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審決分類 審判 査定不服 特29条の2 特許、登録しない。 A61K
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A61K
管理番号 1316751
審判番号 不服2014-16162  
総通号数 200 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2016-08-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2014-08-14 
確定日 2016-07-05 
事件の表示 特願2012-509150「麻疹-マラリア混合ワクチン」拒絶査定不服審判事件〔平成22年11月11日国際公開、WO2010/128524、平成24年10月25日国内公表、特表2012-526102〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
この出願(以下、「本願」という。)は、2010年 5月 3日(パリ条約による優先権主張 外国庁受理2009年 5月 5日 インド(IN))を国際出願日とする出願であって、以降の手続の経緯は、以下のとおりのものである。
平成25年 5月30日付け 拒絶理由通知書
平成25年 8月27日 意見書・手続補正書
平成26年 4月 3日付け 拒絶査定
平成26年 8月14日 審判請求書・手続補正書

2.本願発明
本願の発明は、平成26年 8月14日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1?38に記載された事項により特定されるとおりのものであると認められ、その請求項1、38の記載は以下のとおりである(以下、請求項1、38に記載された発明をそれぞれ、「本願発明1」、「本願発明38」といい、特許請求の範囲の請求項1?38に係る発明をまとめて「本願発明」ともいう。)。

「【請求項1】
麻疹およびマラリアの両方に対する免疫反応および保護を誘発できるマラリア抗原を発現する、組み換え麻疹ワクチンウイルスを含む麻疹-マラリア混合ワクチンであって、
前記マラリア抗原が、
1)190?200KDaのd190、d83-30-38、およびd42から選択されるMSP1マラリア抗原、
2)Diversity Covering(DiCo)AMA1マラリア抗原、および、
3)CSマラリア抗原、
から選択される、麻疹-マラリア混合ワクチン。」

「【請求項38】
安定剤および/またはアジュバントを含む、麻疹-マラリア混合ワクチンの組成物。」

3. 刊行物の記載
(1)刊行物1及び刊行物1の記載
原査定で引用された引用文献1(以下、「刊行物1」という。)は、本願の優先日前に頒布された刊行物であることが明らかな以下のものである。
刊行物1:Vaccine, 2007, Vol.25, No.14, pp.2567-2574

刊行物1には、以下の記載がある(刊行物1は外国語で記載されているので、当審による仮訳を示す。)

ア「総説
マラリアワクチン開発のためのウイルスベクター
・・・
アブストラクト
マラリアワクチン開発のためのウイルスベクターに関するワークショップが、PATHマラリアワクチンイニシアチブの主催により、2005年10月20日にメリーランド州ベスセダで開催された。最近のウイルスベクター化マラリアワクチン開発の進捗と新たなベクター技術が発表され、議論された。ポックスウイルス、アデノウイルス、アルファウイルスベクターのような古典的なウイルスベクターは、マラリア抗原を送達することに成功している。いくつかのワクチン候補は、動物モデルやヒトでの臨床試験においてマラリア特異的な免疫を誘導している。加えて、麻疹ウイルス(MV)、帯状疱疹ウイルス(VSV)及び黄熱病(YF)ウイルスのような、新たなウイルスベクター技術も、マラリアワクチン開発に有用であるかも知れない。動物モデルにおける研究において、それぞれのウイルスベクターは、液性及び/又は細胞性免疫応答を誘導する能力の点でユニークである。これらの研究は、ワクチンの設計において、マラリア原虫遺伝子の哺乳類での発現最適化が重要な観点であることも明らかにした。コドンの最適化、表面輸送、脱グリコシル化及び毒性ドメインの除去は、免疫原性の改善につながり得る。ベクターの免疫応答誘導能力及び哺乳動物細胞におけるマラリア抗原の発現を理解することは、次世代のウイルスベクター化マラリアワクチンの設計に重要である。」(p.2567 標題及びアブストラクト)

イ「1.イントロダクション
マラリアは、世界中で何十億もの人口に影響を与える、疾病及び死亡の有意な原因である。マラリアは、毎年100万人以上の命を奪っており、その殆どは5歳未満の子供である[1]。この病気を制御するために、効果的なマラリアワクチンが緊急に求められている。この寄生生物の複雑なライフサイクルと抗原の多様性が、有効なワクチンの開発の大きな障害となっている。このような困難にもかかわらず、最近RTS,Sという前赤内期タンパクの一種であるスポロゾイト周囲タンパク質(CSP)に基づくワクチンについて、有望な結果が報告された。この先駆的な候補薬は、マラリア未感染の大人に対する第2a相試験的感染試験[2]及びアフリカの子供に対する第2a相フィールド試験[3,4]において、臨床的なマラリアからの保護効果を示した。
マラリアワクチン開発に対する伝統的なアプローチは、組換えタンパクに基づく。しかし、組換えタンパクワクチンのひとつの大きな難点は、タンパク質そのものは免疫原性に乏しいことである。・・・加えて、多くの抗原性の標的は、高度に構造化され、機能する免疫応答を生じるためには、適切なコンフォメーションを必要とするようである。このことは、適切なコンフォーマーへのリフォールディングと、分離のための精製工程開発を要し、しばしば、複雑な生産プロセスと低い収率に結びつく。さらなる問題は、アジュバントと製剤化された組換えタンパクの常温での長期安定性である。他方、ウイルスベクターは、アジュバントなしで抗体及びT-細胞媒介免疫応答の両方を誘導できるようである。さらに、ウイルスベクターの精製は、発現する導入遺伝子の種類とは関係なく、通常簡便な工程であるので、ウイルスベクター化ワクチンは、複雑なプロセス開発を必要としない。これらのワクチンは、有核細胞を標的抗原の生産装置として用いるので、ネイティブなコンフォメーションの抗原を生産することが可能である。そして、ひとつのウイルス構築物に異なる寄生ライフステージからの複数の抗原を含ませ、幅広い保護免疫を誘導できる可能性もある。有意な工業化コスト削減も実現できるだろう。」(p.2568左欄1行?右欄2行)

