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審決分類 |
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 H05B 審判 全部申し立て 3項(134条5項)特許請求の範囲の実質的拡張 H05B 審判 全部申し立て ただし書き1号特許請求の範囲の減縮 H05B 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載 H05B 審判 全部申し立て 2項進歩性 H05B 審判 全部申し立て ただし書き3号明りょうでない記載の釈明 H05B 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備 H05B |
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管理番号 | 1323470 |
異議申立番号 | 異議2016-700222 |
総通号数 | 206 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2017-02-24 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2016-03-15 |
確定日 | 2016-11-10 |
異議申立件数 | 1 |
訂正明細書 | 有 |
事件の表示 | 特許第5779605号発明「発光素子」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第5779605号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項〔1,2,3〕について訂正することを認める。 特許第5779605号の請求項1,2及び3に係る特許を維持する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第5779605号(以下「本件特許」という。)は,特願2013-46109号として平成25年3月8日に出願され,平成27年7月17日に特許権の設定の登録がされたものである。なお,特願2013-46109号は,平成21年12月9日に出願した特願2009-279334号の一部を新たな特許出願としたものであり,特願2009-279334号は,平成16年12月13日に出願した特願2004-360371号の一部を新たな特許出願としたものであり,特願2004-360371号は,平成14年11月26日に出願した特願2002-341774号(優先権主張 平成13年11月27日)の一部を新たな特許出願としたものである。 平成27年9月16日に本件特許の特許公報が発行されたところ,平成28年3月15日に特許異議申立人 株式会社レクレアルから特許異議の申立てがされた(異議2016-700222号)ところ,その後の手続の経緯の概要は,以下のとおりである。 平成28年 6月10日起案:取消理由通知 平成28年 8月10日提出:意見書(特許権者) (この意見書を,以下「特許権者意見書」という。) 平成28年 8月10日提出:訂正請求書 (この訂正請求書による訂正の請求及び訂正を,以下,それぞれ「本件訂正請求」及び「本件訂正」という。) 平成28年 9月29日提出:意見書(特許異議申立人) (この意見書を,以下「特許異議申立人意見書」という。) 第2 訂正の適否についての判断 以下,本件訂正前の請求項1?請求項3を,それぞれ「訂正前請求項1」?「訂正前請求項3」というとともに,総称して「訂正前請求項」という。また,訂正前請求項1に係る発明?訂正前請求項3に係る発明を,それぞれ「訂正前発明1」?「訂正前発明3」というとともに,総称して「訂正前発明」という。訂正後についても,同様に,「訂正後請求項1」,「訂正後発明1」などという。 1 訂正の内容 本件訂正の内容は,次のとおりである。なお,下線は当合議体が付したものであり,訂正箇所を示す。 訂正前請求項1に,「前記第1の層はHMTPDであり,前記第2の層がTPBIである組み合わせを除く」とあるのを,「前記第1の層の正孔輸送材料がHMTPDであり,前記第2の層の電子輸送材料がTPBIである組み合わせ, 前記第1の層の正孔輸送材料がα-NPDであり,前記第2の層の電子輸送材料が化合物(1-2)である組み合わせ, 【化1】 前記第1の層の正孔輸送材料がCBPであり,前記第2の層の電子輸送材料が2,2’,2’’-(1,3,5-ベンゼントリイル)トリス[3-(2-メチルフェニル)-3H-イミダゾ[4,5-b]ピリジン]である組み合わせ, 前記第1の層の正孔輸送材料がHMTPDであり,前記第2の層の電子輸送材料がBCPである組み合わせ,及び 前記第1の層の正孔輸送材料がHMTPDであり,前記第2の層の電子輸送材料が3-phenyl-4-(1’-naphthyl)-5-phenyl-1,2,4-triazole(TAZ)である組み合わせ, を除く」に訂正する。 なお,訂正前請求項2は,訂正前請求項1の記載を引用して記載されたものである。したがって,本件訂正は訂正前請求項2の記載を直接訂正するものではないけれども,本件訂正により,訂正前請求項2についても訂正がされたこととなる。 訂正前請求項3についても,同様である。 2 当合議体の判断 (1) 訂正前発明 訂正前発明1?訂正前発明3は,本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1?請求項3に記載されたとおりの,以下のものである。 「【請求項1】 陽極と,有機化合物膜と,陰極とを有し, 前記有機化合物膜は,陽極側から順に,第1の層と,第2の層と,第3の層とを有し, 前記第1の層と前記第2の層とは接しており, 前記第2の層と前記第3の層とは接しており, 前記第1の層は,正孔輸送材料を有し, 前記第2の層は,電子輸送材料及び三重項励起状態からの発光を呈する発光材料を有し, 前記第3の層は,電子注入材料を有し, 前記発光材料はイリジウム錯体を含み, 前記正孔輸送材料の吸収スペクトルは,前記電子輸送材料の発光スペクトルよりも短波長側に位置し, 前記第1の層はHMTPDであり,前記第2の層がTPBIである組み合わせを除く発光素子。 【請求項2】 請求項1に記載の発光素子において, 前記第3の層は,アルカリ金属錯体,アルカリ金属ハロゲン化物,アルカリ金属酸化物のいずれかを有する発光素子。 【請求項3】 請求項1または請求項2において, 前記陽極と,前記第1の層との間に,第4の層を有し, 前記第4の層は,前記正孔輸送材料よりもイオン化ポテンシャルの値が小さい材料を有する発光素子。」 (2) 訂正後発明 訂正後発明1?訂正後発明3は,本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1?請求項3に記載されたとおりの以下のものである。 「【請求項1】 陽極と,有機化合物膜と,陰極とを有し, 前記有機化合物膜は,陽極側から順に,第1の層と,第2の層と,第3の層とを有し, 前記第1の層と前記第2の層とは接しており, 前記第2の層と前記第3の層とは接しており, 前記第1の層は,正孔輸送材料を有し, 前記第2の層は,電子輸送材料及び三重項励起状態からの発光を呈する発光材料を有し, 前記第3の層は,電子注入材料を有し, 前記発光材料はイリジウム錯体を含み, 前記正孔輸送材料の吸収スペクトルは,前記電子輸送材料の発光スペクトルよりも短波長側に位置し, 前記第1の層の正孔輸送材料がHMTPDであり,前記第2の層の電子輸送材料がTPBIである組み合わせ, 前記第1の層の正孔輸送材料がα-NPDであり,前記第2の層の電子輸送材料が化合物(1-2)である組み合わせ, 【化1】 前記第1の層の正孔輸送材料がCBPであり,前記第2の層の電子輸送材料が2,2’,2’’-(1,3,5-ベンゼントリイル)トリス[3-(2-メチルフェニル)-3H-イミダゾ[4,5-b]ピリジン]である組み合わせ, 前記第1の層の正孔輸送材料がHMTPDであり,前記第2の層の電子輸送材料がBCPである組み合わせ,及び 前記第1の層の正孔輸送材料がHMTPDであり,前記第2の層の電子輸送材料が3-phenyl-4-(1’-naphthyl)-5-phenyl-1,2,4-triazole(TAZ)である組み合わせ, を除く発光素子。 【請求項2】 請求項1に記載の発光素子において, 前記第3の層は,アルカリ金属錯体,アルカリ金属ハロゲン化物,アルカリ金属酸化物のいずれかを有する発光素子。 