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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  B29C
管理番号 1322299
異議申立番号 異議2016-700880  
総通号数 205 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-01-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-09-16 
確定日 2016-11-18 
異議申立件数
事件の表示 特許第5887701号発明「熱可塑性フィルムの製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5887701号の請求項1ないし2に係る特許を維持する。 
理由
第1 手続の経緯

特許第5887701号の請求項1及び2に係る特許(以下「本件特許」という。)についての出願は、平成23年3月11日に特許出願され、平成28年2月26日にその特許権の設定登録がされ、同年3月16日に特許公報が発行され、その後、その請求項1及び2に係る特許に対し、平成28年9月16日に特許異議申立人椎名一男(以下単に「特許異議申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。

第2 特許異議の申立てについて

1 本件特許発明

特許第5887701号の請求項1及び2に係る発明(以下「本件特許発明1」及び「本件特許発明2」という。)は、その特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。

【請求項1】
フィルム幅方向(TD)の端部から50mm内側までの最大厚みDe(μm)と中央部の平均厚みDc(μm)が1.0≦De/Dc≦3.5であり、フィルムの一ヶ月常温放置でのフィルム押出方向(MD)の収縮率が0.01%以上0.10%以下である、アクリル系樹脂フィルムを製造する方法であって、
溶融押出法によって、Tダイからシート状のアクリル系樹脂を押し出す押出工程と、前記押出工程によって押し出されたシート状のアクリル系樹脂を、キャストロールとタッチロールの2つのロールの間に挟み込むことによってフィルムを形成するフィルム形成工程と、形成されたフィルムを冷却ロールにより冷却する冷却工程と、冷却されたフィルムを搬送ロール及びこれに近接するニップロールにより搬送する搬送工程を有し、
前記フィルム形成工程でのキャストロールの周速v1(m/min)と冷却ロール及び搬送ロールの周速v2(m/min)が、0.970≦v2/v1≦1.001である、アクリル系樹脂フィルムを製造する方法。

【請求項2】
前記アクリル系樹脂を構成するアクリル系樹脂組成物が、アクリル系グラフト共重合体を含有する、請求項1に記載のアクリル系樹脂フィルムを製造する方法。

2 特許異議申立人が申し立てた取消理由の概要

特許異議申立人が申し立てた取消理由は、概略以下のとおりである。

本件特許発明1及び本件特許発明2は、その出願前に頒布された甲第1号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。
よって、本件特許発明1及び本件特許発明2に係る特許は、特許法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものである。

3 証拠方法

特許異議申立人が提示した証拠方法は、以下のとおりである。

甲第1号証
特開2009-202382号公報(公開日:2009年9月10日)

甲第2号証
大江航企画編集「フィルム製膜・延伸の最適化とトラブル対策」,株式会社技術情報協会,2007年11月30日,第1版第1刷,表紙、目次、105頁?110頁、奥付

甲第3号証
「フィルム製造プロセスと製膜,加工技術,品質制御」,サイエンス&テクノロジー株式会社,2008年7月30日,初版第1刷,表紙、目次、244頁?245頁、344頁?351頁、355頁?359頁、398頁?402頁、奥付

甲第4号証
特開2010-69731号公報(公開日:2010年4月2日)

なお、甲第2号証?甲第4号証は、周知技術を示すものとして提示されたものである。

第3 特許異議の申立てについて当審の判断

1 刊行物の記載

ア 甲第1号証の記載

(1a)
「【0040】
ダイ2から押し出された透明樹脂10は、このような第1冷却ロール3と第2冷却ロール4との間に挟み込まれることによって、第2冷却ロール4の前記凹凸形状が転写され、フィルムに成形される。」

(1b)
「【0047】
凹凸形状が転写された樹脂フィルム11は、第2冷却ロール4に巻き掛けられた後、引取りロール6により引取られて巻き取られる。このとき、図1に示すように、第2冷却ロール4以降に第3冷却ロール5を設けてもよい。・・・。」

(1c)
「【0059】
樹脂フィルム11は、表面に凹凸形状が形成され、光を散乱させる機能が付与されているので、例えば光ディスクや偏光板と組み合わせた液晶セル、位相差フィルム、拡散フィルム、輝度向上フィルム等の他、自動車内装用フィルム、照明用フィルム、建材用フィルム等に適用することができるが、本発明はこれらの用途に限定されるものではない。」

(1d)
「【0063】
以下の実施例で使用したゴム状重合体の製造は、次の通りである。
[参考例]
(ゴム状重合体の製造)
特公昭55-27576号の実施例に記載の方法に準拠して、三層構造からなるアクリル系多層弾性体を製造した。具体的には、まず、内容積5Lのガラス製反応容器に、イオン交換水1700g、炭酸ナトリウム0.7g、過硫酸ナトリウム0.3gを仕込み、窒素気流下で撹拌後、ペレックスOT-P((株)花王製)4.46g、イオン交換水150g、メチルメタクリレート150g、アリルメタクリレート0.3gを仕込んだ後、75℃に昇温し150分間撹拌を続けた。
【0064】
続いてブチルアクリレート689g、スチレン162g、アリルメタクリレート17gの混合物と過硫酸ナトリウム0.85g、ペレックスOT-P7.4gとイオン交換水50gの混合物を別の入口から90分間にわたり添加し、さらに90分間重合を続けた。
【0065】
重合を完了後、さらにメチルアクリレート326g、エチルアクリレート14gの混合物と過硫酸ナトリウム0.34gを溶解させたイオン交換水30gを別々の口から30分間にわたって添加した。
【0066】
添加終了後、さらに60分間保持し重合を完了した。得られたラテックスを0.5%塩化アルミニウム水溶液に投入して重合体を凝集させた。これを温水にて5回洗浄後、乾燥してアクリル系多層弾性体を得た。」

