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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 H04J
管理番号 1328890
審判番号 不服2016-6668  
総通号数 211 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-07-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2016-05-06 
確定日 2017-06-07 
事件の表示 特願2014- 11755「フルチャネル状態情報(CSI)多入力多出力(MIMO)システムのための余剰電力の再分配」拒絶査定不服審判事件〔平成26年 7月31日出願公開,特開2014-140168〕について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は,2003年1月22日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2002年1月23日 米国)を国際出願日とする出願である特願2003-563123号の一部を,平成23年1月7日に新たな特許出願とした特願2011-2259号の一部を,平成26年1月24日に更に新たな特許出願としたものであって,平成27年6月30日付けで最後の拒絶理由が通知され,同年10月1日付けで手続補正がされたが,当該手続補正は同年12月22日付けで補正の却下の決定がされ,同日付けで拒絶査定がされ,これに対し,平成28年5月6日に拒絶査定不服審判が請求がされ,同時に手続補正がされたものである。



第2 補正の適否
1 補正の概要
平成28年5月6日付けの手続補正(以下,「本件補正」という。)は,平成27年2月17日付け誤訳訂正書により一般補正された特許請求の範囲の請求項1中の
「特定の分配スキームに基づいて,利用可能な総送信電力を前記複数の送信チャネルに分配することと,飽和スペクトル効率領域内の各送信チャネルに,修正された量の送信電力を再分配することと,残りの総送信電力を,前記飽和スペクトル効率領域内にない送信チャネルに分配することとによって,前記複数の送信チャネルのための送信電力が,前記フルチャネル状態情報(CSI)に部分的に基づいて分配され,前記受信多入力多出力(MIMO)プロセッサは,さらに,前記複数の受信シンボルを前処理し,前記複数の送信チャネルを対角化するように動作する,」
を,
「特定の分配スキームに基づいて,利用可能な総送信電力が,前記複数の送信チャネルに分配され,飽和スペクトル効率領域内の各送信チャネルに,修正された量の送信電力が再分配され,残りの総送信電力が,前記飽和スペクトル効率領域内にない送信チャネルに分配されることによって,前記複数の送信チャネルのための送信電力が,前記フルチャネル状態情報(CSI)に部分的に基づいて分配され,前記受信多入力多出力(MIMO)プロセッサはさらに,前記複数の受信シンボルを前処理し,前記複数の送信チャネルを対角化するように動作する,」([当審注]:下線部は補正箇所を示す。)
に変更することを含むものである。

2 補正の適否の判断
請求項1についての上記補正は,平成27年6月30日付けの最後の拒絶理由通知で指摘された理由2(明確性)を解消することを目的として,送信電力の分配に係る記載を受動態に改めたものであるから,特許法第17条の2第4項第4号の明りようでない記載の釈明を目的としたものといえる。
また,分配における客体は「利用可能な総送信電力」であり,補正前後で変わりはないから,特許法第17条の2第3項の規定に違反するところはない。
本件補正のその余の補正事項についても,他の独立請求項について上記補正と同様の補正をするものであるから,同様である。
したがって,本件補正は,特許法第17条の2第3項,平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項の規定に適合する。



第3 本願発明について
1 本願発明
本件補正は上記「第2」のとおり,特許法第17条の2第3項,平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項の規定に適合するから,本願の請求項1-7に係る発明は,本件補正により補正された特許請求の範囲の請求項1-7に記載された事項により特定されるとおりのものである。
本願の請求項1に係る発明(以下,「本願発明」という。)は,以下のとおりである。
「無線通信システムにおける受信機ユニットであって,
サンプルからなる複数のストリームを受信して処理し,受信したシンボルからなる複数のストリームを生成するように動作し,かつ前記複数の受信シンボルストリームに用いる複数の送信チャネルのためのフルチャネル状態情報(CSI)を得るように動作する受信多入力多出力(MIMO)プロセッサと,ここで,前記フルチャネル状態情報(CSI)は,前記複数の送信チャネルのチャネル応答行列の推定値を示す情報を備える,
1つまたは複数の変調スキームおよび復号スキームに従って,前記複数の受信シンボルストリームを処理して復号データを生成するように動作する受信データプロセッサとを備え,
特定の分配スキームに基づいて,利用可能な総送信電力が,前記複数の送信チャネルに分配され,飽和スペクトル効率領域内の各送信チャネルに,修正された量の送信電力が再分配され,残りの総送信電力が,前記飽和スペクトル効率領域内にない送信チャネルに分配されることによって,前記複数の送信チャネルのための送信電力が,前記フルチャネル状態情報(CSI)に部分的に基づいて分配され,
前記受信多入力多出力(MIMO)プロセッサはさらに,前記複数の受信シンボルを前処理し,前記複数の送信チャネルを対角化するように動作する,受信機ユニット。」

