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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B01D
管理番号 1323444
異議申立番号 異議2015-700279  
総通号数 206 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-02-24 
種別 異議の決定 
異議申立日 2015-12-09 
確定日 2016-09-07 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第5732719号発明「分離膜およびその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5732719号の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?11〕について訂正することを認める。 特許第5732719号の請求項1、2、4、5、7?11に係る特許を維持する。 特許第5732719号の請求項3、6に係る特許についての申立てを却下する。 
理由 1.手続の経緯
特許第5732719号の請求項1?11に係る特許についての出願は、平成21年9月18日(優先権主張 平成20年9月19日、日本国 平成21年3月31日、日本国)を国際出願日とするものであって、登録後の経緯は以下のとおりである。

平成27年 4月24日 :特許権の設定登録
同年12月 9日 :特許異議申立人 一條 淳による特許異議の申立て
平成28年 3月18日付け:取消理由の通知
同年 5月20日 :訂正の請求、意見書の提出
同年 7月 7日 :特許異議申立人による意見書の提出
同年 7月20日 :訂正請求書の手続補正書の提出

2.訂正の適否についての判断
(1)訂正の内容
平成28年7月20日にされた訂正請求書の補正は、一群の請求項を、「請求項1?9」から、訂正される請求項1を直接又は間接に引用する訂正後の請求項すべてである「請求項1?11」に補正するものであり、以下に示す訂正事項の要旨を変更するものではない。
したがって、平成28年5月20日付け訂正請求(以下、「本件訂正請求」という。)による、一群の請求項1?11に係る訂正の内容は以下のア?カのとおりである。
ア 訂正事項1
請求項1における「該分離機能層が、非溶媒誘起相分離法により形成され」を削除し、「前記三次元網目状構造が実質的に5μm以上のマクロボイドを含有せず」かつ「前記分離機能層が、その厚み方向に厚さ0.2μmの薄層ごとに分割した場合において、最大孔径0.03μm以上0.6μm以下の薄層の数が50以上400以下であり、かつ、最大孔径が0.03μm未満の薄層の数が0以上2以下」である点を限定する。
イ 訂正事項2
請求項3を削除する。
ウ 訂正事項3
請求項6を削除する。
エ 訂正事項4
請求項4の「請求項3に記載の」を「請求項1に記載の」に訂正する。
オ 訂正事項5
請求項5の「請求項1?4のいずれかに記載の」を「請求項1、2、4のいずれかに記載の」に訂正する。
カ 訂正事項6
請求項7の「請求項1?6のいずれかに記載の」を「請求項1、2、4、5のいずれかに記載の」に訂正する。

(2)訂正の目的の適否、新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否、及び一群の請求項
ア 訂正事項1について
(ア)訂正の目的について
訂正事項1は、「該分離機能層が、非溶媒誘起相分離法により形成され」という製造方法に係る発明特定事項を削除し、「前記三次元網目状構造が実質的に5μm以上のマクロボイドを含有せず」、かつ「前記分離機能層が、その厚み方向に厚さ0.2μmの薄層ごとに分割した場合において、最大孔径0.03μm以上0.6μm以下の薄層の数が50以上400以下であり、かつ、最大孔径が0.03μm未満の薄層の数が0以上2以下」であるという物の構造により特定することにより、プロダクト・バイ・プロセスクレームを解消しようとするものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。