(1e)
「【0067】
[実施例1?3および比較例1,2]
以下に示す構成の押出装置を使用した。
<押出装置の構成>
押出機1:スクリュー径110mm、一軸式。
ダイ2:Tダイ。
第1冷却ロール3:・・・。
第2冷却ロール4:・・・。
第3冷却ロール5:・・・。
引取りロール6:上部ロール6a,6bがいずれも外径300mmφのシリコンゴムロールからなる一対の引取りロール。
【0068】
押出機1、ダイ2、第1?第3冷却ロール3?5、引取りロール6を図1に示すように配置し、第1?第3冷却ロール3?5の表面温度を、それぞれ表1に示す所定の温度に調整した。なお、表1中の「冷却ロールの表面温度」は、いずれも各ロールの表面温度を実測した値である。そして、第1?第3冷却ロール3?5、引取りロール6を電動モータに接続して、それぞれ表1に示す所定の周速度で回転するように構成した。」

(1f)
「【0072】
[実施例4および比較例3]
<押出装置の構成>
第1?第3冷却ロール3?5として、下記の冷却ロールを用いた以外は、前記実施例1?3と同じ構成からなる押出装置を使用した。
第1冷却ロール3:円筒形薄膜31をロール32端部で固定し、内部に流体33を封入した外径350mmφの金属弾性ロール30(図2参照)。円筒形薄膜31および流体33は、次の通りである。
円筒形薄膜31:厚さ2mmのステンレス鋼製の円筒形薄膜。
流体33:油であり、この油を温度制御することによって、金属弾性ロール30を温度制御可能にした。より具体的には、温度調節機のON-OFF制御により前記油を加熱、冷却して温度制御可能にし、ステンレス鋼からなるロール32と円筒形薄膜31との間に循環させた。
接触長さL:金属弾性ロール30と第2冷却ロール4とが透明樹脂10を介して接触するは、5mmにした。
第2冷却ロール4:外径350mmφでブラスト処理によって算術平均粗さ(Ra)0.4μmの凹凸形状が形成されたステンレス鋼製の金属ロール(スパイラルロール)。
第3冷却ロール5:外径350mmφで鏡面仕上げのステンレス鋼製の金属ロール(スパイラルロール)。」

(1g)
「【0075】
[実施例5および6]
<押出装置の構成>
前記実施例4と同じ構成からなる押出装置を使用した。
【0076】
<樹脂フィルムの作製>
前記芳香族ポリカーボネート樹脂に代えて、メタクリル酸メチル/アクリル酸メチル=96/4(重量比)の共重合体70重量%に上記参考例で得たアクリル系多層弾性体を30重量%含有させた熱変形温度(Th)100℃のアクリル樹脂系組成物を用いた。該組成物を表1に示す樹脂温度で加熱しながら溶融混練して得た透明樹脂を、溶融状態のままダイ2からフィルム状に押し出した。
【0077】
押し出した透明樹脂を、前記実施例1?3と同様にして樹脂フィルムに成形してサンプリングし、幅120cmで表1に示す厚みを有する各樹脂フィルムを得た。得られた各樹脂フィルムについて、前記した方法に従ってリタデーション値および算術平均粗さ(Ra)を測定した。その結果を、表1に示す。
【0078】
【表1】



(1h)
「【図1】



イ 甲第2号証の記載

甲第2号証には、Tダイキャスト法について、キャスト部の概要の説明及び溶融樹脂をキャストロールへ安定して着地させるためにタッチロールを利用する方法の説明が記載されている(105頁、107頁、108頁)。
そのほか、ネックインによりフィルム端部が厚くなる耳高現象の説明が記載されている(109頁、110頁)。

ウ 甲第3号証の記載

(3a)
「3.6.1 ネックイン現象
T-ダイでのフィルムキャスティング(ダイ出口から冷却ロールに着地するまでの間)において、高分子溶融体の粘弾性挙動により(1)フィルム幅が狭くなるネックイン現象や(2)空気中(すなわち、エヤーギャップ)での延伸時にサージング又は破断の現象を引き起こすようなフィルムの延伸性の問題が引き起こされる。空気中で溶融キャストフィルムが熱延伸される間に、フィルムの幅は狭くなり、その結果として図52に示されているようにフィルムの両縁端部は厚くなる。ネックインは、通常、ダイスリット(間隙)の幅とフィルムの幅の差で定義される。ネックインが大きくなればなるほど、フィルムの両縁端部は厚くなる(すなわち、エッジビーズ)。そのために、両端部をトリミングする量が多くなり、製品の歩留まりは減少する。ネックインが溶融フィルムの表面張力や弾性率と関係しており、フィルムの収縮によって引き起こされるということは知られている。そうして、フィルムを巻き取る時に必要な張力が高ければ高いほど、ネックインは少なくなる。
・・・
一方、キャスティング条件に関しては、エヤーギャップが長ければ長いほど、ダイスリット幅が広ければ広いほど、巻き取り速度が速ければ速いほど、そして溶融フィルムの温度が高ければ高いほど、その時、ネックインは大きくなる。
・・・
【エッジビーズ生成メカニズムの理論】
キャストポリマーフィルムは溶融ポリマーを厚みの均一なダイスリットから冷却ロール上に押し出して作られる。ダイと冷却ロール間において、エッジビーズと呼ばれるフィルム厚みが他の部分よりも厚い両縁端部分が形成される。この両縁端部分は切り取られ、廃棄されたりポリマーとして再生利用されたりする。エッジビーズは、通常、表面張力、ダイスウェルとエッジ応力効果の3つの因子によって引き起こされる。表面張力効果は低粘度物質においては重要な因子であり、また、ダイスウェル効果は弾性材料において重要な因子である。エッジビーズの最も支配的な原因はエッジ応力効果であり、それはフィルムがダイと冷却ロール間で延伸されるときに発生する。フィルム中央部分が平面ひずみの方向に引き伸ばされるのに対し、その縁端部分(エッジ)は一軸方向のみに引き伸ばされる。」(244頁5行?245頁28行)

