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審決分類 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C08F
審判 全部申し立て 2項進歩性  C08F
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C08F
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C08F
管理番号 1332247
異議申立番号 異議2016-701047  
総通号数 214 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-10-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-11-11 
確定日 2017-07-31 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第5915750号発明「アクリル酸系重合体組成物及びその製造方法、並びにその用途」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5915750号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項[6-11]について訂正することを認める。 特許第5915750号の請求項1ないし5に係る特許を維持する。 特許第5915750号の請求項6ないし11に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第5915750号(以下、「本件特許」という。)の請求項1?11に係る特許についての出願は、平成28年4月15日付けでその特許権の設定登録がされ、その後、特許異議申立人株式会社日本触媒(以下、単に、「申立人」という。)より請求項1?11に対して特許異議の申立てがされ、平成29年1月20日付けで取消理由が通知されたが、これに対し、何らの応答もされなかった。その後、平成29年5月8日付けで取消理由通知(決定の予告)がされ、その指定期間内である平成29年6月28日に意見書の提出されるとともに訂正の請求(以下、「本件訂正の請求」という。)がされた。

第2 本件訂正の請求による訂正の適否
1 訂正の内容
本件訂正の請求による訂正の内容は、次のとおりである(なお、下線を付した箇所は訂正箇所である。)。

(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項6を削除する。
(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項7を削除する。
(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項8を削除する。
(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項9を削除する。
(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項10を削除する。
(6)訂正事項6
特許請求の範囲の請求項11を削除する。

2 訂正の目的の適否、新規事項の追加の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否、一群の請求項ごとか否か

(1)訂正事項1?6は、それぞれ、請求項6?11を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
また、訂正事項1?6は、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(2)訂正事項1?6は、訂正後の請求項6?11についての訂正を含むものであるが、訂正前の請求項8は、独立形式で記載された請求項7を引用するものであり、また、訂正前の請求項9?11は、それぞれ、訂正前の請求項6?8を択一的に引用するものであるから、訂正前の請求項6?11は、一群の請求項である。よって、訂正事項1?6による訂正は、一群の請求項ごとに請求されたものである。

3 まとめ
以上のとおりであるから、本件訂正の請求による訂正は、第120条の5第2項ただし書き第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項並びに同条第9項において準用する第126条第5項及び第6項の規定に適合するので、訂正後の請求項6?11について訂正することを認める。

第3 訂正後の本件発明
本件特許の請求項1?11に係る発明(それぞれ、「本件発明1」?「本件発明11」という。)は、本件訂正の請求により訂正された特許請求の範囲の請求項1?11に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。

「【請求項1】
アクリル酸系重合体組成物の製造方法であって、前記重合体の全構成単量体単位100質量部に対し、次亜リン酸化合物を0.5?4.5部使用し、かつ前記次亜リン酸化合物全量の1?50質量%を単量体供給前に反応器へ投入し、重合温度が68?82℃であることを特徴とするアクリル酸系重合体組成物の製造方法。
【請求項2】
重合溶媒として、水及びイソプロピルアルコールの混合溶液を使用することを特徴とする請求項1に記載のアクリル酸系重合体組成物の製造方法。
【請求項3】
前記アクリル酸系重合体の固形分に対し、亜リン酸イオンが20?1,000質量ppm含まれる請求項1又は2に記載のアクリル酸系重合体組成物の製造方法。
【請求項4】
前記アクリル酸系重合体の固形分に対し、さらに次亜リン酸イオンが200?5,000質量ppm含まれる請求項3に記載のアクリル酸系重合体組成物の製造方法。
【請求項5】
前記アクリル酸系重合体の重量平均分子量が3,000?30,000である請求項1?4のいずれか1項に記載のアクリル酸系重合体組成物の製造方法。
【請求項6】
(削除)
【請求項7】
(削除)
【請求項8】
(削除)
【請求項9】
(削除)
【請求項10】
(削除)
【請求項11】
(削除)

第4 当審で通知した取消理由(決定の予告)の概要及び該取消理由についての判断
(1)概要
当審で平成29年5月8日付けで通知した取消理由通知(決定の予告)の概要は、以下のとおりである。

本件発明6?11は、その出願の優先日前に日本国内または外国において頒布された刊行物である甲1又は甲2に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができるものではないものであって、本件発明6?11についての特許は、同法第29条に違反してされたものであるから、同法第113条第2号の規定に該当し、取り消されるべきものである。
<引用刊行物>
甲1:特開2000-80396号公報(申立人による異議申立書の甲第1号証)
甲2:国際公開第2012/086716号(同甲第2号証)

(2)取消理由通知(決定の予告)での取消理由についての判断
請求項6?11に係る発明についての特許は、本件訂正の請求による訂正により発明を特定する技術事項が全て削除されたため、請求項6?11に対してする特許異議の申立てについては、対象となる発明が存在しない。
よって、請求項6?11に係る発明についての特許に対する特許異議の申立ては、申立の対象が存在しない点で不備であり、その不備は補正により解消することができないものであるから、特許法第120条の8で準用する同法第135条の規定により却下すべきものである。


第5 取消理由通知で採用しなかった本件発明1?5についての特許異議申立理由について
1 特許異議申立理由の概要
申立人が特許異議申立書で提示した証拠方法及び、申立人が主張する、取消理由通知において採用しなかった本件発明1?5の特許についての特許異議申立理由は、次のとおりである。
<証拠方法>
甲第1号証:特開2000-80396号公報
甲第2号証:国際公開第2012/086716号
甲第3号証:中国特許出願公開第102863573号明細書
甲第4号証:甲第3号証の英文機械翻訳
甲第5号証:実験成績証明書

(以下、「甲第1号証」?「甲第5号証」を、それぞれ、「甲1」?「甲5」ともいう。)

<特許異議申立理由>
(1)本件発明1?5は、その出願の優先日前に日本国内または外国において頒布された刊行物である甲1の実施例A-1に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができるものではないものであるし、また、該発明から当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。よって、本件発明1?5に係る発明についての特許は、同法第29条に違反してされたものであるから、同法第113条第2号の規定に該当し、取り消されるべきものである。(以下、「取消理由1」という。)

(2)本件発明1?5は、その出願の優先日前に日本国内または外国において頒布された刊行物である甲2の実施例3及び4に記載された発明に、甲1に記載の技術的知見を組み合わせることで当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであって、本件発明1?5についての特許は、同法第29条に違反してされたものであるから、同法第113条第2号の規定に該当し、取り消されるべきものである。(以下、「取消理由2」という。)

