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審決分類 審判 全部申し立て ただし書き1号特許請求の範囲の減縮  C22C
審判 全部申し立て 2項進歩性  C22C
審判 全部申し立て ただし書き3号明りょうでない記載の釈明  C22C
管理番号 1327891
異議申立番号 異議2016-700265  
総通号数 210 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-06-30 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-03-31 
確定日 2017-03-28 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第5786491号発明「EGRクーラー用フェライト系ステンレス鋼」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5786491号の明細書、特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書、特許請求の範囲のとおり訂正後の請求項〔1?3〕について訂正することを認める。 特許第5786491号の請求項1?3に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第5786491号(以下、「本件特許」という。)に係る出願は、平成23年 6月28日に特許出願され、平成27年 8月 7日にその特許権の設定の登録がされたものである。
その後、本件特許の請求項1?3に係る特許について、平成28年 3月31日に特許異議申立人 鈴野幹夫により特許異議の申立てがされ、当審から同年 6月10日付けで取消理由が通知され、これに対して特許権者より同年 8月12日に意見書が提出されるとともに、訂正請求がされ、これに対して特許異議申立人より同年10月 5日に意見書が提出され、当審から同年10月28日付けで取消理由が通知され、これに対して、特許権者より同年12月26日に意見書が提出されるとともに、訂正請求がされた。

第2 訂正請求の適否
1 訂正の内容
平成28年12月26日付けの訂正請求書(以下、「本件訂正請求書」という。)による訂正(以下、「本件訂正」という。)は、以下の訂正事項からなる。
なお、先にした訂正の請求である平成28年 8月12日付けの訂正請求書による訂正は取り下げられたものとみなされる。

(1)訂正事項1
訂正前の請求項1に、「Si:0.3?2mass%」とあるのを、「Si:0.67?2mass%」と訂正する。
(請求項1の記載を引用する請求項2及び請求項3も同様に訂正する。)

(2)訂正事項2
訂正前の願書に添付した明細書の【0015】に「Si:0.3?2mass%」とあるのを、「Si:0.67?2mass%」と訂正する。

(3)訂正事項3
訂正前の願書に添付した明細書の【0027】に「Si:0.3?2mass%」とあるのを、「Si:0.67?2mass%」と訂正し、また、「本発明では必須の添加元素として0.3mass%以上含有させる。スケールの剥離性をより改善するためには0.5mass%以上が好ましく・・・」とあるのを、「本発明では必須の添加元素として0.67mass%以上含有させる。スケールの剥離性をより改善するためには0.67mass%以上が好ましく・・・」と訂正する。

(4)訂正事項4
訂正前の願書に添付した明細書の【0045】の表2に、鋼記号Aの備考欄に「発明例」とあるのを、「参考例」に訂正する。

2 訂正の目的の適否、新規事項の有無、一群の請求項及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1について
訂正事項1は、Siの含有量の下限値がmass%で0.3とあるのを0.67と訂正し、Siの含有量の範囲を減縮するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
また、本件特許の明細書の【0045】の表2の鋼記号C及びEのSi含有量が0.67mass%であることが記載されているから、Siの含有量の下限値をmass%で、0.67と訂正する訂正事項1は新規事項の追加に該当しない。
さらに、訂正前の請求項1?3は、請求項2及び3が訂正の対象である請求項1の記載を引用する関係にあるから、訂正前の請求項1?3に対応する訂正後の請求項1?3は、一群の請求項に該当し、本件訂正の請求は、一群の請求項ごとにされたものである。

(2)訂正事項2?4について
訂正事項2?4は、訂正事項1に係る訂正に伴って、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との整合を図るものであるから、明瞭でない記載の釈明を目的とするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではなく、さらに新規事項の追加に該当しない。
さらに、訂正事項2?4に係る請求項は、請求項1?3からなる一群の請求項であり、訂正事項2?4は、この請求項1?3からなる一群の請求項について行われるものである。

3 むすび
したがって、訂正事項1?4からなる本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同法同条第4項並びに同法同条第9項で準用する同法第126条第4項?第6項の規定に適合するので、訂正後の請求項〔1?3〕について訂正を認める。

第3 本件特許発明
上記第2に記載したとおり、本件訂正は認められるから、特許5786491号の請求項1?3に係る発明(以下、それぞれ「本件特許発明1」?「本件特許発明3」といい、これらを総称して「本件特許発明」という。)は、それぞれ、本件訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1?3に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

【請求項1】
C:0.02mass%以下、
Si:0.64?2mass%、
Mn:0.45mass%未満、
P:0.040mass%以下、
S:0.001mass%超え0.005mass%以下、
Al:0.01?0.1mass%、
N:0.02mass%以下、
Cr:14?30mass%、
Nb:0.3mass%以上かつ15(C(mass%)+N(mass%))以上1.0mass%以下、
Ti:0.01mass%以下を含有し、かつ、CrとSi、および、MnとSが、下記(1)および(2)式を満たして含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなるEGRクーラー用フェライト系ステンレス鋼。

Cr+6Si:18?30mass% ・・・(1)
Mn×S≦0.0005・・・(2)
(ただし、上記式中の元素記号はその元素の含有量(mass%)を示す。)
【請求項2】
上記成分組成に加えてさらに、Ni:0.6mass%以下を含有することを特徴とする請求項1に記載のEGRクーラー用フェライト系ステンレス鋼。
【請求項3】
上記成分組成に加えてさらに、Mo:2mass%以下を含有することを特徴とする請求項1または2に記載のEGRクーラー用フェライト系ステンレス鋼。

第4 申立理由・取消理由の概要
1 申立理由
特許異議申立人が、平成28年 3月31日付けの特許異議申立書において、以下の甲第1号証?甲第9号証を証拠方法として、本件訂正前の請求項1?3に係る特許について申立てた理由は、以下の申立理由1?2であると認める。

申立理由1:本件訂正前の請求項1?3に係る発明は、甲第1号証に記載された発明、及び甲第2号証?甲第8号証に記載された周知技術常識に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから、その特許は、特許法第29条の規定に違反してされたものであり、特許法第113条第2号に該当する。

申立理由2:本件訂正前の請求項1?3に係る発明は、甲第2号証に記載された発明、及び甲第9号証に記載された周知技術常識に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから、その特許は、特許法第29条の規定に違反してされたものであり、特許法第113条第2号に該当する。

