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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C07C
審判 査定不服 1項3号刊行物記載 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C07C
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C07C
管理番号 1332010
審判番号 不服2016-7055  
総通号数 214 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-10-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2016-05-13 
確定日 2017-08-31 
事件の表示 特願2011-159931「着色が低減したトランス-1,4-ジアミノシクロヘキサン粉末、及びそれを用いたポリイミド」拒絶査定不服審判事件〔平成24年 7月26日出願公開、特開2012-140399〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は平成23年7月21日(優先権主張 平成22年12月15日)の出願であって、
平成27年5月28日付けの拒絶理由通知に対して、平成27年8月7日付けで意見書の提出がなされるとともに手続補正がなされ、
平成28年2月9日付けの拒絶査定に対して、平成28年5月13日付けで審判請求がなされると同時に手続補正がなされ、
平成29年4月6日付けで審判請求時の手続補正が却下され、平成29年4月6日付けの拒絶理由通知に対して、平成29年6月9日付けで意見書の提出がなされるとともに手続補正がなされたものである。

2.本願発明
本願の特許を受けようとする発明は、平成29年6月9日付けの手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1?7に記載された「着色が低減したトランス-1,4-ジアミノシクロヘキサン粉末、及びそれを用いたポリイミド」に関するものであって、その請求項1?3の記載は、次のとおりのものである。
「【請求項1】純水にトランス-1,4-ジアミノシクロヘキサン粉末を10質量%の濃度に溶解して得られた溶液に対する波長400nm、光路長1cmの光透過率が90%以上であることを特徴とするトランス-1,4-ジアミノシクロヘキサン粉末。
【請求項2】波長400nm、光路長1cmの光透過率が95%以上であり、ポリイミド製造用であることを特徴とする請求項1に記載のトランス-1,4-ジアミノシクロヘキサン粉末。
【請求項3】ジアミン成分として、請求項1または2に記載のトランス-1,4-ジアミノシクロヘキサン粉末、およびテトラカルボン酸成分として、芳香族テトラカルボン酸二無水物を用いたポリイミドであって、
前記芳香族テトラカルボン酸二無水物が、3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、2,2’,3,3’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、2,3’,3,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、ピロメリット酸二無水物、オキシジフタル酸二無水物、3,3’,4,4’-ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物、3,3’,4,4’-ジフェニルスルホンテトラカルボン酸二無水物、m-ターフェニル-3,3’,4,4’-テトラカルボン酸二無水物、4,4’-(2,2-ヘキサフルオロイソプロピレン)ジフタル酸二無水物、2,2’-ビス(3,4-ジカルボキシフェニル)プロパン二無水物、1,4,5,8-ナフタレンテトラカルボン酸二無水物、2,3,6,7-ナフタレンテトラカルボン酸二無水物、(1,1’:3’,1”-ターフェニル)-3,3”,4,4”-テトラカルボン酸二無水物、4,4’-(ジメチルシラジイル)ジフタル酸二無水物、および4,4’-(1,4-フェニレンビス(オキシ))ジフタル酸二無水物からなる群より選ばれ、
膜厚10μmのフィルムにしたときの400nmにおける光透過率が80%以上であることを特徴とするポリイミド。」

3.当審による拒絶理由通知について
平成29年4月6日付けの拒絶理由通知においては、その「理由1」として「この出願の請求項1?6に係る発明は、その出願前日本国内又は外国において頒布された下記の刊行物1及び2に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。」との理由、その「理由2」として「この出願の請求項1?6に係る発明は、その出願前日本国内又は外国において頒布された下記の刊行物1?5に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。」との理由、並びにその「理由3」として「この出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第2号に適合するものではなく、特許法第36条第6項に規定する要件を満たしていない。」との理由が通知されている。

そして、その「理由3」の「下記の点」として『本願請求項3に記載された「膜厚10μmのフィルムにしたときの400nmにおける光透過率が80%以上であること」という「機能・特性等を用いて物を特定しようとする記載」は、ポリイミドを膜厚10μmのフィルムにした場合の特性等を特定するものであって、当該請求項3に係る発明の「ポリイミド」という「物」それ自体の特性を特定するのに役立っていないから、その特許を受けようとする発明が明確であるとはいえない。』という旨の指摘がなされている。