(3)本件特許明細書の実施例1を再現して得られたアクリル酸系重合体水溶液(甲5のN1)と、本件発明1の要件を満たさない製造方法である、甲2の実施例3、4を再現したアクリル酸系重合体水溶液(甲5のN5、N6)の、無機粒子分散性能及び洗浄性能を評価した結果、いずれの性能も、N1と、N5及びN6とで差異はなかったから、本件発明1?5についての特許は、その発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであって、同法第113条第4号の規定に該当し、取り消されるべきものである。(以下、「取消理由3」という。)

(4)本件特許明細書の発明の詳細な説明(実施例)において、過硫酸ナトリウムを所定濃度で含むアクリル酸系重合体組成物において、無機粒子の分散性能や無機物析出抑制能に優れることが示されているとしても、過硫酸ナトリウムも無機粒子の分散性能や無機物析出抑制能に影響する可能性があるから、発明の詳細な説明に開示された結果を、過硫酸ナトリウム使用量が特定されていない本件発明1-5の範囲まで拡張ないし一般化できるとはいえない。
よって、本件特許は、特許法36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであって、同法第113条第4号の規定に該当し、取り消されるべきものである。(以下、「取消理由4」という。)

そこで、以下に申立人が主張する無効理由1?4について検討する。

2 取消理由1についての判断
(1)甲1の記載事項及び甲1に記載された発明
甲1には、以下の記載がある。
・【0038】?【0040】及び【0048】の表1
「【0038】以下の実施例A-1?10、比較例A-1?7にポリ(メタ)アクリル酸(塩)系重合体の合成例を示すが、実施例A-1?10のうち、実施例A-1,8,9では、連鎖移動剤の1?50%を予め反応器に仕込み、残りを逐次供給しているため、これらの重合体を洗剤ビルダーとして用いた場合にも、洗剤ビルダー以外の用途に用いた場合にも、本発明の実施例となる。実施例A-1,8,9以外は、連鎖移動剤の100%を逐次供給しているため、これらの重合体を洗剤ビルダーとして用いた場合には本発明の実施例となるが、洗剤ビルダー以外の用途に用いた場合には、本発明の実施例とはならない。比較例A-1?7の重合体は、洗剤ビルダーとして用いた場合にも、洗剤ビルダー以外の用途に用いた場合にも、本発明の実施例とならない。
[実施例A-1]攪拌機及びコンデンサーを備えた容量5LのSUS316製セパラブルフラスコに、イオン交換水805.5部及び45%次亜リン酸ナトリウム1水和物水溶液40.1部を仕込み、攪拌下、系の沸点(100℃)まで昇温した。
【0039】そこに、80%アクリル酸水溶液2126.1部(アクリル酸1700.9部とイオン交換水425.2部)、15%過硫酸ナトリウム水溶液112.4部(過硫酸ナトリウム16.86部とイオン交換水95.54部)及び45%次亜リン酸ナトリウム1水和物水溶液160.2部(次亜リン酸ナトリウム1水和物70.11部とイオン交換水90.09部)をそれぞれ別々の滴下口より滴下した。80%アクリル酸水溶液は180分で滴下した。15%過硫酸ナトリウム水溶液は185分で滴下した。45%次亜リン酸ナトリウム1水和物水溶液は180分で滴下した。過硫酸ナトリウムの使用量はアクリル酸1モルに対して0.003モルである。次亜リン酸ナトリウム1水和物の総使用量はアクリル酸1モルに対して0.036モルである。尚、[単量体成分、連鎖移動剤及び重合開始剤の合計量]と[水系媒体の合計量]との比率は、56:44であった。また、反応器への初期仕込みの水系媒体量は水系媒体の合計量の58%であった。また、反応器への初期仕込みの次亜リン酸ナトリウム1水和物量は次亜リン酸ナトリウム1水和物の合計量の20%であった。滴下期間中、反応温度は系の沸点(100?105℃)を維持した。
【0040】滴下終了後、同温度に5分間保持することにより熟成を終了した。このようにして、ポリアクリル酸(1)を得た。ポリアクリル酸(1)の分子量及び分子量分布(D値)を前記した方法により測定した。その結果を表1に示した。
・・・
【0048】
【表1】




甲1の上記記載事項(〔実施例A-1〕(【0038】?【0040】))によれば、甲1には、次の発明(「実施例A-1発明」という。)」が記載されている。

<実施例A-1発明>
「以下の実施例A-1に記載の製造方法である、ポリアクリル酸(1)の製造方法。

実施例A-1に記載の製造方法;
攪拌機及びコンデンサーを備えた容量5LのSUS316製セパラブルフラスコに、イオン交換水805.5部及び45%次亜リン酸ナトリウム1水和物水溶液40.1部を仕込み、攪拌下、系の沸点(100℃)まで昇温した。
そこに、80%アクリル酸水溶液2126.1部(アクリル酸1700.9部とイオン交換水425.2部)、15%過硫酸ナトリウム水溶液112.4部(過硫酸ナトリウム16.86部とイオン交換水95.54部)及び45%次亜リン酸ナトリウム1水和物水溶液160.2部(次亜リン酸ナトリウム1水和物70.11部とイオン交換水90.09部)をそれぞれ別々の滴下口より滴下した。80%アクリル酸水溶液は180分で滴下した。15%過硫酸ナトリウム水溶液は185分で滴下した。45%次亜リン酸ナトリウム1水和物水溶液は180分で滴下した。過硫酸ナトリウムの使用量はアクリル酸1モルに対して0.003モルである。次亜リン酸ナトリウム1水和物の総使用量はアクリル酸1モルに対して0.036モルである。尚、[単量体成分、連鎖移動剤及び重合開始剤の合計量]と[水系媒体の合計量]との比率は、56:44であった。また、反応器への初期仕込みの水系媒体量は水系媒体の合計量の58%であった。また、反応器への初期仕込みの次亜リン酸ナトリウム]1水和物量は次亜リン酸ナトリウム1水和物の合計量の20%であった。滴下期間中、反応温度は系の沸点(100?105℃)を維持した。
滴下終了後、同温度に5分間保持することにより熟成を終了した。このようにして、ポリアクリル酸(1)を得た。」