(3b)
「フィルム等の巻取において、巻取製品の品質に大きく影響するのが、張力・接圧、振動であり、これらは巻取の三大要素といわれている。高品質な巻取製品を得るためには、これらの概念を理解し、影響を定量的に把握することが望ましい。特に張力・接圧に関しては、これらの影響を直接受ける「製品ロール内部応力の状態」と、この内部応力状態が「巻品質に与える影響」を明らかにすることが重要である。」(345頁22行?26行)

(3c)
「2.巻品質について
巻品質には多くの項目が含まれるが、大きく分けて「巻の固さ」と「巻端面の揃い」の2つである。本章で取り扱う「ロール内部応力」は、この「巻の固さ」に大きく影響する。「巻の固さ」に係わる品質上の主な欠陥としては次の3項目が挙げられる。
(1) 菊模様
図3に示すように、コアに近い内層にシワが発生する現象である。これは「星形(star shaped appearance,star defect)とも呼ばれ、外層の巻き締まりにより、内層部の張力がマイナスとなる(すなわち圧縮応力が作用する)ことにより発生するものである。・・・。
・・・
実際にシワが発生するのは、基材の剛性及び両面から圧縮力が加わっていることから、圧縮応力がある値を超えてからである。この現象は、定張力巻きで、コア径に対する製品径の比が大きい時などに発生しやすい。
・・・
(2) テレスコープ
製品の輸送途中等ハンドリング時に軸方向の力を受けた時、層間が滑り、図5に示すようにロールが軸方向に変形することをいい、「コア抜け」「層ズレ」「たけのこ」等とも呼ばれる。
・・・
いずれにしろ、これらは層間の圧縮力が小さすぎることが原因であり、層間に空気層を多く含んだような、いわゆる「軟巻」で、基材の摩擦係数が小さい場合に発生しやすい。
・・・
(3) ゲージバンド
製品の厚さムラに起因する、ロール幅方向の特定部分に発生した帯状の凸部をいう。この状態を図7に模式的に示す。一般にフィルムや塗工製品には幅方向に厚さムラ(偏肉)があり、この分布(厚さムラの状態、プロファイル)は長手方向に変化しない場合が多い。このため、厚いところが常に同じところに巻かれ、これが何層も重なることによってそこが大きく盛り上がることになる。・・・。
・・・
巻取条件としては、巻取後の層間圧縮力が大きく、層間空気層が少ないとゲージバンドが発生しやすくなる。これは前述のテレスコープとトレードオフの関係といえる。
・・・。」(348頁12行?351頁16行)

(3d)
「3.2 ロール内部応力
「ロール内部応力」とは、図13に示すように、巻き取られロール状となった基材(以下ウェブを基材と称する)に内在している応力のことである。すなわち、基材がロールとして巻き取り終えた状態での応力であり、巻かれている時の応力とは異なる。これは、基材の応力は巻かれた後、更にその上に巻かれる基材による「巻締り」現象により変化するからである。
ロール内部の応力は基本的には3次元であるが、一般には巾方向の応力を無視した2次元で扱われることが多い。この場合、応力としては周方向応力σ_(θ)と径方向応力σ_(r)だけとなる。また、これらの応力は周方向に一定(周方向の変化はない)とし、径rだけの関数として扱い、横軸を半径rとしたグラフで表示する。
・・・
(1) 周方向応力σ_(θ)
周方向応力は、一般に最内層から一旦低くなり、その後外層に行くに従って大きくなる。すなわち、コア近傍に応力の最小値が存在するという、非常に特徴的なプロファイルを示す。この理由、メカニズムは後述するが、この値がマイナスになると前述の「菊模様」等が発生する要因となると考えられる。
(2) 径方向応力σ_(r)
径方向応力はマイナスの値を示し、圧縮応力として作用している。この圧縮応力は最内層が最も大きく最外層ではゼロとなる。この圧縮応力が小さい状態がいわゆる「軟巻」であり、小さすぎると「テレスコープ」等の原因となる。また、圧縮応力が大きい状態が「固巻」であり、大きすぎると「ゲージバンド」が発生したり、ドライフィルムレジストのように柔軟レジン層を挟み込んだようなものの場合は「レジン層が製品からはみ出す」といった問題を起こしたりすることがある。また、幅方向の変化が無視できないような場合には、製品幅が広がる「端面せり出し」といった問題にもつながる。
(3) 応力発生のメカニズム
巻き取られた基材に応力が発生するメカニズムを簡単に説明する。先ずコアの1層目の記載が巻かれた状態を図15に示す。

次に2層目がこの1層目の上に巻かれる。この状態で2層目の基材により発生した径方向圧力は1層目の基材を圧縮し、1層目の記載の周方向応力は減少する。この状態を模式的に図16に示す。更に次の層(3層目)も同じ挙動の繰り返しになるが、3層目によって発生する径方向圧力は1層目の外径を小さくすることになる。このことで2層目は径が縮小した(すなわち周長が短くなる)ことにより周方向の伸び(すなわち周方向の歪)が減少し、周方向応力は更に減少して行くことになる。これが外側に基材が巻かれて行くにつれ周方向応力が減少して行く、すなわち「巻き締り」してゆくメカニズムである。」(355頁20行?357頁15行)

(3e)
「プラスチックフィルムにおいては一般的に成膜後に延伸加工を施すことが多く、また延伸なしのプロセスでもウェブ搬送中のロールメカニカルロスに抗するために、駆動ロール間で若干の速度比をつける(=ドロー制御)必要がある。このときフィルム内には延伸による歪とそれによる応力が生じるが、この歪はフィルムの粘弾性特性により基材をリラックスさせてもすぐに開放する事が出来ない。その結果、内部に残留歪を持ったフィルムを巻き取ると、時間の経過と共に歪み開放される事で円周方向引張り応力が小さくなると共に、半径方向の圧縮応力も小さくなる。場合によっては円周方向応力が引張りから圧縮に転じ、ロール内層に菊ジワと呼ばれる欠陥を生じる事がある。」(400頁1行?8行)

