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審決分類 審判 全部申し立て 特174条1項  C22C
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C22C
審判 全部申し立て 2項進歩性  C22C
管理番号 1325900
異議申立番号 異議2016-700908  
総通号数 208 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-04-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-09-23 
確定日 2017-03-21 
異議申立件数
事件の表示 特許第5893659号発明「低熱膨張鋳造合金およびその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5893659号の請求項1ないし5に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第5893659号(以下、「本件特許」という。)は、平成26年 3月10日にその出願(以下、「本件特許出願」という。)がされ、平成28年 3月 4日にその設定の登録がされたものである。また、本件特許出願に対し、平成27年11月 2日に早期審査に関する事情説明書及び手続補正書が提出されている。
そして、本件特許の請求項1?5に係る特許に対して、平成28年 9月23日に、特許異議申立人 村戸 良至(以下、「異議申立人」という。)により、特許異議の申立てがされ、同年12月15日付けで当審より取消理由が通知され、平成29年 2月 6日付けで特許権者より意見書が提出された。

第2 本件特許発明
本件特許の請求項1?5に係る特許の発明(以下、「本件特許発明1」?「本件特許発明5」といい、これらを総称して「本件特許発明」という。)は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1?5に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

【請求項1】
質量%で、
C :0.02%超、0.15%以下、
Si:0.3%以下、
Mn:0.25?0.6%、
Ni:29?32.5%、
Co:5?9.5%
を含有し、
かつC含有量(質量%)を[C]、Co含有量(質量%)を[Co]と表した場合に、これらが(a)[Co]≧40×[C]+3、(b)[C]≦0.15、(c)[Co]≦(70/3)×[C]+6、(d)[C]>0.02、(e)[Co]≧-20×[C]+6を満たす範囲であり、
Ni含有量(質量%)を[Ni]、Co含有量(質量%)を[Co]で表した場合に、[Ni]+0.8×[Co]と表されるNi当量が、35.5?36.5%の範囲であり、残部がFeおよび不可避的不純物からなる(ただし、C:0.052%、Si:0.19%、Mn:0.61%、Ni:32.21%、Co:5.07%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる組成を除く)ことを特徴とする低熱膨張鋳造合金。
【請求項2】
質量%で、
C :0.02%超、0.15%以下、
Si:0.3%以下、
Mn:0.25?0.6%、
S:0.015?0.035%
Ni:29?32.5%、
Co:5?9.5%
を含有し、
かつC含有量(質量%)を[C]、Co含有量(質量%)を[Co]と表した場合に、これらが(a)[Co]≧40×[C]+3、(b)[C]≦0.15、(c)[Co]≦(70/3)×[C]+6、(d)[C]>0.02、(e)[Co]≧-20×[C]+6を満たす範囲であり、
かつNi含有量(質量%)を[Ni]、Co含有量(質量%)を[Co]で表した場合に、[Ni]+0.8×[Co]と表されるNi当量が、35.5?36.5%の範囲であり、
さらに、Mn含有量(質量%)を[Mn]、S含有量(質量%)を[S]、鋳造品の最大肉厚(mm)をtで表した場合に、[Mn]/[S]≧46-1335/t+13430/t^(2)を満たし、残部がFeおよび不可避的不純物からなることを特徴とする低熱膨張鋳造合金。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の組成を有し、20?25℃の平均熱膨張係数が1×10^(-6)/℃以下であることを特徴とする低熱膨張鋳造合金。
【請求項4】
請求項1または請求項2に記載の組成を有し、20?25℃の平均熱膨張係数が0.5×10^(-6)/℃以下であることを特徴とする低熱膨張鋳造合金。
【請求項5】
請求項1または請求項2に記載の組成を有する合金を、700?950℃の温度範囲で加熱後、5℃/sec.以上の冷却速度で、450℃以下まで冷却することを特徴とする低熱膨張鋳造合金の製造方法。

第3 取消理由及び申立理由
1 甲各号証
取消理由及び特許異議申立理由で引用された証拠は、以下の甲第1号証?甲第5号証である。

甲第1号証:ASTM規格 F1684-06(Reapproved 2011)
甲第2号証:米国特許第7100447号公報
甲第3号証:特開平11-279708号公報
甲第4号証:特開2009-287117号公報
甲第5号証:財団法人本多記念会著、Honda Memorial Series on Materials Science No. 3 - Physics and Applications of Inver Alloys -、丸善株式会社、昭和53年 8月30日発行、第528?531頁

2 取消理由
当審より、本件特許の請求項1、3及び5に係る特許に対して通知した、取消理由の要旨は、以下のものである。

取消理由1:本件特許発明1は、甲第1号証に記載された発明であり、また、本件特許発明1、5は、甲第1号証に記載された発明と、甲第3号証に記載される周知技術とに基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許の請求項1、5に係る特許は、特許法第29条の規定に違反してされたものであり、取り消されるべきものである。

取消理由2:本件特許発明1、3は、甲第3号証及び甲第4号証に記載される技術常識を踏まえると甲第2号証に記載された発明であり、また、本件特許発明1、3、5は、甲第2号証に記載された発明と、甲第3号証及び甲第4号証に記載される技術常識並びに甲第3号証に記載される周知技術とに基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許の請求項1、3、5に係る特許は、特許法第29条の規定に違反してされたものであり、取り消されるべきものである。

