• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K
管理番号 1322707
審判番号 不服2014-16699  
総通号数 206 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-02-24 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2014-08-22 
確定日 2016-12-05 
事件の表示 特願2011-538734「ヒト乳透過組成物ならびにその製造および使用方法」拒絶査定不服審判事件〔平成22年 6月10日国際公開、WO2010/065652、平成24年 5月10日国内公表、特表2012-510476〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1 手続の経緯
本願は、平成21年12月 2日(パリ条約による優先権主張 2008年12月 2日(US)アメリカ合衆国、2008年12月 5日(US)アメリカ合衆国)を国際出願日とする出願であって、平成23年 7月25日受付け手続補正書が提出され、平成26年 1月21日付け拒絶理由通知に対して平成26年 3月28日受付け意見書及び手続補正書が提出された後、平成26年 4月18日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、平成26年 8月22日受付けの拒絶査定不服審判が請求され、平成26年 9月22日受付け手続補正書(方式)が提出された後、当審からの平成27年11月12日付け拒絶理由通知に対して平成28年 5月11日受付け意見書及び手続補正書並びに平成28年 5月12日付け手続補足書が提出されたものである。


2 本願発明
本願の請求項1?17に係る発明は、平成28年 5月11日受付け手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1?17に記載された事項により特定されるとおりのものであり、その請求項1は以下のとおりのものである。
「 【請求項1】
濃縮されたヒト乳透過組成物を製造する方法であって、
(a)ヒト乳をクリームおよび脱脂物の画分に分離する工程と、
(b)脱脂物画分を限外ろ過して、保持液画分と透過物画分を得る工程と、
(c)透過物を濃縮して、濃縮されたヒト乳透物を得る工程と、
を含む、方法。」

また、その請求項13は以下のとおりのものである。
「 【請求項13】
ヒト乳からろ過された、濃縮されたヒト乳透過物であって、請求項1?4のいずれか1項に記載の方法により製造されたヒト乳透過物を含む、炎症性腸疾患を治療するための組成物。」

また、その請求項14は以下のとおりのものである。
「 【請求項14】
前記炎症性腸疾患が、クローン病、過敏性腸疾患、潰瘍性大腸炎、非定型的大腸炎、顕微鏡的大腸炎、またはコラーゲン蓄積大腸炎である、請求項13に記載の組成物。」

したがって、請求項1を引用する請求項13を、さらに引用する請求項14に係る発明(以下「本願発明」ともいう。)は次のとおりのものである。
「(a)ヒト乳をクリームおよび脱脂物の画分に分離する工程と、
(b)脱脂物画分を限外ろ過して、保持液画分と透過物画分を得る工程と、
(c)透過物を濃縮して、濃縮されたヒト乳透物を得る工程と、
を含む、濃縮されたヒト乳透過組成物を製造する方法により製造された、
ヒト乳からろ過された、濃縮されたヒト乳透過物を含む、
クローン病、過敏性腸疾患、潰瘍性大腸炎、非定型的大腸炎、顕微鏡的大腸炎、またはコラーゲン蓄積大腸炎である、炎症性腸疾患を治療するための組成物。」

なお、以下では
「(a)ヒト乳をクリームおよび脱脂物の画分に分離する工程と、
(b)脱脂物画分を限外ろ過して、保持液画分と透過物画分を得る工程と、
(c)透過物を濃縮して、濃縮されたヒト乳透物を得る工程と、
を含む、濃縮されたヒト乳透過組成物を製造する方法により製造された、
ヒト乳からろ過された、濃縮されたヒト乳透過物を含む、組成物」を「本願発明の組成物」ともいう。

3 当審の拒絶理由
当審からの平成27年11月12日付け拒絶理由通知により通知した拒絶の理由の概要は、次のとおりである。
「(前略)
2.この出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。

3.この出願は、発明の詳細な説明の記載が下記の点で、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。


(中略)
・理由2
・請求項5?13
(C)特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきといえる。
そこで上記請求項の記載を検討すると、「ヒト乳からろ過された、濃縮されたヒト乳透物を含む、対象において有益な腸管内菌叢を確立するための組成物。」(請求項5)及び「ヒト乳からろ過された、濃縮されたヒト乳透過物を含む、炎症性腸疾患を治療するための組成物。」(請求項9)と記載されており、請求項5?8に係る発明の課題は「ヒト乳からろ過された、濃縮されたヒト透過物」により「腸管内菌叢の確立する」物を得ることであり、請求項9?13に係る発明の課題は「ヒト乳からろ過された、濃縮されたヒト透過物」により「炎症性腸疾患の治療する」物を得ることであると理解される。
しかし、発明の詳細な説明には、それらの課題が解決されたことを確認できる実施例はなく、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとはいえない。また、仮に、単に「ヒト乳由来のオリゴ糖」が「透過物」に含有されるとしても、当業者が出願時の技術常識に照らして、そのことを以て「腸管内菌叢の確立する」物を得ること、及び「炎症性腸疾患の治療する」物を得ることが可能であると認識できるともいえない。
したがって、請求項5?13に係る発明は、当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲にないものを包含するものと認められる。
よって、請求項5?13に係る発明は発明の詳細な説明に記載したものでない。


