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審決分類 審判 全部無効 3項(134条5項)特許請求の範囲の実質的拡張  H02K
審判 全部無効 ただし書き3号明りょうでない記載の釈明  H02K
審判 全部無効 (特120条の4,3項)(平成8年1月1日以降)  H02K
審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H02K
審判 全部無効 ただし書き1号特許請求の範囲の減縮  H02K
管理番号 1325165
審判番号 無効2015-800167  
総通号数 208 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-04-28 
種別 無効の審決 
審判請求日 2015-08-26 
確定日 2017-01-23 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第5062473号発明「電動工具」の特許無効審判事件について,次のとおり審決する。 
結論 特許第5062473号の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書及び特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項1及び2について訂正することを認める。 特許第5062473号の請求項1及び2に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は,被請求人の負担とする。 
理由 第1.手続の経緯
特許第5062473号(以下「本件特許」という。)についての手続の経緯は,おおむね次のとおりである。
平成19年 5月28日 本件特許に係る出願
平成23年11月18日付け 拒絶理由通知
平成24年 1月25日 意見書及び手続補正書提出
平成24年 7月10日付け 特許査定
平成24年 8月17日 設定登録(特許第5062473号)
平成27年 8月26日 本件無効審判請求書(以下「審判請求
書」という。)提出
平成27年11月 9日 審判事件答弁書(以下「答弁書」と
いう。)提出
平成28年 1月19日付け 審理事項通知
平成28年 2月26日 (請求人)口頭審理陳述要領書(以下
「請求人要領書」という。)提出
平成28年 3月14日 (被請求人)口頭審理陳述要領書(以下
「被請求人要領書」という。)提出
平成28年 3月28日 口頭審理
平成28年 4月18日 (被請求人)上申書(以下「被請求人
上申書」という。)提出
平成28年 4月27日 (請求人)上申書提出
平成28年 5月30日付け 審決の予告
平成28年 8月 1日 (請求人)上申書(2)(以下「請求人
上申書(2)」という。)提出
平成28年 8月 1日 訂正請求書提出
平成28年 8月 1日 (被請求人)上申書(以下「被請求人
上申書(2)」という。)提出
平成28年 9月20日 弁駁書提出
平成28年 9月29日付け 審尋
平成28年11月 4日 (被請求人)回答書(以下「回答書」
という。)提出


第2.訂正の適否
1.訂正の内容
平成28年8月1日になされた訂正請求(以下「本件訂正請求」という。)は,本件特許の明細書及び特許請求の範囲を,訂正請求書に添付した訂正明細書及び訂正特許請求の範囲の記載のとおり,訂正後の請求項1及び2について訂正することを求めるものであり,その内容を,訂正箇所に下線を付して示すと,以下のとおりである。
なお,この審決では,読点は全てコンマ(,)で表記する。

(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1の第1段落の
「吸気口が設けられたハウジング部と,」という記載を,
「前後方向に延び,外周面に吸気口が設けられたモータハウジング部と,該モータハウジング部の前方に設けられた動力伝達ハウジング部と,該モータハウジング部から下方に延びるハンドルハウジング部と,を有するハウジング部と,」と訂正する。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項1の第2段落の
「該ハウジング部に収容され,ステータコイルが巻回され回転軸方向に延びる外周部及び内周部を有する略円筒状のステータと,該ステータの内部に略同心状に配置されたロータとを有するブラシレスモータと,」という記載を,
「該ハウジング部に収容され,前後方向に延びる回転軸と,ステータコイルが巻回され前記回転軸方向に延びるスロット,外周部及び内周部を有する略円筒状のステータと,該ステータの内部に略同心状に配置され前記回転軸に接続されたロータと,該ステータと該ロータの間に形成されるエアギャップと,を有するブラシレスモータと,」と訂正する。

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項1の最終段落の
「前記回転軸と略直角方向に延び,前記回転軸が貫通する穴部を有する基板を前記冷却ファンが設けられた側と反対側の前記ステータの一端部に近接して配置し,該一端部を覆うように形成したことを特徴とする電動工具。」という記載を,
「前記回転軸と略直角方向に延び,前記回転軸が貫通する穴部を有する基板を前記冷却ファンが設けられた側と反対側の前記ステータの一端部に近接して配置し,該基板によって,該ステータの一端部と,該エアギャップの一端部とを覆うように形成したことを特徴とする電動工具。」と訂正する。

(4)訂正事項4
明細書の段落【0010】の
「従って,本発明の目的は,モータ部の冷却効果に優れた冷却構造を有すると共に,粉塵の吸い込みを抑制したモータ部の防塵構造を具備するブラシレスモータを駆動源とする電動工具を提供することにある。」という記載を,
「従って,本発明の目的は,モータ部の冷却効果に優れた冷却構造を有すると共に,粉塵の吸い込みを抑制したモータ部の防塵構造を具備するブラシレスモータを駆動源とする電動工具を提供することで,モータのロック現象を抑制して,モータの駆動トランジスタやコイル損傷等による電動工具の故障を抑制することにある。」と訂正する。

(5)訂正事項5
明細書の段落【0012】の
「本発明の一つの特徴は,吸気口が設けられたハウジング部と,該ハウジング部に収容され,ステータコイルが巻回され回転軸方向に延びる外周部及び内周部を有する略円筒状のステータと,該ステータの内部に略同心状に配置されたロータとを有するブラシレスモータと,前記ハウジング部内に収容され,前記回転軸に装着される冷却ファンと,該ブラシレスモータにより駆動される先端工具取付部材とを備えた電動工具において,前記ハウジング部の内周部から前記ステータの外周部へ突出して前記ステータの外周部を保持する突出部を設け,前記ハウジング部の内周部と前記ステータの外周部との間に形成される空間部を流通路として前記冷却ファンによって前記吸気口から前記ハウジング部内に取り込まれた前記ステータの冷却用気体を流通させ,前記回転軸と略直角方向に延び,前記回転軸が貫通する穴部を有する基板を前記冷却ファンが設けられた側と反対側の前記ステータの一端部に近接して配置し,該一端部を覆うように形成したことにある。」という記載を,
「本発明の一つの特徴は,前後方向に延び,外周面に吸気口が設けられたモータハウジング部と,該モータハウジング部の前方に設けられた動力伝達ハウジング部と,該モータハウジング部から下方に延びるハンドルハウジング部と,を有するハウジング部と,該ハウジング部に収容され,前後方向に延びる回転軸と,ステータコイルが巻回され前記回転軸方向に延びるスロット,外周部及び内周部を有する略円筒状のステータと,該ステータの内部に略同心状に配置され前記回転軸に接続されたロータと,該ステータと該ロータの間に形成されるエアギャップと,を有するブラシレスモータと,前記ハウジング部内に収容され,前記回転軸に装着される冷却ファンと,該ブラシレスモータにより駆動される先端工具取付部材とを備えた電動工具において,前記ハウジング部の内周部から前記ステータの外周部へ突出して前記ステータの外周部を保持する突出部を設け,前記ハウジング部の内周部と前記ステータの外周部との間に形成される空間部を流通路として前記冷却ファンによって前記吸気口から前記ハウジング部内に取り込まれた前記ステータの冷却用気体を流通させ,前記回転軸と略直角方向に延び,前記回転軸が貫通する穴部を有する基板を前記冷却ファンが設けられた側と反対側の前記ステータの一端部に近接して配置し,該基板によって,該ステータの一端部と,該エアギャップの一端部とを覆うように形成したことにある。」と訂正する。

2.訂正の目的の適否,新規事項の有無,拡張又は変更の存否並びに一群の請求項の適否
(1)訂正事項1
訂正事項1は,請求項1のハウジング部について,モータハウジング部,動力伝達ハウジング部及びハンドルハウジング部で構成されることを付加し,さらに,モータハウジング部について,前後方向に延び,外周面に吸気口が設けらていることを付加し,動力伝達ハウジング部について,モータハウジング部の前方に設けられていることを付加し,ハンドルハウジング部について,モータハウジング部から下方に延びることを付加する訂正であるから,訂正事項1に係る訂正の目的は,特許請求の範囲の減縮に該当する。
また,明細書の段落【0024】及び図1には,ハウジング部について,モータハウジング部,動力伝達ハウジング部及びハンドルハウジング部で構成されること,モータハウジング部について,前後方向に延び,外周面に吸気口が設けられていること,動力伝達ハウジング部について,モータハウジング部の前方に設けられていること,ハンドルハウジング部について,モータハウジング部から下方に延びることが記載されているから,訂正事項1に係る訂正は,明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものである。
さらに,訂正事項1に係る訂正が,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものでないことは明らかである。

(2)訂正事項2
訂正事項2は,請求項1のブラシレスモータが,前後方向に延びる回転軸及びステータとロータの間に形成されるエアギャップを有することを付加し,さらに,ブラシレスモータのステータがスロットを有することを付加し,ブラシレスモータのロータが回転軸に接続されていることを付加する訂正であるから,訂正事項2に係る訂正の目的は,特許請求の範囲の減縮に該当する。
また,ブラシレスモータが,前後方向に延びる回転軸を有することは,図1に記載され,ブラシレスモータがステータとロータの間に形成されるエアギャップを有することは図1及び3に記載され,ブラシレスモータのステータがスロットを有することは段落【0027】及び図3に記載され,ブラシレスモータのロータが回転軸に接続されていることは図1に記載されているから,訂正事項2に係る訂正は,明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものである。
さらに,訂正事項2に係る訂正が,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものでないことは明らかである。

(3)訂正事項3
訂正事項3は,請求項1の基板によって,ステータの一端部とエアギャップの一端部とを覆うことを付加する訂正であるから,訂正事項3に係る訂正の目的は,特許請求の範囲の減縮に該当する。
また,段落【0029】には,「インバータ回路の円形状回路基板(22)は,ステータ12の一端部12d側を全面的に覆い,その中央部において回転軸11およびスリーブ24が貫通する穴部が形成されている。」との記載があり,図1に記載されている穴部とエアギャップの相対配置から見て,基板によって,ステータの一端部とエアギャップの一端部とを覆うという訂正事項3に係る訂正は,明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものである。
さらに,訂正事項3に係る訂正が,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものでないことは明らかである。

(4)訂正事項4
訂正事項4は,段落【0010】に,モータのロック現象を抑制して,モータの駆動トランジスタやコイル損傷等による電動工具の故障を抑制するという記載を付加することにより,本件特許の特許請求の範囲に記載された発明の技術的な課題を明らかとするものであるから,訂正事項4に係る訂正の目的は,明瞭でない記載の釈明に該当する。
また,段落【0008】には,従来技術について,「木粉や金属粉等の粉塵が混在した空気の作業環境下で使用される電動工具にあっては,モータのステータとロータ間のエアギャップ等に鉄粉や木粉が詰まり,モータにロック現象が起きてしまい,その結果,コイルに過大な電流が流れることによるモータの駆動トランジスタやコイル焼損等による電動工具の故障の原因となり,防塵対策が要求された。」との技術的な課題が記載されているから,訂正事項4に係る訂正は,明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものである。
さらに,訂正事項4に係る訂正が,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものでないことは明らかである。
なお付言すると,訂正事項4には「モータの駆動トランジスタやコイル損傷等」との表現が記載されているところ,段落【0008】の「モータの駆動トランジスタやコイル焼損等」との記載や,回答書第7ページ第10から16行までの被請求人の説明を参酌すると,訂正事項4における「損傷等」は「焼損等」の誤記であると解するべきであり,上記の判断はこの誤記を踏まえたものである。

(5)訂正事項5
訂正事項5は,請求項1についての訂正事項1から3までに係る訂正に合わせて,発明の詳細な説明の記載を整合させようとするものであるから,訂正事項5に係る訂正の目的は,明瞭でない記載の釈明に該当する。
また,上記(1)から(3)までに説示するように,訂正事項1から3までに係る訂正は,いずれも明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものであるから,訂正事項5に係る訂正も,明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものである。
さらに,訂正事項5に係る訂正が,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものでないことは明らかである。

(6)一群の請求項
訂正事項1ないし3に係る訂正後の請求項1及び2は,訂正事項1ないし3を含む請求項1の記載を,請求項2が引用しているものであるから,当該訂正後の請求項1及び2は,一群の請求項を構成している。

3.弁駁書における請求人の主張について
請求人は,弁駁書第2ページ下から第10行から第7ページ第6行までにおいて,訂正事項3は,「ステータの一端部とエアギャップの一端部の領域のみを覆う形状の基板」を意味すると解されることを前提に,そのような基板は,明細書又は図面に記載されていないから,本件訂正請求に係る訂正は,特許法第134条の2第9項において準用する同法第126条第6項の規定に適合せず,適法な訂正ではない旨を主張している。
しかし,訂正事項3は,上記1.(3)に示すとおりであって,「ステータの一端部と,該エアギャップの一端部とを覆う」という記載はあるものの,「のみを覆う」などとは記載されていないから,請求人の主張する意味に解釈する余地はない。
したがって,請求人の主張は,その前提において誤りがあり,採用できない。

