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審決分類 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C08G
審判 全部申し立て 2項進歩性  C08G
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C08G
管理番号 1317002
異議申立番号 異議2016-700328  
総通号数 200 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2016-08-26 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-04-20 
確定日 2016-07-11 
異議申立件数
事件の表示 特許第5796274号発明「ロジン変性フェノール樹脂、その製造方法および印刷インキ」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5796274号の請求項に係る特許を維持する。 
理由 1.手続の経緯
特許第5796274号の請求項1?2に係る特許についての出願は、平成22年3月11日に特許出願され、平成27年8月28日にその特許権の設定登録がされ、平成27年10月21日に特許公報が発行され、平成28年4月20日に、その特許に対し、特許異議申立人池田輝行(以下「特許異議申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。

2.本件発明
特許第5796274号の請求項1?2に係る発明は、その特許請求の範囲の請求項1?2に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】デヒドロアビエチン酸を7?20%含有するロジン類(a)、フェノール類とホルムアルデヒドの縮合物(b)、およびポリオール(c)を反応させて得られることを特徴とする、ゲルパーメーションクロマトグラフィー法による重量平均分子量が50,000?300,000のロジン変性フェノール樹脂であって、重量平均分子量が200?400の成分の含有量が2?6%であるロジン変性フェノール樹脂。
【請求項2】請求項1に記載のロジン変性フェノール樹脂を含有することを特徴とする印刷インキ。」

3.特許異議申立の概要及び提出した証拠
特許異議申立人の主張する申立て理由1?4の概要及び証拠方法は、以下のとおりである。

(1)申立ての理由1
本件特許の発明の詳細な説明は、当業者が本件請求項1及び2に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではなく、特許法第36条第4項第1号に適合するものではないから、本件特許は、同法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきである。

(2)申立ての理由2
本件請求項1及び2は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものではなく、特許法第36条第6項第1号に適合するものではないから、本件特許は、特許法第36条第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきである。

(3)申立ての理由3
本件請求項1及び2は、特許を受けようとする発明が明確ではなく、特許法第36条第6項第2号に適合するものではないから、本件特許は、特許法第36条第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきである。

(4)申立ての理由4
本件請求項1及び2に係る発明は、甲第1号証に記載された発明、及び甲第2号証に記載された発明、並びに甲第3号証及び甲第4号証の周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきである。

(5)証拠方法
甲第1号証:特開2004-307698号公報
甲第2号証:特開平5-97968号公報
甲第3号証:岩佐 哲 著「ロジンの市場および開発動向」HARIMA Quarterly (89) pp.15-18 2006年10月
甲第4号証:BUNSEKI KAGAKU Vol.53, No.6, pp.609-613(2004)「マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析法によるロジン変性フェノール樹脂モデル試料の構造解析」

4.本件特許の発明の詳細な説明の記載
本件特許の発明の詳細な説明には、次の記載がある。

摘示A:段落0004?0008
「【0004】…
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】本発明は、インキ諸性能(乾燥性、乳化性等)を維持したままで、印刷物の光沢や印刷インキの流動性を損なうことなく、印刷インキのミスト量を低減したロジン変性フェノール樹脂、その製造法および印刷インキを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】本発明者は、前記課題を解決すべく、ロジン変性フェノール樹脂の成分であるロジン類に含まれる樹脂酸成分に着目し、検討したところ、特定量のデヒドロアビエチン酸を含有したロジン類を使用し、更にロジン変性フェノール樹脂の低分子量成分の含有量および重量平均分子量を制御することにより、前記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】…【発明の効果】
【0008】本発明によれば、インキ諸性能(乾燥性、乳化性等)を維持したままで、印刷物の光沢や印刷インキの流動性を損なうことなく、印刷インキのミスト量を低減した印刷インキ用樹脂を提供することができる。また、本発明に係る印刷インキ用樹脂は、特にオフセット枚葉インキ(枚葉インキ)、オフセット輪転インキ(オフ輪インキ)、新聞インキ用等のオフセット印刷インキ用樹脂として賞用されるほか、凸版印刷インキ用、グラビア印刷インキ用樹脂としても好適に使用される。」

摘示B:段落0010?0012
「【0010】本発明で用いる成分(a)は、デヒドロアビエチン酸を5?20%含有するロジン類であれば特に限定されず公知のものを用いることができる。デヒドロアビエチン酸の含有量が20%を超えると、得られるロジン変性フェノール樹脂が低分子量となるため、印刷インキのミスト量が多くなる傾向にあり、5%より少ないと印刷インキの流動性が悪化する。なお、デヒドロアビエチン酸量は、7?20%とすることが好ましい。…
【0011】デヒドロアビエチン酸は芳香環を有する樹脂酸であり、ガムロジン、ウッドロジン、トール油ロジン等の天然ロジンの樹脂酸成分の一つであるが、天然ロジン中に含まれるデヒドロアビエチン酸の含有量は、通常2?5%と少ない。…
【0012】なお、成分(a)としては、デヒドロアビエチン酸の含有量が、上述の範囲となるのであれば、ガムロジン、トール油ロジン、ウッドロジン等の天然ロジンをそのまま用いてもよく、天然ロジンを重合して得られる重合ロジン、天然ロジンや重合ロジンに不飽和カルボン酸を付加させた不飽和カルボン酸変性ロジン類でもよい。…これら成分(a)は単独または併用して使用することができ、全成分(a)中のデヒドロアビエチン酸の合計量が本発明において規定する好ましい使用量範囲であればよい。」

摘示C:段落0018?0019
「【0018】前記方法で得られた本発明のロジン変性フェノール樹脂は高分子量、高軟化点を有することを特徴とする。本発明のロジン変性フェノール樹脂の重量平均分子量(ゲルパーメーションクロマトグラフィー法によるポリスチレン換算値)は、50,000?300,000程度、好ましくは80,000?300,000の範囲とされる。…
【0019】また、本発明のロジン変性フェノール樹脂は、当該樹脂中に含まれるゲルパーメーションクロマトグラフィー法による重量平均分子量が200?400の成分の含有量が、2?6%であることを特徴とする。なお、重量平均分子量200?400の成分の含有量は、ゲルパーメーションクロマトグラフィー法による全ピーク面積100%に対する、ポリスチレン換算で求めた重量平均分子量200?400の成分のピーク面積比(%)により求めることができる。重量平均分子量200?400の成分の含有量が、2より小さい場合はインキの流動性が低くなる傾向にあり、6より大きい場合は乳化率が高くなりやすくなる。」

