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審決分類 審判 全部無効 利害関係、当事者適格、請求の利益  G10C
管理番号 1326646
審判番号 無効2016-800007  
総通号数 209 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-05-26 
種別 無効の審決 
審判請求日 2016-01-25 
確定日 2017-03-13 
事件の表示 上記当事者間の特許第4489140号発明「アップライトピアノのアクションの作動方法及びアップライトピアノのアクション」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求を却下する。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 本件審判

1.本件特許

本件特許第4489140号に係る出願は、平成21年7月29日に出願され、平成22年4月9日にその発明について特許の設定登録がなされ、先の特許無効審判事件(無効2014-800180)において平成27年9月1日(審決の起案日)に特許請求の範囲について請求のとおり訂正を認められたものである。

2.請求の趣旨

特許第4489140号の請求項1乃至4に係る発明についての特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求める。

3.答弁の趣旨

本件審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求める。

第2 手続の経緯

手続の概要は以下のとおりである。

無効審判請求 :平成28年 1月25日
手続補正 :平成28年 3月 2日
答弁書 :平成28年 5月 6日
弁駁書 :平成28年 6月10日
審尋 :平成28年 6月22日(起案日)
回答書 :平成28年 7月11日
審理事項通知 :平成28年 9月 5日(起案日)
口頭審理陳述要領書(請求人) :平成28年10月11日
口頭審理陳述要領書(被請求人):平成28年10月11日
口頭審理 :平成28年10月24日
上申書 :平成28年11月 7日

第3 無効理由についての当事者の主張

1.請求人の主張の概要

(1)本件特許の請求項1、2に係る発明は、甲第3号証に記載された発明に、甲第4号証に記載された発明若しくは甲第4号証に記載された発明を設計変更した程度の発明を適用することにより、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、その特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。
本件特許の請求項3、4に係る発明は、甲第3号証に記載された発明、甲第4号証に記載された発明、甲第10号証に記載された発明、並びに甲第3号証及び甲第11号証に記載された周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、その特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。

(2)請求人が提出した無効理由に関する証拠は次のとおりである。
甲第1号証:本件特許公報
甲第2号証:平成27年2月2日付け訂正請求書
甲第3号証:特開昭49-39410号公報
甲第4号証:実願昭56-9116(実開昭57-124888号)のマイクロフィルム
甲第5号証:特公昭54-22084号公報
甲第6号証:特開平7-160251号公報
甲第7号証:Sauter社のR2-Actionの写真
甲第8号証:Faszination Klavier
甲第9号証:特開昭53-135318号公報
甲第10号証:実願平1-35758号(実開平2-126196号)のマイクロフィルム
甲第11号証:特開2006-91516号公報
甲第12号証:ピアノの構造・調律・修理
甲第13号証:米国特許第788482号明細書
甲第14号証:米国特許第1000762号明細書
甲第15号証:Wornum's Unique Actionの写真
甲第16号証:WikipediaのRobert Wornum
甲第17号証:平成22年1月6日付け意見書
甲第18号証:日本ピアノ調律師協会 入会審査学科例題集
甲第19号証:動画データを格納したCD-R
甲第20号証:youtube動画「グランフィールPV」の一場面
甲第21号証:ピアノ構造技術の基本解説
(以上、審判請求書に添付)
甲第24号証:画像データ及び動画データを格納したCD-R
甲第25号証:youtube動画「グランフィールPV」を格納したCD-R
甲第26号証:画像データを格納したCD-R
(以上、弁駁書に添付)
甲第34号証:デシジョンテーブル
(以上、口頭審理陳述要領書に添付)

2.被請求人の主張の概要

(1)本件特許の請求項1ないし4に係る発明は、進歩性を有する。

(2)被請求人が提出した無効理由に関する証拠は、次のとおりである。
乙第2号証:平成27年6月26日付け口頭審理陳述要領書
乙第3号証:特許第2656323号公報
乙第4号証:動画ファイルを格納したCD-R
乙第5号証:DVD VIDEO「Granfeel」
乙第6号証:第6回ものづくり日本大賞受賞者一覧
(以上、答弁書に添付)