3 申立理由
異議申立人が、特許異議申立書において、本件特許の請求項1?5に係る特許に対して主張する、申立理由の要旨は、以下のものと認める。
なお、特許異議申立書には、本件特許発明が特許法第29条第1項第3号に掲げる発明であることが申立理由の一つであることについて、文言上記載されていないものの、「3(4)具体的理由」欄の「(4-2)特許法第29条第2項(同法第113条第2号)について」欄(特に、「ウ.本件発明と証拠に記載された発明の対比」欄)において、本件特許発明と甲第1号証又は甲第2号証に記載された発明とが相違しない旨の記載がされているから、本件特許発明が、頒布された刊行物に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に掲げる発明であることも申立ての理由であると認める。

申立理由1:平成27年11月 2日付けの手続補正書による補正(以下、「本件補正」という。)は、願書に最初に添付した特許請求の範囲の請求項1に「(ただし、C:0.052%、Si:0.19%、Mn:0.61%、Ni:32.21%、Co:5.07%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる組成を除く)」という発明特定事項を追加する補正を含んでおり、この補正は新たな技術事項を導入するものであるから、本件特許の請求項1?5に係る特許は、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない補正をした特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。

申立理由2:本件特許発明1、3、4は、甲第1号証に記載された発明であり、また、本件特許発明1?5は、甲第1号証に記載された発明と、甲第3号証に記載される周知技術、甲第5号証に記載される事項とに基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許発明1?5は、特許法第29条の規定に違反してされたものであり、本件特許の請求項1?5に係る特許は、取り消されるべきものである。

申立理由3:本件特許発明1、3は、甲第2号証に記載された発明であり、また、本件特許発明1?5は、甲第2号証に記載された発明と、甲第3号証?甲第5号証に記載された事項とに基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許発明1?5は、特許法第29条の規定に違反してされたものであり、本件特許の請求項1?5に係る特許は、取り消されるべきものである。

第4 各甲号証の記載
(1)甲第1号証について
甲第1号証は、ASTM規格 F1684-06(Reapproved 2011)である。ASTM規格は米国の標準化団体であるASTM Internationalが策定・発行している規格であり、甲第1号証は、その規格番号の「-06」の部分から2006年に策定され、「Reapproved 2011」の部分から2011年に再確認されている規格であると認められる。してみると、甲第1号証は、本件特許に係る特許出願の出願日前に米国において頒布された刊行物であると認められる。
そして、甲第1号証には、以下の事項が記載されている。

(1-ア)「Standard Specification for Iron-Nickel and Iron-Nickel-Cobalt Alloys for Low Thermal Expansion Applications」
(当審訳:低熱膨張用のFe-Ni、Fe-Ni-Co合金の標準仕様)

(1-イ)「1. Scope
1.1 This specification covers two iron-nickel alloys and one iron-nickel-cobalt alloy, for low thermal expansion applications.・・・.The iron-nickel-cobalt alloy, containing nominally 32% nickel, 5% cobalt and 63% iron, is designated by UNS K93500. This specification defines the following product forms for UNS No. K93603 and UNS No. K93500: wire, rod, bar, strip,sheet plate, and tubing. ・・・」
(当審訳:1.スコープ
1.1 この規格は、低熱膨張用の2つのFe-Ni合金、および1つのFe-Ni-Co合金をカバーしている。・・・Fe-Ni-Co合金は、公称32%ニッケル、5%コバルト及び63%鉄を含んでおり、UNS No.K93500によって規定される。この規格は、UNS No.K93603及びUNS No.K93500のために形成された以下の製品:ワイヤ、ロッド、ストリップ、シートプレート、及び、チューブを規定する。・・・。)

(1-ウ)「4. Chemical Requirements
4.1 Each alloy shall conform to the requirements as to chemical composition prescribed in Table 1.


(当審訳:4.化学的要求
4.1 各合金は、表1に示される化学組成の規格に従わなければならない。 ・・・
A ・・・、一方UNS No.K93500は、Fe、Ni及びCoの必要量は公称である。
B Al、Mg、Ti、Zrの合計は、0.20%を超えない。
・・・
D P、Sの合計は、0.025%を超えない。
・・・)

(1-エ)「12. Thermal Expansion Characteristics
12.1 The average linear coefficients of thermal expansion shall be within the limits specified in Table 5.・・・.


