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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  A23L
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  A23L
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A23L
管理番号 1325837
異議申立番号 異議2015-700169  
総通号数 208 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-04-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2015-11-11 
確定日 2017-01-19 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第5715825号発明「未発酵のビール風味麦芽飲料の風味の改善」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5715825号の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された明細書及び特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?7〕、8について、訂正することを認める。 特許第5715825号の請求項1?6及び8に係る特許を維持する。 特許第5715825号の請求項7に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 1.手続の経緯
本件特許第5715825号の請求項1?8に係る特許についての出願は、平成27年3月20日付けでその特許権の設定登録がされ、その後、特許異議申立人有限会社アモニータより特許異議の申立てがなされ、平成28年1月22日付けで取消理由が通知され、平成28年4月22日に意見書の提出及び訂正請求がなされ、平成28年6月7日に特許異議申立人から意見書の提出、さらに、平成28年7月6日付けで取消理由(決定の予告)が通知され、平成28年9月5日に意見書の提出及び訂正請求がなされたものである。

なお、平成28年4月22日になされた訂正請求は、特許法第120条の5第7項の規定により、取り下げられたものとみなす。
また、平成28年9月5日になされた訂正請求について、特許異議申立人に対して期間を指定して意見書を提出する機会を与えたが、特許異議申立人からは何らの応答もなかった。

2.訂正の適否
(1)訂正の内容
ア 請求項〔1?6〕、8に係る訂正
・訂正事項a
特許請求の範囲の請求項1及び8において、
「150Ln≧-A+10、および、1000Ln≦-3A+150[上記式中、Lnは麦芽飲料中におけるリナロール濃度(mg/L)(Ln>0)を意味し、かつ、Aは麦芽飲料中におけるアセトアルデヒド濃度(mg/L)(A>0)を意味する]」との記載を

[上記式中、Lnは麦芽飲料中におけるリナロール濃度(mg/L)(Ln>0)を意味し、かつ、Aは麦芽飲料中におけるアセトアルデヒド濃度(mg/L)(A>0)を意味し、但し、上記式を満足する範囲は150Ln≧-A+10、および、1000Ln≦-3A+150を満足する範囲を超えない]」と訂正する。

・訂正事項b
特許請求の範囲の請求項1において、
「を満足するように、リナロール濃度とアセトアルデヒド濃度とを調節することを含んでなる」との記載を
「を満足し、かつ、得られる麦芽飲料中におけるリナロールの濃度が0.0006?0.12mg/L、およびアセトアルデヒドの濃度が1.6?10mg/Lとなるように、リナロール濃度とアセトアルデヒド濃度とを調節することを含んでなる」と、
また、特許請求の範囲の請求項8において、
「を満たすことを特徴とする」との記載を
「を満たし、かつ、リナロールの濃度が0.0006?0.12mg/L、およびアセトアルデヒドの濃度が1.6?10mg/Lの範囲内であることを特徴とする」と訂正する。

・訂正事項c
明細書の段落【0023】において、
「150Ln≧-A+10、および、1000Ln≦-3A+150・・・(A)
[上記式中、
Lnは麦芽飲料中におけるリナロール濃度(mg/L)(Ln>0)を意味し、かつ
Aは麦芽飲料中におけるアセトアルデヒド濃度(mg/L)(A>0)を意味する]」との記載を、

[上記式中、
Lnは麦芽飲料中におけるリナロール濃度(mg/L)(Ln>0)を意味し、かつ
Aは麦芽飲料中におけるアセトアルデヒド濃度(mg/L)(A>0)を意味し、
但し、上記式を満足する範囲は150Ln≧-A+10、および、1000Ln≦-3A+150を満足する範囲を超えない]」と訂正する。

・訂正事項d
明細書の段落【0023】において、
「を満足するように、リナロールとアセトアルデヒドとを、風味改善しようとする麦芽飲料に加えることを含んでなる」との記載を、
「を満足し、かつ、得られる麦芽飲料中におけるリナロールの濃度が0.0006?0.12mg/L、およびアセトアルデヒドの濃度が1.6?10mg/Lとなるように、リナロールとアセトアルデヒドとを、風味改善しようとする麦芽飲料に加えることを含んでなる」と訂正する。

・訂正事項e
明細書の段落【0067】において、
「なお、これら関係式の前者は、後述する実施例のリナロール濃度60μm/Lでかつアセトアルデヒド濃度1mg/Lの場合と、リナロール濃度0μm/Lでかつアセトアルデヒド濃度10mg/Lの場合に基づいて算出したものであり、後者の式は、後述する実施例のリナロール濃度120μm/Lでかつアセトアルデヒド濃度12mg/Lの場合と、リナロール濃度0μm/Lでかつアセトアルデヒド濃度60mg/Lの場合に基づいて算出したものである。後者の式は、好ましくは、1000Ln<-3A+150であることができる。」との記載を、
「なお、これら関係式の前者は、後述する実施例のリナロール濃度60μg/Lでかつアセトアルデヒド濃度1mg/Lの場合(飲料中の実測濃度では、リナロール濃度59.7μg/Lでかつアセトアルデヒド濃度1.6mg/L)と、リナロール濃度0μg/Lでかつアセトアルデヒド濃度10mg/Lの場合(飲料中の実測濃度では、リナロール濃度0.6μg/Lでかつアセトアルデヒド濃度10.3mg/L)に基づいて算出したものであり、後者の式は、後述する実施例のリナロール濃度120μg/Lでかつアセトアルデヒド濃度10mg/Lの場合(飲料中の実測濃度では、リナロール濃度121.3μg/Lでかつアセトアルデヒド濃度10.3mg/L)と、リナロール濃度0μg/Lでかつアセトアルデヒド濃度50mg/Lの場合(飲料中の実測濃度では、リナロール濃度0.6μg/Lでかつアセトアルデヒド濃度47.7mg/L)に基づいて算出したものである。」と訂正する。

・訂正事項f
明細書の段落【0074】において、
「リナロール濃度:0、1.2、12、120 μm/L;」との記載を、
「リナロール濃度:0、1.2、12、60、120 μg/L;」と訂正する。

イ 請求項7に係る訂正
・訂正事項g
特許請求の範囲の請求項7を削除する。

(2)訂正の目的の適否、新規事項の有無及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
ア 請求項〔1?6〕、8に係る訂正について
・訂正事項e及びfについて
訂正事項eにおいて、訂正前のリナノール濃度の単位として「μm/L」は、明らかな誤記であるから、これを「μg/L」とする訂正は、誤記の訂正を目的とするものである。
訂正事項eにおいて、アセトアルデヒド濃度として「12mg/L」及び「60mg/L」は、「後述する実施例」(段落【0074】の実施例2、段落【0077】の【表1】)にはなく、明らかな誤記であるから、それらを「後述する実施例」どおりの「10mg/L」及び「50mg/L」とする訂正は、誤記の訂正を目的とするものである。
訂正事項eにおいて、各リナロール濃度及びアセトアルデヒド濃度の後に括弧書きで飲料中の実測濃度を追加する訂正は、下記の訂正事項aの特許請求の範囲の訂正に伴い、実施例3(段落【0086】の【表2】及び【0087】の【表3】)を根拠とし、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の整合を図るための訂正であって、明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
訂正事項eにおいて、「後者の式は、好ましくは、1000Ln<-3A+150であることができる。」との記載を削除する訂正は、下記の訂正事項aの特許請求の範囲の訂正に伴い、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明との整合を図るための訂正であって、明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
そして、訂正事項fにおいて、段落【0074】の「リナロール濃度:0、1.2、12、120 μm(μg)/L」との記載は、段落【0077】の【表1】の記載と対応しておらず、明らかな誤記であるから、リナロール濃度に「60μg/L」を追加する訂正は、誤記の訂正を目的とするものである。
また、訂正事項e及びfは、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

・訂正事項aについて
請求項1及び8に記載されている「リナロールおよびアセトアルデヒドのそれぞれの濃度」は「得られる麦芽飲料中における」濃度であることから、リナロールおよびアセトアルデヒドの濃度が満たす関係式は、最終的に得られた麦芽飲料中のリナロールおよびアセトアルデヒドの濃度に基づいて算出されるものであるところ、訂正前の請求項1及び8に記載されていた関係式:「150Ln≧-A十10、および、1000Ln≦-3A+150」は、麦芽飲料に添加されたリナロールおよびアセトアルデヒドの量(実施例2)に基づいて算出されたものであり(段落【0067】参照)、明瞭でないことは明らかである。
かかる明瞭でない記載を訂正するため、リナロールおよびアセトアルデヒドの濃度が満たす関係式を、最終的に得られた麦芽飲料中のリナロールおよびアセトアルデヒドの実測濃度が示された実施例3(段落【0086】及び【0087】の【表2】及び【表3】)に基づいて算出された下記関係式:

とする訂正は、明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
また、訂正後の上記関係式は、段落【0067】及び実施例3(段落【0086】の【表2】及び【0087】の【表3】)に基づいて算出されることから、新規事項の追加に該当しない。
さらに、訂正後の請求項1及び8は、「但し、上記式を満足する範囲は150Ln≧-A+10、および、1000Ln≦-3A+150を満足する範囲を超えない」との記載を追加し、訂正前の請求項1及び8を超える範囲を除いていることから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

・訂正事項bについて
訂正事項bは、請求項1及び8に記載されている「麦芽飲料中のリナロールおよびアセトアルデヒドのそれぞれの濃度」の範囲をさらに「0.0006?0.12mg/L」および「1.6?10mg/L」に限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
また、この訂正は、明細書の段落【0064】、【0065】および【0087】の記載に基づくものであるから、新規事項の追加に該当しない。

・訂正事項c及びdについて
訂正事項c及びdは、上記の訂正事項a及びbの特許請求の範囲の訂正に伴い、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との整合を図るための訂正であって、明瞭でない記載の釈明を目的とするものであり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

イ 請求項7に係る訂正について
訂正事項gは、特許請求の範囲の請求項7を削除する訂正であり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
また、訂正事項gは、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(3)むすび
したがって、上記各訂正事項は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号、第2号または第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するので、訂正後の請求項〔1?7〕、8について訂正を認める。

3.本件特許発明
上記のとおり訂正が認められることから、本件特許の請求項1?6、8に係る発明は、訂正特許請求の範囲の請求項1?6、8に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。
「【請求項1】
風味改善しようとする麦芽飲料中のリナロールの濃度とアセトアルデヒドの濃度とを調整することによって、飲料に発酵風味を付与または増強することを特徴とする、未発酵のビール風味麦芽飲料の製造方法であって、得られる麦芽飲料中におけるリナロールおよびアセトアルデヒドのそれぞれの濃度が、下記関係式:

[上記式中、Lnは麦芽飲料中におけるリナロール濃度(mg/L)(Ln>0)を意味し、かつ、Aは麦芽飲料中におけるアセトアルデヒド濃度(mg/L)(A>0)を意味し、但し、上記式を満足する範囲は150Ln≧-A+10、および、1000Ln≦-3A+150を満足する範囲を超えない]
を満足し、かつ、得られる麦芽飲料中におけるリナロールの濃度が0.0006?0.12mg/L、およびアセトアルデヒドの濃度が1.6?10mg/Lとなるように、リナロール濃度とアセトアルデヒド濃度とを調節することを含んでなる、製造方法。
【請求項2】
リナロールとアセトアルデヒドとを、風味改善しようとする麦芽飲料に加えることによって、飲料に発酵風味を付与または増強する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
得られる麦芽飲料中におけるリナロールおよびアセトアルデヒドの濃度が、それぞれ風味改善に有効な濃度となるように、リナロールとアセトアルデヒドとを、風味改善しようとする麦芽飲料に加えることを含んでなる、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
得られる麦芽飲料中におけるリナロールの濃度が11?13μg/L、およびアセトアルデヒドの濃度が9?11mg/Lとなるように、リナロールとアセトアルデヒドとを調節することを含んでなる、請求項1?3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
麦芽飲料に用いられる麦汁の調製過程において、麦汁へのホップの添加量および添加時期を調節することによってホップ由来のリナロール量を調節した後、さらに必要によりリナロールを麦芽飲料に加えることによって、風味改善しようとする麦芽飲料のリナロール濃度を調節することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
風味改善しようとする麦芽飲料が、未発酵の麦汁から麦汁フレーバーを低減させることによって得られたものである、請求項1?5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】(削除)
【請求項8】
リナロール濃度およびアセトアルデヒの濃度が、下記関係式を満たし、かつ、リナロールの濃度が0.0006?0.12mg/L、およびアセトアルデヒドの濃度が1.6?10mg/Lの範囲内であることを特徴とする、発酵風味が付与または増強された未発酵のビール風味麦芽飲料:

[上記式中、Lnは麦芽飲料中におけるリナロール濃度(mg/L)(Ln>0)を意味し、かつ、Aは麦芽飲料中におけるアセトアルデヒド濃度(mg/L)(A>0)を意味し、但し、上記式を満足する範囲は150Ln≧-A+10、および、1000Ln≦-3A+150を満足する範囲を超えない]」

3.取消理由の概要
訂正前の請求項1?8に係る特許に対して平成28年1月22日付けで特許権者に通知した取消理由の概要は、次のとおりである。
<理由1>
本件特許の請求項1、5?8に係る発明(以下「本件特許発明1」等という。)は、その出願前に日本国内又は外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

甲1:特許第2791343号公報
甲2:岸本徹、「ビールに特徴的な香りを付与するホップ由来香気成分」、2008年7月23日、京都大学 博士論文
甲3:S.Hanke、外4名、”Hop Volatile Compounds(PartII):Transfer Rates of Hop Compounds from Hop Pellets to Wort and Beer”、BrewingScience、2008年、p.140-147
甲4:Von V.Arkima、外1名、”Die gaschromatographische Bestimmung der fluchtigen Carbonylverbindungen in Gerste und Malz”、MONATSSCHRIFT FUR BRAUEREI、1971年、p.161-163
甲5:Von G.Barwald、外2名、”Untersuchungen fluchtiger Aromastoffe in Gerste und Malz”、MONATSSCHRIFT FUR BRAUEREI、1969年、p.114-117
甲6:財団法人日本醸造協会編、「醸造物の成分」、平成11年12月10日、p.250-265

<理由2>
本件特許発明1?8は、発明の詳細な説明に記載されたものとはいえず、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。

<理由3>
発明の詳細な説明は、当業者が本件特許発明1?8の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとは認めらず、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

<理由4>
本件特許発明7は、「未発酵のビール風味麦芽飲料」という物の発明であるが、請求項7には、その物の製造方法が記載されているといえ、明確ではなく、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。

4.取消理由についての判断
4-1.理由1について
ア 刊行物の記載
[甲1]
(1a)「【請求項1】麦芽汁乾燥粉末から水を用いて還元した非発酵麦芽汁と二酸化炭素を含み、前記麦芽汁乾燥粉末は噴霧乾燥した麦芽汁であることを特徴とするノンアルコールビール。
【請求項2】上記還元非発酵麦芽汁は、重量分率で2.5?6%の乾燥内容物を有することを特徴とする特許請求の範囲第1項記載のビール。
【請求項3】重量分率で0.01?5%の添加剤を含むことを特徴とする特許請求の範囲第1項または第2項記載のビール。
【請求項4】上記添加剤は、香味料、着色料、pH調整剤、および泡沫安定剤から選択されることを特徴とする特許請求の範囲第3項記載のビール。
【請求項5】ホツプ油を含むことを特徴とする特許請求の範囲第3項または第4項記載のビール。」(【特許請求の範囲】)

(1b)「本発明は、在来の醸造ビールと同等の風味を有するノンアルコール飲料に関し、ここにいう飲料とは特許請求の範囲におけるノンアルコールビールを指す。術語「ノンアルコール」は、発酵によるアルコール製造およびアルコールの添加が行われていないことを示すのに使われる。」(第1頁右欄4?9行)

(1c)「本発明の目的は、1つには典型的な豊かなビール香味を有するノンアルコールビールを提供することであり、他方では開始物質である麦芽汁から発生する好ましくない香味が実質的に無いノンアルコールビールを提供することである。」(第2頁左欄17?21行)

(1d)「本発明は、ホツプ油を含むことを特徴とする前記ビールである。」(第2頁左欄35?36行)

(1e)「本発明の製品に対する本質的な条件は、噴霧乾燥した麦芽汁乾燥粉末から水を用いて還元した非発酵麦芽汁によつてノンアルコールビールの主成分が作られることである。これにより驚くべきことにこの製品は、おそらくはホツプ油などのような香味と共に用いられ、麦芽汁乾燥粉末の調製の前にも、あるいは麦芽汁への還元の後にも麦芽汁の発酵は行われないにもかかわらず、麦芽汁のような特有の好ましくない香味を有しない良好なビール香味が得られる。」(第2頁左欄41?49行)

(1f)「本発明に従うビールの調製は、最終製品中で所望の含有量になるまで各成分を混合するという簡単な方法によつて達成される。この目的のためには、最終製品中における麦芽汁が、重量分率で2.5?6%の乾燥内容物を含んでいることが好ましい。麦芽汁乾燥粉末を水で溶解したときに溶液中に濁りが生じた場合には、前記溶液を■過してもよい。
・・・
第1?第3実施例
第1表?第3表中に記載された成分は相互に混合され、■過され、炭酸ガスで飽和された。」(第2頁右欄17?29行、「■」は「濾(ろ)」を意味することは明らかである。)