4.むすび
以上のとおりであるから,本件訂正請求に係る訂正は,特許法第134条の2第1項ただし書き第1及び3号に該当し,同条第3項の規定に適合し,同条第9項において準用する同法第126条第5及び6項の規定に適合するので適法な訂正と認める。


第3.特許発明1及び2
本件特許の特許請求の範囲に記載された発明(以下「本件特許発明」といい,請求項1に係る発明を「特許発明1」,請求項2に係る発明を「特許発明2」といい,訂正前のものを「訂正前の本件特許発明」,「訂正前の特許発明1」及び「訂正前の特許発明2」という。)は,訂正明細書(以下「特許明細書」といい,訂正前のものを「訂正前の特許明細書」という。),訂正特許請求の範囲(以下「特許請求の範囲」といい,訂正前のものを「訂正前の特許請求の範囲」という。)及び図面(以下「特許図面」という。)の記載からみて,その特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された事項により特定されるとおりのものであるところ,特許発明1及び2の記載は,以下のとおりである。

1.特許発明1
「 【請求項1】
前後方向に延び,外周面に吸気口が設けられたモータハウジング部と,該モータハウジング部の前方に設けられた動力伝達ハウジング部と,該モータハウジング部から下方に延びるハンドルハウジング部と,を有するハウジング部と,
該ハウジング部に収容され,前後方向に延びる回転軸と,ステータコイルが巻回され前記回転軸方向に延びるスロット,外周部及び内周部を有する略円筒状のステータと,該ステータの内部に略同心状に配置され前記回転軸に接続されたロータと,該ステータと該ロータの間に形成されるエアギャップと,を有するブラシレスモータと,
前記ハウジング部内に収容され,前記回転軸に装着される冷却ファンと,
該ブラシレスモータにより駆動される先端工具取付部材とを備えた電動工具において,
前記ハウジング部の内周部から前記ステータの外周部へ突出して前記ステータの外周部を保持する突出部を設け,
前記ハウジング部の内周部と前記ステータの外周部との間に形成される空間部を流通路として前記冷却ファンによって前記吸気口から前記ハウジング部内に取り込まれた前記ステータの冷却用気体を流通させ,
前記回転軸と略直角方向に延び,前記回転軸が貫通する穴部を有する基板を前記冷却ファンが設けられた側と反対側の前記ステータの一端部に近接して配置し,該基板によって,該ステータの一端部と,該エアギャップの一端部とを覆うように形成したことを特徴とする電動工具。」

2.特許発明2
「 【請求項2】
前記ハウジング部は,その内周部から前記ステータの外周部の方向に突出すると共に,前記ステータの回転軸方向に延在する複数のリブを有することを特徴とする請求項1に記載された電動工具。」


第4.無効理由,無効理由に対する答弁及び証拠方法

1.請求人主張の無効理由
請求人は,審判請求書において,本件特許の特許発明1及び2についての特許を無効とする,との審決を求め,以下の無効理由1から4までを主張している。

(1)無効理由1(サポート要件)
特許発明1及び2は,発明の詳細な説明に記載されたものではないから,特許発明1及び2に係る特許請求の範囲の記載は,特許法第36条第6項第1号の規定に適合しない。
特許発明1及び2についての特許は,特許法第36条第6項に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものであるから,同法第123条第1項第4号に該当し,無効とすべきものである。

(2)無効理由2(新規事項要件)
特許発明1及び2についての特許は,特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない補正をした特許出願に対してされたものであるから,その特許は,同法第123条第1項第1号に該当し,無効とすべきものである。

(3)無効理由3(新規性要件)
特許発明1及び2は,その出願日前に公然と販売された充電式アングルスクリュドライバFL300FDZと同一であるから,特許法第29条第1項第2号の発明に該当する。
特許発明1及び2についての特許は,特許法第29条第1項の規定に違反してされたものであるから,同法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきものである。

(4)無効理由4(進歩性要件)
特許発明1及び2は,その出願日前に公然と販売された充電式アングルスクリュドライバFL300FDZ及び甲第13号証記載の発明に基づいて,当業者が容易に発明できたものであるから,特許発明1及び2についての特許は,特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり,同法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきものである。

2.無効理由に対する被請求人の答弁
被請求人は,答弁書において,本件無効審判の請求は成り立たない,との審決を求めている。

3.証拠方法
(1)請求人提出の証拠方法
請求人は,証拠方法として,審判請求書において甲第1から13号証までと,甲第15及び16号証を提出し,請求人要領書において甲第14号証を提出した。なお,審判請求書提出時の検甲第1及び2号証は,平成28年3月28日の口頭審理において,甲第15及び16号証に訂正された(第1回口頭審理調書の請求人欄の2)。また,甲第1から14号証までは,いずれも「写し」なので,その旨の表記を省略する。

甲第1号証;特許第5062473号公報
甲第2号証;特開2008-295256号公報
甲第3号証;本件特許に係る出願の平成24年1月25日付け手続補正書
甲第4号証;本件特許に係る出願の平成24年1月25日付け意見書
甲第5号証;本件特許に係る判定事件(判定2013-600041号)(以下「別件判定」という。)の特許判定公報
甲第6号証;充電式アングルスクリュードライバFL300FDZ/FL400FDZの販売カタログ
甲第7号証;水戸工業株式会社宛て納品書及び水戸工業株式会社の受取書
甲第8号証;峰澤鋼機株式会社宛て納品書及び峰澤鋼機株式会社の受取書
甲第9号証;株式会社マキタ社内における「製造の記録」
甲第10号証:株式会社マキタ社内における「製造の記録」
甲第11号証;充電式アングルスクリュードライバFL300FDZの製造図面
甲第12号証;株式会社マキタ従業員福屋浩治の報告書
甲第13号証;特開2005-102370号公報
甲第14号証;別件判定の判定請求書
甲第15号証;株式会社マキタが所有する充電式アングルスクリュードライバBFLD300FZ(以下「検甲第1号証」という。)の写真
甲第16号証;株式会社マキタが所有する充電式アングルスクリュードライバBFLD400DZ(以下「検甲第2号証」という。)の写真

(2)被請求人提出の証拠方法
被請求人は,証拠方法として,答弁書において乙第1から7号証までを提出した。なお,乙第1から7号証までは,いずれも「写し」なので,その旨の表記を省略する。

乙第1号証;特開2004-274800号公報
乙第2号証;特開2005-102370号公報
乙第3号証;特開昭63-11272号公報
乙第4号証;特開成8-322169号公報
乙第5号証;別件判定の判定請求答弁書
乙第6号証;平成23年9月28日に改訂された「明細書及び特許請求の範囲の記載要件」の審査基準
乙第7号証;平成22年6月1日に改訂された「明細書,特許請求の範囲又は図面の補正(新規事項)」の審査基準


第5.当事者の主張
各無効理由について,両当事者は,おおむね以下のように主張している。なお,以下では,行数により記載箇所を特定する際には,空白行は含めない。また,証拠については,例えば甲第1号証を「甲1」のように記載する。

1.無効理由1について
[請求人]
(1)訂正前の特許明細書に記載された従来技術,課題及び作用効果
訂正前の特許明細書の段落【0004】及び【0005】,段落【0008】から【0010】まで並びに段落【0020】の記載からすれば,訂正前の特許明細書の発明の詳細な説明には,従来ブラシレスモータを冷却する手段としては,ステータコイル間に冷却風を流動させたり,冷却気体の流路上にモータのステータ部を配置したものがあり,そのような技術では,モータのステータとロータ間のエアギャップ等に鉄粉や木粉が詰まり,モータにロック現象が起きてしまうという課題が生じるところ,訂正前の特許発明では,ブラシレスモータのステータ自体をモータ部の防塵構造の一部として作用させ,かつ該ステータを保持する複数のステータ保持部材間に形成された複数の空間部をステータの冷却用気体の流通路として使用することでこの課題を解決し,モータの防塵機能を実現させつつ,ステータの冷却風量を増加させるという効果を奏するものであると記載されている。
すなわち,訂正前の発明の詳細な説明には,モータ内部に冷却風を流すことに換えて,ステータの外周に冷却用気体を通過させることによりモータを冷却すると共に,モータ内部には冷却用気体が流れ込まないことで,モータのステータとロータ間のエアギャップ等に鉄粉や木粉が詰まることを防止する技術が記載されていると理解される。(審判請求書第5ページ下から第6行から第8ページ第4行まで)

(2)実施形態における冷却風の流れ
訂正前の特許明細書の段落【0043】及び【0044】の記載からみて,実施形態において吸気口からハウジング内に導入された冷却風は,ブラシレスモータの外周とハウジングとの間の空間を流れ,その後速やかにハウジング外に排出される。(審判請求書第8ページ第5行から第9ページ第7行まで)

(3)訂正前の発明の詳細な説明に記載された発明
上記(2)のとおり,訂正前の特許明細書の発明の詳細な説明及び図面に記載された実施形態は,吸気口から吸引された冷却風が速やかにモータハウジング部の内周とステータの外周部との間に形成される空間部に導入されると共に,この空間部を通過した冷却風は速やかに排気口から排出され,冷却風はハウジング部の内周部とステータの外周部の間のみを通過するから,この実施形態は,上記(1)で指摘した,ステータの外周に冷却用気体を通過させ,モータ内部には冷却用気体が流れ込まないことでモータのステータとロータ間のエアギャップ等に鉄粉や木粉が詰まることがないという訂正前の本件特許発明の目的及び効果に対応する。(審判請求書第9ページ第8から17行まで)

(4)訂正前の特許発明1が訂正前の発明の詳細な説明に記載されたものではないことについて
上記(3)のとおり,訂正前の特許明細書の発明の詳細な説明には,「冷却風がブラシレスモータの内部を通過しない発明」が記載されている。
一方,訂正前の特許発明1は,「前記ハウジング部の内周部と前記ステータの外周部との間に形成される空間部を流通路として前記冷却ファンによって前記吸気口から前記ハウジング部内に取り込まれた前記ステータの冷却用気体を流通させ」との特定があるものの,ハウジング部内のそれ以外の箇所における冷却用気体の流通経路について何らの限定もない。そのために,訂正前の特許発明1は,訂正前の発明の詳細な説明には記載がない,ハウジング部とステータ外周部との間の空間を通過した冷却用気体がブラシレスモータのステータとロータ間を通過することを排除しない発明となっている。
そして,訂正前の本件特許発明は,審査基準でいう違反の類型(4),すなわち「請求項において,発明の詳細な説明に記載された,発明の課題を解決するための手段が反映されていないため,発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求することとなる場合。」にあたると思料される。(審判請求書第9ページ下から第7行から第11ページ第6行まで)

(5)訂正前の本件特許発明は,冷却用気体がブラシレスモータの内部を通過するものを排除していないと解されることについて
別件判定において,判定の対象とされたイ号物件の認定については,吸気孔から取り込まれた気体がハウジング部の内周部とステータの外周部との間に形成される空間部を流通することを認定するのみで,その気体が排気口に至る経路については何等認定をしていない。イ号物件は,ハウジング部の内周部とステータの外周部との間を通過した気体は,反転してブラシレスモータの内部を通過して排出されるものであるが,そのような構成は,訂正前の特許発明1の技術的範囲を認定するにあたって考慮する必要がないとして認定しなかった。
訂正前の特許発明1が,冷却用気体がブラシレスモータの内部を通過するものを排除していないと解されることは明らかである。(審判請求書第11ページ第7行から第12ページ下から第6行まで)

(6)小括
以上のとおり,訂正前の特許発明1は,訂正前の発明の詳細な説明に記載されたものではなく,その記載は,特許法第36条第6項第1号の規定に適合しない。
また,従属項である訂正前の特許発明2も,同様に訂正前の発明の詳細な説明に記載されておらず,その記載も特許法第36条第6項第1号の規定に適合していない。
訂正前の特許発明1及び2についての特許は,いずれも,特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものである。(審判請求書第12ページ下から第5行から第13ページ第4行まで)

(7)訂正前の特許発明1の「ステータの一端部を覆う」の解釈について
訂正前の特許発明1の「ステータの一端部を覆う」とは,以下の2つの態様と解釈するしかない。
態様ア.実体としてのステータ(外殻部+ティース部)の端面全体にかぶせる,
態様イ.実体としてのステータの端面に加えてステータに囲まれる空間の開口部全体にかぶせる,
さらに,別件判定における判定請求人(本件の被請求人)の主張(甲14),及び判定の理由の認定(甲14)を考慮すれば,態様イ.の解釈を採用することはできないから,訂正前の特許発明1の「ステータの一端部を覆う」とは,態様ア.を意味すると解釈するほかない。(請求人要領書第2ページ下から第4行から第9ページ下から第5行まで)

(8)答弁書に対する反論
ア.「基板がステータの一端部を覆う」について
上記(7)のとおり,訂正前の特許発明1の基板は,上記態様ア.の領域のみにかぶさるものを意味するものであるが,被請求人は,これとは異なる主張をしているにも関わらず,「基板がステータの一端部を覆う」で特定される基板の構成がどの範囲に及ぶものであるかについては明らかにしていない。(請求人要領書第17ページ第5から16行まで)

