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審決分類 審判 一部無効 2項進歩性  C07C
審判 一部無効 1項3号刊行物記載  C07C
審判 一部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  C07C
審判 一部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C07C
管理番号 1331615
審判番号 無効2015-800130  
総通号数 214 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-10-27 
種別 無効の審決 
審判請求日 2015-05-29 
確定日 2017-08-17 
事件の表示 上記当事者間の特許第4627367号発明「電荷制御剤及びそれを用いた静電荷像現像用トナー」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許第4627367号は、平成12年11月30日(優先権主張 平成11年12月7日)に出願され、平成22年11月19日に特許権の設定登録がなされたものであり、これに対して、平成27年5月29日に利害関係人である山本通産株式会社により本件特許を無効にすることについての審判の請求がなされたところ、その審判における手続の経緯は、以下のとおりである。

平成27年 5月29日 審判請求書、及び甲第1?2号証提出(請求人)
平成27年 8月12日 答弁書、及び乙第1?7号証提出(被請求人)
平成27年10月 1日 弁駁書(請求人)
平成27年10月16日 審尋(起案日)
平成27年11月19日 回答書
及び甲第3号証の1?甲第5号証提出(請求人)
平成28年 1月12日 審理事項通知書(起案日)
平成28年 1月27日 上申書(1)、並びに甲第4号証の2、
及び甲第5号証の2提出(請求人)
同日 上申書(1)提出(被請求人)
平成28年 2月10日 口頭審理陳述要領書(請求人)
同日 口頭審理陳述要領書、乙第8号証、
及び乙第8号証の2?3提出(被請求人)
平成28年 2月24日 口頭審理・証拠調べ
平成28年 3月 9日 上申書(2)、並びに甲第4号証の3、及び
甲第5号証の3?甲第7号証の7提出(請求人)
同日 上申書(2)、及び
乙第9?15号証提出(被請求人)
平成28年 3月22日 上申書(3)提出(請求人)
平成28年 3月23日 上申書(3)提出(被請求人)
平成28年 5月16日 結審通知(起案日)

なお、上申書については提出日の順に「上申書(1)」のように括弧数字を付す。

第2 本件発明
本件特許第4627367号の請求項1?3に係る発明は、本件特許明細書の特許請求の範囲に記載された以下のとおりのものである。

「【請求項1】 一般式(3)で表される金属錯塩化合物を含む電荷制御剤であって、
当該金属錯塩化合物をイオン交換水に1重量%分散させたときの電気伝導度が110μS/cm以下であることを特徴とする電荷制御剤。
【化1】

(式中、X_(1)及びX_(2)は水素原子、炭素数が1?4のアルキル基、炭素数が1?4のアルコキシル基、ニトロ基またはハロゲン原子を表わし、X_(1)とX_(2)は同じであっても異なっていてもよく、m_(1)およびm_(2)は1?3の整数を表わし、R_(1)およびR_(3)は水素原子、炭素数が1?18のアルキル基、炭素数が1?18のアルコキシル基、アルケニル基、スルホンアミド基、スルホンアルキル基、スルホン酸基、カルボキシル基、カルボキシエステル基、ヒドロキシル基、アセチルアミノ基、ベンゾイルアミノ基、またはハロゲン原子を表わし、R_(1)とR_(3)は同じであっても異なっていてもよく、n_(1)およびn_(2)は1?3の整数を表わし、R_(2)およびR_(4)は水素原子またはニトロ基を表わし、A^(+)は水素イオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、アンモニウムイオン、有機アンモニウムイオン又はこれらの混合物を表わす。)
【請求項2】 一般式(4)で表される金属錯塩化合物を含む電荷制御剤であって、
当該金属錯塩化合物をイオン交換水に1重量%分散させたときの電気伝導度が110μS/cm以下であることを特徴とする電荷制御剤。
【化2】

(式中A^(+)はアンモニウムイオン、ナトリウムイオン及び水素イオンの混合カチオンを表す。)
【請求項3】 請求項1又は請求項2に記載の電荷制御剤のうち1又は2以上を含有することを特徴とする静電荷像現像用トナー。」

第3 請求人の主張の要点
1 本件審判の請求の趣旨
請求人が主張する本件審判における請求の趣旨は、「特許第4627367号の請求項1に係る発明についての特許は無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。との審決を求める。」である。

2 請求人が主張する無効理由及び証拠方法の概要
請求人は、以下の無効理由1、2、3a、3b及び4を主張し(第1回口頭審理調書の「請求人5」の項目を参照。)、証拠方法として甲第1号証?甲第7号証の7を提出した。

(1)無効理由1
本件の請求項1の記載は、特許を受けようとする発明が明確ではないから、特許法第36条第6項第2号に適合するものではなく、本件請求項1に係る発明についての特許は、同法第36条第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであって、同法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。

また、請求人が主張する記載不備は、以下の(ア)?(エ)に示すとおりのものである。

(ア)分散媒体である「イオン交換水」そのものが多少なりとも電気伝導度を示すものであるので、本件特許発明における「イオン交換水に1重量%分散させたときの電気伝導度が110μS/cm以下」という文言は、電荷制御剤それ自体についての特性を規定するものとはいえず、「イオン交換水」が如何なるものであるかが不明であり、更に、このイオン交換水が如何なるものであるかが不明であることにより、「110μS/cm以下」とされている電荷制御剤それ自体の電気伝導度の値を特定することができない。

(イ)本件特許の請求項1には、金属錯塩化合物の「分散」の条件、または「分散させたとき」の状態について、何も規定されていないので、「分散させたときの電気伝導度」の意味が不明確である。

(ウ)本件特許の請求項1には、「電気伝導度」の測定対象が具体的に規定されておらず、当該サンプルがイオン交換水に分散されたときに測定される電気伝導度は、「一般式(3)で表される金属錯塩化合物」に含有されるイオン生成性不純物によるもの、とも解されるので、「電気伝導度」を生ずる原因物質が不明であり、「電気伝導度」の意味が不明である。

(エ)本件特許明細書の段落0020の記載から、電気伝導度の測定のためには「煮沸」による処理が必須のことと解されるが、本件特許の請求項1には、「煮沸」の具体的な条件について何も規定されていないので、「電気伝導度」の意味が不明確である。

(2)無効理由2
本件の特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本件請求項1に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるといえないから、特許法第36条第4項第1号に適合するものではなく、本件請求項1に係る発明についての特許は、同法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであって、同法123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。

また、請求人が主張する記載不備は、以下の(オ)?(キ)に示すとおりのものである。

(オ)本件特許明細書の段落0100には、製造例1又は2として、公知の方法でフィルタープレス又は遠心濾過機により濾過・水洗を行うことが記載され、同段落0019には、水洗などをより十分な水を用いて行うか、逆浸透膜、半透膜を用いる方法等が有効であると記載されているが、「電気伝導度が110μS/cm以下」のものを得るための具体的な条件が全く不明である。

(カ)本件特許明細書の段落0102には、実施例2として「電気伝導度が89μS/cmである製造例2の方法で製造した化合物(1)」の例が記載され、同段落0103には、実施例3として「電気伝導度が10μS/cmである製造例2の方法で製造した化合物(1)」の例が記載されているが、同じ「製造例2」の方法で製造したものの電気伝導度の値が相互に異なっており、「電気伝導度が110μS/cm以下」とするための手段が具体的に記載されていない。

(キ)本件特許明細書には、実施例1、2及び3の電気伝導度が「水に分散させたときの電気伝導度」と記載されており、分散媒体が「イオン交換水」ではないので、本件特許明細書には、請求項1に対応する実施例が記載されていない。

(3)無効理由3a
本件請求項1に係る発明は、甲第1号証に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、本件請求項1に係る発明についての特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであって、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。

(4)無効理由3b
本件請求項1に係る発明は、甲第2号証に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、本件請求項1に係る発明についての特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであって、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。

(5)無効理由4
本件請求項1に係る発明は、甲第1号証または甲第2号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件請求項1に係る発明についての特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであって、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。

(6)証拠方法(甲第1号証?甲第7号証の7)
請求人が提出した証拠方法は以下のとおりである。
甲第1号証:特開平7-114218号公報
甲第2号証:特開昭61-155464号公報
甲第3号証の1:平成27年3月26日付け「保土谷化学工業株式会社の輸入差止申立てに係る侵害物品と認める理由の送付について」と題された書面 東京税関
甲第3号証の2:2015年4月28日付け「補正意見書」の第1頁 山本通産株式会社
甲第3号証の3:平成27年6月3日付け「専門委員意見照会に係る申立人陳述要領書等の送付について」と題された書面 東京税関
甲第4号証:平成27年11月16日付け実験成績証明書(1) 朱順全
甲第5号証:平成27年11月16日付け実験成績証明書(2) 朱順全
甲第4号証の2:実験成績証明書(1)に係る中国語の原文
甲第5号証の2:実験成績証明書(2)に係る中国語の原文
甲第4号証の3:実験成績証明書(1)に係る実験指示書
甲第5号証の3:実験成績証明書(2)に係る実験指示書
甲第6号証:特開平2-217869号公報
甲第7号証の1:2015年5月5日付け購入伝票 品名「4-クロロ-2-アミノフェノール」
甲第7号証の2:2015年5月8日付け購入伝票 品名「濃塩酸」
甲第7号証の3:2015年3月18日付け購入伝票 品名「亜硝酸ナトリウム」
甲第7号証の4:2015年2月5日付け購入伝票 品名「水酸化ナトリウム」
甲第7号証の5:2015年6月4日付け購入伝票 品名「2-Hydroxy-3-naphthoic o-Anisidide」
甲第7号証の6:2015年5月27日付け購入伝票 品名「エチレングリコール」
甲第7号証の7:2013年3月22日付け購入伝票 品名「塩化第二鉄」

なお、請求人は、上申書(2)の第2頁第19行?第3頁第5行において『甲第4号証および甲第4号証の2は、同一の実験についてそれぞれ日本語および中国語で記載したものであって、一方が「原文」、他方がその「訳文」という関係のものではない。…甲第5号証および甲第5号証の2についても全く同様である。』と説明している。
また、被請求人は、上申書(3)の第9頁第第4?7行において『甲第7号証の1?甲第7号証の7は、「購入伝票」であるとされているが、被請求人が確認した限りでは、税関での輸入関税の支払い票(甲第7号証の1)、中国国内での税金の支払い票(甲第7号証の2?甲第7号証の7)であると理解される。』と主張している。
しかしながら、甲第4号証の2、甲第4号証の3、甲第5号証の2、甲第5号証の3、及び甲第7号証の1?7の中国語による書証については、両当事者ともその日本語訳を提出しておらず、その内容を確認することができないので、これら書証の標目については、請求人の上申書(1)の第15頁の「7.証拠の表示」の欄、及び請求人の上申書(2)の第5頁の「7.証拠の表示」の欄に説明されるとおりのもので表記する。

また、証拠の認否について、被請求人は、上申書(1)の第18頁第3行?第19頁第1行において、甲第4号証及び甲第5号証については真正に成立した文書であることに疑義があるという旨の主張をしているが、特許法第151条が準用する民事訴訟法第228条第4項は『私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。』と規定しているところ、甲第4号証及び甲第5号証には「証明者」の署名がなされており、仮にその「証明者」が日本語に精通していないとしても、甲第4号証及び甲第5号証の内容を理解することなく無責任に署名したと考え得る具体的な根拠は見当たらないから、文書の真正な成立を否定すべき理由があるとはいえない。

第4 被請求人の主張の要点
1 答弁の趣旨
被請求人が主張する答弁の趣旨は、「本件の審判の請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。との審決を求める。」である。

