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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  E02D
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  E02D
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  E02D
審判 全部申し立て 2項進歩性  E02D
管理番号 1324860
異議申立番号 異議2016-700823  
総通号数 207 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-03-31 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-09-06 
確定日 2017-01-25 
異議申立件数
事件の表示 特許第5878972号発明「地盤改良工法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5878972号の請求項1に係る特許を維持する。 
理由 1 手続の経緯
特許第5878972号の請求項1に係る特許についての出願は、平成26年12月24日に特許出願され、平成28年2月5日に特許の設定登録がされ、その後、その特許に対し、特許異議申立人三田翔(以下「申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。

なお、平成28年10月27日付けで当審より特許権者に審尋を送付し、平成28年11月30日に回答書、並びに証拠として乙第1号証ないし乙第9号証が提出されている。

2 本件発明
特許第5878972号の請求項1の特許に係る発明は、その特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定されるとおりのものである。

3 申立理由の概要
申立人は、以下(1)?(3)の取消理由を主張している。
(1)主たる証拠として特開2008-285810号公報(以下「刊行物1」という。)、及び特開2010-13885号公報(以下「刊行物2」という。)を、従たる証拠として特開2007-191951号公報(以下「刊行物3」という。)、特開2010-185020号公報(以下「刊行物4」という。)、特開2009-173924号公報(以下「刊行物5」という。)、「化学大辞典」(第3刷、株式会社東京化学同人、1994年4月1日、848頁、1751頁) (以下「刊行物6」という。)、「高分子」第46巻6月号(1997年)第394頁)(以下「刊行物7」という。)、及び特開2013-95860号公報(以下「刊行物8」という。)を提出し、請求項1に係る特許は、刊行物1又は刊行物2に記載された発明であるか、刊行物1又は刊行物2に記載された発明と、刊行物4、刊行物5及び刊行物8に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第1項第3号に該当するか、同法第29条第2項の規定により、特許法第113条第1項第2号により取消すべきものである。
(2)本件特許の請求項1に係る特許は、本件特許の請求項1の「前記増粘剤が前記地盤中の金属イオンと結合して金属錯体を形成し、増粘剤の分子サイズが一定のまま溶剤に対する増粘剤の親和性が低下し前記増粘剤が分解されて、」は不明確であるから、特許法第36条第6項第2号に違反してなされたものであり、同法第113条第1項第4号の規定により、取り消すべきものある。
(3)本件特許の請求項1に係る発明は、実施できないか、当業者が実施できる程度に、明確かつ十分に記載されていないから、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たさないものであり、同法第113条第1項第4号の規定により、取り消すべきものある。

4 当審の判断
(1)新規性進歩性(特許法29条1項3号・2項)
ア 刊行物の記載事項
(ア)刊行物1には、
「【請求項1】地盤改良に用いる砂杭材料に流動化剤を加え、流動化させた地盤改良材を地盤中に注入する過程で、塑性化剤を加え、塑性化した地盤改良材で砂杭を造成することを特徴とする砂杭造成工法。」、
「【0001】本発明は、地盤中に締固めた拡径砂杭または圧入した拡径砂杭を適宜のピッチで多数造成して地盤の強化を図る砂杭造成工法及び砂杭造成装置であり、・・・」、
「【0025】・・・流動化剤としては、吸水性ポリマー及び高分子凝集剤等が挙げられる。流動化剤は、これらの1種類又は2種類以上を組み合わせて使用することができる。」、
「【0027】高分子凝集剤としては、ノニオン系高分子凝集剤・・・が挙げられる。・・・」、
「【0029】流動化剤の配合割合は、適宜決定されるが、通常、砂杭材料に対して、外割配合で0.01?1.0重量%、好ましくは0.01?0.5重量%である。流動化剤が水で希釈されている場合、別途の水を添加しなくとも砂杭材料を流動化させることができる。・・・砂杭材料流動化物は、上記必須成分の他、例えば水、流動化促進剤などが含まれていてもよい。」、
「【0033】塑性化剤としては、ポリ塩化アルミニウム、塩化カルシウム、硫酸アルミニウム、塩化第二鉄、水酸化アルミニウム等が挙げられる。・・・塑性化は、図2(B)に示すように、流動化剤42が塑性化剤と触れることで分子の結合が分解され保水していた水を吐き出すため、砂杭材料が元の粒度の性状に戻るものと思われる。」、
「【0036】なお、圧入砂杭造成工法は、中空管を地盤中の設計深度まで貫入した後、該中空管を通して地表から地中に砂杭材料流動化物を圧入し、圧入と同時に塑性化剤を添加して、地中に拡径の砂杭を造成し、これを繰り返して行うことにより、所定長の拡径の砂杭を造成する工法である。・・・」、
「【0040】・・・または圧入砂杭造成工法であれば、地中に高圧圧入された砂杭材料が、概ね速やかに塑性化することになる。」、
「【0042】塑性化した砂杭材料は、分離水、流動化剤及び塑性化剤を含むものである。このうち、水は地中に持ち込まれるが、砂杭造成後は、地中において毛細管現象により蒸散する。また、流動化剤及び塑性化剤は砂杭中に存在するが、少量でもあり、砂杭の強度に悪影響することはなく、また環境を汚染することもない。」、
「【0045】参考例1(砂杭材料流動化物の製造) 粒径0.07?2.0mmの洗砂(砂杭材料)と、アニオン化度10モル%の油中水型エマルジョン形態のノニオン系ポリアクリルアミド(濃度1.2%)「ハイモロックV-310」(ハイモ社製)(流動化剤A)を、砂杭材料に対して外割配合で16.0%添加して、砂杭材料流動化物を製造した。なお、この配合量はノニオン系ポリアクリルアミド濃度は0.2重量%である。」、と記載されている。(下線部は、異議の決定で付与した。以下、同様。)

