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審決分類 |
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない。 C07C |
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管理番号 | 1328357 |
審判番号 | 不服2015-21605 |
総通号数 | 211 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2017-07-28 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2015-12-04 |
確定日 | 2017-05-17 |
事件の表示 | 特願2014-96295「液体」拒絶査定不服審判事件〔平成26年10月9日出願公開、特開2014-193885〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 |
理由 |
第1 手続の経緯 この出願は、2005年4月7日(パリ条約による優先権主張外国庁受理2004年4月7日(GB)英国)を国際出願日とする特願2007-506841号の一部を平成23年8月31日に新たな特許出願とした特願2011-188535号の一部を、平成26年5月7日に新たな特許出願としたものであって、平成26年5月30日に上申書及び手続補正書が提出され、平成27年2月27日付けで拒絶理由が通知され、同年7月2日に意見書及び手続補正書が提出され、同年7月31日付けで拒絶査定がされ、同年12月4日に拒絶査定不服審判が請求されるとともに誤訳訂正書が提出されたものである。 なお、この出願の一部が平成26年12月26日に特願2014-266275号として分割出願されている。 また、上記特願2007-506841号からは、平成24年9月10日に特願2012-198805号が分割出願されている。 第2 平成27年12月4日付けの誤訳訂正書による手続補正についての補正の却下の決定 [補正の却下の決定の結論] 平成27年12月4日付けの誤訳訂正書による手続補正を却下する。 [理由] 1 本件補正 平成27年12月4日付けの誤訳訂正書による手続補正(以下「本件補正」という。)は、本件補正前の特許請求の範囲(平成27年7月2日に提出された手続補正書により補正されたものである。)の請求項1である 「アニオン及びカチオンを含むイオン性液体を用いた、有機材料を溶解する方法であって、該カチオンが下式(I)の窒素含有カチオンであることを特徴とする方法。 N^(+)HRR’R'' (I) (Rは、窒素含有官能基、ヒドロキシル基、及びアルコキシ基から選択される1つ以上の置換基で置換された1?12個の炭素原子を有する直鎖又は分岐アルキル基であり、 R’及びR''は同じであっても違ってもよく、それぞれH、又は窒素含有官能基、ヒドロキシル基、及びアルコキシ基から選択される1つ以上の置換基で置換されていてもよい1?12個の炭素原子を有する直鎖又は分岐アルキル基である。)」 を、 「アニオン及びカチオンを含むイオン性液体を用いた、有機材料を溶解する方法であって、該カチオンが下式(I)の窒素含有カチオンであることを特徴とする方法。 N^(+)HRR’R'' (I) (Rは、アミノ基、及び1?12個の炭素原子を有する1つ又は2つのアルキル基で置換されたアミノ基から選択される1つ以上の置換基で置換された、1?12個の炭素原子を有する、直鎖又は分岐アルキル基であり、 R’及びR''は、同じであっても違ってもよく、それぞれH、又はアミノ基、及び1?12個の炭素原子を有する1つ又は2つのアルキル基で置換されたアミノ基から選択される1つ以上の置換基で置換されていてもよい、1?12個の炭素原子を有する、直鎖又は分岐アルキル基である。)」 とする補正を含むものである(注:補正部分に下線を付した。)。 2 補正の適否 (1)補正の目的の適否 上記補正は、発明を特定するために必要な事項であるイオン性液体における式(I)の窒素含有カチオンに関し、 Rである置換された1?12個の炭素原子を有する直鎖又は分岐アルキル基の置換基の選択肢から「ヒドロキシル基」及び「アルコキシ基」を削除するとともに、同じく置換基の選択肢である「窒素含有官能基」を「アミノ基、及び1?12個の炭素原子を有する1つ又は2つのアルキル基で置換されたアミノ基から選択される1つ以上の置換基」と限定し、 R’又はR''が置換された1?12個の炭素原子を有する直鎖又は分岐アルキル基である場合のその置換基の選択肢から「ヒドロキシル基」及び「アルコキシ基」を削除するとともに、同じく置換基の選択肢である「窒素含有官能基」を「アミノ基、及び1?12個の炭素原子を有する1つ又は2つのアルキル基で置換されたアミノ基から選択される1つ以上の置換基」と限定する、 ものであるから、イオン性液体の化学構造を限定するものであって、その補正前の請求項1に記載された発明とその補正後の請求項1に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるから、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法(以下「平成18年改正前特許法」という。)第17条の2第4項第2号の「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当する。 (2)独立特許要件について そこで、本件補正後の上記請求項1に記載されている事項により特定される発明(以下「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(平成18年改正前特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか)否かについて検討する。 特許法第36条第6項第1号について検討する。 ア はじめに 特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件(いわゆる「明細書のサポート要件」)に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。 イ 発明の詳細な説明の記載 (ア)技術分野、背景技術、発明が解決しようとする課題についての記載 この出願の明細書(以下「本願明細書」という。