イ.下記[被請求人](1)及び(2)に対して
本件特許に係る出願の審査の過程は認めるが,無効理由1は,特許時の特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載に基づいて判断されるものであるから,審査の経過が無効理由1の判断に影響を与えるものではない。
なお,訂正前の特許発明1の作用効果について,平成24年1月25日付け意見書(甲4)に記載されていることは認めるが,この作用効果は,訂正前の特許明細書に記載されておらず,被請求人が出願経過において作出した作用効果に過ぎない。
(請求人要領書第17ページ第17行から第18ページ第19行まで)

ウ.下記[被請求人](3)イ.に対して
訂正前の特許明細書の段落【0029】には,「円形状回路基板(22)単体でステータコイル12を遮る」とか,「粉塵がコイルに直撃することが抑制される」などということは記載されていないし,図1を参酌したとしても,段落【0029】の記載から,円形状回路基板のみの機能として冷却用空気に含まれる粉塵がコイルに直撃することを抑制する機能は認識しない。
また,段落【0010】に記載された発明の目的は,「・・・粉塵の吸い込みを抑制した・・・電動工具を提供すること」ができるというものであるところ,訂正前の特許発明1は,冷却用気体の流通路を「ハウジングの内周部とステータの外周部との間に形成される空間部」と特定しているものの,ハウジング部内のそれ以外の箇所における冷却用気体の流通経路について何らの限定もないから,訂正前の特許発明1は,吸気口から導入された冷却用気体の全てが直接ステータとロータ間に侵入し,その後ハウジング内周とステータ外周との間に導かれる態様も含まれる。このような態様では,冷却風は,全てロータ内を通過するから,粉塵の侵入を抑制することはできず,訂正前の特許発明1には,「粉塵の吸い込みを抑制」するという課題を解決する手段が反映されていないことになる。(請求人要領書第18ページ第20行から第21ページ第4行まで)

(9)請求人上申書(2)における主張
被請求人は,基板の表面に垂直に流れる冷却風が,基板の内周側を迂回してスロット内に流れることを主張すると予想されるが,発明の詳細な説明には,モータ内に冷却用気体が侵入するものは記載されていない。
特許図面の図1の基板22は,その中央に設けられた穴部とスリーブ24との間に隙間が形成されており,この隙間からモータ内に冷却用気体が僅かに侵入する可能性があるが,この隙間からモータ内に侵入する冷却用気体は僅かなものだから,モータ内に侵入する粉塵も僅かなものにすぎない。
訂正前の特許発明1の基板の穴部と回転軸との間には大きな隙間があり,特許図面の図1の記載から,訂正前の特許発明1の冷却風の流れが想起できるものではない。(請求人上申書(2)第4ページ第9行から第6ページ第2行まで)

(10)弁駁書における主張
ア.訂正前の特許発明1及び2並びに特許発明1及び2について
訂正前の特許発明1及び2並びに特許発明1及び2は,いずれも基板の内周側からモータ内に冷却用気体が流入する発明であるから,発明の詳細な説明に記載された発明ではない。(弁駁書第7ページ第7行から第18ページ第9行まで)

イ.被請求人上申書に対する反論
下記[被請求人](9)のとおり,被請求人は,第1回口頭審理調書の別紙3の図の右の態様も左の態様も,「ステータの一端部を覆う」ものである旨を主張している。
しかし,「ステータの一端部を覆う」基板の概念に,第1回口頭審理調書の別紙3の図の右の態様も左の態様も包含されると解するとしても,本件特許の発明の詳細な説明には,そのような基板の概念が直接記載されていない。(弁駁書第18ページ第10行から第21ページ下から第4行まで)


[被請求人]
(1)本件特許に係る出願の審査の過程
本件特許に係る出願の願書に最初に添付した明細書(以下「当初明細書」という。)の段落【0010】には,発明の課題が記載されているところ,そこには,発明の詳細な説明に記載されているような「密閉構造」,「防塵カバー」に関する事項は記載されていなかった。
また,本件特許に係る出願の審査において通知された拒絶理由において,審査官は,引用文献1(乙3)の第1,2,4及び5図を参照する旨,述べているところ,第1及び2図には,ステータの外側のみに冷却用気体を流通させるモータが記載され,第4及び5図には,ステータの外側及び内側に冷却用気体が流通するモータが記載されているから,審査官は,願書に最初に添付した特許請求の範囲の請求項1(以下「出願当初の請求項1」という。)に係る発明が「密閉構造」や「カバー部材」を備えたものに限定された発明ではないとみなしている。
被請求人は,拒絶理由を考慮して手続補正をし,本件特許に係る出願は特許査定されているから,審査官は,出願当初の請求項1に係る発明が「密閉構造」や「カバー部材」を備えたものに限定した発明ではないこと,請求項1の補正が適法なものであること,補正後の請求項1に係る発明が引用文献1から容易に想到できたものではないこと,を認めた上で特許査定している。
(答弁書第4ページ第14行から第10ページ下から第5行まで)

(2)訂正前の特許発明1の作用効果
訂正前の特許発明1は,本件特許に係る出願の平成24年1月25日付けの意見書(甲4)に記載したように,次のような作用効果を奏するものである。
「ブラシレスモータは,・・・通常のモータに比べて制御回路が複雑になるため,回路を形成した基板の他,種々の基板を有しています。
本願発明は,ブラシレスモータにおける基板の1枚をブラシレスモータの回転軸と略直角する方向で,且つ冷却ファンが設けられた側とブラシレスモータを挟んで反対側のステータの一端部に近接して配置したため,吸気口から侵入した粉塵がステータコイルに直接当たることを抑止することが可能になります。
粉塵がステータコイルに勢いよく当たることでコイルの被覆が損傷する虞がありましたが,本願発明によれば,基板でステータコイルを遮ることができるため,粉塵がステータコイルに直撃することを抑止することができます。
更に,上記基板が冷却を必要とするものであった場合には,ステータを冷却する空気流を基板の冷却用としても用いることが可能となります。
即ち,本願発明によればステータコイルの冷却構造が持つ欠点(例えばステータコイルへの粉塵の直撃)を基板が抑制し,基板が必要とする機能があれば(例えば冷却),これはステータコイルの冷却用気体が補うという相補的な関係を持たせることができます。」(答弁書第11ページ下から第6行から第12ページ下から第11行まで)

(3)無効理由1に対する反論
ア.第36条第6項第1号の記載要件の審査基準
審査基準でいう違反の類型(4)は,請求項において,発明の詳細な説明に記載された,発明の課題を解決するための手段が反映されていないため,発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求したことになる場合であり,本類型(4)が適用されるのは,請求項に係る発明が,発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えていると判断された場合である。(答弁書第12ページ下から第9行から第14ページ第2行まで)

イ.第36条第6項第1号の要件充足
訂正前の特許発明1において,ステータの両端部に基板と冷却ファンとを配置することは,特許図面の図1及び訂正前の特許明細書の段落【0042】【0043】に記載され,以下同様に,ステータの外周部にステータの冷却用気体を流通させることは,図1及び段落【0045】に記載され,ステータの一端部を基板により覆うように形成したことは,図1並びに段落【0028】及び【0029】に記載されている。
したがって,訂正前の特許発明1の発明特定事項は訂正前の発明の詳細な説明に記載されている。
この発明特定事項によって,固定基板22でステータコイル12aを遮ることができるため,冷却用空気に含まれる粉塵がコイルに直撃することが抑制され,さらにステータ12を冷却する空気流を回路基板22の冷却用としても用いることが可能となることは,段落【0028】【0029】の記載から,当業者が認識することができる。これにより,段落【0010】に記載されるように,「モータ部の冷却効果に優れた冷却構造を有すると共に,粉塵の吸い込みを抑制したモータ部の防塵構造を具備するブラシレスモータを駆動源とする電動工具を提供すること」ができるという発明の目的を達成することができる。
したがって,発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えていると判断されることはなく,訂正前の本件特許発明は,訂正前の発明の詳細な説明に発明として記載されており,第36条第6項第1号の要件を充足している。(答弁書第14ページ第3行から第15ページ第5行まで)

ウ.審判請求書における請求人の主張について
上記[請求人](4)において,請求人は,「ハウジング部とステータ外周部との間の空間を通過した冷却用気体がブラシレスモータのステータとロータ間を通過することを排除しない発明となっている」旨を主張しているが,この主張は失当である。訂正前の特許明細書及び特許図面に記載された電動工具は発明の実施形態であり,審査基準は請求項に含まれる全ての実施形態を記載することまでを求めていない。訂正前の特許発明1は,訂正前の発明の詳細な説明に記載された,発明の課題を解決するための手段が反映されており,訂正前の発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求したことにはならない。(答弁書第15ページ第6から16行まで)

エ.別件判定について
請求人は,別件判定について,「イ号物件は,ハウジング部の内周部とステータの外周部との間を通過した気体は,反転してブラシレスモータの内部を通過して排出されるものであるが,そのような構成は,訂正前の特許発明1の技術的範囲を認定するにあたって考慮する必要がないとして認定しなかった」(上記[請求人](5))と主張するが,特許図面及び訂正前の特許明細書に記載された電動工具は,訂正前の特許発明1の技術を具現化した1つの実施形態であり,イ号物件が訂正前の特許発明1の構成要件を全て充足しているので,イ号物件が訂正前の特許発明1の技術的範囲に属することは明らかである。別件判定の結論からしても,イ号物件のように「気体が反転してブラシレスモータの内部を通過して排出される構成」も,訂正前の特許発明1の技術的範囲に属している。特許発明の技術的範囲は,願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならず(特許法第70条第1項),発明の詳細な説明中に記載された実施例に限定して解釈することは容認されない。
したがって,別件判定の結論よっても,訂正前の特許発明発明1及び2が,特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていることは明らかである。(答弁書第15ページ第17行から第16ページ下から第3行まで)

(4)訂正前の特許発明1の「ステータの一端部を覆う」の解釈について
「覆う」とは,「露出するところがないように全体的にかぶせてしまう」(広辞苑)の意味で通常は用いられている。そして,訂正前の特許発明1における基板は粉塵がステータに衝突することがないように,ステータの一端部を覆っている。
訂正前の特許明細書の段落【0027】に記載されるように,スロット12fはステータを構成している。また,段落【0029】の記載及び図1を考慮すると,「ステータの一端部」とは,ステータ内の空間をも含むものと解釈するのが妥当である。
(答弁書第29ページ第4行から第30ページ下から第8行まで)

(5)「気体が反転してブラシレスモータの内部を通過」する構成について
「気体が反転してブラシレスモータの内部を通過して排出される構成」が,訂正前の特許明細書には記載されていないことを認めるが,当初明細書等には,訂正前の特許発明1によって「冷却構造と防塵構造を備えた電動工具を提供する」という課題を解決できることが当業者に理解できるように記載されており,特許法第36条第6項第1号に違反しない。(被請求人要領書第2ページ第2から11行まで)

(6)訂正前の特許発明1について
訂正前の特許発明1は,ステータの外周部に沿って流れた後の冷却風の流れについて特定した発明ではない。
訂正前の特許発明1は,基板がステータの一端部を覆うので,ステータコイルが基板により覆われることになり,基板は,防塵部材としても兼用され,コイルが損傷することを基板自体が防止することができるという作用効果を有している。
ステータの外周部に沿って流れた後の冷却風をどのように外部に排出するかは,発明を実施するに際して,適宜選択して実施するかということに過ぎない。(被請求人要領書第2ページ第12から最終行まで)

(7)別件判定について
判定手続において特許庁審判部が,訂正前の本件特許発明の課題がモータに粉塵や空気を全く流入させない電動工具を提供することに限定されると理解したとすれば,イ号物件のようなモータに空気が流入する電動工具は訂正前の本件特許発明の技術的範囲に属さない,と認定されたのではないかと考えられるが,実際には,イ号物件が訂正前の特許発明1の技術的範囲に属すると認定されたのであるから,訂正前の本件特許発明の課題はモータに粉塵や空気を全く流入させない電動工具を提供することに限定されないと認定されたものと推認することができる。(被請求人要領書第3ページ第1行から第4ページ第4行まで)

(8)請求人要領書について
ア.訂正前の特許発明1のステータについて
ステータがステータコアとステータコイルにより構成されることは,当業者の技術常識である。ステータコイル相互間の空間部分も,ステータの組立により不可避的に発生するものであり,ステータを構成する。(被請求人要領書第4ページ第9行から第5ページ第15行まで)

イ.訂正前の特許発明1の「ステータの一端部を覆う」について
[請求人](7)において,請求人は,「ステータの一端部を覆う」とは,態様ア.又は態様イ.のいずれかと解釈するしかないと主張しているが,ステータコアをステータと読み替えることはモータの技術常識を無視した詭弁であるから,態様ア.の解釈は成り立たないし,訂正前の特許発明1の基板には,回転軸が貫通する穴部が設けられているから,態様イ.の解釈も成り立たない。
訂正前の特許発明1における「ステータ」は,「ステータコイルが巻回され回転軸方向に延びる外周部及び内周部を有する略円筒状のステータ」であるから,訂正前の特許発明1の「ステータの一端部を覆う」とは,「略円筒形状のステータの端部における外周部と内周部の間の領域(ステータコイルや空間部を含む)を,露出することがないように全体的にかぶせてしまう」ことと解釈される。
したがって,請求人の「一端部を覆う」の解釈は失当である。(被請求人要領書第5ページ第16行から第6ページ下から第6行まで)