2 証拠方法
被請求人が提出した証拠方法は以下のとおりである。
乙第1号証:JIS K 0211
乙第2号証:JIS K 0050
乙第3号証:JIS K 0557
乙第4号証:広辞苑 第5版
乙第5号証:JIS Z 8122
乙第6号証:特開2000-347449号公報
乙第7号証:特願2013-190019の平成26年4月21日付け提出の意見書
乙第8号証:陳述書 平成28年2月8日 大久保正樹
乙第8号証の2:販売・製造規格 1998年12月24日 保土谷化学工業株式会社
乙第8号証の3:販売・製造規格 2000年9月27日 保土谷化学工業株式会社
乙第9号証:特開平11-262604号公報
乙第10号証:特開平8-89712号公報
乙第11号証:陳述書 平成28年3月4日 大久保正樹
乙第12号証:JIS K 0130(1995年版)
乙第12号証の2:JIS K 0130(2008年版)
乙第13号証:T-77の電子顕微鏡像を示す写真
乙第14号証:実験成績証明書 平成28年3月4日 阿部吉彦
乙第15号証:陳述書 平成28年3月4日 阿部吉彦

なお、証拠の認否について、請求人は、上申書(3)の第7頁第16?27行において、乙第15号証は真正のものではないという旨の主張をしているが、特許法第151条が準用する民事訴訟法第228条第4項は『私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。』と規定しているところ、乙第15号証には作成者の押印がなされており、乙第15号証が作成者であるとされている者と異なる者によって作成されていると考え得る具体的な根拠も見当たらないから、文書の真正な成立を否定すべき理由があるとはいえない。

第5 甲号証及び乙号証並びに本件特許明細書について
1 甲号証及びその記載事項
(1)甲第1号証:特開平7-114218号公報
本件特許出願の優先日(平成11年12月7日)前の平成7年5月2日に頒布された刊行物である甲第1号証には、次の記載がある。

摘記1a:請求項1
「【請求項1】 バインダー樹脂、着色剤及び荷電制御剤を主成分とするトナーにおいて、該荷電制御剤が下記一般式化1で示される含鉄アゾ染料からなり、しかもその粒度分布が100μmのアパーチャを用い、測定領域が1.00?40.0μmであるコールター法による測定において、4.0μm以下の成分が個数%で75%以下、16μm以上の成分が重量%で10%以下、重量平均径が5.0?9.0μmの範囲となるようあらかじめ調整されたものであることを特徴とする静電荷像現像用負帯電性トナー。
【化1】



摘記1b:段落0029
「【0029】本発明のトナーにおいて荷電制御剤として使用される前記一般式化1で示される含鉄アゾ染料の代表的な具体例としては、保土谷化学工業社製、アイゼンカラー T-77が挙げられるが、これに限定されるものではない。また、その使用量は、バインダー樹脂の種類、必要に応じて使用される添加剤の有無、分散方法を含めたトナー製造方法によって決定されるもので、一義的に限定されるものではないが、好ましくはバインダー樹脂100重量部に対して、1?10重量部の範囲で用いられる。特に、好ましくは、2?5重量部の範囲である。1重量部未満では、トナーの負帯電が不足し実用的でないし、逆に10重量部を越える場合には、トナーの帯電性が大きすぎ、キャリアとの静電的吸引力の増大のため、現像剤の流動性低下や、画像濃度の低下を招く。」

摘記1c:段落0057
「【0057】荷電制御剤C
アンゼンカラーT-77、50gを120gのエチレングリコールに加え、100℃に加熱し、充分に溶解させた後、室温まで放置冷却し、析出した結晶を濾別、洗浄した後、50?60℃で減圧乾燥し、黒褐色微粉末を得た。この黒褐色微粉末の粒度分布をコールターカウンターで測定したところ、4.0μm以下の成分が個数%で45.7%、16μm以上の成分が重量%で8.9%、個数平均径が3.9μm、重量平均径が7.7μmであった。この黒褐色微粉末を荷電制御剤Cとする。」

摘記1d:段落0073
「【0073】比較例1
実施例1において、荷電制御剤Aの代りに保土谷化学工業社製アンゼンカラーT-77を用いたこと以外は、実施例1と同様にして現像剤を得、画像テストを行なった。初期画像は、カブリのない鮮明な画像が得られたが、2万枚頃から、カブリのある不鮮明な画像になり感光体表面にはトナーのフィルミングが見られた。また、35℃、90%RHの高湿環境下で画像テストを行なったところ、画像濃度が0.85と低く、カブリのある不鮮明な画像が得られた。また、実施例1と同様に帯電量を測定したところ、初期の帯電量は-18.4μC/gであったが、2万枚後には-7.7μC/gと低下していた。なお、実施例1及び比較例1における現像剤の帯電量の推移は、図1で示される。」

摘記1e:段落0089?0091
「【0089】実施例7
ポリエステル樹脂(ルナペール1447:荒川化学社製) 100部
キャンデリラワックス102(野田ワックス社製) 5部
カーボンブラック 10部
荷電制御剤C 3部
例示化合物3 0.5部
【0090】上記組成の原料混合物を実施例1と同様に、溶融混練、冷却、粉砕、分級して、5?25μmの粒径のトナーを得た。このトナー2.5部に対し、シリコーン樹脂を被覆したキャリアE97.5重量部をボールミルで混合し、現像剤を得た。
【0091】次に、上記現像剤を実施例1で用いた複写機(FT7570)にセットし、画像テストを行なったところ、実施例1と同様、忠実度の高い良好な画像が得られ、その画像は12万枚画像出し後も変わらなかった。また、トナーの帯電量をブローオフ法で測定したところ、初期の帯電量は-26.1μC/gであり、12万枚ランニング後におけるトナーの帯電量は-20.6μC/gと初期値とほとんど差がなかった。また、35℃、90%RHという高湿環境下、及び10℃、15%RHという低湿環境下でも、常湿と同等の画像が得られた。更に、感光体へのトナーフィルミングもなかった。」

摘記1f:段落0095
「【0095】【発明の効果】請求項1の静電荷像現像用負帯電性トナーは、微粉側成分を含む特定の粒度分布を有する含鉄アゾ染料からなる荷電制御剤を使用したことから、負極性の安定した摩擦帯電性を示し、また、バインダー樹脂への分散性が良好で、環境安定性に優れている。そのため、本トナーによると、連続複写後も初期画像と同等の品質を示す画像が得られる。」

(2)甲第2号証:特開昭61-155464号公報
本件特許出願の優先日前の昭和61年7月15日に頒布された刊行物である甲第2号証には、次の記載がある。

摘記2a:第2頁左下欄第16行?第3頁左上欄第7行
「本発明の第1の発明は、次式
(以下余白)

(式中、X_(1)およびX_(2)は水素原子、低級アルキル基、低級アルコキシ基、ニトロ基またはハロゲン原子を表わし、X_(1)とX_(2)は同じであっても異なっていてもよく、mおよびm’は1?3の整数を表わし、R_(1)およびR_(3)は水素原子、C_(1?18)のアルキル、アルケニル、スルホンアミド、メシル、スルホン酸、カルボキシエステル、ヒドロキシ、C_(1?18)のアルコキシ、アセチルアミノ、ベンゾイルアミノ基またはハロゲン原子を表わし、R_(1)とR_(3)は同じであっても異なっていてもよく、nおよびn’は1?3の整数を表わし、R_(2)およびR_(4)は水素原子またはニトロ基を表わし、A^(+)は水素イオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、アンモニウムイオンを表わす。)で表わされる金属錯塩化合物であり、第2の発明は、上記一般式(1)で表わされる金属錯塩化合物を荷電制御剤および着色剤として含有する電子写真用現像粉である。」

摘記2b:第4頁左上欄第3行?左下欄第2行
「実施例1 14.4部の4-クロロ-2-アミノフェノールを26部の濃塩酸および水400部と共にかきまぜた後、氷冷し0?5℃とし、亜硝酸ナトリウム6.9部を加え、同温で2時間かきまぜてジアゾ化した。このジアゾ化物を0?5℃で水300部、10部の水酸化ナトリウムおよび29.3部の3-ヒドロキシ-2-ナフト-O-アニシジッドの混合液に注入しカップリング反応を行った後、次の構造式を有するモノアゾ化合物を単離した。

このモノアゾ化合物のペーストを120部のエチレングリコールに溶解し、5部の水酸化ナトリウムおよび8.5部の塩化第二鉄を加え、110?120℃で3時間かきまぜ金属化を行った後、常温まで冷却し、析出した生成物をロ別し50?60℃減圧乾燥して下記式で示される黒褐色微粉末の鉄錯塩化合物45部を得た。

この鉄錯塩化合物をジメチルホルムアミドに溶解させると黒褐色(最大吸収波長450nm)を呈した。
トナーの製造: スチレン-アクリル共重合系樹脂100部にカーボンブラック7部と前記合成した鉄錯体化合物1.2部を加え、よく混合後、加熱溶融させて冷却後ボールミル中で粉砕して負帯電する微細な現像粉を得た。」

(3)甲第4号証:平成27年11月16日付け実験成績証明書(1)
甲第4号証には、次の記載がある。

摘記4a:第1頁第8行?第2頁3行
「1.実験の目的
この実験は、特開平7-114218号公報の段落0057に記載される「荷電制御剤C」について、その電気伝導度を確認することを目的として行われたものである。
…4.実験の方法および実験の結果
〔試料の調製〕
アイゼンカラーT-77の50gをエチレングリコール120gに加え、温度100℃に加熱し、充分に溶解させた後、室温(22℃)になるまで冷却放置し、結晶を析出させた。
析出した結晶をヌッチェにより減圧濾過し、エタノール120mlで洗浄し、更に、電気伝導度10μS/cmのイオン交換水120mlで洗浄した後、乾燥して結晶を得た。
〔電気伝導度測定用液の調製〕
この乾燥結晶1.5gを、中央に攪拌機を備え、温度計及び冷却管を設置した3つ口フラスコに投入し、電気伝導度10μS/cmのイオン交換水150mlに加え、攪拌機により10分間撹拌した。その後、オイルバスを用いて撹拌しながら沸騰するまで加熱した。沸騰後、15分間撹拌、加熱を継続した。温度は98℃を維持した。15分間経過後、加熱を中止し、室温(22℃)まで撹拌しながら冷却した。冷却後、ヌッチェを用いて減圧濾過し、濾液を得た。
上記のようにして得られた濾液に電気伝導度10μS/cmのイオン交換水を加えて総量が150mlになるように調整して電気伝導度測定用液を調製した。
〔電気伝導度の測定〕
上記の電気伝導度測定用液について、電気伝導度計「DDS-11A」(YOKE Instrument社製)により電気伝導度を測定したところ、19.4μS/cmであった。」

