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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C22C
管理番号 1321275
異議申立番号 異議2016-700874  
総通号数 204 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2016-12-22 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-09-15 
確定日 2016-11-21 
異議申立件数
事件の表示 特許第5886119号発明「肌焼鋼鋼材」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5886119号の請求項1ないし2に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯

特許第5886119号の請求項1及び2に係る特許(以下、「本件特許」という。)についての出願は、平成24年 4月25日に出願され、平成28年 2月19日にその特許権の設定登録がされ、その後、その特許に対し、特許異議申立人西川 晶子により特許異議の申立てがされたものである。


第2 本件発明

特許第5886119号の請求項1及び2に係る発明(以下、それぞれ、「本件特許発明1」、「本件特許発明2」という。)は、その特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。

「【請求項1】
熱間加工した後に浸炭焼入を行う肌焼鋼鋼材(但し、浸炭焼入が行われる以前に球状化熱処理を行う場合を除く。)であって、
質量%で、
C:0.15?0.23%、
Si:0.01?0.15%、
Mn:0.65?0.90%、
S:0.010?0.030%、
Cr:1.65?1.79%、
Al:0.015?0.060%および
N:0.0100?0.0250%
を含有するとともに、
下記の〈1〉式、〈2〉式および〈3〉式で表されるfn1、fn2およびfn3が、それぞれ、25≦fn1≦85(但し、fn1=65を除く。)、0.90≦fn2≦1.20およびfn3≧2.20であり、
残部はFeおよび不純物からなり、
不純物中のP、TiおよびO(酸素)がそれぞれ、
P:0.020%以下、
Ti:0.005%以下および
O:0.0015%以下であり、
面積割合で組織の20?70%がフェライトであり、
上記フェライト以外の部分が、パーライトおよびベイナイトのうちの1種以上からなる組織であることを特徴とする肌焼鋼鋼材。
fn1=Mn/S・・・〈1〉
fn2=Cr/(Si+2Mn)・・・〈2〉
fn3=1.16Si+0.70Mn+Cr・・・〈3〉
但し、〈1〉式、〈2〉式および〈3〉式中の元素記号は、その元素の質量%での含有量を表す。

【請求項2】
Feの一部に代えて、質量%で、Cu:0.20%以下およびNi:0.20%以下から選択される1種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の肌焼鋼鋼材。」


第3 申立理由の概要

特許異議申立人西川 晶子(以下、単に「特許異議申立人」という。)は、証拠として、甲第1号証:特開2010-168628号公報、甲第2号証:特開2009-114484号公報、甲第3号証:特開2008-88536号公報、甲第4号証:特開2009-249685号公報、甲第5号証:特開2010-196094号公報を提出し、請求項1及び2に係る特許は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから、請求項1及び2に係る特許を取り消すべきものである旨主張している。
すなわち、本件特許発明1及び2は、甲第1号証に記載された発明と甲第2?5号証に記載された周知技術等に基づき、当業者が容易に想到することができた発明である旨主張している。


第4 甲各号証の記載事項

(1)甲第1号証:特開2010-168628号公報
(1a)
「【請求項1】
質量%で、C:0.1?0.35%、Si:0.01?0.6%、Mn:0.3?1.5%、Cr:1.35?3.0%、P:0.018%以下、S:0.02%以下、Al:0.015?0.05%、N:0.008?0.025%およびO:0.0015%以下を、下記式(1),(2),(3)を満足する範囲で含有し、残部はFeおよび不可避的不純物の組成になり、かつ酸化物系非金属介在物の最大径が19μm 以下である組織の鋼素材を、1100℃以上に加熱後、総圧下率:70%以上かつ800?950℃の温度域での圧下率:30%以上の条件で圧延を終了したのち、800?500℃の温度域を0.1?1.0℃/sの速度で冷却することを特徴とする冷間鍛造性に優れた浸炭用鋼の製造方法。

3.1 ≧{([%Si]/2)+[%Mn]+[%Cr]}≧ 2.2 --- (1)
[%C]-([%Si]/2)+([%Mn]/5)+2[%Cr] ≧ 3.0 --- (2)
2.5 ≧ [%Al]/[%N] ≧ 1.7 --- (3)
但し、[%M]は、元素Mの含有量(質量%)」

(1b)
「【請求項3】
請求項1または2において、鋼素材が、質量%でさらに、Cu:1.0%以下、Ni:0.5%以下、Mo:0.2%以下およびV:0.5%以下のうちから選んだ一種または二種以上を含有することを特徴とする冷間鍛造性に優れた浸炭用鋼の製造方法。」