エ 甲第4号証の記載

(4a)
「熱可塑性樹脂を主成分とするフィルムの左右横端部から100mmまでの膜厚の両最大値が、共に、フィルムの両横端部からそれぞれ100mmの部分を除いたフィルム中央部の平均膜厚の105%以上130%以下であり、フィルムの両横端部からそれぞれ100mmまでの両最小膜厚が、前記平均膜厚の50%以上95%以下である光学用未延伸フィルムを延伸することを特徴とする、光学フィルムの製造方法。」(【請求項1】)

2 刊行物に記載された発明

ア 全体構成について

甲第1号証には、実施例5として、甲第1号証における実施例4と同じ構成からなる押出装置を使用し、第1?第3冷却ロール及び引取りロールの周速度(m/分)を20.0、20.0、20.0及び19.9として、メタクリル酸メチル/アクリル酸メチル=96/4(重量比)の共重合体70重量%に甲第1号証における参考例で得たアクリル系多層弾性体を30重量%含有させた熱変形温度(Th)100℃のアクリル樹脂系組成物を250℃で加熱しながら溶融混練して得た透明樹脂を、溶融状態のままダイからフィルム状に押し出し、甲第1号証における実施例1?3と同様にして樹脂フィルムに成形してサンプリングし、幅120cmで厚み75μmの樹脂フィルムを得たことが示されている(摘記(1g))。

イ 実施例5における押出装置の構成について

上記アで述べたとおり、甲第1号証における実施例5の押出装置の構成は甲第1号証における実施例4のそれと同一である。
そして、甲第1号証には、実施例4について、第1?第3冷却ロールとして外径350mmφの金属弾性ロール、外径350mmφの金属ロール及び外径350mmφの金属ロールを用いた以外は甲第1号証における実施例1?3と同じ構成からなる押出装置を使用したことが示されている(摘記(1f))。
また、甲第1号証には、実施例1?3について、押出機1としてスクリュー径110mmの一軸式のものを、ダイ2としてTダイを、第1?第3冷却ロール3?5として特定のものを、引取りロール6としていずれも外径300mmφのシリコンゴムロール6a及び6bからなる一対のものを用い、これらを

と配置した押出装置を使用したことが示されている(摘記(1e)、(1h))。

ウ 実施例5におけるアクリル系多層弾性体について

上記アで述べたとおり、甲第1号証における実施例5のアクリル樹脂系組成物には甲第1号証における参考例で得たアクリル系多層弾性体が含まれる。
そして、甲第1号証には、参考例について、内容積5Lのガラス製反応容器に、イオン交換水1700g、炭酸ナトリウム0.7g、過硫酸ナトリウム0.3gを仕込み、窒素気流下で撹枠後、ペレックスOT-P((株)花王製)4.46g、イオン交換水150g、メチルメタクリレート150g、アリルメタクリレート0.3gを仕込んだ後、75℃に昇温し150分間撹枠を続け、続いてブチルアクリレート689g、スチレン162g、アリルメタクリレート17gの混合物と過硫酸ナトリウム0.85g、ペレックスOT-P7.4gとイオン交換水50gの混合物を別の入口から90分間にわたり添加し、さらに90分間重合を続け、重合を完了後、さらにメチルアクリレート326g、エチルアクリレート14gの混合物と過硫酸ナトリウム0.34gを溶解させたイオン交換水30gを別々の口から30分間にわたって添加し、添加終了後、さらに60分間保持し重合を完了し、得られたラテックスを0.5%塩化アルミニウム水溶液に投入して重合体を凝集させ、これを温水にて5回洗浄後、乾燥してアクリル系多層弾性体を得たことが示されている(摘記(1d))。

エ 製膜工程について

甲第1号証には、ダイ2から押し出された透明樹脂10は、第1冷却ロール3と第2冷却ロール4との間に挟み込まれることによって第2冷却ロール4の凹凸形状が転写されてフィルムに成形されることが示されている(摘記(1a))。
また、甲第1号証には、凹凸形状が転写された樹脂フィルム11は、第2冷却ロール4に巻き掛けられた後引取りロール6により引き取られて巻き取られること及び第2冷却ロール4以降に第3冷却ロール5を設けてもよいことが示されている(摘記(1b))。

オ 製造した樹脂フィルムの用途について

甲第1号証には、製造した樹脂フィルム11を、光ディスクや偏光板と組み合わせた液晶セル、位相差フィルム、拡散フィルム、輝度向上フィルムなどのほか、自動車内装用フィルム、照明用フィルム、建材用フィルムなどに適用できることが示されている(摘記(1c))。

カ まとめ

上記ア?オから、甲第1号証には、
「スクリュー径110mmの一軸式押出機1、Tダイ2、外径350mmφの金属弾性ロールを用いた80℃の第1冷却ロール3、外径350mmφの金属ロールを用いた80℃の第2冷却ロール4、外径350mmφの金属ロールを用いた105℃の第3冷却ロール5並びに一対の外径300mmφのシリコンゴムロール6a及び6bからなる引取りロール6を、