・理由3
・請求項5?13
特許法36条4項1号は,明細書の発明の詳細な説明の記載は,「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したもの」でなければならないと定めるところ,この規定にいう「実施」とは,物の発明においては,当該発明にかかる物の生産,使用等をいうものであるから,実施可能要件を満たすためには,明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が当該発明に係る物を生産し,使用することができる程度のものでなければならない。
そして,医薬の用途発明においては,一般に,物質名,化学構造等が示されることのみによっては,当該用途の有用性及びそのための当該医薬の有効量を予測することは困難であり,当該医薬を当該用途に使用することができないから,医薬用途発明において実施可能要件を満たすためには,本願明細書の発明の詳細な説明は,その医薬を製造することができるだけでなく,出願時の技術常識に照らして,医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載される必要がある。
そこで本願明細書の発明の詳細な説明の記載を検討すると、実施例3には、透過組成物の投与について記載されているものの、その内容は、単にその手法が記載されているだけで、結果については「……だろう」、「……であろう」として予想が言及されているに過ぎず、出願時の技術常識に照らして,医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載されているとはいえない。
よって、この出願の発明の詳細な説明は、当業者が請求項5?13に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものでない。
(後略)」


4 発明の詳細な説明の記載事項
発明の詳細な説明には、以下ア?サの記載がある。


「【背景技術】
【0004】
背景
ヒト乳は、一般に、その栄養組成および免疫的利益のために、早期および満期産児の選り抜きの食物である。ヒト乳の供給源は、例えば、ドナーまたは乳児の母親であり得る。しかしながら、生のドナー乳または従来のように加工されたドナー乳の栄養価は様々であり、ほとんどの場合、早期産児の必要性を満たすのに十分でない。さらに、生のドナー乳の細菌汚染、ウィルス汚染および他の汚染の可能性が存在する。母親自身の乳でさえ、早産児にとって栄養的に十分でないことが多い。多くの場合、種々の補充剤(supplement)、例えばオリゴ糖で強化された乳を早期産児に与えることが望ましい。ヒト乳オリゴ糖を含有する組成物は、種々の障害および疾患(例えば、感染症または免疫不全)を有するか、またはその発生のリスクがある乳児、子供、および成人、ならびに適切な腸管内菌叢の発達および/または維持を必要としている乳児、子供、および成人のための補充剤としても有用であり得る。」


「【発明の概要】
【0005】
概要
本開示は、ヒト乳透過組成物、例えばヒトオリゴ糖、ペプチド、および他の小分子を含む組成物、ならびにこのような組成物の製造および使用方法を特徴とする。透過組成物は種々のレベルの栄養成分を含有することができ、早期および満期産児、ならびに種々の障害および/または疾患のある子供および成人への供給に使用することができる。本組成物は、特に、ヒト乳のろ過した部分から生成される。本発明者らは、驚くことに、透過物(有意の栄養価が欠けている廃棄物であると考えらえていた)が、ヒトオリゴ糖を含む高い生物活性の内容物を含有することを発見した。米国特許出願第11/947,580(2008/0124430)号に記載される透過物およびヒト乳製品のオリゴ糖の内容は、天然および濃縮のいずれの場合も、母乳と比較してサイズおよび組成に関して実質的に異ならないことが分かった。透過物が得られる出発材料は、貯蔵した(pooled)ヒト乳なので、透過物および他の加工したヒト乳製品(例えば、米国特許出願第11/947,580号に記載されるもの)は、個々の母乳よりも多様なオリゴ糖を含有し得る。従って、透過物を非ヒト(例えば、ウシ)および/またはヒトの乳に添加して、その栄養価および/または免疫価を増大させることができる。また、透過物を用いて、感染症と戦い、炎症性腸疾患を治療し、適切な腸管内菌叢の発達および維持を助けることもできる。また、透過物を希釈または濃縮して、栄養補充剤などの形で使用することもできる。貯蔵ヒト乳を加工してそれを乳児(例えば、早産児)に投与することによって、透過物から同様の利益を得ることができる(例えば、米国特許出願第11/947,580号に記載される貯蔵ヒト乳)。」


「【0009】
第3の態様では、本発明は、(a)ヒト乳を入手する工程と、(b)乳をクリームおよび脱脂物(skim)に分離する工程と、(c)脱脂物をろ過して、透過物を得る工程と、(d)透過物を保持する工程と、(e)透過物を希釈、濃縮または乾燥する工程とを含む、濃縮または希釈ヒト乳透過物の製造方法を提供する。いくつかの実施形態では、(e)の希釈工程は、透過物に非ヒト乳を添加することを含む。いくつかの実施形態では、非ヒト乳はウシ乳である。本発明の他の態様では、(e)の希釈工程は、透過物に水または緩衝液を添加することを含む。いくつかの実施形態では、(e)の濃縮工程は逆浸透を含む。いくつかの実施形態では、濃縮または希釈ヒト乳透過物の製造方法は、工程(d)の後に、透過物にビタミンおよびミネラルを添加することをさらに含む。いくつかの実施形態では、工程(c)のろ過は限外ろ過を含む。いくつかの実施形態では、濃縮または希釈ヒト乳透過物の製造方法は、(f)生物汚染度を低下させる工程をさらに含む。いくつかの実施形態では、生物汚染度の低下は、低温殺菌または無菌ろ過を含む。」


「【0013】
第7の態様では、本発明は、炎症性腸疾患を患っている対象を治療する方法を提供し、本方法は、ヒト乳由来のオリゴ糖を含む透過組成物を対象に投与することを含む。いくつかの実施形態では、炎症性腸疾患は、クローン病、過敏性腸疾患、潰瘍性大腸炎(UC)、非定型的大腸炎(indeterminate colitis)、顕微鏡的大腸炎、コラーゲン蓄積大腸炎および偽膜性大腸炎のうちの1つまたは複数である。いくつかの実施形態では、対象はヒトである。いくつかの実施形態では、対象は、ヒト新生児、乳児、子供または成人である。いくつかの実施形態では、治療は、炎症性腸疾患の少なくとも1つの症状を改善させることを含む。いくつかの実施形態では、治療は、有益な腸内細菌の発達を促進することを含む。いくつかの実施形態では、有益な腸内細菌は、ビフィズス菌または乳酸菌またはその両方である。」


