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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C12G
審判 全部申し立て 2項進歩性  C12G
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C12G
管理番号 1327880
異議申立番号 異議2016-700083  
総通号数 210 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-06-30 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-02-02 
確定日 2017-03-22 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第5759610号発明「ビールテイストの発酵アルコール飲料およびその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5759610号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?8〕について訂正することを認める。 特許第5759610号の請求項1、3?8に係る特許を取り消す。 特許第5759610号の請求項2に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 1.手続の経緯
特許第5759610号の請求項1?8に係る特許についての出願は、平成27年6月12日付けでその特許権の設定登録がされ、その後、特許異議申立人日本香料工業会より請求項1?8に対して特許異議の申立てがされ、平成28年4月15日付けで取消理由が通知され、平成28年7月15日に意見書(以下、「意見書A」という。)の提出及び訂正請求がされ、その訂正請求に対して平成28年9月5日に特許異議申立人日本香料工業会から意見書が提出され、平成28年11月9日付けで取消理由(決定の予告)が通知され、平成29年1月12日に意見書(以下、「意見書B」という。)が提出されたものである。

2.訂正の適否
(1)訂正の内容
本件訂正請求による訂正の内容は、以下のア?カのとおりである。
ア 訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1において、「エステルフレーバーを含む香料」との記載を「ビールテイストを付与するフレーバー成分からなる香料であって、フレーバー成分としてビールテイストを付与するエステルフレーバーを含む香料」と訂正する。

イ 訂正事項2
特許請求の範囲の請求項2を削除する。

ウ 訂正事項3
特許請求の範囲の請求項3において、「請求項1または2」との記載を「請求項1」と訂正する。

エ 訂正事項4
特許請求の範囲の請求項6において、「請求項1?5」との記載を「請求項1および3?5」と訂正する。

オ 訂正事項5
特許請求の範囲の請求項7において、「請求項1?6」との記載を「請求項1および3?6」と訂正する。

カ 訂正事項6
特許請求の範囲の請求項8において、「請求項1?7」との記載を「請求項1および3?7」と訂正する。

(2)訂正の目的の適否、新規事項の有無及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
ア 訂正事項1について
訂正事項1は、訂正前の請求項1の記載において、「エステルフレーバーを含む香料」が「ビールテイストを付与するフレーバー成分からなる香料であって、フレーバー成分としてビールテイストを付与する」ものであることの限定を付加するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
そして、訂正事項1は、明細書の段落【0027】の記載に基づいたものであることから、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内のものである。

イ 訂正事項2について
訂正事項2は、訂正前の請求項2を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、また、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を変更し、又は拡張するものでもない。

ウ 訂正事項3?6について
訂正事項3?6は、訂正事項2により訂正前の請求項2が削除されたことに伴い、それと整合させるように請求項3及び6?8において請求項2の引用を削除するものであるから、明瞭でない記載の釈明を目的とするものであり、また、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(3)まとめ
したがって、本件訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号又は第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するので、訂正後の請求項〔1?8〕について訂正を認める。

3.本件発明
本件特許第5759610号の請求項1、3?8に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」等という。また、それらをまとめて「本件発明」ともいう。)は、上記訂正された明細書又は特許請求の範囲の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1、3?8に記載された次のとおりのものである。
「【請求項1】
プリン体含有量が0.5mg/100ml未満であるビールテイストの発酵アルコール飲料の製造方法であって、ビールテイストを付与するフレーバー成分からなる香料であって、フレーバー成分としてビールテイストを付与するエステルフレーバーを含む香料(但し、ホップ由来成分を除く)の存在下でビール酵母による発酵を行うことを特徴とする、製造方法。
【請求項2】(削除)
【請求項3】
炭素源、窒素源および水溶性食物繊維を含む発酵前液を発酵させる、請求項1に記載の製造方法。
【請求項4】
水溶性食物繊維を製造された飲料100ml当たり1.0?4.0g含有するよう発酵前液に配合する、請求項3に記載の製造方法。
【請求項5】
発酵前液が窒素源の少なくとも一部として、大豆タンパク分解物を含む、請求項3に記載の製造方法。
【請求項6】
ビールテイストの発酵アルコール飲料の糖質含有量が0.5g/100ml未満である、請求項1および3?5のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項7】
ビール酵母による発酵の後に、アルコールを添加する工程を含んでなる、請求項1および3?6のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項8】
請求項1および3?7のいずれか一項に記載の製造方法により製造された、プリン体含有量が0.5mg/100ml未満であるビールテイストの発酵アルコール飲料。」

4.取消理由の概要
平成28年4月15日付けで通知した取消理由の概要は以下のとおりである。

<理由1>
本件発明1?8は、その出願前に日本国内又は外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

<理由2>
請求項1に記載された「エステルフレーバーを含む香料(但し、ホップ由来成分を除く)」について、その意味内容が不明確であるので、本件発明1及びそれを引用する本件発明2?8は、明確ではなく、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。

<理由3>
「エステルフレーバー」には多種多様な香気のものが存在するところ、明細書の発明の詳細な説明では、単に1種類の香料について効果の確認をしたにすぎず、しかもそれに含まれる「エステルフレーバー」の具体的な化合物名及び香料に含まれる量についても不明であることから、出願時の技術常識に照らしても、本件発明の範囲まで、発明の詳細な説明において開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえず、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。

<理由4>
「エステルフレーバー」には多種多様な香気のものが存在するところ、明細書の発明の詳細な説明に記載された実施例では「エステルフレーバー」の具体的な化合物名及び香料に含まれる量について不明であることから、発明の詳細な説明は、当業者が本件発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえず、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