摘示D:段落0020、0023及び0025
「【0020】こうして得られたロジン変性フェノール樹脂に、植物油類、必要に応じてインキ用石油系溶剤等を加えて混合し、印刷インキ用ワニスを製造することができる。…
【0023】印刷インキ用ワニスは、上記各成分を混合、攪拌して製造することができるが、混合攪拌の際には、これらを100?240℃程度に加熱して各成分を溶解させて混合し、必要に応じて添加剤を使用して得られる。添加剤としては、弾性を付与するためのゲル化剤の他、酸化防止剤等があげられる。…
【0025】本発明の印刷インキは、顔料(黄、紅、藍、墨)、前記印刷インキ用ワニスを含有し、必要に応じて各種公知の添加剤を使用して、ロールミル、ボールミル、アトライター、サンドミルといった公知のインキ製造装置を用いて適切なインキ恒数となるよう、練肉・調製することにより得られる。」

摘示E:段落0027、0029?0030及び0043
「【0027】製造例1(アルキルフェノール-ホルムアルデヒド縮合物の製造)
攪拌機、分水器付き還流冷却管および温度計を備えた反応容器に、オクチルフェノール1,000部、92%パラホルムアルデヒド396部、キシレン584部および水500部を仕込み、攪拌下に50℃まで昇温した。次いで、同反応容器に45%水酸化ナトリウム溶液89部を仕込み、冷却しながら反応系を90℃まで徐々に昇温した後、2時間保温し、更に硫酸を滴下してpHを6付近に調整した。その後、ホルムアルデヒドなどを含んだ水層部を除去し、再度水洗した後に内容物を冷却して、レゾール型オクチルフェノールの70重量%キシレン溶液を得た。…
【0029】実施例1(ロジン変性フェノール樹脂の製造例A)
攪拌機、分水器付き還流冷却管および温度計を備えた反応容器に、ガムロジン(デヒドロアビエチン酸を3.1%含有する。)970部および不均化ロジン(デヒドロアビエチン酸を68.8%含有する。)30部を仕込み(混合物中にデヒドロアビエチン酸を5.1%含有する。)、これを窒素雰囲気下に攪拌しながら180℃まで昇温して溶融させた。次いで、ペンタエリスリトール93部および水酸化マグネシウム3部を添加し、攪拌下に280℃まで昇温し、酸価が25mgKOH/g以下となるまで反応させた。更に230℃まで冷却した後、製造例1のレゾール型オクチルフェノールの70重量%キシレン溶液857部(固形分600部)を230?260℃の温度範囲内で9時間かけて系内へ滴下した。滴下終了後、33重量%アマニ油粘度が10Pa・sとなるよう調整し、0.02MPaで10分間減圧して内容物を取り出した。こうして得られたロジン変性フェノール樹脂の酸価は20.3mgKOH/g、軟化点は175℃、重量平均分子量は112,000、重量平均分子量が200?400の成分の含有量は2.6%であった。なお、33重量%アマニ油粘度とは、樹脂とアマニ油を1対2重量比で加熱混合したものを、日本レオロジー(株)製コーン・アンド・プレート型粘度計を用いて25℃で測定した粘度をいう(以下、同様)。また、酸価と軟化点はJIS K5601に準じて測定したものである(以下、同様)。また、重量平均分子量はゲルパーメーションクロマトグラフィー(東ソー(株)製、HLC-8120GPC)および東ソー(株)製TSK-GELカラムを用い、テトラヒドロフラン(THF)溶媒下で測定したポリスチレン換算によるものをいう(以下、同様)。
【0030】実施例2(ロジン変性フェノール樹脂の製造例B)
実施例1と同様の反応容器に、ガムロジン(デヒドロアビエチン酸を3.1%含有する。)900部および不均化ロジン(デヒドロアビエチン酸を68.8%含有する。)100部を仕込み(混合物中にデヒドロアビエチン酸を9.7%含有する。)、これを窒素雰囲気下に攪拌しながら180℃まで昇温して溶融させた。次いで、ペンタエリスリトール93部および水酸化マグネシウム3部を添加し、攪拌下に280℃まで昇温し、酸価が25mgKOH/g以下となるまで反応させた。更に230℃まで冷却した後、製造例1のレゾール型オクチルフェノールの70重量%キシレン溶液857部(固形分600部)を230?260℃の温度範囲内で9時間かけて系内へ滴下した。滴下終了後、33重量%アマニ油粘度が10Pa・sとなるよう調整し、0.02MPaで10分間減圧して内容物を取り出した。こうして得られたロジン変性フェノール樹脂の物性を表1に示す。…
【0043】【表1】



摘示F:段落0044?0045及び0047?0048
「【0044】(ワニスの調製)各実施例および比較例で得られた樹脂を45.0部、アマニ油10.0部、及びAFソルベント7号(新日本石油(株)製、非芳香族石油系溶剤)44.3部を200℃で30分間混合溶解した。次にこれを80℃まで冷却した後、アルミニウムジプロポキシドモノアセチルアセテート(商品名ケロープEP-2、ホープ製薬(株)製)0.7部を加え、200℃まで加熱して1時間ゲル化反応させ、ゲルワニスを得た。なお、比較例4の樹脂を用いたゲルワニスは弾性が強く、反応容器からの取り出しが困難であった。
【0045】(印刷インキの調製)前記実施例および比較例のゲルワニスを用い、次の配合割合で3本ロールミルにより練肉して印刷インキを調製した。
フタロシアニンブルー(藍顔料) 18重量部
前記ゲルワニス 62?70重量部
日石AFソルベント7号 12?20重量部
上記配合に基づいて30℃、400rpmにおけるインコメーターのタック値が6.5±0.5、25℃におけるスプレッドメーターのフロー値(直径値)が38.0±1.0となるよう適宜調製した。…
【0047】【表2】