ウ.訂正前の特許発明1の作用効果について
請求人は,上記[請求人](8)イ.において,平成24年1月25日付け意見書(甲4)に記載された作用効果が,訂正前の特許明細書に記載されていない旨を主張しているが,この作用効果は,訂正前の特許発明1が具備している自明の作用効果である。(被請求人要領書第9ページ下から第11行から第10ページ第1行まで)

エ.無効理由1について
訂正前の特許発明1は,上記[被請求人](3)イ.に述べたように,発明の詳細な説明に記載されている。
また,請求人は,上記[請求人](8)ウ.において,段落【0029】の記載から,円形状回路基板のみの機能として冷却用空気に含まれる粉塵がコイルに直撃することを抑制する機能は認識しない旨,主張しているが,円形状回路基板によって冷却用空気のロータへの侵入が防止されるのであるから,円形状回路基板によって粉塵がコイルに直撃することが抑制されていることは明らかである。(被請求人要領書第10ページ第2から最終行まで)

(9)訂正前の特許発明1の「ステータの一端部を覆う」について
訂正前の特許発明1の「ステータの一端部を覆う」とは,「略円筒形状のステータの端部における外周部と内周部の間の領域(ステータコイルや空間部を含む)を露出しないように全体的にかぶせてしまう」ことを意味すると,被請求人は理解している。
第1回口頭審理調書の別紙3の図の右の態様は,「ステータの一端部を覆う」ものではあるが,基板の穴部がスリーブに密着し,スリーブ及び回転軸が自由に回転できないので,訂正前の特許発明1の「回転軸」が貫通する孔部を有する」との構成要件を満足しない。
第1回口頭審理調書の別紙3の図の左の態様も,「ステータの一端部を覆う」ものであり,基板の穴部とスリーブとの間に隙間があり,スリーブ及び回転軸が自由に回転できるから,訂正前の特許発明1の「回転軸」が貫通する孔部を有する」との構成要件を満足し,その他の構成要件も満足するのであれば,訂正前の特許発明1の技術的範囲に含まれることになる。

[第1回口頭審理調書の別紙3の図]

(被請求人上申書第5ページ第14行から第6ページ第16行まで)

(10)訂正前の特許発明1と課題との関係について
訂正前の特許明細書の段落【0008】に記載された課題は,ステータの内周部とロータの外周部との間に形成される隙間に粉塵が詰まるというものであり,比較的大きな粉塵が,モータのスロットに侵入して留まり,モータを再起動させたときにエアギャップに挟まれることで引き起こされる。
訂正前の特許発明1によれば,冷却ファンが設けられた側と反対側のステータの一端部を基板で覆うので,冷却ファンによってハウジング部内に取り込まれた冷却用気体は基板を大きく迂回してモータに流れるところ,大きな粉塵は基板を迂回できずに基板に衝突したり,基板を迂回した勢いでモータとは違う方向に流れるなどして,スムーズにモータに向かって流れにくくなる。その際に基板は,スロットを含めたステータ端部における外周部と内周部との間の領域を覆っているから,大きな粉塵はとりわけスロットの内部に流れにくくなる。
したがって,訂正前の特許発明1は,エアギャップに粉塵が詰まるという問題を解決することができる。(被請求人上申書第6ページ第17行から第8ページ第12行まで)

(11)被請求人上申書(2)における主張
ア.本件特許発明の課題について
特許明細書の段落【0008】の記載を考慮すれば,本件特許発明は,「防塵対策」という課題を解決することによって,「ロック現象の抑制」という課題を解決し,ひいては「焼損による故障の抑制」という課題を解決することを目的としているといえる。(被請求人上申書(2)第2ページ第2行から第3ページ第11行まで)

イ.特許発明1と「ロック現象の抑制」について
仮に大きな粉塵がスロットに入った場合,モータを再起動したときにロータの回転によってエアギャップに入り込んで,ロック現象が起きる虞があるが,特許発明1によれば,大きな粉塵がスロットに入ることを抑制することができるから,モータの「ロック現象を抑制」するという課題を解決することができる。
特許発明1に係る電動工具において,基板の内周側に隙間がある場合,外周面の吸気口からハウジング内に入った冷却用気体の一部は「基板を大きく迂回して」流れることになり,大きな粉塵は,慣性力及び重力の影響を受けて,基板の内周側の隙間を通り越すように移動するから,エアギャップに大きな粉塵が入りにくくなり,ロック現象が生じにくくなる。(被請求人上申書(2)第3ページ第13行から第5ページ第6行まで)

ウ.特許発明1と「焼損による故障の抑制」について
特許発明1によれば「ロック現象を抑制」するという課題を解決できるのであるから,「ロック現象」に起因した「焼損による故障」を抑制できるのはもちろんのことである。(被請求人上申書(2)第5ページ第13行から第5ページ第7行まで)

エ.特許発明1と「防塵対策」について
本件特許発明によれば,粉塵に起因した「ロック現象を抑制」することに加えて,粉塵に起因した「焼損による故障を抑制」することもできるのであるから,「防塵対策」が行われていることは明らかである。
よって,「防塵対策」を行うという課題を,本件特許発明1が解決できると把握することができるから,特許法第36条第6項第1号の規定に違反しない。(被請求人上申書(2)第6ページ第8から17行まで)

(12)回答書における主張
ア.特許発明1における冷却用気体の流通路について
特許発明1は,冷却用気体が,ハウジング部の内周部とステータの外周部との間に形成される空間部による流通路(ステータ外周流通路)を通過するほかに,エアギャップによる流通路(エアギャップ流通路)を通過するが,ステータ外周流通路とエアギャップ流通路の関係について,特許発明1では特定していないから,ステータ外周流通路とエアギャップ流通路が互いに「並列」の関係にある流路だけではなく,「直列」の関係にある流通路も,特許発明1に含まれる。(回答書第2ページ第2から15行まで)

イ.「直列」の流路でエアギャップへの粉塵の吸い込みを抑制する事について
「直列」の流路であっても,特許発明1の「回転軸が貫通する穴部を有する基板を冷却ファンが設けられた側と反対側のステータの一端部に近接して配置し,基板によって,ステータの一端部と,エアギャップの一端部とを覆うように形成した」構成を備えるのであれば,冷却用気体が基板を迂回してモータへと流れる際に,エアギャップのロック現象を引き起こすような大きな粉塵は,慣性力と重力の影響を受けて,エアギャップに侵入しにくく,結局はその速度を失い,ハウジング部の底部に落下して蓄積されるから,エアギャップへの粉塵の吸い込みが抑制される。(回答書第2ページ第16行から第6ページ最終行まで)

ウ.弁駁書に対する反論
(ア)上記[請求人](10)ア.のとおり,請求人は,特許発明1及び2は,いずれも基板の内周側からモータ内に冷却用気体が流入する発明であるから,発明の詳細な説明に記載された発明ではないと主張しているが,上記[請求人](9)のとおり,特許図面の図1の基板22の穴部とスリーブ24との間に隙間があり,この隙間からモータ内に冷却用気体が侵入することを請求人が認めているから,請求人の上記の主張は,もはや成り立っていない。(回答書第8ページ第18行から第11ページ第4行まで)

(イ)上記[請求人](10)イ.のとおり,請求人は,発明の詳細な説明に「ステータの一端部を覆う基板」が記載されていないと主張しているが,特許明細書の段落【0029】には「円形状回路基板(22)は,ステータ12の一端部12dを全面的に覆い」と記載されているから,特許明細書には,「ステータの一端部を覆う基板」が記載されているし,この基板は当然ながらステータの一端を覆うものであり,「ステータの一端部と,エアギャップの一端部とを覆う」ものである。(回答書第11ページ第5行から第12ページ第5行まで)


2.無効理由2について
[請求人]
当初明細書には,インバータ回路基板22とスリーブ24,防振カバー25により構成されるロータ13の閉塞防塵構造により,粉塵がブラシレスモータの内部に侵入しない発明のみが記載されていたが,平成24年1月25日付けの手続補正(甲3)(以下「本件補正」という。)により,訂正前の特許発明1は,粉塵を含む冷却気体がブラシレスモータの内部に侵入するものを含む発明となったことから,本件補正は,新たな技術的事項を導入したものであることは明らかである。
また,本件訂正請求が認められたとしても,無効理由2が解消されるものではない。

[被請求人]
出願当初の請求項1には,「インバータ回路基板22とスリーブ24,防振カバー25により構成されるロータ13の閉塞防塵構造」により,粉塵がブラシレスモータの内部に侵入しないことを特定する事項は含まれていない。
また,本件訂正請求が認められるか否かには関わらず,この無効理由は成り立たない。


3.無効理由3について
[請求人]
充電式アングルスクリュドライバFL300FDZ(以下「FL300FDZ」という。)は,2005年1月にカタログ(甲6)に掲載されて販売されていた。
また,FL300FDZは,訂正前の特許発明1及び2の構成を全て備えているから,訂正前の特許発明1及び2は特許法第29条第1項第2号の発明に該当する。
また,本件訂正請求が認められたとしても,無効理由3が解消されるものではない。

[被請求人]
FL300FDZの基板には,6つの長孔,つまり通気口が形成されており,この通気口によってステータコイルが露出しているから,FL300FDZの基板は,訂正前の特許発明1の「ステータの一端部に近接して配置し,該一端部を覆うように形成した」という構成要件を備えていない。
また,本件訂正請求が認められるか否かには関わらず,この無効理由は成り立たない。


4.無効理由4について
[請求人]
FL300FDZの基板は6つの通気口を備えているが,ステータの一端部を覆う基板は甲13に記載されており,FL300FDZの基板として甲13の基板を採用することは,当業者が容易に想到することができる程度のものにすぎない。
また,FL300FDZは,訂正前の特許発明2で限定された事項も備えているから,訂正前の特許発明1及び2は,特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものである。
また,本件訂正請求が認められたとしても,無効理由4が解消されるものではない。

[被請求人]
甲13の第1配線基板40には,通気口42が設けられ,通気口42はコイルの端部に対応する位置に設けられている。FL300FDZと甲13の技術を組み合わせても,訂正前の特許発明1が示唆されることはない。訂正前の特許発明2は,訂正前の特許発明1を前提としており,FL300FDZと甲13により示唆されることはない。
また,本件訂正請求が認められるか否かには関わらず,この無効理由は成り立たない。


第6.無効理由1についての当審の判断
特許請求の範囲の記載が,特許法第36条第6項第1号の「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」という要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
そこで,まず,本件特許発明が解決しようとする課題(以下「解決課題」ということがある。)を検討し,次に,発明の詳細な説明の記載により,当業者が当該課題を解決できると認識できるかどうかを検討し,最後に,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該課題を解決できると認識できる範囲のものであるかを検討する。

1.特許明細書の記載
特許明細書には,以下の記載がある。なお,下線は,参考のために当審で付した。

(1)「【技術分野】
【0001】
本発明は,ブラシレスモータを使用する電動工具に関し,特に,モータハウジング部に収容されるブラシレスモータに対する冷却効果および防塵効果を向上させた電動工具の構造に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に,ブラシレスモータ(DCモータ)は,小形化が可能であり,回転軸に取り付けられるロータに対しブラシおよび整流子を用いた電気的接続が不要となるので,高寿命が可能である。このため,コードレス電動工具の駆動源としてブラシレスモータを採用することが考えられる。
【0003】
しかし,ブラシレスモータを駆動すると,比較的大きな電力損失が熱となって発生し,熱の影響によりモータの高出力化や正常な動作が阻害される場合がある。電力損失の大部分は,ステータコイルに電流が流れることにより生じる銅損と,磁束密度の変化によってステータコア材に生じる鉄損であり,特に,ステータ部の鉄損が大きな発熱源となり,コードレス電動工具への適用が困難となる。
【0004】
このため,従来のブラシレスモータにおいて,種々のステータに対する冷却構造が提案されている。例えば,従来のステータの冷却構造としては,下記特許文献1に開示されているように,モータハウジング内に外気を吸入する開口部と,ハウジング内の冷却風をハウジングの外へ排気する開口部とを,ステータを挟んで回転軸方向に互いに離間してハウジングに設け,ロータに一体的に取付けたファンによってハウジング内に空気を導入し,特に,ステータコイル間に冷却風を流動させることにより,ステータコイル部を直接冷却する構造が提案されている。
【0005】
さらに,ブラシレスモータにおいて,インバータ回路基板(モータ駆動回路基板)のスイッチング素子を構成する出力トランジスタは,ステータコイルに大電流の駆動信号を供給することから発熱量が多くなり,冷却対策が要求される。インバータ回路基板の冷却構造としては,従来,下記特許文献2に開示されているように,モータハウジング内の冷却気体の流路上にモータのステータ部と共にインバータ回路基板を配置した構造が提案されている。」