(1g)「第3実施例

好ましくない香味がないホツプ風味を有するピルゼン産タイプのノンアルコールビールが得られ、それは重量分率で4.0%の抽出内容物、7.0EBCの色、および20.0EBEの苦味を有する。」(第3頁左欄5行?同右欄3行)

以上の記載において、特に、第3実施例を参照すると、甲1には、
「麦芽汁乾燥粉末、乳酸溶液、天然アロマホップ(Natural hop aroma)及び水を成分とし、それらは相互に混合され、ろ過され、炭酸ガスで飽和する、好ましくない香味がないホップ風味を有するノンアルコールビールの製造方法。」の発明(以下「甲1発明」という)及び
「麦芽汁乾燥粉末、乳酸溶液、天然アロマホップ(Natural hop aroma)及び水を成分とし、炭酸ガスで飽和された好ましくない香味がないホップ風味を有するノンアルコールビール。」の発明(以下「甲1’発明」という)が記載されているものと認められる。

[甲2](以下訳文のみ)
(2a)「2-2-2. 醸造工程
醸造工程には、ザーツァー(5.6%α酸ペレット;チェコ共和国)、カスケード(5.5 % α酸ペレット;アメリカ合衆国)及びヘルスブルッカー(3.8%α酸ペレット:ドイツ)を使用した。異なる品種のホップを添加したビールと、ホップを添加しないビールをそれぞれ独立に20L容量スケールで醸造した。必要に応じて、30gのホップを煮沸工程の最初に添加し、煮沸工程終了後に更に60gのホップを添加した。」(第30頁1?5行)

(2b)


」(第39頁表2-3)

[甲3]
(3a)「麦汁は60Lのビール醸造試験設備で調製した。・・・麦汁は、ホップを添加せずに60分間煮沸した。そして、ワールプールで凝集物を除去した。ホップは、麦汁を煮沸釜からワールプールヘと移す間に添加した。」(第140頁右欄18?24行)

(3b)「ホップサンプルの分析結果を表1に示し、種々のホップ品種の添加量を表2に示す。」(第140頁右欄29?31行)

(3c)「

」(第144頁 表2)

(3d)「

」(第144頁 表3(抜粋))

[甲4]
(4a)「1.2 分析方法
麦芽を粉砕し、冷たい水道水と共に薄いスラリーとした。粉砕工程の間、麦芽粉砕物と水の流速は可能な限り一定とした。各粉砕バッチから得られたスラリーの乾物含量を決定したところ、大麦粉砕物に対して15?16%及び麦芽粉砕物に対して26?30%であった。撹拌のためのマグネチックスターラーバーが入った140mLの容器に100mLの水性スラリーを計量した。容器をシリコンゴムシール及びアルミニウムキャップで閉じ、次いで40℃の温浴に置いた。容器内が平衡に達するまで15分撹拌した後、ゴムメンブレンを介してインジェクションシリンジで2mLのサンプルをヘッドスペースから採取し、ガスクロマトグラフ装置に注入した。凝縮を避けるため、シリンジは予め40℃に温めておいた。試験溶液は、純粋な試薬(Fluka AG, Buchs SG,スイス)を大麦粉末スラリーに添加することにより調製した。得られた結果は、麦芽サンプル中の種々の化合物の量を計算するのに使用した(試験溶液の比較プロットを図1に示す)。」(第161頁左欄40行?同右欄11行)

(4b)「

」(第162頁右欄図2)

(4c)「

」(第162頁右欄図3)

[甲5]
(5a)「I I .方法
我々の調査の出発物質は、大麦/キルンドモルトであった。先行調査の結果、大麦にも予想外の量の揮発性物質が示されたため、同じバッチ-オリジナルの洗浄された状態、及び2%過酸化水素溶液で1時間洗浄後、並びに以前の水分量まで乾燥させた-を採用した。大麦は、水分量12%で提供された。湿ったサンプルは、最初濾紙上に広げ、引き続き30℃での真空乾燥キャビネット中で乾燥させた。麦芽は、水分量4.5%で使用された。大麦/麦芽は粉砕された。いずれの場合も、1kgの粉砕された物質-乾燥重量ベース-を抽出に使用した。粉砕された物質は抽出力ラムに詰め、60℃で200mL/分の窒素で24時間抽出した。」(第114頁右欄22?38行)

(5b)「

」(第115頁右欄図1)

[甲6]
(6a)「2 ホップアロマ成分
ホップは,主にビールに苦味質を付与するために使用されるが,さらに,ホップ由来のアロマ香(味)あるいはホップキャラクターと称される香(味)を付加するためにも使用される。前項で記述したように,ホップ苦味質の香味化学はほぼ明確になってきたが,一方,ホップアロマ香については単一化合物で説明できるものはなく,今後の研究を待たねばならない。しかしながら,ホップキャラクターは,ホップ精油に由来することは大方の認めるところである。」(第259頁右欄第34?42行)

イ 対比・判断
・本件特許発明1について
本件特許発明1と甲1発明とを対比すると、
甲1発明の「ノンアルコールビール」は、発酵されていないことより、本件特許発明1の「未発酵のビール風味麦芽飲料」に相当する。
よって、両者は、
「未発酵のビール風味麦芽飲料の製造方法」である点で一致し、以下の点で相違する。

相違点:本件特許発明1では、風味改善しようとする麦芽飲料中のリナロールの濃度とアセトアルデヒドの濃度とを調整することによって、飲料に発酵風味を付与または増強し、得られる麦芽飲料中におけるリナロールおよびアセトアルデヒドのそれぞれの濃度が、下記関係式:

[上記式中、Lnは麦芽飲料中におけるリナロール濃度(mg/L)(Ln>0)を意味し、かつ、Aは麦芽飲料中におけるアセトアルデヒド濃度(mg/L)(A>0)を意味し、但し、上記式を満足する範囲は150Ln≧-A+10、および、1000Ln≦-3A+150を満足する範囲を超えない]
を満足し、かつ、得られる麦芽飲料中におけるリナロールの濃度が0.0006?0.12mg/L、およびアセトアルデヒドの濃度が1.6?10mg/Lとなるように、リナロール濃度とアセトアルデヒド濃度とを調節しているのに対し、甲1発明では、そのような特定がない点。

上記相違点について検討すると、
甲1発明の「天然アロマホップ(Natural hop aroma)」は、甲1の請求項5及び記載事項(1e)等を参酌すると、「ホップ油」に相当し、甲6に記載されているように、ホップ由来のアロマ香(味)は、当該「ホップ油(ホップ精油)」に由来するものと認められる。
また、ホップの香気成分としてリナロールが含まれ、ホップの品種によりその量に差があることは、甲2及び甲3に記載されているように技術常識であり、そして、使用するホップまたはホップ油の品種及びその添加量は、求められるホップ風味等を考慮して、適宜に調整されるものであり、また、その添加量に比例して、リナロールの量も増加するものと認められる。
そうすると、甲1発明において、「天然アロマホップ(Natural hop aroma)」に使用するホップの品種及びその添加量を適宜に調整することにより、リナロールの濃度を調整し得るものと認められる。
しかし、本件特許明細書の段落【0086】の表2にあるように、アセトアルデヒドの添加量が0mg/L、すなわち麦汁自体に含まれるアセトアルデヒド濃度は、0.5mg/Lであることが通常であるとしても、上記相違点に係る本件特許発明1における麦芽飲料中のアセトアルデヒドの濃度の下限値は1.6mg/Lであることからすると、甲1発明においてアセトアルデヒドの濃度を当該下限値以上とするためには、「アセトアルデヒド」自体を麦芽飲料に添加すること等が必要になるところ、引用された刊行物のいずれにも、「アセトアルデヒド」自体を麦芽飲料に添加すること等の記載または示唆はないことより、甲1発明においてアセトアルデヒドの濃度を1.6?10mg/Lとなるように調節することは、当業者が容易になし得たとはいえない。
したがって、本件特許発明1は、甲1発明及び甲2?6に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

・本件特許発明5及び6について
本件特許発明5及び6と甲1発明とを対比すると、両者は、少なくとも上記相違点において相違し、上記「本件特許発明1について」において検討したのと同様に、当業者が容易になし得たとはいえない。
したがって、本件特許発明5及び6は、甲1発明及び甲2?6に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

・本件特許発明8について
本件特許発明8と甲1’発明とを対比すると、
甲1’発明の「ノンアルコールビール」は、発酵されていないことより、本件特許発明1の「未発酵のビール風味麦芽飲料」に相当する。
よって、両者は、
「未発酵のビール風味麦芽飲料。」である点で一致し、以下の点で相違する。