補正はされていないが、段落【0063】において「溶媒和現象」が「加溶媒分解現象」と誤訳訂正されている。)の段落【0001】?【0007】に、以下の記載がある。 「【0001】本発明はイオン性液体及びその使用に関する。また、本発明はイオン性液体の製造方法を提供する。 【0002】イオン性液体は、イオンから構成される融点が周囲温度より低い化合物である。それらは、電荷が非局在化し、非対称化したイオンを適当に組み合わせて生成させることが可能である。生じる塩の秩序度を減少させることができて、その得られた塩が周囲温度で液体である点まで融点が低下する。イオン上の電荷の非局在化もまた、生じる塩の融点を決定づける重要な因子である。イオン性液体は、ごくわずかな蒸気圧及び高い溶媒和能力を含む多くの特筆すべき特性を有し、そのことがイオン性液体を多くの用途における従来の溶媒の代替物として興味深いものにしている。 【0003】イオン性液体は、アニオン及びカチオンから構成されてもよく、その代わりに同一分子上に正電荷及び負電荷の両方を持つ両性イオンからなっていてもよい。最も一般的なイオン性液体はアニオン及びカチオンを含んでいる。 【0004】先行技術には、例えば4級アンモニウムカチオン、ピロリジニウム(pyrrolidinium)カチオン、イミダゾリウムカチオン、トリアゾリウム(triazolium)カチオン、ピリジニウムカチオン、ピリダジニウム(pyridazinium)カチオン、ピリミジニウム(pyrimidinium)カチオン、ピラジニウム(pyrazinium)カチオン及びトリアジニウム(triazinium)カチオンから選択される核に基づく、4級の窒素又はリン系のカチオンから構成される液体が含まれている。これらの種類のイオン性液体は、非常に粘ちょうで、潜在的に危険であり、UV及び可視光を強く吸収する傾向がある。その上、これらのイオン性液体の調製には多くの化学工程及びクロマトグラフ工程が含まれ、そのことがこの方法を時間のかかる、高価でかつ効率的ではないものにしている。 【0005】AndersonらのJ. Am. Chem. Soc. 124: 14247-14254 (2002)には、特定の化学用途に使用される、1級又は3級のアンモニウム系カチオンから構成されるイオン性液体が開示されている。 【発明の概要】 【発明が解決しようとする課題】 【0006】本発明者らは別のイオン性液体を提供する。 【課題を解決するための手段】 【0007】本発明によって、アニオン及びカチオンを含み、そのカチオンは荷電した窒素原子を含む1級、2級又は3級のアンモニウムイオンであるイオン性液体が提供される。」 (イ)イオン性液体の窒素含有カチオンの化学構造についての上位概念の式(I)の記載 段落【0011】に、以下の記載がある。 「【0011】本発明の別の態様によって、アニオン及びカチオンを含み、そのカチオンが式(I)の窒素含有カチオンであることを特徴とする、イオン性液体が提供される。 N^(+)HRR’R'' (I) (Rはヒドロカルビル基であって、窒素含有官能基(ニトリル、ニトロもしくはアミノ、又は他の塩基性窒素含有官能基を含む)、チオール、アルキチオ(alkythio)、スルホニル、チオシアネート、イソチオシアネート、アジド、ヒドラジノ、ハロゲン、1つ以上のエーテルもしくはチオエーテル連結基で分断されていてもよいアルキル、アルコキシ、アルケニル、ヒドロキシ、カルボニル(アルデヒド又はケトンを含む)、カルボキシル、ボロネート、シリル及び置換アミノ(例えばモノ-もしくはジ-アルキルアミノ、又はアルキアミド(alkyamide))から選択される1つ以上の置換基で置換されていてもよく、 R’及びR''は同じであっても違ってもよく、それぞれH又はRを表し、あるいは R、R’及びR''のうち任意の2つ又は3つがNと一緒に結合して、環状基を形成してもよい。)」 (ウ)式(I)の窒素含有カチオンのRである置換されていてもよいヒドロカルビル基におけるヒドロカルビルの種類と炭素数についての一般的な記載 段落【0015】?【0016】に、以下の記載がある。 「【0015】本発明の目的のために、ヒドロカルビルには、アルキル、アルケニル、アルキニル、シクロヒドロカルビル、例えばシクロアルキル、シクロアルケニル、及びこれらの組み合わせを含む部分が含まれるが、これらに限定されない。 【0016】ここで使用する「アルキル」とは、例えば1?12個の炭素原子、例えば1、2、3、4、5、6、7、8個の炭素原子からなる直鎖及び分岐アルキル基の両方に関し、メチル、エチル、n-プロピル、イソプロピル、n-ブチル、sec-ブチル、イソブチル、tert-ブチル、n-ペンチル、n-ヘキシル、n-ヘプチル、n-オクチルが含まれるが、これらに限定されない。また、「アルキル」には、シクロプロピル、シクロブチル、シクロペンチル又はシクロヘキシルを含むシクロアルキル基も包含されるが、これらに限定されない。」 (エ)式(I)の窒素含有カチオンのRである置換されていてもよいヒドロカルビル基の好ましい置換基についての一般的な記載及び好ましい上記カチオンについての記載 段落【0040】?【0048】に、以下の記載がある。 「【0040】好ましくは、Rは、アルケニル、ヒドロキシル、アミノ、チオ、カルボニル及びカルボキシル基からなる群から選択される部分で置換されている。より好ましくは、Rはヒドロキシル又はアミノ基で置換されている。 【0041】Rがヒドロキシル基で置換されている種類の化合物においては、本発明は、イオン性液体が塩化ジエタノールアンモニウムではないという条件を含んでもよい。 【0042】(例えば、アルケニル、ヒドロキシル、アミノ、チオール、カルボニル及びカルボキシル基からなる群から選択される)置換基が1つより多く存在する場合、1つより多い置換基が単一のカチオン上に存在してもよい。 【0043】ある種類の化合物においては、Rは1、2、3、4、5又は6個の炭素原子を有するヒドロキシアルキル基である。ヒドロキシアルキル基はその自由末端炭素上にヒドロキシル部分を有してもよい。Rは2?6個の炭素原子を有するポリオールであってよく、例えばジ-アルカノール、トリ-アルカノール又はテトラ-アルカノール基である。 【0044】好ましくは、カチオンは、エタノールアンモニウム、N-(アルコキシエチル)アンモニウム、N-メチルエタノールアンモニウム、N,N-ジメチルエタノールアンモニウム、ジエタノールアンモニウム、N-アルキルジエタノールアンモニウム(例えばブチルジエタノールアンモニウム)、N,N-ジ(アルコキシアルキル)アンモニウム(例えばジ(メトキシエチル)アンモニウム)又はトリエタノールアンモニウムイオンである。 