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審決分類 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 C12N
審判 査定不服 1項3号刊行物記載 特許、登録しない。 C12N
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 C12N
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない。 C12N
管理番号 1331105
審判番号 不服2016-4132  
総通号数 213 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-09-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2016-03-17 
確定日 2017-08-09 
事件の表示 特願2014-227688「多能細胞集団を産生する方法およびその使用」拒絶査定不服審判事件〔平成27年 4月23日出願公開、特開2015- 77132〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成26年11月10日の出願であって、平成20年5月28日を国際出願日とする特願2010-510472号(パリ条約による優先権主張 平成19年5月29日、平成19年6月5日、平成19年6月8日、平成20年1月14日、平成20年3月25日、いずれも米国)の一部を特許法第44条第1項の規定に基づいて分割出願したものであり、平成27年8月7日付で手続補正がなされたが、平成27年11月5日付で拒絶査定がなされ、これに対して、平成28年3月17日に拒絶査定不服審判の請求がなされるとともに、同日付で手続補正がなされたものである。

第2 平成28年3月17日付の手続補正についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成28年3月17日付の手続補正を却下する。
[理由]
1.補正の内容
平成28年3月17日付の手続補正(以下、「本件補正」という)は、拒絶査定不服審判の請求と同時にしたものであって、補正前の請求項1、14及び補正後の請求項1、14は以下のとおりである。

補正前:
「【請求項1】
非多能性の体細胞を用い、
1つまたはそれ以上の長(Prr+)Numbアイソフォーム、Oct4、Sox2、またはNanogを含むたんぱく質または核酸を導入しまたは過剰発現させ、
EGF,bFGF,LIF,スチールファクター、IL-6,hyper IL-6,IL-7,オンコスタチン-M,およびカーディオトロフィン-1からなる群から選択されるサイトカインを含む成長培地において前記体細胞を増殖させ、
所望の数の多能性細胞が得られるまで、これらの培養条件下で前記細胞を維持するステップを含む、多能性細胞の生産の方法。」

「【請求項14】
請求項1から13の遺伝子組み換えの方法により産生される、細胞治療、遺伝子治療、または畜産学を使用する分野で使用するための、前記患者またはドナー由来の多能性細胞。」

補正後:
「【請求項1】
非多能性の体細胞を用い、
Numblikeを除外しながら、1つまたはそれ以上の長(Prr+)Numbアイソフォーム、Oct4、Sox2、またはNanogを含むたんぱく質または核酸を導入しまたは過剰発現させ、
EGF,bFGF,LIF,スチールファクター、IL-6,hyper IL-6,IL-7,オンコスタチン-M,およびカーディオトロフィン-1からなる群から選択されるサイトカインを含む成長培地において前記体細胞を増殖させ、
所望の数の多能性細胞が得られるまで、これらの培養条件下で前記細胞を維持するステップを含む、多能性細胞の生産の方法。」

「【請求項14】
請求項1から13の遺伝子組み換えの方法により産生される、細胞治療、遺伝子治療、または畜産学を使用する分野で使用するための、前記患者またはドナー由来の多能性細胞。」

2.補正の適否
上記補正後の請求項1は、補正前の請求項1における「1つまたはそれ以上の長(Prr+)Numbアイソフォーム、Oct4、Sox2、またはNanogを含むたんぱく質または核酸を導入しまたは過剰発現させ」る際に「Numblikeを除外しながら」行うことが特定されたものであり、補正前の請求項1に係る発明と補正後の請求項1に係る発明は、産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるから、本件補正は、特許法第17条の2第5項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。請求項1を引用する請求項14に係る発明についても同様である。
そこで、補正後の請求項1、14に記載された発明(以下、それぞれ「本願補正発明1」、「本願補正発明14」という。)が、特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合するか)について検討する。

(1)サポート要件及び実施可能要件について
ア.請求項1の記載
本願補正発明1は、第2 1.で補正後として記載したとおりのものであって、非多能性の体細胞に、Numblikeを除外しながら、長(Prr+)Numbアイソフォームのみのタンパク質または核酸を導入しまたは過剰発現させるステップを含む多能性細胞の生産の方法をも包含するものである。

