• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  A61K
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A61K
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  A61K
審判 全部申し立て 2項進歩性  A61K
管理番号 1331264
異議申立番号 異議2017-700543  
総通号数 213 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-09-29 
種別 異議の決定 
異議申立日 2017-05-30 
確定日 2017-08-16 
異議申立件数
事件の表示 特許第6034868号発明「胸部の空気漏れ閉塞のための両親媒性ペプチド」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6034868号の請求項1?8に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6034868号の請求項1?8に係る特許についての出願は、平成24年 8月31日に特許出願され、平成28年11月 4日にその特許権の設定登録がなされ、その後、その特許に対し、特許異議申立人 田中 秀行(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがなされたものである。

第2 本件特許発明
特許第6034868号の請求項1?8に係る発明は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1?8に記載された事項により特定される次のとおりものである(以下、特許第6034868号の請求項1?8に係る発明を、その請求項に付された番号順に、「本件特許発明1」等という。)。

「【請求項1】
親水性アミノ酸と疎水性アミノ酸とが交互に結合し、8?200のアミノ酸残基を有する両親媒性ペプチドであり、生理的pHおよび/または陽イオンの存在下、水溶液中でβ-シート構造を示す自己組織化ペプチドを含む肺の空気漏れ閉塞剤であって、該ペプチドがアミノ酸配列Ac-(RADA)_(4)-CONH_(2)(配列番号1)を有し、かつ2.5%(体積に対するペプチドの重量)の水溶液として提供される肺の空気漏れ閉塞剤。

【請求項2】
ペプチドが肺に適用される請求項1記載の肺の空気漏れ閉塞剤。

【請求項3】
ペプチドが気管支に適用される請求項1または2記載の肺の空気漏れ閉塞剤。

【請求項4】
ペプチドが胸腔鏡的に適用される請求項1?3のいずれか1項に記載の肺の空気漏れ閉塞剤。

【請求項5】
ペプチドが気管支鏡的に適用される請求項1?3のいずれか1項に記載の肺の空気漏れ閉塞剤。

【請求項6】
ペプチドが、がん、炎症および感染から選択される症状の治療に有用な少なくとも1つの低分子薬と共に投与される請求項1?5のいずれか1項に記載の肺の空気漏れ閉塞剤。

【請求項7】
肺の空気漏れが、肺の間質性気腫、縦隔気腫、気胸、心嚢内気腫、気腹、皮下気腫またはそれらの任意の組み合わせにおけるものである請求項1?6のいずれか1項に記載の肺の空気漏れ閉塞剤。

【請求項8】
肺の空気漏れが、外科的生検または肺組織の切除により生じるものである請求項1?6のいずれか1項に記載の肺の空気漏れ閉塞剤。」

第3 申立理由の概要及び提出した証拠
1.申立理由の概要
申立人は、本件特許発明1?8に係る特許は、下記の理由により取り消されるべきものである旨主張している。

(1)特許法第29条第1項第3号(以下、申立理由1という)
本件特許発明1?8は、甲第1号証又は甲第2号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号の規定に違反したものであり、同法第113条第2号に該当する。

(2)特許法第29条第2項違反(以下、申立理由2という)
本件特許発明1?8は、甲第1号証又は甲第2号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反したものであり、同法第113条第2号に該当する。

(3)特許法第36条第4項第1号 (以下、申立理由3という)
本件特許の発明の詳細な説明の記載は、本件特許発明1?8を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているとは認められないから、特許法第36条第4項第1号の規定に違反したものであり、同法第113条第4号に該当する。

(4)第36条第6項第1号違反(以下、申立理由4という)
本件特許発明1?8は、発明の詳細な説明に記載されたものではないから、特許法第36条第6項第1号の規定に違反したものであり、同法第113条第4号に該当する。