「【発明を実施するための形態】
【0018】
詳細な説明
本開示は、ヒト乳透過組成物、例えば、ヒトオリゴ糖、ペプチド、および他の小分子を含む組成物と、このような組成物の製造および使用方法とを特徴とする。本組成物は種々のレベルの栄養成分を含有することができ、早期および満期産児、ならびに種々の障害および/または疾患のある子供および成人への供給または投与に使用することができる。本組成物は、特に、ヒト脱脂乳のろ過した部分から生成される。本発明者らは、驚くことに、透過物(有意の栄養価が欠けている廃棄物であると考えらえていた)が、ヒトオリゴ糖を含む高生物活性の内容物を含有することを発見した。透過物を得る出発材料は貯蔵ヒト乳なので、透過物は、個々の母乳よりも多くの別個の分子形態またはタイプのオリゴ糖を含有し得る。
【0019】
透過物は、非ヒトまたはヒト乳に添加してその栄養価を増大させることができる。例えば、透過物は、2007年11月29日に出願された米国特許出願第11/947,580号(その内容は参照によってその全体が本明細書に援用される)に記載されるヒト乳強化剤および標準化乳組成物に添加することができる。透過物は、非ヒト乳配合物、例えばウシ乳配合物、またはヒトおよび非ヒト乳配合物の混合物に添加することもできる。理論により束縛されないが、本発明者らによって、ヒト乳オリゴ糖、ペプチド、および他の小分子を含む透過組成物は、早期産児または新生児において有益な腸管内菌叢の発達を促進するため、および、子供および成人において適切な腸管内菌叢を維持するために使用可能であると考えられる。透過物は、種々の障害および疾患(例えば、感染症または免疫不全)を有するか、またはその発生のリスクがある乳児、子供、および成人のための補充剤としても有用であり得る。透過物は、希釈または濃縮することができ、および/またはビタミンおよびミネラルで強化することができ、栄養補充剤などの形態で使用することができる。」


「【0033】
用途
本開示は、ヒト乳透過物を含む組成物およびこのような組成物の使用方法を特徴とする。透過組成物は、例えば、上記のように、脱脂乳から液体をろ過することによって得ることができる。組成物は、以下の実施例1で記載されるようにフコシル化および/またはシアリル化された有意な数のヒトオリゴ糖を含有する。ヒト乳はペプチドおよび他の小分子も含有し、これらは、透過物中にも存在することが可能であり、例えば、限外ろ過における細孔サイズを変えることにより得ることができる。透過物は貯蔵ヒト乳に由来するので、個々の母乳中で見出されるよりも多くの形態のオリゴ糖を含有し得る。透過組成物は、単独で使用することもできるし、あるいは他の乳組成物、例えば、米国特許出願第11/947,580号に記載されるヒト乳組成物および非ヒト乳配合物と併用して使用することもできる。透過物または透過物が補充されたヒトおよび非ヒト乳配合物は、例えば、適切な腸管内菌叢の発達を促進するため、免疫不全を特徴とする状態を治療するため、および感染症を治療または予防するために、早期産児または満期産児に投与することができる。透過物は、有益な腸管内菌叢を促進するため、免疫不全を特徴とする状態を治療するため、および感染症を治療または予防するために、単独であるいはプロバイオティクスと併用して、子供および成人にも投与することができる。透過組成物は、例えば経口的に、または皮膚の状態を治療するために局所的に投与することができる。」


「【0037】
腸管内菌叢
ヒト腸管内菌叢、すなわち腸内で見出される細菌は、特定の多糖類の消化および腸粘膜の免疫系の発達を含む種々の機能を果たす。腸内細菌は、腸粘膜に関連するリンパ系組織を刺激して、病原体に対する抗体を産生することができ、役に立つ種だけが残され、乳児期に耐性が発達する。
【0038】
正常な胎児の胃腸管は無菌である。出生時およびその後すぐに、乳児の腸は種々の細菌によってコロニーが形成される。細菌の源は、母体および/または環境であり得る。出生後に、哺乳および接触によって種々の細菌が母親から乳児に移行し得る。ほとんどの乳児の胃腸管は、最初に、多数の大腸菌(E. coli)および連鎖球菌(Streptococci)によってコロニーが形成される。最終的には、母乳栄養の赤ん坊はビフィズス菌によって支配されるようになるが、人工栄養の乳児は、腸内細菌科(Enterobacteriaceae)、腸球菌(Enterococci)、ビフィズス菌、バクテロイデス(Bacteroides)、およびクロストリジウム(Clostridia)を含む様々な細菌を腸内に有する。固形食の導入および離乳の後、母乳栄養の乳児の細菌叢は、人工栄養の乳児のものと同様になる。およそ2歳までには、子供の便の細菌叢は、成人のものと同様である。
【0039】
腸管内菌叢の重要性を考えると、出生時に有益な細菌集団を発達させ、幼児期および成人期を通してそれを維持することが非常に重要である。本明細書で特徴とされる組成物および方法は、このような有益な腸管内菌叢の確立および維持において役立つ。
【0040】
ヒト乳オリゴ糖、例えばヒト乳透過物を含む組成物、またはヒト乳透過物に由来する組成物は、早期産児、満期産児、子供、および成人に投与することができる。これらは、単独で、あるいは共生組成物を形成するために、有益な腸管内菌叢の確立に役立つ他の組成物(例えば、プロバイオティクス細菌またはプレバイオティクス植物性多糖類)と組み合わせて投与することができる。これらは、ヒト乳配合物(例えば、米国特許出願第11/947,580号に記載される組成物)または非ヒト乳粉ミルクの一部として投与することができる。理論により束縛されないが、本発明の透過組成物は、乳酸菌および/またはビフィズス菌による腸のコロニー形成を促進することができると考えられる。乳酸菌およびビフィズス菌はいずれも、プロバイオティクス-その宿主を保護して疾患を予防する細菌として知られている。ビフィズス菌は、消化を助け、アレルギーの発生率の低下および癌予防に関連する嫌気性細菌である。乳酸菌は、ラクトースおよび他の糖を乳酸に転化し、抗炎症および抗癌特性を有し得る細菌である。」