(当審訳:12.熱膨張特性
12.1 平均線熱膨張係数は、表5で特定された制限内でなければならない。・・・。)

ア 甲第1号証に記載された発明について、上記(1-ア)?(1-エ)の記載事項から検討する。

イ 上記(1-ア)及び(1-イ)によれば、低熱膨張のFe-Ni、Fe-Ni-Co合金の標準仕様である甲第1号証において規定される「UNS No.K93500」は、低熱膨張用のFe-Ni-Co合金といえる。

ウ この「UNS No.K93500」について、上記(1-ウ)によれば、その組成は、Ni:公称32%、Co:公称5%(当審注:表1には「Cobalt, max」と記載されているが、注記Aの記載からみて、Coの含有量は公称と認める。)、Mn:最大0.60%、Si:最大:0.25%、C:最大0.05%、Al:最大0.10%、Mg:最大0.10%、Zr:最大0.10%、Ti:最大0.10%、Cr:最大0.25%、P:最大0.015%、S:最大0.015%、残部Feからなり、Al、Mg、Ti、Zrは合計で0.20%以下、P、Sは合計0.025%以下に従うものであるといえる。また、インバ-合金の組成としてFe-36質量%Ni、また、スーパーインバ-合金の組成としてFe-32質量%Ni-5質量%Coが周知であることから、甲第1号証における「%」は、「質量%」であると認められる。

エ なお、上記(1-エ)の表5には、「UNS No.K93500」について、その平均線熱膨張係数が、-18℃?93℃の範囲内において最大0.9μm/m・℃の制限内でなければならないことが示されているが、この表5は、単に規格として合金の熱膨張特性の制限を示すものである。してみると、上記(1-エ)の表5の記載から、上記(1-イ)に示される組成を満たす全ての合金の平均線熱膨張係数が、-18℃?93℃の範囲内において最大0.9μm/m・℃であるとはいえない。

オ してみると、甲第1号証には、以下の発明が記載されていると認められる。

「組成が、質量%で、Ni:公称32%、Co:公称5%、Mn:最大0.60%、Si:最大:0.25%、C:最大0.05%、Al:最大0.10%、Mg:最大0.10%、Zr:最大0.10%、Ti:最大0.10%、Cr:最大0.25%、P:最大0.015%、S:最大0.015%、残部Feからなり、Al、Mg、Ti、Zrは合計で0.20%以下、P、Sは合計0.025%以下に従うものである、低熱膨張用のFe-Ni-Co合金。」(以下、「甲1発明」という。)

(2)甲第2号証について
甲第2号証は、米国特許第7100447号公報であり、本件特許に係る特許出願の出願日前に外国において頒布された刊行物であり、甲第2号証には、以下の事項が記載されている。

(2-ア)「1. An apparatus comprising:
a pair of magnetic assemblies, each assembly comprises a Super Invar alloy, each assembly includes an excitation ring and a magnet; and a proof mass having capacitance elements, the proof mass being suspended between the magnetic assemblies and the capacitance elements engaged with the excitation rings, wherein the magnetic assemblies, the proof mass, and the capacitance elements have substantially similar coefficients of thermal expansion.
2. The apparatus of claim 1 , wherein the alloy comprises approximately 31% Nickel, 5% Cobalt, and 64% Iron.
3. The apparatus of claim 1 , wherein the alloy comprises approximately 32.0% Nickel, 5.4% Cobalt, less than 1% Carbon, less than 1% Silicon, less than 1% Manganese, less than 1% Sulfur, less than 1% Chromium, less than 1% Aluminum, less than 1% Copper, and the remaining percentage balance Iron.
4. The apparatus of claim 1 , wherein alloy comprises approximately 31.75% Nickel, 5.36% Cobalt, 0.05% Carbon, 0.09% Silicon, 0.39% Manganese, 0.01% Sulfur, 0.03% Chromium, 0.07% Aluminum, 0.08% Copper, and the remaining percentage balance Iron.」(第3頁第4欄第10行?第33行)
(当審訳:
1.1対の磁石組立体であって、各組立体がスーパーインバー合金を備え、各組立体が励磁リングおよび磁石を含む、1対の磁石組立体と、
前記励磁リングに係合する容量素子を有し、前記磁石組立体の間に懸垂された慣性質量と、
を備え、前記磁石組立体、前記慣性質量、および前記容量素子が、実質的に同様の熱膨張係数を有する装置。
2.前記合金が、約31%のニッケル、5%のコバルト、及び64%の鉄を含む、請求項1に記載の装置。
3.前記合金が、約32.0%のニッケル、5.4%のコバルト、1%未満の炭素、1%未満のケイ素、1%未満のマンガン、1%未満の硫黄、1%未満のクロム、1%未満のアルミニウム、1%未満の銅、及び残りのパーセントの残部鉄を含む、請求項1に記載の装置。
4.前記合金が、約31.75%のニッケル、5.36%のコバルト、0.05%の炭素、0.09%のケイ素、0.39%のマンガン、0.01%の硫黄、0.03%のクロム、0.07%のアルミニウム、0.08%の銅、及び残りのパーセントの残部鉄を含む、請求項1に記載の装置。)