2 引用発明
原査定の拒絶の理由に引用された特開平11-168453号公報(以下,「引用例」という。)には,図面とともに以下の事項が記載されている。

(1)「【0004】
【発明の概要】本発明は,MもしくはNが1より大きいとき,第1のユニットのM本の送信アンテナと第2のユニットのN本の受信アンテナとの間の実際の通信チャネルにおいて,実際の通信チャネルから複数の仮想サブチャネルを作り出すことにより,高いビットレートを実現する通信システムに関する。多重アンテナシステムは,第1のユニットおよび第2のユニットにおいて実際の通信チャネルの特性を表す伝搬情報を用いることにより,実際の通信チャネルから複数の仮想サブチャネルを作り出す。第1のユニットから第2のユニットへの送信を行うには,第1のユニットは,伝搬情報の少なくともある一部分を用いて,仮想サブチャネルの少なくとも一つの部分集合を通じて仮想送信信号を送る。第2のユニットは,上記伝搬情報のうちから,上記のものとは別の少なくとも一部分を用いて,仮想サブチャネルの同じ集合から対応する仮想受信信号を検索する。
【0005】一般に,伝搬係数の伝搬行列により,第1のユニットの送信アンテナと第2のユニットの受信アンテナとの間の通信信号の伝搬特性が表される。実際の通信チャネル(多重アンテナチャネル)の伝搬特性を知ることにより,多重アンテナシステムは,実際の通信チャネルを複数の仮想サブチャネルに分解することができる。第1のユニットから第2のユニットへの送信にあたっては,第1のユニットと第2のユニットの双方が,第1のユニットから第2のユニットへの送信の特性を示す伝搬情報を入手する。いくつかの実施形態では,第1のユニットが伝搬情報のうちの少なくとも一部分を入手し,第2のユニットが伝搬情報のうち,これとは別の少なくとも一部分を入手する。伝搬情報のそれぞれの部分を用いて,第1のおよび第2のユニットは協力して実際の通信チャネルを仮想サブチャネルにし,これにより比較的単純な方法で高いビットレートもしくはスループットを実現する。
【0006】いくつかの実施形態では,第1のおよび第2のユニットは,第1のユニットから第2のユニットへの送信用の伝搬情報として伝搬行列を入手する。まず,第1のユニットおよび第2のユニットが,信号の交換により伝搬行列を入手する。たとえば,第1のユニットは第2のユニットにトレーニング信号を送信する。実際の通信チャネルで送信されたトレーニング信号並びに受信されたトレーニング信号から,伝搬行列を決定することができる。ひとたび伝搬行列が決定されれば,各ユニットは伝搬行列の特異値分解を行うことができる。伝搬行列の特異値分解により,D,Φ,Ψ^(+)の3つの因子の積としての伝搬行列が得られる。ここで,Dは対角行列,ΦおよびΨ^(+)は二つのユニタリ行列であり,上付文字の「+」は共役転置(conjugate transpose)を示している。特異値分解は,伝搬行列を対角化する役目を果たす。対角行列Dの非ゼロ対角要素の数は,実際の通信チャネルに対する並列の独立仮想サブチャネルの数に対応する。いくつかの実施形態では,第1のユニットから第2のユニットへの送信にあたって,第1のユニットが対角行列Dおよびユニタリ行列Φを含む伝搬情報の少なくとも一部分を取得する。第1のユニットは対角行列Dをチャネル符号器/変調器に供給し,対角行列Dの数値に従って,入ってくるビットまたは情報ストリームを符号化し,変調して,独立した仮想サブチャネルに流して,仮想送信信号を生成する。こうして,対角行列Dはビットレートの相対的スケーリングを提供することができる。第1のユニットは,次に,仮想送信信号をユニタリ行列Ψの共役転置を用いて乗じることにより,仮想送信信号のユニタリ変換を行い,実際の送信信号を生成する。
【0007】いくつかの実施形態では,第2のユニットは,ユニタリ行列Ψ^(+)および対角行列Dを含む伝搬情報のうち,上記とは別の少なくとも一部分を取得する。第2のユニットは,ユニタリ行列Ψを用いて実際の受信信号を乗じることにより,実際の受信信号についてユニタリ変換を行い,仮想受信信号を生成する。第1のユニットおよび第2のユニットでのユニタリ行列による乗算により,仮想送信信号と仮想受信信号との間の実際の通信チャネルから仮想チャネルが確立される。これは,並列の独立した仮想サブチャネルとして扱うことができる。第2のユニットは対角行列Dをチャネル復号器/復調器に提供し,行列Dに従って仮想受信信号の復号および復調を行い,情報ストリームを生成する。こうして,多重アンテナシステムは,同じ周波数帯の中で並列の独立したサブチャネルを効果的に提供することにより,高い容量を実現する。また,多重アンテナシステムは,対角行列Dの数値に関連する仮想サブチャネル上でビットを送信することから,多くの情報を送信するために強力な仮想サブチャネルが用いられることになるため,性能も強化される。」(3ページ3欄?4ページ5欄)