「【0041】
さらに、ヒト乳オリゴ糖を含有する本発明のヒト乳透過物またはヒト乳透過物に由来する組成物は、炎症性腸疾患の治療のために子供または成人に投与することができる。炎症性腸疾患は、クローン病、過敏性腸疾患、潰瘍性大腸炎、非定型的大腸炎、顕微鏡的大腸炎、およびコラーゲン蓄積大腸炎などの、関連するが別個の胃腸管の慢性炎症性障害を包含する集合的な用語である。活動性クローン病を患っている患者は、その便中の回復可能なビフィズス菌が健康な個人と比較して著しく少ないことが分かっている。このビフィズス菌数の低下は、β-Dガラクトシダーゼの産生および活性のレベルの低下と直接関連することが観察された(Favier, C. et at, Dig. Dis. Sci. 1997;42:817-822)。β-Dガラクトシダーゼは、ビフィズス菌により産生される酵素である。これらの結果は、ビフィズス菌株が健康な腸管の細菌叢のバランスを維持するのに重要な役割を果たし得るという、他の研究で提示される示唆を支持する。従って、本発明によると、本発明のオリゴ糖の豊富な透過物による腸内ビフィズス菌のコロニー形成のコロニー促進は、症性腸疾患の症状の改善において有用であり得る。同様に、本発明の組成物は、偽膜性大腸炎(C.ディフィシレ(C. difficile)関連大腸炎としても知られている)(C.ディフィシレ(C. difficile)の毒素産生菌株による正常な菌叢の過成長のために長期にわたる広範囲の抗生物質治療の一般的な合併症)の治療においても有用であり得る。本発明の透過組成物は、プロバイオティクス配合物、抗炎症薬、または免疫調節物質を含む炎症性腸疾患のための他の任意の治療の前、治療中、または治療後に投与することができる。」


「【0046】
実施例1.ヒト乳透過物の採取および分析
米国中のスクリーニングされたドナーから母乳を採取し、-20℃で最大12か月間保存した。貯蔵ドナーヒト乳を加工し、種々のサンプルをそのオリゴ糖組成について分析した。20?50人のドナー由来の貯蔵物を用いて、米国特許出願第11/947,580号に記載されるヒト乳強化組成物を製造した。
【0047】
加工の前に、最初の貯蔵ドナー乳のサンプルを分析のために取り分けた(表IIIのサンプル49)。貯蔵乳をスクリーニングし、ろ過し、熱処理し、脱脂物およびクリームに分離し、脱脂物を限外ろ過した。ろ過した組成物(透過物)の一部を分析のために取り分けた(表IVのサンプル53)。脱脂物をクリームとブレンドし、低温殺菌した。バルク最終製品の一部を分析のために取り分けた(表I、II、およびVのそれぞれサンプル42、48、および54)。
【0048】
分析のために取り分けた各乳サンプル(0.5mL)を0.5mLの純水で希釈し、4000rpm、4℃で30分間遠心分離して、脂肪を分離した。透過物を希釈せずに分析した。無脂肪画分を4体積の(2:1)クロロホルム-メタノール溶液(v/v)で処理した。エマルジョンを3500rpm、4℃で30分間遠心分離し、下側のクロロホルム層および変性タンパク質を廃棄した。上層を採取し、2体積の純粋なエタノールを添加し、タンパク質画分を4℃で一晩沈殿させた。
【0049】
4℃、3500rpmで30分間の遠心分離によってタンパク質を分離した後、透明な上部溶液を採取し、凍結乾燥した。得られた粉末(凍結乾燥したオリゴ糖の豊富な画分)をオリゴ糖分析のために使用した。脱イオン水中で1.0Mの水素化ホウ素ナトリウムを用いて、オリゴ糖をアルジトール形態に還元し、42℃で一晩インキュベートした。反応の後、非多孔性黒鉛化炭素カートリッジ(GCC-SPE)を用いる固相抽出によって、オリゴ糖を汚染物質から精製した。脱塩のための非多孔性黒鉛化炭素カートリッジ(150mgの床重量、4mLの管サイズ)は、Alltech(米国イリノイ州ディアフィールド)から購入した。speedvac遠心分離機を用いて溶媒の蒸発を行った。
【0050】
固相抽出。使用の前に、各GCC-SPEカートリッジを、0.05%トリフルオロ酢酸(TFA)中80%のアセトニトリル(v/v)3カラム体積で洗浄した後、3カラム体積の脱イオン水で洗浄した。オリゴ糖混合物をカートリッジに添加した後、8カートリッジ体積の脱イオン水で洗浄することにより塩および残留ペプチドを除去した。次に、水中10%のアセトニトリル(v/v)および水中20%のアセトニトリル(v/v)を用いてオリゴ糖をカラムから溶出させた。各画分(6mL)を採取し、MS分析の前に真空で蒸発させた。
【0051】
質量分析。外部MALDI源、7.0テスラ超電導磁石およびパルスNd:YAGレーザー(355nm)を備えたHiResMALDI(IonSpec Corp.、カリフォルニア州アーバイン)において、マトリックス支援レーザー脱離/イオン化(MALDI)フーリエ変換-イオンサイクロトロン共鳴質量分析(FT ICR MS)を実施した。マトリックスとして2,5-ジヒドロキシ安息香酸(DHB)を用いた(50%アセトニトリル/50%水(v/v)溶液中、5mg/100μL)。オリゴ糖溶液(1μL)をMALDIプローブに適用した後、0.01MのNaCl(0.5μL)およびマトリックス溶液(1μL)を添加した。サンプルを空気流中で乾燥させ、質量分析を行った。
【0052】
上記の種々のサンプルの組成は表I?IVに示され、概要は図2に示される。実験的な質量:電荷比(m/z expe)をヒト乳中の既知のオリゴ糖に対して計算された質量:電荷比(m/z cal)と適合させた。特定のサンプルの質量分析プロファイルは表III?Vに示される(ヒト乳サンプルは表IIIに、バルク製品は表IVに、透過物は表Vに示される。5つのサンプルの質量分析によって、典型的にはヒト乳の、サイズ、組成、存在量が様々であるオリゴ糖の非常に複雑な混合物が明らかになった。
【0053】
同定されたオリゴ糖は、2つの主な種類由来のものであった:(1)ガラクトース、N-アセチルグルコサミン、ラクトース、およびフクトース(Hex、HexNAcおよびFuc)を含有する天然オリゴ糖、ならびに(2)N-アセチルノイラミン酸(NeuAC)を添加した同じオリゴ糖組成物を含有するアニオン性オリゴ糖。過去の研究(Ninonuevo et al, J. Agric. Food Chem. 2008, 54:7471-7480)により、ろ過していない乳中の特定のオリゴ糖の総数および相対存在量における個人間の多様性が確認された。従って、分析した乳サンプル(天然または濃縮)は、全てのサンプルが、表面上、異なるドナー由来のヒト乳において一般的であることが既に分かっているオリゴ糖の大部分を示すことを確認した。
【0054】
【表1】

