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審決分類 審判 訂正 ただし書き3号明りょうでない記載の釈明 訂正する C21D
審判 訂正 特許請求の範囲の実質的変更 訂正する C21D
審判 訂正 (特120条の4,3項)(平成8年1月1日以降) 訂正する C21D
審判 訂正 3項(134条5項)特許請求の範囲の実質的拡張 訂正する C21D
審判 訂正 4項(134条6項)独立特許用件 訂正する C21D
審判 訂正 ただし書き2号誤記又は誤訳の訂正 訂正する C21D
管理番号 1319413
審判番号 訂正2016-390055  
総通号数 203 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2016-11-25 
種別 訂正の審決 
審判請求日 2016-04-12 
確定日 2016-07-22 
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第5854236号に関する訂正審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第5854236号の明細書及び特許請求の範囲を本件審判請求書に添付された訂正明細書及び特許請求の範囲のとおり訂正することを認める。 
理由 第1.手続の経緯
本件訂正審判の請求に係る特許第5854236号(以下「本件特許」という。)は、平成25年3月6日を出願日とする出願(特願2013-44475号)の請求項1?3に係る発明について平成27年12月18日に特許権の設定登録がなされ、平成28年4月12日に本件訂正審判の請求がなされたものである。

第2.請求の趣旨及び訂正事項
1.請求の趣旨
本件訂正審判請求の趣旨は、「特許第5854236号の明細書および特許請求の範囲を本件審判請求書に添付した訂正明細書および特許請求の範囲のとおり訂正することを認める、との審決を求める。」というものであり、すなわち、本件特許に係る願書に添付した明細書および特許請求の範囲を次の2.訂正事項のとおりに訂正することを求めるというものである。

2.訂正事項
本件訂正審判の請求に係る訂正(以下「本件訂正」という。)の内容は、以下のとおりである。なお、下線部は請求人が付したものであって、訂正箇所を示す。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「板厚0.27m×板幅方向10mmの範囲」とあるのを「板厚×板幅方向10mmの範囲」に訂正する(請求項1の記載を引用する請求項2及び請求項3も同様に訂正する)。

(2)訂正事項2
明細書の段落【0010】に記載されている「板厚0.27m×板幅方向10mm」を「板厚×板幅方向10mm」に訂正する。

(3)訂正事項3
明細書の段落【0021】に記載された「板厚0.27mm×板幅方向10mm」を「板厚すなわち0.27mm×板幅方向10mm」に訂正する。

(4)訂正事項4
明細書の段落【0052】に記載された「板厚0.27m×板幅方向10mm」を「板厚すなわち0.30mm×板幅方向10mm」に訂正する。

第3.当審の判断
1.訂正事項1について
(1)訂正の目的について
ア 訂正事項1は、本件訂正前の請求項1に、「冷間圧延して最終板厚の冷延板とし、一次再結晶焼鈍を施し」たところの「冷延板」において、「一次粒径」を求めるために「画像処理」する範囲について、「板厚0.27m×板幅方向10mmの範囲」と記載されていたものを「板厚×板幅方向10mmの範囲」に訂正すること、つまり、「板厚0.27m」と記載されていたものを「板厚」と訂正するものである。

イ 訂正事項1の訂正の目的について検討するにあたり、まず、本件訂正前の請求項1に記載された「板厚0.27m×板幅方向10mmの範囲」に関して、願書に最初に添付した明細書(以下「当初明細書」という。)及び願書に添付された明細書(以下「本件特許明細書」という。)にどのように記載されているかを確認する。
当初明細書及び本件特許明細書のいずれにおいても、その段落【0018】?【0021】を見てみると、実験2に関して、最終板厚が「0.27mm」である冷延板について、一次粒径の測定をするために、当該冷延板の幅方向の板厚断面をナイタール液でエッチングして粒界を現出させ、板厚0.27mm×板幅方向10mmの範囲の画像を画像処理して平均円相当径を求め、板幅方向の12箇所の平均値を算出することが記載されている。
また、当初明細書及び本件特許明細書のいずれにおいても、その段落【0050】?【0052】を見てみると、実施例1に関して、最終板厚が「0.30mm」である冷延鋼板について、一次粒径の測定をするために、当該冷延鋼板の板厚断面をナイタール液でエッチングして粒界を現出させ、板厚0.27m(当審注:後記する4.で検討するように「0.27m」は「0.30mm」の誤記である。)×板幅方向10mmの範囲を画像処理して円相当径の平均を求め、板幅方向12箇所の平均を求めることが記載されている。

ウ つまり、冷延板または冷延鋼板の板厚断面において一次粒径を測定するために画像処理する範囲が、実験2の場合には「板厚0.27mm×板幅方向10mmの範囲」であり、実施例1の場合には「板厚0.30mm×板幅方向10mmの範囲」であり、板厚に応じて画像処理する範囲が変更されることが記載されているから、当初明細書及び本件特許明細書のいずれにも、冷延板または冷延鋼板の板厚断面において一次粒径の測定をするために画像処理する範囲を、当該冷延板または冷延鋼板の有する板厚と関係のない0.27mmという特定の厚さによって確定される領域ではなく、当該冷延板または冷延鋼板の有する板厚によって確定される領域とする技術思想が開示されているものと認められる。

エ 一方、本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1には、「板厚0.27m」と記載されているところ、上記イで検討した当初明細書の段落【0021】等の記載を参照し、また、電磁鋼板の技術分野において鉄損を減少するために薄い板厚とすることが技術常識であることに照らせば、板厚の単位「m」が「mm」の誤記であることは明らかである。

オ また、本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1には、「冷延板」の「最終板厚」について具体的な板厚が特定されていないにもかかわらず、「一次粒径」の測定をするために画像処理する範囲が「板厚0.27m×板幅方向10mmの範囲」と記載されており、上記エの誤記を考慮すると、当該記載は「板厚0.27mm×板幅方向10mmの範囲」を意味するものと認められる。つまり、請求項1において、冷延板の最終板厚が特定されていないにもかかわらず、画像処理する範囲については板厚が特定されており、両者で「板厚」に関する記載が整合していない。そのため、冷延板の最終板厚は、技術常識の範囲内で自由に設定し得ると考えられるところ、例えば、冷延板の最終板厚が0.27mm未満である場合を想定すると、「一次粒径」の測定をするために画像処理する「板厚0.27m×板幅方向10mmの範囲」が確定できなくなるので、上記「板厚0.27m×板幅方向10mmの範囲」なる記載は、明瞭でない記載であるといえる。