(1c)
「【0005】
また、棒材を冷間成形して製造される自動車等の部品素材は、高い冷間鍛造性が要求される。そのため、球状化熱処理を施して炭化物を球状化し、冷間鍛造性を高めることが行われる。
しかしながら、熱処理前の部品素材の組織がフェライト-パーライト組織の場合は、層状セメンタイトを分断し難いため、球状化しにくいという問題がある。」

(1d)
「【0007】
しかしながら、上述した特許文献1,2にはいずれも、以下に述べるような問題があった。
特許文献1によれば、Siを低減することにより、粒界酸化層および不完全焼入れ層が低減するので、歯元での曲げ疲労亀裂発生を抑えることはできる。しかしながら、単純なSiの低減のみでは、逆に焼戻し軟化抵抗が低下して、破壊の発生が歯元から歯面側に移行する結果、歯面での摩擦熱による焼戻し軟化を抑えることができなくなって表面が軟化するため、ピッチングが発生し易くなるという問題があった。
【0008】
本発明は、上記の実状に鑑み開発されたもので、歯元の曲げ疲労強度が従来の歯車よりも高く、さらに面圧疲労特性にも優れた高強度歯車等の素材として好適で、しかも初期組織がフェライト-パーライト組織であっても炭化物の球状化が比較的容易で、冷間鍛造性に優れ、かつ量産化が可能な浸炭用鋼の有利な製造方法を提案することを目的とする。」

(1e)
「【0009】
さて、発明者等は、上記の課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、以下に述べる知見を得た。
a)鋼材中のSi,Mn,Cr量を適正化することによって、焼戻し軟化抵抗を高めると共に、歯車接触面での発熱による軟化を抑えれば、歯車駆動時に生じる歯面の亀裂発生を抑制することができる。
b)曲げ疲労および疲労亀裂の起点となり得る粒界酸化層については、Si,Mn,Crをある量以上添加することにより、粒界酸化層の成長方向が深さ方向から表面の密度増加方向に変わる。従って、起点となるような深さ方向に成長した酸化層がなくなるので、曲げ疲労および疲労亀裂の起点となり難くなる。
c)上記aおよびbで述べたとおり、Si,Mn,Crは、焼戻し軟化抵抗の向上と粒界酸化層のコントロールに有効であるが、これらの効果を両立させるためには、Si,Mn,Crについて、その含有量を厳密に制御する必要がある。
d)炭化物の球状化を促進し、冷間鍛造性を向上させるには、C,Si,Mn,Crの添加量を適正化することが有利である。特にCrの多量添加が有効である。
本発明は上記の知見に立脚するものである。」

(1f)
「【0017】
Mn:0.3?1.5%
Mnは、焼入性に有効な元素であり、少なくとも0.3%の添加を必要とする。しかしながら、Mnは、浸炭異常層を形成し易く、また過剰な添加は残留オーステナイト量が過多となって硬さの低下を招くので、上限を1.5%とした。好ましくは0.3?1.2%の範囲である。
・・・
【0019】
P:0.018%以下
Pは、結晶粒界に偏析し、浸炭層および心部の靭性を低下させるので、その混入は低いほど望ましいが、0.018%までは許容される。好ましくは0.016%以下である。
【0020】
S:0.02%以下
Sは、硫化物系介在物として存在し、被削性の向上に有効な元素である。しかしながら、過剰な添加は疲労強度の低下を招く要因となるので、上限を0.02%とした。」
・・・
【0023】
O:0.0015%以下
Oは、鋼中において酸化物系介在物として存在し、疲労強度を損なう元素である。低いほど望ましいが、0.0015%までは許容される。

(1g)
「【0026】
以上、本発明の基本成分について説明したが、本発明では、その他にも必要に応じて、以下に述べる元素を適宜含有させることができる。
Cu:1.0%以下
Cuは、母材の強度向上に有効に寄与するが、含有量が1.0%を超えると熱間脆性を生じ、鋼材の表面性状が劣化するので、1.0%以下に限定した。
【0027】
Ni:0.5%以下
Niは、母材の強度および靱性の向上に有効に寄与するが、高価であるので、0.5%以下で含有させるものとした。」