【0045】より好ましくは、カチオンは、メチルエタノールアンモニウム、N,N-ジメチルエタノールアンモニウム、N,N-ジ(メトキシエチル)アンモニウム又はブチルジエタノールアンモニウムイオンである。 【0046】他の種類の化合物においては、Rは2?8個の炭素原子を有するアミノアルキル基であり、例えば2、3、4、5、6、7又は8個の炭素原子を有する。アミノアルキルはジ-又はトリ-アミノアルキル基であってよい。 【0047】一部の化合物においては、Rはプトレシン、ピペリジン又はトロピンである。 【0048】好ましいカチオンには、エタノールアンモニウム、ジエタノールアンモニウム、N-ブチルジエタノールアンモニウム、N-メチルエタノールアンモニウム、ジ(メトキシエチル)アンモニウム、N,N-ジメチルエタノールアンモニウム、プトレシニウム(putrescinium)、1-(3-ヒドロキシプロピル)プトレシニウム、又はN-(3-ヒドロキシプロピル)-N-メチルシクロヘキシルアンモニウムイオンが含まれる。さらに好ましくは、カチオンには、N-ブチルジエタノールアンモニウム、N-メチルエタノールアンモニウム、ジ(メトキシエチル)アンモニウム、N,N-ジメチルエタノールアンモニウム、プトレシニウム、1-(3-ヒドロキシプロピル)プトレシニウム、又はN-(3-ヒドロキシプロピル)-N-メチルシクロヘキシルアンモニウムイオンが含まれる。」 (オ)イオン性液体のアニオンについての記載 段落【0049】?【0051】に、以下の記載がある。 「【0049】上の一覧に含まれるカチオンはいずれも、任意の開示されたアニオンと組み合わせてよい。 【0050】本発明のイオン性液体におけるアニオンの同一性は重要ではない。イオン性液体の融点を所望の温度未満に保つための、アニオンの選択における唯一の理論的制約はそのイオン重量である。 【0051】好ましくは、アニオンはハロゲン化無機アニオン、硝酸イオン、硫酸イオン、リン酸イオン、炭酸イオン、スルホン酸イオン及びカルボン酸イオンから選択される。スルホン酸イオン及びカルボン酸イオンはアルキルスルホン酸イオン及びアルキルカルボン酸イオンであってよく、その中のアルキル基は例えば1?20個の炭素原子を有する部分であって、アルキル、及びアルケニル、アルコキシ、アルケノキシ(alkenoxy)、アリール、アリールアルキル、アリールオキシ、アミノ、アミノアルキル、チオ、チオアルキル、ヒドロキシル、ヒドロキシアルキル、カルボニル、オキソアルキル、カルボキシル、カルボキシアルキルもしくはハロゲン化官能基で任意の位置が置換されたアルキルとから選択され、全ての塩、エーテル、エステル、5価窒素もしくはリンの誘導体、又はそれらの立体異性体を含む。例えばアニオンは、ビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、炭酸イオン、炭酸水素イオン、硫酸イオン、硫酸水素イオン、ケイ酸イオン、リン酸イオン、リン酸水素イオン、リン酸二水素イオン、メタリン酸イオン、メタンスルホン酸イオン、トリフルオロメタンスルホン酸イオン、エチレンジアミン四酢酸イオン、塩化物イオン、臭化物イオン、ヨウ化物イオン、ヘキサフルオロリン酸イオン、テトラフルオロホウ酸イオン、トリフルオロ酢酸イオン、ペンタフルオロプロパン酸イオン、ヘプタフルオロブタン酸イオン、シュウ酸イオン、ギ酸イオン、酢酸イオン、プロパン酸イオン、ブタン酸イオン、ペンタン酸イオン、ヘキサン酸イオン、ヘプタン酸イオン、オクタン酸イオン、ノナン酸イオン、デカン酸イオン、安息香酸イオン、ベンゼンジカルボン酸イオン、ベンゼントリカルボン酸イオン、ベンゼンテトラカルボン酸イオン、クロロ安息香酸イオン、フルオロ安息香酸イオン、ペンタクロロ安息香酸イオン、ペンタフルオロ安息香酸イオン、サリチル酸イオン、グリコレート、ラクテート、パントテン酸イオン、酒石酸イオン、酒石酸水素イオン、マンデル酸イオン、クロトン酸イオン、リンゴ酸イオン、ピルビン酸イオン、コハク酸イオン、クエン酸イオン、フマル酸イオン、フェニル酢酸イオンから選択してもよい。特別好ましいアニオンは有機カルボン酸イオンである。アニオンに活性プロトンが含まれる必要がある場合、グリコレート、酒石酸イオン及びラクテートのアニオンが好ましい。これらは酸及びヒドロキシル官能基の両方を含んでいる。」 (カ)式(I)の窒素含有カチオン及びアニオンからなるイオン性液体の例示の記載 段落【0053】に、冒頭のギ酸エタノールアンモニウム、次の酢酸エタノールアンモニウム、・・・と、573個の化合物名が、以下の7種の窒素含有カチオンごとに、アニオンを順次変えて、記載されている。 (i) 1?81番目(81個)は、カチオンがエタノールアンモニウム(審決注:H_(3)N^(+)CH_(2)CH_(2)OH) (ii) 82?162番目(81個)は、カチオンがジエタノールアンモニウム(審決注:H_(2)N^(+)(CH_(2)CH_(2)OH)_(2)) (iii)163?245番目(83個)は、カチオンがN-ブチルジエタノールアンモニウム(審決注:HN^(+)(C_(4)H_(9))(CH_(2)CH_(2)OH)_(2)) (iv) 246?327番目(82個)は、カチオンがN,N-ジメチルエタノールアンモニウム(審決注:HN^(+)(CH_(3))_(2)CH_(2)CH_(2)OH) (v) 328?409番目(82個)は、カチオンがN-メチルエタノールアンモニウム(審決注:H_(2)N^(+)(CH_(3))CH_(2)CH_(2)OH) (vi) 410?492番目(83個)は、カチオンがN,N-ジ(メトキシエチル)アンモニウム(審決注:H_(2)N^(+)(CH_(2)CH_(2)OCH_(3))_(2)) (vii)493?573番目(81個)は、カチオンが1-(3-ヒドロキシプロピル)プトレシニウム(審決注:H_(2)N^(+)(CH_(2)CH_(2)CH_(2)OH)(CH_(2)CH_(2)CH_(2)CH_(2)NH_(2))) 例として上記の1?83番目、163番目のアニオン又はアニオンを与える酸を順次挙げると(・・・アニオンの「アニオン」の表記は一部を除き省略する。)