また、その「理由1」及び「理由2」の「下記の刊行物」として、次の刊行物1?5が提示されている。
刊行物1:High Perform. Polym. 13(2001)S93-S106
刊行物2:国際公開第2006/129771号
刊行物3:特開2008-31406号公報
刊行物4:国際公開第2010/113412号
刊行物5:特開2002-327056号公報

4.当審の判断
(1)理由3について
ア.明確性要件について
一般に『法36条6項2号は,特許請求の範囲の記載に関し,特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨規定する。同号がこのように規定した趣旨は,仮に,特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には,特許の付与された発明の技術的範囲が不明確となり,第三者に不測の不利益を及ぼすことがあり得るので,そのような不都合な結果を防止することにある。そして,特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載だけではなく,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願当時における技術的常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきことはいうまでもない。』とされている〔平成21年(行ケ)第10434号判決参照。〕。
そこで、上記の観点から、本願請求項3の記載が「第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否か」を検討する。

イ.本願請求項3の発明特定事項
本願請求項3の記載は、上記「2.」の【請求項3】に示したとおりのものであり、当該請求項3は「膜厚10μmのフィルムにしたときの400nmにおける光透過率が80%以上であることを特徴とするポリイミド」という事項を発明特定事項として含むものである。

ウ.本願明細書の発明の詳細な説明の記載
本願明細書の段落0003には「ポリイミド」が「テトラカルボン酸成分とジアミン成分とから得られる樹脂」であるとの説明がなされ、同段落0029には「ポリイミドフィルム」が「基板に、ポリイミド前駆体溶液組成物を流延し、真空中、窒素等の不活性ガス中、あるいは空気中で、熱風もしくは赤外線を用い、20?180℃、好ましくは20?150℃で乾燥する」ことにより得られることが説明されている。

エ.フィルム形成時の条件の違いと光透過率
(ア)加熱温度の違いによる着色の影響
例えば、国際公開第2006/129771号(上記刊行物2)の段落0073には、ポリイミドフィルムを製造するときの「加熱温度」が「高すぎると生成した脂環式ポリイミドエステルフィルムが着色したりする可能性があるため好ましくない」という旨の記載がなされている。

(イ)ガス雰囲気の違いによる着色の影響
また、例えば、特開2009-275090号公報(参考例A)の段落0008及び0029には「3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物及びトランス-1,4-ジアミノシクロヘキサンを反応させてなるポリイミドフィルムの製造方法」において「空気下で熱処理」を行うと「フィルムが酸化され着色」する恐れがあるので「不活性ガス雰囲気下で処理を行ったほうが好ましい」という旨の記載がなされている。

(ウ)フィルム形成時の条件と光透過度の関係
上記刊行物2及び参考例Aに記載された本願出願時の技術常識を参酌するに、全く同じ「ポリイミド」であっても、フィルム形成時の条件(加熱時の温度やガス雰囲気や熱源の種類などの条件)の違いにより「着色」の程度に変化が生じるおそれがあるので、そのフィルムを形成した場合の「光透過率」が全く同じになると直ちに認めることができない。

(エ)審判請求人の主張
そして、先の拒絶理由通知書における『全く同じ「ポリイミド」であっても、各種の条件などの違いにより、そのフィルムを形成した場合の「光透過率」が全く同じになるとはいえない』との指摘に対して、審判請求人は平成29年6月9日付けの意見書の第7頁で「請求項3については、テトラカルボン酸成分を特定しましたので、明確になったものと思料します。」と主張しているが、当該主張はポリイミドを形成しているもう一方の成分であるカルボン酸成分を明らかにしたことを述べているにすぎず、当該主張を参酌しても全く同じ「ポリイミド」を異なる条件でフィルムを形成した場合の「光透過率」が全く同じになると解することができない。