カ したがって、訂正事項1は、特許請求の範囲の請求項1に記載された「板厚0.27m×板幅方向10mmの範囲」を「板厚×板幅方向10mmの範囲」と訂正することにより、上記エに記載した誤記が解消するとともに、「一次粒径」の測定をするために画像処理する範囲が、冷延板の有する板厚とは関係のない0.27mmという特定の厚さによって確定される領域ではなく、冷延板の有する板厚によって確定される領域であることが明らかになり、上記オに記載した、明瞭でない記載が解消される。

キ 以上の検討から、請求項1において、冷延板の板厚断面において一次粒径を求めるために画像処理する範囲について、誤記を含み、明瞭でない記載である「板厚0.27m×板幅方向10mmの範囲」を、誤記を含まず、明瞭でない記載が解消された「板厚×板幅方向10mmの範囲」と訂正する訂正事項1は、特許法第126条第1項ただし書き第2号に規定する誤記の訂正、及び、同項第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものに該当する。
また、請求項1を引用する請求項2、3においても、請求項1と同様に、訂正事項1は、誤記の訂正及び明瞭でない記載の釈明を目的とするものに該当する。

(2)新規事項の追加の有無について
訂正事項1は、上記(1)で検討したとおり、当初明細書の段落【0018】?【0021】及び本件特許明細書の段落【0018】?【0021】のいずれにも記載された実験2に関する記載事項、及び、当初明細書の段落【0050】?【0052】及び本件特許明細書の段落【0050】?【0052】のいずれにも記載された実施例1に関する記載事項に基づいてなされたものであって、新たな技術事項を導入するものでないから、訂正事項1は、当初明細書すなわち願書に最初に添付した明細書に記載した事項の範囲内においてしたものであるし、本件特許明細書すなわち願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内においてしたものでもあるといえる。
したがって、訂正事項1は、特許法第126条第5項の規定に適合する。

(3)特許請求の範囲の実質上の拡張・変更の存否について
訂正事項1は、上記(1)で検討したように、誤記の訂正及び明瞭でない記載の釈明を目的とするものであるから、この訂正事項によって、実質上特許請求の範囲が拡張されたり、変更されたりするものでないことは明らかである。
したがって、訂正事項1は、特許法第126条第6項の規定に適合する。

(4)独立特許要件について
訂正事項1による本件訂正後における特許請求の範囲の請求項1?3に記載されている事項により特定される発明について、特許出願の際独立して特許を受けることができないとする理由は見いだせないから、訂正事項1は、特許法第126条第7項の規定に適合する。

2.訂正事項2について
(1)訂正の目的について
訂正事項2は、訂正事項1に係る訂正によって生じる特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明との記載の不一致を解消して、記載の整合を図るものであるから、特許法第126条第1項ただし書き第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものに該当する。

(2)新規事項の追加の有無について
訂正事項2は、上記(1)で述べたように、明瞭でない記載の釈明を目的とするものであって、新たな技術事項を導入するものでないから、訂正事項2は、願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内においてしたものであることは明らかである。
したがって、訂正事項2は、特許法第126条第5項の規定に適合する。

(3)特許請求の範囲の実質上の拡張・変更の存否について
訂正事項2は、上記(1)で述べたように明瞭でない記載の釈明を目的とするものであるから、この訂正事項によって、実質上特許請求の範囲が拡張されたり、変更されたりするものでないことは明らかである。
したがって、訂正事項2は、特許法第126条第6項の規定に適合する。

3.訂正事項3について
(1)訂正の目的について
本件特許明細書の段落【0021】に記載された「板厚0.27mm×板幅方向10mm」は、一次粒径の測定をするために画像処理する範囲が、実験2で得られた冷延板の実際の板厚とは関係なく、「板厚0.27mm×板幅方向10mm」であると解釈され得るので、上記1.(1)ウに記載した、本件特許明細書に開示された上記技術思想を適切に記載しているとはいえず、明瞭でない記載となっているところ、訂正事項3は、上記「板厚0.27mm×板幅方向10mm」を、「すなわち」を付加した「板厚すなわち0.27mm×板幅方向10mm」と訂正することによって、一次粒径の測定をするために画像処理する範囲が、冷延板の実際の板厚とは関係のない、0.27mmという特定の厚さによって確定される領域ではなく、実験2で得られた冷延板の有する板厚、すなわち、0.27mmの板厚によって確定される領域であることを明らかにすることによって、上記明瞭でない記載を解消しようとするものである。
したがって、訂正事項3は、特許法第126条第1項ただし書き第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものに該当する。

(2)新規事項の追加の有無について
訂正事項3は、訂正事項1と同様に、本件特許明細書の段落【0018】?【0021】に記載された実験2に関する記載事項、及び、同段落【0050】?【0052】に記載された実施例1に関する記載事項に基づいてなされたものであって、新たな技術事項を導入するものでないから、訂正事項3は、本件特許明細書すなわち願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内においてしたものであることは明らかである。
したがって、訂正事項3は、特許法第126条第5項の規定に適合する。

(3)特許請求の範囲の実質上の拡張・変更の存否について
訂正事項3は、上記(1)で述べたように明瞭でない記載の釈明を目的とするものであるから、この訂正事項によって、実質上特許請求の範囲が拡張されたり、変更されたりするものでないことは明らかである。
したがって、訂正事項3は、特許法第126条第6項の規定に適合する。

4.訂正事項4について
(1)訂正の目的について
当初明細書及び本件特許明細書のいずれにおいても、その段落【0052】に記載された「板厚0.27m×板幅方向10mm」は、実施例1において、一次粒径の測定をするために画像処理する範囲を示すものであるところ、同段落【0050】には、実施例1における冷延鋼板の最終板厚が0.30mmであることが記載されているから、段落【0052】の上記「板厚0.27m」は「板厚0.30mm」の明らかな誤記である。
また、当初明細書及び本件特許明細書のいずれにおいても、その段落【0052】に記載された「板厚0.27m×板幅方向10mm」は、上記誤記を考慮すれば「板厚0.30mm×板幅方向10mm」を意味するものであると理解されるところ、このような記載は、上記3.(1)で検討した段落【0021】の記載と同様に、上記1.(1)ウに記載した、当初明細書及び本件特許明細書のいずれにも開示された上記技術思想を適切に記載しているとはいえず、明瞭でない記載となっている。
したがって、訂正事項4は、明細書の段落【0052】に記載された「板厚0.27mm×板幅方向10mm」を「板厚すなわち0.30mm×板幅方向10mm」と訂正することによって、上記明らかな誤記を解消するとともに、一次粒径の測定をするために画像処理する範囲が、冷延板の実際の板厚とは関係のない、0.27mmという特定の厚さによって確定される領域ではなく、実施例1で得られた冷延板の有する板厚、すなわち、0.30mmの板厚によって確定される領域であることを明らかにすることによって、上記明瞭でない記載を解消しようとするものである。
したがって、訂正事項4は、特許法第126条第1項ただし書き第2号に規定する誤記の訂正、及び、同項第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものに該当する。