<証拠方法>
甲第1号証:藤田展弘ら、「自動車排気マニフォールド用高耐熱フェライト系ステンレス鋼の開発」、耐熱金属材料第123委員会研究報告、日本学術振興会、平成4年、Vol.33、No.1、p.1?8
甲第2号証:特開2002-212683号公報
甲第3号証:特開平6-172935号公報
甲第4号証:藤村浩志ら、「Ti含有フェライト系ステンレス鋼の凝固組織に及ぼす酸化物組成の影響」、鉄と鋼、日本鉄鋼協会、平成13年11月発行、Vol.87、No.11、p.707?712
甲第5号証:木下昇ら、「塩水噴霧による17%Crステンレス鋼のさび発生におよぼす非金属介在物の影響」、鉄と鋼、日本鉄鋼協会、昭和46年11月発行、Vol.57、No.13、p.2152?2163
甲第6号証:ステンレス協会編、「ステンレス鋼便覧 第3版」、日刊工業新聞社、1995年発行、p.375?376
甲第7号証:特開2009-174040号公報
甲第8号証:特開2010-236001号公報
甲第9号証:特開2008-96048号公報

また、特許異議申立人は、平成28年10月 5日付け意見書において、以下の参考資料1?参考資料8を証拠方法として、Mn及びSがMnSを形成して耐食性を阻害するのでその含有量を低減することによって耐食性の向上が可能であることは、ステンレス鋼分野の当業者にとって、極めてよく知られた周知の技術である旨主張している。

<証拠方法>
参考資料1:ステンレス協会編、「ステンレス鋼便覧 第3版」、日刊工業新聞社、1995年発行、p.258?259
参考資料2:表面技術、社団法人表面技術協会、平成 8年 1月発行、Vol.47、No.1、1996、p.2?6
参考資料3:日新製鋼技報、日新製鋼株式会社、昭和62年 7月発行、第56号、p.21?34
参考資料4:岡崎隆ら、「17Crステンレス鋼の耐銹性」、鉄と鋼、社団法人日本鉄鋼協会、昭和49年 3月発行、Vol.60、No.4、p.164
参考資料5:特開昭61-23745号公報
参考資料6:特開2009-299182号公報
参考資料7:特開2009-228036号公報
参考資料8:特開平10-339290号公報

2 平成28年 6月10日付けの取消理由通知書で通知した理由
当審から平成28年 6月10日付けの取消理由通知書で通知した取消理由は、以下の取消理由1-1?1-2である。

取消理由1-1:本件訂正前の請求項1?3に係る発明は、甲第1号証に記載された発明と、甲第2号証及び甲第3号証に記載されているような技術常識、甲第7号証に記載された発明、甲第8号証に記載された発明とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は、特許法第29条の規定に違反してされたものであり、特許法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

取消理由1-2:本件訂正前の請求項3に係る発明は、甲第2号証に記載された発明と甲第9号証に記載された発明とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は、特許法第29条の規定に違反してされたものであり、特許法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

3 平成28年10月28日付けの取消理由通知書で通知した理由
当審から平成28年10月28日付けの取消理由通知書で通知した取消理由は、以下の取消理由2-1?2-2である。

取消理由2-1:平成28年 8月12日付け訂正請求書により訂正された請求項1?3に係る発明は、甲第1号証に記載された発明と、甲第2号証及び甲第3号証に記載されているような技術常識、甲第7号証に記載された発明、甲第8号証に記載された発明、参考文献1?8に記載される周知技術とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は、特許法第29条の規定に違反してされたものであり、特許法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

取消理由2-2:本件訂正前の請求項3に係る発明は、甲第2号証に記載された発明と甲第9号証に記載された発明、参考文献1?8に記載される周知技術とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は、特許法第29条の規定に違反してされたものであり、特許法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

第5 甲各号証、各参考資料の記載事項
特許異議申立人が証拠方法として提出した、甲第1号証?甲第9号証、及び、参考資料1?参考資料8のうち、主引用例とされる甲第1号証及び甲第2号証には、それぞれ、以下の事項が記載されている。

(1)甲第1号証について
甲第1号証には以下の事項が記載されている。

(1-ア)「1.諸言
・・・
本報告では,排気マニフォールド用の材料として重要な耐熱疲労性を改善するため高温での耐力を向上させた高耐熱フェライト系ステンレス鋼の開発について述べる。」(第1ページ左欄第1行?第1ページ右欄第2行)

(1-イ)「2.実験方法
2.1 候補成分系の決定
供試鋼の化学組成範囲を表1に示す。」(第1ページ右欄第3行?第5行)

(1-ウ)「



(1-エ)「3.実験結果および考察
3.1 強化元素の選定
従来鋼には比較的低(C+N)量(0.04mass%以下)で0.4mass%(以下,mass%は%と略す)のNbが添加されており,これは高温強度に寄与すると推測できる。そこで,低(C+N)-19Cr鋼をベースとし,これに強化元素として,Nb,Si,P,Ti,Mo,W,Hf,Taを単独或いは複合添加し,高温強度に及ぼす各元素の影響を調査した。各鋼の950℃の0.2%耐力(以下,“耐力”と称す)に及ぼす添加元素の影響を図1に示す。」

(1-オ)「



ア 上記(1-ウ)の表1は、上記(1-イ)の事項によれば、供試鋼の化学組成を示したものであり、技術常識からみて、表1に示される成分以外の成分は「残部がFe及び不可避的不純物」であると認められる。

イ また、上記(1-ウ)の表1に示される供試鋼は、上記(1-ア)の事項によれば、耐熱疲労性を改善するため高温での耐力を向上させた排気マニフォールド用の高耐熱フェライト系ステンレス鋼であるといえる。

ウ してみると、甲第1号証には、上記(1-ウ)の表1の上から3つ目の供試鋼からみて、以下の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されている。
「C : 0.01 mass%、
Si: 0.30 mass%、
Mn: 0.23 mass%、
P : 0.02 mass%、
S : 0.002 mass%、
Cr:19.2 mass%、
Ti: -
Mo: -
W : -
Nb: 0.41 mass%、
Hf: -
Ta: -
N : 0.01 mass%
残部がFe及び不可避的不純物からなる
排気マニフォールド用の高耐熱フェライト系ステンレス鋼。」

(2)甲第2号証について
甲第2号証には、次の事項が記載されている。

(2-ア)「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、フェライト系ステンレス鋼板に係り、とくに自動車やオートバイの排気管、触媒外筒材等の自動車排気系部材用として好適な、常温での加工性と、高温での強度および耐酸化性とを兼ね備えたフェライト系ステンレス鋼板に関する。」

