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審決分類 審判 全部無効 1項3号刊行物記載  B32B
審判 全部無効 2項進歩性  B32B
管理番号 1319942
審判番号 無効2015-800091  
総通号数 203 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2016-11-25 
種別 無効の審決 
審判請求日 2015-03-30 
確定日 2016-10-05 
事件の表示 上記当事者間の特許第5685930号発明「離型フィルム」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1.手続の経緯
平成22年12月27日 出願
平成27年 1月30日 設定登録(特許第5685930号)
平成27年 3月30日付 無効審判請求
平成27年 6月15日付 答弁書
平成27年 6月25日付 審理事項通知(1)
平成27年 7月30日付 被請求人・口頭審理陳述要領書(1)
平成27年 7月31日付 請求人・口頭審理陳述要領書(1)
平成27年 8月 4日付 審理事項通知(2)
平成27年 9月 4日付 両者・口頭審理陳述要領書(2)
平成27年 9月11日 口頭審理

各証拠は、「甲第1号証」を「甲1」のように、口頭審理陳述要領書は、「要領書」と略記した。

第2.本件発明
本件特許の請求項1ないし5に係る発明(以下「本件発明1ないし5」という。)は、以下のとおりである。

「【請求項1】
少なくとも、ポリエステル系樹脂(A)を主成分とする樹脂から形成される第1離型層並びに、樹脂成分としてポリプロピレン樹脂(B1)およびエチレン-メタアクリル酸メチル共重合体(B2)を含有し、前記第1離型層の片側に設けられるクッション層を備え、
前記エチレン-メタアクリル酸メチル共重合体(B2)がメタアクリル酸メチルから誘導される単位を5重量%以上14重量%以下含有している、離型フィルム。
【請求項2】
前記クッション層中に含有されるポリプロピレン樹脂(B1)とエチレン-メタアクリル酸メチル共重合体(B2)との重量比(B1/B2)がB1/B2=10/90?30/70である請求項1記載の離型フィルム。
【請求項3】
前記ポリプロピレン樹脂のメルトフローレート[JIS K7210 加熱温度 230℃、荷重21.18N]が0.5g/10minである請求項1または2記載の離型フィルム。
【請求項4】
前記ポリエステル系樹脂(A)がPBT系樹脂である請求項1?3のいずれか1項に記載の離型フィルム。
【請求項5】
前記クッション層の第1離型層形成側の反対側に形成される第2離型層をさらに備える請求項1に記載の離型フィルム。」

第3.請求人の主張
1.無効理由の要点
請求人が主張する無効理由は、以下のとおりである(審理事項通知(1)の「第2」、審理事項通知(2)の「第2」)。なお、(イ-1)等は、請求書の項目符号を示す。

(1)請求項1(29条1項3号29条2項)
甲1A発明と同一(イ-1)
甲1B発明に甲2及び3を考慮して容易(イ-2-1-4)
甲4発明に甲2を考慮して容易(イ-2-2-4)
甲5発明に甲2及び3を考慮して容易(イ-2-3-4)

(2)請求項2?4(29条2項)
甲1B発明に甲2及び3を考慮して容易(ロ-1-3)(ハ-1-3)(ニ-1-3)
甲4発明に甲2及び1を考慮して容易(ロ-2-3)(ハ-2-3)(ニ-2-2)
甲5発明に甲2、3及び1を考慮して容易(ロ-3-3)(ハ-3-3)(ニ-3-3)

(3)請求項5(29条2項)
甲1B発明に甲2及び3を考慮して容易(ホ-1-3)
甲4発明に甲2を考慮して容易(ホ-2-2)
甲5発明に甲2及び3を考慮して容易(ホ-3-3)

2.証拠
請求人が提出した証拠は、以下のとおりである。

甲1:国際公開第2005/030466号
甲2:住友化学工業株式会社 藤田晴教ら著「ポリオレフィンの複合化による環境分野への展開」、住友化学 2000-II、第4頁?第11頁
甲3:特開2002-79630号公報
甲4:特開2006-148081号公報
甲5:特開2007-276336号公報
甲6:住友化学株式会社発行のカタログ、「新しいエチレン系コポリマー アクリフト Acryft」(紙原本を第三者が電子化し、それを紙出力したもの)
甲7:特開2011-83960号公報
甲8:特開2011-103449号公報
甲9:特開2003-211602号公報
甲10:国際公開第2007/032306号の再公表公報
甲11:住友化学株式会社の電子版カタログ、「新しいエチレン系コポリマー アクリフト Acryft」、カタログ記号「2011.6 BHD」」の紙出力
甲12:住友化学株式会社発行のカタログ、「新しいエチレン系コポリマー アクリフト Acryft」、カタログ記号「06.4.2000BHD」
甲13:三井・デュポン ポリケミカル株式会社ホームページ、製品紹介 エルバロイAC 「はじめに 特長」の頁の打ち出し
甲14:特許第4011086号公報
甲15:東レ・デュポン株式会社、「ハイトレル総合カタログ」(電子版カタログを第三者が電子保存し、それを紙出力したもの)
甲16:国際公開第2006/120983号の再公表公報
甲17:国際公開第2008/001682号の再公表公報
甲18:成形加工 第21巻 第8号 2009 第480頁

なお、甲第1ないし10号証は、審判請求書とともに、甲第11ないし18号証は、その後、提出された。

3.主張の概要
(1)甲1による29条1項3号
甲1には、請求項1記載の発明が記載されている。
段落0026、段落0027には、離型層として、結晶性芳香族ポリエステルを主成分とする樹脂を使用することが記載されている。
段落0014?0016には、第1の樹脂と第2の樹脂を用いること、その融点について、記載されている。
段落0059の実施例1では、追従層として、アクリフトWH102を用いている。「アクリフト」は、甲2、甲6から、エチレン-メチルメタクリレート共重合樹脂である。

してみれば、甲1には、以下の甲1A発明が記載されている。
「融点が50?130℃の範囲にあるエチレン-メチルメタクリレート共重合樹脂とポリプロピレン系樹脂の樹脂組成物である追従層と、ポリエステル系樹脂を主成分とする樹脂組成物からなる前記追従層に積層されている離型層とを有する多層シートであって、2枚の前記多層シートの離型層同士を170℃、3MPaの条件で30分間圧着させたときに、ASTM D1893に準拠する方法により測定したブロッキング力が0.1N/cm以下であることを特徴とする多層シート」。

本件発明1と甲1A発明とを対比すると、以下の点で相違する。
エチレン-メタアクリル酸メチル共重合体(B2)が、本件発明1では、メタアクリル酸メチルから誘導される単位を5重量%以上14重量%以下含有しているのに対し、甲1A発明では、融点が50?130℃の範囲にあるエチレン-メチルメタクリレート共重合樹脂である点。

しかしながら、「エチレン-メタアクリル酸メチル共重合体」及び「エチレン-メチルメタクリレート共重合樹脂」は同義であり、メタアクリル酸メチルから誘導される単位を5重量%以上14重量%以下含有していることと、「融点が50?130℃の範囲」にあることとは、甲6を踏まえると、重複する。
したがって、上記相違点は、実質的な相違点ではない。
(請求書16ページ(イ-1)、要領書(1)4ページ第3の1.)

(2)甲1による29条2項
甲1には、請求項1記載の発明(以下、「甲1B発明」という。)が記載されている。

本件発明1と甲1B発明とを対比すると、以下の点で相違する。
(相違点1) 第1離型層が、本件発明1では、ポリエステル系樹脂(A)を主成分とする樹脂から形成されるのに対し、甲1B発明では、融点が200℃以上である樹脂を主成分とする樹脂組成物からなる点。
(相違点2) クッション層が、本件発明1では、樹脂成分としてポリプロピレン樹脂(B1)およびエチレン-メタアクリル酸メチル共重合体(B2)を含有するのに対し、甲1B発明では、DSCによる融解ピーク温度である融点が50?130℃の範囲にある樹脂を主成分とする樹脂組成物からなる点。
(相違点3) 本件発明1では、エチレン-メタアクリル酸メチル共重合体(B2)がメタアクリル酸メチルから誘導される単位を5重量%以上14重量%以下含有しているのに対して、甲1B発明では、この点が記載されていない点。

相違点1について
甲1の段落0026、段落0027の「好ましい」、「好適である」旨の記載を踏まえ、甲1B発明において、離型層として、ポリエステル系樹脂を主成分とする樹脂から形成されるものを用いることは、当業者にとって容易である。