【0048】表2の結果より、本発明のロジン変性フェノール樹脂を使用した印刷インキ(実施例1?6)は、デヒドロアビエチン酸の含有量を本発明において指定する使用量範囲とすることで、指定範囲外の印刷インキ(比較例1、2)と比較して光沢や流動性を損なわずに優れた耐ミスチング性を有していることが分かる。また、重量平均分子量を本発明において指定する範囲とすることで、指定範囲外の印刷インキ(比較例3、4)と比較して優れた耐ミスチング性、流動性を有しており、更にゲルワニス製造時のハンドリング性が良好である。また、重量平均分子量が200?400の成分の含有量を本発明において指定する範囲とすることで、指定範囲外の印刷インキ(比較例5、6)と比較して優れた耐ミスチング性、流動性、乳化性を有していることが分かる。また、デヒドロアビエチン酸を使用せず、二塩基酸を反応させて高分子量化したロジン変性フェノール樹脂を用いた印刷インキ(比較例7)は、耐ミスチング性が優れているものの、光沢、乳化性、流動性が劣っていた。」

5.申立ての理由1(実施可能要件)について
(1)特許異議申立人の主張の概要
特許異議申立人は、特許異議申立書の第6頁第3行?第7頁第14行において『本件特許明細書には「重量平均分子量200?400」の成分を得るための具体的な製造方法について記載がなく、その化学構造について何らの記載もない。また、本件特許明細書には「重量平均分子量200?400の成分」の測定方法について何らの記載もなく、例えば、分子量が1,000以下の低分子量成分を抽出して求めた重量平均分子量の値と、分子量が500以下の低分子量成分を抽出して求めた重量平均分子量の値とでは、求まる重量平均分子量の値が異なる。』という旨の主張をしている。

(2)判断
本件特許明細書の段落0027、0029?0030及び0043(摘示E)には「製造例1のレゾール型オクチルフェノール」を用いた「実施例1(参考例1)」と同様な方法で製造した「実施例2」として『重量平均分子量が200?400の成分の含有量が3.2%』の「ロジン変性フェノール樹脂」を製造した具体例が、原料の仕込み量や反応温度などの各種の反応条件の詳細な開示とともに記載され、同段落0044?0045及び0047(摘示F)には「実施例2」の樹脂をゲル化して得られたゲルワニスを用いた印刷インキの具体例が記載されているので、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、当業者が本件請求項1及び2に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分な記載がなされているものと認められる。
また、本件特許明細書の段落0019(摘示C)には『ロジン変性フェノール樹脂中に含まれるゲルパーメーションクロマトグラフィー法による重量平均分子量が200?400の成分の含有量』が『全ピーク面積100%に対するポリスチレン換算で求めたピーク面積比(%)により求めることができる』と記載されているので、本件特許明細書の発明の詳細な説明に「重量平均分子量200?400の成分」の測定方法について何らの記載がないとはいえない。
そして、当該「全ピーク面積100%」とは、ロジン類などの原料を反応させて得られた「ロジン変性フェノール樹脂」の全体について求めたピーク面積であり、この「全ピーク面積100%」を基準に「重量平均分子量が200?400の成分の含有量」を求めているものであるから、特許異議申立人が主張するような1000又は500以下の低分子量成分を抽出して重量平均分子量を求めているものではないことは明らかであって、その重量平均分子量の値が異なるという問題も生じ得ない。
したがって、本件特許の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本件請求項1及び2に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではないとはいえないから、特許法第36条第4項第1号に適合するものではないとはいえない。

6.申立ての理由2(サポート要件)について
(1)特許異議申立人の主張の概要
特許異議申立人は、特許異議申立書の第7頁15行?第9頁第6行、第9頁14行?第11頁第1行、及び第11頁第5行?第12頁第7行において、以下の(a)?(e)に示すとおりの旨の主張をしている。
(a)ロジン類の分子量は凡そ300程度であるから、このロジン類を変性して得たフェノール樹脂の重量平均分子量は、原料のロジン類の重量平均分子量を超えるはずであって、本件請求項1の「重量平均分子量が200?400の成分」について、発明の詳細な説明を参酌しても化学構造について何ら記載されておらず、従って、本件特許発明は発明の詳細な説明に記載された発明ではない。
(b)ロジン変性フェノール樹脂の分子量分布として、例えば以下のタイプAとタイプBが考えられるが、本件特許明細書は分子量分布については何らの開示が無いので、重量平均分子量200?400の割合を規定したのみでは「いわゆる当業者がその発明を反復継続して目的とする効果が得られる程度に、具体的・客観的である」といえず、本件請求項1の範囲まで、拡張ないし一般化できるとはいえない。

(c)本件特許明細書の実施例は、ロジン類のうち、ガムロジンと不均化ロジンのみを開示しているに過ぎないので、ガムロジンで解決できた課題をトールロジンやウッドロジンで達成できるか出願時の技術常識を参酌しても不明であり、ロジン類全般にまで発明を拡張ないし一般化できない。
(d)本件特許明細書の実施例に開示する印刷インキは、請求項1に記載の「ロジン変性フェノール樹脂」にゲル化剤等を加えて架橋構造を構築させた「ゲルワニス」を含有したものであるから、本件請求項2に記載された「請求項1に記載のロジン変性フェノール樹脂を含有する印刷インキ」にまで拡張ないし一般化することはできない。
(e)本件特許発明の課題は「インキ諸性能(乾燥性、乳化性等)を維持したままで、印刷物の光沢や印刷インキの流動性を損なうことなく、印刷インキのミスト量を低減したロジン変性フェノール樹脂、その製造法および印刷インキを提供する」ことを目的としているが、実施例の「乾燥性」の評価は5又は4になっており、比較例1?3、5よりも劣っているので、課題が解決されていない。