第4 当事者適格についての当事者の主張

1.被請求人の主張の概要

(1)答弁書

ア.被請求人は、請求人の請求人適格について争う。

イ.請求人は本無効審判の対象となっている本件特許の実施権者ではないし、被請求人は、本件特許に基いて請求人に対し、請求人が本件特許権を侵害している旨を内容とする警告を発したこともない。また、被請求人は、請求人が、本件特許発明であるアップライトピアノのアクションの作動方法、及びアップライトピアノのアクションを実施している、或いはその準備をしているという事実を知らないし、また請求人が本件特許発明の実施或いはその準備をしているとも到底思えない。請求人が自然人であることに鑑みれば尚更である。
したがって、請求人は本件特許に関して利害関係を持たないと被請求人は考える。

ウ.住民票の写し(乙第1号証)からすると、請求人が本無効審判の審判請求書において請求人の住所として記載した住所に居住していることは明らかになったが、それでもなお被請求人は請求人が当事者適格を有するのかについて強い疑義を持つ。

(2)口頭審理陳述要領書

ア.請求人が企業の設立準備を行っていることの主たる証拠であると主張する甲22の「企業概要書」には、請求人の氏名の記載すらなく、この企業概要書に記載の企業が、請求人が設立準備を行っている企業(法人か、個人事業なのかも定かではない。)であるのかということすら不明である。
甲22は、日本政策金融公庫がそのホームページ(https://www.jfc.go.jp/n/service/dl_kokumin.html)中で提供する書式に則ったものであるようだが、同ページの記載によれば、日本政策金融公庫に借入を申込むのであれば、どのような名目で借入を申込むのかにもよるが、企業概要書以外に、借入申込書、創業計画書等の提出も必要であることがわかる。むしろ創業計画書等の方がより詳細な記入を求められることもあり、実施の準備をしていることのより明確な証拠となろう。なぜ、それら書類の写しをも請求人は証拠として提出しないのか?そのような書類が存在しないからであろう、との疑念を被請求人は拭うことができない。

イ.甲22の「5 取扱商品・サービス」を見ると、請求人が設立予定であるという企業の売上予測において「ピアノ調律・改造(チューニング)」が占める割合は15%に過ぎない。甲22の「6 取引先・取引関係等」を見ると、販売先の一般個人(シェア100%)、外注先の音楽講師(シェア100%)ともに、取引年数が空欄であり、弁駁書の提出日現在において、企業を立ち上げるための準備が実際のところまったくできていないことが伺える。販売先を一般個人とし、外注先を音楽講師とする事業というのは、請求人が予定する事業の中で普通に考えれば「音楽教室」の事業のみなのであり、しかもそのシェアが100%であると請求人自身が認めているのであるから、「教室レンタル」、「ソフトウエア開発」のみならず、本件無効審判と関係のある「ピアノ調律・改造(チューニング)」に関する事業について、弁駁書提出の時点で請求人が何らの計画も持っていないということは、甲22の「6 取引先・取引関係等」の欄から明らかである。

ウ.甲22に記載のキャリアを勘案しても(もっとも、甲22には請求人の氏名の記載がないから、そこに記載のキャリア、略歴が、請求人本人のものか否かもわからない。)、ピアノに関連した職に請求人が従事したのは、後述するヤマハ株式会社が認定する資格を請求人が取得した直後の1年5ヶ月のみであり(ちなみに、ヤマハ株式会社が認定する後述の資格取得の条件(より詳細には、資格取得の前提となる専門学校への入学条件)には、資格取得後にヤマハ株式会社の系列の企業(ピアノの販売代理店等)で一定期間働く義務が含まれている。)、それ以後の機械メーカーやソフトウエアメーカーでの勤務をもってピアノメーカーを立ち上げるために不断の努力をして来た、と請求人が主張することは無理のある強弁に過ぎないと被請求人には思える。

エ.甲23を見るに、ヤマハ株式会社が認定するピアノの調律等に関する私的資格を請求人が有する(若しくは有していた)のは事実であろう。もっとも、かかる資格はヤマハが認定するピアノの調律等に関する3種類の資格の中のもっとも簡単なものに過ぎない。甲23が本件特許発明の実施の準備をしている証拠になるのであれば、大凡すべてのピアノの調律を業とする者が本件特許発明の実施の準備をしているということになろう。