(2-イ)「【0009】
【発明の実施の形態】つぎに、本発明のフェライト系ステンレス鋼板の組成限定理由について説明する。なお、mass%は単に%と記す。

【0010】Si:0.1 %以上0.5 %以下
Siは、固溶強化により鋼の強度を増加する元素であり、高温強度の増加に有効に作用する。このような効果は、0.1 %以上の含有で認められる。しかし、本発明鋼板のような、Moを含有する場合には、Siを0.5 %を超えて過剰に含有すると、Mo析出物、Fe-Mo金属間化合物の析出を促進するため、Siの固溶強化に加え、Mo析出物の析出強化により、常温での強度が増加しすぎ、加工性が顕著に低下する。また、Siの0.5 %を超える過剰な含有は、高温において固溶Mo量を減少させ、高温強度に加え高温耐酸化性を低下させる。このため、Siは0.1 %以上0.5 %以下に限定した。

【0011】Mo:1%以上2%以下
Moは、耐食性、高温強度、および高温耐酸化性の向上に有効な元素であり、このような効果は1%以上の含有で認められる。なお、好ましくは、1.5 %以上である。一方、2%を超えて含有すると、靱性が劣化する。このため、Moは1%以上2%以下に限定した。
・・・
【0016】Ni:1%以下
Niは、靱性を向上させ、ステンレス鋼の重要な特性の一つである耐食性を向上させる元素であるが、1%を超えて含有すると常温強度が増加し鋼が硬質化して、加工性に悪影響を及ぼす。このため、Niは1%以下に限定した。
Al:1%以下
Alは、脱酸剤として作用し、製鋼上必要であるが、過度の含有は酸化物系介在物の生成が顕著となり、製造性や表面品質に悪影響を与える。このため、Alは1%以下に限定した。
・・・
【0021】上記した成分以外の残部は、Feおよび不可避的不純物である。なお、アルカリ金属、アルカリ土類金属、希土類元素および遷移金属などを少量含有することは、本発明の効果を妨げるものではない。・・・。」

(2-ウ)「【0026】
【実施例】以下、実施例に基づき、本発明をより具体的に説明する。表1に示す組成を有する溶鋼を転炉で溶製し、さらに真空脱ガスにより二次精錬を行ったのち、連続鋳造法で、200mm 厚の連続鋳造製スラブとした。これらスラブ(鋼素材)を、1150℃に加熱したのち、熱間圧延により板厚5mmの熱延板とした。ついで、これら熱延板に、焼鈍温度:940 ℃の熱延板焼鈍、酸洗、冷間圧延、焼鈍温度:920 ℃の連続焼鈍(冷延板焼鈍)、酸洗を順次施し、板厚2mmの製品板(冷延焼鈍板)とした。なお、表面粗さの調整は酸洗後、調質圧延、ショットブラストによった。
【0027】これらの製品板(冷延焼鈍板)について、表面粗さ、常温引張試験、高温引張試験、耐酸化性試験を実施し、加工性、高温強度、耐酸化性を評価した。・・・
【0028】得られた結果を表2に示す。
【0029】
【表1】

【0030】
【表2】

【0031】本発明例はいずれも、常温におけるYS、TSが低く良好な加工性を有し、またσ_(0.2at900℃)が高く高い高温強度を有し、かつ酸化量も少なく高温耐酸化性にも優れている。これに対し、本発明の範囲を外れる比較例は、YS、TSが高く加工性が劣化しているか、高温強度が低いか、耐酸化性が低下しているか、で所望の特性が得られていない。」

ア 上記(2-ウ)の表1の鋼No.Bは、上記(2-ウ)の表2によれば本発明例である。そして、上記(2-ア)によれば、本発明例のフェライト系ステンレス鋼板は、自動車排気系部材用として好適な、常温での加工性と、高温での強度および耐酸化性とを兼ね備えたフェライト系ステンレス鋼板であるから、上記(2-ウ)の表1の鋼No.Bも、この特性を備えるものといえる。

イ また、上記(2-ウ)の表1の鋼No.Bの化学成分について、上記(2-イ)の【0021】の記載によれば、残部は、Fe及び不可避的不純物であるといえる。

ウ してみると、甲第2号証には、次の発明(以下、「甲2発明」という。)が記載されている。
「C : 0.005 mass%、
Si: 0.49 mass%、
Mn: 0.15 mass%、
P : 0.020 mass%、
S : 0.003 mass%、
Cr:15.7 mass%、
Ni: 0.25 mass%、
Al: 0.04 mass%、
N : 0.005 mass%、
Nb: 0.38 mass%、
Mo: 1.1 mass%、
残部がFe及び不可避的不純物からなる
自動車排気系部材用として好適な
常温での加工性と、高温での強度および耐酸化性とを兼ね備えたフェライト系ステンレス鋼。」

第6 当審の判断
1 申立理由及び取消理由について
上記第4に記載したとおり、申立理由及び各取消理由は、いずれも本件特許発明1?3が甲第1号証に記載された発明を主引用発明として当業者が容易に発明をすることができるものであり、また、本件特許発明3が甲第2号証に記載された発明を主引用発明として当業者が容易に発明をすることができるものであることを理由とするものである。
そこで、本件特許発明1?3が甲第1号証に記載された発明及び甲第1号証?甲第9号証の記載事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができるものであるか否か、また、本件特許発明3が甲第2号証に記載された発明及び甲第1号証?甲第9号証の記載事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができるものであるか否かについて、以下検討する。

2 甲第1号証に記載された発明を主引用発明とする理由
(1)本件特許発明1について
ア 本件特許発明1と甲1発明とを対比する。

イ 甲1発明の組成は、C、Mn、P、S、N、Crについて、本件特許発明1の組成範囲に含まれるが、Siについて、本件特許発明1の組成範囲に含まれない。

ウ 甲1発明において、
15(C(mass%)+N(mass%))
=15×(0.01+0.01)
=0.30
であるから、甲1発明の組成は、Nbについて、本件特許発明1の組成範囲に含まれる。