ウ「2.ポックスウイルス-ベクター化マラリアワクチン
ポックスウイルスは、長期間持続する免疫を誘導することが知られている。ポックスウイルスは大きな発現容量を有し、マラリアワクチン開発において、汎用の選択肢となっている。CSPを発現するワクシニアウイルスが相同体Plasmodium bergheiによる齧歯類モデルで研究された[5]。ワクチンは寄生生物の肝臓への蓄積を減少させたが、感染防止能力は、弱かった[6]。しかし、組換えインフルエンザウイルスをプライマーとし、組換えポックスウイルスをブースターとして用いるプロトコールは、Plasmodium yoelii齧歯類モデルにおいて、大きなCD8+T-細胞応答と高度の防御免疫を誘導し、異種プライム-ブースト免疫プロトコールの高い効果を初めて示した[6]。」(p.2568右欄21?34行)

エ「3.アデノウイルス-ベクター化マラリアワクチン
複製-欠損アデノウイルスベクターは、様々な感染症に対するワクチン開発に用いられてきた。アデノウイルスベクターを用いたHIVワクチンの開発、とりわけ、T-細胞に基づくワクチンにおいて、大きな進歩がみられている[18]。P.yoeliiによる齧歯類のマラリアモデルでは、CSPを発現するアデノウイルスベクターは、T-細胞及び抗体応答の両方の誘導及びスポロゾイト感染に対し、優れた効果を示す[19,20]。CSPとP.falciparumのAMA-1の組合せを発現するアデノウイルス-ベクター化治験ワクチンは、DNAワクチンを用いた投与計画でヒトに対する同種及び異種プライム-ブースト試験が計画されている(D.L.Doolan,私信)。
アデノウイルスベクターは、また、2つの第二世代、多価抗原、多ステージマラリアワクチンの開発にも用いられている。あるワクチンは、血液期抗原であるAMA-1及びMSP-1を含み、他のものは、3つの前赤内期抗原であるCSP、LSA-1及びTRAPを含む。」(p.2569右欄10?30行)

オ「P.yoeliiのCSPを発現するAd35が、マウスで試験され、高い抗原性と保護効果を示した[36]。既に存在しているAd5ウイルスに対する免疫は、Ad35由来ワクチンの免疫原性を阻害しなかった。P.falciparumのCSPを発現するAd35ベクター(Ad35-CS)がアカゲザルで試験された。Ad35-CSは、強力なT-及びB-細胞応答を誘導した。興味深いことに、Ad5ウイルスに基づくベクターとは対照的に、Ad35に基づくベクターは、霊長類での同種プライム-ブースト試験で、効率的であることを示した。この構築物のヒトでの試験が計画されている。」(p.2570左欄下から19行?下から10行)

カ「6.新たなウイルスベクター
6.1 フラビウイルスベクター
・・・
6.2 麻疹ウイルスベクター
麻疹ウイルス(MV)は、非セグメント化、ネガティブ鎖、RNAウイルスである。エドモンストン-ザグレブ株は、小児のワクチン接種に広く使用されている弱毒化生MVである。これは、優れた安全性と有効性の記録を有している。MVの逆遺伝子技術が十分に確立されている[57]。MVはSIV,HIV、B型肝炎,おたふく風邪、WNウイルス及びSARS-CoVに由来する抗原を発現するのに用いられてきた[58-61]。これらのほとんどの研究において、異種タンパクを発現する組換えMVは、トランスジェニックマウスモデルにおいて、異種抗原に対する特異的中和抗体を生じる[62]。HIVのGag又はEnvを発現するMVは、これらのタンパクに対する細胞性免疫を誘導する能力があった[58,60]。さらに、gp140を発現するMVは、トランスジェニックマウス及びマカクにおいて、もともと存在するMVに対する免疫に加えて、抗-HIV抗体応答を誘導することができた[58,60,63]。P.falciparumのMSP-1を発現するMVについて、マラリアワクチン開発への使用が検討されている(J.-F.Viret私信)。確立された安全性プロファイルにより、MVワクチンは6ヶ月以上の幼児に推奨されている。加えて、エアゾール投与された子供についてのいくつかの報告によっても、このワクチンの安全性が確立されている[64,65]。この文脈において、MVワクチンのエアゾール投与の承認は、母体からの抗体が存在するような幼い子供にも適用の道を開くであろう。そのため、MVのマラリアワクチン開発における有用性は、WHOのExpanded Progoram on Immunizationにおける優先度の高い疾患のひとつである、麻疹に対する同時の免疫化という付加的な利益とともに、幼児と子供を保護する能力の観点から検討されるべきである[63]。また、MVは異種プライム-ブースト投与計画において、ブースターとして用いられる可能性がある。」((p.2571右欄1行?p.2572左欄11行)