、以下のとおりである; ギ酸、酢酸、プロパン酸、プロパン二酸、ブタン酸、ブテン酸、ブタン二酸、ペンタン酸、ペンタン二酸、ペンテン酸、ヘキサン酸、ヘキサン二酸、ヘキセン酸、ヘプタン酸、ヘプタン二酸、ヘプテン酸、オクタン酸、オクタン二酸、オクテン酸、ノナン酸、ノナン二酸、ノネン酸、デカン酸、デカン二酸、デセン酸、ウンデカン酸、ウンデカン二酸、ウンデセン酸、ドデカン酸、ドデカンジカルボン酸、ドデセンカルボン酸、シクロヘキサンカルボン酸、シクロヘキセンカルボン酸、フェノキシド(審決注:フェノール)、安息香酸、ベンゼンジカルボン酸、ベンゼントリカルボン酸、ベンゼンテトラカルボン酸、クロロ安息香酸、フルオロ安息香酸、ペンタクロロ安息香酸、ペンタフルオロ安息香酸、サリチル酸、グリコレート(審決注:グリコール酸)、ラクテート(審決注:乳酸)、パントテン酸、酒石酸、酒石酸水素アニオン、マンデル酸、クロトン酸、リンゴ酸、ピルビン酸、コハク酸、クエン酸、フマル酸、フェニル酢酸、シュウ酸、ビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、炭酸、炭酸水素イオン、硫酸、硫酸水素イオン、リン酸、リン酸水素イオン、リン酸二水素イオン、メタンスルホン酸、トリフルオロメタンスルホン酸、エチレンジアミン四酢酸、ヘキサフルオロリン酸、テトラフルオロホウ酸、トリフルオロ酢酸、ペンタフルオロプロパン酸、ヘプタフルオロブタン酸、ホスホエノールピルビン酸、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸、アデノシンリン酸、アデノシン二リン酸、アデノシン三リン酸、オキシニアケート(oxyniacate)(審決注:いかなるものか不明である。)、硝酸、亜硝酸、臭化物イオン(臭化水素)、ヨウ化物イオン(ヨウ化水素)、塩化物イオン(塩化物)。 (キ)イオン性液体の製造方法についての一般的な記載 段落【0055】?【0057】に、以下の記載がある。 「【0055】別の態様によれば、本発明は、 (i)1級、2級又は3級の有機アミンを用意し、及び (ii)(i)の化合物を酸で中和する 工程を含む、本発明のイオン性液体の調製方法を提供する。 【0056】本発明の方法は、 (i)式(II)の窒素含有化合物を用意し、及び N^(+)HRR’R'' (II) (R、R’及びR''はここに定義した意味を有する) (ii)(i)の化合物を酸で中和する 工程を含んでもよい。 【0057】本発明の方法はただ1つの工程を含み、かつ一般に容易に入手できる出発原料を使用することから、イオン性液体を製造する経済的なルートを提供する。」 (ク)式(I)の窒素含有カチオン及びアニオンからなるイオン性液体の物理的性質及びこれを溶媒として使用することについての一般的な記載 a 段落【0012】?【0014】に、以下の記載がある。 「【0012】ここでの「イオン性液体」には、イオンからなる化合物であって、かつその化合物が安定な温度で液体であるものが含まれるがこれらに限定されない。そのイオン性液体の融点は、100℃未満であってよく、例えば25℃未満、及び必要に応じて20℃未満であってもよい。イオン性液体の沸点は少なくとも200℃であってよく、500℃を超え、あるいはさらに1000℃を超えてもよい。 ・・・・・・・・・・・・・・・ 【0014】・・・さらに好ましくは、イオン性液体の融点は30℃以下であり、その粘度は500センチポイズ(500mPa・s)未満である。」 b 段落【0039】に、以下の記載がある。 「【0039】高い溶媒和能力を示すことに加えて、本発明のイオン性液体は低粘度であり、毒性がなく、さらに無色である。これらの特徴は、本発明のイオン性液体を様々な用途で有用なものにしている。」 c 段落【0050】に、以下の記載がある。 「【0050】本発明のイオン性液体におけるアニオンの同一性は重要ではない。イオン性液体の融点を所望の温度未満に保つための、アニオンの選択における唯一の理論的制約はそのイオン重量である。」 d 段落【0062】?【0066】に、以下の記載がある。 「【0062】さらに本発明は、本発明のイオン性液体において定義されたカチオンを、酵素触媒反応の溶媒中で使用することを提供する。さらに、本発明のイオン性液体を酵素触媒反応の溶媒として使用することも提供される。 【0063】ある生物学的及び/又は化学的反応にイオン性液体を使用することには、従来の水溶液と比べていくつかの利点がある。イオン性液体は、幅広い範囲の無機、有機、高分子及び生物材料を溶解する能力を有し、しばしば非常に高濃度まで溶解する。イオン性液体の液体範囲は幅広く、高低温両方のプロセスを同一溶媒中で行うことを可能にする。イオン性液体は加溶媒分解現象を発現せず、多くは短寿命の反応中間体を安定化する。溶媒中でのpH効果はなく、蒸気圧が液体範囲のほとんどにわたって実質的にゼロである。また、イオン性液体の電気及び熱伝導性は優れている一方、非可燃性で、リサイクル可能であって一般に毒性が低い。 【0064】さらに本発明は、本発明のイオン性液体の、又は本発明のイオン性液体において定義されたカチオンの、有機合成の溶媒、マトリクス支援レーザ脱離/イオン化(MALDI)質量分析法におけるマトリクス、溶媒抽出(例えば所望の成分を非混和性液体もしくは固体から除去する)又はガスクロマトグラフィ、触媒反応、液状化、核燃料再処理、燃料電池、電気化学的用途、パーベーパーレイション(pervaporation)、ドラッグ・デリバリー、潤滑、作動液、接着剤、センサー、殺生剤及びクロマトグラフ媒体における使用を提供する。 【0065】(i)本発明のイオン性液体を含む、液体反応媒体を用意し、 (ii)その液体反応媒体中に、酵素及びその酵素の基質を供給し、並びに (iii)その基質の反応を生じさせる ことを含む、酵素触媒反応を行う方法がさらに提供される。 本発明のイオン性液体中で有機合成反応を行うことを含む、1種以上の有機化合物を合成する方法がさらに提供される。 【0066】本発明のイオン性液体中で有機合成反応を行うことを含む、1種以上の有機化合物を合成する方法がさらに提供される。」 (ケ)実施例の記載 段落【0071】?【0075】に、以下の記載がある。 「【0071】材料及び方法について 1個以上のアンモニア性プロトンを有するアンモニウム系イオン性液体の調製:必要とする化学量論的に当量の親アミン及び相補する酸を、水、メタノール又はエタノールに別々に溶解して同濃度の溶液を得た。同体積のこれら2つの溶液を、反応温度が60℃を超えないようにするのに十分遅い速度で、攪拌及び冷却しながらフラスコ中で一緒に混合した。