(2)本件発明1について
本件発明1と実施例A-1発明を対比する。
実施例A-1発明のポリアクリル酸(1)の製造方法において使用されている「アクリル酸」は単量体成分(甲1の【0010】)であって、これは、ポリアクリル酸(1)の全てを構成する単量体であるし、実施例A-1発明の「ポリアクリル酸(1)」、「次亜リン酸ナトリウム1水和物」、「攪拌機及びコンデンサーを備えた容量5LのSUS316製セパラブルフラスコ」及び「反応温度」が、それぞれ、本件発明1の「アクリル酸系重合体組成物」、「次亜リン酸化合物」、「反応器」及び「重合温度」に相当することは当業者に自明である。
また、実施例A-1発明においては、「45%次亜リン酸ナトリウム1水和物水溶液40.1部」を攪拌機及びコンデンサーを備えた容量5LのSUS316製セパラブルフラスコ(反応器))に仕込んで昇温後、80%アクリル酸水溶液及び「45%次亜リン酸ナトリウム1水和物水溶液160.2部(次亜リン酸ナトリウム1水和物70.11部とイオン交換水90.09部)」を滴下しているから、実施例A-1発明における次亜リン酸ナトリウム1水和物の全使用量は、40.1×0.45+70.11=88.16(部)であって、これは、単量体であるアクリル酸1700.9(部)を100質量部として換算すると、88.16÷1700.9×100=5.18(質量部)となる。
また、実施例A-1発明においては、反応器に仕込まれている45%次亜リン酸ナトリウム1水和物水溶液は、アクリル酸水溶液の滴下前に仕込まれているから、本件発明1の「単量体供給前に反応器へ投入」されるものに相当するところ、反応器に仕込まれる次亜リン酸ナトリウム1水和物の割合について、実施例A-1発明では、「反応器への初期仕込みの次亜リン酸ナトリウム1水和物量は次亜リン酸ナトリウム1水和物の合計量の20%」とされており、これは、本件発明1の「次亜リン酸化合物全量の1?50質量%」を満足する。

そうすると、本件発明1と実施例A-1発明とは、
「アクリル酸系重合体組成物の製造方法であって、次亜リン酸化合物を使用し、かつ前記次亜リン酸化合物全量の1?50質量%を単量体供給前に反応器へ投入するアクリル酸系重合体組成物の製造方法。」
で、一致し、以下の点で相違する。
・アクリル酸系重合体組成物の製造方法に使用される次亜リン酸化合物の使用量について、本件発明1では、「重合体の全構成単量体単位100質量部に対し、次亜リン酸化合物を0.5?4.5部」と特定されているのに対し、実施例A-1発明では、「重合体の全構成単量体単位100質量部に対し、5.18部」である点。(以下、「相違点1」という。)
・重合温度について、本件発明1では、「68?82℃」と特定されているのに対し、実施例A-1発明では、系の沸点である「100?105℃」である点。(以下、「相違点2」という。)

そうすると、本件発明1は、実施例A-1発明と、相違点1及び相違点2で相違するのであるから、本件発明1は、甲1の実施例A-1に記載された発明とはいえない。

また、相違点2に関し、甲1の【0019】には、重合温度について、「90?110℃であることがより好ましい」と記載されており、これを、この範囲外の「68?82℃」とする動機付けが存在しないし、本件特許明細書によれば、重合温度が68?82℃の実施例1では、組成物中に含まれる亜リン酸イオンの濃度が低く、各種用途の製品とした場合の性能が優れるという、優れた効果が奏される一方、比較例6のように、重合温度が本件発明1の温度範囲を超える85℃の場合には、組成物中に含まれる亜リン酸イオンの濃度が高くなり、各種用途の製品とした場合の性能が劣ることが示されているのであるから、本件発明1は、甲1の実施例A-1に記載された発明から当業者が容易に想到し得る発明であるともいえない。
そうすると、相違点1を検討するまでもなく、本件発明1は、実施例A-1発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。

よって、申立人が主張する取消理由1によっては、本件発明1についての特許を取り消すことはできない。

(3)本件発明2?5について
本件発明2?5は、いずれも、本件発明1を直接的または間接的に引用する発明であるから、(2)で記載したとおり、少なくとも相違点1及び2で相違しており、甲1の実施例A-1に記載された発明ということはできないし、また、(2)で記載したとおり、実施例A-1発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。
よって、申立人が主張する取消理由1によっては、本件発明2?5についての特許を取り消すことはできない。

なお、甲5は、甲1の実施例A-1の製造方法で得られたポリアクリル酸(1)が、本件発明3?5で特定される技術的事項を満足することを示すとして、申立人が示した甲1の実施例A-1の再現試験の結果を示した実験成績証明書であるが、甲5に示される結果が、上記相違点2についての判断に影響するものではないし、本件発明6?11に関連して提示された甲3は、本件特許出願の優先日以降に公開された文献であり、甲4は、その英文機械翻訳に相当するものであるところ、本件発明1?5は、いずれも優先権主張の基礎とされた出願に記載されていた発明であり、本件特許の出願の優先権主張は有効であるから、甲3及び甲4は、本件発明1?5についての、新規性進歩性の判断に影響するものではない。

3 取消理由2についての判断
(1)甲2の記載事項及び甲2に記載された発明
甲2には、以下の記載がある。
(i)実施例1([0104])
「<実施例1>
バッチ型重合釜(SUS製)と、当該重合釜に備えられた温度計、攪拌器(パドル翼)、外部留出物循環経路及び、ジャケット、供給経路(重合用組成物用及び中和剤用)、並びに、還流冷却装置を有する反応装置を用い、以下に示す重合処方・条件で重合を行った。まずイオン交換水146.8質量部を仕込んだ。その後、重合釜内の水溶液を撹拌しながら、常温下、外部ジャケットにより水溶液の温度を還流するまで昇温させた。
次に、80質量%アクリル酸水溶液(以下、「80%AA」とも称する)383.1質量部を180分間かけて、15質量%過硫酸ナトリウム水溶液(以下、「15%NaPS」とも称する)20.2質量部を185分間かけて、37.4質量%次亜リン酸ナトリウム水溶液(以下、「37.4%SHP」とも称する)36.1質量部を180分間かけて、それぞれ別々の供給経路を通じて先端ノズルより滴下した。それぞれの成分の滴下は、一定の滴下速度で連続的に行った。上記次亜リン酸ナトリウム水溶液に含まれる次亜リン酸(塩)と亜リン酸(塩)の合計量に対する亜リン酸(塩)の含有量(リン系化合物100質量%に対する亜リン酸(塩)の含有量)は、2800ppm(=0.28質量%)(ナトリウム塩換算)であった。
その後、30分間還流条件下で加熱を維持した後、加熱を停止し、水69.3質量部を投入後、48質量%水酸化ナトリウム水溶液345質量部(AA中和率97.1モル%分)を、供給経路を通じて先端ノズルより重合釜内に滴下して、重合体を中和した。以上のようにして、ポリアクリル酸(塩)を含む水溶液(1)を得た。
得られた水溶液(重合体水溶液(1)という)の固形分値は43.2%、有効成分値は40.6%、pHは6.9であった。ポリアクリル酸(塩)の重量平均分子量(Mw)は5900、重量平均分子量(Mw)/数平均分子量(Mn)は2.19であった。重合体水溶液(1)中の無機陰イオンの濃度(主として硫酸イオンと次亜リン酸イオンが検出された)の合計は、3200ppm(その内、リン原子を含む無機陰イオンの濃度は2000ppm)であった。」

