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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  H01M
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  H01M
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H01M
審判 全部申し立て 2項進歩性  H01M
管理番号 1322301
異議申立番号 異議2016-700842  
総通号数 205 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-01-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-09-08 
確定日 2016-11-25 
異議申立件数
事件の表示 特許第5881858号発明「スタンバイモードを有するフロー電池装置」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5881858号の請求項1ないし3、4ないし5、6ないし10に係る特許を維持する。 
理由 1 手続の経緯
特許第5881858号(以下「本件特許」という。)の請求項1?10に係る特許についての出願は、2012年12月18日(優先権主張2011年12月20日、米国(US))を国際出願日とする出願であって、平成28年2月12日にその特許権の設定登録がされ、その後、その特許に対し、特許異議申立人奥村一正(以下「申立人」という。)により特許異議申立書(以下「申立書」という。)が提出されたものである。

2 本件発明
本件特許の請求項1?10に係る発明(以下それぞれ「本件発明1?10」という。)は、その特許請求の範囲の請求項1?10に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
電解液であって、該電解液から引き出すことが可能なまたはそれらに貯蔵することが可能な電力量に関する全エネルギー容量を画定する電解液と、
電気化学的セルと、
前記電解液を貯蔵するように、前記電気化学的セルと流体的に連結された、外部貯蔵部と、
ONモードと、OFFモードと、スタンバイモードと、を備えたレドックスフロー電池装置であって、
前記ONモードは、前記外部貯蔵部から電気化学的セルを通して前記電解液を循環させることにより、前記レドックスフロー電池装置から引き出すことが可能なまたは前記レドックスフロー電池装置に貯蔵することが可能な電力量に関する該レドックスフロー電池装置の全エネルギー容量へのアクセスを可能にし、
前記OFFモードは、前記電気化学的セルから前記電解液を空にすることにより、前記全エネルギー容量へのアクセスを不能にし、
前記スタンバイモードは、前記電気化学的セル中に前記電解液を貯蔵することにより、該電気化学的セルを通して前記電解液を循環させることなく前記全エネルギー容量の一部へのアクセスを可能にすることを特徴とするレドックスフロー電池装置。
【請求項2】
前記電解液は、アノード液およびカソード液を含むことを特徴とする請求項1に記載のレドックスフロー電池装置。
【請求項3】
前記外部貯蔵部は、第1の外部貯蔵部および第2の外部貯蔵部と、を含むことを特徴とする請求項1に記載のレドックスフロー電池装置。
【請求項4】
アノード液およびカソード液であって、該アノード液および該カソード液から引き出すことが可能なまたはそれらに貯蔵することが可能な電力量に関する全エネルギー容量を画定するアノード液およびカソード液と、
電気化学的セルと、
前記アノード液および前記カソード液の各々を貯蔵するように、それぞれ前記電気化学的セルと流体的に連結された、第1の外部貯蔵部および第2の外部貯蔵部と、
ONモード、OFFモード、およびスタンバイモードを有するように構成されたコントローラと、
を備えたフロー電池装置であって、
前記ONモードは、それぞれ、前記第1の外部貯蔵部および前記第2の外部貯蔵部から電気化学的セルを通して前記アノード液および前記カソード液の各々を循環させることにより、前記全エネルギー容量へのアクセスを可能にし、前記OFFモードは、前記電気化学的セルから前記アノード液または前記カソード液の少なくとも一方を空にすることにより、前記全エネルギー容量へのアクセスを不能にし、前記スタンバイモードは、前記電気化学的セル中に前記アノード液および前記カソード液の各々の一部を貯蔵することにより、該電気化学的セルを通して前記アノード液または前記カソード液を循環させることなく前記全エネルギー容量の一部へのアクセスを可能にすることを特徴とする、フロー電池装置。
【請求項5】
それぞれ、前記第1の外部貯蔵部と前記電気化学的セルとの間、および、前記第2の外部貯蔵部と前記電気化学的セルとの間に連結された供給管を含み、前記供給管の各々は、互いに並列に配置された弁およびポンプを含むことを特徴とする請求項4に記載のフロー電池装置。
【請求項6】
アノード液およびカソード液であって、該アノード液および該カソード液から引き出すことが可能なまたはそれらに貯蔵することが可能な電力量に関する全エネルギー容量を画定するアノード液およびカソード液と、
電気化学的セルと、
前記アノード液および前記カソード液の各々を貯蔵するように、それぞれ前記電気化学的セルと流体的に連結された、第1の外部貯蔵部および第2の外部貯蔵部と、
を備えたフロー電池装置の運転方法であって、
それぞれ、前記第1の外部貯蔵部および前記第2の外部貯蔵部から前記電気化学的セルを通して前記アノード液および前記カソード液の各々を循環させることにより、該アノード液および該カソード液の全エネルギー容量へのアクセスを可能にするONモードで運転し、
前記電気化学的セルから前記アノード液または前記カソード液の少なくとも一方を空にすることにより、前記全エネルギー容量へのアクセスを不能にするOFFモードで運転し、
前記電気化学的セル中に前記アノード液および前記カソード液の各々の一部を貯蔵することにより、該電気化学的セルを通して前記アノード液または前記カソード液を循環させることなく前記全エネルギー容量の一部へのアクセスを可能にするスタンバイモードで運転する、
ことを備えた運転方法。
【請求項7】
電力の需要予測に応じて、前記スタンバイモードで運転することを含むことを特徴とす
る請求項6に記載の運転方法。
【請求項8】
間欠性電源からの電力の貯蔵予測に応じて、前記スタンバイモードで運転することを特徴とする請求項6に記載の運転方法。
【請求項9】
前記スタンバイモードで運転しながら、前記アノード液および前記カソード液から電力を引き出す、または前記アノード液および前記カソード液に電力を貯蔵することを含むことを特徴とする請求項6に記載の運転方法。
【請求項10】
前記ONモードで運転することによる周期的な補給を行いながら、前記スタンバイモードで運転することを含むことを特徴とする請求項6に記載の運転方法。」

3 申立理由の概要
特許異議申立人は、証拠として、下記甲第1号証?甲第6号証を提出し、以下の申立理由1?申立理由4-4によって請求項1?10に係る特許を取り消すべきものである旨主張している。

甲第1号証:特開平4-4567号公報
甲第2号証:特開2002-175822号公報
甲第3号証:特開2003-87997号公報
甲第4号証:特開2003-317763号公報
甲第5号証:特開2006-147306号公報
甲第6号証:特開2003-86228号公報