(2-イ)「 The Super Invar used in the excitation ring 44 is an alloy of approximately 31% Nickel, 5% Cobalt, and 64% Iron.
Several modifications and variations of the present embodiments are possible in light of the above teachings. Other compositions of the Nickel-Cobalt-Iron Super Invar may be used. For example, an alloy composition of approximately 32.0% Nickel, 5.4% Cobalt, less than 1% Carbon, less than 1% Silicon, less than 1% Manganese, less than 1% Sulfur, less than 1% Chromium, less than 1% Aluminum, less than 1% Copper, and the remaining percentage balance Iron may be used.
Thus, it is to be understood that, within the scope of the appended claims, the invention may be practiced otherwise than as specifically described above.
While the preferred embodiment of the invention has been illustrated and described, as noted above, many changes can be made without departing from the spirit and scope of the invention. For example, another Super Invar alloy composition would include 31.75% Nickel, 5.36% Cobalt, 0.05% Carbon, 0.09% Silicon, 0.39% Manganese, 0.01% Sulfur, 0.03% Chromium, 0.07% Aluminum, 0.08% Copper, and the remaining percentage balance Iron.」(第3頁第3欄第47行?第4欄第2行)
(当審訳:励磁リング44に使用されるスーパーインバーは、約31%のニッケル、5%のコバルト、および64%の鉄の合金である。
上記の教示に照らして本実施形態の様々な変更形態および変形形態が可能である。ニッケル-コバルト-鉄のスーパーインバーの他の組成を使用することができる。例えば、約32.0%のニッケル、5.4%のコバルト、1%未満の炭素、1%未満のケイ素、1%未満のマンガン、1%未満の硫黄、1%未満のクロム、1%未満のアルミニウム、1%未満の銅、及び残りのパーセントの残部鉄の合金組成を使用してもよい。
したがって、本発明を、添付の特許請求の範囲内で、具体的に上述したものとは別の方法で実施してもよいことを理解されたい。
本発明の好ましい実施形態を例示し説明したが、上述のように、本発明の趣旨および範囲から逸脱せずに、多くの変更を加えることができる。例えば、別のスーパーインバー合金組成は、31.75%のニッケル、5.36%のコバルト、0.05%の炭素、0.09%のケイ素、0.39%のマンガン、0.01%の硫黄、0.03%のクロム、0.07%のアルミニウム、0.08%の銅、及び残りのパーセントの残部鉄を含む。)

ア 甲第2号証に記載される「%」は、その基準が明記されていないが、インバ-合金の組成としてFe-36質量%Ni、また、スーパーインバ-合金の組成としてFe-32質量%Ni-5質量%Coが周知であることからみて、甲第2号証に記載される「%」は、「質量%」であると認められる。

イ してみると、上記(2-ア)及び(2-イ)の記載によれば、甲第2号証には、以下の発明が記載されていると認められる。

「質量%で、
約32.0%のニッケル、5.4%のコバルト、1%未満の炭素、1%未満のケイ素、1%未満のマンガン、1%未満の硫黄、1%未満のクロム、1%未満のアルミニウム、1%未満の銅、及び残りのパーセントの残部鉄とを含む、又は、
約31.75%のニッケル、5.36%のコバルト、0.05%の炭素、0.09%のケイ素、0.39%のマンガン、0.01%の硫黄、0.03%のクロム、0.07%のアルミニウム、0.08%の銅、及び残りのパーセントの残部鉄を含むスーパーインバー合金。」(以下、「甲2発明」という。)

(3) 甲第3号証について
甲第3号証は、特開平11-279708号公報であり、本件特許に係る特許出願の出願日前に日本国内において頒布された刊行物であり、甲第3号証には、以下の事項が記載されている。

(3-ア)「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、精密機械部品等の用途に適した高ヤング率でかつ快削性を有する低熱膨張合金およびその製造方法に関する。・・・。
【0002】
【従来の技術】従来より、実用的な低熱膨張合金として・・・、スーパーインバー(32%Ni-5%Co-Fe合金)等が知られており、その中でもスーパーインバー合金は室温から100℃の間の熱膨張係数が0?1×10^(-6)/℃と著しく低いため、精密機械部品等の寸法精度が要求される用途に適用されている。・・・。
・・・
【0005】
【発明が解決しようとする課題】本発明はかかる事情に鑑みてなされたものであって、剛性を確保するために重量増となることなく、切削加工に多大の費用を要することがない、ヤング率が高く、かつ快削性を有する低熱膨張合金およびその製造方法を提供することを目的とする。
【0006】
【課題を解決するための手段】本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、上述したインバー、スーパーインバー、42%Ni-Fe合金およびコバール等の従来用いられている各種低熱膨張合金の組成を基本組成とし、それに特定量のWを添加することにより、ヤング率を高くすることができるとともに、快削性をも付与することができることを見出した。また、これに加え、Sおよび/またはSeとMn、Caとを一定の範囲で添加することにより、さらに切削性が向上すること、およびこのような合金を700?900℃から水冷することにより熱膨張係数がさらに低下することを見出した。
・・・
【0010】さらにまた、本発明は、上記いずれかの組成を有する素材を、700℃以上900℃以下の温度から急冷することを特徴とする、高ヤング率でかつ快削性を有する低熱膨張合金の製造方法を提供するものである。」

(3-イ)「【0021】本発明の合金は、鋳塊または鋳片に圧延や鍛造等の塑性加工を施して使用される合金、および鋳型に鋳込んで製造する鋳造合金のいずれでもよい。また、製造条件に関しては、特に限定されるものではない。
【0022】ただし、本発明においては、所定の形状に製造した素材を、700?900℃の範囲の温度から急冷することが好ましい。これにより、NiやCoのミクロ偏析が緩和され、熱膨張係数を一層低下させることができる。なお、急冷の方法は水冷が好ましいが、空冷または油冷であってもよい。」

(4) 甲第4号証について
甲第4号証は、特開2009-287117号公報であり、本件特許に係る特許出願の出願日前に日本国内において頒布された刊行物であり、甲第4号証には、以下の事項が記載されている。

