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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 H05B
管理番号 1320117
審判番号 不服2015-17112  
総通号数 203 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2016-11-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2015-09-17 
確定日 2016-10-03 
事件の表示 特願2012-518273「電極箔および有機デバイス」拒絶査定不服審判事件〔平成23年12月 8日国際公開、WO2011/152092〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 事案の概要
1 手続の経緯
本願は,特許法184条の3第1項の規定により,2011年(平成23年)3月1日にされたとみなされる特許出願であって(優先権主張 平成22年6月4日),その後の手続の概要は,以下のとおりである。
平成26年 1月21日:手続補正書
平成26年11月25日:拒絶理由通知(同年同月28日発送)
平成27年 1月22日:意見書
平成27年 1月22日:手続補正書
平成27年 6月26日:拒絶査定(同年同月30日送達)
平成27年 9月17日:手続補正書(以下「本件補正」という。)
平成27年 9月17日:審判請求


2 本件補正について
(1) 本件補正の内容
ア 平成27年1月22日提出の手続補正書による手続補正によって補正された(以下「本件補正前」という。)特許請求の範囲の請求項1,4,5及び8は,以下のとおりである。

「【請求項1】
少なくとも金属箔を備えてなり,1?150μmの厚さを有する電極箔であって,
前記電極箔の少なくとも一方の最表面が,JIS B 0601-2001に準拠して測定される,0.5nm以上7.0nm以下の算術平均粗さRaを有する超平坦面である,電極箔。」

「【請求項4】
フレキシブル電子デバイス用の支持基材を兼ねたアノードまたはカソードとして用いられる,請求項1?3のいずれか一項に記載の電極箔。
【請求項5】
少なくとも前記超平坦面側に絶縁層を有しない,請求項1?4のいずれか一項に記載の電極箔。」

「【請求項8】
前記金属箔が,銅箔である,請求項1?7のいずれか一項に記載の電極箔。」

イ 本件補正後の特許請求の範囲の請求項1は,以下のとおりである。(下線は,当審が付した。)

「【請求項1】
少なくとも銅箔を備えてなり,1?150μmの厚さを有する電極箔であって,
前記電極箔の少なくとも一方の最表面が,JIS B 0601-2001に準拠して測定される,0.5nm以上7.0nm以下の算術平均粗さRaを有する超平坦面であり,かつ,前記電極箔が少なくとも前記超平坦面側に絶縁層を有しない,フレキシブル電子デバイス用の支持基材を兼ねたアノードまたはカソードとして用いられる,電極箔。」

(2) 補正について
本件補正は,本件補正前の特許請求の範囲について補正しようとするものであるところ,本件補正前の請求項8は,請求項1?7の記載を選択的に引用して記載されたものである。そして,本件補正前の請求項5は,請求項1?4の記載を選択的に引用して記載され,本件補正前の請求項4は,請求項1?3の記載を選択的に引用して記載されたものである。したがって,本件補正前の請求項1の記載を引用して記載された本件補正前の請求項4の記載を引用して記載された本件補正前の請求項5の記載を引用して記載された本件補正前の請求項8に係る発明と,本件補正後の請求項1に係る発明(以下「本件補正後発明」という。)は,発明として相違するところがないから,本件補正後の請求項1は,本件補正前の請求項8を,独立形式に書き改めて記載したものである。そうしてみると,本件補正は,本件補正前の請求項1を削除して,本件補正前の請求項8を本件補正後の請求項1にしたものであるから,本件補正前の請求項1の補正という観点からみれば,本件補正は,特許法17条の2第5項1号に掲げる,特許法36条5項に規定する請求項の削除を目的とする補正である。
したがって,請求項1に係る本件補正は適法になされたものである。

3 原査定の拒絶の理由

原査定の拒絶の理由は,概略,この出願の請求項8に係る発明は,本願の優先権主張の日(以下「優先日」という。)前に日本国内又は外国において,頒布されたまたは電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の引用例1に記載された発明及び周知技術に基づいて,その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。

引用例1.特開2006-331694号公報
引用例6.特開2002-15859号公報
引用例7.国際公開第2010/000226号
引用例8.特開2008-243772号公報