申立理由1
本件特許の請求項1?6に係る発明は、甲第1号証に記載された発明であるから、その特許は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してなされたものである。

申立理由2
本件特許の請求項1?10に係る発明は、甲第2号証、甲第3号証に記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである。

申立理由3-1
スタンバイモードにおいては、電解液の循環停止によりセル内の電解液が自己放電したり劣化したりすることが技術常識であるところ、本件特許明細書には、スタンバイモードの下位概念として、段落【0028】に、スタンバイモードとONモードを周期的に切り替えることにより自己放電に対処することが開示されているだけであり、その他の下位概念において、いかにして自己放電に起因した問題を解消するかについての技術常識は存在しない。
したがって、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、請求項1?9に係る発明について、当業者が実施することができる程度に記載されていないから、請求項1?9に係る発明の特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものである。

申立理由3-2
本件発明10には、「ONモード」と「スタンバイモード」とを切り替える「周期」の長短について、特段の限定がないため、上記「周期」として、自己放電があまり生じない程度の短時間である場合以外、すなわち、自己放電が生じて十分な電流が供給できなくなるような長時間も含むことになっているが、そのような場合について、いかにして自己放電に起因した問題を解消するかについての技術常識が存在しない。
したがって、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、請求項10に係る発明について、当業者が実施することができる程度に記載されていないから、請求項10に係る発明の特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものである。

申立理由4-1
本件発明1?10には、「スタンバイモード」の継続時間について何ら限定されていないため、スタンバイモード中に電解液が自己放電して電力供給能力を失ってしまい、その結果、「電気化学的セルに電解液を循環させることに伴う遅延を生じさせることなく電力を即時に供給する」という本件発明の課題を解決し得ない発明を含んでいるといえる。
したがって、請求項1?10に係る発明は、発明の詳細な説明に記載された課題を解決するための手段が反映されていないため、発明の詳細な説明に記載された発明であるとはいえず、その特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものである。

申立理由4-2
本件発明1?10には、「電気化学的セル」と「外部貯蔵部」との位置関係について特定されていないため、「電気化学的セル」が「外部貯蔵部」の上方に配置されていない場合を含んでおり、発明の詳細な説明には、この場合、どのようにして「電気化学的セル」から「電解液を空にする」か記載されていない。また、「電気化学的セル」が「外部貯蔵部」の上方に配置されていない場合に、どのように「電気化学的セル」から「電解液を空にする」かを当業者が理解することができるような技術常識は、本件特許に係る出願の優先日前に存在していたともいえない。
したがって、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載された内容を、本件発明1?10の範囲まで拡張ないし一般化できるとはいえないため、本件発明1?10は、発明の詳細な説明に記載された発明であるとはいえず、その特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものである。

申立理由4-3
本件特許の請求項1?3には「前記スタンバイモードは、前記電気化学的セル中に前記電解液を貯蔵する」と記載されており、同請求項4、6?10には「スタンバイモード」について「前記電気化学的セル中に前記アノード液および前記カソード液の各々の一部を貯蔵する」と記載されているが、請求項1?3は、「前記電気化学的セル中に前記電解液を貯蔵する」ための具体的構成を特定しておらず、請求項4、6?10は、「前記電気化学的セル中に前記アノード液および前記カソード液の各々の一部を貯蔵する」ための具体的構成を特定してしない。
一方、本件特許明細書には、電解液を貯蔵すること、もしくは、アノード液およびカソード液の各々の一部を貯蔵することに関して、段落【0026】に、ポンプ34を停止するとともに、ポンプ34に並列に配置された弁36を閉じることが記載されているだけである。
したがって、発明の詳細な説明には、ポンプを停止するとともに弁を閉じること以外に、いかにして電気化学的セル中に電解液を貯蔵するかについての記載はなく、また、ポンプを停止するとともに弁を閉じること以外に、いかにして電気化学的セル中に電解液を貯蔵するかを当業者が理解することができるような技術常識は、本件特許に係る出願の優先日前に存在していたともいえない。
よって、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載された内容を本件発明1?4、6?10の範囲まで拡張ないし一般化できるとはいえないため、本件発明1?4、6?10は、発明の詳細な説明に記載された発明であるとはいえず、その特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものである。

申立理由4-4
本件特許の請求項4には「前記スタンバイモードは、前記電気化学的セル中に前記アノード液および前記カソード液の各々の一部を貯蔵する」と記載されており、請求項4を引用する請求項5には「前記第1の外部貯蔵部と前記電気化学的セルとの間、および、前記第2の外部貯蔵部と前記電気化学的セルとの間に連結された供給管を含み、前記供給管の各々は、互いに並列に配置された弁およびポンプを含む」と記載されているが、請求項5に記載された「ポンプ」には特段の限定がなされていない。
そして、本件特許明細書には、電気化学的セル中にアノード液およびカソード液の各々の一部を貯蔵することと、供給管の各々は、互いに並列に配置された弁およびポンプを含むことについて、段落【0026】に、ポンプ34を停止させ、弁36を閉にすることによって、電気化学的セル内に存在するアノード液及びカソード液の逆流を防止することが記載されている。
ここで、請求項5に記載されたポンプには、特段の限定がされていないために、ポンプが停止したときに、逆流を防止する構造が組み込まれたものと、組み込まれていないものの両者が含まれているが、逆流を防止する構造が組み込まれていないポンプにおいて、どのように、電気化学的セル中にアノード液およびカソード液の各々の一部を貯蔵するのかを当業者が理解することができるような技術常識は、本件特許に係る出願の優先日前に存在していたともいえない。
よって、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載された内容を、本件発明5の範囲まで拡張ないし一般化できるとはいえないため、本件発明5は、発明の詳細な説明に記載された発明であるとはいえず、その特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものである。

4 甲号証の記載
(1)甲第1号証の記載事項
本件特許に係る出願の優先日前に日本国内において頒布された、上記甲第1号証には以下の事項が記載されている(なお、下線は当審が付与したものであり、「…」は記載の省略を表す。以下同様。)。
1ア 「[発明が解決しようとする課題]
従来のレドックスフロー電池は以上のように構成されていた。したがって、電池セル2が電解液貯蔵タンク(3,4)内に蓄えられた電解液の電解液面よりも低い位置に配置されている場合には、電池セル2の内部および送液・排液管路(11,12,13,14)中に常に電解液が充填された状態になっていた。その結果、充電を終え、電解液を停止させた状態(すなわち、電力を貯蔵している状態)において、管路を通して自己放電電流(一般に、シャントカレントと呼ばれる)が生じ、また、電池セル2内の隔膜5を通しての、正極電解液および負極電解液の混合による自己放電現象が生じ、電力貯蔵効率の点から好ましくない状況であった。
それゆえに、この発明の目的は、レドックスフロー電池において、電力貯蔵効率を高めるように改良することにある。」 (第2頁左下欄下から2行?右下欄16行)