2.証拠方法
(1)甲第1号証:特表2008-539257号公報、2008年11月13日発行
(2)甲第2号証:特表2009-535338号公報、2009年10月 1日発行
(3)甲第3号証:岩波理化学事典、第3版増補版、第2刷、1981年10月20日、表紙、第1430?1431、奥付
(4)甲第4号証:特願2014-527755号について平成28年 3月9日付け提出の意見書
(5)甲第5号証:特願2014-527755号について平成28年 9月27日付け提出の手続補正書(方式)

(以下、「甲第1号証」?「甲第5号証」をそれぞれ「甲1」?「甲5」という。)

第4 特許異議申立理由についての検討
1.申立理由1及び2
(1)甲1に記載された発明との対比
ア.特許法第29条第1項第3号について
甲1には、生理的pHおよび/または陽イオンの存在下、水溶液中でβ-シート構造を示す自己集合性を示し、Ac-(RADA)_(4)-CONH_(2)で示されるアミノ酸配列を有するペプチドを0.1?10%(例えば、約1、1.5、2、2.5、3、4、5、6または7%)の濃度範囲で含有する水溶液が体液の移動を抑制しうること、具体的な実施例には、脳内、大腿動脈及び肝臓における止血の加速、十二指腸における胃液漏出の停止、並びに皮膚創傷の治癒の加速に有用であることが記載されている一方(特許請求の範囲、図1、表1、段落【0026】、【0044】、【0099】、【0135】、実施例1?5)、水溶液を「肺の空気漏れ閉塞剤」として使用すること(以下、相違点1という)、及び、該ペプチドの濃度として「2.5%」を選択すること(以下、相違点2という)については記載されていない。
上記相違点1に関し、申立人は、甲1の段落【0066】に記載されるように、甲1に記載された発明は「創傷を修復するための組成物」であり、さらに甲1には、当該組成物の適用箇所として甲1には肺が明記されているところ、肺における創傷は肺の空気漏れをもたらすものであるから、甲1に記載された発明における「創傷を修復するための組成物」は、実質的に「肺の空気漏れ閉塞剤」であると主張するが、甲1には、その実施例等の記載から明らかであるとおり、上記ペプチドの水溶液が、せいぜい液体である体液の移動の抑制に有用であることまでが記載されているにすぎず、空気圧がかかり、より高い気密性が求められる肺から、気体である空気が漏れることまで閉塞することに実質的に相当するとはいえないから、当該主張は採用できない。
ましてや、該ペプチドを「2.5%」という特定濃度の水溶液として供すること、及び、そうすることにより現実に「肺の空気漏れ閉塞」が有効になされることが、甲1の記載から把握できるとは到底いえない。
よって、本件特許発明1は甲1に記載された発明ではない。
このことは、本件特許発明1をさらに限定した発明である本件特許発明2?8についても同様である。