中和が完了した後、60℃を超えない温度で過剰の溶媒を真空除去した。その後、生成物を凍結乾燥し、分析して、乾燥状態で保管した。 【0072】N,N-ジメチルエタノールアンモニウム グリコレートの調製:N,N-ジメチルエタノールアミンのアルコール溶液(100.00mL、濃度2.000M)及びグリコール酸のアルコール溶液(100.00mL、濃度2.000M)を、外部から冷却及び攪拌しながら500mL丸底フラスコ中で徐々に混合した。中和反応が完了した後、冷たいアルコール溶液を濾過し、きれいなフラスコに移し、溶媒をロータリエバポレーターで除去した。反応生成物を液体窒素中で凍結し、真空で凍結乾燥し、徐々に室温まで上昇させて、水分量がカールフィッシャー滴定で100ppm未満、純度がイオンクロマトグラフィで99.9%を超える、淡黄色液体を32.85g(99%)の収率で得た。生成物を、元素分析と、赤外分光法、紫外/可視分光法及び核磁気共鳴分光法によって分析し、真空デシケーター中、無水塩化カルシウム上で保管した。 FT-IR(cm^(-1)):1591、1076、1358、687、993、1468、909、1255、881、1154、1171、3240、2870、2484、1745 UV/vis λ_(max)(nm):234 E^(N)_(T)(Reichardt):0.912 密度(g・cm^(-3)):1.146 【0073】N-ブチルジエタノールアンモニウム ビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミドの調製:500mL丸底フラスコ中のN-ブチルジエタノールアミンのアルコール溶液(100.00mL、濃度2.000M)に、ビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド56.232gを、激しく攪拌して外部から冷却しながら30分間にわたって徐々に添加した。反応完了後、溶液を濾過し、溶媒を真空中で除去した。生成物を前述のように乾燥して、水分量がカールフィッシャー滴定で100ppm未満、純度がイオンクロマトグラフィで98%を超える、淡黄色液体を87.2g(98%)の収率で得た。生成物は、前述のように分析して保管した。 FT-IR(cm^(-1)):1051、1132、1181、1347、741、791、764、880、960、1461、2967、3523、2941、2880、3138、1632 UV/vis λ_(max)(nm):304 E^(N)_(T)(Reichardt):0.994 密度(g・cm^(-3)):1.343」 【0074】応用について N,N-ジメチルエタノールアンモニウム グリコレート中での酵素触媒反応(アルコール脱水素酵素):純水分量がカールフィッシャー滴定で100ppm未満のイオン性液体(6mL)に、メタノール(50μL)を溶解した。ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(100mg)を、凍結乾燥したサッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)アルコール脱水素酵素(1mg)と一緒に添加した。反応容器を密閉して、反応全体を通して激しく振とうし続けながら、30℃で24時間インキュベートした。0、2、4、8、12及び24時間の時点でサンプル(1mL)を抽出し、クロモトロープ酸測定(chromotropic acid assay)法により分析した。酵素を含まない標準品に対する評価サンプルの560nmでの吸収を測定し、標準曲線と比較することによりホルムアルデヒド濃度と相関を取った。最大で平衡濃度である20±2mMまでの、ホルムアルデヒドの蓄積が観察された。 【0075】N,N-ジメチルエタノールアンモニウム グリコレートの生分解:N,N-ジメチルエタノールアンモニウム グリコレート(5mM)を、廃棄土壌から集めた土壌微生物の混合した群生を選択的に富化するための唯一の窒素及び炭素源として使用した。個々の微生物を混合した培養物から単離し、リン酸バッファー水溶液中の様々な濃度のイオン性液体を代謝する能力について選別した。実験は、エルレンマイヤーフラスコ中、30℃、110rpmで振とうしながら行った。分解はイオンクロマトグラフィを用いてモニターした。5mMのイオン性液体は48時間以内に容易に分解され(除去率は98%超)、最終的な窒素代謝物はアンモニアであった。」 ウ 本願補正発明の課題について 上記イ(ア)によれば、この出願の優先日当時、イオン性液体が知られており、従来の溶媒の代替物としての興味も持たれていたが、従来技術のイオン性液体は、ピロリジニウムカチオン、イミダゾリウムカチオン、トリアゾリウムカチオン、ピリジニウムカチオン、ピリダジニウムカチオン、ピリミジニウムカチオン、ピラジニウムカチオン及びトリアジニウムカチオンのような4級の窒素又はリン系のカチオンを有するイオン性液体であり、非常に粘稠で、潜在的に危険で、UV及び可視光を強く吸収する傾向があり、その上、これらのイオン性液体の調製には多くの化学工程及びクロマトグラフ工程が含まれ時間がかかり高価で効率的でないという問題があった。そこで、この出願の発明は、別のイオン性液体を提供する、というものである。 したがって、本願補正発明の課題は、従来技術のイオン性液体とは別のイオン性液体を、従来の溶媒の代替物として使用する、有機材料を溶解する方法を提供することであると認められる。 エ 発明の詳細な説明に記載された発明と特許請求の範囲の請求項1に記載された発明との対比・判断 (ア)本願補正発明は、上記1に示したとおり、 「アニオン及びカチオンを含むイオン性液体を用いた、有機材料を溶解する方法であって、該カチオンが下式(I)の窒素含有カチオンであることを特徴とする方法。 N^(+)HRR’R'' (I) (Rは、アミノ基、及び1?12個の炭素原子を有する1つ又は2つのアルキル基で置換されたアミノ基から選択される1つ以上の置換基で置換された、1?12個の炭素原子を有する、直鎖又は分岐アルキル基であり、 R’及びR''は、同じであっても違ってもよく、それぞれH、又はアミノ基、及び1?12個の炭素原子を有する1つ又は2つのアルキル基で置換されたアミノ基から選択される1つ以上の置換基で置換されていてもよい、1?12個の炭素原子を有する、直鎖又は分岐アルキル基である。)」 と特定されている。 