イ.発明の詳細な説明の記載事項
発明の詳細な説明には、次の事項が記載されている。

(a)本発明の目的は、増殖でき、自己再生可能で、多能および/あるいは多能性の細胞集団だけでなく、他の望まれる細胞集団を生成する方法を、癌遺伝子を使わずに分裂した細胞または分裂していない細胞から提供することである。(【0006】)

(b)ここに示される核酸またはたんぱく質の配列のあらゆる組み合わせは、望まれる細胞集団または性質が得られる限り、Numbおよび/あるいはNumblikeに対応する核酸またはたんぱく質の配列を除外することで改変できるということが理解されるべきである。(【0084】)

(c)多能、多能性および/あるいは自己再生可能な細胞集団の生成
a)増殖し自己再生できる多能性の細胞集団を得るために、選択された細胞および/あるいはその子孫細胞は、哺乳類のnumb遺伝子の「長」(PRR insert +)アイソフォームをコードするものを含むヌクレオチド配列によってトランスフェクトされる。それとほぼ同時に選択された細胞は、短いNumbアイソフォームおよびNumblikeとを標的にした合成オリゴヌクレオチドによってトランスフェクトされ、それから最適の成長速度で選択された細胞を成長させる環境下で培養され得る。選択された細胞はこのような環境下において、望まれる細胞数に達するまでの十分な期間維持される。細胞はLIF、鉄因子および/あるいは Il-6、hyper 1L-6、IL-7、オンコスタティン-Mおよび/あるいはカーディオトロフィン-1と等しい効力の濃度によって培養され得られた(最適な)成長速度で成長し、もしくは成長を増強する他のサイトカインの存在(例:多能性細胞を培養する条件、例: Guan et al., 2006)によって得られた成長速度によって成長する。成長速度は、前記の成長培地中での選択された細胞の倍加時間よって決定される。同様に、米国特許6432711と5453357にある培養環境は、長(PRR+)Numbアイソフォームによってトランスフェクトされた細胞が最適な成長速度で増殖や拡大するのに適切であり得る。他の適切なプロコトルや参照のサイトカイン濃度は、Koshimizuet al.,1996;Keller et al.,1996;Piquet-Pellorce, 1994;Rose et al.,1994;Park and Han, 2000;Guan et al., 2006; Dykstra et al., 2006; Zhang et al.,2007によって教示されている。しかしながら、本発明の実施は、これら教示の詳細に制限されない。(【0023】)

ウ.判断
上記ア.及びイ.(a)からみて、本願補正発明1の課題は、非多能性の体細胞からの多能性細胞の生産の方法の提供であると認められる。
ここで、「多能性」について、本願明細書中で明確な定義はされていないが、本願出願時には当業界において「多能性(Pluripotency)」とは、外胚葉、中胚葉、内胚葉の複数の胚葉の系統へと分化する能力と解釈されていたと認められること(必要ならば、「細胞工学」(2007年4月22日)Vol.26,No.5,p.482-484等参照)から、本願補正発明1の「多能性幹細胞」は、ES細胞やiPS細胞のような、外胚葉、中胚葉、内胚葉の三胚葉のうち複数系統へと分化する能力を有する細胞を示すと解釈される。
そして、本願の原文明細書において「多能性」に対応すると判断できる用語が「Pluripotent」であること、及び、本願の原審の経緯において、平成27年8月7日付意見書に添付された添付資料2(Shao et al., Gene-delivery systems for iPS cell generation, Expert Opin Biol Ther., 2010 February, 10(2), 231-242. )、平成28年3月17日付審判請求書に「体細胞に多能性を誘導する因子ないし方法が技術常識であった」ことを主張する根拠として添付した添付資料2(Kazutoshi Takahashi、外1名、“Induction of pluripotent stem cells from mouse embryonic and adult fibroblast cultures by defined factors.”、Cell、2006年8月25日、126(4)、p.663-676)、添付資料3(Kazutoshi Takahashi、外6名、“Induction of pluripotent stem cells from adult human fibroblasts by defined factors.”、Cell、2007年11月30日、131(5)、p.861-872)がいずれも体細胞からiPS細胞を産生する方法に関するものであることは、上記事項と整合するものである。