相違点2について
甲1B発明では、融点が50?130℃の範囲にある樹脂を「主成分」とする樹脂組成物からなる、とされている以上、甲1B発明には「副成分」として上記樹脂以外の樹脂を含ませることの示唆が存在する。
クッション層において、2種類の成分を併用すること、共重合体とポリエチレンやポリプロピレン等のαオレフィン系重合体とを組み合わせて用いることは、甲16、17にも示されるように周知である。
加えて、甲1の段落0014、段落0016には、第1及び第2の樹脂について記載されている。
甲1の実施例1では、追従層に含ませる第1の樹脂として、アクリフトWH102を用いているところ、「アクリフト」は、エチレン-メチルメタクリレート共重合樹脂である。
甲1の実施例5のEEA(エチレン-エチルアクリレート共重合体)と、実施例1のEMMA(エチレン-メタアクリル酸メチル共重合体)は、第1の樹脂として開示された「多くの例」の中において、樹脂として類似したものである。
そうすると、甲1の実施例5と類似する追従層としてのEMMAとポリプロピレンとの併用は、甲1に開示された追従層の「多くの例」の中において、「好適なもの」であると理解するといえ、相違点2は、当業者にとって容易である。

相違点3について
甲2にも記載のとおり、エチレン系共重合体の特徴として、コモノマー含量を増やすに従ってその共重合体の軟化点が低下して柔軟化を達成することができることや、コモノマー含量を高くするほどその共重合体の融点が下がることは、技術常識である。
甲1B発明においても、柔軟性が求められるから、コモノマー含量、即ち、メタアクリル酸メチルから誘導される単位の割合は、当業者にとって当然に着目する事項である。
更に、甲3の中間層は、甲1B発明における追従層に相当する。甲3の実施例における共重合体は、甲9、甲6から、メタアクリル酸メチルから誘導される単位が5重量%であるエチレン-メチルメタアクリル酸メチル共重合体「WD203-1」である。
しかも、EMMAにおいて、本件発明1の数値範囲は、甲6にも記載のとおり一般的に採用されている範囲であるから、相違点3に係る数値範囲とすることは、当業者にとって容易である。
(請求書18ページ(イ-2-1)、要領書(1)7ページ3.、要領書(2)2ページ第5)

(3)甲4による29条2項
本件発明1と甲4発明(当審注:甲4発明については、第5の5(1)参照)とを対比すると、以下の点で相違する。
(相違点4) 第1離型層の片側に設けられる層が、本件発明1では、クッション層であるのに対し、甲4発明では、「第2層」であって、これがクッション層であるか否か不明である点。
(相違点5) 第1離型層の片側に設けられる層が、本件発明1では、樹脂成分としてポリプロピレン樹脂(B1)およびエチレン-メタアクリル酸メチル共重合体(B2)を含有するのに対し、甲4発明では、離型層を構成するポリエステル系樹脂と異なる第2樹脂で構成される点。
(相違点6) 本件発明1では、エチレン-メタアクリル酸メチル共重合体(B2)がメタアクリル酸メチルから誘導される単位を5重量%以上14重量%以下含有しているのに対して、甲4発明では、この点が記載されていない点。

相違点4について
甲4の段落0021の記載から、甲4発明における第2層は、本件発明1におけるクッション層と相違がない。

相違点5について
甲4の段落0022には、離型層としての第2層を構成する第2樹脂に関する記載がある。
甲1の実施例5、甲16の実施例1?5、甲17の実施例3などのとおり、離型フィルムのクッション層において、2種類の成分を併用すること、共重合体とポリエチレンやポリプロピレン等のαオレフィン系重合体とを組み合わせて用いることは、周知である。

相違点6について
甲4発明では、「第3層は、第2樹脂よりも軟化点が高い第3樹脂で構成される」ことから、第2樹脂として含有させるメタアクリル酸メチル共重合体の軟化点は、当業者が当然に着目する事項である。
エチレン系共重合体の特徴として、コモノマー含量を増やすに従ってその共重合体の軟化点が低下して柔軟化を達成することができることや、コモノマー含量を高くするほどその共重合体の融点が下がることは、技術常識である。
甲4において、相違点6に係る数値範囲とすることは、当業者にとって容易である。
(請求書21ページ(イ-2-2)、要領書(1)10ページ3.)

(4)甲5による29条2項
本件発明1と甲5発明(当審注:甲5発明については、第5の6(1)参照)とを対比すると、以下の点で相違する。
(相違点7) クッション層が、本件発明1では、第1離型層の片側に設けられるのに対し、甲5発明では、離型層の片側に設けられるのか否かが不明である点。
(相違点8) クッション層が、本件発明1では、樹脂成分としてポリプロピレン樹脂(B1)およびエチレン-メタアクリル酸メチル共重合体(B2)を含有するのに対し、甲5発明では、ポリオレフィン系樹脂を主成分とし、示差走査熱量計を用いて測定した融点が70?140℃である点。
(相違点9) 本件発明1では、エチレン-メタアクリル酸メチル共重合体(B2)がメタアクリル酸メチルから誘導される単位を5重量%以上14重量%以下含有しているのに対して、甲5発明では、この点が記載されていない点。

相違点7について
甲5の段落0046には、実施例として、「離型層とクッション層1との膜厚がそれぞれ20μm、80μmとなるように2層離型フィルムを作製し・・・」と記載されている。

相違点8について
甲1の実施例5、甲16の実施例1?5、甲17の実施例3などに開示されているとおり、離型フィルムのクッション層において、2種類の成分を併用すること、共重合体とポリエチレンやポリプロピレン等のαオレフィン系重合体とを組み合わせて用いることは、周知である。

相違点9について
甲2にも記載のとおり、エチレン系共重合体の特徴として、コモノマー含量を増やすに従ってその共重合体の軟化点が低下して柔軟化を達成することができることや、コモノマー含量を高くするほどその共重合体の融点が下がることは、技術常識である。
甲5発明においても、柔軟性が求められるから、コモノマー含量、即ち、メタアクリル酸メチルから誘導される単位の割合は、当業者にとって当然に着目する事項である。
甲3の中間層は、甲5発明におけるクッション層に相当する。そして、甲3の実施例の共重合体は、甲9、甲6から、メタアクリル酸メチルから誘導される単位が5重量%であるエチレン-メチルメタアクリル酸メチル共重合体「WD203-1」である。
よって、甲5発明において、相違点9に係る数値範囲とすることは、当業者にとって容易である。
(請求書23ページ(イ-2-3)、要領書(1)12ページ3.)

第4.被請求人の主張
1.要点
これに対し、被請求人は、本件審判請求は成り立たないとの審決を求めている。

2.証拠
被請求人が提出した証拠は、以下のとおりである。

乙1 大阪市立工業研究所プラスチック読本編集委員会ほか1名編、株式会社プラスチックス・エージ「プラスチック読本」第19版、平成14年5月20日、株式会社プラスチックス・エージ
乙2 実験成績証明書(本件特許(特願2010-289441)にかかる平成26年11月5日提出の拒絶査定不服審判請求書に添付のもの)
乙3 実験成績証明書、平成27年7月24日、住友ベークライト株式会社 フィルムシート研究所 山本 誠治
乙4 実験成績証明書、平成27年8月21日、住友ベークライト株式会社 フィルムシート研究所 山本誠治
乙5 特開2009-241410号公報
乙6 特開2014-231593号公報

3.主張の概要
(1)甲1による29条1項3号
請求人は、「甲1A発明」を導くにあたり、甲第1号証の断片的な記載をつなぎ合わせている。
「融点が50?130℃の範囲にある樹脂」として、EMMAを選択したものを引用発明とするのであれば、実施例1、2、3の記載に基づき、以下の甲1b発明を認定すべきである。

「DSCによる融解ピーク温度である融点が90℃のエチレン-メタアクリル酸メチル共重合体であるアクリフトWH102(住友化学社製)からなる厚さ100μmの追従層と、
融点が200℃以上であるハイトレル2751(東レ・デュポン社製)からなる厚さ25μmの離型層と
を有する多層シートであって、
2枚の前記多層シートの離型層同士を170℃、3MPaの条件で30分間圧着させたときに、ASTM D1893に準拠する方法により測定したブロッキング力が0.04N/cm以下である多層シート。」
(答弁書5ページ(2.1.3)、8ページ(2.1.4))