【請求項3】 請求項1または請求項2において, 前記陽極と,前記第1の層との間に,第4の層を有し, 前記第4の層は,前記正孔輸送材料よりもイオン化ポテンシャルの値が小さい材料を有する発光素子。」 (3) 訂正の内容 訂正前発明及び訂正後発明の要旨を考慮すると,本件訂正は,以下の2つの訂正(以下「訂正事項1」及び「訂正事項2」という。)に分けて考えることができる。 ア 訂正事項1 第1の層及び第2の層において除かれる材料の組み合わせについて,訂正前発明においては,「前記第1の層はHMTPDであり,前記第2の層がTPBIである組み合わせ」が除かれていたものを,訂正後発明においては,「前記第1の層の正孔輸送材料がHMTPDであり,前記第2の層の電子輸送材料がTPBIである組み合わせ」が除かれるものに変更する。 イ 訂正事項2 第1の層及び第2の層において除かれるキャリア輸送材料の組み合わせとして, (ア)前記第1の層の正孔輸送材料がα-NPDであり,前記第2の層の電子輸送材料が化合物(1-2)である組み合わせ, 【化1】 (イ)前記第1の層の正孔輸送材料がCBPであり,前記第2の層の電子輸送材料が2,2’,2’’-(1,3,5-ベンゼントリイル)トリス[3-(2-メチルフェニル)-3H-イミダゾ[4,5-b]ピリジン]である組み合わせ, (ウ)前記第1の層の正孔輸送材料がHMTPDであり,前記第2の層の電子輸送材料がBCPである組み合わせ, (エ)前記第1の層の正孔輸送材料がHMTPDであり,前記第2の層の電子輸送材料が3-phenyl-4-(1’-naphthyl)-5-phenyl-1,2,4-triazole(TAZ)である組み合わせ, を追加する。 (4) 120条の5第2項 ア 訂正事項1 (ア) 訂正前発明において除かれていた発明は,第1の層がHMTPDであり,かつ,第2の層がTPBIである発明であった。すなわち,訂正前発明において除かれていた発明は,第1の層にHMTPD以外の材料は含まれず,かつ,第2の層にTPBI以外の材料は含まれない発明であった。 これに対して,訂正事項1に係る訂正後の発明において除かれる発明は,第1の層の正孔輸送材料がHMTPDであり,かつ,第2の層の電子輸送材料がTPBIである発明となった。すなわち,訂正事項1に係る訂正後の発明において除かれる発明は,第1の層及び第2の層において,他の材料が含まれていても良いものとなった。 したがって,訂正前発明において除かれていた発明の範囲と,訂正後発明において除かれる発明の範囲を比較すると,前者よりも後者の方が広いということになる。 よって,訂正事項1は,より広い発明の範囲を除くことを目的とする訂正であるから,特許法120条の5第2項1号に掲げる,特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正である。 (イ) 第1の層について,訂正前請求項1には,「前記第1の層は,正孔輸送材料を有し」及び「前記第1の層はHMTPDであり」と記載されていた。したがって,HMTPDは正孔輸送材料と理解できるから,第1の層に関しては,技術常識と整合する理解が可能であった。 ところが,第2の層について,訂正前請求項1には,「前記第2の層は,電子輸送材料及び三重項励起状態からの発光を呈する発光材料を有し」及び「前記第2の層がTPBIである」と記載されていた。ここで,技術常識を考慮すると,TPBIは電子輸送材料と理解できるけれども,「三重項励起状態からの発光を呈する発光材料」とは理解できない。したがって,第2の層に関しては,「電子輸送材料及び三重項励起状態からの発光を呈する発光材料」を有するはずの第2の層において「TPBIである」第2の層が除かれている点で対応が取れておらず,訂正前発明は,必ずしも明確であるとはいえない状況にあった。 これに対して,訂正後発明の第2の層において除かれるものは,電子輸送材料がTPBIであるものとなり,訂正後請求項1の「前記第2の層は,電子輸送材料及び三重項励起状態からの発光を呈する発光材料を有し」と整合するものとなった。 よって,訂正事項1は,特許法120条の5第2項3号に掲げる,明瞭でない記載の釈明を目的とする訂正でもある。 イ 訂正事項2 訂正事項2は,第1の層及び第2の層において除かれる材料の組み合わせを追加する訂正である。 したがって,訂正事項2は,より広い発明の範囲を除くことを目的とする訂正であるから,特許法120条の5第2項1号に掲げる,特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正である。 ウ したがって,本件訂正は,特許法120条の5第2項1号に掲げる特許請求の範囲の減縮,及び特許法120条の5第2項3号に掲げる明瞭でない記載の釈明を目的とする訂正である。 (5) 120条の5第4項 訂正後請求項2は訂正後請求項1の記載を引用して記載されたものであり,訂正後請求項3は,訂正後請求項1及び訂正後請求項2の記載を引用して記載されたものである。したがって,訂正後請求項1?訂正後請求項3は,特許法120条の5第4項に規定する一群の請求項に該当する。 ここで,本件訂正請求は,訂正後請求項1?訂正後請求項3について訂正することを求めるものである。 したがって,本件訂正請求は,特許法120条の5第4項の規定に適合する。 (6) 120条の5第9項において準用する特許法126条4項 本件訂正は,願書に添付した明細書又は図面を訂正するものではないから,120条の5第9項において準用する特許法126条4項の規定に違反しない。 (7) 120条の5第9項において準用する特許法126条5項 訂正前発明の構成及び訂正後発明の構成に関して,特許請求の範囲には,訂正前については前記(1)のとおり記載され,訂正後については前記(2)のとおり記載されている。ここで,訂正前請求項の記載と訂正後請求項の記載を比較すると,両者は,本件訂正によって訂正される記載において相違する。しかしながら,本件訂正によって訂正される記載は,すべて,除かれる発明の範囲を特定する記載であって,訂正前発明をなす構成に対して,何らかの課題解決手段を加えたり,あるいは,何らかの課題解決手段を除いたりするものではない。すなわち,訂正前発明と訂正後発明を比較すると,両者は,その要旨に含まれる発明の範囲においては相違するとしても,その発明をなす構成要素においては,何ら相違するところがない。 そうしてみると,本件訂正は,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者によって,明細書,特許請求の範囲及び図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものではないと認めるのが相当である。 したがって,本件訂正は,特許法120条の5第9項において準用する特許法126条5項の規定に適合する。 (8) 120条の5第9項において準用する特許法126条6項 前記(4)で述べたとおり,本件訂正は,第1の層及び第2の層について除かれる材料の組み合わせの範囲を広げる訂正である。 したがって,本件訂正は,実質上特許請求の範囲を拡張するものではなく,また,実質上特許請求の範囲を変更するものでもない。 (9) 小括 以上のとおりであるから,本件訂正は,特許法120条の5第2項1号及び特許法120条の5第2項3号に掲げる事項を目的とする訂正であり,かつ,特許法120条の5第9項において準用する特許法126条5項及び6号の規定に適合する。また,本件訂正は,特許法120条の5第9項において準用する特許法126条4項の規定に違反せず,かつ,本件訂正請求は特許法第120条の5第4項の規定に適合する。 よって,訂正後の請求項〔1,2,3〕について,訂正を認める。 第3 特許異議の申立てについて 1 訂正後発明 訂正後発明1?訂正後発明3は,前記「第2」2(2)に記載したとおりのものである。 2 取消理由の概要 訂正前発明1?訂正前発明3に係る特許に対して,平成28年6月10日付けで特許権者に対して通知した取消理由は,概略,以下のとおりである。 (1) 取消理由1 訂正前発明1は,その優先権主張の日(以下「優先日」という。)前に日本国内又は外国において,頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった,甲1に記載された発明である。 訂正前発明1?訂正前発明3は,その優先日前に日本国内又は外国において,頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった,甲1に記載された発明に基づいて,その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものである。 