(2)「【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ブラシレスモータは,モータのロータに対しブラシおよび整流子を用いた電気的接続が不要となるので,高寿命化が可能であると共に,モータ内部への塵埃の侵入を防止することが可能な防塵構造を達成し易い。このため,ブラシレスモータは,直流電源を用いる携帯用電動工具(コードレス電動工具)の駆動源として好適であると考えられる。
【0008】
本願発明者等は,ブラシレスモータをインパクトドライバ等の携帯用電動工具の駆動源への適用を検討したところ,木粉や金属粉等の粉塵が混在した空気の作業環境下で使用される電動工具にあっては,モータのステータとロータ間のエアギャップ等に鉄粉や木粉が詰まり,モータにロック現象が起きてしまい,その結果,コイルに過大な電流が流れることによるモータの駆動トランジスタやコイル焼損等による電動工具の故障の原因となり,防塵対策が要求された。
【0009】
モータ内への粉塵の侵入を防止する簡単な防塵構造としては,モータのハウジング全体を密閉構造とすることが考えられる。しかし,単にモータ全体を密閉構造にするだけでは,必然的に冷却風が流れない構造になるので,冷却効果が損なわれてしまい,通常運転時でも巻線の温度が異常に上昇し,コイル焼損等の故障の原因となる問題が生ずる。
【0010】
従って,本発明の目的は,モータ部の冷却効果に優れた冷却構造を有すると共に,粉塵の吸い込みを抑制したモータ部の防塵構造を具備するブラシレスモータを駆動源とする電動工具を提供することで,モータのロック現象を抑制して,モータの駆動トランジスタやコイル損傷等による電動工具の故障を抑制することにある。」

(3)「【0028】
インバータ回路22は,ブラシレスモータ3のステータコイル12aに3相の大駆動電流を通電するために,ブリッジ形式に電気的接続された6個の,例えばIGBT(絶縁ゲート・バイポーラ・トランジスタ)のような大電流容量の出力トランジスタ(スイッチング素子)21を実装する円形状の回路基板から構成されている。このインバータ回路22の円形状回路基板は,ロータ13に対する粉塵の侵入を防ぐ防塵構造の一部を形成する。
【0029】
すなわち,本発明によれば,インバータ回路の円形状回路基板(22)は,ステータ12の一端部12d側を全面的に覆い,その中央部において回転軸11およびスリーブ24が貫通する穴部が形成されている。一方,ステータ12の他端部12e側には,防塵カバー25が設けられ,インバータ回路基板22と同様に,ステータ12の他端部12e側の側面を覆っている。これらインバータ回路基板22および防塵カバー25の両者は,ステータ12と共に,ロータ13を閉塞または密封する防塵構造(密閉構造)を形成し,モータ部3のロータ13への粉塵の侵入を防止する。」

(4)「【0041】
図2および図3に示すように,モータハウジング部50aは,その内周部からステータ12の外周部へ突出する突出部(リブ)23a,23bを有し,かつ該突出部23a,23bがモータ回転軸方向に沿って延在し,互いに空間部19で隔離された複数のステータ保持部材23を有する。ステータ12を把持または保持するための複数のステータ保持部材23は,突出部23aの突出上面が広い幅W1(図3参照)を持つ面状ステータ保持部材(23a)と,突出部23bの突出上面が狭い幅W2(W2<W1)(図3参照)を持つ棒状ステータ保持部材(23b)とから成る。図2および図4の(a)に示すように,隣接する一対の棒状ステータ保持部材23bは,回転軸方向に沿う長さが,長さL1と長さL2(L2<L1)をもつ,長さが異なる棒状ステータ保持部材(リブ構造)23bによって構成されている。複数のステータ保持部材23を互いに隔離する空間部19は,冷却風(気体)20の流通路(19)として作用する。
【0042】
図1に示すように,ロータ13の回転軸11には,スリーブ24と冷却ファン15が設けられているので,ロータ13の回転時には,冷却ファン15も同時に回転する。
【0043】
冷却ファン15の作用によって,冷却風20は,まず,発熱量の多いインバータ回路22の出力トランジスタ21を冷却することができる。特に,インバータ回路22を構成する出力トランジスタ21は,IGBTのような大電流容量のスイッチングトランジスタから成り,ステータコイル12aを大電流で駆動する。このため出力トランジスタ21の電力損失が大きくなり,多くの発熱量が問題となる。したがって,インバータ回路22の出力トランジスタ21の冷却効果を向上させることが重要である。さらに,冷却風20は,ステータ12のステータコアに生ずる鉄損またはステータコイル12aに生ずる銅損等に基づくステータ12部における発熱を冷却することができる。本発明に従う冷却風20の流れの様子は,次のとおりである。
【0044】
図1に示すように,冷却ファン15により吸引された冷却風20は吸気口17よりモータハウジング50a内部へ流入し,インバータ回路22に設けられた出力トランジスタ21を冷却する。その後,冷却風20はモータハウジング部50aの内壁とステータ12の間隙に設けられた空気通路(空間部)19を通る際にステータ12の外周部を冷却し,冷却ファン15へ導かれる。その後,排気口18より排出される。
【0045】
冷却の際,図3に示すように,ステータ12の外周部には,互いに冷却風流通路19によって隔離された複数のステータ保持部材23がフィン状に接触するので,冷却風によるステータ12の冷却面積を広く確保できると共に,ステータ保持部材23によるステータ12の保持力(把持力)を強くすることができる。」

(5)「【0049】
一方,上述したように,ステータ12の一端側12dにはインバータ回路を構成する円形状回路基板22が設けられ,またステータ12の他端側12eには防塵カバー25が設けられている。これら円形状回路基板22および防塵カバー25は,ロータ13の両端部を封止するように配置されて,ステータ12と協働してロータ13を取り囲む密閉構造を形成するので,上述したような冷却風20によって,例え,好ましくない粉塵がモータハウジング部50a内に運搬されたとしても,ロータ13内への侵入を抑制することができる。以上の実施形態による装着構造によれば,モータ部の冷却効果を向上させると共に,モータ部の防塵構造を具備する電動工具を提供できる。」


2.特許明細書における従来技術及び本件特許発明の解決課題の検討
上記1.(1)及び(2)の記載からみて,以下のような従来技術や,本件特許発明の解決課題を認識できる。

(1)ブラシレスモータは,小形化及び高寿命化が可能であるため,コードレス電源工具の駆動源として採用することが考えられていたところ,ブラシレスモータを駆動すると熱が発生し,熱の影響により正常な動作が阻害される場合があるため,種々の冷却構造が提案されていた。

(2)ブラシレスモータは,ブラシや整流子が不要なので,モータ内部への塵埃の侵入を防止する防塵構造を達成し易いが,木粉や金属粉等の粉塵が混在した空気により,モータのステータとロータ間のエアギャップ等に鉄粉や木粉が詰まるというロック現象が起き,駆動トランジスタやコイル焼損等の原因となるため,防塵対策が要求された。

(3)モータ内への粉塵の侵入を防止する簡単な防塵構造としては,モータ全体を密閉構造とすることが考えられるが,単に密閉構造にするだけでは,必然的に冷却風が流れないので,冷却効果が損なわれる問題が生じる。

(4)本件特許発明が解決しようとする課題は,モータ部の冷却効果に優れた冷却構造と,粉塵の吸い込みを抑制したモータ部の防塵構造を備えたブラシレスモータを駆動源とする電動工具を提供し,モータのロック現象を抑制して,モータの駆動トランジスタやコイル焼損等による電動工具の故障を抑制することである。

(5)ここで,上記(3)における「単に密閉構造にするだけでは,必然的に冷却風が流れない」という因果関係は,従来,モータを冷却するために十分な量の空気をモータ内部に侵入させていたことを暗黙の前提として,そのようなモータを単に密閉構造にするだけでは,必然的に冷却風がモータ内部を流れないことを意味している。
そして,本件特許発明は,従来の冷却技術の問題点を解決しようとするものであるところ,その従来の冷却技術は,冷却に十分な量の空気をモータ内部に侵入させていたことに加えて,木粉や金属粉等の粉塵は,空気に混在してモータ内部へ侵入すること(上記(2))を合わせて考慮すると,上記(4)の本件特許発明の解決課題における「モータ部の冷却効果に優れた冷却構造と,粉塵の吸い込みを抑制したモータ部の防塵構造を備えたブラシレスモータ」とは,冷却に十分な量の空気をモータ内部に侵入させていた従来の冷却構造とは異なり,「モータ内部への空気の侵入を抑制することを前提として,モータ部の冷却効果に優れた冷却構造と,粉塵の吸い込みを抑制したモータ部の防塵構造を備えたブラシレスモータ」を意味すると解される。
さらに,「モータのステータとロータ間のエアギャップ等に鉄粉や木粉が詰まるというロック現象」(上記(2))を考慮すると,上記(4)の本件特許発明の解決課題における「モータのロック現象を抑制」することは,具体的には,「モータのステータとロータ間のエアギャップへの粉塵の吸い込みを抑制」することを意味すると解するほかない。

3.発明の詳細な説明の記載により,当業者が課題を解決できると認識できるかの検討
上記1.(3),(4)及び(5)の記載からみて,発明の詳細な説明には,ステータ12の一端部側を全面的に覆うインバータ回路基板22と,防塵カバー25及びステータ12により,モータ全体を閉塞または密封する防塵構造(密閉構造)にすること,並びにモータハウジング部50aにステータ保持部材23を設け,ステータ12の外周部に冷却風流通路19を形成することにより,モータ部の冷却効果を向上させることを理解できるところ,モータ全体を閉塞または密封する防塵構造(密閉構造)により,モータ内部への空気の侵入が抑制され,ステータ保持部材23や冷却風流通路19が,「モータ部の冷却効果に優れた冷却構造」を実現することは明らかである。
また,モータ全体を閉塞または密封する防塵構造(密閉構造)がモータ内部への空気の侵入を抑制することを前提とした「粉塵の吸い込みを抑制したモータ部の防塵構造」であることも明らかである。
そうすると,発明の詳細な説明には,「モータ内部への空気の侵入を抑制することを前提として,モータ部の冷却効果に優れた冷却構造と,粉塵の吸い込みを抑制したモータ部の防塵構造を備えたブラシレスモータ」が記載されているといえる。
さらに,そのブラシレスモータにより,モータのロック現象を抑制し,モータの駆動トランジスタやコイルの焼損を抑制できることは明らかであるから,発明の詳細な説明の記載により,当業者が上記2.(4)に示す本件特許発明の解決課題を解決できると認識できるというほかない。
したがって,発明の詳細な説明の記載により,当業者は,モータ内部への空気の侵入を抑制することを前提とした「モータ部の冷却効果に優れた冷却構造と,粉塵の吸い込みを抑制したモータ部の防塵構造を備えたブラシレスモータを駆動源とする電動工具を提供することで,モータのロック現象を抑制して,モータの駆動トランジスタやコイル損傷等による電動工具の故障を抑制する」という課題を解決できると認識することができる。

4.特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該課題を解決できると認識できる範囲のものであるかの検討
(1)特許発明1について
特許発明1は,上記第3.1.に記載されたとおりであるところ,その内の「前記ハウジング部の内周部から前記ステータの外周部へ突出して前記ステータの外周部を保持する突出部を設け,前記ハウジング部の内周部と前記ステータの外周部との間に形成される空間部を流通路として前記冷却ファンによって前記吸気口から前記ハウジング部内に取り込まれた前記ステータの冷却用気体を流通させ」という記載が,「モータ部の冷却効果に優れた冷却構造」を示すといえる。
一方,特許発明1には,「前記回転軸が貫通する穴部を有する基板を前記冷却ファンが設けられた側と反対側の前記ステータの一端部に近接して配置し,該基板によって,該ステータの一端部と,該エアギャップの一端部とを覆うように形成したこと」という記載はあるものの,基板がステータの一端部やエアギャップの一端部を覆うというだけでは,モータを完全に閉塞又は密封する構造が実現されているとまではいえず,特許発明1は,冷却用気体が基板の穴部からモータの内部,具体的にはステータとロータの間に形成されるエアギャップを流通することを許容しているといわざるを得ない。
そうすると,特許発明1の冷却用気体は,ハウジング部の内周部とステータの外周部との間に形成される空間部を流通路(以下「ステータ外周流通路」という。)として流通するほかに,モータ内部のステータとロータの間に形成されるエアギャップを流通路(以下「エアギャップ流通路」という。)として流通することになる。ところが,特許発明1は,ステータ外周流通路とエアギャップ流通路の接続関係について,何も特定されていないから,ステータ外周流通路とエアギャップ流通路が直列に接続する関係,例えば,吸気口からハウジング部内に取り込まれた冷却用気体が,ステータ外周流通路を流通した後に,その全てがエアギャップ流通路を流通するような接続関係を,特許発明1は許容し,包含していると考えるほかないところ,発明の詳細な説明には,ステータ外周流通路とエアギャップ流通路を直列に接続することについて,記載されていない。
そして,特許発明1が,ステータ外周流通路とエアギャップ流通路が直列に接続する関係を含むとすると,ハウジング部内に取り込まれた冷却用気体の全てがエアギャップ流通路を流通することになるから,特許発明1は,上記2.(5)で説示したモータ内部への空気の侵入を抑制することを前提とした冷却構造や,モータ内部への空気の侵入を抑制することを前提とした防塵構造を実現しているとはいえない。また,冷却用気体には木粉や金属粉等の粉塵が混在しているから,ハウジング部内に取り込まれた冷却用気体の全てがエアギャップ流通路を流通すれば,当然に木粉や金属粉等の粉塵もエアギャップ流通路を流通することになり,特許発明1は,上記2.(5)で説示した「モータのステータとロータ間のエアギャップへの粉塵の吸い込みを抑制」しておらず,ひいては「モータのロック現象を抑制」していないことになる。
したがって,特許発明1は,ステータ外周流通路とエアギャップ流通路が直列に接続する関係を含むという点で,発明の詳細な説明に記載された発明とはいえないし,上記2.(4)に示す「モータ部の冷却効果に優れた冷却構造と,粉塵の吸い込みを抑制したモータ部の防塵構造を備えたブラシレスモータを駆動源とする電動工具を提供し,モータのロック現象を抑制して,モータの駆動トランジスタやコイル焼損等による電動工具の故障を抑制する」という本件特許発明の解決課題を解決できるとはいえないから,特許発明1の記載が,特許法第36条第6項第1号の「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」という要件に適合するということはできない。