キ「7.ディスカッション
・・・新しく使われ始めたベクターは、新たなマラリアワクチン候補を設計するさらなる機会を提供する。古典的な複製欠損ウイルスベクターとは対照的に、麻疹ウイルス、黄熱病ウイルス及びVSVのようなベクターは、複製能を有するベクターである。これらは小さなゲノムを有し、そのため、抗原発現レベルは高い。加えて、麻疹ウイルス、黄熱病ウイルスのようなベクターは、安全性と免疫原性が証明された小児ワクチンに基づく。しかし、これらの複製能を有するウイルスベクターを用いることは、対象の非常に小さな子供たちでの安全性と免疫原性に関し、いくつかの克服すべき問題を提起する。それでもなお、これらのベクターは、マラリアワクチンの開発に関し、調査されるべきである。」(p.2572左欄下から4行?右欄35行)

(2)先願2及び先願2の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲及び図面の記載
原査定の引用文献2(以下「先願2」という。)は、本願の優先日前の平成20年10月27日に出願され、平成22年 5月 6日に出願公開がされた、本願と異なる出願人及び発明者による出願である。
先願2:特願2008-275477号(特開2010-99041号公報)

先願2の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲及び図面(以下「当初明細書」という)には、以下の記載がある。

ク「【請求項1】
麻疹ウイルスゲノム中に、マラリア感染症の発症防御に関与する蛋白質をコードする遺伝子を挿入した組換え体麻疹ウイルス。
・・・
【請求項9】
請求項1?5のいずれかの項記載の組み換え体麻疹ウイルスおよび薬学的に許容される担体を含む、麻疹およびマラリア感染症に対する2価ワクチン。」

ケ「【0014】
マラリア感染症に対する効果的なワクチンは先に述べたように未だ実用化されていない。従って、本発明の目的は、マラリア感染症に対して安全かつ有効なワクチン、およびかかるワクチンの製造に使用するベクターを提供することである。さらに、本発明の目的は、麻疹ウイルス及びマラリア感染症に対して優れた防御効果を発揮し、しかも接種時の煩雑さが解消された2価ワクチンを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者等は、有効なマラリアワクチンの開発を検討する中で、ウイルスワクチンベクターを用いたワクチンの作製に着目し、その過程で、麻疹ウイルスをベクターとして使用するという着想を得た。麻疹ウイルスは、生ワクチンとしてその安全性と効果は確立されているため、有効な免疫反応を誘導し終生免疫を賦与できるなどの点でウイルスワクチンベクターとして使用できるのではないかとの考えから、これにマラリア原虫の感染防御抗原をコードする遺伝子を挿入して組換え体麻疹ウイルスの作出を試みた。鋭意検討の結果、本発明者等は、こうして得られた組換え体麻疹ウイルスは、挿入した外来遺伝子であるマラリア原虫の感染防御抗原遺伝子を感染細胞内で安定的に発現させ、多価ワクチン用のウイルスベクターとして使用できることを見出した。即ち、麻疹およびマラリアに対するワクチンとして有用な、組換え体麻疹ウイルスを得ることができた。
【0016】
従って、本発明の要旨は、麻疹ウイルスゲノム中に、マラリア感染症の発症防御に関与する蛋白質をコードする遺伝子を挿入した組換え体麻疹ウイルスにある。
また、本発明は、生体接種後にマラリア感染症の発症防御をもたらす蛋白質を感染細胞内で発現しうる伝播力を有する組換え体麻疹ウイルスである。
【0017】
上記において、マラリア感染症の発症防御に関与する蛋白質は、好ましくはpfEMP-1、MAEBL、AMA-1、MSP-1、LSA-1、Pfs230などから選択される。
さらに本発明は、1以上の麻疹ウイルスゲノム遺伝子、特に麻疹ウイルス機能蛋白遺伝子が改変されていることを特徴とする、上記組換え体麻疹ウイルスにも関する。」

コ「【0025】
麻疹ウイルスゲノムに外来遺伝子として挿入するマラリア原虫の遺伝子としては、マラリア症の発症防御をもたらす蛋白質をコードする遺伝子であればよく、例えば、マラリア原虫の病原性や増殖に関する蛋白質をコードし、この蛋白質が生体内で発現した場合に免疫応答を生じさせることができる遺伝子がある。マラリアに対して発症防御をもたらす蛋白質としては、マラリア原虫の生活史の様々な段階における各種抗原が見出されており、これらのいずれかの段階の1種または2種以上の抗原、あるいは2以上の段階の各抗原をコードする遺伝子が使用できる。このような遺伝子としては、以下のものが挙げられるが、これらに限定されない。
【0026】
pfEMP-1:感染赤血球表面抗原(U31083)
MAEBL:ロプトリープロテイン(rhoptryprotein)(AF400002)
AMA1:頂端膜抗原-1(M27133)
MSP-1:無性血液段階のメロゾイト表面蛋白質-1(M19143)
LSA1:肝段階の抗原(Z30319, Z30320, X56203)
Pfs230:生殖母体表面タンパク質(L08135)
上記において括弧内はDBJの登録番号である。
【0027】
これらの遺伝子の塩基配列は決定されており、例えば、pfEMP-1 遺伝子およびMAEBL 遺伝子の塩基配列は、それぞれデータベースGenBank のAF286005およびAY042084にも記載され既知であるので、この既知配列に基づいて設計したプライマーを用いて、マラリア原虫から抽出したRNAを用いて、pfEMP-1遺伝子やMAEBL遺伝子のcDNAを得ることができる。
【0028】
麻疹ウイルスのゲノムは、ウイルスの複製に関与するリーダー配列とトレーラー配列を両端にもち、その間にウイルスの構成蛋白質をコードするN、P、M、F、H、およびL遺伝子を有する。N蛋白質は3'末端から順にウイルスRNAに結合し包装する。P遺伝子からはP蛋白質、V蛋白質、C蛋白質の3種類の蛋白質が生成され、P蛋白質はRNAポリメラーゼの小サブユニットとしてウイルスの転写複製に関与していることが明らかになっている。L蛋白質はRNAポリメラーゼの大サブユニットとして機能している。M蛋白質はウイルス粒子構造を内側から支え、F蛋白質およびH蛋白質は宿主細胞への侵入に関わる。
【0029】
本発明の組換え体麻疹ウイルスを作製するには、まず、上述のような麻疹ウイルスからゲノムRNAを調製し、そのcDNAを作製する。cDNAは特定のプロモーター下流に接続され、cDNAの接続する向きによって、ゲノムRNAまたはcRNAが転写される。このcDNAに遺伝子工学的操作により、上述のマラリア原虫の遺伝子のcDNAを挿入して組換えcDNAを作製する。
【0030】
本発明の組換え体麻疹ウイルスの作製において、麻疹ウイルスゲノム中の、マラリアの感染防御抗原をコードする遺伝子を挿入する部位は、特に限定されないが、N、P、M、F、H、およびL遺伝子の各遺伝子間およびN遺伝子の上流に挿入することができる。
【0031】
麻疹ウイルスゲノムのcDNAを作製する際に、ウイルスを構成する蛋白質をコードするN、P、M、F、H、およびL遺伝子の各遺伝子間や両端に適宜制限酵素認識配列を配置しておくと、目的の外来遺伝子の挿入を容易に行うことができ、最適な外来蛋白質の発現を示す部位を選ぶことができる。各遺伝子間に制限酵素認識配列を配置した具体例として、例えば実施例1において用いるプラスミドpMV(7+)がある(図1参照)。」