(2)判断
上記(a)の点について、本件請求項1の「重量平均分子量が200?400の成分」とは、本件特許明細書の段落0019(摘示C)の記載にあるように「ロジン変性フェノール樹脂中に含まれるゲルパーメーションクロマトグラフィー法による重量平均分子量が200?400の成分」を「全ピーク面積100%」に対する「ピーク面積比(%)」として求めた範囲にある低分子量の成分を意味することが明らかである。
そして、例えば、本件特許出願前に頒布された特開2009-227785号公報(審査段階の引用文献1)の段落0022の『重量平均分子量が400以下の低分子成分は、原料が加熱され異性化したもの、原料に含まれていた不純物、各種反応の際に生じた分解物、反応系に残存した触媒類や未反応物と考えられる』という旨の記載にもあるように、ロジン類などの原料を反応させて得られたロジン変性フェノール樹脂に、原料に由来する不純物や分解物などの低分子量の成分が含まれていることは、本願出願時の技術水準において普通に知られており、ロジン類の分子量よりも小さい成分が樹脂中に含まれていることに不自然な点はない。
また、例えば、本件特許明細書の段落0043には「実施例2」の具体例として『重量平均分子量が200?400の成分の含有量が3.2%』のロジン変性フェノール樹脂が記載されているので、本件請求項1に記載された要件を満たすロジン変性フェノール樹脂は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に実施例として具体的に記載されている。
してみると、特許異議申立人の「本件特許発明は発明の詳細な説明に記載された発明ではない」との主張は採用できない。

上記(b)の点について、一般にポリマーの分子量は正規分布に従う分布をとるのが普通であり、本件特許明細書の実施例1?6のポリマーが、特許異議申立人の主張するタイプAやタイプBのようなダブルピークの分布をとるといえる具体的な追試結果や技術常識の存在は見当たらない。
また、本件特許発明のロジン変性フェノール樹脂の分子量分布が明らかにされなければ『当業者がその発明を反復継続して目的とする効果が得られない』といえる科学的な根拠も見当たらない。
そして、本件特許明細書の段落0043(摘示E)及び同0047(摘示F)には、重量平均分子量200?400の成分のピーク面積比が2.1?5.3%の範囲の実施例2?実施例6のものが耐ミスチング性に優れた効果を発揮するのに対して、これが1.2%の比較例5や同じく7.1%の比較例6のものが耐ミスチング性に劣るという実験結果が示されている。
してみると、本件請求項1の範囲まで特許を受けようとする発明を拡張ないし一般化できないとはいえない。

上記(c)の点について、本件特許明細書の段落0010?0012(摘示B)には『成分(a)は、デヒドロアビエチン酸を7?20%含有するロジン類であれば特に限定されず公知のものを用いることができる』等の説明がなされており、同段落0047(摘示F)には、デヒドロアビエチン酸が多い(比較例2)と「印刷インキのミスト量が多くなる傾向」があり、少ない(比較例1)と「印刷インキの流動性が悪化」するということが具体的な試験結果により裏付けられている。すなわち、本件特許明細書には、ロジン類に含まれるデヒドロアビエチン酸という特定の化学物質の含有量を特定の数値範囲にすることによって本件特許発明の課題を解決できることが裏付けられており、当該デヒドロアビエチン酸という化学物質それ自体の化学構造や性質がロジン類の種類によって異なるとはいえないので、ガムロジン由来のデヒドロアビエチン酸を用いて解決できた課題を、トールロジンやウッドロジンなどの他のロジン類に由来するデヒドロアビエチン酸を用いても解決できると類推することに、特段の不合理があるとはいえない。
そして、本件特許明細書の段落0012(摘示B)には、ガムロジン、トール油ロジン、ウッドロジン等の天然ロジンを用いることができる旨の示唆がなされているのに対して、トールロジンやウッドロジンなどのガムロジン以外のロジン類を用いた場合に不都合が生じるといえる具体的な実験結果や技術常識の存在は特許異議申立人により示されていない。
してみると、特許異議申立人の証拠方法によっては、ロジン類全般にまで特許を受けようとする発明を拡張ないし一般化できないとはいえない。

上記(d)の点について、本件特許明細書の段落0020、0023及び0025(摘示D)には、得られたロジン変性フェノール樹脂に、必要に応じて溶剤やゲル化剤などの添加剤を使用して印刷インキ用ワニスを製造することができ、本件特許発明の印刷インキは前記印刷インキ用ワニスを含有することにより得られることが記載されているから、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、ゲル化剤などを使用しない場合の印刷用インキも記載されているといえる。
そして、本件特許明細書の段落0047(摘示F)の表2に示された実施例2?6の「印刷インキ」は、同段落0044の「ワニスの調製」にあるように実施例2?6で得られた樹脂をゲル化剤(アルミニウムジプロポキシドモノアセチルアセテート)を用いてゲル化した「ゲルワニス」を、同段落0045の「印刷インキの調製」にあるように配合してなるものであるが、当該「印刷インキ」の組成中に、本件請求項1に記載のロジン変性フェノール樹脂の成分が使用され、含有されていることに変わりはない。
してみると、本件請求項2の範囲まで特許を受けようとする発明を拡張ないし一般化できないとはいえない。

上記(e)の点について、本件特許明細書の段落0048(摘示F)の記載にあるように、本件特許発明の印刷インキ(実施例2?6)は、デヒドロアビエチン酸の含有量が指定範囲外の印刷インキ(比較例1、2)と比較して光沢や流動性を損なわずに優れた耐ミスチング性を有しており、重量平均分子量が指定範囲外の印刷インキ(比較例3、4)と比較して優れた耐ミスチング性、流動性を有しており、重量平均分子量が200?400の成分の含有量が指定範囲外の印刷インキ(比較例5、6)と比較して優れた耐ミスチング性、流動性、乳化性を有しているから、本件請求項1及び2に記載された発明は、同段落0005記載された『印刷インキのミスト量を低減したロジン変性フェノール樹脂及びその印刷インキの提供』という課題を解決できると当業者が認識できる範囲のものであるといえる。
そして、その「乾燥性」に関する評価が、比較例1?3及び5のものに比して、実施例2?6のものが劣っているとしても、本件特許発明の解決しようとする最大の課題は『印刷インキのミスト量の低減』にあり、その「乾燥性」に若干の問題があるとしても「乳化性」や「光沢」や「流動性」などを含めた総合的な「インキ諸性能」は概して維持されているので、本件特許の請求項1及び2に記載された範囲のものが同段落0005に記載された『インキ諸性能を維持したまま』という課題を全く解決できないとはいえない。

