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審決分類 |
審判 全部無効 1項3号刊行物記載 F04B 審判 全部無効 2項進歩性 F04B |
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管理番号 | 1318676 |
審判番号 | 無効2014-800073 |
総通号数 | 202 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2016-10-28 |
種別 | 無効の審決 |
審判請求日 | 2014-05-09 |
確定日 | 2016-09-16 |
事件の表示 | 上記当事者間の特許第5229576号発明「斜板式コンプレッサ」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 |
理由 |
第1 手続の経緯 本件特許第5229576号に係る発明についての出願(以下「本件出願」という。)は、平成21年5月28日(優先権主張平成21年1月30日)の出願であって、平成25年3月29日にその発明について特許の設定登録がなされた。 以後の本件に係る手続の概要は、以下のとおりである。 平成26年 5月 9日 本件無効審判の請求 平成26年 7月31日 答弁書 平成26年10月 3日 審理事項通知書 平成26年10月29日 口頭審理陳述要領書(請求人) 平成26年11月 7日 手続補正書(方式)(請求人) 平成26年11月20日 上申書(被請求人) 平成26年11月20日 口頭審理 平成26年11月21日 上申書(請求人) 第2 本件特許発明 本件特許第5229576号の請求項1ないし9に係る発明は、特許明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1ないし9に記載された次のとおりのものと認める。 「【請求項1】 回転軸を中心に回転する斜板と、該斜板の回転に伴って進退動するとともに半球凹状の摺動面の形成されたピストンと、上記斜板に摺接する平坦状の端面部および上記ピストンの摺動面に摺接する球面部の形成されたシューとを備えた斜板式コンプレッサにおいて、 上記シューにおける上記球面部と端面部との間に筒状部を形成するとともに、該筒状部と端面部との境界部分に該筒状部よりも半径方向外方に突出して斜板に摺接するフランジ部を形成し、 上記フランジ部は上記ピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に位置し、筒状部の径を上記ピストンにおける摺動面の開口部の径よりも小径としたことを特徴とする斜板式コンプレッサ。」(以下「本件特許発明1」という。) 「【請求項2】 上記筒状部の外周面は、該筒状部の球面部と端面部との中間部分が半径方向外方に膨出した膨出部として形成されていることを特徴とする請求項1に記載の斜板式コンプレッサ。」(以下「本件特許発明2」という。) 「【請求項3】 上記筒状部の外周面は、さらに該膨出部と上記フランジ部との間に該膨出部よりも小径のくびれ部が形成されていることを特徴とする請求項2に記載の斜板式コンプレッサ。」(以下「本件特許発明3」という。) 「【請求項4】 上記筒状部は、端面部から球面部に向けて縮径するテーパ形状を有していることを特徴とする請求項1に記載の斜板式コンプレッサ。」(以下「本件特許発明4」という。) 「【請求項5】 上記フランジ部の肉厚を、該フランジ部の基部から外周に向けて徐々に薄肉としたことを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれかに記載の斜板式コンプレッサ。」(以下「本件特許発明5」という。) 「【請求項6】 上記フランジ部の外周端は、該フランジ部の基部に対して球面部側に突出することを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれかに記載の斜板式コンプレッサ。」(以下「本件特許発明6」という。) 「【請求項7】 上記筒状部の表面粗さを、上記球面部および端面部の表面粗さよりも粗くしたことを特徴とする請求項1ないし請求項6のいずれかに記載の斜板式コンプレッサ。」(以下「本件特許発明7」という。) 「【請求項8】 上記フランジ部の径d1と上記筒状部の端面部側の径d2とが、 d1/d2≧1.05 の関係を満たすことを特徴とする請求項1ないし請求項7のいずれかに記載の斜板式コンプレッサ。」(以下「本件特許発明8」という。) 「【請求項9】 上記筒状部における球面部側の径を、斜板がピストンに対して最大傾角を取った際に、上記球面部が上記ピストンの摺動面の開口部から露出しないような径に設定したことを特徴とする請求項1ないし請求項8のいずれかに記載の斜板式コンプレッサ。」(以下「本件特許発明9」という。) 第3 請求人主張の概要 請求人は、審判請求書において、「特許第5229576号発明の特許請求の範囲の請求項1-9に記載された発明についての特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする」との審決を求め、審判請求書、口頭審理陳述要領書、手続補正書(方式)、口頭審理、上申書を総合すると、請求人が主張する無効理由は、概略、以下のとおりのものである。 1 本件特許発明1について (1)特許法第29条第1項第3号(甲第1号証) ア 甲第1号証の図1には、 が開示され、 1a 回転軸を中心に回転する斜板(11)と、 1b 該斜板(11)の回転に伴って進退動するとともに半球凹状の摺動面 (6b)の形成されたピストン(6)と、 1c 上記斜板(11)に摺接する平坦状の端面部および上記ピストン(6 )の摺動面(6b)に摺接する球面部(10d)の形成されたシュー( 10) とを備えた斜板式コンプレッサが開示されている(なお、括弧書きの符 号は請求人で付した。以下、同様である。)。 また、甲第1号証の図2及び図3には、 が開示されており、 1d シュー(10,101)における上記球面部(10d,101d)と 端面部(10a,101d)との間に筒状部を形成するとともに, 1e 該筒状部と端面部(10a,101a)との境界部分に該筒状部より も半径方向外方に突出して斜板(11)に摺接するフランジ部(10b ,101b)を形成すること、 が開示されている。 イ 甲第1号証の段落【0018】には「平坦面10aの半径は半球状凸曲面10dの半径に対して、小さくも大きくも設定可能である。」との記載があり、平坦面10aの半径を半球状凸曲面10dの半径に対して小さくすることが開示されている。なお、甲第1号証の段落【0017】に「平坦面10aはフランジ部10bへつながっているなだらかな傾斜面10cを有している。」とされているように、「傾斜面10c」は「平坦面10a」の一部を構成していることが明記されている。 したがって、「平坦面10aの半径」及び「半球状凸曲面10dの半径」は、以下に示す箇所である。 上述した段落【0018】では、「しかし、」(平坦面10aの半径は)「大きな圧縮負荷発生時には半球状凸曲面10dよりも大きな半径にして接触面積を大きくし、面圧力を低下することができる。」