エ 甲1発明において、
Cr+6Si
=19.2+6×0.30
=21.0
であるから、甲1発明の組成は、本件特許発明1の(1)式を満たす。

オ 甲1発明において
Mn×S
=0.23×0.002
=0.00046
であるから、甲1発明の組成は、本件特許発明1の(2)式を満たす。

カ してみると、両者は、「フェライト系ステンレス鋼」である点で一致し、その組成が、C、Si、Mn、P、S、N、Cr、Nbの含有量について、
「C : 0.01 mass%、
Mn: 0.23 mass%、
P : 0.02 mass%、
S : 0.002 mass%、
N : 0.01 mass%
Cr:19.2 mass%、
Nb: 0.41 mass%」
である点、
(1)式、(2)式について、
「Cr+6Si:21.0mass%・・・(1)
Mn×S=0.00046・・・(2)
(ただし、上記式中の元素記号はその元素の含有量(mass%)を示す。)」である点、
「残部がFeおよび不可避的不純物からなる」点で一致する。

キ 一方、両者は、以下の点で相違する。

相違点1:フェライト系ステンレス鋼の組成におけるSiの含有量について、本件特許発明1が「0.64?2mass%」であるのに対し、甲1発明は「0.30 mass%」である点

相違点2:フェライト系ステンレス鋼の組成におけるAlの含有量について、本件特許発明1が「0.01?0.1mass%」であるのに対し、甲1発明はかかる発明特定事項を有していない点。

相違点3:フェライト系ステンレス鋼の組成におけるTiの含有率について、本件特許発明1が「0.01mass%以下」であるのに対して、甲1発明は「-」である点。

相違点4:フェライト系ステンレス鋼の用途について、本件特許発明1が「EGRクーラー用」であるのに対して、甲1発明は「排気マニフォールド用」である点。

ク そこで、これらの相違点について検討する。

ケ まず、相違点1について、相違点1に係る本件特許発明1の発明特定事項であるSiの含有量の技術的意義について検討する。

コ 本件特許明細書には、EGRクーラー内の冷却側には冷却液が流れているものの、排気ガスに直接接する側は高温に曝されるため、鋼板表面に酸化スケールが生成し、そのスケールが剥離しやすい(【0005】)ことを問題の一つとし、高温から急速冷却を受ける場合でも、高温時に生成した酸化スケールが剥離することなく、かつ、ろう付け部の耐食性にも優れるEGRクーラー用フェライト系ステンレス鋼を提供すること(【0013】)を発明が解決しようとする課題とし、EGRクーラ用フェライト系ステンレス鋼において、低Mn化した上で、CrとSiの含有量を適正範囲に制御し、また、NbをC、Nで十分に固定した上で、MnとSの含有量を適正範囲に制御することをこの課題を解決するための手段(【0014】、【0015】)とし、Siの含有量について、スケールの耐剥離性をより改善するために、0.5mass%以上とすることが、好ましいこと(【0026】)が記載されている。

サ してみると、本件特許発明1のフェライト系ステンレス鋼の組成についてSiの含有量が0.64?2mass%であることは、EGRクーラ用フェライト系ステンレス鋼において、スケールの耐剥離性がより改善されるという技術的意義を有するといえる。

シ 一方、甲第1号証には、上記(1-エ)、(1-オ)の記載によれば、高耐熱フェライト系ステンレス鋼において、Siが強化元素の一つであるといえるものの、甲1発明において、そのSiの含有量を0.64?2mass%とすることによりスケールの耐剥離性がより改善できることについては、記載も示唆もされていない。

ス また、甲第2号証?甲第9号証のいずれにも、このことは記載も示唆もされておらず、また、参考文献1?参考文献8をみてもこのことが技術常識であるともいえない。

セ してみると、甲1発明において、相違点1に係る本件特許発明1の発明特定事項について、当業者が容易に想到することができるとはいえない。

ソ したがって、相違点2?4について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲1発明と甲第1号証?甲第9号証に記載された事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(2)本件特許発明2及び3について
ア 本件特許発明2は、本件特許発明1において、更に「上記成分組成に加えてさらに、Ni:0.6mass%以下を含有すること」を特定するものであり、本件特許発明3は、本件特許発明1又は2において、更に「上記成分組成に加えてさらに、Mo:2mass%以下を含有すること」を特定するものである。

イ そこで、本件特許発明2及び3と甲1発明とを対比すると、両者は、少なくとも、上記相違点1と同様の点において相違する。

ウ してみると、上記(1)で検討した理由と同様の理由により、甲1発明において、相違点1に係る本件特許発明2及び3の発明特定事項について、当業者が容易に想到することができるとはいえない。

エ したがって、他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明2及び3は、甲1発明と甲第1号証?甲第9号証に記載された事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

3 甲第2号証に記載された発明を主引用発明とする理由
(1)本件特許発明3について
ア 請求項2の記載を引用する請求項3に記載された本件特許発明3と甲2発明とを対比する。

イ 甲2発明の組成は、C、Mn、P、S、Al、N、Cr、Ni、Moについて、本件特許発明3の組成範囲に含まれるが、Siについて、本件特許発明3の組成範囲に含まれない。

ウ 甲2発明において、
15(C(mass%)+N(mass%))
=15×(0.005+0.005)
=0.15
であるから、甲2発明の組成は、本件特許発明3のNbの組成範囲に含まれる。

エ 甲2発明において、
Cr+6Si
=15.7+6×0.49
=18.64
であるから、甲2発明の組成は、本件特許発明3の(1)式を満たす。

オ 甲2発明は、Mn×Sの値が0.00045(=0.15×0.003)であるから、甲2発明の組成は、本件特許発明3の(2)式を満たす。

カ してみると、両者は、「フェライト系ステンレス鋼」である点で一致し、その組成におけるC、Mn、P、S、Al、N、Cr、Ni、Moの含有量について、
「C : 0.005 mass%、
Mn: 0.15 mass%、
P : 0.020 mass%、
S : 0.003 mass%、
Al: 0.04 mass%、
N : 0.005 mass%、
Cr:15.7 mass%、
Nb: 0.38 mass%、
Ni: 0.25 mass%、
Mo: 1.1 mass%」
である点、
(1)式、(2)式について、
「Cr+6Si:18.64mass%・・・(1)
Mn×S=0.00045・・・(2)
(ただし、上記式中の元素記号はその元素の含有量(mass%)を示す。)」である点、
「残部がFeおよび不可避的不純物からなる」点で一致する。

キ 一方、両者は、以下の点で相違する。

相違点2-1:フェライト系ステンレス鋼の組成におけるSiの含有量について、本件特許発明3が「0.64?2mass%」であるのに対し、甲2発明は「0.49mass%」である点

