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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 取り消して特許、登録 B60C
審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録 B60C
管理番号 1325571
審判番号 不服2014-21362  
総通号数 208 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-04-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2014-10-22 
確定日 2017-03-21 
事件の表示 特願2013-85881号「タイヤ」拒絶査定不服審判事件〔平成26年12月4日出願公開、特開2014-223816号、請求項の数(1)〕について、知的財産高等裁判所において、審決取消の判決(平成28年(行ケ)第10079号、平成28年11月16日判決言渡)があったので、さらに審理の上、次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は、特許すべきものとする。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成25年4月16日の出願であって、平成26年1月29日付けで拒絶理由が通知され、同年4月3日に意見書及び手続補正書が提出されたが、同年7月14日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、同年10月22日に拒絶査定不服審判請求がなされるとともにこれと同時に手続補正書が提出され、その後当審において、平成27年8月3日付けで拒絶理由が通知され、同年10月5日に意見書及び手続補正書が提出され、同年10月26日付けで拒絶理由(以下、「当審拒絶理由1」という。)が通知され、同年12月22日に意見書及び手続補正書が提出され、平成28年2月15日付けで本件審判の請求は成り立たないとの審決がなされたが、知的財産高等裁判所において、同年11月16日に審決を取り消すとの判決があった。
その後、当審において、同年12月16日付けで拒絶理由(以下、「当審拒絶理由2」という。)が通知され、平成29年1月25日に意見書及び手続補正書が提出されたものである。

第2 本願発明
本願の請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、平成29年1月25日に提出された手続補正書で補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定されるものと認められるところ、本願発明は以下のとおりである。
「【請求項1】
タイヤのトレッドに、該トレッドの少なくとも接地面を形成する表面ゴム層と、前記表面ゴム層のタイヤ径方向内側に隣接する内部ゴム層とを有し、
前記表面ゴム層のゴム弾性率をMsとし、前記内部ゴム層のゴム弾性率をMiとするとき、比Ms/Miは0.01以上1.0未満であり、
前記表面ゴム層の厚さは0.01mm以上1.0mm以下であり、
前記トレッドは、ベース部のタイヤ径方向外側に隣接して、該トレッドの少なくとも接地面を形成するキャップ部を配置した積層構造を有し、前記キャップ部が前記表面ゴム層および前記内部ゴム層を含み、
アンチロックブレーキシステム(ABS)を搭載した車両に装着して使用し、
前記表面ゴム層は、前記内部ゴム層のタイヤ径方向外側で前記内部ゴム層にのみ隣接し、
前記表面ゴム層は、非発泡ゴムから成り、かつ、前記内部ゴム層は、発泡ゴムから成り、
前記表面ゴム層のゴム弾性率Msが前記内部ゴム層のゴム弾性率Miに比し低いことを特徴とするタイヤ。」

第3 原査定の理由について
1.原査定の理由の概要
本願発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物である引用文献1に記載された発明、引用文献4に記載の技術的事項及び従来周知の技術に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。


引用文献1:特開2007-131084号公報
引用文献4:特開平7-1907号公報

2.原査定の理由の判断
(1)引用文献の記載事項
ア.引用文献1の記載事項及び引用発明
引用文献1には、図面とともに以下の事項が記載されている(下線部は当審で付与した。以下同様。)。
(ア)「【請求項2】
上層のキャップ部と下層のベース部を備えたキャップ・ベース構造のトレッドを有するタイヤであって、キャップ部に平均発泡率の異なるゴム層を設けると共に、少なくとも路面と接する表面ゴム層(A)の平均発泡率を最も高くする請求項1に記載のタイヤ。」

(イ)「【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、このような状況下で、走行初期よりドライ性能を損なうことなく、安定した氷上性能を有するタイヤを提供することを目的とするものである。」

(ウ)「【0011】
本発明のタイヤは、トレッド部に平均発泡率の異なる複数のゴム層を設けると共に、少なくとも路面と接する表面ゴム層(A)の平均発泡率を最も高くすることが必要である。
上記とレッド部には平均発泡率の異なる複数のゴム層を設けることができるが、走行初期における氷上性能を向上させるために、路面と接する表面ゴム層(A)の平均発泡率をトレッド部の発泡ゴム層の中で、最も高くする。表面ゴム層(A)の発泡率を高くすることによって、ゴム層が柔軟で、路面との密着性が強くトレッド表面に発泡面が露出していない走行初期から、従来品に比べドライ性能を損ねることなく優れた氷上性能を得ることができる。また、高発泡率の表面ゴム層(A)は従来品に比べて耐摩耗性が劣るため走行早期に発泡面が露出し、さらに氷上性能が向上する。」(なお、「上記とレッド部には」は、以下、「上記トレッド部には」の誤記であると解釈する。)