以上総括するに、特許異議申立人の理由及び証拠方法によっては、本件請求項1及び2に係る特許発明が、発明の詳細な説明の記載により、又は、出願時の技術常識に照らし、当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものではないとすることはできない。
したがって、本件特許請求の範囲の請求項1及び2の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものではないとはいえないから、特許法第36条第6項第1号に適合するものではないとはいえない。

7.申立ての理由3(明確性要件)について
(1)特許異議申立人の主張の概要
特許異議申立人は、特許異議申立書の第9頁第7?13行及び第11頁第2?4行において『本件請求項1は「重量平均分子量が50,000?300,000のロジン変性フェノール樹脂であって、重量平均分子量が200?400の成分の含有量が2?6%である」点を特定するが、2つの重量平均分子量がどのような関係にあるのか、どのように算出したのか不明であるから、請求項1及び2に係る発明は明確ではない。』という旨の主張をしている。

(2)判断
一般に『特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載だけではなく,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願当時における技術的常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきことはいうまでもない。』とされている〔平成21年(行ケ)第10434号判決参照。〕。
そして、本件特許明細書の段落0018?0019(摘示C)の「本発明のロジン変性フェノール樹脂の重量平均分子量(ゲルパーメーションクロマトグラフィー法によるポリスチレン換算値)は、50,000?300,000程度…とされる。…重量平均分子量200?400の成分の含有量は、ゲルパーメーションクロマトグラフィー法による全ピーク面積100%に対する、ポリスチレン換算で求めた重量平均分子量200?400の成分のピーク面積比(%)により求めることができる。」との記載を考慮するに、本件請求項1の「重量平均分子量が50,000?300,000」という重量平均分子量の数値範囲とは「ロジン変性フェノール樹脂」の全体について「ゲルパーメーションクロマトグラフィー法」により得られた「全ピーク面積」の「スチレン換算値」として求めた「重量平均分子量」であって、例えば、本件特許明細書の段落0043(摘示E)の「実施例2」では「97,000」として算出されているものである。
また、本件請求項1の「重量平均分子量が200?400」という重量平均分子量の数値範囲は、ロジン変性フェノール樹脂全体に占める低分子量成分(ミスト量や印刷インキの流動性に影響する成分)の分子量範囲を「重量平均分子量が200?400」として特定したものであって、具体例ごとに個別に算出されるものではなく、本件請求項1の「重量平均分子量が200?400の成分の含有量が2?6%」という含有量の数値範囲は、ロジン変性フェノール樹脂の全体の「全ピーク面積」を基準に、当該樹脂に含まれる低分子量成分の含有量を「ピーク面積」の比として百分率で求めたものであって、例えば、本件特許明細書の段落0043(摘示E)の「実施例2」では「3.2%」として算出されているものである。
してみると、これら2つの重量平均分子量の関係及び算出方法は、当業者において明らかであり、本件特許の請求項1及び2の記載に、第三者に不測の不利益を及ぼすほどの不明確な点があるとはいえない。
したがって、本件特許請求の範囲の請求項1及び2の記載は、特許を受けようとする発明が明確ではないとはいえないから、特許法第36条第6項第2号に適合するものではないとはいえない。

8.申立ての理由4(進歩性)について
(1)甲各号証の記載事項
ア.甲第1号証(特開2004-307698号公報)の記載事項
甲第1号証には、次の記載がある。
摘記1a:請求項1
「【請求項1】(A)フェノール類とホルムアルデヒド類を縮合させて得られるフェノールホルムアルデヒド初期縮合物と、ロジンエステル類とをインキ溶剤を含む系内、又はさらに乾性油或は半乾性油を含む系内で100?250℃で反応させて樹脂ワニスを製造する工程と、
(B)上記樹脂ワニスにゲル化剤、又はさらにインキ溶剤、乾性油、或は半乾性油を添加してゲルワニス化する工程と、
(C)上記ゲルワニスにフェノールホルムアルデヒド初期縮合物を再び反応させ、且つ、本工程での当該初期縮合物の使用量が前記工程(A)での同使用量に対して5?30重量%である工程と
からなることを特徴とする印刷インキ用の高粘弾性ゲルワニスの製造方法。」

摘記1b:段落0018
「【0018】上記工程(A)で使用するロジンエステル類はロジン類及びロジン誘導体を多価アルコールでエステル化して製造され、各種ロジンエステル類は単用又は併用できる。上記ロジン類としては、アビエチン酸、パラストリン酸、ネオアビエチン酸、ピマール酸、イソピマール酸、デヒドロアビエチン酸などの樹脂酸を主成分とするトール油ロジン、ガムロジン、ウッドロジンなどの未変性ロジンを初め、不均化ロジン、重合ロジン、水素化ロジンなどの変性ロジンが挙げられる。但し、不均化ロジン、水素化ロジンはそのままではレゾール縮合物との反応性に乏しいため、他のロジン類と併用される。」

摘記1c:段落0032
「【0032】【発明の効果】本発明は、印刷インキ用のロジン変性フェノール樹脂を製造する際に、レゾール縮合物を2段階に分けて添加することを特徴とする。…従って、本発明の高粘弾性化したゲルワニスをオフセット用印刷インキに使用すると、ミスチングや耐乳化性などに優れた低タックインキを円滑に設計でき、特に、高速印刷適性に優れた印刷インキを効率良く製造できる。また、水無しインキに適用すると、インキの凝集力が上がり、地汚れが少ないインキが設計できる。」

