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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C08L
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C08L
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C08L
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C08L
管理番号 1329104
異議申立番号 異議2017-700301  
総通号数 211 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-07-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2017-03-23 
確定日 2017-06-12 
異議申立件数
事件の表示 特許第5998299号発明「熱可塑性樹脂組成物及び樹脂成形品」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5998299号の請求項1ないし4に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第5998299号(以下「本件特許」という。)の請求項1ないし4に係る特許についての出願は、平成28年3月10日を出願日とする特許出願であって、同年9月2日にその特許権の設定登録がされ、その後、本件特許に対し、平成29年3月23日付け(受理日同月27日)で特許異議申立人 特許業務法人朝日奈特許事務所(以下「申立人A」という。)により、また、同月27日付け(受理日同月29日)で特許異議申立人 千阪実木(以下「申立人B」という。)により、それぞれ特許異議の申立てがされたものである。

第2 本件特許発明
本件特許の請求項1ないし4に係る発明(以下、順に「本件特許発明1」ないし「本件特許発明4」といい、まとめて「本件特許発明」ということがある。)は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1ないし4に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
ジエン系ゴム質重合体の存在下で芳香族ビニル化合物及びシアン化ビニル化合物を含む単量体混合物を共重合したゴム含有グラフト共重合体(A):25?50質量部と、
硬質共重合体(B-I)及び硬質共重合体(B-II)を含有する硬質共重合体混合物(B):50?75質量部とを含む熱可塑性樹脂組成物であって、
前記ゴム含有グラフト共重合体(A)は、前記芳香族ビニル化合物及び前記シアン化ビニル化合物が前記ジエン系ゴム質重合体にグラフトした硬質共重合体成分(A’)を含み、
前記硬質共重合体成分(A’)は質量平均分子量が50,000?200,000であり、
硬質共重合体混合物(B)は、混合物中の硬質共重合体(B-II)の含有量が5質量%以上20質量%未満であり
硬質共重合体(B-I)は、芳香族ビニル化合物由来の単量体単位及びシアン化ビニル化合物由来の単量体単位を含む重合体であり、質量平均分子量が50,000?150,000であり、硬質共重合体(B-I)の総質量の25?32質量%がシアン化ビニル化合物由来の単量体単位である硬質共重合体であり、
硬質共重合体(B-II)は、芳香族ビニル化合物由来の単量体単位及びシアン化ビニル化合物由来の単量体単位を含む重合体であり、質量平均分子量が50,000?150,000であり、硬質共重合体(B-II)の総質量の35?50質量%がシアン化ビニル化合物由来の単量体単位である硬質共重合体である熱可塑性樹脂組成物。
【請求項2】
請求項1に記載の熱可塑性樹脂組成物であって、ゴム含有グラフト共重合体(A)中のジエン系ゴム質重合体由来成分の含有量が35?70質量%であることを特徴とする熱可塑性樹脂組成物。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の熱可塑性樹脂組成物からなる樹脂成形品。
【請求項4】
請求項3に記載の樹脂成形品からなる塗装加工品。」

第3 申立人Aの特許異議申立理由の概要
申立人Aは、証拠として以下の文献を提出し、おおむね次の理由により、本件特許発明1ないし4に係る特許は、特許法第113条第2号及び第4号に該当し、取り消すべきである旨を主張している。

(理由1)本件特許発明1ないし4は、甲A1に記載された発明、甲A2及び甲A3に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
(理由2)本件特許発明1ないし4は、甲A2に記載された発明、甲A1と甲A3に記載された事項、及び周知技術(甲A4)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
(理由3)本件特許発明1ないし4は、明確ではないから、本件特許に係る出願は、特許法第36条第6項第2号の規定に適合しない。
(理由4)本件特許発明1ないし4は、発明の詳細な説明に記載したものではないから、本件特許に係る出願は、特許法第36条第6項第1号の規定に適合しない。
(理由5)本件特許発明1ないし4は、発明の詳細な説明に基づき実施可能ではないから、本件特許に係る出願は、特許法第36条第4項第1号の規定に適合しない。

甲A1:特許第3684744号公報
甲A2:特開2000-7877号公報
甲A3:特開平6-172610号公報
甲A4:特開2012-36384号公報
(甲A1?甲A4は、申立人Aが提出した特許異議申立書に添付された甲第1?4号証である。)

第4 申立人Aの特許異議申立理由についての当合議体の判断
1 甲A1及び甲A2に記載された発明
(1)甲A1に記載された発明
甲A1の請求項1、請求項2、段落【0007】、【0050】、【0056】の表3及び表4の実施例1?2の記載によれば、次の発明(以下「甲A1発明」という。)が記載されていると認められる。

「ジエン系ゴム等であるゴム質重合体(A)の存在下に、シアン化ビニル系単量体(a)、芳香族ビニル系単量体(b)およびこれらと共重合可能な他の単量体(c)から選ばれた少なくとも1種以上の単量体をグラフトしてなるゴム含有グラフト共重合体(I):30?36重量部、
シアン化ビニル系単量体(a)15?30重量%、芳香族ビニル系単量体(b)85?70重量%からなり、かつ平均シアン化ビニル含有率より2重量%以上高い組成を有する共重合体が共重合体中2重量%以下であるシアン化ビニル系共重合体(II):50?90重量部、
シアン化ビニル系単量体(a)30?50重量%、芳香族ビニル系単量体(b)70?50重量%からなり、かつ平均シアン化ビニル含有率より2重量%以上高い組成を有する共重合体が共重合体中25重量%以上40重量%以下であるシアン化ビニル系共重合体(III):5?45重量部、を含む耐塗装性熱可塑性樹脂組成物であって、成形加工することができ、塗装等に好適である耐塗装性熱可塑性樹脂組成物。」

(2)甲A2に記載された発明
甲A2の請求項1、請求項4、段落【0009】、【0020】、【0023】、【0027】、【0035】?【0053】の記載、特に請求項1及び段落【0009】の記載によれば、次の発明(以下「甲A2発明」という。)が記載されていると認められる。

「ジエン系ゴム質重合体の存在下に芳香族ビニル及びシアン化ビニルを含む単量体混合物を共重合させてなるゴム含有グラフト共重合体であって、該芳香ビニル及びシアン化ビニルを含む単量体混合物がグラフトした硬質重合体成分の重量平均分子量が250000?450000であるゴム含有グラフト共重合体(A):15?40重量部と、硬質重合体混合物(B)を85?50重量部とを含む塗装性に優れる熱可塑性樹脂組成物であって、
硬質重合体混合物(B)は、重量平均分子量が100000?200000で、シアン化ビニル単量体20?30重量%と芳香族ビニル単量体を含む硬質重合体(B-1)と、重量平均分子量が100000未満で、シアン化ビニル単量体35?50重量%と芳香族ビニル単量体を含む硬質重合体(B-II)とを含む混合物であり、かつ該混合物中の硬質重合体(B-II)含有量が20?50重量%である、塗装性に優れる熱可塑性樹脂組成物。」

2 理由1(甲A1発明に基づく進歩性)について
(1)本件特許発明1について
ア 甲A1発明との対比
甲A1発明の「ジエン系ゴム等であるゴム質重合体(A)の存在下に、シアン化ビニル系単量体(a)、芳香族ビニル系単量体(b)およびこれらと共重合可能な他の単量体(c)から選ばれた少なくとも1種以上の単量体をグラフトしてなるゴム含有グラフト共重合体(I)」、「シアン化ビニル系単量体(a)15?30重量%、芳香族ビニル系単量体(b)85?70重量%からなり、かつ平均シアン化ビニル含有率より2重量%以上高い組成を有する共重合体が共重合体中2重量%以下であるシアン化ビニル系共重合体(II)」、及び、「シアン化ビニル系単量体(a)30?50重量%、芳香族ビニル系単量体(b)70?50重量%からなり、かつ平均シアン化ビニル含有率より2重量%以上高い組成を有する共重合体が共重合体中25重量%以上40重量%以下であるシアン化ビニル系共重合体(III)」は、それぞれ本件特許発明1の「ジエン系ゴム質重合体の存在下で芳香族ビニル化合物及びシアン化ビニル化合物を含む単量体混合物を共重合したゴム含有グラフト共重合体(A)」、「硬質共重合体(B-I)は、芳香族ビニル化合物由来の単量体単位及びシアン化ビニル化合物由来の単量体単位を含む重合体であり、」「硬質共重合体(B-I)の総質量の25?32質量%がシアン化ビニル化合物由来の単量体単位である硬質共重合体」、及び、「硬質共重合体(B-II)は、芳香族ビニル化合物由来の単量体単位及びシアン化ビニル化合物由来の単量体単位を含む重合体であり、」「硬質共重合体(B-II)の総質量の35?50質量%がシアン化ビニル化合物由来の単量体単位である硬質共重合体」に相当する。
また、甲A1発明の「ゴム含有グラフト共重合体(I)」におけるゴム成分以外のグラフト成分の共重合体は、本件特許発明1の「前記芳香族ビニル化合物及び前記シアン化ビニル化合物が前記ジエン系ゴム質重合体にグラフトした硬質共重合体成分(A’)」に相当する。
また、甲A1に記載された実施例2に記載された熱可塑性樹脂組成物においては、シアン化ビニル系共重合体(III)bとシアン化ビニル系共重合体(II)Bの混合物におけるシアン化ビニル系共重合体(III)bの含有量は約16重量%であり(合議体注:10÷(10+54))、両発明の硬質共重合体混合物(B)中の硬質共重合体(B-II)の含有量も、重複一致している。