上記図面のとおり、上流側から押出機1、ダイ2、第1冷却ロール3及び第2冷却ロール4、第3冷却ロール5、引取りロール6の順に配置した押出装置を使用して、
250℃で溶融混練されたアクリル系樹脂組成物が溶融状態のまま透明樹脂10としてTダイ2からフィルム状に押し出され、
Tダイ2から押し出された透明樹脂10は、第1冷却ロール3と第2冷却ロール4との間に挟み込まれることによって第2冷却ロール4の凹凸形状が転写されて樹脂フィルム11に成形され、
凹凸形状が転写された樹脂フィルム11は、第2冷却ロール4に巻き掛けられた後、第3冷却ロール5で冷却され、引取りロール6により引き取られて巻き取られる、
幅120cm、厚み75μmの、光ディスクや偏光板と組み合わせた液晶セル、位相差フィルム、拡散フィルム、輝度向上フィルム、自動車内装用フィルム、照明用フィルム、建材用フィルムなどとして用いられるアクリル系樹脂フィルムを製造する方法であって、
第1冷却ロール3、第2冷却ロール4、第3冷却ロール5及び引取りロール6は、周速度(m/分)が20.0、20.0、20.0及び19.9であって、
アクリル系樹脂組成物は、メタクリル酸メチル/アクリル酸メチル=96/4(重量比)の共重合体70重量%にアクリル系多層弾性体を30重量%含有させた、熱変形温度(Th)100℃のものであって、
アクリル系多層弾性体は、内容積5Lのガラス製反応容器に、イオン交換水1700g、炭酸ナトリウム0.7g、過硫酸ナトリウム0.3gを仕込み、窒素気流下で撹枠後、ペレックスOT-P((株)花王製)4.46g、イオン交換水150g、メチルメタクリレート150g、アリルメタクリレート0.3gを仕込んだ後、75℃に昇温し150分間撹枠を続け、続いてブチルアクリレート689g、スチレン162g、アリルメタクリレート17gの混合物と過硫酸ナトリウム0.85g、ペレックスOT-P7.4gとイオン交換水50gの混合物を別の入口から90分間にわたり添加し、さらに90分間重合を続け、重合を完了後、さらにメチルアクリレート326g、エチルアクリレート14gの混合物と過硫酸ナトリウム0.34gを溶解させたイオン交換水30gを別々の口から30分間にわたって添加し、添加終了後、さらに60分間保持し重合を完了し、得られたラテックスを0.5%塩化アルミニウム水溶液に投入して重合体を凝集させ、これを温水にて5回洗浄後、乾燥して得られたものである、
アクリル系樹脂フィルムを製造する方法」の発明
(以下「引用発明」という。)が記載されているといえる。

3 本件特許発明と引用発明との対比及び検討

(1)本件特許発明1について

ア 対比

(ア)De/Dcの値

本件特許発明1におけるフィルムの「中央部」とは、本件特許に係る明細書の【0018】の記載によれば、フィルム幅方向の端部から50mm内側の点から反対側のフィルム端部から50mm内側の点までの間を意味する。そうすると、引用発明は、製造されるフィルムの幅が120cmである点で、本件特許発明1におけるDe(μm)に加えてDc(μm)も存在するから、De/Dcを具体的な値として有する。

(イ)押出工程

引用発明における「250℃で溶融混練されたアクリル系樹脂組成物が溶融状態のまま透明樹脂10としてTダイ2からフィルム状に押し出され」は、本件特許発明1における「溶融押出法によって、Tダイからシート状のアクリル系樹脂を押し出す押出工程」に相当する。

(ウ)フィルム形成工程

キャストロールとはTダイから押し出された溶融樹脂を一定程度巻き付けることで冷却してフィルムを形成するロールをいうところ、引用発明における「第2冷却ロール4」は、透明樹脂10を冷却して樹脂フィルム11に成形するとともに樹脂フィルム11が巻き掛けられるものであるから、本件特許発明1における「キャストロール」に相当する。
また、引用発明における「第1冷却ロール3」は、弾性ロールであってフィルム上に押し出された透明樹脂10を第2冷却ロール4との間に挟み込むものであるから、本件特許発明1における「タッチロール」に相当する。
そうすると、引用発明における「Tダイ2から押し出された透明樹脂10は、第1冷却ロール3と第2冷却ロール4との間に挟み込まれることによって第2冷却ロール4の凹凸形状が転写されて樹脂フィルムに成形され」は、本件特許発明1における「押出工程によって押し出されたシート状のアクリル系樹脂を、キャストロールとタッチロールの2つのロールの間に挟み込むことによってフィルムを形成するフィルム形成工程」に相当する。

(エ)冷却工程

引用発明における「第3冷却ロール5」は、樹脂フィルム11を冷却するものである点で、本件特許発明1における「冷却ロール」に相当する。
そうすると、引用発明における「樹脂フィルム11は・・・第3冷却ロール5で冷却され」は、本件特許発明1における「形成されたフィルムを冷却ロールにより冷却する冷却工程」に相当する。

(オ)搬送工程

引用発明における「シリコンゴムロール6a及び6b」は、引取りロール6として樹脂フィルム11を引き取るものである点で、樹脂フィルム11を引き取るに足る圧力を両者が協働して樹脂フィルム11にかけていると認められるから、一方が本件特許発明1における「搬送ロール」に相当し他方が本件特許発明1における「ニップロール」に相当する。
そうすると、引用発明における「樹脂フィルム11は・・・引取りロール6により引取られ」は、本件特許発明1における「冷却されたフィルムを搬送ロール及びこれに近接するニップロールにより搬送する搬送工程」に相当する。

(カ)各ロールの周速比

引用発明における第2冷却ロール4、第3冷却ロール5及び引取りロール6(シリコンゴムロール6a及び6b)の周速度(m/分)は20.0、20.0、19.9であるから、第2冷却ロール4の周速度に対する第3冷却ロールの周速度の比は20.0/20.0=1.000であるし、第2冷却ロール4の周速度に対する引取りロール(シリコンゴムロール6a及び6b)の周速度の比は19.9/20.0=0.995である(なお、有効数字は甲第1号証の表1(摘記(1g))によった。)。
そして、上記(ウ)?(オ)で述べたとおり引用発明における「第2冷却ロール4」、「第3冷却ロール5」及び「シリコンゴムロール6a又は6b」は本件特許発明1における「キャストロール」、「冷却ロール」及び「搬送ロール」に相当する。
そうすると、引用発明は、本件特許発明1の「フィルム形成工程でのキャストロールの周速v1(m/min)と冷却ロール及び搬送ロールの周速v2(m/min)が、0.970≦v2/v1≦1.001である」という発明特定事項を充足する。