「イオン性液体を用いた、有機材料を溶解する方法」とは、イオン性液体を有機材料を溶解するための溶媒として使用する方法を意味し、溶媒として用いるそのイオン性液体は、要するに、式(I)の第一級、第二級又は第三級アンモニウムカチオンである窒素含有カチオンと、アニオンからなる、塩であって、その窒素含有カチオンは、 第一級アンモニウムカチオンであるときは、窒素原子に、3個の水素原子と、1個のC_(1-12) アルキル基であってアミノ基、アルキルアミノ基(そのアルキル基はC_(1-12))又はジアルキルアミノ基(同左)で置換された上記アルキル基を有するものであり、 第二級アンモニウムカチオンであるときは、窒素原子に、2個の水素原子と、2個又は1個の上記置換アルキル基と、その数に応じて0個又は1個の非置換C_(1-12) アルキル基を有するものであり、 第三級アンモニウムカチオンであるときは、窒素原子に、1個の水素原子と、3個、2個又は1個の上記置換アルキル基と、その数に応じて0個、1個又は2個の上記非置換アルキル基を有するものである。 そして、溶媒とは、溶質となる物質(固体、液体又は気体)を溶かして溶液とする媒体となる物質のことであるところ、どのような液体でも、何れの物質とも全く混じり合わず溶液を形成しないということはない一方、ある物質が溶解するか否かや溶解する場合にどの程度溶解するかは物質の相互作用の結果なのであるから、発明の詳細な説明に、ある物質の溶媒としての使用に関する発明が記載されているというためには、漠然と、有機材料を溶解できる、とするだけでは足りず、具体的に、どのような物質(溶質)をどの程度に溶解できるのかが示されているか、物質の溶解性の指標となる物性が示されているか、示されていなくても技術常識に照らして当業者がこの点を理解できるといえる必要がある。このように考えなければ、ある物質を溶媒として使用する方法を提供する発明と、液体であるその物質を提供する発明とが、実際上同じものということになり、不合理である。 以下、上記の観点で、この出願の特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かについて検討する。 (イ)そこで、本願明細書の発明の詳細な説明を参照すると、上記イ(ケ)に示したように、実施例にN,N-ジメチルエタノールアンモニウム グリコレート中でのアルコール脱水素酵素によるメタノールの脱水素反応を行ったことは記載されているが、N,N-ジメチルエタノールアンモニウム グリコレートは本願補正発明におけるイオン性液体ではなく、本願補正発明におけるイオン性液体を、有機材料を溶解するための溶媒として使用した具体例は、記載されていない。 また、発明の詳細な説明には、本願補正発明におけるイオン性液体の上位概念に係るイオン性液体について(上記イ(イ)?(カ))、上記イ(ク)に示したように、「高い溶媒和能力を示す」、「幅広い範囲の無機、有機、高分子及び生物材料を溶解する能力を有し、しばしば非常に高濃度まで溶解する」、「本発明のイオン性液体を酵素触媒反応の溶媒として使用する」等、記載されているが、一般的な記載にとどまり、具体的に、どの化学構造のイオン性液体が、どのような物質(溶質)をどの程度に溶解できるのかは明らかでなく、高い溶媒和能力又は溶解能力の指標となる物性が示されているのでもない。このように、どのような物質(溶質)をどの程度に溶解できるのかを知る手掛かりとなる記載がない。 しかも、上記イ(イ)?(カ)のイオン性液体についての記載も、イオン性液体の化学構造について、本願補正発明で用いるのよりも上位概念の式(I)の窒素含有カチオンのR、R’及びR''について、ヒドロカルビル基がとり得る置換基の選択肢を多く示し(上記イ(イ))、ヒドロカルビル基におけるヒドロカルビルはアルキルで炭素数が12まででよいこと(上記イ(ウ))、そのRの置換アルキル基の置換基が窒素含有官能基であるRの例にはアミノアルキル基、ジアミノアルキル基、トリアミノアルキル基、プトレシニウム(審決注:H_(3)N^(+)CH_(2)CH_(2)CH_(2)CH_(2)NH_(2) なのでRとしては4-アミノブチル基になる。)があること(上記イ(エ))、アニオンの種類がイオン性液体の融点に影響すること(上記イ(オ))を記載し、具体的な化合物名を7種の窒素含有カチオンに約80のアニオンを組み合わせて都合573個記載しているが(上記イ(カ))、何れも、窒素含有カチオンの化学構造が本願補正発明で用いるイオン性液体とは異なる。また、イオン性液体の製法に関する記載も、有機アミンを酸で中和するというだけのもので(上記イ(キ))、何ら具体的でない。 そうすると、本願補正発明は、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとはいえない。 (ウ)次に、当業者が出願時の技術常識に照らし本願補正発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討する。 上記(イ)に示したように、上記イ(ケ)に示した実施例は、本願補正発明におけるイオン性液体ではないN,N-ジメチルエタノールアンモニウム グリコレートでの、アルコール脱水素酵素によるメタノールの脱水素反応を行った例であるが、このイオン性液体についてすら、この実施例以外のどのような物質(溶質)をどの程度に溶解できるのかを、当業者が理解できるということはできず、このイオン性液体を有機材料を溶解するための溶媒として使用することが、本願出願時の当業者の技術常識であったとはいえない。 本願補正発明におけるイオン性液体は、上記イ(ケ)に示した実施例のN,N-ジメチルエタノールアンモニウム グリコレートとは異なる物質であるが、上記イ(イ)?(カ)を参照すれば、上記N,N-ジメチルエタノールアンモニウム グリコレートにおける2-ヒドロキシエチル基の代わりに2-アミノエチル基又は4-アミノブチル基を有する化合物等が想定され、上記N,N-ジメチルエタノールアンモニウム グリコレートと類似する性質を有するといえる余地はある。しかし、その場合でも、上述のように、実施例のN,N-ジメチルエタノールアンモニウム グリコレートですら、有機材料を溶解するための溶媒として使用することが、本願出願時の当業者の技術常識であったとはいえないので、本願補正発明におけるイオン性液体を有機材料を溶解するための溶媒として使用することが、本願出願時の当業者の技術常識であったとはいえない。 