1イ 「[課題を解決するための手段]
この発明は、電極に電解液を循環供給し、該電極上で充放電を行なわせるレドックスフロー電池に係るものである。当該レドックスフロー電池は、上記電極を収容する電池セルと、上記電解液を蓄える電解液貯蔵タンクと、を備えている。上記電池セルと上記電解液貯蔵タンクの間には、該電池セルと該電解液貯蔵タンクとの間で上記電解液を循環させるための電解液循環用管路が設けられている。当該レドックスフロー電池は、上記問題点を解決するために、さらに電池セルと電解液貯蔵タンクの間に設けられ、上記電池セル内の電解液を抜出して、上記電解液貯蔵タンク内に戻すための電解液抜取用管路を備えている。」

1ウ 「[実施例]
以下、この発明の一実施例を図について説明する。第1図は、この発明の一実施例に係るレドックスフロー電池の概略図である。なお、第1図に示す実施例は、以下の点を除いて第3図に示す従来例と同様であり、相当する部分には、同一の参照番号を付し、その説明を繰返さない。
第1図に示すレドックスフロー電池が第3図に示すレドックスフロー電池と異なる点の第1は、正極電解液抜取用管路25の一端が正極用電解液導入管路11に連結され、他端が正極電解液貯蔵タンク3の上部3aに連結されており、一方、負極電解液抜取用管路24の一端が負極用電解液導入管路13に連結され、他端が負極電解液貯蔵タンク4の上部4aに連結されている点である。正極電解液抜取用管路25の管路内には、ポンプP_(4)が設けられている。ポンプP_(4)と正極用電解液導入管路11との間に位置する、正極電解液抜取用管路25には、バルブ22が設けられている。ポンプP_(3)と負極用電解液導入管路13との間に位置する、負極電解液抜取用管路24には、バルブ23が設けられている。
第2の異なる点は、ポンプP_(2)と正極電解液貯蔵タンク3との間に位置する、正極電解液導入管路11にはバルブ21が設けられ、一方ポンプP_(1)と負極用電解液貯蔵タンク4との間に位置する、負極用電解液導入管路13には、バルブ20が設けられている点である。
次に、充電後に、電池セル2から電解液を抜取、該電解液を電解液貯蔵タンク内に戻す、動作について説明する。
充電を行った後、まず、電解液循環用のポンプP_(1)、P_(2)の運転を停止する。次に、バルブ20およびバルブ21を閉じ、バルブ22およびバルブ23を開く。この状態で、ポンプP_(3)、P_(4)を運転する。すると、正極セル2a内に充填されていた正極電解液は、正極電解液抜取用管路25を通って、正極電解液貯蔵タンク内に戻る。一方、負極セル2b内に充填されていた負極電解液は、負極電解液抜取用管路24を通って、負極電解液貯蔵タンク4内に戻る。」(第3頁右上欄2行?右下欄2行)

1エ 「こうして、充電された状態にあった電解液は、電池セルから抜取られ、電解液貯蔵タンク内で貯蔵される。その結果、シャントカレントの発生はなくなり、また、隔膜5を通しての、正極電解液および負極電解液の混合による自己放電現象は生じない。その結果、電力貯蔵効率が従来のレドックスフロー電池に比べて高まるという効果を生じる。」
(第3頁右下欄2行?右下欄9行)

1オ 「第1図



(2)甲第2号証の記載事項
本件特許に係る出願の優先日前に日本国内において頒布された、上記甲第2号証には次の事項が記載されている。
2ア 「【0002】
【従来の技術】図5に、レドックスフロー電池の原理・構成を示す。正負極の電解液としてバナジウムイオンを溶解させた硫酸水溶液を用いている。正負極の電解液は、各々のタンクに貯蔵され、電池セルへと送液循環される。電池セル内で充放電時に生じる反応は、簡略に記すと次式で表わされる。
【0003】



2イ 「【0006】
【発明が解決しようとする課題】図7は、従来の双極板の概念図である。双極板1の外周部にセルフレーム2が設けられている。セルフレーム2には、送液口3と排出口4が形成されている。送液口3は、双極板1の下側に設けられ、排出口4は双極板1の上側に設けられている。従来の、セルフレームは、このように構成されているため、電池停止時には、ポンプを停止するが、この際、セル内には残留する電解液がある。すなわち、各セルは、電解液送排液のための内部マニホールドでつながっている。したがって、電池停止時にも、セルスタック内の各直列セルがマニホールドを通じて電解液(導電体)で並列につながれている。このため、自己放電電流(シャントカレント)が流れ、停止中にセル内の電解液が自己放電してしまう。
【0007】その結果、瞬時電圧低下対策用として使う際には、上記の現象が起こらないように、常時ポンプを起動し、送液循環させておく必要があり、補助起動力が必要な点で問題であった。
【0008】また、図8を参照して、電解液タンク5の中の電解液6の液面より上位にセル7を配置することで、シャントカレントロスをなくする方法もあるが、この際は、ポンプ8の停止により、残留電解液が電解液タンク5内に戻るため、自己放電は減少する。しかし、残留電解液が少なく、十分な電気量を蓄えられないという問題点があった。」

2ウ 「【0009】この発明は上記のような問題点を解決するためになされたもので、自己放電がなく、ロスを小さくすることができるように改良されたレドックスフロー電池を提供することを目的とする。
【0010】この発明の他の目的は、ポンプ停止中に放電が必要となった際にも十分な放電が可能になるように改良されたレドックスフロー電池を提供することにある。
【0011】この発明のさらに他の目的は、非常用電源として十分に機能させることができるように改良されたレドックスフロー電池を提供することにある。」