(2)新規事項の追加の有無について
訂正事項4は、訂正事項1と同様に、当初明細書の段落【0018】?【0021】及び本件特許明細書の段落【0018】?【0021】のいずれにも記載された実験2に関する記載事項、及び、当初明細書の段落【0050】?【0052】及び本件特許明細書の段落【0050】?【0052】のいずれにも記載された実施例1に関する記載事項に基づいてなされたものであって、新たな技術事項を導入するものでないから、訂正事項4は、当初明細書すなわち願書に最初に添付した明細書に記載した事項の範囲内においてしたものであるし、本件特許明細書すなわち願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内においてしたものでもあるといえる。
したがって、訂正事項4は、特許法第126条第5項の規定に適合する。

(3)特許請求の範囲の実質上の拡張・変更の存否について
訂正事項4は、上記(1)で述べたように、誤記の訂正及び明瞭でない記載の釈明を目的とするものであるから、この訂正事項によって、実質上特許請求の範囲が拡張されたり、変更されたりするものでないことは明らかである。
したがって、訂正事項4は、特許法第126条第6項の規定に適合する。

(4)独立特許要件について
訂正事項4による本件訂正後における特許請求の範囲の請求項1?3に記載されている事項により特定される発明について、特許出願の際独立して特許を受けることができないとする理由は見いだせないから、訂正事項4は、特許法第126条第7項の規定に適合する。

