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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) G02B
管理番号 1329836
審判番号 不服2016-909  
総通号数 212 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-08-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2016-01-20 
確定日 2017-06-29 
事件の表示 特願2011-152278「レンズユニット」拒絶査定不服審判事件〔平成25年 1月31日出願公開、特開2013- 20026〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1 手続の経緯
本件出願は、平成23年7月8日の特許出願であって、その手続の経緯は、概略以下のとおりである。

平成27年 3月 3日付け:拒絶理由通知(同年同月10日発送)
平成27年 5月 8日提出:意見書
平成27年 5月 8日提出:手続補正書
平成27年10月15日付け:拒絶査定(同年同月20日オンライン送達)
平成28年 1月20日提出:審判請求
平成28年 1月20日提出:手続補正書
平成29年 1月26日付け:拒絶理由通知(同年同月31日発送)
平成29年 4月 3日提出:意見書
平成29年 4月 3日提出:手続補正書

2 本件発明
本件出願の特許請求の範囲の請求項1ないし11に係る発明は、平成29年4月3日提出の手続補正書によって補正された特許請求の範囲の請求項1ないし11に記載された事項により特定されるものと認められるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本件発明1」という。)は、次のとおりのものである。

「監視カメラまたは車載カメラに搭載されるレンズユニットにおいて、
樹脂製レンズ鏡筒と、
前記レンズ鏡筒に保持されている2枚のガラス製光学素子と、
前記レンズ鏡筒内において、前記2枚のガラス製光学素子の間の気密状態の閉鎖空間に配置されたプラスチック製レンズとを有し、
前記プラスチック製レンズの表面における少なくとも有効径部分には、酸素の透過を抑制する酸素透過防止膜と反射防止膜が内側からこの順番で積層されていることを特徴とするレンズユニット。」

3 当審の拒絶理由
当審において平成29年1月26日付けで通知した拒絶の理由(以下、「当審拒絶理由」という。)は、概略、以下のとおりである。

理由1) 本件出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。


ア 請求項7の記載は、「請求項4または5において、前記プラスチック製レンズは、前記有効径部分よりも径方向外側に溝を備えていることを特徴とするレンズユニット。」となっており、「プラスチック製レンズ」が備える「溝」については、「有効径部分よりも径方向外側に」としか特定されておらず、例えば、同心円状の溝など、どのような溝であってもよい記載となっている。
ここで、【発明が解決しようとする課題】である「レンズ鏡筒に保持されたプラスチック製レンズの黄変を抑制或いは防止できるレンズユニットを提供する」(【0005】)ことを解決する、プラスチック製レンズに溝を備えたレンズユニットとして、発明の詳細な説明、あるいは図面に具体的に記載されたものは、「有効径部分40よりも径方向外側において切り欠き部41から有効径部分に向かって延びている溝42」であって、かつ「外周側の端が切り欠き部41と連通している」「溝42」(【0033】)を備えたプラスチック製レンズだけである。
そうすると、例え、技術常識を参酌したとしても、上記課題を解決するレンズユニットのプラスチック製レンズに備えられる「溝」として記載されたものは、有効径部分よりも径方向外側において「切り欠き部から有効径部分に向かって延び」、「外周側の端が切り欠き部と連通している」「溝」に限られるというべきであって、同心円状の溝、有効径部分や切り欠き部とは異なる方向に向かって延びる溝、あるいは切り欠き部と連通しない溝までもが開示されているとは認められない。
したがって、技術常識に照らしても、請求項7に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない。 よって、請求項7,11,12に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものでない。

理由2) 本件出願の請求項1?7,9?12に係る発明は、その出願前に日本国内または外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。


(引用例等一覧)
引用例1:特開2008-233512号公報
引用例2:特開昭61-162002号公報
引用例3:特開2006-324486号公報
引用例4:特開2011-107509号公報
引用例5:国際公開第2008/149631号
引用例6:特開2006-267372号公報
引用例7:特開2010-156734号公報
引用例8:特開2006-171115号公報
引用例9:特開2003-227961号公報
引用例10:特開2005-292441号公報
引用例11:特開2009-151192号公報
引用例12:特開2005-156989号公報

4 引用例
(1) 引用例1の記載
当審拒絶理由で引用された引用例1には、次の記載がある。(下線は、後述する引用発明の認定に特に関係する箇所を示す。)
ア 「【技術分野】
【0001】
本発明は、カメラに用いられるレンズユニットに関するものである。
【背景技術】
【0002】
カメラの一部を構成する撮像素子やレンズ等の高性能化や低コスト化により、カメラの用途が広がり、カメラが、例えば屋外監視装置や車載カメラ装置に組み込まれて用いられるようになった。
この屋外監視装置としては、例えば、公園や道路等で人や自動車の動きを録画して監視するシステムであり、防犯意識の高まり等から、街中にも屋外監視装置が数多く設置されるようになってきている。
また、車載カメラ装置としては、例えば、運転席から死角となる助手席側の側方や後方等に車載カメラを取り付けて、車内のモニタ画面で確認できるようにするシステムである。また、画像認識機能を持たせて視覚補助以外の用途に用いられる車載カメラ装置もある。すなわち、道路の白線を車載カメラでとらえて車の位置を正確に割り出し、衝突事故を未然に防ぐシステムである。このように、車一台当たりに複数の車載カメラが装備されるようになってきている。
【0003】
このようなシステムに搭載されるカメラのレンズユニットは、レンズ面が雨風にさらされる環境下に設置される場合があることから、耐熱性及び耐湿性が要求される。このような要求に対応するために、従来から種々の構造が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
特許文献1には、CCDあるいはCCDを実装した実装基板が発熱して内部の温度が上がっても、外部に接するレンズあるいは保護板の表面が結露することがないようにしたカメラが開示されている。具体的には、4枚のレンズを鏡筒によって光軸方向に沿って配列するとともに、1番目のレンズと鏡筒との間にOリングを配し、4番目のレンズと鏡筒との間にOリングを配し、さらに1番目のレンズと2番目のレンズとの間に空間を、2番目のレンズと3番目のレンズとの間に空間を、3番目のレンズと4番目のレンズとの間に空間を形成し、これらの空間同士の間で空気の移動が起らないようにする構成が開示されている。
【0004】
【特許文献1】特開2005-266276号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ここで、このようなカメラについては、シーリング性能についての品質の向上という要求がある。その要求に応えるべく、従来から種々の構成が提案されている。また、製品ごとの品質のばらつきを抑制するという要求もあり、これに対応するために従来から種々の構成が提案されている。
【0006】
本発明の目的は、従来の場合に比べてより高いレベルの品質確保が可能なレンズユニットを提供することにある。」