オ.甲27によれば、ジャックスプリングとバットスプリングとを請求人が過去に購入した事実があるようだが、これらはいずれも極普通のアップライトピアノのアクションに含まれる極普通の部品である。これらが、第1のスプリングと第2のスプリングという特殊な部品を有する本件特許発明の実施の準備をしている証拠になる理由が被請求人には理解できない。ジャックスプリングとバットスプリングはピアノの調律を業とする者なら日常的に購入するが、だとしても彼らは本件特許発明の実施を普通は予定していない。

カ.甲28は、極普通のアップライトピアノのアクションの図面のようである。第1のスプリングと第2のスプリングとを含まないこの図面が、本件特許発明の実施の準備をしている証拠になる理由が被請求人には理解できない。また、甲29、甲30もそうであるが、6面図等がなければ部品を製造することはできないのであるから、請求人が真剣に実施の準備をしているのであるなら、甲28は6面図等の一部であろう。であれば、請求人は、それら図面をすべて提出するべきである。請求人はCADが使えるようであるし、他の図面もそうであるが甲28もCADで作ったように見えるから、請求人が真剣に実施の準備をしているのであるなら6面図等は存在しているはずである。

キ.甲29は、普通のアップライトピアノのアクションと、普通のグランドピアノのアクションの一部とを重ねて記載した図面のようである。設計図たり得ないかかる図面の意味が不明であるし、これが本件特許発明の実施の準備をしている証拠になる理由が被請求人には理解できない。

ク.甲30は、普通のグランドピアノのアクションの図面のようである。これが本件特許発明の実施の準備をしている証拠になる理由が被請求人には理解できない。本件特許発明は、アップライトピアノのアクションに関するのである。

ケ.甲31と甲32によれば、請求人が過去にピアノの鍵盤の作成を外注した事実があるのかもしれない。もっとも、これらが本件特許発明の実施の準備をしている証拠になる理由が被請求人には理解できない。本件特許発明は、ピアノの鍵盤に関する発明ではない。

コ.甲33により請求人は、本件特許発明の同等品の模型を製作したと主張する。しかしながら、同模型に本件特許発明における第1のスプリングと第2のスプリングが存在するのか判然としない。それらが存在しないのであれば、甲33は、少なくとも、請求人に利害関係があるということを肯定しない。

サ.請求人が本件特許発明の模型を製作したところでそれが、請求人が本件特許発明の実施の準備を行っていることにはならないと被請求人は主張する。
審判便覧31-02には、当該特許発明の実施を準備している者の具体例として、「必要な機械や材料を購入したり、設備の建設や設計に着手している」ことが挙げられている。上記「当該特許発明の実施」というのが、量産による等の特許権の効力が及ぶ事業としての実施を意味しているのは明らかである。とすれば、審判便覧でいう「必要な機械や材料」というのが事業開始に向けての生産設備としての機械や、ある程度大量の材料を意味しているのも明らかなのであって、そのようなある程度の規模の投資を既にしてしまった者の利益を保護するというのが、特許発明の実施を現に行っている者のみならず、特許発明の実施の準備をしている者にまで無効審判の利害関係を認めるべき理由であると考えられる。つまり、本件特許発明の模型乃至試作品を製作するのに必要な材料を請求人が購入したということが仮に立証できたところで、請求人は、審判便覧にいう「当該特許発明の実施を準備している者」には当たらない、と被請求人は考える。
仮に特許発明の実施の準備を目指した行動を請求人が行ってきたとして、請求人がここまでにした投資は、立証された範囲でいえば、多めに見積もっても10万円がせいぜいである。かかる費用は、常識的に考えれば無効審判を行う費用(しかも、請求人は無効審判を2回行っている。)を遥かに下回るのであるから、経済合理性という観点から見ても、請求人に利害関係を認めて無効審判の請求人適格を与えたところで、請求人が、経済的に救われる機会を、或いは経済的に救われる可能性を与えられたということにはならない。つまり、経済合理性の観点から見ても、本無効審判の請求人適格を請求人に対して認める必要はないし、その利益はない。

(3)被請求人が提出した請求人適格に関する証拠は、次のとおりである。
乙第1号証:住民票の写し
(以上、答弁書に添付)