(エ)「【0012】
上記トレッド部は、上層のキャップ部とベース部を備えたキャップ・ベース構造を有し、キャップ部に平均発泡率の異なるゴム層を設け、少なくとも路面と接する表面ゴム層の平均発泡率を最も高くすることがより好ましい。
前記平均発泡率の異なるゴム層は、表面ゴム層(A)とそれに隣接する内部ゴム層(B)の2層からなることが好ましい。表面ゴム層(A)の平均発泡率は、40%以上、70%以下が好ましく、より好ましくは、50%以上、60%以下である。また、内部ゴム層の平均発泡率は3%以上、40%未満が好ましく、より好ましくは、15%以上、35%以下である。(なお、上記「ショアー硬度A」は、以下、「ショアーA硬度」の誤記であると解釈する。)

表面ゴム層(A)及び内部ゴム層(B)の平均発泡率を上記範囲にすることによって、表面ゴム層(A)と内部ゴム層(B)とでは平均発泡率は異なるものの両ゴム層間の中では発泡は連続して形成されており、タイヤの走行初期から、ドライ性能を損ねることなく優れた氷上性能を有するタイヤを得ることができる。」

(オ)「【0013】
さらに、表面ゴム層(A)の厚さは0.3?1mmの範囲であることが好ましく、表面ゴム層(A)の厚さは、初期性能を満足する厚さであればよく、より好ましくは、0.3?0.6mmである。
内部ゴム層(B)の厚さについては、特に限定はなく、タイヤサイズ、パターンなどの違いによって適宜決定すればよい。
ベースゴム層については、特に制限はないが、無発泡ゴム又は内部ゴム層(B)より平均発泡率の低い発泡ゴムから構成される。
また、ベースゴム層は、例えば、ショアーA硬度が、表面ゴム層(A)及び内部ゴム層(B)のショアーA硬度より高いゴムを用いることが好ましい。ショアー硬度Aの値は、ベースゴム層>内部ゴム層(B)>表面ゴム層(A)の順に高く、また、夫々のショアー硬度Aの値は特に限定はされないが、タイヤサイズなどの違いによって適宜決定すればよい。」

(カ)「【0046】
例えば、図1に示すように、カーカス1と、該カーカス1のクラウン部をたが締めするベルト2と、表面ゴム層(A)5及び内部ゴム層(B)6からなる二層のキャップ部とベース部4の三層から成るトレッドを順次配置したラジアル構造を有する。なお、トレッド部以外の内部構造は、一般のラジアルタイヤの構造と変わりないので説明は省略する。」

これらの記載事項(ア)?(カ)及び図面内容を総合し、本願発明の発明特定事項に倣って整理すると、引用文献1には、以下の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

「路面と接する表面ゴム層(A)5及びそれに隣接する内部ゴム層(B)6からなる二層のキャップ部とベース部4の三層から成るトレッドを有し、
ショアーA硬度の値は、ベースゴム層>内部ゴム層(B)6>表面ゴム層(A)5の順に高く、
前記表面ゴム層(A)5の厚さは0.3?1mmであり、
前記表面ゴム層(A)5の平均発泡率が前記トレッドの発泡ゴム層の中で最も高い、タイヤ。」

イ.引用文献4の記載事項
引用文献4には、図面とともに以下の事項が記載されている。
(ア)「【0017】従来のタイヤの製造において、トレッドが、慣習的に設けられる。本発明において、タイヤ10には、少なくとも2つの区別可能な材料からできた複合トレッド22を設けてある。さらに詳細には、複合トレッド22は、薄い外側層23とコア内側層24を含む。特に、薄い外側層23の組成は、内側層24とは異なる物理的性質を有する。」

(イ)「【0020】トレッド層の弾性率に関して、本発明の実施のために、薄い外側層23が、本発明において使用され、-20℃におけるその弾性率は、同一温度における内側層24の弾性率よりも低く、少なくとも30パーセント、好ましくは、50パーセントであることが見いだされた。低弾性率外側層23は、氷雪牽引力を改良する際に特に有効であると考えられるが、高弾性率内側層24は、タイヤ10の乾燥及び湿潤操縦性及び牽引力に影響するように見える。」