[刊行物]
刊行物1:特開2014-117204号公報 (甲第10号証)
刊行物2:特開2007-110910号公報(甲第11号証)
刊行物3:特開2010-148371号公報(甲第12号証)
刊行物4:冨士原義徳、”ビールフレーバー”、香料、日本香料協会、2004年9月、No.223、p.145-153)(甲第13号証)
刊行物5:国際公開第2009/051127号(甲第14号証)

5.当審の判断
(1)理由1について(進歩性)
ア 刊行物の記載
取消理由通知において引用した刊行物1?5には、以下の各事項が記載されている(下線は当審で付与)。
[刊行物1]
(1a)「【請求項1】
大豆タンパクおよびコーングリッツ液糖を原料として発酵前液を調製し、該発酵前液を発酵させることを含んでなる、発泡アルコール飲料を製造する方法。
【請求項2】
製造される発泡アルコール飲料のプリン体含有量が5mg/L以下である、請求項1に記載の方法。
・・・
【請求項4】
前記発泡アルコール飲料が、発泡酒または原料として麦または麦芽を使用しないビール風味発酵飲料である、請求項1?3のいずれか一項に記載の方法。」

(1b)「【0002】
背景技術
ビール中には、総プリン体化合物が40?100mg/L程度存在する。プリン体化合物である、プリン塩基(アデニン、グアニン、キサンチンなど)、プリンヌクレオシド(アデノシン、グアノシン、イノシンなど)、プリンヌクレオチド(アデニル酸、グアニル酸、イノシン酸など)並びにその高分子核酸は、食餌として摂取された場合、尿酸に分解される。高尿酸血症における食餌制限では、このプリン体化合物の摂取の制限がなされる場合があるが、より高含有食物としての肉、卵、肝等の制限に加えて、ビールなどの食餌制限を受けることがある。この場合に、ビール等においてもプリン化合物を低減化した製品が望まれる。」

(1c)「【0014】
本発明による方法では、また、発酵前液調製過程の前または発酵前液調製過程において、必要に応じてプロテアーゼ等の分解酵素を添加して大豆タンパクを分解してもよい。これにより、酵母が資化しやすいアミノ酸の含有量を増加させることができる。
【0015】
本発明において、大豆タンパクは主に酵母による発酵のための窒素源となる。・・・」

(1d)「【0017】
本発明において、コーングリッツ液糖は主に酵母による発酵のための炭素源となる。よって、・・・」

(1e)「【0020】
本発明による方法は、上記の発酵原料以外については、発泡アルコール飲料の公知の製法に準じて実施することができる。例えば、本発明による方法により製造される飲料がビール風味アルコール飲料である場合には、該ビール風味アルコール飲料は、少なくとも水、上述のコーングリッツ液糖(炭素源)および大豆タンパク(窒素源)から調製された発酵前液を発酵させることにより製造することができる。すなわち、コーングリッツ液糖(炭素源)、大豆タンパク、および水から調製された発酵前液(仕込液)に発酵用ビール酵母を添加して発酵を行い、得られた発酵液(酒下ろし液)を、所望により低温にて貯蔵した後、ろ過工程により酵母を除去することにより、ビール風味アルコール飲料を製造することができる。・・・」

(1f)「【0021】
本発明による方法では、必要に応じて、ホップ、香料、色素、起泡・泡持ち向上剤、水質調整剤、発酵助成剤等のその他の添加物等を添加することができる。ホップは、発酵前液を煮沸する前に、発酵前液を煮沸中に、または発酵前液を煮沸した後に、添加することができる。」

(1g)「【0022】
本発明による方法によって製造される発泡アルコール飲料は、従来の方法によって製造される発泡アルコール飲料と比較して、プリン体の含有量が低減されている。本発明による発泡アルコール飲料のプリン体含有量は、従来の発泡アルコール飲料のプリン体含有量よりも低いが、好ましくは5mg/L以下、より好ましくは4mg/L以下、さらに好ましくは3mg/L以下である。・・・」

以上の記載によれば、刊行物1には以下の発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認められる。
「大豆タンパクおよびコーングリッツ液糖を原料として発酵前液を調製し、該発酵前液を発酵用ビール酵母を添加して発酵させることを含み、
製造される発泡アルコール飲料のプリン体含有量が4mg/L以下であり、
前記発泡アルコール飲料が、発泡酒または原料として麦または麦芽を使用しないビール風味発酵飲料である、
発泡アルコール飲料を製造する方法。」

[刊行物2]
(2a)「【請求項1】
(1)糖類、大豆タンパク分解物、色素源及び水の混合物を糖化して液汁を得る工程、
(2)得られた液汁にホップを添加し煮沸する工程、
(3)煮沸した液汁を冷却する工程、
(4)冷却した液汁を、酵母により発酵させる工程、
(5)発酵液をろ過して、酵母及びタンパクを除去し、発泡性飲料を得る工程、
を含むことを特徴とする、麦芽を用いない発泡性飲料の製造方法。」

(2b)「【0011】
請求項1に係る本発明において「発泡性飲料」とは、所定の液汁を酵母により発酵させて得られる炭酸飲料を意味し、特には、麦芽発酵飲料(例えば、ビール、発泡酒及びノンアルコールビール)及び麦芽を原料としない発泡性飲料を意味する。」

