量を決定するために当該技術分野における知見に目を向けるでしょう。」
と主張し、さらに審判請求書において、
「「・・・可溶性Clec9Aは、死細胞に結合するが、死細胞取り込み抑制効果または促進効果は有しないと考えるものであるといえる。」とのご指摘につきましては、当業者は、この問題は、十分な量の可溶性Clec9Aが添加されていないことによるかもしれないと理解するでしょう。実際、使用される化合物の最適量を決定するため、当業者は当分野における認識を調べ、過度の実験を行うことなく請求項に係る発明を行うことができると請求人は思量いたします。
このことを証するため、請求人は、Clec9Aの可溶性形態が免疫応答の効力のあるエンハンサーであることを明確に証明する、得られた結果及びデータを添付します(同日付手続補足書にて提出いたします)。」
と主張する。
しかしながら、本願明細書の実施例2には、上述のように、死細胞の取り込みが過剰の可溶性Clec9Aを使用してブロックされ得るかどうかを調べたところ、可溶性mClec9Aの添加は、全長外部ドメインまたはCTLDのみにかかわらず、死細胞のCD8^(+)DC取り込みに対して顕著な効果は有さなかったことが記載されているのであり、該「過剰の可溶性Clec9A」が、なお十分な量で添加されていなかったと当業者が理解すると解すべき合理的な理由は見いだせない。むしろ、上記記載に基づけば、CD8^(+)DCと死細胞などとの結合は、5B6(Clec9A)以外の分子を介して行われているという解釈も可能であり、5B6(Clec9A)がCD8^(+)DCによって優先的に発現されているからといって、この解釈が直ちに否定されるものでもない。
また、審判請求人は、上述のとおり、Clec9Aの可溶性形態が免疫応答の効力のあるエンハンサーであることを明確に証明する結果及びデータを添付する、としているが、この結果及びデータは、本願明細書に何らの記載もないものであり、そのような実験結果が本願出願後に提出されることによって、本願明細書の発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たす、とすることは、いわゆる先願主義を採用する我が国の特許制度の趣旨に照らし、許されないというべきである。してみれば、上記結果及びデータを参酌することはできない。
しかも、上記結果及びデータは、本願明細書の実施例2の【0297】の実験において、可溶性Clec9Aを更に増やして添加することにより、死細胞の取り込みが過剰の可溶性Clec9Aを使用してブロックされ得た、というような、本願明細書の記載や審判請求人の主張に沿った効果についてのものですらなく、むしろ該効果とは逆のものと解される「Clec9Aの可溶性形態が免疫応答の効力のあるエンハンサーであること」を証明しようとするものであり、そのような効果は本願明細書に何らの記載もないものであるから、なおのこと、上記結果及びデータを参酌することはできない。

また、審判請求人は、審判請求書において、
「例えば、明細書は、本発明において使用される化合物が、樹状細胞の表面上のClec9Aに結合する抗体を含むと教示しています。従って、本明細書は、樹状細胞上のClec9a及び死細胞の間の相互作用を阻止することにより、死細胞の抗原の取り込み/プロセシング/提示の減少させるように、抗-Clec9A抗体を使用することを当業者に教示しています。」
とも主張する。
そこで検討するに、本願明細書には、5B6に対する4つのモノクローナル抗体を製造したことは記載されており、5B6に対する抗体であるからには、5B6に結合することは推認できるものの、これらがリガンドへの5B6の結合を調節し、ひいてはこれらを含む場合の本願発明の薬学的組成物が、死細胞などの取り込みやクリアランスを調節するという上記薬理作用を示すことを当業者が認識できるに足る薬理試験結果の記載は見いだせない。むしろ、上述のように、CD8^(+)DCと死細胞などとの結合は、5B6(Clec9A)以外の分子を介して行われているという解釈も可能である実験結果が本願明細書に記載されている以上、上記モノクローナル抗体を含む場合の本願発明の薬学的組成物が上記薬理作用を示すことまで推認することはできない。

したがって、本願明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえない。

4-2 特許法第36条第6項第1号に規定する要件(いわゆるサポート要件)について
特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり、本願明細書のサポート要件の存在は、本願出願人すなわち審判請求人が証明責任を負うと解するのが相当である。
ここで、本願発明は、上述のとおりの、対象中における、破壊された細胞膜を有する細胞、病原体に感染した細胞、死にかけている細胞もしくは死細胞、またはそれらの一部、または周囲細胞の、取り込みおよび/またはクリアランスを調節するための、薬学的組成物の発明であるから、その課題は、対象すなわち患者に対して、破壊された細胞膜を有する細胞、病原体に感染した細胞、死にかけている細胞もしくは死細胞、またはそれらの一部、または周囲細胞の、取り込みおよび/またはクリアランスを調節するという薬理作用をもたらすことにほかならない。
しかしながら、4-1で説示したように、本願明細書の発明の詳細な説明には、上記薬学的組成物が上記薬理作用を示すことを当業者が認識できるに足る記載がなされているとはいえないし、上記薬学的組成物が上記薬理作用を示すことは本願発明の出願時の技術常識に属する事項であったというような、薬理試験結果の記載がなされていなくても上記薬学的組成物が上記薬理作用を示すことを当業者が認識できるといえる、格別の事情も見いだせない。

そうすると、本願明細書の発明の詳細な説明の記載により当業者が本願発明の課題を解決できると認識できる範囲や、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし本願発明の課題を解決できると認識できる範囲は存在しないものとするほかはないが、それにもかかわらず、本願明細書の特許請求の範囲には本願発明が記載されているから、本願明細書の特許請求の範囲の記載は、明細書のサポート要件に適合するものとはいえない。


5.むすび
以上のとおり、本願は、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしておらず、また、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないから、特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2016-01-22 
結審通知日 2016-01-25 
審決日 2016-02-05 
出願番号 特願2011-508766(P2011-508766)
審決分類 P 1 8・ 536- Z (A61K)
P 1 8・ 537- Z (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 池上 京子  
特許庁審判長 大宅 郁治
特許庁審判官 内藤 伸一
齋藤 恵
発明の名称 破壊された細胞膜を有する細胞、病原体に感染した細胞、死にかけている細胞または死細胞を検出する方法  
代理人 川本 和弥  
代理人 山口 裕孝  
代理人 五十嵐 義弘  
代理人 大関 雅人  
代理人 新見 浩一  
代理人 井上 隆一  
代理人 清水 初志  
代理人 佐藤 利光  
代理人 小林 智彦  
代理人 春名 雅夫  
代理人 刑部 俊  

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