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審決分類 審判 一部申し立て 2項進歩性  B29B
審判 一部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  B29B
審判 一部申し立て 1項3号刊行物記載  B29B
審判 一部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B29B
管理番号 1326979
異議申立番号 異議2017-700029  
総通号数 209 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-05-26 
種別 異議の決定 
異議申立日 2017-01-13 
確定日 2017-04-04 
異議申立件数
事件の表示 特許第5949895号発明「繊維強化プラスチック成形用複合材及び繊維強化プラスチック成形体」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5949895号の請求項1ないし14、17ないし18、20ないし21に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第5949895号の請求項1?21に係る特許についての出願は,2013年2月28日(優先権主張 2012年2月29日 2012年4月17日 2012年7月11日 2012年12月25日 いずれも日本国(JP))を国際出願日とする出願であって,平成28年6月17日に特許権の設定登録がされ,同年7月13日にその特許公報が発行され,その後,平成29年1月13日に特許異議申立人東レ株式会社(以下「特許異議申立人」という。)から,請求項1?14,17,18,20,21に係る特許について特許異議の申立てがされたものである。

第2 本件発明
特許第5949895号の請求項1?21に係る発明(以下「本件発明1」?「本件発明21」といい,本件の明細書を「本件特許明細書」という。)は,それぞれ,その特許請求の範囲の請求項1?21に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。

「【請求項1】
ガラス繊維及び炭素繊維から選ばれる少なくとも1種の無機繊維よりなる強化繊維成分と、限界酸素指数が25以上であり、繊維径が30μm以下で且つ前記強化繊維の繊維径の4倍以下である熱可塑性スーパーエンプラ繊維よりなるマトリックス樹脂成分とを含有し、前記スーパーエンプラ繊維と前記強化繊維が共にチョップドストランドであり、乾式不織布法又は湿式不織布法によって不織布シートとされていることを特徴とする繊維強化プラスチック成形用複合材。
【請求項2】
JAPAN TAPPI 紙パルプ試験方法No.5-2に規定される透気度が200秒以下である請求項1に記載の繊維強化プラスチック成形用複合材。
【請求項3】
前記繊維強化プラスチック成形用複合材中に10質量%までの量のバインダー成分を含有することを特徴とする請求項1又は2に記載の繊維強化プラスチック成形用複合材。
【請求項4】
前記繊維強化プラスチック成形用複合材中のバインダー成分が、繊維強化プラスチック成形用複合材の表層部にその多くの部分が存在するように偏在していることを特徴とする請求項3に記載の繊維強化プラスチック成形用複合材。
【請求項5】
前記バインダー成分が、前記スーパーエンプラ繊維よりなるマトリックス樹脂成分と相溶性を有し、且つ前記複合材を250℃以上430℃以下の温度で加熱加圧成形したときに前記スーパーエンプラ繊維との間に界面が存在せず一体化する樹脂成分であることを特徴とする請求項3又は4に記載の繊維強化プラスチック成形用複合材。
【請求項6】
前記スーパーエンプラ繊維の繊維径が1?20μmである請求項1?5のいずれか1項に記載の繊維強化プラスチック成形用複合材。
【請求項7】
前記スーパーエンプラ繊維がポリエーテルイミド(PEI)繊維である請求項1?6のいずれか1項に記載の繊維強化プラスチック成形用複合材。
【請求項8】
前記バインダー成分がポリエチレンテレフタレート(PET)又は変性ポリエチレンテレフタレート(PET)を含む請求項7記載の繊維強化プラスチック成形用複合材。
【請求項9】
ガラス繊維及び炭素繊維から選ばれる少なくとも1種の無機繊維よりなる強化繊維成分と、限界酸素指数が25以上であり、繊維径が30μm以下で且つ前記強化繊維の繊維径の4倍以下である熱可塑性スーパーエンプラ繊維よりなるマトリックス樹脂成分とを混合して不織布シートを形成する工程を有することを特徴とする繊維強化プラスチック成形用複合材の製造方法。
【請求項10】
前記不織布シートを形成する工程が、乾式不織布法又は湿式不織布法のいずれかの不織布形成工程であることを特徴とする請求項9に記載の繊維強化プラスチック成形用複合材の製造方法。
【請求項11】
前記不織布シートを形成する工程が、バインダー含有液を使用して全不織布シート中に含まれるバインダー量の多くの部分が不織布シートの表裏面の表層部分に偏在している不織布シートを形成する段階を有することを特徴とする請求項9又は10に記載の繊維強化プラスチック成形用複合材の製造方法。
【請求項12】
バインダー成分を含有する溶液或いはエマルジョンであるバインダー含有液を、塗布法或いは含浸法により不織布シートに付与することを含む、請求項11に記載の繊維強化プラスチック成形用複合材の製造方法。
【請求項13】
前記不織布シートを形成する工程が、前記強化繊維成分と前記スーパーエンプラ繊維よりなるマトリックス樹脂成分を有する不織布シートを、該スーパーエンプラ繊維が部分溶融する条件下で加熱処理する段階を有することを特徴とする請求項9?12のいずれか1項に記載の繊維強化プラスチック成形用複合材の製造方法。
【請求項14】
無機繊維よりなる強化繊維成分とポリエーテルイミド繊維よりなるマトリックス樹脂繊維成分と、バインダー成分を含有する不織布状シートよりなり、該不織布状シートの表層部における繊維成分同士が、主として繊維成分同士の交点に水掻き膜状に局在する前記バインダー成分によって結合されていることを特徴とする、繊維強化プラスチック成形用複合材。
【請求項15】
前記バインダー成分のうちの前記表層部における繊維成分同士の交点に水掻き膜状に局在するバインダー成分が、モノマー成分としてメチルメタクリレート及びエチルメタクリレートから選ばれる少なくとも1種を含有する共重合体を含有することを特徴とする、請求項14に記載の繊維強化プラスチック成形用複合材。
【請求項16】
前記バインダー成分の少なくとも1種が、前記ポリエーテルイミド繊維成分と加熱溶融状態で相溶性である粒子状又は繊維状の熱可塑性樹脂であることを特徴とする、請求項14又は15に記載の繊維強化プラスチック成形用複合材。
【請求項17】
前記粒子状又は繊維状の熱可塑性樹脂が、ポリエステル樹脂及び変性ポリエステル樹脂から選ばれる少なくとも1種を含有することを特徴とする請求項16に記載の繊維強化プラスチック成形用複合材。
【請求項18】
前記バインダー成分の総含有量が0.3質量%以上10質量%以下であることを特徴とする、請求項14?17のいずれか1項に記載の繊維強化プラスチック成形用複合材。
【請求項19】
バインダー成分が、モノマー成分としてメチルメタクリレート及びエチルメタクリレートから選ばれる少なくとも1種を含有する共重合体と、繊維状ポリエステル樹脂及び繊維状変性ポリエステル樹脂から選ばれる少なくとも1種の繊維状樹脂とを含有し、前記共重合体の繊維強化プラスチック成形用複合材に対する含有量が0.7?4.0質量%であり、前記繊維状樹脂の繊維強化プラスチック成形用複合材に対する含有量が1.5質量%?6質量%であり、バインダー成分の総含有量が8質量%以下である請求項18に記載の繊維強化プラスチック成形用複合材。
【請求項20】
表層部間の中間層における前記繊維成分間はポリエーテルイミド繊維成分と加熱溶融状態で相溶性である粒子状又は繊維状の熱可塑性樹脂によって接着されていることを特徴とする、請求項14?19のいずれか1項に記載の繊維強化プラスチック成形用複合材。
【請求項21】
請求項14?20のいずれか1項の繊維強化プラスチック成形用複合材を製造するための方法であって、前記無機繊維よりなる強化繊維成分とポリエーテルイミド繊維よりなるマトリックス樹脂繊維成分とを有する不織布に、溶液型又はエマルジョン型のバインダー液を付与し、その後、不織布を急速に加熱してバインダー液の主要部を不織布表層部に移行させつつ不織布全体を乾燥させることによって、不織布の表層部の繊維成分同士の交点を水掻き膜状に局在するバインダーで結合させることを特徴とする、繊維強化プラスチック成形用複合材の製造方法。」

第3 取消理由の概要
特許異議申立人が申し立てた取消理由の概要は以下のとおりである。

[理由1]
本件発明1,3,4,6,8?10,17,18は,本件優先日前に頒布された刊行物である下記甲第1号証に記載された発明であるから,特許法第29条第1項第3号に該当し,特許を受けることができない。
よって,本件発明1,3,4,6,8?10,17,18に係る特許は特許法第29条の規定に違反してされたものであるから,同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものである。

甲第1号証:特開2011-144473号公報

[理由2]
本件発明1?6,8?11,13,17,18は,本件優先日前に頒布された刊行物である下記甲第1号証に記載された発明に基いて,本件優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により,特許を受けることができない。
本件発明7,12,20は,本件優先日前に頒布された刊行物である下記甲第1,2号証に記載された発明に基いて,本件優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により,特許を受けることができない。
本件発明14は,本件優先日前に頒布された刊行物である下記甲第1,3号証に記載された発明に基いて,本件優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により,特許を受けることができない。
本件発明21は,本件優先日前に頒布された刊行物である下記甲第1?3号証に記載された発明に基いて,本件優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により,特許を受けることができない。
よって,本件発明1?14,17,18,20,21に係る特許は,特許法第29条の規定に違反してされたものであるから,同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものである。

甲第1号証:特開2011-144473号公報
甲第2号証:特許第4708330号公報
甲第3号証:特表平6-502459号公報

[理由3]
本件発明1?6,9?13は,下記の点で,特許請求の範囲に記載された特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載されたものとはいえないから,特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に適合するものではない。
よって,本件発明1?6,9?13に係る特許は,特許法第36条第6項の規定を満たさない特許出願に対してなされたものであり,同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものである。

本件発明1?6,9?13は,「限界酸素指数25以上の熱可塑性スーパーエンプラ繊維」がその発明特定事項として記載されているが,発明の詳細な説明において,その効果を実証しているのは「ポリエーテルイミド繊維」と「ポリフェニレンスルフィド繊維」のみである。
一方,スーパーエンプラ樹脂は,ポリエーテルイミド,ポリフェニレンスルフィド以外にも存在し(甲第4号証参照),その限界酸素指数が25以上のものも多数存在するが,これらすべてのスーパーエンプラ樹脂が本件発明の効果を奏するかは不明であって,出願時の技術常識に照らしても,本件発明1?6,9?13の範囲にわたって,発明の詳細な説明に記載された開示内容を拡張ないし一般化できるとはいえない。
甲第4号証:精密工学会誌, 第56巻, 表紙,目次,第607?612頁,裏表紙, 1990年4月

[理由4]
本件特許明細書の発明の詳細な説明は,下記の点で,当業者が本件発明5,20を実施できる程度に明確かつ十分に記載されていないから,特許法第36条第4項第1号に適合するものではない。
よって,本件発明5,20に係る特許は,特許法第36条第4項第1号の規定を満たさない特許出願に対してなされたものであり,同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものである。

本件発明5,20には,「バインダー成分がスーパーエンプラ繊維よりなるマトリックス樹脂成分と相溶性を有する」と規定されているが,発明の詳細な説明には,「相溶性」に関する定義も測定法も記載されていない。
一方,高分子材料の相溶性の評価手法は種々の方法があり,単一の方法に依存することができないものである(甲第5号証参照)から,発明の詳細な説明に相溶性についての定義や測定方法が記載されておらず,どのような形態が相溶性を有するのか記載もないことから,本件発明5,20を当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものとはいえない。
甲第5号証:高分子, 第29巻, 第804,819?822頁, 1980年11月