したがって,訂正前発明1?訂正前発明3についての特許は,特許法29条1項3号及び特許法29条2項の規定に違反してされたものであるから,特許法113条1項2号の規定に違反してされたものである。 甲1:Chihaya Adachi他,「High-efficiency red electrophosphorescence devices」,Applied Physics Letters Vol.78,No.11,1622から1624頁,2001年3月12日 甲2:Masahiro Uchida他,「Charge carrier trapping effect by luminescent dopant molecules in single-layer organic light emitting diodes」,Journal of Applied Physics Vol.86,No.3,1680から1687頁,1999年8月1日 甲3:Zhiqiang Gao他,「Bright-blue electroluminescence from a silyl-substituted ter-(phenylene-vinylene)derivative」,Applied Physics Letters Vol.74,No.6,865から867頁,1999年2月8日 なお,甲2及び甲3は,技術常識を裏付ける文献である。 (2) 取消理由2 平成27年3月11日付け手続補正書でした補正(以下「本件補正」という。)は,本件出願の願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面(以下「出願当初明細書等」という。)に記載した事項の範囲内においてしたものでない。 したがって,訂正前発明1から3までについての特許は,特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない補正をした特許出願に対してされたものであるから,特許法113条1項1号の規定に違反してされたものである。 (3) 取消理由3 訂正前発明1は,優先日前に日本国内又は外国において,頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった,甲10に記載された発明である。 訂正前発明1?訂正前発明3は,その優先日前に日本国内又は外国において,頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった,甲10に記載された発明に基づいて,その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものである。 したがって,訂正前発明1?訂正前発明3についての特許は,特許法29条1項3号及び特許法29条2項の規定に違反してされたものであるから,特許法113条1項2号の規定に違反してされたものである。 甲10:特開2001-192651号公報 甲11:Toshiyuki Kato他,「Effect of fabrication conditions on photoluminescence and absorption of hole transport materials」,Thin Solid Films 393,109から113頁,2001年 なお,甲11は,技術常識を裏付ける文献である。 (4) 取消理由4 訂正前発明1は,優先日前に日本国内又は外国において,頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった,甲4に記載された発明である。 訂正前発明1?訂正前発明3は,その優先日前に日本国内又は外国において,頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった,甲4に記載された発明に基づいて,その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものである。 したがって,訂正前発明1?訂正前発明3についての特許は,特許法29条1項3号及び特許法29条2項の規定に違反してされたものであるから,特許法113条1項2号の規定に違反してされたものである。 甲4:特開2001-319779号公報 (5) 取消理由5 訂正前発明1は,優先日前に日本国内又は外国において,頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった,甲14に記載された発明である。 訂正前発明1?訂正前発明3は,その優先日前に日本国内又は外国において,頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった,甲14に記載された発明に基づいて,その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものである。 したがって,訂正前発明1?訂正前発明3についての特許は,特許法29条1項3号及び特許法29条2項の規定に違反してされたものであるから,特許法113条1項2号の規定に違反してされたものである。 甲14:Chihaya Adachi他,「High-efficiency organic electrophosphorescent devices with tris(2-phenylpyridine)iridium doped into electron-transporting materials」,Applied Physics Letters Vol.77,No.6,904から906頁,2000年8月7日 (6) 取消理由6 訂正前発明1は,優先日前に日本国内又は外国において,頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった,甲16に記載された発明である。 訂正前発明1?訂正前発明3は,その優先日前に日本国内又は外国において,頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった,甲16に記載された発明に基づいて,その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものである。 したがって,訂正前発明1?訂正前発明3についての特許は,特許法29条1項3号及び特許法29条2項の規定に違反してされたものであるから,特許法113条1項2号の規定に違反してされたものである。 甲16:Chihaya Adachi他,「Nearly 100% internal phosphorescence efficiency in an organic light emitting device」,Journal of Applied Physics Vol.90,No.10,5048から5051頁,2001年11月15日 (7) 取消理由7 本件特許の発明の詳細な説明には,「前記正孔輸送材料の吸収スペクトルと,前記電子輸送性材料の発光スペクトルとは重ならず,かつ,前記正孔輸送材料の吸収スペクトルは,前記電子輸送材料の発光スペクトルよりも短波長側に位置する」発明が積極的に開示され,また,「前記正孔輸送材料の吸収スペクトルは,前記電子輸送材料の発光スペクトルよりも短波長側に位置する」要件は満たすけれども,「前記正孔輸送材料の吸収スペクトルと,前記電子輸送性材料の発光スペクトルとは重ならず」の要件は満たさなくとも良い発明は開示されておらず,むしろ,積極的に排除されている。 そうしてみると,訂正前発明は,発明の詳細な説明に記載したものであるということができない。 また,訂正前発明のうち,「前記正孔輸送材料の吸収スペクトルは,前記電子輸送材料の発光スペクトルよりも短波長側に位置する」要件は満たすけれども,「前記正孔輸送材料の吸収スペクトルと,前記電子輸送性材料の発光スペクトルとは重ならず」の要件は満たさなくとも良い発明について,発明の詳細な説明の記載は,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるということができない。 したがって,訂正前発明1?訂正前発明3についての特許は,特許法36条6項1号及び特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから,特許法113条1項4号の規定に違反してされたものである。 3 取消理由1について (1) 甲1の記載 甲1には,以下の事項が記載されている。 