2.請求人の主張の概要

(1)弁駁書

ア.審判請求人は、「本件特許発明の実施を準備している者」として請求人適格を有している。本件特許は、審判請求人が創業予定の企業について参入障壁となり得る。

イ.甲第22号証の「経営者の略歴」にも示されるように、審判請求人は、大阪音楽大学短期大学部を卒業後、ヤマハピアノテクニカルアカデミーを修了しており(甲第23号証)、ピアノ調律師としての技術知識につき十分な素養を備えている。また、甲第22号証におけるヤマハピアノテクニカルアカデミーの修了後における審判請求人の経歴を見れば、審判請求人が機械設計者の技術知識を十分に備えていることは明らかであろう。

ウ.本件審判請求人は、甲第22号証に示されるような「ピアノの調律・改造」を取扱いサービスの一部とする企業の設立を目標としていることが、その経歴において一貫しており、不断の努力研鑽・実務経験の習熟を行ってきたものである。したがって、審判請求人は、「本件特許発明の実施を準備している者」としての請求人適格を有している。

エ.審判請求人は、新響株式会社(ヤマハ特約店)での実務経験があり、審判請求人が法人を設立する際は、ヤマハ株式会社と特約店契約を締結することも視野に入れている。

(2)回答書

ア.請求人個人の利害関係について

(ア)本件無効審判における請求人については、個人といえども利害関係はあるものと考えます。

(イ)請求人は、「ピアノの調律・改造」を取扱いサービスの一部とする企業設立の準備を堅実かつ地道に行っております。

(ウ)請求人が現在勤務している企業は、ピアノに関連する事業を行うものではありませんが、請求人としては、ピアノ設計のために必要な技術者としての知識研鑽のために勤務しています。
請求人は、自身が設立予定の企業についての事業方向性の検討過程において、本件無効審判事件の請求対象の特許(以下、対象特許とします)の存在が重要な障壁となり得ることを見出し、当該特許の有効性に疑義を持つに至りました。その疑義を払拭しない限り、自己が創業予定の企業に係る事業の方向性を明確に定めることができず、創業の準備のために無用の投資を行いかねないと考え、対象特許について過去に1度無効審判を請求し、請求不成立の結果を受けました。改めて自身の起業の方向性を検討致しましたが、本件特許の有効性を再度争うべきとの判断に至り、本件無効審判の請求に至ったものであります。

(エ)平成27年4月1日施行の特許法改正により、特許異議申立制度が復活致しましたが、対象特許について特許異議申立を行うこともできず、対象特許の無効を争う唯一の手段が無効審判となったのであります。

(オ)請求人の個人としての経歴・過去の状況に鑑みれば、対象特許の有効性について疑念を払拭できなかったことにより、既に時間的な損失・金銭的損失が発生しております。

(カ)本件無効審判請求について、単に請求人が「個人」であるからという理由のみをもって請求人適格を認めないとするのであれば、請求人にとっては創業する企業の事業方向性を明確に定められない状態で実施の準備を進めなければならないことになります。これは、限られた資力・時間の中で検討を行わなければならない請求人にとっては、酷に過ぎるものです。

イ.請求人が本件特許発明の実施の準備をしている点について

請求人は、本件特許発明に関連するピアノの製作に必要な材料の購入を行い、本件特許発明に関連するピアノの設計に着手しておりますので、審判便覧の31-02 「利害関係人の具体例」の本件特許発明の実施の準備をしている者として、「(2)本件特許発明を将来実施する可能性を有する者」の類型に該当し、請求人は、利害関係を有していると考えます。

(ア)請求人が、本件特許発明に関連するピアノの製作に必要な材料の購入を行っている点について

甲第27号証の「ピアノパーツ請求書」に示すように、請求人は、ジャックスプリングおよびバットスプリングなどの本件特許発明に関連するピアノの製作に必要な材料を購入しています。