オ.ポリイミドの範囲をフィルム形成後の特性で特定することの明確性
以上のことを踏まえると、本願請求項3に係る発明の「ポリイミド」を特定するための「膜厚10μmのフィルムにしたときの400nmにおける光透過率が80%以上であること」との記載にある「光透過率」の値は、全く同じ「ポリイミド」を用いた場合であっても、そのフィルム形成時の条件の違いによって変動することが明らかである。
このため、全く同じ「ポリイミド」を、低い加熱温度や窒素雰囲気下でポリイミドフィルムにした場合には、着色のない、光透過率が80%以上のフィルムが得られたとしても、高い加熱温度や空気雰囲気下でポリイミドフィルムにした場合には、着色のある、光透過率が80%未満のフィルムが得られる場合も生じ得るので、当該「膜厚10μmのフィルムにしたときの400nmにおける光透過率が80%以上であること」というフィルム形成後のフィルムそれ自体の特性を規定する事項が、本願請求項3に係る発明の「ポリイミド」という樹脂それ自体を特定するのに役立っているとは解せない。
してみると、本願請求項3の「ポリイミド」に係る発明の技術的範囲が明確に特定されているとはいえない。

カ.ポリイミドをフィルムにしたときの光透過率の測定条件の明確性
本願請求項3に係る発明の「ポリイミド」を特定するための「膜厚10μmのフィルムにしたときの400nmにおける光透過率」の測定値については、そのフィルムの形成条件について、加熱温度が高すぎると着色して、光透過率の値が低い方に変動してしまうので、そのフィルム形成時の加熱温度や加熱時間などの条件を明確に特定しなければ、再現性のある光透過率の測定値が定まらないことは、上記刊行物2の段落0073の記載にある技術常識からみて明らかである。
また、当該「光透過率」の測定値については、そのフィルムの形成条件について、窒素雰囲気下である場合に比べて、空気雰囲気下である場合の方が着色する傾向が強く、光透過率の値が低い方に変動してしまうので、そのフィルム形成時のガス雰囲気の条件を明確に特定しなければ、再現性のある光透過率の測定値が定まらないことも、上記参考例Aの段落0029の記載にある技術常識からみて明らかである。
そして、上記、加熱温度、加熱時間、及びガス雰囲気の条件は、フィルム形成時の形成条件として、いずれも当業者が通常採用し得るもので、技術常識から一つに定まるものでもない。
してみると、本願請求項3の「ポリイミド」は、その「膜厚10μmのフィルムにしたときの400nmにおける光透過率」の測定値を決定するための条件が技術的に十分に特定されているとはいえないので、本願請求項3の記載は「第三者に不足の不利益を及ぼすほどに不明確」であるといわざるを得ない。

キ.まとめ
したがって、本願請求項3の記載は、特許を受けようとする発明が明確ではないから、特許法第36条第6項第2号に適合するものではない。

(2)理由1及び2について
ア.引用刊行物及び参考例並びにその記載事項
(ア)上記刊行物1には、和訳にして、次の記載がある。
摘記1a:S93頁の概要(Abstract)の欄の第1?7行
「低い比誘電率(K)と低い線形熱膨張係数(CTE)を同時に有する半芳香族ポリイミド(PI)分子設計がなされた。2つのポリイミド系統、すなわち3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物とトランス-1,4-シクロヘキサンジアミンから誘導されるs-BPDA/CHDAポリイミドと、1,2,3,4-シクロブタンテトラカルボン酸無水物とビス(2,2’-トリフルオロメチル)ベンジジンから誘導されるCBDA/TFMBに焦点を当てた。」

摘記1b:S94頁第29?34行
「アルドリッチ社から購入したトランス-1,4-ジアミノシクロヘキサン(CHDA)を次のように精製した。CHDAを沸点にあるn-ヘキサン中に溶解した。透明/無色の溶液と油状褐色層の少量部分とをデカンテーションにより注意深く分離した。この操作を怠ると得られるポリイミド膜が着色する結果となる。CHDAは無色のフラクションから再結晶化され、その後、濾過及び24時間室温で真空乾燥した。」