第4 当審の判断
当審は,特許異議申立人が申し立てた取消理由はいずれも理由がないものと判断する。その理由は以下のとおりである。

1 理由1,2について
(1)甲号証の記載事項
ア 甲第1号証
甲第1号証には,以下の事項が記載されている。
(1a)「【請求項1】
炭素繊維と熱可塑性樹脂繊維との複合不織布を加熱加圧してなる炭素繊維/熱可塑性樹脂複合材であって、
該複合不織布を構成する炭素繊維と熱可塑性樹脂繊維との合計重量に占める炭素繊維の割合が20?80重量%であり、
該複合不織布を、当該複合不織布の厚さT_(1)に対して、得られる炭素繊維/熱可塑性樹脂複合材の厚さT_(2)が1/3?1/50となるように加熱加圧してなることを特徴とする炭素繊維/熱可塑性樹脂複合材。」
(1b)「【請求項3】
請求項1又は2において、前記複合不織布がエアレイド法により製造された複合不織布であることを特徴とする炭素繊維/熱可塑性樹脂複合材。」
(1c)「【請求項7】
炭素繊維と熱可塑性樹脂繊維との合計重量に占める炭素繊維の割合が20?80重量%である、炭素繊維と熱可塑性樹脂繊維との複合不織布を製造し、得られた複合不織布を、当該複合不織布の厚さT_(1)に対して、得られる炭素繊維/熱可塑性樹脂複合材の厚さT_(2)が1/3?1/50となるように加熱加圧することを特徴とする炭素繊維/熱可塑性樹脂複合材の製造方法。」
(1d)「【請求項9】
請求項7又は8において、エアレイド法により前記複合不織布を製造することを特徴とする炭素繊維/熱可塑性樹脂複合材の製造方法。」
(1e)「0004】
しかし、従来の炭素繊維/熱可塑性樹脂複合材は、炭素繊維の集合体に熱可塑性樹脂を含浸させたものであり、炭素繊維の集合体に対する熱可塑性樹脂の含浸性と炭素繊維密度の制御が難しく、所望の電磁波シールド性と機械的強度、その他の物性を十分に満たす材料設計が困難であるという問題があった。
即ち、例えば、炭素繊維の集合体のマットに熱可塑性樹脂を含浸させる場合、炭素繊維の集合マットの炭素繊維密度が高いと、熱可塑性樹脂の含浸性が悪く、マット表層部のみにしか熱可塑性樹脂が含浸されず、このようなものを加圧成形しても均一な複合材料を得ることが困難である。
一方、炭素繊維の集合体の炭素繊維密度が低いと、炭素繊維の絡み合いによるネットワーク構造を形成し得ず、良好な電磁波シールド性を得ることができない。」
(1f)「【0004】
しかし、従来の炭素繊維/熱可塑性樹脂複合材は、炭素繊維の集合体に熱可塑性樹脂を含浸させたものであり、炭素繊維の集合体に対する熱可塑性樹脂の含浸性と炭素繊維密度の制御が難しく、所望の電磁波シールド性と機械的強度、その他の物性を十分に満たす材料設計が困難であるという問題があった。
即ち、例えば、炭素繊維の集合体のマットに熱可塑性樹脂を含浸させる場合、炭素繊維の集合マットの炭素繊維密度が高いと、熱可塑性樹脂の含浸性が悪く、マット表層部のみにしか熱可塑性樹脂が含浸されず、このようなものを加圧成形しても均一な複合材料を得ることが困難である。
一方、炭素繊維の集合体の炭素繊維密度が低いと、炭素繊維の絡み合いによるネットワーク構造を形成し得ず、良好な電磁波シールド性を得ることができない。」
(1g)「【0012】
本発明は、上記従来の実状に鑑みてなされたものであって、炭素繊維と熱可塑性樹脂とが均一に複合化されると共に、内部に炭素繊維の良好なネットワーク構造が形成されることにより、優れた電界シールド性を得ることができる炭素繊維/熱可塑性樹脂複合材であって、容易かつ効率的に製造することができる炭素繊維/熱可塑性樹脂複合材及びその製造方法と、この炭素繊維/熱可塑性樹脂複合材を用いた電界シールド材を提供することを課題とする。」
(1h)「【0036】
本発明で用いる炭素繊維の繊維径は5?20μm、特に7?13μmであることが好ましい。炭素繊維の繊維径が細過ぎると、取り扱い性に劣り、また、一般に極細の炭素繊維は高コストであるため、製品コストを押し上げる原因となる。炭素繊維の繊維径が太過ぎると、繊維強度が低下し、折れ易くなるため、好ましくない。」
(1i)「【0041】
{熱可塑性樹脂繊維}
本発明の複合不織布を構成する熱可塑性樹脂繊維としては、特に制限はないが、芯部が鞘部の構成材料よりも高融点の構成材料で形成された芯鞘構造を有する繊維(以下「芯鞘繊維」と称す場合がある。)を用いることが好ましい。
【0042】
即ち、このような芯鞘繊維であれば、複合不織布の製造工程及びその後の加熱加圧工程において、芯部の構成材料(以下「芯樹脂」と称す場合がある。)の融点よりも低く、かつ、鞘部の構成材料(以下「鞘樹脂」と称す場合がある。)の融点よりも高い温度で加熱することにより、芯樹脂は溶融させることなく、鞘樹脂のみを溶融させて、溶融した鞘樹脂で炭素繊維及び熱可塑性樹脂繊維の繊維同士を接着した上で、芯部を繊維状に残した状態で良好な複合不織布を形成することが可能となる。
【0043】
このような芯鞘繊維の芯樹脂の融点は120℃以上、特に150℃以上で、鞘樹脂の融点は80℃以上、特に100℃以上で、芯樹脂と鞘樹脂の融点差は10℃以上、特に20?40℃であることが好ましい。なお、熱可塑性樹脂の融点の上限は通常400℃程度である。
【0044】
芯樹脂の融点が上記下限よりも低いと、加熱により芯樹脂まで溶融して繊維形状を維持し得なくなる。芯樹脂の融点として、上記上限よりも高いものは現実的ではない。また、鞘樹脂の融点が上記下限よりも低いと、得られる複合不織布の耐熱性を損なうこととなり、上記上限よりも高いと、鞘樹脂を溶融させるための加熱温度が高くなり過ぎ、好ましくない。また、芯樹脂と鞘樹脂との融点差が小さ過ぎると、芯樹脂を溶融させることなく、鞘樹脂のみを溶融させるための加熱条件の設定が難しく、また、この融点差を過度に大きくすることは、芯鞘繊維の紡糸、耐熱性の維持の面で芯鞘繊維の設計上困難である。
【0045】
また、芯鞘繊維を構成する芯樹脂と鞘樹脂との割合は、芯樹脂が30?90重量%、特に40?80重量%で、鞘樹脂が10?70重量%、特に20?60重量%であることが好ましい。この範囲よりも芯樹脂が多く、鞘樹脂が少ないと、バインダー成分が少ないことにより、良好な複合不織布及び炭素繊維/熱可塑性樹脂複合材を製造し得ない。逆にこの範囲よりも芯樹脂が少なく、鞘樹脂が多いと、得られる複合不織布及び炭素繊維/熱可塑性樹脂複合材の耐熱性が劣るものとなる。
【0046】
芯鞘繊維を構成する熱可塑性樹脂としては特に制限はないが、ポリエステル、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリフェニレンスルフィド、ポリ塩化ビニル、ポリエチレン酢酸ビニル/塩化ビニル、低級アルキルアクリレートポリマー、ポリアクリロニトリル、部分加水分解ポリ酢酸ビニル、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ポリスチレンアクリレート、ナイロン、レーヨン、ポリカーボネート等が挙げられ、これらのうち、特にポリエステル、ポリプロピレン、ポリスルフィド、ポリオレフィン、ポリエチレン等を用いた組合せを使用することが好ましく、これらの樹脂の中から、前述の好適な融点の組み合わせとなるように、芯樹脂と鞘樹脂とを選択する。芯樹脂と鞘樹脂の具体的な組み合せとして、ポリエチレンテレフタレート/ポリプロピレン、変性ポリエチレン/ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレート/ポリエチレン、ポリプロピレン/ポリエチレン、コポリエステルポリエチレンテレフタレート/ポリエチレンテレフタレート、ポリ-1,4-シクロヘキサンジメチルテレフタレート/ポリプロピレン、高密度ポリエチレン/ポリエチレンテレフタレート、高密度ポリエチレン/ポリプロピレン、線状低密度ポリエチレン/ポリエチレンテレフタレート、ナイロン6/ナイロン6,6、グリコール変性ポリエチレンテレフタレート/ポリエチレンテレフタレート等が挙げられる。なお、同一の樹脂であっても、分子量によって融点が異なるため、組み合わせと分子量の設計により、いずれの樹脂も、芯樹脂にも鞘樹脂にもなり得る。
【0047】
芯鞘繊維等の熱可塑性樹脂繊維の平均繊維径は1?300μm、特に5?50μmであることが好ましい。熱可塑性樹脂繊維の繊維径が小さ過ぎると熱可塑性樹脂繊維によるバインダー作用を十分に得ることができず、大き過ぎると単位重量当たりの本数が少なくなり、炭素繊維との均一な混合が困難になる。」
(1j)「【0050】
なお、熱可塑性樹脂繊維は1種を単独で用いてもよく、異なる材質、異なるデニールや繊維長さのものを2種以上組み合わせて用いてもよい。
また、前述の芯鞘繊維の代りに、融点の異なる2種以上の熱可塑性樹脂繊維を組み合わせて用い、低融点の熱可塑性樹脂繊維を加熱溶融させてバインダー成分とし、高融点の熱可塑性樹脂繊維を繊維形状のまま残すようにすることもできる。
また、芯鞘繊維の形態ではなく、バインダー成分となる樹脂が部分的に表面に存在する複合繊維であっても良い。」
(1k)「【0055】
エアレイド法により、本発明に係る複合不織布を製造する際の短繊維塊の開繊手段としては、回転するローター(本州製紙法)、回転する攪拌羽車(クロイヤー法)、相反回転する筒状スクリーンとニードルローター(ダンウェブ法)、回転する鋸歯状のピッカーローター(J&J、キンバリークラーク法、スコットペーパー法)などが知られており、本発明においては、いずれを用いてもかまわない。
【0056】
このような開繊手段に、炭素繊維集合体と熱可塑性樹脂繊維集合体をそれぞれを搬送空気流によって搬送し、開繊混合された繊維を篩又はスクリーンを通して繊維が均一分散したウェブとなるよう降り積もらせる。このウェブ製造装置としては、例えば、前後、左右、上下、水平円状等のいずれかに振動し短繊維を篩の目から分散落下させる箱形篩タイプの装置が使用できる。また、ネット状の金属多孔板が円筒状に成形され、且つその側面に繊維の投入口を有し、繊維をその篩の目から分散・落下させるネット状円筒型タイプの装置も使用できる。
【0057】
エアレイド法によって得られたウェブは熱可塑性樹脂繊維同士の交点の溶融熱処理によって不織布に加工される。この熱処理は、例えば、スルーエアー型熱処理機、エンボスロール型熱処理機、フラットロール型熱処理機等を用いて、熱可塑性樹脂繊維としての芯鞘繊維の低融点熱可塑性樹脂(鞘樹脂)の融点以上、高融点熱可塑性樹脂(芯樹脂)の融点未満の温度に加熱して芯鞘繊維の交点を融着する。特にエアレイド法により得られたウェブはスルーエアー型熱処理機を用いることで嵩高な不織布が得られるため好適である。」
(1l)「【実施例】
【0072】
以下に実施例及び比較例を挙げて本発明をより具体的に説明する。
【0073】
なお、以下の実施例で用いた炭素繊維及び芯鞘繊維の仕様は次の通りである。
【0074】
炭素繊維:三菱樹脂(株)製「ダイアリードK6371T」(引張弾性率:640GPa、繊維径:11μm、繊維長:6mm)
芯鞘繊維:芯部がポリプロピレン樹脂(融点:160℃)であり、鞘部がマレイン酸変性ポリエチレン樹脂(融点:130℃)で、芯部:鞘部=50:50(重量比)の芯鞘繊維(平均繊維径:20μm、繊維長:5mm)
【0075】
また、エアレイド法による複合不織布の製造には、池上製作所製エアレイド不織布加工機「マットフォーマー」を用いた。
【0076】
実施例1?3
炭素繊維と芯鞘繊維とを下記表1の割合で混合して、エアレイド法により複合不織布を製造した。この複合不織布の芯鞘繊維交点の熱融着処理には、スルーエアー型熱処理機を用い、150℃の熱風を当てて行った。
【0077】
得られた複合不織布はいずれも、幅300mmで厚さは表1に示す通りである。
【0078】
【表1】