ア 1622頁のタイトル 「High-efficiency red electrophosphorescence devices」 (参考訳:高効率赤色電気リン光素子) イ 1622頁右欄29行から1623頁左欄2行まで 「Device II has the ITO anode, a 60-nm-thick 4,4'-bis[N,N'-(3-tolyl)amino]-3,3'-dimethylbiphenyl^(6) HTL, a 25-nm-thick 2,2',2''-(1,3,5-benzenetriyl)tris[1-phenyl-1H-benzimidazole] (TPBI)^(18) EML doped with ?7% phosphor, a 50-nm-thick Alq_(3) ETL, and the same cathode as in device I.」 (参考訳:素子IIはITOの陽極,60nmの厚さの4,4'-bis[N,N'-(3-tolyl)amino]-3,3'-dimethylbiphenylのHTL,7%までのリン光体でドープされた25nmの厚さの2,2',2''-(1,3,5-benzenetriyl)tris[1-phenyl-1H-benzimidazole](TPBI)のEML,50nmの厚さのAlq_(3)のETL,素子Iと同じ陰極を具備する。) ウ 1623頁の「FIG.1.」 ここで,「FIG.1.」の「Device II」から理解できる層構造は,順に,「Glass」,「ITO」,「HMTPD」,「TPBI」,「Alq_(3)」,「MgAg」及び「Ag」である。また,各層は,接している。 エ 1623頁の「TABLE I.」 ここで,「FIG.1.」と「TABLE I.」を対比すると,「TABLE I.」の「Device II」の「Btp_(2)Ir(acac)」は,「FIG.1.」の化合物式でM=Ir,n=2としたリン光体と理解でき,また,この化合物は,イリジウム錯体である。 (2) 甲1発明 甲1には,以下の発明が記載されている(以下「甲1発明」という。)。 「 ITOの陽極, 60nmの厚さの4,4'-bis[N,N'-(3-tolyl)amino]-3,3'-dimethylbiphenylのHTL, 7%までのリン光体でドープされた25nmの厚さの2,2',2''-(1,3,5-benzenetriyl)tris[1-phenyl-1H-benzimidazole](TPBI)のEML, 50nmの厚さのAlq_(3)のETL, 100nmの厚さのMgAgの層及び20nmの厚さのAgの層からなる陰極を, この順番に,各層が接して具備し, リン光体は,イリジウム錯体である, 高効率赤色電気リン光素子。」 (3) 対比 訂正後発明1と甲1発明を対比すると,以下のとおりである。 ア 陽極,陰極 甲1発明の「陽極」及び「陰極」は,それぞれ,訂正後発明1の「陽極」及び「陰極」に相当する。 イ 第1の層 技術常識を考慮すると,甲1発明の「4,4'-bis[N,N'-(3-tolyl)amino]-3,3'-dimethylbiphenyl」(以下「HMTPD」という。)は,訂正後発明1の「正孔輸送材料」に相当する。また,略語に関する当業者の技術常識を考慮すると,「HTL」は「正孔輸送層」のことである。したがって,甲1発明の「HTL」は,訂正後発明1の「第1の層」に相当するとともに,「前記第1の層は,正孔輸送材料を有し」の要件を満たす。 ウ 第2の層 同様に,技術常識を考慮すると,甲1発明の「EML」,「TPBI」及び「リン光体」は,それぞれ,訂正後発明1の「第2の層」,「電子輸送材料」及び「三重項励起状態からの発光を呈する発光材料」に相当する。また,甲1発明の「EML」は,訂正後発明1の「前記第2の層は,電子輸送材料及び三重項励起状態からの発光を呈する発光材料を有し」の要件を満たす。 エ 第3の層 技術常識を考慮すると,「ETL」とは電子輸送層のことであるが,甲1では,「MgAg」と「Ag」の層を併せて「陰極」と表現しており,この「陰極」との関係においては,甲1発明の「ETL」は電子注入層である。そうしてみると,甲1発明の「ETL」及び「Alq_(3)」は,それぞれ,訂正後発明1の「第3の層」及び「電子注入材料」に相当する。また,甲1発明の「ETL」は,訂正後発明1の「前記第3の層は,電子注入材料を有し」の要件を満たす。 オ 有機化合物膜 甲1発明の「HTL」,「EML」及び「ETL」を併せたものは,有機化合物として,「HMTPD」,「TPBI」又は「Alq_(3)」を含むものであるから,甲1発明の「HTL」,「EML」及び「ETL」を併せたものは,「有機化合物膜」と称することができる。 また,甲1発明は,「HTL」,「EML」及び「ETL」が,「この順番に,各層が接して具備し」ているから,訂正後発明1の「前記有機化合物膜は,陽極側から順に,第1の層と,第2の層と,第3の層とを有し」,「前記第1の層と前記第2の層とは接しており」及び「前記第2の層と前記第3の層とは接しており」の要件を満たす。 カ 発光材料 甲1発明において,「リン光体は,イリジウム錯体である」。 したがって,甲1発明の「リン光体」は,訂正後発明1の「前記発光材料はイリジウム錯体を含み」の要件を満たす。 キ 吸収スペクトルと発光スペクトル 技術常識を考慮すると,HMTPDは,少なくとも,3×10^(2)nmの光を吸収する吸収スペクトルを有する(必要ならば,甲2の1681頁のFIG.1.(a)の300nm近傍のピークを参照されたい。)。また,TPBIは,少なくとも,4×10^(2)nmの光を放出するに発光スペクトルを有する(必要ならば,甲3の866頁のFIG.2.の(c)の発光スペクトルを参照されたい。)。 (当合議体注:甲2の1681頁のFIG.1.(a)は以下の図である。) (当合議体注:甲3の866頁のFIG.2.は以下の図である。) したがって,甲1発明は,訂正後発明1の「前記正孔輸送材料の吸収スペクトルは,前記電子輸送材料の発光スペクトルよりも短波長側に位置し」の要件を満たす。 ク 発光素子 引用発明の「高効率赤色電気リン光素子」は,訂正後発明1の「発光素子」に相当する。 (4) 一致点及び相違点 ア 一致点 訂正後発明1と甲1発明は,次の構成において一致する。 「 陽極と,有機化合物膜と,陰極とを有し, 前記有機化合物膜は,陽極側から順に,第1の層と,第2の層と,第3の層とを有し, 前記第1の層と前記第2の層とは接しており, 前記第2の層と前記第3の層とは接しており, 前記第1の層は,正孔輸送材料を有し, 前記第2の層は,電子輸送材料及び三重項励起状態からの発光を呈する発光材料を有し, 前記第3の層は,電子注入材料を有し, 前記発光材料はイリジウム錯体を含み, 前記正孔輸送材料の吸収スペクトルは,前記電子輸送材料の発光スペクトルよりも短波長側に位置し, 前記第1の層の正孔輸送材料がα-NPDであり,前記第2の層の電子輸送材料が化合物(1-2)である組み合わせ, 【化1】 前記第1の層の正孔輸送材料がCBPであり,前記第2の層の電子輸送材料が2,2’,2’’-(1,3,5-ベンゼントリイル)トリス[3-(2-メチルフェニル)-3H-イミダゾ[4,5-b]ピリジン]である組み合わせ, 前記第1の層の正孔輸送材料がHMTPDであり,前記第2の層の電子輸送材料がBCPである組み合わせ,及び 前記第1の層の正孔輸送材料がHMTPDであり,前記第2の層の電子輸送材料が3-phenyl-4-(1’-naphthyl)-5-phenyl-1,2,4-triazole(TAZ)である組み合わせ, を除く発光素子。」 イ 相違点 訂正後発明1と甲1発明は,以下の点で相違する。 第1の層の正孔輸送材料及び第2の層の電子輸送材料について,訂正後発明1の要旨からは,「前記第1の層の正孔輸送材料がHMTPDであり,前記第2の層の電子輸送材料がTPBIである組み合わせ」が除かれているのに対して,甲1発明の第1の層の正孔輸送材料及び第2の層の電子輸送材料の組み合わせは,この除かれた組み合わせである点。 (5) 判断 ア 29条1項3号について 訂正後発明1と甲1発明は,前記(4)イの相違点において相違する。 したがって,訂正後発明1は,甲1に記載された発明であるということができない。訂正後発明2及び訂正後発明3についても,同様である。 イ 29条2項について 甲1発明は,「高効率赤色電気リン光素子」に関するものである。したがって,甲1発明の素子は,高効率なものと解するのが自然である。 しかしながら,甲1の記載を参照しても,なぜ,この素子が高効率なのか,その技術思想をうかがい知ることはできない。