(ii)実施例3,4([0107]?[0108])
「<実施例3>
重合条件を表1に記載の方法に変更する以外は、実施例1と同様にして中和率が25.8%のポリアクリル酸(塩)を含む水溶液(3)を得た。得られた重合体水溶液(3)の固形分値は50.2%、有効成分値は56.4%、pHは4.0であった。またポリアクリル酸(塩)の重量平均分子量(Mw)は5500、重量平均分子量(Mw)/数平均分子量(Mn)は2.15であった。重合体水溶液(3)中の無機陰イオンの濃度(主として硫酸イオンと次亜リン酸イオンが検出された)の合計は、4600ppm(その内、リン原子を含む無機陰イオンの濃度は2900ppm)であった。」([0107])

「<実施例4>
重合条件を表1に記載の方法に変更する以外は、実施例1と同様にして中和率が98%のポリアクリル酸(塩)を含む水溶液(4)を得た。得られた重合体水溶液(4)の固形分値は42.1%、有効成分値は40.1%、pHは6.9であった。またポリアクリル酸(塩)の重量平均分子量(Mw)は6100、重量平均分子量(Mw)/数平均分子量(Mn)は2.10であった。重合体水溶液(4)中の無機陰イオンの濃度(主として硫酸イオンと次亜リン酸イオンが検出された)の合計は、3000ppm(その内、リン原子を含む無機陰イオンの濃度は1700ppm)であった。」([0108])

(iii)表1([0111])




ここで、甲2に記載される重合条件を(iii)の表1の実施例3の欄に記載の条件に変更する以外は、(i)で記載した実施例1と同様にして得られた、実施例3の、中和率が25.8%のポリアクリル酸(塩)を含む水溶液(3)の製造方法を、「実施例3発明」とし、また、重合条件を(iii)の表1の実施例4の欄に記載の条件に変更する以外は、(i)で記載した実施例1と同様にして得られた実施例4の、中和率が98%のポリアクリル酸(塩)を含む水溶液(4)の製造方法を「実施例4発明」とすると、実施例3発明及び実施例4発明は、次のとおりである。

<実施例3発明>
「以下の製造方法により、中和率が25.8%のポリアクリル酸(塩)を含む水溶液(3)を製造する方法。
製造方法;
バッチ型重合釜(SUS製)と、当該重合釜に備えられた温度計、攪拌器(パドル翼)、外部留出物循環経路及び、ジャケット、供給経路(重合用組成物用及び中和剤用)、並びに、還流冷却装置を有する反応装置を用い、以下に示す重合処方・条件で重合を行った。まずイオン交換水345.0質量部を仕込んだ。その後、重合釜内の水溶液を撹拌しながら、常温下、外部ジャケットにより水溶液の温度を還流するまで昇温させた。
次に、80質量%アクリル酸水溶液(80%AA)900質量部を180分間かけて、15質量%過硫酸ナトリウム水溶液(15%NaPS)48.9質量部を185分間かけて、37.4質量%次亜リン酸ナトリウム水溶液(37.4%SHP)を、17.5質量部を20分間、それに引き続き69.7質量部を160分間かけて(つまり、37.4%SHPは合計180分間滴下)、それぞれ別々の供給経路を通じて先端ノズルより滴下した。それぞれの成分の滴下は、一定の滴下速度で連続的に行った。上記次亜リン酸ナトリウム水溶液に含まれる次亜リン酸(塩)と亜リン酸(塩)の合計量に対する亜リン酸(塩)の含有量(リン系化合物100質量%に対する亜リン酸(塩)の含有量)は、1500ppm(=0.15質量%)(ナトリウム塩換算)であった。
その後、30分間還流条件下で加熱を維持した後、加熱を停止し、水80.0質量部を投入後、48質量%水酸化ナトリウム水溶液215質量部(AA中和率25.8モル%分)を、供給経路を通じて先端ノズルより重合釜内に滴下して、重合体を中和した。以上のようにして、ポリアクリル酸(塩)を含む水溶液(3)を得た。」

<実施例4発明>
「以下の製造方法により、中和率が98%のポリアクリル酸(塩)を含む水溶液(4)を製造する方法。
製造方法;
バッチ型重合釜(SUS製)と、当該重合釜に備えられた温度計、攪拌器(パドル翼)、外部留出物循環経路及び、ジャケット、供給経路(重合用組成物用及び中和剤用)、並びに、還流冷却装置を有する反応装置を用い、以下に示す重合処方・条件で重合を行った。まずイオン交換水350.0質量部を仕込んだ。その後、重合釜内の水溶液を撹拌しながら、常温下、外部ジャケットにより水溶液の温度を還流するまで昇温させた。
次に、80質量%アクリル酸水溶液(80%AA)900質量部を180分間かけて、15質量%過硫酸ナトリウム水溶液(15%NaPS)48.0質量部を185分間かけて、37.4質量%次亜リン酸ナトリウム水溶液(37.4%SHP)8.0質量部を20分間、それに引き続き67.0質量部を160分間かけて(つまり、37.4%SHPは合計180分間滴下)、48質量%水酸化ナトリウム水溶液810質量部を180分間かけて、それぞれ別々の供給経路を通じて先端ノズルより滴下した。それぞれの成分の滴下は、一定の滴下速度で連続的に行った。上記次亜リン酸ナトリウム水溶液に含まれる次亜リン酸(塩)と亜リン酸(塩)の合計量に対する亜リン酸(塩)の含有量(リン系化合物100質量%に対する亜リン酸(塩)の含有量)は、2000ppm(=0.2質量%)(ナトリウム塩換算)であった。
その後、30分間還流条件下で加熱を維持した後、加熱を停止し、水200質量部を投入後、48質量%水酸化ナトリウム水溶液7質量部(AA中和率98.0モル%分)を、供給経路を通じて先端ノズルより重合釜内に滴下して、重合体を中和した。以上のようにして、ポリアクリル酸(塩)を含む水溶液(4)を得た。」