(2)「【0010】図1は,実際の通信チャネル10のベースバンドを表しており,ここで第1のユニット12が,同一周波数の搬送波上の実際の送信信号s_(t1),s_(t2)およびs_(t3)の各構成成分に対応するRF信号を,それぞれの多重アンテナ16a-cを通じて第2のユニット14へ送信する。この特定の実施形態においては,第1のユニット12は3本のアンテナ16a-cを備えており,第2のユニット14は3本のアンテナ18a-cを備えている。第2のユニット14は,実際の受信信号の構成成分x_(t1),x_(t2)およびx_(t3)に対応するそれぞれの受信アンテナ18a-cでRF信号を受信する。各受信アンテナ18a-cは,複素数をとるスカラー伝搬係数h_(mn)を通じて,各送信アンテナ16a-cに応答する。ここで,mは各送信アンテナ16a-cを,nは各受信アンテナ18a-cを示す。こうして,実際の受信信号x_(t1),x_(t2)およびx_(t3)については,以下のように特性を示すことができる。

ここで,{w_(t1),w_(t2),w_(t3)}は,第2のユニット14において付加される受信ノイズである。ベクトル表現において,x_(t)=[x_(t1),x_(t2),x_(t3)],s_(t)=[s_(t1),s_(t2),s_(t3)],w_(t)=[w_(t1),w_(t2),w_(t3)]のとき,x_(t)=s_(t)×H+w_(t)であり,伝搬行列は以下のように表すことができる。

(中略)
【0012】わかりやすくするために,本発明の原理による多重アンテナ方式を,第1のユニット12から第2のユニット14への送信を特に考えながら説明する。多重アンテナ方式が一方向通信にも二方向通信にも適用できることはもちろんである。この特定の実施形態によれば,ユニット12および14の両方が,ユニット12および14の両方の取得した3×3伝搬行列Hの特異値分解(SVD)を行う。この特定の実施形態で,HのSVDから,H=Φ×D×Ψ^(+)である。ここで,Dは実数値を取る,非負の3x3の対角行列で,