イ.特許法第29条第2項について
まず、相違点1について検討するに、上述のとおり、甲1において具体的に確認されているといえるのは、該ペプチドの水溶液が、せいぜい液体である体液の移動の抑制に有用であることまでであり、出願時の技術常識を参酌しても、空気圧がかかり、より高い気密性が求められる肺から、気体である空気が漏れることまで閉塞可能であることを、当業者が推認可能であったとは認められないから、甲1に記載された発明を「肺の空気漏れ閉塞剤」とすることは、当業者が容易になし得たことではない。
次に、相違点2に関し、申立人は、甲1には「2.5%」なる濃度が採り得る濃度として明示されており、適応症に応じて当該濃度を選択してみることは、数値範囲の最適化又は好適化に過ぎないし、本件特許発明1の効果は、肺の空気漏れが肺の創傷に起因することに鑑みると、甲1に記載された発明が有する「創傷を修復する」なる効果と同質であって、「2.5%」なる数値において限定的に奏されるものではなく、また、甲4及び甲5により特許権者から説明された比較例である3.0%の実験データは被験数が不明であり、統計処理が行われていない以上、「2.5%」なる濃度の効果は裏付けられていないと主張する。
しかしながら、甲1の記載から把握される甲1に記載された発明の効果は、体液の移動を抑制することであって、肺の空気漏れを閉塞可能であるとまではいえないことは前述のとおりであるから、本件特許発明1の効果は甲1に記載された発明が有する効果とは異なるものである。
そして、甲4及び甲5では、統計処理はなされていないものの、3.0%の濃度において、本件特許の発明の詳細な説明の実施例と同様の肺の空気漏れ閉塞を検討したところ、エアリークテストの内圧をかけない状態では空気漏れは観察されなかったのに対し、内圧をかけた状態では空気漏れが観察され、本件特許発明1と同等の十分な効果が発揮されなかったことが具体的に説明されているから、甲4及び甲5の記載及び本件特許の発明の詳細な説明における実施例等の記載より、「2.5%」なる濃度を選択することによって、空気圧がかかり、より高い気密性が求められる肺からの空気漏れを有効に防ぐという、甲1に開示されていない有利な効果を、本件特許発明1が発揮することは、十分に裏付けられているといえる。
したがって、該ペプチドを「2.5%」という特定濃度の水溶液として供することにより、現実に「肺の空気漏れ閉塞」が有効になされることは、甲1の記載から予期し得ない格別なものといえる。
以上の理由から、申立人の主張は採用できない。
よって、本件特許発明1は、甲1に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
このことは、本件特許発明1をさらに限定した発明である本件特許発明2?8についても同様である。

(2)甲2に記載された発明との対比
ア.特許法第29条第1項第3号について
甲2には、生理的pHおよび/または陽イオンの存在下、水溶液中でβ-シート構造を示す自己集合性を示すペプチドRADA16-Iを0.1?10%(例えば、約1%、約1.5%、約2%、約2.5%、約3%、約4%、約5%、約6%または約7%)の濃度範囲で含有する水溶液が、流体の動きを阻害しうること、具体的な実施例には、脳内、大腿動脈及び肝臓における止血の加速、十二指腸における胃液漏出の停止、並びに皮膚創傷の治癒の加速に有用であることが記載されている一方(特許請求の範囲、段落【0034】、【0058】、【0165】、実施例1?5)、水溶液を「肺の空気漏れ閉塞剤」として使用すること(以下、相違点3という)、及び、該ペプチドの濃度として「2.5%」を選択すること(以下、相違点4という)については記載されていない。
上記相違点3に関し、申立人は、甲2の段落【0126】に記載されるように、甲2に記載された発明は「血液以外の流体の流れを停止させるために使用され得る」ものであって、かつ「穿刺損傷後の肺を修復し、それによってその機能性を回復させるための組成物」であり、甲3に示されるように、一般的に「流体」なる用語は、液体だけでなく気体をも含む概念であるところ、前記「機能性を回復させる」とは、肺の換気機能の回復、すなわち肺の空気漏れを閉塞することに他ならないから、甲2に記載された発明における「穿刺損傷後の肺を修復し、それによってその機能性を回復させるための組成物」は、実質的に「肺の空気漏れ閉塞剤」であると主張する。
しかしながら、当該穿刺損傷後の肺の修復については、種々挙げられている適応例の一つに過ぎず、その具体的な効果を確認した実施例はない。そして、甲2には、その実施例等の記載から明らかなように、上記ペプチドの水溶液が、せいぜい液体である体液の動きの阻害に有用であることが記載されているにすぎず、甲3のとおり、一般的に「流体」なる用語が気体をも含む概念であることを踏まえ、甲2の段落【0126】の記載をみても、空気圧がかかり、より高い気密性が求められる肺から、気体である空気が漏れることまで閉塞することに実質的に相当するとはいえない。
ましてや、該ペプチドを「2.5%」という特定濃度の水溶液として供すること、及び、そうすることにより現実に「肺の空気漏れ閉塞」が有効になされることが、甲2の記載から把握できるとは到底いえないから、申立人の主張は採用できない。
よって、本件特許発明1は甲2に記載された発明ではない。
このことは、本件特許発明1をさらに限定した発明である本件特許発明2?8についても同様である。