(2)対比
ア.本願発明と引用発明とを対比すると、その意味、機能または構造からみて、引用発明の「タイヤ」は本願発明の「タイヤ」に相当し、以下同様に、「トレッド」は「トレッド」に、「路面と接する表面ゴム層(A)5」は「該トレッドの少なくとも接地面を形成する表面ゴム層」に、「内部ゴム層(B)6」は「内部ゴム層」に、「キャップ部」は「キャップ部」に、「ベース部4」は「ベース部」に、それぞれ相当する。

イ.引用発明の「内部ゴム層(B)6」は、「それ(表面ゴム層(A)5)に隣接する」ものであり、併せて図1を参照すると、引用発明の「内部ゴム層(B)6」は、表面ゴム層(A)5のタイヤ径方向内側に隣接するものと認められる。
したがって、引用発明の「路面と接する表面ゴム層(A)5及びそれに隣接する内部ゴム層(B)6からなる二層のキャップ部とベース部4の三層から成るトレッドを有し」という構成は、本願発明の「タイヤのトレッドに、該トレッドの少なくとも接地面を形成する表面ゴム層と、前記表面ゴム層のタイヤ径方向内側に隣接する内部ゴム層とを有し」という構成に相当する。

ウ.引用発明の「前記表面ゴム層(A)5の厚さは0.3?1mmであり」という構成と、本願発明の「前記表面ゴム層の厚さは0.01mm以上1.0mm以下であり」という構成は、「前記表面ゴム層の厚さは0.3mm以上1.0mm以下であり」という構成の限度で一致する。

エ.引用発明の「路面と接する表面ゴム層(A)5及びそれに隣接する内部ゴム層(B)6からなる二層のキャップ部」は、ベース部4とともに「三層から成るトレッド」を構成するものであり、併せて図1を参照すると、引用発明の「キャップ部」は、ベース部4のタイヤ径方向外側に隣接しているものと認められる。
また、引用発明の「路面と接する表面ゴム層(A)5及びそれに隣接する内部ゴム層(B)6からなる二層のキャップ部」は、「路面と接する表面ゴム層(A)5」を有しているから、トレッドの少なくとも接地面を形成するものと認められる。
そして、引用発明の「トレッド」は「三層から成るトレッド」であるから、積層構造を有しているものと認められる。
したがって、引用発明の「路面と接する表面ゴム層(A)5及びそれに隣接する内部ゴム層(B)6からなる二層のキャップ部とベース部4の三層から成るトレッドを有し」という構成は、本願発明の「前記トレッドは、ベース部のタイヤ径方向外側に隣接して、該トレッドの少なくとも接地面を形成するキャップ部を配置した積層構造を有し、前記キャップ部が前記表面ゴム層および前記内部ゴム層を含み」という構成に相当する。

オ.引用発明の「表面ゴム層(A)5」は、それに隣接する内部ゴム層(B)6とともに「二層のキャップ部」を構成するものであり、併せて図1を参照すると、引用発明の「表面ゴム層(A)5」は、 内部ゴム層(B)6のタイヤ径方向外側で内部ゴム層(B)6に隣接するものと認められる。
したがって、引用発明の「路面と接する表面ゴム層(A)5及びそれに隣接する内部ゴム層(B)6からなる二層のキャップ部とベース部4の三層から成るトレッドを有し」という構成と、本願発明の「前記表面ゴム層は、前記内部ゴム層のタイヤ径方向外側で前記内部ゴム層にのみ隣接し」という構成は、「前記表面ゴム層は、前記内部ゴム層のタイヤ径方向外側で前記内部ゴム層に隣接し」という構成の限度で一致する。

以上から、本願発明と引用発明とは、以下の点で一致する。
<一致点>
「タイヤのトレッドに、該トレッドの少なくとも接地面を形成する表面ゴム層と、前記表面ゴム層のタイヤ径方向内側に隣接する内部ゴム層とを有し、
前記表面ゴム層の厚さは0.3mm以上1.0mm以下であり、
前記トレッドは、ベース部のタイヤ径方向外側に隣接して、該トレッドの少なくとも接地面を形成するキャップ部を配置した積層構造を有し、前記キャップ部が前記表面ゴム層および前記内部ゴム層を含み、
前記表面ゴム層は、前記内部ゴム層のタイヤ径方向外側で前記内部ゴム層に隣接するタイヤ。」

そして、本願発明と引用発明とは、以下の点で相違する。
<相違点a>
本願発明では、「前記表面ゴム層のゴム弾性率をMsとし、前記内部ゴム層のゴム弾性率をMiとするとき、比Ms/Miは0.01以上1.0未満であり、」「前記表面ゴム層のゴム弾性率Msが前記内部ゴム層のゴム弾性率Miに比し低い」という構成を有しているのに対し、
引用発明では、「ショアーA硬度の値は、ベースゴム層>内部ゴム層(B)6>表面ゴム層(A)5の順に高く」という構成を有している点。