2エ 「【図7】



2オ 「【図8】



(3)甲第3号証の記載事項
本件特許に係る出願の優先日前に日本国内において頒布された、上記甲第3号証には次の事項が記載されている。
3ア 「【0002】
【従来の技術】近年、鉛蓄電池に替わる新形2次電池として、亜鉛臭素電池、亜鉛塩素電池、レドックスフロー電池等の電解液循環型の2次電池が実用化されつつある。そして、これら2次電池を利用して夜間電力を充電し、この蓄えた電力を昼間の需要負荷に供給して負荷平準化またはピークカットを行う電力貯蔵システムが開発されつつある。
【0003】図10は、この種従来の電力貯蔵システムを示す回路構成図である。図において、1は3相の交流電源、2は交流側がスイッチS7を介して交流電源1に接続されたAC/DC双方向コンバータ、3は一端側がAC/DC双方向コンバータ2の直流側に接続されたDC/DCコンバータA、4はスイッチS1を介してDC/DCコンバータA3の他端側に接続された主電池で、ここでは上述した電解液循環型の2次電池が採用されている。5はスイッチS2を介してDC/DCコンバータA3の他端側に接続された補助電池、6は一端側が補助電池5に接続されたDC/DCコンバータB、7はスイッチS3を介してDC/DCコンバータB6の他端側に接続された直流非常用負荷である。また、8、9、10は、それぞれスイッチS4、S5、S6を介してAC/DC双方向コンバータ2の交流側に接続された交流非常用負荷、交流一般負荷、電解液循環ポンプである。なお、電解液循環ポンプ10は、主電池4を構成する電池スタックと電解液タンクとの間で電解液を循環するためのものである。
【0004】次に動作について説明する。交流電源1が正常なときは、主電池4を用いて負荷平準化のための系統連系運転を行う。即ち、スイッチS1、S7を閉路して主電池4は交流電源1との間で充放電動作を行う。このとき、スイッチS2は開路している。また、スイッチS5、S6を閉路して交流一般負荷9および電解液循環ポンプ10に給電される。また、交流電源1が正常で主電池4が充放電動作をしない休止中は、スイッチS1、S6を開路して電解液循環ポンプ10を停止するとともに、スイッチS2を閉路し交流電源1からAC/DC双方向コンバータ2およびDC/DCコンバータA3を介して補助電池5を浮動充電する。
【0005】交流電源1が停電になると、スイッチS1、S7を開路、S2を閉路し、また、スイッチS6を閉路、S5を開路して、補助電池5からDC/DCコンバータA3およびAC/DC双方向コンバータ2を介して電解液循環ポンプ10に給電する。更に、スイッチS3を閉路し、補助電池5からDC/DCコンバータB6を介して直流非常用負荷7に給電する。電解液循環ポンプ10が駆動された後主電池4が運転可能な状態に立ち上がると、スイッチS2を開路すると同時にスイッチS1、S4を閉路し、主電池4から交流非常用負荷8および電解液循環ポンプ10に給電するとともに、直流非常用負荷7へは補助電池5から引き続き給電する。」

3イ 「【図10】



3ウ 「【0007】また、設備の容量等によっては、補助電池にも主電池と同様の電解液循環型の2次電池を適用する場合があるが、この場合には以下のような問題点が生じ得る。即ち、この種、電解液循環型の2次電池にあっては、補機損低減の目的で電池の休止中は電解液循環用のポンプの運転を停止させるのが普通である。このため、補助電池のスタック内に停滞している電解液が自己放電して電圧が低下し、交流電源の停電時に必要な負荷に電力を供給できないという、結果として上述したと同様の問題点が生じ得る。」

3エ 「【0032】実施の形態5.図8はこの発明の実施の形態5における電力貯蔵システムを示す回路構成図である。ここでは、電解液循環型の補助電池15を適用している。図において、16は補助電池のスタック、17は電解液のタンク、18は電解液循環用のポンプである。19は補助電池15の電圧を検出する電圧検出器、20は電圧検出値に応じてポンプ18の運転を制御する制御部である。
【0033】既述したとおり、電解液循環型2次電池では、その補機損失低減のため、当該電池の休止中は通常そのポンプを停止させており、補助電池に適用した場合もその例外ではない。その場合、これも既述したように、ポンプ18の停止中にスタック16内の電解液が自己放電して電圧が低下し、交流電源1の停電時に直流非常用負荷7に給電するという補助電池としての責務を果たし得ない可能性が生じる。この実施の形態5は、このような問題点を解消するため創案されたものである。
【0034】次に、補助電池15の休止期間における動作を図9のタイミングチャートを参照して説明する。図9において、点線の特性は、仮に、補助電池15の休止中もポンプ18を停止させず運転した場合の電圧経過を示す。この場合、スタック16内の電解液が絶えず入れ替わるので、図に示すように、電圧の低下は僅かである。これに対し、実線の特性がこの実施の形態5の場合である。
【0035】即ち、補助電池15の休止と同時にポンプ18を停止するが、電圧検出器19により補助電池15の電圧を監視し、スタック16内に停滞した電解液の自己放電により電圧が急減して第1設定値(下限値)未満になると制御部20が動作してポンプ18を運転する。この第1設定値としては、これ以上電圧が低下するとポンプ18を運転しても電圧回復ができなくなる限度値に適当な余裕を持たせた値に設定する。ポンプ18が運転されるとタンク17内の充電された電解液がスタック16に供給されるので、図に示すように電圧は急速に回復し、定格電圧に近い値に設定された第2設定値(上限値)を超えると再び制御部20が動作してポンプ18を停止させる。
【0036】制御部20は以上の動作を繰り返してポンプ18の間欠運転を行う。従って、補助電池15の休止中のポンプ18の実質運転期間はごく短時間に留まり、補助電池休止中の補機損低減という課題を果たし、且つ、補助電池15を常に良好な状態に保ち、交流電源1の停電時には必要な負荷への電力供給を確実に実現することができる。
【0037】なお、図8では、従来の図10の回路構成に示す電力貯蔵システムに適用した補助電池を対象にこれを電解液循環型2次電池で構成した場合について説明したが、先の各実施の形態で説明した回路構成の電力貯蔵システムにおける補助電池にも同様に適用でき同等の効果を奏することは勿論である。」

3オ 「【図8】



3カ 「【図9】



5 取消理由として採用しない理由
申立人によって申立書に記載された、上記申立理由1?4-4は、いずれも、取消理由として採用できない。その理由は以下(1)?(8)に記載するとおりである。