相違点:本件特許発明8では、リナロール濃度およびアセトアルデヒの濃度が、下記関係式を満たし、かつ、リナロールの濃度が0.0006?0.12mg/L、およびアセトアルデヒドの濃度が1.6?10mg/Lの範囲内であり、

[上記式中、Lnは麦芽飲料中におけるリナロール濃度(mg/L)(Ln>0)を意味し、かつ、Aは麦芽飲料中におけるアセトアルデヒド濃度(mg/L)(A>0)を意味し、但し、上記式を満足する範囲は150Ln≧-A+10、および、1000Ln≦-3A+150を満足する範囲を超えない]
発酵風味が付与または増強されているのに対し、甲1’発明では、そのような特定がない点。

上記相違点について検討すると、上記「本件特許発明1について」において検討したのと同様に、甲1’発明において、上記相違点の本件特許発明8のようになすことは、当業者が容易になし得たとはいえない。

したがって、本件特許発明8は、甲1’発明及び甲2?6に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

ウ まとめ
本件特許発明1、5、6及び8は、甲1に記載された発明及び甲2?6に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

4-2.理由2?4について
前記2.のとおり、明細書及び特許請求の範囲が訂正されたことにより、理由2?4は解消された。

4-3.取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
特許異議申立人は、訂正前の特許請求の範囲に関し、請求項1?8に係る各発明は、甲第1号証(甲1)に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができない旨、及び請求項2?4に係る各発明は、甲第1号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない旨主張している。
しかし、訂正後の本件特許発明1?6及び8は、甲第1号証に記載された発明と少なくとも上記「4-1.理由1について」の「イ 対比・判断」における上記相違点において相違し、また、当該相違点を容易になし得たといえないことから、かかる主張は理由がない。

また、特許異議申立人は、訂正前の特許請求の範囲に関し、請求項1?8に係る各発明は、下記の甲第7号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができない旨、及び甲第7号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない旨主張している。
しかし、訂正後の本件特許発明1?6及び8は、甲第7号証に記載された発明と少なくとも上記「4-1.理由1について」の「イ 対比・判断」における上記相違点と同様に相違し、また、当該相違点を容易になし得たといえないことから、かかる主張は理由がない。

甲第7号証:Non-and low-alcohol beers:how they are made,BREWING&DISTILLINGINTERNATIONAL DECEMBER,1986年,p.16-18

5.請求項7についての特許異議の申立てについて
前記2.のとおり、本件訂正が認められ、請求項7は削除されたことにより、請求項7についての特許異議の申立ては、その対象が存在しないものとなる。
したがって、請求項7についての特許異議の申立ては、不適法であって、その補正をすることができないものである。

6.むすび
以上のとおり、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件特許発明1?6及び8に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許発明1?6及び8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
請求項7についての特許異議の申立ては、不適法であって、その補正をすることができないものであることから、特許法第120条の8で準用する同法第135条の規定により、却下すべきものである。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
未発酵のビール風味麦芽飲料の風味の改善
【関連出願の参照】
【0001】
本願は、先行する日本国特許出願である特願2009-002732号(出願日:2009年1月8日)に基づくものであって、その優先権の利益を主張するものであり、その開示内容全体は参照することによりここに組み込まれる。
【技術分野】
【0002】
本発明は、未発酵のビール風味麦芽飲料の風味の改善に関する。より詳しくは本発明は、未発酵のビール風味麦芽飲料に、バランスの良い発酵風味(発酵感)を付与または増強して飲料の風味を改善することを含む、未発酵のビール風味麦芽飲料の製造方法、それにより得られる風味改善された未発酵のビール風味麦芽飲料、および風味改善剤に関する。
【背景技術】
【0003】
近年の健康志向の高まりの中でアルコール摂取量を自己管理する消費者が増加している。また、飲酒運転に対する罰則の強化など道路交通法の改正により、自動車等の運転に従事する者のアルコール摂取に対する関心が高まっている。このような中で低アルコールあるいは無アルコールのビール風味麦芽飲料への需要が一段と高まっている。
【0004】
従来の低アルコールビール風味麦芽飲料は、通常のビール飲料同様、酵母による発酵を行うことでビールの風味を飲料に付与し、併せてアルコールの低減を図っている。これは、ビールと同様の味や香りを需要者が期待するため、アルコール発酵を完全に排除して低アルコール麦芽飲料を製造することは困難であると考えられてきたことによる。従って、従来の低アルコールビール風味麦芽飲料の製造は酵母による発酵が行われることを前提とし、酵母による代謝プロセスの改良や発酵生成物からアルコールを効果的に除去する方法が検討されてきた。
【0005】
しかしながら、このような従来の技術はいずれも酵母による発酵を前提としており、製品からアルコールを完全に除去することは現実的には不可能であった。従って、従来の低アルコールビール風味麦芽飲料はアルコールを摂取したくない者や自動車等を運転する者の飲用には適していない。
【0006】
一方で、単に酵母による発酵を排除し、麦芽により生成された麦汁を最終製品とした場合、未発酵の麦汁には特有のフレーバー(麦汁フレーバー)が存在し、一般的には飲用に適さない。すなわち、この麦汁フレーバーは飲用した際も、戻り香となって味わいにまで悪影響を及ぼすことから、飴湯として飲まれている例を除いては飲料として直接には供されていない。
【0007】
麦汁フレーバーは、麦汁の仕込工程、特に煮沸での熱分解により発生するアルデヒド類に由来しており、飴様臭・穀物様臭などの原因物質として知られている。これらアルデヒド類は、通常のビール類であれば発酵処理において酵母によって代謝され、激減する。
【0008】
また通常のビール類の製造であれば、ホップ類を加えた麦汁を発酵処理に付す結果、発酵に伴って生じる発酵風味(発酵感)がビール類に付与され、これがビール類特有の好まれる風味(おいしさ)として重要な要素となっている。
【0009】
このように酵母による発酵処理は、麦汁フレーバーの低減と、発酵風味の付与の点から、ビール風味の飲料を得るためには重要なプロセスであると言えるが、前述のように酵母による発酵で生成するアルコールを完全にゼロとすることは困難である。
【0010】
また実際、麦汁主体の麦芽飲料を調製しようとする場合、麦汁フレーバーについては何らかの手段で低減させることができたとしても、ビール類特有の発酵感は、本来、発酵処理によって得られる特有のものであるため、発酵処理を利用することなく、飲料に発酵感を与えることは、通常困難であると考えられる。
【0011】
例えば、特開昭62-272965号公報、特開平4-45777号公報、および国際公開WO2004/018612号公報には、希釈したビールや低アルコールの麦芽飲料にビール風味を付与するために特定の物質を添加する方法が開示されている。
【0012】
また、特開2003-250503号公報には麦芽エキスと糖類を添加してなるビール風味の炭酸飲料が開示されている。しかしながら、この公報では極めて少量の麦芽エキスが風味付けのために用いられているだけであり、ビール類特有の発酵感を持った、未発酵の麦汁を主体としたビール風味麦芽飲料は本発明者等の知る限りこれまでに知られていない。
【0013】
さらに、特表2001-520876号公報(WO99/21956)には、ビールを含む発酵飲料の風味の改良法として、ホップアロマ成分であるローズオキサイドおよび/または1,5-オクタジエン-3-オンを加えることが提案されている。しかしながらここで検討されているのは、発酵させた飲料におけるホップアロマに特徴的な苦味の改良であって、本発明者等の意図する発酵感とは異なるものであった。
【0014】
リナロールは、ホップ精油にも含まれるものであり、例えば、特開2004-194590号公報には、R型リナロールを含有するリラックス効果のある飲食物が開示されている。
【0015】
アルデヒド類の飲料への使用については、例えば、特開昭62-024851号公報には、フェニルアセトアルデヒドをコーヒー、紅茶等の嗜好飲料に加えてその香りを改善する方法が開示されている。
しかしながらこれら文献には、ビール類特有の発酵感とその改善については何ら記載されていない。
【発明の概要】
【0016】
本発明は、未発酵のビール風味麦芽飲料に、バランスの良い発酵風味を付与・増強して飲料の風味を改善することを含む、風味改善された未発酵のビール風味麦芽飲料の製造方法、それにより得られる風味改善された麦芽飲料、および風味改善剤の提供をその目的とする。
【0017】
本発明者等は今般、未発酵の麦汁より得られた麦芽飲料に、リナロールとアセトアルデヒドとを、飲料中のリナロール濃度およびアセトアルデヒド濃度が所定の範囲になるように添加することによって、ビール風味のバランスの良い発酵感(発酵風味)を持たせることに予想外にも成功した。前述の通り、リナロールはホップ精油含有成分であってリラックス効果があることは知られていたものの発酵風味との関係は必ずしも認識されていなかった。またアセトアルデヒドはビール様製品に含まれる成分であって、臭気としてはむしろできるだけ避けるべきと考えられていた。このような状況において、これら二つの成分のみを組み合わせて使用することで、発酵処理を経ることなしに麦汁より製造された未発酵のビール風味麦芽飲料に、バランスの良い優れたビール様の発酵感を持たせ、向上させることができたことは本発明者らにとって驚くべきことであった。このようにして得られた未発酵の麦芽飲料は、豊かな発酵感を持ち、ビールにより近い風味と味わいをもつ、従来にない未発酵麦芽飲料となった。さらに麦汁調製の過程において、麦汁へのホップの添加量および添加のタイミングを調節することによって、製品である飲料中のホップ由来のリナロール量を調節することにも成功した。本発明はこれら知見に基づくものである。
【0018】
本発明による未発酵のビール風味麦芽飲料の製造方法は、風味改善しようとする麦芽飲料中のリナロールの濃度とアセトアルデヒドの濃度とを調整することによって、飲料に発酵風味を付与または増強することを特徴とする。
【0019】
本発明による未発酵のビール風味麦芽飲料の製造方法は、リナロールとアセトアルデヒドとを、風味改善しようとする麦芽飲料に加えることによって、飲料に発酵風味を付与または増強することを特徴とする。
【0020】
本発明による製造方法は、好ましくは、得られる麦芽飲料中におけるリナロールおよびアセトアルデヒドの濃度が、それぞれ風味改善に有効な濃度となるように、リナロールとアセトアルデヒドとを、風味改善しようとする麦芽飲料に加えることを含んでなる。
【0021】
本発明による製造方法は、より好ましくは、得られる麦芽飲料中におけるリナロールの濃度が1?125μg/L、およびアセトアルデヒドの濃度が1?50mg/Lとなるように、風味改善しようとする麦芽飲料中のリナロール濃度とアセトアルデヒド濃度とを調整することを含んでなる。
【0022】
本発明による製造方法は、さらに好ましくは、得られる麦芽飲料中におけるリナロールの濃度が1?125μg/L、およびアセトアルデヒドの濃度が1?50mg/Lとなるように、リナロールとアセトアルデヒドとを、風味改善しようとする麦芽飲料に加えることを含んでなる。
【0023】
本発明の一つの好ましい態様によれば、本発明による製造方法において、得られる麦芽飲料中におけるリナロールおよびアセトアルデヒドのそれぞれの濃度が、下記関係式(A)を満足し、かつ、得られる麦芽飲料中におけるリナロールの濃度が0.0006?0.12mg/L、およびアセトアルデヒドの濃度が1.6?10mg/Lとなるように、リナロールとアセトアルデヒドとを、風味改善しようとする麦芽飲料に加えることを含んでなる:

[上記式中、
Lnは麦芽飲料中におけるリナロール濃度(mg/L)(Ln>0)を意味し、かつ
Aは麦芽飲料中におけるアセトアルデヒド濃度(mg/L)(A>0)を意味し、
但し、上記式を満足する範囲は150Ln≧-A+10、および、1000Ln≦-3A+150を満足する範囲を超えない]。
【0024】
本発明のさらに好ましい態様によれば、本発明による製造方法において、得られる麦芽飲料中におけるリナロールの濃度が11?13μg/L、およびアセトアルデヒドの濃度が9?11mg/Lとなるように、リナロールとアセトアルデヒドとを、風味改善しようとする麦芽飲料に加えることを含んでなる。
【0025】
本発明の一つの好ましい態様によれば、本発明による製造方法は、麦芽飲料に用いられる麦汁の調製過程において、麦汁へのホップの添加量および添加時期を調節することによってホップ由来のリナロール量を調節した後、さらに必要によりリナロールを麦芽飲料に加えることによって、風味改善しようとする麦芽飲料のリナロール濃度を調節することを含む。
【0026】
本発明の一つの好ましい態様によれば、本発明による製造方法において、風味改善しようとする麦芽飲料は、未発酵の麦汁から麦汁フレーバーを低減させることによって得られたものである。
【0027】
また本発明の別の態様によれば、本発明による製造方法により製造された、未発酵のビール風味麦芽飲料が提供される。
【0028】
本発明のさらに別の態様によれば、リナロールと、アセトアルデヒドとを含んでなる、ビール風味麦芽飲料に発酵風味を付与するための風味改善剤が提供される。
【0029】
本発明の別の好ましい態様によれば、麦芽飲料は、未発酵の麦汁から麦汁フレーバーを低減させることによって得られた未発酵の麦芽飲料である。
【0030】
本発明によれば、酵母による発酵処理を経ていない麦汁より得られた未発酵の麦芽飲料の風味を改善して、豊かで優れた発酵感を持ち、かつ、ビールにより近い風味と味わいをもった、おいしい未発酵の麦芽飲料とすることが可能となる。本発明に従い風味改善されて得られた飲料は、事実上、アルコールを全く含まないため、従来市販されている低アルコールビール風味飲料とは根本的に異なるものであり、交通法規上も問題なく車両の運転に際し飲用が可能である。また、適正飲酒の観点からも、至酔することなくビール飲用の心理的満足が得られるため、ビール系飲料に代替して、休肝日の選択肢とすることで心身両面の健康増進と、ビール過剰摂取による健康被害を抑制する効果も期待できる。このため、発酵処理を経ない、未発酵の麦汁を使用した麦芽飲料でありながら、ビール様の優れた発酵感を備えており、これまで両立しえなかったアルコールゼロと発酵風味という需要者のニーズに同時に応えることができる点で有利であるといえる。
【発明の具体的説明】
【0031】
定義
本発明において「麦芽飲料」とは、麦汁を主体とする飲料を意味し、炭酸ガス等により清涼感が付与された麦芽清涼飲料も含まれるものとする。
【0032】
またここで「発酵風味」(または発酵感)とは、麦汁の酵母等による発酵処理の結果、ビール風味の飲料が持つ、発酵飲料特有の風味をいう。この発酵風味の存在は、ビール風味の麦芽飲料の風味、香味を左右するものであり、ビール様の発酵風味に優れた飲料は、需要者にビールかそれに近いおいしさと、豊かな味わいを提供し得る。
【0033】
本発明において「ビール風味」とは、通常にビールを製造した場合、すなわち、酵母等による発酵に基づいてビールを製造した場合に得られるビール特有の味わい、香りをいう。
【0034】
ここで「風味改善しようとする麦芽飲料」とは、酵母等による発酵処理を経ていない、麦汁を主体とする飲料であって、ビール様の発酵風味が不足しているか、または発酵風味を改善することが望まれる麦芽飲料をいう。本発明においては、「風味改善しようとする麦芽飲料」として、未発酵の麦汁を主体とするものを使用していることから、風味改善されて得られる未発酵麦芽飲料は、発酵に由来するアルコール成分を一切含まない。
【0035】
また「風味の改善」には、発酵風味の無いまたはほとんど感じられない飲料に、発酵風味を付与することが包含される他、発酵風味の弱いまたは不足していると感じられる飲料において、発酵風味を増強すること、さらには発酵風味は感じられるもののそこに含まれる様々な味、香り等による風味バランスをさらに改善することでより良い発酵風味バランスとすることをも包含される。
【0036】
本発明において「完全無アルコール」とは、アルコールが全く含まれないこと、すなわち、アルコール含量が0重量%であることを意味する。
【0037】
「リナロール」は、モノテルペンアルコールの一種であり、一般的には、スズラン、ラベンダー、ベルガモット様の芳香を持つことが知られている香料の一種として知られている。ビール製造においては、製造に使用されるホップから得られるホップ精油中に含まれることが知られている。したがって、これら植物より抽出することで得ることができる。また、例えばピネン、アセチレンとアセトン、イソプレンなどを出発原料として工業的に合成し得ることも知られている。本発明においては、リナロールは必要により市販品を使用することができる。
【0038】
本発明において「麦汁フレーバー」とは、未発酵の麦汁に特有のフレーバー(香り)を意味する。このような未発酵麦汁に特有のフレーバーとしては、麦汁の煮沸で熱分解により発生する飴様臭や穀物様臭のような不快なフレーバー(本明細書において「不快な麦汁フレーバー」ということがある)が挙げられ、これらの臭気は、フェニルアセトアルデヒド(phenylacetaldehyde)、メチオナール(methional)、フルフラール(furfural)といった各種アルデヒド類に由来していると考えられている。
【0039】
本発明において、麦汁または飲料中のリナロール濃度およびアセトアルデヒド濃度は、公知の方法によって測定することができる。例えば、リナロール濃度であればGC/MSなど、アセトアルデヒド濃度であれば、FID検出器付きヘッドスペースガスクロマトグラフを使用して測定することができる。ここで、GC/MSは市販の装置であれば問題なく使用可能である。より具体的には、例えば、後述する実施例に記載の測定法によりそれぞれ測定することができる。
【0040】
麦芽飲料の風味の改善
前記したように、本発明によれば、風味改善しようとする麦芽飲料中のリナロールの濃度とアセトアルデヒドの濃度とを調整することによって、飲料に発酵風味を付与または増強することを特徴とする、未発酵のビール風味麦芽飲料の製造方法が提供される。好ましくは、本発明によれば、リナロールとアセトアルデヒドとを、風味改善しようとする麦芽飲料に加えることによって、飲料に発酵風味を付与または増強することを特徴とする、未発酵のビール風味麦芽飲料の製造方法が提供される。本発明の別の態様によればまた、リナロールとアセトアルデヒドとを、風味改善しようとする麦芽飲料に加えることによって、飲料に発酵風味を付与または増強することを特徴とする、未発酵のビール風味麦芽飲料の風味の改善方法が提供される。
【0041】
ここで、風味改善しようとする麦芽飲料は、発酵処理を経ない未発酵の麦汁由来のものであって、必要によりさらに麦汁フレーバーを低減させることによって得られるものである。より具体的には、風味改善しようとする麦芽飲料は、麦汁を調製し、必要により麦汁フレーバー低減処理に麦汁を付してフレーバーを低減させ、得られた麦汁を濾過することにより、製造することができるものである。
【0042】
なお、ここで風味改善しようとする麦芽飲料を得る際に、麦汁フレーバーを低減させる工程は必須ではなく任意工程である。従って、本発明による方法は、このような低減処理を施さない麦汁由来の飲料に対しても適用できる。この場合、本発明の方法によって、麦汁フレーバーの低減と、発酵感の増強効果を得ることができる。このような麦汁フレーバーの低減効果も併せて期待できるのは、本発明によって、発酵感を含むフレーバーのバランスを改善する効果が得られるからと考えられる。
【0043】
以下、麦汁の調製、任意の麦汁フレーバー低減処理、および麦芽飲料の濾過の順に、麦汁由来の麦芽飲料の調製過程を具体的に説明する。
【0044】
まず麦汁の調製は、常法に従って行うことができ、例えば、(a)麦芽粉砕物と水の混合物を糖化し、濾過して、麦汁を得る工程、(b)得られた麦汁にホップを添加した後、煮沸する工程、(c)煮沸した麦汁を冷却する工程を行うことにより得ることができる。
【0045】
工程(a)において、麦芽粉砕物は、大麦、例えば二条大麦を、常法により発芽させ、これを乾燥後、所定の粒度に粉砕したものであれば良い。
【0046】
麦芽粉砕物と水の混合物には副原料を添加してもよい。副原料としては、例えば、米、コーンスターチ、コーングリッツ、糖類(例えば、果糖ぶどう糖液糖などの液糖)、食物繊維などが挙げられる。副原料が糖類の場合には麦汁を糖化ないし濾過した後に添加してもよい。また、水はその全量を麦芽粉砕物と混合しても、あるいはその一部を麦芽粉砕物と混合し、残りを全部または分割して糖化後の麦汁に添加してもよい。麦汁を構成する麦芽粉砕物、副原料および水の割合は適宜決定することができる。
【0047】
麦汁を構成する麦芽粉砕物、副原料および水の割合は適宜決定することができるが、工程(c)の後に得られる麦汁の糖度が3?20%、好ましくは、7?14%となるように麦芽粉砕物、副原料および水の割合を決定してもよい。麦芽粉砕物、副原料および水の割合は、例えば、麦芽粉砕物100重量部に対して、副原料0?100重量部、水400?2000重量部、好ましくは、副原料0?30重量部、水600?1300重量部とすることができる。副原料が果糖ブドウ糖液糖および食物繊維の場合には、麦芽粉砕物、副原料および水の割合は、例えば、麦芽粉砕物100重量部に対して、副原料10?40重量部、水800?1500重量部、好ましくは、副原料20?30重量部、水1000?1200重量部とすることができる。この場合、果糖ブドウ糖液糖と食物繊維の重量比(固形分)は1:0.1?10とすることができる。
【0048】
上記混合物の糖化および濾過は常法に従って実施することができる。
【0049】
工程(b)では、(a)で得られた麦汁にホップを添加した後、煮沸することによりホップの風味・香気を煮出することができる。煮沸後、沈殿により生じたタンパク質などの粕を除去してもよい。ここで、麦汁に対するホップの添加量は、該麦汁量に対して、例えば、0.01?0.5重量%程度であることができる。
【0050】
工程(c)では、煮沸した麦汁を冷却する。この冷却は、麦汁が凍らない程度の極力低い温度、通常、1?5℃まで冷却するのが望ましい。
【0051】
麦汁には、必要により、色素、起泡・泡持ち向上剤などの添加剤を添加してもよい。これらの添加剤は、麦汁の糖化前に添加しても、麦汁を糖化ないし濾過した後に添加してもよい。
【0052】
なお必要であれば、本発明による方法のリナロールとアセトアルデヒドの濃度の調整(好ましくはリナロールとアセトアルデヒドの添加)を、この段階で行ってもよく、またそれらの添加を部分的にここで行っても良い。
【0053】
あるいは、本発明では、前記工程(b)において、麦汁にホップを添加した後の時間を調節し、また加えるホップの量を調節することで、得られる麦汁中のホップ由来のリナロール量を調整することができる。添加するホップの量が同じであれば、麦汁にホップを添加した後の煮沸時間が長い方が、リナロールの濃度が高くなる傾向にあり、煮沸処理終了後の麦汁静置時のものが一番、濃度が高くなる傾向にある。したがって、本発明において、飲料中のリナロール濃度を調整する場合、ホップ添加後の麦汁の煮沸時間を調整することで、目的とする飲料のリナロール濃度に近づけることができ、目的の濃度に足りない場合には、必要によりリナロールを添加すればよいことになる。