(2)甲1による29条2項
甲1において、EMMAを用いた追従層の具体的な開示は、融点が90℃であるアクリフトWH102からなる追従層のみである。EMMAとポリプロピレン系樹脂との樹脂組成物を追従層とした場合に、ブロッキング力を満たすことや課題を解決できることが記載も示唆もされていないのだから、甲1にはEMMAとポリプロピレン系樹脂との樹脂組成物である追従層が開示されているとすることはできない。
優れた形状追従性が得られると甲1に記載されている「融点が50?130℃の範囲の樹脂」から出発して、柔軟性を向上させるという改変を当業者ならば行うはずである、といった主張は成り立たない。
仮に甲1に接した当業者が、追従層の柔軟性に着目したとしても、追従層に含有させるEMMA中のMMA含量を5重量%以上14重量%以下に設定する動機付けは存在しない。
EAとMMAは、(1)エステル基中のアルキル基の炭素数、(2)メタクリル基かアクリル基か、の2点で相違するため類似するとまではいえない。甲1では、第1の樹脂としてEEAを用いる場合とEMMAを用いる場合でPPを加えるかどうかを使い分けている。
(答弁書8ページ(2.1.4)、17ページ(2.5)、要領書(1)4ページ(7)、要領書(2)5ページ(4))

(3)甲4による29条2項
甲4に、ポリプロピレン樹脂及びEMMAを第2樹脂として含有させることは開示されておらず、かつ、EMMAとポリプロピレン系樹脂を含む樹脂層を第2層とした場合に、甲4の課題を解決できるかどうかの記載も示唆もされていないのだから、甲4の記載から、離型層としての第2層に、ポリプロピレン樹脂及びEMMAを第2樹脂として含有させる構成を導くことは当業者にとって容易なことではない。
甲4には、第2樹脂の軟化点を調整することは記載も示唆もされていない。請求人の主張は飛躍している。
(答弁書23ページ(3.2)、(3.3))

(4)甲5による29条2項
甲5に、ポリプロピレン樹脂及びEMMAをクッション層に含有させることは開示されておらず、かつ、EMMAとポリプロピレン系樹脂を含むクッション層とした場合に、甲5の課題を解決できるかどうかの記載も示唆もされていないのだから、甲5の記載から、クッション層にポリプロピレン樹脂及びEMMAを含有させる構成を導くことは当業者にとって容易なことではない。
甲5には、クッション層に含まれる樹脂には、ある程度の柔軟性が求められることが重要であることは記載も示唆もされていない。請求人の主張は飛躍している。
(答弁書25ページ(4.2)、26ページ(4.3))


第5.当審の判断
1.本件発明
本件発明1ないし5は、上記第2.のとおりである。

2.甲1による29条1項3号
(1)甲1
甲1には、以下の記載がある。
「【請求項1】
DSCによる融解ピーク温度である融点が50?130℃の範囲にある樹脂を主成分とする樹脂組成物からなる追従層と、融点が200℃以上である樹脂を主成分とする樹脂組成物からなり、前記追従層に積層されている離型層とを有する多層シートであって、2枚の前記多層シートの離型層同士を170℃、3MPaの条件で30分間圧着させたときに、ASTM D1893に準拠する方法により測定したブロッキング力が0.1N/cm以下であることを特徴とする多層シート。」

「【0001】
本発明は、耐熱性、離型性及び非汚染性に優れ、並びに/または、凹凸面への追従性に優れ、さらに使用後の廃棄も容易な多層シートに関する。」

「【0014】
本発明の多層シートは、少なくとも、追従層と離型層とを有する。上記追従層は、基板表面の凹凸に対する追従性を担保するものであり、上記離型層は、基板やプレス熱板に対する離型性を担保するものである。
本発明の多層シートを構成する上記追従層は、融点が50?130℃の範囲の樹脂を主成分として少なくとも1以上含む。もっとも、該融点が50?130℃の範囲の樹脂を第1の樹脂とした場合、追従層は、好ましくは、第1の樹脂に加えて、融点が130℃よりも高く、250℃以下である第2の樹脂を含む。第1,第2の樹脂は、いずれもその融点が250℃以下であることが必要であり、第1の樹脂の融点が50?130℃の範囲にあり、第2の樹脂の融点が130℃よりも高く250℃以下である。・・・。」

「【0016】
第1及び第2の樹脂の組み合わせとしては、以下の樹脂が挙げられる。すなわち、融点が50?130℃の範囲にある第1の樹脂として、エチレン、プロピレン、ブテン、ペンテン、ヘキセン、オクテン、メチルペンテンなどのα-オレフィンの1種あるいは2種以上の共重合体、また、エチレンなどのα-オレフィンの1種あるいは2種以上と、酢酸ビニル、アクリル酸、メタクリル酸、アクリル酸エステル、メタクリル酸エステル、マレイン酸、無水マレイン酸、ノルボルネン、エチリデンノルボルネンなどとの1種あるいは2種以上の共重合体などが挙げられ、ポリエチレン樹脂、エチレン酢酸ビニル共重合樹脂、エチレン-アクリレート共重合樹脂、エチレン-メチルアクリレート共重合樹脂、エチレン-エチルアクリレート共重合樹脂、エチレン-ブチルアクリレート共重合樹脂などが挙げられる。
また、融点が130℃より高く、250℃以下である第2の樹脂として、ポリプロピレン系樹脂、(1-)ブテン系樹脂、ポリペンテン系樹脂、ポリメチルペンテン系樹脂、ポリブチレンテレフタレート、ポリプロピレンテレフタレート、ポリエチレンテレフタレートなどのポリエステル、6-ナイロン(登録商標)、11-ナイロン(登録商標)、12-ナイロン(登録商標)などのポリアミド、ポリカーボネート及びこれらを変性した化合物などが挙げられる。
・・・。」

「【0025】
上記離型層は、融点が200℃以上である樹脂を主成分とする樹脂組成物からなる。
・・・。
【0026】
上記樹脂組成物を構成する融点が200℃以上である樹脂は、極性基を有することが好ましい。・・・。
・・・。
【0027】
上記極性基を有する樹脂としては特に限定されず、例えば、芳香族ポリエステル、ポリフェニレンスルフィド、ポリエーテルエーテルケトン、芳香族ポリアミド等が挙げられる。また、極性基を主鎖中に有する樹脂としては、ポリエステルとα-オレフィンとの共重合体、ポリメチルペンテンとα-オレフィンとの共重合体、ポリエステル及びポリメチルペンテンからなる群から選択された少なくとも1種が好適に用いられる。なかでも、ヘテロ原子を分子中に含まないため焼却処理時の環境負荷が軽減され、経済的にも有利であることから、主鎖中に結晶基を有する結晶性芳香族ポリエステルが好適である。」

「【0031】
上記構成成分からなる結晶性芳香族ポリエステルとしては、例えば、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリヘキサメチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリブチレンナフタレート、テレフタル酸ブタンジオールポリテトラメチレングリコール共重合体等が挙げられる。・・・。なかでも、結晶成分として少なくともブチレンテレフタレートを含むものが好適である。・・・。」

「【実施例1】
【0059】
三層共押出機を用いて、ハイトレル2751(東レ・デュポン社製:ハロゲン含有率0重量%、ガラス転移温度53℃のポリエステルとエーテル基を主鎖中に極性基として含有するポリエステルを主体とする樹脂組成物)からなる厚さ25μmの層と、EMMA(住友化学社製、商品名:アクリフトWH102、極性基含有メチルメタクリレート樹脂)からなる厚さ100μmの追従層と、上記ハイトレル2751からなる厚さ25μmの層とがこの順に重なった3層構造の多層シートを作製した。
・・・。
【実施例2】
【0060】
実施例1と同様にして3層構造の多層シートを作製した後、175℃に加熱された直径300mmの2本のロール間をライン速度10m/分で多層シートを通過させることにより熱処理を施し、実施例2の多層シートを作製した。」

「【実施例5】
【0063】
中央の追従層をEMMAから、エチレン-エチルアクリレート共重合体(EEAと略す。日本ポリオレフィン社製、ジェイレックスA3100)70重量部と、ポリプロピレン(サンアロマー社製、品番:PC600S)30重量部との組成物に変更したことを除いては、実施例2と同様にして実施例5の多層シートを得た。」

甲1発明の認定については、請求人は、発明の詳細な説明を勘案し、上記第3.の3.(1)の甲1A発明とすべき旨を、被請求人は、実施例1?3を勘案し、上記第4.の3.(1)の甲1b発明とすべき旨を、主張する。
そこで、特許請求の範囲、発明の詳細な説明、特に、請求項1、段落0016、0025?0027、0031を勘案すると、甲1には、以下の発明(以下「甲1C発明」という。)が記載されている。