(4-ア)「【背景技術】
【0002】
従来、低熱膨張金属材料の一種であるインバー合金(Fe-36%Ni)の経時変形について報告された文献がある(非特許文献1参照)。この文献では、γ-expantion(以後、γ膨張という)という用語を使用し、その原因は合金に含まれる炭素が関係していると推測している。
・・・
【0005】
一方、前者においては、学術的な段階であって、当業者の間でもほとんど知られていないのが実情である。その理由は、γ膨張という現象によって生じる経時変形の絶対量が他の一般的現象によって生じるものと比較して小さいからであると考えられた。
【0006】
また、一段と高精度化してきている最近の精密機器においては、インバー合金ではなく室温付近での熱膨張率が確実に1ppm(=1×10^(-6))/度未満になるスーパーインバー合金を使用する場合が増加してきた。・・・。」

(4-イ)「【0019】
(合金)
本発明の合金は、スーパーインバー合金の基本成分である鉄とニッケルとコバルトとを含む。そして、この合金に不可避的に含まれる炭素のうち炭化物を形成していない炭素量が0.010重量%以下である点が特徴である。
【0020】
スーパーインバー合金は、鉄、ニッケル、コバルトを基本成分とし、インバー合金(Fe-63.5重量%,Ni-36.5重量%)よりさらに低い熱膨張率を有する合金である。インバー合金のうち、Niを5重量%Coに置換した、Fe-63.5重量%,Ni-31.5重量%,Co-5.0重量%を基本的な構成とする。」

(5)甲第5号証について
本件特許に係る特許出願の出願日前に頒布された刊行物である甲第5号証には、以下の事項が記載されている。

(5-ア)「22.2.3 Fe-Ni-Co- Alloy
・・・He investigated the effects of additions of Co, Mn, and C on the value of α in the annealed state and on the inflection point θ (℃) in the thermal expansion curves (See Fig. 22.18), for FCC phase alloys in the Fe-Ni system.
Figures 22.18 and 22.19 show several examples of the thermal expansion curves for ternary Fe-Ni-Co alloys in which the Co concentration Y, and the Mn composition Z, approximately constant (constant nickel, variable cobalt series). It is evident from the figure that Co has a remarkable influence on θ and α. Scott further obtained the relationship between X, Y, W, Z and θ while changing C concentration W:

θ = 19.5( X + Y ) - 22 Z - ( 0 W ) - 465.

Also, he proposed the following formulae for X and Y in which the FCC ⇔ BCC transformation point is maintained near -100℃ and θ is in the range 200 - 600 ℃:

Y = 0.0975 θ + 4.8 Z + 19 W - 18.1,
X = 41.9 - 0.0282 θ - 3.7 Z - 19 W.

From these formula it is clear that among the above four elements only Co can contribute to an increase in θ. The minimum expansivity α_(1) (Fig. 22.20) and the mean expansivity α_(2) up to θ can be given by the following formulae, when θ is between 350 and 600℃:

α_(1)×10^(6) = 0.024 θ + 0.38 Z - 1.2 W - 6.65
α_(2)×10^(6) = 0.024 θ + 0.38 Z - 1.2 W - 5.6」(第528頁第20行?第530頁第3行)
(当審訳:22.2.3 Fe-Ni-Co-合金
・・・彼は、Fe-Ni系のFCC相合金において、焼鈍状態、及び、熱膨張曲線(図22.18参照)における変曲点θ(℃)でのαの値に関する、Co、Mn及びCの添加の効果について調査した。図22.18、22.19は、Co濃度Yを変化させ、Ni濃度X、Mn濃度Zをほぼ一定にしたときのFe-Ni-Co三元合金の熱膨張曲線の例である。Coは、θ、αに対して顕著な影響がある。スコットは、さらに、C濃度Wを変化させたときのX、Y、W、Z、θ間の関係を得た。
θ=19.5(X+Y)-22Z-(0W)-465
また、彼は、FCC⇔BCC変態点を-100℃近傍、θを200?600℃としたとき、下記のX、Yについての式を提案した。
Y=0.0795θ+4.8Z+19W-18.1
X=41.9-0.0282θ-3.7Z-19W
これらの式から、上記4つの元素の中でCoのみがθの増加に寄与することは明らかである。θまでの最小膨張係数α_(1)(図22.20)と平均膨張係数α_(2)は、以下の式で与えられる。θは350?600℃である。
α_(1)×10^(6)=0.024θ+0.38Z-1.2W-6.65
α_(2)×10^(6)=0.024θ+0.38Z-1.2W-5.6)

第5 判断
1 本件特許発明について
ア 本件特許発明の解決しようとする課題は、本件特許明細書の記載によれば、熱膨張が極めて小さい低熱膨張鋳造合金及びその製造方法に関し(【0001】)、1×10^(-6)/℃以下の熱膨張係数を得るためには、Cの含有量を0.02%以下、又は、0.01%程度に低減する必要があり、大気溶解・鋳造することが困難であるという事情(【0007】?【0010】)に鑑み、通常の大気溶解及び大気鋳造が可能なレベルのCを含有しながら、スーパーインバーと同等の極めて小さい熱膨張係数を有する低熱膨張鋳造合金及びその製造方法を提供すること(【0011】)である。