(2c)「【0018】
本発明においては、工程(1)において、糖類、大豆タンパク分解物、色素源及び水の混合物を用いる。」

(2d)「【0019】
また、前記混合物中において、水は総原料使用量に対して3?8倍を使用することができる。水の品質も場合によっては、得られる発泡性飲料の品質に影響するであろうが、本発明の効果が奏される限り特に限定されない。
なお、前記混合物中には、必要に応じて、ホップ香味を付与したり、ビール香味を付与したりする各種香料、その他の添加剤を添加することができる。また、必要に応じて、次の工程(2)で行うホップの添加をこの工程(1)で行うこともできる。」

[刊行物3]
(3a)「【請求項1】
発泡性アルコール飲料を製造する方法であって、
原料の一部として、前記発泡性アルコール飲料の苦味価(BU)が8以下となるようホップを使用し又はホップを使用することなく、窒素源及び炭素源を使用して発酵前液を調製する発酵前工程と、
前記発酵前液に酵母を添加してアルコール発酵を行う発酵工程と、
を含む
ことを特徴とする発泡性アルコール飲料の製造方法。」

(3b)「【0062】
また、本製造方法は、香料を添加する工程を含むこともできる。すなわち、この場合、例えば、発酵前工程S1において、原料の一部として香料を使用して発酵前液を調製する。また、例えば、上述のようにスピリッツを添加する場合には、発酵後工程S3において、発酵工程S2で得られた発泡性アルコール飲料に対して、スピリッツを添加する前に香料を添加することもできる。香料としては、例えば、発泡性アルコール飲料に所望の香味を付与できる香料を用いることができる。すなわち、例えば、発泡性アルコール飲料に対してビールに類似した香味を付与できる香料を添加することができる。」

(3c)「【0070】
また、本製造方法において香料が添加される場合、本飲料は、所望の香味特性を備えることができる。すなわち、本製造方法においては、原料の一部として、発泡性アルコール飲料の苦味価が8以下となるようなホップを使用し又はホップを使用しないため、発酵工程S2において得られる発泡性アルコール飲料は、ホップを使用して製造されていた従来の発泡性アルコール飲料に比べると、その香味がスッキリし、スムーズなものとなる傾向がある。この傾向は、特に、麦芽及びホップのいずれも使用しない場合に顕著となる。したがって、発酵後の発泡性アルコール飲料に香料を添加することにより、本飲料に所望の香味特性を効率よく且つ確実に付与することもできる。」

[刊行物4]
(4a)「5.ビールの香気成分
ビールからはこれまでに600を超える香気成分が報告されている^(1))。表1に弊社で行った国内ブランドビールと海外からの輸入ビールの分析結果の一部を示した。」(146頁右欄)

(4b)第147頁には、各種エステル類を含む「表1.ビールの主要香気成分」が掲載されている。

(4c)「エステル類は上記のアルコールと酸から酵素に触媒されて生じる。」(149頁左欄)

(4d)「10. ビールフレーバー
法律上ビールに香料が使われることはないが、その他の発泡酒やビールテイスト飲料には,風味付けや味の補正といった目的で香料が利用されている。
10-1. 調合素材
ビールフレーバーの調合素材は,天然素材と合成素材に大きく分けられる。前者はビールの持つナチュラルで複雑な香味を付与する目的で,後者は天然素材にはない力価や特徴香を与える目的で用いることが多い。
天然香料素材にはビールの原料を加工したものや,ビールそのものを加工したものが主として用いられる。麦芽関連素材には,・・・」(152頁左欄)

[刊行物5]
(5a)「[0001]本発明は、発酵飲料及びその製造方法に関し、さらに詳細には、原麦汁エキス値により表される濃醇さやうま味を保持しつつ、糖質を低下させて糖質による後味のキレの悪さを低減させることにより香味を向上させた麦芽発酵飲料及びその製造方法に関する。」

(5b)「[0002]近年の消費者の嗜好の多様化にともなって、様々な香味特徴をもつ麦芽発酵飲料であるビールテイスト飲料の開発が望まれている。一方で、消費者の健康志向が高まる中、ビールや発泡酒などのビールテイスト飲料といった嗜好性アルコール飲料においても低カロリーや低糖質といった商品の需要が高まっている。具体例としては、ライトビールや、カロリーカットタイプあるいは糖質カットタイプのビールテイスト飲料などの様々なタイプのビールテイスト飲料の需要が高まってきている。これらのカロリーカットタイプ、糖質カットタイプといったいわゆるカットタイプの機能系ビールテイスト飲料では、多くの場合、ビールテイスト飲料自体の濃度が通常のビールよりも薄いことが多く、しばしばボディー感や香味が不十分である。また、カットタイプの飲料では、通常、原麦汁エキスを低くするため、含有される各成分のバランスが崩れることによって香味バランスが崩れるなど、香味の点で消費者に満足のいくようなうま味をだすことが困難であった。カットタイプの飲料では、糖質もしくはカロリーを低くするために、容易に考えられる手段として、炭酸水などによる希釈がしばしば行われるが、そのような希釈による方法では、成分バランスをコントロールしづらいため、香味の向上手段としては限界があった。」

(5c)「[0015](原麦汁エキスと糖質濃度の調整)
本発明にける発酵飲料、好ましくはビールテイスト飲料は、原麦汁エキスが6.0重量%以上、好ましくは6.2重量%以上であり、かつ糖質を0.7g/100ml以下、好ましくは0.5g/100ml以下、更に好ましくは0.4g/100ml以下、最も好ましくは0.3g/100ml以下の濃度で含有するものである。原麦汁エキスに特に上限はないが、一般には、8.0重量%以下、好ましくは、7.0重量%以下、更に好ましくは6.7重量%以下、最も好ましくは6.5重量%以下程度である。」