とされており、「大きな圧縮負荷発生時」でなければ、平坦面10aの半径を半球状凸曲面10dよりも小さな半径にすることもできることが示唆されている。 上記の図2’は、甲第1号証の図2を修正したものであるが、甲第1号証の段落【0018】の「平坦面10aの半径は半球状凸曲面10dの半径に対して、小さくも・・・設定可能である。」とは、正しく、上記図2’で示したような態様のことを意味している。 また、甲第1号証の段落【0017】では「ピストン6のピストン連結部6aの内側面に形成されている半球凹状の摺接面6bに摺接する半球状凸曲面10d」とされており、半球凹状の摺接面6bに半球状凸曲面10dが摺接することが明記されている。 さらに、甲第1号証の図1及び図6では、「半球状凸曲面を含む仮想曲面とピストン6の半球凹状の摺動面を含む仮想球面とが一致すること」が開示されており、当然、示唆されている。 したがって、甲第1号証には、 1f フランジ部(10b)は上記ピストン(6)の半球凹状の摺動面(6 b)を含む仮想球面の内部に位置する ことが開示されている。 ウ 甲第1号証の段落【0017】で「平坦面10aを含み略半球状凸曲面10dよりも外側へ延びているフランジ部10b」とされていることと、甲第1号証の図2(以下の図面参照)からも理解されるように、甲第1号証において、筒状部の径はフランジ部10bの径よりも小さくなっている。 そして、上述したように、甲第1号証には、フランジ部(10b)がピストン(6)の半球凹状の摺動面(6b)を含む仮想球面の内部に位置することが開示されているのであるから、甲第1号証には、 1g 筒状部の径を上記ピストン(6)における摺動面(6b)の開口部の 径よりも小径とした ことが開示されている。 エ 以上を総合すると、甲第1号証には、 1a 回転軸を中心に回転する斜板(11)と、 1b 該斜板(11)の回転に伴って進退動するとともに半球凹状の摺動面 (6b)の形成されたピストン(6)と、 1c 上記斜板(11)に摺接する平坦状の端面部および上記ピストン(6 )の摺動面(6b)に摺接する球面部(10d)の形成されたシュー( 10)とを備えた斜板式コンプレッサであって、 1d シュー(10)における上記球面部(10d)と端面部(10a)と の間に筒状部を形成するとともに、 1e 該筒状部と端面部(10a)との境界部分に該筒状部よりも半径方向 外方に突出して斜板(11)に摺接するフランジ部(10b)を形成し 、 1f フランジ部(10b)は上記ピストン(6)の半球凹状の摺動面(6 b)を含む仮想球面の内部に位置し、 1g 筒状部の径を上記ピストン(6)における摺動面(6b)の開口部の 径よりも小径とした 1h 斜板式コンプレッサ が開示されており、本件特許発明1の全ての発明特定事項が開示されている。 したがって、本件特許発明1は、甲第1号証に記載された発明と同一であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。 (2)特許法第29条第2項(甲第1号証) 仮に本件特許発明1と甲第1号証との間に相違点があったとしても、甲第1号証には本件特許発明1に極めて類似した構成が開示されている。したがって、仮に本件特許発明1と甲第1号証との間に相違点があったとしても、その相違点を埋めることは当業者であれば容易なことである。 したがって、本件特許発明1は、甲第1号証に記載された発明に基いて、本件出願の優先権主張の日前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。 (3)特許法第29条第2項(甲第1号証及び甲第6号証) 甲第1号証には、段落【0017】で「平坦面10aを含み略半球状凸曲面10dよりも外側へ延びているフランジ部10b」との記載があり、また、筒状部の径がフランジ部10bの径よりも小さくなっていること、及びフランジ部(10b)がピストン(6)の半球凹状の摺動面(6b)を含む仮想球面の内部に位置することが開示されている。 また、シューをピストンにおける摺動面の開口部の径よりも小さくすることは、以下に示す甲第6号証の図2に示されるように、従来から知られている。 甲第1号証及び甲第6号証を目の当たりにした当業者が、筒状部の径をピストン(6)における摺動面(6b)の開口部の径よりも小径とすることを思いつくことは極めて容易である。 そして、甲第6号証も甲第1号証と同様に斜板式圧縮機及び斜板式圧縮機で用いられるシューに関する文献であり、甲第6号証に甲第2号証を組み合わせることに何らの困難性もない。 したがって、本件特許発明1は、甲第1号証に記載された発明及び甲第6号証に記載された発明に基いて、本件出願の優先権主張の日前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。 2 本件特許発明2及び3について 本件特許発明2及び3は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証に記載された発明に基いて、又は甲第1号証に記載された発明、甲第6号証に記載された発明、及び甲第2号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。 3 本件特許発明4について 本件特許発明4は、甲第1号証に記載された発明、甲第3号証に記載された発明、及び甲第4号証に記載された発明に基いて、又は甲第1号証に記載された発明、甲第6号証に記載された発明、甲第3号証に記載された発明、及び甲第4号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。 4 本件特許発明5及び6について 本件特許発明5及び6(請求項1を引用するもの)は、甲第1号証に記載された発明と同一であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。また、本件特許発明5及び6(請求項1を引用するもの)は、甲第1号証に記載された発明に基いて、又は甲第1号証に記載された発明及び甲第6号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。 本件特許発明5及び6(請求項2?4を引用するもの)は、甲第1号証に記載された発明ないし甲第4号証に記載された発明に基いて、又は甲第1号証に記載された発明、甲第6号証に記載された発明、及び甲第2号証に記載された発明ないし甲第4号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。 5 本件特許発明7ないし9について 本件特許発明7ないし9は、甲第1号証に記載された発明ないし甲第5号証に記載された発明に基いて、又は甲第1号証に記載された発明ないし甲第6号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。 6 まとめ 本件特許発明1ないし9は、特許法第29条第1項第3号又は同条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許発明1ないし9に係る特許は、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とされるべきである。 [証拠方法等] 甲第1号証:特開2001-3858号公報 甲第2号証:特開2002-332959号公報 甲第3号証:特開平11-22640号公報 甲第4号証:特開平9-280166号公報 甲第5号証:特開2001-153039号公報 甲第6号証:特開2000-170653号公報 参考資料1:最高裁平成3年3月8日第二小法廷判決(昭和62年(行ツ )第3号) 参考資料2:最高裁平成3年3月8日第二小法廷判決(昭和62年(行ツ )第3号)の最高裁判所判例解説(昭和六二年(行ツ)第三 号平成三年三月八日第二小法廷判決 破棄差戻 第一審東京 高裁 民集四五巻三号一二三頁) 参考資料3:知財高裁から見た特許審査・審判 (www.tokugikon.jp/gikonshi/239tokusyu2.pdfで入手可能) 第4 被請求人主張の概要 被請求人は、答弁書において、「本件審判請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。」との審決を求め、答弁書、上申書、口頭審理を総合すると、概略、次のとおり主張する。 1 無効理由全般について 請求人の主張する無効理由は全て特許文献である甲第1号証から甲第6号証の図面にのみ「記載」され、発明の詳細な説明には全く開示も示唆もされていない事実に基づくものである。 しかしながら、発明の詳細な説明に明示の記載或いは示唆がない場合には一部の場合(例えば周知、慣用技術など)を除いて図面のみに記載された事項を無効理由の根拠とすることはできない。 したがって、発明の詳細な説明に明示の記載も示唆もなく図面のみに「記載」された事項に基づく請求人の主張はこの点のみをもってしても理由がないと言わざるを得ない。 2 本件特許発明1について (1)「甲第1号証には平坦面10aの半径を半球状凸曲面10dの半径に対して小さくすることが開示されている。」について 甲第1号証の「平坦面10aの半径は半球状凸曲面10dの半径に対して小さくも大きくも設定可能である」(段落【0018】)との記載は、単に、平坦面10aの半径は半球状凸曲面10dの半径との関係を考慮することなく(小さくも大きくも)設定して良いことを開示しているに過ぎず、平坦面10aの半径を半球状凸曲面10dの半径より「必ず」小さくすべきであるという技術思想を開示するものではない。 したがって、「甲第1号証には平坦面10aの半径を半球状凸曲面10dの半径に対して小さくすることが開示されている」との請求人の主張は明らかな誤りである。 (2)「平坦面10aの直径はフランジ部10bの直径に等しい。」について 請求人が「平坦面10aの直径はフランジ部10bの直径に等しい」と主張する根拠は、甲第1号証の段落【0017】の「平坦面10aはフランジ部10bへつながっているなだらかな傾斜面10cを有している。」との記載ただ1つのみであり他には何ら根拠はない。 請求人が主張の根拠とする上記【0017】の記載は、素直に読めば、平坦面10aの外側にフランジ部10bがあり、その間に両者をつなぐなだらかな傾斜面10cが存在することを表現していることは明らかである。 このため、平坦面10aの直径は必ずフランジ部10bの直径より小さいことは明らかであり、「平坦面10aの直径はフランジ部10bの直径に等しい」との請求人の主張は誤りである。 甲第1号証の段落【0018】には「(平坦面10aの半径は、)大きな圧縮負荷発生時には半球状凸曲面10dよりも大きな半径にして接触面積を大きくし、面圧力を低下することができる。」と記載されている。 ここで、傾斜面10cは斜板とは接触していないため接触面積にはまったく寄与していない。このため、段落【0018】における平坦面10aの半径とは、接触面積に寄与する部分、すなわち傾斜面10cを含まない部分の半径を意味すると解するのが妥当である。 そうすると、甲第1号証の段落【0018】の上記記載からみても、平坦面10aは斜板と接触している部分のみを意味し、斜板と接触しない傾斜面10cは平坦面10aに含まれることはない。 したがって、「傾斜面10cは平坦面10aの一部を構成している」との請求人の主張、及びそれから導かれる「平坦面10aの直径はフランジ部10bの直径に等しい」との請求人の主張は明らかな誤りである。 (3)「半球状凸曲面を含む仮想曲面とピストン6の半球凹状の摺動面を含む仮想球面とが一致すること」について 甲第1号証には、シューの半球状凸曲面の半径については記載されているものの、ピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の半径については一切記載されていない。 また、シューの半球状凸曲面の半径と、ピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の半径とは必ずしも等しくないことは広く知られている。 例えば、以下に示す甲第6号証の図1の記載を参照すると、シュー10の半球状凸曲面の半径R_(1)、R_(2)及びR_(3)は、ピストン4の半球凹状の球面座4bの半径Rとは等しくない。 請求人は、段落【0017】の「摺接する」という記載を根拠として、互いに摺接するピストンの半球凹状の摺接面6bと半球状凸曲面とは同一の曲率半径を有すると判断したものと思われる。 しかしながら、互いに「摺接する」からといって、互いに摺接する二つの面が同一の曲率半径を持つことを意味するわけではないことは明らかである。 したがって、「半球状凸曲面を含む仮想曲面とピストン6の半球凹状の摺動面を含む仮想球面とが一致する」との請求人の主張は誤りである。 (4)「甲第1号証にはフランジ部(10b)は上記ピストン(6)の半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に位置することが開示されている。」について 上記したように、請求人の(1)ないし(3)の主張は明らかな誤りである。このため、(1)ないし(3)を前提として導かれた、「甲第1号証にはフランジ部(10b)は上記ピストン(6)の半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に位置することが開示されている」との請求人の主張も誤りであることは明らかである。 (5)「筒状部の径を上記ピストン(6)における摺動面の開口部の径よりも小径とした」について 甲第1号証には、筒状部に関する記載は一切されておらず、甲第1号証における筒状部の認定は請求人の主観によるものであり妥当でない。また、甲第1号証には、シューの筒状部の径及びピストンの半球凹状の摺動面の開口部の径について一切記載されていない。 さらに、請求人は、甲第6号証の図2を参照しつつ、「従来から知られていることからすると、甲第1号証及び甲第6号証を目の当たりにした当業者が、甲第1号証において筒状部の径を摺動面6bの開口部の径よりも小径とすることは極めて容易であって、甲第6号証も甲第1号証と同様に斜板式圧縮機及び斜板式圧縮機で用いられるシューに関する文献であり、甲第6号証に甲第1号証を組み合わせることに何ら困難性もない」と主張する。 