【0054】
また、本発明においては、製品飲料中のリナロール濃度は、麦汁に、ホップ精油(ホップエキス)を加えることで調整することもできる。さらには、ホップ添加麦汁の煮沸時間、ホップ添加量、ホップ精油添加量、リナロール添加量を組み合わせて調節することで、目的とする飲料中のリナロール濃度とすることもできる。
【0055】
本発明においては、このようにして調製された麦汁を、必要に応じて、麦汁フレーバー低減処理に付して、麦汁中の麦汁フレーバーを適宜低減させることができる。麦汁中の麦汁フレーバーの低減方法としては、該フレーバーを麦汁より除去もしくは低減することができれば特に制限はなく、例えば、特開2005-013142号公報で提案されているような発酵時バブリングにより、フレーバーを除去もしくは低減することができ、また、各種吸着剤等により、麦汁フレーバーを吸着して除去もしくは低減するとしてもよい。
【0056】
必要により麦汁フレーバーの低減処理が施された麦汁を濾過して不要なタンパク質や吸着剤を除去することができる。濾過は常法に従って行うことができるが、好ましくは、珪藻土濾過機を用いて行うことができる。濾過に際しては、必要に応じて、予め脱気水を加えて、希釈後の糖度が3?8%となるように調整することができる。
【0057】
濾過の後、通常のビールまたは発泡酒の製造において行われる工程、例えば、脱気水などによる最終濃度の調節、炭酸ガスの封入、低温殺菌(パストリゼーション)、容器(例えば樽、壜、缶)への充填(パッケージング)、容器のラベリングなど、を適宜行うことができる。
【0058】
本発明による方法において、リナロールとアセトアルデヒドを添加する場合、該添加は、上記の麦汁の調製後であって、製品の殺菌、パッケージングなどの最終工程の前であれば、いずれの段階においても行うことができる。例えば、任意工程である麦汁フレーバー低減処理段階の後であって、製品のパッケージングなどの最終工程の前に、前記添加を行っても良い。
【0059】
またリナロールの添加に際しては、リナロールを予め溶媒に溶解させ、これを目的の麦汁に添加することができる。このとき、リナロールを溶解させる溶媒としては、エタノール以外の溶媒であって、飲料に添加可能な人体等に有害でない溶媒が選択される。そのような溶媒としては、例えば、プロピレングリコールなどが挙げられる。
【0060】
本発明の好ましい態様によれば、本発明による方法は、得られる麦芽飲料中におけるリナロールおよびアセトアルデヒドの濃度が、それぞれ風味改善に有効な濃度となるように、リナロールとアセトアルデヒドとを、風味改善しようとする麦芽飲料に加えることを含んでなる。
【0061】
ここで、風味改善に有効な濃度とは、風味が改善された場合、すなわち適切な発酵風味が付与された麦芽飲料中におけるリナロール濃度およびアセトアルデヒド濃度の範囲をいう。これらは例えば、後述する実施例の官能評価によって、これらがそれぞれ濃度範囲にあるかどうかを容易に判定することができる。本発明ではこのような風味改善に有効な濃度を麦芽飲料が保持するように、風味改善しようとする麦芽飲料に、リナロールおよびアセトアルデヒドを必要により加える。
【0062】
リナロールは、ホップ精油からも得られることから、リナロール濃度が高くなるにつれて、飲料におけるホップフローラル感が増す傾向にある。一方、アセトアルデヒドは、麦芽フレーバーにもアルデヒド類が含まれることからも分かるように、濃度が高くなりすぎると、発酵風味を超えて不快な香りを生ずる傾向にある。リナロールとアセトアルデヒドの使用量が少なすぎると、十分な発酵感を得ることができない一方で、多すぎると発酵感が強すぎ、次第に需要者に望まれない香りとなる。またリナロールとアセトアルデヒドは両者は等量であれば良いのではなく、両者を適度なバランス良く存在させることで、ビール様の発酵風味のバランス(香味バランス)の良い優れた発酵感を奏することができる。
【0063】
本発明の一つの好ましい態様によれば、例えば、得られる麦芽飲料中におけるリナロールの濃度は0.8?150μg/L(またはppb)、およびアセトアルデヒドの濃度は0.8?60mg/L(またはppm)となるような濃度であることができる。本発明のより好ましい態様によれば、得られる麦芽飲料中におけるリナロールの濃度は1?125μg/L(またはppb)、およびアセトアルデヒドの濃度は1?50mg/L(またはppm)となるような濃度である。さらに好ましくは、得られる麦芽飲料中におけるリナロールおよびアセトアルデヒドの濃度は、風味改善に有効な濃度であって、リナロールの濃度が1?125μg/L(またはppb)、およびアセトアルデヒドの濃度が1?50mg/L(またはppm)から選択される濃度である。
【0064】
本発明のさらに好ましい態様によれば、風味改善に有効なリナロールの濃度は、1?120μg/Lであり、好ましくは1?100μg/Lであり、より好ましくは1?72μg/Lであり、さらに好ましくは1?60μg/Lであり、さらにより好ましくは1?50μg/Lであり、さらにより好ましくは1?43.2μg/Lであり、さらに好ましくは1?36μg/Lであり、もっと好ましくは1.6?36μg/Lであり、さらにもっと好ましくは2?36μg/Lであり、さらに好ましくは2?30μg/Lであるかまたは4.8?36μg/Lであり、さらにより好ましくは6?30μg/Lであり、もっと好ましくは6.4?21.6μg/Lであり、さらにもっと好ましくは8?18μg/Lであり、さらにもっと好ましくは9.6?18μg/Lであり、よりさらにもっと好ましくは9.6?15μg/Lであり、特に好ましくは9.6?14.4μg/Lであり、特により好ましくは10?14μg/Lであり、特にさらに好ましくは11?13μg/Lであり、最も好ましくは12μg/Lである。
【0065】
またこのとき、風味改善に有効なアセトアルデヒドの濃度は、1.6?48mg/Lであり、好ましくは2?48mg/Lであり、より好ましくは2?40mg/Lであり、さらに好ましくは3?40mg/Lであり、さらにより好ましくは4?36mg/Lであり、もっと好ましくは4?30mg/Lであり、もっとより好ましくは5?30mg/Lであり、さらにもっと好ましくは5?25mg/Lであり、さらに好ましくは6.4?18mg/Lであり、もっと好ましくは8?15mg/Lであり、特に好ましくは8?12mg/Lであり、特により好ましくは9?11mg/Lであり、最も好ましくは10mg/Lである。
本発明における風味改善に有効な濃度は、このようなリナロール濃度の範囲とアセトアルデヒド濃度の範囲の組合せから選択される。
【0066】
本発明の別のさらに好ましい態様によれば、得られる麦芽飲料中において、
・リナロール濃度が0.8?72μg/Lである場合にアセトアルデヒド濃度が4?60mg/Lであり、かつ、
・リナロール濃度が48?150μg/Lである場合にアセトアルデヒド濃度が0.8?60mg/Lである。さらにより好ましくは、
・リナロール濃度が1?60μg/Lである場合にアセトアルデヒド濃度が5?50mg/Lであり、かつ、
・リナロール濃度が60?120μg/Lである場合にアセトアルデヒド濃度が1?50mg/Lである。特に好ましくは、
・リナロール濃度が1?60μg/Lである場合にアセトアルデヒド濃度が5?25mg/Lであり、かつ、
・リナロール濃度が60?120μg/Lである場合にアセトアルデヒド濃度が1?25mg/Lである。
【0067】
本発明の一つのより好ましい態様によれば、本発明による方法において、得られる麦芽飲料中におけるリナロールおよびアセトアルデヒドのそれぞれの濃度を、前記した関係式(A)を満たすように、調整することを含んでなる。
なお、これら関係式の前者は、後述する実施例のリナロール濃度60μg/Lでかつアセトアルデヒド濃度1mg/Lの場合(飲料中の実測濃度では、リナロール濃度59.7μg/Lでかつアセトアルデヒド濃度1.6mg/L)と、リナロール濃度0μg/Lでかつアセトアルデヒド濃度10mg/Lの場合(飲料中の実測濃度では、リナロール濃度0.6μg/Lでかつアセトアルデヒド濃度10.3mg/L)に基づいて算出したものであり、後者の式は、後述する実施例のリナロール濃度120μg/Lでかつアセトアルデヒド濃度10mg/Lの場合(飲料中の実測濃度では、リナロール濃度121.3μg/Lでかつアセトアルデヒド濃度10.3mg/L)と、リナロール濃度0μg/Lでかつアセトアルデヒド濃度50mg/Lの場合(飲料中の実測濃度では、リナロール濃度0.6μg/Lでかつアセトアルデヒド濃度47.7mg/L)に基づいて算出したものである。
【0068】
本発明のさらにより好ましい態様によれば、得られる麦芽飲料中において、リナロール濃度は6?30μg/Lであってアセトアルデヒド濃度は5?25mg/Lであり、さらに好ましくはリナロール濃度は9.6?18μg/Lであってアセトアルデヒド濃度は8?15mg/Lであり、さらにより好ましくはリナロール濃度は9?11μg/Lであってアセトアルデヒド濃度は9?11mg/Lであり、最も好ましくはリナロール濃度は12μg/Lであってアセトアルデヒド濃度は10mg/Lである。
【0069】
本発明の別の態様によれば、前記したように、本発明による方法により発酵風味が改善され、製造された、未発酵のビール風味麦芽飲料が提供される。
【0070】
本発明のさらに別の態様によれば、前記したように、リナロールと、アセトアルデヒドとを含んでなる、ビール風味麦芽飲料に発酵風味を付与するための風味改善剤が提供される。好ましくは、麦芽飲料は、未発酵の麦汁から麦汁フレーバーを低減させることによって得られた未発酵の麦芽飲料である。より好ましくはここで、リナロールとアセトアルデヒドは、風味改善しようとする麦芽飲料において、それぞれ風味改善に有効な濃度となるような量含まれる。
【実施例】
【0071】
以下の例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
【0072】
実施例1: 完全無アルコールの麦芽飲料の調製
(1)麦汁の調製
仕込槽に麦芽粉砕物200kgに温水700Lを加えて混合し、50?76℃で糖化を行った。糖化工程終了後、これを麦汁濾過槽において濾過して、その濾液として透明な麦汁を得た。
得られた麦汁を煮沸釜に移し、これに液糖を主体とする副原料80kg(固形分換算)を加え、更にホップを1kg加えて、100℃で煮沸した。煮沸した麦汁をワールプール槽に入れて、沈殿により生じたタンパク質などの粕を除去した。この際、煮沸後の麦汁に温水を加え、糖度を7%に調整した。
得られた麦汁をプレートクーラーで4℃まで冷却し、飲料用に使用する麦汁1,800Lを得た。なお、振動式密度計により測定した20℃における密度を糖度(%)とした。
【0073】
(2)麦芽飲料の濾過
前記(2)のようにして処理された麦汁に脱気水を加えて珪藻土濾過機により濾過し、糖度を4%に調整した完全無アルコール(アルコール含量が0重量%)の麦芽飲料を得た。
【0074】
実施例2: 風味の改善
実施例1のようにして麦芽飲料を得、ここに下記濃度のリナロールおよびアセトアルデヒドをそれぞれ加えて溶解させ、サンプルを調製した。
・リナロール濃度:0、1.2、12、60、120 μg/L;
・アセトアルデヒド濃度:0、1、10、50、100 mg/L。
【0075】
各サンプルの発酵感について、専門のパネリスト3名による下記基準の官能評価を実施した。
判断基準:
0:感じない、
1:僅かに感じる、
2:弱く感じる、
3:適切に感じる、
4:少々強く感じる、
5:強く感じる、
6:強すぎる
評価結果は、各パネリストの結果の最小値であり、上記評価中、2?5を許容範囲とし、特に2?4を正常、3を特に望ましいものと評価した。
【0076】
結果は下記表1に示される通りであった。
【0077】
【表1】