上記記載事項からみて、刊行物1には、次の発明が記載されている。
「地盤中に締固めた拡径砂杭または圧入した拡径砂杭を適宜のピッチで多数造成して地盤の強化を図る砂杭造成工法であって、
地盤改良に用いる砂杭材料に流動化剤として水で希釈された吸水性ポリマーを加え、流動化させた地盤改良材を地盤中に注入する過程で、ポリ塩化アルミニウム、塩化カルシウム、硫酸アルミニウム、塩化第二鉄、水酸化アルミニウム等の塑性化剤を加え、塑性化した地盤改良材で砂杭を造成することにより、
流動化剤が塑性化剤と触れることで分子の結合が分解され保水していた水を吐き出すため、砂杭材料が元の粒度の性状に戻る、砂杭造成工法。」

(イ)刊行物2には、
「【請求項1】地盤改良に用いる砂杭材料に遅効性塑性化剤を含有する砂杭材料流動化物を、流動状態を保持したまま地盤中に圧入し、地盤中で塑性化させることを特徴とする砂杭造成工法。」、
「【0001】
本発明は、特に既設構造物の直下直近など狭いスペースにおいても施工可能な砂杭造成工法及び砂杭造成装置に関するものである。」、
「【0016】砂杭材料としては、従来の砂杭造成工法で使用されてきた公知の材料でよく、砂、シルトや礫を含む砂、砕石及びスラグ等が挙げられる。」、
「【0019】・・・砂杭材料流動化物は、予め予備実験により、砂杭材料、流動化剤及び遅効性塑性化剤の配合割合を決定しておき、これら原料の混合後から塑性化までの時間を把握しておく。なお、明細書中、砂杭材料、流動化剤、遅効性塑性化剤及び任意の水の混合を単に、『原料の混合』とも言う。」、
「【0020】・・・流動化剤としては、吸水性ポリマー及び高分子剤等が挙げられる。・・・」、
「【0022】高分子剤としては、ノニオン系高分子剤、アニオン系高分子剤、カチオン系高分子剤及び両性高分子剤が挙げられる。・・・」、
「【0024】流動化剤の配合割合は、適宜決定されるが、通常、砂杭材料に対して、重量比配合で0.01?1.0重量%、好ましくは0.01?0.5重量%である。流動化剤が水で希釈されている場合、別途の水を添加しなくとも砂杭材料を流動化させることができる。・・・砂杭材料流動化物は、上記必須成分の他、例えば水、流動化促進剤などが含まれていてもよい。」、
「【0029】・・・塑性化は、図3(A)?(C)に示すように、流動化剤42が塑性化剤と触れることで分子の結合が分解され保水していた水を吐き出すため、砂杭材料41が元の粒度の性状に戻ることを言う。」、
「【0032】中空管24を地盤90中の設計深度Xまで貫入した後、中空管24を通して遅効性塑性化剤を含有する砂杭材料流動化物61を地表から地中に圧入する。この状態を図3(A)に示す。この時点では、設計深度Xに圧入された流動化物71は周辺地盤の拘束力で弱く圧密化される。・・・」、
「【0034】次いで、図2(C)に示す流動化物72は、先の流動化物71と同様な手段で造成され、順次図2(D)と繰り返し造成され、その後、圧密された流動化砂は、時間が経過し塑性化することで、内部摩擦角が増大し、最終的に図2(E)に示す所定長の砂杭を造成する。塑性化された残置物は硬さが十分であり、そのまま砂杭となる。また、流動化剤と遅効性塑性化剤は電荷中和され不溶化状態になり溶出しない。また、流動化剤及び遅効性塑性化剤は中性であり、環境を汚染することもない。・・・」、
「【0037】参考例1(砂杭材料流動化物の製造) 粒径0.07?2.0mm、自然含水比15%の山砂A(砂杭材料)、油中水型エマルジョン形態のノニオン系ポリアクリルアミド(濃度6.4%)(流動化剤)、ジメチルアミン・エピクロルヒドリンの重縮合物の4級塩(遅効性塑性化剤)及び水を、2軸パドルミキサーを使用して均一混合し、砂杭材料流動化物を製造した。・・・」、と記載されている。

