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審決分類 |
審判 全部申し立て ただし書き1号特許請求の範囲の減縮 B23C 審判 全部申し立て 2項進歩性 B23C 審判 全部申し立て 3項(134条5項)特許請求の範囲の実質的拡張 B23C 審判 全部申し立て (特120条の4,3項)(平成8年1月1日以降) B23C 審判 全部申し立て ただし書き3号明りょうでない記載の釈明 B23C 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備 B23C 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 B23C |
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管理番号 | 1325869 |
異議申立番号 | 異議2016-700115 |
総通号数 | 208 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2017-04-28 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2016-02-12 |
確定日 | 2017-02-10 |
異議申立件数 | 1 |
訂正明細書 | 有 |
事件の表示 | 特許第5764181号発明「硬質皮膜被覆切削工具」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第5764181号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-7〕について訂正することを認める。 特許第5764181号の請求項1ないし7に係る特許を維持する。 |
理由 |
1.手続の経緯 特許第5764181号の請求項1ないし7に係る特許についての出願は、平成25年10月31日に特許出願され、平成27年6月19日にその特許権の設定登録がされ、その後、その特許について、特許異議申立人一條淳(以下「特許異議申立人」という)により特許異議の申立てがされ、平成28年3月29日付けで取消理由が通知され、その指定期間内である平成28年5月30日に意見書の提出及び訂正の請求があり、その訂正の請求に対して特許異議申立人から平成28年7月15日付けで意見書が提出され、平成28年9月16日付けで再度の取消理由通知がされ、平成28年11月18日に意見書の提出及び訂正請求がされ、平成28年12月27日に特許異議申立人から意見書が提出されたものである。 なお、特許法第120条の5第7項の規定により、平成28年5月30日付けの訂正の請求は、取り下げられたものとみなす。 2.訂正の適否についての判断 (1)訂正の内容 平成28年11月18日付けの訂正請求(以下「本件訂正請求」という)による訂正の内容は、以下のとおりである。 請求項1及び2に「硬質皮膜被覆切削工具であって、工具先端から軸方向に工具直径の0.3倍以下の範囲における」とあるのを、「硬質皮膜被覆切削工具であって、製造後未使用状態において、工具先端から軸方向に工具直径の0.3倍以下の範囲における」に訂正する。 (2)訂正の目的の適否、一群の請求項、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否 本件訂正請求は、平成28年9月16日付け取消理由通知で、平成28年5月30日付けの訂正請求により訂正された請求項1及び2の記載が、物の発明に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されているので、特許法第36条第6項第2号にいう「発明が明確であること」という要件を満たさないという理由に対してされたものである。そして、上記訂正は、本来平成28年5月30日付けの訂正請求による請求項1及び2の訂正により限定しようとした、「加工中に刃先が磨耗することによって本件特許発明の範疇に入ってしまうもの」は含まないという事項を、物の発明として明確に記載しようとするものであるから、特許請求の範囲の減縮及び明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。 また、明細書の発明の詳細な説明には、上記訂正の「製造後未使用状態において」という事項を直接表現した記載はない。しかし、請求項1及び2に記載された硬質皮膜の膜厚及び切れ刃の刃先の丸みの条件を得るために、レーザ照射を所定間隔で繰り返してすくい面2側のダイヤモンド皮膜4を所定範囲にわたって一部除去することが、明細書の段落【0025】に示されており、被覆切削工具のこのような皮膜の厚さ調整が製造時に行われるという技術常識も勘案すると、本件明細書に記載されたものが、加工による刃先の磨耗が行われていない、つまり「製造後未使用の状態」であることは、明細書の発明の詳細な説明の記載から、当業者にとって自明であるものと認められる。