第2 当審判体の判断

1 引用例の記載及び引用発明

(1) 引用例1の記載
原査定の拒絶の理由に引用された特開2006-331694号公報(以下,「引用例1」という)には,以下の事項が記載されている。

ア 「【請求項1】
一対の電極間に設けられる発光層を基板に積層して形成される有機発光素子において,基板は,少なくとも一部が10W/(m・K)以上の熱伝導率を有し,且つ発光層側の表面の平均表面荒さが50nm以下であり,さらに,基板の表面に電極が形成されているときには電極が,あるいは基板の表面に電極が形成されていないときには基板の発光層側の表面が,70%以上の全光線反射率を有することを特徴とする有機発光素子。」

イ 「【請求項7】
少なくとも一部が10W/(m・K)以上の熱伝導率を有し,且つ発光層側の表面の平均表面荒さが50nm以下であり,さらに,基板の表面に電極が形成されているときには電極が,あるいは基板の表面に電極が形成されていないときには基板の発光層側の表面が,70%以上の全光線反射率を有することを特徴とする有機発光素子用基板。」

ウ 「【技術分野】
【0001】
本発明は,有機発光素子及びこの有機発光素子に使用される基板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
有機発光素子(有機エレクトロルミネッセンス素子)は,フラットパネルディスプレイ,液晶表示機用バックライトや照明用光源等に用いられている。この有機発光素子は,一対の電極間に有機発光層,および必要に応じてその他の機能を有する層を積層した構造を有し,これを基板の上に設けて形成されているものであり,一対の電極のうち少なくとも一方の電極を光透過性とすることで,当該電極を通して有機発光層で発生した光を素子外に取り出すことが可能である。そして,基板が光透過性である場合には,基板上の電極を光透過性のものとすることで基板を通して光を取り出し,基板が不透明である場合には,基板上の電極と対向する電極を光透過性のものとして基板と反対側に光を取り出す構造が一般に用いられている。また基板上に形成された有機発光素子は,形成後に雰囲気中の水分および酸素等の影響を受けて特性が低下するため,通常,ガラスや金属による封止缶を不活性ガス充填状態で貼付することで雰囲気バリアを形成し,これらの悪影響から素子を保護するようにしている。
【0003】
しかし,この雰囲気バリアを,封止缶を用いて形成した場合には,封止缶と基板の間に気体層が形成されることになり,通電時に有機発光素子に生じた熱を十分に放散させることができなくなる。有機発光素子の高輝度発光時,特に大面積発光の有機発光素子の高輝度発光時には,熱の発生も相当量のものとなり,その結果,発光ムラ,熱による寿命の短縮,また,最悪の場合には有機発光素子自体の破壊にまでつながるおそれがある。最近の材料進化により,有機発光素子の発光効率は向上しているが,たとえ蛍光灯並みの100lm/Wに到達した場合にも依然として投入電力の半分以上は熱に変換されてしまうために,発熱の影響を完全に回避することは実質的に不可能である。また複数の有機発光素子を導電層や絶縁層からなる中間層を介して積層した新規デバイス構造により,一定輝度を得るための通電電流を数分の一に低減し,寿命を延ばした例も報告されているが,この場合にも発熱による寿命の短縮や,素子破壊の可能性は原理的に完全には回避できないのが事実である。」

エ 「【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は上記の点に鑑みてなされたものであり,発光時に発生する熱の悪影響を抑えることができ,発光ムラのない均一発光を実現することができる共に,かつ寿命の短縮や素子破壊の可能性を低減することができる有機発光素子及び有機発光素子用基板を提供することを目的とするものである。」

オ 「【発明の効果】
【0014】
本発明によれば,基板は10W/(m・K)以上の熱伝導率を有するので,通電・発光時に発生する熱は基板を通して放熱することができ,熱の悪影響を抑えて,発光ムラのない均一発光を実現することができると共に,かつ寿命の短縮や素子破壊の可能性を低減することができるものである。また基板は発光層側の表面の平均表面荒さが50nm以下であり,さらに,基板の表面に電極が形成されているときには電極の発光層側の表面が,あるいは基板の表面に電極が形成されていないときには基板の発光層側の表面が,70%以上の全光線反射率を有するので,発光層で発光した光を高効率で反射させて素子外に出射させることできるものである。」