(5d)「[0035](2)糖質以外の水溶性食物繊維などのエキス調整剤を添加することによって原麦汁エキスを維持しつつ糖質を低下させる方法
この方法は、低糖質で低エキスの発酵飲料の製造工程のいずれかの工程で水溶性食物繊維やアルコールといったエキス調整剤を添加する方法である。例えば、通常の発泡酒等を希釈したものに対して、水溶性食物繊維を添加することができる。」

(5e)「[0037](水溶性食物繊維)
本発明における水溶性食物繊維とは、水に溶解し、且つ、酵母に資化されないまたは資化されにくい性質をもつ食物繊維をいう。例えば、難消化性デキストリン、ポリデキストロース、ガラクトマンナン、水溶性トウモロコシ繊維などが挙げられる。・・・添加時期は、発酵工程の前または後のいずれでもいいが、水溶性食物繊維の添加により発酵不良が懸念される場合には、発酵後に純度の高い水溶性食物繊維を添加することが好ましい。
[0038](難消化性デキストリン)
本発明において、水溶性食物繊維として、難消化性デキストリンを好適に用いることができる。難消化性デキストリンは、加熱処理したデンプンをアミラーゼで加水分解し、未分解物より難消化性成分を分取して脱塩、脱色して得ることが出来る。市販の難消化性デキストリンとして、パインファイバーC(松谷化学工業)などがある。当該物質の生理作用として、整腸作用や血糖値上昇抑制作用などが動物実験で確認されている〔伊藤、月間フードケミカル、9、78?83、(1990)〕。本発明には水溶性で難消化性のデキストリンを使用でき、これらの市販品の使用が便利である。
[0039]本発明において、水溶性食物繊維を含む副原料としては、難消化性デキストリンの含量が固形分換算重量で80%以上、好ましくは90%以上の原料を用いることが好ましい。難消化性デキストリンなど水溶性食物繊維を含む副原料の添加量は、最終製品に求める健康感やコク味の設計に基づいて、適宜設定することができる。また、水溶性食物繊維として、難消化性デキストリンの加水分解物を用いてもよい。この場合、当該加水分解物は、酵母に資化されないまたは資化されにくい性質を保持している必要がある。」

(5f)「[0040](エキス調整剤としてのアルコール)
アルコールとしては、例えば、スピリッツ類があげられる。ここでいうスピリッツとは、蒸留によってアルコール分を精製したものをいう。このとき、原料や製法によって、様々な呼び名のスピリッツ類が存在するが、特に限定されるものではない。スピリッツの原料としては、小麦、大麦、コーン、サトウキビなどがあげられるが、特に限定されるものではない。また、蒸留方式としては単式蒸留、連続式蒸留などの方法があるが、特に限定されるものではない。」

(5g)「[0081]実施例15 ビールテイスト飲料の製造例
市販のコーンタンパク分解物(三栄源エフエフアイ社製)300gおよび市販の酵母エキス(三栄源エフエフアイ社製)300gに20Lの水を加水・攪拌して市販のカラメル色素(池田糖化工業社製)150gを添加した。その後大過剰のアミログルコシダーゼ(AMG 300L:ノボザイム社製)およびプルラナーゼ(プロモザイム:ノボザイム社製)を添加し、65℃にて60分間糖化を行った。その後、麦芽糖の純度約95%の糖液(サンマルトS:林原商事社製)を添加し、ホップ約100gを添加して90分間煮沸した。15℃に冷却後、ビール醸造用酵母約300gを加え、10日間発酵させたのち、水溶性食物繊維として精製したライテス2パウダー(ダニスコ社製)約600gを添加した後、原麦汁エキスを6.7重量%に調整し、ビールテイスト飲料を得た。このビールの糖質の値は0.3g/100mLであった。官能評価の結果、濃醇さが認められ、且つ後味のキレは参考例4?6と比較して大幅に改善された。」

イ 本件発明1との対比・判断
本件発明1と引用発明とを対比すると、
引用発明の「発泡アルコール飲料」は、ビール風味発酵飲料であるので、本願補正発明の「ビールテイストの発酵アルコール飲料」に相当し、
引用発明のプリン体含有量が「4mg/L(0.4mg/100ml)以下」は、本件発明1の「0.5mg/100ml未満」の範囲内である。
よって、両者は、
「プリン体含有量が0.5mg/100ml未満であるビールテイストの発酵アルコール飲料の製造方法であって、ビール酵母による発酵を行う製造方法。」である点で一致し、以下の点で相違する。

相違点1;本件発明1では、ビール酵母による発酵を、ビールテイストを付与するフレーバー成分からなる香料であって、フレーバー成分としてビールテイストを付与するエステルフレーバーを含む香料(但し、ホップ由来成分を除く)の存在下で行うのに対し、引用発明では、そのような特定がない点。