よって、上記訂正は、新規事項の追加に該当せず、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。 そして、上記訂正は請求項1ないし7の一群の請求項に対して請求されたものである。 (3)小括 以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項、及び、同条第9項において準用する同法第126条第4項から第6項までの規定に適合するので、訂正後の請求項〔1-7〕について訂正を認める。 3.特許異議の申立てについて (1)本件発明 本件訂正請求により訂正された訂正請求項1ないし7に係る発明(以下「本件発明1ないし7」という)は、その特許請求の範囲の請求項1ないし7に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。 「 【請求項1】 逃げ面とすくい面との交差稜線部に切れ刃が形成された工具本体に硬質皮膜が被覆されて成る硬質皮膜被覆切削工具であって、製造後未使用状態において、工具先端から軸方向に工具直径の0.3倍以下の範囲における切れ刃に直角な断面において、逃げ面側の硬質皮膜の膜厚h1及び切れ刃近傍のすくい面側の硬質皮膜の膜厚h2が、下記1の2条件を充足するように構成し、更に、工具先端から軸方向に工具直径の0.3倍以下の範囲における切れ刃に直角な方向で、当該切れ刃の刃先の丸みを半径Rの円弧で近似したとき、下記2の条件を充足するように構成したことを特徴とする硬質皮膜被覆切削工具。 記1 (1)8μm≦h1≦30μm (2)0≦h2/h1≦0.5 記2 0.1h1≦R≦0.8h1 【請求項2】 逃げ面とすくい面との交差稜線部に切れ刃が形成された工具本体に硬質皮膜が被覆されて成る硬質皮膜被覆切削工具であって、製造後未使用状態において、工具先端から軸方向に工具直径の0.3倍以下の範囲における切れ刃に直角な断面において、逃げ面側の硬質皮膜の膜厚h1及び切れ刃近傍のすくい面側の硬質皮膜の膜厚h2が、下記1の2条件を充足するように構成し、更に、工具先端から軸方向に工具直径の0.3倍以下の範囲における切れ刃に直角な方向で、当該切れ刃の刃先の丸みを半径Rの円弧で近似したとき、下記2の条件を充足するように構成したことを特徴とする硬質皮膜被覆切削工具。 記1 (1)8μm≦h1≦30μm (2)0≦h2/h1≦0.5 記2 0.1h1≦R≦15μm 【請求項3】 請求項1,2いずれか1項に記載の硬質皮膜被覆切削工具において、工具先端から軸方向に工具直径の0.3倍以下の範囲における、すくい面側の硬質皮膜の少なくとも切れ刃に隣接する領域に、切れ刃に対して90°±20°の範囲の角度で交差する多数の微細な凸条が並設されていることを特徴とする硬質皮膜被覆切削工具。 【請求項4】 請求項3記載の硬質皮膜被覆切削工具において、前記凸条の並設間隔は1μm以上30μm以下であることを特徴とする硬質皮膜被覆切削工具。 【請求項5】 請求項3,4いずれか1項に記載の硬質皮膜被覆切削工具において、前記凸条が並設されている部分の算術平均粗さRaが0.05μm以上1μm以下であることを特徴とする硬質皮膜被覆切削工具。 【請求項6】 請求項3?5いずれか1項に記載の硬質皮膜被覆切削工具において、前記凸条は、切れ刃近傍の前記すくい面側の硬質皮膜の表面部をレーザ照射により除去する際に形成されたものであることを特徴とする硬質皮膜被覆切削工具。 【請求項7】 請求項1?6いずれか1項に記載の硬質皮膜被覆切削工具において、前記硬質皮膜はダイヤモンド皮膜であることを特徴とする硬質皮膜被覆切削工具。」 (2)取消理由の概要 ア 平成28年3月29日付け取消理由 訂正前の請求項1ないし7に係る特許に対して、平成28年3月29日付けで特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。 (ア)特許法第36条第4項第1号 a 明細書又は図面の記載において、「切れ刃の刃先の丸み」の定義が不明であり、刃先の丸みの円弧を、刃先のどの部分を中心に選定し、半径Rの大きさをどのように定めて描くものであるのかが理解できないため、本件特許発明の硬質皮膜被覆切削工具を製造し、実施することができない。 b 明細書又は図面の記載において、請求項1及び請求項2に記載された条件に適合する円弧半径Rを有する刃先の丸みを、どのように形成するのか不明であり、本件特許発明の硬質皮膜被覆切削工具を製造し、実施することができない。 