(イ)請求人が本件特許発明に関連するピアノの設計に着手している点について

a.甲第28号証の「アップライト」設計図、甲第29号証の「アップライト+GP」設計図、甲第30号証の「グランド」設計図、および甲第31号証の「鍵盤 秘匿後」設計図のそれぞれに示すように、請求人は、本件特許発明に関連するピアノの設計に着手しています。また、甲第32号証の「鍵盤請求書」に示すように、本件特許発明に関連するピアノの製作に必要な材料の加工を外注しています。

b.甲第33号証に示すように、請求人は、本件特許発明に関連するピアノアクションを模型化したものを実際に試作しています。

(3)口頭審理陳述要領書

ア.本件特許が、請求人が計画している「ピアノの調律・改造」事業の障壁となり得ること、および本件特許とその事業の具体的な内容との関係について

請求人が行う「改造」という事業は、部品を追加または変更することにより、調整や修理を行うだけでは変えることができない新たな特性をピアノに付加する事業である。このような改造事業において、追加する部品の選択肢の一つとして、甲第3号証の弾性片25(第1のスプリングに相当)も含まれる。また、追加する部品のその他の選択肢として、甲第4号証のばね体35(第2のスプリングに相当)も含まれる。
そして、従来のアップライトピアノのアクションに対して、甲第3号証の弾性片25及び甲第4号証のばね体35の各部品を同時に追加すると、本件特許発明の技術的範囲に含まれるアクションが製造されるものと請求人は考えている。このため、本件特許は、請求人が計画している「ピアノの調律・改造」事業の障壁となり得る。

イ.甲第27号証及び甲第32号証に記載された材料と本件特許発明との関連の有無について

甲第27号証に記載のジャックスプリング(yamaha)、ジャックスプリング(itoshin)大型、ジャックスプリング(itoshin)小型という部品は、本件特許発明の「第1のスプリング」と同じ機能・目的を有するものである。また、甲第27号証に記載のバットスプリング(yamaha)、バットスプリング(itoshin)という部品は、本件特許発明の「第2のスプリング」と同じ機能・目的を有するものである。
また、甲第32号証は、ピアノメーカーからは購入が難しい部品(バラ売りされていないなど)や請求人が独自に設計した部品を加工業者に発注することにより、事業を行う上で不可欠な安定した材料の仕入れルートを確保していることを示す証拠である。

ウ.甲第28号証ないし甲第31号証の各設計図に係る釈明

甲第28号証は、本件特許発明の対象であるアップライトピアノのアクションの設計図である。この設計図は、請求人が、上記のようなアップライトピアノのアクションに関して、日頃から、頭で考えているだけでなく、実際に設計図を作成しており事業の準備を進めていることを示す証拠である。
甲第30号証は、請求人により作成された、グランドピアノのアクションの設計図である。グランドピアノのタッチ感に近いタッチ感を実現するアップライトピアノのアクションを設計するためには、当然、グランドピアノのアクションも熟知する必要がある。甲第30号証に係る設計図はこのような観点から請求人が作成したものである。
甲第29号証は、甲第28号証の設計図と、甲第30号証の設計図とを重ね合わせた設計図である。この設計図は、(i)アップライトピアノとグランドピアノとで何が異なっているのか、(ii)何を改造・改良することによりグランドピアノの性能を持ったアップライトが製造できるのか、(iii)グランドピアノの部品をアップライトピアノに取り付けることはできないか、などを検討するための設計図である。
甲第31号証は、請求人が設計したアップライトピアノの鍵盤に係る設計図である。また、甲第31号証は、加工業者に渡すことにより実際に加工が可能な設計図を作成できる能力、すなわち特許発明の実施についての能力を、請求人が備えていることを示す証拠である。ただし、この設計図は営業秘密を含むものであるため、証拠として提出したものは一部情報を秘匿している。
上述した甲第28号証乃至甲第31号証は、ピアノの調律・改造を行うための十分な能力が請求人に備わっていることを示す証拠である。そして、請求人が検討している「改造」の事業範囲には、上述のとおり本件特許発明の技術的範囲に含まれ得るようなアクションの製造も含まれている。
このように、甲第28号証乃至甲第31号証は、特許発明の実施準備の一環として、ピアノアクションの設計に着手していることを示す証拠である。

エ.甲第33号証に示されている模型に係る試作の目的等について

甲第33号証に示されている模型の試作を行い始めたのは2015年秋ごろであり、試作した模型については日々改造を行っている。また、甲第33号証に示されている模型の試作は、請求人の自宅で行ったものである。
請求人は、事業としてピアノの改造を行うために、アップライトピアノのアクションの部品の設計を行っており、甲第33号証に示されている模型は、当該設計に基づいて試作したものである。
また、甲第33号証に示す模型の試作目的については、請求人が設計したアップライトピアノのアクションに係る実際のタッチ感を現物ベースで検証する点にある。