また,甲1の記載を参照しても,正孔輸送材料の吸収スペクトルと電子輸送材料の発光スペクトルの関係に着目した記載はなく,示唆もない。そうしてみると,甲1の記載に接した当業者が,正孔輸送材料の吸収スペクトルと電子輸送材料の発光スペクトルの関係に着目して正孔輸送材料及び電子輸送材料を変えるとはいえない。 したがって,甲1発明の正孔輸送材料及び電子輸送材料の組み合わせを「前記正孔輸送材料の吸収スペクトル」が「前記電子輸送材料の発光スペクトルよりも短波長側に位置する」条件を満たし,かつ,「前記第1の層の正孔輸送材料がHMTPDであり,前記第2の層の電子輸送材料がTPBIである組み合わせ」以外のものに変更することが,当業者が容易に発明できた事項であるということはできない。訂正後発明2及び訂正後発明3についても,同様である。 (6) 小括 したがって,取消理由1によっては,もはや訂正後発明1?訂正後発明3についての特許を取り消すことはできない。 4 取消理由2について 本件訂正により,訂正前請求項1における「前記第1の層はHMTPDであり,前記第2の層がTPBIである組み合わせを除く」の記載は,「前記第1の層の正孔輸送材料がHMTPDであり,前記第2の層の電子輸送材料がTPBIである組み合わせ…を除く」の記載に訂正された。 本件訂正により,取消理由2は解消した。 5 取消理由3について (1) 甲10の記載 甲10には,以下の事項が記載されている。 ア 「【0001】 【発明の属する技術分野】本発明は,芳香族縮環化合物,電気エネルギーを光に変換して発光できる発光素子用材料および発光素子に関し,表示素子,ディスプレイ,バックライト,電子写真,照明光源,記録光源,露光光源,読み取り光源,標識,看板,インテリア等の分野に好適に使用できる発光素子に関する。」 イ 「【0004】 【発明が解決しようとする課題】本発明の目的は,発光特性,耐久性が良好な発光素子およびそれを可能にする発光素子用材料の提供にある。」 ウ 「【0005】 【課題を解決するための手段】この課題は下記手段によって達成された。 [1] 下記一般式(1)で表される化合物からなる発光素子材料。 【0006】 【化9】 【0007】式中,Ar^(11),Ar^(21),Ar^(31)はアリーレン基を表し,Ar^(12),Ar^(22),Ar^(32)は置換基または水素原子を表す。Ar^(11),Ar^(21),Ar^(31),Ar^(12),Ar^(22),Ar^(32)の少なくとも一つは縮環アリール構造または縮環ヘテロアリール構造である。Arはアリーレン基またはヘテロアリーレン基を表す。」 エ 段落【0055】の【化25】の(1-2) オ 段落【0092】の【化39】の化合物c カ 段落【0092】の【化39】の化合物f キ 段落【0081】 「(1-2)の合成 フェナントレンホウ酸エステル 1.5 g,1,3,5-トリブロモベンゼン0.47g,炭酸ナトリウム 1.6g,トリフェニルホスフィン 0.07g,パラジウムカーボン 0.07gにジエチレングリコールジメチルエーテル 30ml,水 30ml を加え還流攪拌した。6時間後,反応溶液をクロロホルム200ml,一規定塩酸水200mlで希釈し,セライトろ過した。有機層を水100mlで2回洗浄し,硫酸ナトリウムで乾燥した後,溶媒を濃縮した。カラムクロマトグラフィー(ヘキサン/酢酸エチル系)で精製した後,再結晶で精製し(クロロホルム/メタノール) (1-2) 1.0g を得た。MSスペクトルを測定し,(1-2)の構造を確認した。(1-2)の蒸着膜を作製し,その膜蛍光を測定したところ,膜蛍光極大波長λmaxは 380nmであった。」 ク 段落【0091】 「比較例1 洗浄したITO基板を蒸着装置に入れ,α-NPD(N,N’-ジフェニル-N,N’-ジ(α-ナフチル)-ベンジジン)を40nm蒸着し,この上に,ジスチリル化合物 b を20nm蒸着し,この上にアゾール化合物 c を40nm蒸着した。有機薄膜上にパターニングしたマスク(発光面積が4mm×5mmとなるマスク)を設置し,蒸着装置内でマグネシウム:銀=10:1を50nm共蒸着した後,銀50nmを蒸着した。」 ケ 段落【0095】 「実施例10 洗浄したITO基板を蒸着装置に入れ,α-NPD(N,N’-ジフェニル-N,N’-ジ(α-ナフチル)-ベンジジン)を40nm蒸着し,この上に,化合物(1-2),化合物 f を 10対1の比率で 20nm共蒸着した。この上にアゾール化合物 c を40nm蒸着した。比較例1と同様に陰極蒸着,素子評価した。その結果,色度値(0.60,0.39)の赤色発光が得られ,最高輝度18700cd/m^(2) が得られた。外部量子効率を算出したところ 12.0%であった。同様に,本発明のその他の化合物含有EL素子を作製・評価したところ,本発明の化合物がEL素子材料として高機能(輝度,耐久性,成膜性)を有することが確認できた。」 (2) 甲10発明 甲10には,実施例10として,以下の発明が記載されている(以下「甲10発明」という。)。 「 洗浄したITO基板を蒸着装置に入れ, α-NPD(N,N’-ジフェニル-N,N’-ジ(α-ナフチル)-ベンジジン)を40nm蒸着し, この上に,化合物(1-2),化合物fを10対1の比率で20nm共蒸着し, この上にアゾール化合物cを40nm蒸着し, 陰極を蒸着した, 赤色発光EL素子であって, 化合物(1-2)の膜蛍光極大波長λmaxは380nmである, 赤色発光EL素子。 化合物(1-2): 化合物f: 化合物c: 」 (3) 対比 甲10の製造工程から理解される層構造は,順に,「基板」,「ITO」,「α-NPD」の蒸着層,「化合物(1-2)及び化合物f」の共蒸着層,「アゾール化合物c」の蒸着層及び「陰極」である。また,これら各層が有する化合物が果たすべき機能について,技術常識を考慮すると,「ITO」は陽極であり,「α-NPD」は正孔輸送材料であり,「化合物(1-2)」は少なくとも電子輸送性を有する材料であり,「化合物f」は「三重項励起状態からの発光を呈する発光材料」かつ「イリジウム錯体」であり,「アゾール化合物c」は少なくとも電子注入性を有する材料であり,「陰極」は「陰極」である。 以上に鑑みて,訂正後発明1と甲10発明を対比すると,以下のとおりとなる。 すなわち,甲10発明の「ITO」,「α-NPD」,「化合物(1-2)」,「化合物f」,「アゾール化合物c」,「陰極」及び「赤色発光EL素子」は,それぞれ,訂正後発明1の「陽極」,「正孔輸送材料」,「電子輸送材料」,「三重項励起状態からの発光を呈する発光材料」,「電子注入材料」,「陰極」及び「発光素子」に相当する。また,甲10発明の,「α-NPD」の層,「化合物(1-2)及び化合物f」の層,及び「アゾール化合物c」の層は,それぞれ,訂正後発明1の「第1の層」,「第2の層」及び「第3の層」に相当する。 そして,甲10発明において,「α-NPD」,「化合物(1-2)及び化合物f」,「アゾール化合物c」を併せたものは,「有機化合物膜」と称することができる。加えて,甲10発明は,訂正後発明1の「前記有機化合物膜は,陽極側から順に,第1の層と,第2の層と,第3の層とを有し」,「前記第1の層と前記第2の層とは接しており」,「前記第2の層と前記第3の層とは接しており」,「前記第1の層は,正孔輸送材料を有し」,「前記第2の層は,電子輸送材料及び三重項励起状態からの発光を呈する発光材料を有し」,「前記第3の層は,電子注入材料を有し」及び「前記発光材料はイリジウム錯体を含み」の要件を満たす。 さらに加えて,甲10発明の「α-NPD」は,少なくとも,3.4×10^(2)nmに吸収スペクトルを有し(必要ならば,甲11の113頁のFig.8.を参照されたい。),「化合物(1-2)の膜蛍光極大波長λmaxは380nmである」から,甲10発明は,「前記正孔輸送材料の吸収スペクトルは,前記電子輸送材料の発光スペクトルよりも短波長側に位置し」の要件を満たす。 (当合議体注:甲11の113頁のFig.8.は以下の図である。) (4) 一致点及び相違点 ア 一致点 訂正後発明1と甲10発明は,次の構成において一致する。 