サ「【0035】
上記のようにして得られる本発明の組換え体麻疹ウイルスは、マラリアの発症防御をもたらす蛋白質をコードする遺伝子を含み、この遺伝子は以下の実施例で実証されるように、組換え体ウイルスの接種後にマラリア症の発症防御をもたらす蛋白質を感染細胞内で発現するので、マラリア原虫の増殖防御効果を発揮する。しかも、この組換え体ウイルスは麻疹ウイルスとしての機能は維持されているので、麻疹に対するワクチンとしても有効である。
【0036】
本発明のワクチンは、この分野で通常用いられる方法により、本発明の組換え体麻疹ウイルスを必要に応じ薬学的に許容しうる担体や適宜添加剤と混合して製造することができる。薬学的に許容しうる担体とは、投与対象に有害な生理学的反応を引き起こさず、かつワクチン組成物の他の成分と有害な相互作用を生じないような希釈剤、賦形剤、結合剤、溶媒などであり、例えば、水、生理食塩水、各種緩衝液、が用いられる。使用できる添加剤には、アジュバント、安定剤、等張化剤、緩衝剤、溶解補助剤、懸濁化剤、保存剤、凍害防止剤、凍結保護剤、凍結乾燥保護剤、静菌剤などが例示される。
【0037】
ワクチンの剤型は、液状、凍結または凍結乾燥のいずれでもよい。適宜培地や培養細胞等で培養して得られた培養液を採取し、安定剤等の添加剤を添加して小分瓶やアンプル等に分注後密栓して液状ワクチンを製造することができる。分注後、徐々に温度を下降させて凍結したものが凍結ワクチンであり、凍害防止剤や結凍保護剤を添加しておく。分注した容器を凍結乾燥機中で凍結、次いで真空乾燥し、そのままあるいは窒素ガスを充填し密栓すると凍結乾燥ワクチンが得られる。液状ワクチンはそのまま、あるいは生理食塩水などで希釈して用い、凍結および乾燥ワクチンでは使用時にワクチンを溶解するための溶解用液が用いられる。溶解用液は各種の緩衝液や生理食塩水である。」