イ 甲第2号証
甲第2号証には,以下の事項が記載されている。
(2a)「【請求項1】
半製品としての不織マットであって、
0.1から30mmのファイバ長さを備え、ポリエーテルエーテルケトン、ポリ-P-フェニレンサルファイド、ポリエーテルイミド及び/又はポリエーテルサルフォン及び/又はこれらの混合物から選択される、熱可塑性物質からなる少なくとも一つの溶融ファイバと、
0.1から30mmのファイバ長さを備え、グラスファイバ、アラミドファイバ、カーボンファイバ、セラミックファイバ、メタルファイバ、ポリベンゾイミダゾール(PBI)、ポリベンゾオキサゾールファイバ及び/又は天然ファイバ及び/又はこれらの混合物から選択される、少なくとも一つの補強ファイバと、
を含み、
前記溶融ファイバと補強ファイバとの重量割合の合計に対して、前記溶融ファイバは30から90%の重量割合であり、前記補強ファイバは10から70%の重量割合であり、
前記溶融ファイバと補強ファイバとの重量割合の合計に対して1から10重量%のバインダによって、前記溶融ファイバと前記少なくとも一つの補強ファイバとが単に交差点又は接触点で接合されており、
前記溶融ファイバのファイバ長さが前記補強ファイバのファイバ長さより短く、前記不織マットが8から400g/m^(2)の単位面積重量を備える不織マット。
【請求項2】
前記溶融ファイバの長さが2mmから6mmであることを特徴とする請求項1に記載の不織マット。
【請求項3】
前記溶融ファイバの長さが2.5mmから3.5mmであることを特徴とする請求項2に記載の不織マット。
【請求項4】
前記補強ファイバの長さが6mmから18mmであることを特徴とする請求項1に記載の不織マット。
【請求項5】
前記補強ファイバの長さが6mmから12mmであることを特徴とする請求項4に記載の不織マット。」
(2b)「【0001】
本発明は、溶融ファイバとしての高性能可塑性物質と補強ファイバとを含む半製品としての不織マット、このようなタイプの不織マットを製造する方法、及び前記不織マットから製造されるファイバ複合材料に関する。」
(2c)「【0019】
バインダは分散物質であってもよく、又はフィラメント、フィブリッドの形状であることも可能であり、又は繊維のような特性を有することもできる。この種のバインダについては、長さ/幅/高さの比に関する幾何的構造は、個々のパラメータの他のパラメータに対する比は1:1から1:100,000の範囲で変化させることができる。」
(2d)「【0037】
例1:不織マットの製造物例
VP00054の下、例として不織物を製造した。
PPS カット長さ3mm 81重量%
カーボンファイバ カット長さ6mm 19重量%
相対的に:
接合ファイバPVA 4mm 10重量%
単位面積重量 128g/m^(2)
厚さ 0.95mm
密度 0.135g/cm^(3)」

ウ 甲第3号証
甲第3号証には,以下の事項が記載されている。
(3a)「1.熱可塑性樹脂の固化した溶滴に繊維がその交差位置で包み込んでいることにより、繊維の交差位置で互いに保持されている、ランダムに分散している繊維の空気透過性ウエブ。
2.上記溶滴が不規則な形状を有しており、そして断面の幅が約250ミクロメートル未満である、請求の範囲1のウエブ。
3.上記繊維が、炭素、ガラスおよびアラミド繊維から成る群から選択される高モジュラス繊維である、請求の範囲1のウエブ。」(特許請求の範囲第1項?第3項)
(3b)「6.長さが1-8cmの個別の高モジュラス繊維を20-60重量%と、0.5デニール以上であり長さが1から50mmの熱可塑性樹脂マトリックス形成繊維40-80重量%とをブレンドし;上記ブレンド物のウエブを生じさせ、上記ウエブは、1平方フィート当たり約0.05から約0.2ポンドの基本重量を有しており;上記ウエブを、第一加熱段階で加熱することにより、上記熱可塑性樹脂マトリックス形成繊維を溶融させて、熱可塑性ポリマーの溶融した溶滴を生じさせ、ここで、上記溶滴は、上記高モジュラス繊維を繊維交差位置で包み込み;そして上記ウエブを冷却して、上記高モジュラス繊維を接着させることにより、空気透過性構造物を生じさせる;ことを含む、ランダムに分散している繊維のウエブの製造方法。」(特許請求の範囲第6項)
(3c)「成形に先立ってウェブをより有効に予熱することを可能にする、繊維の交差している位置が熱可塑性樹脂の溶滴で互いに保持されているランダム分散した繊維の空気透過性ウェブを製造する方法を開発した。この方法では、何らかの適切な方法、例えばエアレイ(air 1ay) 、ウェットレイ(wet 1ay)、カーディング(carding)などを用い、高モジュラスの補強用繊維を樹脂マトリックス形成ポリマー繊維とブレンドして、ウェブを生じさせる。」(第2頁右下欄第15?21行)
(3d)「この熱可塑性樹脂マトリックス形成繊維は、この用途に適切な如何なる熱可塑材であってもよいか、或はいくつかの組み合わせであってもよい。適切な熱可塑材の例には、これに限定されるものではないが、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエステル類、コポリエステル類、ABS、ナイロン6、ナイロン6/6、ナイロン11、ナイロン12およびJ2を含むポリアミド類、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリエーテルケトンケトン(PEKK)、ポリメチルフェニレン、ボリアリレート類およびポリフッ化ビニリデンが含まれる。この熱可塑性繊維のデニールおよび長さは、単一繊維の体積が特定の範囲、好適には1.5x10^(-4)から10x10^(-3)mm^(3)(これは、加熱すると、約0.5x10^(-4)から1x10^(-3)mm^(3)の範囲の溶滴体積を生じる)の範囲内になるように選択される。この体積範囲を決めた後、一般に、経済的考慮を基にして、この熱可塑性繊維の直径を選択する。例えば、最も経済的なポリエステルステープルは、フィラメント当たり1.5デニール(DPF)である。」(第3頁右下欄第1?15行)
(3e)「この生じるウェブの基本重量は、1平方フィート当たり0.05-0.2ポンドの範囲である。この生じるウェブを、対流加熱オーブンに通す。該ポリマーステープル繊維の溶融温度以上の空気温度で、該ウェブの平面に対して垂直に空気を流すことで、残存している水分を除去し、そして個々のステープル繊維を溶融させることで、該補強用繊維を湿らす溶滴を生じさせ、その結果として、交差部分のブリッジを生じさせると共に、他の補強用繊維の上にビード様の滴を生じさせる。」(第3頁右下欄第23行?第4頁左上欄第5行)
(3f)「生じた溶滴10は、この言葉溶滴が意味するように、その形状は必ずしも球ではない。むしろ、これらは、図1に見られるように実際は、予め溶融した熱可塑性材料の塊である。」(第4頁右上欄第14?16行)
(3g)「実施例1
0.25”で1.5DPFのPET繊維が60重量%でありそして1”で直径が13μmのガラス繊維が40重量%でありそして0.50%の濃度で抗酸化剤(Irganox 1010)を含んでいるウェットレイド(wet-laid)シートを製造した。このシートが有するガーレー多孔度を測定し、1平方フイート当たり0.101ポンドの基本重量に関して323cfmであった。」(第4頁右上欄末行?左下欄第6行)
(3h)「実施例4
0.25”で1.5DPFのPET繊維が60重量%でありそして1”で直径が13μmのガラス繊維が40重量%でありそして抗酸化剤を含んでいないウェットレイドシートを製造した。」(第4頁右下欄第21行?末行)
(3i)「

」(FIG1)

(2)刊行物に記載された発明
特許異議申立人は,特許異議申立書において,甲第1号証の記載事項を摘記するのみで,引用発明を明確に特定して記載していないので,当審において妥当と判断される引用発明を以下に認定する。
甲第1号証には,「炭素繊維と熱可塑性樹脂繊維との複合不織布を加熱加圧してなる炭素繊維/熱可塑性樹脂複合材であって、
該複合不織布を構成する炭素繊維と熱可塑性樹脂繊維との合計重量に占める炭素繊維の割合が20?80重量%であり、
該複合不織布を、当該複合不織布の厚さT_(1)に対して、得られる炭素繊維/熱可塑性樹脂複合材の厚さT_(2)が1/3?1/50となるように加熱加圧してなることを特徴とする炭素繊維/熱可塑性樹脂複合材」であって(摘記1a参照),「前記複合不織布がエアレイド法により製造された複合不織布である」(摘記1b参照)が記載されている。
そうすると,甲第1号証には,「炭素繊維/熱可塑性樹脂複合材を成形するための炭素繊維と熱可塑性樹脂繊維との複合不織布であって、
該複合不織布を構成する炭素繊維と熱可塑性樹脂繊維との合計重量に占める炭素繊維の割合が20?80重量%であり、
該複合不織布がエアレイド法により製造された複合不織布」の発明(以下「甲1発明A」という。)が記載されているといえる。
また,甲第1号証には,「炭素繊維と熱可塑性樹脂繊維との合計重量に占める炭素繊維の割合が20?80重量%である、炭素繊維と熱可塑性樹脂繊維との複合不織布を製造し、得られた複合不織布を、当該複合不織布の厚さT_(1)に対して、得られる炭素繊維/熱可塑性樹脂複合材の厚さT_(2)が1/3?1/50となるように加熱加圧することを特徴とする炭素繊維/熱可塑性樹脂複合材の製造方法」であって(摘記1c参照),「エアレイド法により前記複合不織布を製造すること」(摘記1d参照)が記載されている。
そうすると,甲第1号証には,「炭素繊維と熱可塑性樹脂繊維との合計重量に占める炭素繊維の割合が20?80重量%である、炭素繊維/熱可塑性樹脂複合材を成形するための炭素繊維と熱可塑性樹脂繊維との複合不織布を製造する方法であって、エアレイド法により前記複合不織布を製造する製造方法」の発明(以下「甲1発明B」という。)が記載されているといえる。