そうすると、本件特許発明1と甲A1発明とは、
「ジエン系ゴム質重合体の存在下で芳香族ビニル化合物及びシアン化ビニル化合物を含む単量体混合物を共重合したゴム含有グラフト共重合体(A):25?50質量部と、
硬質共重合体(B-I)及び硬質共重合体(B-II)を含有する硬質共重合体混合物(B):50?75質量部とを含む熱可塑性樹脂組成物であって、
前記ゴム含有グラフト共重合体(A)は、前記芳香族ビニル化合物及び前記シアン化ビニル化合物が前記ジエン系ゴム質重合体にグラフトした硬質共重合体成分(A’)を含み、
硬質共重合体混合物(B)は、混合物中の硬質共重合体(B-II)の含有量が5質量%以上20質量%未満であり
硬質共重合体(B-I)は、芳香族ビニル化合物由来の単量体単位及びシアン化ビニル化合物由来の単量体単位を含む重合体であり、硬質共重合体(B-I)の総質量の25?32質量%がシアン化ビニル化合物由来の単量体単位である硬質共重合体であり、
硬質共重合体(B-II)は、芳香族ビニル化合物由来の単量体単位及びシアン化ビニル化合物由来の単量体単位を含む重合体であり、硬質共重合体(B-II)の総質量の35?50質量%がシアン化ビニル化合物由来の単量体単位である硬質共重合体である熱可塑性樹脂組成物。」である点で一致し、次の点で相違している。

<相違点1>
硬質共重合体成分(A’)の質量平均分子量が、本件特許発明1においては50,000?200,000であるのに対して、甲A1発明においては不明である点。
<相違点2>
硬質共重合体(B-I)の質量平均分子量が、本件特許発明1においては50,000?150,000であるのに対して、甲A1発明においては不明である点。
<相違点3>
硬質共重合体(B-II)の質量平均分子量が、本件特許発明1においては50,000?150,000であるのに対して、甲A1発明においては不明である点。

イ 判断
事案に鑑み、相違点1?3をまとめて、以下検討する。
(ア)甲A1について
a 甲A1の記載によれば、甲A1発明は、耐衝撃性、耐塗装性、溶融時の色調安定性および成形加工性のバランスに優れた耐塗装性熱可塑性樹脂組成物を提供することを課題としたものであり(段落【0005】)、実施例及び比較例においては、1/2インチ ノッチアイゾット衝撃強度(耐衝撃性)、黄変度(色調安定性)、メルトフローレイト(成形加工性)、塗装性(アクリル塗料の吸い込みとウレタン塗料の剥離)(耐塗装性)について測定している。

b 甲A1には、ゴム含有グラフト共重合体(I)のグラフト成分の共重合体に関して、「グラフト率、グラフト成分の共重合体の還元粘度は特に制限はないが、グラフト率は10?80重量%が、グラフト成分の共重合体の還元粘度は、0.2?0.8dl/gが耐衝撃性の点で好ましい。」(段落【0015】)と記載され、参考例1において製造された、ゴム質重合体の含有率50%、グラフト率45%、樹脂成分(グラフト成分)の還元粘度0.68dl/gであるゴム含有グラフト共重合体(I)を実施例において使用したことが記載されている(段落【0042】、【0050】、【0056】の表3と表4)にとどまり、質量平均分子量については、記載も示唆もされていない。

c 甲A1には、シアン化ビニル系共重合体(II)及び(III)に関して、当該共重合体を構成する単量体の組成(段落【0016】?【0019】や重合法(段落【0020】?【0023】)、製造例である参考例2?8などが記載されているものの、質量平均分子量については、記載も示唆もされてない。

(イ)甲A2について
甲A2には、「塗装性に優れ、特に低温環境下におけるブリスター現象及び吸い込み現象が抑制され、かつ耐衝撃性及び加工性のバランスも良好で、自動車用外装部品の成形材料として好適な熱可塑性樹脂組成物を提供すること」(段落【0009】)を課題とする発明として、
「ジエン系ゴム質重合体の存在下に芳香族ビニル及びシアン化ビニルを含む単量体混合物を共重合させてなるゴム含有グラフト共重合体であって、該芳香族ビニル及びシアン化ビニルを含む単量体混合物がグラフトした硬質重合体成分の重量平均分子量が250000?450000であるゴム含有グラフト共重合体(A):15?50重量部と、
芳香族ビニル単量体及びシアン化ビニル単量体を含む硬質重合体であって、重量平均分子量が100000?200000で、シアン化ビニル単量体を20?30重量%含む硬質重合体(B-I)と、重量平均分子量が100000未満で、シアン化ビニル単量体を35?50重量%含む硬質重合体(B-II)とを含む混合物であり、かつ該混合物中の硬質重合体(B-II)含有量が20?50重量%である硬質重合体混合物(B):85?50重量部とを含むことを特徴とする塗装性に優れる熱可塑性樹脂組成物。」(請求項1)が記載されている。

甲A2に記載された熱可塑性樹脂組成物の各成分を構成する単量体の組成を考慮すると、甲A2の「グラフトした硬質重合体成分」、「シアン化ビニル単量体を20?30重量%含む硬質重合体(B-I)」及び「シアン化ビニル単量体を35?50重量%含む硬質重合体(B-II)」は、それぞれ甲A1発明の「ゴム含有グラフト共重合体(I)」のグラフト成分の共重合体、「シアン化ビニル系共重合体(II)」、「シアン化ビニル系共重合体(III)」に対応するものである。

甲A2に記載された各成分の重量平均分子量について、「ゴム含有グラフト共重合体(A)において、芳香族ビニル単量体、シアン化ビニル単量体を含む混合物がグラフトした硬質重合体成分の重量平均分子量は、250000?450000である。この重量平均分子量が250000未満では、吸い込み現象が発生し、450000を超えるとブリスター現象及び吸い込み現象が発生し易くなる。」(段落【0023】)、「硬質重合体(B-I)の重量平均分子量が100000未満では吸い込み現象が発生しやすく、200000を超えるとブリスター現象が発生しやすく、吸い込み現象も発生する。更に、流動性も悪化する。」(段落【0027】)、「硬質重合体(B-II)の重量平均分子量が100000以上ではブリスター現象が発生しやすい。硬質重合体(B-II)の好ましい重量平均分子量は50000?80000である。」(段落【0027】)と記載され、実施例1?3において使用された各成分の重量平均分子量は、「グラフトした硬質重合体成分:重量平均分子量350000(A-1)」、「硬質重合体(B-I):重量平均分子量130000(B-I-1)」、「硬質重合体(B-II):重量平均分子量54000(B-II-1)」である(段落【0037】、【0038】、【0042】、【0047】)。