「DSCによる融解ピーク温度である融点が50?130℃の範囲にある樹脂を主成分とする樹脂組成物からなる追従層と、
融点が200℃以上である樹脂を主成分とする樹脂組成物からなり、前記追従層に積層されている離型層と
を有する多層シートであって、
2枚の前記多層シートの離型層同士を170℃、3MPaの条件で30分間圧着させたときに、ASTM D1893に準拠する方法により測定したブロッキング力が0.1N/cm以下であり、
追従層は、融点が50?130℃の範囲の第1の樹脂と、融点が130℃よりも高く250℃以下である第2の樹脂を含み、
第1の樹脂として、エチレン、プロピレン、ブテン、ペンテン、ヘキセン、オクテン、メチルペンテンなどのα-オレフィンの1種あるいは2種以上の共重合体、また、エチレンなどのα-オレフィンの1種あるいは2種以上と、酢酸ビニル、アクリル酸、メタクリル酸、アクリル酸エステル、メタクリル酸エステル、マレイン酸、無水マレイン酸、ノルボルネン、エチリデンノルボルネンなどとの1種あるいは2種以上の共重合体などが挙げられ、ポリエチレン樹脂、エチレン酢酸ビニル共重合樹脂、エチレン-アクリレート共重合樹脂、エチレン-メチルアクリレート共重合樹脂、エチレン-エチルアクリレート共重合樹脂、エチレン-ブチルアクリレート共重合樹脂などが挙げられ、
第2の樹脂として、ポリプロピレン系樹脂、(1-)ブテン系樹脂、ポリペンテン系樹脂、ポリメチルペンテン系樹脂、ポリブチレンテレフタレート、ポリプロピレンテレフタレート、ポリエチレンテレフタレートなどのポリエステル、6-ナイロン(登録商標)、11-ナイロン(登録商標)、12-ナイロン(登録商標)などのポリアミド、ポリカーボネート及びこれらを変性した化合物などが挙げられ、
離型層を構成する樹脂として、結晶性芳香族ポリエステルが好適であり、
結晶性芳香族ポリエステルとしては、例えば、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリヘキサメチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリブチレンナフタレート、テレフタル酸ブタンジオールポリテトラメチレングリコール共重合体等が挙げられ、なかでも、ブチレンテレフタレートを含むものが好適である
多層シート。」

(2)対比
本件発明1と甲1C発明とを対比する。
甲1C発明の「追従層」は本件発明1の「クッション層」に相当し、同様に「離型層」は「第1離型層」に、「多層シート」は「離型フイルム」に、相当する。
離型層を構成する樹脂について、甲1C発明は「結晶性芳香族ポリエステルが好適であり、結晶性芳香族ポリエステルとしては、例えば、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリヘキサメチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリブチレンナフタレート、テレフタル酸ブタンジオールポリテトラメチレングリコール共重合体等が挙げられ、なかでも、ブチレンテレフタレートを含むものが好適である」から、かかる樹脂は、本件発明1の「ポリエステル系樹脂を主成分とする樹脂」に相当する。
クッション層を構成する樹脂について、
甲1C発明の
「第2の樹脂として、ポリプロピレン系樹脂、(1-)ブテン系樹脂、ポリペンテン系樹脂、ポリメチルペンテン系樹脂、ポリブチレンテレフタレート、ポリプロピレンテレフタレート、ポリエチレンテレフタレートなどのポリエステル、6-ナイロン(登録商標)、11-ナイロン(登録商標)、12-ナイロン(登録商標)などのポリアミド、ポリカーボネート及びこれらを変性した化合物など」、
「第1の樹脂として、エチレン、プロピレン、ブテン、ペンテン、ヘキセン、オクテン、メチルペンテンなどのα-オレフィンの1種あるいは2種以上の共重合体、また、エチレンなどのα-オレフィンの1種あるいは2種以上と、酢酸ビニル、アクリル酸、メタクリル酸、アクリル酸エステル、メタクリル酸エステル、マレイン酸、無水マレイン酸、ノルボルネン、エチリデンノルボルネンなどとの1種あるいは2種以上の共重合体などが挙げられ、ポリエチレン樹脂、エチレン酢酸ビニル共重合樹脂、エチレン-アクリレート共重合樹脂、エチレン-メチルアクリレート共重合樹脂、エチレン-エチルアクリレート共重合樹脂、エチレン-ブチルアクリレート共重合樹脂など」と、
本件発明1の「ポリプロピレン系樹脂(B1)およびエチレン-メタアクリル酸メチル共重合体(B2)」とは、
「一方の樹脂および他方の樹脂」である限りにおいて一致する。
甲1C発明の「追従層に積層されている離型層」は本件発明1の「第1離型層の片側に設けられるクッション層」に相当する。

したがって、両者は次の点で一致する。
「ポリエステル系樹脂を主成分とする樹脂から形成される第1離型層並びに、樹脂成分として一方の樹脂および他方の樹脂を含有し、前記第1離型層の片側に設けられるクッション層を備える、離型フィルム。」

本件発明1と甲1C発明は、次の点で相違する。
相違点A:クッション層を構成する一方の樹脂および他方の樹脂について、
本件発明1では「樹脂成分としてポリプロピレン樹脂(B1)およびエチレン-メタアクリル酸メチル共重合体(B2)を含有し、前記エチレン-メタアクリル酸メチル共重合体(B2)がメタアクリル酸メチルから誘導される単位を5重量%以上14重量%以下含有している」が、
甲1C発明では「融点が50?130℃の範囲の第1の樹脂と、融点が130℃よりも高く250℃以下である第2の樹脂を含み、
第1の樹脂として、エチレン、プロピレン、ブテン、ペンテン、ヘキセン、オクテン、メチルペンテンなどのα-オレフィンの1種あるいは2種以上の共重合体、また、エチレンなどのα-オレフィンの1種あるいは2種以上と、酢酸ビニル、アクリル酸、メタクリル酸、アクリル酸エステル、メタクリル酸エステル、マレイン酸、無水マレイン酸、ノルボルネン、エチリデンノルボルネンなどとの1種あるいは2種以上の共重合体などが挙げられ、ポリエチレン樹脂、エチレン酢酸ビニル共重合樹脂、エチレン-アクリレート共重合樹脂、エチレン-メチルアクリレート共重合樹脂、エチレン-エチルアクリレート共重合樹脂、エチレン-ブチルアクリレート共重合樹脂などが挙げられ、
第2の樹脂として、ポリプロピレン系樹脂、(1-)ブテン系樹脂、ポリペンテン系樹脂、ポリメチルペンテン系樹脂、ポリブチレンテレフタレート、ポリプロピレンテレフタレート、ポリエチレンテレフタレートなどのポリエステル、6-ナイロン(登録商標)、11-ナイロン(登録商標)、12-ナイロン(登録商標)などのポリアミド、ポリカーボネート及びこれらを変性した化合物などが挙げられ」るものである点。

(3)判断
無効理由は、いわゆる「同一」であるところ、本件発明1と甲1C発明とは、上記相違点Aがある。
そこで、かかる相違点Aが、実質的な相違点であるかについて検討する。
一方の樹脂について、甲1C発明は「ポリプロピレン系樹脂、(1-)ブテン系樹脂、ポリペンテン系樹脂、ポリメチルペンテン系樹脂、ポリブチレンテレフタレート、ポリプロピレンテレフタレート、ポリエチレンテレフタレートなどのポリエステル、6-ナイロン(登録商標)、11-ナイロン(登録商標)、12-ナイロン(登録商標)などのポリアミド、ポリカーボネート及びこれらを変性した化合物など」であり、「ポリエステル」として3種類、「ポリアミド」として3種類を含む、多くの樹脂が例示されており、本件発明1の「ポリプロピレン樹脂」もその一つとして含まれている。
他方の樹脂について、甲1C発明は「エチレン、プロピレン、ブテン、ペンテン、ヘキセン、オクテン、メチルペンテンなどのα-オレフィンの1種あるいは2種以上の共重合体、また、エチレンなどのα-オレフィンの1種あるいは2種以上と、酢酸ビニル、アクリル酸、メタクリル酸、アクリル酸エステル、メタクリル酸エステル、マレイン酸、無水マレイン酸、ノルボルネン、エチリデンノルボルネンなどとの1種あるいは2種以上の共重合体などが挙げられ、ポリエチレン樹脂、エチレン酢酸ビニル共重合樹脂、エチレン-アクリレート共重合樹脂、エチレン-メチルアクリレート共重合樹脂、エチレン-エチルアクリレート共重合樹脂、エチレン-ブチルアクリレート共重合樹脂など」多くの樹脂が例示されている。
本件発明1の「エチレン-メタアクリル酸メチル共重合体」は、他方の樹脂に含まれる「メタクリル酸エステル」のうちの一つである。そして、本件発明1の実施例1(段落0049)では「EMMA(住友化学社製、商品名:アクリフトWH102、極性基含有メチルメタクリレート樹脂)」が採用されている。