相違点2-2:フェライト系ステンレス鋼の用途について、本件特許発明3が「EGRクーラー用」であるのに対して、甲2発明は「自動車排気系部材用」である点。

ク そこで、これらの相違点について、相違点2-1から検討する。

ケ 相違点2-1に係る本件特許発明3の発明特定事項は、上記相違点1に係る本件特許発明1の発明特定事項と同様であるから、上記2(1)のケ?サで検討したものと同様の理由により、相違点2-1に係る本件特許発明3の発明特定事項は、フェライト系ステンレス鋼の組成についてSiの含有量が0.64?2mass%であることは、EGRクーラ用フェライト系ステンレス鋼において、スケールの耐剥離性がより改善されるという技術的意義を有するものである。

コ 一方、甲第2号証には、上記(2-イ)の【0010】の記載によれば、Siは、固溶強化により鋼の強度を増加する元素であり、高温強度の増加に有効に作用するものであるものの、甲2発明において、そのSiの含有量を0.64?2mass%とすることによりスケールの耐剥離性がより改善できることについては、記載も示唆もされていない。

サ また、甲第1号証?甲第9号証のいずれにも、このことが記載も示唆もされておらず、また、参考文献1?参考文献8をみてもこのことが技術常識であるともいえない。

シ さらに、甲第2号証には、上記(2-イ)の【0010】の記載によれば、Siを0.5 %を超えて過剰に含有すると、Mo析出物、Fe-Mo金属間化合物の析出を促進するため、Siの固溶強化に加え、Mo析出物の析出強化により、常温での強度が増加しすぎ、加工性が顕著に低下するものであるから、甲2発明において、Siの含有量を0.5%を超えて添加することについて、阻害要因があるといえる。

ス してみると、甲2発明において、相違点2-1に係る本件特許発明3の発明特定事項について、当業者が容易に想到することができるとはいえない。

セ したがって、相違点2-2について検討するまでもなく、本件特許発明3は、甲2発明と甲第1号証?甲第9号証に記載された事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

第7 むすび
したがって、本件特許の請求項1?3に係る特許は、各取消理由通知書で通知された取消理由及び特許異議申立書において申立てられた申立理由によって、取り消すことができない。
また、他に本件特許の請求項1?3に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
EGRクーラー用フェライト系ステンレス鋼
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガソリンエンジンやディーゼルエンジン等に設置されるEGRクーラーに用いて好適なフェライト系ステンレス鋼に関するものである。
【背景技術】
【0002】
EGR(Exhaust Gas Recirculation:排気ガス再循環装置)は、エンジンから排出される排気ガスの一部をエンジンの吸気系に戻し、空気とミックスさせてエンジンの燃焼室に供給するシステムのことをいう。このEGRは、例えば、ディーゼルエンジンでは、吸気中の酸素濃度を低下することで、燃焼時の最高温度を低くし、窒素酸化物NOxの生成量を減少させることができる。また、ガソリンエンジンでは、吸気中の酸素濃度の低下は、スロットルを絞ったときと同じ状況となるため、スロットルを開いてポンピングロス(エンジンが空気を吸込む時の抵抗)を低減することで、燃費を向上することができる。そのため、近年では、各種自動車のエンジンにEGRが設置されるようになってきている。
【0003】
しかし、EGR設置による吸気中の酸素濃度の低下は、燃焼が不安定となり易いので、空燃費を精密に制御することが必要となり、エンジン内に送り込む排気ガス量の制御が重要となる。そこで、排気ガスの体積をコントロールするため、排気ガスを一定温度に冷却するEGRクーラーの採用が進んでいる。
【0004】
このEGRクーラーは、熱交換によって排気ガス温度を低下させるものであり、EGRクーラーの熱交換部材は、一方の面は800℃以上の高温の排気ガスと、他方の面は冷媒(冷却液)と常に接触している状態にある。そのため、EGRクーラーの熱交換部材は、高温での酸化と、加熱・冷却に伴う熱応力歪みを常に繰り返して受けるという厳しい使用環境に置かれている。
【0005】
このような環境下で使用されるEGRクーラーの素材としては、従来、SUS304等のオーステナイト系ステンレス鋼が主に使用されてきた。しかしながら、オーステナイト系ステンレス鋼は、
(1)高価なNiを多量に含有しているため、高価である。
(2)熱膨張係数が高く、製造時、特に溶接やろう付け等において、熱歪みを生じて組立て後の製品が変形したり、部品の寸法精度が悪化したりする。
(3)EGRクーラー内の冷却側には冷却液が流れているものの、排気ガスに直接接する側は高温に曝されるため、鋼板表面に酸化スケールが生成し、そのスケールが剥離しやすい。
という問題がある。
【0006】
上記の中でも(3)の問題は、排気ガス経路で生成した酸化スケールが剥離し、それがEGRクーラー内に蓄積されると、クーラーの機能低下を引き起こしたり、さらに、剥離したスケールがエンジンにまで到達すると、予期せぬエンジントラブルを引き起こしたりするため、重要な解決課題となってきている。特に近年では、燃費向上、エミッション削減要求に対応するため、排気ガスの温度は高くなる一方であり、このスケール剥離問題の解決は急務である。そこで、酸化スケールの耐剥離性に優れ、かつ、Niを含まない安価なフェライト系ステンレス鋼の開発が望まれている。
【0007】
EGRクーラーに使用されるフェライト系ステンレス鋼としては、幾つかの提案がなされている。例えば、特許文献1には、Cr:23.0?33.0wt%、Mo:0.55?4.0wt%、C:0.01wt%以下、N:0.015wt%以下、Si:0.4wt%以下、Mn:0.4%wt以下、P:0.03wt%以下、S:0.02wt%以下を基本成分とするスーパーフェライトステンレス鋼が、特許文献2には、質量%で、C:0.03%以下、Mn:0.1?2%、Cr:10?25%、Nb:0.3?0.8%を基本成分とするフェライト系ステンレス鋼が、特許文献3には、質量%で、C:0.03%以下、N:0.05%以下、C+N:0.015%以上、Si:0.02?1.5%、Mn:0.02?2%、Cr:10?22%、Nb:0.03?1%、Al:0.5%以下を含有し、更に、Tiを適正範囲で添加したフェライト系ステンレス鋼が、また、特許文献4には、質量%で、C:0.03%以下、Si:3%以下、Mn:2%以下、P:0.05%以下、S:0.03%以下、Cr:11?30%、Nb:0.15?0.8%、N:0.03%以下を基本成分とするフェライト系ステンレス鋼が開示されている。しかし、これらの技術は、いずれも熱疲労特性を改善したり、Niろう付け性を改善したりすることを目的とする技術であり、酸化スケールの耐剥離性改善については十分な検討がなされていない。
【0008】
また、非特許文献1には、耐熱用フェライト系ステンレス鋼において、Mnを高めることで、耐スケール剥離性を著しく改善した自動車のエキゾーストマニホールドに用いるフェライト系ステンレス鋼が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2003-222498号公報
【特許文献2】特開2009-174040号公報
【特許文献3】特開2009-174046号公報
【特許文献4】特開2009-299182号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】奥、中村、植松、「耐熱用フェライト系ステンレス鋼 NSSEM-2の開発」、日新製鋼技報,No.71(1995),p.70、図5
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上記非特許文献1では、900℃あるいは1000℃の高温から自然冷却(空冷)することで酸化スケールの耐剥離性を評価している。しかしながら、EGRクーラーの熱交換部材は、一方の面が冷却液に接しているため、急速冷却を受けると考えられる。そこで、発明者らが、Mnを添加した鋼について、高温から急速冷却したときの酸化スケールの耐剥離性を評価したところ、却ってスケール剥離量が増加することが明らかとなった。
【0012】
また、EGRクーラーの組立ては、一般に、耐高温酸化性や高温強度に優れるNiろう付けで行われるため、EGRクーラー用素材には、Niろう付け性(濡れ性)やろう付け部の強度や靭性に優れることに加えて、排気ガス中のSO_(2)やNOxを多く含む凝結水に対する、ろう付け部の耐食性に優れていることが求められる。
【0013】
そこで、本発明の目的は、高温から急速冷却を受ける場合でも、高温時に生成した酸化スケールが剥離することがなく、かつ、ろう付け部の耐食性にも優れるEGRクーラー用フェライト系ステンレス鋼を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
発明者らは、上記課題の解決に向けて、酸化スケールの剥離性に及ぼす鋼の成分組成の影響に着目して鋭意検討を重ねた。その結果、耐スケール剥離性を改善するためには、基本的に酸化スケールの生成量自体を抑制することが必要であること、そのためには、低Mn化した上で、CrとSiの含有量を適正範囲に制御することが有効であること、また、ろう付け部の耐食性を向上するためには、NbでC,Nを十分に固定した上で、MnとSの含有量を適正範囲に制御する必要があることを見出し、本発明を完成させた。
【0015】
上記知見に基づく本発明は、C:0.02mass%以下、Si:0.67?2mass%、Mn:0.45mass%未満、P:0.040mass%以下、S:0.001mass%超え0.005mass%以下、Al:0.01?0.1mass%、N:0.02mass%以下、Cr:14?30mass%、Nb:0.3mass%以上かつ15(C(mass%)+N(mass%))以上1.0mass%以下、Ti:0.01mass%以下を含有し、かつ、CrとSi、および、MnとSが、下記(1)および(2)式を満たして含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなるEGRクーラー用フェライト系ステンレス鋼である。