(2)本件発明1について
本件発明1と、実施例3発明または実施例4発明とを対比する。
実施例3発明における「中和率が25.8%のポリアクリル酸(塩)を含む水溶液(3)」及び実施例4発明における「中和率が98%のポリアクリル酸(塩)を含む水溶液(4)」は、本件発明1の「アクリル酸系重合体組成物」に相当するし、実施例3発明または実施例4発明の「次亜リン酸ナトリウム1水和物」は、本件発明1の「次亜リン酸化合物」に、「バッチ型重合釜(SUS製)と、当該重合釜に備えられた温度計、攪拌器(パドル翼)、外部留出物循環経路及び、ジャケット、供給経路(重合用組成物用及び中和剤用)、並びに、還流冷却装置を有する反応装置」は「反応器」に、それぞれ、相当する。
また、実施例3発明または実施例4発明の製造方法において使用されている「アクリル酸」は単量体(甲2の【0013】)であって、これは、実施例3発明または実施例4発明の「ポリアクリル酸」の全てを構成する単量体であるところ、実施例3発明では、80質量%アクリル酸水溶液を900質量部(つまり、アクリル酸は、0.8×900=720(質量部))に対し、37.4質量%次亜リン酸ナトリウム水溶液を17.5+69.7=87.2(質量部)(つまり、次亜リン酸ナトリウムを0.374×87.2=32.6(質量部))を使用してポリアクリル酸(塩)を含む水溶液(3)を製造しているから、これを単量体であるアクリル酸100質量部として換算すると、32.6÷720×100=4.5(質量部)となり、本件発明1の「0.5?4.5部」を満足する。
実施例4発明では、80質量%アクリル酸水溶液を900質量部(つまり、アクリル酸は720質量部)に対し、37.4質量%次亜リン酸ナトリウム水溶液を8.0+67.0=75.0(質量部)(つまり、次亜リン酸ナトリウムを0.374×75.0=28.05(質量部))を使用してポリアクリル酸(塩)を含む水溶液(4)を製造しているから、これを単量体であるアクリル酸100質量部として換算すると、28.05÷720×100=3.9(質量部)となり、本件発明1の「0.5?4.5部」を満足する。
さらに、実施例3発明または実施例4発明においては、重合を重合反応系での「還流条件」で行っていることから、重合温度は「反応系における還流温度」であるといえる。

そうすると、本件発明1と、実施例3発明または実施例4発明とは、
「アクリル酸系重合体組成物の製造方法であって、前記重合体の全構成単量体単位100質量部に対し、次亜リン酸化合物を0.5?4.5部使用するアクリル酸系重合体組成物の製造方法。」
で、一致し、以下の点で相違する。

・次亜リン酸化合物の反応器への投入について、本件発明1の製造方法では「全量の1?50質量%を単量体供給前に反応器へ投入」すると特定されているのに対し、実施例3発明または実施例4発明では、単量体供給と同時に反応器へ投入されており、「全量の1?50質量%を単量体供給前に反応器へ投入」するものではない点。(以下、「相違点3」という。)
・重合温度について、本件発明1では、「68?82℃」と特定されているのに対し、実施例A-1発明では、「反応系における還流温度」である点。(以下、「相違点4」という。)

相違点4に関し、実施例3発明または実施例4発明の反応は、水溶液系での反応であるから、還流温度は水の沸点(100℃)である蓋然性が高いと解されるところ、申立人は、重合温度に関する相違点4について、「68?82℃」とすることが、甲1を参照することにより当業者が容易になし得ることであると主張している(特許異議申立書のウ(ツ))。
しかしながら、「2 取消理由1についての判断」の(2)で説示したとおり、「68?82℃」は、甲1で好ましいとされる重合温度を外れており、甲1を参照しても、重合温度を「68?82℃」とすることが当業者が容易になし得ることであるとすることはできない。
一方、本件発明1では、当該重合温度とすることで、前述のとおりの優れた効果が奏されるのであるから、相違点3について検討するまでもなく、本件発明1が、甲2の実施例3及び4に記載された発明に甲1に記載の技術的知見を組み合わせることで、当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。

よって、申立人が主張する取消理由2によっては、本件発明1についての特許を取り消すことはできない。

(3)本件発明2?5について
本件発明2?5は、いずれも、本件発明1を直接的または間接的に引用する発明であるから、(2)で記載したとおり、実施例3発明または実施例4発明とは少なくとも相違点3及び4で相違しているところ、少なくとも相違点4については、甲1に記載の技術的知見を組み合わせても、甲2の実施例3または4に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできないことは、(2)で述べたとおりであるから、本件発明2?5が、甲2の実施例3及び4に記載された発明に甲1に記載の技術的知見を組み合わせることで、当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。
よって、申立人が主張する取消理由2によって、本件発明2?5についての特許を取り消すことはできない。

4 取消理由3についての判断
申立人は、特許異議申立書において甲第5号証の実験成績証明書(以下、「甲5」という。)を提示して、本件発明1の製造方法を満たす、本件特許の実施例1の再現実験に当たるアクリル酸系重合体水溶液N1と、本件発明1に記載の製造方法を満たさない、甲2の実施例3の及び4の再現実験に当たる、アクリル酸系重合体水溶液N5及びアクリル酸系重合体水溶液N6とでは、無機粒子分散性能及び洗浄性能に差異がないから、本件発明1?5は特許法第36条第4項第1号に規定する要件(実施可能要件)を満たしていないとの理由で、本件発明1?5についての特許は取り消されるべきものである旨主張する(特許異議申立書のエ(ア))。
そこで、本件発明1?5について、実施可能要件を満たすか(発明の詳細な説明の記載は、当業者が発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるか)について検討する。