これに対して、上記イ.(b)(c)のとおり、発明の詳細な説明においては、長(Prr+)Numbアイソフォームのみを導入または過剰発現させて体細胞から多能性幹細胞を産生することは実施例においても手法の説明が記載されているに留まり、実際に実験を行ったことやその結果については何ら具体的に記載されていない。したがって、本願明細書に上記本願補正発明1の課題が解決できたことが具体的に記載されているとは認められない。 また、明細書のその他の箇所にも、Numblikeを除外しながら、長(Prr+)Numbアイソフォーム遺伝子を単独で体細胞に導入し、何らかの成長因子の存在下に培養することで多能性幹細胞を得られることが合理的に推認できるような技術常識の説明もされていない。
そして、本願出願時、長(Prr+)Numbアイソフォーム遺伝子を単独でマウス等の動物細胞に導入した場合に、少なくとも未分化能が維持されることは知られていたが、体細胞から多能性幹細胞に細胞の性質を変化させることができることが技術常識であったとはいえない(必要ならば、参考文献 Pro.Natl.Acad.Sci.USA、1999年、Vol.96、p.10472-10476、Dev. Dyn.,2007年 1月25日,Vol.236,p.696-705等参照)。Numblikeを除外することについても、同様に体細胞から多能性幹細胞に細胞の性質を変化させることができることが技術常識であったとはいえない。
したがって、出願時の技術常識を考慮しても、本願明細書の記載から、Numblikeを除外しながら長(Prr+)Numbアイソフォーム遺伝子を単独で体細胞に導入することにより、多能性幹細胞を産生できることが合理的に理解できるとは認められない。

したがって、本願補正発明1は、発明の詳細な説明において上記課題を解決することができることを当業者が認識できるように記載した範囲を超えるものである。
よって、本願補正発明1は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。
また、本願の発明の詳細な説明の記載に基づいて本願補正発明1を実施するためには、当業者といえども過度の実験、試行錯誤を要するものであり、本願補正発明1は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

エ.審判請求書の主張について
審判請求書において、請求人は「本願の出願時において、長(Prr+)Numbアイソフォーム、Oct4、Sox2およびNanogは体細胞に多能性を誘導する因子として知られており、本願請求項1に係る方法によって多能性細胞を生産可能であることは当業者であれば出願当時の技術常識に基づいて理解できる事項であると思料致します。
具体的には、Bani-Yaghoub等(添付資料1;Mahmud Bani-Yaghoub、外6名、“A switch in numb isoforms is a critical step in cortical development.”、Developmental Dynamics、2007年3月、236(3)、p.696-705)は、例えば、「These results for numb1 and numb3 are consistent with the hypothesis that numb functions to maintain progenitors in a stem cell-like state(p.699、17?20行)」と記載されているように、長(Prr+)Numbアイソフォームが、多能性細胞の成長を制御する因子であることを示しています。」と主張する。
しかしながら、当該記載は、マウスNumbをノックダウンしたマウスP19細胞において、長(Prr+)Numbアイソフォームであるnumb1又はnumb3を導入したところ、対照や短いNumbアイソフォームであるnumb4を導入した場合と比較して、神経前駆細胞マーカーのネスチン陽性細胞の割合が高く、ニューロンマーカーであるTuj1陽性細胞の割合が低かったという実験の結果(図2B)が、「numbが前駆細胞を幹細胞様の状態に維持する機能を有する」という仮説と一致するにすぎず、添付資料1のいずれの箇所にも、長(Prr+)Numbアイソフォームのみを導入または過剰発現させて体細胞から多能性幹細胞を産生できることは記載されていない。よって、添付資料1を根拠として、Numblikeを除外しながら本出願時に長(Prr+)Numbアイソフォームを単独で体細胞に導入することにより多能性幹細胞を作成できたという技術常識が存在したということはできない。
したがって、上記主張は採用できない。