【0055】
【表2】

【0056】
【表3】

【0057】
【表4】

【0058】
【表5】

【0059】
加工したヒト乳製品(強化剤またはサンプル42、48、および54)および透過物(サンプル53)は、ヒト乳中に一般に見出される全ての範囲のオリゴ糖を含有するようである。これらのサンプル中に存在する個々のオリゴ糖の選択および量は、個々のドナーによるばらつきを平均するドナー貯蔵物中の相対量を反映する。
【0060】
従って、本発明によると、透過物は、早期産児、乳児、子供、および成人のための栄養または免疫補充剤として使用することができるヒト乳オリゴ糖の貴重な供給源である。」


「【0061】
実施例2.貯蔵透過物サンプルのオリゴ糖プロファイル
6つの貯蔵透過物サンプルを特定のオリゴ糖含量について分析した(表VI)。貯蔵透過物サンプルのそれぞれは、実施例1において上記した方法によって多数のドナーから得た貯蔵乳に由来した。実施例1において上記した方法によって、採取した透過物サンプルを質量分析により分析し、表示される特定のオリゴ糖の存在(1)または不在(0)を検出した。オリゴ糖は、表VIにおいてその質量/電荷比によって表される。
【0062】
【表6】

【0063】
特定のオリゴ糖に関してサンプル間に重なりが存在する(すなわち、オリゴ糖732、878、1097、1243および1389は6つ全てのサンプル中に存在する)が、特定のサンプル中に存在するが、他のサンプル中には存在しないオリゴ糖も多数あるようである(すなわち、オリゴ糖935は透過物番号23および53中には存在するが、透過物番号5、11、28または47中には存在しない)。従って、表示される実質的に全てまたは全てのオリゴ糖種を有する組成物を得るためには、貯蔵透過物サンプルのさらなる貯蔵が必要となり得る。」


「【0064】
実施例3.透過組成物の投与
上記のように、本発明者らによって、貯蔵乳由来のヒト乳透過組成物は個々の母乳中に見出されるよりも幅広い種類のオリゴ糖の供給源なので、様々な種類の栄養および免疫的利益を提供することができると考えられる。またこれらは、種々のタイプのペプチドおよび他の有益な小分子も含有し得る。
【0065】
単離したヒト乳透過組成物は早期産児および満期産児の両方の乳児に投与されて、適切な腸管内菌叢の発達を促進し、感染症を改善および/または除去するであろう。研究では、以下ものを受けた、乳児を含む5つの群に分けた乳児が調査されるであろう:
1.母乳および強化剤
2.牛乳および透過物
3.牛乳およびビフィズス菌株1
4.牛乳およびビフィズス菌株2
5.牛乳および乳に由来しないフルクトースオリゴ糖。
【0066】
乳児の便の組成は、その腸管内菌叢の内容を決定するために監視され得る。病原体(例えば、細菌、細菌毒素、およびウィルス)によって生じる感染症を患っている乳児は、特に、透過組成物の経口投与から利益を得るであろう。牛乳および透過物を受けている乳児由来の腸管内菌叢は、母乳および強化剤を受けている乳児由来の腸管内菌叢を最もよく模倣することが予想される。」