(1)申立理由1について
ア 申立人は、申立書において、甲第1号証の記載に基づいて、申立書の第19?20頁に記載のとおりの甲1発明を認定した上で、その甲1発明の「第1のポンプ、第2のポンプ、第3のポンプ及び第4のポンプを停止する第2のモード」が、本件発明1の「スタンバイモード」に相当する、と主張しているので、この主張が妥当であるかについて検討する。
なお、甲第1号証の上記1ウには、充電を行った後、ポンプP_(1)とP_(2)の運転を停止し、その後、ポンプP_(3)、P_(4)を運転することが記載されているところ、ポンプP_(1)とP_(2)の運転停止から、ポンプP_(3)、P_(4)の運転開始までの期間に注目すると、この期間は、第1のポンプ、第2のポンプ、第3のポンプ及び第4のポンプの全てが停止しており、正極電解液及び負極電解液はそれぞれ正極セル及び負極セル内に充填されたままとなっている期間であることが理解できることから、申立人は、この第1?第4の全てのポンプが停止する期間のことを「第2のモード」と名付けているものと認められる。

イ 甲第1号証の上記1アの記載によれば、甲第1号証において、発明が解決しようとする課題は、従来のレドックスフロー電池において、電池セルが電解液貯蔵タンク内に蓄えられた電解液の電解液面よりも低い位置に配置されている場合には、充電を終えて電解液の循環が停止されると、電池セルの内部や送液・排液管路中に電解液が充填された状態になっているため、シャントカレントや自己放電電流が生じるので、電力貯蔵効率の点から好ましくないということである。

エ そして、甲第1号証の上記1イの記載によれば、上記課題を解決する手段とは、電池セルと電解液貯蔵タンクの間に電解液抜取用管路を設けることであり、上記電解液抜取用管路を用いて、電池セル内の電解液を抜き取り、上記電解液貯蔵タンク内に戻して貯蔵することによって、上記1エに記載されているように、シャントカレントも、自己放電現象も生じなくなるというものである。

オ そうすると、上記1ウに記載されている、充電を行った後に、電解液循環用のポンプP_(1)、P_(2)の運転を停止し、次に、バルブ20およびバルブ21を閉じ、バルブ22およびバルブ23を開き、この状態で、ポンプP_(3)、P_(4)を運転する目的は、充電が終了した、正極セル2a内に充填されていた正極(負極)電解液を、正極(負極)電解液貯蔵タンク内に戻して保存するためである。つまり、上記アに記載した、申立人が認定した「第1のポンプ、第2のポンプ、第3のポンプ及び第4のポンプを停止する第2のモード」とは、充電が終了した正極(負極)電解液を正極(負極)電解液貯蔵タンクに戻すための一連の作業過程における、いわば過渡的な一作業過程にすぎないことは明らかであり、当該第2のモードにおいては、既に充電を終了した電解液に対して、追加で充電する必要はないし、充電が終了した電解液を保存するための作業をしているにもかかわらず、当該作業の目的に反して当該電解液から放電させようとすることは不合理であるから、当該第2のモードにおいて、電池セルの内部等に充填された電解液に充電または放電を行うことは、甲第1号証には何ら記載されていないばかりか、甲第1号証で開示されている技術思想に整合しないものであるといえる。また、当該第2のモードにおいては、全てのポンプが停止しているため電解液は循環しておらず、電池セルの内部等に電解液が充填された状態となっており、上記イに記載したように、このような状態は好ましくないとされる状態であるから、当該第2のモードの期間はできるだけ短い方が好ましいことは明らかであり、第2のモードを積極的に利用するという技術思想は、甲第1号証に開示されているとはいえない。

カ また、本件発明1の「スタンバイモード」は、本件特許明細書の段落【0029】の記載によれば、電力の需要予測に基づいて設定されるモードであり、遅延することなく、電力を供給もしくは貯蔵するためのモードであるが、甲第1号証には、第2のモードにおいて、電力の需要予測に基づいて電力の供給・貯蔵を行うことは、記載も示唆もされていない。

キ そこで、上記オとカの検討を踏まえて、本件発明1の、「前記電気化学的セル中に前記電解液を貯蔵することにより、該電気化学的セルを通して前記電解液を循環させることなく前記全エネルギー容量の一部へのアクセスを可能にする」モードである「スタンバイモード」と、甲第1号証に記載された発明における「第1のポンプ、第2のポンプ、第3のポンプ及び第4のポンプを停止する第2のモード」を対比すると、「スタンバイモード」と「第2のモード」は、いずれも、「電気化学的セル中に電解液」を「貯蔵」または「充填」しており、「電解液を循環させ」ていない点で共通するものの、「スタンバイモード」は遅延することなく電力を供給もしくは貯蔵するためのモードであるのに対して、「第2のモード」は電解液を保存するための一連の作業過程における、過渡的な一作業過程であって、当該過程において電力を供給又は貯蔵することはない点で異なる。したがって、甲第1号証に記載されたレドックスフロー電池における「第2のモード」は、本件発明1の「スタンバイモード」とは実質的に異なるものであり、「スタンバイモード」に相当するものではないというべきである。

ク よって、甲第1号証に記載された発明は、少なくとも、スタンバイモードを備えていない点で本件発明1と実質的に相違するから、本件発明1は甲第1号証に記載された発明であるということはできない。
また、請求項1を引用する本件発明2?3、本件発明4?5、本件発明6も、スタンバイモードを備えているから、同様の理由によって、これらの発明も甲第1号証に記載された発明であるということはできない。

(2)申立理由2について
ア 申立人は、申立書において、甲第2号証の上記2ア及び上記2イの段落【0008】の記載に基づく甲2発明は、スタンバイモードに相当する構成を有していない点で本件発明1と相違しているが、甲第3号証には、第1のポンプ及び第2のポンプを停止してスタック内に電解液を滞留させることが記載されており、このことは本件発明のスタンバイモードに相当するから、甲2発明に、甲第3号証に記載されたスタンバイモードを組み合わせることは当業者が容易になし得ることであると主張しているので、この点について検討する。

イ 甲第3号証の上記3アの段落【0004】?【0005】には、図10に記載された従来の電力貯蔵システムにおいて、交流電源1の停電時に、電解液循環ポンプ10への給電がなくなって主電池4が使用できなくなるときに、上記電解液循環ポンプ10に給電を開始する補助電池5を主電池4に対して並列に接続されるように組み合わせて使用することが記載されており、上記3ウには、上記補助電池5としてレドックスフロー電池等の電解液循環型の2次電池を適用した場合には、当該補助電池は、補機損失低減のために電池を休止している際に電解液の自己放電によって電圧が低下するため、交流電源1の停電時に必要な電力を供給できないという課題があると記載されている。