(ウ)甲A3について
a 甲A3には、「スチレン系樹脂の特性を損ねることなく、樹脂組成の改良により優れたシート成形性、衝撃性、耐薬品性および表面硬度の熱可塑性樹脂組成物を提供すること」(段落【0004】)を課題とする発明として、「(A成分)ジエン系ゴム重合体10?80重量部の存在下で、芳香族ビニル単量体50?70重量%、シアン化ビニル単量体30?50重量%および必要に応じてこれらと共重合可能なビニル単量体0?20重量%よりなる単量体混合物20?90重量部をグラフト重合して得られ、かつジエン系ゴム重合体にグラフトされた芳香族ビニル単量体、シアン化ビニル単量体および必要に応じてこれらにと共重合可能なビニル単量体からなる単量体混合物の共重合体成分および未グラフトで存在するこれら単量体混合物の共重合体成分の重量平均分子量が120,000?200,000の範囲であるグラフト共重合体20?80重量%と、
(B成分)芳香族ビニル単量体50?70重量%、シアン化ビニル単量体30?50重量%および必要に応じてこれらと共重合可能なビニル単量体 0?20重量%を共重合してなる相対粘度η_(rel)が1.45≦η_(rel)≦1.65 の範囲である共重合体20?80重量%からなることを特徴とする熱可塑性樹脂組成物。」(請求項1)が記載されている。

b 重合体を構成する単量体の組成を考慮すると、甲A3の(A成分)に含まれる「ジエン系ゴムにグラフトされた」「共重合体成分」、及び、甲A3の(B成分)である「芳香族ビニル単量体50?70重量%、シアン化ビニル単量体30?50重量%および必要に応じてこれらと共重合可能なビニル単量体0?20重量%を共重合してなる相対粘度η_(rel)が1.45≦η_(rel)≦1.65の範囲である共重合体」は、それぞれ甲A1発明の「ゴム含有グラフト共重合体(I)」のグラフト成分の共重合体、及び、「シアン化ビニル系共重合体(II)又は(III)」に対応するものである。

c 甲A3には、(A成分)に含まれる「ジエン系ゴムにグラフトされた」「共重合体成分」に関して、「A成分であるグラフト共重合体において、ジエン系ゴム重合体にグラフトされた単量体混合物の共重合体成分および未グラフトで存在するこれら単量体混合物の共重合体成分の重量平均分子量が、120,000?200,000の範囲であり、120,000未満では、衝撃強度、伸びが不十分であり、200,000を越えると成形性が著しく低下し好ましくない。」(段落【0025】)と記載され、この重量平均分子量は、相違点1に係る本件特許発明1の質量平均分子量の数値と重複するものである(合議体注:重量平均分子量と質量平均分子量は、実質的に同義である。)。
しかし、甲A3には、(B)成分である共重合体に関して、「B成分の相対粘度η_(rel)は、1.45≦η_(rel)≦1.65の範囲であり、η_(rel)が1.45未満では、強度が低下し、1.65を越えると成形性が低下し好ましくない。」(段落【0031】)と記載されているにとどまり、質量平均分子量については、記載も示唆もされていない。

(エ)甲A1発明に甲A2と甲A3に記載された事項を同時に組み合わせることについて
a 甲A1?甲A3は、いずれも耐衝撃性と加工性(成形性)に優れた熱可塑性樹脂組成物を提供するという課題が共通し、同じ技術分野に属する。
甲A1発明に、甲A2と甲A3に記載された事項を組み合わせて、本件特許発明1に想到するためには、相違点1に関して、甲A2から「グラフトした硬質重合体成分」の重量平均分子量250000?450000を選択せず、甲A3から「ジエン系ゴム重合体にグラフトされた単量体混合物の共重合体成分および未グラフトで存在するこれら単量体混合物の共重合体成分」の重量平均分子量120,000?200,000を選択し、さらに、相違点2及び3に関して、甲A2から「シアン化ビニル系共重合体(II)」の重量平均分子量100000?200000(実施例:130000)と、「シアン化ビニル系共重合体(III)」の重量平均分子量100000未満(実施例:54000)とを選択することが必要となる。

b しかし、相違点1に係る成分の重量平均分子量について、甲A2には250000?450000の範囲から外れるとブリスター現象や吸い込み現象が発生することが(段落【0023】)、他方、甲A3には120,000?200,000の範囲から外れると衝撃強度や成形性が不十分又は著しく低下することが(段落【0025】)記載されていることから、塗装性(吸い込み等)と同時に、耐衝撃性や成形加工性のバランスに優れたものを提供することを課題とする甲A1発明において、甲A2の上記記載を無視して、甲A3に記載された数値を選択する動機付けがあるとはいえない。
加えて、甲A1発明において、相違点1に係る成分については、甲A2ではなく甲A3に記載の重量平均分子量を選択したうえに、相違点2及び3に係る成分については、敢えて甲A2に記載の重量平均分子量の数値を選択することに、当業者が容易に想到することができたとする具体的な根拠も見出せない。

c そして、本件特許明細書において、本件特許発明1の3つの成分のうちいずれかの質量平均分子量が特定の範囲から外れる比較例1、2、5、6、9、10は、塗装性(吸い込み性)、シャルピー衝撃強度、流動性のいずれかが劣り、総合判定がCとなるのに対し、質量平均分子量の数値が本件特許発明1の範囲内である実施例は全ての物性に優れ総合判定がAとなることが具体的に示されていることから、本件特許発明1は、相違点1?3に係る3つの成分の質量平均分子量を、同時に特定範囲とすることにより、塗装工程における耐吸い込み性(特に、高速の射出成形を行った場合の耐吸い込み性)、耐衝撃性、成形加工時の流動性の全てにおいて同時に優れたものとできるという効果を奏するものであることが裏付けられている。

d したがって、本件特許発明1は、甲A1発明、甲A2及び甲A3に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(2)本件特許発明2ないし4について
本件特許発明2ないし4は、本件特許発明1を更に限定したものであるから、上記(1)に示した判断と同様の理由により、甲A1発明、甲A2及び甲A3に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)申立人Aの主張について
申立人Aは、「甲第1号証の参考例1におけるゴム含有グラフト共重合体(I)にグラフトした硬質共重合体成分の重量平均分子量は、たとえば以下の方法により測定することができる。・・・のような方法によれば、重量平均分子量は、163000になり得る。
以上のとおりであるから、甲第1号証には、ゴム含有グラフト共重合体(I)にグラフトした硬質共重合体成分の重量平均分子量が163000であることが開示されているに等しい。」旨を主張する。
しかし、申立人Aの上記主張は、実際に実験を行った結果に基づく主張とはいえず、単に、甲A1の参考例1の硬質共重合体成分の重量平均分子量が163000になり得るという可能性を主張するにすぎないものであるから、採用することはできない。

(4)小括
以上によれば、本件特許発明1ないし4は、甲A1発明、甲A2及び甲A3に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから、本件特許発明1ないし4に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものではない。

3 理由2(甲A2発明に基づく進歩性)について
(1)本件特許発明1について
ア 甲A2発明との対比
甲A2発明の「ジエン系ゴム質重合体の存在下に、芳香族ビニルおよびシアン化ビニルを含む単量体混合物を共重合させたゴム含有グラフト体(A)」、「グラフトした硬質重合体成分」、「シアン化ビニル単量体20?30重量%と芳香族ビニル単量体を含む硬質重合体(B-I)」、及び、「シアン化ビニル単量体35?50重量%と芳香族ビニル単量体を含む硬質重合体(B-II)」は、それぞれ本件特許発明1の「ジエン系ゴム質重合体の存在下で芳香族ビニル化合物及びシアン化ビニル化合物を含む単量体混合物を共重合したゴム含有グラフト共重合体(A)」、「前記芳香族ビニル化合物及び前記シアン化ビニル化合物が前記ジエン系ゴム質重合体にグラフトした硬質共重合体成分(A’)」、「硬質共重合体(B-I)は、芳香族ビニル化合物由来の単量体単位及びシアン化ビニル化合物由来の単量体単位を含む重合体であり、」「硬質共重合体(B-I)の総質量の25?32質量%がシアン化ビニル化合物由来の単量体単位である硬質共重合体」、及び、「硬質共重合体(B-II)は、芳香族ビニル化合物由来の単量体単位及びシアン化ビニル化合物由来の単量体単位を含む重合体であり、」「硬質共重合体(B-II)の総質量の35?50質量%がシアン化ビニル化合物由来の単量体単位である硬質共重合体」に相当する。

そうすると、本件特許発明1と甲A2発明とは、
「ジエン系ゴム質重合体の存在下で芳香族ビニル化合物及びシアン化ビニル化合物を含む単量体混合物を共重合したゴム含有グラフト共重合体(A):25?50質量部と、
硬質共重合体(B-I)及び硬質共重合体(B-II)を含有する硬質共重合体混合物(B):50?75質量部とを含む熱可塑性樹脂組成物であって、
前記ゴム含有グラフト共重合体(A)は、前記芳香族ビニル化合物及び前記シアン化ビニル化合物が前記ジエン系ゴム質重合体にグラフトした硬質共重合体成分(A’)を含み、
硬質共重合体(B-I)は、芳香族ビニル化合物由来の単量体単位及びシアン化ビニル化合物由来の単量体単位を含む重合体であり、質量平均分子量が50,000?150,000であり、硬質共重合体(B-I)の総質量の25?32質量%がシアン化ビニル化合物由来の単量体単位である硬質共重合体であり、
硬質共重合体(B-II)は、芳香族ビニル化合物由来の単量体単位及びシアン化ビニル化合物由来の単量体単位を含む重合体であり、質量平均分子量が50,000?150,000であり、硬質共重合体(B-II)の総質量の35?50質量%がシアン化ビニル化合物由来の単量体単位である硬質共重合体である熱可塑性樹脂組成物。」である点で一致し、次の点で相違する。