本件発明1のクッション層を構成する樹脂は、一方の樹脂が「ポリプロピレン樹脂」、他方の樹脂が「エチレン-メタアクリル酸メチル共重合体」であるところ、これら樹脂は、甲1C発明に含まれている。
しかしながら、一方の樹脂を、甲1C発明に例示される多くの樹脂の中から「ポリプロピレン樹脂」を選択し、他方の樹脂を、甲1C発明に例示される多くの樹脂の中から「エチレン-メタアクリル酸メチル共重合体」を選択し、相違点1に係る樹脂の組合せとすることは、極めて多数の組合せの中から、一つの組合せを選択することであり、甲1全体を見ても、このように選択するべき積極的な理由、事情を見いだすことはできない。よって、かかる発明を、甲1に記載された発明として認定することはできない。
さらに、甲1C発明では、本件発明1で特定する「エチレン-メタアクリル酸メチル共重合体(B2)がメタアクリル酸メチルから誘導される単位を5重量%以上14重量%以下含有している」点について、何らの特定もなく、甲1にこの点をうかがわせる記載もない。
そうすると、相違点Aは、実質的相違点というべきであるから、本件発明1を甲1C発明と同一とすることはできない。

請求人は、甲1に記載された発明を、発明の詳細な説明、実施例の記載をもとに、以下の甲1A発明のとおり認定すべき旨、主張する。
「融点が50?130℃の範囲にあるエチレン-メチルメタクリレート共重合樹脂とポリプロピレン系樹脂の樹脂組成物である追従層と、ポリエステル系樹脂を主成分とする樹脂組成物からなる前記追従層に積層されている離型層とを有する多層シートであって、2枚の前記多層シートの離型層同士を170℃、3MPaの条件で30分間圧着させたときに、ASTM D1893に準拠する方法により測定したブロッキング力が0.1N/cm以下であることを特徴とする多層シート」
甲1A発明における「追従層」について、「エチレン-メチルメタクリレート共重合樹脂」であるとの認定の根拠は、段落0059の実施例1で「EMMA(住友化学社製、商品名:アクリフトWH102、極性基含有メチルメタクリレート樹脂)」が用いられていることにより、「ポリプロピレン系樹脂」であるとの認定の根拠は、段落0016に「第2の樹脂」として例示されていることによる。
甲1A発明における「離型層」の認定の根拠は、段落0027の「結晶性芳香族ポリエステルが好適である」による。
甲1には、請求項、発明の詳細な説明、実施例等、上位概念から下位概念に至る多くの技術的思想が記載されているところ、引用発明を認定するに当たっては、本件発明1との対比にあたり、客観的で、一つの技術的思想としてまとまりのあるものである必要がある。
かかる観点から、請求人による甲1A発明を検討する。
「追従層」である「エチレン-メチルメタクリレート共重合樹脂」は、実施例1を根拠とし、「追従層」である「ポリプロピレン系樹脂」は、多数例示されたものの一つを根拠とし、「離型層」である「ポリエステル系樹脂」は、「好適である」ものを根拠としており、認定の規範が整合していない。
甲1において、「エチレン-メチルメタクリレート共重合樹脂」が明確に記載されているものは、実施例1?3であるが、かかる実施例1?3は、「エチレン-メチルメタクリレート共重合樹脂」のみで追従層を構成し、「ポリプロピレン系樹脂」を用いてはいない。
また、甲1において、追従層に「ポリプロピレン系樹脂」を用いた実施例5では、「ポリプロピレン系樹脂」と「エチレン-エチルアクリレート共重合体」で追従層を構成しており、「エチレン-メチルメタクリレート共重合樹脂」ではない。
上記のとおり、甲1から甲1A発明を選択するべき理由はない。
すなわち、請求人による甲1A発明の認定は、本件発明1と同一と主張するための恣意的なものであり、客観的でないと解さざるを得ない。
請求人による甲1A発明の認定は、適切でないから、採用できない。

(4)小活
以上のとおり、本件発明1を、甲1に記載された発明ということはできないから、29条1項3号の無効理由によっては、本件発明1を無効とすることはできない。

3.甲1による29条2項
(1)証拠記載事項
ア.甲1
甲1の記載事項、甲1C発明は、上記2.(1)のとおりである。

イ.甲2
甲2には、以下が記載されている。

「さて、柔軟性・しなやかさの付与の点であるが、エチレン系共重合体の場合は、コモノマーを共重合し、結晶化度を低下させる方法により柔軟化が達成される。・・・。コモノマー含量が増えるに従い軟化点も低下し、取り扱い性や加工性などが大きく変化するので、用途ごとの最適なコモノマー量を設計することにより、有用な製品群を創出している。」(第5頁左欄第39行?第48行)

「軟化点(融点)が低いほど有利であることは言うまでもないことであるが、共重合体はコモノマー含量が高いほど融点は下がるのでこの点も考慮して設計すればよい。」(第6頁左欄第9行?第12行)

「一方、エチレンとメチルメタクリレートとの共重合体であるアクリフト(EMMA)などの・・・」(第6頁右欄第3行?第5行)

ウ.甲3
甲3には、以下が記載されている。

「【請求項1】・・・、中間層が、・・・、エチレンとアクリル酸エステルまたはメタクリル酸エステルの共重合体、・・・からなることを特徴とする離型多層フィルム。」

「【0011】・・・。中間層に使用する樹脂の融点は、50?150℃であることが好ましい。30℃未満だとバラシ作業時の作業性が悪く、150℃を超えるとCL接着剤フロー量が多くなる。・・・。」

「【0016】・・・。以下に示す実施例及び比較例において配合した成分は、以下の通りである。
・・・
・エチレン-メチルアクリレート共重合体((EMMA);MFR=2.0g/10分、融点90℃(住友化学(株)製)
・・・」

(2)対比
本件発明1と甲1C発明とを対比すると、上記2.(2)のとおりの一致点、相違点Aを有する。

(3)判断
相違点Aについて検討する。
上記2.(3)で検討したとおり、甲1C発明において、一方の樹脂として、甲1C発明に例示される多くの樹脂の中から「ポリプロピレン樹脂」を選択し、他方の樹脂として、甲1C発明に例示される多くの樹脂の中から「エチレン-メタアクリル酸メチル共重合体」を選択し、相違点1に係る樹脂の組合せとすることは、極めて多数の組合せの中から、一つの組合せを選択することであり、甲1全体を見ても、このように選択するべき積極的な理由、事情を見いだすことはできない。
さらに、甲1C発明では、本件発明1で特定する「エチレン-メタアクリル酸メチル共重合体(B2)がメタアクリル酸メチルから誘導される単位を5重量%以上14重量%以下含有している」点について、何らの特定もなく、甲1にこの点をうかがわせる記載もない。
また、甲2、甲3にも、この点は記載も示唆もされていない。
しかも、甲1C発明と本件発明1とは、いずれも、プレス時のクッション層の端部からの流出による汚染防止という課題を解決するものである点では、共通するが、その解決手段は、甲1C発明が樹脂の物性値に着目し、本件発明1が樹脂の組合せに着目している点で、基本的思想も異なっている。
よって、相違点Aを、容易想到ということはできない。

(4)小活
以上、本件発明1は、甲1C発明、及び甲2、甲3に記載された事項に基づき容易に発明をすることができたとすることはできないから、甲1による29条2項の無効理由によっては、本件発明1を無効とすることはできない。

(5)本件発明2?5
本件発明2?5は、本件発明1を引用し、本件発明1の構成を全て含むものである。
したがって、本件発明2?5と甲1C発明とを対比すると、同様の相違点Aがあるから、同様の理由により、甲1C発明、及び甲2、甲3に記載された事項に基づき容易に発明をすることができたとすることはできない。
以上、甲1による29条2項の無効理由によっては、本件発明2?5を無効とすることはできない。

4.甲1による29条2項の予備的検討
(1)証拠記載事項
ア.甲1
甲1には、2.(1)の記載がある。
甲1には、請求項1記載のとおり、以下の発明(以下「甲1B発明」という。)が記載されている。かかる甲1B発明の認定は、請求人の甲1B発明、被請求人の甲1a発明と同じであって、両当事者に争いはない。
よって、甲1B発明による29条2項についても、検討しておく。

「DSCによる融解ピーク温度である融点が50?130℃の範囲にある樹脂を主成分とする樹脂組成物からなる追従層と、融点が200℃以上である樹脂を主成分とする樹脂組成物からなり、前記追従層に積層されている離型層とを有する多層シートであって、2枚の前記多層シートの離型層同士を170℃、3MPaの条件で30分間圧着させたときに、ASTM D1893に準拠する方法により測定したブロッキング力が0.1N/cm以下であることを特徴とする多層シート。」