(4)甲第5号証:平成27年11月16日付け実験成績証明書(2)
甲第5号証には、次の記載がある。

摘記5a:第1頁第8行?第2頁22行
「1.実験の目的
実験(1)は、特開昭61-155464号公報の第4頁左上欄乃至左下欄に記載される「実施例1」の鉄錯塩化合物について、その電気伝導度を確認することを目的として行われたものである。
実験(2)は、上記実験(1)の〔試料の調製〕における洗浄を、電気伝導度11μS/cmのイオン交換水100mlの代わりに、電気伝導度11μS/cmのイオン交換水600mlで行った場合に得られる試料について、その電気伝導度を確認することを目的として行われたものである。
…4.実験の方法および実験の結果
4-1 実験(1)
〔試料の調製〕
144gの4-クロロ-2-アミノフェノールを、26gの濃塩酸及び電気伝導度11μS/cmのイオン交換水400gを入れた、攪拌機及び温度計を備えた3つ口フラスコに室温(22℃)で投入し、撹拌混合した後、温度3℃に冷却した。その後、亜硝酸ナトリウム6.9gを添加し、更に温度3℃にて2時間攪拌を継続しジアゾ化させた。
得られたジアゾ化合物を、電気伝導度11μS/cmのイオン交換水300gに水酸化ナトリウム10gと3-ヒドロキシ-2-ナフト-o-アニシジッド29.3gとを添加混合した混合液を入れた攪拌機及び温度計を備えた3つ口フラスコに、3℃の温度条件で注入してカップリング反応を行い、モノアゾ化合物を得た。
このモノアゾ化合物をヌッチェにて減圧濾過して単離し、これを120gのエチレングリコールに溶解させた。この溶液を、攪拌機と温度計を備えた3つ口フラスコに投入し、更に、5gの水酸化ナトリウム及び8.5gの塩化第二鉄を加え、撹拌しながら温度115℃まで加熱し、115℃の温度条件にて3時間攪拌を継続して金属化を行った。次いで室温(19℃)まで冷却し、析出した結晶をヌッチェにて減圧濾過し、電気伝導度11μS/cmのイオン交換水100mlにて洗浄した後、減圧乾燥して結晶を得た。
〔電気伝導度測定用液の調製〕
得られた乾燥結晶1.5gを、中央に攪拌機を備え、温度計及び冷却管を設置した3つ口フラスコに投入し、電気伝導度11μS/cmのイオン交換水150mlに加え、攪拌機により10分間撹拌した。その後、オイルバスを用いて撹拌しながら沸騰するまで加熱した。沸騰後、15分間撹拌、加熱を継続した。温度は98℃を維持した。15分間経過後、加熱を中止し、室温(18℃)まで撹拌しながら冷却した。冷却後、ヌッチェを用いて減圧濾過し、濾液を得た。
上記のようにして得られた濾液に電気伝導度11μS/cmのイオン交換水を加えて総量が150mlになるように調整して電気伝導度測定用液を調製した。
〔電気伝導度の測定〕
上記の電気伝導度測定用液について、電気伝導度計「DDS-11A」(YOKE Instrument社製)により電気伝導度を測定したところ、15.7μS/cmであった。
4-2 実験(2)
上記実験(1)の〔試料の調製〕における洗浄を、電気伝導度11μS/cmのイオン交換水100mlの代わりに、電気伝導度11μS/cmのイオン交換水600mlで行ったこと以外は、上記実験(1)と同様にして結晶を得た。
そして、得られた結晶を用いて、上記実験(1)の〔電気伝導度測定用液の調製〕及び〔電気伝導度の測定〕と同様にして電気伝導度測定用液を調製し、電気伝導度を測定したところ、16.2μS/cmであった。」

2 乙号証及びその記載事項
(1)乙第1号証:JIS K 0211
乙第1号証には、次の記載がある。

摘記a1:第1頁
「日本工業規格 JIS
分析化学用語(基礎部門) K2011-1987…
1.適用範囲 この規格は,分析化学に用いる主な用語のうち基礎的なものを定め,その意味について規定する。
2.分 類 用語の分類は,次のとおりとする。
(1)一般
(2)試料…
(3)分析方法…
(4)現象・特性…
(5)試薬
(5.1)標準物質
(5.2)指示薬
(5.3)一般試薬
(6)装置・器具…
(7)操作
(8)データの処理…
3.用語及び意味 番号,用語及び意味は,次のとおりとする。」

摘記a2:第18頁
「(5.3)一般試薬
────┬──────┬────────────────────┬─
番 号 │ 用 語 │ 意 味 │…
────┼──────┼────────────────────┼─

────┼──────┼────────────────────┼─
1537│イオン交換水│イオン交換装置を用いて精製し,所定の条件│-
│ │を満足する水。JISK0500参照。 │
────┼──────┼────────────────────┼─


摘記a3:第25及び27頁
「(7)操作…
────┬──────┬────────────────────┬─
番 号 │ 用 語 │ 意 味 │…
────┼──────┼────────────────────┼─
1721│煮 沸 │液体を加熱して沸騰を続ける操作。 │…
────┼──────┼────────────────────┼─


(2)乙第2号証:JIS K 0050
乙第2号証には、次の記載がある。

摘記b1:第1及び3頁
「日本工業規格 JIS
化学分析方法通則 K0050-1991…
1.適用範囲 この記載は,化学分析を行う場合の共通的な事項について規定する。…
7.3 水 分析に用いる水は,蒸留法若しくはイオン交換法によって精製した水又は逆浸透法,蒸留法,イオン交換法などを組み合わせた方法によって精製した水とする。ただし,必要がある場合には,個別規格で規定する。」

摘記b2:第17?18頁
「JISK0050-1991
化学分析方法通則 解説
この解説は,本体に規定した事柄,及びこれに関連した事柄を説明するもので,規格の一部ではない。…
7.3 水
(1)改正前の規格では,水として,蒸留法及びイオン交換法で精製した水を規定していたが,近年逆浸透法,蒸留法,イオン交換法など各種精製法を組み合わせた方法(例えば,蒸留-蒸留,蒸留-イオン交換,逆浸透-活性炭吸着-イオン交換-ろ過などの組合せ)によって精製した水も一般に使われるようになってきたので,改正に当たっては,これら各種精製方法を組み合わせた方法を新たに追加して規定した。
一般に,蒸留法では,電気伝導度が2?10μS/cm(25℃)程度,イオン交換法では,0.1?1μS/cm(25℃)程度の水が得られ,また,逆浸透-活性炭吸着-イオン交換-ろ過を組み合わせた方法では,水の理論電気伝導率[0.055μS/cm(25℃)]に近い水が得られる。」

(3)乙第3号証:JIS K 0557
乙第3号証には、次の記載がある。

摘記c1:第1?2頁
「日本工業規格 JIS
用水・排水の試験に用いる水 K0577:1998…
1.適用範囲 この規格は,工業用水及び工場排水などの試験に使用する水の種別,基本的項目,質及びその試験方法について規定する。…
4.種別及び質 水の種別をA1?A4に分類し,その質を表1のように規定する。ただし,これは水の質を表す代表的な項目,質を規定したものであり,試験目的及び方法によって項目の選択又は追加を行っても良い(備考1.参照)。
表1 種別及び質
┌──────────┬────────────────────┐
│ 項目(1) │ 種類及び質 │
│ ├─────┬────────┬──┬──┤
│ │ A1 │ A2 │A3│A4│
├──────────┼─────┼────────┼──┼──┤
│電気伝導率mS/m(25℃)│0.5以下│0.1(^(2))(^(3))以下│ … │ … │
├──────────┼─────┼────────┼──┼──┤

2.A1?A4の水の用途及び精製方法は,一般に次のようなものである。
-A1の水は,器具類の洗浄及びA2?A3の水の原料に用いる。…
-A2の水は,一般的な試験及びA3?A4の水の原料などに用いる。…
-A3の水は,試薬類の調製,微量成分の試験などに用いる。…
-A4の水は,微量成分の試験などに用いる。」

(4)乙第8号証:陳述書 平成28年2月8日 大久保正樹
乙第8号証には、次の記載がある。

摘記d1:第1?2頁
「T-77は鉄錯塩化合物(例えば、特開昭61-155464号公報の実施例1に記載の鉄錯塩化合物)で、従来は、染料の一種として用いられていた化合物でした。…
当社では、従来から、上述の鉄錯塩化合物を「T-77」という製品名で販売しており、「アイゼンカラーT-77」という製品名で販売したことはないと思います。…
資料1は、T-77の仕様を変更する前の品質規格を定めたもので、改定日は1998年12月24日となっています。資料2は、本件特許発明に基づきT-77の仕様を変更した後の品質規格を定めたもので、2000年9月27日に制定されています。」

(5)乙第11号証:陳述書 平成28年3月4日 大久保正樹
乙第11号証には、次の記載がある。

摘記e1:第1?2頁
「イオン交換水自体が、およそ1μS/cm程度の電気伝導度を有することは、電気伝導度を測定する者であれば知っている事項です。このため、イオン交換水を用いて電気伝導度の測定を行う場合(とりわけ、数十、百数十μS/cm程度の電気伝導度を測定する場合)には、イオン交換水自体の電気伝導度への寄与を無くすために、ブランクをとるという手法が当然に用いられています。ブランクはイオン交換水自体の電気伝導度の値ですから、これを測定値から差し引けば電荷制御剤自体の電気伝導度が求められます。
本件特許明細書の実施例に記載した実験には、当時私も参加していました。この実験では、サンプルとして金属錯塩化合物をイオン交換水に分散させて煮沸したものの電気伝導度を測定したのに加えて、これに対応したブランクとしてイオン交換水だけを煮沸したものを測定していました。本件特許明細書の実施例に記載されている電気伝導度は、ブランクの電気伝導度を差し引いた値です。」

(6)乙第12号証:JIS K 0130(1995年版)
乙第12号証には、次の記載がある。

摘記f1:第1及び3?4頁
「日本工業規格 JIS
電気伝導率測定方法通則 K0130-1995…
1.適用範囲 この規格は,電解質水溶液及び水(河川水,海水,雨水,蒸留水,脱イオン水など)の5μS/m?200S/m{0.05μS/cm?2.00S/cm(25℃)}の範囲の電気伝導率の測定方法について規定する。
備考1.…mS/mの単位で表した数値を10倍するとμS/cmの単位で表した数値となる。…
6.準備
6.1 塩化カリウム標準液の調製(^(9))…
表2 塩化カリウム標準液(A?D)の電気伝導率(^(10))
単位mS/m
─────────┬─────────────────────
塩化カリウム標準液│ 温度(℃)
├─────┬─────┬─────────
│ 0 │ 18 │ 25
─────────┼─────┼─────┼─────────
A │ … │ … │11194
─────────┼─────┼─────┼─────────
B │ … │ … │ 1286
─────────┼─────┼─────┼─────────
C │ … │ … │ 140.9
─────────┼─────┼─────┼─────────
D │ … │ … │ 14.69
─────────┴─────┴─────┴─────────

参考表1 塩化カリウム標準液(E)の電気伝導率
─────────┬─────────┬───────────
塩化カリウム標準液│ ℃ │ mS/m
─────────┼─────────┼───────────
E │ 25 │ 1.49
─────────┴─────────┴───────────


摘記f2:第9及び22頁
「JISK0130-1995
電気伝導率測定方法通則 解説
この解説は,本体に規定した事柄,参考に記載した事柄及びこれらに関連した事柄を説明するもので,規格の一部ではない。…
塩化カリウム標準液の調製に用いた水の電気伝導率の補正は,塩化カリウム標準液(A?C)を用いるときは不要であるが,塩化カリウム標準液(D及びE)を用いるときは,誤差を生じるので,補正することが必要である。」

(7)乙第12号証の2:JIS K 0130(2008年版)
乙第12号証の2には、次の記載がある。

摘記f3:第1及び6?7頁
「日本工業規格 JIS K0130:2008
電気伝導率測定方法通則
1 適用範囲 この規格は,電解質水溶液及び水(河川水,海水,雨水,蒸留水,脱イオン水など)の5μS/m?200S/mの範囲の電気伝導率の測定方法について規定する。…
なお,塩化カリウム標準液の調製に用いた水の電気伝導率は,別に,セル定数既知のセルを用いて測定する。セル定数既知のセルがないときは,同じセルで塩化カリウム標準液と水との両者の電気伝導度を測定し,その差を塩化カリウムによる電気伝導度としてセル定数の算出に使う。…