(イ)特許請求の範囲の拡張・変更の存否について
訂正事項1について、「前記三次元網目状構造が実質的に5μm以上のマクロボイドを含有せず」であることは、訂正前の請求項3に記載された事項であり、また、「前記分離機能層が、その厚み方向に厚さ0.2μmの薄層ごとに分割した場合において、最大孔径0.03μm以上0.6μm以下の薄層の数が50以上400以下であり、かつ、最大孔径が0.03μm未満の薄層の数が0以上2以下」であることは、訂正前の請求項6に記載された事項である。
また、本件特許明細書【0046】には、「非溶媒誘起相分離法」において、「ポリフッ化ビニリデン系樹脂溶液を高粘度にすると、マクロボイドが消失する傾向にあった」ことが記載されており、同【0020】にも、「本発明においては、溶融粘度が3300Pa・s以上であるポリフッ化ビニリデン系樹脂を用いることで、・・・ウイルス除去性能を発現する緻密な網目構造を形成させ、かつ、分離特性を低下させるマクロボイドの発生を抑制できる」ことが記載されている。
そして、その実例として、同【0129】の【表3】には、ポリフッ化ビニリデン系樹脂の溶融粘度が低い「比較例4」、「比較例5」において得られた分離膜は、直径が5μm以上の(【0085】)マクロボイドを有することが記載されている。
更に、同【0118】の【表2】から、ポリフッ化ビニリデン系樹脂の溶融粘度が低い「比較例3」において得られた分離膜の膜構造を、訂正事項1に即して表現すると、「その厚み方向に厚さ0.2μmの薄層ごとに分割した場合において、最大孔径0.03μm以上0.6μm以下の薄層の数が36(=3+12+21)であり、かつ、最大孔径が0.03μm未満の薄層の数が1」となる。
よって、ポリフッ化ビニリデン系樹脂の溶融粘度が3300Pa・sより低い場合には、訂正事項1において、「三次元網目構造が実質的に5μm以上のマクロボイドを含有せず」、かつ「その厚み方向に厚さ0.2μmの薄層ごとに分割した場合において、最大孔径0.03μm以上0.6μm以下の薄層の数が50以上400以下であり、かつ、最大孔径が0.03μm未満の薄層の数が0以上2以下」と特定される「分離機能層」は得られないといえる。
上記のとおり、本件特許明細書等の記載全体をみれば、訂正後の請求項1において、「前記三次元網目状構造が実質的に5μm以上のマクロボイドを含有せず」、かつ「前記分離機能層が、その厚み方向に厚さ0.2μmの薄層ごとに分割した場合において、最大孔径0.03μm以上0.6μm以下の薄層の数が50以上400以下であり、かつ、最大孔径が0.03μm未満の薄層の数が0以上2以下」である、と特定したことは、すなわち、訂正前の請求項1に係る、「溶融粘度3300Pa・s以上のポリフッ化ビニリデン系樹脂を含有」し、「非溶媒誘起相分離法により形成され」た、「三次元網目構造を有」する「分離機能層」の構造を特定したものということができ、訂正前後における課題解決手段に実質的な変更はない。
また、本件特許明細書【0011】に記載された本件特許発明の課題も、訂正前後において何ら変更はない。
したがって、訂正事項1は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではなく、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項に適合するものである。

(ウ)新規事項の有無について
上記(イ)のとおり、訂正事項1は、特許請求の範囲を拡張・変更するものとはいえないから、新たな技術的事項を導入するものともいえない。
したがって、訂正事項1は、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項に適合するものである。

イ 訂正事項2、3について
(ア)訂正の目的について
訂正事項2、3は、それぞれ訂正前の請求項3、6を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

(イ)新規事項の有無について
訂正事項2、3は、それぞれ訂正前の請求項3、6を削除するものであるから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項に適合するものである。

(ウ)特許請求の範囲の拡張・変更の存否について
訂正事項2、3は、それぞれ訂正前の請求項3、6を削除するものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項に適合するものである。

ウ 訂正事項4?6について
(ア)訂正の目的について
訂正事項4は、訂正前の請求項3の削除に伴って、請求項4の従属先を、訂正後の請求項1とする訂正であり、また、訂正前の請求項3に記載されていた分離機能層の特定は、訂正後の請求項1に追加されている。
訂正事項5は、訂正前の請求項3の削除に伴って、請求項5の従属先から請求項3を削除するものであり、また、訂正前の請求項3に記載されていた分離機能層の特定は、訂正後の請求項1に追加されている。
訂正事項6は、訂正前の請求項3、6の削除に伴って、請求項7の従属先から請求項3、6を削除するものであり、また、訂正前の請求項3に記載されていた分離機能層の特定、同請求項6に記載されていた三次元網目状構造の特定は、いずれも訂正後の請求項1に追加されている。
したがって、訂正事項4?6は、いずれも特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