【0078】
結果から、リナロール濃度が高くなるにつれて、ホップフローラル感が感じられ、アセトアルデヒドが無い場合のリナロール濃度120μg/Lの場合でも、一応の適度な発酵感が得られた。
また、アセトアルデヒドが1mg/Lでリナロールが60および120μg/Lの場合、および、アセトアルデヒドが10mg/Lでリナロール0、1.2、12、60μg/Lの場合でも、同じ適度の発酵感か、またはそれより強めの発酵感が得られた。
一方、アセトアルデヒドが50mg/L以上の場合には、いずれも発酵感が強めの傾向にあった。
【0079】
この内、上記で評価が「3」の場合が適度な発酵感の場合とされているが、この中でも、リナロール濃度12μg/Lで、アセトアルデヒド濃度10mg/Lの場合が最も、発酵感のバランスに優れ望ましいものであった。この場合、リナロールの濃度も、望ましい発酵感を得る観点で最小とすることができ、この観点からも望ましいものであった。
【0080】
実施例3: 麦芽飲料のリナロールおよびアセトアルデヒドの実測濃度
実施例1のようにして麦芽飲料を得、ここに下記濃度のリナロールおよびアセトアルデヒドをそれぞれ加えて溶解させ、サンプルを調製した。
次いで各サンプル中のアセトアルデヒド濃度およびリナロール濃度の実測値を、下記のような測定法に従ってそれぞれ測定した。
【0081】
(a) アセトアルデヒド濃度の測定法
麦芽飲料中のアセトアルデヒドはFID検出器付きヘッドスペースガスクロマトグラフを用いて測定した。
ヘッドスペースサンプル瓶に氷冷した麦芽飲料10mlを移しとり、これに内部標準液1mlを加え、密栓した。内部標準液としては、エタノールで200mg/Lに希釈したn-ブタノールを用いた。密栓したヘッドスペースサンプル瓶はヘッドスペースオートサンプラーにより40℃、10分間保温後、気相部分をガスクロマトグラフに注入した。アセトアルデヒド濃度は、クロマトグラムのピーク面積をもとに、あらかじめ作成した検量線により算出した。検量線の作成は、4%エタノールで段階的に希釈したアセトアルデヒド標準液を、麦芽飲料の測定と同様の方法でガスクロマトグラフに注入して作成した。
【0082】
ここで、ガスクロマトグラフ測定条件は以下の通りであった。
カラム: DB-1(Agilent Technologies社製)、長さ30m、
内径0.32mm、膜厚5μm
インジェクター温度: 200℃
検出器: FID (株式会社島津製作所製)
検出器温度: 200℃
カラム温度: 40℃.3min、4℃/min、90℃.0min、
20℃/min、180℃. 2min
キャリアーガス:ヘリウムガス(50cm/sec)
【0083】
(b) リナロール濃度の測定法
麦芽飲料中のホップ香気成分であるリナロール濃度は、市販のGC/MS装置を使用して測定した。
飲料中の香気の成分の抽出方法は、C18固相カラムで抽出し、それをGC/MSに供した。内部標準物質にはボルネオール(Borneol)およびリナロール(Linalool)を用いボルネオールおよびリナロールの特定イオンの相対的強度から定量した。
【0084】
GC/MSにおけるホップ香気成分の分析条件は下記のとおりであった。
・GC/MS分析条件
キャピラリーカラム: HP-INNOWAX(商品名)
(Agilent Technologies社製)
(長さ60m、内径0.25mm、膜厚0.25μm)
オーブン温度: 40℃,0.3min-3℃/min→240℃,20min
キャリアガス: He、10psi低圧送気
トランスファーライン温度: 240℃
MSイオンソース温度: 230℃
MSQポール温度: 150℃
フロント注入口温度: 200℃
モニタリングイオン: m/z=93、110
定量に用いたイオン: Borneol m/z=110
Linalool m/z=69
【0085】
結果は下記表2および3に示されるとおりであった。
【0086】
【表2】