(3)対比・判断
(3-1)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲1発明Aとを対比する。
甲1発明Aの「炭素繊維」は,本件発明1の「ガラス繊維及び炭素繊維から選ばれる少なくとも1種の無機繊維よりなる強化繊維成分」に相当する。
本件発明1の「スーパーエンプラ繊維」とは,耐熱性で難燃性が高い熱可塑性樹脂の繊維のことであり(本件特許明細書【0001】参照),甲1発明Aの「熱可塑性樹脂繊維」は,加熱加圧されて,マトリックス樹脂となることは明らかであるから,甲1発明Aの「熱可塑性樹脂繊維」は,本件発明1の「熱可塑性スーパーエンプラ繊維よりなるマトリックス樹脂成分」と「熱可塑性繊維よりなるマトリックス樹脂成分」である点で共通する。
本件発明1の「乾式不織布法」とは,強化繊維と熱可塑性繊維を共に空気中で分散してネットに捕捉してウェブを形成する方法であり(本件特許明細書【0109】参照),甲1発明Aの「エアレイド法」は,「炭素繊維集合体と熱可塑性繊維集合体をそれぞれを搬送空気流によって搬送し、開繊混合された繊維を篩又はスクリーンを通して繊維が均一分散したウェブとなるように降り積もらせる。」ものである(摘記1k参照)から,本件発明1の「乾式不織布法」に相当する。
甲1発明Aの「炭素繊維/熱可塑性樹脂複合材」は,本件発明1の「繊維強化プラスチック」に相当する。
そうすると,両者は,「ガラス繊維及び炭素繊維から選ばれる少なくとも1種の無機繊維よりなる強化繊維成分と、熱可塑性繊維よりなるマトリックス樹脂成分とを含有し、乾式不織布法又は湿式不織布法によって不織布シートとされていることを特徴とする繊維強化プラスチック成形用複合材。」である点で一致し,以下の点で相違している。
(1-i)熱可塑性繊維が,本件発明1は,「限界酸素指数が25以上であり、繊維径が30μm以下で且つ前記強化繊維の繊維径の4倍以下である熱可塑性スーパーエンプラ繊維」であるのに対して,甲1発明Aは,そのような特定がなされていない点
(1-ii)本件発明1では,「前記スーパーエンプラ繊維と前記強化繊維が共にチョップドストランドであ」るのに対して,甲1発明Aでは,炭素繊維と熱可塑性繊維が「チョップドストランド」であるか明確ではない点

イ 相違点の検討
相違点(1-i)について検討する。
甲第1号証には,「熱可塑性樹脂繊維」に関して,芯部が鞘部の構成材料よりも高融点の構成材料で形成された芯鞘構造を有する芯鞘繊維を用いることが好ましいこと,その芯鞘繊維を構成する熱可塑性樹脂として,「ポリエステル、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリフェニレンスルフィド、ポリ塩化ビニル、ポリエチレン酢酸ビニル/塩化ビニル、低級アルキルアクリレートポリマー、ポリアクリロニトリル、部分加水分解ポリ酢酸ビニル、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ポリスチレンアクリレート、ナイロン、レーヨン、ポリカーボネート等」が例示されている(摘記1i参照)。
また,甲第1号証には,炭素繊維の繊維径は5?20μm、特に7?13μmであることことが好ましいこと(摘記1h参照),熱可塑性樹脂繊維の平均繊維径は1?300μm、特に5?50μmであることが好ましいこと(摘記1i参照)が記載され,実施例では,炭素繊維の繊維径が11μm,熱可塑性繊維の繊維径が20μmのものが記載されている(摘記1l参照)。
ところで,甲第1号証の熱可塑性樹脂として例示がある「ポリフェニレンスルフィド」は,本件発明1の「限界酸素指数が25以上で」ある「熱可塑性スーパーエンプラ」に当たる(本件特許明細書【0015】など参照)が,甲第1号証には,これらの熱可塑性樹脂繊維の中から「ポリフェニレンスルフィド」を選択する理由については記載されておらず,実際に実施例として使用されているのは,芯部がポリプロピレン,鞘部がマレイン酸変性ポリエチレンのものである(摘記1l参照)。
また,甲1発明Aは,炭素繊維の集合マットの炭素繊維密度が高いと,熱可塑性樹脂の含浸性が悪く,マット表層部のみにしか熱可塑性樹脂が含浸されず,均一な複合材料を得られないとの課題(摘記1e,1f参照)があるため,炭素繊維と熱可塑性樹脂の混合割合や加熱加圧時の圧縮率を特定の範囲とすることで,均一に複合化されると共に内部に炭素繊維の良好なネットワーク構造が形成され,この課題を解決するものである(摘記1g参照)。
これに対し,本件発明1は,「熱可塑性スーパーエンプラ繊維」が耐熱性・難燃性が高く,加熱成形時に300℃以上の高温に曝されるため,成形物中の熱分解・気化したバインダーに起因する空隙(ボイド)が生じるという課題を有するところ,熱可塑性スーパーエンプラ繊維の繊維径を特定のものとすることにより,短時間の加熱加圧時間でも繊維が十分に溶融し,十分な強度が得られるととともに,通気性を保つことが可能となり,ボイドが発生せずに良好な繊維強化樹脂成形体を得ることができるものである(本件特許明細書【0028】等参照)。
そうすると,甲1発明Aにおいて,熱可塑性樹脂として「ポリフェニレンスルフィド」を選択した場合には,「熱可塑性スーパーエンプラ」に当たらないそのほかの熱可塑性樹脂とは異なる耐熱性・難燃性などの特有の性質を有するとともに,甲第1号証に記載のない新たな技術課題が生じ,この技術課題は,甲第1号証に開示のある炭素繊維の繊維径「5?20μm」,熱可塑性樹脂繊維の平均繊維径「5?50μm」という範囲の中から,熱可塑性繊維の繊維径として「30μm以下」で,「強化繊維の繊維径の4倍以下」との範囲をさらに選択することで解決するものであるから,本件発明1における「ポリフェニレンスルフィド」などの「熱可塑性スーパーエンプラ」及びその繊維径の選択には,その他の選択では得られない技術的意味があるといえる。
したがって,相違点(1-i)は実質的な相違点であるといえ,また,甲1発明Aにおいて,相違点(1-i)を構成することが,甲第1号証の記載から当業者が容易になし得たということもできない。
よって,相違点(1-ii)について検討するまでもなく,本件発明1は,甲1発明Aと同一であるとも,甲1発明Aに基いて当業者が容易に発明をすることができたものとも認められない。

ウ 効果
本件発明1の効果は,本件特許明細書の記載(【0058】参照)からみて,加熱加圧成形することにより,ボイドの発生がない,強度・外観共に良好な繊維強化プラスチック成形用複合体に成形できることにあるものといえる。
そして,この効果については,上記イで述べたとおり,「限界酸素指数が25以上で」ある「熱可塑性スーパーエンプラ繊維」を使用して加熱加圧成形する際に生じるボイドを,特定の繊維径の「熱可塑性スーパーエンプラ繊維」を使用することによって得られるものであって,この点については甲第1号証に何ら記載されていないから,当業者が予測し得ない顕著な効果であるということができる。
そうすると,仮に,甲第1号証に,甲1発明Aの「熱可塑性樹脂」として「ポリフェニレンスルフィド」がその選択肢の一つとして記載されていたとしても,本件発明1は選択発明を構成し得るものであるといえる。

エ まとめ
上記イで検討したとおり,相違点(1-i)は実質的な相違点であって,かつ甲1発明Aにおいて,相違点(1-i)を構成することが当業者が容易になし得たこととは認められないし,仮にそうでないとしても,本件発明1には上記ウで検討したとおり,顕著な効果を奏するものといえるから,本件発明1は,甲1発明Aと同一であるとも,甲1発明Aに基いて当業者が容易に発明をすることができたともいえない。

(3-2)本件発明2?6について
本件発明2は,本件発明1において,「JAPAN TAPPI 紙パルプ試験方法No.5-2に規定される透気度が200秒以下である」との限定が,
本件発明3は,本件発明1,2において,「繊維強化プラスチック成形用複合材中に10質量%までの量のバインダー成分を含有する」との限定が,
本件発明4は,本件発明3において,「繊維強化プラスチック成形用複合材中のバインダー成分が、繊維強化プラスチック成形用複合材の表層部にその多くの部分が存在するように偏在している」との限定が,
本件発明5は,本件発明3,4において,「バインダー成分が、前記スーパーエンプラ繊維よりなるマトリックス樹脂成分と相溶性を有し、且つ前記複合材を250℃以上430℃以下の温度で加熱加圧成形したときに前記スーパーエンプラ繊維との間に界面が存在せず一体化する樹脂成分である」との限定が,
本件発明6は,本件発明1?5において,「前記スーパーエンプラ繊維の繊維径が1?20μmである」との限定がそれぞれなされたものである。
したがって,本件発明2?6は,いずれも,本件発明1の構成をさらに限定したものであるから,上記(3-1)で述べたとおり,本件発明1が甲1発明Aと同一であるといえない以上,本件発明3,4,6も甲1発明Aと同一であるとはいえず,また,本件発明1が甲1発明Aに基いて当業者が容易に発明をすることができたとはいえない以上,本件発明2?6も甲1発明Aに基いて当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

(3-3)本件発明7,8について
本件発明7は,本件発明1?6において,「スーパーエンプラ繊維がポリエーテルイミド(PEI)繊維である」との限定がなされたものである。
甲第2号証には,「ポリエーテルエーテルケトン、ポリ-P-フェニレンサルファイド、ポリエーテルイミド及び/又はポリエーテルサルフォン及び/又はこれらの混合物から選択される、熱可塑性物質からなる少なくとも一つの溶融ファイバと」,「グラスファイバ・・・カーボンファイバ・・・から選択される、少なくとも一つの補強ファイバと」,「を含む」,「不織マット」が記載されている(摘記2a,2d参照)が,甲第2号証に記載される「ポリエーテルイミド」については,「高性能熱可塑性物質」の溶融ファイバーの一つであること(摘記2b参照)のほかに特段の技術的意味があるともいえない
一方,甲第1号証には熱可塑性樹脂として,「ポリエステル、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリフェニレンスルフィド、ポリ塩化ビニル、ポリエチレン酢酸ビニル/塩化ビニル、低級アルキルアクリレートポリマー、ポリアクリロニトリル、部分加水分解ポリ酢酸ビニル、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ポリスチレンアクリレート、ナイロン、レーヨン、ポリカーボネート等」の例示があるものの(摘記1i参照),ポリエーテルイミドについては記載されておらず,甲第2号証には,上述のとおり,甲1発明Aにおいて,熱可塑性樹脂として,甲第2号証に記載される「ポリエーテルイミド」を使用することを動機付ける具体的な記載もない。
したがって,本件発明7は,甲1発明A及び甲第2号証の記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。
また,本件発明8は,本件発明7において,「バインダー成分がポリエチレンテレフタレート(PET)又は変性ポリエチレンテレフタレート(PET)」と限定されたものであるが,上述のとおり,甲1発明Aにおいて,熱可塑性樹脂として「ポリエーテルイミド」として,本件発明7を構成することが容易ではない以上,本件発明8も甲1発明Aに基いて当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

(3-4)本件発明9について
ア 対比
本件発明9と甲1発明Bを対比する。
本件発明9と甲1発明Bとは,上記(3-1)アで述べた,本件発明1と甲1発明Aと同様の関係にあるから,両者は,
「ガラス繊維及び炭素繊維から選ばれる少なくとも1種の無機繊維よりなる強化繊維成分と、熱可塑性繊維よりなるマトリックス樹脂成分とを混合して不織布シートを形成する工程を有することを特徴とする繊維強化プラスチック成形用複合材の製造方法。」である点で一致し,以下の点で相違している。
(9-i)熱可塑性繊維が,本件発明9は,「限界酸素指数が25以上であり、繊維径が30μm以下で且つ前記強化繊維の繊維径の4倍以下である熱可塑性スーパーエンプラ繊維」であるのに対して,甲1発明Bは,そのような特定がなされていない点