5 当審の判断
(1)特許法第36条第6項第1号に規定する要件(いわゆるサポート要件)の検討
特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により本願出願時における当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくても本願出願時における当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきといえる。
ここで、本願発明の課題は、上記記載ウ、エ及びクから、本願発明の組成物により、クローン病、過敏性腸疾患、潰瘍性大腸炎、非定型的大腸炎、顕微鏡的大腸炎、またはコラーゲン蓄積大腸炎である、炎症性腸疾患を治療することであると認められる。
発明の詳細な説明における炎症性腸疾患に関する記載は、上記記載イ、記載エ及び記載クのみである。このうち、上記記載イ及び記載エは、本願発明が炎症性腸疾患を治療するものである旨を記載したものではあるが、治療のための投与方法及び治療効果など、当業者が本願発明の課題を解決できると認識できるとする根拠となる具体的な記載はなんらされていない。
また、上記記載クには、活動性クローン病を患っている患者は、その便中の回復可能なビフィズス菌が健康な個人と比較して著しく少ないことが分かっており、そのビフィズス菌数の低下は、ビフィズス菌により産生される酵素であるβ-Dガラクトシダーゼの産生および活性のレベルの低下と直接関連することが観察され、それらの結果から、ビフィズス菌株が健康な腸管の細菌叢のバランスを維持するのに重要な役割を果たし得ることが示唆される旨の記載がある。
しかし、発明の詳細な説明には、上記記載ケ及び記載コにおいて本願発明の組成物などに含まれるオリゴ糖分析結果が示され、上記記載サにおいて、本願発明の組成物を乳児に投与することが示されているものの、本願発明の組成物の投与により腸管内のビフィズス菌が増加することを当業者が認識できるとする根拠となる記載はない。
また、仮に、本願発明の組成物の投与により腸管内のビフィズス菌が増加することを当業者が認識できるとして、発明の詳細な説明にビフィズス菌株が健康な腸管の細菌叢のバランスを維持するのに重要な役割を果たし得ることが示唆されていたとしても、それは健康なヒトの腸管細菌叢バランス維持に関する示唆にとどまり、発症後のクローン病患者の腸管内のビフィズス菌を増加させることによってクローン病を治療することができる根拠にはならない。まして、炎症性腸疾患ではあっても、クローン病とは異なる疾患である、過敏性腸疾患、潰瘍性大腸炎、非定型的大腸炎、顕微鏡的大腸炎、またはコラーゲン蓄積大腸炎までも、発症後の患者の腸管内のビフィズス菌を増加させることで治療することができる根拠を見出すことはできない。しかも、クローン病、過敏性腸疾患、潰瘍性大腸炎、非定型的大腸炎、顕微鏡的大腸炎、またはコラーゲン蓄積大腸炎である、炎症性腸疾患の患者の腸管内のビフィズス菌を増加させることにより、それら疾患を治療することができるという出願時の技術常識があるとも認められない。

さらに、発明の詳細な説明には、上記記載ア、記載オ、記載カ及び記載キに、感染症または免疫不全などの疾患に関する記載がされており、特に、上記記載キには「乳酸菌は、ラクトースおよび他の糖を乳酸に添加し、抗炎症および抗癌特性を有し得る細菌である。」と記載されているが、いずれの記載も感染症または免疫不全、並びにアレルギーまたは癌予防について述べるにとどまり、いずれの記載を検討しても、本願発明の組成物により、さまざまな症状を呈する、クローン病、過敏性腸疾患、潰瘍性大腸炎、非定型的大腸炎、顕微鏡的大腸炎、またはコラーゲン蓄積大腸炎である、炎症性腸疾患を治療することができる根拠を見出すことはできない。しかも、感染症または免疫不全並びにアレルギーまたは癌予防を治療できる医薬組成物であれば、クローン病、過敏性腸疾患、潰瘍性大腸炎、非定型的大腸炎、顕微鏡的大腸炎、またはコラーゲン蓄積大腸炎である、炎症性腸疾患も、治療することができるという出願時の技術常識があるとも認められない。

したがって、本願発明は、発明の詳細な説明の記載により、または出願時の技術常識に照らして、「本願発明の組成物により、クローン病、過敏性腸疾患、潰瘍性大腸炎、非定型的大腸炎、顕微鏡的大腸炎、またはコラーゲン蓄積大腸炎である、炎症性腸疾患を治療すること」という本願発明の課題を解決できると当業者が認識できる範囲を超える発明を含むものであって、発明の詳細な説明に記載されたものとはいえない。
よって、本願は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないとした、当審から平成27年11月12日付け拒絶理由通知により通知した拒絶理由2は解消しない。