(2)対比
本件発明1と甲1B発明とを対比する。
甲1B発明の「追従層」は本件発明1の「クッション層」に相当し、同様に「離型層」は「第1離型層」に、「多層シート」は「離型フイルム」に、相当する。
甲1B発明の「追従層に積層されている離型層」は本件発明1の「第1離型層の片側に設けられるクッション層」に相当する。

したがって、両者は次の点で一致する。
「第1離型層、及び前記第1離型層の片側に設けられるクッション層を備える、離型フィルム。」

そして、以下の点で相違する。
相違点1
第1離型層が、本件発明1では、「ポリエステル系樹脂(A)を主成分とする樹脂から形成される」が、甲1B発明では、「融点が200℃以上である樹脂を主成分とする樹脂組成物からな」る点。

相違点2
クッション層が、本件発明1では、「樹脂成分としてポリプロピレン樹脂(B1)およびエチレン-メタアクリル酸メチル共重合体(B2)を含有し、前記エチレン-メタアクリル酸メチル共重合体(B2)がメタアクリル酸メチルから誘導される単位を5重量%以上14重量%以下含有している」が、甲1B発明では、「DSCによる融解ピーク温度である融点が50?130℃の範囲にある樹脂を主成分とする樹脂組成物からなる」点。

なお、上記一致点、相違点についても、当事者間に争いはない。

(3)判断
相違点1について検討する。
甲1B発明の「第1離型層」は「融点が200℃以上である樹脂を主成分とする樹脂組成物」であるところ、甲1の段落0025?0027には、「結晶性芳香族ポリエステルが好適である」との記載がある。
よって、かかる記載をもとに、「好適」なものを選択し、甲1B発明の「第1離型層」を「結晶性芳香族ポリエステル」すなわち「ポリエステル系樹脂を主成分とする樹脂」とし、相違点1に係るものとすることは、適宜選択しうる設計的事項にすぎない。

相違点2について検討する。
上記2.(3)で「他方の樹脂B-2」について検討したとおり、甲1には「DSCによる融解ピーク温度である融点が50?130℃の範囲にある樹脂」として、多くの樹脂が例示されている。
本件発明1のクッション層の樹脂成分の一つが「ポリプロピレン樹脂(B1)」である点については、甲1の段落0016には、クッション層の第2の樹脂として例示されるものの冒頭に「ポリプロピレン系樹脂」が記載されている。
冒頭に例示されている以上、かかる樹脂を「適したもの」と解することは自然である。
よって、甲1B発明のクッション層の樹脂成分の一つを「ポリプロピレン樹脂」とすることは、適宜選択しうる設計的事項にすぎない。
本件発明1のクッション層の樹脂成分の一つが「エチレン-メタアクリル酸メチル共重合体」は、甲1に例示される多くの樹脂の一つである「メタクリル酸エステル」のうちに含まれ、実施例1?3には「エチレン-メタアクリル酸メチル共重合体」である「EMMA(住友化学社製、商品名:アクリフトWH102、極性基含有メチルメタクリレート樹脂)」が記載されている。
しかし、甲1において、「メタクリル酸エステル」は、段落0016に例示される多くの樹脂の一つにすぎず、例えば、冒頭に記載されている、「望ましい」、「好ましい」とされている等、積極的に「メタクリル酸エステル」を選択する動機を見いだすことはできない。
しかも、本件発明1の「エチレン-メタアクリル酸メチル共重合体」は、「メタクリル酸エステル」の一つではあるものの、「エチレン-メタアクリル酸メチル共重合体」が、直接、段落0016に記載されているものではない。
よって、段落0016の記載からは、甲1B発明において、クッション層の樹脂成分の一つとして「エチレン-メタアクリル酸メチル共重合体」を選択することが、容易想到とはいえない。
甲1の実施例1?3として「EMMA」が記載されていることから、甲1におけるクッション層を「エチレン-メタアクリル酸メチル共重合体」としうることは、想起しうる。
しかし、かかる実施例1?3では、上記2.(3)で検討したとおり、クッション層に「ポリプロピレン樹脂」を含むものではない。
また、クッション層に「ポリプロピレン系樹脂」を用いた実施例5では、「ポリプロピレン系樹脂」と「エチレン-エチルアクリレート共重合体」でクッション層を構成しており、「エチレン-メチルメタクリレート共重合樹脂」ではない。
実施例は、適したものが記載されることが通常であるから、クッション層の一つとして「ポリプロピレン樹脂」が適しているのであれば、「エチレン-メチルメタクリレート共重合樹脂」と「ポリプロピレン樹脂」とを選択した実施例が存在して然るべきであるが、そのような実施例は記載されていない。
すなわち、クッション層の一つとして、「ポリプロピレン樹脂」、「エチレン-メタアクリル酸メチル共重合体」のそれぞれを選択し、両者を組み合わせることが、容易想到であるということはできない。
さらに、甲1B発明では、本件発明1で特定する「エチレン-メタアクリル酸メチル共重合体(B2)がメタアクリル酸メチルから誘導される単位を5重量%以上14重量%以下含有している」点について、何らの特定もなく、甲1にこの点をうかがわせる記載もない。
しかも、甲1の実施例1?3における「エチレン-メタアクリル酸メチル共重合体」である「アクリフトWH102」のメタアクリル酸メチルから誘導される単位は「17重量%」(甲6)であり、本件発明1で特定する範囲である「5重量%以上14重量%以下」とは異なっている。
また、甲1B発明と本件発明1との相違点を総合すると、両者はいずれも、プレス時のクッション層の端部からの流出による汚染防止という課題を解決するものである点では、共通するが、その解決手段は、甲1B発明が樹脂の物性値に着目し、本件発明1が樹脂の組合せに着目している点で、基本的思想も異なっている。

請求人は、甲2、甲3を挙げて、コモノマー含量を増やすに従ってその共重合体の軟化点が低下して柔軟化を達成することができること、コモノマー含量を高くするほどその共重合体の融点が下がることは、技術常識であるから、メタアクリル酸メチルから誘導される単位の割合を低下させる動機がある旨、主張する。
しかし、甲1の実施例1?3における「アクリフトWH102」は、特定の製品で、完成されたものである。かかる完成品の成分を、あえて改変するには、具体的な強い動機が必要と解されるが、請求人の主張は一般論にとどまる。
さらに、軟化点は、多くの物性が関係し、コモノマー含量もその一つではあるものの、軟化点に関係するポリマーの分子量、分子鎖長等の多くの物性の中から、特にコモノマー含量に注目する動機を見いだすことはできず、請求人の主張を採用することはできない。
よって、相違点2を容易想到とすることはできない。

(4)小活
以上、本件発明1は、甲1B発明、及び甲2、甲3に記載された事項に基づき容易に発明をすることができたとすることはできないから、甲1による29条2項の無効理由によっては、本件発明1を無効とすることはできない。

(5)本件発明2?5
本件発明2?5は、本件発明1を引用し、本件発明1の構成を全て含むものである。
したがって、本件発明2?5と甲1B発明とを対比すると、同様の相違点があるから、同様の理由により、甲1B発明、及び甲2、甲3に記載された事項に基づき容易に発明をすることができたとすることはできない。
以上、甲1による29条2項の無効理由によっては、本件発明2?5を無効とすることはできない。

5.甲4による29条2項
(1)甲4
甲4には、以下の記載がある。

「【請求項1】
回路基板を製造する際に用いられ、第1層、第2層および第3層がこの順で積層されてなる離型フィルムであって、
前記第1層は、ポリエステル系樹脂で構成され、
前記第2層は、前記ポリエステル系樹脂と異なる第2樹脂で構成され、
前記第3層は、前記第2樹脂よりも軟化点が高い第3樹脂で構成され、
前記第1層は、離型層であり、該第1層の内部ヘーズが5%以下であることを特徴とする離型フィルム。
【請求項2】
前記ポリエステル系樹脂は、ポリブチレンテレフタレート系樹脂を主として含むものである請求項1記載の離型フィルム。」