イ 相違点の検討
上記(3-1)イで述べたとおり,本件発明9も,「熱可塑性スーパーエンプラ繊維」が耐熱性・難燃性が高く,加熱成形時に300℃以上の高温に曝されるため,成形物中の熱分解・気化したバインダーに起因する空隙(ボイド)が生じるという課題を有するところ,熱可塑性スーパーエンプラ繊維の繊維径を特定のものとすることにより,短時間の加熱加圧時間でも繊維が十分に溶融し,十分な強度が得られるととともに,通気性を保つことが可能となり,ボイドが発生せずに良好な繊維強化樹脂成形体を得ることができるものである。
してみると,甲第1号証に,本件発明9の「熱可塑性スーパーエンプラ」に当たる熱可塑性樹脂として「ポリフェニレンスルフィド」が記載されていたとしても,甲1発明Bの「熱可塑性樹脂」として,本件発明9の「ポリフェニレンスルフィド」などの「熱可塑性スーパーエンプラ」及びその繊維径の選択した場合には,その他の選択では得られない技術的意味があるから,相違点(9-i)は実質的な相違点であるといえ,また,甲1発明Bにおいて相違点(9-i)を構成することも当業者が容易になし得たこととはいえない。

ウ 効果
上記(3-1)ウで述べたとおり,本件発明9の効果も,本件特許明細書の記載(【0058】参照)からみて,加熱加圧成形することにより,ボイドの発生がない,強度・外観共に良好な繊維強化プラスチック成形用複合体に成形できることにあるものといえる。
そして,この効果についても,「限界酸素指数が25以上で」ある「熱可塑性スーパーエンプラ繊維」を使用して加熱加圧成形する際に生じるボイドを,特定の繊維径の「熱可塑性スーパーエンプラ繊維」を使用することで得られるものであって,この点については甲第1号証に何ら記載されていないから,当業者が予測し得ない顕著な効果であるということができる。
そうすると,仮に,甲第1号証に,甲1発明Bの「熱可塑性樹脂」として「ポリフェニレンスルフィド」がその選択肢の一つとして記載されていたとしても,本件発明9は選択発明を構成し得るものであるといえる。

エ まとめ
上記イで検討したとおり,相違点(9-i)は実質的な相違点であって,かつ甲1発明Bにおいて,相違点(9-i)を構成することは当業者が容易になし得たこととは認められないし,仮にそうでないとしても,本件発明9には上記ウで検討したとおり,顕著な効果を奏するものといえるから,本件発明9は,甲1発明Bと同一であるとも,甲1発明Bに基いて当業者が容易に発明をすることができたともいえない。

(3-5)本件発明10?13について
本件発明10は,本件発明9において,「不織布シートを形成する工程が、乾式不織布法又は湿式不織布法のいずれかの不織布形成工程である」との限定が,
本件発明11は,本件発明9,10において,「不織布シートを形成する工程が、バインダー含有液を使用して全不織布シート中に含まれるバインダー量の多くの部分が不織布シートの表裏面の表層部分に偏在している不織布シートを形成する段階を有する」との限定が,
本件発明12は,本件発明11において,「バインダー成分を含有する溶液或いはエマルジョンであるバインダー含有液を、塗布法或いは含浸法により不織布シートに付与することを含む」との限定が,
本件発明13は,本件発明9?12において,「不織布シートを形成する工程が、前記強化繊維成分と前記スーパーエンプラ繊維よりなるマトリックス樹脂成分を有する不織布シートを、該スーパーエンプラ繊維が部分溶融する条件下で加熱処理する段階を有する」との限定がそれぞれなされたものである。
したがって,本件発明10?13は,いずれも,本件発明9の構成をさらに限定したものであるから,上記(3-4)で述べたとおり,本件発明9が甲1発明Bと同一であるといえない以上,本件発明10も甲1発明Bと同一であるとはいえず,また,本件発明9が甲1発明Bに基いて当業者が容易に発明をすることができたとはいえない以上,本件発明10?13も甲1発明Bに基いて当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。
なお,甲第2号証には,「バインダは分散物質であってもよく、又はフィラメント、フィブリッドの形状であることも可能であり、又は繊維のような特性を有することもできる。」と記載されている(摘記2c参照)が,分散物質のバインダが,本件発明12の「溶液或いはエマルジョンであるバインダー含有液」に相当するという根拠もなく,甲第2号証の記載から甲1発明Bにおいて,本件発明12の上記限定を構成することが当業者にとって容易になし得たことともいえない。

(3-6)本件発明14について
ア 対比
本件発明14と甲1発明Aとを対比する。
甲1発明Aの「炭素繊維」は,本件発明14の「ガラス繊維及び炭素繊維から選ばれる少なくとも1種の無機繊維よりなる強化繊維成分」に相当する。
本件発明14の「ポリエーテルイミド繊維」は,耐熱性で難燃性が高い熱可塑性樹脂の繊維であり(本件特許明細書【0001】参照),甲1発明Aの「熱可塑性樹脂繊維」は,加熱加圧されて,マトリックス樹脂となることは明らかであるから,甲1発明Aの「熱可塑性樹脂繊維」は,本件発明14の「ポリエーテルイミド繊維」と「熱可塑性繊維よりなるマトリックス樹脂成分」である点で共通する。
甲1発明Aの「炭素繊維/熱可塑性樹脂複合材」は,本件発明14の「繊維強化プラスチック」に相当する。
そうすると,本件発明14と甲1発明Aとは,
「ガラス繊維及び炭素繊維から選ばれる少なくとも1種の無機繊維よりなる強化繊維成分と、熱可塑性繊維よりなるマトリックス樹脂成分を含有する不織布シートよりなる、ことを特徴とする繊維強化プラスチック成形用複合材。」である点で一致し,以下の点で相違している。
(14-i)熱可塑性繊維が,本件発明14は,「ポリエーテルイミド繊維」であるのに対して,甲1発明Aは,そのような特定がなされていない点
(14-ii)本件発明14は,不織布シートが「バインダー成分を含有する」とともに「該不織布状シートの表層部における繊維成分同士が、主として繊維成分同士の交点に水掻き膜状に局在する前記バインダー成分によって結合されている」のに対して,甲1発明Aは,そのような特定がなされていない点

イ 相違点の検討
(ア)相違点(14-i)について
甲第1号証には,熱可塑性樹脂として,「ポリエステル、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリフェニレンスルフィド、ポリ塩化ビニル、ポリエチレン酢酸ビニル/塩化ビニル、低級アルキルアクリレートポリマー、ポリアクリロニトリル、部分加水分解ポリ酢酸ビニル、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ポリスチレンアクリレート、ナイロン、レーヨン、ポリカーボネート等」が例示されている(摘記1i参照)が,本件発明14の「ポリエーテルイミド」は記載されていない。
また,甲第3号証には,「熱可塑性樹脂の固化した溶滴に繊維がその交差位置で包み込んでいることにより、繊維の交差位置で互いに保持されている、ランダムに分散している繊維の空気透過性ウエブ」について記載されているが(摘記3a参照),ここで使用される熱可塑性樹脂としては,「ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエステル類、コポリエステル類、ABS、ナイロン6、ナイロン6/6、ナイロン11、ナイロン12およびJ2を含むポリアミド類、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリエーテルケトンケトン(PEKK)、ポリメチルフェニレン、ボリアリレート類およびポリフッ化ビニリデン」が例示されている(摘記3c参照)が,「ポリエーテルイミド」は記載されていない。
そうすると,甲1発明Aの熱可塑性樹脂として,甲第1,3号証の記載から,「ポリエーテルイミド」を選択する動機付けがあるとはいえない。

(イ)相違点(14-ii)について
甲1発明Aにおいては,熱可塑性繊維である芯鞘繊維の鞘部分が溶融して,芯鞘繊維の交点を融着することが記載されており(摘記1j参照),鞘部分が本件発明14の「バインダー成分」となり,それによって,本件発明14の「繊維成分同士が、繊維成分同士の交点に」存在する「前記バインダー成分によって結合されている」との構成に対応するものとなっていることは理解できるが,「該不織布状シートの表層部における繊維成分同士が、主として繊維成分同士の交点に水掻き膜状に局在する前記バインダー成分によって結合されている」ことについては記載がない。
甲第3号証には,熱可塑性樹脂の固化した溶滴に炭素繊維,ガラス繊維などの高モジュラス繊維を包み込んだ空気透過性ウェブ(摘記3a参照)において,熱可塑性樹脂を加熱することにより,これが溶融した溶滴が生じ,これが高モジュラス繊維の交差位置を包み込み,冷却することで接着することが記載されている(摘記3b,3c,3d参照)が,これは,熱可塑性樹脂そのものがバインダー成分となるものであり,実施例をみても(摘記3g,3h参照),熱可塑性樹脂繊維とは別にバインダー成分を含有するものは記載されておらず,本件発明14の「無機繊維よりなる強化繊維成分とポリエーテルイミド繊維よりなるマトリックス樹脂繊維成分と、バインダー成分を含有する不織布状シート」には当たらない。
さらに.甲第3号証において,熱可塑性樹脂の固化した溶滴は,塊である(摘記3f参照)とされているが,本件発明14の「該不織布状シートの表層部における繊維成分同士が、主として繊維成分同士の交点に水掻き膜状に局在する前記バインダー成分によって結合されている」ことについては記載がなく,そのような構造となっているかは写真をみても不明である(摘記3i参照)。
また,その製造方法を対比してみると,甲第3号証では,熱可塑性繊維の溶融温度以上の空気温度で,該ウェブの平面に対して垂直に空気を流すことで,残存している水分を除去し,個々の熱可塑性繊維を溶融させることで,高モジュラス繊維を湿らす溶滴を生じさせて,その交点で接着するものである(摘記3e参照)一方,本件発明14の「該不織布状シートの表層部における繊維成分同士が、主として繊維成分同士の交点に水掻き膜状に局在する前記バインダー成分によって結合されている」との構成は,本件特許明細書の記載(【0101】,【0102】参照)によれば,液状のバインダー成分(バインダー成分の溶液或いはエマルジョン溶液)を使用し,バインダーを塗工法又は含浸法でウェブに付与した後,乾燥することで,バインダー液の表面張力によって繊維交点に集中するので,繊維同士の交点に水掻き膜状に覆われるものであり,またバインダー液を含有するウェブ中の水分が両表層から蒸発するために,水蒸気の動きに伴って両表層に集中するものである。
してみると,甲第3号証に記載される熱可塑性樹脂の溶滴は,甲1発明Aのバインダー成分となる熱可塑性樹脂の芯鞘構造の鞘部分のみならず芯成分も溶融したものであって,また,本件発明14の不織布シートを得る製造方法とも異なることも踏まえれば,甲第3号証に記載される溶滴が「該不織布状シートの表層部における繊維成分同士が、主として繊維成分同士の交点に水掻き膜状に局在する前記バインダー成分によって結合されている」ということはできない。
したがって,甲1発明Aにおいて,甲第3号証に記載される熱可塑性樹脂の溶滴を適用したとしても相違点(14-ii)の構成を備えることができるとはいえない。

ウ まとめ
以上のとおりであるから,本件発明14は,その効果について検討するまでもなく,甲1発明A及び甲第3号証の記載事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとは認められない。