(2)特許法第36条第4項第1号に規定する要件(いわゆる実施可能要件)の検討
特許法第36条第4項第1号は、明細書の発明の詳細な説明の記載は、「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したもの」でなければならないと定めるところ、この規定にいう「実施」とは、物の発明においては、当該発明に係る物の生産、使用等をいうものであるから、実施可能要件を満たすためには、明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が当該発明に係る物を生産し、使用することができる程度のものでなければならない。
そして、医薬用途発明においては、一般に、物質名、化学構造等が示されることのみによっては、当該用途の有用性及びそのための当該医薬の有効量を予測することは困難であり、当該医薬を用途に使用することができないから、医薬用途発明においては実施可能要件を満たすためには、明細書の発明の詳細な説明は、その医薬を製造することができるだけでなく、出願時の技術常識に照らして、医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載されている必要がある。
ここで、本願発明の発明特定事項から、本願発明は「クローン病、過敏性腸疾患、潰瘍性大腸炎、非定型的大腸炎、顕微鏡的大腸炎、またはコラーゲン蓄積大腸炎である、炎症性腸疾患を治療する」ことをその用途とする、医薬用途発明であるといえる。
そこで、発明の詳細な説明の記載を検討すると、発明の詳細な説明における炎症性腸疾患に関する記載は、上記記載イ、記載エ及び記載クのみである。このうち、上記記載イ及び記載エは、本願発明が炎症性腸疾患を治療するものである旨を記載したものではあるが、治療のための投与方法及び治療効果など、本願発明の組成物により「クローン病、過敏性腸疾患、潰瘍性大腸炎、非定型的大腸炎、顕微鏡的大腸炎、またはコラーゲン蓄積大腸炎である、炎症性腸疾患を治療する」ことができるという、医薬としての有用性を当業者が理解できるような具体的な記載はなんらされていない。
また、上記記載クには、活動性クローン病を患っている患者は、その便中の回復可能なビフィズス菌が健康な個人と比較して著しく少ないことが分かっており、そのビフィズス菌数の低下は、ビフィズス菌により産生される酵素であるβ-Dガラクトシダーゼの産生および活性のレベルの低下と直接関連することが観察され、それらの結果から、ビフィズス菌株が健康な腸管の細菌叢のバランスを維持するのに重要な役割を果たし得ることが示唆される旨の記載がある。
しかし、発明の詳細な説明には、上記記載ケ及び記載コにおいて本願発明の組成物などに含まれるオリゴ糖分析結果が示され、上記記載サにおいて、本願発明の組成物を乳児に投与することが示されているものの、本願発明の組成物の投与により腸管内のビフィズス菌が増加することを当業者が理解できるとする根拠となる記載はない。
また、仮に、本願発明の組成物の投与により腸管内のビフィズス菌が増加することを当業者が理解できるとして、発明の詳細な説明にビフィズス菌株が健康な腸管の細菌叢のバランスを維持するのに重要な役割を果たし得ることが示唆されていたとしても、それは健康なヒトの腸管細菌叢バランス維持に関する示唆にとどまり、発症後のクローン病患者の腸管内のビフィズス菌を増加させることがクローン病を治療することに有用である根拠にはならない。上記記載クで引用される文献である「Favier, C. et at, Dig. Dis. Sci. 1997;42:817-822」には、ビフィズス菌の生育を促進するプレバイオティクス(prebiotics)の経口投与が、クローン病の治療に有用である可能性は示唆されているが、実際にクローン病の治療に有用であることを当業者が理解できるとする根拠となる具体的な記載(例えば臨床試験結果)は見当たらず、発症後のクローン病患者の腸管内のビフィズス菌を増加させることがクローン病を治療することに有用であることを当業者が理解できるとする根拠にはならない。
まして、炎症性腸疾患ではあっても、クローン病とは異なる疾患である、過敏性腸疾患、潰瘍性大腸炎、非定型的大腸炎、顕微鏡的大腸炎、またはコラーゲン蓄積大腸炎までも、発症後の患者の腸管内のビフィズス菌を増加させることがそれら疾患を治療することに有用である根拠を見出すことはできない。しかも、クローン病、過敏性腸疾患、潰瘍性大腸炎、非定型的大腸炎、顕微鏡的大腸炎、またはコラーゲン蓄積大腸炎である、炎症性腸疾患の患者の腸管内のビフィズス菌を増加させることが、それら疾患を治療することに有用であるという出願時の技術常識があるとも認められない。
さらに、発明の詳細な説明には、上記記載ア、記載オ、記載カ及び記載キに、感染症または免疫不全などの疾患に関する記載がされており、特に、上記記載キには「乳酸菌は、ラクトースおよび他の糖を乳酸に添加し、抗炎症および抗癌特性を有し得る細菌である。」と記載されているが、いずれの記載も感染症または免疫不全並びにアレルギーまたは癌予防について述べるにとどまり、いずれの記載を検討しても、本願発明が、さまざまな症状を呈する、クローン病、過敏性腸疾患、潰瘍性大腸炎、非定型的大腸炎、顕微鏡的大腸炎、またはコラーゲン蓄積大腸炎である、炎症性腸疾患を治療することに有用である根拠を見出すことはできない。しかも、感染症または免疫不全並びにアレルギーまたは癌予防に有用な医薬組成物が、クローン病、過敏性腸疾患、潰瘍性大腸炎、非定型的大腸炎、顕微鏡的大腸炎、またはコラーゲン蓄積大腸炎である、炎症性腸疾患にも、有用であるという出願時の技術常識があるとも認められない。

したがって、発明の詳細な説明は、出願時の技術常識に照らして、「クローン病、過敏性腸疾患、潰瘍性大腸炎、非定型的大腸炎、顕微鏡的大腸炎、またはコラーゲン蓄積大腸炎である、炎症性腸疾患を治療する」ことをその用途とする本願発明の医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載されているとはいえない。
よって、この出願の発明の詳細な説明は、当業者が本願発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものでないとした、当審から平成27年11月12日付け拒絶理由通知により通知した拒絶理由3は解消しない。