<相違点b>
「表面ゴム層の厚さ」に関し、本願発明においては「0.01mm以上1.0mm以下」であるのに対し、
引用発明では、「0.3?1mm」であるが、0.01mm以下0.3未満を含んでいない点。

<相違点c>
「タイヤ」に関し、本願発明では、「アンチロックブレーキシステム(ABS)を搭載した車両に装着して使用」するのに対し、
引用発明では、そのように特定されていない点。

<相違点d>
「表面ゴム層」に関し、本願発明では、「前記表面ゴム層は、前記内部ゴム層のタイヤ径方向外側で前記内部ゴム層に『のみ』隣接し」という構成を有しているのに対し、
引用発明では、そのように特定されていない点。

<相違点e>
本願発明では、「前記表面ゴム層は、『非発泡ゴム』から成り、かつ、前記内部ゴム層は、発泡ゴムから成り」という構成を有しているのに対し、
引用発明では、「前記表面ゴム層(A)5の平均発泡率が前記トレッドの発泡ゴム層の中で最も高い」という構成を有している点。

(3)判断
事案にかんがみ、相違点eについて検討する。
上記(1)ア.(イ)(段落【0008】)に「本発明は、・・・走行初期よりドライ性能を損なうことなく、安定した氷上性能を有するタイヤを提供することを目的とするものである。」と記載され、上記(1)ア.(ウ)(段落【0011】)に「本発明のタイヤは、・・・少なくとも路面と接する表面ゴム層(A)の平均発泡率を最も高くすることが必要である。・・・走行初期における氷上性能を向上させるために、路面と接する表面ゴム層(A)の平均発泡率をトレッド部の発泡ゴム層の中で、最も高くする。表面ゴム層(A)の発泡率を高くすることによって、ゴム層が柔軟で、路面との密着性が強くトレッド表面に発泡面が露出していない走行初期から、従来品に比べドライ性能を損ねることなく優れた氷上性能を得ることができる。また、高発泡率の表面ゴム層(A)は従来品に比べて耐摩耗性が劣るため走行早期に発泡面が露出し、さらに氷上性能が向上する。」と記載されるように、引用発明は、走行初期よりドライ性能を損なうことなく、安定した氷上性能を有するタイヤを提供するという発明の課題を解決するために、「前記表面ゴム層(A)5の平均発泡率が前記トレッドの発泡ゴム層の中で最も高く」なるようにしたものである。
そうすると、たとえ、タイヤトレッドの接地面を形成する表面ゴム層を非発泡ゴムから形成するという技術が従来周知の技術であったとしても、当該周知の技術を、引用発明に適用し、引用発明において、「前記表面ゴム層(A)5の平均発泡率が前記トレッドの発泡ゴム層の中で最も高く」なるようにするという構成に替えて、表面ゴム層(A)5を非発泡ゴムから形成するという構成を採用することには阻害要因があるといえる。
したがって、引用発明において、相違点eに係る本願発明の発明特定事項とすることは、当業者にとって容易であるとはいえない。

なお、引用文献4には、「外側層23とコア内側層24を含む複合トレッド22を設けてあるタイヤ10において、前記外側層23の-20℃における弾性率は、同一温度における前記内側層24の弾性率よりも50パーセント低いタイヤ10。」という技術的事項が記載されているが、当該技術的事項は、相違点eに係る本願発明の発明特定事項と直接関連するものではない。

(4)小括
以上から、引用発明において、少なくとも相違点eに係る本願発明の発明特定事項を想到することは当業者にとって容易とはいえないから、本願発明は、当業者が引用発明、引用文献4に記載の技術的事項及び従来周知の技術に基いて容易に発明をすることができたとはいえない。
よって、原査定の理由によっては、本願を拒絶することはできない。

第4 当審拒絶理由について
1.当審拒絶理由1の概要
本願発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物1に記載された発明及び刊行物2乃至7に例示される技術常識又は自明の技術的事項に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。


刊行物1:実願平2-101134号(実開平4-57403号)のマイクロフィルム
刊行物2:特開平6-240052号公報
刊行物3:特開2013-7025号公報
刊行物4:特開2009-96421号公報
刊行物5:特開2011-57066号公報
刊行物6:特開2007-8427号公報
刊行物7:特開2008-207574号公報