しかしながら、甲第1号証に開示の発明に、甲第6号証に開示の発明を組み合わせる動機付けがなく、当業者が、これらの発明を容易に組み合わせることができたとはいえない。 よって、「甲第6号証に甲第1号証を組み合わせることに何ら困難性もない」との請求人の主張は失当である。 (6)まとめ 本件特許発明1の発明特定事項「上記フランジ部は上記ピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に位置し」及び「筒状部の径を上記ピストンにおける摺動面の開口部の径よりも小径とした」は、甲第1号証及び甲第6号証のいずれにも記載も示唆もされていない。また、これらの発明特定事項により得られる本件特許明細書の段落【0006】に記載された特有の効果は、当業者が予測し得ないものである。 したがって、本件特許発明1は、甲第1号証に記載されておらず、また、甲第1号証又は甲第1号証及び甲第6号証に基づいて、当業者が容易に発明することができたとはいえないから、本件特許発明1は、特許法第29条第1項及び同条第2項の規定に該当しない。 以上により、本件特許発明1に係る特許は、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである、との請求人の主張は失当である。 3 本件特許発明2ないし9について 特許請求の範囲の請求項2ないし9は全て、直接的又は間接的に請求項1に従属しているから、本件特許発明2ないし9は、本件特許発明1の発明特定事項を全て備えている。 このため、本件特許発明1が特許法第29条第1項及び同条第2項の規定に該当しない以上、本件特許発明2なしい9も同規定に該当しないことは明らかである。 したがって、本件特許発明1のみならず、本件特許発明2ないし9は、特許法第123条第1項第2号の規定に該当し、無効にすべきである、との請求人の主張は失当である。 4 むすび 本件特許発明1から9は、全てにおいて特許法第123条第1項第2号に該当しない。したがって、本件無効審判の請求は理由がない。 [証拠方法等] 参考資料1:東京高判平成9年9月18日・平成8年(行ケ)第42号判 決 第5 甲各号証について 1 甲第1号証 甲第1号証は、本件出願の優先権主張の日前に頒布された刊行物であり、「斜板式圧縮機」に関して、図面(特に図1及び図2参照)とともに、以下の記載がある。なお、下線は当審が付した。 (1)「【0001】 【発明の属する技術分野】本発明は、主として車両用空調装置などに一般に用いられる斜板式圧縮機の改良に属し、特に、ピストン及び斜板間に介在されるシューを備えている斜板式圧縮機に属する。」 (2)「【0007】 【発明が解決しようとする課題】従来技術1における圧縮機では、シュー203及びボール208との2体物で構成されているので、組み立て作業や構成が複雑となってしまうという問題がある。 【0008】従来技術2における圧縮機では、シュー312の平坦部314はシュー312の半径以下の接触面積をもつため、斜板305とシュー312との面圧力の低減効果がない。 【0009】それ故に本発明の課題は、シリンダブロックのシリンダボアに設けられるピストン及び斜板の摺接面間に介在されるシューの面圧力を低下させることができる斜板式圧縮機を提供することにある。」 (3)「【0013】 【発明の実施の形態】図1は本発明の第1の実施の形態に係る斜板式圧縮機を示す。この圧縮機は自動車用空調装置の冷凍回路に含まれるピストン式可変容量圧縮機であり、図示のように軸心を水平にして設置される。 【0014】この圧縮機は、複数のシリンダボア5をもつシリンダブロック1aと、このシリンダブロック1aの中央で軸方向にのびた回転可能な回転軸2とを備えている。回転軸2の一端は、シリンダブロック1aの軸方向一端に固定したフロントハウジング3を通って外部に露出し、ここに電磁クラッチ4を介して外部動力源(図示せず)が適宜掛け外し可能に接続される。 【0015】シリンダブロック1aには、軸心の回りに奇数個、例えば5個のシリンダボア5が形成されている。これらシリンダボア5にはピストン6がそれぞれ軸方向に摺動可能に嵌合されている。これらのピストン6は公知のクランク機構7を介して回転軸2に接続され、回転軸2の回転にしたがってシリンダボア5内でそれぞれ往復動する。 【0016】なお、ピストン6の往復ストロークはクランク機構7の作用により可変である。シリンダブロック1a内には回転軸2により回転される斜板11が設けられている。ピストン6と斜板11の摺接面との間には一対のシュー10が介在されている。一対のシュー10はピストン6に凹状に形成されているピストン連結部6aに嵌め込まれている。ピストン連結部6aはシリンダボア5の外にあってシリンダブロック1a内に位置している。この圧縮機においては、斜板11の回転によりピストン6を往復運動させる。 【0017】シュー10は、図2に詳細に示すように、斜板11の摺接面に摺接する平坦面10aと、ピストン6のピストン連結部6aの内側面に形成されている半球凹状の摺接面6bに摺接する半球状凸曲面10dと、平坦面10aを含み略半球状凸曲面10dよりも外側へ延びているフランジ部10bとを有している。平坦面10aはフランジ部10bへつながっているなだらかな傾斜面10cを有している。 【0018】平坦面10aの半径は半球状凸曲面10dの半径に対して、小さくも大きくも設定可能である。しかし、大きな圧縮負荷発生時には半球状凸曲面10dよりも大きな半径にして接触面積を大きくし、面圧力を低下することができる。 【0019】シュー10はガスの圧縮反力に対し、大きな斜板11との接触面積を有して摺動する。よって、そこで発生する面圧力の低下により滑らかな摺動と摩耗量の低減となる。」 (4)図2には、シュー10の半球状凸曲面10dが、その頂部から下方に向けて滑らかに湾曲する曲線と、その下端(フランジ部10b近傍)において、図中概ね上下方向の線分とで示されている。 (5)図2には、平坦面10aが、半球状凸曲面10dより半径方向外方にまで延びること、及びフランジ部10bが、半球状凸曲面10dと平坦面10aとの間で外側へ延びることが示されている。これらの図示事項並びに上記(3)の「斜板11の摺接面に摺接する平坦面10a」(段落【0017】)との記載及び「平坦面10aを含み略半球状凸曲面10dよりも外側へ延びているフランジ部10b」(同)との記載からみて、甲第1号証には、半球状凸曲面10dと平坦面10aとの境界部分に半球状凸曲面10dよりも半径方向外方に突出して斜板11に摺接するフランジ部10bが形成されることが記載されているといえる。 (6)図1 (7)図2 上記の記載事項及び認定事項並びに図示内容を総合し、本件特許発明1の記載ぶりに則って整理すると、甲第1号証には、次の発明(以下「甲第1号証に記載された発明」という。)が記載されている。 「回転軸2を中心に回転する斜板11と、該斜板11の回転に伴って往復運動するとともに半球凹状の摺接面6bの形成されたピストン6と、上記斜板11に摺接する平坦面10aおよび上記ピストン6の摺接面6bに摺接する半球状凸曲面10dの形成されたシュー10とを備えた斜板式圧縮機において、 上記半球状凸曲面10dと平坦面10aとの境界部分に上記半球状凸曲面10dよりも半径方向外方に突出して斜板11に摺接するフランジ部10bを形成した斜板式圧縮機。」 