第4.むすび
以上のとおりであるから、本件審判の請求に係る訂正事項1?4は、特許法第126条第1項ただし書第2、3号に規定する事項を目的とし、かつ、同条第5項?第7項の規定に適合するものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
方向性電磁鋼板の製造方法
【技術分野】
【0001】
本発明は、方向性電磁鋼板の製造方法に関し、具体的には、低鉄損でかつ鉄損値のばらつきが小さい方向性電磁鋼板の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電磁鋼板は、変圧器やモータの鉄心材料として広く用いられている軟磁性材料であり、中でも、方向性電磁鋼板は、結晶方位がGoss方位と呼ばれる{110}<001>方位に高度に集積し、磁気特性に優れているため、主として大型の変圧器の鉄心等に使用されている。変圧器における無負荷損(エネルギーロス)を低減するためには、鉄損が低いことが必要である。
【0003】
方向性電磁鋼板における鉄損低減方法としては、Si含有量の増加や、板厚の低減、結晶方位の配向性向上、鋼板表面への張力付与、鋼板表面の平滑化、二次再結晶組織の細粒化などが有効であることが知られている。
【0004】
これらの方法のうち、二次再結晶粒を細粒化する技術としては、脱炭焼鈍時に急速加熱したり、脱炭焼鈍直前に急速加熱する熱処理を施したりすることで、一次再結晶集合組織を改善する方法が提案されている。例えば、特許文献1には、最終板厚まで圧延した冷延板を脱炭焼鈍する際、P_(H2O)/P_(H2)が0.2以下の非酸化性雰囲気中で、100℃/s以上で700℃以上の温度に急速加熱することで、低鉄損の方向性電磁鋼板を得る技術が開示されている。また、特許文献2には、雰囲気中の酸素濃度を500ppm以下とし、かつ、加熱速度100℃/s以上で800?950℃に急速加熱し、続いて急速加熱後の温度より低い775?840℃の温度に保定し、さらに、815?875℃の温度に保定することで、低鉄損の方向性電磁鋼板を得る技術が開示されている。また、特許文献3には、600℃以上の温度域を95℃/s以上の昇温速度で800℃以上に加熱し、かつ、この温度域の雰囲気を適正に制御することによって、被膜特性と磁気特性に優れる電磁鋼板を得る技術が開示されている。さらに、特許文献4には、熱延板中のAlNとしてのN量を25ppm以下に制限し、かつ脱炭焼鈍時に加熱速度80℃/s以上で700℃以上まで加熱することで、低鉄損の方向性電磁鋼板を得る技術が開示されている。
【0005】
急速加熱することで一次再結晶集合組織を改善するこれらの技術は、急速加熱する温度範囲を室温から700℃以上とし、昇温速度を一義的に規定するものである。この技術思想は、再結晶温度近傍までを短時間で昇温することで、通常の加熱速度であれば優先的に形成されるγファイバー(<111>//ND方位)の発達を抑制し、二次再結晶の核となる{110}<001>組織の発生を促進することで、一次再結晶集合組織を改善しようとするものである。そして、この技術の適用により、二次再結晶後の結晶粒(Goss方位粒)が細粒化し、鉄損特性が改善される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平07-062436号公報
【特許文献2】特開平10-298653号公報
【特許文献3】特開2003-027194号公報
【特許文献4】特開平10-130729号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、発明者らの知見によれば、一次再結晶焼鈍(または脱炭焼鈍を伴う一次再結晶焼鈍)の加熱過程における昇温速度を高くした場合には、昇温時の鋼板内部の温度ムラに起因すると思われる鉄損特性のばらつきが大きくなるという問題がある。特に、製造工程の途中で窒化処理を施す製造方法の場合には、そのばらつきが顕著となる。製品出荷時の鉄損評価には、一般に、鋼板の全幅の鉄損を平均した値が用いられているため、ばらつきが大きいと、鋼板全体の鉄損が低く評価されることとなり、所期した急速加熱の効果が得られなくなる。
【0008】
本発明は、従来技術が抱える上記問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、従来技術に比べて低鉄損でかつ鉄損値のばらつきが小さい方向性電磁鋼板の製造方法を提案することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者らは、上記課題の解決に向けて鋭意検討を重ねた。その結果、一次再結晶焼鈍において急速加熱する際、回復が起こる温度領域で所定時間保持する保定処理を施すことで、鋼板内部の温度が均一化され、前述した急速加熱の効果を鋼板の全幅にわたって得ることができるとともに、一次粒径の大きさの均一化も達成され、さらに、<111>//ND方位が優先的に回復を起こして一次再結晶後の<111>//ND方位が減少し、代わりにGoss核が増加し、二次再結晶後の結晶粒がより細粒化される結果、低鉄損でかつ鉄損値のばらつきが小さい方向性電磁鋼板を得ることができることを見出し、本発明を開発するに至った。
【0010】
すなわち本発明は、C:0.002?0.10mass%、Si:2.0?8.0mass%、Mn:0.005?1.0mass%、Al:0.01mass%未満、N:0.0050mass%未満、Se:0.0030mass%未満およびS:0.0050mass%未満を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼素材を熱間圧延して熱延板とし、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延して最終板厚の冷延板とし、一次再結晶焼鈍を施し、かつ、一次再結晶焼鈍の途中あるいは一次再結晶焼鈍後に窒化処理を施した後、鋼板表面に焼鈍分離剤を塗布し、仕上焼鈍する方向性電磁鋼板の製造方法において、前記一次再結晶焼鈍の加熱過程における200?700℃間を50℃/s以上で急速加熱し、かつ、250?600℃間のいずれかの温度で1?10秒間保持する保定処理を施すとともに、続く700?800℃間の領域における滞留時間を5?35秒の範囲とすることによって、一次再結晶焼鈍後の一次粒径の鋼板板幅方向のばらつきを10%以内とすることを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法である。ここで、上記一次粒径は、板厚断面を5mass%ナイタール液でエッチングして粒界を現出させ、板厚×板幅方向l0mmの範囲の画像を画像処理して円相当径の平均を求め、その値をその箇所の一次粒径とする。また、一次粒径のばらつきは、板幅方向12箇所の一次粒径を測定し、上記12箇所の平均値と標準偏差を求め、その標準偏差を平均値で除し、それに100を掛けた値(%)とする。
【0011】
本発明の方向性電磁鋼板の製造方法は、上記窒化処理における鋼板中の増窒量を0.0050?0.1000mass%の範囲とすることを特徴とする。
【0012】
また、本発明の方向性電磁鋼板の製造方法に用いる上記鋼素材は、上記成分組成に加えてさらに、Ni:0.010?1.50mass%、Cr:0.01?0.50mass%、Cu:0.01?0.50mass%、P:0.005?0.50mass%、Sb:0.005?0.50mass%、Sn:0.005?0.50mass%、Bi:0.005?0.50mass%、Mo:0.005?0.100mass%、Te:0.0005?0.0100mass%およびNb:0.0010?0.0100mass%のうちから選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、一次再結晶焼鈍において急速加熱する際、回復が起こる温度領域で所定時間保定してやる保定処理を施すことで、急速加熱の効果を鋼板の全幅にわたって得ることができるだけでなく、一次再結晶焼鈍後の一次粒径のばらつきが低減されるので、低鉄損でかつ鉄損値のばらつきが小さい方向性電磁鋼板を安定して得ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の一次再結晶焼鈍における昇温パターンを説明する図である。
【図2】加熱途中における保定時間が鉄損W_(17/50)に及ぼす影響を示すグラフである。
【図3】加熱途中における保定温度が鉄損W_(17/50)に及ぼす影響を示すグラフである。
【図4】加熱途中における保定温度が一次粒径のばらつきに及ぼす影響を示すグラフである。
【図5】加熱途中における700?800℃間の滞留時間が鉄損W_(17/50)に及ぼす影響を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
まず、本発明を開発する契機となった実験について説明する。
<実験1>
C:0.043mass%、Si:3.22mass%、Mn:0.10mass%、Al:0.008mass%、N:0.0042mass%、Se:0.001mass%およびS:0.0022mass%を含有する鋼を溶製し、連続鋳造法で鋼スラブとした後、1230℃に再加熱し、熱間圧延して板厚2.4mmの熱延板とし、1025℃×60秒の熱延板焼鈍を施した後、冷間圧延して最終板厚0.27mmの冷延板とした。
【0016】
次いで、上記冷延板を、50vol%H_(2)-50vol%N_(2)の湿潤雰囲気下で840℃×80秒の脱炭焼鈍を伴う一次再結晶焼鈍を施した。なお、上記一次再結晶焼鈍は、840℃までの加熱過程における200?700℃間の昇温速度を100℃/sとし、さらにその加熱途中の450℃の温度で0?30秒間保持する保定処理を施した。ここで、上記100℃/sの昇温速度は、図1に示したように、200℃から700℃まで到達する時間から保定時間t_(2)を除いたt_(1)およびt_(3)における平均昇温速度((700-200)/(t_(1)+t_(3)))のことをいう(以降、同様)。また、上記加熱過程における700?800℃間の滞留時間は8秒とした。その後、840℃まで加熱・均熱した後、アンモニア雰囲気下で800℃×20秒の窒化処理を施した。この窒化処理後の鋼板中の窒素量は0.0425?0.0499mass%であり、増窒量は0.0383?0.0457mass%であった。