<相違点4>
硬質共重合体成分(A’)の質量平均分子量が、本件特許発明1においては50,000?200,000であるのに対して、甲A2発明においては250000?450000である点。
<相違点5>
硬質共重合体(B)は、混合物中の硬質共重合体(B-II)の含有量が、本件特許発明1においては5質量%以上20質量%未満であるのに対して、甲A2発明においては、20?50重量%である点。

イ 判断
(ア)相違点4について
a 甲A1には、上記2(1)イ(ア)のとおり、ゴム含有グラフト共重合体(I)のグラフト成分の共重合体の質量平均分子量については、記載も示唆もされていない。

b 甲A3には、上記2(1)イ(ウ)のとおり、優れたシート成形性、衝撃性、耐薬品性及び表面硬度の熱可塑性樹脂組成物を提供すること(段落【0004】)を課題とする発明において、「A成分であるグラフト共重合体において、ジエン系ゴム重合体にグラフトされた単量体混合物の共重合体成分および未グラフトで存在するこれら単量体混合物の共重合体成分の重量平均分子量が、120,000?200,000の範囲であり、120,000未満では、衝撃強度、伸びが不十分であり、200,000 を越えると成形性が著しく低下し好ましくない。」(段落【0025】)と記載され、衝撃強度、伸び及び成形性の点から、重量平均分子量を調節することが示されている。

c しかし、上記2(1)イ(イ)のとおり、甲A2発明は、甲A3には記載されていない「塗装性に優れ、特に低温環境下におけるブリスター現象及び吸い込み現象が抑制され」るという課題を有しており、当該課題に関連して、「グラフトした硬質重合体成分の・・・重量平均分子量が250000未満では、吸い込み現象が発生し、450000を超えるとブリスター現象及び吸い込み現象が発生し易くなる。」(段落【0023】)と記載されているのであるから、甲A2発明において、甲A3に記載された「重量平均分子量120,000?200,000」を採用することには、明確な阻害要因があるといわざるを得ない。

(イ)相違点5について
a 甲A4には、「高耐熱でありながら、射出成形品のエッジ部分においても良好な塗膜外観(吸込み、ブリスターが無い)を得ることができるような耐熱・耐塗装性ゴム強化スチレン系樹脂組成物を提供すること」(段落【0010】)を課題とする発明において、「高シアン化ビニル系共重合体(III)(合議体注:甲A2発明の硬質重合体(B-II)に対応)の重量は5?60重量部の範囲であり、好ましくは8?58重量部、より好ましくは9?56重量部である。高シアン化ビニル系共重合体(III)が5重量部より少ない場合には、射出成形品の耐塗装性(吸込み現象、エッジ部のブリスター現象)が低下し、一方、60重量部を越えて使用すると、樹脂の耐衝撃性が低下するので好ましくない。」(段落【0047】)と記載されている。
そうすると、甲A2発明の硬質重合体(B-II)に対応する成分(高シアン化ビニル系共重合体(III))の含有量が、耐塗装性(吸込み現象、エッジ部のブリスター現象)、耐衝撃性、流動性に影響を与えることが理解できる。

b しかし、甲A2には、「硬質重合体混合物(B)中の硬質重合体(B-II)の含有量が20重量%未満では吸い込み現象及びブリスター現象が発生し、50重量%を超えると吸い込み現象が著しく発生する。」(段落【0027】)と記載されているのであるから、甲A4の記載から「甲A2発明の硬質重合体(B-II)に対応する成分の含有量が、耐塗装性(吸込み現象、エッジ部のブリスター現象)、耐衝撃性、流動性に影響を与えること」が理解でき、仮にそれが周知であるとしても、甲A2発明において、硬質重合体(B-II)の含有量を20重量%未満とすることには、明確な阻害要因があるといわざるを得ない。

(ウ)したがって、本件特許発明1は、甲A2発明、甲A1と甲A3に記載された事項、及び周知技術(甲A4)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(2)本件特許発明2ないし4について
本件特許発明2ないし4は、本件特許発明1を更に限定したものであるから、上記(1)に示した判断と同様の理由により、甲A2発明、甲A1と甲A3に記載された事項、及び周知技術(甲A4)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(3)申立人Aの主張について
ア 申立人Aは、本件特許発明1の硬質重合体成分(A’)の質量平均分子量が耐衝撃性や流動性(成形性)に影響を与えることは、技術常識(周知技術)であり(甲A3:段落【0025】参照)、甲A2発明において、相違点1の本件特許発明1の構成要件を具備することは、甲A2発明によって何ら阻害されているものではなく、当業者が適宜範囲を調整し得るものである旨を主張する。
しかし、上記(1)イ(ア)のとおり、甲A2発明において重量平均分子量を250000未満とすることには、明確な阻害要因があるといわざるを得ないから、申立人Aの上記主張は採用できない。

イ 申立人Aは、甲A2(段落【0027】)及び甲A4(段落【0047】)によれば、硬質重合体(B-II)の含有量が塗装工程における耐吸い込み性、耐衝撃性、流動性(成形性)に影響を与えることは周知であるから、当業者であれば、所望の耐吸い込み性、耐衝撃性、流動性に応じて、甲A2発明の近傍の数値に適宜調整することを容易に着想し得る旨主張する。
しかし、上記(1)イ(イ)のとおり、甲A2発明において、硬質重合体(B-II)の含有量を20重量%未満とすることには、明確な阻害要因があるといわざるを得ないから、申立人Aの上記主張は採用できない。

ウ 申立人Aは、本件特許発明1が、硬質重合体成分(A’)の質量平均分子量の範囲(特に上限値)、及び、硬質重合体(B-II)の含有量の範囲(特に上限値)を境界として顕著な効果や臨界的な意義を有していることは示されていないから、甲A2発明において、相違点4及び5に係る本件特許発明1の構成とすることは、適宜甲A1発明及び周知技術(甲A4)を参酌することにより容易想到である旨を主張する。
しかし、上記(1)イのとおり、そもそも甲A2発明を出発点として、本件特許発明1の構成に想到することは容易ではなかったのであるから、効果の顕著性について検討するまでもない。
仮に、効果について検討しても、甲A2発明において、相違点4及び5に係る本特許発明1の構成とした場合に、甲A2に記載された阻害要因に関する記載とは逆に、塗装工程における耐吸い込み性(特に射出速度が高速の場合)、耐衝撃性、成形加工時の流動性のいずれにも優れた熱可塑性樹脂組成物とすることができるという効果を奏することは、当業者が予測可能であったということはできない。
したがって、申立人Aの上記主張は採用できない。

(4)小括
以上によれば、本件特許発明1ないし4は、甲A2発明、甲A1と甲A3に記載された事項、及び周知技術(甲A4)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから、本件特許発明1ないし4に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものではない。

4 理由3?5(明確性、サポート要件、実施可能要件)について
(1)申立人Aは、実施例5は、「(B)中の(B-II)」が20.0質量%であり、本件特許発明の技術的範囲外であり、本来比較例として記載されるべき例であるが、他の実施例と同等またはそれ以上の効果を備えるものであることを考慮すると、本件特許発明は、発明特定事項が不足していることが明らかであり、発明として未完成であるか、明確でないと言わざるを得ないから、明確要件に違反し、さらに、本件特許発明の外延が不明確であるから、サポート要件及び実施可能要件にも違反する旨を主張する。
しかし、本件特許発明の技術範囲に含まれない実施例5が、他の実施例と同等またはそれ以上の効果を備えるものであることは、明確性要件、サポート要件及び実施可能要件とは直接は関係がない。
したがって、申立人Aの上記主張は採用できない。

(2)申立人Aは、本件特許権者と出願人が同じ甲A2において、(A’)の質量平均分子量が、250000未満では吸い込み現象が発生すると主張する一方で、本件特許明細書においては、200,000以下にせしめないと耐吸い込み性が向上しないと主張し、また、甲A2において,硬質共重合体混合物(B)中の硬質共重合体(B-II)の含有量が、20重量%未満では吸い込み現象が著しく発生すると主張する一方で、本件特許明細書においては、20質量%未満にせしめないと耐吸い込み性が発揮されないと主張しているから、本件特許発明がどのような手段によって、本件特許発明が解決しようとする課題である耐吸い込み性を解決しようとしているのかを理解することができず、その結果、明確要件、サポート要件及び実施可能要件に違反する旨を主張する。
しかし、甲A2は、本件特許明細書とは異なる文献であり、甲A2に記載された事項は本件特許の出願時の技術常識であるともいえないから、本件特許明細書の記載自体に矛盾する記載があるとか、あるいは、本件特許の出願時の技術常識と矛盾する記載があるわけではない。
そして、本件特許の出願時の技術常識に照らして、本件特許明細書の記載によれば、本件特許発明に係る熱可塑性樹脂組成物とすれば、耐吸い込み性を含む課題を解決できることを当業者が理解できるのであって、本件特許明細書と一致しない記載を有する甲A2が存在するからといって、直ちに、本件特許発明が、サポート要件に適合しないとすることはできない。同様に、甲A2の記載内容が、明確性要件及び実施可能要件に影響するものでもない。
したがって、申立人Aの上記主張は採用できない。