シ「【実施例1】
【0041】
pfEMP遺伝子を持つ組換え麻疹ウイルス(MV-pfEMP)の作出
組換えMVの作出に必要な感染性cDNAクローンは、麻疹ウイルスの野外株HL株の全ゲノム遺伝子配列をベースにし、ウイルスを構成する蛋白質をコードする6種類の遺伝子の両端に、人工的に制限酵素認識配列を配して作製されたpMV(7+)を用いた(図1)。
【0042】
マラリア原虫の感染赤血球表面抗原であるpfEMPのCIDR-1領域cDNAはマラリア原虫(FCR-3株)から抽出した全RNAを用いて、RT-PCRによって得た。pfEMPcDNAはFseI制限酵素認識配列を付加したプライマー(配列番号1および2)で再度増幅し、プラスミドベクターにクローニングして塩基配列を検査した。このプラスミドをFseIで切断して得られたpfEMPcDNAは、pMV(7+)のN遺伝子とP遺伝子間のFseI部位に挿入し、pfEMP遺伝子を持つ組換え麻疹ウイルスを作出させる感染性cDNAクローンpMV-pfEMPを得た。図2にpMV-pfEMPの簡単な構築図を示した。
【0043】
(プライマーの配列)
配列番号1:5'-tat agg ccg gccatc att gttata aaa aactta gga acc agg ttc atccac aat gcatcc ttt tttttg gaa gtg-3'
配列番号2:5'-tgt cgg ccg gcccta cta tgttgg tgg tgattg ttt gt-3'
組換え麻疹ウイルスの再構成実験は以下の通りに行なった。
【0044】
6ウェルプレートに通常のトリプシン処理を施した293細胞を1ウェル当たり1,000,000個と5%ウシ退治血清を含むDMEM培地2mlを添加し、5%CO2、37℃の条件下で24時間培養した。培養液を取り除き、多重感染度(moi, multiplicity of infection)が2になるように調整したT7 RNAポリメラーゼを発現する組換えワクシニアウイルスMVA-T7を0.2mlのPBSに懸濁したものをウェルに添加した。10分間おきににウイルス液がウェル全体に行き渡るようにプレートを揺らし、1時間感染させた。1時間後にウイルス液を除去し、各ウェルに2mlの培地を添加した後、100μlのcDNA溶液を滴下した。cDNA溶液の調製は以下の通り行なった。
【0045】
麻疹ウイルスの複製に必要となるプラスミドpGEM-NP、pGEM-P、pGEM-Lをそれぞれ1μg、1μg、0.1μgを1.5mlのサンプリングチューブにとり、さらにpMV(7+)-pfEMP-1を1μgと滅菌蒸留水を加えて核酸溶液10μlを調製した。別のサンプリングチューブにDMEM培地0.08mlを用意し、これに10μlのFugene 6(ロシュ・ダイアグノスティックス)を滴下混合後、この状態で室温に5分間静置した。これを核酸溶液と調合し、さらに室温で15分間以上静置してcDNA溶液とした。
【0046】
前記ウェルを含むプレートを3日間、5%CO2、37℃の条件下で培養した。3日目に培地を除去し、5%ウシ胎児血清を含むRPMI-1640培地に懸濁したB95a細胞を1ウェル当たり1,000,000個になるように加え、293細胞の上に重層した。このプレートをさらに5%CO2、37℃の条件下で、細胞障害性効果(CPE)が観察されるまで培養した。
RT-PCRとシークエンスにより組換え麻疹ウイルス(MV-pfEMP)の作成を確認した。」

ス「【実施例2】
【0047】
組換え麻疹ウイルス(MV-pfEMP)感染細胞でのpfEMP発現の確認
B95a細胞にMV-pfEMP1を感染させ、48時間後に細胞を4%パラホルムアルデヒドで固定し、0.2%TritonX-100で浸透化した。1000倍希釈した抗pfEMP1抗体(ウサギ血清)を加えて室温1時間反応させた。pfEMP1抗体を除去し、PBSで3回洗浄後、FITC標識抗ウサギIgG抗体を2000倍希釈して添加し、室温で30分反応させた。抗ウサギIgG抗体を除去し、PBSで5回洗浄したのち、共焦点レーザー顕微鏡を用いて感染細胞を観察した。その結果、MV-pfEMP1感染細胞でのみFITCの蛍光が認められ、pfEMP1抗原の発現が確認された(図3)。」

4.引用発明
(1)刊行物1に記載された発明
刊行物1は、「マラリアワクチン開発のためのウイルスベクター」と題する総説であって(3.(1)ア)、ウイルスベクターは、アジュバントなしで抗体及びT-細胞媒介免疫応答の両方を誘導できるようであること、その精製は、通常簡便な工程であるので、ウイルスベクターからなるワクチンは、複雑なプロセス開発を必要としないこと、ウイルスベクターからなるワクチンは、有核細胞を標的抗原の生産装置として用いるので、ネイティブなコンフォメーションの抗原を生産することが可能であること、及び、ひとつのウイルス構築物に異なる寄生ライフステージからの複数の抗原を含ませ、幅広い保護免疫を誘導できる可能性もあり、有意な工業化コスト削減も実現の可能性があることが記載されている(3.(1)イ)。そして、刊行物1の上記3.ウ?オには、上記の特徴をもつ、ウイルスベクターの技術をマラリア抗原に応用した、ポックスウイルス-ベクターからなるマラリアワクチン(3.(1)ウ)、アデノウイルス-ベクターからなるマラリアワクチン(3.(1)エ及びオ)の具体例も記載されている。また、刊行物1には、ウイルスベクターからなる上記ワクチンとして、CSPを発現するものが記載されている(3.(1)ウ、エ及びオ)。
そうすると、刊行物1に記載された上記のウイルスベクターからなるワクチンは、CSPを発現するものを包含するから、刊行物1には、以下の発明(以下、「引用発明1」という。)が記載されているといえる。