Cr+6Si:18?30mass% ・・・(1)
Mn×S≦0.0005 ・・・(2)
(ただし、上記式中の元素記号はその元素の含有量(mass%)を示す。)
【0016】
本発明のフェライト系ステンレス鋼は、上記成分組成に加えてさらに、Ni:0.6mass%以下を含有することを特徴とする。
【0017】
また、本発明のフェライト系ステンレス鋼は、上記成分組成に加えてさらに、Mo:2mass%以下を含有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、高温から急冷される場合でも酸化スケールの耐剥離性に優れるフェライト系ステンレス鋼を提供することができる。また、本発明のフェライト系ステンレス鋼は、耐スケール剥離性に優れるだけでなく、多量のNiを含有していないため安価であり、しかも、ろう付け性やろう付け部の耐食性にも優れているので、EGRクーラーに好適に用いることができる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
まず、本発明を開発する契機となった実験について説明する。
上述したように、EGRクーラーの熱交換部分は、排気ガスと接する面は高温に加熱されるが、その反対面は冷却液によって冷却されている。そのため、例えば、エンジンが停止した時等には、排気ガスと接する面は、高温状態から急速冷却されるものと考えられる。そして、鋼表面に生成した酸化スケールは、素材との間の熱膨張係数の違いから大きな熱歪みを生じ、剥離を引き起こす。
【0020】
そこで、非特許文献1の技術は、上記スケール剥離の問題を、Mnを0.8mass%以上添加し、素材と酸化スケールCr_(2)O_(3)の界面にMnCr_(2)O_(4)を生成させることによって熱歪みを緩和するとともに、鋼素地表面の凹凸を大きくすることによって、スケールの剥離を抑制している。しかし、Mnは、酸化スケールの生成を助長する元素であり、Mn添加により厚く生成する酸化スケールは、EGRクーラーの使用環境下では必ずしも十分な耐剥離性を有していない可能性がある。
【0021】
そこで、発明者らは、酸化スケールを生成させた後の冷却条件(冷却速度)を変えて、酸化スケールの耐剥離性を調査した。
実験は、表1に示した成分組成の異なる3種類の鋼板から、板厚:1.5mm×幅:20mm×長さ:40mmの試験片を採取し、各試験片を大気雰囲気中で、950℃×100hr加熱して試験片表面に酸化スケールを生成させた後、冷却速度を、
(i)自然冷却(空冷)する場合と、
(ii)アルゴンガスを10L/minで吹き付けて急冷する場合、
の2水準に振り分けて冷却した。
その後、各試験片の表面を目視観察し、スケール剥離の痕跡有無を確認すると共に、冷却時に剥離した酸化スケールを回収して、その質量を測定し、単位表面積当たりの剥離量を求め、剥離の痕跡がなくかつスケール剥離量が1.0mg/cm^(2)以下のものを耐スケール剥離性が良(○)、剥離の痕跡が視認されるおよび/またはスケール剥離量が1.0mg/cm^(2)超えのものを耐スケール剥離性が劣(×)と評価した。なお、各水準とも、n数を2として行い、1つでも上記×に該当するものは、×と評価した。
【0022】
【表1】