カ 「【0016】
図1は一対の電極1,2の間に有機発光層3を積層して形成される有機発光素子(有機エレクトロルミネッセンス素子)の構造の一例を示すものであり,一対の電極1,2のうち一方の電極(陰極)1を基板4の表面に積層し,電極1の表面上に電子注入・輸送層5を介して発光層3を積層すると共に,さらにこの発光層3の上にホール注入・輸送層6を介して他方の電極(陽極)2が積層してある。また基板4の表面に積層されるこれらの積層物を封止部材7で覆うことによって,封止するようにしてある。そしてこのものでは,発光層3で発光した光は,透明電極として形成される電極2を通し,さらに透明体で形成される封止部材7を通して放射されるようになっている。勿論,この構造はあくまでも一例であり,本発明の趣旨に反しない限り図1の構造に限定されるものではない。
【0017】
そして本発明は,基板4として10W/(m・K)以上の熱伝導率を有するものを用いるものである。基板4の全体が10W/(m・K)以上の熱伝導率を有する素材で形成されることが好ましいが,基材4の少なくとも一部(半分以上であることが望ましい)が10W/(m・K)以上の熱伝導率を有する素材で形成されていればよい。このように基板4として10W/(m・K)以上の熱伝導率を有するものを用いることによって,有機発光素子に通電して発光させる際に発生する熱を基板4を通して放熱することができるものであり,大面積の有機発光素子に対して高い電流密度で通電した場合にも,熱の悪影響を抑えることができ,発光ムラのない均一発光を実現することができると共に,寿命の短縮や素子破壊の可能性を低減することができるものである。熱伝導率が10W/(m・K)未満である場合には,このような効果を十分に得ることができない。また基板4の熱伝導率は高い程好ましく,従って,基板4の熱伝導率の上限は特に設定されない。
【0018】
10W/(m・K)以上の熱伝導率を有し,かつ導電性の基板4としては,特に限定されるものではないが,銅,アルミニウム,ステンレス,銀,鉄,ニッケル,ニッケル鉄合金などの金属や,シリコン等を挙げることができるものであり,板,箔,その他の形状の構造体で使用することができる。
【0019】
また,10W/(m・K)以上の熱伝導率を有し,かつ電気絶縁性の基板4としては,窒化アルミニウム,炭化シリコン,アルミナ等のセラミックなどを挙げることができるものであり,板,その他の形状の構造体で使用することができる。また,高熱伝導率の粒子や繊維などを母材に混合することで10W/(m・K)以上の熱伝導率を得ることができるものであれば,例えば金属粒子練り込みフィルム,カーボン練り込み樹脂シート等も基板4として使用可能である。
【0020】
本発明において基板4の発光層3を積層する側の表面が平均荒さ50nm以下の平滑面であることも必要である。基板4の表面をこのように平均荒さ50nm以下の平滑面に形成することによって,発光層3で発光した光を高効率で反射させて,透明電極として形成される電極2から外部に出射させることできるものであり,光の取出し効率を高めることができるものである。基板4の表面が平均荒さ50nmを超える面であると,このような効果を十分に得ることができない。また基板4の表面の平均荒さは小さいほど好ましく,理想的には0である。基板4の表面を平滑化する手段は特に限定されないが,例えば電解研磨,機械的研磨,電気化学的研磨,化学的機械的研磨,化学研磨その他任意の研磨方法を用いることができる。あるいは,圧延その他の成型時に表面平滑性を確保する方法,平面転写による平滑化,平滑化膜の挿入など任意の手段を使用することも可能である。ここで,本発明において平均面荒さとは,300nm□(一辺が300nmの正方形)の小領域において,その領域の荒さ中心線L(図4に示すように凹凸の高さの中心線L)に対する値で評価した値である。
【0021】
基板4が電気絶縁性である場合には,図1の実施の形態のように,一対の電極1,2のうち一方の電極1が基板4の表面に形成されるが,基板4が導電性である場合には,一対の電極1,2のうち一方の電極1をこの基板4で兼用することができる。従ってこの場合には,図2(a)に示すように,基板4の表面に電極1を形成する必要がなくなる。」

キ 「図2(a)