(3)小括
以上によれば、申立人Aが主張する理由によっては、本件特許発明1ないし4に係る特許は、特許法第36条第6項第1号、同条第6項第2号及び同条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願についてされたということはできない。

第5 申立人Bの特許異議申立理由の概要
申立人Bは、証拠として以下の文献を提出し、おおむね次の取消理由により、本件特許発明1ないし4に係る特許は、特許法第113条第2号に該当し、取り消すべきである旨を主張している。

(理由1)本件特許発明1ないし4は、甲B1に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができない。
(理由2)本件特許発明1ないし4は、甲B1に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
(理由3)本件特許発明1ないし4は、甲B1に記載された発明、甲B2及び甲B3に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

甲B1:特開2013-199520号公報
甲B2:特開2004-143287号公報
甲B3:特開2007-023098号公報
甲B4:特開2011-256366号公報
(甲B1?甲B4は、申立人Bが提出した特許異議申立書に添付された甲第1?4号証である。)

第6 申立人Bの特許異議申立理由についての当合議体の判断
1 甲B1に記載された発明
甲B1の請求項1、段落【0010】、【0083】?【0085】、【0088】?【0091】、【0094】、【0100】?【0102】の記載、特に実施例1?7及び13?17によれば、次の発明(以下「甲B1発明」という。)が記載されていると認められる。

「a ポリブタジエンラテックスの存在下でスチレンおよびアクリロニトリルからなる単量体組成物を乳化重合したグラフト共重合体(I-1)、(I-2)、(I-3)、(I-6)及び(I-7):26重量部又は35重量部と、
b ビニル系共重合体(II-1)若しくはビニル系共重合体(II-2)及び高シアン化ビニル系共重合体(III-2):65重量部又は74重量部とを含む塗装用熱可塑性樹脂組成物であって、
c グラフト共重合体(I-1)、(I-2)、(I-3)、(I-6)及び(I-7)は、ポリブタジエンラテックスの存在下でスチレンとアクリロニトリルからなる単量体組成物を乳化重合したグラフト共重合体を含み、
d ビニル系共重合体(II-1)若しくはビニル系共重合体(II-2)及び高シアン化ビニル系共重合体(III-2)の混合物中の高シアン化ビニル系共重合体(III-2)の含有量が13.5重量%又は15.4重量%であり、
e ビニル系共重合体(II-1)及びビニル系共重合体(II-2)は、スチレン及びアクリロニトリルからなる単量体混合物の重合体であり、平均シアン化ビニル含有率は、25重量%又は26重量%であり、
f 高シアン化ビニル系共重合体(III-2)は、アクリロニトリル及びスチレンを共重合させた重合体であり、平均シアン化ビニル含有率は38重量%である共重合体である、塗装用熱可塑性樹脂組成物。」

2 理由1(甲B1発明に基づく新規性)について
(1) 本件特許発明1について
ア 甲B1発明との対比
甲B1発明の「ポリブタジエンラテックスの存在下でスチレンおよびアクリロニトリルからなる単量体組成物を乳化重合したグラフト共重合体(I-1)、(I-2)、(I-3)、(I-6)及び(I-7)」、「ビニル系共重合体(II-1)及びビニル系共重合体(II-2)は、スチレン及びアクリロニトリルからなる単量体混合物の重合体であり、平均シアン化ビニル含有率は、25重量%又は26重量%であり」、及び、「高シアン化ビニル系共重合体(III-2)は、アクリロニトリル及びスチレンを共重合させた重合体であり、平均シアン化ビニル含有率は38重量%である共重合体」は、それぞれ本件特許発明1の「ジエン系ゴム質重合体の存在下で芳香族ビニル化合物及びシアン化ビニル化合物を含む単量体混合物を共重合したゴム含有グラフト共重合体(A)」、「硬質共重合体(B-I)は、芳香族ビニル化合物由来の単量体単位及びシアン化ビニル化合物由来の単量体単位を含む重合体であり、」「硬質共重合体(B-I)の総質量の25?32質量%がシアン化ビニル化合物由来の単量体単位である硬質共重合体」、及び、「硬質共重合体(B-II)は、芳香族ビニル化合物由来の単量体単位及びシアン化ビニル化合物由来の単量体単位を含む重合体であり、」「硬質共重合体(B-II)の総質量の35?50質量%がシアン化ビニル化合物由来の単量体単位である硬質共重合体」に相当する。

そうすると、本件特許発明1と甲B1発明とは、「ジエン系ゴム質重合体の存在下で芳香族ビニル化合物及びシアン化ビニル化合物を含む単量体混合物を共重合したゴム含有グラフト共重合体(A):25?50質量部と、
硬質共重合体(B-I)及び硬質共重合体(B-II)を含有する硬質共重合体混合物(B):50?75質量部とを含む熱可塑性樹脂組成物であって、
前記ゴム含有グラフト共重合体(A)は、前記芳香族ビニル化合物及び前記シアン化ビニル化合物が前記ジエン系ゴム質重合体にグラフトした硬質共重合体成分(A’)を含み、
硬質共重合体混合物(B)は、混合物中の硬質共重合体(B-II)の含有量が5質量%以上20質量%未満であり
硬質共重合体(B-I)は、芳香族ビニル化合物由来の単量体単位及びシアン化ビニル化合物由来の単量体単位を含む重合体であり、硬質共重合体(B-I)の総質量の25?32質量%がシアン化ビニル化合物由来の単量体単位である硬質共重合体であり、
硬質共重合体(B-II)は、芳香族ビニル化合物由来の単量体単位及びシアン化ビニル化合物由来の単量体単位を含む重合体であり、硬質共重合体(B-II)の総質量の35?50質量%がシアン化ビニル化合物由来の単量体単位である硬質共重合体である熱可塑性樹脂組成物。」である点で一致し、次の点で相違する。

<相違点6>
硬質共重合体成分(A’)の質量平均分子量が、本件特許発明1においては50,000?200,000であるのに対して、甲B1発明においては不明である点。
<相違点7>
硬質共重合体(B-I)の質量平均分子量が、本件特許発明1においては50,000?150,000であるのに対して、甲B1発明においては不明である点。
<相違点8>
硬質共重合体(B-II)の質量平均分子量が、本件特許発明1においては50,000?150,000であるのに対して、甲B1発明においては不明である点。

イ 判断
(ア)相違点6について
a 甲B1には、グラフト共重合体(I-1)、(I-2)、(I-3)、(I-6)及び(I-7)を、次の製造方法により製造したことが記載されている。