(8)乙第13号証:T-77の電子顕微鏡像を示す写真
乙第13号証には、次の記載がある。

摘記g1:写真の図表




(9)乙第14号証:実験成績証明書 平成28年3月4日 阿部吉彦
乙第14号証には、次の記載がある。

摘記h1:第1?2頁
「(2)電気伝導度の測定試料の調整
金属錯塩化合物乾燥品1gをイオン交換水100mlに添加し、攪拌した。次いで、加熱して15分間煮沸した。これを室温まで冷却して測定試料1とした。
金属錯塩化合物乾燥品1gをイオン交換水100mlに添加し、攪拌した。更に超音波発生装置(アズワン社製、US-4A装置)にセットし、周波数40kHz、温度20℃で20分の条件で超音波処理したものを測定試料2とした。…
6.実験結果
測定試料の電気伝導度は76μS/cmであった。同様に、測定試料2の電気伝導度は75μS/cmであった。(いずれもイオン交換水の電気伝導度1.7μS/cmのブランク値を除いた値。)」

3 本件特許明細書の記載事項
摘示A:段落0007?0008
「【0007】【発明が解決しようとする課題】本発明の目的は、従来技術の上記課題を解決し、帯電の立ち上がりが良く連続使用による繰り返し現像を行っても温度や湿度の変化に影響を受けず、長時間安定した画像を再現することのできるトナーを提供することを目的とするものである。
【0008】【課題を解決するための手段】本発明では、上記の課題を解決するために検討した結果、金属錯塩化合物をイオン交換水に分散させたときの電気伝導度を一定以下になるまでに調整したものをトナーに使用した場合、環境安定性が著しく向上し、先に述べた課題すなわち帯電の立ち上がりを早め、帯電性能を安定化させて、画像濃度が顕著に安定することを見出した。複写速度の高速化に耐えうる安定した且つ狭い管理幅が要求される電荷制御剤の品質水準を維持するため上記のような方法を採用することは全く新規なものである。」

摘示B:段落0013?0014
「【0013】本発明者らが検討したところ、従来使用されている金属錯塩化合物を水に分散させた時の電気伝導度が110μS/cmを超えている金属錯塩化合物を含有するトナーよりも、電気伝導度が110μS/cm以下である金属錯塩化合物を含有するトナーの方が、瞬時に適正帯電を保持し、環境安定性、特に高温高湿時において長期間放置状態でも摩擦帯電性能が劣化せずに安定した画像濃度を保持出来るなど、顕著な優位性があることを見出した。
【0014】通常電気伝導度を大きくする物質としてはアンモニウム塩、アルカリ塩などの無機塩類の混入が考えられるが、本発明者らの知見によれば、本発明で測定される電気伝導度の数値は必ずしも金属錯塩化合物へのそれら無機塩類の混入量に比例するものではなく、様々な要因を含めた結果として現れるものであると考えられる。
しかしそれらの要因の解明は本発明者らの目的とするものではない。本発明者らは金属錯塩化合物をイオン交換水に1重量%分散させたときの電気伝導度と安定した画像濃度との間に強い相関関係があることを見出すことにより本発明を完成したのである。
すなわち、電荷制御剤とは静電荷現像用トナーに対し安定した静電荷を付与する働きを持つものと定義されるが、該金属錯塩化合物の中に反応副成物として生じた無機塩類が一定量以上存在する場合、湿度環境下における無機塩類の影響が無視できなくなり、高湿度環境下ではもちろんのこと、常湿環境下においても長期ランニングでは画像安定を欠くと云う電荷制御剤としての性能を維持できない問題が生じるわけである。電荷制御剤中に存在する無機塩量は、電荷制御剤の体積抵抗率をも変化させるが、電荷制御剤の体積抵抗率と画像安定性とは必ずしも相関するわけではない。これは電荷制御剤を静電荷現像用トナーとして使用する場合、電荷制御剤表層に存在する無機塩が画像安定性に著しい影響を与える為と考えられる。すなわち電荷制御剤の体積抵抗率は電荷制御剤内部の無機塩量によっても変化するが、画像安定性を支配する無機塩は電荷制御剤中のごく表層に存在するものだけである為である。従って同理由により、電荷制御剤中の化学的な無機塩量定量においても、実質的に画像性を支配する電荷制御剤表層の無機塩量を測定しているわけではないため、画像安定性との相関は明確ではない。本発明では金属錯塩化合物をイオン交換水に1重量%分散させたときの電気伝導度を測定することにより、電荷制御剤表層の無機塩量のみを測定することが可能となり、この電気伝導度を一定範囲に制御することで優れた画像安定性の得られる電荷制御剤を提供することが可能となったわけである。」

摘示C:段落0018?0020
「【0018】 上記化合物は公知の方法により製造することが出来る。例えば化合物(1)は4-クロル-2-アミノフェノールをジアゾ化し、ナフトールASにカップリングして得たモノアゾ化合物を公知の方法で鉄錯塩化し、得られた鉄錯塩のアルカリ金属塩を、アンモニア(水)又は各種アンモニウム塩で処理すると、対イオンとしてアンモニウム、アルカリ、水素イオンとなる混合カチオンの化合物が得られる。このようにして得られる化合物は通常のヌッチェ等の濾過機での洗浄ではイオン交換水に分散させたときの電気伝導度を向上させる要因となるものが残存し、本発明の目的とする金属錯塩化合物を得ることは困難である。又そのようにして得られた金属錯塩化合物をトナーに含有させたときには画像濃度に悪影響を与えてしまい、課題の解決には至らない。
【0019】本発明の目的を達成するため、上記化合物をイオン交換水に1重量%分散させたときの電気伝導度が110μS/cm以下に調製する方法としてはフィルタープレスのように大きな圧力をかけて濾過する方法や、遠心濾過のように大きなGをかけて濾過する方法、即ち充分に水などの反応溶媒を搾る方法、更に水洗などをより十分な水を用いて行うか、又はこれらの操作を繰り返して行うか、これらを併用して行う方法、更には逆浸透膜、半透膜を用い電気伝導度を110μS/cm以下に調製する方法等が有効である。通常本発明の目的を達成するためには、遠心濾過機を使用した場合、得られる化合物に対して20?30倍の洗浄水量の分割又は一括の使用が有効であるが、特に25倍以上の使用が望ましい。又、該金属塩化合物が可溶な有機溶媒にこれを溶解し、更に水中に投入させることにより結晶を析出させるといった、いわゆる晶析操作などの化学的精製も有効である。
【0020】電気伝導度の測定方法は例えば次のようにして行う。
金属錯塩化合物乾燥品1.5gをイオン交換水150mlに分散して、15分間煮沸する。流水により、室温まで冷却後、5A濾紙で濾過する。この濾液について蒸出水はイオン交換水で150mlに調整し、電気伝導度計(HORIBA導電率メーターES-14)で測定する。」

摘示D:段落0100?0101
「【0100】【発明の実施の形態】以下実施例においてさらに詳細に説明する。
[製造例1]公知の方法で金属錯塩化、対イオン化した化合物(1)をフィルタープレスにより濾過・水洗を行い、乾燥して目的とする金属化合物を得た。20メッシュの篩を通して粒径を整えトナー中に混合可能な状態とした。
[製造例2]公知の方法で金属錯塩化、対イオン化した化合物(1)を遠心濾過機により濾過・水洗を行い、乾燥した。20メッシュの篩を通して粒径を整えトナー中に混合可能な状態とした。
【0101】[実施例1]水に分散させたときの電気伝導度が75μS/cmである製造例1で製造した化合物(1)を使用した場合の例
スチレン-アクリル系共重合体 92重量部
(三洋化成製、TB-1000)
カーボンブラック 5重量部
ワックス 2重量部
化合物(1) 1重量部
上記の組成で加熱ニーダにてスチレン-アクリル系共重合体を溶融せしめ全体を混合したのち、冷却しハンマーミルにて粗粉砕し、ついでジットミルにて粉砕した。得られた微粉体を、気流式精密分級装置にて分級し、平均粒径6.5μmのトナーを得た。得られたトナーを約200メッシュの鉄粉キャリアと1:25(トナー:鉄粉キャリア)の重量比で混合し現像剤を調製した。次にこの現像剤を使用して現像装置により画像濃度を確認した所、30℃、80%RHの高温高湿及び10℃、30%RHの低音低湿環境下でも常温常湿環境下での複写と同等の画像品質が得られた。また、カブリやトナー飛散も認められなかった。画像濃度は1.45±0.05を維持していた。」

摘示E:段落0106?0108
「【0106】実施例1?3と比較例1?2の他に化合物(1)を水に分散させたときの電気伝導度と画像濃度の結果を表1に示した。
【0107】【表1】

【0108】【発明の効果】表1から明らかなように、イオン交換水に1重量%分散させたときの電気伝導度が110μS/cm以下である金属錯塩化合物を含有する静電荷像現像用トナーは、安定した画像が得られ、環境安定性に優れている。」

第6 当審の判断
1 無効理由1(特許法第36条第6項第2号)について
(1)請求人が主張する無効理由
請求人が本件について主張する無効理由1の具体的な内容は、上記『第3 2(1)』の(ア)?(エ)の4つに整理されたとおりのものである。

(2)明確性要件について
一般に『法36条6項2号は,特許請求の範囲の記載に関し,特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨規定する。同号がこのように規定した趣旨は,仮に,特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には,特許の付与された発明の技術的範囲が不明確となり,第三者に不測の不利益を及ぼすことがあり得るので,そのような不都合な結果を防止することにある。そして,特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載だけではなく,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願当時における技術的常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきことはいうまでもない。』とされている〔平成21年(行ケ)第10434号判決参照。〕。
そこで、上記の観点から明確性要件の適否について検討する。

(3)本件特許発明の明確性要件の適否について
ア 本件請求項1の「電気伝導度」について
本件請求項1の記載は、上記『第2』に示したとおりであって、本件請求項1に記載された発明は「当該金属錯塩化合物をイオン交換水に1重量%分散させたときの電気伝導度が110μS/cm以下であること」という事項を発明特定事項として含むものである。
そして、本件特許明細書の段落0020(摘示C)には「電気伝導度の測定方法は例えば次のようにして行う。金属錯塩化合物乾燥品1.5gをイオン交換水150mlに分散して、15分間煮沸する。流水により、室温まで冷却後、5A濾紙で濾過する。この濾液について蒸出水はイオン交換水で150mlに調整し、電気伝導度計(HORIBA導電率メーターES-14)で測定する。」との説明がなされている。
すなわち、本件特許発明の「金属錯塩化合物をイオン交換水に1重量%分散させたときの電気伝導度」とは、具体的には「金属錯塩化合物乾燥品1.5gをイオン交換水150mlに分散して、15分間煮沸」した後に「室温まで冷却後、5A濾紙で濾過」した「濾液」について電気伝導度計で測定したものと解される。