上記記載事項からみて、刊行物2には、次の発明が記載されている。
「地盤改良に用いる砂杭材料に、流動化剤として吸水ポリマー、水、及び遅効性塑性化剤を含有する砂杭材料流動化物を、流動状態を保持したまま地盤中に圧入し、地盤中で塑性化させることを特徴とする砂杭造成工法であって、
流動化剤が塑性化剤と触れることで分子の結合が分解され保水していた水を吐き出すため、砂杭材料41が元の粒度の性状に戻る、砂杭造成工法。」

(ウ)刊行物3には、
「【請求項1】地盤中の削孔に挿入した注入ロッドの先端部側方のノズルから高圧の切削水を噴射させて地盤を所定の造成径で切削し、前記ロッドのさらに先端側に位置する固化材吐出口より切削部に固化材を充填する固化材充填工法で排出される排泥を再利用する排泥リサイクルシステムであって、前記固化材に流動性および不分離性を保持するための添加剤を混合することで固化材の排泥への混入を抑え、削孔から排出されてくる前記排泥について脱水処理を含む再利用のための処理を行なうことを特徴とする排泥リサイクルシステム。」、
「【請求項2】前記添加剤が、架橋吸着の凝集性と粘性を兼ね備えた1種または2種以上の水溶性高分子物質からなる粉状または液状の添加剤であることを特徴とする請求項1記載の排泥リサイクルシステム。」、
「【0018】・・・添加剤として、・・・合成水溶性高分子物質等・・・水溶性高分子物質を・・・添加混合する・・・」、
「【0021】合成水溶性高分子物質としては、・・・ポリエチレンオキサイド、・・・等がある。」、と記載されている。

(エ)刊行物4には、
「【0001】・・・金属イオンを多く含む地下水面下における地盤・・・」、と記載されている。

(オ)刊行物5には、
「【0001】 本発明は、地盤注入剤および地盤注入工法に関し、・・・」、
「【0035】・・・金属イオン封鎖剤はキレート効果を有し、地下水に岩盤から溶解する金属イオンや岩盤の亀裂から溶出する金属イオンを不動態化する。地下水に存在する金属イオンとして、Ca2+、Mg2+、鉄イオン等が挙げられ、リン酸、リン酸系化合物をはじめとする金属イオン封鎖剤、キレート剤等はシリカと共に地中の金属イオンをマスキング作用によって被覆膜を形成し、地下水の微量金属や貝殻などのカルシウムやマグネシウム分と反応して不溶性あるいは難溶性の化合物をつくるものと推測される。このため地盤中のCa、Mgによって複合シリカコロイドの浸透が阻害されない効果を生ずる。」、と記載されている。

(カ)刊行物6には、
「『錯体』⇒『配位化合物』」、
「『配位化合物』は、配位結合を含むとみなされる化合物をいう。」、
「『配位結合』は、ある原子間の結合にあずかっている電子対(2個の電子)が、一方の原子のみからの供与によっているとみなされる化学結合をいう。」、と記載されている。

(キ)刊行物7には、
「高分子では分子間力か著しく大きいため、それらを気化させるのに必要なエネルギーが高分子鎖内の結合解離エネルギーを大きく超えるからである。また、大気中の酸素との反応により、より低いエネルギー、すなわちより低い温度で分解(酸化劣化)か進行する。さらに、高温の状態で熱分解と酸化が同時に進行して、高分子の燃焼が起こることもある。」、と記載されている。