オ.むすび
以上検討したところによれば、本願補正発明1は、特許法第36条第6項第1号及び特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしておらず、特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。
よって、本件補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に違反してなされたものであるから、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

(2)新規性について
ア.原査定の拒絶理由で引用された刊行物に記載された事項
原査定の拒絶の理由で引用文献1として引用された、本願優先日前に頒布された刊行物である、Mol. Biol. Cell,2005年,Vol. 16,P. 5719-5735(以下、「引用例」という。)には、次の事項が記載されている。(原文は英語のため、当審による日本語翻訳文で示す。また、下線は当審にて付与した。)

(a)分化した細胞から多能性へのリプログラミングは、再生医療において長期的な応用があるだろう。 未分化ヒトNCCITがん腫細胞の抽出物で処理した上皮293T細胞の、遺伝子発現のゲノムワイドなプログラミングと胚性遺伝子のエピジェネティックなリプログラミングと関連する、脱分化の誘導を報告する。293T細胞やジャーカットT細胞の抽出物ではなくNCCIT細胞抽出物に曝露された293T細胞は、明確なコロニーを形成し、少なくとも23継代にわたり維持された。マイクロアレイと遺伝子発現の定量分析により、293T細胞から多能性細胞の表現型への変換が、293T遺伝子と、A型ラミンのような分化指標の発現低下を伴う、数百のNCCIT遺伝子のダイナミックな発現上昇に関連することが明らかになった。
発現上昇した遺伝子は、OCT4、SOX2、NANOGとOct4反応性遺伝子を含む、胚性及び幹細胞マーカーを包含していた。(要約第1?10行)

(b)多分化能に特徴的な遺伝子も、NCCIT細胞抽出物で処理した細胞で発現上昇しており、「多系統への分化」の確立を示す。レチノイン酸はOct4の発現低下と、A型ラミンとネスチンのデノボ活性化を引き起こす。さらに、細胞は神経、脂肪、骨と内皮細胞系へ分化誘導され得る。(要約第12?16行)

(c)SLOを介した透過処理及び細胞抽出物処理
293T細胞と3T3細胞は冷PBSと冷Ca^(2+)-、Mg^(2+)-不含ハンクス平衡塩溶液(HBSS)(Invitrogen,Carlsbad,CA)で洗浄された。細胞は1アリコートあたり100,000個/100μlか、その倍数でHBSSに再懸濁された;1.5mlチューブに移され;120×gで5分間、4℃でスイングアウトローターで遠心された。沈殿した細胞は97.7μlの冷HBSSに懸濁され、チューブは37℃の水浴に2分置かれ、2.3μlのSLO(シグマ-アルドリッチ)(100μg/mlストックを1:10冷HBSSで希釈したもの)が、最終SLO濃度が230ng/mlになるよう添加された。サンプルは37℃の水浴中に50分水平載置されて時々攪拌しつつインキュベートされ、氷上に置かれた。サンプルは200μl冷HBSSに希釈され、細胞は120×gで5分間、4℃で沈降された。透過は、別のサンプルの、再封鎖及び再播種後24時間の70,000-Mrテキサスレッドのデキストランコンジュゲート(50μg/ml;Invitrogen)の取込みを観察することにより評価された。この条件下での透過効率は80%以下であった。
透過処理後、細胞は1000細胞/μlで、100μlの、ATP再生系(1mMATP、10mMクレアチンリン酸、25μg/mlクレアチンキナーゼ;シグマ-アルドリッチ)、100μMGTP(シグマ-アルドリッチ)、1mMの各ヌクレオチド3リン酸(NTP;ロシュダイアグノスティクス、マンハイム、ドイツ)を含むNCCIT、ESC又は対照抽出物(又はその倍数)中に懸濁された。細胞が入ったチューブは37℃水浴中で1時間、時々攪拌しつつ水平載置された。細胞膜を再封するため、抽出物は2mMCaC_(l2)と抗生物質を含む完全RPMI培地で希釈され、細胞は1ウェルあたり100,000細胞で、48ウェルプレートに播種された。2時間後、浮遊細胞が除去され、播種された細胞は完全RPMI培地中で培養された。(第5720頁右欄第15?41行)