(2)特許発明2について
特許発明2は,上記第3.2.に記載されたとおりであるところ,特許発明2でいう「複数のリブ」が「粉塵の吸い込みを抑制」するとはいえないから,特許発明2には,「粉塵の吸い込みを抑制したモータ部の防塵構造」について記載されているとはいえない。
したがって,特許発明2は,本件特許発明の解決課題を解決できるとはいえないから,特許発明2の記載が,特許法第36条第6項第1号の「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」という要件に適合するということはできない。

5.小括
以上のとおりであるから,特許発明1及び2の記載は,特許法第36条第6項第1号の規定に適合せず,特許発明1及び2についての特許は,特許法第36条第6項に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものであるから,同法第123条第1項第4号に該当し,無効とすべきものである。

6.被請求人の主張について
(1)上記第5.1.[被請求人](1)の主張について
被請求人は,本件特許に係る出願の審査において,審査官が,出願当初の請求項1に係る発明が「密閉構造」や「カバー部材」を備えたものに限定した発明ではないことを認めた上で特許査定している旨を主張しているが,審査官が,出願当初の請求項1に係る発明について,ステータ外周流通路とエアギャップ流通路が直列に接続する関係を含むことを認識した上で,そのような認定及び判断をしたとまではいえないし,そもそも,当審の判断が当該審査官の判断に拘束されるわけではないから,被請求人の主張は採用できない。

(2)上記第5.1.[被請求人](2)の主張について
被請求人は,訂正前の特許発明1の作用効果を主張しているところ,その作用効果は「粉塵がステータコイルに直撃することを抑止すること」であって,「粉塵の吸い込みを抑制」することではない。また,「粉塵がステータコイルに直撃することを抑止すること」により,ただちに,「粉塵の吸い込みを抑制」する作用効果が生じるわけでもない。
したがって,特許発明1により,仮に被請求人が主張する作用や効果が生じるとしても,上記2.から5.までで説示する当審の認定及び判断を妨げることにはならない。

(3)上記第5.1.[被請求人](3)の主張について
被請求人は,訂正前の特許発明1の発明特定事項によって,当業者は「冷却用空気に含まれる粉塵がコイルに直撃することが抑制され,さらにステータ12を冷却する空気流を回路基板22の冷却用としても用いることが可能となる」と認識できるから,段落【0010】に記載されるように,「モータ部の冷却効果に優れた冷却構造を有すると共に,粉塵の吸い込みを抑制したモータ部の防塵構造を具備するブラシレスモータを駆動源とする電動工具を提供すること」ができるという発明の目的を達成することができる旨を主張している。
しかし,「冷却用空気に含まれる粉塵がコイルに直撃することが抑制され」るからといって,ただちに「粉塵の吸い込みを抑制した」ことにはならないから,請求人の主張は,上記上記2.から5.までで説示する当審の認定及び判断を妨げるものではない。
また,被請求人は,別件判定に関連して,「気体が反転してブラシレスモータの内部を通過して排出される構成」も,訂正前の特許発明1の技術的範囲に属していると主張しているが,当該主張は,訂正前の特許発明1の電動工具において,ハウジング内に流入した空気の全てが,モータの内部を通過して排出されることをいうものである。そして,そのように,空気の全てがモータの内部を通過するのであれば,上記4.(1)に説示するように,「粉塵の吸い込みを抑制」することにはならない。
したがって,当該主張は,上記2.から5.までで説示する当審の認定及び判断を妨げることにはならない。

(4)上記第5.1.[被請求人](4)の主張について
被請求人は,訂正前の特許発明1の「ステータの一端部を覆う」の解釈について,「覆う」とは,「露出するところがないように全体的にかぶせてしまう」という意味であること,訂正前の特許発明1における基板は,粉塵がステータに衝突することがないように,ステータの一端部を覆っていること,「ステータの一端部」とは,ステータ内の空間をも含むものと解釈するのが妥当であることなどを主張している。
本件訂正請求に係る訂正が認容されて,特許発明1は,「基板によって,該ステータの一端部と,該エアギャップの一端部とを覆う」となったが,そのことを踏まえても,上記4.(1)に説示するように,特許発明1は,ステータ外周流通路とエアギャップ流通路が直列に接続する関係を含むものであって,発明の詳細な説明に記載された発明とはいえないし,上記2.(4)に示す本件特許発明の解決課題を解決しているとはいえないから,被請求人の当該主張は,上記2.から5.までで説示する当審の認定及び判断を妨げることにはならない。

(5)上記第5.1.[被請求人](5)の主張について
被請求人は,訂正前の特許発明1によって「冷却構造と防塵構造を備えた電動工具を提供する」という課題を解決できる旨,主張しているが,上記4.(1)に説示するように,特許発明1は,ステータ外周流通路とエアギャップ流通路が直列に接続する関係を含むものであって,発明の詳細な説明に記載された発明とはいえないし,上記2.(4)に示す本件特許発明の解決課題を解決しているとはいえないから,被請求人の当該主張は,上記2.から5.までで説示する当審の認定及び判断を妨げることにはならない。

(6)上記第5.1.[被請求人](6)の主張について
被請求人は,訂正前の特許発明1は,基板がステータの一端部を覆うので,コイルが損傷することを基板自体が防止することができるという作用効果を有している旨,主張しているが,仮に,そのような作用効果があるとしても,ただちに「粉塵の吸い込みを抑制」する作用効果が生じるわけではないから,特許発明1は,「粉塵の吸い込みを抑制したモータ部の防塵構造」を備えているということはできない。
したがって,被請求人の当該主張は,上記2.から5.までで説示する当審の認定及び判断を妨げることにはならない。

(7)上記第5.1.[被請求人](7)の主張について
被請求人は,別件判定は,訂正前の本件特許発明の課題はモータに粉塵や空気を全く流入させない電動工具を提供することに限定されないと認定されたものと推認することができる旨,主張しているが,そもそも別件判定では,特許法第36条第6項第1号の要件について検討しておらず,当審の判断が当該別件判定の判断に拘束されるわけではないから,被請求人の主張は採用できない。

(8)上記第5.1.[被請求人](8)の主張について
被請求人は,訂正前の特許発明1の「ステータの一端部を覆う」の解釈や,訂正前の特許発明1の作用効果を主張しているが,上記(4)及び(2)で説示する理由と同様の理由により,被請求人の主張は採用できない。

(9)上記第5.1.[被請求人](9)の主張について
被請求人は,訂正前の特許発明1の「ステータの一端部を覆う」の解釈について主張しているが,上記(4)で説示する理由と同様の理由により,被請求人の主張は採用できない。
また,被請求人は,第1回口頭審理調書の別紙3の図の左の態様は,基板の穴部とスリーブとの間に隙間があり,訂正前の特許発明1の技術的範囲に含まれる旨を主張しているところ,特許発明1においても当該主張のとおり,基板の穴部とスリーブとの間に隙間があるものが包含されており,上記4.(1)に説示するように,特許発明1は,ステータ外周流通路とエアギャップ流通路が直列に接続する関係を含むこととなって,そのような発明は発明の詳細な説明に記載された発明とはいえないし,上記2.(4)に示す本件特許発明の解決課題を解決しているとはいえないから,被請求人の当該主張は,上記2.から5.までで説示する当審の認定及び判断を妨げることにはならない。

(10)上記第5.1.[被請求人](10)の主張について
被請求人は,訂正前の特許発明1によれば,ステータの一端部を基板で覆うので,冷却用気体は基板を大きく迂回してモータに流れることを前提に,大きな粉塵はスロットの内部を流れにくくなること,すなわち「モータのステータとロータ間のエアギャップへの粉塵の吸い込みを抑制」するという解決課題が解決される旨を主張している。
本件訂正請求に係る訂正が認容されたところ,被請求人は,上記第5.1.[被請求人](11)において,特許発明1においても同様の主張をしているから,次の(11)で合わせて検討する。

(11)上記第5.1.[被請求人](11)の主張について
被請求人は,特許発明1に係る電動工具において,基板の内周側に隙間がある場合,外周面の吸気口からハウジング内に入った冷却用気体の一部は「基板を大きく迂回して」流れることになり,大きな粉塵は,慣性力及び重力の影響を受けて,基板の内周側の隙間を通り越すように移動するから,エアギャップに大きな粉塵が入りにくくなり,ロック現象が生じにくくなる旨を主張している。
被請求人の主張のとおりに,大きな粉塵が基板の内周側の隙間を通り越すように移動するとしても,特許発明1は,その粉塵をハウジング外に排出する手段や,ハウジング内の特定の場所に集めて散逸しないようにする手段を欠くから,ハウジング内に入った大きな粉塵は,自由に移動できるといわざるを得ない。そして特許発明1の電動工具は,様々な姿勢で使用されるものであり,たとえば電動ドライバーであれば,ねじの位置に応じて,上向きや下向きの姿勢で使用されることも多い。さらに,上記4.(1)で説示するとおり,特許発明1は,ステータ外周流通路とエアギャップ流通路が直列に接続する関係を含んでおり,そのように流通路が直列に接続されていれば,冷却用気体は必ずエアギャップ流通路を通過することになる。これらを考慮すると,ハウジング内に入った大きな粉塵が,上向きや下向きといった電動工具の姿勢の変更により,ハウジング内を自由に移動する過程で,流通路を流れる冷却用気体と共にエアギャップ流通路に至る蓋然性は高いというべきである。
また,特許明細書によれば,粉塵には「鉄紛」が含まれている(1.(2)の段落【0008】)ところ,特許発明1のブラシレスモータのロータが,永久磁石を有していることは技術常識であるし,特許発明1は,ステータ外周流通路とエアギャップ流通路が直列に接続する関係を含んでいる。これらを考慮すると,被請求人のいう大きな粉塵でなくても,冷却用気体と共にハウジング内に入った微細な鉄粉の全てが,エアギャップ流通路を通過するから,その過程でロータの永久磁石に吸着して,エアギャップに鉄紛が詰まる蓋然性が高いというべきである。
以上から,被請求人の主張は採用できない。

(12)上記第5.1.[被請求人](12)の主張について
被請求人は,特許発明1は,ステータ外周流通路とエアギャップ流通路が直列に接続する関係を含んでいることを認めた上で,そうであっても,大きな粉塵は,慣性力と重力の影響を受けて,エアギャップに侵入しにくく,結局はその速度を失い,ハウジング部の底部に落下して蓄積されるから,エアギャップへの粉塵の吸い込みが抑制されると主張している。
しかし,上記(11)で説示したとおり,特許発明1は,ハウジングの底部に蓄積した粉塵をハウジング外に排出する手段や,ハウジング内の特定の場所に集めて散逸しないようにする手段を欠くから,当該粉塵が,上向きや下向きといった電動工具の姿勢の変更により,ハウジング内を自由に移動する過程で,流通路を流れる冷却用気体と共にエアギャップ流通路に至る蓋然性は高いというべきであり,被請求人の主張は採用できない。