(1h)
「【0031】
次に、本発明の製造条件について説明する。
本発明では、上述した好適成分組成になる鋼素材を、1100℃以上に加熱後、総圧下率:70%以上かつ800?950℃の温度域での圧下率:30%以上の条件で圧延を終了したのち、800?500℃の温度域を0.1?1.0℃/sの速度で冷却することが、またさらにはその後に加熱温度および熱間圧延温度または熱間鍛造温度を1050?900℃とした後、800?500℃の温度域を0.1?1.0℃/sの速度で冷却することが必要である。
・・・
【0036】
本発明では、上記の冷却処理終了後、さらに熱間圧延や熱間鍛造を行うことができる・・・」

(1i)
「【0043】




(2)甲第2号証:特開2009-114484号公報
(2a)
「【請求項1】
質量%で、C:0.10?0.45%、Si:0.05?2.0%、Mn:0.1?2.0%、P:0.030%以下、S:0.10%以下、Cr:1.5?3.0%、Ni:4.0%以下、Mo:2.0%以下、Cu:0.30%以下、Al:0.005?0.05%、O:0.0030%以下、N:0.030%以下を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなる鋼材料を用い、機械加工もしくは鍛造によって部品形状に成形した後、浸炭焼入れを行い、その後に1回以上の繰返し焼入れを行った後、これを焼戻し、その後に浸炭異常層を除去することにより浸炭部品を製造することを特徴とする衝撃強度および曲げ強度に優れた高強度浸炭部品の製造方法。」

(2b)
「【0022】
Ni:≦4.0%
Niは焼入性および靱性を向上させる元素である。しかし、Niは4.0%を超えて含有すると圧延あるいは鍛造後にベイナイトやマルテンサイト組織となり加工性を著しく低下させ、かつ、コストアップとなる。そこでNiは4.0%以下とする。
・・・
【0024】
Cu:≦0.30%
Cuはスクラップから含有される不可避な元素であるが、時効性を有し強度を上昇させる。しかし、Cuは0.30%を超えると熱間加工性を低下する。そこで、Cuは0.30%以下とする。」

(2c)
「【0039】
上記のφ65mmに鍛伸した実施例および比較例の鋼材に対し、次のa.とb.の2種の処理をそれぞれ行った。すなわち、a.焼ならし処理として、鋼材を900℃で3時間保持して焼ならした後に空冷した。また、b.熱間鍛造および焼鈍処理を想定した処理として、鋼材を1200℃に加熱して1時間保持した後、700℃まで冷却して1時間保持した後、空冷する焼鈍を行った。次いで、これらのa.とb.で処理した実施例および比較例の鋼材から、それぞれ2mm10RCノッチのシャルピー衝撃試験片および2mmVノッチの静曲げ試験片に粗加工した。これらの各試験片を930℃に加熱して0.5時間保持して予熱し、ガス浸炭を3時間行い、2.5時間の拡散処理後、830℃で0.5時間保持し、次いで60℃の油に焼入れを行った。」

(3)甲第3号証:特開2008-88536号公報
(3a)
「【請求項1】
生地が、質量%で、C:0.10?0.30%、Si:0.05?1.0%、Mn:0.35?1.5%、P:0.030%以下、S:0.005?0.050%、Cr:0.70?3.0%、Al:0.010?0.050%、N:0.0050?0.0250%を含有し、残部がFeおよび不純物からなる化学成分の鋼で、表面硬さの最小値がビッカース硬さで750以上、粗さ曲線の最大高さ粗さRzの最大値が6μm以下、かつ不完全焼入層の最大値が15μm以下であることを特徴とする浸炭部品または浸炭窒化部品。」

(3b)
「【0087】
熱間鍛造では、直径が20mmで長さが1000mm、直径が30mm長さが1000mmおよび直径が140mmで長さが1000mmの3種類の丸棒を作製した。なお、熱間鍛造後は大気中で放冷した。
【0088】
次いで、上記の直径が20mmの各丸棒に、900℃で1時間保持して放冷する焼準を行なった後、その中心部から、鍛錬軸に平行に図1に示す切欠き付き小野式回転曲げ疲労試験片を切り出した。
【0089】
また、直径が30mmの各丸棒に、900℃で1時間保持して放冷する焼準を行なった後、その中心部から、鍛錬軸に平行に図2に示すローラーピッチング小ローラー試験片を切り出した。
【0090】
さらに、直径が140mmの各丸棒に、900℃で3時間保持して放冷する焼準を行なった後、その中心部から、鍛錬軸に平行に図3に示すローラーピッチング大ローラー試験片を切り出した。
・・・
【0094】
上記の各試験片には、図4?7に示す条件の「浸炭焼入-焼戻し」あるいは「浸炭窒化焼入-焼戻し」の処理を施した。」