(キ)まとめ

上記ア?カから、本件特許発明1と引用発明とを対比すると、両者は、

「アクリル系樹脂フィルムを製造する方法であって、
溶融押出法によって、Tダイからシート状のアクリル系樹脂を押し出す押出工程と、前記押出工程によって押し出されたシート状のアクリル系樹脂を、キャストロールとタッチロールの2つのロールの間に挟み込むことによってフィルムを形成するフィルム形成工程と、形成されたフィルムを冷却ロールにより冷却する冷却工程と、冷却されたフィルムを搬送ロール及びこれに近接するニップロールにより搬送する搬送工程を有し、
前記フィルム形成工程でのキャストロールの周速v1(m/min)と冷却ロール及び搬送ロールの周速v2(m/min)が、0.970≦v2/v1≦1.001である、アクリル系樹脂フィルムを製造する方法。」
という点で一致するが、

(相違点1)製造されるアクリル系樹脂フィルムの厚みについて、前者はフィルム幅方向の端部から50mm内側までの最大厚みDe(μm)のフィルム中央部の平均厚みDc(μm)に対する比(以下「本件厚み比」という。)が1.0以上3.5以下であるのに対し、後者は本件厚み比が不明である点
及び
(相違点2)製造されるアクリル系樹脂フィルムの経時的変化について、前者はフィルムの一ヶ月常温放置でのフィルム押出方向(MD)の収縮率(以下「本件収縮率」という。)が0.01%以上0.10%以下であるのに対し、後者は本件収縮率が不明である点
で相違する。

イ 相違点についての検討

(ア)相違点1について

T-ダイでのフィルムキャスティングにおいて、一般的にネックインが生じ、ネックインが大きくなるほどフィルム両縁端部は厚くなり、またネックインの大きさには溶融フィルムの表面張力や弾性率、エアーギャップ、ダイスリット幅、巻き取り速度、溶融フィルムの温度などが影響するといえる(摘記(3a))ところ、引用発明において少なくともエアーギャップ及びダイスリット幅が明らかでないから、引用発明のフィルムにおける本件厚み比が特定できるとはいえない。
また、甲第1号証?甲第4号証には、通常の樹脂フィルムにおける本件厚み比がどの程度であるかなどの、引用発明のフィルムにおける本件厚み比が具体的にどの程度であるかを類推させる根拠は見あたらない。
そうすると、引用発明のフィルムにおける本件厚み比が具体的にどの程度であるかは明らかではないというほかはないから、相違点1は実質的な相違点でないとはいえない。

(イ)相違点2について

本件特許に係る明細書の【0117】の表における実施例1?5及び比較例1?3を比較すると、v2/v1が大きくなるほど本件収縮率が大きくなることが把握できるから、本件収縮率はv2/v1とある程度相関関係を有すると推認することができる。また、上記4(1)ア(カ)で述べたとおり、引用発明におけるv2/v1は1.000及び0.995であって、本件特許発明の範囲内のものである。
しかし、フィルム巻き取りの際に菊模様、軟巻に起因するテレスコープや固巻に起因するゲージバンドなどが生じないよう張力、接圧及び振動に配慮することは技術常識であったといえる(摘記(3b)?(3d))から、引用発明において適切な巻品質とするためにフィルム巻き取りの際適度な張力をかけていると推認することができるものの、この張力がどの程度のものかは明らかではない。
また、フィルムに加えた力が歪としてフィルムに残留するのはフィルムの粘弾性特性に起因するといえ(摘記(3e))、この粘弾性特性はフィルムを構成する成分に左右されると考えられるところ、引用発明のフィルムを構成する成分と本件特許に係る明細書に実施例及び比較例として記載されたフィルムを構成する成分とは同一ではなく、また両者の粘弾性特性がどの程度類似するかは明らかではない。
そして、フィルムの本件収縮率は、フィルム巻き取りの際の張力の強さやフィルムを構成する成分の粘弾性特性に起因する残留歪により変化すると考えられるから、本件収縮率がv2/v1とある程度相関関係を有するとの推認と引用発明におけるv2/v1が本件特許発明の範囲内のものであることのみを根拠として、引用発明のフィルムにおける本件収縮率が本件特許発明の範囲内のものであるということはできない。
そのほか、甲第1号証?甲第4号証には、通常の樹脂フィルムにおける本件収縮率がどの程度であるかなどの、引用発明のフィルムにおける本件収縮率が具体的にどの程度であるかを類推させる根拠は見あたらない。
そうすると、引用発明のフィルムにおける本件収縮率が具体的にどの程度であるかは明らかではないというほかはないから、相違点2は実質的な相違点でないとはいえない。

ウ 本件特許発明1についてのまとめ

以上のとおりであるから、本件特許発明1は甲第1号証に記載された発明であるとはいえない。

(2)本件特許発明2について

本件特許発明2は、上記第2で述べたとおり、本件特許発明1に係る請求項である請求項1を引用するとともに、本件特許発明1の発明特定事項である「アクリル系樹脂」を限定するものである。
したがって、本件特許発明2と引用発明とを対比すると、少なくとも上記(1)ア(キ)で述べた相違点1及び相違点2で相違する。そして、上記(1)イ(ア)及び(イ)で述べたとおり、これらは実質的な相違点でないとはいえない。
よって、本件特許発明2は甲第1号証に記載された発明であるとはいえない。