イ 「【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、添付図面を参照して、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
〔第1の実施の形態〕
図1は、第1の実施の形態に係るレンズユニット1を示す概略構成図である。
図1に示すレンズユニット1は、物体の像を像側に形成するためのもので、例えば車載カメラに用いられる広角レンズである。このレンズユニット1は、レンズユニット1の本体をなす鏡筒(ホルダ、バレル)2と、鏡筒2に保持されて光学系を形成するレンズ群3と、レンズ群3からの光を透過するフィルタ(光学フィルタ)6と、を備えている。なお、フィルタ6は、外光の特定の周波数成分を除去する目的でガラスに多層膜を蒸着させたものであり、本実施の形態では、赤外線除去フィルタ(IRCF:Infrared Cut Filter)を用いている。
【0014】
また、レンズユニット1は、所定の口径を有し、レンズ群3の中に配置される絞り部材11と、鏡筒2とレンズ群3との間に介挿されるシール部材(一端側シール部、第1のシール部)4と、を備えている。・・・(中略)・・・
【0015】
図2は、レンズユニット1の分解図である。
図2に示すように、鏡筒2は、両端開口の筒状部材である。すなわち、鏡筒2は、物体側(外側、入射側)の端部(一端)に開口部21を有し、かつ、像側(内側、出射側)の端部(他端)に開口部22を有する。また、鏡筒2の像側の端部には、開口部22を狭めるように形成された縮径部23を有する。縮径部23の端面23aは、絞り機能を果たす形状に形成されている。なお、開口部22は、開口部21よりも狭められている。
【0016】
縮径部23の像側の面には、フィルタ6を鏡筒2に取り付けるための取り付け部23bが形成されている。また、取り付け部23bには、縮径部23の内周縁部に沿って延びる溝部23cが形成されている。
更に説明すると、取り付け部23bは、フィルタ6の外形に対応した凹形状であり、フィルタ6が取り付けられると、フィルタ6の表面(像側の面)が縮径部23の像側の面の位置と合うように形成されている。
【0017】
更に説明すると、フィルタ6の取り付けは、接着剤(他端側シール部、第2のシール部)5(図1参照)により行われている。すなわち、縮径部23の取り付け部23bとフィルタ(他端側シール部、第2のシール部)6の裏面(物体側の面)6aとの間に接着剤5が塗布され、これにより、フィルタ6は、鏡筒2に固定される。この接着剤5の一部(余剰分)は、取り付け部23bの溝部23cに入り込む。このため、接着剤5が縮径部23からはみ出て光路を遮ることが防止される。また、この接着剤5により、縮径部23の取り付け部23bとフィルタ6の裏面6aとの間が封止され、気密性が確保される。すなわち、この接着剤5に、シール部材4と同じシーリング機能を持たせている。このため、1つのシール部材を省略することが可能になり、レンズユニット1の構成部品の数を減らすことが可能になる。なお、接着剤5の材質としては、熱硬化樹脂や紫外線硬化樹脂を用いることが考えられる。
【0018】
鏡筒2は、内周面2aで画成された受け入れ部24を有する。この受け入れ部24は、レンズ群3を受け入れる空間を形成するためのものであり、レンズ群3の位置決め及び保持を行うことができるように複数の段差形状に形成されている。更に説明すると、受け入れ部24は、円形状の内周面で構成され、レンズ31を受け入れる円形状部24aを有する。また、受け入れ部24は、八角以上の多角形状の内周面で構成され、レンズ32を受け入れる多角形状部24bと、八角以上の多角形状の内周面で構成され、レンズ33を受け入れる多角形状部(他のレンズを収容するホルダの部分)24cと、八角以上の多角形状の内周面で構成され、レンズ34を受け入れる多角形状部24dと、を有する。
レンズ群3を鏡筒2の受け入れ部24に挿入して取り付けると、所望の光学特性を得られるようになっている。なお、鏡筒2は、ポリカーボネート樹脂とガラス繊維とカーボンブラック等の黒色顔料の混合物からなる。
【0019】
鏡筒2は、像側の端部の外周面2bに螺設された雄ねじ26を有する。この雄ねじ26は、後述するマウント202(図4参照)に取り付けるのに用いられる。また、鏡筒2は、物体側の端部の外周面2bから突出して形成された、ケース部材との位置決めのためのフランジ部27と、フランジ部27に凹形状に形成され、ケース部材に取り付ける図示しない工具と係合可能な回し部28と、を有する。
【0020】
レンズ群3は、複数のレンズにより構成されている。すなわち、レンズ群3は、レンズ(一端側レンズ、第1のレンズ)31、レンズ32、レンズ33及びレンズ(他端側レンズ、第2のレンズ)34で構成されている。これらレンズ31、レンズ32、レンズ33及びレンズ34は、物体側から順に配列されている。すなわち、レンズ31は、物体側に最も近い位置の物体側レンズであり、レンズ34は、像側に最も近い位置の像側レンズである。レンズ32及びレンズ33は、レンズ31とレンズ34との間に位置する中間レンズである。
【0021】
レンズ31は、ガラス製であり、このため、キズや熱に強い。レンズ31は、隣接するレンズ32に近い側の周縁に形成されている凹部31aを有する。この凹部31aは、入射側のシール部材4が配設される空間を形成するためのものである。付言すると、鏡筒2の開口部21側には、レンズ31の外面側の周縁部を係止するための熱カシメ部K(図1参照)が形成されている。この熱カシメ部Kにより、レンズ31,32,33,34及び絞り部材11,12が鏡筒2の受け入れ部24に固定される。
【0022】
レンズ32,33,34は、非結晶ポリオレフィン樹脂、ポリカーボネート樹脂又はアクリル樹脂からなり、射出成形により製造されたプラスチック製レンズである。レンズ32,33,34は、外周が円形状であり、射出成形した際に外周面に形成されるゲート跡部32b,33b,34bが外周面の一部に残されている。
【0023】
また、シール部材4は、Oリング部材であり、その材質としては、例えばNBR(ニトリルゴム)、EPDM(エチレンピロピレンゴム)、FKM(ふっ素ゴム)、CR(クロロプレンゴム)、VMQ(シリコーンゴム)、UR(ポリウレタンゴム)、NR(天然ゴム)、ACM(アクリルゴム)のいずれでも良い。
【0024】
更に説明すると、シール部材4は、鏡筒2の受け入れ部24とレンズ31とに係合して両者間の隙間をなくしている。このように、物体側の外部に対する受け入れ部24の気密状態は、シール部材4により形成される。一方、像側の外部に対する受け入れ部24の気密状態は、上述したように、フィルタ6を縮径部23に取り付けるための接着剤5により形成される。
すなわち、受け入れ部24のうちシール部材4及び接着剤5で挟まれた領域は、物体側の外部及び像側の外部と気密状態になる。より具体的に説明すると、レンズ31と鏡筒2の内周面2aとシール部材4とフィルタ6と接着剤5により画成された空間であるレンズ室Lは、外部との気密状態が確立される。これにより、レンズ群3のとりわけレンズ31の内面(レンズ32に近い面)の結露をより確実に防止することができる。 また、レンズ室Lの容積を大きくすることにより断熱作用を持たせることができ、外部の温度変化が装置内部に及ぼす影響を抑制することができる。」

ウ 「 【図1】




エ 「 【図2】




オ 上記アないしエによると、引用例1には、〔第1の実施の形態〕として、次の「レンズユニット」(以下、「引用発明」という。)が記載されている

「車載カメラに用いられるレンズユニット1であって、
レンズユニット1の本体をなす鏡筒2と、鏡筒2に保持されて光学系を形成するレンズ群3と、レンズ群3からの光を透過するフィルタ6と、を備え、
フィルタ6は、ガラスに多層膜を蒸着させた、赤外線除去フィルタであり、
鏡筒2は、両端開口の筒状部材であり、物体側(外側、入射側)の端部(一端)に開口部21を有し、かつ、像側(内側、出射側)の端部(他端)に開口部22を有し、鏡筒2の像側の端部には、開口部22を狭めるように形成された縮径部23を有し、縮径部23の像側の面には、フィルタ6を鏡筒2に取り付けるための取り付け部23bが形成され、
縮径部23の取り付け部23bとフィルタ(他端側シール部、第2のシール部)6の裏面(物体側の面)との間に接着剤5が塗布されることにより、フィルタ6は、鏡筒2に固定され、
接着剤5により、縮径部23の取り付け部23bとフィルタ6の裏面との間が封止され、気密性が確保され、
鏡筒2は、内周面2aで画成された受け入れ部24を有し、受け入れ部24は、レンズ群3を受け入れる空間を形成し、レンズ群3の位置決め及び保持を行い、
鏡筒2は、ポリカーボネート樹脂とガラス繊維とカーボンブラック等の黒色顔料の混合物からなり、
レンズ群3は、レンズ(一端側レンズ、第1のレンズ)31、レンズ32、レンズ33及びレンズ(他端側レンズ、第2のレンズ)34で構成され、これらレンズ31、レンズ32、レンズ33及びレンズ34は、物体側から順に配列され、レンズ31は、物体側に最も近い位置の物体側レンズであり、レンズ34は、像側に最も近い位置の像側レンズであり、レンズ32及びレンズ33は、レンズ31とレンズ34との間に位置する中間レンズであり、
レンズ31は、ガラス製であり、
鏡筒2の開口部21側には、レンズ31の外面側の周縁部を係止するための熱カシメ部Kが形成され、
熱カシメ部Kにより、レンズ31,32,33,34が鏡筒2の受け入れ部24に固定され、
レンズ32,33,34は、非結晶ポリオレフィン樹脂、ポリカーボネート樹脂又はアクリル樹脂からなり、射出成形により製造されたプラスチック製レンズであり、
シール部材4は、鏡筒2の受け入れ部24とレンズ31とに係合して両者間の隙間をなくし、物体側の外部に対する受け入れ部の気密状態を形成し、
受け入れ部24のうちシール部材4及び接着剤5で挟まれた領域は、物体側の外部及び像側の外部と気密状態になり、レンズ31と鏡筒2の内周面2aとシール部材4とフィルタ6と接着剤5により画成された空間であるレンズ室Lは、外部との気密状態が確立される、
レンズユニット1」

(2) 引用例2の記載
当審拒絶理由で引用された引用例2には、次の記載がある(下線は、審決にて付した。以下、同じ。)。
ア 「【特許請求の範囲】
主鎖および/または側鎖に芳香環を有する高屈折率樹脂レンズの表面を,酸素透過係数が100×10^(-12)cm^(3)・cm/cm^(2)・sec・cmHg以下の主として有機ポリマーからなる透明膜で被覆したことを特徴とする高屈折率プラスチックレンズ複合体。」(特許請求の範囲)

イ 「〔産業上の利用分野]
本発明は耐光性に優れた眼鏡用レンズ,カメラ用レンズなどの光学用高屈折率プラスチックレンズに関するものである。
〔従来の技術〕
プラスチックレンズは,極めて優れた耐衝撃性及び透明性を有し,かつ軽量であり染色も容易であることから,近年需要が増えている。
しかし,一方でプラスチックレンズは一般に無機ガラスレンズに較べて機械的強度が低く,この欠点を補う方法として,レンズ中心厚みの増大などの対策がとられている。またプラスチックは無機ガラスに較べて屈折率が低いために特にマイナスの高度数レンズにおいては端部が著しく厚くなり,見栄えが悪く,着用を敬遠する傾向があるという重大な欠点がある。これらの改良を目的に近年はプラスチック基材の屈折率を上げることが検討され,多くの提案がなされている(特公昭58-17527号公報,特公昭58-14449号公報,特開昭57-28117号公報,特開昭57-54901号公報,特開昭57-102601号公報,特開昭57-104901号公報,特開昭58-18602号公報,特開昭58-72101号公報,特開昭59-87124号公報,特開昭59-93708号公報,特開昭59-96109号公報)。
かかる従来技術からも明らかなとおり,樹脂の屈折率を上げる目的でプラスチックレンズ用樹脂に芳香環を主鎖および/または側鎖に導入し,さらに屈折率を向上させるため芳香環へのフッ素を除くハロゲン基の導入がなされてきている。これらの樹脂は高屈折率が得られるものの,重合中に着色したり,重合後の樹脂を紫外線にさらすと黄色に着色する欠点がある。この着色を防止する手段として,紫外線吸収剤,酸化防止剤,着色防止剤,ケイ光染料などの添加剤をモノマーに添加する公知の方法がとられている。また樹脂自体の改良についても提案されている。たとえば核ハロゲン置換ベンゼンジカルボン酸のエステル類と,屈折率が1.55以上の樹脂との共重合体(特開昭59-8709号公報)やビスアリルカーボネートまたはβ-メチルアリルカーボネートと,屈折率が1.55以上の樹脂との共重合体(特開昭59-8710号公報)などがある。」(1頁左下欄11行?2頁左上欄14行)