(イ)新規事項の有無について
訂正事項4?6は、訂正前の請求項3、6の削除に伴って、請求項4、5、7の従属先をそれぞれ変更するものであり、削除された訂正前の請求項3、6に記載されていた特定事項は、いずれも訂正後の請求項1に追加されているものであるから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項に適合するものである。

(ウ)特許請求の範囲の拡張・変更の存否について
訂正事項4?6は、発明特定事項を減縮するものであり、発明の対象や目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項に適合するものである。

エ 一群の請求項について
訂正事項1?6に係る訂正前の請求項1?11について、請求項2?11は直接又は間接的に請求項1を引用しているから、訂正前の請求項1?11に対応する訂正後の請求項1?11は、特許法120条の5第4項に規定する一群の請求項である。

(3)訂正の適否についてのむすび
以上のとおり、本件訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書き各号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項、及び同条第9項において準用する同法第126条第4項から第6項までの規定に適合するので、訂正後の請求項〔1?11〕について訂正を認める。

3.特許異議の申立てについて
(1)本件特許発明
上記のとおり訂正が認められるので、本件訂正請求により訂正された訂正請求項1?11に係る発明(以下「本件特許発明1?11」という。)は、訂正特許請求の範囲の請求項1?11に記載された次の事項により特定されるとおりのものと認める。

【請求項1】
分離機能層を有する分離膜であって、
該分離機能層が溶融粘度3300Pa・s以上のポリフッ化ビニリデン系樹脂を含有し、かつ、
該分離機能層が三次元網目状構造を有し、かつ、前記三次元網目状構造が実質的に5μm以上のマクロボイドを含有せず、
前記分離機能層が、その厚み方向に厚さ0.2μmの薄層ごとに分割した場合において、最大孔径0.03μm以上0.6μm以下の薄層の数が50以上400以下であり、かつ、最大孔径が0.03μm未満の薄層の数が0以上2以下であって、
前記分離機能層はさらに親水性ポリマーを含有し、
前記親水性ポリマーが、ポリビニルピロリドン系樹脂、アクリル系樹脂およびセルロースエステル系樹脂から選ばれる1種以上のポリマーである分離膜。
【請求項2】分離機能層中に含有する溶融粘度3300Pa・s以上のポリフッ化ビニリデン系樹脂と親水性ポリマーの重量比が60/40?99/1の範囲にある請求項1に記載の分離膜。
【請求項3】(削除)
【請求項4】最大孔径が0.03μm未満の薄層の数が0である請求項1に記載の分離膜。
【請求項5】分離機能層が、平均孔径が0.01μm以上1μm以下の三次元網目状構造を有する請求項1、2、4のいずれかに記載の分離膜。
【請求項6】(削除)
【請求項7】分離機能層が、支持体層上に積層された多層構造を有する請求項1、2,4,5のいずれかに記載の分離膜。
【請求項8】支持体層がポリフッ化ビニリデン系樹脂を含有し、かつ、球状構造を有する請求項7に記載の分離膜。
【請求項9】前記支持体層が平均直径0.1μm以上5μm以下の球状構造を有する請求項8に記載の分離膜。
【請求項10】支持体の少なくとも一方の表面に、ポリフッ化ビニリデン系樹脂を含有するポリマー溶液を塗布した後、凝固液に浸漬することで、ポリマー溶液を固化させて三次元網目状構造を有する分離機能膜を非溶媒誘起相分離法によって形成し、分離機能層と支持体層とが積層された多層構造を有する分離膜を製造する方法であって、前記ポリマー溶液が溶融粘度3300Pa・s以上のポリフッ化ビニリデン系樹脂を5重量%以上30重量%以下含有する請求項7?9のいずれかに記載の分離膜の製造方法。
【請求項11】前記ポリマー溶液が、溶融粘度3300Pa・s以上のポリフッ化ビニリデン系樹脂および親水性ポリマーを含有し、ポリフッ化ビニリデン系樹脂と親水性ポリマーとの重量比率が、60/40?99/1の範囲である請求項10に記載の分離膜の製造方法。