ク 「【0027】
また,本発明の有機発光素子に用いる基板4は,発光層3を積層する側の表面に凹凸形状を有していてもよい。凹凸形状の大きさは,図5(a)のように,隣合う凹部10の平均ピッチPが100nm?300μmで,凹部10の平均深さDがこの平均ピッチPの2分の1以下になるように形成するのが好ましい。このように基板4の表面に凹凸を付与することによって,基板4の表面積が増大し,また基板4の表面での乱反射によって,光の取出し効率の向上が実現できるものである。凹部10の平均ピッチPが100nm未満であると,光の取出し効率を向上させる効果が小さく,平均ピッチPが300μmを超えると,光の散乱効果が小さくなって,結果として光の取り出し効率を向上させる効果が小さくなる。また凹部10の平均深さDが平均ピッチPの2分の1を超えると,基板4に積層する発光層3など有機発光素子を構成する有機膜が十分に追随することができなくなって欠陥の原因となるため好ましくない。光の取出し効率を向上させる効果を十分に得るためには,凹部10の平均深さDは50nm以上,もしくは平均ピッチPの10分の1以上であることが望ましい。
【0028】
上記の凹凸を基板4に形成するにあたっては,例えば,基板4の表面もしくは基板4の表面に加工層として形成した層に対して,サンドブラスト加工,フロスト加工,スタンプ加工,エッチング加工,エンボス加工等によって形成する方法や,有機系樹脂,ガラス等の母材に,樹脂ビーズ,ガラス,中空ガラスビーズ,シリカ,酸化バリウム,酸化チタン,樹脂ビーズ等の各種粒子を散在させたものを,塗布,ゾルゲル法等によって成膜し,表面凹凸を有する膜を設ける方法,フォトレジスト等を用いて凹凸パターンを設ける方法,マスクを用いて所定の厚みの構造体を形成する方法,等を用いて行なうことができる。また基板4の表面に直接凹凸を形成せず,他の基材上に凹凸を形成したものを転写,貼付等各種の方法によって行なうことも可能である。凹凸のパターンは,ランダムなものでも良いし,必要に応じてそのサイズが規定された回折格子,ゾーンプレートなどでも構わない。また,所望の発光波長に応じて,サイズ,パターン,向きを任意に選択し,基板4上の所定の位置にそれぞれ形成してもかまわない。
【0029】
ここで,基板4の表面に付与する凹凸と,基板4の表面の平均表面荒さの関係について説明する。すなわち請求項1において,基板4の平均表面荒さを50nm以下に規定したが,これは300nm□というミクロの領域において,局所的な凹凸がない状態を意味している。一方,請求項5の凹凸はいわゆる表面のうねりであり,そのうねりを有する表面は表面平均荒さ50nm以下の平滑な面に形成されているということを意味するものである。つまり基板4の表面は,図5(b)のようにミクロの領域では表面平均荒さ50nm以下の微細な凹凸はあるが,図5(a)のようにマクロ的には平滑な表面に形成されているものである。この状態の表面形状は,有機発光素子の短絡,欠陥の原因となる膜厚方向の突起もしくは凹みではなく,基板4の表面に曲面を有するととらえることが可能である。」

ケ 「【実施例】
【0037】
次に,本発明を実施例によって具体的に説明する。
【0038】
(基板Aの作製)
100mm□,厚み0.3mmの銅板の表面を研磨し,基板Aとした。セイコーインスツル株式会社製プローブ顕微鏡「SPI3800N」を用いて,この基板Aの表面の300nm□エリアでの平均面荒さ(Ra)を測定したところ,38nmであった。また,この基板Aの熱伝導率は400W/(m・K)であった。」

コ 「【0044】
(実施例1)
基板Aを真空蒸着装置にセットし,基板Aの全面にアルミニウムを1000Å厚に蒸着した。形成したアルミニウム膜の全光線反射率は約90%であった。次いで,基板Aの表面に9cm□の開口部を有するマスクを重ね,バソクプロインとセシウムを1:1のモル比で200Å,トリス(8-ヒドロキシキノリナ-ト)アルミニウム(Alq3)を100Åの厚みで成膜し,電子注入・輸送層を形成した。次いで緑色発光層として,Alq3にクマリンを1質量%ドープした層を500Å厚で積層することによって,有機発光層を設けた。さらに,4,4’-ビス[N-(ナフチル)-N-フェニル-アミノ]ビフェニル(α-NPD)を400Å厚で,α-NPDと酸化バナジウムを2:1のモル比で共蒸着した層を200Åで設け,ホール輸送・注入層を形成した。続いて,8cmの開口部を有するマスクを用いて,ITOを1000Å厚にスパッタリングによって成膜し,陽極の透明電極を形成し,有機発光素子を得た。」