であって,ΦおよびΨ^(+)は3x3の複素数ユニタリ行列であって,上付文字「+」は「共役転置」を示す。ユニタリ行列の列は単位長があり,互いに直交している。ベクトルにユニタリ行列を乗じても,ベクトルの長さは変わらず,単にベクトルの方向が変わるだけである。ユニタリ行列の逆行列は,この行列の共役転置に等しく,たとえば,Φ^(+)×Φ=Iである。あるいは,l=1から3のとき,ΣΦ_(ij)^(*)x×Φ_(ij)は,i=jならば,1に等しく,i≠jならば,0に等しい。ここで,上付文字「*」は,「複素共役」を示している。
【0013】第2のユニット14は,行列Ψを用いて,受信信号x_(t)に3×3ユニタリ行列Ψを乗じ,r_(t)=[r_(t1),r_(t2),r_(t3)]=x_(t)×Ψを得る。第1のユニット12は,行列Φを用いて仮想送信信号y_(t)を実際の送信信号s_(t)に変換する。これは,実際の送信信号s_(t)を,仮想送信信号y_(t),s_(t)=y_(t)×Φ^(+)のΦ倍の3x3ユニタリ行列を共役転置したものに等しくさせて行う。ここで,y_(t)=[y_(t1),y_(t2),y_(t3)]である。ユニタリ行列の乗算は可逆演算であり,情報の損失はない。実際に,仮想送信信号y_(t)と仮想受信信号r_(t)との間にはリンクが確立される。ここで

上記の式にH=ΦxDxΨ^(+) を代入すると,以下の通りとなる。

このように,s_(t)とx_(t)の間の元々のリンク10は,図2に示すy_(t)とr_(t)との間のずっと単純な仮想リンク20と同等である。実際の通信チャネルでは,N本の受信アンテナのそれぞれは,M本の送信アンテナのそれぞれに応答する。仮想リンクまたは仮想チャネル10の利点は,これが仮想サブチャネルからなり,複数の仮想受信アンテナのそれぞれが,正確にそれぞれの仮想送信アンテナに応答するということである。実際に,図1で交差結合している実際の通信チャネル10は,本発明の原理により,図2に示す並列で独立した3つの仮想サブチャネルd_(11),d_(22),d_(33)として扱うことができる。」(4ページ6欄,5ページ7?8欄)

(3)「【0015】図3は,第1のユニット12と第2のユニット14との間で送信を行うための,本発明の原理による多重アンテナ通信システム10の一実施形態を示している。この特定の実施形態において,第1のユニット12は送信側として,第2のユニット14は受信側として示されている。
(中略)
【0019】(中略)いくつかの実施形態で利用しているFDDでは,第2のユニット14は第1のユニット12に対して,第1のユニット12から第2のユニット14への送信のための伝搬行列(または伝搬情報)を送信する。」(5ページ8欄,6ページ10欄)

