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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  A61M
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  A61M
審判 全部申し立て 特29条特許要件(新規)  A61M
管理番号 1322314
異議申立番号 異議2016-700697  
総通号数 205 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-01-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-08-08 
確定日 2016-12-08 
異議申立件数
事件の表示 特許第5855598号発明「プレフィルド注射器用ガスケット」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5855598号の請求項1ないし4に係る特許を維持する。 
理由 1.手続の経緯
特許第5855598号(以下、「本件特許」という。)の請求項1ないし4に係る特許についての出願は、平成25年4月26日に特許出願され、平成27年12月18日にその特許権の設定登録がされ、平成28年2月9日にその掲載公報が発行された。これに対し、平成28年8月8日付けで特許異議申立人 中川裕基(以下、「異議申立人」という。)により特許異議の申立てがされた。

2.本件発明
本件特許の請求項1ないし4の特許に係る発明は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1ないし4に記載された事項により特定されるとおりのものである。

3.申立理由の概要
異議申立人は、証拠として特開2004-248985号公報(以下、「刊行物1」という。)、特開2002-86481号公報(以下、「刊行物2」という。)を提出し、以下のとおり請求項1ないし4に係る特許は、特許法第29条第2項、同法第36条第4項第1号並びに同法第29条第1項柱書の規定に違反してなされたものであるから、請求項1ないし4に係る特許を取り消すべきである旨主張している。

(1)申立理由1(特許法第29条第2項違反)
請求項1ないし4に係る発明は、刊行物1及び2に記載された発明から当業者が容易に想到し得たものであるから、請求項1ないし4に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである。

(2)申立理由2(特許法第36条第4項第1号違反)
明細書の発明の詳細な説明の記載は、経済産業省令で定めるところにより、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでないから、請求項1ないし4に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に違反してなされたものである。

(3)申立理由3(特許法第29条第1項柱書違反)
請求項1ないし4に係る発明は、明細書等の記載からみて、未だ発明が完成していないから、請求項1ないし4に係る特許は、特許法第29条第1項柱書に違反してなされたものである。

4.刊行物の記載事項
(1)刊行物1
刊行物1には、その明細書及び図面(特に段落[0001]、[0003]、[0006]、[0012]、[0019]、[0024]、並びに[図1]?[図3]。)の記載及び図示内容からみて、以下の発明が記載されている。

「注射器のシリンダ1の内周面との液密性を保持するとともに、前記シリンダ1の内周面を摺動するパッキン3において、
ゴム弾性体32と、その外面を覆うフッ素樹脂層31を有し、
そのフッ素樹脂層31は、摺動部分34の厚みが8?12μmの範囲に設定され、パッキン3の上部(薬液と接する部分)の厚みが30?70μmの範囲に設定された注射器用パッキン。」(以下、「刊行物1発明」という。)

(2)刊行物2
刊行物2には、その明細書及び図面(特に段落[0001]、[0008]、[0040]?[0042]、[0044]、[0046]、[0055]。)、特許請求の範囲[請求項1]、[請求項11]?[請求項13]の記載及び図示内容からみて、以下の発明が記載されている。
「シリンジ1の外筒2の液密性を保持するとともに、前記外筒2の内周面26に対し摺動するシリンジ1のガスケット3において、
弾性材料で構成されるガスケット本体5と、このガスケット本体5の外面を被覆するフッ素系樹脂からなるフィルム6とを有し、
前記フィルム6は、成形前の平均厚さT1と、成形後の平均厚さT2との比(T2/T1)が0.2?0.95である、シリンジ1のガスケット3。」(以下、「刊行物2発明」という。)

5.当審の判断
(1)申立理由1(29条2項違反)について
ア 請求項1に係る発明について
請求項1に係る発明と刊行物1発明とを対比すると、刊行物1発明は、少なくとも請求項1に係る発明の「摺動部の厚みDaに対する接液部の厚みDbの比R1=Db/Daが1.25以上2.00以下である」点を備えていない。また、この点は刊行物2発明も備えておらず、さらに刊行物1及び刊行物2のいずれにも、この点を示唆する記載もない。
そして、請求項1に係る発明は、この点を備えたことにより比R1の数値範囲について、「厚み比率R1が大きいと、成形時にPTFEフィルムの摺動部22aとなる部分が伸ばされすぎて白化、すなわち微細なクラックやピンホールが多数あいたり、PTFEフィルムの表面粗さが大きくなる。このため、ガスケット12の摺動性・密封性や、上述のように溶出防止性の全てが悪くなる。一方で厚み比率R1が小さいと、性能バランスへの効果が出ない。すなわち、厚み比率R1が小さい場合は、摺動部22aと接液部22bとの厚み差が小さいため、溶出防止の目的で接液部22bの厚みDbを大きくしてしまうと、摺動部22aの厚みDaが大きくなり、密封性が低下する。しかし、密封性を改善するために摺動部22aの厚みDaを小さくすると、接液部22bの厚みDbも小さくなり、溶出防止性を確保することが難しくなる。」(本件特許明細書段落[0029])との技術的意義を考慮し、「摺動性・密封性、溶出防止性をそれぞれ満足させる」(同段落[0029])という格別の効果を奏するものといえる。
したがって、請求項1に係る発明は、刊行物1発明及び刊行物2発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものということはできない。