イ 「イオン交換水」
請求人は『(ア)分散媒体である「イオン交換水」そのものが多少なりとも電気伝導度を示すものであるので、本件特許発明における「イオン交換水に1重量%分散させたときの電気伝導度が110μS/cm以下」という文言は、電荷制御剤それ自体についての特性を規定するものとはいえず、「イオン交換水」が如何なるものであるかが不明であり、更に、このイオン交換水が如何なるものであるかが不明であることにより、「110μS/cm以下」とされている電荷制御剤それ自体の電気伝導度の値を特定することができない。』と主張している。
しかしながら、乙第1号証(JIS K 0211)の第18頁(摘記a2)の番号1537には、用語「イオン交換水」が「イオン交換装置を用いて精製し、所定の条件を満足する水。JIS K 0050参照。」の意味であることが記載されており、乙第2号証(JIS K 0050)の第18頁(摘記b2)の『7.3(1)』には「電気伝導度が…イオン交換法では,0.1?1μS/cm(25℃)程度の水が得られ」との記載がなされている。
してみると、本件請求項1に記載された「イオン交換水」とは「イオン交換装置を用いて精製し、所定の条件(25℃で電気伝導度が0.1?1μS/cm程度)を満足する水」を意味することが明らかであり、当該「イオン交換水」という発明特定事項が不明確であるとはいえない。
また、本件優先日前の乙第12号証(JIS K0130-1995)の第22頁(摘記f2)には、調製に用いた水の電気伝導率の補正は、塩化カリウム標準液A?C(電気伝導率が140.9?11134mS/m程度)を用いるときは不要であるが、塩化カリウム標準液D及びE(電気伝導率が1.49?14.69mS/m程度)を用いるときは、誤差を生じるので、補正することが必要であることが記載されている。してみれば、測定される電気伝導度の大きさ(乙第12号証では14.69mS/m=146.9μS/cm以下の場合)などを勘案して、調製に用いた水それ自体の電気伝導度に起因する誤差を、有効桁数などの必要な精度に応じて「補正」することは、その補正手段の具体的な内容も含めて本件出願当時の技術常識になっていたものと認められる。
そして、例えば、乙第11号証(陳述書)の第1頁(摘記e1)には「百数十μS/cm程度の電気伝導度を測定する場合…イオン交換水自体の電気伝導度…を測定値から差し引けば電荷制御剤自体の電気伝導度が求められます」との説明がなされているところ、乙第12号証にある「補正」とは、典型的には『用いた水それ自体の電気伝導度を測定値から差し引くこと』を意味すると解され、このことは乙第12号証の規格を改訂した乙第12号証の2(JIS K0130-2008)の第7頁(摘記f3)の、塩化カリウム標準液と水との両者の電気伝導度を測定し、その差を塩化カリウムによる電気伝導度として使うという旨の記載からも是認できる。
してみると、用いる「イオン交換水」の電気伝導度に起因する若干の誤差については、測定される電気伝導度の誤差が懸念される場合(例えば、測定対象の電気伝導度が100μS/cm以下の小さい場合や、用いるイオン交換水それ自体の電気伝導度が1μS/cm以上の大きい場合など)に、測定者が必要に応じて誤差の「補正」を行うというのが本件出願当時の技術常識であったといえるから、上記「電荷制御剤それ自体の電気伝導度の値を特定することができない」ということはない。
したがって、本件特許発明における「イオン交換水」及び「電荷制御剤それ自体の電気伝導度の値」について、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確な点があるとは認められない。

ウ 「分散」
請求人は『(イ)本件特許の請求項1には、金属錯塩化合物の「分散」の条件、または「分散させたとき」の状態について、何も規定されていないので、「分散させたときの電気伝導度」の意味が不明確である。』と主張している。
また、この点に関連して、請求人は、審判事件弁駁書の第5頁第3行?第6頁第10行、及び口頭審理陳述要領書の第4頁第14行?第5頁第5行において、請求人が不明確であると指摘している事項は、用語「分散」の意味ではなく、具体的には「イオン交換水中に金属錯塩化合物が散在する混合物の系」における「イオン交換水中に散在する金属錯塩化合物の具体的な散在の状態」についてであり、散在する微粒子がどの程度の粒子径を有するものであるか、当該粒子が単位粒子なのか、あるいは単位粒子が凝集した二次粒子なのかが不明であり、測定によって得られる電気伝導度の値が技術的に如何なる意義を有するものであるかが不明である、と主張している。
しかしながら、本件請求項1に記載された「当該金属錯塩化合物をイオン交換水に1重量%分散させたときの電気伝導度」について、本件特許明細書の段落0020(摘示C)には「金属錯塩化合物乾燥品1.5gをイオン交換水150mlに分散して、15分間煮沸」した後に「室温まで冷却後、5A濾紙で濾過」した「濾液」について電気伝導度計で測定したものであることが説明されている。すなわち、本件特許発明の「金属錯塩化合物をイオン交換水に1重量%分散させたときの電気伝導度」は、具体的には分散物を15分間煮沸した後に濾過した「濾液」について測定された電気伝導度であって、そのような「濾液」について測定される電気伝導度が、イオン交換水中に散在する金属錯塩化合物の「具体的な散在の状態」によって、直接影響を受けるという根拠は見当たらない。
また、散在する微粒子の状態について、被請求人は、上申書(2)の第4頁第12行?第6頁第3行において、合成反応で得られたウェットケーキの凝集体は、乙第13号証の電子顕微鏡像に示されるように、非常にゆるい結合で凝集したものであり、分散条件に依らず、容易に本来の粒径の粒子(単位粒子)にまでほぐれる、という旨の説明をしている。すなわち、上記「イオン交換水中に散在する金属錯塩化合物の具体的な散在の状態」が「単位粒子」の状態にあることは乙第13号証によって具体的に裏付けられているのに対して、これが「凝集した二次粒子」であるかもしれないといえることについては具体的な裏付けが見当たらない。
さらに、散在の状態の違いによって、その「濾液」について測定される電気伝導度の測定結果に誤差を超える変動が生じるといえる具体的な根拠は見当たらず、微粒子を分散をした場合に、その電気伝導度の測定結果に許容範囲を逸脱する誤差が生じるといえる具体的な根拠も見当たらない。
加えて、乙第14号証(実験成績証明書)の第2頁(摘記h1)には、金属錯体化合物の粒子を「散在の状態」にさせるための分散方法として「15分間煮沸」を採用した場合の測定試料1の電気伝導度が76μS/cmであり、これとは全く異なる分散方法である「20分の超音波処理」を採用した場合の測定試料2の電気伝導度が75μS/cmであったという実験結果が示されている。すなわち、この実験結果は、散在する微粒子の状態の違いにより、電気伝導度が変動するとはいえない旨を示唆しているといえる。
してみると、分散方法が全く異なる場合であっても、測定される電気伝導度の値に格段の差が生じ得ないことが乙第14号証によって実験的に裏付けられているので、本件特許明細書に記載された「15分間煮沸」がなされた後の「濾液」について測定される本件請求項1に記載された「当該金属錯塩化合物をイオン交換水に1重量%分散させたときの電気伝導度」の値が、第三者に不測の不利益を及ぼす程度の変動を生じるとは認めれない。
したがって、本件特許明細書の段落0020に記載されるとおりの条件に従う分散方法を採用した場合に、その測定される「電気伝導度」の値に誤差を超える実質的な変動が生じるとは認められないから、本件請求項1に記載された「電気伝導度」が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえない。

エ 「電気伝導度」の原因物質
請求人は『(ウ)本件特許の請求項1には、「電気伝導度」の測定対象が具体的に規定されておらず、当該サンプルがイオン交換水に分散されたときに測定される電気伝導度は、「一般式(3)で表される金属錯塩化合物」に含有されるイオン生成性不純物によるもの、とも解されるので、「電気伝導度」を生ずる原因物質が不明であり、「電気伝導度」の意味が不明である。』と主張している。
しかしながら、電気伝導度の「原因物質」が具体的に特定されずとも本件請求項1に記載された「電気伝導度」を測定することは、上記『第6 1(3)ア』に示したとおり可能であるから、このことにより「電気伝導度」が明確でないとはいえない。
そして、当該「原因物質」が不明であることによって、本件請求項1に係る発明が明確ではなくなるとすべき特段の事情は見当たらない。
したがって、本件請求項1の記載に、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確な点があるとは認められない。

オ 「電気伝導度」の測定方法
請求人は『(エ)本件特許明細書の段落0020の記載から、電気伝導度の測定のためには「煮沸」による処理が必須のことと解されるが、本件特許の請求項1には、「煮沸」の具体的な条件について何も規定されていないので、「電気伝導度」の意味が不明確である。』と主張している。
しかしながら、その「煮沸」とは、乙第1号証の第27頁(摘記a1)の番号1721に示されるように「液体を加熱して沸騰を続ける操作」を意味するところ、本件特許発明の「煮沸」の具体的な条件とは、本願明細書の段落0020(摘示C)の「15分間煮沸」との記載にあるとおり『液体の加熱を15分間続ける操作』を意味することは明らかである。
したがって、本件請求項1の記載に、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確な点があるとは認められない。

カ 上申書(3)の主張
請求人は、上申書(3)の第2頁第4行?第6頁第7行において『被請求人のいう「ブランクを測定し、控除する」手法を考慮することは、本件特許発明において、いわゆる「新規事項」を導入して本件特許発明を理解しようとすることであり、特許請求の範囲の解釈方法として到底許容されるべきことではない。』と主張している。
しかしながら、特許を受けようとする発明が明確であるか否かは「特許請求の範囲の記載」を文言どおり解釈しつつも、必要に応じて、願書に添付した「明細書の記載」を参酌し、その際には当業者の「出願当時における技術的常識」を基礎として判断されるべきものである。
そして、上申書や口頭審理陳述要領書などにおける主張に何らかの変更がなされたとしても、既にある本件出願当時の技術常識それ自体に変更がなされたわけではなく、本件特許明細書及び本件特許請求の範囲の記載に「新規事項」が導入されたわけでもない。
したがって、本件特許請求の範囲の記載、本件特許明細書の記載、及び本件出願当時の技術常識のみを基礎として、本件請求項1の記載に不明確な点がないことは上述のとおりであるから、請求人の上記主張は、採用することができない。

(4)無効理由1のまとめ
以上のとおり、本件特許の請求項1の記載は、特許を受けようとする発明が明確であるといえるから、特許法第36条第6項第2号に適合するものである。
したがって、本件特許は、特許法第36条第6項に規定する要件を満たしているから、特許法第123条第1項第4号に該当せず、無効理由1は理由がない。

2 無効理由2(特許法第36条第4項第1号)について
(1)請求人が主張する無効理由
請求人が本件について主張する無効理由2の具体的な内容は、上記『第3 2(2)』の(オ)?(キ)の3つに整理されたとおりのものである。

(2)実施可能要件について
一般に『物の発明における発明の実施とは,その物の生産,使用等をする行為をいうから(特許法2条3項項1号),物の発明については,明細書にその物を製造する方法についての具体的な記載が必要であるが,そのような記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき当業者がその物を製造することができるのであれば,上記の実施可能要件を満たすということができる。』とされている〔平成24年(行ケ)第10299号判決参照。〕。
そこで、上記の観点から実施可能要件の適否について検討する。

(3)本件特許発明の実施可能要件の適否について
ア 具体的な条件
請求人は『(オ)本件特許明細書の段落0100には、製造例1又は2として、公知の方法でフィルタープレス又は遠心濾過機により濾過・水洗を行うことが記載され、同段落0019には、水洗などをより十分な水を用いて行うか、逆浸透膜、半透膜を用いる方法等が有効であると記載されているが、「電気伝導度が110μS/cm以下」のものを得るための具体的な条件が全く不明である。』と主張している。
そして、この点に関連して、請求人は、審判事件弁駁書の第9頁第1行?第10頁第13行、及び口頭審理陳述要領書の第6頁第12行?第8頁第12行において、本件明細書の段落0019に記載された「フィルタープレス」における「大きな圧力」や「遠心濾過」における「大きなG」の具体的な条件が全く不明であり、このような周知の方法による場合には、どのような条件であっても目的とする「電気伝導度が110μS/cm以下」の金属錯塩化合物が製造されるものとは到底認めることはできない。また、甲第4号証及び甲第5号証の実験でも、本件明細書の段落0019に記載された「20?30倍の洗浄水量」を用いる必要はなく、単純な洗浄によって電気伝導度が110μS/cm以下となったので、本件特許発明を実施するために必要な具体的な条件が本件特許明細書に記載されていない、と主張している。
しかしながら、本件特許明細書の段落0019(摘示C)には「電気伝導度が110μS/cm以下」のものを得るための具体的な手段として「フィルタープレス」や「遠心濾過」などの手段が例示され、その条件として「大きな圧力」や「大きなG」が有効であること、並びに「20?30倍の洗浄水量」の使用が有効であることが記載されている。
そして、本件特許発明の「電気伝導度」は、本件特許明細書の段落0020(摘示C)に記載されるとおりの方法で測定できるところ、当該「電気伝導度」の値が本願所定の範囲になるように、上記「圧力」や「G」や「洗浄水量」などの条件を具体的に設定してみることに、当業者に期待される程度を越える過度の試行錯誤が要されるとは認められない。
また、本件特許明細書に記載された「20?30倍の洗浄水量」より低い水量でも本件特許発明の実施ができたのであれば、その水量よりも多い水量で本件特許発明が実施できることは尚更明らかであり、本件特許明細書に記載の方法と異なる方法で本件特許発明が実施できたことは、本件特許の実施可能要件の適否と関係がないことである。
したがって、本件所定の電気伝導度のものを得るための「具体的な条件が全く不明」であるとはいえず、本件特許明細書に開示された以外の条件でも本件特許発明を実施できたとしても、そのことによって本件特許発明が実施できなくなるとはいえないから、請求人の上記主張によっては、本件特許が実施可能要件を満たさないとすることはできない。