そこで、上記相違点1を検討すると、
引用発明に係る刊行物1には、引用発明の方法では、必要に応じて、香料を添加することが記載されている(上記記載事項(1f)参照)。
また、ビール風味発酵飲料において、風味付けや味の補正といった目的で香料を添加することは、通常よく行われている周知の技術である(上記記載事項(2d)、(3b)及び(4d)参照)。
ここで、添加する香料としては、「ビール香味」(上記記載事項(2d)参照)、「ビールに類似した香味」(上記記載事項(3b)参照)、「ビールの持つナチュラルで複雑な香味」(上記記載事項(4d)参照)を付与するもの、すなわち本件発明1でいう「ビールテイスト」を付与するものが一般的に用いられている。また、上記香料としては、ホップ由来成分以外にも麦芽由来等のものが知られている(上記記載事項(4d)参照)。
そして、ビールの主要な香気成分にはエステル類が含まれていることは技術常識である(上記記載事項(4b)、(4c)参照)。
そうすると、ビール風味発酵飲料に「ビールテイストを付与するフレーバー成分からなる香料であって、フレーバー成分としてビールテイストを付与するエステルフレーバーを含む香料(但し、ホップ由来成分を除く)」を添加することは、当業者が容易に想到し得たことである。
さらに、引用発明に係る刊行物1には、本件発明1では除かれているものの、(フレーバー成分を含む)ホップを発酵前液に添加することが記載されており(上記記載事項(1f)参照)、また、刊行物3には、発酵前工程において、原料の一部として香料を使用して発酵前液を調製することが記載されている(上記記載事項(3b)参照)ことから、本件発明1と同様に「香料の存在下でビール酵母による発酵を行う」ことも、当業者が容易に想到し得たことである。
よって、引用発明において、刊行物2?4に記載された技術的事項を参酌し、上記相違点1の本件発明1のようになすことは、当業者が容易になし得たことである。
したがって、本件発明1は、引用発明及び刊行物2?4に記載された技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

なお、特許権者は、刊行物3(甲第12号証)の段落【0070】(上記記載事項(3c)参照)に、所望の香味特性を効率よく且つ確実に付与するためには発酵後に香料を添加することが好ましいことが示唆されており、当業者は発酵後に香料を添加する構成を採用する旨の主張をしているが(意見書A7?8頁)、上記段落【0070】の記載は、主として、本製造方法において香料が添加されることにより、本飲料に所望の香味特性を効率よく且つ確実に付与することができることをいうまでのものであって、発酵前に香料を添加することを排除する記載ではない。
また、特許権者は、刊行物3に開示された事項は、発泡性アルコール飲料の限定的な態様に向けられたものであり、ビールテイストの発酵アルコール飲料全般に一般化できるものではない旨の主張をしているが(意見書B4?5頁)、刊行物3に記載された発明(上記記載事項(3a)の請求項1など)においては、香料を添加することは必須の要件ではなく任意付加的なものであり、当業者であれば、上記記載事項(3b)の記載は、原料の一部として香料を使用して発酵前液を調製することで発泡性アルコール飲料に所望の香味を付与できることが、ビールテイストの発酵アルコール飲料全般にもいえると理解し得るものである。
さらに、特許権者は、本件特許発明は、香料の存在下でビール酵母による発酵を行うことで、格別顕著な効果を奏する旨の主張をしているが(意見書B6?7頁)、本件特許明細書の段落【0029】の【表1】を参酌すると、香料を発酵前に添加したもの(試験区1)が香料を発酵後に添加したもの(試験区2)より効果があることが示されているとしても、これは特定の香料1種のみについての実施例であって、ビールテイストを付与するフレーバー成分からなる香料一般についていえる効果と認めることはできない。
よって、上記特許権者の主張は、採用できない。

ウ 本件発明3との対比・判断
本件発明3と引用発明とを対比すると、引用発明の「コーングリッツ液糖」及び「大豆タンパク」は、それぞれ本件発明3の「炭素源」及び「窒素源」に相当することより、上記相違点1及び以下の点で相違し、その余の点で一致する。

相違点2;本件発明3では、発酵前液が水溶性食物繊維を含むとされているのに対して、引用発明では、そのような特定がない点。

上記各相違点について検討すると、
上記相違点1は、本件発明1との対比・判断において検討したように、当業者が容易になし得たことである。
上記相違点2について検討すると、
刊行物5に記載されているように、ビールテイスト飲料において難消化性デキストリンなどの水溶性食物繊維を含有させることは、機能性又はコク味等を付与するために通常よく行われていることである。また、刊行物5には、水溶性食物繊維を発酵工程の前に添加することも記載されている(上記記載事項(5e)参照)。
よって、引用発明において、刊行物5に記載された技術的事項を参酌し、上記相違点2の本件発明3のようになすことは、当業者が容易になし得たことである。
したがって、本件発明3は、引用発明及び刊行物2?5に記載された技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

エ 本件発明4との対比・判断
本件発明4と引用発明とを対比すると、上記相違点1及び2並びに以下の点で相違し、その余の点で一致する。

相違点3;本件発明4では、水溶性食物繊維を製造された飲料100ml当たり1.0?4.0g含有するように配合されているのに対して、引用発明では、そのような特定がない点。

上記各相違点について検討すると、
上記相違点1及び2は、本件発明1及び3との対比・判断において検討したように、それぞれ当業者が容易になし得たことである。
上記相違点3について検討すると、
難消化性デキストリンなどの水溶性食物繊維の添加量については、設計上適宜に決め得るものと認められ(上記記載事項(5e)参照)、また、刊行物5にも、発酵させた後に添加する実施例ではあるが、100ml当たりおおよそ3g(20Lの水に対して600g)を添加することが記載されている(上記記載事項(5g)参照)。
よって、引用発明において、刊行物5に記載された技術的事項を参酌し、上記相違点3の本件発明4のようになすことは、当業者が容易になし得たことである。
したがって、本件発明4は、引用発明及び刊行物2?5に記載された技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