2.当審拒絶理由1の判断
(1)刊行物1の記載事項
刊行物1には、「タイヤのトレッド構造」に関し、図面とともに以下の事項が記載されている。
ア.「2.実用新案登録請求の範囲
(1) トレッドの本体層の表面に、タイヤ製品時での厚みが0.5mm以下、ピコ摩耗指数が50以下である皮むき用の表面外皮層が形成されたことを特徴とするタイヤのトレッド構造。」(明細書第1頁第4?8行)

イ.「3.考案の詳細な説明
[産業上の利用分野]
この考案は主にスタッドレスタイヤやレーシングタイヤ等に利用することができるタイヤのトレッド構造に関するものである。」(明細書第1頁第9?13行)

ウ.「この考案の目的はかかる皮むき走行の走行距離を従来より短くし、速やかにトレッド表面において所定の性能を発揮することができるタイヤのトレッド構造を提供する点にある。」(明細書第2頁第8?11行)

エ.「[課題を解決するための手段]
上記目的を達成するためこの考案は、トレッド本体層の表面に、走行により容易に皮むきできる皮むき用の表面外皮層をあらかじめ積極的に形成する手段を採用し、その表面外皮層としては、加硫後のタイヤ製品時での厚みが0.5mm以下、ピコ摩耗指数が50以下である表面外皮層が好ましいことを見出だした。」(明細書第2頁第12?19行)

オ.「ピコ摩耗指数は表面外皮層のゴムの柔らかさを示す値であるが、これが50を越えると耐摩耗性があり、皮むきが速やかにできない点で50以下が好ましい。」(明細書第3頁第10?13行)

カ.「表面外皮層の形成はトレッド本体層全体に形成してもよいが、部分的でもよく、ブロック表面上のみに形成してもよい。」(明細書第3頁第14?16行)

キ.「本体層については特に限定されない。例えばキャップ・ベース層等の2層以上の多層構造としてもよく、また発泡ゴムを用いても差し支えない。ゴム配合も一般のスタッドレス配合等種々採用できる。」(明細書第4頁第2?6行)

ク.「[実施例]
図面はこの考案に係るタイヤトレッド構造の一実施例を示す概略断面図で、1はトレッド、2はトレッドの本体層であり、3はこの本体層2の表面を被覆してなる皮むき用の表面外皮層である。
この実施例では本体層2及び皮むき用の表面外皮層3のゴムは、それぞれ第1表記載の通りのゴムA及びゴムBを使用した。表面外皮層3の厚みは0.4mmとした。
ところでこの実施例に係る構造でタイヤサイズ185/70R13のスタッドレスタイヤを試作し、氷上制動テストをした。」(明細書第4頁第17行?第5頁第8行)

ケ.明細書第6頁には、以下の表が示されている。

(2)刊行物1に記載された発明
刊行物1には、「主にスタッドレスタイヤやレーシングタイヤ等に利用することができるタイヤのトレッド構造」について開示されているところ(摘示イ.)、その「2.実用新案登録請求の範囲」(摘示ア.)には、 「トレッドの本体層の表面に、」「皮むき用の表面外皮層が形成された」「タイヤのトレッド構造。」と記載されている。
また、刊行物1の「3.考案の詳細な説明」「[実施例]」の欄には、上記タイヤのトレッド構造の実施の形態について記載されており、かかる記載によれば、
表面外皮層(表面外皮層3)のゴムは、ゴムBを使用し、Hs(-5℃)が46、ピコ摩耗指数が43であること(摘示ク.、ケ.)、
本体層(本体層2)のゴムは、ゴムAを使用し、Hs(-5℃)が60、ピコ摩耗指数が80であること(摘示ク.、ケ.)、
表面外皮層(表面外皮層3)の厚みは0.4mmであること(摘示ク.)、
上記タイヤのトレッド構造を採用しスタッドレスタイヤとしたこと(摘示ク.)、が明らかである。

以上によれば、刊行物1には、以下の発明(以下、「刊行物発明」という。)が記載されていると認められる。
「トレッドの本体層の表面に、皮むき用の表面外皮層が形成された、スタッドレスタイヤにおいて、
前記表面外皮層のゴムは、ゴムBを使用し、Hs(-5℃)が46、ピコ摩耗指数が43であり、
前記本体層のゴムは、ゴムAを使用し、Hs(-5℃)が60、ピコ摩耗指数が80であり、
前記表面外皮層の厚みは0.4mmである、スタッドレスタイヤ。」