(4)「【0028】図6は,本発明の原理に従って,ユニット12または14(図3)で用いる3本のアンテナ18a-cを具備する多重アンテナ列18を備えた受信機60のブロック図である。わかりやすくするために,受信機60は,ユニット14の中に含まれている(図3)ものとして説明する。本発明の原理による多要素アンテナ通信システムについては,第1のユニット12(図3)から第2のユニット14(図3)へ送信を行うという場合でここまで説明してきたからである。上述の通り,この特定の実施形態におけるユニット12および14(図3)は,本発明の原理に従って信号の送信,受信の両方を行うことができる。
【0029】この特定の実施形態について上述したとおり,受信機60は,送信機40(図4)からトレーニング信号を受信し,送信機40(図4)から受信機60への通信のための伝搬行列Hを予測する。送信機40(図4)から受信機60へ伝搬する信号についての伝搬行列Hを習得した後,受信機60は,伝搬行列Hを特異値分解ブロック32に送る。送信機40(図4)の場合と同様,特異値分解ブロック32は,伝搬行列Hの特異値分解を行って,H=Φ×D×Ψ^(+) を得る。ここで,Dは実数値を取る,非負の対角行列であり,ΦおよびΨ^(+)は3×3の複素数ユニタリ行列である。上付文字「+」は「共役転置」を示す。
【0030】受信機60は,多重アンテナ列18を通じて送信機40(図4)から伝搬する信号を受信し,受信回路62a-cは,各アンテナ18a-cからベースバンドに受信した信号を処理する。この特定の実施形態において,実際の受信信号ベクトルx_(t)は,デジタル化された上でユニタリ変換ブロック34に送られる。ユニタリ変換ブロック34は,伝搬行列Hから導き出したその伝搬情報を使って実際の受信信号x_(t)に3×3ユニタリ行列Φ([当審注]:文脈及び図6からみて,「Φ」は「Ψ」の誤記と認められる。)を乗じ,仮想受信信号r_(t)=[r_(t1),r_(t2),r_(t3)]=x_(t)×Ψを得る。チャネル復調器/復号器36は,ユニタリ変換ブロック34から仮想受信信号r_(t)を,それぞれの並列構成成分r_(t1),r_(t2),r_(t3)と共に受け取る。構成成分r_(t1),r_(t2),r_(t3)は,各並列復調器/復号器68a-cに送られる。並列復調器/復号器68a-cは,送信機40(図4)が用いている変調および符号化の方式に従って,仮想受信信号r_(t)を復調および復号する。
【0031】SVDブロック32から得た対角行列Dの非ゼロ対角値を使い,送信機40(図4)での行列Dの利用を反映して,チャネル復調器/復号器36は,仮想受信信号の並列構成成分r_(t1),r_(t2),r_(t3)から情報ビットの単独のストリーム70を構成する。こうして,受信機60において並列ストリーム64a-cから情報ストリーム70を構築するのに用いられた対角行列Dは,送信機40(図4)において単独のストリーム42(図4)を並列なストリーム46a-cに分割するのに用いられたものと同じ行列Dである。そして,情報ストリーム70は,その送り先38に出力される前に,データバッファも含めた追加処理または追加回路72を通ることができる。
【0032】図7は,受信回路62の実施形態についての一般的な図を示している。この特定の実施形態において,送信回路48(図5)から送信されたRF信号は,アンテナ18a-cにより受信される。各アンテナ18a-cで受信されたRF信号は,それぞれの前置増幅器80により増幅される。乗算器82は,各RF信号にcosω_(c)tおよびsinω_(c)tを乗じる。ここで,ω_(c)は,同じ周波数ω_(c)の搬送波に変調された実際の受信信号の構成成分の実数部分と虚数部分のアナログバージョンを生成する搬送波周波数である。実際の受信信号の各構成成分についての実数部分と虚数部分のアナログバージョンは,フィルタ83によりローパスフィルタにかけられ,アナログ/デジタルコンバータ84に送られて,各構成成分の実数部分と虚数成分のデジタルバージョンを生成する。結合器86は,各構成成分の実数部分と虚数部分とを結合して,実際の受信信号の構成成分x_(t1),x_(t2),x_(t3)を複素数デジタル値として生成する。上記のこの特定の実施形態において,実際の受信信号の構成成分x_(t1),x_(t2),x_(t3)は,ユニタリ変換ブロック34(図6)に送られる。受信回路62は,図ではホモダイン受信機となっているが,受信回路62については他の実施形態も可能である。」(8ページ13欄?9ページ15欄)




上記(3)の【0015】,上記(4)の記載及び図6,図7によれば,受信機60は,多重アンテナ通信システムにおける受信機といえる。
そして,上記(4)の【0032】の記載及び図7によれば,受信機は,アンテナにより受信したRF信号に増幅,フィルタリング,A/D変換等の処理をして,デジタルバージョンの受信信号x_(t)=[x_(t1),x_(t2),x_(t3)]を得ることが見てとれる。そして,上記(2)の【0013】,上記(4)の【0029】?【0031】の記載及び図6によれば,ユニタリ変換ブロック34は,伝搬行列Hから導き出した伝搬情報を使って当該受信信号x_(t)に3×3ユニタリ行列Ψを乗じて仮想受信信号r_(t)=[r_(t1),r_(t2),r_(t3)]=x_(t)×Ψを得ることが見てとれる。してみると,引用例には,「デジタルバージョンの受信信号x_(t)=[x_(t1),x_(t2),x_(t3)]を処理し,複数の仮想受信信号r_(t)=[r_(t1),r_(t2),r_(t3)]を生成するように動作する手段」が記載されていると認められる。
また,上記(4)の【0029】の記載及び図6によれば,受信機60は,送信機からトレーニング信号を受信し,送信機から受信機60への通信のための伝搬行列Hを予測し,伝搬行列Hを特異値分解ブロック32にて特異値分解して,H=Φ×D×Ψ^(+) を得ることが見てとれる。してみると,引用例には,「前記複数の仮想受信信号r_(t)=[r_(t1),r_(t2),r_(t3)]に用いる複数の送信チャネルのための伝搬行列Hを得るように動作する手段」が記載されていると認められる。
また,上記(4)の【0030】,【0031】の記載及び図6によれば,チャネル復調器/復号器36は,送信機40が用いている変調および符号化の方式に従って,仮想受信信号r_(t)を復調および復号して情報ストリームを構成することが見てとれる。すなわち,引用例には,「送信側が用いている変調および符号化の方式に従って,前記複数の仮想受信信号r_(t)=[r_(t1),r_(t2),r_(t3)]を処理して情報ストリームを構成するように動作するチャネル復調器/復号器」が記載されていると認められる。
ここで,上記(1),(2)の記載及びこの分野の技術常識を考慮すると,SVDブロック32にて特異値分解したΨを用いたユニタリ変換ブロック34の処理及び同Dを用いたチャネル復調器/復号器36の処理は,「前記複数の受信信号x_(t)=[x_(t1),x_(t2),x_(t3)]を前処理して複数の送信チャネルを対角化するように動作する」ものであることは明らかである。