(ク)刊行物8には、
「【0050】・・・ポリエチレンオキサイド、・・・等のノニオン系高分子化合物;・・・」、と記載されている。

イ 対比・判断
(ア)請求項1に係る発明について
a 請求項1に係る発明と刊行物1または2に記載の発明とを対比すると、請求項1に係る発明は、流動化充填材に塑性化剤を混合していないのに対し、刊行物1または2に記載の発明は、流動化充填材中に塑性化剤を混合したものであって、そのために、刊行物1または2に記載の発明は、請求項1に係る発明の「増粘剤が地盤中の金属イオンと結合して金属錯体を形成し、増粘剤の分子サイズが一定のまま溶剤に対する増粘剤の親和性が低下し増粘剤が分解されて、増粘剤の粘性が低下する工程」を備えていない点で相違する。
また、刊行物3ないし刊行物8をみても、上記相違点の構成は記載も示唆もされていない。

b 申立人は、「地盤中に自然由来の金属イオンが存在することは甲第4号証及び甲第5号証から周知の事実である。甲第1号証または甲第2号証において、地盤中に圧入された塊状体の塑性化は、別途添加された塑性化剤によるものであるが、地盤中には金属イオンが存在するため、塊状体と地盤が接触する部分において、本件特許発明で定義された塑性化が生じていることは明白である。」(特許異議申立書12頁3,4,12?15,23?26行)と主張する。
しかしながら、刊行物1または刊行物2に記載の発明は、塑性化剤を、注入時に添加することを前提とする発明であるから、仮に、地盤中で流動化剤が地盤中の金属イオンと結合することがあるとしても、請求項1に係る発明のように、注入時に塑性化剤を添加せず、流動化剤の塑性化を、主に地盤中の金属イオンにより行うことに代えることは、当業者が容易になし得たこととはいえない。
そして、請求項1に係る発明は、明細書の段落【0039】に記載される「所望の塑性化時間に応じて流動化剤の組成を厳密に管理する必要がなく、煩雑な品質管理を必要とせず」との作用効果を奏するものと認められる。

c よって、本件特許の請求項1に係る発明は、刊行物1または刊行物2に記載された発明ではなく、刊行物1または刊行物2に記載された発明に基づいて、又は、刊行物1または刊行物2に記載された発明と、刊行物4、刊行物5及び刊行物8に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(2)明確性要件(36条6項2号)
ア 申立人は明確性要件について、主として「化学常識として、高分子が金属イオンと結合して金属錯体を形成する際に、高分子が分解されることはないと理解されている。」、「安定した中性水溶性高分子が地盤中で分解することは化学常識としてはあり得ない。」と主張する。
この点について、特許権者は、平成28年11月30日付け回答書において、乙第1号証(「化学大辞典 4」縮刷版、共立出版株式会社、昭和38年10月15日発行、359頁)、乙第2号証(「製品安全データシート」、和光純薬工業株式会社、URL:http//www.siyaku.com/uh/Msh.do?msds_no=W01W0116-0906JGHEJP、平成28年11月21日印刷)、乙第3号証(「安全データシート」、林純薬工業株式会社、URL:http//www.hpc-j.co.jp/pdf/msds/B9-07.pdf、平成28年11月21日印刷)、乙第4号証(「高分子論文集」Vol.45No.4、社団法人高分子学会、1988年4月、347?355頁)、乙第5号証(「高分子論文集」Vol.50No.10、社団法人高分子学会、1993年10月発行、775?780頁)を添付し、「このように、乙第1?5号証の記載に基づけば、高分子が酸化分解すること及び生分解することは、出願時の技術常識であったと解するのが妥当です。なお、ポリエチレンオキサイドは、金属イオンと錯体を形成することで粘度が低下します。これは、ポリエチレンオキサイドの長い分子鎖が広がることで粘度を発現していたものが、錯体を形成することで分子鎖の広がりが小さくなるためです。」(3頁15?20行)と回答している。
また、ポリエチレンオキシドが金属イオンの存在下で分解されることが、一般的に知られていることからみて(「三井中 他、『高分子量ポリエチレンオキシド“PEO”について』、紙パルプ協会誌Vol.22(1968)No.7、紙パルプ協会、377頁右欄下から8?3行、378頁図9」を参照。)、本件特許の増粘剤であるポリエチレンオキサイドが、地盤中の金属イオンと結合して増粘剤が分解されることが不明瞭とはいえない。