(3)対比
ア.刊行物発明における「トレッド」は、その機能、構造からみて、本願発明における「トレッド」に相当するものである。刊行物発明において「表面外皮層」は「皮むき用」であることから「トレッド」の少なくとも接地面を形成するものであることは明らかであり、本願発明における「表面ゴム層」に相当する。また刊行物発明における「本体層」は、その表面に「皮むき用の表面外皮層」が形成されるものであるから、「表面外皮層」のタイヤ径方向内側に隣接するものであることは明らかであり、本願発明における「内部ゴム層」に相当する。
したがって、刊行物発明において「トレッドの本体層の表面に、」「皮むき用の表面外皮層が形成されたこと」は、本願発明において「タイヤのトレッドに、該トレッドの少なくとも接地面を形成する表面ゴム層と、前記表面ゴム層のタイヤ径方向内側に隣接する内部ゴム層とを有」することに相当する。

イ.上記ア.で述べたとおり、刊行物発明の「表面外皮層」は本願発明の「表面ゴム層」に相当し、刊行物発明の「本体層」は本願発明の「内部ゴム層」に相当する。また、本願発明において「Ms」は「表面ゴム層のゴム弾性率Ms」であり、「Mi」は「内部ゴム層のゴム弾性率Mi」である。
よって、刊行物発明において「前記表面外皮層のゴムは、ゴムBを使用し、Hs(-5℃)が46、ピコ摩耗指数が43であり、前記本体層のゴムは、ゴムAを使用し、Hs(-5℃)が60、ピコ摩耗指数が80であ」ることと、本願発明において「前記表面ゴム層のゴム弾性率をMsとし、前記内部ゴム層のゴム弾性率をMiとするとき、比Ms/Miは0.01以上1.0未満であり、」「前記表面ゴム層は、非発泡ゴムから成り、かつ、前記内部ゴム層は、発泡ゴムから成り、」「前記表面ゴム層のゴム弾性率Msが前記内部ゴム層のゴム弾性率Miに比し低いこと」とは、「前記表面ゴム層と前記内部ゴム層が所定の組成及び物性を有」する限度で共通するものといえる。

ウ.上記ア.で述べたとおり、刊行物発明の「表面外皮層」は本願発明の「表面ゴム層」に相当するから、刊行物発明において「前記表面外皮層の厚みは0.4mmである」ことと、本願発明において「前記表面ゴム層の厚さは0.01mm以上1.0mm以下であ」ることとは、「前記表面ゴム層の厚さは0.4mmであ」る限度で共通するものといえる。

エ.刊行物発明における「スタッドレスタイヤ」が、本願発明における「タイヤ」に相当することは明らかである。

以上から、本願発明と刊行物発明とは、以下の点で一致する。
「タイヤのトレッドに、該トレッドの少なくとも接地面を形成する表面ゴム層と、前記表面ゴム層のタイヤ径方向内側に隣接する、内部ゴム層とを有し、
前記表面ゴム層と前記内部ゴム層が所定の組成及び物性を有し、
前記表面ゴム層の厚さは0.4mmである、タイヤ。」

そして、本願発明と刊行物発明とは、以下の点で相違する。
<相違点1>
「表面ゴム層」及び「内部ゴム層」の組成及び物性について、
本願発明においては、「前記表面ゴム層のゴム弾性率をMsとし、前記内部ゴム層のゴム弾性率をMiとするとき、比Ms/Miは0.01以上1.0未満であり、」「前記表面ゴム層は、非発泡ゴムから成り、かつ、前記内部ゴム層は、発泡ゴムから成り、前記表面ゴム層のゴム弾性率Msが前記内部ゴム層のゴム弾性率Miに比し低い」のに対し、
刊行物発明においては、「前記表面外皮層のゴムは、ゴムBを使用し、Hs(-5℃)が46、ピコ摩耗指数が43であり、前記本体層のゴムは、ゴムAを使用し、Hs(-5℃)が60、ピコ摩耗指数が80であ」る点。

<相違点2>
「表面ゴム層の厚さ」について、
本願発明においては「0.01mm以上1.0mm以下」であるのに対し、
刊行物発明においては「0.4mm」であるが、0.01mm以下0.4未満及び0.4mmを越えて1.0mm以下を含んでいない点。

<相違点3>
本願発明においては「前記トレッドは、ベース部のタイヤ径方向外側に隣接して、該トレッドの少なくとも接地面を形成するキャップ部を配置した積層構造を有し、前記キャップ部が前記表面ゴム層および前記内部ゴム層を含」むものであるのに対し、
刊行物発明においてはそのような特定がなされていない点。

<相違点4>
本願発明は「アンチロックブレーキシステム(ABS)を搭載した車両に装着して使用」するものであるのに対し、
刊行物発明においてはそのような特定がなされていない点。