(イ)上記刊行物2には、次の記載がある。
摘記2a:段落0011、及び0056及び0058
「[0011]本発明は高ガラス転移温度、高透明性、低吸水率およびエッチング特性を併せ持つため…レンズや回折格子、光導波路などの光学材料分野…において有益な脂環式ポリエステルイミドと、その前駆体、さらにその原料である新規なモノマー及びそれらの製造方法を提供するものである。…
[0056]本発明に係る脂環式ポリエステルイミド前駆体を製造するために使用されるジアミンとしては、先駆体製造の際の重合反応性、脂環式ポリエステルイミドの要求特性を著しく損なわない範囲で自由に選択可能である。…
[0058]これらジアミンの中でも…脂肪族ジアミンとしては、4,4’-メチレンビス(シクロへキシルアミン)、トランス-1,4-ジアミノシクロへキサン、イソホロンジアミンなどの脂環式ジアミンが環構造を有し入手も容易なのでより好ましくさらには、トランス-1,4-ジアミノシクロへキサンが得られる樹脂の物性が良好なことからより好ましい。
これらジアミンを用いる前に精製を行っても良い。精製方法としては、再結晶、昇華、活性炭処理、蒸留など任意に行うことができる。またこれら精製法を繰り返しても、組み合わせて実施することも可能である。
これらジアミンは、重合反応性が高まるので高純度であることが好ましい、通常使用されるジアミンの純度は、95%以上、好ましくは、97%以上、さらに好ましくは99%以上である。」

摘記2b:段落0088、0093及び0097
「[0088](実施例2)…p-フェニレンジアミン…膜厚30μmの透明なフィルムを得た。…400nmでの透過率72.1%と、極めて高い透明性を示した。…
[0093](実施例5)実施例2のジアミンを、t-1,4-シクロヘキサンジアミン(10mmol)とした以外は同様の方法で脂環式ポリエステルイミドフィルムを得た。…膜物性は…400nmでの透過率70.0%と、極めて高い透明性を示した。…
[0097](実施例7)…p-フェニレンジアミン…膜厚20μmの透明なフィルムを得た。…400nmでの透過率86.2%と、極めて高い透明性を示した。」

(ウ)本願優先日当時の技術常識を示すために参照する上記刊行物5には、次の記載がある。
摘記5a:段落0012及び0031
「【0012】【化3】

…【0031】…1,4-ジアミノシクロヘキサンは粉末の状態で添加することもでき、粉末は徐々に溶解していき、所定の時間撹拌後、粘稠な均一溶液としてポリイミド前駆体溶液が得られる。」

(エ)本願優先日当時の技術常識を示すために参照する特開2006-188502号公報(参考例B)には、次の記載がある。
摘記B1:段落0002
「【0002】
オキシジフタル酸無水物(以下、ODPAと略称することがある)は、耐熱性の高いポリイミドに、透明性や熱可塑性を付与するモノマーである。このため、ODPAは、透明ポリイミドフィルムや電子材料・半導体関連用途のポリイミド原料として利用されている。」

摘記B2:段落0072
「【0072】(2)光線透過率
アセトニトリルに4g/Lで溶解した溶液の、光路長1cmにおける400nmの光線透過率が98.5%以上、好ましくは98.7%以上、より好ましくは99.0%以上である。
高純度ODPAの透過率は、アセトニトリルに4g/Lとなるように溶解させたサンプルを、光路長1cmの石英セルで波長800-200nmにわたり紫外可視吸光光度計により室温、常圧下で測定される。ODPAの透過率は、不純物の含有量に関係がある。これら着色性不純物は400nm付近で大きな透過率の低下を起こし、ODPAとジアミン類との重合を阻害し、ポリイミドフィルムの強度を低下させ、フィルムの色調を悪化させる原因となる。」