「・グラフト共重合体(I-1)
ポリブタジエンラテックス(重量平均粒子径350nm)60重量%(固形分換算)の存在下で、スチレン29重量%とアクリロニトリル11重量%からなる単量体混合物を、ステアリン酸カリウムを使用して乳化重合してゴム強化スチレン樹脂ラテックスを得た。これを、90℃の温度の0.3%希硫酸水溶液中に添加して凝集後、水酸化ナトリウム水溶液により中和後に洗浄・脱水・乾燥工程を経て、グラフト共重合体(I-1)を調製した。グラフト率は36%であった。
・グラフト共重合体(I-2)
ポリブタジエンラテックス(重量平均粒子径350nm)45重量%(固形分換算)の存在下で、スチレン40重量%とアクリロニトリル15重量%からなる単量体混合物を、ステアリン酸カリウムを使用して乳化重合してゴム強化スチレン樹脂ラテックスを得た。これを、90℃の温度の0.3%希硫酸水溶液中に添加して凝集後、水酸化ナトリウム水溶液により中和後に洗浄・脱水・乾燥工程を経て、グラフト共重合体(I-3)を調製した。グラフト率は42%であった。
・グラフト共重合体(I-3)
ポリブタジエンラテックス(重量平均粒子径350nmと800nmの2種併用し、比率7:3)45重量%(固形分換算)の存在下で、スチレン40重量%とアクリロニトリル15重量%からなる単量体混合物を、ステアリン酸カリウムを使用して乳化重合してゴム強化スチレン樹脂ラテックスを得た。これを、90℃の温度の0.3%希硫酸水溶液中に添加して凝集後、水酸化ナトリウム水溶液により中和後に洗浄・脱水・乾燥工程を経て、グラフト共重合体(I-3)を調製した。グラフト率は25%であった。」(段落【0083】?【0085】)
「・グラフト共重合体(I-6)
ポリブタジエンラテックス(重量平均粒子径350nm)60重量%(固形分換算)の存在下で、スチレン34重量%、アクリロニトリル6重量%からなる単量体混合物を、ステアリン酸カリウムを使用して乳化重合してゴム強化スチレン樹脂ラテックスを得た。これを、90℃の温度の0.3%希硫酸水溶液中に添加して凝集後、水酸化ナトリウム水溶液により中和後に洗浄・脱水・乾燥工程を経て、グラフト共重合体(I-6)を調製した。グラフト率は42%であった。
・グラフト共重合体(I-7)
ポリブタジエンラテックス(重量平均ゴム粒子径350nm)60重量%(固形分換算)の存在下で、スチレン18重量%とアクリロニトリル22重量%からなる単量体混合物を、ステアリン酸カリウムを使用して乳化重合してゴム強化スチレン樹脂ラテックスを得た。これを、90℃の温度の0.3%希硫酸水溶液中に添加して凝集後、水酸化ナトリウム水溶液により中和後に洗浄・脱水・乾燥工程を経て、グラフト共重合体(A-7)を調製した。グラフト率は5%であった。」(段落【0088】?【0089】)

しかし、上記の記載からでは、得られた各グラフト共重合体の質量平均分子量がどの程度であるのかを把握することはできず、その他の甲B1の記載をみても、質量平均分子量に関する記載はない。

b 他方、甲B2には、次のような記載がある。
「(合成例1)
ポリブタジエン-a(平均粒子径0.29μm、ゲル含有率93%、0.4?0.6μmの粒子15.5%含有)65部(固形分)に、スチレン24.5部と、アクリロニトリル10.5部とを公知の乳化重合法により重合させ、凝固、乾燥を経てグラフト率38%、Mw11.5×10^(4)のグラフト共重合体(B-1)を得た。
(合成例2)
ポリブタジエン-b(平均粒子径0.3μm、ゲル含有率87%、0.4?0.6μmの粒子6%含有)65部(固形分)に、スチレン24.5部と、アクリロニトリル10.5部とを公知の乳化重合法により重合させ、凝固、乾燥を経てグラフト率27%、Mw10.2×10^(4)のグラフト共重合体(B-2)を得た。」(段落【0033】?【0034】)

c これに対して、申立人Bは、甲B2の合成例1?2は、甲B1発明の各グラフト共重合体と同様に、ポリブタジエンラテックスにスチレンとアクリロニトリルを乳化重合させて得られたものであり、その組成、製法、グラフト率は酷似するから、甲B1発明のグラフト共重合体(I-1)、(I-2)、(I-3)、(I-6)及び(I-7)は、甲B2の合成例1?2と同様に、質量平均分子量(Mw)が50,000?200,000である蓋然性が高く、相違点6は実質的な相違点ではない旨主張する。
しかし、乳化重合により製造したポリマーの質量平均分子量は、組成とグラフト率のみによって定まるものではなく、触媒の種類、重合温度、重合時間など、製造時の様々な条件によって変化するものであるから、甲B2の合成例1?2が、甲B1発明と同様に、乳化重合法により重合したものであり、その組成とグラフト率が似ているからといって、直ちに質量平均分子量も同程度であるということはできない。

d したがって、相違点6は、実質的な相違点である。

(イ)相違点7について
a 甲B1には、ビニル系共重合体(II)及び(III)を、次の製造方法により製造したことが記載されている。

「(参考例2)ビニル系共重合体(II)
・ビニル系共重合体(II-1)
予熱機および脱モノマ機からなる連続塊状重合装置を用い、スチレン72重量%、アクリロニトリル28重量%からなる単量体混合物を135kg/時で連続塊状重合させた。重合反応混合物は、単軸押出機型脱モノマ機により未反応の単量体をベント口より減圧蒸発回収し、一方脱モノマ機からビニル系共重合体(II-1)を得た。得られたビニル系共重合体(II-1)の固有粘度は0.48dl/gであった。また、平均シアン化ビニル含有率は26重量%で、平均シアン化ビニル含有率より2重量%以上の割合は0重量%であった。
・ビニル系共重合体(II-2)
スチレン76重量%とアクリロニトリル24重量%からなる単量体混合物を懸濁重合して得られたスラリーを洗浄・脱水・乾燥工程を経て、ビニル系共重合体(II-2)を調製した。得られたビニル系共重合体(II-2)の固有粘度は0.42dl/gであった。また、平均シアン化ビニル含有率は25重量%で、平均シアン化ビニル含有率より2重量%以上の割合は18重量%であった。」(段落【0090】?【0091】)

上記の記載には、ビニル系共重合体(II-1)及び(II-2)が、固有粘度0.48dl/g又は0.42dl/gであることが記載されている。
一般に、ポリマーの固有粘度と分子量とはある程度関連することは知られているものの、甲B1に記載されたビニル系共重合体(II-1)及び(II-2)において、固有粘度が0.48dl/g又は0.42dl/gであれば、どの程度の質量平均分子量になるのかは、明らかではない。

b 他方、甲B3には、次のような記載がある。
「〔製造例7〕
共重合体-1の製造:
脂肪酸塩を乳化剤とし、ラウリルパーオキサイドを重合開始剤とし、ドデシルメルカプタンを連鎖移動剤として用いて、水中にてスチレン74質量部およびアクリロニトリル26質量部を乳化重合させて、共重合体-1を得た。
共重合体-1の固有粘度[η]30℃DMFは0.36であり、数平均分子量Mnは31,000であり、質量平均分子量Mwは65,000であり、分子量分布Mw/Mnは2.1であった。
〔製造例8〕
共重合体-2の製造:
スチレン70質量部、アクリロニトリル30質量部に変更した以外は、製造例7と同様にして、共重合体-2を得た。
共重合体-2の固有粘度[η]30℃DMFは0.60であり、数平均分子量Mnは63,000であり、質量平均分子量Mwは115,000であり、分子量分布Mw/Mnは1.8であった。」(段落【0055】?【0056】)

c これに対して、申立人Bは、甲B1発明におけるビニル系共重合体(II-1)及び(II-2)は、甲B3の製造例7及び8で得られるMw65,000の共重合体-1及びMw115,000の共重合体-2と組成が酷似するから、甲B1発明におけるビニル系共重合体(II-1)及び(II-2)の質量平均分子量は50,000?150,000である蓋然性が極めて高く、相違点7は実質的な相違点ではない旨を主張する。
しかし、ポリマーの質量平均分子量は、組成のみによって一義的に定まるものではなく、触媒の種類、重合温度、重合時間など、様々な条件によって変化するものであるから、甲B1発明のビニル系共重合体(II-1)及び(II-2)と甲B3の共重合体-1?2との合成例1?2とが、その組成が類似しているというだけでは、質量平均分子量が同程度であるということはできない。

d したがって、相違点7は、実質的な相違点である。

(ウ)相違点8について
a 甲B1には、高シアン化ビニル系共重合体(III-2)を、次の製造方法により製造したことが記載されている。
「・高シアン化ビニル系共重合体(III-2)
容量が20lで、バッフルおよびファウドラ型攪拌翼を備えたステンレス製オートクレーブに、0.05重量部のメタクリル酸メチル/アクリルアミド共重合体(特公昭45-24151号公報記載)を165重量部のイオン交換水に溶解した溶液を400rpmで攪拌し、系内を窒素ガスで置換した。次に38重量部のアクリロニトリル、4重量部のスチレン、0.46重量部のt-ドデシルメルカプタン、0.39重量部の2,2’-アゾビス(2,4-ジメチルバレロニトリル)、0.05重量部の2,2’-アゾビスイソブチルニトリルの混合溶液を反応系を攪拌しながら添加し、58℃にて共重合反応を開始した。重合開始から15分が経過した後オートクレーブ上部に備え付けた供給ポンプから58部のスチレンを110分かけて断続添加した。この間、反応温度は重合開始時点の58?65℃まで昇温した。スチレンの反応系への断続添加が終了した後、50分かけて100℃に昇温した。冷却して得られたスラリーを洗浄・脱水・乾燥工程を経て、高シアン化ビニル系共重合体(III-2)を調製した。得られた高シアン化ビニル系共重合体(III-2)の固有粘度は0.45dl/gであった。また、平均シアン化ビニル含有率は38重量%で、平均シアン化ビニル含有率より2重量%以上の割合は40重量%であった。」(段落【0094】)