2 甲第2号証 甲第2号証は、本件出願の優先権主張の日前に頒布された刊行物であり、図面とともに、次の事項が記載されている。 (1)「【0042】〈シューの形状等およびシューと斜板との摺接状態〉図2に、シュー76の正面断面図を示す。シュー76は、その表面が、略平面をなし斜板60と摺接する斜板側摺接面136と、略球面をなしピストン14と摺接するピストン側摺接面138と、斜板側摺接面136とピストン側摺接面138とを繋ぐ側面140とに概ね区画される。(略) 【0043】また、斜板側摺接面136とピストン側摺接面138とを繋ぐ側面140は、斜板側摺接面136に隣接する部分が斜板側摺接面136の延長面144と所定の角度α(以下、テーパ面角度αと称す)をなすテーパ面146(円錐台の側面の形状となっている)となっている。(略)」 (2)「【0054】(略)本発明のシューでは、上記構成の側面に代えて、例えば、図6に示すような構成の側面を採用できる。図6(a)に示すシュー76では、側面140は、テーパ面146のみで構成される。つまり、テーパ面146が、斜板側摺接面136とピストン側摺接面138との両者に繋がる態様のシューである。図6(b)に示すシュー76では、側面は140は、テーパ面146と円筒面168とから構成される。つまり、一端が斜板側摺接面136の外周に繋がるテーパ面146の他端が円筒面168の一端に繋がり、円筒面168の他端がピストン側摺接面138の外周に繋がる態様のシューである。このように、本発明のシューでは、その側面が種々の形状となるように形成することができる。」 (3)図1 (4)図2 (5)図6 3 甲第3号証 甲第3号証は、本件出願の優先権主張の日前に頒布された刊行物であり、図面とともに、次の事項が記載されている。 (1)「【特許請求の範囲】 【請求項1】ないし【請求項8】(略) 【請求項9】凸面(11)は、凸面(11)の頂部から丸い角部(14)に向かって形成された球面部(10)と、球面部(10)と丸い角部(14)との間に形成された円錐テーパ面(13、18)とを備え、円錐テーパ面(13、18)は、球面部(10)に向かうにつれて縮径しかつ球面部(10)の球面から延伸する仮想球面(15)より内側に配置される請求項1?請求項8のいずれか1項に記載の斜板式圧縮機用シュー。」 (2)「【0019】凸面(11)の頂部の球面部(10)から延伸する仮想球面(15)より内側に円錐テーパ面(13、18)を設けたので、ピストン(2)の凹部(7)と円錐テーパ面(13、18)との間に弓形の比較的大きな間隙(23)が形成される。間隙(23)内に保持される充分な量の潤滑油は、凸面(11)の頂部の球面部(10)とピストン(2)の凹部(7)との摺接部に円滑に供給される。また、シュー(5)の製造時に、成形されたシュー(5)を金型(51、52)から容易に押し出すことができる。」 (3)図4 (4)図10 4 甲第4号証 甲第4号証は、本件出願の優先権主張の日前に頒布された刊行物であり、図面とともに、次の事項が記載されている。 (1)「【特許請求の範囲】 【請求項1】ピストンに設けられた凹部に摺接する球面を有する頂部と、斜板の摺動面に摺接する底部とを備えた半球状の斜板式圧縮機用シューにおいて、 頂部から底部に向かうにつれて拡径する円錐テーパ面を頂部と底部との間に且つ頂部の球面から延伸する仮想球面よりも内側に形成したことを特徴とする斜板式圧縮機用シュー。 【請求項2】ないし【請求項6】(略)」 (2)「【0009】本発明の斜板式圧縮機用シューでは、頂部の球面から延伸する仮想球面よりも内側に円錐テーパ面を設けたので、ピストンの凹部と円錐テーパ面との間に弓形の比較的大きな空隙が形成される。この空隙により、充分な量の潤滑油が保持され、頂部の球面とピストンの凹部との摺接部分へ円滑に潤滑油が供給される。また、シューの製造時に、成形されたシューを金型から容易に押し出すことができる。」 (3)図1 (4)図4 (5)図7 5 甲第5号証 甲第5号証は、本件出願の優先権主張の日前に頒布された刊行物であり、図面とともに、次の事項が記載されている。 (1)「【特許請求の範囲】 【請求項1】 一方の部材の半球状凹部に嵌合される半球面と、他方の部材の平坦面と摺接する端面とを備えた半球状シューにおいて、 上記半球状凹部と摺接しない領域となる半球面における非摺接部の粗さを、上記半球状凹部との摺接領域となる半球面における摺接部の粗さよりも粗くしたことを特徴とする半球状シュー。 【請求項2】ないし【請求項5】(略)」 (2)「【0009】上述したように、本実施例の半球状シュー1は、非摺接部1b、1b’の粗さを摺接部1aの粗さよりも粗くしているので、非摺接部1b、1b’は潤滑油を弾きにくくなっている。そのため、非摺接部1b、1b’を介して摺接部1aへの潤滑油の供給を円滑に行うことができる。(略)」 (3)図1 6 甲第6号証 甲第6号証は、本件出願の優先権主張の日前に頒布された刊行物であり、「斜板式コンプレッサの軸受装置」に関して、図面(特に図1及び図2参照。)とともに、次の事項が記載されている。なお、下線は当審が付した。 (1)「【0001】 【発明の属する技術分野】この発明は、自動車用エアコン等に用いられる斜板式コンプレッサに関するもので、より詳しくは、斜板式コンプレッサの斜板とピストンとの間に介在して斜板の回転運動をピストンの往復運動に変換するための、略半球状のシューを含む軸受装置に関する。」 (2)「【0005】 【発明が解決しようとする課題】斜板式コンプレッサにおいては、斜板の回転運動に伴いシューは所謂みそすり運動を強いられるため、局部当たりが生じやすく、これが偏摩耗等の不具合の原因となる。それゆえ、シューの正確な当たりを確保するため、シューの製造過程において、当たりの位置を所定の範囲に収めるように管理する必要がある。しかしながら、ピストンの球面座と接するシューの外周面を球面座とほぼ同一の曲率半径の球面とした場合、当たり位置が一定せずにばらつきやすい。しかも、球面座に対するシューの当たり位置は、シューの球面の仕上がり如何に左右され、シューの高さ管理、すなわち、斜板との隙間管理を難しくしている。 【0006】そこで、この発明の目的は、簡単な構成で、シューの頂部とピストンの球面座との接触を回避し、かつ、斜板の傾斜角度が大きくなっても適切な接触部を確保して良好な潤滑状態が得られるようにすることにある。」 (3)「【0011】 【発明の実施の形態】図1に、斜板(2)とピストン(4)の間に組み込まれた状態のシュー(10)を示す。既述のとおり、シュー(10)と球面座(4b)とで軸受装置を構成し、斜板(2)の回転に伴い、軸受装置の作用によって、斜板(2)の回転運動がピストン(4)の往復運動に変換される。 【0012】シュー(10)は鋼球からプレス加工によって成形され、図示するように概ね半球状の外観を呈している。シュー(10)は一方では底面(18)にて斜板(2)と接し、他方では略球面状の外周面にてピストン(4)の球面座(4b)と接する。