本件発明1?5は、アクリル酸系重合体組成物の製造方法の発明であって、「物を生産する方法」の発明に該当するところ、物を生産する方法(製造方法)の発明において、実施可能要件を満足するというためには、発明の詳細な説明の記載に、その物の生産方法(製造方法)を当業者が使用でき、かつ、その生産方法(製造方法)により生産した物を当業者が使用できる程度に記載されている必要がある。
そこで、本件特許明細書の記載を検討すると、発明の詳細な説明の実施例1?15には、重合溶媒として水及びイソプロピルアルコールの混合溶液を使用し、アクリル酸系重合体の全構成単量体単位100質量部に対し、次亜リン酸化合物を0.8?3.8部使用し、かつ、次亜リン酸化合物全量の3?45質量%を単量体供給前に反応器へ投入し、重合温度を75?80℃の範囲とした重合方法により、アクリル酸系重合体組成物が製造できたことが具体的に示されているし、当該製造方法で製造された重合体組成物には、アクリル酸系重合体の固形分に対し、亜リン酸イオンが22?900質量ppm、次亜リン酸イオンが400?4,600質量ppm含まれ、アクリル酸系重合体の重量平均分子量は、3,200?18,000であったことも示されている(表1)。そして、これらの製造条件は、本件発明1?5に特定される製造条件を満足する。
そうすると、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載から、当業者は、本件発明1?5の製造方法によって、アクリル酸系重合体組成物が製造できることを理解できるといえる。
また、実施例1?15には、製造されたアクリル酸系重合体組成物についての、重質炭酸カルシウムの湿式粉砕試験、軽質炭酸カルシウムの分散試験、泥土の分散試験、カルシウムイオン補足能試験、炭酸カルシウムスケール抑制試験及び汚染布を使用した洗浄力試験の結果についても具体的に示されており(表1)、これによれば、本件発明1?5のアクリル酸系重合体組成物の製造方法により得られたアクリル酸系重合体組成物は、炭酸カルシウム顔料に対する分散性能や、泥土の分散性能、炭酸カルシウム等の無機物の析出抑制機能、汚染布の洗浄機能を有しており、顔料分散剤、洗剤及び無機物析出抑制剤等の用途に使用できることが理解できる。

そうすると、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載から、当業者は、本件発明1?5の製造方法によってアクリル酸系重合体組成物が製造できること、及び、該製造方法で得られたアクリル酸系重合体組成物が、顔料分散剤や洗剤等に使用できることを理解することができるのであるから、本件発明1?5について、実施可能要件を満たしているといえる。

そして、申立人が主張するように、甲5に示されるアクリル酸系重合体水溶液N1での実験結果と、N2及びN3のアクリル酸系重合体水溶液での実験結果とで無機粒子分散性能及び洗浄性能に差異がない場合であっても、本件発明1?5の製造方法によりアクリル酸系重合体組成物が製造でき、また、該製造方法で得られたアクリル酸系重合体組成物は顔料分散剤や洗剤等に使用できるのであるから、当該実験結果を根拠として、アクリル酸系重合体組成物の製造方法に関する本件発明1?5が、実施可能要件を満たさないとすることはできない。むしろ、甲5のN1に、本件発明1の製造方法を満たす本件の実施例1の再現実験により、アクリル酸系重合体水溶液が製造できたことが示されており、洗浄力試験において洗浄率が56%の値であり、洗浄できたことが示されていることからすると、甲5にも、本件発明1?5について、実施可能要件を満たすことが示されているといえる。

以上のとおり、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本件発明1?5の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであって、本件は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たすといえる。

したがって、申立人が主張する取消理由3によっては、本件発明1?5についての特許を取り消すことはできない。

5 取消理由4についての判断
サポート要件を満足するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明が解決しようとする課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否か、また、その記載がなくとも、当業者が出願時の技術常識に照らし、当該発明が解決しようとする課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり、そして、出願時の技術常識も考慮して、請求項に係る発明が、発明の詳細な説明において、発明が解決しようとする課題を解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲内であると判断された場合には、該請求項に係る発明は、発明の詳細な説明に実質的に記載されているといえ、特許法第36条第6項第1号の規定を満たすといえる。
これを、本件についてみると、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載(【0002】?【0010】、【0051】特に、【0007】及び【0008】)によれば、本件発明1?5が解決しようとする課題は、「アクリル酸系重合体組成物が特定量の亜リン酸イオン(アクリル酸系重合体の固形分に対し、亜リン酸イオンが20?1,000質量ppm)を含有することにより優れた分散性能を示し、顔料分散剤、洗剤及び無機物析出抑制剤等の用途に用いた場合に優れた性能を示すことができる、低分子量(重量平均分子量が3,000?30,000)のアクリル酸系重合体を含む、アクリル酸系重合体組成物を、多量の連鎖移動剤を使用することなく得るための製造方法を提供すること」であると認められる。
そこで、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載から、本件特許の出願時の技術常識も考慮して、本件発明1?5が、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明が解決しようとする課題を解決できると認識できる範囲内のものであると言えるかについて検討する。

(1)本件発明1について
本件発明1は、第3の請求項1に記載したとおりのものであるところ、本件発明1の発明特定事項に関し、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、以下の記載がある。

(i)次亜リン酸化合物を0.5?4.5部使用する点について
【0035】には、「本発明におけるアクリル酸系重合体の製造方法では、連鎖移動剤として次亜リン酸化合物を使用する。その使用量は、単量体100質量部に対して、0.5?4.5質量部であ・・・る。次亜リン酸化合物の使用量が上記範囲内であると、重量平均分子量が3,000?30,000の重合体が効率的に得られる。・・・次亜リン酸化合物の使用量を4.5質量部以下とすることにより、亜リン酸イオン濃度を1,000質量ppm以下に制御することが容易となる。」と記載されている。

(ii)次亜リン酸化合物全量の1?50質量%を単量体供給前に反応器へ投入する点について
【0036】には、「次亜リン酸化合物全量の1?50質量%に相当する分を単量体供給前に反応器へ投入することが必要である。・・・単量体供給前に、反応器へ次亜リン酸化合物をその全量の1質量%以上投入することにより、得られるアクリル酸系重合体組成物中の亜リン酸イオン濃度を本発明で規定する必要量(20質量ppm)に調整し易くなる。また、50質量%以下とすることにより、得られるアクリル酸系重合体組成物中の亜リン酸イオン濃度を本発明で規定する上限値(1,000質量ppm)以下に調整し易くなる。」と記載されている。

(iii)重合温度を68?82℃とする点について
【0046】には、「アクリル酸系重合体を得る際の重合反応における重合温度としては、68?82℃の範囲で行われ、70?80℃の範囲がより好ましい。
重合温度を68℃以上にすることで、未反応単量体の量を低減することができる。また、高温、特に82℃を超えるような温度では、連鎖移動剤として次亜リン酸化合物を使用した場合に、これが亜リン酸化合物等へ酸化される。このため、重合温度を82℃以下とすることにより、アクリル酸系重合体組成物中の亜リン酸イオン濃度を本発明で規定する値以下に容易に制御することができる。」と記載されている。