(4)第1回口頭審理調書

ア.請求人は日本政策金融公庫に借入れの申込みをしていない。口頭審理陳述要領書提出後、本件発明の実施の準備に特段の進展はない。今年12月末に現在の職場を退職し、来年1月から起業準備をする予定である。

イ.甲第33号証第2頁目の「ダンパーストップレール」に付けられている部品は「第2のスプリング」に相当する。

(5)請求人が提出した請求人適格に関する証拠は、次のとおりである。
甲第22号証:企業概要書
甲第23号証:ヤマハピアノテクニカルアカデミーの修了証書
(以上、弁駁書に添付)
甲第27号証:ピアノパーツ請求書
甲第28号証:「アップライト」設計図
甲第29号証:「アップライト+GP」設計図
甲第30号証:「グランド」設計図
甲第31号証:「鍵盤 秘匿後」設計図
甲第32号証:鍵盤請求書
甲第33号証:ピアノアクションの模型の写真
(以上、回答書に添付)

第5 請求人適格についての当審の判断

まず、請求人が、「本件特許発明の実施を準備している者」といえるか否かについて検討する。

1.甲第22、23、27ないし33号証

(1)甲第22号証は、弁駁書提出時に請求人が作成中であった企業概要書である。同証には、「経営者の略歴」として、大阪音楽大学短期大学部を卒業後、ヤマハピアノテクニカルアカデミーを修了し、その後、新響株式会社に勤務したことが記載され、「取扱商品サービスの内容」として、「ピアノ調律・改造(チューニング)」が記載されている。

(2)甲第23号証は、ヤマハピアノテクニカルアカデミーの修了証書である。同証により、請求人はヤマハピアノテクニカルアカデミー総合コース所定の課程を修了したことが認められる。

(3)甲第27号証は、ピアノパーツの請求書である。同証により、請求人はジャックスプリング及びバットスプリングを購入したことが認められる。

(4)甲第28号証は、「アップライト」と題する図面である。同証により、請求人はアップライトピアノのアクションを描いた図面を作成したことが認められる。

(5)甲第29号証は、「アップライト+GP」と題する図面である。同証により、請求人はアップライトピアノのアクションにグランドピアノのアクションの一部を重ねて描いた図面を作成したことが認められる。

(6)甲第30号証は、「グランド」と題する図面である。同証により、請求人はグランドピアノのアクションを描いた図面を作成したことが認められる。

(7)甲第31号証は、「鍵盤」と題する図面である。同証により、請求人は鍵を描いた図面を作成したことが認められる。

(8)甲第32号証は、鍵の請求書である。同証により、請求人は鍵の作成を外注したことが認められる。

(9)甲第33号証は、アップライトピアノのアクションの模型の写真である。同証には、通常のアップライトピアノのアクションの模型のジャックに「板バネ様のもの」を取り付け、同模型のダンパーストップレールに「捻りコイルバネ様のもの」を含む部品を取り付けたものが写っている。

2.当審の判断

(1)企業の設立について

既存のアップライトピアノのアクションに対して、第1のスプリングと、第2のスプリングとを追加することによっても、本件特許の請求項1ないし4に係る発明(以下、「本件特許発明」という。)を実施し得ることを考慮すると、請求人が、甲第22号証に示されるような「ピアノの調律・改造」を取扱いサービスの一部とする企業を設立し、該企業が業務を開始した後には、該企業の取扱いサービスの一部である「ピアノの改造」は、本件特許発明との関連を有する可能性がある。
弁駁書において、請求人は、甲第22号証に示された、企業概要書(日本政策金融公庫所定の様式)は作成中である旨述べた。また、口頭審理において、請求人は、日本政策金融公庫に借入れの申込みをしておらず、口頭審理陳述要領書提出後、本件発明の実施の準備に特段の進展はない旨陳述した。 請求人が目標としている企業の設立が、「該企業の取扱いサービスの一部である「ピアノの改造」は、本件特許発明との関連を有する可能性がある」ものではあるが、本件発明の実施の準備に特段の進展はない旨陳述していることからすると、本件特許発明の実施の準備をしているといえる段階まで進展したとはいえない。