イ.特許法第29条第2項について
まず、相違点3について検討するに、上述のとおり、甲2において具体的に確認されているといえるのは、該ペプチドの水溶液が、せいぜい液体である体液の動きの阻害に有用であることまでであり、出願時の技術常識を参酌しても、空気圧がかかり、より高い気密性が求められる肺から、気体である空気が漏れることまで閉塞可能であることを、当業者が推認可能であったとは認められないから、甲2に記載された発明を「肺の空気漏れ閉塞剤」とすることは、当業者が容易になし得たことではない。
次に、相違点4に関し、申立人は、甲2には、採り得る濃度として「2.5%」が記載され、さらに適応症に応じて任意の濃度を使用することや、固さとペプチドの濃度に相関があることも記載されているから、適応症に応じて当該濃度を選択してみることは、数値範囲の最適化又は好適化に過ぎないし、本件特許発明1の効果は、肺の空気漏れが肺の創傷に起因することに鑑みると、甲2に記載された発明が有する「創傷を修復する」なる効果と同質であって、「2.5%」なる数値において限定的に奏されるものではなく、また、また、甲4及び甲5により特許権者から説明された比較例である3.0%の実験データは被験数が不明であり、統計処理が行われていない以上、「2.5%」なる濃度の効果は裏付けられていないと主張する。
しかしながら、甲2の記載から把握される甲2に記載された発明の効果は、体液の動きを阻害することであって、肺の空気漏れを閉塞可能であるとまではいえないことは前述のとおりであるから、本件特許発明1の効果は甲2に記載された発明が有する効果とは異なるものである。
そして、甲4には、統計処理はなされていないものの、3.0%の濃度において、本件特許の発明の詳細な説明の実施例と同様の肺の空気漏れ閉塞を検討したところ、エアリークテストの内圧をかけない状態では空気漏れは観察されなかったのに対し、内圧をかけた状態では空気漏れが観察され、本件特許発明1と同等の十分な効果が発揮されなかったことが具体的に記載されているから、甲4及び甲5の記載及び本件特許の発明の詳細な説明の実施例等の記載より、「2.5%」なる濃度を選択することによって、空気圧がかかり、より高い気密性が求められる肺からの空気漏れを有効に防ぐという、甲2に開示されていない有利な効果を、本件特許発明1が発揮することは、十分に裏付けられているといえる。
したがって、該ペプチドを「2.5%」という特定濃度の水溶液として供することにより、現実に「肺の空気漏れ閉塞」が有効になされることは、甲2の記載から予期し得ない格別なものといえる。
以上の理由から、申立人の主張は採用できない。
よって、本件特許発明1は、甲2に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
このことは、本件特許発明1をさらに限定した発明である本件特許発明2?8についても同様である。

(3)小括
以上検討したとおり、本件特許発明1?8は、甲1又は甲2に記載された発明ではなく、甲1又は甲2に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではないから、申立理由1及び2には理由がない。