(2) 引用発明

上記(1)からみて,引用例1には,請求項7に記載の有機発光素子用基板において,段落【0021】に記載のように基板が導電性で電極をこの基板で兼用する場合として,以下の発明が記載されている。(以下,「引用発明」という。)
「【請求項1】一対の電極間に設けられる発光層を基板に積層して形成される有機発光素子の【請求項7】有機発光素子用基板であって,
【請求項7】少なくとも一部が10W/(m・K)以上の熱伝導率を有し,且つ発光層側の表面の平均表面荒さが50nm以下であり,
【0020】平均面荒さとは,300nm□(一辺が300nmの正方形)の小領域において,その領域の荒さ中心線L(図4に示すように凹凸の高さの中心線L)に対する値で評価した値であり,
【0021】基板4が導電性で,一対の電極1,2のうち一方の電極1をこの基板4で兼用し,基板4の表面に電極1を形成する必要がなく
【請求項7】基板4の発光層側の表面が,70%以上の全光線反射率を有する有機発光素子用基板。」

2 対比
本件補正後発明と引用発明を対比すると,以下のとおりとなる。

(1) 電子デバイス,支持基材
引用発明の「有機発光素子用基板」は,「一対の電極間に設けられる発光層」が積層されて「有機発光素子」が形成されるものである。ここで,引用発明の「有機発光素子」は,本件補正後発明の「電子デバイス」に相当する。したがって,引用発明の「有機発光素子用基板」は,本件補正後発明の「電子デバイス用の支持基材」に相当する。

(2) アノード,カソード
引用発明の「有機発光素子用基板」は,「導電性で,一対の電極1,2のうち一方の電極1を」「兼用し,基板4の表面に電極1を形成する必要がな」い。ここで,引用発明の「一対の電極1,2」は,本願補正後発明の「アノード」及び「カソード」に相当する。したがって,引用発明の「有機発光素子用基板」は,本願補正後発明の「電子デバイス用の支持基材を兼ねたアノードまたはカソードとして用いられる」との要件を満たす。

(3) 最表面,超平坦面
引用発明の「有機発光素子用基板」の「発光層側の表面」は,「平均表面荒さが50nm以下」であり,所定の「平坦面」を有する。したがって,引用発明の「有機発光素子用基板」の「発光層側の表面」は,本件補正後発明の「少なくとも一方の最表面」に相当し,「平坦面」を有する点で共通する。

(4) 絶縁層
引用発明の「有機発光素子用基板」は,「導電性で,一対の電極1,2のうち一方の電極1をこの基板4で兼用」している。「有機発光素子」において,「電極」と「発光層」は,電気的に接続する必要があるから,その間に「絶縁層」は設けられない。上記(3)のとおり,引用発明の「有機発光素子用基板」の「発光層側の表面」は,所定の「平坦面」を有する。したがって,引用発明の「有機発光素子用基板」は,本願補正後発明の「少なくとも前記」「平坦面側に絶縁層を有しない」との要件を満たす。この点は,引用例1の図2(a)からも見て取れる事項である。

(5) 電極箔
したがって,引用発明の「基板4」は,本願補正後発明の「電極箔」と,「電極」という点で共通し,上記(1)?(4)の範囲で本願補正後発明の「電極箔」についての要件を満たす。

3 一致点
本件補正後発明と引用発明は,以下の構成において一致する。
「電極であって,
電極の少なくとも一方の表面が平坦面であり,かつ,電極が少なくとも平坦面側に絶縁層を有しない,電子デバイス用の支持基材を兼ねたアノードまたはカソードとして用いられる,電極。」