(引用発明1)
「CSPを発現するウイルスベクターからなるマラリアワクチン。」

(2)先願2の当初明細書に記載された発明
先願2の当初明細書の上記3.(2)クの請求項9は請求項1?5を引用して記載されており、請求項1及び9の記載を踏まえると、請求項9において請求項1を引用する場合については、麻疹ウイルスゲノム中に、マラリア感染症の発症防御に関与する蛋白質をコードする遺伝子を挿入した組換え体麻疹ウイルスおよび薬学的に許容される担体を含む、麻疹およびマラリア感染症に対する2価ワクチンを意味するものと認められる。
そして、先願2の当初明細書の上記3.(2)ケに、有効なマラリアワクチンの開発を検討する中で、生ワクチンとしてその安全性と効果は確立されている麻疹ウイルスをベクターとして使用するという着想を得て、マラリア原虫の感染防御抗原をコードする遺伝子を挿入した組換え体麻疹ウイルスの作出を試み、当該組換え体麻疹ウイルスが、マラリア原虫の感染防御抗原遺伝子を感染細胞内で安定的に発現させ、多価ワクチン用のウイルスベクターとして使用できることを見出した旨が記載されている。先願2の当初明細書の上記3.(2)ケ、コには、マラリア感染症の発症防御に関与する蛋白質は、好ましくはpfEMP-1、MAEBL、AMA-1、MSP-1、LSA-1、Pfs230などから選択されることが記載され、3.(2)コには、組換え体麻疹ウイルスの作製方法が記載され、マラリアの感染防御抗原をコードする遺伝子を挿入する部位は、特に限定されないが、N、P、M、F、H、およびL遺伝子の各遺伝子間およびN遺伝子の上流に挿入することができ、麻疹ウイルスゲノムのcDNAを作製する際に、ウイルスを構成する蛋白質をコードするN、P、M、F、H、およびL遺伝子の各遺伝子間や両端に適宜制限酵素認識配列を配置しておくと、目的の外来遺伝子の挿入を容易に行って最適な外来蛋白質の発現を示す部位を選ぶことができ、各遺伝子間に制限酵素認識配列を配置した具体例として、図1のプラスミドpMV(7+)が挙げられている。
また、先願2の当初明細書の上記3.(2)サに、先願2における組換え体ウイルスは、接種後にマラリア症の発症防御をもたらす蛋白質を感染細胞内で発現するので、マラリア原虫の増殖防御効果を発揮し、しかも、麻疹ウイルスとしての機能が維持されているので、麻疹に対するワクチンとしても有効であるとの記載がある。
その上で、先願2の当初明細書の上記3.(2)シには、実施例1として、pfEMP遺伝子を持つ組換え麻疹ウイルス(MV-pfEMP)の作出が具体的に記載され、上記3.(2)スの実施例2において、当該組換え麻疹ウイルスをB95a細胞に感染させ、抗pfEMP1抗体(ウサギ血清)及びFITC標識抗ウサギIgG抗体を用いて、pfEMP1抗原の発現を確認したことが記載されている。
そうすると、先願2の当初明細書には、請求項9に記載された麻疹ウイルスゲノム中に、マラリア感染症の発症防御に関与する蛋白質をコードする遺伝子を挿入した組換え体麻疹ウイルスおよび薬学的に許容される担体を含む、麻疹およびマラリア感染症に対する2価ワクチンに関し、当該組換え体ウイルスの作製及び細胞中でのマラリア抗原発現を裏付ける記載がされていることからみて、以下の発明(「引用発明2」という。)が記載されていると認められる。
(引用発明2)
「麻疹ウイルスゲノム中に、マラリア感染症の発症防御に関与する蛋白質をコードする遺伝子を挿入した組換え体麻疹ウイルスからなる、麻疹およびマラリア感染症に対する2価ワクチン。」

5.対比・判断
(1)本願発明38について
ア 特許法第29条第2項
(ア)対比
本願発明38と引用発明1とを対比する。
ここで、本願発明38は、「安定剤および/またはアジュバントを含む、麻疹-マラリア混合ワクチンの組成物。」であるところ、明細書中、これに対応する安定剤を含むワクチン組成物の実施例として、実施例14に、マラリア抗原を発現する組換え麻疹ウイルスと安定剤とを混合した組成物が記載されていることから、本願発明38は、混合ワクチンとしてマラリア抗原を発現する組換え麻疹ウイルスを有効成分とする組成物を含むものであると認められる。
引用発明1のワクチンの有効成分であるウイルスベクターが発現するCSPは、スポロゾイト周囲タンパク質と呼ばれるマラリア抗原である。そして、ワクチンは、投与に適するように製剤化されているものであることは技術常識であるから、引用発明1のワクチンも、何らかの組成物であるといえる。
そうすると、本願発明38と引用発明1は、いずれも、「マラリア抗原を発現する組換えウイルスを含むマラリアに対するワクチンの組成物」である点において一致する。
一方、本願発明38と引用発明1は、以下の点において相違する。

(相違点1)
本願発明38は、組換えウイルスが、ベクターとして麻疹ウイルスを用いたものであって、マラリアと麻疹の両方に対する保護作用をもつのに対し、引用発明1は、組換えウイルスが特定されておらず、また、麻疹に対する保護作用をもつものではない点
(相違点2)
本願発明38は、安定剤および/またはアジュバントを含むのに対し、引用発明1は、安定剤および/またはアジュバントは含まない点

(イ)相違点についての判断
まず、上記相違点1につき、検討する。
刊行物1の上記3.(1)カには、新しく使われ始めたベクターとして、麻疹ウイルス(MV)が記載され、弱毒化生MVが優れた安全性と有効性の記録を有していること、MVの逆遺伝子技術が十分に確立され、異種タンパクを発現する組換えMVは、トランスジェニックマウスモデルにおいて、異種抗原に対する特異的中和抗体を生じ、また、gp140を発現するMVは、トランスジェニックマウス及びマカクにおいて、もともと存在するMVに対する免疫に加えて、抗-HIV抗体応答を誘導することができたことが記載され、熱帯熱マラリア原虫であるP.falciparumのMSP-1を発現するMVについて、マラリアワクチン開発への使用が検討されていることが記載されている。また、3.(1)キには、MVのマラリアワクチン開発における有用性は、麻疹に対しても同時に免疫化できるという付加的な利益とともに、幼児と子供を保護する能力の観点から検討されるべきである旨が記載されている。
刊行物1の上記記載は、マラリアに対する免疫と同時に、麻疹に対する免疫を付与することができるワクチンとして、マラリア抗原を発現する麻疹ウイルスベクターをその有効成分とすることを示唆するものであって、当該示唆に従い、マラリア抗原をコードする遺伝子を麻疹ウイルスに組み込んで、マラリアと麻疹の両方に対する保護作用をもつワクチンを想到することは、当業者が容易になし得たことである。
次に、相違点2につき検討する。
ベクターウイルスを有効成分とするワクチンに安定剤やアジュバントを添加することは、周知慣用の技術であって(例えば、特表2009-541236号公報【0074】【0079】、特表2005-501532号公報【0029】【0030】、特表2005-517639号公報【0213】【0214】などを参照。)該成分を加えることは、格別のものでない。
したがって、本願発明38は、引用発明1に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