(3-7)本件発明17,18,20について
本件発明17は,本件発明14,15を引用する本件発明16をさらに限定したものであって,本件発明14について,「バインダー成分の少なくとも1種が、前記ポリエーテルイミド繊維成分と加熱溶融状態で相溶性である粒子状又は繊維状の熱可塑性樹脂であ」り,「前記粒子状又は繊維状の熱可塑性樹脂が、ポリエステル樹脂及び変性ポリエステル樹脂から選ばれる少なくとも1種を含有する」との限定がなされたものである。
また,本件発明18は,本件発明14?17において,「前記バインダー成分の総含有量が0.3質量%以上10質量%以下である」との限定がなされたものである。
したがって,本件発明17,18は,いずれも,本件発明14の構成をさらに限定したものであるから,上記(3-6)で述べたとおり,本件発明14と甲1発明Aとの間には実質的な相違点が存在し,また,本件発明14は甲第3号証の記載事項を考慮してすら甲1発明Aに基いて当業者が容易に発明をすることができたとはいえないから,本件発明17,18は甲1発明Aと同一であるといえないし,甲1発明Aに基いて当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。
本件発明20は,本件発明14?19において,「表層部間の中間層における前記繊維成分間はポリエーテルイミド繊維成分と加熱溶融状態で相溶性である粒子状又は繊維状の熱可塑性樹脂によって接着されている」との限定がなされたものである。
甲第2号証には,「ポリエーテルイミド」の溶融ファイバとグラスファイバ,カーボンファイバを含む不織マットが記載されている(摘記2a,2d参照)が,そもそも,甲1発明Aにおいて,熱可塑性樹脂として「ポリエーテルイミド」を使用する動機付けがなく,それと相溶性のあるバインダー成分である熱可塑性樹脂を使用する動機付けもないから,本件発明20は,甲1発明A及び甲第2号証に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

(3-8)本件発明21について
ア 対比
本件発明21と甲1発明Bを対比する。
本件発明21と甲1発明Bとは,上記(3-6)アで述べた,本件発明14と甲1発明Aと同様の関係にあるから,両者は,
「繊維強化プラスチック成形用複合材を製造するための方法であって、繊維強化プラスチック成形用複合材が無機繊維よりなる強化繊維成分と熱可塑性樹脂繊維よりなるマトリックス樹脂繊維成分とを有する不織布であることを特徴とする繊維強化プラスチック成形用複合材の製造方法。」である点で一致し,以下の点で相違している。
(21-i)熱可塑性繊維が,本件発明21は「ポリエーテルイミド繊維」であるのに対して,甲1発明Aは,そのような特定がなされていない点
(2-ii)本件発明21は,不織布シートが「バインダー成分を含有する」とともに「不織布に、溶液型又はエマルジョン型のバインダー液を付与し、その後、不織布を急速に加熱してバインダー液の主要部を不織布表層部に移行させつつ不織布全体を乾燥させることによって、不織布の表層部の繊維成分同士の交点を水掻き膜状に局在するバインダーで結合させる」ものであるのに対して,甲1発明Bでは,そのような特定がなされていない点

イ 相違点の検討
(ア)相違点(21-i)について
上記(3-3)で述べたとおり,甲第2号証に記載される「ポリエーテルイミド」については,「高性能熱可塑性物質」の溶融ファイバーの一つであること(摘記2b参照)のほかに特段の技術的意味があるとはいえず,甲第1号証には,ポリエーテルイミドの例示はなく,甲第2号証の上記記載を参酌しても,甲1発明Bにおいて,熱可塑性樹脂として,甲第2号証に記載される「ポリエーテルイミド」を使用する動機付けがない。

(イ)相違点(21-ii)について
上記(3-6)イ(イ)で述べたとおり,甲1発明Bにおいては,熱可塑性繊維である芯鞘繊維の鞘部分が溶融して,芯鞘繊維の交点を融着することが記載されており(摘記1j参照),鞘部分が本件発明21の「バインダー成分」となり,それによって,本件発明21の「繊維成分同士が、繊維成分同士の交点に」存在する「前記バインダー成分によって結合されている」との構成に対応するものとなっていることは理解できるが,それは,本件発明21の「不織布に、溶液型又はエマルジョン型のバインダー液を付与し、その後、不織布を急速に加熱してバインダー液の主要部を不織布表層部に移行させつつ不織布全体を乾燥させることによって、不織布の表層部の繊維成分同士の交点を水掻き膜状に局在するバインダーで結合させる」ものではない。
また,甲第3号証にも,本件発明21の「不織布に、溶液型又はエマルジョン型のバインダー液を付与し、その後、不織布を急速に加熱してバインダー液の主要部を不織布表層部に移行させつつ不織布全体を乾燥させることによって、不織布の表層部の繊維成分同士の交点を水掻き膜状に局在するバインダーで結合させる」との構成が記載されていないことは上記(3-6)イ(イ)で述べたとおりである。
よって,甲1発明Bにおいて,甲第3号証の記載から相違点(21-ii)を構成することは当業者が容易になし得たこととはいえない。

ウ まとめ
以上のとおりであるから,本件発明21は,その効果について検討するまでもなく,甲1発明A及び甲第2,3号証の記載事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとは認められない。

(4)小括
以上のとおりであるから,本件発明1?6,8?11,13,17,18は,甲第1号証に記載された発明であるとも,甲第1号証に記載された発明に基いて,本件優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものとはいえず,
本件発明7,12,20は,甲第1,2号証に記載された発明に基いて,本件優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものともいえず,
本件発明14は,甲第1,3号証に記載された発明に基いて,本件優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものともいえず,
本件発明21は,甲第1?3号証に記載された発明に基いて,本件優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。
よって,本件発明1?14,17,18,20,21に係る特許は,特許法第29条の規定に違反してされたものとはいえず,同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものともいえない。

2 理由3について
(1)特許法第36条第6項第1号について
特許法第36条第6項は,「第三項第四号の特許請求の範囲の記載は,次の各号に適合するものでなければならない。」と規定し,その第1号において「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」と規定している。同号は,明細書のいわゆるサポート要件を規定したものであって,特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
以下,この観点に立って検討する。

(2)特許請求の範囲の記載
上記「第2」に記載したとおりである。

(3)発明の詳細な説明の記載
発明の詳細な説明には以下の事項が記載されている。
(a)「【0022】
ところが、耐熱性・難燃性の高いスーパーエンプラである熱可塑性樹脂をマトリックス樹脂としたプリプレグは、加熱加圧成形時に300℃以上という高温に曝されるため、成形物中に熱分解・気化したバインダーに起因する空隙(以下「ボイド」という)が発生し、外観・強度共に低下しやすい。前記各先行技術文献のいずれにも、上記のような高温での加熱加圧成形工程に耐え得るバインダーに関する技術は開示されていない。」
(b)「【0026】
かかる状況に鑑み、本発明においては、耐熱性と難燃性が高い熱可塑性樹脂をマトリックス樹脂として使用した高強度・高耐熱性、優れた難燃性を有する繊維強化樹脂成形体が得られる繊維強化プラスチック成形用複合材において、ごく短時間の加熱加圧成形時間であってもボイド等が発生せずに十分な強度が得られ、複合材自体の生産性も高く、加工工程におけるハンドリング性に優れた繊維強化プラスチック成形用複合材を、安価に提供することを目的とする。」
(c)「【0028】
本発明者らは、前記課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、いわゆるスーパーエンプラと呼ばれる耐熱性と難燃性の高い熱可塑性樹脂を使用した繊維強化プラスチック成形用複合材において、特定の繊維径の熱可塑性樹脂繊維をマトリックス樹脂として使用することで、加熱加圧成形時間を従来の高耐熱性熱可塑性樹脂を使用した繊維強化プラスチック成形用複合材より更に短時間の加熱加圧時間であっても、繊維が十分に溶融し、十分な強度が得られることを見出した。
【0029】
更に、繊維強化プラスチック成形用複合材の通気性を一定値よりも高く(空気が通りやすい)保つことが可能となり、短い加熱加圧成形時間であっても、ボイドが発生せず、外観・強度共に良好な繊維強化樹脂成形体が得られることを見出した。」
(d)「【0065】
本発明の繊維強化プラスチック成形用複合材に使用する熱可塑性樹脂繊維は、いわゆるスーパーエンプラと呼ばれる、耐熱性で難燃性の熱可塑性樹脂を繊維化したものである。このような熱可塑性樹脂としては、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリアミドイミド(PAI)、ポリフェニレンスルフィド(PPS)、ポリエーテルイミド(PEI)、ポリエーテルケトンケトン(PEKK)等が例示されるが、これに限定されるものではない。
【0066】
本発明の繊維強化プラスチック成形用複合材に使用するスーパーエンプラである樹脂を繊維化したスーパーエンプラ繊維は、繊維状態において限界酸素指数が25以上でガラス転移温度が140℃以上であることが好ましい。また、ガラス転移温度がこれ以下であったとしても、樹脂の荷重たわみ温度が190℃以上となる樹脂であることが好ましい。このようなスーパーエンプラ繊維は、加熱・加圧により溶融して樹脂ブロックになった状態において、限界酸素指数が30以上という、非常に高い難燃性を有する。」
(e)「【0072】
加熱加圧成形時にマトリックスを形成する樹脂がスーパーエンプラ繊維である繊維強化プラスチック成形用複合材は、熱硬化性樹脂を使用した繊維強化プラスチック成形用複合材よりも繊維強化プラスチックに加工する際の加熱加圧成形時間が短時間ですみ、生産性に優れることが本来の特徴である。しかし、繊維強化プラスチック成形用複合材を短時間で加熱加圧成形するためには、使用されるスーパーエンプラ繊維が高温下で速やかに溶融することが必要であり、そのためには、スーパーエンプラ繊維の繊維径が細いほうが好ましい。これは、繊維径が細い場合、繊維同士の接触点数が増加するため、繊維同士の接触面積が増加し、熱伝導が良好となること、及び繊維の熱容量が小さくなるため、溶融させるために必要な熱量が少なくなるためである。本発明者らの検討によれば繊維径が30μm以下であることが好ましく、繊維径が1?20μm以下であることが更に好ましい。
【0073】
スーパーエンプラ繊維の繊維長は特に限定されないが、湿式、若しくは乾式不織布法で製造する場合、好ましくは3mm?30mm程度である。これより長いと、繊維が均一に分散せず、シートの均一性や強化繊維との混合比の均一性が低下する。また、これより短いと、ウエブの強度が低下し、繊維強化プラスチック成形用複合材の製造工程で破断等が生じやすくなる。繊維径及び繊維長は単一であってもよく、また異なる繊維径、繊維長のものをブレンドして使用してもよい。
【0074】
一方、加熱加圧成形後に十分な強度を得るためには、強化繊維とマトリックス樹脂が均一に混合することが必要となる。このためには、強化繊維とマトリックス樹脂繊維の繊維径が近いほうが好ましい。この観点からは、スーパーエンプラ繊維の繊維径は強化繊維の繊維径の4倍以下であることが好ましく、3倍以下であることがより好ましく、最も好ましくはスーパーエンプラ繊維の繊維径と強化繊維の繊維径がほぼ同等であることである。
【0075】
一般に、マトリックス樹脂は、溶融粘度が高いため、射出成形等の方法では強化繊維を多量に配合すると、強化繊維を均一に分散させることが難しいため、強化繊維の配合比に限界がある。しかし、本発明の繊維強化プラスチック成形用複合材では、必要とされる強度に応じて比較的自由に強化繊維とマトリックス樹脂繊維との比率を設定することができる。
【0076】
スーパーエンプラ繊維の繊維径の好ましい範囲としては、30μm以下で且つ強化繊維の繊維径の4倍以下であるものを選択することが好ましい。これによって、加熱加圧時間の短縮と、加熱加圧成形後の繊維強化プラスチックの強度を両立させることができる。」
(f)「【0096】
本発明の繊維強化プラスチック成形用複合材におけるバインダー成分としては、加熱加圧成形後にマトリックスとなるスーパーエンプラ繊維が加熱加圧成形で溶融する際に、その樹脂と相溶する樹脂成分であることが特に好ましい。このような樹脂成分をバインダーとした場合、加熱加圧成形後、マトリックス樹脂とバインダー樹脂の間に界面が存在せず一体化するため強度が良好であり、更にバインダー樹脂に起因するマトリックス樹脂のガラス転移温度の低下が少ないという特徴を持つ。
【0097】
例えば、加熱加圧成形後マトリックスとなる熱可塑性樹脂としてPEI繊維を用いる場合、加熱加圧成形で溶融する際に、その樹脂と相溶するという点で好ましいバインダー成分として、PET若しくは変性PETを用いることが好ましい。
【0098】
PET若しくは変性PETをバインダーとして使用する場合、形状としてはパウダー、繊維状、或いは通常のPETを芯部に配し、この周囲を芯部よりも融点の低い変性PETで覆った形である、芯鞘構造のPET繊維等が好適に使用される。繊維強化プラスチック成形用複合材の工程強度、及び表面繊維の脱落を少なくするという観点から、変性PETの融点は140℃以下が好ましく、120℃以下がより好ましい。」
(g)「【0126】
製造例1?4
繊維径7μm、繊維長13mmのPAN系炭素繊維と、表1に示した繊維径のPPS樹脂繊維(Fiber Innovation Technology社製、繊維長13mm、限界酸素指数41)を、質量比がポリアクリロニトリル(PAN)系炭素繊維40に対しポリフェニレンスルフィド(PPS)樹脂繊維60となるように計量し、水中に投入した。投入した水の量は、PAN系炭素繊維とPPS樹脂繊維の合計質量に対し200倍となるようにした(すなわち繊維スラリー濃度として0.5%)。
【0127】
このスラリーに分散剤として「エマノーン3199」(花王株式会社、商品名)を繊維(PAN系炭素繊維とPPS繊維の合計)100質量部に対し1質量部となるよう添加して攪拌し、繊維を水中に均一に分散させた繊維スラリーを作製した。
【0128】
粒状ポリビニルアルコール(PVA)(ユニチカ株式会社、商品名「OV-N」)を、濃度が10%となるように水に添加し、攪拌してバインダースラリーを作成した。この粒状PVAのスラリーを繊維スラリーに投入して湿式抄紙法でウエットウエブを形成し、180℃で加熱乾燥することにより目付けが250g/m^(2)である不織布を得た。
【0129】
この不織布を、220℃の熱プレスにて、加熱加圧処理することで表1に記載の通気度となる繊維強化プラスチック成形用複合材を得た。尚、製造例2においては製造例1よりも加熱加圧時間を短縮し、密度を低くすることによって透気度を表1の通り調整し、製造例4においては製造例1よりも加熱加圧時間を延長し、密度を高くすることによって表1の通り透気度を調整した。
【0130】
なお、粒状PVAの繊維強化プラスチック成形用複合材に対する配合率は、表1に示す通りとなるよう、粒状PVAスラリー濃度の添加量を適宜調整した。
【0131】
製造例5
PPS樹脂繊維を、表1に示した繊維径であるPPS繊維(KBセーレン株式会社製、ガラス転移温度92℃、繊維長13mm、限界酸素指数41)に変更した以外は、製造例1と同様にして繊維強化プラスチック成形用複合材を作製した。」
(h)「【0132】
製造例6?9
製造例1における繊維径7μm、繊維長13mmであるPAN系炭素繊維を、繊維径が9μmであり、繊維長が18mmのガラス繊維に変更し、製造例1におけるPPS樹脂繊維(Fiber Innovation Technology社製、ガラス転移温度92℃、限界酸素指数41)を、表2に示したポリエーテルイミド(PEI)樹脂繊維(Fiber Innovation Technology社、、ガラス転移温度220℃、繊維長13mm、限界酸素指数47)に変更した以外は製造例1と同様にして、目付けが250g/m2である不織布を得た。得られたシートを、220℃の熱プレスによって加熱加圧することで、表2の通り透気度を適宜調整し、製造例6、7の繊維強化プラスチック成形用複合材を作製した。尚、製造例7は、製造例6よりも220℃熱プレスによる加熱加圧時間を短縮し、密度を低くすることによって透気度を表2の通り調整した。
【0133】
また、粒状PVA(ユニチカ株式会社、商品名「OV-N」)を、PET/coPET変性芯鞘バインダー繊維(ユニチカ株式会社、商品名「メルティ4080」)に変更した以外は、製造例6と同様にして製造例8の繊維強化プラスチック成形用複合材を作製した。
【0134】
また、製造例6におけるガラス繊維を繊維径が6μmであり、繊維長が18mmのガラス繊維に変更して、製造例6と同様にして製造例9の繊維強化プラスチック成形用複合材を作製した。」
(i)「【0135】
製造例10?15
製造例1におけるPPS樹脂繊維を、繊維径16μmのPPS樹脂繊維(Fiber Innovation Technology社製、ガラス転移温度92℃、繊維長13mm、限界酸素指数41)に代えるとともに、粒状PVAに代えて、ウエットウエブ形成後に表3のバインダー液をスプレー法によって表3に示されている量で添加し、加熱乾燥させた以外は、製造例1と同様にして製造例10?15の繊維強化プラスチック成形用複合材を作製した。」
(j)「【0136】
製造例16?21
製造例10?15におけるPPS樹脂繊維を、繊維径15μmのPEI樹脂繊維(Fiber Innovation Technology社製、ガラス転移温度220℃、繊維長13mm、限界酸素指数41)に代える以外は、製造例10?15のそれぞれに対応する製造例16?21の繊維強化プラスチック成形用複合材を作製した。」
(k)「【0138】
以上の各製造例の方法で得られた各繊維強化プラスチック成形用複合材を、6枚積層し、310℃に予熱したホットプレスに挿入して60秒加熱加圧した後、230℃に冷却して繊維強化プラスチック体を得た。
【0139】
得られた繊維強化プラスチックの外観、JIS K7074に準拠した方法で測定した曲げ強度を表1?4に示した。なお、外観は、ボイド等がなく良好なものを◎、わずかにボイドが確認できるだけであるものを○、ボイドの発生があるが実用上差し支えのないものを△、ボイドに起因して明らかに外観が悪く、製品として使用できないものを×とした。
【0140】
【表1】