「【0001】
本発明は、離型フィルムおよび回路基板の製造方法に関する。」

「【0021】
(第2層)
第2層2は、回路基板を製造する際に離型フィルムの第1層1(離型層)を隣接する凸状の回路部41の間隙に埋め込むためのクッション機能を有している。また、回路基板を製造する際に回路基板全体にかかる圧力が均一となるような機能も有しており、これによりボイドの発生を低減できる。さらに、特に回路基板としてFPCを製造する場合には、外観の仕上がり(特にしわの発生を低減)に優れる。
第2層2は、前記ポリエステル系樹脂と異なる第2樹脂で構成されている。この場合、第2樹脂としては、第1層を構成するポリエステル系樹脂と異なる組成のポリエステル系樹脂または前記ポリエステル系樹脂以外の種類の樹脂等が挙げられる。これらの中でも前記ポリエステル系樹脂以外の樹脂が好ましい。
【0022】
前記ポリエステル系樹脂以外の樹脂としては、例えばポリエチレン、ポリプロプレン等のαオレフィン系重合体、エチレン、プロピレン、ブテン、ペンテン、ヘキセン、メチルペンテン等を共重合体成分として有するαオレフィン系共重合体、ポリエーテルスルホン、ポリフェニレンスルフィド等のエンジニアリングプラスチックス系樹脂が挙げられ、これらを単独あるいは複数併用しても構わない。これらの中でもαオレフィン系共重合体が好ましい。具体的には、エチレン等のαオレフィンと、(メタ)アクリル酸エステルとの共重合体、エチレンと酢酸ビニルとの共重合体、エチレンと(メタ)アクリル酸との共重合体、およびそれらの部分イオン架橋物等が挙げられる。」

「【0029】
このような第2層2の軟化温度は、特に限定されないが、50?90℃が好ましく、特に60?80℃が好ましい。軟化温度が前記範囲内であると、特にクッション性に優れる。」

「【0045】
・・・。
(実施例1)
1.離型フィルムの製造
第1層を構成するポリエステル系樹脂としてポリブチレンテレフタレートとポリテトラメチレングリコールとの共重合体(PBT系樹脂1、ポリテトラメチレングリコールの共重合比率10%、品番5505S、三菱エンジニアリングプラスチックス社製)と、第2層を構成する第2樹脂としてエチレン-メチルアクリレート共重合体(EMMA、品番アクリフトWH102、住友化学社製)と、第3層を構成する第3樹脂としてポリプロピレン(PP:品番FS2011DG2、軟化点120℃、住友化学社製)とを三層ダイスで共押出し、第一冷却ロール温度を30℃にし、離型フィルムを製造した。・・・。」

「【0050】
(実施例5)
第1層を構成する樹脂を次のようにした以外は、実施例3と同様である。
ポリブチレンテレフタレートとポリテトラメチレングリコールとの共重合体(PBT系樹脂2、ポリテトラメチレングリコールの共重合比率20%、品番5510S、三菱エンジニアリングプラスチックス社製)を用いた。」

甲4には、以下の発明(以下「甲4発明」という。)が記載されている。
「回路基板を製造する際に用いられ、第1層、第2層および第3層がこの順で積層されてなる離型フィルムであって、
前記第1層は、ポリエステル系樹脂で構成され、
前記第2層は、前記ポリエステル系樹脂と異なる第2樹脂で構成され、
前記第3層は、前記第2樹脂よりも軟化点が高い第3樹脂で構成され、
前記第1層は、離型層であり、該第1層の内部ヘーズが5%以下であることを特徴とし、
前記ポリエステル系樹脂は、ポリブチレンテレフタレート系樹脂を主として含むものである離型フィルム。」

なお、甲4発明は、請求項2のとおりであり、当事者間に争いはない。

(2)対比
本件発明1と甲4発明とを対比する。
甲4発明の「第1層」は本件発明1の「第1離型層」に相当する。
甲4発明は「第1層、第2層および第3層がこの順で積層されてなる」ことから、第1層(第1離型層)の片側に第2層が設けられている。

したがって、両者は次の点で一致する。
「ポリエステル系樹脂(A)を主成分とする樹脂から形成される第1離型層、及び前記第1離型層の片側に設けられる層を備える、離型フィルム。」

そして、以下の点で相違する。
相違点3
第1離型層の片側に設けられる層が、本件発明1では、「樹脂成分としてポリプロピレン樹脂(B1)およびエチレン-メタアクリル酸メチル共重合体(B2)を含有し、前記エチレン-メタアクリル酸メチル共重合体(B2)がメタアクリル酸メチルから誘導される単位を5重量%以上14重量%以下含有している」「クッション層」であるが、甲4発明では、第1離型層を構成する「ポリエステル系樹脂と異なる第2樹脂で構成され」る「第2層」でありクッション層であるか明らかでない点。

なお、一致点、相違点についても、当事者間に争いはない。

(3)判断
相違点3について検討する。
甲4発明の「第2層」は、段落0021の「クッション機能を有している」なる記載から、「クッション層」である。
その樹脂成分については、段落0022に多くの樹脂が例示されており、「αオレフィン系重合体」の一つとして「ポリプロピレン」が明記され、「エチレン-メタアクリル酸メチル」の上位概念である「(メタ)アクリル酸エステル」が明記されている。さらに「具体的には、エチレン等のαオレフィンと、(メタ)アクリル酸エステルとの共重合体」なる記載もある。
しかし、「エチレン等のαオレフィンと、(メタ)アクリル酸エステルとの共重合体」には、段落0022にも例示されるように多くの樹脂が含まれるところ、その中から「ポリプロピレン樹脂およびエチレン-メタアクリル酸メチル共重合体」を選択する動機を見いだすことはできない。
よって、甲4発明において、第2層の樹脂成分として「ポリプロピレン樹脂およびエチレン-メタアクリル酸メチル共重合体」を選択することが、容易想到とはいえない。
さらに、甲4発明では、本件発明1で特定する「エチレン-メタアクリル酸メチル共重合体(B2)がメタアクリル酸メチルから誘導される単位を5重量%以上14重量%以下含有している」点について、何らの特定もなく、甲4にこの点をうかがわせる記載もない。
また、甲2にも、この点は記載も示唆もされていない。

請求人は、「甲4発明では、第3層は、第2層の樹脂よりも軟化点が高い第3樹脂で構成されることから、第2層の樹脂として含有させるメタアクリル酸メチル共重合体の軟化点は、当業者が当然に着目する事項である。コモノマー含量を増やすに従ってその共重合体の軟化点が低下して柔軟化を達成することができること、コモノマー含量を高くするほどその共重合体の融点が下がることは、技術常識であるから、メタアクリル酸メチルから誘導される単位の割合を低下させる動機がある」旨、主張する。
しかし、軟化点は、多くの物性が関係し、コモノマー含量もその一つではあるものの、軟化点に関係するポリマーの分子量、分子鎖長等の多くの物性の中から、特にコモノマー含量に注目する動機を見いだすことはできず、請求人の主張を採用することはできない。
相違点3を容易想到とすることはできない。

(4)小活
以上、本件発明1は、甲4発明及び甲2記載事項に基づき容易に発明をすることができたとすることはできないから、甲4による29条2項の無効理由によっては、本件発明1を無効とすることはできない。

(5)本件発明2?5
本件発明2?5は、本件発明1を引用し、本件発明1の構成を全て含むものである。
したがって、本件発明2?5と甲4発明とを対比すると、同様の相違点があるから、同様の理由により、甲4発明及び甲2記載事項に基づき容易に発明をすることができたとすることはできない。
以上、甲4による29条2項の無効理由によっては、本件発明2?5を無効とすることはできない。

6.甲5による29条2項
(1)甲5
甲5には、以下の記載がある。
「【請求項1】
少なくとも離型層と、ポリオレフィン系樹脂を主成分とするクッション層とを有する多層離型フィルムであって、前記クッション層は、示差走査熱量計を用いて測定した融点が70?140℃であり、かつ、185℃、歪み量100%、10rad/sにおける貯蔵弾性率が5.0×10^(3)?1.0×10^(5)Paであることを特徴とする多層離型フィルム。
【請求項2】
・・・。
【請求項3】
離型層は、示差走査熱量計を用いて測定した融点が200℃以上である結晶性芳香族ポリエステル樹脂からなることを特徴とする請求項1又は2記載の多層離型フィルム。」

「【0001】
本発明は、耐熱性、離型性、基板表面への追従性を有しつつ、熱プレス成形時におけるボイドの発生、接着剤の流れ出し、及び、フィルム端面でのクッション層の染み出しを抑制することが可能であり、フィルム端面でクッション層が染み出した場合には、フィルムから染み出したクッション層がプレス熱板に付着し残留することがなく、更には、使用後の廃棄が容易な多層離型フィルムに関する。」

「【0027】
本発明の多層離型フィルムは、ポリオレフィン系樹脂を主成分とするクッション層を有する。
上記クッション層は、示差走査熱量計を用いて測定した融点の下限が70℃、上限が140℃である。70℃未満であると、熱プレス成形工程において、プレス圧力をフレキシブルプリント基板に均一に荷重するというクッション層の機能を充分に果たせなくなり、また、フィルムを保管中の雰囲気温度が、状況によっては50?60℃となることがあるが、その場合にクッション層が、その雰囲気温度によって溶融して染み出し、ブロッキングを起こしてしまうことがある。140℃を超えると、接着剤が溶融する温度領域において、上記クッション層が充分に軟化せず、接着剤の流れ出しの問題が起こる。好ましい上限は120℃である。
また、クッション層を構成する樹脂は2種以上からなってもよく、その場合も、融点は70℃以上、140℃以下であるが、特に、少なくとも2種の樹脂の融点差が15℃で構成されると、構成される樹脂のうちの低融点の樹脂により追従性を確保し、構成される樹脂のうちの高融点の樹脂により樹脂流れを防止することが可能となる。また、2種以上の樹脂で構成することより、上記範囲の融点と貯蔵弾性率を満たしたうえで、更にその他の物性を付与することが可能となる。」