<相違点5>
本願発明においては「前記表面ゴム層は、前記内部ゴム層のタイヤ径方向外側で前記内部ゴム層にのみ隣接する」のに対し、
刊行物発明においてはそのような特定がなされていない点。

(4)判断
相違点1について判断する。
本願発明は、トレッドに発泡ゴムを適用したタイヤにおいて、氷路面におけるタイヤの制動性能及び駆動性能を総合した氷上性能が、タイヤの使用開始時から安定して優れたタイヤを提供するため、タイヤの新品時に接地面近傍を形成するトレッド表面のゴムの弾性率を好適に規定して、十分な接地面積を確保することができるようにしたものである。これに対し、刊行物発明は、スタッドレスタイヤやレーシングタイヤ等において、加硫直後のタイヤに付着したベントスピューと離型剤の皮膜を除去する皮むき走行の走行距離を従来より短くし、速やかにトレッド表面において所定の性能を発揮することができるようにしたものである。
以上のとおり、本願発明は、使用初期においても、タイヤの氷上性能を発揮できるように、弾性率の低い表面ゴム層を配置するのに対し、刊行物発明は、容易に皮むきを行って表面層を除去することによって、速やかに本体層が所定の性能を発揮することができるようにしたものである。したがって、使用初期においても性能を発揮できるようにするための具体的な課題が異なり、表面層に関する技術的思想は相反するものであると認められる。
よって、刊行物1に接した当業者は、表面外皮層Bを柔らかくして表面外皮層を早期に除去することを想到することができても、本願発明の具体的な課題を示唆されることはなく、当該表面外皮層に使用初期においても安定して優れた氷上性能を得るよう、表面ゴム層及び内部ゴム層のゴム弾性率の比率に着目し、当該比率を所定の数値範囲とすることを想到するものとは認め難い。また、ゴムの耐摩耗性がゴムの硬度に比例することや、スタッドレスタイヤにおいてトレッドの接地面を発泡ゴムにより形成することにより氷上性能あるいは雪上性能が向上することが技術常識であるとしても、表面ゴム層を非発泡ゴム、内部ゴム層を発泡ゴムとしつつ、表面ゴム層のゴム弾性率を内部ゴム層のゴム弾性率より小さい(表面を内部に比べて柔らかくする。)所定比の範囲として、タイヤの使用初期にトレッドの接地面積を十分に確保して、使用初期においても安定して優れた氷上性能を得るという技術的思想は開示されていないから、本願発明に係る構成を容易に想到することができるとはいえない。

なお、上記(1)ケ.(第2表)を参酌すれば、本願発明の実施例と刊行物発明はともに従来例「100」に対して「103」という程度でタイヤの使用初期の氷上での制動性能が向上するものであり、また、刊行物1の比較例と実施例を比較すると、比較例が実施例に対して表面ゴム層(表面外皮層)を有していない点のみが異なることから、使用初期の性能向上は、表面ゴム層(表面外皮層)に由来することが明らかである、そうすると、本願発明の実施例と刊行物発明の性能向上はともに、タイヤ表面に本体層のゴムよりも柔らかいゴムを用いることにより使用初期の氷上での性能を向上させる点で同種のものであるから、結局、表面ゴム層(表面外皮層)に関して、本願発明と刊行物発明の所期する条件(機能)は変わるものではなく、刊行物1に接した当業者は、刊行物発明の表面ゴム層(表面外皮層)が、早期に摩滅させることのみを目的としたものでなく、氷上性能の初期性能が得られることを認識し得るようにもみえる。
しかしながら、刊行物1に記載された課題を踏まえると、刊行物発明は、あくまで早く摩耗する皮むき用の表面外皮層を設けて、ベントスピューと離型剤を表面外皮層とともに除去することにより、本来のトレッド表面を速やかに出現させるものであり、刊行物1は、走行開始から表面外皮層が除去されるまでの間の氷上性能について何ら開示するものではない。よって、刊行物1に接した当業者が、氷上性能の初期性能が得られることを認識するものとは認められない。