(d)予測通り、Oct4は293T細胞ではなくNCCITの核で検出され(図2A)、タンパク質の同定は免疫染色により確定された(我々の未公開データ)。NCCIT抽出物処理の一週間後、293T細胞抽出物で処理した細胞にOct4が検出されないままであったのに対し、293T細胞の60%以上が細胞内Oct4を発現していた(図2、BとC)。(第5721頁右欄第4段落第7?13行)

(e)図2


(f)NCCIT抽出物処理した細胞のレチノイン酸刺激は神経系への分化を誘導する
NCCIT抽出物処理した293T細胞は多能性を有するのかを決定するために、我々はインビトロでのレチノイン酸による神経系への分化を試みた(Stewart他、2003)。293T、NCCIT(我々の未公開データ)、抽出物処理された細胞は10μM全トランスレチノイン酸に曝露され、凝集培養にて維持された(図7A)。全ての細胞タイプの懸濁培養物が培養皿でまとまりのない凝集体を形成したが、レチノイン酸中での2週間後、時折互いに融合しながら球体を形成した(図7A)。これは特に、NCCIT抽出物処理した293T細胞に顕著であった(図7A、上)。洗浄と再播種の後に、細胞はポリ-L-リジン被覆カバースリップに付着した。しかしながら、NCCITとNCCIT抽出物処理した293T細胞のみが、レチノイン酸を含まず有糸分裂阻害剤の存在下での培養2日後に、すでに神経突起伸長を示していた(図7A、下、S2A)。これはNCCIT抽出物処理した293T細胞から神経前駆細胞が表れたことを示した。
免疫標識とリアルタイムRT-PCR分析により、神経系への誘導が確かめられた。NCCIT細胞の細胞塊とNCCIT抽出物処理した細胞の細胞塊は、90%以上の細胞においてOct4タンパク質の発現の免疫蛍光がほとんど検出されない程度の減少を示した(図7B)。これは、レチノイン酸で刺激されていない細胞と比較してこれらの細胞のOCT4転写レベルが3倍減少していることによっても裏付けられた(図7C)。さらに、中間径フィラメントネスチン(NES)は神経前駆細胞のマーカーであるが(Cattaneo and McKay, 1990)、これが、293T細胞ではなくNCCIT抽出物処理した293T細胞において転写、翻訳レベル共にレチノイン酸によって誘導されていた(図7、BとC)。加えて、LNMAはNCCIT抽出物曝露後に抑制されていたものが(図2と表1)、NCCIT抽出物処理した細胞のみにおいてレチノイン酸により新たに強力に発現上昇していた(図7C)。これは細胞がレチノイン酸曝露により再分化したことを示す。最後に、NCCIT抽出物処理した細胞の大部分はNCCIT細胞のように(図S2BとS2C)、神経マーカーのNeuNとNF200陽性であった(図7D)。我々は、NCCIT抽出物処理した293T細胞はインビトロで神経系に分化誘導されると結論した。(第5727頁右欄第25?最終行)

(g)図7

(h)NCCIT抽出物は脂肪、骨、内皮系統への分化能を促進する
NCCIT抽出物処理した293T細胞の分化能の誘導についての証拠をさらに提供するために、我々は細胞が脂肪細胞と骨細胞への形質を得るかを決定した。レチノイン酸処理の3週間後に、適切な分化培地で3週間刺激した(材料と方法を見よ)ところ、293T細胞、NCCIT細胞、293T細胞抽出物又はNCCIT抽出物で処理した293T細胞の一部が脂肪と骨系統へ分化誘導された(図8AとB、S2DとS2E)。オイルレッドOによる細胞内の脂肪滴の染色がNCCIT抽出物処理した細胞の、他の細胞に対して脂肪系統への分化が促進されたことを示した(図8A)。さらに、他の細胞と比較してNCCIT抽出物処理した293T細胞について、さらに顕著な、アリザリンレッドで染色された、石化された小塊が認められた(図8、矢印;p<10^(-6);t検定)。さらに、NCCIT抽出物処理した細胞のメチルセルロースによる内皮への分化誘導7日後に、メチルセルロース中での延長された「トラック」を形成する細胞を伴った、内皮細胞の形質が現れ始めた(図8C;図S2Fの対照を見よ)。形態的な変化は、二つの内皮細胞のマーカーであるCD31とCD144(Boquest他、2005)の免疫反応と(図8)、CD31(細胞抽出物において、未分化な細胞の2±0.15倍の発現上昇)とCD144(347±97.6倍の発現上昇)により支持された。まとめると、これらの結果はNCCIT抽出物処理は、293T細胞の外胚葉及び中胚葉のいくつかの系統に分化する能力を促進することを示した。(第5728頁左欄第1行?同右欄第13行)