摘記1d:段落0036及び0045
「【0036】(1)実施例1
(A)樹脂ワニスの製造工程
反応容器中で、パラオクチルフェノール300部と、92%パラホルムアルデヒド95部及びAF7号ソルベント100部を添加・混合した後、水酸化ナトリウム1部を添加し、95℃まで加熱して、5時間保持した後、AF7号ソルベント110部を添加・混合して、レゾール縮合物のインキ溶剤溶液606部(固形分64%)を得た。反応容器に酸価20に調整したトールロジンペンタエリスリトールエステル900部を仕込み、溶解した後、上記レゾール縮合物溶液530部とAF7号ソルベント130部を添加し、縮合水を除去しながら220℃で反応させ、重量平均分子量10万の樹脂ワニス1400部を得た。
(B)ゲルワニス化工程
得られた樹脂ワニスを、別の反応容器中であらかじめ用意しておいたAF7号ソルベント880部、大豆油260部、ゲル化剤としてケロープEP-12(ホープ製薬(株)製)25部の混合溶液中に添加し、180℃で1時間クッキングした。
(C)再付加工程
その後、前記工程(A)と同じレゾール縮合物のインキ溶剤溶液76部とAF7号ソルベント150部を、上記工程(B)のゲルワニスに同温度で1時間かけて添加することにより、粘度569Pa・S、n-ヘキサントレランス3.0g/gのゲルワニス2791部(樹脂分42%)を得た。尚、本工程でのレゾール縮合物の使用量は前記工程(A)での同使用量に対して、76部/530部=14.3%である。…
【0045】(9)比較例1
(A)樹脂ワニスの製造工程
上記実施例1と同じ方法で樹脂ワニスを製造した。
(B)ゲルワニス化工程
得られた樹脂ワニスを、別の反応容器中で予め用意しておいたAF7号ソルベント880部、大豆油260部、ゲル化剤としてケロープEP-12(ホープ製薬(株)製)25部の混合溶液中に添加し、180℃で1時間クッキングした後、AF7号ソルベント110部を添加することにより、粘度527Pa・S、n-ヘキサントレランス3.0g/gのゲルワニス2675部(樹脂分42%)を得た。」

摘記1e:図1




イ.甲第2号証(特開平5-97968号公報)の記載事項
甲第2号証には、次の記載がある。
摘記2a:段落0002
「【0002】【従来の技術】印刷インキのバインダーとしては、特にロジン変性フェノールホルムアルデヒド樹脂が使用されており、湿し水を使用するオフセット印刷インキとして比較的良好な品質を有している。しかしこのロジン変性フェノールホルムアルデヒド樹脂は未反応のロジンが1?10%残存するためロジンのカルボン酸が残る。又一般にロジンとフェノール類とでクロマン環を形成するが、クロマン環を形成したロジンがエステル化反応しないで5?20%のカルボン酸が残存する。そしてこのカルボン酸が残存することにより、少し過酷な印刷条件、すなわち湿し水の供給が適正でない場合などには種々のトラブルを生ずる。」

ウ.甲第3号証〔HARIMA Quarterly (89) pp.15-18〕の記載事項
甲第3号証には、次の記載がある。
摘記3a:第15頁右欄第3?10行
「3種のロジンの恒数と組成を表1に示した。これらの値は代表例であり、トールロジンの品質は分離技術の最近の進歩とともに向上してきており、ガムロジンにおいても、産地、樹種によって大きな差がある。生松脂は寒冷地ほど、流れでやすい様に柔らかい組成となっており、そこから得られるロジンも産地、樹種によって大きな差がみられる。」

摘記3b:第16頁の表1




エ.甲第4号証〔BUNSEKI KAGAKU Vol.53, No.6, pp.609-613〕の記載事項
甲第4号証には、次の記載がある。
摘記4a:第610頁左欄下から9行?右欄第16行
「2.1 試料
Fig.1に本研究で用いたロジン変性フェノール樹脂について推定されている化学構造モデル^(3))を示す.この樹脂は,松脂より得られたガムロジンを,p-オクチルフェノールとホルムアルデヒドから得られるレゾール型フェノール樹脂オリゴマーと反応させてロジン化レゾール樹脂を合成し,更にその末端ロジン酸部分のカルボキシル基をグリセリンとエステル化することによって高分子量化して得られたものである^(3)).この樹脂は,分子量が数万から数十万に及ぶため,MALDI-MSによりそのまま構造解析を行うことは困難である.…
なお,各試料の調製に用いたガムロジンを構成するロジン酸は,主成分であるアビエチン酸(C_(20)H_(30)O_(2))及びその異性体(パラストリン酸,ネオアビエチン酸,ビマル酸など:以下,アビエチン酸類とする)と,それらよりも2質量単位(u)だけ分子量が低いデヒドロアビエチン酸(C_(20)H_(28)O_(2))を,約95/5モル比で含んでいることを,ガスクロマトグラフィー(GC)により確認している.」

摘記4b:第611頁左欄下から19行?第612頁左欄下から20行
「3.1 ロジン-グリセリンエステルのMALDI-MS測定
Fig.2に,ロジン-グリセリンエステル試料のMALDIマススペクトルの全体図及び部分拡大図を示す.…各構成ロジン酸の組成を推算したところ,アビエチン酸類とデヒドロアビエチン酸の組成比は約70/30(mol%)であると求められた.…したがって,この結果は,もともと約5mol%であったデヒドロアビエチン酸単位の組成比が,合成の過程でかなり増加していることを示している.これは,ロジン酸とグリセリンとのエステル化を行う反応温度が,アビエチン酸類の脱水素反応が起こりやすい250?280℃の温度領域とほぼ一致しているため,アビエチン酸のデヒドロアビエチン酸への変性が,実際にはかなりの程度起きていることを示唆している.…
以上のように,今回解析したロジン-グリセリンエステル試料は,デヒドロアビエチン酸単位を30%程度含み,かつ一部が酸化した成分から構成されるロジン酸ジグリセリド及びトリグリセリドから成る混合物であることが分かった.」

(2)甲第1号証に記載された発明
摘記1aの「(A)フェノール類とホルムアルデヒド類を縮合させて得られるフェノールホルムアルデヒド初期縮合物と、ロジンエステル類とを…反応させて樹脂ワニスを製造する工程」との記載、及び
摘記1dの「(1)実施例1 (A)樹脂ワニスの製造工程 反応容器中で、パラオクチルフェノール300部と、92%パラホルムアルデヒド95部…を添加・混合して、レゾール縮合物のインキ溶剤溶液606部(固形分64%)を得た。反応容器に…トールロジンペンタエリスリトールエステル900部を仕込み、…上記レゾール縮合物溶液530部…を添加し、…反応させ、重量平均分子量10万の樹脂ワニス1400部を得た。…(9)比較例1…上記実施例1と同じ方法で樹脂ワニスを製造した。」との記載からみて、甲第1号証には、その「実施例1」及び「比較例1」の樹脂ワニスの具体例として、
『フェノール類(パラオクチルフェノール)とホルムアルデヒド類(パラホルムアルデヒド)を縮合させて得られるフェノールホルムアルデヒド初期縮合物(レゾール縮合物)と、ロジンエステル類(トールロジンペンタエリスリトールエステル)とを反応させて得られた重量平均分子量10万の樹脂ワニス。』についての発明(以下「甲1発明」という。)が記載されている。