イ 電気伝導度の差
請求人は『(カ)本件特許明細書の段落0102には、実施例2として「電気伝導度が89μS/cmである製造例2の方法で製造した化合物(1)」の例が記載され、同段落0103には、実施例3として「電気伝導度が10μS/cmである製造例2の方法で製造した化合物(1)」の例が記載されているが、同じ「製造例2」の方法で製造したものの電気伝導度の値が相互に異なっており、「電気伝導度が110μS/cm以下」とするための手段が具体的に記載されていない。』と主張している。
しかしながら、実施例2と実施例3の電気伝導度に差があることと、本件特許発明が実施可能であるか否かとは関係がないことである。そして、本件特許明細書において、その実施例の各々の具体的な実施条件が詳細に記載されていないとしても、上述のとおり、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、電気伝導度を「110μS/cm以下」とするための手段として「フィルタープレス」や「遠心濾過」や「20?30倍の洗浄水量」などの具体的な手段が記載されている。
したがって、電気伝導度の差についての請求人の上記主張によっては、本件特許が実施可能要件を満たさないとすることはできない。

ウ 分散に用いられる「水」
請求人は『(キ)本件特許明細書には、実施例1、2及び3の電気伝導度が「水に分散させたときの電気伝導度」と記載されており、分散媒体が「イオン交換水」ではないので、本件特許明細書には、請求項1に対応する実施例が記載されていない。』と主張している。
しかしながら、本件特許の請求項1においては、金属錯塩化合物を分散させる水はイオン交換水であることが明確に規定されており、その規定に鑑みれば、実施例に記載された金属錯塩化合物を分散させる「水」が「イオン交換水」であることは当業者にとって自明である。
したがって、実施例中の「水」との表記を理由とした請求人の上記主張によっては、本件特許が実施可能要件を満たさないとすることはできない。

(4)無効理由2のまとめ
以上のとおり、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本件特許の請求項1に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるといえるから、特許法第36条第4項第1号に適合するものである。
したがって、本件特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしているから、特許法第123条第1項第4号に該当せず、無効理由2は理由がない。

3 無効理由3a(特許法第29条第1項第3号)について
(1)甲第1号証に記載された発明
甲第1号証の請求項1(摘記1a)、段落0029(摘記1b)、段落0057(摘記1c)、及び段落0089の「荷電制御剤C」を用いた「実施例7」の記載からみて、甲第1号証の刊行物には、
『下記一般式化1で示される含鉄アゾ染料の代表的な具体例としての「アイゼンカラー T-77」

にエチレングリコールを加え、100℃に加熱し、充分に溶解させた後、室温まで放置冷却し、析出した結晶を濾別、洗浄した後、50?60℃で減圧乾燥して得られた黒褐色微粉末の荷電制御剤C。』についての発明(以下「甲1発明」という。)が記載されている。

(2)本件請求項1に係る発明と甲1発明との対比
本件請求項1に係る発明と甲1発明とを対比する。
甲1発明の「化1で示される含鉄アゾ染料」は、本件請求項1に係る発明の「一般式(3)で表される金属錯塩化合物」において、その式中、X_(1)及びX_(2)は水素原子、低級アルキル基、低級アルコキシル基、ニトロ基又はハロゲン原子を表わし、X_(1)とX_(2)は同じであっても異なっていてもよく、m_(1)及びm_(2)は1?3の整数を表わし、R_(1)及びR_(3)は水素原子、炭素数が1?18のアルキル、アルケニル、スルホンアミド、メシル、スルホン酸、カルボキシエステル、ヒドロキシ、炭素数が1?18のアルコキシ、アセチルアミノ、ベンゾイルアミノ基又はハロゲン原子を表わし、R_(1)とR_(3)は同じであっても異なっていてもよく、n_(1)及びn_(2)は1?3の整数を表わし、R_(2)及びR_(4)は水素原子又はニトロ基を表わし、A^(+)は水素イオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン又はアンモニウムイオンを表わすものに相当する。
また、甲1発明の「荷電制御剤」は、本件請求項1に係る発明の「電荷制御剤」に相当する。
してみると、両者は「一般式(3)で表される金属錯塩化合物を含む電荷制御剤。

(式中、X_(1)及びX_(2)は水素原子、炭素数が1?4のアルキル基、炭素数が1?4のアルコキシル基、ニトロ基またはハロゲン原子を表わし、X_(1)とX_(2)は同じであっても異なっていてもよく、m_(1)およびm_(2)は1?3の整数を表わし、R_(1)およびR_(3)は水素原子、炭素数が1?18のアルキル基、炭素数が1?18のアルコキシル基、アルケニル基、スルホンアミド基、スルホンアルキル基、スルホン酸基、カルボキシル基、カルボキシエステル基、ヒドロキシル基、アセチルアミノ基、ベンゾイルアミノ基、またはハロゲン原子を表わし、R_(1)とR_(3)は同じであっても異なっていてもよく、n_(1)およびn_(2)は1?3の整数を表わし、R_(2)およびR_(4)は水素原子またはニトロ基を表わし、A^(+)は水素イオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、アンモニウムイオン、有機アンモニウムイオン又はこれらの混合物を表わす。)」に関するものである点において一致し、
金属錯塩化合物をイオン交換水に1重量%分散させたときの電気伝導度が、前者は「110μS/cm以下」であるのに対して、後者はその特定がない点において相違する。

(3)相違点について
上記相違点について検討する。
甲第1号証の刊行物には、その「アイゼンカラーT-77」という製品名の含鉄アゾ染料を含む荷電制御剤の「電気伝導度」について示唆を含めて記載がなく、甲第1号証の段落0057(摘記1c)の手順に忠実に従った方法で「荷電制御剤C」を調製した場合に、その電気伝導度が必ず110μS/cm以下の数値範囲になると解すべき事情も見当たらない。
そして、本件特許明細書の段落0107の表1に記載された例えば比較例1における『310μS/cm』のように、本件請求項1に記載された一般式(3)で表される金属錯塩化合物を含む電荷制御剤として、その電気伝導度が110μS/cmを超える場合のものが実際に存在しているので、甲1発明の「荷電制御剤C」の電気伝導度が必ず110μS/cm以下の数値範囲にあると解することもできない。
また、本件優先日の技術水準において、甲1発明の「荷電制御剤C」の「イオン交換水に1重量%分散させたときの電気伝導度」が「110μS/cm以下」という数値範囲にあると直ちに解し得る技術常識の存在も見当たらない。
してみると、本件特許の請求項1に係る発明が、甲第1号証に記載された発明であるとすることはできない。

(4)請求人の主張について
この点に関して、請求人は、審判請求書の第14頁第9行?第15頁25行において『(B)上記相違点について…トナーの製造に供される電荷制御剤は、そのようなイオン生成性不純物の含有量が少ないことが望ましいことはきわめて当然である。…そして、トナーの製造に供される電荷制御剤は、例えば製造の最終段階において実用上当然のこととして不純物除去のための「精製」が必要とされるものであり、その精製が水による洗浄によって行われることは周知の技術常識というべきことであり、…例えば、甲第1号証の段落0057には、「…析出した結晶を濾別、洗浄した後、50?60℃で減圧乾燥し…」と記載されており、…洗浄が水による洗浄であること、並びに、当該洗浄により、電荷制御剤としてイオン生成性不純物の含有割合が充分に低い状態とされたものと解され、従って、当該電荷制御剤は、本件特許発明と同様の方法で電気伝導度を測定すれば「110μS/cm以下」のものと解される。以上のとおりであるから、本件特許発明は、甲第1号証に記載された発明と実質的に同一である。』と主張している。
しかしながら、本件優先日の技術水準において、上記『トナーの製造に供される電荷制御剤は…イオン生成性不純物の含有量が少ないことが望ましいこと』がきわめて当然であるといえる具体的な根拠、並びに上記『トナーの製造に供される電荷制御剤は…その精製が水による洗浄によって行われること』が周知の技術常識といえる具体的な根拠については、甲各号証の公知刊行物を精査しても見当たらない。
このため、当該主張によっては、甲1発明の「荷電制御剤C」の「イオン交換水に1重量%分散させたときの電気伝導度」が「110μS/cm以下」という数値範囲にあると直ちに解することはできない。

また、請求人は、平成27年11月19日付けの回答書の第2頁第23行?第4頁第10行において『(い)別紙のとおり、実験成績証明書(1)(甲第4号証)を提出します。…上記の実験の結果から、甲第1号証に記載されている「荷電制御剤C」は、本件特許発明に規定されている「イオン交換水に1重量%分散させたときの電気伝導度が110μS/cm以下」という条件を満たしているものであり、このことから、当該「荷電制御剤C」が本件特許発明のすべての要件を具備し、従って、本件特許発明が甲第1号証に記載された発明であることが明らかです。』と主張している。
そして、甲第4号証の実験で用いられている「アイゼンカラーT-77の50g」という原料の入手方法について、請求人は、上申書(1)の第12頁第20?23行、及び上申書(2)の第3頁第18行?第4頁第18行において、当該原料は、甲第4号証の実験を行った中国法人が17年以上前に購入し、保管してきたものであって、購入の際の伝票類は既に廃棄され、製造ロット番号も不明であるが、長期にわたって保存した古い「T-77」であっても、実験の結果の評価が変更されるべき事情は何もない、と主張している。
しかしながら、上記中国法人は当該上申書(1)の提出日から約16年前の2000年に設立された企業であって、当該原料の入手時期を裏付ける具体的な証拠も見当たらないところ、上記中国法人が設立される前に購入できたことは社会通念上不自然なことであり、当該原料が17年以上もの長きにわたって保管されていたということも不自然なことである。また、古い「T-77」が17年以上もの保存期間を経ても無機塩類の揮発・蒸散などの物性変化を生じないといえる実験的な裏付けもない。
そして、乙第8号証(陳述書)の第1?2頁(摘記d1)には、被請求人が特開昭61-155464号公報(甲第2号証)の実施例1に記載された鉄錯塩化合物(摘記2bのナトリウム塩)を「T-77」という製品名で販売していたが、「アイゼンカラーT-77」という製品名で販売したことはなく、仮に「T-77」と「アイゼンカラーT-77」が同じであったとしても、例えば、2000年9月27日に「T-77」の品質規格の仕様変更がなされたという旨の説明がなされているところ、当該「T-77」という製品名の鉄錯塩化合物は少なくとも1回の仕様変更がなされているので、2015年8月31日?9月3日の実験日より前に入手された甲第4号証の実験で用いられている「アイゼンカラーT-77の50g」の製品仕様と、甲第1号証の出願日(1993年10月14日)より前に実施された甲第1号証の実施例7で用いられている「アンゼンカラーT-77」の製品仕様が全く同じであるとは認めらない。
このため、甲第4号証の実験で用いられている「アイゼンカラーT-77の50g」という原料が、約23年前の平成5年10月14日以前に実施された甲第1号証の実験を正しく再現するための原料として正しく入手及び保管されて、実験に供されたと直ちに認めることはできない。
さらに、甲第1号証の段落0057(摘記1c)では、荷電制御剤Cの調製方法として、結晶を「濾別、洗浄した後、50?60℃で減圧乾燥し、黒褐色微粉末を得た。」という手順を採用しているのに対して、甲第4号証の実験方法(摘記4a)では、結晶を「ヌッチェにより減圧濾過し、エタノール120mlで洗浄し、更に、電気伝導度10μS/cmのイオン交換水120mlで洗浄した後、乾燥して結晶を得た。」という手順を採用しているので、両者の実験条件は同じではない。
この点に関して、請求人は、上申書(1)の第12頁第12?15行において『実際の実験の「濾過」および「洗浄」の操作における具体的な条件を明示したものである。』と説明しているが、甲第4号証の「エタノール」を用いた洗浄など操作が、実際の実験の操作における具体的な条件を明示したにすぎない範囲のことであるといえる具体的な根拠は見当たらない。
要するに、甲第4号証の実験方法は、甲第1号証の「荷電制御剤C」の調製方法を忠実に再現しているものではないので、甲第4号証の実験成績証明書によっては、甲1発明の「荷電制御剤C」の「イオン交換水に1重量%分散させたときの電気伝導度」が「110μS/cm以下」という数値範囲にあると解することはできない。