2.申立理由3
(1)「水溶液」に関する記載不備
申立人は、本件特許発明1に係る「水溶液」に関し、本件特許の発明の詳細な説明の段落【0077】の記載によれば、上記「水溶液」なる用語には生理食塩水やリンゲル液などが包含され、このような溶液中におけるイオン濃度環境下では、本件特許発明1に係るペプチドは自己組織化を開始するはずであるところ、創傷部の形態に添って流動し、当該創傷部の形態に適合した形態とはならないはずであること、係る粘性が高い状態の組成物を適用部位に止めておくための手段、例えばピンセットのグリップを適用するなどの必須の構成手段が本件特許発明1において特定されていないこと、及び、前記「水溶液」が「水」等である場合には、前記ペプチドが自己組織化していない状態で創傷部に適用されると推測されるものの、適用部位での自己組織化のための手段、例えば実施例に記載されるような、胸腔に生理食塩水溶液を充填するといった構成手段が本件特許発明1において特定されていないことを指摘し、本件特許の発明の詳細な説明は、本件特許発明1?8を実施することができる程度に、明確かつ十分に記載されていないと主張する。
しかしながら、本件特許の発明の詳細な説明の段落【0077】には、上記「水溶液」として、生理学的に許容されうるものを適宜選択可能である旨が記載されており、本件特許発明1におけるペプチドの自己組織化の条件自体は、本件特許の発明の詳細な説明に記載されているだけでなく、甲1や甲2といった先行技術文献に開示されるように当業者によく知られているものであるから、肺へ適用する際の自己組織化の条件は当業者が適宜選択しうるものであり、同段落にリンゲル液及び生理食塩水の例示があるからといって、適切な「水溶液」の選択や自己組織化の条件の選択を妨げるものとはいえない。
そして、本件特許発明1において、胸腔への生理食塩水溶液の充填やピンセットを用いて組成物を適用部位に留める手段が特定されていなかったとしても、ペプチドの自己組織化の条件自体及び人体への適用方法については、本件特許の発明の詳細な説明に記載されているだけでなく、甲1や甲2といった先行技術文献に開示されるように当業者によく知られているものであるから、それらを適宜組み合わせて自己組織化させることは、当業者であれば可能であると認められる。
したがって、本件特許の発明の詳細な説明は、本件特許発明1を当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているものと認められる。このことは、本件特許発明2?8についても同様である。
よって、申立人の主張は採用できない。

(2)「RADA16」に関する記載不備
申立人は、本件特許発明1?8は、「Ac-(RADA)_(4)-CONH_(2)」なる配列を有する自己組織化ペプチドを、肺の空気漏れの閉塞に用いるという医薬発明であるが、本件特許の発明の詳細な説明には、実施例において自己組織化ペプチド「RADA16」を用いたことが記載されている一方、当該表記がいかなる物質であるか何ら定義されておらず、ここでいう「16」なる数字がアミノ酸残基の数を指すのか、「RADA」というユニットの繰り返しの数を指すのかが明らかでなく、また、当該ペプチドのN末端及びC末端の化学構造も不明であることから、本件特許発明1における「Ac-(RADA)_(4)-CONH_(2)」が所望の作用を発揮しうるかどうかを当業者が確認できない旨指摘し、本件特許の発明の詳細な説明は、本件特許発明1?8を実施することができる程度に、明確かつ十分に記載されていないと主張する。
しかしながら、実施例における「RADA16」なる表記のうち、「RADA」は、アルギニン-アラニン-アスパラギン酸-アラニン(RADA)の繰り返し配列を意味することは明らかであり(本件特許の発明の詳細な説明の段落【0011】、【0039】より)、その後の数字「16」は、アミノ酸残基数を意味すると認められる(同段落【0050】より)。そして、同段落【0050】には、配列番号1に相当する「Ac-(RADA)_(4)-CONH_(2)」について「RAD16-I」であると記載されているところ、当該記載は、甲1の図1に配列番号1と同じものが「RADA16-I」であると説明されているように、「RADA16-I」の誤記であると認められ、さらに、繰り返し配列として「RADA」を有し、アミノ酸残基数が「16」である配列として、本件特許の発明の詳細な説明において具体的に開示されているのは、実質的に配列番号1の「Ac-(RADA)_(4)-CONH_(2)」のみであることから、本件特許の発明の詳細な説明の実施例において利用されているペプチド「RADA16」は、本件特許発明1における「Ac-(RADA)_(4)-CONH_(2)」であると認められる。
したがって、本件特許の発明の詳細な説明は、本件特許発明1を当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているものと認められる。このことは、本件特許発明2?8についても同様である。
よって、申立人の主張は採用できない。