(3)本件特許の請求項1に係る発明について
ア.対比
本件特許の請求項1に係る発明(以下「本1発明」という。)と甲1発明とを対比する。
甲1発明の「フェノール類(パラオクチルフェノール)とホルムアルデヒド類(パラホルムアルデヒド)を縮合させて得られるフェノールホルムアルデヒド初期縮合物(レゾール縮合物)」は、本1発明の「フェノール類とホルムアルデヒドの縮合物(b)」に相当する。
甲1発明の「ロジンエステル類(トールロジンペンタエリスリトールエステル)」は、摘記1bの「ロジンエステル類はロジン類…を多価アルコールでエステル化して製造され、…上記ロジン類としては…デヒドロアビエチン酸などの樹脂酸を主成分とするトール油ロジン…が挙げられる。」との記載にあるように「デヒドロアビエチン酸などの樹脂酸を主成分とするトール油ロジン」を「多価アルコール」としての「ペンタエリスリトール」でエステル化して製造されたものであって、本件特許明細書の段落0012の「成分(a)としては…トール油ロジン…をそのまま用い」との記載、同段落0014の「成分(c)としては…ペンタエリスリトール…をあげることができる」との記載、及び同段落0016?0017の「本発明のロジン変性フェノール樹脂の製造方法としては…成分(a)と成分(c)とを反応させた後に、得られた反応生成物に成分(b)を加えて反応さえる方法によっても製造することができる」との記載にある『成分(a)のロジン類としてのトール油ロジンと、成分(c)のポリオールとしてのペンタエリスリトールとを反応させて得られた反応生成物』に相当するものであって、本1発明の「デヒドロアビエチン酸を含有するロジン類(a)」と「ポリオール(c)」とを反応させて得られるものに相当する。
甲1発明の「重量平均分子量10万」は、その測定方法を具体的に特定するものではないが、重量平均分子量の測定方法としてゲルパーメーションクロマトグラフィー法(GPC法)は最も一般的な測定方法であり、光散乱法や超遠心法などの他の測定方法で測定された重量平均分子量の測定値と、GPL法で測定された重量平均分子量の測定値(被測定高分子と溶媒や固定相との相互作用により影響されるため、光散乱法や超遠心法で測定された重量平均分子量の測定値と必ずしも一致しない)に、著しい違いが生じ得るともいえないので、本1発明の「ゲルパーメーションクロマトグラフィー法による重量平均分子量が50,000?300,000」に相当する。
甲1発明の「樹脂ワニス」は、ロジンエステル類(トールロジンペンタエリスリトールエステル)とフェノール類とホルムアルデヒド類を縮合させて得られるレゾール縮合物とを反応させて得られる樹脂であるから、本1発明の「ロジン変性フェノール樹脂」に相当する。

してみると、本1発明と甲1発明は、両者とも『デヒドロアビエチン酸を含有するロジン類(a)、フェノール類とホルムアルデヒドの縮合物(b)、およびポリオール(c)を反応させて得られる、ゲルパーメーションクロマトグラフィー法による重量平均分子量が50,000?300,000のロジン変性フェノール樹脂。』に関するものである点において一致し、
(相違点1)ロジン類に含有されるデヒドロアビエチン酸の含有量が、本1発明においては「7?20%」のピーク面積比で特定されているのに対して、甲1発明においては当該含有量が特定されていない点、及び
(相違点2)ロジン変性フェノール樹脂に含まれる「重量平均分子量が200?400の成分の含有量」が、本1発明においては「2?6%」のピーク面積比で特定されているのに対して、甲1発明においては当該含有量が特定されていない点、
の2つの点において相違する。

イ.判断
上記(相違点1)に関して、本件特許明細書の段落0010(摘示B)には「デヒドロアビエチン酸は芳香環を有する樹脂酸であり、ガムロジン、ウッドロジン、トール油ロジン等の天然ロジンの樹脂酸成分の一つであるが、天然ロジン中に含まれるデヒドロアビエチン酸の含有量は、通常2?5%と少ない。」との説示がある。
また、甲第3号証の第15頁右欄(摘記3a)には、ガムロジンの組成が「産地、樹種によって大きな差」があることが記載され、同第16頁の表1(摘記3b)には『トールロジン』及び『ガムロジン』の組成が「デヒドロアビエチン酸」を『15?25%』及び『3?8%』の範囲で含むことが記載されている。
すなわち、甲1発明の「トールロジンペンタエリスリトールエステル」の原料となる「トールロジン」は「天然ロジン」であって、その中に含まれるデヒドロアビエチン酸の含有量は上記のとおり産地や樹種の違いによって大きく異なるので、特許異議申立人の証拠方法によっては、甲1発明の「トールロジンペンタエリスリトールエステル」の原料となる「トールロジン」に含まれるデヒドロアビエチン酸の含有量が、本1発明の「7?20%」という数値範囲を満たす範囲に必ずあると直ちに解することはできない。
さらに、甲第4号証の第611頁(摘記4b)には、ロジン類に含まれるデヒドロアビエチン酸の含有量が、原料段階で5モル%であったものが、加熱による脱水素反応によって反応後に30%にまで増加する旨の記載がなされている。
ここで、仮に甲1発明の天然ロジン中に含まれるデヒドロアビエチン酸の含有量が、原料段階で本件特許明細書に示されるとおりの「2?5%」の範囲にあり、これが加熱を伴う反応により本1発明の「7?20%」を満たす範囲にまで増加したとしても、本1発明の「ロジン変性フェノール樹脂」という「物」の発明は、その請求項1に記載されるとおりの「デヒドロアビエチン酸を7?20%含有するロジン類(a)…を反応させて得られる」ことを発明特定事項としている(原料段階でのデヒドロアビエチン酸の含有量を発明特定事項としている)ものであるから、甲1発明の「反応させて得られた…樹脂ロジン」のデヒドロアビエチン酸の含有量が本1発明の「7?20%」という数値範囲を満たすとしても、その原料段階での含有量が本1発明の数値範囲を満たす範囲にあると解することはできない。
してみると、特許異議申立人の証拠方法によっては、甲1発明の「トールロジンペンタエリスリトールエステル」の原料となる「トールロジン」というロジン類の「デヒドロアビエチン酸」の含有量が、本1発明の「7?20%」の範囲内に必ずあると解することができないので、上記(相違点1)が実質的な相違点ではないと推認することはできない。
そして、甲第1?4号証の各刊行物の記載を精査しても、デヒドロアビエチン酸の含有量を好適化すること(特に本1発明の範囲とすること)で、本件特許明細書の段落0048(摘示F)に示されるとおりの「光沢や流動性を損なわずに優れた耐ミスチング」が得られるという技術思想についての記載が見当たらず、当該技術思想が本件特許の出願時の技術常識になっていたと認めるに足る具体的な証拠も見当たらないので、甲1発明の原料となるロジン類の「デヒドロアビエチン酸」の含有量を好適化することが当業者にとって容易になし得るとは認められず、上記(相違点1)が容易想到であると認めることはできない。