イ そして、本件特許明細書の記載によれば、合金組成について、C含有量とCo含有量の範囲が図1の領域Cの範囲を満たすとともに、Co含有量に応じてNi含有量を規定することにより、上記の課題を解決するもの(【0017】)である。

【図1】


ウ また、本件特許明細書には、本件特許発明1の組成を満たすNo.1?7の20?25℃間の平均熱膨張係数が1×10^(-6)/℃以下であり、全て鋳造欠陥がなく、良好な鋳造性が得られ(【0061】)一方、本件特許発明1の組成を満たさない比較例では、鋳造性が悪いか、所望の熱膨張係数が得られないこと(【0062】)が示されている。また、本件特許明細書には、本件特許発明2の合金組成についても、本件特許発明1の組成と同様に、本件特許発明2の組成を満たす実施例と満たさない比較例との対比(【0064】?【0070】)が示されている。

エ 上記ア?ウを含む本件特許明細書の記載全般によれば、本件特許発明1?5の「低熱膨張鋳造合金」という発明特定事項の技術的意味について、「低熱膨張」とは、本件特許発明の解決しようとする課題によれば、「スーパーインバーと同等の極めて小さい熱膨張係数を有する」ことと認められ、また、「鋳造合金」とは、その熱膨張係数が特定されるものであるから、熱膨張係数を特定することができる状態、すなわち、鋳造された合金(鋳造組織を有する物)と認められる。

オ なお、特許権者は、意見書において、「鋳造合金は、所定の形状の鋳型に鋳込んだ後に塑性加工を施さない合金であり、熱間圧延や鍛造のような塑性加工が施された一般的な合金とは明確に区別されております。すなわち、鋳造合金は、合金組織として鋳造したままの凝固組織が残ったものであるのに対し、組成加工が施された一般的な合金は、加工により生じた合金組織を有しており、両者の合金組織が相違していることは、当業者の技術常識です。」(第5頁第3行?第8行)と主張しており、上記エの認定は、この特許権者の主張と整合する。

カ したがって、本件特許発明の「低熱膨張鋳造合金」という発明特定事項は、「スーパーインバーと同等の極めて小さい熱膨張係数を有する鋳造された合金」を意味するものと認め、以下の判断を行う。

2 甲第1号証を主引用例とする理由(取消理由1、申立理由2)について
(1)本件特許発明1について
ア 本件特許発明1と甲1発明とを対比すると、両者は、以下の点で相違し、その余の点で一致する。

相違点1:合金組成について、本件特許発明1の合金組成が
「 質量%で、
C :0.02%超、0.15%以下、
Si:0.3%以下、
Mn:0.25?0.6%、
Ni:29?32.5%、
Co:5?9.5%
を含有し、
かつC含有量(質量%)を[C]、Co含有量(質量%)を[Co]と表した場合に、これらが(a)[Co]≧40×[C]+3、(b)[C]≦0.15、(c)[Co]≦(70/3)×[C]+6、(d)[C]>0.02、(e)[Co]≧-20×[C]+6を満たす範囲であり、
Ni含有量(質量%)を[Ni]、Co含有量(質量%)を[Co]で表した場合に、[Ni]+0.8×[Co]と表されるNi当量が、35.5?36.5%の範囲であり、残部がFeおよび不可避的不純物からなる(ただし、C:0.052%、Si:0.19%、Mn:0.61%、Ni:32.21%、Co:5.07%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる組成を除く)」ものであるのに対し、甲1発明の合金組成が
「質量%で、Ni:公称32%、Co:公称5%、Mn:最大0.60%、Si:最大:0.25%、C:最大0.05%、Al:最大0.10%、Mg:最大0.10%、Zr:最大0.1%、Ti:最大0.10%、Cr:最大0.25%、P:最大0.015%、S:最大0.015%、残部Feからなり、Al、Mg、Ti、Zrは合計で0.20%以下、P、Sは合計0.025%以下に従うもの」である点。

相違点2:本件特許発明1が「低熱膨張鋳造合金」であるのに対し、甲1発明が「低熱膨張用の合金」である点。

イ そこで、上記相違点1及び相違点2について検討する。

ウ まず、相違点2について検討する。

エ 相違点2に係る本件特許発明1の発明特定事項である「低熱膨張鋳造合金」は、上記1の検討によれば、「スーパーインバーと同等の極めて小さい熱膨張係数を有する鋳造された合金」であると認められる。

オ 一方、甲1発明の「低熱膨張用の合金」は、その組成からみて熱膨張係数がある程度低い合金であると認められるが、「スーパーインバーと同等の極めて小さい熱膨張係数を有する」とまではいえない。また、甲第1号証の(1-イ)の記載によれば、甲1発明の「低熱膨張用の合金」は、その用途が、ワイヤ、ロッド、ストリップ、シートプレート、及び、チューブ用であり、これらの形状の物品が塑性加工により製造されるという技術常識によれば、甲1発明の「低熱膨張用の合金」は、塑性加工が施された合金であると認められる。そして、鋳造された合金と、塑性加工が施された合金とは、その金属組織が異なるという技術常識によれば、甲1発明の「合金」が、「鋳造された合金」であるとはいえない。