イ 特許法第29条の2
(ア)対比
本願発明38と引用発明2とを対比する。
ア(ア)において既に述べたように、本願発明38は、混合ワクチンとしてマラリア抗原を発現する組換え麻疹ウイルスを有効成分とする組成物を含むものであると認められる。
一方、引用発明2は、麻疹ウイルスゲノム中に、マラリア感染症の発症防御に関与する蛋白質をコードする遺伝子を挿入した組換え体麻疹ウイルスを有効成分とするものであるから、マラリア抗原を発現する組換え麻疹ウイルスを有効成分とする麻疹及びマラリアに対するワクチンであるといえ、ワクチンは、投与に適するように製剤化されているものであることは技術常識であるから、引用発明2のワクチンも、何らかの組成物であるといえる。
そうしてみると、本願発明38と引用発明2とは、いずれも、「マラリア抗原を発現する組換え麻疹ウイルスを含む麻疹及びマラリアに対するワクチンの組成物」である点で一致し、以下の点において相違する。

(相違点2’)
本願発明38は、安定剤および/またはアジュバントを含むのに対し、引用発明2は、安定剤および/またはアジュバントを含む点が明記されていない点

(イ)相違点についての判断
上記相違点2’につき、検討する。
先願2の当初明細書の上記3.(2)サには、ワクチンの組成物に使用できる添加剤として、アジュバント、安定剤が挙げられている。
そうすると、引用発明2のワクチンとして、アジュバント又は安定剤を含むものも、先願2の当初明細書に実質的に記載されているといえ、本願発明38と引用発明2は、上記相違点2’において実質的に相違するものではない。
また、ベクターウイルスを有効成分とするワクチンに安定剤やアジュバントを添加することは、周知慣用の技術であって(例えば、特表2009-541236号公報【0074】【0079】、特表2005-501532号公報【0029】【0030】、特表2005-517639号公報【0213】【0214】などを参照。)、明細書の記載を検討しても、本願発明38が安定剤やアジュバントを含むことによって、新たな効果を奏するとも認められないから、この点からも、本願発明38と引用発明2は、上記相違点2’において実質的に相違するものではない。
したがって、本願発明38は、先願2の当初明細書に記載された発明と同一であるから、特許法第29条の2の規定により特許を受けることができないものである。

(2)本願発明1について
ア 特許法第29条第2項
(ア)対比
本願発明1と引用発明1とを対比する。
本願の明細書【0020】における、「感染した蚊は、哺乳動物の血流中にマラリア原虫の『スポロゾイト』型を注入する。スポロゾイトは循環中で数分維持され、その後肝細胞を侵す。この段階において、寄生虫は細胞外環境に位置し、主にスポロゾイト表面の主要成分である『スポロゾイト周囲』(CS)タンパク質を対象として、抗体の攻撃に暴露される。」との記載によれば、本願発明1におけるCSマラリア抗原は、スポロゾイト周囲タンパク質を指すと理解できるから、刊行物1に記載された上記ウイルスベクターからなるマラリアワクチンにおけるマラリア抗原であるスポロゾイト周囲タンパク質(CSP)は、本願発明1におけるCSマラリア抗原に該当すると認められる。
そうすると、引用発明1のウイルスベクターが発現するCSPは、本願発明1におけるCSマラリア抗原に該当するから、本願発明1と引用発明1とは、いずれも、「マラリア抗原として、CSマラリア抗原を発現する、組換えウイルスを含むマラリアに対する免疫反応および保護を誘発できるワクチン」である点において一致する。
一方、本願発明と引用発明1は、以下の点において相違する。

(相違点3)
本願発明1は、組換えウイルスが、ベクターとして麻疹ウイルスを用いたものであって、マラリアと麻疹の両方に対する保護作用をもつのに対し、引用発明1は、組換えウイルスが特定されておらず、また、麻疹に対する保護作用をもつものではない点

(イ)相違点についての判断
上記相違点3につき、検討する。
刊行物1には、マラリアに対する免疫と同時に、麻疹に対する免疫を付与することができるワクチンとして、マラリア抗原を発現する麻疹ウイルスベクターをその有効成分とすることに対する示唆があり、マラリア抗原をコードする遺伝子を麻疹ウイルスに組み込んで、マラリアと麻疹の両方に対する保護作用をもつワクチンを想到することは、当業者が容易になし得たことである点は、既に上記(1)ア(イ)で述べたとおりである。そして、上記刊行物1に示唆されたマラリア抗原を組み込んだ麻疹ウイルスベクターが混合ワクチンとして作用するということは、このウイルスベクターがマラリア抗原を発現することに他ならないから、本願発明1も、刊行物1の記載に基づき、当業者が容易になし得たことである。