次に、上記(相違点2)について、甲第2号証の段落0002(摘記2a)の「従来の技術」の項には、印刷インキのバインダーとして使用されるロジン変性フェノールホルムアルデヒド樹脂に、未反応のロジンのカルボン酸(1?10%)や、副生物としてのカルボン酸(5?20%)が残存することにより、種々のトラブルが生じることが記載されている。
しかしながら、甲第2号証に記載された未反応のロジン等を含むロジン変性フェノールホルムアルデヒド樹脂は、甲第2号証の従来技術として記載された樹脂であるから、このような従来技術における樹脂の未反応物等の残存量に関する記載に基づいて、甲1発明の「重量平均分子量10万の樹脂ワニス」に含まれる「重量平均分子量が200?400の成分」の含有量を推論することが妥当であるとは認められない。
ましてや、甲第2号証の残存するカルボン酸量についての記載(未反応物1?10%及び副生物5?20%)に基づいて、甲1発明の「樹脂ワニス」に「重量平均分子量が200?400の成分」が「2?6%」の範囲内で含まれていると推認することはできない。
してみると、特許異議申立人の証拠方法によっては、甲1発明の「樹脂ワニス」に含まれる「重量平均分子量が200?400の成分」の含有量が必ず「2?6%」の範囲内にあると解することができないので、上記(相違点2)が実質的な相違点ではないと推認することはできない。
そして、甲第2号証の記載に基づいて、未反応物などにより種々のトラブルが生じるため、これら未反応物などの残存量を単純に減少させるということを想起することは、当業者にとって容易であるとしても、本件特許明細書の段落0019(摘示C)の「重量平均分子量200?400の成分の含有量が、2より小さい場合はインキの流動性が低くなる傾向にあり、6より大きい場合は乳化率が高くなりやすくなる」との記載、及び同段落0048(摘示F)の「重量平均分子量が200?400の成分の含有量を本発明において指定する範囲とすることで、指定範囲外の印刷インキ(比較例5、6)と比較して優れた耐ミスチング性、流動性、乳化性を有している」との記載にあるように、本1発明は、低分子量成分の中でも特に「重量平均分子量が200?400」の範囲の成分に着目した上で、その含有量の下限値(2%)及び上限値(6%)を設定して、耐ミスチング性、流動性、乳化性などの諸性能を優れたものにするものであるから、甲第2号証の記載から示唆される技術思想(含有量の下限値及び上限値を設定せず、減少させるべき低分子量成分の分子量範囲を特定せず、その回避すべきトラブルの内容が本1発明と必ずしも合致しない技術思想)を甲1発明に適用したとしても、本1発明の構成を当業者が容易に想到し得たとは認められない。
また、甲第1?4号証の各刊行物の記載を精査しても、ロジン変性フェノール樹脂中に含まれる「重量平均分子量が200?400の成分の含有量」を「2?6%」とすることで、本件特許明細書の段落0048(摘示F)に示されるとおりの「優れた耐ミスチング性、流動性、乳化性」が得られるという技術思想についての記載が見当たらず、特許異議申立人の証拠方法を見る限りでは、当該技術思想が本件特許出願時の技術常識になっていたと認めるに至らないので、甲1発明の「ロジン変性フェノール樹脂」に含まれる「重量平均分子量が200?400の成分」の含有量を好適化することが当業者にとって容易になし得るとは認められず、上記(相違点2)が容易想到であると認めることはできない。

以上のとおりであるから、本1発明は、甲第1号証に記載された発明、及び甲第2号証に記載された発明、並びに甲第3号証及び甲第4号証の周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。
したがって、特許異議申立人の主張及び提出した証拠方法によっては、本1発明に係る特許が特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるということはできない。

(4)本件特許の請求項2に係る発明について
本件特許の請求項2に係る発明は、本件特許の請求項1を引用する従属形式で記載された発明であって、本1発明の「ロジン変性フェノール樹脂」を含有する「印刷インキ」に関する発明である。
してみると、上述のとおり、本1発明を当業者が容易に想到し得たとはいえないから、本件特許の請求項2に係る発明は、甲第1号証に記載された発明、及び甲第2号証に記載された発明、並びに甲第3号証及び甲第4号証の周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。
したがって、特許異議申立人の主張及び提出した証拠方法によっては、本件特許の請求項2に係る発明に係る特許が特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるということはできない。

9.むすび
以上総括するに、特許異議申立人が主張する特許異議申立ての理由及び証拠によっては、請求項1及び2に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1及び2の特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2016-06-27 
出願番号 特願2010-54570(P2010-54570)
審決分類 P 1 651・ 121- Y (C08G)
P 1 651・ 537- Y (C08G)
P 1 651・ 536- Y (C08G)
最終処分 維持  
前審関与審査官 久保田 英樹  
特許庁審判長 中田 とし子
特許庁審判官 木村 敏康
佐藤 健史
登録日 2015-08-28 
登録番号 特許第5796274号(P5796274)
権利者 荒川化学工業株式会社
発明の名称 ロジン変性フェノール樹脂、その製造方法および印刷インキ  

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