「 陽極と,有機化合物膜と,陰極とを有し, 前記有機化合物膜は,陽極側から順に,第1の層と,第2の層と,第3の層とを有し, 前記第1の層と前記第2の層とは接しており, 前記第2の層と前記第3の層とは接しており, 前記第1の層は,正孔輸送材料を有し, 前記第2の層は,電子輸送材料及び三重項励起状態からの発光を呈する発光材料を有し, 前記第3の層は,電子注入材料を有し, 前記発光材料はイリジウム錯体を含み, 前記正孔輸送材料の吸収スペクトルは,前記電子輸送材料の発光スペクトルよりも短波長側に位置し, 前記第1の層の正孔輸送材料がHMTPDであり,前記第2の層の電子輸送材料がTPBIである組み合わせ, 前記第1の層の正孔輸送材料がCBPであり,前記第2の層の電子輸送材料が2,2’,2’’-(1,3,5-ベンゼントリイル)トリス[3-(2-メチルフェニル)-3H-イミダゾ[4,5-b]ピリジン]である組み合わせ, 前記第1の層の正孔輸送材料がHMTPDであり,前記第2の層の電子輸送材料がBCPである組み合わせ,及び 前記第1の層の正孔輸送材料がHMTPDであり,前記第2の層の電子輸送材料が3-phenyl-4-(1’-naphthyl)-5-phenyl-1,2,4-triazole(TAZ)である組み合わせ, を除く発光素子。」 イ 相違点 訂正後発明1と甲10発明は,以下の点で相違する。 第1の層の正孔輸送材料及び第2の層の電子輸送材料について,訂正後発明1の要旨からは,「前記第1の層の正孔輸送材料がα-NPDであり,前記第2の層の電子輸送材料が化合物(1-2)である組み合わせ 【化1】 」が除かれているのに対して,甲10発明の第1の層の正孔輸送材料及び第2の層の電子輸送材料の組み合わせは,この除かれた組み合わせである点。 (5) 判断 ア 29条1項3号について 訂正後発明1と甲10発明は,前記(4)イの相違点において相違する。 したがって,訂正後発明1は,甲10に記載された発明であるということができない。訂正後発明2及び訂正後発明3についても,同様である。 イ 29条2項について 甲10の段落【0004】には,発明が解決しようとする課題として,「本発明の目的は,発光特性,耐久性が良好な発光素子およびそれを可能にする発光素子用材料の提供にある。」と記載されている。 しかしながら,甲10に記載された課題を解決するための手段は,発光素子材料を,段落【0006】等に記載の化合物からなるものとした,というものであって,正孔輸送材料の吸収スペクトルと電子輸送材料の発光スペクトルの関係を定めた,というものではない。甲10の記載を参照しても,正孔輸送材料の吸収スペクトルと電子輸送材料の発光スペクトルの関係に着目した記載はなく,示唆もない。そうしてみると,甲10の記載に接した当業者が,正孔輸送材料の吸収スペクトルと電子輸送材料の発光スペクトルの関係に着目して正孔輸送材料及び電子輸送材料を変えるとはいえない。 したがって,甲10発明の正孔輸送材料及び電子輸送材料の組み合わせを「前記正孔輸送材料の吸収スペクトル」が「前記電子輸送材料の発光スペクトルよりも短波長側に位置する」の条件を満たし,かつ,「前記第1の層の正孔輸送材料がα-NPDであり,前記第2の層の電子輸送材料が化合物(1-2)である組み合わせ 【化1】 」以外のものに変更することが,当業者が容易に発明できた事項であるということはできない。訂正後発明2及び訂正後発明3についても,同様である。 (6) 小括 したがって,取消理由3によっては,もはや訂正後発明1?訂正後発明3についての特許を取り消すことはできない。 6 取消理由4について 取消理由4については,取消理由3と同様の判断となるので,要点のみを記載する。 (1) 甲4発明 甲4には,実施例2として,以下の発明が記載されている(以下「甲4発明」という。)。 「 25mm×25mm×0.5mmのガラス支持基板上に直流電源を用い,スパッタ法にてインジウム錫酸化物(ITO,インジウム/錫=95/5モル比)の陽極を形成し, この陽極上に正孔輸送層として,N,N’-ジナフチル-N,N’-ジフェニルベンジジンを真空蒸着法にて0.04μm設け, この上に発光材であるオルトメタル化錯体としてトリス(2-フェニルピリジン)イリジウム錯体およびホスト材として4,4’-N,N’-ジカルバゾ-ルビフェニルをそれぞれ0.1nm/秒,1nm/秒の速度で共蒸着して0.024μmの第一発光層を得, さらにその上に電子輸送材として2,2’,2’’-(1,3,5-ベンゼントリイル)トリス[3-(2-メチルフェニル)-3H-イミダゾ[4,5-b]ピリジン]と,発光材であるオルトメタル化錯体としてとしてトリス(2-フェニルピリジン)イリジウム錯体をそれぞれ1nm/秒,0.1nm/秒の速度で共蒸着して0.012μmの電子輸送材を含む第二発光層を設け, さらにその上に電子輸送材として8-キノリノ-ルのAl錯体を1nm/秒の速度で蒸着して0.012μmの電子輸送層を設け, この有機化合物層の上にパタ-ニングしたマスク(発光面積が5mm×5mmとなるマスク)を設置し,蒸着装置内でマグネシウム:銀=10:1(モル比)を0.25μm蒸着し,さらに銀を0.3μm蒸着して陰極を設けた, 発光素子。」 (2) 対比 甲4発明において,第一発光層のホストは,第二発光層との関係では,正孔輸送材料といえる。 そうしてみると,甲4発明の「ITO」,「第一発光層」,「第二発光層」,「電子輸送層」,「4,4’-N,N’-ジカルバゾ-ルビフェニル」(CBP),「2,2’,2’’-(1,3,5-ベンゼントリイル)トリス[3-(2-メチルフェニル)-3H-イミダゾ[4,5-b]ピリジン]」,「トリス(2-フェニルピリジン)イリジウム錯体」,「8-キノリノ-ルのAl錯体」,「陰極」及び「発光素子」は,それぞれ,訂正後発明1の「陽極」,「第1の層」,「第2の層」,「第3の層」,「正孔輸送材料」,「電子輸送材料」,「三重項励起状態からの発光を呈する発光材料」,「電子注入材料」,「陰極」及び「発光素子」に相当する。 そして,甲4発明において,「第一発光層」,「第二発光層」及び「電子輸送層」を併せたものは,それら各層の材料からみて,「有機化合物膜」と称することができる。加えて,甲4発明は,訂正後発明1の「前記有機化合物膜は,陽極側から順に,第1の層と,第2の層と,第3の層とを有し」,「前記第1の層と前記第2の層とは接しており」,「前記第2の層と前記第3の層とは接しており」,「前記第1の層は,正孔輸送材料を有し」,「前記第2の層は,電子輸送材料及び三重項励起状態からの発光を呈する発光材料を有し」,「前記第3の層は,電子注入材料を有し」及び「前記発光材料はイリジウム錯体を含み」の要件を満たす。 さらに加えて,甲4発明の「4,4’-N,N’-ジカルバゾ-ルビフェニル」(CBP)及び「2,2’,2’’-(1,3,5-ベンゼントリイル)トリス[3-(2-メチルフェニル)-3H-イミダゾ[4,5-b]ピリジン]」は,訂正後発明1の,「前記正孔輸送材料の吸収スペクトルは,前記電子輸送材料の発光スペクトルよりも短波長側に位置し」の要件を満たす。 (3) 一致点及び相違点 ア 一致点 訂正後発明1と甲4発明は,次の構成において一致する。 「 陽極と,有機化合物膜と,陰極とを有し, 前記有機化合物膜は,陽極側から順に,第1の層と,第2の層と,第3の層とを有し, 前記第1の層と前記第2の層とは接しており, 前記第2の層と前記第3の層とは接しており, 前記第1の層は,正孔輸送材料を有し, 前記第2の層は,電子輸送材料及び三重項励起状態からの発光を呈する発光材料を有し, 前記第3の層は,電子注入材料を有し, 前記発光材料はイリジウム錯体を含み, 前記正孔輸送材料の吸収スペクトルは,前記電子輸送材料の発光スペクトルよりも短波長側に位置し, 前記第1の層の正孔輸送材料がHMTPDであり,前記第2の層の電子輸送材料がTPBIである組み合わせ, 前記第1の層の正孔輸送材料がα-NPDであり,前記第2の層の電子輸送材料が化合物(1-2)である組み合わせ, 【化1】 前記第1の層の正孔輸送材料がHMTPDであり,前記第2の層の電子輸送材料がBCPである組み合わせ,及び 前記第1の層の正孔輸送材料がHMTPDであり,前記第2の層の電子輸送材料が3-phenyl-4-(1’-naphthyl)-5-phenyl-1,2,4-triazole(TAZ)である組み合わせ, を除く発光素子。」 イ 相違点 訂正後発明1と甲4発明は,以下の点で相違する。 第1の層の正孔輸送材料及び第2の層の電子輸送材料について,訂正後発明1の要旨からは,「前記第1の層の正孔輸送材料がCBPであり,前記第2の層の電子輸送材料が2,2’,2’’-(1,3,5-ベンゼントリイル)トリス[3-(2-メチルフェニル)-3H-イミダゾ[4,5-b]ピリジン]である組み合わせ」が除かれているのに対して,甲4発明の第1の層の正孔輸送材料及び第2の層の電子輸送材料の組み合わせは,この除かれた組み合わせである点。 (4) 判断 ア 29条1項3号について 訂正後発明1と甲4発明は,前記(3)イの相違点において相違する。 したがって,訂正後発明1は,甲4に記載された発明であるということができない。