(i)図8

イ.引用例に記載された発明
上記記載事項(a)、(d)、(e)の記載によれば、NCCIT抽出物処理した293T細胞はOct4を始めとした多能性マーカーを発現しており、また(f)?(i)の記載によれば、当該細胞は少なくとも外胚葉及び中胚葉のいくつかの系統に分化する能力を有する多能性細胞である。また、記載事項(a)の通り、引用例には分化した細胞を再生医療目的に使用することが記載されているから、引用例に記載された多能性細胞は「細胞治療、遺伝子治療、または畜産学を使用する分野で使用する」ためのものであることは明らかである。
よって、上記記載事項(a)?(i)によれば、引用例には、以下の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されているものと認められる。
「上皮293T細胞をNCCIT抽出物で処理する方法により産生される、細胞治療、遺伝子治療、または畜産学を使用する分野で使用するための多能性細胞。」

ウ.対比
本願補正発明14と引用発明とを対比する。本願補正発明14の「多能性」について明細書中で明確な定義はないが、上記第2 2.(1)ウ.で検討した通り、本願補正発明14の「多能性細胞」は、外胚葉、中胚葉、内胚葉の三胚葉のうち複数系統へと分化する能力を有する細胞を示すと解釈される。
そして、通常細胞株は何らかのドナーから採取した細胞を培養することにより樹立されるものであるから、引用発明の「293T細胞」やそれから誘導された多能性細胞もドナー由来の細胞であるといえる。
そうすると、両者は「細胞治療、遺伝子治療、または畜産学を使用する分野で使用するためのドナー由来の多能性細胞。」である点で一致し、以下の点で一応相違する。

(相違点)
本願補正発明14は、「請求項1から13の遺伝子組み換えの方法により産生される」と特定されているのに対し、引用発明は、当該方法により産生されたものではない点。

エ.当審の判断
上記相違点について検討する。 本願補正発明14の「多能性細胞」は引用発明の細胞と体細胞由来の多能性細胞である点で、その形質や機能において区別がつくものではない。また、明細書を参酌しても、本願補正発明14に対応する具体的な多能性細胞の形状、性質、機能等の記載はなく、引用発明の多能性細胞と産生方法が異なることにより、得られる細胞の形質や機能に差異が生じることが理解出来るものでもない。
よって、この点は、実質的な相違点とはいえない。

したがって、本願補正発明14は、引用発明と同一であり、本願優先日前に頒布された刊行物に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。

オ.審判請求人の主張
審判請求人は、審判請求書において、以下の主張を行っている。

(a)本発明の多能性細胞は、Numblikeが除外されているのに対し、引用発明1のNCCIT細胞およびマウスES細胞はNumblikeを発現していることが一般に知られており、引用発明1において生産された多能性細胞にはNumblikeが明らかに含まれているから、本発明の多能性細胞は引用発明1の多能性細胞とは物として異なる。

(b)NCCIT細胞はがん性細胞であるため、NCCIT細胞の抽出物によって処理された多能性細胞はがん性腫瘍を形成するものであり、引用発明1の方法によって生産された細胞は、そのままの状態では生体に移植することはできない。これに対し、NCCIT細胞の抽出物を使用せず、特定の因子を使用して多能性を誘導して生産された本発明の細胞によれば、このような問題を回避することができる。