また、刊行物発明において、表面外皮層Bの硬度は、本体層Aのそれより小さく(上記(1)ケ.(第1表))、硬度の小さいゴムが、ゴム弾性率の小さいゴムである旨の技術常識(刊行物4、刊行物5)を考慮すれば、刊行物発明の「表面ゴム層(表面外皮層)」のゴム弾性率が「内部ゴム層(本体層)」のゴム弾性率に比し低いものといえ、「表面ゴム層のゴム弾性率」/「内部ゴム層のゴム弾性率」の値を0.01以上1.0未満程度の値とすることは、具体的数値を実験的に最適化又は好適化したものであって、当業者の通常の創作能力の発揮といえるから、当業者にとって格別困難なことではないようにもみえる。
しかし、本願発明と刊行物発明とでは、具体的な課題及び技術的思想が相違するため、刊行物1には、表面ゴム層のゴム弾性率を内部ゴム層のゴム弾性率より小さい所定比の範囲として、使用初期において、接地面積を確保するという本願発明の技術的思想は開示されていないのであるから、刊行物発明から本願発明を想到することが、格別困難なことではないとはいえない。
加えて、表面外皮層BのHs(-5℃)/本体層AのHs(-5℃)が、0.77(=46/60)、表面外皮層Bのピコ摩耗指数/本体層Aのピコ摩耗指数が、0.54(=43/80)であるとしても、本願発明が特定するゴム弾性率とHs(-5℃)又はピコ摩耗指数との関係は明らかでないので、上記(1)ケ.(第1表)に示すHs(-5℃)又はピコ摩耗指数の比率が、本願発明の特定する、「比Ms/Miは0.01以上1.0未満」に含まれ、当該比率について本願発明と刊行物発明が同一であるとも認められない。

なお、刊行物2、3、6、7に記載される技術的事項は、相違点1に係る本願発明1の発明特定事項と直接関連するものではない。

(5)小括
以上から、刊行物発明において、少なくとも相違点1に係る本願発明の発明特定事項を想到することは当業者にとって容易とはいえないから、本願発明は、刊行物発明及び刊行物4乃至5に例示される技術常識に基いて容易に発明をすることができたとはいえない。
よって、当審拒絶理由1によっては、本願を拒絶することはできない。

3.当審拒絶理由2の概要
[理由1]
この出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。


本願請求項1には「前記比Ms/Mi」との記載があるが、当該記載よりも前に「比Ms/Mi」は記載されていない。

よって、本願請求項1に係る発明は、不明確である。

[理由2]
この出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。


本願請求項1に係る発明は、「前記比Ms/Miは0.01以上1.0未満であり、前記表面ゴム層の厚さは0.01mm以上1.0mm以下であ」るタイヤを包含している。
しかしながら、本願明細書の段落【0042】の【表1】(平成27年10月5日の手続補正により補正されたもの)には、参考例タイヤ11及び参考例タイヤ12が、Ms/Miは0.01以上1.0未満であり、かつ、表面ゴム層の厚さは0.01mm以上1.0mm以下である範囲に含まれることが記載されている。
したがって、本願請求項1の「前記比Ms/Miは0.01以上1.0未満であり、前記表面ゴム層の厚さは0.01mm以上1.0mm以下であり」という記載と、本願明細書の段落【0042】の【表1】(平成27年10月5日の手続補正により補正されたもの)の記載は、矛盾している。

よって、本願請求項1に係る発明は、発明の詳細な説明に記載されたものではない。

4.当審拒絶理由2の判断
(1)理由1について
平成29年1月25日提出の手続補正書によって、請求項1において、補正前の「前記比Ms/Miは0.01以上1.0未満であり」との記載は「前記表面ゴム層のゴム弾性率をMsとし、前記内部ゴム層のゴム弾性率をMiとするとき、比Ms/Miは0.01以上1.0未満であり」との記載に補正された。これにより、当審拒絶理由2で通知した上記理由1は解消した。

(2)理由2について
平成29年1月25日提出の手続補正書によって、本願明細書の段落【0042】の【表1】において、補正前の「参考例タイヤ11」との記載は削除され、補正前の「参考例タイヤ12」との記載は「発明例タイヤ5」との記載に補正された。これにより、当審拒絶理由2で通知した上記理由2は解消した。

(3)小括
以上から、本願発明は、明確であり、かつ、発明の詳細な説明に記載されたものであるから、当審拒絶理由2によっては、本願を拒絶することはできない。

第5 むすび
以上のとおり、原査定の理由及び当審拒絶理由1及び2によっては、本願を拒絶することはできない。
また、他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審決日 2017-03-07 
出願番号 特願2013-85881(P2013-85881)
審決分類 P 1 8・ 537- WY (B60C)
P 1 8・ 121- WY (B60C)
最終処分 成立  
前審関与審査官 柳楽 隆昌  
特許庁審判長 和田 雄二
特許庁審判官 森林 宏和
一ノ瀬 覚
発明の名称 タイヤ  
代理人 杉村 憲司  
代理人 山口 雄輔  

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