してみると、請求人の主張及び提出した証拠方法によっては、上記相違点が実質的な差異を構成するものではないとすることはできない。

(5)無効理由3aのまとめ
以上のとおり、本件請求項1に係る発明は、甲第1号証に記載された発明であるとすることはできない。
したがって、請求人の主張及び提出した証拠方法によっては、本件特許の請求項1に係る発明が特許法第29条第1項第3号に該当するものであるということはできない。
よって、本件特許は、特許法第29条の規定に違反してなされたものではないから、特許法第123条第1項第2号に該当せず、無効理由3aには理由がない。

4 無効理由3b(特許法第29条第1項第3号)について
(1)甲第2号証に記載された発明
甲第2号証の第3頁左上欄第4?7行(摘記2a)、及び第4頁左上欄第3行?左下欄第2行(摘記2b)の「実施例1」の記載からみて、甲第2号証の刊行物には、
『14.4部の4-クロロ-2-アミンフェノールを26部の濃塩酸および水400部と共にかきまぜた後、氷冷し0?5℃とし、亜硝酸ナトリウム6.9部を加え、同温で2時間かきまぜてジアゾ化し、このジアゾ化物を0?5℃で水300部、10部の水酸化ナトリウムおよび29.3部の3-ヒドロキシ-2-ナフト-O-アニシジッドの混合液に注入しカップリング反応を行った後、モノアゾ化合物を単離し、このモノアゾ化合物のペーストを120部のエチレングリコールに溶解し、5部の水酸化ナトリウムおよび8.5部の塩化第二鉄を加え、110?120℃で3時間かきまぜ金属化を行った後、常温まで冷却し、析出した生成物をロ別し50?60℃減圧乾燥して得られた下記式で示される黒褐色微粉末

の鉄錯塩化合物からなる荷電制御剤。』についての発明(以下「甲2発明」という。)が記載されている。

(2)本件請求項1に係る発明と甲2発明との対比
本件請求項1に係る発明と甲2発明とを対比する。
甲2発明の「下記式で示される黒褐色微粉末の鉄錯塩化合物」は、本件請求項1に係る発明の「一般式(3)で表される金属錯塩化合物」において、その式中、X_(1)及びX_(2)は炭素数が1のアルコキシル基を表わし、X_(1)とX_(2)は同じであって、m_(1)及びm_(2)は1の整数を表わし、R_(1)及びR_(3)はハロゲン原子を表わし、R_(1)とR_(3)は同じであって、n_(1)及びn_(2)は1の整数を表わし、R_(2)及びR_(4)は水素原子を表わし、A^(+)はナトリウムイオンを表わすものに相当する。
また、甲2発明の「荷電制御剤」は、本件請求項1に係る発明の「電荷制御剤」に相当する。
してみると、両者は「一般式(3)で表される金属錯塩化合物を含む電荷制御剤。

(式中、X_(1)及びX_(2)は水素原子、炭素数が1?4のアルキル基、炭素数が1?4のアルコキシル基、ニトロ基またはハロゲン原子を表わし、X_(1)とX_(2)は同じであっても異なっていてもよく、m_(1)およびm_(2)は1?3の整数を表わし、R_(1)およびR_(3)は水素原子、炭素数が1?18のアルキル基、炭素数が1?18のアルコキシル基、アルケニル基、スルホンアミド基、スルホンアルキル基、スルホン酸基、カルボキシル基、カルボキシエステル基、ヒドロキシル基、アセチルアミノ基、ベンゾイルアミノ基、またはハロゲン原子を表わし、R_(1)とR_(3)は同じであっても異なっていてもよく、n_(1)およびn_(2)は1?3の整数を表わし、R_(2)およびR_(4)は水素原子またはニトロ基を表わし、A^(+)は水素イオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、アンモニウムイオン、有機アンモニウムイオン又はこれらの混合物を表わす。)」に関するものである点において一致し、
金属錯塩化合物をイオン交換水に1重量%分散させたときの電気伝導度が、前者は「110μS/cm以下」であるのに対して、後者はその特定がない点において相違する。

(3)相違点について
上記相違点について検討する。
甲第2号証の刊行物には、その「実施例1」で調製された黒褐色微粉末の鉄錯塩化合物からなる荷電制御剤の「電気伝導度」について示唆を含めて記載がない。
そして、本件特許明細書の段落0107の表1に記載された例えば比較例1における『310μS/cm』のように、本件請求項1に記載された一般式(3)で表される金属錯塩化合物を含む電荷制御剤として、その電気伝導度が110μS/cmを超える場合のものが実際に存在しているので、甲2発明の「黒褐色微粉末の鉄錯塩化合物からなる荷電制御剤」の電気伝導度が必ず110μS/cm以下の数値範囲にあると解することもできない。
また、本件優先日の技術水準において、甲2発明の「黒褐色微粉末の鉄錯塩化合物からなる荷電制御剤」の「イオン交換水に1重量%分散させたときの電気伝導度」が「110μS/cm以下」という数値範囲にあると直ちに解し得る技術常識の存在も見当たらない。
してみると、本件特許の請求項1に係る発明が、甲第2号証に記載された発明であるとすることはできない。

(4)請求人の主張について
この点に関して、請求人は、審判請求書の第19頁第1行?第20頁第2行において『(B)上記相違点について…トナー用資材としての金属錯塩化合物よりなる電荷制御剤は、イオン生成性不純物の含有量が少ないことが望ましいものである…そして、トナーの製造に供される電荷制御剤は、「精製」が必要とされるものであること、その精製が水による洗浄によって行われることは周知の技術常識というべきことであり、更に洗浄によって得られる電荷制御剤におけるイオン生成性不純物の含有量をより少ないものとすることは、当然になされる周知技術または慣用技術を単に適用あるいは実行することにすぎず、…例えば、甲第2号証の第4頁左上欄第3行?第4頁右上欄第6行の「実施例1」には、「析出した生成物をロ別し50?60℃減圧乾燥」することにより、目的とする鉄錯塩化合物が製造されており、「析出した生成物をロ別し50?60℃で減圧乾燥し」ているのであるから、洗浄が水による洗浄であること、並びに、当該洗浄により、電荷制御剤としてイオン生成性不純物の含有割合が充分に低い状態とされたものと解され、従って、当該電荷制御剤は、本件特許発明と同様の方法で電気伝導度を測定すれば「110μS/cm以下」のものと解される。以上のとおりであるから、本件特許発明は、甲第2号証に記載された発明と実質的に同一である。』と主張している。
しかしながら、本件優先日の技術水準において、上記『トナー用資材としての金属錯塩化合物よりなる電荷制御剤は、イオン生成性不純物の含有量が少ないことが望ましい』といえる具体的な根拠、並びに『トナーの製造に供される電荷制御剤は…その精製が水による洗浄によって行われること』が周知の技術常識といえる具体的な根拠については、甲各号証の公知刊行物を精査しても見当たらない。
このため、当該主張によっては、甲2発明の「黒褐色微粉末の鉄錯塩化合物からなる荷電制御剤」の「イオン交換水に1重量%分散させたときの電気伝導度」が「110μS/cm以下」という数値範囲にあると直ちに解することはできない。

また、請求人は、平成27年11月19日付けの回答書の第4頁第14行?第7頁第8行において『(う)別紙のとおり、実験成績証明書(2)(甲第5号証)を提出します。…上記の実験(1)の結果から、甲第2号証に記載されている「実施例1」の鉄錯塩化合物は、本件特許発明に規定されている「イオン交換水に1重量%分散させたときの電気伝導度が110μS/cm以下」という条件を満たしているものであり、このことから、当該「実施例1」の鉄錯塩化合物が本件特許発明のすべての要件を具備し、従って、本件特許発明が甲第2号証に記載された発明であることが明らかです。』と主張している。
そして、甲第5号証の実験で用いられている「144gの4-クロロ-2-アミノフェノール」という原料の入手方法について、請求人は、上申書(1)の第12頁第24?25行、及び上申書(2)の第4頁第19?23行において、購入の事実を示す取引書類の謄本を甲第7号証の1として提出する旨の説明をしている。
しかしながら、甲第2号証の「実施例1」の具体例を忠実に再現するためには、甲第5号証の実験において使用される「4-クロロ-2-アミノフェノール」の量は「14.4g」でなければならず、甲第7号証の1については必要な日本語訳が添付されていないところ、審理事項通知書の『2.(3)ク』で求めた「入手先」と「製造ロット番号」が明らかにされていないので、甲第5号証の実験で用いられている「144gの4-クロロ-2-アミノフェノール」という原料が、甲第2号証の実験を再現するための原料として正しく入手されて、実験に供されたと直ちに認めることはできない。
また、甲第2号証の「実施例1」では、黒褐色微粉末の鉄錯塩化合物の調製方法として、析出した生成物を「ロ別し50?60℃減圧乾燥し、黒褐色微粉末を得た。」という手順が採用されているのに対して、甲第5号証の実験(1)の方法は、析出した結晶を「ヌッチェにより減圧濾過し、電気伝導度11μS/cmのイオン交換水100mlにて洗浄した後、減圧乾燥して結晶を得た。」という手順が採用されているので、この点においても両者の実験条件は同じではない。
この点に関して、請求人は、上申書(1)の第12頁第16?19行において『実際の実験の操作における具体的な条件を明示したものである。』と説明しているが、甲第2号証の「実施例1」では、洗浄操作が全くなされておらず、甲第5号証の「電気伝導度11μS/cmのイオン交換水」を用いた洗浄などが、実際の実験の操作における具体的な条件を明示したにすぎない範囲のことであると認めるに至らない。
要するに、甲第5号証の実験方法は、甲第2号証の「実施例1」の「鉄錯塩化合物」の調製方法を忠実に再現しているものではないので、甲第5号証の実験成績証明書によっては、甲2発明の「鉄錯塩化合物」の「イオン交換水に1重量%分散させたときの電気伝導度」が「110μS/cm以下」という数値範囲にあると解することはできない。