(3)上記(1)及び(2)に関する審判請求人の主張についての検討
(i)特許法第36条第6項第1号に規定する要件(いわゆるサポート要件)に関して、審判請求人は平成28年5月11日受付け意見書において、
「本願明細書全体を通じて、特に本願明細書の段落0019、0034?0042において、ヒト乳オリゴ糖(human milk oligosaccharides, HMO)が腸管内菌叢を確立し、また、炎症性腸疾患を治療するために使用可能であることが記載されています。更に、本願明細書の背景技術の欄には、ヒト乳オリゴ糖を含有する組成物は、種々の障害および疾患(例えば、感染症または免疫不全)を有するか、またはその発生のリスクがある乳児、子供、および成人、ならびに適切な腸管内菌叢の発達および/または維持を必要としている乳児、子供、および成人のための補充剤としても有用であり得る、との記載があります。」、
「上記の記載に加え、本意見書に添付の参考資料に記載されていますとおり、ヒト乳オリゴ糖が腸管内菌叢を確立し、また、胃腸に関する問題を減少させるのに大きな役割を果たしていることが知られています。腸内の微生物叢は、胃腸機能の出生後の発達において大きな役割を果たしていることが知られていますが、乳オリゴ糖が幼児の胃腸管内に存在することにより病原体の結合が阻害されるという知見も存在しています(…(中略)…)。」及び
「要するに、本願発明における濃縮されたヒト乳透過物はヒト乳オリゴ糖を含有しているため、当該ヒト乳透過物が腸管内菌叢を確立し、また、炎症性腸疾患を治療するのに有用であろうことは本願明細書の記載を理解する当業者にとって理解可能であると思われます。」などと述べて、本願発明は、当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものである旨を主張する。
しかし、平成28年5月11日受付け意見書及び平成28年5月13日受付け手続補足書で提出された参考資料1?6の記載を検討しても、本願発明の組成物により、クローン病、過敏性腸疾患、潰瘍性大腸炎、非定型的大腸炎、顕微鏡的大腸炎、またはコラーゲン蓄積大腸炎である、炎症性腸疾患を治療することができたという具体的な事例は示されておらず、また、本願発明の組成物に含まれるヒト乳オリゴ糖が腸管内菌叢を確立することにより、クローン病、過敏性腸疾患、潰瘍性大腸炎、非定型的大腸炎、顕微鏡的大腸炎、またはコラーゲン蓄積大腸炎である、炎症性腸疾患を治療することができるという技術常識が本願出願時にあったとも認められない。
したがって、本願明細書の発明の詳細な説明に加えて、平成28年5月11日受付け意見書及び平成28年5月13日受付け手続補足書で提出された参考資料1?6の記載を検討しても、「本願発明の組成物により、クローン病、過敏性腸疾患、潰瘍性大腸炎、非定型的大腸炎、顕微鏡的大腸炎、またはコラーゲン蓄積大腸炎である、炎症性腸疾患を治療すること」という本願発明の課題を解決できると当業者が認識できるといえる根拠を見出すことはできない。
よって、特許法第36条第6項第1号に規定する要件に関する審判請求人の主張は受け入れられない。

(ii)特許法第36条第4項第1号に規定する要件(いわゆる実施可能要件)に関して、審判請求人は平成28年5月11日受付け意見書において、
「本願明細書全体を通じて、特に本願明細書の段落0019、0034?0042において、ヒト乳オリゴ糖(human milk oligosaccharides, HMO)が腸管内菌叢を確立し、また、炎症性腸疾患を治療するために使用可能であることが記載されています。更に、本願明細書の背景技術の欄には、ヒト乳オリゴ糖を含有する組成物は、種々の障害および疾患(例えば、感染症または免疫不全)を有するか、またはその発生のリスクがある乳児、子供、および成人、ならびに適切な腸管内菌叢の発達および/または維持を必要としている乳児、子供、および成人のための補充剤としても有用であり得る、との記載があります。また、上記参考資料にも本発明の効果を裏付ける記載があることは既に述べたとおりです。」及び
「ヒト乳オリゴ糖を含有している本願発明における濃縮されたヒト乳透過物が腸管内菌叢を確立し、また、炎症性腸疾患を治療するのに有用であろうことは本願明細書の記載を理解する当業者にとって理解可能であり、…(後略)…。」などと述べて、この出願の発明の詳細な説明は、当業者が本願発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものである旨を主張する。
しかし、平成28年5月11日受付け意見書及び平成28年5月13日受付け手続補足書で提出された参考資料1?6の記載を検討しても、本願発明の組成物により、クローン病、過敏性腸疾患、潰瘍性大腸炎、非定型的大腸炎、顕微鏡的大腸炎、またはコラーゲン蓄積大腸炎である、炎症性腸疾患を治療することができたという具体的な事例は示されておらず、また、本願発明の組成物に含まれるヒト乳オリゴ糖が腸管内菌叢を確立することにより、クローン病、過敏性腸疾患、潰瘍性大腸炎、非定型的大腸炎、顕微鏡的大腸炎、またはコラーゲン蓄積大腸炎である、炎症性腸疾患を治療することができるという技術常識が本願出願時にあったとも認められない。
したがって、本願明細書の発明の詳細な説明に加えて、平成28年5月11日受付け意見書及び平成28年5月13日受付け手続補足書で提出された参考資料1?6の記載を検討しても、発明の詳細な説明が、出願時の技術常識に照らして、「クローン病、過敏性腸疾患、潰瘍性大腸炎、非定型的大腸炎、顕微鏡的大腸炎、またはコラーゲン蓄積大腸炎である、炎症性腸疾患を治療する」ことをその用途とする本願発明の医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載されているとはいえない。
よって、特許法第36条第4項第1号に規定する要件に関する審判請求人の主張は受け入れられない。

以上のとおり、上記(1)及び(2)に関する審判請求人の主張を受け入れることはできない。

(4)検討の結果
上記の検討の結果、本願発明は発明の詳細な説明に記載したものではないので、特許請求の範囲の記載は特許法第36項第6項第1号に規定する要件を満たしておらず、この出願の発明の詳細な説明は、当業者が本願発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものでないので、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。


6 むすび
以上のとおり、本願は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしておらず、また、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないので、特許を受けることができないものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2016-07-13 
結審通知日 2016-07-14 
審決日 2016-07-26 
出願番号 特願2011-538734(P2011-538734)
審決分類 P 1 8・ 537- WZ (A61K)
P 1 8・ 536- WZ (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 田村 直寛  
特許庁審判長 村上 騎見高
特許庁審判官 前田 佳与子
横山 敏志
発明の名称 ヒト乳透過組成物ならびにその製造および使用方法  
代理人 稲葉 良幸  
代理人 大貫 敏史  
代理人 内藤 和彦  
代理人 江口 昭彦  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