その後、鋼板表面にMgOを主体とする焼鈍分離剤を塗布し、乾燥した後、二次再結晶焼鈍と水素雰囲気下で1220℃×10時間の純化処理を含む仕上焼鈍を施し、製品板とした。
【0017】
斯くして得た製品板から、鋼板板幅方向に幅100mm×長さ500mmの試験片を各条件で10枚ずつ採取し、JIS C2556に記載の方法で鉄損W_(17/50)を測定し、それらの平均値を求めた。この鉄損測定方法によれば、鉄損のばらつきが板幅方向にある場合には測定値が悪化するので、ばらつきを含めて鉄損を評価できると考えられるからである。その結果を、図2に、450℃の保定処理における保定時間と鉄損W_(17/50)との関係として示した。この図から、保定時間が1?10秒の範囲で鉄損が低減していることがわかる。
【0018】
<実験2>
実験1で得られた最終板厚0.27mmの冷延板に、50vol%H_(2)-50vol%N_(2)の湿潤雰囲気下で、840℃×80秒の脱炭焼鈍を伴う一次再結晶焼鈍を施した。なお、上記一次再結晶焼鈍における200?700℃間の昇温速度は100℃/sとし、その加熱過程の200?700℃間の任意の温度で1回、3秒間保持する保定処理を施した。また、その後の加熱過程における700?800℃問の滞留時間は8秒とした。
次いで、上記一次再結晶焼鈍後の鋼板に、アンモニア雰囲気下で、800℃×20秒の窒化処理を施した。なお、この窒化処理による鋼板中の増窒量は0.0410?0.0465mass%であった。
その後、鋼板表面にMgOを主体とする焼鈍分離剤を塗布し、乾燥した後、二次再結晶焼鈍と水素雰囲気下で1220℃×10時間の純化処理を含む仕上焼鈍を施し、製品板とした。
【0019】
斯くして得た製品板から、鋼板板幅方向に幅100mm×長さ500mmの試験片を各条件で10枚ずつ採取し、JIS C2556に記載の方法で鉄損W_(17/50)を測定し、それらの平均値を求めた。その結果を、図3に、保定処理における保定温度と鉄損W_(17/50)との関係を示した。この図から、保定温度が250?600℃の間で、鉄損が低減していることがわかる。
【0020】
また、一次再結晶焼鈍後の鋼板からサンプルを採取し、板端部50mmから板幅方向の100mmおきに一次再結晶後の結晶粒径(以降、「一次粒径」ともいう)を測定し、板幅方向における一次粒径のばらつきの大きさを調査した。なお、上記冷延板の板幅は1200mmであるので、板幅方向の測定箇所は12箇所となる。
【0021】
ここで、上記一次粒径の測定は、板幅方向の板厚断面を5vol%ナイタール液でエッチングして粒界を現出させ、1箇所につき板厚すなわち0.27mm×板幅方向10mmの範囲を画像処理して平均円相当径を求め、12箇所の平均値を算出した。
また、一次粒径のばらつきの大きさは、上記12箇所の一次粒径の標準偏差σを求め、その値を一次粒径の平均値で除し、さらに100を掛けた値(%)とした。
その結果を図4に示す。この図から、図3において鉄損が低減している保定温度範囲では、一次粒径のばらつきも小さくなっていること、すなわち、一次粒径のばらつきを低減することにより、鉄損特性が改善されることがわかる。
【0022】
<実験3>
実験1で得られた最終板厚0.27mmの冷延板に、50vol%H_(2)-50vol%N_(2)の湿潤雰囲気下で、840℃×80秒の脱炭焼鈍を伴う一次再結晶焼鈍を施した。なお、上記一次再結晶焼鈍の840℃までの加熱過程における200?700℃間の昇温速度は100℃/sとし、その昇温途中の500℃の温度で1秒間保持する保定処理を施した。その後の加熱過程においては、700?800℃間の滞留時間を種々変更して840℃まで加熱・均熱した後、アンモニア雰囲気下で、800℃×20秒の窒化処理を施した。なお、この窒化処理による鋼板中の増窒量は0.0333?0.0377mass%であった。
その後、窒化処理後の鋼板表面にMgOを主体とする焼鈍分離剤を塗布し、乾燥した後、二次再結晶焼鈍と水素雰囲気下で1200℃×5時間の純化処理を含む仕上焼鈍を施し、製品板とした。
【0023】
斯くして得た製品板から、鋼板の板幅方向に幅100mm×長さ500mmの試験片を各条件で10枚ずつ採取し、JIS C2556に記載の方法で鉄損W_(17/50)を測定し、それらの平均値を求めた。その結果を、図5に、700?800℃間の滞留時間W_(17/50)と鉄損との関係として示した。この図から、700?800℃間の滞留時間を5?35秒の範囲とすることで鉄損を低減できることがわかる。
【0024】
上記<実験1>?<実験3>の結果のように、一次再結晶焼鈍の昇温過程の適正温度で適正時間保持する保定処理を施すことによって鉄損が改善される理由については、まだ十分明らかとなっていないが、発明者らは次のように考えている。
急速加熱処理は、前述したように、再結晶集合組織における<111>//ND方位の発達を抑制し、二次再結晶の核となるGoss方位粒({110}<001>)の発生を促進する効果がある。一般に、冷間圧延では、<111>//ND方位は、他の方位に比較して多くの歪が導入されるため、蓄積される歪エネルギーが高い状態にある。そのため、通常の昇温速度で加熱する一次再結晶焼鈍では、蓄積された歪エネルギーが高い<111>//ND方位の圧延組織から優先的に再結晶を起こす。再結晶では、通常、<111>//ND方位の圧延組織からは<111>//ND方位粒が出現するため、再結晶後の組織は<111>//ND方位が主方位となる。
【0025】
しかし、急速加熱を行うと、再結晶によって放出されるエネルギーよりも多くの熱エネルギーが付与されることから、比較的蓄積された歪エネルギーの低いGoss方位でも再結晶が起こるようになり、相対的に再結晶後の<111>//ND方位が減少し、Goss方位({110}<001>)が増加する。Goss方位が多くなると、二次再結晶においても多くのGoss方位粒が出現するため、二次再結晶粒が細粒化し、鉄損が低減する。これが、従来技術における急速加熱を行う理由である。
【0026】
ここで、急速加熱の途中で、回復が起こる温度に所定時間保持する保定処理を施した場合には、歪エネルギーが高い<111>//ND方位が優先的に回復を起こす。そのため、<111>//ND方位の圧延組織から生じる<111>//ND方位の再結晶を起こす駆動力が選択的に低下し、それ以外の方位が再結晶を起こすようになる。その結果、再結晶後の<111>//ND方位が相対的にさらに減少する。ただし、保定温度が高過ぎたり、保定時間が10秒を超えたりすると、広い範囲で回復が起こってしまうため、回復組織がそのまま残り、上記の一次再結晶組織とは異なる組織となってしまう。その結果、二次再結晶に大きな悪影響を与え、鉄損特性が劣化してしまう。
【0027】
なお、上記考えによれば、加熱途中の回復が起こる温度で短時間の保定処理を施すことによる磁気特性向上効果が得られるのは、従来のラジアントチューブ等を用いた昇温速度(10?20℃/s)よりも速い昇温速度、具体的には50℃/s以上の昇温速度の場合に限られると考えられる。そこで、本発明においては、一次再結晶焼鈍の200?700℃の温度範囲における昇温速度を50℃/s以上と規定する。
【0028】
また、上記加熱途中の保定処理は、上述した組織変化のみならず、一次粒径のばらつきを抑制する効果がある。というのは、<111>//ND方位を有する圧延組織は優先的に再結晶を起こすが、その再結晶粒は優先的に成長して粗大化するため、他の方位粒とは一次粒径が異なることになり、整粒組織が得られないからである。しかし、保定処理を施すことによって、<111>//ND方位の再結晶が抑制されるため、一次粒径が均一化される。
【0029】
さらに、一次再結晶焼鈍の加熱過程において、上記急速加熱後の700?800℃間の滞留時間を5秒以上とした場合には、<111>//ND方位の粒成長が抑えられることによって、一次粒径をより均一化する効果がある。というのは、700℃の時点では、ほぼ再結晶が完了し、以後、粒成長が進行することとなるが、この時、最も多くかつ大きい再結晶粒は、<111>//ND方位粒であり、隣り合う粒の方位も<111>//ND方位が多いことになる。<111>//ND方位粒の主たる方位は{111}<112>方位であるが、この方位のバリアントは2種類存在し、この方位が隣り合った場合には、同じ方位同士となり、方位差角が0°となるか、異なるバリアントが隣り合い、方位差角が60°になるかのどちらかとなる。これらの方位差角は、低傾角粒界、Σ3対応粒界であり、粒界エネルギーが低く、動きにくい粒界である。ここで、700?800℃間の滞在時間を5秒以上とする加熱を行うと、一気に高温均熱温度まで加熱する場合と比較して与える熱エネルギーの供給が緩やかとなる。与える熱エネルギーの供給が緩やかになると、動き難い{111}<112>方位同士の粒界が動くよりも、その他の粒界が動くことにエネルギーが消費されると考えられる。そうすると、相対的に{111}<112>方位粒の粒成長が遅くなり、その他の粒の粒成長が速くなると考えられる。上述の通り、700℃の時点では、<111>//ND方位粒の粒径が大きいと推測されるため、その後の粒成長を上記のように制御することで、さらに全体的な粒径の均一化が図られると考えられる。
【0030】
さらに、このような一次粒径の均一化効果は、インヒビター成分を含まない鋼素材を用いる方向性電磁鋼板の製造方法において窒化処理を施す場合には、板幅方向の磁気特性のばらつきを抑える効果を有する。発明者らは、インヒビター成分を含有しない鋼板に窒化処理を施した場合には、窒化処理により、鋼中に窒素が拡散し、その過程で粒界にSi_(3)N_(4)の析出物が形成されることを事前実験により確認している。一次粒径が不均一であると、その粒界に形成されるSi_(3)N_(4)もマクロ的にみると不均一な分布となる。つまり、マクロ的に見ると、細かい一次粒径の粒界には析出物が密に分布し、一方、粗大な一次粒径の粒径には析出物は疎に分布するため、二次再結晶に及ぼす析出物の効果が不均一となり、磁気特性がばらつくことになる。したがって、一次粒径のばらつきを低減することによって、磁気特性のばらつきも小さくすることができる。
【0031】
次に、本発明の方向性電磁鋼板の素材に用いる鋼素材(スラブ)の成分組成について説明する。
C:0.002?0.10mass%