以上を総合すると,引用例には以下の発明(以下,「引用発明」という。)が記載されていると認める。
「多重アンテナ通信システムにおける受信機であって,
デジタルバージョンの受信信号x_(t)=[x_(t1),x_(t2),x_(t3)]を処理し,複数の仮想受信信号r_(t)=[r_(t1),r_(t2),r_(t3)]を生成するように動作する手段と,
前記複数の仮想受信信号r_(t)=[r_(t1),r_(t2),r_(t3)]に用いる複数の送信チャネルのための伝搬行列Hを得るように動作する手段と,
送信側が用いている変調および符号化の方式に従って,前記複数の仮想受信信号r_(t)=[r_(t1),r_(t2),r_(t3)]を処理して情報ストリームを構成するように動作するチャネル復調器/復号器とを備え,
前記複数の受信信号x_(t)=[x_(t1),x_(t2),x_(t3)]を前処理して複数の送信チャネルを対角化するように動作する,受信機。」


3 対比・判断
本願発明と引用発明とを対比すると,
a 引用発明の「多重アンテナ通信システムにおける受信機」は,明らかに「無線通信システムにおける受信機ユニット」に含まれる。

b 本願明細書の【0142】の「各受信機754は,受信信号を調節(例えば,フィルタリング,増幅,およびダウンコンバート)し,該調節した信号をディジタル化してサンプルの各ストリームを生成する。」の記載によれば,本願発明の「サンプルからなる複数のストリーム」は,受信信号に例えばフィルタリング,増幅,およびダウンコンバート等をした信号をディジタル化したものを含むものである。一方,引用発明の「デジタルバージョンの受信信号x_(t)=[x_(t1),x_(t2),x_(t3)]」は,アンテナにより受信したRF信号に増幅,フィルタリング,A/D変換等の処理をしたものであるから,本願発明の「サンプルからなる複数のストリーム」に相当する。
また,本願明細書の【0142】によれば,本願発明の「受信したシンボルからなる複数のストリーム」とは,単位行列UHを受信したシンボル(すなわち,ベクトルy)の左から掛けて復元したシンボル(すなわち,ベクトルr)を含むものである。してみると,引用発明の「仮想受信信号r_(t)=[r_(t1),r_(t2),r_(t3)]」は,本願発明の「受信したシンボルからなる複数のストリーム」に相当する。
また,本願発明の「前記フルチャネル状態情報(CSI)」は,「前記複数の送信チャネルのチャネル応答行列の推定値を示す情報を備える」ものであるから,引用発明の「伝搬行列H」とは「複数の送信チャネルのチャネル応答行列の推定値を示す情報を備える」ものである点で一致している。
更に,本願発明の「受信多入力多出力(MIMO)プロセッサ」は,「受信したシンボルからなる複数のストリームを生成するように動作する手段」であり,且つ,「前記複数の受信シンボルストリームに用いる複数の送信チャネルのためのフルチャネル状態情報(CSI)を得るように動作する手段」であるといえる。
したがって,本願発明の「サンプルからなる複数のストリームを受信して処理し,受信したシンボルからなる複数のストリームを生成するように動作し,かつ前記複数の受信シンボルストリームに用いる複数の送信チャネルのためのフルチャネル状態情報(CSI)を得るように動作する受信多入力多出力(MIMO)プロセッサと,ここで,前記フルチャネル状態情報(CSI)は,前記複数の送信チャネルのチャネル応答行列の推定値を示す情報を備える」と,引用発明の「デジタルバージョンの受信信号x_(t)=[x_(t1),x_(t2),x_(t3)]を処理し,複数の仮想受信信号r_(t)=[r_(t1),r_(t2),r_(t3)]を生成するように動作する手段と,前記複数の仮想受信信号r_(t)=[r_(t1),r_(t2),r_(t3)]に用いる複数の送信チャネルのための伝搬行列Hを得るように動作する手段と,」とは,「サンプルからなる複数のストリームを受信して処理し,受信したシンボルからなる複数のストリームを生成するように動作する手段と,前記複数の受信シンボルストリームに用いる複数の送信チャネルのチャネル応答行列の推定値を得るように動作する手段」の点で共通している。