(2)取消理由の概要
請求項1?11に係る特許に対して平成28年3月18日付けで特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。

本件特許発明1?9は、「分離膜」という物の発明であるが、「該分離機能層が、非溶媒誘起相分離法により形成され、」との記載は、製造に関して技術的な特徴や条件が付された記載がある場合に該当する。
また、「該分離機能層が溶融粘度3300Pa・s以上のポリフッ化ビニリデン系樹脂を含有し、」「前記分離機能層はさらに親水性ポリマーを含有し、前記親水性ポリマーが、ポリビニルピロリドン系樹脂、アクリル系樹脂およびセルロースエステル系樹脂から選ばれる1種以上のポリマーである」との記載についてみても、上記「分離機能層」を、「非溶媒誘起相分離法により形成」するための原料を特定するものであるから、同様に、製造に関して技術的な特徴や条件が付された記載がある場合に該当する。
ここで、物の発明に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合において、当該特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは、出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情(以下「不可能・非実際的事情」という)が存在するときに限られると解するのが相当である(最高裁第二小法廷平成27年6月5日 平成24年(受)第1204号、平成24年(受)第2658号)。
しかしながら、本願明細書等には不可能・非実際的事情について何ら記載がなく、当業者にとって不可能・非実際的事情が明らかであるとも言えない。
したがって、本件特許発明1?9は、特許請求の範囲が特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであり、取り消されるべきものである。

(3)当審の判断
ア 取消理由に対する当審の判断
本件特許発明1?9は、本件訂正により、「該分離機能層が、非溶媒誘起相分離法により形成され」ることを特定事項としないものになったから、製造に関して技術的な特徴や条件が付された記載がある場合に該当するものではなく、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていないとはいえない。

イ その他の特許異議申立人の意見について
(ア)特許法第36条第6項第1号について
特許異議申立人 一條 淳は、本件特許発明1の、「前記分離機能層が、その厚み方向に・・・かつ、最大孔径が0.03μm未満の薄層の数が0以上2以下であって」、かつ、「前記分離機能層はさらに親水性ポリマーを含有」するという構成要件について、本件特許の訂正後の発明の詳細な説明には、この両方を具備する具体的な実施例がないことを主張する。
しかしながら、本件特許明細書【0023】には、「分離機能層に、ポリフッ化ビニリデン系樹脂に加えて、親水性ポリマーをさらに含有することにより、分離膜の純水透過性能および耐汚れ性が向上するので、より好ましい」ことが記載され、同【0024】?【0034】には、該親水性ポリマーについて詳述されている。
してみれば、例えば、本件特許明細書【0118】の【表2】に記載された実施例7?10のように、「前記分離機能層が、その厚み方向に・・・かつ、最大孔径が0.03μm未満の薄層の数が0以上2以下」である分離機能層に対し、上記本件特許明細書【0023】?【0034】の記載に基づき、純水透過性能および耐汚れ性を向上させるために親水性ポリマーを含有させたものを、当業者は発明として認識することができる。
したがって、本件特許発明1は、サポート要件を満足する。

(イ)特許法第36条第4項第1号について
特許異議申立人は、本件特許発明1の、「前記分離機能層が、その厚み方向に・・・かつ、最大孔径が0.03μm未満の薄層の数が0以上2以下であって、」という構成要件について、本件特許の発明の詳細な説明には、分離膜の外表面から内表面方向への断面を測定した旨の記載があるのみであり、その測定方法について説明されていないから、当業者といえども本件特許発明1の実施をすることができないと主張する。
しかしながら、本件特許明細書【0037】には、「厚さ0.2μmの薄層の最大孔径」の測定方法が記載されており、該記載と同【0081】の記載から、当業者であれば、分離機能層の厚さ0.2μmの薄層の最大孔径と、その薄層の数を測定することができる。
したがって、本件特許発明1は、実施可能要件を満足する。