ウ 「 すなわち,本発明は,主鎖および/または側鎖に芳香環を有する高屈折率樹脂レンズの表面を酸素透過係数が,100×10^(-12)cm^(3)・cm/cm^(2)・sec・cmHg以下の主として有機ポリマーからなる透明膜を被覆したことを特徴とする高屈折率プラスチックレンズ複合体に関するものである。
本発明における芳香環を主鎖および/または側鎖に有する高屈折率樹脂とは例えば下記一般式(1)で示されるスチレン誘導体の重合体。
・・・(中略)・・・,芳香環を有する高屈折率樹脂であれば特に限定されるものではない。またこれらの芳香環を有するモノマーと共重合可能な芳香環を有しないモノマーとの共重合体樹脂であっても何ら問題はない。
本発明は前記の芳香環を主鎖および/または側鎖に有する樹脂の表面に主として有機ポリマーからなる酸素透過係数が100×10^(-12)cm^(3)・cm/cm^(2)・sec・cmHg以下の透明膜を被覆して得られるものであるが,ここで酸素透過係数とは酸素ガスの透過性を表わす尺度であり,次のように定義される値である。すなわち,厚さ1cmの平板の表面において単位面積(cm^(2))あたり,酸素分圧差を1cmHgかけた時の単位時間(sec)あたりに透過する酸素量(cm^(3))である。
酸素透過係数が100×10^(-12)cm^(3)・cm/cm^(2)・sec・cmHg以下の透明材料の具体的な例としてはポリビニルアルコール,ポリ酢酸ビニルの部分ケン化物,ポリアクリロニトリル,セルローズ,ポリ塩化ビニリデン,ポリ塩化ビニリデン/塩化ビニル共重合体,ポリカプロラクタム,ポリエチレンテレフタレート,ポリ塩化ビニル,ポリオキシメチレンなどが挙げられる。中でも,ポリビニルアルコール,ポリ酢酸ビニル,セルロースが被膜形成の容易さから好ましく用いられる。また,酸素透過係数の条件を満足させ,かつ透明性を損わない範囲で上記透明材料に各種の有機および/または無機化合物を添加させることも可能である。添加剤として用いられる主な具体例を挙げると,表面平滑性を改良する目的で各種の界面活性剤が添加可能であり,例えば,シリコーン系化合物,フッ素系界面活性剤,有機界面活性剤などが使用できる。さらに耐候性を向上させる目的で紫外線吸収剤,耐熱劣化向上を目的で酸化防止剤を添加することも容易に可能である。また被膜の耐久性を向上する目的で架橋剤を添加することも可能であり,好ましく用いられる架橋剤として,各種シランカップリング剤,メラミン樹脂,コロイダルシリカ,さらにはチタン,アルミニウム,ジルコニウムの金属塩が挙げられる。これらの架橋剤は1種のみならず2種以上添加することももちろん可能であり,また架橋を促進させるための触媒を添加するも可能である。これらの添加剤の添加量は実験的に定められるべきであるが,被覆される有機ポリマーの酸素透過係数が100×10^(-12)cm^(3)・cm/cm^(2)・sec・cmHgより大きくなると被覆効果がほとんどなく,耐光性の改良は期待されない。できるだけ薄膜で効果を発揮させるためには,酸素透過係数が50×10^(-12)cm^(3)・cm/cm^(2)・sec・cmHg以下の透明膜が更に好ましい。
前記透明材料は高屈折率プラスチックンンズ基材表面に被覆させて用いられるが,その被覆厚さはとくに限定されるものではない。しかし,接着強度の保持,耐光性などの点から0.1ミクロン?20ミクロンの間で好ましく適用される。
また被覆方法としてはコーテイング(デイツプコート,スピンコート,スプレーコート,刷毛塗り,流し塗りなど)やプラズマCVDなどの薄膜形成方法などが可能である。
さらに実用性を高める目的で前記透明材料の被覆後各種の被覆を表面に形成させることも可能である。例えば表面硬度を向上させる目的には各種のポリシロキサン系化合物で被覆する方法が有用である。さらには反射防止を目的に無機酸化物の真空蒸着も可能である。」(2頁右上欄6行-3頁左下欄3行)

(2) 引用例3の記載
当審拒絶理由で引用された引用例3には、次の記載がある。
ア 「【0003】
ここで、樹脂レンズの材質としては、一般的にエポキシ樹脂、メタクリル樹脂やポリカーボネート樹脂などが用いられており、これら以外として特許文献1では環状オレフィン樹脂を用いることが開示されており、さらに光学特性や耐擦傷性を向上させるために、樹脂レンズ表面に反射防止コート層やハードコート層を設けることが開示されている。
【0004】
また、樹脂封止材として、エポキシ樹脂、シリコーン樹脂などを用いることが一般的であるが、特許文献2には、封止樹脂の呈色を抑えて半導体発光装置を長寿命化するための封止樹脂として、フッ素系樹脂などが用いることが開示されている。」

イ 「【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来の半導体発光装置にあっては、樹脂レンズは、半導体発光装置を駆動する際に発生する熱による樹脂変質、または半導体発光装置を配した装置系の発する熱による樹脂変質、および従来公知の樹脂素材劣化機構である自動酸化反応によって劣化し、可視光の光透過率、配光制御などの性能が著しく低下してしまうという問題があった。
【0007】
このような劣化については、レンズ樹脂表面に反射防止コート層や対擦傷性コート層を設けたレンズでも例外ではなく、性能の低下を免れることはできなかった。
【0008】
上記のような問題を解決するために無機材料、例えば光学ガラスで構成したレンズを用いた場合には、上記のような劣化は生じなくなるが、レンズ自体が高価になるという問題や、半導体発光装置からの取り出し光を所望の配向特性とするために必要な光学曲面加工を施すことが困難であるなどの問題があった。
【0009】
また、発光素子の封止に用いる封止樹脂としてエポキシ樹脂やシリコーン樹脂などを用いた場合にも、自動酸化機構によって劣化が促進され、可視光の光透過率などの性能が著しく低下するなどの問題があった。」

ウ 「【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
<序文>
従来の半導体発光装置においては、封止樹脂や樹脂レンズが長期間の使用に耐えられない旨を説明したが、この理由を解明することによって本発明に到達したので、まず封止樹脂や樹脂レンズの劣化の仕組みについて説明する。
【0019】
半導体発光装置に用いられる樹脂材料としては、半導体発光素子(以下、発光素子と呼称)が発する光を吸収せず、外部から加えられる熱などのエネルギーに対して安定であるなどの要件を満たすものが選ばれる。
【0020】
しかし、樹脂材料の製造および成形の過程、保存時に生成および混入される異種分子構造、不純物および各種外的因子などが劣化要因となって、意図した通りの性能を得ることは非常に難しい。
【0021】
ここで、異種分子構造としては、カルボニル基や不飽和基などの官能基が、不純物としては、残存触媒などの微量金属およびその化合物が、また外的要因としては、大気中から吸収される活性酸素などが例として挙げられる。
【0022】
封止樹脂および樹脂レンズの具体的な劣化原因および劣化過程は、以下のように考えられる。
【0023】
まず、酸素雰囲気に曝された樹脂では、主に上述した劣化要因に起因した開始反応を起点として自動酸化反応が生じる。この酸化反応は熱エネルギー、つまり半導体発光装置を駆動した際に発する熱や、半導体発光装置が設置された装置系が発する熱を受け、上記の劣化要因が発色団となって発光素子からの発光および/または外光を吸収することによって促進され、時間の経過に伴って発光素子の発光光を吸収するレベルの発色団を次々に生成し、樹脂が着色を生じる(呈色する)。
【0024】
発光素子からの発光を吸収し得る発色団が生成されることによって、樹脂は発光素子からの発光、つまり自らの発するエネルギーによってダメージを受けることとなり、劣化は急速に進む。この過程に至ると、樹脂はより濃く着色を生じ、また、高分子主鎖の切断などによって、表面の脆化が進み、かつ側鎖の架橋による硬化収縮や成形加工時の残留応力などによって、樹脂表面にクラックを生じる。クラックが発生すると、樹脂表面において光の散乱を生じて半導体発光装置からの取り出し光を損失する要因となるとともに、樹脂の内部深くまで酸素が到達することになるので、酸化反応がさらに促進される。」

エ 「【0027】
そこで、発明者らは、自動酸化反応を促進する因子である酸素を遮断、または減じることで実質的な劣化過程である自動酸化反応を抑制し、性能の低下を抑止あるいは抑制することが可能と考え、樹脂に酸素が侵入することを抑制する耐透気性透明薄膜を樹脂表面に形成するという技術思想に到達した。
【0028】
また、耐透気性透明薄膜の要件として、酸素透過度が、1気圧の乾燥雰囲気中で100ミリリットル/平方メートル・24時間以下、好ましくは酸素透過度が10ミリリットル/平方メートル・24時間以下、さらに好ましくは、2.0ミリリットル/平方メートル・24時間以下であるものとし、このような要件を満たすような耐透気性透明薄膜の形成方法を見出した。」