(2)ピアノ調律師としての技術知識について

ピアノ調律師が、ピアノの調律に付随してピアノの調整や修理を行うことはあっても、ピアノを「改造」することは、ピアノ調律師の本来の業務ではないから、請求人がヤマハピアノテクニカルアカデミーを修了した(甲第23号証)ことにより、ピアノ調律師としての技術知識を備えているとしても、該ピアノ調律師としての技術知識が本件特許発明との直接的な関連を有するとはいえない。

(3)ピアノの製作に必要な材料の購入について

甲第27号証に示されるように、請求人は、「ジャックスプリング」及び「バットスプリング」を購入し、その購入数量は甲第27号証からは不明であるが、甲第27号証に示された他のパーツは、いずれもその数量が1ないし5であることから、購入したこれらのパーツにより、アップライトピアノのアクションを試験的に生産すること以上のことが予定されていたとはいえない。

(4)ピアノの設計への着手について

ア.アクションの設計

請求人は、甲第28号証に示された、通常のアップライトピアノのアクションを描いた図面を作成し、甲第29号証に示された、通常のアップライトピアノのアクションに通常のグランドピアノのアクションの一部を重ねて描いた図面を作成し、甲第30号証に示された、通常のグランドピアノのアクションを描いた図面を作成したが、いずれの図面にも本件特許発明に特有の部材である「第1のスプリング」及び「第2のスプリング」が描かれていないから、いずれの図面も、本件特許発明に直接的に関連するとはいえない。
請求人は、甲第28ないし30号証以外に、アップライトピアノのアクションを設計したことの証拠を提出していない。甲第28ないし30号証の各図面にしても、寸法が記入されていないなど、設計図といえるものではなく、作成したこれらの図面により、アップライトピアノのアクションを生産することが予定されていたとはいえない。

イ.鍵の設計

請求人は、甲第31号証に示された、「鍵」を描いた図面を作成したが、同図面には本件特許発明に特有の部材である「第1のスプリング」及び「第2のスプリング」が描かれていないから、同図面は、本件特許発明に直接的に関連するとはいえない。また、請求人は、甲第32号証に示されたように、「鍵」の作成を外注したが、同「鍵」は、本件特許発明に特有の部材である「第1のスプリング」及び「第2のスプリング」ではないから、同「鍵」の作成の外注は、本件特許発明に直接的に関連するとはいえない。
甲第31、32号証に示された「鍵」は、アップライトピアノのアクションに用いるものであるが、作成された「鍵」の数量が1であることから、作成された「鍵」により、アップライトピアノのアクションを生産することが予定されていたとはいえない。

ウ.模型の試作

甲第33号証の写真に示されるものが本件特許発明であったとしても、アップライトピアノのアクションの生産等を行っていることを示すものではなく、アップライトピアノのアクションの模型を試作した程度にとどまるものであるから、アップライトピアノのアクションの生産等を予定していることを示すものでもない。
したがって、甲第33号証に示された、請求人が試作した模型の写真からは、本件特許発明のアップライトピアノのアクションを生産することが予定されていたとはいえない。

以上のことから、請求人が主張する「企業の設立」、「ピアノ調律師としての技術知識」、「ピアノの製作に必要な材料の購入」、「アクションの設計」、「鍵の設計」及び「模型の試作」のいずれの観点について検討しても、請求人が、「本件特許発明の実施を準備している者」であるとはいえない。さらに、これらの観点を総合的に検討しても、請求人が、「本件特許発明の実施を準備している者」であるとはいえない。

また、請求人が利害関係者であるその他の理由も見当たらない。

第6 むすび

以上のとおりであるから、請求人は、特許法第123条第2項でいう利害関係人には当たらず、本件審判の請求人適格を有さない。そうすると、本件審判の請求は不適法であって、その補正をすることができないものであるから、本件審判の請求は、同法135条の規定により却下すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2017-01-16 
結審通知日 2017-01-18 
審決日 2017-01-31 
出願番号 特願2009-176144(P2009-176144)
審決分類 P 1 113・ 02- X (G10C)
最終処分 審決却下  
前審関与審査官 清水 正一鈴木 聡一郎  
特許庁審判長 水野 恵雄
特許庁審判官 酒井 朋広
関谷 隆一
登録日 2010-04-09 
登録番号 特許第4489140号(P4489140)
発明の名称 アップライトピアノのアクションの作動方法及びアップライトピアノのアクション  
代理人 村松 義人  
代理人 特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK  

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