4 特許異議申立人の主張について

(1)ロールの周速比とフィルムの物性との関係について

特許異議申立人は、特許異議申立書の14頁16行?15頁17行において、本件特許に係る明細書の【0019】の記載を「上記の4工程を備え、周速の比(v2/v1)を0.970?1.001の範囲に調整することで、フィルムの押出方向(MD)の収縮率が0.01%以上0.10%以下であり、成形されたフィルムの幅方向(TD)の両端部の厚みDe(μm)と中央部の厚みDc(μm)が、1.0≦De/Dc≦3.5である熱可塑性フィルムが得られることが記載されている。」と理解した上で、そうであれば、甲第1号証に記載された発明で得られる樹脂フィルムも同様の物性を有する蓋然性が高い旨主張する。
しかし、本件特許に係る明細書の【0019】の記載は、「フィルム押出方向(MD)の収縮率が0.01%以上0.10%以下であり、成形されたフィルム幅方向(TD)の両端部の厚みDe(μm)と中央部の厚みDc(μm)が、1.0≦De/Dc≦3.5である熱可塑性フィルムの製造方法は、・・・押出工程と、・・・フィルム形成工程と、・・・冷却工程と、冷却されたフィルムを搬送する搬送ロール及びこれに近接するニップロールを有し、上記フィルム形成工程でのキャストロールの周速v1(m/min)と冷却ロール及び搬送ロールの周速v2(m/min)が、0.970≦v2/v1≦1.001であることを特徴とする。v2/v1が0.970より小さい場合は、成形されたフィルム幅方向(TD)の両端部の厚みDe(μm)と中央部の厚みDc(μm)を、1.0≦De/Dc≦3.5にしても、シワおよび弛みが解消しない。一方、v2/v1が1.001より大きい場合ではフィルム押出方向(MD)の収縮率が0.10%以上になり、巻き取ったロールフィルムが過剰な収縮により巻きが締まり、ゲージバンドと呼ばれる厚みムラに起因する外観不良などが発生する。」というものであって、この記載が本件厚み比及び本件収縮率がv2/v1のみで定まるものである旨を述べたものではないことは明らかである。
したがって、本件特許に係る明細書の【0019】の記載を根拠として、v2/v1が本件特許発明の範囲内のものである引用発明のフィルムにおける本件厚み比及び本件収縮率が本件特許発明の範囲内のものである蓋然性が高いということはできない。
よって、特許異議申立人の主張は採用できない。

なお、特許異議申立人は、特許異議申立書の15頁18行?16頁4行において、仮に甲第1号証に記載された発明で得られるフィルムにおける本件厚み比及び本件収縮率が本件特許発明の範囲内のものである蓋然性が高いといえないのであれば、本件特許は特許法第36条4項第1号又は第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたことになる旨主張するので、念のためこの主張についても検討する。
本件特許に係る明細書の発明の詳細な説明には、実施例として、アクリル系樹脂組成物の調製方法(【0099】?【0102】)、溶融樹脂の温度(【0103】)、製造するフィルムの幅、使用する各ロールの大きさ及び各装置の位置関係(Tダイの吐出口1からキャストロール4及びタッチロール3のシート状熱可塑性樹脂2との接触点までの距離Lを含む。)(【0104】)並びにキャストロールとタッチロールの挟み込みの線圧及び使用する各ロールの温度(【0106】)が特定され本件厚み比及び本件収縮率が本件特許発明の範囲内のフィルム(【0117】)を製造した具体的な例が記載されているほか、製造するフィルムの想定される厚みの範囲(【0072】)及び各ロールの想定される回転速度の範囲(上記Lに対する比として)(【0081】)が記載されている。
また、本件特許に係る明細書の発明の詳細な説明には、こうして得られたフィルムが成形時のフィルムにシワが発生していないこと及び一ヶ月放置後ゲージバンドが視認できなかったことも記載されている(【0096】、【0097】及び【0117】)。
さらに、ネックインが大きくなるほどフィルム両縁端部は厚くなること、及びネックインの大きさには溶融フィルムの表面張力や弾性率、エアーギャップ、ダイスリット幅、巻き取り速度、溶融フィルムの温度などが影響することが技術常識であったといえる(摘記(3a))し、フィルム巻き取りの際に菊模様、軟巻に起因するテレスコープや固巻に起因するゲージバンドなどが生じないよう張力、接圧及び振動に配慮することも技術常識であったといえる(摘記(3b)?(3d))。
そうすると、当業者であれば、本件特許に係る明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて技術常識を考慮することにより、本件厚み比及び本件収縮率が本件特許発明の範囲内にあるフィルムを製造することができるといえるから、本件特許に係る明細書の発明の詳細な説明の記載は当業者が本件特許発明1及び本件特許発明2の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるといえるし、また、当業者であれば、こうした製造により本件特許に係る明細書の発明の詳細な説明に記載された「ロールフィルムに発生するゲージバンドと呼ばれる厚みムラに起因する外観不良及び搬送中のフィルム弛み、シワ起因の折れスジ状の外観異常のない熱可塑性フィルム」(【0006】)が得られることを認識することができるといえるから、本件特許発明1及び本件特許発明2は本件特許に係る明細書の発明の詳細な説明に記載したものであるともいえる。
よって、特許異議申立人の主張は採用できない。

(2)フィルムの物性の技術的意義について

特許異議申立人は、特許異議申立書の18頁15行?25頁12行において、甲第3号証及び甲第4号証の記載を摘示(摘記(3a)、(3c)?(3e)、(4a))して、本件厚み比及び本件収縮率が本件特許発明の範囲内のものであることは、通常のロールに巻かれ良好な巻品質を示している樹脂フィルムに内在する物性にすぎず、通常の樹脂フィルムの物性を特定しただけであり、これらのことに技術的意義はない旨主張するので、以下検討する。