【0141】
【表2】

【0142】
【表3】

【0143】
【表4】

【0144】
表1?4に示されるように、製造例1、2、製造例6?8、製造例10?21の各繊維強化プラスチック成形用複合材を加熱加圧成形して得られる繊維強化プラスチック体は、特定の繊維径を有するスーパーエンプラと称される熱可塑性樹脂の繊維と炭素繊維やガラス繊維からなる強化繊維とを有する透気性の繊維強化プラスチック成形用複合材を加熱加圧成形して製造されていることにより、高強度で外観も良好である繊維強化プラスチック体となっている。
【0145】
また、透気度が210で上記各製造例のものよりやや透気性が劣る製造例4の繊維強化プラスチック成形用複合材から成形されている繊維強化プラスチックは、外観の評価がやや劣るものとなることに加えて、強度も製造例1、2のものに比べてやや低いものとなっている。また、製造例5の繊維強化プラスチック成形用複合材を成形した繊維強化プラスチック体の場合は、スーパーエンプラ繊維の繊維径が30μmを超えるため、加熱加圧成形後の外観が製造例1?4の繊維強化プラスチック成形用複合材から成形されている繊維強化プラスチック体よりも明らかに劣るものとなっている。また、製造例9の繊維強化プラスチック成形用複合材を成形した繊維強化プラスチック体の場合は、強化繊維の繊維径の4倍を超える繊維径を有するスーパーエンプラ繊維を使用していることによって繊維強化プラスチック成形用複合材中の強化繊維とマトリックス繊維の混合状態が悪くなり、加熱加圧成形後の積層板の外観が製造例1?4の繊維強化プラスチック成形用複合材から成形されている繊維強化プラスチック体よりも明らかに劣るものとなっている。
【0146】
なお、製造例3の繊維強化プラスチック成形用複合材から成形されているものは、繊維強化プラスチック成形用複合材中のバインダー量が製造例1、2のものよりも多くなっていることによって、繊維強化プラスチック体の外観が製造例1、2のものよりもやや劣るものとなっているように、本発明の繊維強化プラスチック成形用複合材においては、使用バインダーの含有量も成形後の繊維強化プラスチックの外観や強度に影響を与えるものであることが分かる。」
(l)「【0147】
実施例1
繊維径7μm、繊維長13mmのPAN系炭素繊維と、繊維径15μmのPEI樹脂繊維(繊維長13mm)を、質量比がポリアクリロニトリル(PAN)系炭素繊維40に対しPEI樹脂繊維60となるように計量し、水中に投入した。投入した水の量は、PAN系炭素繊維とPEI樹脂繊維の合計質量に対し200倍とした(すなわち、繊維スラリー濃度として0.5%)。
【0148】
このスラリーに分散剤として「エマノーン3199」(花王株式会社、商品名)を繊維(PAN系炭素繊維とPEI繊維の合計)100質量部に対し1質量部となるよう添加して攪拌し、繊維を水中に均一に分散させた繊維スラリーを作製した。
【0149】
この繊維スラリーから湿式抄紙法でウエットウエブを形成し、濃度5%のエマルジョン液バインダー(メチルメタクリレート共重合体、日本触媒製 EMN-188E)をスプレー法によって付与した後、バインダーの固形分添加量が表5に示すとおりとなるように、ウエブ水分をサクションによって適宜脱水し、180℃で加熱乾燥することにより目付けが550g/m^(2)である繊維強化プラスチック成形用複合材を得た。
【0150】
実施例2
融点110℃の変性ポリエステル粒状バインダー(パウダーレジン G-120、東京インキ株式会社製)を、固形分質量濃度10%となるよう水中に分散したバインダースラリー液を作成した。このバインダースラリー液を、実施例1で作成した繊維スラリーに添加した以外は、実施例1と同様に湿式抄紙法でウエットウエブを形成し、エマルジョン液バインダーを添加して加熱乾燥することにより目付けが550g/m^(2)である繊維強化プラスチック成形用複合材を得た。尚、変性ポリエステル粒状バインダーの固形分質量添加量は、表5に示す通りとなるようにバインダースラリー液の添加量を調整した。
【0151】
実施例3
実施例2において、融点110℃の変性ポリエステル粒状バインダーを、変性ポリエステル繊維状バインダー(ユニチカ製 メルティ4000)に変更した以外は、実施例2と同様にして繊維強化プラスチック成形用複合材を得た。」
(m)「【0165】
得られた繊維強化プラスチックの有炎法による発煙濃度(ASTM E-662に準拠、20分加熱後)及び限界酸素指数を表5及び表6に示す。
【0166】
【表5】


(n)「【0169】
表5、表6に示されるよう、本発明における繊維強化プラスチック成形用複合材は、いずれも表面繊維脱落が少なく、シートの強度も十分であって作業工程でのハンドリング性も良好であり、また、繊維強化プラスチック体は、優れた難燃性、すなわち低発煙濃度・高限界酸素指数を示した。更に、ポリエーテルイミドと相溶するバインダーである粒状ポリエステル、繊維状ポリエステルを使用した実施例2、3、7、8は、特にハンドリング性に優れることに加えて、繊維強化プラスチック体が優れた難燃性、すなわち低発煙濃度・高限界酸素指数を示した。」