(c)引用発明1は、BRG1は多能性の誘導に必須のたんぱく質であり、抽出物からBRG1を除去した場合にはOct4およびその他の多能性マーカ遺伝子の活性が誘導されなくなることを証明しているのに対し、本発明は、BRG1ではなく、特定の転写因子を使用して多能性を誘導している。さらに、引用発明1は、NCCIT細胞およびES細胞の抽出物によって多能性を誘導することができることを示しているが、多能性を誘導するその他の具体的なたんぱく質については言及しておらず、長(Prr+)Numbアイソフォーム、Oct4、Sox2およびNanogという特定の因子を体細胞内に導入または過剰発現させることによって多能性を誘導することができるという事項は、たとえ当業者といえども引用発明1に基づいて容易に想到できる事項ではない。

主張(a)について検討する。本願補正発明1の方法は「Numblikeを除外しながら、1つまたはそれ以上の長(Prr+)Numbアイソフォーム、Oct4、Sox2、またはNanogを含むたんぱく質または核酸を導入しまたは過剰発現させる」工程を含むものの、その後の培養工程においてもNumblikeを除外することは特定されておらず、また明細書にも実際に本願補正発明14の「多能性細胞」を得たことは記載されていないから、当該「多能性細胞」がどのような形質や機能を有するものか不明である。そして、ES細胞のような多能性幹細胞がNumblikeを発現しているという技術常識に照らせば、請求項1に記載の方法により得られる請求項14に係る発明の「多能性細胞」がNumblikeを含まないとまではいえない。

主張(b)について検討する。引用例には、NCCIT細胞の抽出物によって処理された多能性細胞ががん性腫瘍を形成することは記載されておらず、また請求人は引用発明の多能性細胞ががん性腫瘍を形成することを、本願出願前に明らかになった文献や実験成績等の具体的な証拠に基づいて主張しているわけでもないから、当該主張は引用発明に基づくものではなく、採用できない。

主張(c)について検討する。引用例のBRG1に関する記載は、マウス3T3細胞をES細胞抽出物で処理した場合についてであって、引用発明についての記載ではない。また、特定の因子を使用して体細胞内に導入または過剰発現させることによって多能性を誘導することができることが容易かどうかという事項は進歩性に関する議論であり、本願補正発明14の新規性の判断を左右するものではない。

したがって、請求人の主張はいずれも採用できない。

カ.むすび
以上検討したところによれば、本願補正発明14は、引用例に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。
よって、本件補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に違反してなされたものであるから、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

第3 本願発明について
平成28年3月17日付手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1?14に係る発明は、平成27年8月7日付手続補正書の特許請求の範囲の請求項1?14に記載された発明特定事項により特定されるものであるところ、その請求項1、14に係る発明(以下、それぞれ「本願発明1」、「本願発明14」という。)は、上記第2 1.に補正前として記載したとおりのものである。
そして、本願発明1、14はそれぞれ本願補正発明1、14を包含するものであることが明らかであり、本願補正発明1は、上記第2 2.(1)で述べたとおり、特許法第36条第6項第1号、および特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないから、本願発明1も同様の理由により、特許法第36条第6項第1号および特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。
また、本願補正発明14は、上記第2 2.(2)で述べたとおり、引用例に記載された発明であるから、本願発明14も、同様の理由により、引用例に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。

第4 むすび
以上のとおり、本願の請求項1に係る発明は特許法第36条第6項第1号、および特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないから、他の請求項に係る発明について言及するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
また、本願の請求項14に係る発明は、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないから、他の請求項に係る発明については検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2017-03-07 
結審通知日 2017-03-14 
審決日 2017-03-28 
出願番号 特願2014-227688(P2014-227688)
審決分類 P 1 8・ 536- Z (C12N)
P 1 8・ 537- Z (C12N)
P 1 8・ 113- Z (C12N)
P 1 8・ 575- Z (C12N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 鈴木 崇之  
特許庁審判長 田村 明照
特許庁審判官 山本 匡子
瀬下 浩一
発明の名称 多能細胞集団を産生する方法およびその使用  
代理人 上田 邦生  

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