c 一般に工具の刃先は、使用中に磨耗し、その刃先円弧の形状や大きさは刻々と変化しているものと解される(甲第1号証の図2を参照)が、本件特許発明の硬質皮膜被覆切削工具の刃先の丸みの半径Rが、上記使用中のどの時点のものかが不明であるため、本件特許発明をどのように実施するかを理解できない。 d 図12において、判定の欄の基準が不明で、本件特許発明の数式で規定する条件が奏する作用効果について理解することができない。 (イ)特許法第36条第6項第1号 h1の下限値、R/h1の上限値及び下限値について、それぞれの臨界的意義の根拠も不明であるから、請求項1及び2に記載された数式については、出願時の技術常識に照らしても、その数値の範囲内であれば課題を解決できると当業者が認識できる程度に具体例又は説明が記載されていないため、請求項に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明において開示された内容を拡張ないし一般化できるものではない。 (ウ)特許法第36条第6項第2号 請求項1及び2に記載された切れ刃の刃先の丸みについて、半径Rの円弧で近似したものは、その近似をどのように行うのか具体的手段や定義、使用時の磨耗による影響について等が不明であり、発明が不明確になっている。 イ 平成28年9月16日付け取消理由 平成28年5月30日付けの訂正請求により訂正された請求項1ないし7に係る特許に対して、平成28年9月16日付けで特許権者に通知した取消理由(特許法第36条第6項第2号)の要旨は、次のとおりである。 請求項1及び2は、「硬質皮膜被覆切削工具」という物の発明である。しかし、請求項1及び2の「下記1(2)及び下記2の条件は、切れ刃近傍の前記すくい面側の硬質皮膜を除去することにより充足される」との記載は、「切れ刃近傍の前記すくい面側の硬質皮膜を除去する」方法を特定事項としたものであり、製造に関して技術的な特徴や条件が付された記載がある場合に該当するため、当該請求項にはその物の製造方法が記載されているといえる。よって、請求項1及び2に係る発明は明確でない。 (3)判断 ア 取消理由通知に記載した取消理由について (ア)特許法第36条第4項第1号(上記(2)ア(ア)を参照)について a 「切れ刃の刃先の丸み」の求め方について、本件明細書の段落【0034】には、非接触三次元測定装置により測定することが示されている。そして、具体的には、該非接触三次元測定装置の測定結果であるプロファイルに示される刃先が円弧状に丸まっている部分の測定データを全て使用して、最小二乗法を用いて円に近似することでその近似円の中心と半径Rを求めることも一般的であることが、平成28年5月30日付けの意見書で説明されている(5(4)ア(ア)の項を参照)。そうすると、刃先の丸みの円弧を、前記測定装置のモニタ上に表示されるプロファイルを見て、円弧状に丸まっているとすることが不合理ではない部分として決定することは、被覆切削工具においても一般的な事項であると認められるから、本件明細書又は図面の記載が、「刃先の丸みの円弧を、刃先のどの部分を中心に選定し、半径Rの大きさをどのように定めて描くものであるのかが理解できないため、本件特許発明の硬質皮膜被覆切削工具を製造し、実施することができない」ということはできない。 b 「円弧半径Rを有する刃先の丸み」の製造方法について、本件明細書の段落【0024】には、一様に工具本体に皮膜を形成した後、切れ刃近傍のすくい面側の皮膜が所定の厚さとなるようにレーザを照射して除去する方法が記載されている。そして、平成28年5月30日付けの意見書で、本件特許の実施例では、レーザを所定の送り速度及び出力ですくい面2の上方(すくい面2の正面)から照射をすることで、「すくい面2の直線部分」及び「すくい面2と逃げ面1とが交差する円弧部分のすくい面2側」がレーザ照射されて、当該部分の皮膜4が一部除去され、すくい面2及び逃げ面1の交差部分の円弧の大きさが皮膜形成時よりも小さく形成されることが説明されている(5(4)ア(イ)の項を参照)。そうすると、当該説明の刃先の丸み形成方法でレーザの送り速度及び出力を適宜調整することで、請求項1及び2に記載された条件に適合する円弧半径Rを有する刃先の丸みが形成可能であることは、当業者であれば当然理解されるものと認められる。よって、本件明細書又は図面の記載が、「請求項1及び請求項2に記載された条件に適合する円弧半径Rを有する刃先の丸みを、どのように形成するのか不明であり、本件特許発明の硬質皮膜被覆切削工具を製造し、実施することができない」ということはできない。 c 本件訂正発明における工具刃先の丸みの半径Rが、加工中(使用中)の刃先の磨耗によるものを含まないことが、本件訂正請求による訂正により「製造後未使用状態において、」という事項を追加することで明確になった。