カ してみると、相違点2は実質的な相違点であるから、相違点1について検討するまでもなく、本件特許発明1が甲1発明であるとはいえない。

キ そこで、上記相違点1及び2について、甲1発明と甲第1号証?甲第5号証の記載とに基づいて、当業者が容易に想到することができるかについて、さらに検討する。

ク 本件特許発明1は、上記1で検討したように、合金組成を特定することにより、スーパーインバーと同等の極めて小さい熱膨張係数を有する低熱膨張鋳造合金を提供しようとするものである。してみると、相違点1及び2は、技術的に関係性を有するから、両者を合わせて検討する。

ケ まず、甲第1号証には、甲1発明の合金を鋳造合金とすることについて、記載も示唆もされておらず、また、技術常識であるともいえないから、甲1発明において、その合金を鋳造合金とする動機付けがなく、相違点2に係る本件特許発明1の発明特定事項について、当業者が容易に想到することができたものとはいえない。

コ さらに、甲1発明において、その合金を鋳造合金とする動機付けを得たとしても、甲第1号証?甲第5号証には、上記相違点1に係る合金組成に特定することにより、鋳造合金(鋳造された合金)が、低熱膨張性を有することについて記載も示唆もされておらず、また、このことが技術常識であるともいえないから、甲1発明において、相違点1に係る本件特許発明1の発明特定事項について、当業者が容易に想到することができたものとはいえない。さらに、本件特許発明1が、その合金組成を相違点1に係る発明特定事項のように特定することにより、鋳造合金が、スーパーインバーと同等の極めて小さい熱膨張係数(1×10^(-6)/℃以下の熱膨張係数)を達成し、良好な鋳造性が得られるという効果は、当業者が、出願時の技術水準から予測することができたものであるともいえない。

サ してみると、相違点1及び2に係る本件特許発明1の発明特定事項について、甲1発明と甲第1号証?甲第5号証の記載事項とに基づいて、当業者が容易に想到することができるとはいえない。

シ なお、異議申立人は、甲第5号証の記載に基づいて、最小熱膨張係数α_(1)×10^(-6)/℃が、1×10^(-6)/℃(α_(1)の値が1)とすると、

Y=22.975W+3.541Z+7.241 ・・・ (A)
ここで、YはCo含有量(質量%)、Wは炭素含有量(質量%)、ZはMn含有量である。

という式Aを得ることができ、この式Aが、本件特許発明1の本件特許発明1の式(a)?式(e)で定められる範囲と類似しているから、式(a)?式(e)の範囲を定めるのは、CとCoの含有量と熱膨張係数の公知の関係を用いた、設計的事項ないし数値範囲の最適化・好適化であることは明らかであると主張している。
そこで、この主張について検討すると、甲第5号証の記載事項に基づいて、上記式Aが導出され、この式Aと上記式(a)?式(e)とが示す組成範囲が類似するとしても、両者は異なる式であって、甲第5号証の記載事項から上記式(a)?式(e)が導出できるとはいえない。
さらに、上記ケで検討したように、甲第5号証は、「鋳造合金」について記載したものではないから、甲第5号証にCとCoの含有量と熱膨張係数との関係が示されているとしても、「鋳造合金」が、スーパーインバーと同等の極めて小さい熱膨張係数(1×10^(-6)/℃以下の熱膨張係数)を達成し、良好な鋳造性が得られる組成として、式(a)?式(e)の組成範囲を選択することができるとはいえない。
してみると、本件特許発明1の式(a)?式(e)の範囲を定めることが、設計的事項ないし数値範囲の最適化・好適化であるとはいえず、上記主張を採用することができない。

ス したがって、本件特許発明1は、甲1発明ではなく、また、甲1発明と甲第1号証?甲第5号証の記載事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

(2)本件特許発明2について
ア 本件特許発明2は、本件特許発明1において、さらに「S:0.015?0.035%」を含有し、「Mn含有量(質量%)を[Mn]、S含有量(質量%)を[S]、鋳造品の最大肉厚(mm)をtで表した場合に、[Mn]/[S]≧46-1335/t+13430/t^(2)を満た」すことを特定するものである。

イ してみると、これらの発明特定事項について検討するまでもなく、上記(1)で検討した本件特許発明1についての理由と同様の理由により、本件特許発明2は、甲1発明ではなく、また、甲1発明と甲第1号証?甲第5号証の記載事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

(3)本件特許発明3及び4について
ア 本件特許発明3及び4は、それぞれ、「請求項1または請求項2に記載の組成を有」する「低熱膨張鋳造合金」であって、「20?25℃の平均熱膨張係数」をさらに特定するものである。

イ してみると、「20?25℃の平均熱膨張係数」についての発明特定事項について検討するまでもなく、「請求項1または請求項2に記載の組成を有」する「低熱膨張鋳造合金」である点について、上記(1)及び(2)で検討した本件特許発明1及び2についての理由と同様の理由により、本件特許発明3及び4は、甲1発明ではなく、また、甲1発明と甲第1号証?甲第5号証の記載事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