「【0031】
上記ポリオレフィン系樹脂としては特に限定されず、例えば、ポリエチレン、エチレン-酢酸ビニル共重合体、エチレン-メチルメタクリレート共重合体、エチレン-エチルアクリレート共重合体、エチレン-アクリル酸共重合体等のエチレン-アクリル系モノマーの共重合体等が挙げられる。これらは単独で用いられてもよいし、2種以上が併用されてもよい。
【0032】
また、上記クッション層は、本発明の目的を阻害しない範囲で、ポリスチレン、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル、ポリアミド、ポリカーボネート、ポリスルフォン、ポリエステル等のポリオレフィン系樹脂以外の樹脂を含有してもよい。」

「【0046】
(実施例1)
(1)多層離型フィルムの作製
離型層用の樹脂材料と、クッション層1用の樹脂材料とを、各々の押出機(ジーエムエンジニアリング社製押出機GM30-28(スクリュー径30mm、L/D28))に投入して溶融し、Tダイ幅400mmの多層Tダイにて共押出することにより多層離型フィルムを作製した。その際、離型層とクッション層1との膜厚がそれぞれ20μm、80μmとなるように2層離型フィルムを作製し、250mm×250mmに裁断した。」

甲5には、以下の発明(以下「甲5発明」という。)が記載されている。
「少なくとも離型層と、ポリオレフィン系樹脂を主成分とするクッション層とを有する多層離型フィルムであって、前記クッション層は、示差走査熱量計を用いて測定した融点が70?140℃であり、かつ、185℃、歪み量100%、10rad/sにおける貯蔵弾性率が5.0×10^(3)?1.0×10^(5)Paであることを特徴とし、
離型層は、示差走査熱量計を用いて測定した融点が200℃以上である結晶性芳香族ポリエステル樹脂からなることを特徴とする、多層離型フィルム。」

なお、甲5発明は、請求項3のとおりであり、当事者間に争いはない。

(2)対比
本件発明1と甲5発明とを対比する。
甲5発明の「離型層」は本件発明1の「第1離型層」に、同様に「結晶性芳香族ポリエステル樹脂」は「ポリエステル系樹脂を主成分とする樹脂」に、相当する。

したがって、両者は次の点で一致する。
「ポリエステル系樹脂を主成分とする樹脂から形成される第1離型層、及びクッション層を備える、離型フィルム。」

そして、以下の点で相違する。
相違点4
クッション層の形成位置が、本件発明1では、「第1離型層の片側に設けられる」が、甲5発明では、明らかでない点。

相違点5
クッション層の材質が、本件発明1では、「樹脂成分としてポリプロピレン樹脂(B1)およびエチレン-メタアクリル酸メチル共重合体(B2)を含有し、前記エチレン-メタアクリル酸メチル共重合体(B2)がメタアクリル酸メチルから誘導される単位を5重量%以上14重量%以下含有している」が、甲5発明では、「ポリオレフィン系樹脂を主成分と」し、「示差走査熱量計を用いて測定した融点が70?140℃であ」る点。

なお、一致点、相違点についても、当事者間に争いはない。

(3)判断
相違点4について検討する。
甲5の段落0046には、以下の記載がある。
「離型層用の樹脂材料と、クッション層1用の樹脂材料とを、各々の押出機(・・・)に投入して溶融し、・・・共押出することにより多層離型フィルムを作製した。その際、離型層とクッション層1との膜厚がそれぞれ20μm、80μmとなるように2層離型フィルムを作製し、250mm×250mmに裁断した。」
また、図1には、クッション層2が離型層1の両側に設けられたものが記載されている。
かかる記載からみて、甲5発明において、クッション層を離型層の片側に設け、相違点4に係るものとすることは、容易想到である。

相違点5について検討する。
クッション層の材質について、甲5には、以下の記載がある。
段落0027:「ポリオレフィン系樹脂を主成分とするクッション層」
段落0031:「ポリオレフィン系樹脂としては特に限定されず、例えば、ポリエチレン、エチレン-酢酸ビニル共重合体、エチレン-メチルメタクリレート共重合体、エチレン-エチルアクリレート共重合体、エチレン-アクリル酸共重合体等のエチレン-アクリル系モノマーの共重合体等が挙げられる。これらは単独で用いられてもよいし、2種以上が併用されてもよい。」
段落0032:「クッション層は、本発明の目的を阻害しない範囲で、ポリスチレン、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル、ポリアミド、ポリカーボネート、ポリスルフォン、ポリエステル等のポリオレフィン系樹脂以外の樹脂を含有してもよい。」
すなわち、「ポリプロピレン樹脂」は「ポリプロピレン」として、「エチレン-メタアクリル酸メチル共重合体」は「エチレン-メチルメタクリレート共重合体」として、甲5に記載されている。
しかし、甲5の「ポリオレフィン系樹脂」には、段落0031に例示されるように多くの樹脂が含まれ、「含有してもよい」とされる「ポリオレフィン系樹脂以外の樹脂」には、段落0032に例示されるように多くの樹脂が含まれるところ、その中から「ポリプロピレン樹脂およびエチレン-メタアクリル酸メチル共重合体」の組合せを選択する動機を見いだすことはできない。
よって、甲5発明において、クッション層の材質として「ポリプロピレン樹脂およびエチレン-メタアクリル酸メチル共重合体」を選択することが、容易想到とはいえない。
さらに、甲5発明では、本件発明1で特定する「エチレン-メタアクリル酸メチル共重合体(B2)がメタアクリル酸メチルから誘導される単位を5重量%以上14重量%以下含有している」点について、何らの特定もなく、甲5にこの点をうかがわせる記載もない。
また、甲2、甲3にも、この点は記載も示唆もされていない。

請求人は、甲5の段落0026の記載から、クッション層に含まれる樹脂には、ある程度の柔軟性が求められることが理解でき、エチレン系共重合体は、コモノマー含量を増やすに従ってその共重合体の軟化点が低下して柔軟化を達成することができること、コモノマー含量を高くするほどその共重合体の融点が下がることは、技術常識であるから、甲5発明において、メタアクリル酸メチル共重合体を選択するに当たり、そのコモノマー含量、即ち、メタアクリル酸メチルから誘導される単位の割合は、当業者にとって当然に着目する事項である旨、主張する。
しかし、柔軟性は、多くの物性が関係し、コモノマー含量もその一つではあるものの、柔軟性に関係する多くの物性の中から、特にコモノマー含量に注目する動機を見いだすことはできず、請求人の主張を採用することはできない。
相違点5を容易想到とすることはできない。

(4)小活
以上、本件発明1は、甲5発明、及び甲2、甲3記載事項に基づき容易に発明をすることができたとすることはできないから、甲5による29条2項の無効理由によっては、本件発明1を無効とすることはできない。

(5)本件発明2?5
本件発明2?5は、本件発明1を引用し、本件発明1の構成を全て含むものである。
したがって、本件発明2?5と甲5発明とを対比すると、同様の相違点があるから、同様の理由により、甲5発明、及び甲2、甲3記載事項に基づき容易に発明をすることができたとすることはできない。
以上、甲5による29条2項の無効理由によっては、本件発明2?5を無効とすることはできない。

第6.むすび
以上、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件発明1ないし5に係る特許を無効とすることはできない。
また、他に本件発明1ないし5に係る特許を無効とすべき理由を発見しない。
審判費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2015-10-13 
結審通知日 2015-10-15 
審決日 2015-11-04 
出願番号 特願2010-289441(P2010-289441)
審決分類 P 1 113・ 121- Y (B32B)
P 1 113・ 113- Y (B32B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 宮崎 大輔  
特許庁審判長 栗林 敏彦
特許庁審判官 千葉 成就
蓮井 雅之
登録日 2015-01-30 
登録番号 特許第5685930号(P5685930)
発明の名称 離型フィルム  
代理人 飛澤 晃彦  
代理人 速水 進治  
代理人 杉村 憲司  
代理人 柿沼 公二  
代理人 鶴崎 宗雄  
代理人 塚中 哲雄  
代理人 萩原 京平  

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