(4)本件発明1?6,本件発明9?13の課題
発明の詳細な説明には,「耐熱性・難燃性の高いスーパーエンプラである熱可塑性樹脂をマトリックス樹脂としたプリプレグは、加熱加圧成形時に300℃以上という高温に曝されるため、成形物中に熱分解・気化したバインダーに起因する空隙(以下「ボイド」という)が発生し、外観・強度共に低下しやすい。」という課題があり(摘記a参照),このために,「本発明においては、耐熱性と難燃性が高い熱可塑性樹脂をマトリックス樹脂として使用した高強度・高耐熱性、優れた難燃性を有する繊維強化樹脂成形体が得られる繊維強化プラスチック成形用複合材において、ごく短時間の加熱加圧成形時間であってもボイド等が発生せずに十分な強度が得られ、複合材自体の生産性も高く、加工工程におけるハンドリング性に優れた繊維強化プラスチック成形用複合材を、安価に提供することを目的とする」ことが記載されている(摘記b参照)。
そして,発明の詳細な説明には,この課題を解決するために,本件発明1?6及び本件発明9?13の発明特定事項に対応する「スーパーエンプラと呼ばれる耐熱性と難燃性の高い熱可塑性樹脂を使用した繊維強化プラスチック成形用複合材において、特定の繊維径の熱可塑性樹脂繊維をマトリックス樹脂として使用すること」で,「加熱加圧成形時間を従来の高耐熱性熱可塑性樹脂を使用した繊維強化プラスチック成形用複合材より更に短時間の加熱加圧時間であっても、繊維が十分に溶融し、十分な強度が得られ」,さらに,「繊維強化プラスチック成形用複合材の通気性を一定値よりも高く(空気が通りやすい)保つことが可能となり、短い加熱加圧成形時間であっても、ボイドが発生せず、外観・強度共に良好な繊維強化樹脂成形体が得られることを見出した。」ことが記載されている(摘記c参照)。
してみると,本件発明1?6及び本件発明9?13が解決しようとする課題は,「耐熱性と難燃性が高い熱可塑性樹脂をマトリックス樹脂として使用した高強度・高耐熱性、優れた難燃性を有する繊維強化樹脂成形体が得られる繊維強化プラスチック成形用複合材において、ごく短時間の加熱加圧成形時間であってもボイド等が発生せずに十分な強度が得られ、複合材自体の生産性も高く、加工工程におけるハンドリング性に優れた繊維強化プラスチック成形用複合材を、安価に提供する」ことにあるものと認める。

(5)対比・判断
発明の詳細な説明には,本件発明1?6及び本件発明9?13の「スーパーエンプラ繊維」として「ポリフェニレンスルフィド(PPS)繊維」を使用した製造例1?5と製造例10?15と,「ポリエーテルイミド(PEI)繊維」を使用した製造例6?9と製造例18?21が記載され(摘記g,h,i,j参照),これらを60秒加熱加圧成形して得られた繊維強化プラスチック体は,「熱可塑性スーパーエンプラ繊維」が「繊維径が30μm以下で且つ前記強化繊維の繊維径の4倍以下である」との要件を満たすものは,成形後の積層板の外観及び曲げ強度とも良好である一方,繊維径が上記要件を満たさない場合(製造例5,9)にはボイドに起因して外観が悪くなることが示されている(摘記k参照)。
そうすると,スーパーエンプラ繊維としてポリフェニレンスルフィド(PPS)繊維,ポリエーテルイミド(PEI)繊維を使用した場合には,上述の本件発明1?6,9?13の課題を解決できると当業者に理解できるように記載されているといえる。
ところで,「熱可塑性スーパーエンプラ繊維」が「繊維径が30μm以下で且つ前記強化繊維の繊維径の4倍以下である」との要件を満たすことで,加熱加圧成形して得られた繊維強化プラスチック体の外観と強度がともに良好なものとなる理由については,発明の詳細な説明に,「繊維強化プラスチック成形用複合材を短時間で加熱加圧成形するためには、使用されるスーパーエンプラ繊維が高温下で速やかに溶融することが必要であり、そのためには、スーパーエンプラ繊維の繊維径が細いほうが好ましい。これは、繊維径が細い場合、繊維同士の接触点数が増加するため、繊維同士の接触面積が増加し、熱伝導が良好となること、及び繊維の熱容量が小さくなるため、溶融させるために必要な熱量が少なくなるためで・・・繊維径が30μm以下であることが好まし」いこと,また,「加熱加圧成形後に十分な強度を得るためには、強化繊維とマトリックス樹脂が均一に混合することが必要となる。このためには、強化繊維とマトリックス樹脂繊維の繊維径が近いほうが好ましい。この観点からは、スーパーエンプラ繊維の繊維径は強化繊維の繊維径の4倍以下であることが好まし」いことが記載されている(摘記e参照)。
これらの記載及び上記製造例の結果をみれば,「熱可塑性スーパーエンプラ繊維」が「繊維径が30μm以下で且つ前記強化繊維の繊維径の4倍以下である」との限定は,熱可塑性スーパーエンプラ繊維の短時間での溶融と強化繊維との良好な混合を実現するためになされたものであって,これによって本件発明1?6,9?13の上記課題が解決できると当業者が理解できるといえる。
そして,「スーパーエンプラ繊維は・・・ガラス転移温度が140℃以上」か,「ガラス転移温度がこれ以下であったとしても、樹脂の荷重たわみ温度が190℃以上となる」ものである(摘記d参照)から,スーパーエンプラ繊維であれば,ポリフェニレンスルフィド(PPS)繊維,ポリエーテルイミド(PEI)繊維と同様のガラス転移温度や樹脂の荷重たわみ温度を有するといえ,「繊維径が30μm以下」との要件を満たすことで,同様に短時間での溶融が実現されると理解できる。
また,スーパーエンプラ繊維と強化繊維との混合は,スーパーエンプラ繊維の形状には影響されるが,その種類によって混合の程度が異なるといえないから,ポリフェニレンスルフィド(PPS)繊維,ポリエーテルイミド(PEI)繊維以外のスーパーエンプラ繊維であっても,「繊維径が30μm以下で且つ前記強化繊維の繊維径の4倍以下である」との要件を満たすことでスーパーエンプラ繊維と強化繊維との良好な混合が実現できるといえる。
したがって,限界酸素指数が25以上のスーパーエンプラ繊維は,甲第4号証にも示されるように,ポリフェニレンスルフィド,ポリエーテルイミドのみに限られないとしても,それ以外の,限界酸素指数が25以上のスーパーエンプラ繊維であっても,本件発明1?6,9?13の上記課題が解決できると当業者が理解できるといえる。

(6)小括
以上のとおりであるから,特許異議申立人の指摘した理由によっては,本件発明1?6,9?13は,特許請求の範囲に記載された特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載されたものでないとはいえないから,特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に適合しないとはいえない。
よって,本件発明1?6,9?13に係る特許は,特許法第36条第6項の規定を満たさない特許出願に対してなされたものであり,同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものであるとはいえない。

3 理由4について
(1)特許法第36条第4項第1号について
特許法第36条第4項は,「前項第三号の発明の詳細な説明の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。」と規定し,その第1号で「経済産業省令で定めるところにより、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること。」と規定している。特許法第36条第4項第1項は,明細書のいわゆる実施可能要件を規定したものであって,物の発明では,その物を製造し,使用する具体的な記載が発明の詳細な説明にあるか,そのような記載がない場合には,明細書及び図面の記載及び出願時の技術常識に基づき,当業者が過度の試行錯誤や複雑高度な実験等を行う必要なく,その物を製造し,使用することができる程度にその発明が記載されてなければならないと解される。
よって,この観点に立って,物の発明である本件発明5,20の実施可能要件の判断をする。

(2)発明の詳細な説明の記載
上記2(3)に記載されたとおりである。

(3)判断
本件発明5には,「バインダー成分がスーパーエンプラ繊維よりなるマトリックス樹脂成分と相溶性を有する」との発明特定事項があるが,この「スーパーエンプラ繊維よりなるマトリックス樹脂成分と相溶性を有する」「バインダー成分」に関して,発明の詳細な説明には,「樹脂と相溶するという点で好ましいバインダー成分として、PET若しくは変性PETを用いることが好ましい」ことが記載されている(摘記f参照)。
そして,発明の詳細な説明には,製造例8として,バインダー成分としてPET/coPET変性芯鞘バインダー繊維を使用して,本件発明5に対応する繊維強化用プラスチック成形用複合材料を製造し,これを使用して繊維強化用プラスチック体を成形することが記載されている(摘記h,k参照)。
そうすると,本件発明5の「繊維強化用プラスチック成形用複合材料」として,「バインダー成分がスーパーエンプラ繊維よりなるマトリックス樹脂成分と相溶性を有する」ものを製造するとともに使用した場合の具体的な記載があるといえる。
次に,本件発明20には,「ポリエーテルイミド繊維成分と加熱溶融状態で相溶性である粒子状又は繊維状の熱可塑性樹脂」との発明特定事項があるが,発明の詳細な説明には,「ポリエーテルイミドと相溶するバインダーである粒状ポリエステル、繊維状ポリエステルを使用した実施例2、3、7、8は、特にハンドリング性に優れることに加えて、繊維強化プラスチック体が優れた難燃性、すなわち低発煙濃度・高限界酸素指数を示した」と記載されており(摘記n参照),実施例2,3,7,8として,バインダーである粒状ポリエステル,繊維状ポリエステルを使用して,本件発明20に対応する繊維強化用プラスチック成形用複合材料を製造し,これを使用して繊維強化用プラスチック体を成形することが記載されている(摘記l,m参照)。
そうすると,本件発明20の「繊維強化用プラスチック成形用複合材料」として,「ポリエーテルイミド繊維成分と加熱溶融状態で相溶性である粒子状又は繊維状の熱可塑性樹脂」のものを製造し,使用する具体的な記載があるといえる。
したがって,本件特許明細書の発明の詳細な説明には,本件発明5,20を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているといえる。

なお,甲第5号証には,「相溶性の実験測定は高分子ブレンドの有する複雑性のため,単一の方法に依存することができず,これまでその目的や実用面での要求に応じて種々の方法によって行われてきた.」と記載されているが,このことから,本件発明5,20において,スーパーエンプラ繊維と相溶性を有するバインダー成分が何か不明になるわけではなく,上述のとおり,発明の詳細な説明には,本件発明5,20において,スーパーエンプラ繊維と相溶性を有するバインダー成分を使用して繊維強化用プラスチック成形用複合材料を製造し,使用する具体的な方法が記載されているのであるから,発明の詳細な説明に相溶性についての定義や測定方法が記載されていないとしても,本件発明5,20を当業者が実施することができないとはいえない。

(4)小括
以上のとおりであるから,特許異議申立人の指摘した理由によっては,本件特許明細書の発明の詳細な説明は,当業者が本件発明5,20を実施できる程度に明確かつ十分に記載されていないとはいえないから,特許法第36条第4項第1号に適合しないとはいえない。
よって,本件発明5,20に係る特許は,特許法第36条第4項第1号の規定を満たさない特許出願に対してなされたものであるとはいえず,同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものとはいえない。

第5 むすび
以上のとおりであるから,特許異議申立人が申し立てた理由及び証拠によっては,本件発明1?14,17,18,20及び21に係る特許を取り消すことができない。
また,他に本件発明1?14,17,18,20及び21に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2017-03-22 
出願番号 特願2014-502347(P2014-502347)
審決分類 P 1 652・ 537- Y (B29B)
P 1 652・ 121- Y (B29B)
P 1 652・ 113- Y (B29B)
P 1 652・ 536- Y (B29B)
最終処分 維持  
前審関与審査官 佐藤 玲奈福井 弘子斎藤 克也加賀 直人  
特許庁審判長 中田 とし子
特許庁審判官 加藤 幹
井上 雅博
登録日 2016-06-17 
登録番号 特許第5949895号(P5949895)
権利者 王子ホールディングス株式会社
発明の名称 繊維強化プラスチック成形用複合材及び繊維強化プラスチック成形体  
代理人 柳井 則子  
代理人 鈴木 三義  
代理人 高橋 詔男  
代理人 志賀 正武  

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