第6.むすび
以上のとおり,特許発明1及び2について特許は,特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものであるから,同法第123条第1項第4号に該当し,その他の無効理由について検討するまでもなく,無効とすべきものである。
審判に関する費用については,特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により,被請求人が負担すべきものとする。
よって,結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
電動工具
【技術分野】
【0001】
本発明は、ブラシレスモータを使用する電動工具に関し、特に、モータハウジング部に収容されるブラシレスモータに対する冷却効果および防塵効果を向上させた電動工具の構造に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、ブラシレスモータ(DCモータ)は、小形化が可能であり、回転軸に取り付けられるロータに対しブラシおよび整流子を用いた電気的接続が不要となるので、高寿命が可能である。このため、コードレス電動工具の駆動源としてブラシレスモータを採用することが考えられる。
【0003】
しかし、ブラシレスモータを駆動すると、比較的大きな電力損失が熱となって発生し、熱の影響によりモータの高出力化や正常な動作が阻害される場合がある。電力損失の大部分は、ステータコイルに電流が流れることにより生じる銅損と、磁束密度の変化によってステータコア材に生じる鉄損であり、特に、ステータ部の鉄損が大きな発熱源となり、コードレス電動工具への適用が困難となる。
【0004】
このため、従来のブラシレスモータにおいて、種々のステータに対する冷却構造が提案されている。例えば、従来のステータの冷却構造としては、下記特許文献1に開示されているように、モータハウジング内に外気を吸入する開口部と、ハウジング内の冷却風をハウジングの外へ排気する開口部とを、ステータを挟んで回転軸方向に互いに離間してハウジングに設け、ロータに一体的に取付けたファンによってハウジング内に空気を導入し、特に、ステータコイル間に冷却風を流動させることにより、ステータコイル部を直接冷却する構造が提案されている。
【0005】
さらに、ブラシレスモータにおいて、インバータ回路基板(モータ駆動回路基板)のスイッチング素子を構成する出力トランジスタは、ステータコイルに大電流の駆動信号を供給することから発熱量が多くなり、冷却対策が要求される。インバータ回路基板の冷却構造としては、従来、下記特許文献2に開示されているように、モータハウジング内の冷却気体の流路上にモータのステータ部と共にインバータ回路基板を配置した構造が提案されている。
【0006】
【特許文献1】特開2004-274800号公報
【特許文献2】特開2005-102370号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ブラシレスモータは、モータのロータに対しブラシおよび整流子を用いた電気的接続が不要となるので、高寿命化が可能であると共に、モータ内部への塵埃の侵入を防止することが可能な防塵構造を達成し易い。このため、ブラシレスモータは、直流電源を用いる携帯用電動工具(コードレス電動工具)の駆動源として好適であると考えられる。
【0008】
本願発明者等は、ブラシレスモータをインパクトドライバ等の携帯用電動工具の駆動源への適用を検討したところ、木粉や金属粉等の粉塵が混在した空気の作業環境下で使用される電動工具にあっては、モータのステータとロータ間のエアギャップ等に鉄粉や木粉が詰まり、モータにロック現象が起きてしまい、その結果、コイルに過大な電流が流れることによるモータの駆動トランジスタやコイル焼損等による電動工具の故障の原因となり、防塵対策が要求された。
【0009】
モータ内への粉塵の侵入を防止する簡単な防塵構造としては、モータのハウジング全体を密閉構造とすることが考えられる。しかし、単にモータ全体を密閉構造にするだけでは、必然的に冷却風が流れない構造になるので、冷却効果が損なわれてしまい、通常運転時でも巻線の温度が異常に上昇し、コイル焼損等の故障の原因となる問題が生ずる。
【0010】
従って、本発明の目的は、モータ部の冷却効果に優れた冷却構造を有すると共に、粉塵の吸い込みを抑制したモータ部の防塵構造を具備するブラシレスモータを駆動源とする電動工具を提供することで、モータのロック現象を抑制して、モータの駆動トランジスタやコイル損傷等による電動工具の故障を抑制することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記本発明の目的を達成するために、本願において開示される発明のうち、代表的なものの特徴を説明すれば、次のとおりである。
【0012】
本発明の一つの特徴は、前後方向に延び、外周面に吸気口が設けられたモータハウジング部と、該モータハウジング部の前方に設けられた動力伝達ハウジング部と、該モータハウジング部から下方に延びるハンドルハウジング部と、を有するハウジング部と、該ハウジング部に収容され、前後方向に延びる回転軸と、ステータコイルが巻回され前記回転軸方向に延びるスロット、外周部及び内周部を有する略円筒状のステータと、該ステータの内部に略同心状に配置され前記回転軸に接続されたロータと、該ステータと該ロータの間に形成されるエアギャップと、を有するブラシレスモータと、前記ハウジング部内に収容され、前記回転軸に装着される冷却ファンと、該ブラシレスモータにより駆動される先端工具取付部材とを備えた電動工具において、前記ハウジング部の内周部から前記ステータの外周部へ突出して前記ステータの外周部を保持する突出部を設け、前記ハウジング部の内周部と前記ステータの外周部との間に形成される空間部を流通路として前記冷却ファンによって前記吸気口から前記ハウジング部内に取り込まれた前記ステータの冷却用気体を流通させ、前記回転軸と略直角方向に延び、前記回転軸が貫通する穴部を有する基板を前記冷却ファンが設けられた側と反対側の前記ステータの一端部に近接して配置し、該基板によって、該ステータの一端部と、該エアギャップの一端部とを覆うように形成したことにある。
【0013】
本発明の他の特徴は、前記ハウジング部は、その内周部から前記ステータの外周部の方向に突出すると共に、前記ステータの回転軸方向に延在する複数のリブを有することにある。
【発明の効果】
【0020】
上記した本発明によれば、ブラシレスモータのステータ自体をモータ部の防塵構造の一部として作用させ、かつ該ステータを保持する複数のステータ保持部材間に形成された複数の空間部をステータの冷却用気体の流通路として使用するので、モータの防塵機能を実現させつつ、ステータの冷却風量を増加させることでモータの冷却効果を向上させた電動工具を提供することができる。
【0021】
本発明の上記および他の目的、ならびに本発明の上記および他の新規な特徴は、本明細書の以下の記述および添付図面から更に明らかにされるであろう。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明の実施形態について図面を参照して詳細に説明する。なお、実施形態を説明する全図において、同一の機能を有する部材については同一の符号を付し、その繰り返しの説明を省略する。
【0023】
図1は本発明の電動工具をコードレスタイプのインパクトドライバに適用した部分断面図、図2は図1に示した電動工具のモータハウジング部の断面図、図3は図1に示したモータ部のA-A線に沿う断面図である。最初に、これらの図面を参照して工具全体の構成について説明する。
【0024】
図1に示すように、インパクトドライバ50は、後述するブラシレスモータ3の回転軸11と同一方向に沿って、一端部(図面の左端部)から他端部(図面の右端部)に延在し、モータ3を収納する合成樹脂材料のモータハウジング部50aと、モータハウジング部50aの他端部に連続して形成された、減速機構部4aおよびインパクト機構部4bを含む動力伝達機構部4を収容する動力伝達ハウジング部50bと、モータハウジング部50aおよび動力伝達ハウジング部50bから垂下するハンドルハウジング部50cとから構成された工具本体を含み、動力伝達ハウジング部50bの先端部はアンビル10の端部が突出し、アンビル角穴部10aには先端工具、例えばドライバビット(図示なし)を着脱自在に差し込んで取付部材10bによって固定できるように構成されている。アンビル角穴部10aには、他の先端工具としてボルト締付用ビットも装着することができる。
【0025】
モータハウジング部50aは、図3に示されるような筒状の形状を有し、その内周部内には、駆動源となるブラシレスモータ3が収容もしくは装着される。
【0026】
ブラシレスモータ3の回転軸11は、モータハウジング部50aの端壁部50e(図1参照)に設けられた軸受部材11aと、モータハウジング部50aの減速機構部4a側に設けられた軸受部材11bによって支承されている。
【0027】
ブラシレスモータ3は、3相ブラシレスDCモータから成り、図3に示すように、円筒状の外形をもつステータ12と、ステータ12の内周部12b内に同心軸状に設けられ、回転軸方向に延びるN極およびS極の永久磁石部材13cが埋め込まれたマグネット型ロータ13とを有する。ステータ12の内周部12bとその外周部12cとの間には回転軸方向に延びるスロット12fを有し、そのスロット12f内のステータコアにはステータコイル12aが巻回されている。ステータコイル12aは、例えばスター結線に電気的接続された3相コイルを構成している。
【0028】
インバータ回路22は、ブラシレスモータ3のステータコイル12aに3相の大駆動電流を通電するために、ブリッジ形式に電気的接続された6個の、例えばIGBT(絶縁ゲート・バイポーラ・トランジスタ)のような大電流容量の出力トランジスタ(スイッチング素子)21を実装する円形状の回路基板から構成されている。このインバータ回路22の円形状回路基板は、ロータ13に対する粉塵の侵入を防ぐ防塵構造の一部を形成する。
【0029】
すなわち、本発明によれば、インバータ回路の円形状回路基板(22)は、ステータ12の一端部12d側を全面的に覆い、その中央部において回転軸11およびスリーブ24が貫通する穴部が形成されている。一方、ステータ12の他端部12e側には、防塵カバー25が設けられ、インバータ回路基板22と同様に、ステータ12の他端部12e側の側面を覆っている。これらインバータ回路基板22および防塵カバー25の両者は、ステータ12と共に、ロータ13を閉塞または密封する防塵構造(密閉構造)を形成し、モータ部3のロータ13への粉塵の侵入を防止する。
【0030】
モータ駆動回路装置2は、CPU等を含むマイコンから構成され、ロータ13と磁気的に結合されたホールIC等を有する回転位置検出回路(図示なし)より入力される回転位置検出信号等に基づいて、インバータ回路22を制御し、インバータ回路22の出力トランジスタ21によってステータコイル12aへ3相駆動電流を供給する。
【0031】
図2および図3に示すように、モータハウジング部50aは、動力伝達ハウジング部50bおよびハンドルハウジング部50cと共に一体に形成された合成樹脂材料からなり、図3に示されるような、モータ3の回転軸中心に沿った垂直面で2分される断面形状が半円状のハウジング部材50aの一対(図3に示す左側部材50aと右側部材50a)を準備し、予め、図2の部分断面図で示すような一方のハウジング部材50aに、モータ3のロータ回転軸11やステータ12等の組込みを行い、しかる後、図1に示すように一対のハウジング部材50aの他方を重ねて、ねじ締め等で一対のハウジング部材50aを締結させる方法が取られる。したがって、一対のモータハウジング部材50aの締結体(完成体)において、ステータ12は、ハウジング部材50aと一体形成された複数のステータ保持部材23によって把持または挟持される。
【0032】
減速機構部4aは、ピニオンギア(サンギア)11cと、そのピニオンギア11cおよびリングギア7に噛み合う二つの遊星ギア6を有し、これらは動力伝達ハウジング部50b内のインナカバー(図示なし)内に組み込まれている。スピンドル8には、この減速機構部4aによって、ブラシレスモータ3の回転に対し減速された回転力が与えられる。
【0033】
インパクト機構部4bは、減速機構部4aを介して回転力が与えられるスピンドル8と、スピンドル8に取付けられてスピンドル8の回転軸方向に移動可能に係合し、回転打撃力を与えるハンマ9と、ハンマ9による回転打撃力で回転するアンビル10とを備える。ハンマ9およびアンビル10は、回転平面上の2箇所に互いに対称的に配置された2つのハンマ凸部(打撃部)9aおよび2つのアンビル凸部10cをそれぞれ有し、該ハンマ凸部9aおよびアンビル凸部10cは互いに回転方向に噛み合う位置に設置されている。
【0034】
ハンマ凸部9aとアンビル凸部10cの噛み合いにより、回転打撃力が先端工具に伝えられる。このとき、上記ハンマ9は、スピンドル8を囲むリング域で、スピンドル8に対して軸方向に摺動自在にされていると共に、スプリング(弾性体部材)5によって軸方向前方へと付勢されている。ハンマ9の内周面には、逆V字型(略三角形)のカム溝9bが設けられ、一方、スピンドル8の外周面には軸方向にV字型のカム溝8aが設けられている。スピンドル8の回転力は、スピンドルカム溝8aとハンマカム溝9bとの間に挿入されたボール(鋼球)8bを介して、次のようにハンマ9に伝達される。
【0035】
すなわち、インパクト機構部4bにおいて、被加工物へネジ等の締付具を回転させるための負荷トルクよりもハンマ9の回転トルクの方が小さいと、モータ3から与えられるスピンドル8の回転力は、ボール8bを挟持するスピンドルカム溝8aおよびハンマカム溝9bを介してハンマ9に伝達され、スピンドル8およびハンマ9を一緒に回転させ始める。スピンドル8およびハンマ9は相対的にねじられることになり、ハンマ9は、スピンドルカム溝8aに沿って、スプリング5をねじりながら、図面左方向へ、圧縮しつつ後退し、ハンマ凸部9aがアンビル凸部10cとの結合から離れた時点から、ハンマ9はアンビル凸部10cの高さを乗り越えると、アンビル10との噛み合いが解ける。
【0036】