【0087】
【表3】

【0088】
実施例4:
実施例1の「(1)麦汁の調製」において、ホップの添加量と、ホップ添加後の煮沸時間を下記表4の通りとした麦汁サンプルを得、各サンプルについて、上記と同様にしてリナロール濃度を測定した。またホップ添加量1g/Lで煮沸時間5分の場合のサンプルには、さらに、表4のような各濃度のホップ精油(ホップエキス)(超臨界炭酸ガス抽出法によって得られるホップ精油分画品(Hops and Hop Products the EBC Technology and Engineering Forum Nurnberg,p107-118,1997))を加えたサンプルも調製し、これらについても同様にリナロール濃度を測定した。
【0089】
結果は下記表4に示されるとおりであった。
【0090】
【表4】

(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
風味改善しようとする麦芽飲料中のリナロールの濃度とアセトアルデヒドの濃度とを調整することによって、飲料に発酵風味を付与または増強することを特徴とする、未発酵のビール風味麦芽飲料の製造方法であって、得られる麦芽飲料中におけるリナロールおよびアセトアルデヒドのそれぞれの濃度が、下記関係式:

[上記式中、Lnは麦芽飲料中におけるリナロール濃度(mg/L)(Ln>0)を意味し、かつ、Aは麦芽飲料中におけるアセトアルデヒド濃度(mg/L)(A>0)を意味し、但し、上記式を満足する範囲は150Ln≧-A+10、および、1000Ln≦-3A+150を満足する範囲を超えない]
を満足し、かつ、得られる麦芽飲料中におけるリナロールの濃度が0.0006?0.12mg/L、およびアセトアルデヒドの濃度が1.6?10mg/Lとなるように、リナロール濃度とアセトアルデヒド濃度とを調節することを含んでなる、製造方法。
【請求項2】
リナロールとアセトアルデヒドとを、風味改善しようとする麦芽飲料に加えることによって、飲料に発酵風味を付与または増強する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
得られる麦芽飲料中におけるリナロールおよびアセトアルデヒドの濃度が、それぞれ風味改善に有効な濃度となるように、リナロールとアセトアルデヒドとを、風味改善しようとする麦芽飲料に加えることを含んでなる、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
得られる麦芽飲料中におけるリナロールの濃度が11?13μg/L、およびアセトアルデヒドの濃度が9?11mg/Lとなるように、リナロールとアセトアルデヒドとを調節することを含んでなる、請求項1?3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
麦芽飲料に用いられる麦汁の調製過程において、麦汁へのホップの添加量および添加時期を調節することによってホップ由来のリナロール量を調節した後、さらに必要によりリナロールを麦芽飲料に加えることによって、風味改善しようとする麦芽飲料のリナロール濃度を調節することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
風味改善しようとする麦芽飲料が、未発酵の麦汁から麦汁フレーバーを低減させることによって得られたものである、請求項1?5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】(削除)
【請求項8】
リナロール濃度およびアセトアルデヒの濃度が、下記関係式を満たし、かつ、リナロールの濃度が0.0006?0.12mg/L、およびアセトアルデヒドの濃度が1.6?10mg/Lの範囲内であることを特徴とする、発酵風味が付与または増強された未発酵のビール風味麦芽飲料:

[上記式中、Lnは麦芽飲料中におけるリナロール濃度(mg/L)(Ln>0)を意味し、かつ、Aは麦芽飲料中におけるアセトアルデヒド濃度(mg/L)(A>0)を意味し、但し、上記式を満足する範囲は150Ln≧-A+10、および、1000Ln≦-3A+150を満足する範囲を超えない]
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2017-01-10 
出願番号 特願2010-545762(P2010-545762)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (A23L)
P 1 651・ 537- YAA (A23L)
P 1 651・ 536- YAA (A23L)
最終処分 維持  
前審関与審査官 鳥居 敬司  
特許庁審判長 紀本 孝
特許庁審判官 窪田 治彦
鳥居 稔
登録日 2015-03-20 
登録番号 特許第5715825号(P5715825)
権利者 麒麟麦酒株式会社
発明の名称 未発酵のビール風味麦芽飲料の風味の改善  
代理人 大森 未知子  
代理人 横田 修孝  
代理人 大森 未知子  
代理人 横田 修孝  
代理人 榎 保孝  
代理人 榎 保孝  
代理人 青木 博昭  

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