よって、本件明細書又は図面の記載が、「切削工具の刃先の丸みの半径Rが、使用中のどの時点のものかが不明であるため、本件特許発明をどのように実施するかを理解できない」ということはできない。 d 図12の判定の欄の基準については、平成28年5月30日付けの意見書での説明(5(4)ア(エ)の項を参照)により、実験例5及び8については、本件明細書の段落【0032】及び【0036】に記載されている切削時の刃先のチッピングや被削材側のコバ欠けの発生状況を考慮しており、実験例1及び5の比較では、本件明細書の段落【0035】に記載されたように被削材が超硬合金のため、寿命個数が1個異なることが実用性において大きな違いとなることが明確になった。そうすると、「図12において、判定の欄の基準が不明で、本件特許発明の数式で規定する条件が奏する作用効果について理解することができない」ということはできない。 (イ)特許法第36条第6項第1号(上記(2)ア(イ)を参照)について 上記(ア)dの項で説示したように、図12の判定の基準が明確であるから、h1の下限値、R/h1の上限値及び下限値についての臨界的意義の根拠も理解できる。そうすると、「請求項1及び2に記載された数式について、出願時の技術常識に照らしても、その数値の範囲内であれば課題を解決できると当業者が認識できる程度に具体例又は説明が記載されていないため、請求項に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明において開示された内容を拡張ないし一般化できるものではない」ということはできない。 (ウ)特許法第36条第2項(上記(2)ア(ウ)及び(2)イを参照)について 上記(ア)aないしcの項で説示したように、切れ刃の刃先の丸みについて半径Rの円弧で近似したものは、その近似の具体的手段や製造方法、加工中の磨耗によるものを含まないことが明確になった。そうすると、「その近似をどのように行うのか具体的手段や定義、使用時の磨耗による影響について等が不明であり、発明が不明確になっている」ということはできない。 さらに、上記本件訂正請求により、「物の発明」としても記載が明確になった。よって、「請求項1及び2にはその物の製造方法が記載されているといえるから、当該請求項に係る発明は明確でない」ということはできない。 (エ)特許異議申立人の意見について 特許異議申立人は、平成28年12月27日付けの意見書の「3(1)イ(ア)明確性要件」の項において、参考図1を示して、「特許権者は、切れ刃の刃先の丸みを『すくい面から逃げ面につながるかどの部分に生じる丸み』と定義した。この定義によれば、すくい面と逃げ面からはみ出さないように刃先に近似円を設定するため、図6に示すような刃先の丸みの部分であっても、参考図1に実線の円で示すように半径Rを小さく設定することができる。しかしながら、このように定義によって近似円の半径Rを小さくしたとしても、実質的な刃先の丸みはすくい面の硬質皮膜を除去する前後で変わらない。」と主張している。しかし、すくい面の硬質皮膜を除去することにより、刃先の丸みの部分が近似円の半径が小さくなるように実際に変形しているものであるから、「実質的な刃先の丸みは・・・変わらない」とする特許異議申立人の主張の根拠は不明であり、「切れ刃の刃先は、硬質皮膜を除去する前と同様の刃先である蓋然性が高く、本件明細書に記載の効果が期待できない」とする特許異議申立人の主張を採用することはできない。 また、特許異議申立人は、平成28年12月27日付けの意見書の「3(1)イ(ウ)サポート要件」の項において、「本件請求項1,2記載の発明は、特定の材質の工具本体及び硬質皮膜においてのみ成立する数値範囲の条件を規定しており、本件明細書には、上記以外の材質の工具本体及び硬質皮膜を用いた場合については、請求項記載の数値範囲と作用効果の関係は全く記載されていない。したがって、本件請求項1,2の訂正は、出願当初の明細書に記載した事項の範囲内でしたものではなく、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものである。」とも主張している。ここで、サポート要件に係る取消理由は、本件特許異議の申立ての理由とされていないが、念のため検討する。 本件発明1及び2に対して、超硬合金を工具本体にダイヤモンド皮膜を硬質皮膜にそれぞれ用いた実施例が明細書に記載されていることに加えて、本件明細書の段落【0053】には、「また、皮膜はダイヤモンド皮膜に限らず、窒化物系皮膜などの硬質皮膜を採用しても良い。」との記載もある。そして、ダイヤモンドについてみると、明細書においてダイヤモンドを工具に被覆するにあたって特別な加工方法を用いるとの事情も見られないから、本件明細書の記載からダイヤモンド被覆以外の被覆についても本件特許の課題を解決できると、当業者であれば理解できる。