4 相違点
本件補正後発明と引用発明は,以下の点で相違する。

(1) 相違点1
本件補正後発明の「電極箔」は,「少なくとも銅箔を備えて」いるのに対して,引用発明の「有機発光素子用基板」は,銅箔を備えているか,必ずしも明確ではない点。

(2) 相違点2
本件補正後発明の「電極箔」は,「1?150μmの厚さを有する」「箔」であり,「フレキシブル電子デバイス用の支持基材」であるのに対して,引用発明の「有機発光素子用基板」の厚さがそのような厚さの「箔」であるか,引用発明の「有機発光素子用基板」が,「フレキシブル電子デバイス」用の支持基材であるか,必ずしも明確ではない点。

(3) 相違点3
本件補正後発明の「電極箔」は,「電極箔の少なくとも一方の最表面が,JIS B 0601-2001に準拠して測定される,0.5nm以上7.0nm以下の算術平均粗さRaを有する超平坦面」であるのに対して,引用発明の「有機発光素子用基板」の「発光層側の表面」は,「平均表面荒さが50nm以下」であるが,本件補正後発明の粗さの要件を満たすのか否か,必ずしも明確ではない点。

5 判断
(1) 相違点1,2について
ア 基材の材料として銅を用いることについて
引用例1には,「10W/(m・K)以上の熱伝導率を有し,かつ導電性の基板4として」「銅,アルミニウム,ステンレス,銀,鉄,ニッケル,ニッケル鉄合金などの金属」(段落【0018】)が挙げられており,実施例においても,基板に銅を用いている(段落【0038】,【0044】)。このような引用例1の記載に基づいて引用発明を具体的に把握した当業者において,引用発明の基材の材質が銅であることは,記載されているに等しい事項である。よって,基材の材料として銅を用いることは,実質的な相違点ではない。
あるいは,引用発明において「基材」を形成するに際して,引用例1の段落【0018】や実施例などの記載や示唆に基づいて,引用発明の「基材」を「銅」で形成することは,当業者が容易にできたことである。

イ 基材を「1?150μmの厚さを有する」「箔」とすることについて
引用例1には,「10W/(m・K)以上の熱伝導率を有し,かつ導電性の基板4として」「板,箔,その他の形状の構造体で使用することができる」(段落【0018】)と記載されている。引用例1の実施例においては「厚み0.3mmの銅板」(段落【0038】)を用いている。
引用例1には,「箔」の形状の構造体で使用することが記載されており,その厚さは明確ではないが,板の「厚み0.3mm」よりは薄いものと考えられる。さらに,引用例1には,「金属箔を用いた」とする「特許文献4」(特開2002-15859号公報:原査定における引用文献6)が示されており(段落【0005】),特開2002-15859号公報においては基板の厚みを一例として50μmとしている(段落【0059】)。
さらに,有機発光素子の分野において,基板の厚みを50μmなどとすること,基材が薄いほど軽量化や可撓性が高まることなどは,広く知られ,当業者が当然考慮する事項である。(例えば,特開2002-15859号公報の段落【0027】,国際公開第2010/000226号(原査定における引用文献7)の8頁10?26行目参照。)
したがって,引用発明において,引用例1の基材を「箔」とするなどの記載や示唆に基づいて,有機発光素子の軽量化や可撓性を高めることを目的として,「厚み0.3mm」よりも薄くして,「1?150μmの厚さ」の「箔」とすることは,当業者が容易にできたことである。

ウ 「フレキシブル電子デバイス用」の基板とすることについて
本件補正後発明は,フレキシブル電子デバイス用の支持基材として用いられる「電極箔」に関するものであり,その他の構造が電極箔上に形成されて構成される最終的な電子デバイスがフレキシブルとなるか否かは,他の構造にも依存する。フレキシブル電子デバイス用の支持基材の厚みは所定の薄さが求められるが,厚み以外には「電極箔」の構造を特定するものではない。引用発明において,基材の厚みを本願補正後発明の「1?150μmの厚さ」とすることは上記イのとおりであり,「フレキシブル電子デバイス用」という構成はそれ以外の相違点を生じるものではない。
あるいは,薄い基板を用いて可撓性を備えた有機発光装置を形成することも,当該分野において広く知られたことである。(例えば,特開2002-15859号公報の段落【0004】など参照。)
したがって,引用発明における有機発光素子用基板をフレキシブルな有機発光素子の基板に用いることは,当業者が容易にできたことである。