(4)本件特許発明5について
ア 本件特許発明5は、「請求項1または請求項2に記載の組成を有する合金」について、「700?950℃の温度範囲で加熱後、5℃/sec.以上の冷却速度で、450℃まで冷却すること」をさらに特定する「低熱膨張鋳造合金の製造方法」に係るものである。

イ してみると、「請求項1または請求項2に記載の組成を有する」「低熱膨張鋳造合金」である点について、上記(1)及び(2)で検討した本件特許発明1及び2についての理由と同様の理由により、本件特許発明3及び4は、甲1発明ではなく、また、甲1発明と甲第1号証?甲第5号証の記載事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

3 甲第2号証を主引用例とする理由(取消理由2、申立理由3)について
(1)本件特許発明1について
ア 本件特許発明1と甲2発明とを対比すると、両者は、以下の点で相違し、その余の点で一致する。

相違点2-1:合金組成について、本件特許発明1の合金組成が
「 質量%で、
C :0.02%超、0.15%以下、
Si:0.3%以下、
Mn:0.25?0.6%、
Ni:29?32.5%、
Co:5?9.5%
を含有し、
かつC含有量(質量%)を[C]、Co含有量(質量%)を[Co]と表した場合に、これらが(a)[Co]≧40×[C]+3、(b)[C]≦0.15、(c)[Co]≦(70/3)×[C]+6、(d)[C]>0.02、(e)[Co]≧-20×[C]+6を満たす範囲であり、
Ni含有量(質量%)を[Ni]、Co含有量(質量%)を[Co]で表した場合に、[Ni]+0.8×[Co]と表されるNi当量が、35.5?36.5%の範囲であり、残部がFeおよび不可避的不純物からなる(ただし、C:0.052%、Si:0.19%、Mn:0.61%、Ni:32.21%、Co:5.07%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる組成を除く)」ものであるのに対し、甲2発明の合金組成が
「質量%で、
約32.0%のニッケル、5.4%のコバルト、1%未満の炭素、1%未満のケイ素、1%未満のマンガン、1%未満の硫黄、1%未満のクロム、1%未満のアルミニウム、1%未満の銅、及び残りのパーセントの残部鉄とを含む、又は、
約31.75%のニッケル、5.36%のコバルト、0.05%の炭素、0.09%のケイ素、0.39%のマンガン、0.01%の硫黄、0.03%のクロム、0.07%のアルミニウム、0.08%の銅、及び残りのパーセントの残部鉄を含む」である点。

相違点2-2:本件特許発明1が「低熱膨張鋳造合金」であるのに対し、甲2発明が「スーパーインバー合金」である点。

イ ここで、これらの相違点2-1及び相違点2-2は、上記2(1)で検討した相違点1及び相違点2と同様の相違点である。

ウ してみると、上記2(1)で検討したものと同様の理由により、本件特許発明1は、甲2発明ではなく、また、甲2発明と甲第1号証?甲第5号証の記載事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

(2)本件特許発明2?5について
上記2(2)?(4)で検討したものと同様の理由により、本件特許発明1は、甲2発明ではなく、また、甲2発明と甲第1号証?甲第5号証の記載事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

4 申立理由1について
申立理由1は、本件補正は、願書に最初に添付した特許請求の範囲の請求項1に「(ただし、C:0.052%、Si:0.19%、Mn:0.61%、Ni:32.21%、Co:5.07%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる組成を除く)」という発明特定事項を追加する補正を含んでいるが、この補正は、新たな技術事項を導入するものであるから、本件特許の請求項1?5に係る特許が、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない補正をした特許出願に対してされたものであり、特許法第113条第1項に該当するというものである。

ここで、特許法17条の2第3項の「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」との文言について、「明細書又は図面に記載した事項」とは、当業者によって、明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり、補正が、このようにして導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該補正は、「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものと解される(平成18年(行ケ)第10563号参照。)。

そこで、これを本件補正について検討すると、本件補正と同日付けで提出された早期審査に関する事情説明書に「本出願は、国際出願(PCT/JP2014/079097)のパリ条約優先権主張の基礎となっている国内出願であり、特許審査ハイウェイに基づく早期審査の申請を行うものである。・・・なお、同日付けで、特許請求の範囲を、当該国際出願において提出した条約第34条の規定に基づく補正後の請求の範囲と完全に一致する内容に補正した手続補正書を提出した。・・・。」と記載されているとおり、本件補正は、本件特許出願をパリ優先権主張の基礎とする国際出願において示された先行技術文献と同一である部分を除外することを目的とするものと認められるから、これにより、新たな技術的事項を導入するものとはいえない。

第6 まとめ
したがって、本件特許の請求項1?5に係る特許は、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載された申立理由によっては、取り消すことができない。
また、他に本件特許の請求項1?5に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2017-03-10 
出願番号 特願2014-45971(P2014-45971)
審決分類 P 1 651・ 121- Y (C22C)
P 1 651・ 113- Y (C22C)
P 1 651・ 55- Y (C22C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 蛭田 敦田口 裕健  
特許庁審判長 鈴木 正紀
特許庁審判官 富永 泰規
板谷 一弘
登録日 2016-03-04 
登録番号 特許第5893659号(P5893659)
権利者 日本鋳造株式会社
発明の名称 低熱膨張鋳造合金およびその製造方法  
代理人 高山 宏志  

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