(4)甲第4号証:特開2009-249685号公報
(4a)
「【請求項1】
質量%で、C:0.15?0.30%、Si:0.02?1.0%、Mn:0.30?1.0%、S:0.030%以下、Cr:1.80?3.0%、Al:0.010?0.050%およびN:0.0100?0.0250%を含有するとともに、Si、Mn、CrおよびSの含有量が、下記の(1)式および(2)式で表されるfn1およびfn2の値でそれぞれ、30≦fn1≦150および0.7≦fn2≦1.1を満たし、残部はFeおよび不純物からなり、不純物中のP、TiおよびO(酸素)がそれぞれ、P:0.020%以下、Ti:0.005%未満およびO:0.0015%以下であることを特徴とする肌焼鋼。
fn1=Mn/S・・・(1)
fn2=Cr/(Si+2Mn)・・・(2)
但し、(1)式および(2)式中の元素記号は、その元素の質量%での含有量を表す。」

(4b)
「【0049】
fn1の値:30以上150以下
粗大なMnSの生成によって、曲げ疲労強度およびピッチング強度の低下が生じるので、高い曲げ疲労強度および高いピッチング強度を確保するためには、粗大なMnSの生成を抑制することが必要である。しかも、上記の粗大なMnSは、熱間圧延や熱間鍛造などの熱間加工時の割れおよび冷間鍛造時の割れの起点ともなるため、熱間加工時の割れおよび冷間鍛造時の割れを抑制するためには粗大なMnSを極力少なくすることが必要である。
【0050】
前記の(1)式で表されるfn1の値が30より小さい場合には、Sの含有量が過剰となって粗大なMnSの生成が避けられず、一方、fn1の値が150より大きい場合には、Mnの含有量が過剰となって中心偏析部において粗大なMnSが生成する。そのため、いずれの場合にも、曲げ疲労強度およびピッチング強度の低下を招き、しかも、熱間加工時の割れおよび冷間鍛造時の割れを避け難い。したがって、前記の(1)式、つまり〔fn1=Mn/S〕で表されるfn1の値が、30≦fn1≦150を満たすこととした。なお、fn1の値の好ましい下限は50である。また、好ましい上限は100である。
【0051】
fn2の値:0.7以上1.1以下
NiおよびMoを極力含有させることなく、高い曲げ疲労強度と高いピッチング強度を具備させるためには、焼入性を確保しつつ、浸炭異常層である粒界酸化層および不完全焼入層の深さを小さくする必要がある。そして、そのためには酸化性の元素のうちで、特に、Cr、SiおよびMnの含有量を前記の範囲にしたうえで、これらの元素の含有量バランスとしての前記(2)式で表されるfn2の値を0.7以上1.1以下とする必要がある。すなわち、前記の(2)式で表されるfn2の値が0.7より小さい場合および1.1より大きい場合にはいずれも、浸炭異常層の深さが大きくなるので、曲げ疲労強度とピッチング強度が低下してしまう。したがって、前記の(2)式、つまり〔fn2=Cr/(Si+2Mn)〕で表されるfn2の値が、0.7≦fn2≦1.1を満たすこととした。なお、fn2の値の好ましい範囲は、0.8≦fn2≦1.1である。」

(4c)
「【0055】
Ti:0.005%未満
Tiは、Nとの親和性が高いので、鋼中のNと結合して硬質で粗大な非金属介在物であるTiNを形成し、曲げ疲労強度とピッチング強度を低下させ、さらに、被削性も低下させる。したがって、本発明においては、不純物中のTiの含有量を0.005%未満とした。」


(5)甲第5号証:特開2010-196094号公報
(5a)
「【0012】
また、上記浸炭用鋼は、ミクロ組織をフェライト・パーライトとすることにより、歯切れ加工(ホブ切削)等の際の切削性を得ることができる。
また、フェライト・パーライト組織においては、パーライト組織が切削性を悪化させる。そのため、通常肌焼鋼(SCR420、SCM20)同等以上の切削性を確保するために、フェライト率を面積率で45%以上確保することとした。」