(ウ)本願発明の効果について
本願明細書【0158】?【0164】の実施例11には、2種の組み換え麻疹-マラリアウイルス:MeV2EZ-d-p42-SgrAI(GPIアンカー型)およびMeV2EZ-d-p42*(分泌型)によるマウス免疫化による試験が記載され、当該組換え麻疹-マラリアウイルス投与後のマウス血清中の抗体力価を限界希釈倍率の逆数として表したとの記載があり、図Aには、麻疹に対する液性免疫反応として、MVIgG力価が示され、図Bには、マラリアに対する液性免疫反応がマラリアp42IgG力価が示されている。
仮に、実施例11の図Aにおいて、麻疹-マラリアウイルス:MeV2EZ-d-p42-SgrAI(GPIアンカー型)およびMeV2EZ-d-p42*(分泌型)によって、麻疹ウイルス単独よりも麻疹ウイルスに対するIgG力価が上昇しているとしても、これは、p42という特定のマラリア抗原を採用した場合の効果にすぎない。また、図Bの結果も、マラリア抗原としてp42を採用した場合の、p42に対する液性免疫反応についてのものに限られている。そして、上記(イ)で述べたように、刊行物1の記載から、CSマラリア抗原を発現する麻疹ウイルスがマラリアに対する免疫応答および保護を誘発できることは当業者に予測可能であるところ、本願の明細書には、マラリア抗原がCSマラリア抗原であるワクチンの効果に関するデータは示されていないから、図A及びBの結果を検討しても、上記(イ)で刊行物1の記載から当業者が容易に想到し得たものであることを指摘したCSマラリア抗原を発現する組換えウイルスワクチンを含む本願発明1の混合ワクチンが、引用発明1から当業者が予測し得ない格別顕著な効果を奏するとは認められない。

(エ)小括
したがって、本願発明1は、刊行物1に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

6.請求人の主張について
請求人は、審判請求書において、長さ6kb(MSP-1全長)ものマラリア原虫異種遺伝子の、約20kbの長さである麻疹ゲノムへのクローニング、および、さらに組み換えウイルスをレスキューすることは非常に困難であったから、引用文献1、すなわち、刊行物1の記載からは、当業者が本願発明1における組換え麻疹ウイルスを得ることはできなかったので、本願発明1は、刊行物1に記載された発明に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない旨を主張していると認められる。
請求人の上記主張は、長さ6kbを有するMSP-1のような遺伝子をマラリア抗原遺伝子として用いる場合について述べたものであるが、上記5.で検討対象としたマラリア抗原であるCSマラリア抗原、すなわち、CSPは、412個のアミノ酸からなるタンパク質であり(たとえば、国立予防衛生研究所学友会編「ワクチンハンドブック」平成6年2月28日、p.269左欄1-7行を参照。)当該タンパク質をコードするのに必要な核酸は、たかだか1236塩基対であるから、遺伝子の挿入に請求人が主張する困難性が存在するものではない。
したがって、請求人の上記主張によって、本願発明1は、刊行物1に記載された発明に基づき、当業者が容易に発明をすることができたことを否定することはできない。

また、請求人は、図A及びBにより、本願発明1は強く持続する液性免疫の点で顕著な効果を奏するものであるから、本願発明1は、刊行物1に記載された発明に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない旨を主張していると認められる。
しかし、図A及びBに示された抗体価の上昇をもって、本願発明1が、引用発明1から当業者に予測しえない格別顕著な効果を奏するとはいえないことは、既に、上記5.(2)(ウ)で検討したとおりである。
したがって、請求人の上記主張によっては、本願発明1が本願優先日前に刊行物1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでないということはできない。

さらに、請求人は、本願発明の麻疹-マラリア混合ワクチンにおける抗原の組み合わせが、麻疹とマラリア両方の抗原に対して、強く、かつ持続的な免疫反応を誘導できると予測することが困難であり、本願発明が刊行物1に基づいて本願発明を容易に想到し得たものでない旨、及び、本願発明におけるマラリア抗原は、先願2の当初明細書に記載されておらず、本願発明は、引用発明2と同一であるとはいえない旨を主張していると認められる。
しかし、既に上記5.(2)(ア)で述べたように、刊行物1には、ウイルスベクターを有効成分とするマラリアワクチンとして、CSマラリア抗原を発現するものが記載され、また、上記5.(2)(イ)で述べたように、新たなワクチンとして、麻疹ウイルスベクターを有効成分とすることに対する示唆があり、麻疹とマラリアの両方に対する保護の効果も当業者に予測可能であったところ、明細書の記載を参酌しても、本願発明1が、引用発明1に対し、格別顕著な効果を奏するとはいえないことは、既に上記5.(2)(ウ)で述べたとおりである。
また、請求人の引用発明2との非同一性に関する主張は妥当なものでないことは、上記5.(1)イに示したことから明らかである。

以上のとおりであるから、請求人の主張はいずれも採用できない。

7.むすび
以上のとおり、本願発明1及び38は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、また、本願発明38は、特許法第29条の2の規定により特許を受けることができないものであるから、その余の請求項に係る発明について検討するまでもなく、この出願は、拒絶をすべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2016-02-02 
結審通知日 2016-02-08 
審決日 2016-02-23 
出願番号 特願2012-509150(P2012-509150)
審決分類 P 1 8・ 16- Z (A61K)
P 1 8・ 121- Z (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 深草 亜子  
特許庁審判長 大宅 郁治
特許庁審判官 大久保 元浩
齋藤 恵
発明の名称 麻疹-マラリア混合ワクチン  
代理人 実広 信哉  
代理人 志賀 正武  
代理人 渡邊 隆  
代理人 村山 靖彦  

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