さらにハンマ9は、スプリング5による付勢とスピンドルカム溝8aによるガイドを受けて、回転しつつ、図面右方向へ前進し、ハンマ凸部(打撃部)9aで回転前方のアンビル10のアンビル凸部10cに衝撃トルクを与える。この衝撃トルクは、アンビル10のアンビル角穴部(先端工具保持部)10aに取付けられた、先端工具(例えば、ドライバビット)へ伝わり、さらにドライバビットから締付具ネジに回転衝撃トルクを伝えて、被加工部材へのネジ込みもしくは締付けを行う。再びハンマ凸部9aおよびアンビル凸部10cが互いに係合することになるので、その後、再びハンマ9の後退が始まり、上記の打撃動作を繰返すことになる。
【0037】
ハンドルハウジング部50cには、モータ3の駆動電源となる電池パックケース1がハンドルハウジング部50cの下端部に着脱可能に装着されている。電池パックケース1は、図示されないリチウムイオン二次電池、ニッケル・カドミウム二次電池等から成る電池パック本体を収容し、該電池パック本体の一部はハンドルハウジング部50c内に挿入され、収容される。電池パックケース1は、ハンドルハウジング部50cの一部に設けられたトリガスイッチ50dを介してモータ駆動回路装置2に電気的接続され、電力を供給する。
【0038】
以上のように構成されたインパクトドライバ50によれば、作業者がハンドルハウジング部50cを把持しながら、トリガスイッチ50dを引けば、トリガスイッチ50dがオン状態となり、インパクトドライバ50の動作を開始できる。
【0039】
モータ3の回転力は、回転軸11のピニオンギア11cを介して遊星ギア6とリングギア7で減速し、その回転力をスピンドル8に伝達すると共に、ネジ締め中にアンビル10(先端工具)に所定以上の負荷トルクがかかるとスプリング5の作用によりハンマ9は回転力を打撃力へと変換する。これによりハンマ9はアンビル10に装着されている先端工具に回転打撃力を与えてネジを締め付けることができる。
【0040】
以上の構成において、本発明に従うブラシレスモータ3のモータハウジング部50aへの装着構造は次の特徴を有する。
【0041】
図2および図3に示すように、モータハウジング部50aは、その内周部からステータ12の外周部へ突出する突出部(リブ)23a、23bを有し、かつ該突出部23a、23bがモータ回転軸方向に沿って延在し、互いに空間部19で隔離された複数のステータ保持部材23を有する。ステータ12を把持または保持するための複数のステータ保持部材23は、突出部23aの突出上面が広い幅W1(図3参照)を持つ面状ステータ保持部材(23a)と、突出部23bの突出上面が狭い幅W2(W2<W1)(図3参照)を持つ棒状ステータ保持部材(23b)とから成る。図2および図4の(a)に示すように、隣接する一対の棒状ステータ保持部材23bは、回転軸方向に沿う長さが、長さL1と長さL2(L2<L1)をもつ、長さが異なる棒状ステータ保持部材(リブ構造)23bによって構成されている。複数のステータ保持部材23を互いに隔離する空間部19は、冷却風(気体)20の流通路(19)として作用する。
【0042】
図1に示すように、ロータ13の回転軸11には、スリーブ24と冷却ファン15が設けられているので、ロータ13の回転時には、冷却ファン15も同時に回転する。
【0043】
冷却ファン15の作用によって、冷却風20は、まず、発熱量の多いインバータ回路22の出力トランジスタ21を冷却することができる。特に、インバータ回路22を構成する出力トランジスタ21は、IGBTのような大電流容量のスイッチングトランジスタから成り、ステータコイル12aを大電流で駆動する。このため出力トランジスタ21の電力損失が大きくなり、多くの発熱量が問題となる。したがって、インバータ回路22の出力トランジスタ21の冷却効果を向上させることが重要である。さらに、冷却風20は、ステータ12のステータコアに生ずる鉄損またはステータコイル12aに生ずる銅損等に基づくステータ12部における発熱を冷却することができる。本発明に従う冷却風20の流れの様子は、次のとおりである。
【0044】
図1に示すように、冷却ファン15により吸引された冷却風20は吸気口17よりモータハウジング50a内部へ流入し、インバータ回路22に設けられた出力トランジスタ21を冷却する。その後、冷却風20はモータハウジング部50aの内壁とステータ12の間隙に設けられた空気通路(空間部)19を通る際にステータ12の外周部を冷却し、冷却ファン15へ導かれる。その後、排気口18より排出される。
【0045】
冷却の際、図3に示すように、ステータ12の外周部には、互いに冷却風流通路19によって隔離された複数のステータ保持部材23がフィン状に接触するので、冷却風によるステータ12の冷却面積を広く確保できると共に、ステータ保持部材23によるステータ12の保持力(把持力)を強くすることができる。
【0046】
また、上記の好ましい実施形態では、図2および図4の(a)に示すように、隣接する一対の棒状ステータ保持部材23bを、回転軸方向に沿う長さにおいて、特に、長さL1と長さL2を持つように形成する。これによって、冷却風20がステータ12の外周部の空気流通路19へ流入する際の損失を、図4の(b)に示すように、長さを一様にL1にした場合に比較して、より低減するためである。もちろん、本発明において、ステータ12おける電力損失が少なく発熱量が少ない場合は、図4の(b)に示すように、隣接する一対の棒状ステータ保持部材23bの長さを一様にL1に形成してもよい。この場合、全部の棒状ステータ保持部材23bの長さがL1と長くなるので、ステータ12の保持力をより強くすることができる。
【0047】
図4の(a)と図4の(b)の装着構造の違いに基づく冷却効果の違いが表れる理由は、次のとおりである。図4の(b)に示すように複数のステータ保持部材23bの長さ(大きさ)L1が同一である場合、冷却風20がステータ12の外周部の空気流通路19へ流入する冷却風の流れが、流れ20aとして示すように、急激に狭い流通路へ入り込むために、ステータ12を保持するステータ保持部材23bの入口部での損失が大きくなる。
【0048】
それに対し、好ましい実施形態では、図4の(a)に示すように、隣接する棒状ステータ保持部材23bの長さ(大きさ)がL1およびL2と異なっているので、冷却風20が空気流通路19へ流入する際、冷却風の流れが流れ20aおよび流れ20bのように除々に狭い箇所へ入り込む形態となるために、入口部での損失が図4の(b)に示す場合と比較して低減することができる。
【0049】
一方、上述したように、ステータ12の一端側12dにはインバータ回路を構成する円形状回路基板22が設けられ、またステータ12の他端側12eには防塵カバー25が設けられている。これら円形状回路基板22および防塵カバー25は、ロータ13の両端部を封止するように配置されて、ステータ12と協働してロータ13を取り囲む密閉構造を形成するので、上述したような冷却風20によって、例え、好ましくない粉塵がモータハウジング部50a内に運搬されたとしても、ロータ13内への侵入を抑制することができる。以上の実施形態による装着構造によれば、モータ部の冷却効果を向上させると共に、モータ部の防塵構造を具備する電動工具を提供できる。
【0050】
以上の実施形態において、全ステータ保持部材23を全て棒状ステータ保持部材23bに構成する必要はないが、図2に示すように、面状ステータ保持部材23aと共に、棒状ステータ保持部材23bを採用することで空気流通路19の損失をより低減し、ステータ12を強固に保持することができる。
【0051】
また、棒状ステータ保持部材23bの大きさを異なるように設定するにあたっては、隣接する一対のものの長さを異ならせる場合について述べたが、図5に示すように、ステータ12を保持する棒状ステータ保持部材23bの幅(回転軸方向と直交する方向の幅)を、部分的に寸法W3と広くすることで、空気流通路19の損失を低減することが可能となる。すなわち、図5に示すように、隣接する棒状ステータ保持部材23b間の間隔を広目に設定して、長さが同じ棒状ステータ保持部材23bについて、その中央部を寸法W3と幅広く形成してもよい。
【0052】
また、空気流通路19へ冷却風20が流入する際の損失をさらに低減するために、図2に示すように、ステータ保持部材23bの回転軸方向の両端部23c、23dを面取り形状(角Rの形状を含む)または流線形状に形成してもよい。
【0053】
上記した防塵カバー25は、モータハウジング部50aの内周部との間に空気流通路19を形成している。防塵カバー25の角部25aにて、冷却風20の流れを折り曲げる必要があり、流れの曲がり損失が発生する恐れがある。この損失を低減させるために、防塵カバー角部25aを面取り形状(角Rの形状を含む)または流線形状に加工することが好ましい。これにより冷却風20の風量の低減を防止することが可能となる。
【0054】
以上の実施形態の説明より明らかにされるように、本発明によれば、モータハウジング部の内周部に形成されるフィン状のステータ保持部材によって、ブラシレスモータのステータに優れた冷却効果を与える冷却構造を提供することができる。また、ブラシレスモータの使用により粉塵を吸い込まないモータ部の防塵構造を提供することができる。これによって、冷却効果の優れた冷却構造および防塵構造を具備するブラシレスモータを駆動源とする電動工具を提供することが可能である。
【0055】
なお、以上の実施形態では、3相ブラシレス直流モータを使用した電動工具について説明したが、3相以外のブラシレス直流モータを使用した電動工具についても適用することができる。また、本発明は、インパクトドライバに限らず、電動ドリル等の電動回転工具に適用することもできる。本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲内で種々の変更が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】本発明の実施形態に係る電動工具の全体断面図。
【図2】図1に示した電動工具のモータハウジング部の断面図。
【図3】図1に示した電動工具のA-A線に沿う断面図。
【図4】図1に示した電動工具に使用されたステータ保持部材の平面図。
【図5】図4に示したステータ保持部材の変形例を示す平面図。
【符号の説明】
【0057】
1:電池パックケース 2:モータ駆動回路装置 3:ブラシレスモータ
4:動力伝達機構部 4a:減速機構部 4b:インパクト機構部
5:スプリング 6:遊星ギア 7:リングギア
8:スピンドル 8a:スピンドル外周面のカム溝 8b:ボール(鋼球)
9:ハンマ 9a:ハンマ凸部 9b:ハンマ内周面のカム溝
10:アンビル 10a:アンビル角穴部 10b:先端工具取付部材
10c:アンビル凸部 11:回転軸 11a、11b:軸受部材
11c:ピニオンギア 12:ステータ 12a:ステータコイル
12b:ステータの内周部 12c:ステータの外周部
12d:ステータの一端部 12e:ステータの他端部
12f:ステータのスロット 13:ロータ 13c:永久磁石部材
15:冷却ファン 17:吸気口 18:排気口 19:空気通路(空間部)
20:冷却風(冷却気体) 20a、20b:ステータ保持部材間の冷却風
21:出力トランジスタ 22:インバータ回路(回路基板)
23:ステータ保持部材 23a:面状ステータ保持部材
23b:棒状ステータ保持部材 24:スリーブ 25:防塵カバー
25a:防塵カバーの角部 50:電動工具(インパクトドライバ)
50a:モータハウジング部 50b:動力伝達ハウジング部
50c:ハンドルハウジング部 50d:トリガスイッチ
50e:モータハウジングの端壁部
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
前後方向に延び、外周面に吸気口が設けられたモータハウジング部と、該モータハウジング部の前方に設けられた動力伝達ハウジング部と、該モータハウジング部から下方に延びるハンドルハウジング部と、を有するハウジング部と、
該ハウジング部に収容され、前後方向に延びる回転軸と、ステータコイルが巻回され前記回転軸方向に延びるスロット、外周部及び内周部を有する略円筒状のステータと、該ステータの内部に略同心状に配置され前記回転軸に接続されたロータと、該ステータと該ロータの間に形成されるエアギャップと、を有するブラシレスモータと、
前記ハウジング部内に収容され、前記回転軸に装着される冷却ファンと、
該ブラシレスモータにより駆動される先端工具取付部材とを備えた電動工具において、
前記ハウジング部の内周部から前記ステータの外周部へ突出して前記ステータの外周部を保持する突出部を設け、
前記ハウジング部の内周部と前記ステータの外周部との間に形成される空間部を流通路として前記冷却ファンによって前記吸気口から前記ハウジング部内に取り込まれた前記ステータの冷却用気体を流通させ、
前記回転軸と略直角方向に延び、前記回転軸が貫通する穴部を有する基板を前記冷却ファンが設けられた側と反対側の前記ステータの一端部に近接して配置し、該基板によって、該ステータの一端部と、該エアギャップの一端部とを覆うように形成したことを特徴とする電動工具。
【請求項2】
前記ハウジング部は、その内周部から前記ステータの外周部の方向に突出すると共に、前記ステータの回転軸方向に延在する複数のリブを有することを特徴とする請求項1に記載された電動工具。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2016-11-29 
結審通知日 2016-12-02 
審決日 2016-12-13 
出願番号 特願2007-140152(P2007-140152)
審決分類 P 1 113・ 853- ZAA (H02K)
P 1 113・ 841- ZAA (H02K)
P 1 113・ 537- ZAA (H02K)
P 1 113・ 851- ZAA (H02K)
P 1 113・ 854- ZAA (H02K)
最終処分 成立  
前審関与審査官 安食 泰秀  
特許庁審判長 栗田 雅弘
特許庁審判官 平岩 正一
刈間 宏信
登録日 2012-08-17 
登録番号 特許第5062473号(P5062473)
発明の名称 電動工具  
代理人 特許業務法人筒井国際特許事務所  
代理人 小林 武  
代理人 特許業務法人筒井国際特許事務所  
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