(3)「適用部位」に関する記載不備
申立人は、本件特許発明1?8は、自己組織化ペプチドの2.5%水溶液を肺の空気漏れの閉塞に用いるという発明であるが、適用部位については規定されておらず、本件特許の発明の詳細な説明に「その部位は、肺の実質組織・・・気管、気管支、細気管支又は他の気道である」と記載されているものの、実施例において所望の結果を達成したことが確認されているのは、適用部位として「肺葉」を選択した場合についてのみであるところ、甲4及び甲5の記載をみるに、本件特許権者は「3%ペプチド濃度では粘度が高いため、十分に損傷部位に適合しなかった」と述べており、このことから、水溶液のペプチド濃度及びその粘度は、損傷部位、すなわち適用部位の適合性に重要な役割を有すると理解でき、その適合性如何によっては肺の空気漏れが達成できる場合とできない場合があることを意味するから、本件特許の発明の詳細な説明に「2.5%」なる濃度が「肺葉」以外の適合部位に高い適合性を示すことが確認されていない以上、本件特許の発明の詳細な説明は、多種多様の適用部位を包含する本件特許発明1?8を実施することができる程度に、明確かつ十分に記載されていないと主張する。
しかしながら、本件特許の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識を参酌しても、ペプチド濃度及びその粘度の適合性が、肺葉とそれ以外の空気漏れに関与する肺の部位とで特段異なるとは認められないから、申立人の主張には根拠がないし、仮に適合性に違いがあったとしても、自己組織化ペプチドが「2.5%」なる濃度でゲル化すること自体は明らかであることから、当業者であれば、本件特許発明1の適用部位として肺葉以外を採用したとしても、一定程度の空気漏れの閉塞が可能であることは理解できる。
したがって、本件特許の発明の詳細な説明は、本件特許発明1を当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているものと認められる。このことは、本件特許発明2?8についても同様である。
よって、申立人の主張は採用できない。

(4)小括
以上検討したとおり、本件特許の発明の詳細な説明は、本件特許発明1?8を当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものと認められるから、申立理由3には理由がない。

3.申立理由4
(1)「水溶液」に関する記載不備
申立人は、本件特許発明1に係る「水溶液」に関し、本件特許の発明の詳細な説明の段落【0077】の記載によれば、上記「水溶液」なる用語には生理食塩水やリンゲル液などが包含され、このような溶液中におけるイオン濃度環境下では、本件特許発明1に係るペプチドは自己組織化を開始するはずであるところ、創傷部の形態に添って流動し、当該創傷部の形態に適合した形態とはならないはずであること、係る粘性が高い状態の組成物を適用部位に止めておくための手段、例えばピンセットのグリップを適用するなどの必須の構成手段が本件特許発明1において特定されていないこと、及び、前記「水溶液」が「水」等である場合には、前記ペプチドが自己組織化していない状態で創傷部に適用されると推測されるものの、適用部位での自己組織化のための手段、例えば実施例に記載されるような、胸腔に生理食塩水溶液を充填するといった構成手段が本件特許発明1において特定されていないことを指摘し、本件特許発明1?8は、本件特許の発明の詳細な説明に記載されたものではないと主張する。
しかしながら、2(1)で述べたとおり、ペプチドの自己組織化の条件自体は、本件特許の発明の詳細な説明に記載されており、また、当業者によく知られているから、肺へ適用する際の自己組織化の条件は当業者が適宜選択しうるものであり、同段落にリンゲル液及び生理食塩水の例示があるからといって、適切な「水溶液」の選択や自己組織化の条件の選択を妨げるものとはいえない。同様に、胸腔への生理食塩水溶液の充填やピンセットを用いて組成物を適用部位に留める手段が特定されていなかったとしても、それらを適宜組み合わせて自己組織化させることは、当業者であれば可能であると認められる。
したがって、本件特許発明1?8は、本件特許の発明の詳細な説明に記載されたものである。
よって、申立人の主張は採用できない。