ア 本件厚み比について

特許異議申立人は、本件厚み比について、「A1の厚み比で特定するような両端部の厚さが厚いフィルムが得られることは、溶融押出により製造したフィルムであれば、当然の結果であり、A1の規定は、このような通常得られる樹脂フィルムについて規定しただけのものなのである。そして、このような通常得られる樹脂フィルムとしては、エッジビーズが小さく、両端部の厚さが薄いものの方が、ロールとして巻品質が良いものが得られることは技術常識であるから、A1の厚み比の規定は、普通にある樹脂フィルムについて規定しただけのものであるということができる。」(22頁11行?17行)と主張するとともに、「本件特許発明1のように、フィルムの形状について、フィルムの中心部の平均厚さと、両端部の厚さとの割合でもって、特定することは、例えば、甲第4号証に記載されているように、既に公知のことであり、本件特許発明1における特定方法にも新規な部分は認められない。」(22頁20行?23行)と主張する。
しかし、特許異議申立ての理由は本件特許発明1及び本件特許発明2は特許法第29条第1項第3号に該当するというものである(上記第2 2)。したがって、検討すべきは、本件厚み比を本件特許発明の範囲内のものとすることに技術的意義があるかどうかや本件厚み比による特定方法が新規かどうかではなく、引用発明のフィルムにおける本件厚み比が本件特許発明の範囲内のものであるかどうかという点であるが、引用発明におけるフィルムの本件厚み比が通常の樹脂フィルムのそれと同程度であるか、そもそも通常の樹脂フィルムにおける本件厚み比がどの程度であるかなど、この点についての具体的な立証がなされていない。
そして、上記3(1)イ(ア)で述べたとおり、引用発明のフィルムにおける本件厚み比が具体的にどの程度であるかは不明であって、引用発明のフィルムにおける本件厚み比が本件特許発明の範囲内のものであるとはいえない。

イ 本件収縮率について

特許異議申立人は、本件収縮率について、「周方向の応力、すなわち巻取時の延伸の程度は、ロールの品質に影響を与え、フィルムに残留する応力が少ないほど良いことがわかる。このように応力を少なくするには、形成されたフィルムを引取り(搬送)する際に、フィルムを形成するロールの周速度と同等ないしはやや小さめの周速度で引取り(搬送)すれば、巻き取り時にフィルムの伸びが少なく、フィルムにかかる応力も少ないものであることは容易に理解できる。そして、実際に、フィルムを製造する際には、フィルムを形成するロールの周速度と同程度ないしはやや小さめの周速度で引取り(搬送)することは、甲第1号証に記載された発明でも行っていることである。すなわち、フィルムに残留する応力は、極力少なくなるように調整されている。一方、本件特許発明1のA2は、このようなフィルムに残留する応力の程度を、収縮率を用いて規定しているものであり、フィルムの歪みの開放が経時的に起こるものであることから、その期間として常温で1ヶ月経過後と定め、そのときの収縮率として、樹脂フィルム中の残留応力が小さいことを規定したものである。このように、巻品質向上のため残留応力を少なくすることは、フィルムの製造において通常行われていることであり、そのため、ロール製品においては、上記のような事情を考慮し、巻取速度を成形速度と同程度の速度に設定し、巻き取ることが通常行われている。そうであれば、A2の収縮率の規定は、巻品質がよいロールとするために、樹脂フィルムに内在する応力が少ないことを規定したものではあるが、このような特性は、通常のロール製品における樹脂フィルムが潜在的に有している特性である。したがって、A2のように特定したとしても、これにより新たな技術が提供されるというものでもなく、何ら技術的特徴を有しない。」(24頁8行?25頁3行)と主張する。
しかし、特許異議申立ての理由は本件特許発明1及び本件特許発明2は特許法第29条第1項第3号に該当するというものである(上記第2 2)。したがって、検討すべきは、本件収縮率を本件特許発明の範囲内のものとすることにより新たな技術が提供されるかどうかや本件収縮率が本件特許発明の範囲内のものである点に技術的特徴を有するかどうかではなく、引用発明のフィルムにおける本件収縮率が本件特許発明の範囲内のものであるかどうかという点であるが、引用発明におけるフィルムの本件収縮率が通常の樹脂フィルムのそれと同程度であるか、そもそも通常の樹脂フィルムにおける本件収縮率がどの程度であるかなど、この点についての具体的な立証がなされていない。
また、フィルム巻き取りの際に菊模様、軟巻に起因するテレスコープや固巻に起因するゲージバンドなどが生じないよう張力、接圧及び振動に配慮することは技術常識であったといえる(摘記(3b)?(3d))から、引用発明において適切な巻品質とするためにフィルム巻き取りの際適度な張力をかけていると推認することができるものの、そうであるからといって、引用発明においてフィルムに残留する応力が極力(本件特許発明と同等又はそれ以上に)少なくなるように調整されているとまではいえない。
そして、上記3(1)イ(イ)で述べたとおり、引用発明のフィルムにおける本件収縮率が具体的にどの程度であるかは不明であって、引用発明のフィルムにおける本件収縮率が本件特許発明の範囲内のものであるとはいえない。

第4 むすび

以上のとおりであるから、特許異議申立ての理由及び証拠によっては、本件特許発明1及び本件特許発明2に係る特許を取り消すことはできない。
また、ほかに本件特許発明1又は本件特許発明2に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2016-11-10 
出願番号 特願2011-54639(P2011-54639)
審決分類 P 1 651・ 113- Y (B29C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 長谷部 智寿石川 健一  
特許庁審判長 佐藤 健史
特許庁審判官 加藤 幹
冨永 保
登録日 2016-02-26 
登録番号 特許第5887701号(P5887701)
権利者 株式会社カネカ
発明の名称 熱可塑性フィルムの製造方法  
代理人 中川 正人  
代理人 柳野 隆生  
代理人 関口 久由  
代理人 森岡 則夫  

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