ウ そして、甲第3号証の上記3エの記載によれば、図8に記載されているように、電解液循環型の電池からなる補助電池15を採用した電力貯蔵システムにおいて、図9のタイミングチャートに従って補助電池15を動作させることによって、上記イに記載した課題を解決することができる。つまり、補助電池15は、上記イに記載したように、補機損失低減のために電池を休止している際には、自己放電により電圧が降下するため、交流電源1の停電時に給電するという補助電池としての責務を果たせないこととなるが、図9のタイミングチャートに示されているように、ポンプが停止している休止時に補助電池15の電圧が低下したことを検出して、ポンプの運転を再開することによって、電圧を急速に回復させることができる。つまり、ポンプの休止中に、ポンプの間欠運転を行うことにより、補助電池15の出力電圧が一定範囲を維持するようにしているものである。そして、補助電池15の上記動作方法を、本件発明の運転方法と対比すると、ポンプ停止期間は本件発明の「スタンバイモード」に相当し、間欠的なポンプ運転期間は本件発明の「ONモード」に相当するといえる。

エ 一方、甲第2号証の上記2ウの段落【0010】?【0011】には、ポンプ停止中に放電が必要となった際にも十分な放電を可能にすること、及び、非常用電源として十分に機能させることができるようにすることを目的とすると記載されており、申立人の認定した甲2発明は、これらの目的を有しているものということができる。

オ したがって、レドックスフロー電池を停電等の非常時に利用可能とするという点で、甲2発明と、甲第3号証に記載の発明は同じ課題を有しているといえるから、甲2発明の電池に甲第3号証に記載の発明を適用しようとすることは、当業者が容易に想到し得ることであるといえる。

カ しかしながら、甲第3号証に記載されているのは、上記イに記載したように、主電池に対して並列に接続されるように補助電池を組み合わせて使用することであるから、甲2発明が非常時にも使用可能とするために、つまり、電源が停電したときにも図8のポンプ8が停止することなく甲2発明が充電や放電することができるように、甲第3号証に記載の発明を適用しようとすると、甲2発明の電池に対して並列に接続されるように補助電池を組み合わせることに思い至るのであって、甲2発明の電池自体に「スタンバイモード」を導入することに思い至るとはいえない。なお、甲第3号証には、主電池と補助電池を一体の電池とするという技術思想は全く開示されていない。

キ よって、甲2発明において、甲第3号証に記載された発明を適用することは容易であるとしても、適用した結果物としての発明は、甲2発明の電池自体に「スタンバイモード」を組み込むという発明ではないから、本件発明1とは異なるものである。

ク したがって、本件特許の請求項1に係る発明は、甲第2号証、甲第3号証に記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
また、スタンバイモードを有することを特定している本件発明2?10も、同様の理由によって、甲第2号証、甲第3号証に記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。

(3)申立理由3-1について
ア 申立人は、審査基準の第II部第1章第1節の3.2.2(1)を根拠として、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、請求項1?9に係る発明について、当業者が実施することができる程度に記載されていない、と主張している。

イ しかしながら、上記審査基準の3.2.2(1)の(ii)には「その上位概念に含まれる他の下位概念については、その「一部の下位概念」についての実施の形態のみでは、当業者が出願時の技術常識(実験や分析の方法等も含まれる点に留意。)を考慮しても実施できる程度に明確かつ十分に説明されているとはいえない具体的理由がある。」と記載されているように、一部の下位概念について実施できる程度に明確かつ十分に説明されているとはいえない具体的理由があることを明らかにすることが、当該基準が適用される条件である。例えば、上記審査基準に記載された例1においては、合成樹脂の下位概念である熱硬化性樹脂という具体的な例を挙げて、熱硬化性樹脂は熱によって軟化するものではないから、ひずみ除去ができないという、ある特定の下位概念が実施できない具体的な理由が挙げられている。

ウ ところが、申立書のp60?61のdにおいて、単に、「上記の段落【0028】以外の場合において、いかにして自己放電に起因した問題を解決するかについての技術常識は存在しない」と主張するのみで、「上記の段落【0028】以外の場合」とは具体的にどのような場合か不明であるし、その場合に、実施できる程度に明確かつ十分に説明されているとはいえないどのような具体的な理由があるか不明である。

エ なお、スタンバイモードとONモードを周期的に切り替えることが特定されていない本件発明1?9について、本件特許明細書の段落【0028】に記載のとおり、スタンバイモードとONモードを周期的に切り替えるように制御することでスタンバイモードが実施可能であるといえるから、本件発明1?9についての実施可能要件は満たされているということができる。

オ したがって、申立理由3-1は、請求項1?9に係る発明について、当業者が実施することができる程度に記載されていないとする根拠が不明であるし、上記エのとおり、本件発明1?9についての実施可能要件は満たされているから、請求項1?9に係る発明の特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであるとはいえない。

(4)申立理由3-2について
ア 「スタンバイモード」について、本件特許明細書には次の記載がある。
「【0009】
以下に詳述するように、本発明のフロー電池装置20は、フロー電池装置20がONモードまたはOFFモードのいずれでもない場合に、フロー電池装置20の全容量の一部に即時に、またはほぼ即時にアクセスすることができる第3のモード、すなわちスタンバイモードを提供する。」
「【0029】
一例では、コントローラ22が電力の需要予測に応じてフロー電池装置20をスタンバイモードにする。すなわち、フロー電池装置20から電力が引き出されるまたはフロー電池装置20に電力が貯蔵される可能性を見越して、コントローラ22はフロー電池装置20をスタンバイモードにする。したがって、どの瞬間においても、フロー電池装置20は、ポンプ34が起動してアノード液およびカソード液を電気化学的セル24に循環させるのを待つ必要により遅延することなく、電力を供給もしくは電力を貯蔵させる能力を有する。その点に関し、本発明に開示のフロー電池装置20により、複数の電線や瞬時に応答する変圧器を利用する送電および配電容量を補うように、迅速な応答時間を提供し、かつ、より高い割合で電力を変動かつ利用できるようにする。」

イ 上記アの記載によれば、スタンバイモードとは、 フロー電池装置から電力が引き出されるまたはフロー電池装置に電力が貯蔵される可能性を見越して設定されるモードであり、ポンプが起動してアノード液およびカソード液を電気化学的セルに循環させるのを待つことにより発生する遅延を生ずること無く、電力を供給または貯蔵できるためのモードである。

ウ また、本件特許明細書には次の記載がある。
「【0028】
…更なる例では、図4にも示すように、装置がスタンバイモードにおいて電力供給を行える状態にあることを保証すべく、電気化学的セル24内に電解液を補給するように(さもなければ徐々に自己放電する)、コントローラ22は、フロー電池装置20を短時間、スタンバイモードからONモードに周期的に切り換える。一例として、このコンセプトは無停電電源機能としての機能を果たす、または局部出力の質を向上させるように機能するフロー電池装置20と組み合わせて用いられる。…」