Cは、0.002mass%に満たないと、Cによる粒界強化効果が失われ、スラブに割れが生じるなどして、製造に支障を来たすようになる。一方、0.10mass%を超えると、脱炭焼鈍で、Cを磁気時効の起こらない0.005mass%以下に低減することが困難となる。よって、Cは0.002?0.10mass%の範囲とする。好ましくは0.010?0.080mass%の範囲である。
【0032】
Si:2.0?8.0mass%
Siは、鋼の比抵抗を高め、鉄損を低減するのに必要な元素である。上記効果は、2.0mass%未満では十分に得られず、一方、8.0mass%を超えると、加工性が低下し、圧延して製造することが困難となる。よって、Siは2.0?8.0mass%の範囲とする。好ましくは2.5?4.5mass%の範囲である。
【0033】
Mn:0.005?1.0mass%
Mnは、鋼の熱間加工性を改善するために必要な元素である。上記効果は、0.005mass%未満では十分ではなく、一方、1.0mass%を超えると、製品板の磁束密度が低下するようになる。よって、Mnは0.005?1.0mass%の範囲とする。好ましくは0.02?0.20mass%の範囲である。
【0034】
上記C,SiおよびMn以外の成分については、二次再結晶を生じさせるために、インヒビターを利用する場合と、しない場合とに分けられるが、本発明の方向性電磁鋼板では、インヒビターを利用しないので、インヒビター形成成分であるAl,N,SおよびSeの含有量は極力低減する必要があり、具体的には、Al:0.01mass%未満、N:0.0050mass%未満、S:0.0050mass%未満およびSe:0.0030mass%未満に低減する必要がある。
【0035】
本発明の方向性電磁鋼板に用いる鋼素材の上記成分以外の残部は、Feおよび不可避的不純物である。ただし、磁気特性の改善を目的として、Ni:0.001?1.50mass%、Cr:0.01?0.50mass%、Cu:0.01?0.50mass%、P:0.005?0.50mass%、Sb:0.005?0.50mass%、Sn:0.005?0.50mass%、Bi:0.005?0.50mass%、Mo:0.005?0.100mass%、Te:0.0005?0.010mass%、Nb:0.0010?0.010massのうちから選ばれる1種または2種以上を適宜含有していてもよい。
【0036】
次に、本発明の方向性電磁鋼板の製造方法について説明する。
前述した成分組成を有する鋼を常法の精錬プロセスで溶製した後、常法の造塊-分塊圧延法または連続鋳造法で鋼素材(スラブ)を製造してもよいし、あるいは、直接鋳造法で100mm以下の厚さの薄鋳片を製造してもよい。上記スラブは、常法に従い、1250℃以下の温度に再加熱した後、熱間圧延に供する。なお、鋳造後、スラブを再加熱することなく直ちに熱間圧延に供してもよい。また、薄鋳片の場合には、熱間圧延を省略してそのまま以後の工程に進めてもよい。
【0037】
次いで、熱間圧延して得た熱延板は、必要に応じて熱延板焼鈍を施す。この熱延板焼鈍の温度は、良好な磁気特性を得るためには、800?1150℃の範囲とするのが好ましい。800℃未満では、熱間圧延で形成されたバンド組織が残留し、整粒の一次再結晶組織を得ることが難しくなり、二次再結晶粒の成長が阻害される。一方、1150℃を超えると、熱延板焼鈍後の粒径が粗大化し過ぎて、やはり、整粒の一次再結晶組織を得ることが難しくなるからである。ただし、熱延板焼鈍は必須の工程ではない。
【0038】
熱延後あるいは熱延板焼鈍後の鋼板は、1回の冷間圧延または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延により最終板厚の冷延板とする。上記中間焼鈍の焼鈍温度は、900?1200℃の範囲とするのが好ましい。900℃未満では、中間焼鈍後の再結晶粒が細かくなり、さらに、一次再結晶組織におけるGoss核が減少して製品板の磁気特性が低下する。一方、1200℃を超えると、熱延板焼鈍と同様、結晶粒が粗大化し過ぎて、整粒の一次再結晶組織を得ることが難しくなるからである。
【0039】
また、最終板厚とする冷間圧延(最終冷間圧延)は、冷間圧延時の鋼板温度を100?300℃の温度に上昇させて行う温間圧延としたり、冷間圧延の途中で100?300℃の温度で時効処理を1回または複数回施したりすることが、一次再結晶集合組織を改善し、磁気特性を向上するのに有効である。
【0040】
最終板厚とした冷延板は、その後、脱炭焼鈍を兼ねた一次再結晶焼鈍を施す。
この一次再結晶焼鈍における焼鈍温度は、脱炭焼鈍を伴う場合は、脱炭反応を速やかに進行させる観点から、800?900℃の範囲とするのが好ましく、また、雰囲気は湿潤雰囲気とするのが好ましい。ただし、脱炭が不要なC:0.005mass%以下の鋼素材を用いる場合は、この限りではない。また、一次再結晶焼鈍と脱炭焼鈍を別々に行ってもよい。
【0041】
ここで、本発明において重要なことは、上記一次再結晶焼鈍の加熱過程においては、200?700℃間を50℃/s以上で急速加熱するとともに、その加熱途中の250?600℃間のいずれかの温度で1?10秒間保持する保定処理を施すことである。ここで、上記200?700℃間における昇温速度(50℃/s以上)は、前述したように、保定する時間を除いた時間における昇温速度である。また、上記保定処理は、250?600℃間のいずれかの温度で行えばよいが、上記温度は必ずしも一定でなくてもよく、±10℃/s以下の温度変化であれば、保定と同様の効果を得ることができるので、±10℃/sの範囲内で昇温もしくは降温してもよい。
【0042】
さらに、本発明において重要なことは、上記急速加熱に続く加熱過程における700?800℃間の滞留時間を5?35秒の範囲とする必要があることである。なお、上記滞留時間は、サブスケールが過多となるのを防止する観点からは、15秒以下とするのが好ましい。
【0043】
一次再結晶焼鈍(脱炭焼鈍)を施した鋼板は、その後、窒化処理を施す。
窒化処理のタイミングは、一次再結晶焼鈍後、温度を室温まで下げることなく、続けて行ってもよいし、一次再結晶焼鈍が終了後、一旦、室温まで冷却した後、改めて窒化処理を行ってもよい。
また、窒化処理の方法は、窒化量を制御できればいずれの方法でもよく、例えば、NH_(3)雰囲気ガスを用いて、コイル状態のまま、あるいは、コイルを巻き戻してストリップ(鋼帯)の状態で窒化するガス窒化法や、ガス窒化法よりも窒化能に優れる塩浴窒化法を用いてもよい。
【0044】
なお、上記窒化処理による鋼板中の窒素の増量分(増窒量)は0.0050?0.1000mass%の範囲とするのが好ましい。増窒量が0.0050mass%未満では、窒化処理による磁気特性向上効果が十分に得られず、一方、0.1000mass%を超えると、窒化珪素の析出量が過多となり、二次再結晶が生じ難くなる。より好ましくは0.0200?0.0700mass%の範囲である。
【0045】
上記一次再結晶焼鈍を施した鋼板は、鉄損特性やトランスの騒音を重視する場合には、MgOを主体とする焼鈍分離剤を鋼板表面に塗布、乾燥した後、仕上焼鈍を施し、Goss方位に高度に集積させた二次再結晶組織を発達させるとともに、フォルステライト被膜を形成するのが好ましい。一方、打抜加工性を重視し、フォルステライト被膜を形成しない場合には、焼鈍分離剤を適用しないか、あるいは、シリカやアルミナ等を主体とした焼鈍分離剤を用いて仕上焼鈍を施すのが好ましい。なお、フォルステライト被膜を形成しない場合、焼鈍分離剤の塗布に水分を持ち込まない静電塗布を行うことも有効である。また、焼鈍分離剤に代えて、耐熱無機材料シート(シリカ、アルミナ、マイカ)を用いてもよい。
【0046】
仕上焼鈍における焼鈍温度は、二次再結晶を発現し、完了させるためには800℃以上の温度に昇温し、20時間以上保持することが好ましい。なお、鉄損特性を重視するために純化処理を施す場合や、トランスの騒音を低下させるためにフォルステライト被膜を形成させる場合には、二次再結晶を完了させた後、1250℃程度の温度まで昇温するのが好ましい。
【0047】
仕上焼鈍後の鋼板は、その後、水洗やブラッシング、酸洗等で、鋼板表面に付着した未反応の焼鈍分離剤を除去した後、平坦化焼鈍を施して形状矯正することが、鉄損の低減には有効である。これは、仕上焼鈍は、通常、コイル状態で行うため、コイルの巻き癖が付き、これが原因で、鉄損測定時に特性が劣化することがあるためである。
【0048】
さらに、鋼板を積層して使用する場合には、上記平坦化焼鈍において、あるいは、その前後において、鋼板表面に絶縁被膜を被成することが有効である。特に、鉄損の低減を図るためには、絶縁被膜として、鋼板に張力を付与する張力付与被膜を適用するのが好ましい。張力付与被膜の形成には、バインダーを介して張力被膜を塗布する方法や、物理蒸着法や化学蒸着法により無機物を鋼板表層に蒸着させる方法を採用することで、被膜密着性に優れかつ著しく鉄損低減効果が大きい絶縁被膜を形成することができるので、より好ましい。
【0049】
また、鉄損をより低減するためには、磁区細分化処理を施すことが好ましい。処理方法としては、一般的に実施されている、最終製品板に溝を形成したり、電子ビーム照射やレーザ照射、プラズマ照射等によって線状または点状に熱歪や衝撃歪を導入する方法、最終板厚に冷間圧延した鋼板等の中間工程の鋼板表面にエッチング加工を施して溝を形成したりする方法等を用いることができる。
【実施例1】
【0050】
C:0.023mass%、Si:3.45mass%、Mn:0.22mass%、Al:0.0087mass%およびN:0.0045mass%、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼スラブを連続鋳造法で製造し、1220℃の温度に再加熱した後、熱間圧延して、板厚2.7mmの熱延板とし、1000℃×45秒の熱延板焼鈍を施した後、200℃の温間圧延により最終板厚0.30mmの冷延鋼板に仕上げた。
その後、上記鋼板に、50vol%H_(2)-50vol%N_(2)の湿潤雰囲気下で、850℃×120秒の脱炭焼鈍伴う一次再結晶焼鈍を施した。この際、850℃までの加熱過程における200?700℃間の昇温速度を、表1に記載のごとく変化させるとともに、その加熱途中において、表1に記載の温度と時間の保定処理を施した。さらに、上記加熱過程における700?800℃間の滞留時間を、同じく表1に記載のごとく変化させた。
【0051】
【表1】