c 引用発明の「送信側が用いている変調および符号化の方式」を「1つまたは複数の変調スキームおよび復号スキーム」と称し,「情報ストリーム」を「復号データ」と称することは任意である。
したがって,本願発明の「1つまたは複数の変調スキームおよび復号スキームに従って,前記複数の受信シンボルストリームを処理して復号データを生成するように動作する受信データプロセッサ」と,引用発明の「送信側が用いている変調および符号化の方式に従って,前記複数の仮想受信信号r_(t)=[r_(t1),r_(t2),r_(t3)]を処理して情報ストリームを生成するように動作するチャネル復調器/復号器」とは,「1つまたは複数の変調スキームおよび復号スキームに従って,前記複数の受信シンボルストリームを処理して復号データを生成するように動作する手段」である点で共通する。

d 引用発明の「前記複数の受信信号x_(t)=[x_(t1),x_(t2),x_(t3)]を前処理して複数の送信チャネルを対角化するように動作する」ことは,明らかに本願発明の「前記複数の受信シンボルを前処理し,前記複数の送信チャネルを対角化するように動作する」ことに相当する。

したがって,本願発明と引用発明とは,以下の点で一致し,また,相違している。
(一致点)
「無線通信システムにおける受信機ユニットであって,
サンプルからなる複数のストリームを受信して処理し,受信したシンボルからなる複数のストリームを生成するように動作する手段と,
前記複数の受信シンボルストリームに用いる複数の送信チャネルのチャネル応答行列の推定値を得るように動作する手段と,
1つまたは複数の変調スキームおよび復号スキームに従って,前記複数の受信シンボルストリームを処理して復号データを生成するように動作する手段とを備え,
さらに,前記複数の受信シンボルを前処理し,前記複数の送信チャネルを対角化するように動作する,受信機ユニット。」

(相違点1)
一致点の「・・・複数のストリームを生成するように動作する手段」,「・・・複数の送信チャネルのチャネル応答行列の推定値を得るように動作する手段」に関し,本願発明はいずれも「受信多入力多出力(MIMO)プロセッサ」であるのに対し,引用発明は別個の手段である点。
これに伴い,一致点の「さらに,前記複数の受信シンボルを前処理し,前記複数の送信チャネルを対角化するように動作する」に関し,その主体が,本願発明は「受信多入力多出力(MIMO)プロセッサ」であるのに対し,引用発明は,各手段(すなわち,引用例の図6のユニタリ変換ブロック,SVDブロック,チャネル復調器/復号器)にて当該動作をなしている点。

(相違点2)
一致点の「・・・復号データを生成するように動作する手段」に関し,本願発明は「受信データプロセッサ」であるのに対し,引用発明は「チャネル復調器/復号器」である点。