(ウ)特許法第29条第1項、第2項について

甲1号証:特開平11-319522号公報
甲2号証:特開2006-257216号公報

a 甲2号証を主たる引用例とする場合について
(a)特許異議申立人は、甲2号証には、重量平均分子量約100万のポリフッ化ビニリデン系樹脂と、ポリビニルピロリドン(親水性ポリマー)とを含有する製膜原液を用いて、非溶媒誘起相分離法によって多孔質膜を製造することが記載されており、原料及び製法が本件特許発明1の分離膜を製造する製法と同じであるから、本件特許発明と同じ分離膜が得られるはずであり、本件特許発明1は甲2号証に記載された発明であると主張する(特許異議申立人の意見書第3頁)。
しかしながら、甲2号証には、ポリフッ化ビニリデン系樹脂の溶融粘度について記載されていない。
特許異議申立人は、本件特許明細書【0020】、【0022】の記載から、重量平均分子量と溶融粘度との関係が類推できると主張するが、本件特許出願時において、ポリフッ化ビニリデン系樹脂の重量平均分子量と溶融粘度との関係が当業者の技術常識であったとはいえない。
したがって、甲2号証に記載の発明は、「分離機能層が溶融粘度3300Pa・s以上のポリフッ化ビニリデン系樹脂を含有」するものであるとはいえない。
また、甲2号証には、ポリフッ化ビニリデン系樹脂の溶融粘度について記載されていないから、溶融粘度3300Pa・s以上のポリフッ化ビニリデン系樹脂を含有させることが、当業者に容易に想到し得たことであるともいえない。

(b)上記(a)に記載のとおり、甲2号証に記載の発明は、「分離機能層が溶融粘度3300Pa・s以上のポリフッ化ビニリデン系樹脂を含有」するものではないから、「前記分離機能層が、その厚み方向に厚さ0.2μmの薄層ごとに分割した場合において、最大孔径0.03μm以上0.6μm以下の薄層の数が50以上400以下であり、かつ、最大孔径が0.03μm未満の薄層の数が0以上2以下」であるともいえない。
また、甲2号証の【0013】には、ポリビニルピロリドンが「造孔用添加剤としての機能」を有することが記載され、同【0039】には、「ポリビニルピロリドンを・・・可能な限り除去した方が、透水性能を高くするためにも好適である」ことが記載されている。
一方、本件特許明細書【0024】には、「ポリビニルピロリドン系樹脂が製膜段階で開孔剤として膜から流出しやすく」なると、「耐ファウリング性が低下する」と記載されていることに照らせば、ポリビニルピロリドンを「造孔用添加剤」として含有し、多孔質膜から「可能な限り除去」するものである甲2号証に記載の発明は、その構造も本件特許発明1と異なるものといえる。

b 甲1号証を主たる引用例とする場合について
(a)特許異議申立人は、特許異議申立人の意見書第3頁第31行目?第4頁第5行目において認めるように、甲1号証について、重量平均分子量1.18×10^(6)のポリフッ化ビニリデン系樹脂と、アクリル系樹脂とを含有する製膜原液を用いて、「いわゆる熱誘起相分離法によって」多孔質膜を製造することが記載されている、としている。
そして、熱誘起相分離法によって製造される多孔質膜は、非溶媒誘起相分離法よりマクロボイドが発生せず、孔径制御が容易であることは周知技術であるから、前記甲1号証により得られる分離膜は、本件特許発明1の構成要件の全てを備えることになり、本件特許発明1は甲1号証に記載された発明であると主張する。
しかしながら、甲1号証にも、ポリフッ化ビニリデン系樹脂の溶融粘度は記載されておらず、ポリフッ化ビニリデン系樹脂の重量平均分子量と溶融粘度との関係が当業者の技術常識であったといえないことは、上記a(a)に記載のとおりである。
したがって、甲1号証に記載の発明は、「分離機能層が溶融粘度3300Pa・s以上のポリフッ化ビニリデン系樹脂を含有」するものであるとはいえない。
また、甲1号証の記載から、溶融粘度3300Pa・s以上のポリフッ化ビニリデン系樹脂を含有させることが、当業者に容易に想到し得たことであるともいえない。
(b)甲1号証には、本件特許発明1の、「前記分離機能層が、その厚み方向に厚さ0.2μmの薄層ごとに分割した場合において、最大孔径0.03μm以上0.6μm以下の薄層の数が50以上400以下であり、かつ、最大孔径が0.03μm未満の薄層の数が0以上2以下」であることについて記載がない。
特許異議申立人が主張するとおり、熱誘起相分離法は孔径制御が容易であることが周知技術であるとしても、甲1号証に記載の多孔質膜を、前記本件特許発明1に特定の構造とすることが、当業者に容易に想到し得たものであるとはいえない。