イ 請求項2?4に係る発明について
請求項2?4に係る発明は、新たな発明特定事項を加えることにより、請求項1に係る発明を更に減縮したものであるから、上記請求項1に係る発明についての判断と同様の理由により、上記刊行物1発明及び刊行物2発明から当業者が容易に想到し得たものということはできない。

ウ 異議申立人の主張について
異議申立人は、上記比R1の数値範囲に関し、「この段落の記載は・・・R1の技術的意義については、全く触れられていない。R1の技術的意義・・・を説明する・・・ためには、先ず「PTFEフィルムの物性を特定し」、次にこのような物性を有するPTFEフィルム・・・の、言わば“加工率”R1をどのようにするか」を説明しなければならない。」、「甲第1号証の[0024]に記載の材料・・・を用い、成形条件を種々検討することで、摺動部分と接液部分の厚さは容易に特定できる。」、「何ら技術的意義がなく、摺動部のラミネート層の厚さDaと、接液部ラミネート層の厚さDbの、上限値と下限値とから算出しただけであり、当業者の設計的事項とも言えるものに過ぎない。」(特許異議申立書第5頁第10行?第6頁第14行)などと主張する。
しかしながら、上記アで指摘した段落[0029]の記載は、いかなることを考慮しつつ、比R1の適切な数値範囲を見出したのかを説明したものであって、まさに比R1を特定の数値範囲とすることの技術的意義を示したものに他ならない。
また、上記比R1は摺動部のラミネート層の厚さDaと接液部ラミネート層の厚さDbという2つのパラメータをどのような関係とすべきかを規定したものであって、特定の比率とすることにより、上述の格別の効果を得たというのであるから、それらの「上限値と下限値とから算出しただけであり、当業者の設計的事項とも言えるものに過ぎない。」ということもできない。
よって、異議申立人の主張は採用することができない。

エ 小括
してみると、請求項1に係る発明は、刊行物1発明及び刊行物2発明に基づいて当業者が容易に想到できたものということはできない。
請求項2?4に係る発明についても、請求項1に係る発明と同様に、刊行物1発明及び刊行物2発明に基づいて当業者が容易に想到できたものということはできない。

以上のとおり、請求項1?4に係る発明は、刊行物1及び2に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものではない。
よって、異議申立人の主張は採用できない。

(2)申立理由2(36条4項1号違反)について
ア 異議申立人の主張
異議申立人は、本件特許明細書が以下(ア)ないし(ウ)の点で不備であるから、本件特許は特許法第36条第4項第1号に違反してなされたものであると主張する。

(ア)段落[0027]「摺動部22aの厚みDaが10μmよりも小さいと、・・・ピンホールやクラック(破れ)が発生する。」の記載と段落[0028]「接液部22bの厚みDbが20μmよりも小さいと、・・・ピンホールが生じ」の記載に矛盾があり、当業者は、摺動部と接液部のラミネート層の厚みDaとDbをどのように決定すればよいかを把握することは不可能である。

(イ)[発明を実施するための形態]の項には、本件特許発明に係るガスケットの製造方法に関して、段落[0034]?[0039]及び[図3]に記載された方法(第1の製法)、段落[0040]及び[図4]に記載された方法(第2の製法)並びに段落[0041]?[0042]及び[図5]に記載された方法(第3の製法)の3つが記載されているところ、それらの具体的な製造条件や製造方法が記載されていない。

(ウ)段落[0054]の[表1]に示された実施例1?7、比較例1?4のガスケットを得るためのフィルムの「弛み量」、「成形圧」が具体的に記載されていない。

イ 判断
(ア)に関し、本件特許明細書には、段落[0024]に「摺動部22aの厚みDaが大きくなると、ガスケット本体21の弾性によるシリンジ11の内面への密着性が悪くなり、高い気密性及び液密性(以下、これらを総称して密封性という)が得られない。また、接液部22bの厚みDbが小さいと、接液部22bにピンホールが生じやすく、ガスケット本体21の成分の薬液LMへの溶出する可能性が高くなり、溶出を防止する溶出防止性が低下ないし失われる。このため、摺動部22aの厚みDaと接液部22bの厚みDbとは、相対的に前者が薄く後者を厚くしてある。」(下線は、当審で付したものである。以下同様。)と記載され、続いて段落[0027]において摺動部22aの厚みDaの数値範囲の技術的意義が、さらに段落[0028]において接液部22bの厚みDbの数値範囲の技術的意義が記載されている。
そうすると、段落[0027]及び[0028]の記載における、ピンホールやクラックの発生についての記載は、段落[0024]の摺動部22aの厚みDaと接液部22bの厚みDbを相対的に前者を薄く後者を厚くするという前提に立ち、摺動部及び接液部に求められる機能やそれらの稼働条件(薬液との接触やシリンダ内面との接触等)を踏まえた総合的な考慮の下に記載されたものと解されるから、単にピンホールやクラックの発生のみに焦点を当てて、両者の記載が矛盾するということはできない。
さらに、仮に両者の記載が一見矛盾していたとしても、その一事をもって、当業者が摺動部の厚みDaと接液部の厚みDbとをどのように決定すればよいかを把握することが不可能ということはできない。