イ.刊行物1に記載された発明
刊行物1のS94頁(摘記1b)の「アルドリッチ社から購入したトランス-1,4-ジアミノシクロヘキサン(CHDA)を次のように精製した。CHDAを沸点にあるn-ヘキサン中に溶解した。透明/無色の溶液と油状褐色層の少量部分とをデカンテーションにより注意深く分離した。この操作を怠ると得られるポリイミド膜が着色する結果となる。CHDAは無色のフラクションから再結晶化され、その後、濾過及び24時間室温で真空乾燥した。」との記載からみて、刊行物1には、
『アルドリッチ社から購入したトランス-1,4-ジアミノシクロヘキサン(CHDA)を、沸点にあるn-ヘキサン中に溶解し、透明/無色の溶液と油状褐色層の少量部分とをデカンテーションにより注意深く分離し、無色のフラクションから再結晶化し、濾過及び24時間室温で真空乾燥してなる、ポリイミド膜が着色しないトランス-1,4-ジアミノシクロヘキサン(CHDA)。』についての発明(以下「刊1発明」という。)が記載されている。

ウ.本1発明
本願請求項1に係る発明(以下「本1発明」という。)は、その請求項1に記載された事項により特定される次のとおりのものであると認める。

「純水にトランス-1,4-ジアミノシクロヘキサン粉末を10質量%の濃度に溶解して得られた溶液に対する波長400nm、光路長1cmの光透過率が90%以上であることを特徴とするトランス-1,4-ジアミノシクロヘキサン粉末。」

エ.対比
本1発明と刊1発明とを対比する。
刊1発明の「トランス-1,4-ジアミノシクロヘキサン(CHDA)」は、例えば、上記刊行物5の段落0031(摘記5a)の「トランス-1,4-ジアミノシクロヘキサン粉末」との記載にあるように、常温で固体の「粉末」の形態で存在する物質であることが明らかであって、本願明細書の段落0038の「〔実施例2〕…結晶をろ別し、得られた結晶を真空乾燥させた。この方法で得られたトランス-1,4-ジアミノシクロヘキサン粉末」との記載にある方法と同様な方法で得られているものであるから、本1発明の「トランス-1,4-ジアミノシクロヘキサン粉末」に相当する。
してみると、本1発明と刊1発明は、両者とも『トランス-1,4-ジアミノシクロヘキサン粉末』に関するものである点において一致し、
その「純水にトランス-1,4-ジアミノシクロヘキサン粉末を10質量%の濃度に溶解して得られた溶液に対する波長400nm、光路長1cmの光透過率」が、本1発明においては「90%以上」に特定されているのに対して、刊1発明においては当該「光透過率」の値が明らかにされていない点において一応相違する。

オ.判断
上記相違点について検討する。
刊1発明の「ポリイミド膜が着色しないトランス-1,4-ジアミノシクロヘキサン(CHDA)」は「アルドリッチ社から購入したトランス-1,4-ジアミノシクロヘキサン(CHDA)」を「沸点にあるn-ヘキサン中に溶解し、透明/無色の溶液と油状褐色層の少量部分とをデカンテーションにより注意深く分離し、無色のフラクションから再結晶化」する工程を経てなるものである。
そして、本願明細書の段落0011の「光透過率が90%未満の場合は、淡黄色を呈し」との記載を参酌するに、刊1発明の「ポリイミド膜が着色しないトランス-1,4-ジアミノシクロヘキサン」は、上記のとおり「透明/無色の溶液」の「無色のフラクション」から「再結晶化」する工程を経て得られたものであって、当該「透明/無色」という性状は「淡黄色を呈」するものではないから、その「光透過率が90%未満」の範囲にあるとは解せない。
また、本願明細書の段落0041の参考例2(再結晶による精製を行った400nmにおける光透過率が89%のCHDA)の記載を参酌するに、刊1発明の「ポリイミド膜が着色しないトランス-1,4-ジアミノシクロヘキサン」は、ポリイミド膜が着色しないようにするために「油状褐色層」を「デカンテーション」により「注意深く分離」して得らなる「透明/無色の溶液」の「無色のフラクション」から「再結晶化」する工程を経て得られたものであって、デカンテーションを通常通り行った参考例2のCHDAよりも着色度が低いものと解されるから、その「光透過率が90%未満」の範囲にあるとは解せない。
してみると、上記相違点について、刊1発明の「純水にトランス-1,4-ジアミノシクロヘキサン粉末を10質量%の濃度に溶解して得られた溶液に対する波長400nm、光路長1cmの光透過率」が、本1発明の「90%以上」という範囲から逸脱した値にあるとは解せないから、上記相違点は実質的な差異を構成しているとは認められない。
したがって、本1発明は刊行物1に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。