オ 本件発明5との対比・判断
本件発明5と引用発明とを対比すると、上記相違点1及び2並びに以下の点で相違し、その余の点で一致する。

相違点4;本件発明5では、発酵前液が窒素源の少なくとも一部として、大豆タンパク分解物を含むとされているのに対して、引用発明では、大豆タンパクを含むが、大豆タンパク分解物とは特定されていない点。

上記各相違点について検討すると、
上記相違点1及び2は、本件発明1及び3との対比・判断において検討したように、それぞれ当業者が容易になし得たことである。
上記相違点4について検討すると、
引用発明に係る刊行物1にも、「発酵前液調製過程の前または発酵前液調製過程において、必要に応じてプロテアーゼ等の分解酵素を添加して大豆タンパクを分解してもよい。これにより、酵母が資化しやすいアミノ酸の含有量を増加させることができる。」(段落【0014】)と記載され、大豆タンパク分解物を用いることの示唆がされている。
また、刊行物2には、発泡性飲料において、大豆タンパク分解物を原料に用いることが記載されている(上記記載事項(2c)参照)。
よって、引用発明において、刊行物2に記載された技術的事項を参酌し、上記相違点4の本件発明5のようになすことは、当業者が容易になし得たことである。
したがって、本件発明5は、上記引用発明及び刊行物2?5に記載された技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

カ 本件発明6との対比・判断
本件発明6と引用発明とを対比すると、上記相違点1及び以下の点で相違し、その余の点で一致する。

相違点5;本件発明6では、糖質含有量が0.5g/100ml未満であるのに対して、引用発明では、そのような特定がない点。

上記各相違点について検討すると、
上記相違点1は、本件発明1の対比・判断において検討したように、当業者が容易になし得たことである。
上記相違点5について検討すると、
刊行物5には、消費者の健康志向が高まる中、ビールテイスト飲料といった嗜好性アルコール飲料においても低カロリーや低糖質といった商品の需要が高まっていること(上記記載事項(5b)参照)及び、ビールテイスト飲料において糖質を「好ましくは0.5g/100ml以下、更に好ましくは0.4g/100ml以下、最も好ましくは0.3g/100ml以下の濃度で含有するものである」ことが記載されている(上記記載事項(5c)参照)
一方、引用発明も、プリン体含有量を減らしているのは、消費者の健康志向に対応するようにしたものといえる。
よって、引用発明において、刊行物5に記載された技術的事項を参酌し、上記相違点5の本件発明6のようになすことは、当業者が容易になし得たことである。
したがって、本件発明6は、引用発明及び刊行物2?5に記載された技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

キ 本件発明7との対比・判断
本件発明7と引用発明とを対比すると、上記相違点1及び以下の点で相違し、その余の点で一致する。

相違点6;本件発明7では、ビール酵母による発酵の後に、アルコールを添加する工程を含んでなるのに対して、引用発明では、そのような特定がない点。

上記各相違点について検討すると、
上記相違点1は、本件発明1の対比・判断において検討したように、当業者が容易になし得たことである。
上記相違点6について検討すると、
刊行物5に記載されているように、発泡酒等のビールテイスト飲料においてエキスの調整としてアルコールを添加することは、通常よく行われていることであり、また、刊行物5には、添加は製造工程のいずれかの工程でもよいことが記載されている(上記記載事項(5d)参照)。
よって、引用発明において、刊行物5に記載された技術的事項を参酌し、上記相違点6の本件発明7のようになすことは、当業者が容易になし得たことである。
したがって、本件発明7は、引用発明及び刊行物2?5に記載された技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

ク 本件発明8との対比・判断
本件発明1と本件発明8とは、単に発明の属するカテゴリーが相違するのみである。
したがって、本件発明8は、本件発明1と同様に、引用発明及び刊行物2?4に記載された技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

ケ まとめ
以上のとおり、本件発明1、3?8は、引用発明及び刊行物2?5に記載された技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明1、3?8に係る特許は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

(2)理由2?4について(記載要件)
請求項1に記載された「ビールテイストを付与するフレーバー成分からなる香料であって、フレーバー成分としてビールテイストを付与するエステルフレーバーを含む香料(但し、ホップ由来成分を除く)」について、特許権者が主張するように(意見書A12?21頁)、「ビールテイストを付与するエステルフレーバー」が、酢酸エチルおよび酢酸イソアミンに代表されるエステル類であり、「(但し、ホップ由来成分を除く)」は、ホップ由来の成分(例えば、天然ホップから抽出した成分)からなる香料を使用するような態様を除くものであって、上記記載は明確であるとしても、本件発明に係る出願は、以下のサポート要件及び実施可能要件に違反している。

ア 理由3について(サポート要件)
本件特許明細書には、以下の事項が記載されている。
「【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、ビールらしい飲み応えとビールらしいキレ感を備えた、プリン体ゼロのビールテイストの発酵アルコール飲料とその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、ビールテイストの発酵アルコール飲料を製造する際に、香料を発酵後ではなく発酵前に添加することによって、人工的ではなくビールとして自然な香味を飲料に付与できることを見出した。・・・
・・・
【0008】
本発明によればプリン体ゼロでありながら、ビールらしい飲み応えとビールらしいキレ感をバランスよく備えたビールテイストの発酵アルコール飲料を提供することができる。・・・」