オ 「【0074】
<C.実施の形態3>
図7に本発明に係るの実施の形態3の半導体発光装置300の断面図を示す。
図7に示すように、半導体発光装置300はリードフレームを用いて形成される本体装置90の上に透明な樹脂で構成された樹脂レンズ15を搭載した構成となっている。ここで、本体装置90は基本的には図3に示した半導体発光装置200と同様の構成を有し、半導体発光装置200と同一の構成については同一の符号を付し、重複する説明は省略する。
【0075】
樹脂レンズ15は、発光素子1からの光が放射される方向に突出した凸レンズであり、本体装置90の上面、すなわちパッケージ4の封止樹脂部材31が充填された面上に搭載され、本体装置90の上面に対向する部分が平面となって、本体装置90の上面を樹脂レンズ15で覆う構成となっている。なお、本体装置90の上面と樹脂レンズ15との間には光学密着を得る必要があり、このため図7の半導体発光装置300では透明な接着層9を設けている。接着層9を形成する材料には、封止樹脂部材31および/または透明な接着剤を用いることができる。
【0076】
そして、半導体発光装置300においては、樹脂レンズ15の発光素子1からの光の主たる取り出し部となる光取り出し領域R3に耐透気性透明薄膜層6が設けられている。
【0077】
耐透気性透明薄膜6の材料としてはポリビニルアルコールを用い、ディッピング法によって封止樹脂部材3上に塗布した後、乾燥炉にて蒸発乾固させて薄膜とした。
【0078】
ディッピング法による薄膜形成の際には、実施の形態1と同様に、ポリビニルアルコール水溶液の濃度あるいは粘度を調整し、予め充分に脱泡しておくことが重要であり、また膜厚を制御するために、引き上げ速度およびポリビニルアルコール水溶液の表面張力を制御することが重要である。表面張力を制御するためには、界面活性剤を加えたり、ポリビニルアルコールの鹸化度および重合度を調整することが有効である。なお、蒸発乾固の条件も実施の形態1で説明した条件と同じである。
【0079】
半導体発光装置300においては、耐透気性透明薄膜6で樹脂レンズ15の光取り出し領域R3の表面を覆うことで、光取り出し領域R3の樹脂表面への酸素の到達が抑制され、自動酸化反応が生じにくくなるので、光取り出し領域R3の樹脂着色を抑制、遅延させることができる。
【0080】
また、樹脂着色の抑制、遅延により、樹脂表面にクラックが発生することが防止されるので、クラックが発生して生じる取り出し光の散乱および光量低下も防止されるため、長時間の使用によっても光学特性の維持が可能な、寿命特性に優れた半導体発光装置を得ることができる。
【0081】
なお、図7に示した半導体発光装置300では、光取り出し領域R3の表面だけを覆うように耐透気性透明薄膜6が設けられた構成を示したが、この構成では樹脂レンズ15の耐透気性透明薄膜6で覆われていない領域から樹脂レンズ15内に酸素が透気する可能性がある。もっとも、光取り出し領域R3以外の領域が多少着色しても、光の取り出しには影響が少ないので、半導体発光装置300は光学特性の維持という点では充分に有効である。
【0082】
しかし、樹脂レンズ15内への酸素の透気をできるだけ防止するという観点に立てば、図8に示す半導体発光装置300Aの構成を採ることが有効である。
【0083】
半導体発光装置300Aは、図8に示すように耐透気性透明薄膜6を設ける領域が、樹脂レンズ15の光学曲面が形成された領域R4の表面全体となるように拡大されている。
【0084】
このように、樹脂レンズ15の光学曲面の全表面を耐透気性透明薄膜6で被覆することで、樹脂レンズ15への酸素の透気をさらに減少することができ、樹脂レンズ15の劣化を抑制する効果を高めることができる。
【0085】
樹脂レンズ15の光学曲面は、劣化が顕在化した場合に硬化収縮や残留応力の影響を受け易く、クラックなどの現象が集中して生じ易いが、劣化が抑制されることで、長時間使用した場合でも。取り出し光の光量低下や取り出し光の散乱を抑えることができる。なお、樹脂レンズ15を搭載することで、取り出し光の配向特性の制御が可能となることは言うまでもない。
【0086】
また、図9に示す半導体発光装置300Bのように、樹脂レンズ15の光学曲面の表面だけでなく、本体装置90の上面に対向する部分を除く全表面および樹脂レンズ15と本体装置90との境界部を含むパッケージ側面を併せて覆うように耐透気性透明薄膜6を形成することで、樹脂レンズ15とパッケージ4との境界部からの酸素の侵入を防ぐことができ、樹脂レンズ15内および封止樹脂部材31内の劣化を抑制する効果がさらに高くなり、長時間の使用によっても劣化を抑制する効果がさらに高くなる。
【0087】
また、図10に示す半導体発光装置300Cのように、樹脂レンズ15の本体装置90の上面に対向する部分を除く全表面およびパッケージ4の全表面も耐透気性透明薄膜6で被覆することで、樹脂レンズ15内および封止樹脂部材31内への酸素の透気をさらに一層減少することができ、樹脂レンズ15および封止樹脂部材31の劣化を抑制する効果をさらに高めることができる。なお、導電性が要求されるリード電極23および24の表面は耐透気性透明薄膜6で覆われないように構成されている。」

カ 「【0116】
また、これまでの説明においては耐透気性透明薄膜として、有機材料を用いることを前提としたが、無機材料によっても同様の耐透気性透明薄膜を得ることは可能である。
【0117】
このような無機材料の例として、窒化アルミニウム、透明金属酸化物および透明金属酸化物中にフッ素を混入した材料などが挙げられ、このような材料を用いた耐透気性透明薄膜の形成方法としては、真空蒸着法、イオンプレーティング法、スパッタリング法、マグネトロンスパッタリング法、分子線エピタキシー法(MBE法)、化学気層成長法(CVD法)、プラズマCVD法(PECVD法)、熱CVD法、有機金属CVD法(MOCVD法)などの方法が挙げられる。
【0118】
ここで、透明金属酸化物としては、酸化ケイ素、酸化アルミニウム、酸化インジウム-スズ、酸化スズ、酸化亜鉛、酸化チタン、酸化ジルコニウム、酸化タンタル、酸化ニオブおよび酸化セレンなどが挙げられる。
【0119】
なお、透明金属酸化物を使用する場合は、下地となる樹脂の線膨張係数との整合性や、下地となる樹脂との密着性を考慮して材料を決定する。
【0120】
また、透明金属酸化物中にフッ素を混入した材料としては、上述した透明金属酸化物の一部分をフッ化処理したもの、あるいは全体をフッ化物としたものが挙げられる。
【0121】
なお、無機材料によって耐透気性透明薄膜を形成する場合は、有機材料を用いる場合に比べて薄くすることが可能で、無機材料の耐透気性透明薄膜の厚さは、1?5000nm、好ましくは10?100nmとすることができる。
【0122】
また、上述したような無機材料によって形成された薄膜と、有機材料によって形成された薄膜とを用いて多層の耐透気性透明薄膜層を形成することも可能であり、このような構成を採ることで、下地の樹脂に対するさらに高い劣化抑制効果が得られる。
【0123】
加えて、耐透気性透明薄膜に反射防止膜としての機能を持たせることも有効である。」

キ 「 【図7】




ク 「 【図8】




ケ 「 【図9】




コ 「 【図10】




(4) 引用例4の記載
当審拒絶理由で引用された引用例4には、次の記載がある。
ア 「【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、青色光源を用いて再生や記録を行う高密度記録媒体用の光ピックアップ装置において、プラスチックの光学素子が用いられている場合、短波長の青色光を長時間照射することで樹脂レンズの熱変形や変質などにより、無機多層膜間や樹脂レンズと無機膜との界面に応力がかかり、無機膜にマイクロクラックが生じるといった問題があった。マイクロクラックの発生は表面コート膜の酸素ガス透過性を高め、樹脂レンズの劣化を促進させる。しいては、収差変動,透過率低下,表面形状変化といったレンズ特性の劣化を引き起こす。
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、樹脂レンズの表面に無機層-有機層の順からなる少なくとも一対の無機/有機積層膜を積層させた無機/有機積層膜を設けることによって耐光性を向上させた光学素子、及びその光学素子の製造方法を提供することを目的としている。」

イ 「【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、樹脂製の成形部の表面に無機層-有機層の順からなる無機/有機積層膜を施すことにより、レーザ照射時に発生する無機化合物間の界面及び成形部と無機化合物の界面の応力が緩和され、マイクロクラックの発生を抑えることができる。マイクロクラックの発生を抑えることにより、成形部の表面に施したコート膜の膜密着性低下やコート膜の酸素ガスバリア性低下による成形部の酸化劣化を起点とするレンズ特性の劣化、すなわち収差変動の進行、透過率低下、表面形状変化進行を抑えることができる。」

ウ 「【0011】
図2は、対物レンズ37の一部を拡大した図である。
図2に示すように、対物レンズ37は主に樹脂製の成形部50で構成されており、その表面37aと裏面37bとに対しそれぞれ無機-有機の順からなる一対の無機/有機積層膜52が形成されている。また無機/有機積層膜52の上で、最外面には無機化合物からなる反射防止膜51が形成されている。図2では表面37aに対してのみ無機/有機積層膜52と無機化合物からなる反射防止膜52とが描写されている。成形部50は、レンズ形状に成形されており、表面37aと裏面37bとが光学面となって集光機能などの本質的な光学機能を発揮するようになっている。
本発明では、樹脂製の成形部50の表面に無機-有機の順からなる一対の無機/有機積層膜52を設けることによって、成形部50と第1層目の無機層との間で生じる応力は、成形部50から第2層目の有機層でほぼ緩和される。また、成形部50から第2層目の有機層の外側にあるコート層間で生じる応力も、成形部50から第2層目の有機層でほぼ緩和される。これは、レーザ照射を行った際に最も大きな歪みが生じる部位である成形部50の応力が、成形部50から第2層目の有機層の柔軟性により緩和されるためであると考えられる。
ここで、成形部50に無機-有機の順からなるように無機/有機積層膜52を形成したのは、有機-無機の順からなる有機/無機積層膜を成形部50に形成した場合、成形部50と第1層目の有機層における膜の低密着性及び作製上の問題により適さないためである。例えば、成形部50上に成形部50と親和性の高い有機層を溶媒塗布で積層させようとした場合、塗布時に成形部50も溶解してしまい形状が変化してしまう。また、例えば成形部50上に成形部50が溶解しない溶媒を用いて有機層を溶媒塗布した場合、成形部50と有機層の親和性は悪くなってしまう。さらに、例えば、成形部50にパラキシリレン類の有機層を積層させようとした場合、通常パラキシリレン類積層前に密着性向上のため基材のシランカップリング剤処理を行うが、基材が脂環式炭化水素構造を有する樹脂であるため、シランカップリング剤を基材と結合させることができない。このように、成形部50の溶解による変形や、成形部50と有機層間の密着性低下により、成形部50に有機-無機の順からなるコートではレーザ照射に耐えうる膜を作製することができない。したがって、成形部50に無機-有機の順にコートする必要がある。」