エ まとめ
したがって,上記ア?ウのとおり,引用発明において,「基材」を「1?150μmの厚さを有する」「銅箔」として,「フレキシブル電子デバイス用の支持基材を兼ね」る「電極箔」とすることは,当業者が容易にできたことである。

(2) 相違点3について
引用発明は,「有機発光素子用基板」の「表面の平均表面荒さが50nm以下」としており,引用例1には,「基板4の表面の平均荒さは小さいほど好ましく,理想的には0である。」(段落【0020】)と記載されている。したがって,引用発明において,より有機発光素子用基板の表面の平滑化をすることは,引用例1の記載に接した当業者が当然行うべき事項である。そして,引用例1の段落【0020】には,基板4の表面を平滑化する手段として化学的機械的研磨などが挙げられているところ,化学的機械的研磨において表面粗さを数nmのオーダーとすることは,現実的な範囲内で可能である。一方で,上記引用例1の段落【0020】にも「理想的には」とあるように,原子のサイズなど様々な制約条件から平坦化には限界があり,例えば,0.6nm(銅原子半径の5倍)より小さいオーダーで表面の粗さを平坦化することは,現実的な範囲では当業者は行わないものと考えられる。よって結果的には,表面の平均荒さは本願補正後発明の数値範囲に含まれることとなり,相違点3については実質的な相違点ではない。
なお,例えば,特開2007-142377号公報には,CMPによる銅研磨により表面粗さ(算術平均粗さRa)を2.7nmなどとすることが(段落【0040】など),特開2004-320006号公報には,銅で形成されるゲート電極の表面の粗さRaをCMP研磨で3.8nmなどとすることが(【実施例1】など)記載されている。

あるいは,有機発光素子の分野において,電極の表面粗さを本願補正後発明の程度の極めて小さい値とすることは一般的に行われている事項である。例えば,特開2004-6221号公報(原査定における引用文献2)の【0057】,各表,特開2004-87451号公報(原査定における引用文献3)の各表,特開2006-269224号公報(原査定における引用文献4)の【0034】などには,電極の表面粗さRa(中心線平均粗さ。なお,中心線平均粗さは,算術平均粗さRaと実質的に同程度の値を示す。特開2007-169537号公報の段落【0053】を参照。)を1.5nm以下などの極めて小さい値とすることが記載されている。
上記のとおり,引用例1には,「基板4の表面の平均荒さは小さいほど好ましく,理想的には0である。」(段落【0020】)と記載されている。したがって,引用発明において,表面の粗さを本願補正後発明の範囲内とすることは,引用例1の示唆に従い,現実的な範囲で理想を追求した当業者が当然なしうる事項である。
なお,引用発明は,「平均面荒さ」を「300nm□(一辺が300nmの正方形)の小領域において」評価しており,「JIS B 0601-2001」における80μmなどの基準長さと必ずしも一致しない。本願補正後発明には,「JIS B 0601-2001に準拠して測定される」と記載されている。しかし,本願の明細書の実施例では,粗さの「測定は,10μm平方の範囲について」行っており(段落【0052】など),「JIS B 0601-2001」の基準長さと必ずしも一致するものではなく,本願補正後発明の「準拠」は,必ずしも完全に沿うことを意味するものではない。「算術平均粗さRa」は,その計算方法からみて,測定領域を多少変更しても大差ない値が得られることは明らかであるから,評価領域の大小等の測定条件の相違に関わらず引用発明において,表面の粗さを本願補正後発明の範囲内とすることは,引用例1の示唆に従い,現実的な範囲で理想を追求した当業者が当然なしうる事項といえる。

6 効果について
発明の効果に関して,本願の発明の詳細な説明には,「本発明者は,今般,金属箔の少なくとも一方の表面を極度に平坦化することで,支持基材,電極および反射層としての機能を兼ね備え,かつ,熱伝導性に優れた,フレキシブル電子デバイスに有用な電極箔が得られるとの知見を得た。」(段落【0011】),「したがって,本発明の目的は,支持基材,電極および反射層としての機能を兼ね備え,かつ,熱伝導性に優れた,フレキシブル電子デバイスに有用な電極箔を提供することにある。」(段落【0012】)と記載されている。
しかしながら,本件補正後発明が奏する効果は,引用発明が奏する効果であるか,あるいは,引用発明において周知慣用技術を採用した当業者が期待する効果の範囲内のものである。