【0052】
なお、上記一次再結晶焼鈍後の鋼板からサンプルを採取し、板幅方向に100mmおきに板幅方向断面の一次粒径を測定し、板幅方向におけるばらつきを調査した。なお、上記冷延板の板幅は1200mmのものであるため、板幅端部50mmから100mmピッチで測定したときの測定箇所は全幅で12箇所となる。
ここで、上記一次粒径の測定は、板厚断面を5mass%ナイタール液でエッチングして粒界を現出させ、板厚すなわち0.30mm×板幅方向l0mmの範囲の画像を画像処理して円相当径の平均を求め、その値をその箇所の一次粒径とし、板幅方向12箇所の平均を求めた。また、一次粒径のばらつきは、上記12箇所の標準偏差を求め、その値を平均値で除し、それに100を掛けた値(%)とした。
【0053】
次いで、上記一次再結晶焼鈍後の鋼板に、アンモニア雰囲気下で、750℃×30秒の窒化処理を施した。この窒化処理による鋼板中の増窒量は0.0147?0.0287mass%の範囲であった。
その後、上記窒化処理後の鋼板表面にMgOを主体とする焼鈍分離剤を塗布、乾燥した後、1200℃×10時間の純化処理を伴う仕上焼鈍を施した。なお、仕上焼鈍の雰囲気は、純化処理する1200℃保定時はH_(2)、昇温時および降温時はN_(2)とした。
【0054】
斯くして得た仕上焼鈍後の鋼板から、板幅方向に幅100mm×長さ500mmの試験片を各々10枚ずつ採取し、JIS C2556に記載の方法で鉄損W_(17/50)を測定し、それらの平均値を求めた。
その結果を、一次粒径の測定結果と併せて表1に示した。この表から、本発明を適合した鋼板は、一次粒径が小さく、鉄損特性にも優れていることがわかる。
【実施例2】
【0055】
表2に記載の成分組成を有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼スラブを連続鋳造法で製造し、1300℃の温度に再加熱した後、熱間圧延して板厚2.2mmの熱延板とし、1020℃×20秒の熱延板焼鈍を施した後、冷間圧延して最終板厚0.23mmの冷延板に仕上げた。
その後、60vol%H_(2)-40vol%N_(2)の湿潤雰囲気下で、840℃×100秒の脱炭焼鈍を伴う一次再結晶焼鈍を施した。この際、840℃までの加熱過程における200?700℃間の昇温速度は125℃/sとし、さらにその加熱途中の450℃の温度で、1.5秒間保持する保定処理を施した。また、加熱過程の700?800℃間の滞留時間は10秒とした。なお、上記一次再結晶焼鈍後の鋼板について、実施例1と同様にして板幅方向の一次粒径を測定してばらつきの大きさを求めたところ、4.4?8.3%の範囲であった。
【0056】
【表2】