エ 「【0026】
〈無機/有機積層膜〉
(無機層)
無機層にはSi、Al、Zr、Ti、Ta、Ce、Hf、La、Geのうち少なくとも1つの元素を含有している化合物からなるものがよい。中でもSiO_(2), SiN, ZrO_(2)を用いるのが好ましい。
【0027】
(有機層)
有機層には、ポリパラキシリレン類,脂環式炭化水素樹脂類,ポリメタクリル酸メチル樹脂類,ポリエステル樹脂類,ポリカーボネート樹脂類,ポリジメチルシロキサン類等を用いることができるが、上記に限定されるものではない。また、前記樹脂類に酸化防止剤,親水安定剤,UV吸収剤等の耐光安定剤が含まれていてもよい。
ここでポリパラキシリレン類とは、ポリパラキシリレン(パリレンN)、ポリモノクロロパラキシリレン(パリレンC)、ポリジクロロパラキシリレン(パリレンD)、ポリテトラフルオロパラキシリレン(パリレンHT)などである。
【0028】
〈反射防止膜〉
反射防止膜51は単層構造を有していても良いし、複数層構造を有しても良い。反射防止膜51は単層構造であっても反射防止機能を発揮できるが、2層以上の層から構成される複数層構造の方が、反射防止効果を高めることができるため好ましい。
この実施形態では、反射防止膜51のうち少なくとも1層が無機化合物層(無機化合物から構成された層)であり、その無機化合物層はSi、Al、Zr、Ti、Ta、Ce、Hf、La、Geのうち少なくとも1つの元素を含有している。」

オ 「【0037】
以上のように、脂環式炭化水素構造を有する樹脂製の成形部50の表面に、無機層-有機層の順からなる少なくとも一対の無機/有機積層膜52及びその上に無機化合物からなる反射防止膜51を形成することで、成形部50の表面と無機層との界面及び無機層間で生じる応力を緩和することができる。その結果、マイクロクラック発生が抑えられ、コート膜の膜密着性低下やコート膜の酸素ガスバリア性低下による成形部50の酸化劣化を起点とするレンズ特性の劣化、すなわち収差変動の進行、透過率低下、表面形状変化進行を抑えることができる。」

カ 「【0039】
[実施例1の試料作製]
前記工程により得られた成形部50にSi_(3)N_(4)層を真空蒸着により積層した。本検討では、真空蒸着機ACE1150(シンクロン社製)を用いて真空蒸着を行った。具体的には窒素ガスを導入しながら圧力1.0×10^(-2)Pa下、成膜レート3Å/secでSi_(3)N_(4)層を20nm積層した。
続いて、ポリジクロロパラキシリレン層を蒸着重合により積層した。本検討では、シランカップリング剤による前処理とパリレン蒸着重合はパリレン蒸着装置ラボコータPDS-2010(日本パリレン株式会社製)を用いて行った。Si_(3)N_(4)層を積層させた光学素子をパリレン蒸着装置にセットし、パリレン蒸着の前処理として5mlのアミノプロピルトリメトキシシランを80℃,圧力1.0×10^(3)PAで蒸着させた。続いて5gのジクロロパラキシリレンダイマーを160℃,1.3×10^(2)Pa下昇華炉内で気化させ、気化させた後、690℃,65Pa下で熱分解してジクロロパラキシリレンラジカルを発生させ、発生したジクロロパラキシリレンラジカルを25℃,13Pa下で蒸着重合させることで膜厚50nmのジクロロパラキシリレン膜を積層させた。続いて、反射防止膜Si_(3)N_(4)/SiO_(2)層の積層を行った。ここで反射防止膜の蒸着には、真空蒸着機ACE1150(シンクロン社製)を用いた。反射防止膜のSi_(3)N_(4)層積層は、第1層目のSi_(3)N_(4)層積層と同様の方法により20nm積層した。続いて、圧力1.0×10^(-3)Pa下でSiO_(2)を20nm積層し、目的の試料を得た。」

キ 「【0043】
[実施例5の試料作製]
実施例1において、有機層の原料のジクロロパラキシリレンダイマーの仕込み量を1gとしてジクロロパラキシリレン層の膜厚を10nmとすることで目的の試料を得た。」

ク 「【0047】
[実施例9の試料作製]
実施例1において、有機層の原料のジクロロパラキシリレンダイマーの仕込み量を10gとしてジクロロパラキシリレン層の膜厚を100nmとすることで目的の試料を得た。」

ケ 「【0073】
(まとめ)
以上のように、実施例1から実施例20のように、成形部50の表面に無機層-有機層の順からなる少なくとも一対の無機/有機積層膜有する対物レンズ37では、レーザ照射の際に発生する応力が緩和され、マイクロクラックの発生が抑えられていた。さらに、表面形状変化、収差変動ΔSA及び白濁といった耐光性についても良好な結果が得られた。
さらに、有機層として蒸着重合により膜厚10nm?100nmの範囲でポリジクロロパラキシリレンを積層させ、無機層にSi_(3)N_(4)を含む膜を積層させた試料の場合(実施例1,5,9)、より高い耐光性が見られた。これは、有機層による応力の緩和効果に加え、水蒸気及び酸素ガスバリア性の高いポリジクロロパラキシリレンとSi_(3)N_(4)の効果が寄与したためであると考えられる。
【0074】
以上のことから、成形部50の表面に無機層-有機層の順からなる少なくとも一対の無機/有機積層膜52を有する対物レンズ37では、レーザ照射の際に発生する応力が緩和され、マイクロクラックによる表面劣化や、マイクロクラックを介した水蒸気や酸素ガスの侵入を抑えることができたため、高い耐光性が実現したと考えることができる。
一方で、無機/有機積層膜の導入をしていない比較例1及び比較例2では、マイクロクラックの発生が見られた。このため、樹脂への水蒸気や酸素ガスの侵入を抑えることができず、耐光性が悪くなるという結果であった。
また、成形部50の表面に有機層をポリジクロロパラキシリレンとして有機-無機層の順で有機/無機積層膜を導入した比較例3及び比較例4では、成形部50とポリジクロロパラキシリレン層の界面の膜密着性が悪く、レーザ照射直後にマイクロクラックが起こった。このため、樹脂への水蒸気や酸素ガスの侵入を抑えることができず、耐光性が悪くなるという結果であった。
また、成形部50の表面に有機層を脂環式炭化水素構造を有する樹脂として有機-無機層の順で有機/無機積層膜を導入した比較例5及び比較例6では、成形部50に脂環式炭化水素構造を有する樹脂溶液をコートした際に、成形部50表面の部分的な溶解が発生し、コート後の表面形状に歪みが生じた。このため、有機層の上へ積層させた無機膜の密着性が低下し、レーザ照射直後にマイクロクラックが起こった。このため、樹脂への水蒸気や酸素ガスの侵入を抑えることができず、耐光性が悪くなるという結果であった。
また、成形部50の表面に有機層のポリジクロロパラキシリレンのみを導入した比較例7では、成形部50とポリジクロロパラキシリレン層の界面の膜密着性が悪く、レーザ照射直後にマイクロクラックが起こった。このため、樹脂への水蒸気や酸素ガスの侵入を抑えることができず、耐光性が悪くなるという結果であった。
また、成形部50の表面に有機層の脂環式炭化水素構造を有する樹脂のみを導入した比較例8では、成形部50に脂環式炭化水素構造を有する樹脂溶液をコートした際に、成形部50表面の部分的な溶解が発生し、コート後の表面形状に歪みが生じた。このため、成形部50全体の応力は大きくなり、レーザ照射直後にマイクロクラックが起こった。このため、樹脂への水蒸気や酸素ガスの侵入を抑えることができず、耐光性が悪くなるという結果であった。
なお、実施例として挙げていないものであっても、成形部50の表面に無機層-有機層の順からなる少なくとも一対の無機/有機積層膜52を有する対物レンズ37では、実施例1から実施例6と同様に良好な結果が得られた。」

コ 「 【図2】




(5) 引用例5の記載
当審拒絶理由で引用された引用例5には、次の記載がある。
ア 「[0007] 一般に、レンズに用いられる材料の屈折率は、水分含有率が高いほど高くなる。したがって、例えば、湿度が上昇した場合には、空気中の水分がレンズの表面から徐々にレンズ内部に吸収され、吸収が進行している間は表面に近い側の屈折率は相対的に高くなり、中心に近い側の屈折率は周辺より遅れて高くなる。このように、レンズ内部で屈折率分布が発生するため、球面収差が発生する。現在、CDやDVDの対物レンズには、生産性、コストの観点からポリオレフィン系、アクリル系などの樹脂レンズが使用されている。しかし、樹脂は吸湿性が高いため、湿度変化時の変形、屈折率変化が大きい。かかる屈折率変化による球面収差の変動も、レーザの短波長化と対物レンズの高NA化の組み合わせにおいては、無視できない量となり、安定した記録再生が行えない恐れがある。
[0008] ところで、対物レンズの高NA化やレーザの短波長化が図られてくると、CDやDVDなどの従来の光ディスクに対して情報の記録又は再生を行うような比較的長波長のレーザと低NAの対物レンズとの組み合わせからなる光学式記録再生装置ではほとんど無視できる問題でも、より顕在化されることが予想される。その一つが、湿度変化による対物レンズの球面収差の問題である。
[0009] 一般に、レンズに用いられる材料の屈折率は、水分含有率が高いほど高くなる。したがって、例えば、湿度が上昇した場合には、空気中の水分がレンズの表面から徐々にレンズ内部に吸収され、吸収が進行している間は表面に近い側の屈折率は相対的に高くなり、中心に近い側の屈折率は周辺より遅れて高くなる。このように、レンズ内部で屈折率分布が発生するため、球面収差が発生する。現在、CDやDVDの対物レンズには、生産性、コストの観点からポリオレフィン系、アクリル系などの樹脂レンズが使用されている。しかし、樹脂は吸湿性が高いため、湿度変化時の変形、屈折率変化が大きい。かかる屈折率変化による球面収差の変動も、レーザの短波長化と対物レンズの高NA化の組み合わせにおいては、無視できない量となり、安定した記録再生が行えない恐れがある。
[0010] このような問題を解決するため、樹脂レンズ全面をガスバリア性能のひとつである防湿性を有する光透過性コート層で覆うことにより樹脂レンズ内部への吸湿が妨げられ、吸湿による球面収差の変動を抑制する技術が開示されている(例えば、特許文献2?4参照。)。
特開平9-311271号公報
特開2004-361732号公報
特開2005-173326号公報
特開2006-119485号公報 」