「【0011】
本発明の製造方法で使用される「香料」はビールテイスト(ビール風味)を付与する香料から選択することができ、1種単独で使用しても、複数種を組み合わせて使用してもよい。本発明の製造方法で使用される「香料」は、エステルフレーバー、ホップフレーバー、カラメルフレーバー、アルコールフレーバー、ビールフレーバー、モルトフレーバー、フルーツフレーバー、含硫化合物やダイアセチルなどのオフフレーバー並びにこれらの一部および全部の組み合わせから選択することができる。
【0012】
本発明の製造方法では香料は発酵前あるいは発酵中に添加することができるが、発酵前の添加が好ましい。発酵前の添加は、発酵前液の煮沸、静置、および冷却が終了した後に、すなわち、主発酵の直前に行うことができる。香料の添加量は使用原料に対して8?20質量%(固形分当たり)とすることができ、好ましくは、10?18質量%(固形分当たり)である。」

「【0027】
例1:香料の添加タイミングがビールらしい香味に与える影響
本実施例では発酵麦芽飲料の製造における香料の添加タイミングが製造された飲料の香味に与える影響を検証した。具体的には、全使用原料(固形分換算)に対して、大豆タンパクの分解物の1.1%溶解液(モルトエキス含有)に水溶性食物繊維を3.5g/100ml、果糖ブドウ糖液糖を2.4g/100ml、それぞれ配合した発酵前液(糖度6°P)を調製し、該発酵前液を常法に従って7日間ビール酵母による発酵(主発酵、14℃)を行って発泡酒(アルコール濃度1.5v/v%)を製造した。試験区1のサンプルでは香料を発酵前液に配合した上で発酵を行った。一方、試験区2のサンプルでは香料を発酵済みの発酵液に添加した。試験区1および2では同じ香料(ビールテイストを付与するフレーバー成分からなる香料であって、フレーバー成分としてエステルフレーバーを含む)を用い、添加量はいずれの試験区も全使用原料(固形分換算)に対して14質量%であった。また試験区3では香料を添加せずに発酵を行った。なお、得られた飲料のプリン体含有量は0.5mg/100ml未満であった。」

「【0028】
得られた各試料(試験区1?3)についてビールらしい香味について官能評価を行った。官能評価は5名のパネラーにて、ビールらしい飲み応えがあるか、ビールらしいキレ感はあるか、ビールとしてバランスはよいか、の3点について実施した。官能評価は1?5点の5段階評価で行い、評価点の平均を算出した。それぞれの点数の平均点で3点以上を合格点とした。結果は下記表に示される通りであった。
【0029】
【表1】


【0030】
表1に示される通り、発酵前に香料を添加した試験区1の試料ではいずれの評価項目でも高い評価が得られた。一方で、発酵終了後に香料を添加した試験区2の試料では人工的な香りが強く、ビール特有のバランスやキレが欠ける結果となった。また試験区3の試料ではいずれの評価項目で非常に低い評価となった。以上から、香料を添加してから発酵することにより、プリン体ゼロ(0.5mg/100ml未満)を達成しつつ、ビールらしい飲み応え、ビールらしいキレおよびビールらしいバランスが付与されたビールテイスト飲料を製造できることが明らかとなった。」

以上の記載から、本件発明が解決しようとする課題は、「プリン体ゼロ(0.5mg/100ml未満)でありながら、ビールらしい飲み応えとビールらしいキレ感をバランスよく備えたビールテイストの発酵アルコール飲料を提供すること」と認められる。
また、実施例に用いられた香料は、プリン体ゼロ(0.5mg/100ml未満)とされ、ビールらしさが失われている発酵アルコール飲料に、ビールらしい飲み応えとビールらしいキレ感をバランスよく付与するものといえる。
そこで、本件発明が、発明の詳細な説明において上記課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものであるか否かについて検討する。
本件の請求項1には「ビールテイストを付与するフレーバー成分からなる香料であって、フレーバー成分としてビールテイストを付与するエステルフレーバーを含む香料(但し、ホップ由来成分を除く)の存在下でビール酵母による発酵を行う」と記載されているところ、本件の発明の詳細な説明において、効果が確認されている「香料」は、「香料(ビールテイストを付与するフレーバー成分からなる香料であって、フレーバー成分としてエステルフレーバーを含む)」(段落【0027】)とされているただ1つのみで、さらに、当該香料に含まれるエステル及びその他のフレーバー成分の具体的な化合物名等の記載はなく、どのような範囲のフレーバー成分であれば上記課題を解決し得るかを認識できるものではなく、また、当該フレーバー成分を特定し得る技術常識もない。
一方、ビールのフレーバー成分には、エステル類を含めて数多くの成分があることは技術常識である(例えば、甲第1号証;橋本直樹、”ビールの匂い”、日本醸造協会雑誌、日本醸造協会、1980年、第75巻、第6号、p474-479、甲第2号証;藤巻正生ら、「香料の辞典」、株式会社朝倉書店、1989年10月1日、p219-220参照)。
そうすると、ビールテイストの付与に関与するフレーバー成分は数多くある中、それらであれば上記課題を解決することを当業者が認識できるものではない。

よって、本件の発明の詳細な説明における実施例からは、出願時の技術常識に照らしても、本件発明1まで、拡張ないし一般化することはできるものではなく、本件発明1及びそれを引用する本件発明3?8は、発明の詳細な説明において課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えたものである。