また、甲B1には、固有粘度について次の記載がある。
「高シアン化ビニル系共重合体(III)の、30℃、0.2,0.4g/dlのメチルエチルケトン溶液のウベローデ粘度測定から導出される固有粘度は0.3?0.7dl/gであることが好ましく、0.3?0.6dl/gであることがより好ましい。高シアン化ビニル系共重合体(III)の還元粘度が0.3dl/g未満である場合には樹脂組成物の耐衝撃性が低下することがあり、一方、0.7dl/gを超える場合には樹脂組成物の流動性が低下し、大型成形品の成形が容易でなくなることがある。」(段落【0040】)

上記の記載には、高シアン化ビニル系共重合体(III-2)が、固有粘度0.45dl/gであることが記載されている。
一般に、ポリマーの固有粘度と分子量とはある程度関連することは知られているものの、甲B1に記載された高シアン化ビニル系共重合体(III-2)において、固有粘度が0.45dl/gであれば、どの程度の質量平均分子量になるのかは、明らかではない。

b 他方、甲B4には次のような記載がある。
「(2-1-4)共重合樹脂(A2-3)の製造:
リボン型攪拌機翼、助剤連続添加装置、温度計などを装備した容積20リットルのステンレス製オートクレーブに、スチレン63質量部、アクリロニトリル質量37部、t-ドデシルメルカプタン0.5質量部、トルエン40質量部、及び、ジクミルパーオキサイド0.05質量部を仕込み、攪拌回転数100rpmで攪拌を行いながら、内温を145℃に昇温した。内温が110℃に達した時を重合開始とし、その後3.5時間の重合反応を行った。尚、内温が145℃に到達した後は、内温を145℃に保持し、攪拌回転数100rpmで攪拌を行った。上記3.5時間の重合反応の終了後、内温を100℃まで冷却し、反応混合物をオートクレーブより抜き出し、水蒸気蒸留により未反応物と溶媒を留去した。更に、40mmφベント付き押出機(シリンダー温度220℃、真空度760mmHg)を使用して揮発分を実質的に脱気させ、ペレット化した。重合終了時の重合転化率は82%であった。得られたスチレン・アクリルニトリル共重合体の極限粘度[η](メチルエチルケトン中、30℃)は0.42dl/g、重量平均分子量は80,000、アクリロニトリル単位の含有量は32質量%であった。」(段落【0135】)

c これに対して、申立人Bは、測定対象の高分子と測定時の溶媒の種類によって定まるKとa(注:Mark-Houink-Sakuradaの式におけるもの)が同一である場合、固有粘度が同じであればMwも同じとなることは技術常識であるから、甲B1発明における高シアン化ビニル系共重合体(III-2)は、甲B4の重量平均分子量80,000である共重合樹脂(A2-3)と、組成、アクリロニトリル含有率及び固有粘度が酷似するから、甲B1発明における高シアン化ビニル系共重合体(III-2)の質量平均分子量は、50,000?150,00である蓋然性が極めて高く、相違点8は、実質的な相違点ではない旨を主張する。
確かに、申立人Bが主張するように、組成、アクリロニトリル含有率及び固有粘度が類似するから、甲B1に記載された高シアン化ビニル系共重合体(III-2)の質量平均分子量が80,000近辺であり、50,000?150,000である可能性がある。
しかし、実際に甲B1発明の段落【0094】に記載された製造方法を再現して確認してみなければ、高シアン化ビニル系共重合体(III-2)の質量平均分子量がどの程度であるかを、確定することはできず、申立人Bの上記主張だけでは、相違点8が実質的な相違点ではないということはできない。

d したがって、相違点8は、実質的な相違点である。

(エ)上記(ア)?(ウ)のとおり、相違点6?8は実質的な相違点であるから、本件特許発明1は、甲B1に記載された発明であるとはいえない。

(2)本件特許発明2ないし4について
本件特許発明2ないし4は、本件特許発明1をさらに限定したものであるから、上記(1)に示した判断と同様の理由により、甲B1に記載された発明であるとはいえない。

(3)小括
以上によれば、本件特許発明1ないし4は、甲B1に記載された発明であるとはいえず、特許法第29条第1項第3号に該当するものではないから、本件特許発明1ないし4に係る特許は、同法第29条第1項の規定に違反してされたものではない。

3 理由2(甲B1発明及び周知技術に基づく進歩性)について
(1)本件特許発明1について
本件特許発明1と甲B1発明とは、上記2(1)アに記載した相違点6?8において相違している。
事案に鑑み、相違点6?8についてまとめて検討する。

ア 申立人Bは、一般に、質量平均分子量が小さいほど樹脂は硬くなり耐衝撃性は向上し、質量平均分子量が小さいほど樹脂の粘度が低下し流動性が向上することは周知技術であるから、甲B1発明において、耐衝撃性及び流動性に優れるようにするために、各成分の質量平均分子量を調整し、その結果、本件特許発明1で特定する範囲内とすることは、当業者が極めて容易になし得ることである旨主張している。

イ しかし、一般に、質量平均分子量が小さいほど樹脂は硬くなり耐衝撃性は向上し、質量平均分子量が小さいほど樹脂の粘度が低下する流動性が向上することは周知技術であるとしても、甲B1発明において、耐衝撃性と流動性の観点から、3つの各成分の質量平均分子量「50,000?200,000」及び「50,000?150,000」は、当業者が当然選択し得る数値範囲であるとする具体的な根拠はない。
そして、本件特許発明1は、質量平均分子量のそれらの数値を特定範囲とすることより、耐衝撃性と流動性だけでなく、塗装性(特に、射出成形を高速で行った場合の吸い込み現象の発生抑制)という効果を奏するものであり、その効果は、当業者が予測可能なものであるとはいえない。

ウ したがって、本件特許発明1は、甲B1発明及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

(2) 本件特許発明2ないし4について
本件特許発明2ないし4は、本件特許発明1をさらに限定したものであるから、上記(1)に示した判断と同様の理由により、甲B1発明及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

(3)小括
以上によれば、本件特許発明1ないし4は、甲B1発明及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから、本件特許発明1ないし4に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものではない。

4 理由3(甲B1発明、甲B2及び甲B3に記載された事項に基づく進歩性)について
(1)本件特許発明1について
本件特許発明1と甲B1発明とは、上記2(1)アに記載した相違点6?8において相違している。
事案に鑑み、相違点6?8についてまとめて検討する。

ア 甲B2について
(ア)甲B2には、芳香族ポリカーボネート樹脂とゴム強化スチレン系樹脂とからなる組成物が有する問題点を解決し、樹脂の基本物性として要求される耐衝撃性などを有し、塗装性(ブリスター性、吸い込み性)および耐薬品性に優れた樹脂組成物を提供することを課題とする発明(段落【0004】?【0006】)として、
「芳香族ポリカーボネート(A)30?90質量部と、
ゴム質重合体に、少なくとも芳香族ビニル系単量体とシアン化ビニル系単量体とをグラフト重合させたグラフト共重合体(B)10?70質量部と、
少なくとも芳香族ビニル系単量体とシアン化ビニル系単量体とを共重合させた硬質重合体(C)0?40質量部とを含有する樹脂組成物であって、
前記ゴム質重合体は、ゲル含有率が80?99%、平均粒子径が0.1?0.6μmの範囲にあり、粒子径分布について0.4?0.6μmの粒子を10?20質量%有し、
更に、前記グラフト重合体(B)は、グラフト率が10?50%、質量平均分子量が8×10^(4)?15×10^(4)であることを特徴とするグラフト共重合体含有樹脂組成物。」(請求項1)が記載されている。

(イ)甲B2の「グラフト重合体(B)」は、甲B1発明のグラフト共重合体(I-1)、(I-2)、(I-3)、(I-6)及び(I-7)に対応する成分であり、当該成分について「質量平均分子量(Mw )は8×10^(4)?15×10^(4)であり、好ましくは10×10^(4)?13×10^(4)である。質量平均分子量(Mw)が上記範囲外の場合、耐衝撃性及び流動性に劣る傾向にある。」(段落【0021】)と記載されている。

(ウ)甲B2の「少なくとも芳香族ビニル系単量体とシアン化ビニル系単量体とを共重合させた硬質重合体(C)」は、甲B2の段落【0022】のシアン化ビニル系単量体の含有量(15?45質量%)を考慮すると、甲B1発明の「ビニル系共重合体(II-1)若しくはビニル系共重合体(II-2)」と「高シアン化ビニル系共重合体(III-2)」のいずれにも対応する成分であり、その質量平均分子量については記載も示唆もされていない。