カ.進歩性について
仮に上記相違点が実質的な差異であるとしても、本1発明の「光透過率が90%以上」という性状は、本願明細書の例えば段落0013の「本発明の着色が低減したt-DACH粉末は、(粗)t-DACH粉末を(1)昇華する精製方法、(2)吸着剤で処理する精製方法によって、好適に得ることができる。」との記載にあるように、特殊な精製方法を必要とするものではなく、ごく普通の精製方法によって得られるものとして説明されている。
そして、刊行物2の段落0011(摘記2a)の「高透明性…を併せ持つ…有益な脂環式ポリエステルイミドと、その前駆体、さらにその原料である新規なモノマー及びそれらの製造方法を提供する」との記載にあるように、本願優先日当時の技術水準におけるポリイミド製造用の原材料の技術分野において、その「透明性」を高いものとすることは、当業者が普通に認識している技術課題にすぎないものであって、なおかつ、刊行物2の段落0058(摘記2a)の「トランス-1,4-ジアミノシクロへキサン…精製方法としては、再結晶、昇華、活性炭処理、蒸留など任意に行うことができる。またこれら精製法を繰り返しても、組み合わせて実施することも可能である。…通常使用されるジアミンの純度は…99%以上」との記載にあるように、ジアミノシクロヘキサン(CHDA)の精製方法として「昇華」や「活性炭処理」を行って、又は「再結晶」などを「繰り返し」若しくは「組み合わせ」て行って、その純度を「99%以上」にすることも当該技術分野において普通に知られている。
また、参考例Bの段落0072(摘記B2)には、ポリイミド原料(ODPA)の透過率が不純物の含有量に関係があり、これら着色性不純物がポリイミドフィルムの色調を悪化させる原因となることから、ポリイミド原料(ODPA)の「光路長1cmにおける400nmの光線透過率」を「より好ましくは99.0%以上」にすることが記載されているところ、本願優先日当時の技術水準におけるポリイミド製造用の原材料の技術分野において、その「光路長1cmにおける400nmの光線透過率」を「より好ましくは99.0%以上」にすることが好ましいことは、当業者が普通に認識している技術課題にすぎないものであって、本1発明の「波長400nm、光路長1cmの光透過率が90%以上」という透過率を達成するための各種の精製手段も普通に知られた技術常識にすぎないものと認められる。
してみると、ポリイミドの「透明性」を高めるという当業者にとって周知の課題に鑑みて、刊1発明の「ポリイミド膜が着色しないトランス-1,4-ジアミノシクロヘキサン(CHDA)」の精製方法として「昇華」や「活性炭処理」の実施、又は「再結晶」などの繰り返しや組み合わせの実施により、その「純水にトランス-1,4-ジアミノシクロヘキサン粉末を10質量%の濃度に溶解して得られた溶液に対する波長400nm、光路長1cmの光透過率」を「90%以上」にすることは、当業者にとって通常の創作能力の発揮の範囲である。

また、本1発明の効果について検討するに、刊1発明の「ポリイミド膜が着色しないトランス-1,4-ジアミノシクロヘキサン(CHDA)」の純度を更に高めるように精製を徹底すれば、その光透過率がより高くなることは、当業者にとって自明の効果であるから、本1発明に格別の効果があるとはいえない。
加えて、刊行物2の段落0093(摘記2b)には、ジアミンとして「t-1,4-シクロヘキサンジアミン」を用いて得られた膜厚30μmの「脂環式ポリエステルイミドフィルム」の膜物性が400nmで透過率70.0%(膜厚10μmのフィルムを3枚重ねた状態での光透過率であることから、膜厚10μmのフィルムにしたときの光透過率は88.8%[=0.7^(1/3)]と換算される)であったことが記載されているので、本願明細書の段落0047の「実施例3」における「ポリイミドフィルムの評価」の「81%」という「400nm光透過率」は、本願優先日当時の技術水準において格段に優れた水準のものとはいえない。

したがって、本1発明は、刊行物1及び2に記載された発明(並びに刊行物5及び参考例Bに記載された技術常識)に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