イ 「[0038] プラスチック製光学素子の具体例としては、以下のものが挙げられる。光学レンズや光学プリズムとしては、カメラの撮像系レンズ;顕微鏡、内視鏡、望遠鏡レンズなどのレンズ;眼鏡レンズなどの全光線透過型レンズ;CD、CD-ROM、WORM(追記型光ディスク)、MO(書き変え可能な光ディスク;光磁気ディスク)、MD(ミニディスク)、DVD(デジタルビデオディスク)などの光ディスクのピックアップレンズ;レーザービームプリンターのfθレンズ、センサー用レンズなどのレーザー走査系レンズ;カメラのファインダー系のプリズムレンズなどが挙げられる。光ディスク用途としては、CD、CD-ROM、WORM(追記型光ディスク)、MO(書き変え可能な光ディスク;光磁気ディスク)、MD(ミニディスク)、DVD(デジタルビデオディスク)などが挙げられる。その他の光学用途としては、液晶ディスプレイなどの導光板;偏光フィルム、位相差フィルム、光拡散フィルムなどの光学フィルム;光拡散板;光カード;液晶表示素子基板などが挙げられる。

ウ 「 [0064]図3に示すように、この対物レンズ10には、レンズ基体11を外気から遮断するべく、レンズ基体11の全面を覆うように、表面の光路領域Aにはガスバリア性を有する膜16が形成され、表面の光路以外の領域Bには、表面の光路領域Aにはガスバリア性を有する膜16よりも展性が大きいガスバリア性を有する膜17が設けられている。これにより、レンズ基体11の吸湿を防止でき、湿度変化時にレンズの変形、屈折率変化が生じないため、球面収差の変動が起こらない。
[0065] 特に、近年、波長405nmの程度の、いわゆる青色半導体レーザが用いられるようになった。このような短波長領域では多くの場合、光の吸収が増大してしまうため、光学部品として使用可能な樹脂材料に限りがある。そのため、アクリル系樹脂などが吸収の少なく、光学特性のよい材料として使用される場合が多い。しかし、このような材料は、吸湿性が高いため、それに伴う屈折率の変化、ひいては光学特性の変化が大きくなる。このため、それを防ぐ手段が必要となる。
[0066] また、表面の光路領域A設けるガスバリア性を有する膜16は、使用するレーザの波長域での光の透過率が高くまた吸収がないことが好ましく、さらに光線を効率よく透過させるため、透過する光線波長付近の光線反射率が3%以下となるような、反射防止機能を有していることが好ましい。ガスバリア性を有する膜16だけで、透過する光線波長付近の光線反射率が3%以下にならない場合は、ガスバリア性を有する膜16上に透過する光線波長付近の光線反射率が3%以下になるように反射防止膜を別途設けることが好ましい。」

エ 「[0082] 光路領域Aに設ける膜としては、ガスバリア性を備えていれば特に制限はないが、酸化珪素を主成分とする膜であることが好ましく、更にはこの酸化珪素を主成分とする膜が、炭素を1?40原子数%含有する第一酸化珪素膜、炭素を1原子数%未満含有する第二酸化珪素膜、及び炭素を1?40原子数%含有する第三酸化珪素膜から構成されていることが好ましい。更には、炭素を1原子数%未満含有する第二酸化珪素膜と、炭素を1?40原子数%含有する第三酸化珪素膜の間に、炭素を1?40原子数%含有する第四酸化珪素膜と、炭素を1原子数%未満含有する第五酸化珪素膜をそれぞれ1つ以上含む構成をとっても良い。」

オ 「[0088] 即ち、炭素含有率が1?40原子数%である酸化珪素を含有する層は、酸化珪素層としてはやや柔軟性のある密度の低い(好ましくは1.80以上2.05以下である)、曲げ、引っ掻き等に耐性のある応力緩和層としての性質を有すると同時に、接着性の良好な層であり、この層によって、水蒸気、酸素等に対するガスバリア性の高い炭素含有率が0.1原子数%以下である密度の高い(2.15以上2.50以下であることが好ましい)酸化珪素を含有し、緻密で弾性率が高い第二の層を挟持する積層構造とすることで、柔軟で、かつガスバリア性が高く、かつ表面に傷がつきにくいと同時に、光学素子表面との密着性が大きく向上したガスバリア性膜が得られる。」

カ 「[0096] また、酸素透過率についても同じく、JIS K 7126Bに従って、MOCON社製 酸素透過率測定装置 OX-TRAN 2/21 MLモジュールを使用して測定することができる[cm^(3)/m^(2)/day/atm]。」

キ 「[0172] (酸化珪素膜の形成:スパッタ法)
大阪真空機器製作所製の対向ターゲット方式のマグネトロンスパッタ装置を用いた。ターゲットとしてはSiOを用い、スパッタリング室の圧力が5×10^(-4)Paまで排気し、その後、放電ガスとしてアルゴンと酸素を導入して0.5Paとした。電源は、パール工業社製の13.56MHzを用い、出力密度2.5W/cm^(2)投入し、酸化珪素膜100nm成膜を行った。」

ク 「 [図3]




(6) 引用例6の記載
当審拒絶理由で引用された引用例6には、次の記載がある。
ア 「【背景技術】
【0002】
従来、カメラのレンズやファインダ、コピー機器、プリンタ、プロジェクタ、光通信等に用いられる各種のレンズやプリズム、眼鏡レンズ、コンタクトレンズ、拡大鏡等の光学部品は、その多くがガラスを材料として製造されている。
【0003】
しかしながら、近年のプラスチック素材やプラスチック成形技術の進歩に伴い、安価な光学部品として原料が安く、軽量で、大量生産適性のあるプラスチックによってレンズやプリズム等の光学部品が製造されるようになって来ている。
ところが、プラスチックは、吸湿によって屈折率等の光学性能が変化してしまうので、高級な一眼レフカメラ用のレンズなどの、高解像度等の高い精度が要求される用途には、依然としてガラスレンズが使用されている。
このような問題点を解決するために、ポリマー構造の設計等により、高い防湿性を有する、すなわち、吸湿性が低いプラスチック素材自体の開発も行われているが、そのコストが高くなってしまい、プラスチックのコストメリットがなくなるという問題がある。
【0004】
また、防湿性を有するプラスチック製光学部品を得るために、光学部品の成形段階等において疎水性物質を添加したり、光学部品を非透湿性のバリア膜で覆ったり、光学部品の反射防止膜の表面に、撥水撥油処理した反射防止層被覆層を設けたりすることが行われている(特許文献1参照)。また、プラスチック製光学部品の湿度安定性を向上させるために、ゲートカット部のみに吸湿調整膜を形成することも知られている(特許文献2参照)。さらに、光学系に低吸湿性材料からできた光学ブロックを設置して吸湿による性能変化
を光学的に補償することも行われている(特許文献3参照)。
しかし、上記従来技術の方法で得られた防湿性プラスチック製光学部品や特許文献1に記載のバリア膜や反射防止層および反射防止層被覆層を持つプラスチック製光学部品は、十分な防湿性を得ることができておらず、吸湿による屈折率等の光学性能の変化を防止することはできないという問題があった。また、特許文献2に記載の技術では、ゲート部分のみに吸湿調整膜を設けても、周囲からの吸湿速度を一定化することは実質的に困難であるという問題があった。さらに、特許文献3に記載の技術では、光学系が複雑になり、コストアップとなるという問題があった。
【0005】
【特許文献1】特開2002-148402号公報
【特許文献2】特開平11-109107号公報
【特許文献3】特開2000-137166号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、上記した従来技術の問題点を解決することにあり、プラスチック製光学部品の持つ軽量、低コスト、大量生産適性等に優れた特性に加え、優れた防湿性能を有し、環境に存在する水分の影響を受けても屈折率等の光学性能の変化が極めて少ないプラスチック製光学部品、および該プラスチック製光学部品を用いた光学ユニットを提供することにある。」