(相違点3)
一致点の「複数の送信チャネルのチャネル応答行列の推定値を得る」に関し,本願発明は「前記複数の送信チャネルのチャネル応答行列の推定値を示す情報を備える」「前記フルチャネル状態情報(CSI)を得る」のに対し,引用発明は「伝搬行列Hを得る」点。

(相違点4)
本願発明は,「特定の分配スキームに基づいて,利用可能な総送信電力が,前記複数の送信チャネルに分配され,飽和スペクトル効率領域内の各送信チャネルに,修正された量の送信電力が再分配され,残りの総送信電力が,前記飽和スペクトル効率領域内にない送信チャネルに分配されることによって,前記複数の送信チャネルのための送信電力が,前記フルチャネル状態情報(CSI)に部分的に基づいて分配され,」なる事項を有するのに対し,引用発明は当該事項を有していない点。

以下,上記各相違点について検討する。
まず,相違点3について検討する。
例えば原査定の拒絶理由に引用された国際公開第01/076110号にも「Estimates are generated at each receive antenna for each transmit antenna broadcasting pilot symbols. The CSI for the complete propagation channel can be represented by the set of channel response matrices {H_(i) ; , i = 1,2, . . . , 2 ^(n )}, where matrix is associated with the i^(th) sub-channel, and the elements of each matrix H_(i) are {h_(ijk) , j = l,...,N_(r) ,k = l,...,N_(t) }, the complex channel response values for each of the N_(t) transmit and N_(r) receive antennas.」(26ページ3?9行)([当審仮訳]:評価は,パイロットシンボルを放送しているそれぞれの送信アンテナのためのそれぞれの受信アンテナで生成される。完全な伝搬チャネルのためのCSIは,チャネル応答行列の組{H_(i),i=1,2,…2^(n)}により表されることができ,ここで,行列H_(i)は,i^(th)サブチャネルと関連している,及び,それぞれの行列H_(i)の構成要素は,{h_(ijk),j=1,...,N_(r),k=1,...,N_(t)}であり,各々のN_(t)送信及びN_(r)受信アンテナのための複合チャネル応答値である。)と記載されているように,「フルチャネル状態情報(CSI)」とはチャネル応答行列の組{H_(i),i=1,2,…2^(n)}により表されるものであることは技術常識であり,引用発明の「複数の送信チャネルのための伝搬行列Hを得る」を「前記複数の送信チャネルのチャネル応答行列の推定値を示す情報を備える」「前記フルチャネル状態情報(CSI)を得る」とすることは当業者が容易になし得ることに過ぎない。

次に,相違点1及び相違点2について纏めて検討する。
通信機器における各処理をプロセッサにより行うことは常套手段であり,複数の機能に係る処理を1つのプロセッサにより行うことも普通に行われていることである。そして,「受信多入力多出力(MIMO)プロセッサ」,「受信データプロセッサ」は周知慣用のプロセッサであるから,相違点1,2の事項は当業者が適宜なし得ることに過ぎない。

次に,相違点4について検討する。
相違点4の送信電力の分配に係る事項は,専ら送信側の処理であって,受信側は単に受信して(CSIを提供して)いるだけであるから,送信側でどのような手法で電力分配を行うかは受信側の構成や動作に何ら影響を及ぼすものではない。したがって,相違点4に係る事項は,「受信機ユニット」に係る本願発明をなんら特定しないものであり,本願発明の構成と引用発明の構成との間になんら差異をもたらすものではない。すなわち,相違点4には,実質的な相違は存在しない。

そして,本願発明の作用効果も,引用発明に基づいて当業者が予測できる範囲のものである。



第4 むすび
以上のとおり,本願発明は,引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により,特許を受けることができない。
よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2017-01-06 
結審通知日 2017-01-10 
審決日 2017-01-26 
出願番号 特願2014-11755(P2014-11755)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (H04J)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 羽岡 さやか  
特許庁審判長 大塚 良平
特許庁審判官 山中 実
菅原 道晴
発明の名称 フルチャネル状態情報(CSI)多入力多出力(MIMO)システムのための余剰電力の再分配  
代理人 福原 淑弘  
代理人 岡田 貴志  
代理人 井関 守三  
代理人 蔵田 昌俊  

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