キ.請求人の主張について
平成29年6月9日付けの意見書の第3頁において、審判請求人は「アルドリッチ社のトランス-1,4-ジアミノシクロヘキサン(CHDA)」の「Lot BCBK3941V」の分析証明書において「図Bに示すように、純度が100.0%であるにも関わらず、図Aの写真のように明らかな着色が見られる」と主張し、その図Bには当該ロットのCHDAが「FAINT BROWN」の着色をしていることが示されている。
しかしながら、刊1発明の「ポリイミド膜が着色しないトランス-1,4-ジアミノシクロヘキサン(CHDA)」は「アルドリッチ社から購入したトランス-1,4-ジアミノシクロヘキサン(CHDA)」を原材料としているものの、その後の精製工程において褐色層を分離して「無色のフラクションから再結晶化」することにより得られたものである。このため、原材料の段階で褐色(FAINT BROWN)に着色していたとしても、その後の精製工程によって「無色」の「CHDA」になっていることが明らかであるから、刊1発明の「ポリイミド膜が着色しないトランス-1,4-ジアミノシクロヘキサン(CHDA)」が着色しているとは認められず、当該「無色のフラクションから再結晶化」した刊1発明の最終的な「CHDA」の光透過率が90%未満の範囲にあるとは認められない。
また、同意見書の第3?4頁において、審判請求人は『本件の参考例1、2で示すとおり、刊行物1で使用しているアルドリッチ社のものより着色成分の少ないCHDAを用いても、再結晶によって400nmの光透過率90%を達成できなかったことから考えると、刊行物1で開示された1,4-ジアミノシクロヘキサン(CHDA)が、本願の請求項1を満たしている可能性はほとんど無いと思料します。』と主張している。
しかしながら、本願明細書の段落0040に記載された「参考例2」のもの(浙江台州清泉医化株式会社製のCHDAを用いたもの)は「不溶分をデカンテーションで取り除き、25℃まで冷却し、結晶を析出させた。」という工程を経て「400nmにおける光透過率」が「89%」となったものであるのに対して、刊1発明のものは「ポリイミド膜が着色しない」ように着色分を「注意深く」分離したものを再結晶化して得られたものであるから、着色しないように注意深く精製処理を行っているという点において、光透過率が上記「参考例2」のものの89%よりも高い「90%以上」の範囲にあると解することに不合理な点はない。
そして、仮に刊1発明の「ポリイミド膜が着色しないトランス-1,4-ジアミノシクロヘキサン(CHDA)」の「10質量%の濃度に溶解して得られた溶液に対する波長400nm、光路長1cmの光透過率」が「90%未満」の範囲にあるとしても、例えば刊行物2や参考例Bの記載にあるように、極めて高い透明性のポリイミドを得るという課題は当業者に普通に認識されており、この課題の達成手段としてポリイミド製造用の原材料に再結晶の繰り返しや昇華などを組み合わせて実施する精製方法が普通に知られているので、刊1発明のCHDAを「純水にトランス-1,4-ジアミノシクロヘキサン粉末を10質量%の濃度に溶解して得られた溶液に対する波長400nm、光路長1cmの光透過率」が「90%以上」になるように精製することは、当業者にとって通常の創作能力の発揮の範囲である。
したがって、審判請求人の主張は採用できない。

5.むすび
以上のとおり、本願は特許法第36条第6項に規定する要件を満たしておらず、また、本1発明は特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるか又は特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、その余の事項について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2017-06-29 
結審通知日 2017-07-04 
審決日 2017-07-18 
出願番号 特願2011-159931(P2011-159931)
審決分類 P 1 8・ 537- WZ (C07C)
P 1 8・ 121- WZ (C07C)
P 1 8・ 113- WZ (C07C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 瀬下 浩一吉田 直裕  
特許庁審判長 瀬良 聡機
特許庁審判官 加藤 幹
木村 敏康
発明の名称 着色が低減したトランス-1,4-ジアミノシクロヘキサン粉末、及びそれを用いたポリイミド  
代理人 小野 暁子  
代理人 伊藤 克博  

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