まして、本願補正発明におけるイオン性液体は、特許請求の範囲に記載された式(I)においてRで示された置換アルキル基の置換基が特定の窒素含有官能基である窒素含有カチオンを有するイオン性液体であって、上記の2-アミノエチル基又は4-アミノブチル基を有する化合物に限定されず、上記(ア)でみたとおり、その窒素含有カチオンは、C_(1-12) アルキル基であってアミノ基、アルキルアミノ基(そのアルキル基はC_(1-12))又はジアルキルアミノ基(同左)で置換された上記アルキル基を少なくとも1個有する第一級、第二級又は第三級アンモニウムカチオンである(他のアルキル基が存在するときは非置換C_(1-12) アルキル基)という、広範な化学構造の窒素含有カチオンを有するイオン性液体なのである。それらについてはなおさら、そのイオン性液体を有機材料を溶解するための溶媒として使用することが、本願出願時の当業者の技術常識であったとはいえない。 そうすると、本願補正発明は、発明の詳細な説明の記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとはいえない。 (エ)したがって、請求項1の特許を受けようとする発明(本願補正発明)は、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとは認められず、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとも認められない。 (オ)なお、審判請求人は、審判請求書において、 「[0039]の「高い溶媒和能力を示すことに加えて、本発明のイオン性液体は低粘度であり、毒性がなく、さらに無色である。これらの特徴は、本発明のイオン性液体を様々な用途で有用なものにしている。」なる記載を更に補充するために、本願発明に関して発明者によって行われた研究活動の結果として収集されていたデータに基づく「Appendix I」を参考資料1として添付致します。」 と述べ、参考資料1の表を提出して、17種の窒素含有カチオンに基づく124個の化合物及び従来技術の1-ブチル-3-メチルイミダゾリウム ヘキサフルオロホスフェートについて、25℃の粘度及び密度、Kalmet-Taftパラメーターのα及びβを示し、特に番号が116?121の6個の化合物について、 『「116」?「121」の系の粘度(25℃)が3?6mPa・sの極めて低い範囲にあることが示されています。低粘度は、上記の如く本願発明において有機材料の溶解の際にイオン性液体を特に良好な溶媒にする重要な特性です。また・・・水素結合供与体と水素結合受容体の各々の性質の尺度である「α」と「β」で示されるKamlet-Taft パラメータが・・・「α」と「β」が共に1に近いか1より大きいことが示されています。このことは、「116」?「121」の系が強い水素結合供与体及び水素結合受容体の性質、即ち高い溶媒和能力を呈することを示します。かかる溶媒和能力も、上記の如く本願発明において有機材料の溶解の際にイオン性液体を特に良好な溶媒にする重要な特性です。結果として、「116」?「121」の系のイオン性液体は、有機材料の溶解に非常に有効であることが明らかです。』 と主張している(なお、他の16種の窒素含有カチオンに基づく118個の化合物は、本願補正発明におけるアミノ基、アルキルアミノ基又はジアルキルアミノ基で置換されたアルキル基を有しておらず、本願補正発明におけるイオン液体ではない。)。この6個の化合物については、従来技術の1-ブチル-3-メチルイミダゾリウム ヘキサフルオロホスフェートと比べて、粘度が低く、上記α及びβが1に近く所定の溶媒和能力を持つことは、理解できる。 しかし、上記116?121の化合物は、窒素含有カチオンがN,N-ジメチル-N-(N’,N’-ジメチルアミノエチル)アンモニウム(審決注:HN^(+)(CH_(3))_(2)CH_(2)CH_(2)N(CH_(3))_(2))であり、アニオンが順次、酢酸イオン、プロパン酸イオン、ブタン酸イオン、ヘキサン酸イオン、ヘプタン酸イオン、オクタン酸イオンというものである。本願補正発明におけるイオン性液体のごく一部のものというに過ぎない。 出願時に、発明を十分に開示せずに、後になってデータを開示して明細書の記載要件の不備を補うことは、本来、許されないし、仮に、この参考資料1を参酌できるとした場合でも、上記のごく一部の化合物についてのデータがあるだけでは、本願補正発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとはいえないし、発明の詳細な説明の記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとはいえない。 よって、請求人の主張は採用できない。 オ まとめ 以上のとおり、本願補正発明は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえず、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に適合するものではなく、この出願は、特許法第36条第6項に規定する要件を満たしていないから、特許出願の際独立して特許を受けることができるものではない。 3 補正の却下の決定のむすび 以上のとおり、請求項1についての補正は、平成18年改正前特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合しないものであるから、本件補正は、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。 よって、[補正の却下の決定の結論]のとおり決定する。 第3 特許請求の範囲の記載 平成27年12月4日付けの手続補正は上記のとおり却下されたので、この出願の特許請求の範囲の記載は、平成27年7月2日に提出された手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1?10に記載されたとおりであるところ、その請求項1の記載は、上記第2の1に本件補正前の請求項1として示したとおりである(以下、請求項1の特許を受けようとする発明を「本件発明」という。)。以下に再掲する。 「アニオン及びカチオンを含むイオン性液体を用いた、有機材料を溶解する方法であって、該カチオンが下式(I)の窒素含有カチオンであることを特徴とする方法。 