【0023】
上記試験の結果を、表1中に併記した。この結果から、従来のSUS304鋼やSUS430LX鋼では、空冷、急冷条件のいずれの場合でも、耐スケール剥離性が劣る(×)こと、また、SUS430LXにMnを1.0mass%添加した鋼は、空冷条件では耐スケール剥離性が良好(○)ではあるものの、急冷条件では耐スケール剥離性が劣(×)るという結果が得られた。
【0024】
上記の結果は、酸化スケールの生成量を増大させるMn添加は、EGRクーラーのように急速冷却されて大きな熱応力が発生する使用環境では、耐スケール剥離性を改善する効果が小さいこと、したがって、耐スケール剥離性を改善するには、酸化スケールの生成自体を抑制するのが最も有効であることを示している。そこで、発明者らは、高温酸化雰囲気における酸化スケールの生成量を低減するべく検討を重ねた結果、CrとSiの含有量を、後述する関係式を満たして含有させてやる必要があることを見出した。
【0025】
また、発明者らは、ろう付け部の耐食性が低下する原因について調査した。その結果、ろう付け部の耐食性の低下は、ろう付け時の加熱によりCとNが鋼中のCrと結び付くことでCr欠乏層が生じて粒界腐食を生じること、および、MnとSは、MnSを形成して孔食等の起点となることに起因すること、したがって、ろう付け部の耐食性を向上させるには、Nbを所定量以上添加してC,Nを十分に固定した上で、MnとSの含有量(mass%)の積(Mn×S)を所定値以下に制御する必要があることを見出した。
以下、本発明のフェライト系ステンレス鋼が有すべき成分組成について具体的に説明する。
【0026】
C:0.02mass%以下
Cは、ろう付け後の冷却時にCrと結合してCr欠乏層を形成し、耐粒界腐食性を害したり、Nbと結合して鋼中に添加されたNbを消費したり、鋼の溶接性や加工性に悪影響を及ぼしたりする成分であるため、低いほど望ましい。そこで、本発明では、Cは0.02mass%以下とする。好ましくは、0.005mass%以下である。
【0027】
Si:0.67?2mass%
Siは、鋼の脱酸材として添加されるが、高温酸化特性を改善すると共に、生成した酸化スケールの耐剥離性を改善するのに極めて有効な成分でもあるため、本発明では必須の添加元素として0.67mass%以上含有させる。スケールの耐剥離性をより改善するためにも0.67mass%以上が好ましく、さらに好ましくは0.8mass%以上である。しかし、2mass%を超える添加は、鋼を硬質化し、加工性を著しく害するようになるので上限は2mass%とする。
【0028】
Mn:0.45mass%未満
Mnは、高温酸化雰囲気では、MnCr_(2)O_(4)等の中間酸化物等を生成し、酸化増量を高める元素であり、大きな熱歪みが発生しない空冷程度の冷却速度では、スケールの耐剥離性を改善する効果がある。しかし、酸化スケールと素材との間に大きな熱歪みが発生する急速冷却を受ける場合には、Mnの添加は、却って耐スケール剥離性に悪影響を及ぼす。よって、本発明では、Mnは0.45mass%未満に制限する。好ましくは0.30mass%以下、より好ましくは0.25mass%以下である。
【0029】
P:0.040mass%以下
Pは、1100℃程度の温度で行われるNiろう付け後の冷却時に粒界に濃縮し、耐食性を低下させる有害な成分であるため、低いほど望ましく、本発明では0.040mass%以下とする。好ましくは0.030mass%以下である。
【0030】
S:0.001mass%超え0.005mass%以下
Sは、MnとMnSを形成し、耐食性に悪影響を及ぼす成分であり、低いほど望ましく、本発明では0.005mass%以下とする。しかし、Sの過剰な低減は、製鋼コストの上昇を招くので、下限は0.001mass%超えとする。
【0031】
Al:0.01?0.1mass%
Alは、脱酸材として添加される成分である。また、溶接ビード表面を強固なAl酸化膜で覆い、外部からの酸素の侵入を遮断する効果があるため、0.01mass%以上添加する必要がある。しかし、0.1mass%超える添加は、上記酸化膜によってNiろうの濡れ性が低下するようになるので、0.1mass%を上限とする。
【0032】
N:0.02mass%以下
Nは、Cと同様、ろう付け後の冷却時にCrと結合してCr欠乏層を形成し、耐粒界腐食性を害したり、Nbと結合して鋼中に添加されたNbを消費したり、鋼の溶接性や加工性に悪影響を及ぼしたりする成分であるため、低いほど望ましい。そこで、本発明では、Nは0.02mass%以下とする。
【0033】
Cr:14?30mass%
Crは、ステンレス鋼としての耐食性を確保するため、14mass%以上の添加を必要とする。しかし、30mass%を超える添加は、加工性を害するようになる。よって、Crは14?30mass%の範囲とする。好ましくは15?23mass%の範囲である。
【0034】
Nb:0.3?1.0mass%、かつ、Nb≧15(C+N)
Nbは、炭窒化物を形成してろう付け時の加熱による結晶粒の粗大化を抑制して鋼の強度、靭性を確保したり、鋼の高温強度を高めたりするのに有用な元素であり0.3mass%以上の添加を必要とする。しかし、1mass%を超える添加は、鋼が脆化するので好ましくない。よって、Nbは0.3?1.0mass%の範囲とする。
なお、Nbは、上述した効果の他に、CやNを固定し、Crと結合してCr欠乏層が形成され、鋭敏化するのを抑制することにより、ろう付け後の粒界腐食を防止する効果がある。斯かる効果を得るためには、Nbは15(C+N)以上(ただし、C,Nはmass%)添加する必要がある。好ましくは25(C+N)以上、さらに好ましくは50(C+N)以上である。
【0035】
Ti:0.01mass%以下
Tiは、Nbと同様、C,Nを固定する効果のある元素であるが、易酸化成分でもあるため、ろう付け時に強固な酸化皮膜を形成してろう付け性、特に、Niろうの濡れ性を著しく低下させる。そのため、Tiは低いほど望ましく、本発明では上限を0.01mass%とする。好ましくは0.005mass%以下である。
【0036】
本発明のフェライト系ステンレス鋼は、上記成分組成を満たしていることの他に、CrとSiおよびMnとSが、下記(1)式および(2)式を満たして含有していることが必要である。
Cr+6Si:18?30mass% ・・・(1)
EGRクーラーの使用環境のように、950℃程度の高温から急冷を受ける際の酸化スケールの耐剥離性をより改善するためには、CrとSiを、(Cr+6Si)≧18mass%(ただし、Cr,Siはmass%)を満たして含有させる必要がある。(Cr+6Si)が18mass%未満では、耐酸化性不足のためスケール厚が増大するからである。しかし、(Cr+6Si)が30mass%を超えると、鋼の脆化が著しくなる。よって、本発明では、Cr+6Siは18?30mass%の範囲とする。なお、1000℃から急冷されるEGRクーラーの場合には、Cr+6Siは20mass%以上が好ましく、22mass%以上がより好ましい。
【0037】
Mn×S≦0.0005 ・・・(2)
MnおよびSは、MnSを形成し、耐食性に悪影響を及ぼす成分であり、両元素とも、できる限り低減することが望ましい。よって、本発明では、MnとSの含有量(mass%)の積を0.0005以下に制限する。好ましくは、0.0003以下である。
【0038】
また、本発明のフェライト系ステンレス鋼は、上記成分組成に加えてさらに、CuおよびNiのうちから選ばれる1種または2種を下記の範囲で添加することができる。
Cu:0.6mass%以下、Ni:0.6mass%以下
CuおよびNiは、鋼の耐食性を改善する効果があるため添加することができる。しかし、Cu,Niは、いずれも0.6mass%を超えて添加すると、耐食性改善効果が飽和するため、上限は、それぞれ0.6mass%として添加するのが好ましい。
【0039】
また、本発明のフェライト系ステンレス鋼は、上記成分組成に加えてさらに、Moを下記の範囲で添加することができる。
Mo:2mass%以下
Moは、鋼の耐食性向上に大きな効果があるため、必要に応じて添加することができる。しかし、2mass%を超える添加は、加工性が著しく低下するため、上限を2mass%として添加するのが好ましい。
【0040】
本発明のフェライト系ステンレス鋼は、上記成分以外の残部は、Feおよび不可避的不純物である。ただし、本発明の効果を害しない範囲であれば、上記以外の成分の含有を拒むものではない。
【0041】
なお、本発明のフェライト系ステンレス鋼の製造方法は、鋼の成分組成を上記範囲に制御すること以外は、通常公知のフェライト系ステンレス鋼の製造方法で製造することができ、特に制限はない。
【実施例】
【0042】
表2に示した成分組成の鋼を溶製し、鋼スラブとした後、熱間圧延し、冷間圧延して板厚:1.5mmの冷延板とし、仕上焼鈍して、冷延焼鈍板とした。その後、これらの冷延焼鈍板から、試験片を採取し、下記の高温酸化試験および耐食性試験に供した。
【0043】
<高温酸化試験>
上記各冷延焼鈍板から、板厚×幅:20mm×長さ:40mmの試験片を採取し、これらの試験片を、大気雰囲気の炉中で、950℃×100時間保持する高温酸化試験を行った後、試験片を炉外に取り出して、自然冷却(空冷)する、あるいは、10L/分でアルゴンガスを吹き付け冷却(急冷)した後、目視観察でスケール剥離の痕跡有無を確認すると共に、冷却時に剥離したスケールを回収してスケール剥離量を測定した。その結果、スケール剥離の痕跡なし、かつ、スケール剥離量が1.0mg/cm^(2)以下のものを、耐スケール剥離性が良好(○)、スケール剥離の痕跡ありおよび/またはスケール剥離量が1.0mg/cm^(2)超えのものを、耐スケール剥離性が不良(×)と評価した。なお、試験したn数は、各鋼板とも2とし、1つでも×に該当するものがあれば、×と評価した。
【0044】
<耐食性試験>
上記各冷延焼鈍板から、板厚×幅:20mm×長さ:40mmの試験片を採取し、これらの試験片に、ろう付け時の熱履歴を模擬して、真空雰囲気下で1100℃×10min加熱後、空冷する熱処理を施した。次いで、これらの試験片をJIS Z2371に準じた中性塩水噴霧試験(NSS)に供した後、試験片表面に生じた錆の発生状況を目視観察し、発錆なしのものを耐食性優(◎)、発錆面積率が10%以下のものを耐食性良(○)、発錆面積率が10%超えのものを耐食性劣(×)と評価した。
【0045】
【表2】