【0057】
次いで、上記一次再結晶焼鈍後の鋼板に、アンモニア雰囲気下で、500℃×300秒の窒化処理を施した。この窒化処理による鋼板中の増窒量は0.0359?0.0540mass%の範囲であった。
その後、上記窒化処理後の鋼板表面にMgOを主体とする焼鈍分離剤を塗布、乾燥した後、1230℃×3時間の純化処理を伴う仕上焼鈍を施した。なお、仕上焼鈍の雰囲気は、純化処理する1200℃保定時はH_(2)、昇温時および降温時はArとした。
【0058】
斯くして得た仕上焼鈍後の鋼板から、板幅方向に幅100mm×長さ500mmの試験片を各々10枚ずつ採取し、JIS C2556に記載の方法で鉄損W_(17/50)を測定し、それらの平均値を求めた。
その結果を、一次粒径の測定結果と併せて、表2に示した。この表から、本発明を適合する条件で製造することにより、一次粒径のばらつきが小さく、低鉄損の方向性電磁鋼板を得ることができることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明の技術は、冷延鋼板の集合組織の制御に適しているので、加工性が要求される自動車用鋼板等の製造方法にも適用することができる。
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.002?0.10mass%、Si:2.0?8.0mass%、Mn:0.005?1.0mass%、Al:0.01mass%未満、N:0.0050mass%未満、Se:0.0030mass%未満およびS:0.0050mass%未満を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼素材を熱間圧延して熱延板とし、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延して最終板厚の冷延板とし、一次再結晶焼鈍を施し、かつ、一次再結晶焼鈍の途中あるいは一次再結晶焼鈍後に窒化処理を施した後、鋼板表面に焼鈍分離剤を塗布し、仕上焼鈍する方向性電磁鋼板の製造方法において、
前記一次再結晶焼鈍の加熱過程における200?700℃間を50℃/s以上で急速加熱し、かつ、250?600℃間のいずれかの温度で1?10秒間保持する保定処理を施すとともに、続く700?800℃間の領域における滞留時間を5?35秒の範囲とすることによって、一次再結晶焼鈍後の一次粒径の鋼板板幅方向のばらつきを10%以内とすることを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。ここで、上記一次粒径は、板厚断面を5mass%ナイタール液でエッチングして粒界を現出させ、板厚×板幅方向l0mmの範囲の画像を画像処理して円相当径の平均を求め、その値をその箇所の一次粒径とする。また、一次粒径のばらつきは、板幅方向12箇所の一次粒径を測定し、上記12箇所の平均値と標準偏差を求め、その標準偏差を平均値で除し、それに100を掛けた値(%)とする。
【請求項2】
前記窒化処理における鋼板中の増窒量を0.0050?0.1000mass%の範囲とすることを特徴とする請求項1に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項3】
前記鋼素材は、前記成分組成に加えてさらに、Ni:0.010?1.50mass%、Cr:0.01?0.50mass%、Cu:0.01?0.50mass%、P:0.005?0.50mass%、Sb:0.005?0.50mass%、Sn:0.005?0.50mass%、Bi:0.005?0.50mass%、Mo:0.005?0.100mass%、Te:0.0005?0.0100mass%およびNb:0.0010?0.0100mass%のうちから選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2016-06-01 
結審通知日 2016-06-03 
審決日 2016-07-12 
出願番号 特願2013-44475(P2013-44475)
審決分類 P 1 41・ 841- Y (C21D)
P 1 41・ 855- Y (C21D)
P 1 41・ 856- Y (C21D)
P 1 41・ 852- Y (C21D)
P 1 41・ 854- Y (C21D)
P 1 41・ 853- Y (C21D)
最終処分 成立  
前審関与審査官 田口 裕健  
特許庁審判長 鈴木 正紀
特許庁審判官 池渕 立
河野 一夫
登録日 2015-12-18 
登録番号 特許第5854236号(P5854236)
発明の名称 方向性電磁鋼板の製造方法  
代理人 特許業務法人銀座マロニエ特許事務所  
代理人 特許業務法人銀座マロニエ特許事務所  

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