(5b)
「【0030】





第5 判断

(1)甲第1号証記載の発明
甲第1号証には、上記(1a)、(1c)、(1d)によれば、フェライト-パーライト組織を有する浸炭用鋼において、球状化熱処理による炭化物の球状化を比較的容易なものとして冷間鍛造性を高め、かつ量産化が可能なものとすることを課題とし、また、上記(1e)、(1f)によれば、Si、Mn、Cr量の適正化による焼戻し軟化抵抗の向上と、曲げ疲労及び疲労亀裂の起点となりうる粒界酸化層のコントロール、被削性の向上を課題とすることが記載されている。そして、上記(1i)によれば、実施例として、【表1】において鋼記号Gで示される化学組成を有する浸炭用鋼が記載されている。
ここで、用途について検討すると、上記(1h)によれば、鋼素材を熱間圧延又は熱間鍛造した後冷却することで製造された浸炭用鋼について、さらに、熱間圧延や熱間鍛造を行うことができることが記載されているから、浸炭用鋼は、熱間圧延や熱間鍛造に供される浸炭用鋼を含んでいるといえる。また、上述のとおり、球状化熱処理による炭化物の球状化を比較的容易なものとして冷間鍛造性を高めることを課題とするものであるから、球状化熱処理及びその後の冷間鍛造に供されることを前提とするものといえる。

よって、甲第1号証には、熱間圧延や熱間鍛造に供される、鋼記号Gで示される浸炭用鋼に注目すると、
「熱間圧延や熱間鍛造を行い、球状化熱処理及び冷間鍛造を行った後、浸炭焼入を行う浸炭用鋼であって、質量%で、C:0.20%、Si:0.07%、Mn:0.85%、P:0.016%、S:0.013%、Al:0.031%、N:0.0154%、Cr:1.74%、O:0.0007%、残部はFeおよび不可避的不純物の組成からなり、フェライト-パーライト組織を有する、浸炭用鋼。」(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。

(2)対比・判断
本件特許発明1と甲1発明とを対比する。
(ア)「肌焼鋼」について、熱処理用語辞典(編集:(社)日本熱処理技術協会、発行:日刊工業新聞社、2002年7月30日発行)の339頁には、「はだ(肌)焼鋼・・・低炭素鋼,低炭素合金鋼など主として浸炭もしくは浸炭窒化・・・などによって表面を硬化させて使用する鋼材・・・=浸炭鋼」と記載されていること、また、甲1発明の「浸炭用鋼」は、下記(ウ)で述べるとおり、本件特許発明1と同程度の炭素量であることから、甲1発明の「浸炭用鋼」は、本件特許発明1の「肌焼鋼鋼材」に相当する。

(イ)本件特許発明1の「熱間加工」について、本件特許の発明の詳細な説明には、【0080】に記載される、肌焼鋼鋼材の製造工程での分塊圧延後に棒鋼を作製するための「熱間加工」と、【0103】に記載される、製造された肌焼鋼鋼材の棒鋼から得た試験片の熱間加工性を調査するための「熱間加工」とがあるところ、本件特許発明1の解決しようとする課題は、【0014】、【0015】の記載によれば、「素材鋼を所望の製品形状に熱間鍛造する際」の「熱間加工性も具備する・・・肌焼鋼鋼材を提供すること」にあるといえるから、本件特許発明1における発明特定事項としての「熱間加工」は、肌焼鋼鋼材の製造方法を特定するものではなく、肌焼鋼鋼材の用途を特定するものと認める。
なお、本件特許発明1に係る特許出願の審査過程における平成27年11月10日付け意見書で、出願人は、「・・・『熱間加工した後に浸炭焼入を行う』『浸炭焼入が行われる以前に球状化熱処理を行う』との記載は、本願発明に係る肌焼鋼鋼材の製造工程を規定したものではありません。・・・肌焼鋼鋼材とは浸炭部品の素材であり、その肌焼鋼鋼材が熱間加工、浸炭焼入等の工程を経ることによって、自動車部品などの浸炭部品となるのです。・・・本願請求項1において、『熱間加工した後に浸炭焼入を行う肌焼鋼鋼材(但し、浸炭焼入が行われる以前に球状化熱処理を行う場合を除く。)』と記載しているのは、その物の製造方法を記載するものではなく、その物の用途を限定するものです。」と主張しているところ、前記の認定はこの主張と整合する。
そして、甲1発明における「熱間圧延や熱間鍛造」は、甲1発明の「浸炭用鋼」の用途を特定しているから、甲1発明の「熱間圧延や熱間鍛造を行い・・・浸炭焼入を行う浸炭用鋼」は、本件特許発明1の「熱間加工した後に浸炭焼入を行う肌焼鋼鋼材」に相当する。