イ 「【0014】
本発明のプラスチック製光学部品を添付の図面に示す好適実施例に基づいて以下に詳細に説明する。
図1は、レンズの形状をした本発明のプラスチック製光学部品の一実施形態を示した概念図であり、図1(a)は該光学部品の正面図(光軸方向から見た図)であり、図1(b)は光軸を含む平面で切断した断面図である。
図1(a)および(b)に示すように、本発明の光学部品1は、プラスチック製の光学部品本体(ここでは、レンズ)10と、該光学部品本体10の少なくとも外気接触面上に形成される防湿被膜2と、で構成される。なお、図1(a)および(b)に示す光学部品1では、光学部品本体10の表面全体に防湿被膜2が形成されている。
以下、本明細書において、光学部品本体とは、レンズ等、公知の光学部品を広く表すものとし、光学部品とは、該光学部品本体の少なくとも外気接触面上に防湿被膜が形成されたものを表す。
【0015】
図1(a)および(b)に示す光学部品本体10は、一般的なプラスチックレンズの形状であり、光学面を有するレンズ部10aと、レンズ部10aの外側に設けられたフランジ部10bと、で構成される。図(1)および(b)に示す光学部品1では、レンズ10aとフランジ10bとを含めた光学部品本体10の表面全体に防湿被膜2が形成されている。
【0016】
図1(b)に示すように、防湿被膜2は、下層の無機系被膜2aと、上層の有機系被膜2bと、からなる多層膜で構成される。
無機系被膜2aは、主として防湿被膜2の防湿性能を担うバリア膜として作用する。無機系被膜2aには、十分な透明性を有し、かつ、透湿性が低い、もしくは透湿性を示さないものであれば、無機材料を主成分とする各種の薄膜が利用可能である。
好適な無機材料の一例として、SiOx(0<x≦2)で表される珪素酸化物、珪素窒化物、珪素酸窒化物、金属酸化物、金属窒化物、金属酸窒化物、およびダイアモンドライクカーボン、ならびにこれらの複合体が挙げられる。金属酸化物の具体例としては、ZrO_(2)、TiO_(2) 、TiOまたはTi_(2)O_(3)のようなチタン酸化物、Al_(2)O_(3)、Ta_(2)O_(5)、CeO_(2)、MgO、Y_(2)O_(3)、SnO_(2)、MgF_(2)、WO_(3)、InとSnの混合酸化物が挙げられる。
何れの被膜であっても、無機系被膜2aは、できるだけ緻密な構造を有し、かつ目的とする波長の光線の吸収が少ない被膜であるのが好ましい。したがって、無機系被膜2aは、珪素酸化物からなるガラス質膜であるのが特に好ましい。
本発明において、無機系被膜2aは、上記した無機材料のうち、いずれか1つのみで構成されていてもよく、または上記した2つ以上の無機材料で構成されていてもよい。」

ウ 「【0022】
さらに、有機系被膜2bの光学特性としては、光線透過性が良好で、屈折率が低いことが好ましい。屈折率が低いと入射光の表面反射によるロスが少なく、結果として光線透過率が向上するからである。なお、光学的な設計を適切に行うことで、有機系被膜2bに、反射防止、ハードコート等の機能を併せ持たせることも可能である。」

エ 「 【図1】




5 対比・判断
(1) 本件発明1と引用発明とを対比すると、以下のとおりとなる。
ア 引用発明の「車載カメラに用いられる」「レンズユニット1」は、本件発明1の「車載カメラに搭載される」「レンズユニット」に相当する。

イ 引用発明における「フィルタ6」は、「ガラスに多層膜を蒸着させた、赤外線除去フィルタ」である。
そうすると、引用発明における「フィルタ6」は、本件発明1における「ガラス製光学素子」に相当する。

ウ 引用発明の「レンズ群3」における「レンズ(一端側レンズ、第1のレンズ)31」は、「ガラス製」である。
そうすると、引用発明における「レンズ(一端側レンズ、第1のレンズ)31」は、本件発明1における「ガラス製光学素子」に相当する。

エ 引用発明の「レンズ群3」における「レンズ32,33,34は、非結晶ポリオレフィン樹脂、ポリカーボネート樹脂又はアクリル樹脂からなり、射出成形により製造されたプラスチック製レンズであ」る。
そうすると、引用発明における「レンズ32,33,34」は、本件発明1における「プラスチック製レンズ」に相当する。

オ 引用発明における「レンズユニット1の本体をなす鏡筒2」は、「ポリカーボネート樹脂とガラス繊維とカーボンブラック等の黒色顔料の混合物からな」るものであから、引用発明における「レンズユニットの本体をなす鏡筒」は、「樹脂製」である。
そうすると、引用発明における、「ポリカーボネート樹脂とガラス繊維とカーボンブラック等の黒色顔料の混合物からな」る「鏡筒2」は、本件発明1における「樹脂製」「レンズ鏡筒」に相当する。

カ 引用発明の「フィルタ6」は、「接着剤5」により、「鏡筒2に固定され」、引用発明の「レンズ31」は、「熱カシメ部Kにより」、「鏡筒2」「に固定され」るから、これらは、「鏡筒2」に「保持」されるということができる。
してみると、引用発明は、上記イ,ウ及びオより、「前記レンズ鏡筒に保持されている2枚のガラス製光学素子」を有している。

キ 引用発明においては、「レンズ31、レンズ32、レンズ33及びレンズ34は、物体側から順に配列され、レンズ31は、物体側に最も近い位置の物体側レンズであり、レンズ34は、像側に最も近い位置の像側レンズであり、レンズ32及びレンズ33は、レンズ31とレンズ34との間に位置する中間レンズであ」る。
また、引用発明においては、「鏡筒2は、両端開口の筒状部材であり、物体側(外側、入射側)の端部(一端)に開口部21を有し、かつ、像側(内側、出射側)の端部(他端)に開口部22を有し」、「鏡筒2の像側の端部には、開口部22を狭めるように形成された縮径部23を有し、縮径部23の像側の面には、フィルタ6を鏡筒2に取り付けるための取り付け部23bが形成され」、「縮径部23の取り付け部23bとフィルタ(他端側シール部、第2のシール部)6の裏面(物体側の面)との間に接着剤5が塗布され、フィルタ6は、鏡筒2に固定され」るものである。
また、引用発明においては、「鏡筒2の開口部21側には、レンズ31の外面側の周縁部を係止するための熱カシメ部Kが形成され」、「熱カシメ部Kにより、レンズ31,32,33,34が鏡筒2の受け入れ部24に固定され」るものである。
以上より、レンズ群3及びフィルタ6は、物体側から順に、「鏡筒2」内において、「物体側に最も近い位置の物体側レンズ31」、「レンズ32」、「レンズ33」、「像側に最も近い位置の像側レンズ34」、「フイルタ6」の順で配置されていることが分かる。

ク 引用発明における「レンズ31と鏡筒2の内周面2aとシール部材4とフィルタ6と接着剤5により画成された空間であるレンズ室L」は、「レンズ31」と「フィルタ6」「により画成された」「外部との気密状態が確立される」「空間」である。
ここで、「外部との気密状態が確立される」「空間」は、「気密状態」の閉鎖「空間」ということができる。
また、「レンズ31」と「フィルタ6」「により画成された」「空間」は、「レンズ31」と「フィルタ6」の間の「空間」ということができる。
そうすると、引用発明における「レンズ31と鏡筒2の内周面2aとシール部材4とフィルタ6と接着剤5により画成された空間であるレンズ室L」は、「レンズ31」と「フィルタ6」の間の「気密状態」の閉鎖「空間」である。

ケ 上記クより、引用発明における「レンズ31と鏡筒2の内周面2aとシール部材4とフィルタ6と接着剤5により画成された空間であるレンズ室L」は、「レンズ31」と「フィルタ6」の間の「空間」である。
そうすると、上記キのレンズ群3及びフィルタ6の配置順より、引用発明の「レンズ室L」には、「レンズ32」、「レンズ33」、「像側に最も近い位置の像側レンズ34」が配置されていることがわかる。

コ 上記ク,ケとから、引用発明においては、「レンズ31」と「フィルタ6」の間の「気密状態」の閉鎖「空間」に、「レンズ32」、「レンズ33」、「像側に最も近い位置の像側レンズ34」が配置されていることがわかる。
また、「鏡筒2は、内周面2aで画成された受け入れ部24を有し」、「受け入れ部24は、レンズ群3を受け入れる空間を形成し、レンズ群3の位置決め及び保持を行」うのであるから、「レンズ群3」は、「鏡筒2」「内」に配置されることは明らかである。
そうすると、上記イ?カより、引用発明は、「レンズ鏡筒内において、前記2枚のガラス製光学素子の間の気密状態の閉鎖空間に配置されたプラスチック製レンズ」を有する。

(2) 一致点・相違点
本件発明1と引用発明とは、
「車載カメラに搭載されるレンズユニットにおいて、
樹脂製レンズ鏡筒と、
前記レンズ鏡筒に保持されている2枚のガラス製光学素子と、
前記レンズ鏡筒内において、前記2枚のガラス製光学素子の間の気密状態の閉鎖空間に配置されたプラスチック製レンズとを有する、
レンズユニット。」の点で一致し、以下の点で相違している。
(相違点)
本件発明1においては、「前記プラスチック製レンズの表面における少なくとも有効径部分には、酸素の透過を抑制する酸素透過防止膜と反射防止膜が内側からこの順番で積層されている」のに対して、
引用発明においては、「前記プラスチック製レンズの表面における少なくとも有効径部分には、酸素の透過を抑制する酸素透過防止膜と反射防止膜が内側からこの順番で積層されている」構成を有するか不明である点。

(3) 判断
上記(相違点)に対する当合議体の判断は、以下のとおりである。
ア 引用例2,3(上記4(2),4(3)の下線部の記載参照。)等に記載されているように、プラスチック製レンズの黄変や着色(呈色)を防止するために、プラスチック製レンズの表面に酸素の透過を抑制する酸化珪素等の酸素透過防止膜を設けることは、本件出願前に周知の技術(以下、「周知技術1」という。)である。

イ 引用例4(上記4(4)の下線部の記載や図2を参照。)には、酸素による収差変動、透過率低下、形状変化等プラスチック製レンズの劣化を防止するために、水蒸気及び酸素ガスバリア性の高い膜を設けることが記載されている。