(2)「RADA16」に関する記載不備
申立人は、本件特許発明1?8は、「Ac-(RADA)_(4)-CONH_(2)」なる配列を有する自己組織化ペプチドを、肺の空気漏れの閉塞に用いるという医薬発明であるが、本件特許の発明の詳細な説明には、実施例において自己組織化ペプチド「RADA16」を用いたことが記載されている一方、当該表記がいかなる物質であるか何ら定義されておらず、ここでいう「16」なる数字がアミノ酸残基の数を指すのか、「RADA」というユニットの繰り返しの数を指すのかが明らかでなく、また、当該ペプチドのN末端及びC末端の化学構造も不明であることから、本件特許発明1における「Ac-(RADA)_(4)-CONH_(2)」が所望の作用を発揮しうるかどうかを当業者が確認できない旨指摘し、本件特許発明1?8は、本件特許の発明の詳細な説明に記載されたものではないと主張する。
しかしながら、実施例における「RADA16」が、本件特許発明1における「Ac-(RADA)_(4)-CONH_(2)」であると認められることは、前述2(2)にて述べたとおりであるから、本件特許発明1?8は、本件特許の発明の詳細な説明に記載されたものである。
よって、申立人の主張は採用できない。

(3)「適用部位」に関する記載不備
申立人は、本件特許発明1?8は、自己組織化ペプチドの2.5%水溶液を肺の空気漏れの閉塞に用いるという発明であるが、適用部位については規定されておらず、本件特許の発明の詳細な説明に「その部位は、肺の実質組織・・・気管、気管支、細気管支又は他の気道である」と記載されているものの、実施例において所望の結果を達成したことが確認されているのは、適用部位として「肺葉」を選択した場合についてのみであるところ、甲4及び甲5の記載をみるに、本件特許権者は「3%ペプチド濃度では粘度が高いため、十分に損傷部位に適合しなかった」と述べており、このことから、水溶液のペプチド濃度及びその粘度は、損傷部位、すなわち適用部位の適合性に重要な役割を有すると理解でき、その適合性如何によっては肺の空気漏れが達成できる場合とできない場合があることを意味するから、本件特許の発明の詳細な説明に「2.5%」なる濃度が「肺葉」以外の適合部位に高い適合性を示すことが確認されていない以上、本件特許発明1?8は、本件特許の発明の詳細な説明に記載されたものではないと主張する。
しかしながら、本件特許発明1の適用部位として肺葉以外を採用したとしても、ある程度の空気漏れの閉塞が可能であることは理解できることは、前述2(3)にて述べたとおりであるから、本件特許発明1?8は、本件特許の発明の詳細な説明に記載されたものである。
よって、申立人の主張は採用できない。

(4)小括
以上検討したとおり、本件特許発明1?8は、本件特許の発明の詳細な説明に記載されたものであるから、申立理由4には理由がない。

第5 むすび
以上のとおりであるから、申立人が主張する申立理由及び証拠によっては、本件請求項1?8に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1?8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2017-08-01 
出願番号 特願2014-527755(P2014-527755)
審決分類 P 1 651・ 121- Y (A61K)
P 1 651・ 536- Y (A61K)
P 1 651・ 537- Y (A61K)
P 1 651・ 113- Y (A61K)
最終処分 維持  
前審関与審査官 高橋 樹理  
特許庁審判長 田村 聖子
特許庁審判官 大久保 元浩
清野 千秋
登録日 2016-11-04 
登録番号 特許第6034868号(P6034868)
権利者 株式会社スリー・ディー・マトリックス
発明の名称 胸部の空気漏れ閉塞のための両親媒性ペプチド  
代理人 特許業務法人朝日奈特許事務所  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