(ウ)甲1発明において、上記(1f)によれば、P、Oについては、いずれも「低いほど望ましい」とされており、不純物と解されるから、甲1発明の「質量%で、C:0.20%、Si:0.07%、Mn:0.85%、P:0.016%、S:0.013%、Al:0.031%、N:0.0154%、Cr:1.74%、O:0.0007%、残部はFeおよび不可避的不純物の組成からなり」は、それぞれの成分の質量%の数値からみて、本件特許発明1の「質量%で、C:0.15?0.23%、Si:0.01?0.15%、Mn:0.65?0.90%、S:0.010?0.030%、Cr:1.65?1.79%、Al:0.015?0.060%およびN:0.0100?0.0250%を含有するとともに・・・残部はFeおよび不純物からなり、不純物中のP・・・およびO(酸素)がそれぞれ、P:0.020%以下・・・O:0.0015%以下であり・・・」に相当する。

(エ)甲1発明の「フェライト-パーライト組織を有する」は、本件特許発明1の「組織・・・フェライトであり、上記フェライト以外の部分が、パーライトおよびベイナイトのうちの1種以上からなる組織である」に相当する。

そうすると、本件特許発明1と甲1発明の一致点及び相違点は、次のとおりである。
(一致点)
「熱間加工した後に浸炭焼入を行う肌焼鋼鋼材であって、
質量%で、C:0.20%、Si:0.07%、Mn:0.85%、S:0.013%、Al:0.031%、N:0.0154%、Cr:1.74%を含有するとともに、
残部はFeおよび不純物からなり、
不純物中のPおよびO(酸素)がそれぞれ、P:0.016%、O:0.0007%であり、
組織がフェライトとフェライト以外の部分がパーライトからなる組織であることを特徴とする肌焼鋼鋼材。」

(相違点1)
本件特許発明1では、「(但し、浸炭焼入が行われる以前に球状化熱処理を行う場合を除く。)」ものであるのに対して、甲1発明では、浸炭焼入前に球状化熱処理を行うことを前提としている点。

(相違点2)
本件特許発明1では、「下記の〈1〉式、〈2〉式および〈3〉式で表されるfn1、fn2およびfn3が、それぞれ、25≦fn1≦85(但し、fn1=65を除く。)、0.90≦fn2≦1.20およびfn3≧2.20である。
fn1=Mn/S・・・〈1〉
fn2=Cr/(Si+2Mn)・・・〈2〉
fn3=1.16Si+0.70Mn+Cr・・・〈3〉
」とされるのに対して、甲1発明では、当該関係式について不明である点。

(相違点3)
本件特許発明1では、不純物中のTiが「Ti:0.005%以下」とされるのに対して、甲1発明では、不純物中のTi量が不明である点。

(相違点4)
本件特許発明1では、「面積割合で組織の20?70%がフェライトであ」るのに対して、甲1発明では、フェライトの面積割合が不明である点。

以下、相違点について検討する。

(相違点1)について
上記「(1)甲第1号証記載の発明」で述べたとおり、甲1発明は、球状化熱処理による炭化物の球状化を容易なものとして冷間鍛造性を高めることを課題とするものであるから、用途として、球状化熱処理及びその後の冷間鍛造に供されることを前提とするものといえる。
そうすると、甲1発明は、浸炭焼入が行われる以前に球状化熱処理を行わないことについて、阻害要因を有するものといえるから、甲第2号証の上記(2a)、(2c)、甲第3号証の上記(3a)、(3b)に、甲1発明に類似する鋼組成を有する鋼を、熱間加工後球状化熱処理を行わずに浸炭焼入することが記載されているとしても、甲1発明において、甲第2号証、甲第3号証に記載された技術的事項から、浸炭焼入が行われる以前に球状化熱処理を行わないとすることは、容易になし得たこととはいえない。