底面(18)は平坦で、比較的大きな曲率の曲面を経て外周面と滑らかに連なっている。なお、底面(18)は必ずしも中心線(X)に垂直な平面である必要はなく、たとえば、大きな曲率の凸球面、あるいは、周辺部に対して中央部がなだらかに盛り上がった中高形状とすることも可能であるが、加工が容易という点では平面が有利である。 【0013】シュー(10)の外周面は、図1の下から、裾野部(12)、移行部(14)、頂部(16)、といった部分球面の組合せで構成されている。裾野部(12)は、球面座(4b)の曲率半径(R)よりも僅かに小さな曲率半径(R_(1))の部分球面であって、底面(18)とは滑らかに連なっている。裾野部(12)の曲率半径(R_(1))を球面座(4b)の曲率半径(R)よりも僅かに小さくすることによって、裾野部(12)と球面座(4b)との間に適度なすきまが形成される。したがって、シュー(10)に対する球面座(4b)の角部のエッジ当たりを防止するともに、シュー(10)と球面座(4b)との間への潤滑油の引込みを良好に行わせることができる。 【0014】頂部(16)は、裾野部(12)および移行部(14)よりも大きな曲率半径(R_(2))の部分球面である。頂部(16)の曲率半径(R_(2))は、球面座(4b)の曲率半径(R)の約1.5?2.0倍の範囲内に設定する。頂部(16)の曲率半径(R_(2))を球面座(4b)の曲率半径(R)よりも大きくすることによって、シュー(10)の外周面および球面座(4b)の寸法にばらつきがあっても、頂部(16)が球面座(4b)に接触することはなく、両者間に適度なすきまを保って潤滑油を保持させることができる。ただし、頂部(16)の曲率半径(R_(2))を過度に大きくすると、移行部(14)との繋ぎが角度をもち、移行部(14)と球面座(4b)との接触が滑らかさを損なうことになり、さらに移行部(14)の摩耗が進んだ場合は、その傾向は顕著になる。したがって、移行部(14)への潤滑が不足して、短寿命の要因となる。また、製造工程において、過度に頂部Rを大きくすればするほど、金型による1工程での成形が困難となり、2工程になるか、あるいは1工程でも金型の寿命低下につながる。この面から頂部(16)の曲率半径(R_(2))の上限が画定される。 【0015】移行部(14)は、裾野部(12)と頂部(16)との間に位置する部分球面であって、両者とそれぞれ滑らかに連なっている。言い換えれば、移行部(14)は裾野部(12)と頂部(16)とを繋ぐ部分であり、その意味で、移行部(14)の曲率半径(R_(3))を「繋ぎアール」と呼ぶこととする。この繋ぎアール(R_(3))は、たとえば、頂部(16)の曲率半径(R_(2))の約1 /3?2/3に設定する。上述のとおり、裾野部(12)および頂部(16)は球面座(4b)と接触せず、シュー(10)はこの移行部(14)にて球面座(4b)と接触する。つまり、球面座(4b)に対するシュー(10)の当たりは常に移行部(14)に存する。 【0016】次に、図2に示す実施の形態は、シュー(10)の外周面が裾野部(12)と、移行部(14)と、頂部(16)とで構成されている点は上述の図1の実施の形態と同じであるが、裾野部(12)の構成が次のように相違している。すなわち、裾野部(12)は、シュー(10)の中心線(X)を越え、中心線(X)から半径方向に所定量だけ離れた位置に曲率中心をもった円弧を母線とする曲面で構成されている。言い換えれば、曲率中心(O_(1))と曲率中心(O_(2))は、中心線(X)を越えて互いに逆方向にオフセット(クロスオフセット)しており、オフセット量を符号eで表してある。この場合、シュー(10)の外周面は常に、縦断面で見て、二つの移行部(14)で球面座(4b)と接触することになる。したがって、球面座(4b)に対するシュー(10)の当たり点を正確に設定することができる。また、裾野部(12)の曲率半径(R_(1))を球面座(4b)の曲率半径(R)と等しく、または、極く僅かに小さくしただけでも、裾野部(12)と球面座(4b)との間にすきまを形成させることができる。」 (4)図2には、シュー10の外径がピストン4の開口部4cの径と概ね等しいことが示されている。 (5)図1 (6)図2 (7)図4 (8)図5 第6 対比 1 本件特許発明1について まず、本件特許発明1を検討する。 本件特許発明1と甲第1号証に記載された発明とを対比すると、後者の「回転軸2」は前者の「回転軸」に相当し、以下同様に、「斜板11」は「斜板」に、「往復運動」は「進退動」に、「半球凹状の摺接面6b」は「半球凹状の摺動面」に、「ピストン6」は「ピストン」に、「半球状凸曲面10d」は「球面部」に、「シュー10」は「シュー」に、「フランジ部10b」は「フランジ部」に、「斜板式圧縮機」は「斜板式コンプレッサ」にそれぞれ相当する。 また、前者の「平坦状の端面部」は、本件特許明細書の「斜板3に摺接する端面部12」(段落【0009】)との記載からみて、斜板3と摺接する摺接面であり、後者の「平坦面10a」は「斜板11の摺接面に摺接する」(段落【0017】)から、後者の「平坦面10a」は前者の「平坦状の端面部」に相当する。 したがって、両者は、 「回転軸を中心に回転する斜板と、該斜板の回転に伴って進退動するとともに半球凹状の摺動面の形成されたピストンと、上記斜板に摺接する平坦状の端面部および上記ピストンの摺動面に摺接する球面部の形成されたシューとを備えた斜板式コンプレッサにおいて、 半径方向外方に突出して斜板に摺接するフランジ部を形成した斜板式コンプレッサ。」 である点で一致し、以下の点で相違している。 〔相違点〕 前者は、「上記シューにおける上記球面部と端面部との間に筒状部を形成するとともに、該筒状部と端面部との境界部分に該筒状部よりも」半径方向外方に突出するフランジ部を形成し、「上記フランジ部は上記ピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に位置し、筒状部の径を上記ピストンにおける摺動面の開口部の径よりも小径」とするのに対し、 後者は、「半球状凸曲面10dと平坦面10aとの境界部分に上記半球状凸曲面10dよりも」半径方向外方に突出して斜板11に摺接するフランジ部10bを形成した点。 2 本件特許発明2ないし9について 次に、本件特許発明2ないし9を検討する。 本件特許発明2ないし9と甲第1号証に記載された発明とを各々対比すると、本件特許発明1での一致点及び相違点に加えて、本件特許発明2ないし9は、各々対応する請求項2ないし9に記載された発明特定事項を備える点でさらに相違する。 第7 当審の判断 1 本件特許発明1について 本件特許発明1と甲第1号証に記載された発明との相違点について検討する。 (1)「筒状部」について ア 甲第1号証の図2には、シュー10の半球状凸曲面10dが、その頂部から下方に向けて滑らかに湾曲する曲線と、その下端(フランジ部10b近傍)において、図中概ね上下方向の線分とで示されている(前記「第5」の「1」の「(4)」)。 