(イ)及び(ウ)について、段落[0036]には「PTFEフィルム33のキャビティ金型31内に弛み量を調整することにより、摺動部22a、接液部22bの厚みDa,Dbが所望となるように調整される。なお、PTFEフィルム33の弛み量を調整する代わりに、金型の形状により引き込み量を調整したり、金型を閉じるときのPTFEフィルム33の張力を調整してもよい。」、段落[0037]には「弛み量を調整により所期の厚みDa,Dbでガスケット12の表面形状に成形されたPTFEフィルムの成形物34が得られる。」と記載されており、摺動部の厚みDaと接液部の厚みDbを目標として、弛み量、引き込み量及び張力を調整することが理解できる。さらに成形圧も含め、具体的にそれらをどの程度の数値とするかは、当業者であればPTFEフィルムの仕様や成形に用いる機器の仕様等と、摺動部の厚みDaと接液部の厚みDbに応じて、適当な試行錯誤を行うことにより、容易に実施することができるといえる。
よって、異議申立人の主張はいずれも採用できない。

(3)申立理由3(29条1項柱書違反)について
ア 異議申立人の主張
異議申立人は、本件特許明細書の記載には以下のような疑問があるから、本件特許は特許法第29条第1項柱書に違反してなされたものであると主張する。
表1の摺動部の厚みDaと接液部の厚みDbの数値は全て、ガスケット12を剃刀で切断して測定されたものであるから、「押圧力(N)(摺動抵抗)」と「密封性(気密性)」は、どのように測定したものか疑問が生じる、また、それらは図3に示す製造方法(上述の第1の製法)により作成されたもののみであり、図4や図5(上述の第2の製法や第3の製法)に示す方法により作成されたものの場合には、表1のような結果となるか疑問がある。

イ 判断
試験や測定を行うことにより試料の特性が変化したり破壊が生じ、他の試験や測定に支障が生じるような場合には、同じ仕様の試料を複数用意して多様な試験や測定を実施するとともに、さらに試料の個体差が問題となるような場合には、同じ試験や測定を複数回実施して統計的に処理して当該個体差を一般化することは常套手段であることに鑑みれば、本件の場合でも、同じ仕様のガスケットを複数作成し、一部は摺動部の厚みDa、接液部の厚みDbの測定あるいは確認のために用い、他の一部は「押圧力(N)(摺動抵抗)」や「密封性(気密性)」の測定に用いること等により、表1に示された実施例及び比較例の各項目に記載された数値や試験結果が見出されたことに、格別不自然な点は見られない。
さらに、他の製造方法(第2の製法や第3の製法)でガスケットを作成した場合には、本件発明の効果が得られないことを示すような証拠は提出されておらず、異議申立人が疑問であるという理由も、他の製造方法で作成した場合の試験結果等が明細書に開示されていないことのみである。そして、本件発明は、ラミネート層の接液部の厚みDb及び摺動部の厚みDa並びに摺動部の厚みDaに対する接液部の厚みDbの比R1をそれぞれ特定の範囲とすることにより、密封性と溶出防止性とを同時に確保することができるプレフィルド注射器用ガスケットを得ることができたというものであって、上記他の製造方法により作成することが発明特定事項とされているものでもない。
そして、本件特許明細書には、少なくとも表1に示された実施例及び比較例において、本件発明の効果が明らかにされているものと認められるのであるから、本件発明が未完成であるということはできない。
よって、異議申立人の主張は採用できない。

6.むすび
したがって、特許異議申立ての理由及び証拠によっては、請求項1ないし4に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1ないし4に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。

よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2016-11-29 
出願番号 特願2013-94655(P2013-94655)
審決分類 P 1 651・ 121- Y (A61M)
P 1 651・ 536- Y (A61M)
P 1 651・ 1- Y (A61M)
最終処分 維持  
前審関与審査官 倉橋 紀夫  
特許庁審判長 山口 直
特許庁審判官 内藤 真徳
熊倉 強
登録日 2015-12-18 
登録番号 特許第5855598号(P5855598)
権利者 富士フイルム株式会社
発明の名称 プレフィルド注射器用ガスケット  
代理人 戸塚 朋之  

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