訂正後発明2及び訂正後発明3についても,同様である。 イ 29条2項について 甲4の段落【0006】には,発明が解決しようとする課題として,「本発明は,フルカラ-ディスプレイ,バックライト,照明光源等の面光源や,プリンタ-等の光源アレイなどに有効に利用でき,発光効率および発光強度に優れた発光素子を提供することを目的とする。なかでも,高発光輝度時の発光効率の高い発光素子を提供することを目的とする。」と記載されている。 しかしながら,甲4の記載された課題を解決するための手段は,「支持基板上に設けた少なくとも陽極,少なくとも発光層を二層以上含む有機化合物層および陰極からなる発光素子において,発光材がオルトメタル化錯体であって該発光材が二層以上の発光層に含まれ」,「二層以上の発光層のうち少なくとも一層に電子輸送材が含まれる」というものであって,正孔輸送材料の吸収スペクトルと電子輸送材料の発光スペクトルの関係を定めた,というものではない。甲4の記載を参照しても,正孔輸送材料の吸収スペクトルと電子輸送材料の発光スペクトルの関係に着目した記載はなく,示唆もない。そうしてみると,甲4の記載に接した当業者が,正孔輸送材料の吸収スペクトルと電子輸送材料の発光スペクトルの関係に着目して正孔輸送材料及び電子輸送材料を変えるとはいえない。 したがって,甲4発明の正孔輸送材料及び電子輸送材料の組み合わせを「前記正孔輸送材料の吸収スペクトル」が「前記電子輸送材料の発光スペクトルよりも短波長側に位置する」条件を満たし,かつ,「前記第1の層の正孔輸送材料がCBPであり,前記第2の層の電子輸送材料が2,2’,2’’-(1,3,5-ベンゼントリイル)トリス[3-(2-メチルフェニル)-3H-イミダゾ[4,5-b]ピリジン]である組み合わせ」以外のものに変更することが,当業者が容易に発明できた事項であるということはできない。訂正後発明2及び訂正後発明3についても,同様である。 (6) 小括 したがって,取消理由4によっては,もはや訂正後発明1?訂正後発明3についての特許を取り消すことはできない。 7 取消理由5及び取消理由6について 取消理由5及び取消理由6についても同様の判断となるので,要点のみを記載する。 (1) 対比 甲14の905頁の「FIG.1」に記載された発明(以下「甲14発明」という。),あるいは,甲16の5048?5049頁の「II. EXPERIMENTAL METHOD」に記載された発明(以下「甲16発明」という。)と訂正後発明1を比較すると,その相違点は,以下のものとなる。 (相違点) 第1の層の正孔輸送材料及び第2の層の電子輸送材料について,訂正後発明1の要旨からは,「前記第1の層の正孔輸送材料がHMTPDであり,前記第2の層の電子輸送材料がBCPである組み合わせ」,及び「前記第1の層の正孔輸送材料がHMTPDであり,前記第2の層の電子輸送材料が3-phenyl-4-(1’-naphthyl)-5-phenyl-1,2,4-triazole(TAZ)である組み合わせ」が除かれているのに対して,甲14発明及び甲16発明の第1の層の正孔輸送材料及び第2の層の電子輸送材料の組み合わせは,この除かれた組み合わせに該当する点。 そうしてみると,訂正後発明1と甲14発明及び甲16発明は,前記相違点において相違する。 したがって,訂正後発明1は,甲14に記載された発明であるということができず,また,甲16に記載された発明であるということもできない。訂正後発明2及び訂正後発明3についても,同様である。 また,甲14及び甲16のタイトルは,それぞれ,「High-efficiency organic electrophosphorescent devices with tris(2-phenylpyridine)iridium doped into electron-transporting materials」(参考訳:tris(2-phenylpyridine)iridiumを電子輸送材料中にドープした高効率の有機電子リン光素子),及び「Nearly 100% internal phosphorescence efficiency in an organic light-emitting device」(参考訳:有機発光素子における100%近い内部リン光効率)というものであるから,甲14発明及び甲16発明の素子は,いずれも,高効率なものと解するのが自然である。 しかしながら,甲14及び甲16の記載を参照しても,なぜ,この素子が高効率なのか,その技術思想をうかがい知ることはできない。また,甲14及び甲16の記載を参照しても,正孔輸送材料の吸収スペクトルと電子輸送材料の発光スペクトルの関係に着目した記載はなく,示唆もない。そうしてみると,甲14又は甲16の記載に接した当業者が,正孔輸送材料の吸収スペクトルと電子輸送材料の発光スペクトルの関係に着目して正孔輸送材料及び電子輸送材料を変えるとはいえない。 したがって,甲14発明の正孔輸送材料及び電子輸送材料の組み合わせを「前記正孔輸送材料の吸収スペクトル」が「前記電子輸送材料の発光スペクトルよりも短波長側に位置する」条件を満たし,かつ,甲14発明の正孔輸送材料及び電子輸送材料の組み合わせ以外のものに変更することが,当業者が容易に発明できた事項であるということはできない。甲16発明の正孔輸送材料及び電子輸送材料の組み合わせを「前記正孔輸送材料の吸収スペクトル」が「前記電子輸送材料の発光スペクトルよりも短波長側に位置する」条件を満たし,かつ,甲16発明の正孔輸送材料及び電子輸送材料の組み合わせ以外のものに変更することが,当業者が容易に発明できた事項であるということはできない。 訂正後発明2及び訂正後発明3についても,同様である。 (6) 小括 したがって,取消理由5によっては,もはや訂正後発明1?訂正後発明3についての特許を取り消すことはできない。また,取消理由6によっても,もはや訂正後発明1?訂正後発明3についての特許を取り消すことはできない。 8 取消理由7について (1) 本件特許の発明の詳細な説明には,以下のとおり記載されている。 ア 「【0028】 ところで,上記のような素子において,正孔輸送層103が発光してしまうのを防ぐため,正孔輸送材料と電子輸送材料の組み合わせを考慮することも,課題を解決するための手段として重要である。 【0029】 そこで本発明では,前記正孔輸送材料における最高被占分子軌道準位と最低空分子軌道準位とのエネルギー差が,前記電子輸送材料における最高被占分子軌道準位と最低空分子軌道準位とのエネルギー差よりも大きいことを特徴とする。 【0030】 また,他の手段として,前記正孔輸送材料の吸収スペクトルと前記電子輸送材料の発光スペクトルが重ならないことを特徴とする。この場合,ただ単にスペクトルが重ならないだけでなく,スペクトルの位置関係として,前記正孔輸送材料の吸収スペクトルが前記電子輸送材料の発光スペクトルよりも短波長側に位置することが好ましい。」 イ 「【0047】 なお,本明細書において,HOMOの値は大気中における光電子分光測定により観測したイオン化ポテンシャルの値を使用する。また,吸収スペクトルの吸収端をHOMOとLUMOとのエネルギー差(以下,このエネルギー差を「エネルギーギャップ値」と記す)としている。従って,LUMOの値は,光電子分光測定によって測定されたイオン化ポテンシャルの値から,吸収スペクトルの吸収端によって見積もられたエネルギーギャップ値を引いたものを使用している。ここで,実際にはこれらの値(HOMO(イオン化ポテンシャル),LUMO,エネルギーギャップ値)は真空準位を基準としているため負の値をとるが,本明細書中ではすべて絶対値で表すこととする。HOMO,LUMO,エネルギーギャップ値の概念図を表すと,図2のようになる。」 (当合議体注:図2は以下の図である。) 【図2】 ウ 「【0051】 これに対して本発明での素子構造では,キャリヤの再結合領域は,正孔輸送材料を含む正孔輸送層とホスト材料を含む電子輸送性発光層との界面である。このため,本発明の素子ではホスト材料から正孔輸送材料へのエネルギー移動が考えられる。ホスト材料から正孔輸送材料へエネルギー移動がおこってしまっては,効率よい発光を得ることができない。 【0052】 そこで,エネルギー移動に関してホスト材料のエネルギーギャップ値と正孔輸送材料のエネルギーギャップ値の大小関係が大まかな目安となる。ホスト材料のエネルギーギャップ値が正孔輸送材料のエネルギーギャップ値より小さければ,ホスト材料からのエネルギー移動で正孔輸送材料を励起させることは難しい。このことから,ホスト材料から正孔輸送材料へエネルギー移動が起こらないようにするために,正孔輸送材料はホスト材料よりも大きいエネルギーギャップ値を持つものが好ましい。 