エ 上記ウの記載によれば、スタンバイモードが続いていると、自己放電してしまうため、短時間、スタンバイモードからONモードに周期的に切り替えることが記載されている。つまり、スタンバイモードは、自己放電することによって十分な電力が供給できなくならないように、周期的にONモードに切り替えて充電する必要が記載されている。

オ してみると、スタンバイモードとは、十分な電力の供給もしくは貯蔵を行うためにスタンバイしているモードであり、そもそも自己放電によって十分な電力が供給できないような状態はスタンバイしているとはいえないから、スタンバイモードからは排除されているといえる。
そして、スタンバイモードにおいて自己放電によって電力供給が行えない状態とならないようにするために、周期的にONモードに切り替えるのであるから、当該周期が、自己放電によって電力供給が行えないような状態となるような期間よりも短く設定されるものであることは明らかである。
したがって、本件発明10に、「ONモード」と「スタンバイモード」とを切り替える「周期」の長短について、特段の限定がないとしても、そのような周期は、自己放電によって電圧が低下して必要とされる電力の供給が十分にできないような状態とならないような周期として設定されていることは明らかである。

カ よって、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、請求項10に係る発明について、当業者が実施することができる程度に記載されていないということはできないから、請求項10に係る発明の特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであるとはいえない。

(5)申立理由4-1について
ア 本件特許明細書には、発明が解決しようとする課題について明示的に記載されていないところ、申立人は、その段落【0008】?【0009】の記載にもとづいて、本件発明1?10の解決課題が「電気化学的セルに電解液(アノード液及びカソード液)を循環させることに伴う遅延を生じさせることなく電力を即時に供給可能とする点」にある、と認定している(申立書第61頁最下行b参照)。

イ ここで、「電気化学的セルに電解液(アノード液及びカソード液)を循環させることに伴う遅延を生じ」ることは、本件特許明細書の段落【0008】の記載を参照すると、OFFモードへの切り替えにおける欠陥そのものであるから、仮に、上記アに記載した、申立人の認定する課題が本件発明が解決しようとする課題であるとすると、OFFモードは欠陥を備えたモードであってレドックスフロー電池装置から排除すべきモードであると考えられる。しかしながら、本件発明1?10はいずれもOFFモードを備えることを特定しているので、本件発明はOFFモードを排除することを目的としておらず、したがって、申立人がした上記本件発明1?10の解決課題の認定は適切なものとはいえない。

ウ そこで、本件特許明細書の段落【0029】を参照すると、電量の需要予測に応じてフロー電池装置をスタンバイモードにすること、フロー電池装置から電力が引き出されるまたはフロー電池層に電力が貯蔵される可能性を見越して電池装置をスタンバイモードにすること、フロー電池装置はポンプが起動してアノード液及びカソード液を電気化学的セルに循環させるのを待つ必要により遅延することなく、電力を供給もしくは電力を貯蔵させる能力を有すること、が記載されていることから、本件発明の課題は、電力の需要予測に応じて遅延無く電力を供給もしくは貯蔵させることのできるレドックスフロー電池装置及びその運転方法を提供することにある、と認められる。

エ つまり、スタンバイモードは、電力の需要予測に応じた特定の時間に設定されるものであることが理解されるところ、上記ウで認定した本件発明の課題は、従来のONモード及びOFFモードに加えて、「前記電気化学的セル中に前記電解液を貯蔵することにより、該電気化学的セルを通して前記電解液を循環させることなく前記全エネルギー容量の一部へのアクセスを可能にする」スタンバイモードを設けることにより、解決しているといえる。

オ なお、申立人の主張するように、本件発明1?10において、スタンバイモードの継続時間については何ら特定されていないが、スタンバイモードについては、独立形式の請求項である請求項1、4、6のいずれにも記載されているように「全エネルギー容量の一部へのアクセスを可能」とするモードであり、上記(4)のオの検討も参照すると、十分な電力の供給もしくは貯蔵を行うためにスタンバイしているモードであるから、長い継続時間とすることによって、自己放電のために十分な電力が供給できないような状態は、そもそもスタンバイしているとはいえず、スタンバイモードからは排除されているといえる。

カ したがって、本件発明1?10にはスタンバイモードの具体的な継続時間については何ら特定されていないけれども、本件特許明細書に記載された、スタンバイモードの目的や機能を考慮すると、スタンバイモードの継続時間が、自己放電のために十分な電力が供給できないような状態になるほど長い時間に設定されないものであることは明らかである。

キ よって、請求項1?10に係る発明は、ONモード及びOFFモード以外にスタンバイモードを設定することによって、本件発明が解決しようとする課題を解決しているといえるから、発明の詳細な説明に記載された課題を解決するための手段が反映されていないということはできず、その特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであるとはいえない。

(6)申立理由4-2について
ア 申立人の主張するように、「電気化学的セル」が「外部貯蔵部」の上方に配置されていない場合について、発明の詳細な説明には、どのようにして「電気化学的セル」から「電解液を空にする」か記載されていない。

イ しかしながら、「外部貯蔵部」が「電気化学的セル」の上方に配置されているような場合に、下方に配置された「電気化学的セル」内の電解液を空にして、上方に配置された「外部貯蔵部」に移動させるために、ポンプを使用する程度のことは、当業者であれば理解し得ることである。例えば、本件特許明細書の図1Aに記載された下方にある電解液を上方にある電気化学的セルにポンプを用いて移動させていることが開示されている。

ウ したがって、「電気化学的セル」が「外部貯蔵部」の上方に配置されていない場合に、どのように「電気化学的セル」から「電解液を空にする」かを当業者が理解することができるような技術常識は、本件特許に係る出願の優先日前に存在していたといえる。

エ よって、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載された内容を、本件発明1?4、6?10の範囲まで拡張ないし一般化できないということはできず、本件発明1?4、6?10は、発明の詳細な説明に記載された発明でないとはいえないから、その特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであるとはいえない。