この図示内容に関して、甲第1号証には、「シュー10は、図2に詳細に示す」(段落【0017】)として、「ピストン6のピストン連結部6aの内側面に形成されている半球凹状の摺接面6bに摺接する半球状凸曲面10dと、平坦面10aを含み略半球状凸曲面10dよりも外側へ延びているフランジ部10bとを有している。」(同)との記載がある。この記載によれば、「半球状凸曲面10d」は半球凹状の摺接面6bに摺接し、フランジ部10bは「略半球状凸曲面10d」より外側へ延びていることになる。また、甲第1号証には、他に、「略半球状凸曲面10d」との文言を用いた記載はない。 そうすると、図2に示された「図中概ね上下方向の線分」は、「略半球状凸曲面10d」であって、半球状凸曲面10dの一部を示したものと解される。 したがって、甲第1号証には、本件特許発明1の「筒状部」が記載されているとはいえない。 イ しかしながら、甲第1号証の図2には、半球状凸曲面10dの下端(フランジ部10b近傍)が「図中概ね上下方向の線分」として示されているから、「略半球状凸曲面10d」の態様として、当該下端の形状を筒形状とすることは、当業者が容易に想到し得たことである。 ウ したがって、甲第1号証に記載された発明において、甲第1号証に記載された事項及び図示内容を参酌して、相違点に係る本件特許発明1の「『上記シューにおける上記球面部と端面部との間に筒状部を形成するとともに、該筒状部と端面部との境界部分に該筒状部よりも』半径方向外方に突出するフランジ部を形成」することは、当業者が容易になし得たことである。 (2)「上記フランジ部は上記ピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に位置し」ていることについて ア 甲第1号証には、「平坦面10aの半径は半球状凸曲面10dの半径に対して、小さくも大きくも設定可能である。」(【0018】)との記載がある。この記載によれば、平坦面10aの半径を半球状凸曲面10dの半径に対して小さくすることが示されているといえる。 ここで、平坦面10aの半径とは、「平坦面10aはフランジ部10bへつながっているなだらかな傾斜面10cを有している。」(段落【0017】)との記載からみて、平坦面10aは、傾斜面10cが含まれるから、シュー10の中心線からフランジ部10bの先端までの距離である。また、半球状凸曲面10dの半径とは、半球凹状の摺接面6bに摺接する部位での半球状凸曲面10dの半径である。 また、甲第1号証には、「半球状凸曲面10dの半径」を「平坦面10aの半径」と比較する場合の半球状凸曲面10dの半径を、どの方向で測定するのか、すなわち、半球状凸曲面10dの中心点からフランジ部10bの先端を結ぶ半径なのか、或いは、半球状凸曲面10dの中心点から平坦面10aに平行な半径なのかについて記載されておらず、仮に、平坦面10aと平行に半球状凸曲面10dの半径を測定するとしても、甲第1号証には、平坦面10aの半径を半球状凸曲面10dの半径に対して小さくした際の、フランジ部10bの厚さや半球状凸曲面10dの中心点の上下方向の位置(すなわち、シュー10の高さ)という設計的事項についての記載はない。 そして、図2のシュー10において、フランジ部10bが半球状凸曲面10dを含む仮想球面の内部に位置するためには、半球状凸曲面10dの半径が平坦面10aの半径より小さいという事項の他に、フランジ部10bの厚さや、半球状凸曲面10dの中心点の上下方向の位置(すなわち、シュー10の高さ)という設計的事項も関係すると認められるところ、甲第1号証には、それらの事項についての記載はないから、甲第1号証の上記記載及び図2から、フランジ部10bが半球状凸曲面10dを含む仮想球面の内部に位置していることを導き出すことはできない。 したがって、ピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の半径が、シューの半球状凸曲面を含む仮想曲面の半径と等しいか、或いはより大きいということが、技術常識(例えば、甲第6号証の段落【0005】参照。)であることを考慮しても、甲第1号証には、本件特許発明1の「上記フランジ部は上記ピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に位置し」ていることが記載されているということはできない。 イ 甲第1号証には、「シューの面圧力を低下させること」(段落【0009】)を技術的課題とし、平坦面10aの半径を「半球状凸曲面10dよりも大きな半径にして接触面積を大きくし、面圧力を低下する」(段落【0018】)ことが記載されている。これらの記載からみて、平坦面10aの半径は、半球状凸曲面10dの半径よりも大きな半径とすることが好適であることが示唆されている。 これに対して、本件特許発明1の「上記フランジ部は上記ピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に位置」することは、本件特許明細書によれば、フランジ部がピストンの半球凹状の摺動面の開口部を塞いで、ピストンの半球凹状の摺動面と筒状部とにより形成される空間への潤滑油の流入を阻止することはなく、一方でフランジ部は上記空間に流入した潤滑油の外部への排出を可及的に阻止し、上記空間に潤滑油を保持するためのもの(段落【0006】)である。 したがって、甲第1号証に記載された発明の「フランジ部10b」において、甲第1号証に記載された事項及び図示内容を参酌して、「上記フランジ部は上記ピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に位置し」ているようにすることは、当業者が容易に想到し得たということはできない。 ウ 甲第6号証のシュー(10)は、「一方では底面(18)にて斜板(2)と接し、他方では略球面状の外周面にてピストン(4)の球面座(4b)と接」し(段落【0012】)、その外周面は、「下から、裾野部(12)、移行部(14)、頂部(16)、といった部分球面の組合せで構成されている」(段落【0013】)ものである。 甲第1号証に記載された発明と甲第6号証に記載された事項とを対比すると、甲第6号証のシュー(10)の外周面は、甲第1号証のシュー10の半球状凸曲面10dに対応するものであるが、両者は、技術的課題や、シューにおけるフランジの有無について異なるものである。 そうすると、甲第1号証に記載された発明に、甲第6号証に記載された事項を適用する動機付けはない。 また、本件特許発明1の「上記フランジ部は上記ピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に位置」することは、前述のとおり、フランジ部がピストンの半球凹状の摺動面の開口部を塞いで、ピストンの半球凹状の摺動面と筒状部とにより形成される空間への潤滑油の流入を阻止することはなく、一方でフランジ部は上記空間に流入した潤滑油の外部への排出を可及的に阻止し、上記空間に潤滑油を保持するためのもの(段落【0006】)であるところ、甲第1号証及び甲第6号証には、これらについて記載や示唆はない。 したがって、甲第1号証に記載された発明の「フランジ部10b」において、甲第1号証に記載された事項及び図示内容並びに甲第6号証に記載された事項を参酌して、「上記フランジ部は上記ピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に位置し」ているようにすることは、当業者が容易に想到し得たということはできない。 (3)「筒状部の径を上記ピストンにおける摺動面の開口部の径よりも小径」とすることについて ア 甲第1号証には、図2のシュー10に関して、その半球状凸曲面10dが摺接する半球凹状の摺接面6bの開口部の具体的な径の大きさや縦断面形状についての記載はない。 また、図2は、「図1に示したシューの詳細を示す側面図である」(【図面の簡単な説明】参照)から、図1に示される斜板式圧縮機のシュー10として、図2に示されるシュー10をそのまま置き換えたとしても、半球状凸曲面10dの下端(フランジ部10b近傍)の径が半球凹状の摺接面6bの開口部の径よりも小径であることを把握することはできない。 さらに、前記「(2)」の「ア」で述べたとおり、甲第1号証には、本件特許発明1の「上記フランジ部は上記ピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に位置し」ていることが記載されているということはできない。 そうすると、甲第1号証には、半球凹状の摺接面6bの開口部の径と半球状凸曲面10dの下端(フランジ部10b近傍)の径の大小関係についての記載や示唆はない。 したがって、甲第1号証には、本件特許発明1の「筒状部の径を上記ピストンにおける摺動面の開口部の径よりも小径」とすることが記載されているということはできない。 イ 半球状凸曲面10dの下端(フランジ部10b近傍)を「筒形状」とすることは、前記「(1)」の「イ」で述べたように、当業者が容易に想到し得たことであるが、前述のとおり、甲第1号証には、半球凹状の摺接面6bの開口部の径と半球状凸曲面10dの下端(フランジ部10b近傍)の径の大小関係についての記載や示唆はない。 これに対して、本件特許発明1の「筒状部」は、本件特許明細書の「上記筒状部13の外周面に付着した潤滑油や冷媒は、上記筒状部13とフランジ部14との境界に形成された凹状のくぼみに貯溜され、また潤滑油や冷媒に混入した異物もこの凹状のくぼみへと貯溜されることとなる。」(段落【0014】)との記載からみて、「フランジ部」と協働して、潤滑油や冷媒を貯留し、また潤滑油や冷媒に混入した異物も貯留する等の機能を有するものである。 したがって、甲第1号証に記載された発明において、甲第1号証に記載された事項及び図示内容を参酌して、「筒状部の径を上記ピストンにおける摺動面の開口部の径よりも小径」とすることは、当業者が容易に想到し得たということはできない。 ウ 甲第6号証の図1及び図2には、シュー10の外径がピストン4の開口部4cの径と概ね等しいことが示されている。 甲第1号証に記載された発明と甲第6号証に記載された事項とを対比すると、甲第6号証のシュー(10)の外周面は、甲第1号証のシュー10の半球状凸曲面10dに対応するものであるが、両者は、技術的課題や、シューにおけるフランジの有無について異なるものである。 そうすると、甲第1号証に記載された発明に、甲第6号証に記載された事項を適用する動機付けはない。 一方、本件特許発明1の「筒状部」は、前述のとおり、「フランジ部」と協働して、潤滑油や冷媒を貯留し、また潤滑油や冷媒に混入した異物も貯留する等の機能を有するものであるところ、甲第1号証及び甲第6号証に、これらに関する記載や示唆はない。 したがって、甲第1号証に記載された発明において、甲第1号証に記載された事項及び図示内容並びに甲第6号証に記載された事項を参酌して、「筒状部の径を上記ピストンにおける摺動面の開口部の径よりも小径」とすることは、当業者が容易に想到し得たということはできない。 (4)まとめ (1)ないし(3)のとおりであるから、相違点に係る本件特許発明1の発明特定事項は、甲第1号証に記載されておらず、甲第1号証に記載された事項及び図示内容を参酌して当業者が容易に想到し得たということはできず、又は甲第1号証に記載された事項及び図示内容並びに甲第6号証に記載された事項を参酌して当業者が容易に想到し得たということはできない。 したがって、本件特許発明1は、甲第1号証に記載された発明と同一でなく、甲第1号証に記載された発明、甲第1号証に記載された事項及び図示内容に基いて当業者が容易に発明することができたということはできず、又は甲第1号証に記載された発明、甲第1号証に記載された事項及び図示内容並びに甲第6号証に記載された事項に基いて当業者が容易に発明することができたということはできない。 2 本件特許発明2ないし9について 本件特許発明2ないし9は、本件特許発明1の発明特定事項のすべてを包含したものであるから、本件特許発明1と同様の理由により、甲第1号証に記載された発明と同一でなく、甲第1号証に記載された発明、甲第1号証に記載された事項及び図示内容に基いて当業者が容易に発明することができたということはできず、又は甲第1号証に記載された発明、甲第1号証に記載された事項及び図示内容並びに甲第2号証ないし甲第6号証に記載された事項に基いて当業者が容易に発明することができたということはできない。 3 まとめ よって、本件特許発明1ないし9は、甲第1号証に記載された発明と同一でなく、甲第1号証に記載された発明、甲第1号証に記載された事項及び図示内容に基いて当業者が容易に発明することができたということはできず、又は甲第1号証に記載された発明、甲第1号証に記載された事項及び図示内容並びに甲第2号証ないし甲第6号証に記載された事項に基いて当業者が容易に発明することができたということはできない。 第8 むすび 以上のとおりであるから、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件特許発明1ないし9の特許を無効とすることはできない。 また、他に本件特許発明1ないし9の特許を無効とすべき理由を発見できない。 審判に関する費用については、特許法第169条第2項で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。 よって、結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2015-01-07 |
結審通知日 | 2015-01-09 |
審決日 | 2015-01-22 |
出願番号 | 特願2009-128561(P2009-128561) |
審決分類 |
P
1
113・
113-
Y
(F04B)
P 1 113・ 121- Y (F04B) |
最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 田谷 宗隆 |
特許庁審判長 |
冨岡 和人 |
特許庁審判官 |
森川 元嗣 稲葉 大紀 |
登録日 | 2013-03-29 |
登録番号 | 特許第5229576号(P5229576) |
発明の名称 | 斜板式コンプレッサ |
代理人 | 篠田 拓也 |
代理人 | 青木 篤 |
代理人 | 三橋 真二 |
代理人 | 宮嶋 学 |
代理人 | 勝沼 宏仁 |
代理人 | 島田 哲郎 |
代理人 | 大橋 康史 |
代理人 | 大野 浩之 |