(vi)本件発明1の製造方法で得られる組成物について
本件発明1の製造方法で得られる組成物について、【0031】には、「本発明のアクリル酸系重合体組成物は、当該アクリル酸系重合体の固形分に対して20?1,000質量ppmの亜リン酸イオンを含有する。・・・亜リン酸イオンが20質量ppm未満の場合、並びに1,000質量ppmを超える場合には、アクリル酸系重合体組成物の分散性や無機物析出抑制能等の性能が不十分となることがある。」と記載され、また、【0032】には、「本発明では、アクリル酸系重合体組成物中の亜リン酸イオン濃度を20?1,000質量ppmとすることにより、優れた分散性や無機物析出抑制能等を発揮することが可能となる。」と記載されている。
また、【0034】には、「本発明におけるアクリル酸系重合体の重量平均分子量(Mw)は3,000?30,000の範囲であることが好ましく、・・・重量平均分子量が3,000未満ではアクリル酸系重合体を分散剤等に用いた際に分散安定性が不十分となる場合があり、30,000を超えると分散に不適当な高分子量の重合体の割合が増加するために分散性が不足する場合がある。」と記載されている。
さらに、【0051】には、「本願発明によるアクリル酸系重合体組成物は、特定濃度の亜リン酸イオンを含むため、顔料分散剤、洗剤、無機物析出抑制剤等の用途において、優れた性能を発揮する。」と記載されている。

(i)?(iv)によれば、本件発明1の発明特定事項を備えた製造方法とすることで、低分子量(重量平均分子量が3,000?30,000)のアクリル酸系重合体を含み、アクリル酸系重合体の固形分に対し、亜リン酸イオンを20?1,000質量ppm含有することで優れた分散性能を示すアクリル酸系重合体組成物であって、顔料分散剤、洗剤及び無機物析出抑制剤等の用途に用いた場合に優れた性能を示すことができるアクリル酸系重合体組成物を製造できることが記載されているし、本件発明1では、連鎖移動剤として使用される次亜リン酸化合物は、重合体の全構成単量体単位100質量部に対し、次亜リン酸化合物を0.5?4.5部と少量になっている。
そうすると、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載から、当業者は、本件発明1の発明特定事項を備える製造方法により、「アクリル酸系重合体組成物が特定量の亜リン酸イオン(アクリル酸系重合体の固形分に対し、亜リン酸イオンが20?1,000質量ppm)を含有することにより優れた分散性能を示し、顔料分散剤、洗剤及び無機物析出抑制剤等の用途に用いた場合に優れた性能を示すことができる、低分子量(重量平均分子量が3,000?30,000)のアクリル酸系重合体を含む、アクリル酸系重合体組成物を、多量の連鎖移動剤を使用することなく得るための製造方法を提供する」という本件発明1が解決しようとする課題を解決できることが理解できる。

また、4で既に説示したとおり、本件特許明細書の実施例1?15には、本件発明1の発明特定事項を備える製造方法により、アクリル酸系重合体の固形分に対し、亜リン酸イオンが22?900質量ppm、次亜リン酸イオンが400?4,600質量ppm含まれ、アクリル酸系重合体の重量平均分子量が、3,200?18,000の組成物が得られたことが具体的に示されており、また、重質炭酸カルシウムの湿式粉砕試験、軽質炭酸カルシウムの分散試験、泥土の分散試験、カルシウムイオン補足能試験、炭酸カルシウムスケール抑制試験及び汚染布を使用した洗浄力試験の結果についても具体的に示されており(表1)、これによれば、当業者は、本件発明1?5の発明特定事項を備える製造方法により得られたアクリル酸系重合体組成物は、炭酸カルシウム顔料に対する分散性能や、泥土の分散性能、炭酸カルシウム等の無機物の析出抑制機能、汚染布の洗浄機能を有しており、顔料分散剤、洗剤及び無機物析出抑制剤等の用途用いた場合に優れた性能を示すことができると理解できる。

そうすると、これらの本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載から、当業者は、本件発明1の発明特定事項を備えた製造方法によって、本件発明1が解決しようとする課題を解決できることを理解できるといえる。

よって、本件発明1はサポート要件を満たすといえる。

(2)本件発明2?5について
本件発明2?5は、第3の請求項2?5にそれぞれ記載したとおりのものである。
そして、本件発明2?5は、本件発明1を更に好ましい態様に限定するものであるところ、本件特許明細書の上記実施例1?15の製造方法は、いずれも、重合溶媒として水及びイソプロピルアルコールの混合溶液を使用しており、本件発明2で更に限定されている発明特定事項を満足するし、本件発明3?5に特定される発明特定事項(亜リン酸イオン濃度の特定、次亜リン酸イオン濃度の特定、及び、アクリル酸系重合体の重量平均分子量の特定)も満足するものであるし、本件特許明細書には、(1)の(iv)で指摘したとおりの記載があるほか、【0033】には、次亜リン酸イオンを200?5,000質量ppmの範囲とする点について、「200質量ppm以上の場合は、アクリル酸系重合体組成物の分散性能等が向上する傾向がある。・・・一方、次亜リン酸イオン濃度が高すぎると組成物中に占める有効成分であるアクリル酸系重合体の割合が低下するため、5,000質量ppm程度を上限とするのが望ましい。」と記載されている。
そうすると、本件発明2?5についても、「アクリル酸系重合体組成物が特定量の亜リン酸イオン(アクリル酸系重合体の固形分に対し、亜リン酸イオンが20?1,000質量ppm)を含有することにより優れた分散性能を示し、顔料分散剤、洗剤及び無機物析出抑制剤等の用途に用いた場合に優れた性能を示すことができる、低分子量(重量平均分子量が3,000?30,000)のアクリル酸系重合体を含む(本件発明4については、さらに、「アクリル酸系重合体の固形分に対し、次亜リン酸イオンが200?5,000質量ppm含まれる」)、アクリル酸系重合体組成物を、多量の連鎖移動剤を使用することなく得るための製造方法を提供する」という本件発明2?5が解決しようとする課題を解決できることを理解できる。