特許異議申立人は、「そもそも、浸炭焼入が行われる前に実施する球状化熱処理は、浸炭焼入前の工程において行う加工を容易にするためのものであって、最終製品の特性を左右するものではない。浸炭焼入を行う場合には、球状化熱処理の有無にかかわらず、オーステナイトへの組織変態が行われる。そのため、それ以前に行われた球状化熱処理による組織特性は、殆どキャンセルされ、最終製品の特性には影響しない・・・浸炭焼入前の球状化熱処理は最終製品の特性に影響を与えないのであるから、実質的に生産性とコストのみを考慮して球状化熱処理の採用不採用を決定することができ、当業者にとってみれば、浸炭焼入前に行うべき加工が、それほど加工度が高くない場合には、コストのかかる球状化熱処理を省略することを考慮するのは当然のことと言える」と主張している。
しかし、本件特許発明1及び甲1発明は、ともに、特許異議申立人がいうところの最終製品ではなく、浸炭焼入を行う前の素材についての発明である。そうすると、仮に、球状化熱処理が最終製品の特性を左右するものでないとしても、最終製品を得るための冷間鍛造に係る課題を解決するためになされた甲1発明において、用途として球状化熱処理及び冷間鍛造に供されることを前提としていることは明らかであるから、かかる主張は採用できない。

(相違点2)について
本件特許の発明の詳細な説明の表1に基づき、fn1は小数点以下を、fn2、fn3は小数点以下第三位を四捨五入することで算出されるものとして、甲1発明において、fn1、fn2、fn3を算出すると、それぞれ、fn1=65、fn2=0.98、fn3=2.42となり、fn2及びfn3については本件特許発明1で特定される数値範囲に含まれるものとなるから、fn2及びfn3についての相違点は実質的なものではない。
fn1について検討すると、本件特許発明は、「fn1=65」について、いわゆる「除くクレーム」として除外するものであり、この点は実質的な相違点である。
ここで、上記甲第4号証の(4b)によれば、肌焼鋼において、「fn1=Mn/S」で定義される「fn1の値:30以上150以下」とすることで、「高い曲げ疲労強度および高いピッチング強度を確保するためには、粗大なMnSの生成を抑制すること・・・熱間加工時の割れおよび冷間鍛造時の割れを抑制するためには粗大なMnSを極力少なくすること」が開示されている。
しかし、甲1発明では、「fn1=65」として、「fn1の値:30以上150以下」という甲第4号証に記載された数値範囲を既に達成していること、また、上記(4a)によれば、甲第4号証に記載された数値範囲は、Cr:1.80?3.0質量%という、甲1発明が含まれない組成を前提とすること、さらに、上記(1f)によれば、甲1発明において、Mnは、焼入性、浸炭異常層の形成の抑制、硬さの低下の抑制を課題としてその添加量が最適化され、Sは、被削性の向上、疲労強度の低下の抑制を課題としてその添加量が最適化されているといえること、を鑑みれば、甲1発明が、曲げ疲労強度等の課題を有していたとしても、Mn、Sの含有量を変化させる動機付け、すなわち、fn1=65の数値を変化させる動機付けを有するとは認められない。

そうすると、甲1発明において、甲第4号証に記載された技術的事項に接した当業者が、fn1=65の数値を「30以上150以下」の範囲内で変更することが容易になし得たこととは到底いうことができない。

特許異議申立人は、fn1=65の場合にも当然に高い曲げ疲労強度の確保や熱間加工時の割れ、被削性に関する作用効果を奏するといえ、甲1発明におけるfn1=65の場合に得られる鋼の特性がfn1=65を若干超える範囲及び若干下回る範囲においても大きく変化しないことは当業者であれば当然に予想できることであり、また、合金の製造上において許容される化学成分の含有量の変動範囲を考慮すれば、fn1=65の条件で製造しても、ある程度狙いよりもずれることがあるということもいわば技術常識であるから、fn1=65の一点の条件を除いたとしても、fn1=65を若干超える範囲及び若干下回る範囲が甲1発明から容易に導かれる範囲であることは明らかであり、そして、fn1の値25?85のうち、fn1=65の1点を除くことに、いわゆる臨界的意義や技術的意義は何ら存在しない、と主張している。
しかし、仮に、特許異議申立人のいうとおり、「fn1=65の条件で製造しても、ある程度狙いよりもずれることがあるということもいわば技術常識」であるとしても、当該「狙いよりもずれ」たものは、もはや甲1発明とはいえない。そして、上述のとおり、甲1発明において、Mnは、焼入性、浸炭異常層の形成の抑制、硬さの低下の抑制を課題としてその添加量が最適化され、Sは、被削性の向上、疲労強度の低下の抑制を課題としてその添加量が最適化されているのに対し、本件特許発明1では、粗大なMnSの形成に着目し、fn1=Mn/Sという関係式において、曲げ疲労強度の確保、熱間加工時の割れの抑制を課題としていることを鑑みれば、Mn及びSの添加量についての両発明の技術思想は異なることから、fn1=65の1点を除くことの臨界的意義や技術的意義についての特許異議申立人の主張は、その前提を欠くものであり、採用できない。
また、特許異議申立人は、「除くクレームの補正を行った後においても、甲1発明が引用発明から除外されるわけではない(例えば、平成23年(行ケ)10191号事件平成24年2月28日判決参照)」、と主張している。
しかし、当該判決は、発明の名称を「ポリウレタンフォームおよび発泡された熱可塑性プラスチックの製造」とする発明に係るものであって、合金に係る発明ではないことから、直ちに参考とできるものではない。さらに付言すれば、当該判決では、「特許査定時の特許請求の範囲における・・・発泡剤としての組成物,・・・発泡剤組成物,・・・発泡剤混合物を,HFC-134a(1,1,1,2-テトラフルオルエタン)又はHCFC141bを含まないものとする」訂正がなされた発明について、主引用文献には、「オゾン層に悪影響を与えるHCFC-141bの代替物質としてHFC-245fa及びHFC-365mfc(特に,HFC-365mfc)を発泡剤としての使用が提案されていることが認められる。なお,HCFC-141bを,その熱的性能,防火性能を理由として,依然として含有させるべきであるとの見解が示されているわけではないと解される。」と判示されており、「除くクレーム」として除かれた成分について、主引用文献に記載された発明において、当該成分を積極的に除去する動機付けがあったことから進歩性が否定されたものであるところ、上述のとおり、本件における甲1発明においてfn1=65の数値を積極的に変更する動機付けがあったとはいえないことから、かかる主張は妥当でない。