そうすると、本件特許の請求項の記載のサポート要件は満たされており、ダイヤモンドを被覆したもの以外の工具本体及び硬質皮膜が例示されていないからといって、出願当初の明細書に記載した事項の範囲内でないとはいえない。したがって、特許異議申立人の上記主張を採用することはできない。 イ 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について (ア)特許法第29条第2項について 特許異議申立人は、訂正前の特許請求の範囲に関し、特許異議申立書において、請求項1ないし7に係る発明は、甲第1号証に記載された発明に基づいて、又は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2?6号証の記載事項に基づいて、当業者が容易に発明することができたものであると主張している。 そこで、当該主張について検討すると、甲第1号証(特開2011-101910号公報)には、以下の記載がある。 「・・・本発明のダイヤモンド被覆切削工具10は、図1に示されるように、基材1と、該基材1上に形成されたダイヤモンド層2とを備え、すくい面3と逃げ面4とを有し、すくい面3と逃げ面4とが交わる刃先稜線8からすくい面方向および逃げ面方向にそれぞれ60μmの距離をもって広がる領域を切れ刃部6とすると、切れ刃部におけるダイヤモンド層は、その表面の算術平均粗さRaが0.1μm以上5μm以下であり、切れ刃部6において、逃げ面4のダイヤモンド層2の平均層厚は、すくい面3のダイヤモンド層2の平均層厚よりも厚いことを特徴とするものである。・・・」(【0025】) 「ここで、ダイヤモンド被覆切削工具10の工具寿命と、加工品位とをより高度に両立するという観点から、上記の切れ刃部において、すくい面3のダイヤモンド層2の平均層厚を1とすると、逃げ面4のダイヤモンド層2の平均層厚は1.1以上2.0以下であることが好ましく、逃げ面4のダイヤモンド層2の平均層厚は1.2以上1.5以下であることがより好ましく、さらに好ましくは逃げ面4のダイヤモンド層2の平均層厚が1.22以上1.46以下である。」(【0034】) 「・・・逃げ面4のダイヤモンド層2の平均層厚は0.6μm以上30μm以下であることが好ましく、2.5μm以上25μm以下であることがより好ましく、さらに好ましくは6μm以上18μm以下である。」(【0036】) 以上の記載によれば、甲第1号証には以下の発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認められる。 「すくい面3と逃げ面4とが交わる刃先稜線8に切れ刃部6を有する基材1にダイヤモンド層2が形成されたダイヤモンド被覆切削工具10であって、切れ刃部6におけるダイヤモンド層2は、逃げ面4の平均層厚が0.6μm以上30μm以下であり、すくい面3のダイヤモンド層2の平均層厚を1とすると、逃げ面4のダイヤモンド層2の平均層厚は1.1以上2.0以下であるダイヤモンド被覆切削工具10。」 本件発明1及び2と引用発明とを対比すると、引用発明は、本件発明1及び2の「記1 (2)0≦h2/h1≦0.5」の条件が、「0.5≦h2/h1」となってしまう点で相違している。ここで、式(2)の条件の数値として「0.5」のみは引用発明も一応共通に有しているが、甲第1号証の【0034】の記載では、0.5よりも大きくなる方がより好ましい旨の記載もあり、たまたま境界値が共通していたからといって、式(2)の条件が導き出せるものでもないから、上記式(2)の数値範囲については、本件発明1及び2と引用発明とでは実質的に相違しているものと認める。そして、引用発明が「0.5≦h2/h1」という条件を前提としている以上、引用発明に基づいて、又は引用発明及び甲第2ないし6号証に記載された事項に基づいて、当業者が本件発明の式(2)の条件を満たすようにすることが容易であるともいうことができない。そして、当該式(2)の条件を満たすことにより、本件発明1及び2は、「切れ刃3近傍のすくい面2側の硬質皮膜4の膜厚を逃げ面1側の硬質皮膜4の半分以下の所定の膜厚とすることで、硬質皮膜4による刃先の丸まりを抑制して所望の鋭利さにすることができ、即ち、切れ刃3に直角な方向でこの切れ刃3の刃先の丸みを半径Rの円弧で近似したとき、このRを十分小さくすることが可能となり、コバ欠けを抑制することが可能となる。」(明細書の段落【0018】)という顕著な効果を奏するものである。 したがって、本件発明1及び2、並びにこれらを引用する本件発明3ないし7は、引用発明に基づいて、又は、引用発明及び甲第2?6号証の記載事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。 (イ)特許異議申立人の意見について なお、特許異議申立人は、平成28年12月27日付けの意見書の「3(1)イ(イ)新規性要件」の項において、「訂正後の本件請求項1,2に記載の発明は、甲第1号証に記載の工具と区別することができない。」として、特許異議申立書で申立てていなかった新規性要件違反も主張している。しかし、上記で説示したとおり、本件発明1及び2は引用発明と相違点を有するものであるから、特許異議申立人の主張は失当である。 4.むすび 以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件請求項1ないし7に係る特許を取り消すことはできない。 また、他に本件請求項1ないし7に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって、結論のとおり決定する。 |
発明の名称 |
(57)【特許請求の範囲】 【請求項1】 逃げ面とすくい面との交差稜線部に切れ刃が形成された工具本体に硬質皮膜が被覆されて成る硬質皮膜被覆切削工具であって、製造後未使用状態において、工具先端から軸方向に工具直径の0.3倍以下の範囲における切れ刃に直角な断面において、逃げ面側の硬質皮膜の膜厚h1及び切れ刃近傍のすくい面側の硬質皮膜の膜厚h2が、下記1の2条件を充足するように構成し、更に、工具先端から軸方向に工具直径の0.3倍以下の範囲における切れ刃に直角な方向で、当該切れ刃の刃先の丸みを半径Rの円弧で近似したとき、下記2の条件を充足するように構成したことを特徴とする硬質皮膜被覆切削工具。 記1 (1)8μm≦h1≦30μm (2)0≦h2/h1≦0.5 記2 0.1h1≦R≦0.8h1 【請求項2】 逃げ面とすくい面との交差稜線部に切れ刃が形成された工具本体に硬質皮膜が被覆されて成る硬質皮膜被覆切削工具であって、製造後未使用状態において、工具先端から軸方向に工具直径の0.3倍以下の範囲における切れ刃に直角な断面において、逃げ面側の硬質皮膜の膜厚h1及び切れ刃近傍のすくい面側の硬質皮膜の膜厚h2が、下記1の2条件を充足するように構成し、更に、工具先端から軸方向に工具直径の0.3倍以下の範囲における切れ刃に直角な方向で、当該切れ刃の刃先の丸みを半径Rの円弧で近似したとき、下記2の条件を充足するように構成したことを特徴とする硬質皮膜被覆切削工具。 記1 (1)8μm≦h1≦30μm (2)0≦h2/h1≦0.5 記2 0.1h1≦R≦15μm 【請求項3】 請求項1,2いずれか1項に記載の硬質皮膜被覆切削工具において、工具先端から軸方向に工具直径の0.3倍以下の範囲における、すくい面側の硬質皮膜の少なくとも切れ刃に隣接する領域に、切れ刃に対して90°±20°の範囲の角度で交差する多数の微細な凸条が並設されていることを特徴とする硬質皮膜被覆切削工具。 【請求項4】 請求項3記載の硬質皮膜被覆切削工具において、前記凸条の並設間隔は1μm以上30μm以下であることを特徴とする硬質皮膜被覆切削工具。 【請求項5】 請求項3,4いずれか1項に記載の硬質皮膜被覆切削工具において、前記凸条が並設されている部分の算術平均粗さRaが0.05μm以上1μm以下であることを特徴とする硬質皮膜被覆切削工具。 【請求項6】 請求項3?5いずれか1項に記載の硬質皮膜被覆切削工具において、前記凸条は、切れ刃近傍の前記すくい面側の硬質皮膜の表面部をレーザ照射により除去する際に形成されたものであることを特徴とする硬質皮膜被覆切削工具。 【請求項7】 請求項1?6いずれか1項に記載の硬質皮膜被覆切削工具において、前記硬質皮膜はダイヤモンド皮膜であることを特徴とする硬質皮膜被覆切削工具。 |
訂正の要旨 |
審決(決定)の【理由】欄参照。 |
異議決定日 | 2017-02-02 |
出願番号 | 特願2013-226984(P2013-226984) |
審決分類 |
P
1
651・
851-
YAA
(B23C)
P 1 651・ 536- YAA (B23C) P 1 651・ 853- YAA (B23C) P 1 651・ 854- YAA (B23C) P 1 651・ 841- YAA (B23C) P 1 651・ 121- YAA (B23C) P 1 651・ 537- YAA (B23C) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 亀田 貴志 |
特許庁審判長 |
平岩 正一 |
特許庁審判官 |
栗田 雅弘 久保 克彦 |
登録日 | 2015-06-19 |
登録番号 | 特許第5764181号(P5764181) |
権利者 | ユニオンツール株式会社 |
発明の名称 | 硬質皮膜被覆切削工具 |
代理人 | 吉井 剛 |
代理人 | 吉井 剛 |
代理人 | 吉井 雅栄 |
代理人 | 吉井 雅栄 |