ウ むすび
以上のとおりであるから、取消理由によっては、本件請求項1、2、4、5、7?11に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1、2、4、5、7?11に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
そして、本件請求項3、6に係る特許は、訂正により削除されたため、本件請求項3、6に対して、特許異議申立人 一條 淳がした特許異議の申立てについては、対象となる請求項が存在しない。

よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
分離機能層を有する分離膜であって、
該分離機能層が溶融粘度3300Pa・s以上のポリフッ化ビニリデン系樹脂を含有し、かつ、
該分離機能層が三次元網目状構造を有し、かつ、前記三次元網目状構造が実質的に5μm以上のマクロボイドを含有せず、
前記分離機能層が、その厚み方向に厚さ0.2μmの薄層ごとに分割した場合において、最大孔径0.03μm以上0.6μm以下の薄層の数が50以上400以下であり、かつ、最大孔径が0.03μm未満の薄層の数が0以上2以下であって、
前記分離機能層はさらに親水性ポリマーを含有し、
前記親水性ポリマーが、ポリビニルピロリドン系樹脂、アクリル系樹脂およびセルロースエステル系樹脂から選ばれる1種以上のポリマーである分離膜。
【請求項2】分離機能層中に含有する溶融粘度3300Pa・s以上のポリフッ化ビニリデン系樹脂と親水性ポリマーの重量比が60/40?99/1の範囲にある請求項1に記載の分離膜。
【請求項3】(削除)
【請求項4】最大孔径が0.03μm未満の薄層の数が0である請求項1に記載の分離膜。
【請求項5】分離機能層が、平均孔径が0.01μm以上1μm以下の三次元網目状構造を有する請求項1、2、4のいずれかに記載の分離膜。
【請求項6】(削除)
【請求項7】分離機能層が、支持体層上に積層された多層構造を有する請求項1、2,4,5のいずれかに記載の分離膜。
【請求項8】支持体層がポリフッ化ビニリデン系樹脂を含有し、かつ、球状構造を有する請求項7に記載の分離膜。
【請求項9】前記支持体層が平均直径0.1μm以上5μm以下の球状構造を有する請求項8に記載の分離膜。
【請求項10】支持体の少なくとも一方の表面に、ポリフッ化ビニリデン系樹脂を含有するポリマー溶液を塗布した後、凝固液に浸漬することで、ポリマー溶液を固化させて三次元網目状構造を有する分離機能膜を非溶媒誘起相分離法によって形成し、分離機能層と支持体層とが積層された多層構造を有する分離膜を製造する方法であって、前記ポリマー溶液が溶融粘度3300Pa・s以上のポリフッ化ビニリデン系樹脂を5重量%以上30重量%以下含有する請求項7?9のいずれかに記載の分離膜の製造方法。
【請求項11】前記ポリマー溶液が、溶融粘度3300Pa・s以上のポリフッ化ビニリデン系樹脂および親水性ポリマーを含有し、ポリフッ化ビニリデン系樹脂と親水性ポリマーとの重量比率が、60/40?99/1の範囲である請求項10に記載の分離膜の製造方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2016-08-26 
出願番号 特願2009-545418(P2009-545418)
審決分類 P 1 651・ 537- YAA (B01D)
最終処分 維持  
前審関与審査官 富永 正史  
特許庁審判長 新居田 知生
特許庁審判官 中澤 登
永田 史泰
登録日 2015-04-24 
登録番号 特許第5732719号(P5732719)
権利者 東レ株式会社
発明の名称 分離膜およびその製造方法  

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