【0046】
上記測定の結果を表2中に併記した。この結果から、本発明の成分組成を満たす鋼は、いずれも耐スケール剥離性および耐食性に優れていることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明フェライト系ステンレス鋼は、耐スケール剥離性やろう付け性およびろう付け後の耐食性にも優れているので、EGRクーラー用の他、EGRパイプや熱交換器部品にも好適に用いることができる。
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.02mass%以下、
Si:0.67?2mass%、
Mn:0.45mass%未満、
P:0.040mass%以下、
S:0.001mass%超え0.005mass%以下、
Al:0.01?0.1mass%、
N:0.02mass%以下、
Cr:14?30mass%、
Nb:0.3mass%以上かつ15(C(mass%)+N(mass%))以上1.0mass%以下、
Ti:0.01mass%以下を含有し、かつ、CrとSi、および、MnとSが、下記(1)および(2)式を満たして含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなるEGRクーラー用フェライト系ステンレス鋼。

Cr+6Si:18?30mass% ・・・(1)
Mn×S≦0.0005 ・・・(2)
(ただし、上記式中の元素記号はその元素の含有量(mass%)を示す。)
【請求項2】
上記成分組成に加えてさらに、Ni:0.6mass%以下を含有することを特徴とする請求項1に記載のEGRクーラー用フェライト系ステンレス鋼。
【請求項3】
上記成分組成に加えてさらに、Mo:2mass%以下を含有することを特徴とする請求項1または2に記載のEGRクーラー用フェライト系ステンレス鋼。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2017-03-17 
出願番号 特願2011-143001(P2011-143001)
審決分類 P 1 651・ 853- YAA (C22C)
P 1 651・ 121- YAA (C22C)
P 1 651・ 851- YAA (C22C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 静野 朋季佐藤 陽一  
特許庁審判長 鈴木 正紀
特許庁審判官 板谷 一弘
富永 泰規
登録日 2015-08-07 
登録番号 特許第5786491号(P5786491)
権利者 JFEスチール株式会社
発明の名称 EGRクーラー用フェライト系ステンレス鋼  
代理人 特許業務法人銀座マロニエ特許事務所  
代理人 特許業務法人銀座マロニエ特許事務所  

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