イ また、申立人は「『分子サイズ』は不明確である。分子サイズとは、分子量なのか、分子の大きさなのか、不明確である。」と主張する。
しかしながら、分子サイズとは、分子の空間的な広がりまたは大きさを意味することは、技術常識と認められるから、分子サイズの意味が不明瞭とはいえない。

ウ さらに、請求人は「分子サイズが変化することなく(一定のまま)分解される」とはどういう意味なのか不明確である。一般的には、分解されると分子サイズは変わるため自己矛盾となっている。」と主張している。
たしかに、分子1個単位でいえば、その分子の分解の前後で、分子サイズが変化しないことはあり得ないが、混合された流動化剤全体(複数の分子の総量)でみれば、その分子の分解の前後であっても、分子サイズの総量は変化しないから、当該記載が不明瞭とはいえない。

エ 以上のとおり、請求項1の記載は、請求人が主張するような不明瞭なものではない。
よって、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしている。

(3)実施可能要件(36条4項1号)
ア まず、申立人は実施可能要件について、「請求項1の『前記増粘剤が前記地盤中の金属イオンと結合して金属錯体を生成し、前記増粘剤の分子サイズが一定のまま溶剤に対する前記増粘剤の親和性が低下し前記増粘剤が分解されて、前記増粘剤の粘性が低下する工程と、』(E)において、当該工程を実施するには、金属錯体の形成を確認し、溶剤に対する増粘剤の親和性の低下を確認し、増粘剤の分解を確認し、更に増粘剤の粘性の低下を確認する必要があるが、このような確認時期や確認方法が明細書中には一切開示がない。また、出願時の技術常識に照らしても、E工程は実施することができない蓋然性が高い。」と主張する。
しかしながら、地盤改良工事において、地盤中の状況を直接確認することができないものの、例えば、事前に地盤中の土壌を採取して試験を行うことが一般に行われており、そのような方法により確認すれば良いことは、当業者に当然知られている事項である。
よって、請求人が主張する「E工程は実施することができない蓋然性が高い」とはいえない。

イ また、申立人は、「地盤は塊状体の周りに存在するのみである。塊状体と地盤とは圧入途中又は圧入後も混合されることはないから、地盤と接触するのは塊状体の表面部であり、表面部以外の大部分の塊状体は、地盤中の金属イオンと接触しないことになる。そうすると、塊状体の大部分は塑性化せず、密度増加にもならないから、本件特許発明の課題を解決していないものとなっている。従って、本件請求項1に記載の発明は、当業者が実施できる程度に、明確かつ十分に記載されたものではない。」と主張する。
しかしながら、地盤並びに塊状体は含水していることから、濃度勾配が生じており、金属イオンは、この濃度勾配に応じて、塊状体中に拡散すると考えられる。
よって、申立人が主張するように、塊状体の表面のみが金属イオンと接触して塑性化するのではなく、塊状体全体が、金属イオンと接触して、塑性化するものと考えるのが妥当である。

ウ さらに、申立人は、「粒状材料と増粘剤との配合割合の記載がなく、増粘剤の配合量を決定する際、当業者に多大な試行錯誤を強いることになる。」と主張する。
しかしながら、当該配合割合や配合量は、当該地盤改良を行う業者が、例えば上記アで例示した試験等によって、増粘剤が分解されるように適宜決定できる設計的事項であるから、申立人が主張するような多大な試行錯誤を伴うものではない。

エ したがって、請求項1に係る発明は、発明の詳細な説明に当業者が実施出来る程度に明確かつ充分に記載されたものではないといえない。
よって、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしている。

6 むすび
以上のとおりであるから、特許異議申立ての理由及び証拠によっては、請求項1に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2017-01-13 
出願番号 特願2014-260581(P2014-260581)
審決分類 P 1 651・ 536- Y (E02D)
P 1 651・ 537- Y (E02D)
P 1 651・ 121- Y (E02D)
P 1 651・ 113- Y (E02D)
最終処分 維持  
前審関与審査官 鷲崎 亮富山 博喜岡村 典子  
特許庁審判長 前川 慎喜
特許庁審判官 住田 秀弘
赤木 啓二
登録日 2016-02-05 
登録番号 特許第5878972号(P5878972)
権利者 あおみ建設株式会社 家島建設株式会社
発明の名称 地盤改良工法  
代理人 林 孝吉  
代理人 林 孝吉  
代理人 清水 貴光  
代理人 清水 貴光  

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