(相違点3)について
甲1発明には、Tiについて何らの言及もないことから、不純物に含まれるものといえる。また、甲第4号証の上記(4c)には、肌焼鋼において、Tiについて、TiNを形成して曲げ疲労強度とピッチング強度を低下させ、さらに、被削性も低下させることから、不純物中のTiの含有量を0.005%未満としたことが記載されている。
ここで、甲第4号証の記載は、Cr:1.80?3.0質量%という、甲1発明が含まれない組成を前提とするものであるが、「不純物」としてのTiが、Cr量の大小によりその影響の程度は変化する可能性があるものの、曲げ疲労強度、ピッチング強度及び被削性に対して何らかの悪影響を及ぼす可能性が示唆されているといえる。
そして、甲1発明は、上記(1d)、(1f)よれば、曲げ疲労強度、ピッチング強度、被削性のいずれも課題とするものであり、また、甲1発明においてTiが不純物である以上、Tiの含有量を不可避な程度まで小さくしようとするものといえることから、甲1発明において、甲第4号証に記載される技術的事項に基づいて、不純物としてのTiの含有量をできるだけ小さくし、その上限を0.005%未満とすることは、当業者が容易になし得たことである。

(相違点4)について
甲1発明は、フェライト-パーライト組織を有するものである。また、甲第5号証の上記(5a)には、浸炭用鋼において、フェライト・パーライト組織とし、パーライト組織が切削性を悪化させることから、フェライト率を面積率で45%以上としたことが記載され、上記(5b)には、実施例として45%、46%、48%、54%、55%の例が記載されている。
そして、甲1発明は、上記(1f)によれば、被削性を課題としていることから、甲1発明において、甲第5号証に記載される技術的事項に基づいて、フェライト面積率を45%?55%とすることは、当業者が容易になし得たことである。

したがって、上記(相違点1)、(相違点2)についての検討の結果から、本件特許発明1は、甲1発明及び甲第2号証ないし甲第5号証に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

また、本件特許発明2は、本件請求項1を引用するものであるから、本件特許発明1についての判断と同様に、甲1発明及び甲第2号証ないし甲第5号証に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。


第6 むすび

以上のとおりであるから、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、本件請求項1及び2に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1及び2に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。

よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2016-11-10 
出願番号 特願2012-99332(P2012-99332)
審決分類 P 1 651・ 121- Y (C22C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 田口 裕健坂巻 佳世  
特許庁審判長 鈴木 正紀
特許庁審判官 小川 進
松本 要
登録日 2016-02-19 
登録番号 特許第5886119号(P5886119)
権利者 本田技研工業株式会社 新日鐵住金株式会社
発明の名称 肌焼鋼鋼材  
代理人 千原 清誠  
代理人 特許業務法人ブライタス  
代理人 杉岡 幹二  
代理人 特許業務法人ブライタス  
代理人 千原 清誠  
代理人 杉岡 幹二  

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