なお、特許権者は、「ビールテイストを付与するフレーバー成分」が酢酸エチル、アセトアルデヒド、プロパノール、イソブタノール、酢酸イソアミル、イソアミルアルコールなどに対応することは技術常識である旨を主張し(意見書A21?23頁)、また、実験成績報告書(乙第1号証)を提出し、本件明細書の実施例の香料と同じ香料として、アセトアルデヒド、n-プロパノール、酢酸エチル、イソブタノール、イソアミルアルコール、活性アミルアルコール、酢酸イソアミルおよびアミルアルコールを含む香料を用いて、本件発明の効果の確認を行っている。
しかし、上記各成分が、ビールの香気に含まれていることは当業者が認識し得たとしても、請求項1記載の「ビールテイストを付与するフレーバー成分」が上記実験成績報告書の香料における各成分の組合せであることは、当業者が直ちに理解できるものではなく、また、上記香料がプリン体ゼロ(0.5mg/100ml未満)とされ、ビールらしさが失われている発酵アルコール飲料に、ビールらしい飲み応えとビールらしいキレ感をバランスよく付与するフレーバー成分であることの技術常識もない。
さらに、上記実験成績報告書における香料の添加量は、0.49g/100ml(酢酸エチル、酢酸イソアミルとしての添加量は、それぞれ0.8mg/100ml、0.63mg/100ml)とされているが、この添加量は、本件特許明細書の実施例の全使用原料(固形分換算)に対して14質量%に対応したものかも不明である。
また、特許権者は、本件特許発明1の技術的特徴は、香料の組成ではなく、香料の存在下でビール酵母による発酵を行うこと(香料の添加タイミング)である旨を主張するが(意見書B7?12頁)、香料の存在下でビール酵母による発酵を行えば、香料の組成にかかわらず、本件発明の上記課題が解決されることは、本件特許明細書において実施例として具体的に確認されておらず、特許権者の主張は本件特許明細書の記載に基づかないものである。さらに、刊行物3に記載されているように香料の存在下でビール酵母による発酵を行うこと自体も、本件特許に係る出願時において、格別な技術ではない。
よって、上記特許権者の主張は、採用できない。

イ 理由4について(実施可能要件)
上記「ア 理由3について(サポート要件)」で述べたように、実施例では、「香料(ビールテイストを付与するフレーバー成分からなる香料であって、フレーバー成分としてエステルフレーバーを含む)」を用いた旨の記載はあるものの、具体的な化合物名等の記載はなく、また、プリン体ゼロ(0.5mg/100ml未満)とされ、ビールらしさが失われている発酵アルコール飲料に、ビールらしい飲み応えとビールらしいキレ感をバランスよく付与するフレーバー成分とはどのようなものか、技術常識に基づいても当業者が理解できない。

よって、本件の発明の詳細な説明の記載からでは、当業者が本件発明1、3?8についての実施をすることができない。

ウ まとめ
したがって、本件発明1、3?8が発明の詳細な説明に記載したものではないことから、特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。
また、本件の発明の詳細な説明の記載は、経済産業省令で定めるところにより、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が本件発明1、3?8の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではないから、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

6.むすび
以上のとおり、本件発明1、3?8は引用発明及び刊行物2?5に記載された技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明1、3?8に係る特許は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
また、本件発明1、3?8が発明の詳細な説明に記載したものではないから、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。
さらに、発明の詳細な説明の記載は、経済産業省令で定めるところにより、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が本件発明1、3?8の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではないから、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。
したがって、本件発明1、3?8に係る特許は、特許法第113条第2号及び第4号に該当し、取り消されるべきものである。
また、請求項2に係る特許は、訂正により、削除されたため、本件特許の請求項2に対して、特許異議申立人日本香料工業会がした特許異議の申立てについては、対象となる請求項が存在しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
プリン体含有量が0.5mg/100ml未満であるビールテイストの発酵アルコール飲料の製造方法であって、ビールテイストを付与するフレーバー成分からなる香料であって、フレーバー成分としてビールテイストを付与するエステルフレーバーを含む香料(但し、ホップ由来成分を除く)の存在下でビール酵母による発酵を行うことを特徴とする、製造方法。
【請求項2】(削除)
【請求項3】
炭素源、窒素源および水溶性食物繊維を含む発酵前液を発酵させる、請求項1に記載の製造方法。
【請求項4】
水溶性食物繊維を製造された飲料100ml当たり1.0?4.0g含有するよう発酵前液に配合する、請求項3に記載の製造方法。
【請求項5】
発酵前液が窒素源の少なくとも一部として、大豆タンパク分解物を含む、請求項3に記載の製造方法。
【請求項6】
ビールテイストの発酵アルコール飲料の糖質含有量が0.5g/100ml未満である、請求項1および3?5のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項7】
ビール酵母による発酵の後に、アルコールを添加する工程を含んでなる、請求項1および3?6のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項8】
請求項1および3?7のいずれか一項に記載の製造方法により製造された、プリン体含有量が0.5mg/100ml未満であるビールテイストの発酵アルコール飲料。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2017-02-10 
出願番号 特願2014-256659(P2014-256659)
審決分類 P 1 651・ 536- ZAA (C12G)
P 1 651・ 121- ZAA (C12G)
P 1 651・ 537- ZAA (C12G)
最終処分 取消  
前審関与審査官 柴原 直司  
特許庁審判長 紀本 孝
特許庁審判官 鳥居 稔
山崎 勝司
登録日 2015-06-12 
登録番号 特許第5759610号(P5759610)
権利者 キリン株式会社
発明の名称 ビールテイストの発酵アルコール飲料およびその製造方法  
代理人 榎 保孝  
代理人 榎 保孝  
代理人 大森 未知子  
代理人 大森 未知子  
代理人 横田 修孝  
代理人 横田 修孝  

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