してみると、請求人の主張及び提出した証拠方法によっては、上記相違点が実質的な差異を構成するものではないとすることはできない。

(5)無効理由3bのまとめ
以上のとおり、本件請求項1に係る発明は、甲第2号証に記載された発明であるとすることはできない。
したがって、請求人の主張及び提出した証拠方法によっては、本件特許の請求項1に係る発明が特許法第29条第1項第3号に該当するものであるということはできない。
よって、本件特許は、特許法第29条の規定に違反してなされたものではないから、特許法第123条第1項第2号に該当せず、無効理由3bには理由がない。

5 無効理由4(特許法第29条第2項)について
(1)甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明
甲第1号証の刊行物には、上記『第6 3(1)』に示したとおりの「甲1発明」が記載されている。
また、甲第2号証の刊行物には、上記『第6 4(1)』に示したとおりの「甲2発明」が記載されている。

(2)甲第1号証を主引用例とした場合の検討
ア 対比
本件請求項1に係る発明と甲1発明とを対比すると、両者は上記『第6 3(2)』に示したとおりの一致点及び相違点を有しているものと認められる。

イ 判断
上記相違点について検討する。
甲第1号証に記載された発明は、荷電制御剤の「粒度分布」を特定領域の範囲に調整することに特徴がある発明であって、甲第1号証の刊行物には、その「アイゼンカラーT-77」という製品名の含鉄アゾ染料を含む荷電制御剤の「電気伝導度」について着目した記載がなく、その電気伝導度を特定の範囲に調整することについての動機付けを与える記載は見当たらない。また、甲第2号証を含む他の公知刊行物にも、荷電制御剤の「電気伝導度」について着目した記載がなく、その電気伝導度を特定の範囲に調整することについての動機付けを与える記載は見当たらない。
してみると、甲第1号証を含む甲各号証の公知刊行物には、甲1発明の荷電制御剤について、その「電気伝導度」を特定の範囲に調整することの動機付けを与える記載が示唆を含めて存在しないので、本件特許の請求項1に係る発明の構成を導き出すことが当業者にとって容易であるとはいえない。
そして、本件優先日の技術水準において、甲1発明の「荷電制御剤C」の「イオン交換水に1重量%分散させたときの電気伝導度」が「110μS/cm以下」という数値範囲にすることが、当業者の技術常識に基づき容易になし得るといえる技術常識の存在も見当たらない。
また、本件特許明細書の段落0108の「表1から明らかなように、イオン交換水に1重量%分散させたときの電気伝導度が110μS/cm以下である金属錯塩化合物を含有する静電荷像現像用トナーは、安定した画像が得られ、環境安定性に優れている。」との記載にあるように、本件特許の請求項1に係る発明は、金属錯塩化合物をイオン交換水に1重量%分散させたときの電気伝導度を「110μS/cm以下」とすることにより、安定した画像が得られ、環境安定性に優れているという効果を奏するに至ったものであるから、その「電気伝導度」を特定の数値範囲に調整することが、単なる設計事項にすぎないものであるともいえない。
してみると、請求人の主張及び提出した証拠方法によっては、本件特許の請求項1に係る発明が、甲第1号証に記載された発明に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。

ウ 請求人の主張について
この点に関して、請求人は、審判請求書の第15頁第26行?第16頁第19行において『(C)仮に、本件特許発明が甲第1号証に記載された発明と同一である、とはいえないとしても、上述のように、電荷制御剤は、その用途から電荷制御剤それ自体に含有されるイオン生成性不純物の量が少ないことが望ましいことはきわめて明白である。従って、仮に、甲第1号証に記載の電荷制御剤「アイゼンカラー T-77」が「イオン交換水に1重量%分散させたときの電気伝導度が110μS/cm以下」ではないとしても、当該電荷制御剤「アイゼンカラー T-77」について水による洗浄を十分に、あるいは強力な条件下で行うことにより、含有されるイオン生成性不純物の量を可及的に減少させ、それにより「イオン交換水に1重量%分散させたときの電気伝導度が110μS/cm以下」のものとすることは、当業者であればきわめて当然のこととして普通に想到することである。また、「イオン交換水に1重量%分散させたときの電気伝導度が110μS/cm以下である」という規定は、イオン生成性不純物の量が少なく、電荷制御剤として好適に使用することができる電気伝導度の範囲の上限を単に設定するものであるから、本件特許発明によって意義のある新しい技術が提供される、ということはできず、また、本件特許発明を当業者が予測することのできない効果を奏するもの、ということもできない。よって、本件特許発明は、甲第1号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。』と主張している。
しかしながら、甲第1号証を含む甲各号証の公知刊行物には、上述のとおり、荷電制御剤の「電気伝導度」を特定の数値範囲に調整することについての動機付けを与える記載がなく、本件特許明細書の段落0014に記載される「電気伝導度を大きくする物質」の「混入量」などの様々な要因と、安定した画像濃度との因果関係を示唆する記載もない。
そして、本件優先日の技術水準において、上記『電荷制御剤それ自体に含有されるイオン生成性不純物の量が少ないことが望ましいこと』がきわめて明白であるといえる具体的な根拠、並びに上記『含有されるイオン生成性不純物の量を可及的に減少させ、それにより「イオン交換水に1重量%分散させたときの電気伝導度が110μS/cm以下」のものとすること』がきわめて当然のことであるといえる具体的な根拠については、甲第1号証を含む甲各号証の公知刊行物を精査しても見当たらない。
また、本件特許の請求項1に係る発明は、荷電制御剤の電気伝導度を「110μS/cm以下」とすることにより、本件特許明細書の段落0108等に記載されるとおりの効果が得られるものであって、この効果が『当業者が予測することのできない効果ではない』といえる具体的な根拠も見当たらない。
このため、上記請求人の主張は、具体的な根拠を欠くものであるから、これを採用することができない。

(3)甲第2号証を主引用例とした場合の検討
ア 対比
本件請求項1に係る発明と甲2発明とを対比すると、両者は上記『第6 4(2)』に示したとおりの一致点及び相違点を有しているものと認められる。

イ 判断
上記相違点について検討する。
甲第2号証に記載された発明は、新規な金属錯塩化合物と、当該新規化合物を荷電制御剤及び着色剤として含有する電子写真用現像粉に関する発明であって、甲第2号証の刊行物には、その「実施例1」で調製された黒褐色微粉末の鉄錯塩化合物からなる荷電制御剤の「電気伝導度」について示唆を含めて記載がなく、その電気伝導度を特定の範囲に調整することについての動機付けを与える記載は見当たらない。また、甲第1号証を含む他の公知刊行物にも、荷電制御剤の「電気伝導度」について着目した記載がなく、その電気伝導度を特定の範囲に調整することについての動機付けを与える記載は見当たらない。
してみると、甲第2号証を含む甲各号証の公知刊行物には、甲1発明の荷電制御剤について、その「電気伝導度」を特定の範囲に調整することの動機付けを与える記載が示唆を含めて存在しないので、本件特許の請求項1に係る発明の構成を導き出すことが当業者にとって容易であるとはいえない。
そして、本件優先日の技術水準において、甲2発明の「黒褐色微粉末の鉄錯塩化合物からなる荷電制御剤」の「イオン交換水に1重量%分散させたときの電気伝導度」が「110μS/cm以下」という数値範囲にすることが、当業者の技術常識に基づき容易になし得るといえる技術常識の存在も見当たらない。
また、本件特許明細書の段落0108の「表1から明らかなように、イオン交換水に1重量%分散させたときの電気伝導度が110μS/cm以下である金属錯塩化合物を含有する静電荷像現像用トナーは、安定した画像が得られ、環境安定性に優れている。」との記載にあるように、本件特許の請求項1に係る発明は、金属錯塩化合物をイオン交換水に1重量%分散させたときの電気伝導度を「110μS/cm以下」とすることにより、安定した画像が得られ、環境安定性に優れているという効果を奏するに至ったものであるから、その「電気伝導度」を特定の数値範囲に調整することが、単なる設計事項にすぎないものであるともいえない。
してみると、請求人の主張及び提出した証拠方法によっては、本件特許の請求項1に係る発明が、甲第2号証に記載された発明に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。

ウ 請求人の主張について
この点に関して、請求人は、審判請求書の第20頁第3?23行において『(C)仮に、本件特許発明が甲第2号証に記載された発明と同一である、とはいえないとしても、上述のように、電荷制御剤は、その用途から電荷制御剤それ自体に含有されるイオン生成性不純物の量が少ないことが望ましいことはきわめて明白である。従って、仮に、甲第2号証に記載の電荷制御剤の「鉄錯塩化合物」が「イオン交換水に1重量%分散させたときの電気伝導度が110μS/cm以下」ではないとしても、当該「鉄錯塩化合物」について水による洗浄を十分に、あるいは強力な条件下で行うことにより、含有されるイオン生成性不純物の量を可及的に減少させ、それにより「イオン交換水に1重量%分散させたときの電気伝導度が110μS/cm以下」のものとすることは、当業者であればきわめて当然のこととして普通に想到することである。また、「イオン交換水に1重量%分散させたときの電気伝導度が110μS/cm以下である」という規定は、イオン生成性不純物の量が少なく、電荷制御剤として好適に使用することができる電気伝導度の範囲の上限を単に設定するものであるから、本件特許発明によって意義のある新しい技術が提供される、ということはできず、また、本件特許発明を当業者が予測することのできない効果を奏するもの、ということもできない。よって、本件特許発明は、甲第2号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。』と主張している。
しかしながら、甲第2号証を含む甲各号証の公知刊行物には、上述のとおり、荷電制御剤の「電気伝導度」を特定の数値範囲に調整することについての動機付けを与える記載がなく、本件特許明細書の段落0014に記載される「電気伝導度を大きくする物質」の「混入量」などの様々な要因と、安定した画像濃度との因果関係を示唆する記載もない。
そして、本件優先日の技術水準において、上記『電荷制御剤それ自体に含有されるイオン生成性不純物の量が少ないことが望ましいこと』がきわめて明白であるといえる具体的な根拠、並びに上記『含有されるイオン生成性不純物の量を可及的に減少させ、それにより「イオン交換水に1重量%分散させたときの電気伝導度が110μS/cm以下」のものとすること』がきわめて当然のことであるといえる具体的な根拠については、甲第2号証を含む甲各号証の公知刊行物を精査しても見当たらない。
また、本件特許の請求項1に係る発明は、荷電制御剤の電気伝導度を「110μS/cm以下」とすることにより、本件特許明細書の段落0108等に記載されるとおりの効果が得られるものであって、この効果が『当業者が予測することのできない効果ではない』といえる具体的な根拠も見当たらない。
このため、上記請求人の主張は、具体的な根拠を欠くものであるから、これを採用することができない。

(4)無効理由4のまとめ
以上のとおり、本件請求項1に係る発明は、甲第1号証又は甲第2号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。
したがって、請求人の主張及び提出した証拠方法によっては、本件特許の請求項1に係る発明が、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるということはできない。
よって、本件特許は、特許法第29条の規定に違反してなされたものではないから、特許法第123条第1項第2号に該当せず、無効理由4には理由がない。

第7 むすび
以上検討したように、請求人の主張する理由及び提出した証拠方法によっては、本件特許を無効とすることはできない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2016-05-16 
結審通知日 2016-05-18 
審決日 2016-05-31 
出願番号 特願2000-364684(P2000-364684)
審決分類 P 1 123・ 537- Y (C07C)
P 1 123・ 536- Y (C07C)
P 1 123・ 113- Y (C07C)
P 1 123・ 121- Y (C07C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 斉藤 貴子  
特許庁審判長 井上 雅博
特許庁審判官 木村 敏康
佐藤 健史
登録日 2010-11-19 
登録番号 特許第4627367号(P4627367)
発明の名称 電荷制御剤及びそれを用いた静電荷像現像用トナー  
代理人 坂西 俊明  
代理人 長谷川 芳樹  
代理人 清水 義憲  
代理人 大井 正彦  
代理人 城戸 博兒  

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