イ 甲B3について
(ア)甲B3には、ポリエステル樹脂とゴム強化スチレン系樹脂とからなる熱可塑性樹脂組成物の問題点を解決し、成形品の耐衝撃性を損なうことなく、流動性が改善され、強度、剛性等の機械特性、光沢、耐薬品性、塗装性に優れる成形品を得ることができる熱可塑性樹脂組成物を提供することを課題とする発明(段落【0002】?【0003】)として、
「【請求項1】
ゴム質重合体の存在下に、芳香族ビニル系単量体およびシアン化ビニル系単量体を含有する単量体混合物を重合してなるグラフト重合体(a-1)と、芳香族ビニル系単量体およびシアン化ビニル系単量体を含有する単量体混合物を重合してなる共重合体(a-2)とからなるゴム強化樹脂(A)と、
ポリエステル系樹脂(B)とを含有し、
前記共重合体(a-2)のN,N’-ジメチルホルムアミド溶液の30℃における固有粘度[η]が、0.30以上0.50未満であることを特徴とする熱可塑性樹脂組成物。」(請求項1)が記載されている。

(イ)甲B3の「ゴム質重合体の存在下に、芳香族ビニル系単量体およびシアン化ビニル系単量体を含有する単量体混合物を重合してなるグラフト共重合体(a-1)」は、甲B1発明の「グラフト共重合体(I-1)、(I-2)、(I-3)、(I-6)及び(I-7)」に対応する成分であり、グラフト共重合体(a-1)については「アセトン可溶分の質量平均分子量は、10,000以上800,000が好ましく、・・・10,000以上とすることにより、十分な耐衝撃性を有する成形品が得られる。」(段落【0017】)と記載されているにとどまり、アセトン不溶分に含まれる本件特許発明1の硬質共重合体成分(A’)に相当する成分の質量平均分子量は記載も示唆もされていない。

(ウ)甲B3の「芳香族ビニル系単量体およびシアン化ビニル系単量体を含有する単量体混合物を重合してなる共重合体(a-2)」は、甲B3の段落【0026】のシアン化ビニル系単量体の含有量(10?35質量%)を考慮すると、甲B1発明の「ビニル系共重合体(II-1)若しくはビニル系共重合体(II-2)」及び「高シアン化ビニル系共重合体(III-2)」のいずれにも対応する成分であるということができる。
甲B3には、「共重合体(a-2)は、固有粘度[η]30℃DMFが0.20以上0.50未満の共重合体(a-2-1)45?99.5質量%と、固有粘度[η]30℃DMFが0.50以上の共重合体(a-2-2)55?0.5質量%とからなり(ただし、共重合体(a-2-1)と共重合体(a-2-2)との合計は100質量%である。)、かつ混合物の固有粘度[η]30℃DMFが0.30以上0.50未満となるものであってもよい。共重合体(a-2-2)を所定の範囲で用いた場合、成形品の耐衝撃強度と熱可塑性樹脂組成物の流動性とのバランスが良好となる。」(段落【0029】)、及び、「共重合体(a-2)の質量平均分子量は、30,000以上60,000未満が好ましく、35,000以上60,000未満がより好ましく、40,000以上50,000未満が特に好ましい。」(段落【0030】)と記載されている。

ウ 甲B1発明に甲B2及び甲B3に記載された事項を組み合わせることについて
(ア)甲B1発明は、「良好な塗装外観、かつ流動性と耐衝撃性とを併せ持ち、さらには静電塗装が適用可能な電気特性を有する熱可塑性樹脂組成物を提供すること」を課題とする発明であるから(段落【0011】)、甲B2及び甲B3に記載された熱可塑性樹脂組成物とは、耐衝撃性、流動性、塗装性に優れた熱可塑性樹脂組成物を提供することを課題とする点で共通している。
しかし、甲B2は芳香族カーボネート、甲B3はポリエステル樹脂を、それぞれ必須とする点で、甲B1発明と異なっている。
また、甲B2及び甲B3には、それらの課題を解決するために、質量平均分子量以外にも種々の物性を特定することが記載されている。
そうすると、甲B1発明において、それと課題が共通している熱可塑性樹脂組成物が記載された文献であるからといって、甲B2及び甲B3に記載された種々の物性の中から、質量平均分子量に着目し、甲B2からグラフト重合体(B)の「質量平均分子量8×10^(4)?15×10^(4)」という数値範囲を、また、甲B3から共重合体(a-2)の「質量平均分子量30,000以上60,000未満」という数値範囲を選び出し、ポリエステル樹脂やポリカーボネート樹脂を必須としない甲B1発明における「グラフト共重合体(I-1)、(I-2)、(I-3)、(I-6)及び(I-7)」、「ビニル系共重合体(II-1)若しくはビニル系共重合体(II-2)」及び「高シアン化ビニル系共重合体(III-2)」の質量平均分子量として、それぞれ選択して、相違点6?8に係る本件特許発明1の構成に想到することが、当業者おいて容易であるとまではいえない。

(イ)そして、一般に、配合する樹脂の質量平均分子量を適宜調整することは、当業者が通常行うことであって、甲B2から、グラフト共重合体(B)のような、ゴム質重合体に芳香族系ビニル単量体とシアン化ビニル単量体とをグラフト重合させたグラフト共重合体について、また、甲B3から、共重合体(a)のようなスチレン-アクリロニトリル共重合体について、それぞれ質量平均分子量が樹脂組成物の耐衝撃性及び流動性に影響があることを当業者が理解したとしても、耐衝撃性と流動性の観点から、甲B1発明における3つの各成分の質量平均分子量として、「50,000?200,000」及び「50,000?150,000」という数値範囲は、当業者が当然選択し得る周知の数値範囲であるとまでいえる具体的な根拠はない。
そして、本件特許発明1は、質量平均分子量の数値を特定範囲とすることより、耐衝撃性と流動性だけでなく、塗装性(特に、射出成形を高速で行った場合の吸い込み現象の発生抑制)という効果を奏するものであり、その効果は、当業者が予測可能なものであるとはいえない。

(ウ)したがって、本件特許発明1は、甲B1発明、甲B2及び甲B3に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

(2)本件特許発明2ないし4について
本件特許発明2ないし4は、本件特許発明1をさらに限定したものであるから、上記(1)に示した判断と同様の理由により、甲B1発明、甲B2及び甲B3に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

(3)申立人Bの主張について
申立人Bは、本件特許明細書の実施例・比較例からみて、質量平均分子量を調整して流動性に優れることとすると、同時に吸い込み性にも優れることが示されており、そして、甲B1においても、吸いこみ現象が最終製品の商品価値を大きく損なうものであることが記載されているから(段落【0004】)、甲B1発明において、耐衝撃性及び流動性に優れることとするために、各共重合体の質量平均分子量を調整し、その結果耐衝撃性及び流動性に優れるとともに、本件特許発明と同程度の吸い込み現象の発生を抑制することができるという効果は、甲B1発明から予測可能な効果である旨を主張する。
しかし、本件特許の出願当時、質量平均分子量を調整して流動性に優れることとすると同時に吸い込み性にも優れることは、当業者において知られていた技術的事項であるとはいえないから(本件特許明細書の記載はその根拠とすることはできない。)、甲B1発明において、耐衝撃性及び流動性に優れることとするために、各共重合体の質量平均分子量を調整すれば、同時に吸い込み現象の発生を抑制することができるという効果は、当業者が甲B1発明から予測可能であるということはできない。
したがって、申立人Bの上記主張は採用できない。

(4)小括
以上によれば、本件特許発明1ないし4は、甲B1発明、甲B2及び甲B3に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから、本件特許発明1ないし4に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものではない。

第7 むすび
以上のとおりであるから、申立人A及びBが提出した特許異議申立書に記載された特許異議申立理由によっては、本件特許発明1ないし4に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許発明1ないし4に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2017-05-29 
出願番号 特願2016-46859(P2016-46859)
審決分類 P 1 651・ 537- Y (C08L)
P 1 651・ 121- Y (C08L)
P 1 651・ 536- Y (C08L)
P 1 651・ 113- Y (C08L)
最終処分 維持  
前審関与審査官 安田 周史  
特許庁審判長 加藤 友也
特許庁審判官 藤原 浩子
守安 智
登録日 2016-09-02 
登録番号 特許第5998299号(P5998299)
権利者 ユーエムジー・エービーエス株式会社
発明の名称 熱可塑性樹脂組成物及び樹脂成形品  
代理人 鈴木 三義  
代理人 志賀 正武  
代理人 高橋 詔男  
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