N^(+)HRR’R'' (I) (Rは、窒素含有官能基、ヒドロキシル基、及びアルコキシ基から選択される1つ以上の置換基で置換された1?12個の炭素原子を有する直鎖又は分岐アルキル基であり、 R’及びR''は同じであっても違ってもよく、それぞれH、又は窒素含有官能基、ヒドロキシル基、及びアルコキシ基から選択される1つ以上の置換基で置換されていてもよい1?12個の炭素原子を有する直鎖又は分岐アルキル基である。)」 第4 原査定の理由 原査定の理由である平成27年2月27日付けの拒絶理由通知における拒絶の理由は、理由1であり、その理由1の概要は、この出願は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない、というものであって、請求項1?9に係る発明について、 「発明の詳細な説明には、N,N-ジメチルエタノールアンモニウム グリコレートとN-ブチルジエタノールアンモニウム ビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミドを調製し、また、アルコール脱水素酵素の酵素触媒反応を試験した際に、N,N-ジメチルエタノールアンモニウム グリコレート(Rがヒドロキシエチルであり、R’及びR''が置換基を有さないメチルである場合)にメタノールを溶解した具体例が記載されている。 しかしながら、請求項1の一般式(I)は、R、R’、R''が構造が特定されていない「窒素含有官能基」や「アルコキシ基」から選択される1つ以上の置換基で置換された/置換されていてもよいアルキルであるヒドロカルビル基である場合や、R、R’及びR''のうち任意の2つ又は3つがNと一緒に結合してヘテロアリール基を形成する場合を含むものであり、上記の実施例とは大きく構造が異なるR、R’、R''を有するアンモニウム塩が含まれ得る。 一般に、イオン性液体は、その構造によって融点、粘度、溶解性等の種々の物性が変化するものであることは技術常識であるが、Rが他の置換基を有する場合や、R’、R''が置換基を有する場合、R、R’及びR''のうち任意の2つ又は3つがヘテロアリール基を形成する場合、アニオン成分が実施例以外の構造の場合など、実施例と比較して、カチオン成分やアニオン成分がより原子数の多い嵩高い基である場合にも、イオン性液体の溶媒としての作用が、実施例の場合と同様であるとは考えられないし、本願明細書でも本願発明のイオン性液体が、一律に溶媒として使用可能であることを、技術的な根拠をもって記載されているわけではない。 そして、有機材料、無機材料、又は生物材料といっても、その化学構造や物性、極性の特徴はさまざまであるところ、本願明細書には、本願発明におけるイオン性液体に、メタノール以外のどのような材料が溶解できるのかを知る手掛かりとなる記載はないし、技術常識を考慮しても、有機材料、無機材料、又は生物材料が一般に本願発明におけるイオン性液体に溶解できるものであることが明らかであるとはいえない。 そうすると、本願明細書に記載された事項をもって、本願発明のイオン性液体を用いた、有機材料、無機材料、又は生物材料を溶解する方法にまで一般化することができるとはいえない。 よって、請求項1-9に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものでない。」 と指摘されたものである。 そして、拒絶査定がされた請求項1は、拒絶理由が通知された請求項1における溶解対象の「有機材料、無機材料又は生物材料」が「有機材料」に限定されるとともに、イオン性液体の窒素含有カチオンにおける「アルキル基」が「1?12個の炭素原子を有する直鎖又は分岐アルキル基」であることが限定されたものである。拒絶査定がされた請求項2?10(請求項9及び10は、もとの請求項9が2つに分かれたものである。)も、それぞれ同様に限定されたものである。 第5 当審の判断 本願発明は、アニオン及びカチオンを含みカチオンが式(I)の特定の化学構造を有する窒素含有カチオンであるイオン性液体、すなわち、式(I)においてRである置換アルキル基の置換基が窒素含有官能基、ヒドロキシル基又はアルコキシ基である(R’又はR''が置換アルキル基である場合も同様)窒素含有カチオンを有するイオン性液体を用いた、有機材料を溶解する方法であることを、発明を特定するための事項とするものである。 これは、上記第2で検討した本願補正発明と比べて、溶媒として用いるイオン性液体の、窒素含有カチオンを表す式(I)において、Rである置換アルキル基の置換基として、より広範な選択肢を含むものである。 そして、本願補正発明が、上記第2で検討したとおり、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとは認められず、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとも認められないのであるから、本願発明も、同様の理由で、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとは認められず、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとも認められない。 したがって、特許請求の範囲の記載は特許法第36条第6項第1号に適合するものではなく、この出願は、特許法第36条第6項に規定する要件を満たしていない。 第6 むすび したがって、この出願は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に適合するものではないから、特許法第36条第6項に規定する要件を満たしておらず、その余について検討するまでもなく、拒絶すべきものである。 よって結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2016-12-19 |
結審通知日 | 2016-12-20 |
審決日 | 2017-01-05 |
出願番号 | 特願2014-96295(P2014-96295) |
審決分類 |
P
1
8・
537-
Z
(C07C)
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最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 斉藤 貴子、瀬下 浩一 |
特許庁審判長 |
佐藤 健史 |
特許庁審判官 |
木村 敏康 中田 とし子 |
発明の名称 | 液体 |
代理人 | 高橋 正俊 |
代理人 | 古賀 哲次 |
代理人 | 加藤 憲一 |
代理人 | 石田 敬 |
代理人 | 青木 篤 |