7 請求人の主張について
請求人は,審判請求書の「(5-10)Ra限定と短絡防止の効果について」において「ところで,原審審査官殿は,拒絶査定に示される3種類の見解(すなわち上述した見解i)?iii))のいずれにおいても,表面の算術平均粗さRaを0.5nm以上3.0nm以下とすることは周知例を参考にして「当業者であれば適宜設定し得る事項である」と一蹴されておりますが,このご見解は,本願発明の銅箔ベースの電極箔の厚さが1?150μmであるという点と,Raを0.5nm以上3.0nm以下とする点とを完全に切り離して別個に検討されている点で,明らかに妥当性を欠くものといわざるを得ません。」,「前述のとおり,本願発明において,短絡防止という効果は単に基板の算術平均粗さRaのみによって決まるものではなく,基板の厚みとRaとの相互関係に依存して決まるものであるからです。このことは,基板表面のRaを開示する引用文献1及び本願明細書の教示から明らかです。すなわち,引用文献1の段落[0038]及び[0054]には,実施例において厚さ0.3mm(300μm)でRa:38nmの銅板(基板A)を用いて作製された有機発光素子(実施例1)について,比較的均一に発光したことが教示されており,この実施例の銅板は短絡防止の効果を有するものと考えられます。一方,本願明細書段落[0067]には厚さ64μmでRa:12.20nmの銅箔を用いて有機EL素子を作製したところ,電極間で短絡が起きてしまうことが教示されております(厚さについては本願明細書段落[0052]を参照)。このように,厚さ300μmの銅板では大きなRa(38nm)でも短絡が生じないのに対し,厚さ64μmの銅箔ではそれよりも小さなRa(12.20nm)で短絡が生じています。これは厚さ64μmの銅箔は,板よりも薄い低応力で屈曲が容易な銅箔であるため,表面凹凸由来の欠陥等が増幅されやすいためではないかと解されます。このことから分かるように,短絡防止の効果は単に基板の算術平均粗さRaのみによって決まるのではなく,基板の厚みとRaとの相互関係に依存して決まるものです。そして,補正後の本願発明は薄い(厚さ1?150μm)電極箔と0.5nm以上7.0nm以下の算術平均粗さRaを有する超平坦面に限定することにより,フレキシブル電子デバイスに有用な電極箔においても短絡防止の効果を得るという技術的特徴を有しているのであり,かかる技術的特徴及び効果は引用文献のいずれにも開示も示唆も無い以上,進歩性を肯定するに足る事項として大いに考慮されるべきものと請求人は考えます。」と主張する。
しかしながら,上記のとおり引用例1には「基板4の表面の平均荒さは小さいほど好ましく,理想的には0である」こと(段落【0020】),基板の膜厚方向の突起もしくは凹みは,有機発光素子の短絡,欠陥の原因となること(段落【0029】)が記載されており,出願人が主張する短絡防止の効果は当業者の予想を超える格別の効果ともいえない。引用発明において基板の厚みを本願補正後発明の範囲とすることは,上記5(1)の通り当業者が容易にできた事項であり,基板の厚みとRaとの相互関係による短絡防止についても,当業者が容易にできた構成による効果の主張に過ぎない。

第3 まとめ
以上のとおり,本件出願の特許請求の範囲の請求項1に係る発明は,引用例1に記載された発明及び周知慣用技術に基づいて,その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

したがって,他の請求項に係る発明について審究するまでもなく,本願は拒絶すべきものである。

よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2016-07-29 
結審通知日 2016-08-01 
審決日 2016-08-22 
出願番号 特願2012-518273(P2012-518273)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (H05B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 池田 博一  
特許庁審判長 樋口 信宏
特許庁審判官 清水 康司
多田 達也
発明の名称 電極箔および有機デバイス  
代理人 高村 雅晴  
代理人 加島 広基  

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