【0053】 図3は,この場合のエネルギーダイヤグラムである。図3に示すように,正孔輸送材料のエネルギーギャップ値Aはホスト材料のエネルギーギャップ値Bより大きくなるよう,材料を選択すればよい。」 (当合議体注:図3は以下の図である。) 【図3】 (2) 判断 本件特許の発明の詳細な説明には,(A)「素子において,正孔輸送層103が発光してしまうのを防ぐため,正孔輸送材料と電子輸送材料の組み合わせを考慮することも,課題を解決するための手段として重要である」(【0028】)として,(B)「前記正孔輸送材料における最高被占分子軌道準位と最低空分子軌道準位とのエネルギー差が,前記電子輸送材料における最高被占分子軌道準位と最低空分子軌道準位とのエネルギー差よりも大きい」(段落【0029】)という,課題を解決するための手段が開示されている。また,本件特許においては,(C)「吸収スペクトルの吸収端をHOMOとLUMOとのエネルギー差…としている」(段落【0047】)。 そこで,上記(B)の構成に上記(C)の定義を当てはめると,(D)「前記正孔輸送材料における吸収スペクトルの吸収端が,前記電子輸送材料における吸収スペクトルの吸収端よりも大きい」となる。また,当業者ならば,(E)正孔輸送材料における吸収波長は正孔輸送材料の吸収スペクトルの吸収端よりも短波長側に帯域を有すること,及び電子輸送材料の発光波長は電子輸送材料の吸収スペクトルの吸収端よりも長波長側に帯域を有することを心得ているから,すなわち,(F)「前記正孔輸送材料の吸収スペクトルは,前記電子輸送材料の発光スペクトルよりも短波長側に位置」することを理解する(この場合,特許権者意見書の15頁の図に例示されるように,正孔輸送材料の吸収スペクトルと電子輸送材料の発光スペクトルは,量子力学等から導き出される「スペクトルの裾」において重なる可能性がある。)。 (当合議体注:特許権者意見書の15頁の図は,以下の図である。) なお,当業者が,上記(D)の知見から上記(F)の知見を導くためには,吸収スペクトルの吸収端どうしの関係を,発光スペクトルと吸収スペクトルの関係へと,観点を変える必要がある。しかしながら,本件特許の発明の詳細な説明の段落【0030】には,「前記正孔輸送材料の吸収スペクトルが前記電子輸送材料の発光スペクトルよりも短波長側に位置することが好ましい。」と記載されている。そうしてみると,当業者は,発光スペクトルと吸収スペクトルの関係に目を向けることができる。 したがって,訂正後発明は,発明の詳細な説明に記載されたものであり,また,正孔輸送材料及び電子輸送材料の吸収スペクトルの吸収端の値は当業者に周知であるから,本件特許の発明の詳細な説明の記載は,当業者が訂正後発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである。 (3) 小括 よって,取消理由7によっては,訂正後発明1?訂正後発明3についての特許を取り消すことはできない。 9 特許異議申立人の意見について 訂正に関して,特許異議申立人は,本件訂正により,訂正前は「第2の層」がTPBIである場合が除かれていたのに対し,訂正後は「第2の層」の「電子輸送材料」がTPBIである場合に特定して除外されることとなったから,第2の層について除外する構成が,訂正前に比べて限定,縮小され,また変更されており,本件訂正は特許請求の範囲の拡張又は変更であると主張する(特許異議申立人意見書の4(1))。 しかしながら,前記「第2」2(4)で述べたとおりである。 訂正に関して,特許異議申立人は,除かれる正孔輸送材料と電子輸送材料の態様相互には,何ら一貫し,まとまった技術的関係はなく,除く構成が多義にわたり,関連なく羅列列挙したにすぎないから,訂正後発明は明確であるとはいえないと主張する(特許異議申立人意見書の4(2))。 しかしながら,(除かれた後の)訂正後発明の正孔輸送材料及び電子輸送材料は,「前記正孔輸送材料の吸収スペクトルは,前記電子輸送材料の発光スペクトルよりも短波長側に位置し」という点において,一貫し,まとまった技術関係にあるから,訂正後発明は明確である。 取消理由1,3?6に関して,特許異議申立人は,訂正後発明と甲1,甲4,甲10,甲14及び甲16(以下「各甲号証」という。)に記載された発明は,技術分野及び課題等が共通している等と主張する(特許異議申立人意見書の4(3))。 しかしながら,各甲号証には,訂正後発明の「前記正孔輸送材料の吸収スペクトルは,前記電子輸送材料の発光スペクトルよりも短波長側に位置し」という技術的思想が記載も示唆もされてない(各甲号証に記載された発明の幾つかが,たまたま訂正後発明と同一であったにすぎない。)。 取消理由7に関して,特許異議申立人は,正孔輸送材料におけるHOMOとLUMOとのエネルギーギャップ値Aが電子輸送材料におけるHOMOとLUMOとのエネルギーギャップ値Bよりも大きければ,正孔輸送材料の吸収スペクトルはより高エネルギー側にあり,電子輸送材料の発光スペクトルよりも短波長側に位置するといえるが,その逆は成立しないと主張する(特許異議申立人意見書の4(4))。 しかしながら,前記8(2)で述べたとおりである。 第4 むすび 以上のとおりであるから,取消理由通知に記載した取消理由(特許異議申立の理由)によっては訂正後発明1?訂正後発明3に係る特許を取り消すことはできない。 また,他に訂正後発明1?訂正後発明3に係る特許を取り消す理由を発見しない。 よって,結論のとおり決定する。 |
発明の名称 |
(57)【特許請求の範囲】 【請求項1】 陽極と、有機化合物膜と、陰極とを有し、 前記有機化合物膜は、陽極側から順に、第1の層と、第2の層と、第3の層とを有し、 前記第1の層と前記第2の層とは接しており、 前記第2の層と前記第3の層とは接しており、 前記第1の層は、正孔輸送材料を有し、 前記第2の層は、電子輸送材料及び三重項励起状態からの発光を呈する発光材料を有し、 前記第3の層は、電子注入材料を有し、 前記発光材料はイリジウム錯体を含み、 前記正孔輸送材料の吸収スペクトルは、前記電子輸送材料の発光スペクトルよりも短波長側に位置し、 前記第1の層の正孔輸送材料がHMTPDであり、前記第2の層の電子輸送材料がTPBIである組み合わせ、 前記第1の層の正孔輸送材料がα-NPDであり、前記第2の層の電子輸送材料が化合物(1-2)である組み合わせ、 【化1】 前記第1の層の正孔輸送材料がCBPであり、前記第2の層の電子輸送材料が2,2’,2’’-(1,3,5-ベンゼントリイル)トリス[3-(2-メチルフェニル)-3H-イミダゾ[4,5-b]ピリジン]である組み合わせ、 前記第1の層の正孔輸送材料がHMTPDであり、前記第2の層の電子輸送材料がBCPである組み合わせ、及び 前記第1の層の正孔輸送材料がHMTPDであり、前記第2の層の電子輸送材料が3-phenyl-4-(1’-naphthyl)-5-phenyl-1,2,4-triazole(TAZ)である組み合わせ、 を除く発光素子。 【請求項2】 請求項1に記載の発光素子において、 前記第3の層は、アルカリ金属錯体、アルカリ金属ハロゲン化物、アルカリ金属酸化物のいずれかを有する発光素子。 【請求項3】 請求項1または請求項2において、 前記陽極と、前記第1の層との間に、第4の層を有し、 前記第4の層は、前記正孔輸送材料よりもイオン化ポテンシャルの値が小さい材料を有する発光素子。 |
訂正の要旨 |
審決(決定)の【理由】欄参照。 |
異議決定日 | 2016-10-28 |
出願番号 | 特願2013-46109(P2013-46109) |
審決分類 |
P
1
651・
536-
YAA
(H05B)
P 1 651・ 121- YAA (H05B) P 1 651・ 853- YAA (H05B) P 1 651・ 113- YAA (H05B) P 1 651・ 854- YAA (H05B) P 1 651・ 537- YAA (H05B) P 1 651・ 851- YAA (H05B) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 越河 勉 |
特許庁審判長 |
鉄 豊郎 |
特許庁審判官 |
西村 仁志 樋口 信宏 |
登録日 | 2015-07-17 |
登録番号 | 特許第5779605号(P5779605) |
権利者 | 株式会社半導体エネルギー研究所 |
発明の名称 | 発光素子 |
代理人 | 吉本 智史 |
代理人 | 蟹田 昌之 |
代理人 | 蟹田 昌之 |
代理人 | 松浦 孝 |
代理人 | 吉本 智史 |