ウ 引用例5,6(上記4(5),4(6)の下線部の記載参照。)等に記載されているように、プラスチック製レンズの吸湿によって屈折率が変化したり、形状が変化したり、収差が悪化することから、プラスチック製レンズの吸湿を防止するために、プラスチック製レンズの表面に酸化珪素からなる水蒸気に対するガスバリア膜(防湿膜)を設けることも、本件出願前に周知の技術(以下、「周知技術2」という。)である。

エ さらに、引用例2(3頁右上欄下から3行?左下欄3行等参照。)、引用例4(段落【0011】,【0028】,【0037】,【0073】,図2等参照。)、引用例5(段落[0066]等参照。)、引用例6(段落【0022】等参照。)等に記載されているように、プラスチック製レンズの表面に酸素や水蒸気等のガスの透過を抑制する膜と反射防止膜とを内側(レンズ側)からこの順に積層することも、本件出願前に周知の技術(以下、「周知技術3」という。)である。

オ ここで、引用発明においてプラスチック製レンズに用いられている非晶質ポリオレフィン樹脂、ポリカーボネート樹脂、アクリル樹脂は、紫外線や酸素による黄変・着色や吸湿による屈折率変化、形状変化、収差変動、透過率等その光学特性の劣化が生じやすく、その対策が必要なことは当業者の技術常識である(例えば、引用例2?6等を参照。)。

カ また、引用発明は、車載カメラに用いられるものであって、紫外線の照射、高温、気温の変化、風雨・湿気等厳しい環境下に設置されることから、シール部材、接着剤の劣化による気密状態の低下、これに伴う酸素、水蒸気等を含む外気のレンズユニット・鏡筒内への漏れ・侵入は、当業者に容易に予想されることである。

キ また、シール部材、接着剤の初期不良、欠陥等による酸素、水蒸気等を含む外気のレンズユニット・鏡筒内への漏れ・侵入も、当業者に容易に予想されることである。

ク また、ポリカーボネートなどの樹脂製のレンズ鏡筒を介して水分、外気が侵入することも、本件出願前に周知の技術的事項である(例えば、特開平5-11157号公報の段落【0015】には、ポリカーボネート等従来のプラスチックレンズ鏡筒においては、高湿下において水分がレンズ鏡筒を通して内側に侵入し得ることが記載されている。)から、樹脂製のレンズ鏡筒を介しての水分、外気の侵入は、当業者に容易に予想されることである。

ケ さらに、ゴースト・迷光などを考慮し、レンズ系・レンズユニットにおいてプラスチック製レンズの表面に反射防止膜を設けることも当業者の技術常識である(例えば、特開2004-341501号公報(段落【0001】,【0032】,【0034】等)や引用例2,4?6等参照。)。

コ 以上のとおり、引用発明において、シール部材、接着剤の劣化(上記カ参照)やシール部材、接着剤の初期不良、欠陥(上記キ参照)による酸素、水蒸気等を含む外気のレンズユニット・鏡筒内への漏れ・侵入、あるいは樹脂製レンズ鏡筒を介して外気の侵入(上記ク参照)は当業者であれば予測可能なことであり、このような酸素、水蒸気等を含む外気のレンズユニット・鏡筒内への漏れ・侵入が生じたとしても、レンズユニットとしての機能・性能が維持されるように、上記技術常識(上記オ参照)に基づき、引用発明において、酸素、水蒸気等を含む外気が侵入した際の酸素によるプラスチック製レンズの黄変や着色や、酸素や吸湿による収差変動、透過率低下、形状変化等プラスチック製レンズの劣化を防止できるように考慮することは、当業者にとって容易に想到し得ることである。
また、上記技術常識(上記ケ参照)に基づき、引用発明において、ゴースト・迷光を考慮し、プラスチック製レンズの表面に反射防止膜を設けることも、当業者にとって容易に想到し得ることである。
してみると、引用発明において、上記周知技術1、周知技術2、引用例4に記載された上記技術、酸素や水蒸気等のガスの透過を抑制する膜と反射防止膜とを内側(レンズ側)からこの順に積層する上記周知技術3及び上記技術常識に基づいて、プラスチック製レンズの表面における少なくとも有効径部分に、酸素の透過を抑制する酸素透過防止膜と反射防止膜が内側からこの順番で積層されている構成とすること、あるいは水蒸気に対するガスバリア膜(防湿膜)と反射防止膜が内側からこの順番で積層されている構成とすることは、当業者であれば容易になし得ることである。
そして、水蒸気に対するガスバリア膜(防湿膜)が、酸素の透過を抑制する機能をも同様に有していることは明らかなことである。

よって、本件発明は、引用例1に記載された発明、引用例4に記載の技術、上記周知技術1?3及び上記技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

(4) 請求人の主張について
ア 請求人は、平成29年4月3日提出の意見書の3頁「[5]拒絶理由2について(本件発明と引用発明との対比)」27?34行において、「この引用発明1では、防湿のために、レンズ室Lを気密状態の閉塞空間にしているのであるから、レンズ室L内のプラスチック製レンズ(中間レンズ32、33、第2のレンズ34)にさらに防湿対策をする必要はありません。一方、引用発明2、3等ではいずれも、防湿等のために、レンズの表面に膜や被膜等を形成しているのであるから、防湿のために既に気密状態の閉塞空間にしているレンズ室L内のプラスチック製レンズ(中間レンズ32、33、第2のレンズ34)に、引用発明2、3等の膜や被膜等を適用することの動機付けはありません。むしろ、レンズ室Lが気密状態の閉塞空間なっていることは、引用発明2、3等の膜や被膜等を適用することの阻害要因になっています。」旨主張している。
しかしながら、防湿のためにレンズ室を気密状態の閉塞空間とした引用発明においても、上記(3)カ?クにおいて述べたように、シール部材、接着剤の劣化やシール部材、接着剤の初期不良・欠陥による酸素、水蒸気等を含む外気の漏れ・侵入や、樹脂製レンズ鏡筒を介しての外気の侵入があり得ることは当業者にとって予測可能なことであり、レンズユニットとしての機能・性能が維持されるように、引用発明において、引用例2?4等に記載された周知の酸素透過防止膜の構成を採用することは、当業者であれば容易になし得ることであるから、請求人の主張を採用することはできない。

イ 請求人は、平成29年4月3日提出の意見書の3頁「[5]拒絶理由2について(本件発明と引用発明との対比)」35?43行において、「本件発明1は、鏡筒内を気密状態の閉鎖空間にしたとしても、樹脂製のレンズ鏡筒ではこのレンズ鏡筒を通して外気(酸素)が鏡筒内に侵入するので、高温環境下に長時間置かれると、鏡筒内を気密状態の閉鎖空間に保持されているプラスチック製レンズが熱酸化劣化により黄変するという発明者らの知見に基づいて為されたものです。すなわち、シール部材や接着剤の劣化による気密状態の低下、これに伴う酸素、水蒸気等を含む外気のレンズユニット・鏡筒内への漏れ・侵入を想定したものではなくて、鏡筒内を気密状態の閉鎖空間にしかつ樹脂製の鏡筒を用いたレンズユニットにおいて新規な課題を解決したものです。この新規な課題は、引用発明1?12のいずれからも想到することはできません。」旨主張している。
しかしながら、上記(3)クにおいて述べたように、ポリカーボネート製のレンズ鏡筒などの樹脂製レンズ鏡筒を介して水分、外気等が侵入し得ることは、当業者にとって周知の技術的事項であり、引用発明においても、樹脂製(ポリカーボネート製)の鏡筒を介して外気が侵入し得ることは、当業者にとって予測可能なことである。してみると、請求人が主張する課題は格別なものとは認められず、請求人の主張を採用することはできない。

ウ 請求人は、平成29年4月3日提出の意見書の4頁「[5]拒絶理由2について(本件発明と引用発明との対比)」1?10行において、「レンズユニットが屋外監視装置や車載カメラとして用いられるものであって、紫外線の照射、高温、気温の変化、風雨・湿気等厳しい環境下に設置されるものであっても、シール部材や接着剤の劣化による気密状態の低下、これに伴う酸素、水蒸気等を含む外気のレンズユニット・鏡筒内への漏れ・侵入が問題となるのは、屋外監視装置や監視カメラの耐用年数(先にセンサーなどの電子部品が故障する)をはるかに超えた時点で発生するものです。」、「仮にシール部材等に劣化が生じたとしても、カシメによる強い押圧力などで気密が保持される工夫がなされています。このため、シール部材や接着剤の劣化による気密状態の低下、これに伴う酸素、水蒸気等を含む外気のレンズユニット・鏡筒内への漏れ・侵入は、当業者の課題にはなっていません。」旨主張している。
しかしながら、シール材、接着剤の劣化の進行は、屋外監視装置や車載カメラ等が実際に設置される環境条件で決まるものであり、「屋外監視装置や監視カメラの耐用年数(先にセンサーなどの電子部品が故障する)をはるかに超えた時点で発生する」とは必ずしもいえず、また、シール部材,接着剤の初期不良、欠陥も考えられることから、安全性・フォールトトレランスを考慮して、二重の対策を施した構成とすることは、当業者であれば容易になし得ることである。
また、引用発明において、熱カシメによる押圧によって、レンズ鏡筒内の空間の完全な気密が保証されるものでもない。
してみると、請求人の上記の主張を採用することはできない。

(5)まとめ
以上のとおりであるから、本件発明は、引用例1に記載された発明、引用例4に記載の技術、上記周知技術1?3及び上記技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

6 むすび
以上のとおり、本件出願の請求項1に係る発明は、特許を受けることができないから、請求項2ないし11に係る発明について検討するまでもなく、本件出願は拒絶されるべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2017-04-28 
結審通知日 2017-05-02 
審決日 2017-05-15 
出願番号 特願2011-152278(P2011-152278)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (G02B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 最首 祐樹  
特許庁審判長 鉄 豊郎
特許庁審判官 中田 誠
河原 正
発明の名称 レンズユニット  
代理人 栗林 三男  

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