(7)申立理由4-3について
ア 本件特許明細書には次の記載がある。
「【0025】
図3は、フロー電池装置20がスタンバイモードにあることを示す。スタンバイモードは、電気化学的セル24中にアノード液およびカソード液の一部を貯蔵することにより、電気化学的セル24を通してアノード液またはカソード液を循環させることなく全エネルギー容量の一部へのアクセスを可能にする。理解されるように、全エネルギー容量の「一部」とは、容量の100%未満の量を表す。図1?3では、電気化学的セル24、弁36、およびポンプ34が電解液を含む、または電解液を含んでいないことを示すように、電気化学的セル24、弁36、およびポンプ34が選択的に網掛けされる。すなわち、網掛けされた箇所では、電気化学的セル24は電解液を含み、弁は開にされており、ポンプは作動している。
【0026】
スタンバイモードでは、コントローラ22はポンプ34を停止させ、弁36を閉にする。したがって、電気化学的セル24内に存在するアノード液およびカソード液は、各外部貯蔵部26,28に逆流することはできない。すなわち、アノード液およびカソード液のそれらの部分は、電極52,54および/または流路40aなどの電気化学的セル24や、供給管30およびマニホルドの少なくとも一部内に貯蔵される。アノード液およびカソード液の一部が電気化学的セル24内に所定の期間保持され、その間、アノード液およびカソード液から電力は引き出されない、またはアノード液およびカソード液に電力が保存されない。理解されるように、電極および/または流れ場流路および/またはマニホルドの容積容量は、電気化学的セル24の貯蔵能力を向上させるように選択される。
【0027】
スタンバイモードにおける電気化学的セル24内でのアノード液およびカソード液の貯蔵により、セル24を通してアノード液またはカソード液を循環させることなく、フロー電池装置20の全エネルギー容量の一部へのアクセスを可能にする。すなわち、電気化学的セル24内に貯蔵されたアノード液およびカソード液は、瞬時の需要を満たすように、電力を引き出せるまたは電力を貯蔵させるための容量を有する。」

イ 上記アの記載のとおり、スタンバイモードにおいて、電気化学的セル中に電解液であるアノード液及びカソード液の一部を貯蔵することが記載されているから、本件特許の請求項1?3に「前記スタンバイモードは、前記電気化学的セル中に前記電解液を貯蔵する」と記載された事項、及び、同請求項4、6?10には「スタンバイモード」について「前記電気化学的セル中に前記アノード液および前記カソード液の各々の一部を貯蔵する」と記載された事項は、そのまま、本件特許明細書に記載された内容である。

ウ したがって、本件特許の請求項1?3や4、6?10に記載された上記の事項について、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載された内容そのものであって、当該記載された内容を拡張したり一般化したりしたものであるとはいえない。

エ なお、本件特許明細書の段落【0026】に、ポンプ34を停止するとともに、ポンプ34に並列に配置された弁36を閉じると記載された事項は、「前記電気化学的セル中に前記アノード液および前記カソード液の各々の一部を貯蔵する」ための操作内容を説明したものであり、本件特許の請求項1?3や4、6?10に記載された上記の事項と、上記操作内容は、お互いに上位概念・下位概念の関係にあるものとはいえない。

オ よって、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載された内容を、本件発明1?4、6?10の範囲まで拡張ないし一般化したとの指摘については、その具体的根拠が認められないため、本件発明1?4、6?10は、発明の詳細な説明に記載された発明でないとはいえないから、その特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであるとはいえない。

(8)申立理由4-4について
ア 申立人の主張するように、本件特許明細書の段落【0026】には、ポンプ34を停止させ、弁36を閉にすることによって、電気化学的セル内に存在するアノード液及びカソード液の逆流を防止することが記載されているけれども、上記ポンプ34がどのような構成によって逆流を防止するものか記載されていないし、本件発明5においてもポンプの逆流防止について特段の限定はされていない。

イ しかしながら、上記段落【0026】に記載されているように、ポンプ34を停止させるとともに、弁36を閉にすることによって、電解液の逆流が防止できるのであれば、ポンプ34に停止時の逆流を防止する構造が組み込まれていることは明らかであり、例えば逆流防止弁を備えたポンプは文献を示すまでもなく当業者に周知である。

ウ そして、本件発明5には、第1及び第2の外部貯蔵部と電気化学的セルとの上下の位置関係については特定されていないことから、図1Aに記載されているような、電気化学的セルが外部貯蔵部の上方にある場合(以下、「第1の場合」という。)と、その逆に、外部貯蔵部が電気化学的セルの上方にある場合 (以下、「第2の場合」という。)が考えられる。
上記第1の場合は、上記イで検討したとおり、ポンプには逆流防止用の構造が組み込まれていることは明らかであるから、電気化学的セルから外部貯蔵部に逆流は生じない。また、上記第2の場合には、重力に逆らって電気化学的セルから外部貯蔵部に逆流が生じることはなく、そのため、逆流防止用の構造は必ずしも必要ではない。
したがって、上記第1及び第2のいずれの場合においても、本件発明5によって電解液の逆流を防止できることは明らかである。
そして、上記第1の場合において、逆流防止用の構造が組み込まれていないポンプを使用すれば、逆流を防止できないことは明らかであるので、そのようなポンプを使用することは、本件特許明細書において想定されていないことは自明である。

エ よって、本件発明5で特定された「ポンプ」について、本件特許明細書の記載と技術常識に基づけば、電気化学的セルが外部貯蔵部の上方にある場合は、そのポンプは逆流を防止する構造が組み込まれているものであり、外部貯蔵部が電気化学的セルの上方にある場合は、そのポンプは必ずしも逆流を防止する構造が組み込まれている必要のないものであると解釈できる。
したがって、「逆流を防止する構造が組み込まれていないポンプ」は、上記第2の場合、すなわち、 外部貯蔵部が電気化学的セルの上方にある場合に採用可能なポンプであると当業者が理解できる。

オ よって、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載された内容を、本件発明5の範囲まで拡張ないし一般化できないということはできず、本件発明5は、発明の詳細な説明に記載された発明でないとはいえないから、その特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであるとはいえない。
 
異議決定日 2016-11-14 
出願番号 特願2014-549195(P2014-549195)
審決分類 P 1 651・ 537- Y (H01M)
P 1 651・ 121- Y (H01M)
P 1 651・ 536- Y (H01M)
P 1 651・ 113- Y (H01M)
最終処分 維持  
前審関与審査官 守安 太郎  
特許庁審判長 板谷 一弘
特許庁審判官 小川 進
池渕 立
登録日 2016-02-12 
登録番号 特許第5881858号(P5881858)
権利者 ユナイテッド テクノロジーズ コーポレイション
発明の名称 スタンバイモードを有するフロー電池装置  
代理人 富岡 潔  
代理人 小林 博通  
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