よって、本件発明2?5についても、サポート要件を満たすといえる

(3)申立人の主張する取消理由4について
申立人は、特許異議申立書において、本件特許明細書の実施例のアクリル酸系重合体組成物は、いずれも重合開始剤として過硫酸ナトリウム水溶液を所定の割合で使用して得られたものであるところ、亜リン酸イオン濃度が無機粒子の分散性能や無機物析出抑制能に影響するのであれば、過硫酸ナトリウムも無機粒子の分散性能や無機物析出抑制能に影響する可能性があると考えられるのに、本件特許発明1?5には過硫酸ナトリウムの使用量が特定されていないから、本件発明1?5についての特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件(サポート要件)を満たしていない特許出願に対してされたものであって、取り消されるべきものである旨主張する(特許異議申立書のエ(イ))。

ここで、申立人の主張は、重合工程を経て製造されたアクリル酸系重合体組成物に過硫酸ナトリウムが含まれることを前提とするところ、重合工程を経て製造された該組成物中に、過硫酸ナトリウムは含まれないと解される(重合反応後には、重合開始剤としての過硫酸ナトリウムは通常分解しており、過硫酸ナトリウム自体は、もはや組成物中には存在しないと解される。)から、申立人の主張自体が技術的な前提において間違っており失当であるが、仮に、過硫酸ナトリウムが分解せずに、残留する場合を想定して以下に検討する。

本件発明1?5の発明には、重合開始剤として過硫酸ナトリウムを用いることは特定されていないが、アクリル酸系共重合体の製造において、重合工程で重合開始剤である過硫酸ナトリウムを適量用いて重合を行うことは本件特許の出願時の周知慣用の技術であるから、当業者は、本件発明1?5の製造方法における重合工程においても、重合開始剤である過硫酸ナトリウムが、適宜、適量使用されると認識すると認められる。
本件特許明細書には、過硫酸ナトリウムの使用量について、【0045】に、「アクリル酸系重合体を構成する全単量体の合計重量に基づいて、0.1?15重量%」であり、「0.1重量%以上にすることにより(共)重合率を向上させることができ、15重量%以下とすることにより、得られる重合体の安定性を向上させ」ることができることが記載され、また、実施例の多くでは、アクリル酸600gに対し、15%過硫酸ナトリウム水溶液を40g(つまり、過硫酸ナトリウムとして6g)を使用して重合を行っている(表1)ところ、この配合量は、一般的なアクリル酸系重合体における配合量と一致する(例えば、申立人が提示した甲1の実施例における過硫酸ナトリウムの使用量も、甲1の【0039】によれば、アクリル酸1700.9部に対し過硫酸ナトリウム16.86部であり、アクリル酸の合計重量に基づくと約1重量%であるし、同甲2の[0104]の表1の実施例1によると、80%アクリル酸水溶液383.1質量部に対し、15%過硫酸ナトリウム水溶液は20.2質量部であるから、過硫酸ナトリウムの使用量は、0.15×20.2÷0.8×383.1×100=約1(重量%)である。)
そうすると、本件発明1?5の発明特定事項に、過硫酸ナトリウムの配合量の特定がなくても、本件特許の出願時の当業者は、出願時の周知慣用の技術にもとづけば、過硫酸ナトリウムの好適な配合量を理解することができるのであり、本件発明1?5に特定される事項を備えた製造方法により、アクリル酸系重合体組成物が特定量の亜リン酸イオン(アクリル酸系重合体の固形分に対し、亜リン酸イオンが20?1,000質量ppm)を含有することにより優れた分散性能を示し、顔料分散剤、洗剤及び無機物析出抑制剤等の用途に用いた場合に優れた性能を示すことができる、低分子量(重量平均分子量が3,000?30,000)のアクリル酸系重合体を含む、アクリル酸系重合体組成物を、多量の連鎖移動剤を使用することなく製造することができるのであるから、本件特許発明1?5に過硫酸ナトリウムの使用量が特定されていなくても、本件発明1?5は、サポート要件を満たしているといえる。
そして、重合工程で重合開始剤として含まれる過硫酸ナトリウムが、得られるアクリル酸系共重合体組成物の性質に影響を与える可能性はあるとしても、本件特許明細書で示される亜リン酸の場合のように、共重合体を分散剤等の用途に使用する場合の機能に大きく影響し、本件特許明細書の具体例で使用されている程度の量含まれない場合には、本件発明1?5の製造方法により製造される、亜リン酸イオン含量が、アクリル酸系重合体の固形分に対し、亜リン酸イオンが20?1,000質量ppmを満足する組成物の場合であっても、分散剤等の用途とした場合に機能を奏し得ないことが、本件特許の出願時の技術常識であったとは解されないし、また、そのことが、実験結果等で示されている訳でもない。
よって、申立人の主張には根拠がなく採用できない。

(4)まとめ
(1)?(3)で述べたとおり、本件発明1?5は、発明の詳細な説明に記載されたものであるといえ、本件発明1?5についての特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たすものといえる。
したがって、申立人が異議申立書に記載した取消理由4によっては、本件発明1?5に係る特許を取り消すことはできない。

第6 むすび
以上のとおり、本件発明1?5に係る特許については、特許異議申立書に記載した特許異議申立理由(取消理由1?4)によっては、取り消すことはできない。
また、他に本件発明1?5に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
さらに、本件発明6?11に係る特許は、本件訂正の請求による訂正により削除されたため、請求項6?11に対してする特許異議の申立てについては、不適法なものであり、却下すべきものである。

よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アクリル酸系重合体組成物の製造方法であって、前記重合体の全構成単量体単位100質量部に対し、次亜リン酸化合物を0.5?4.5部使用し、かつ前記次亜リン酸化合物全量の1?50質量%を単量体供給前に反応器へ投入し、重合温度が68?82℃であることを特徴とするアクリル酸系重合体組成物の製造方法。
【請求項2】
重合溶媒として、水及びイソプロピルアルコールの混合溶液を使用することを特徴とする請求項1に記載のアクリル酸系重合体組成物の製造方法。
【請求項3】
前記アクリル酸系重合体の固形分に対し、亜リン酸イオンが20?1,000質量ppm含まれる請求項1又は2に記載のアクリル酸系重合体組成物の製造方法。
【請求項4】
前記アクリル酸系重合体の固形分に対し、さらに次亜リン酸イオンが200?5,000質量ppm含まれる請求項3に記載のアクリル酸系重合体組成物の製造方法。
【請求項5】
前記アクリル酸系重合体の重量平均分子量が3,000?30,000である請求項1?4のいずれか1項に記載のアクリル酸系重合体組成物の製造方法。
【請求項6】
(削除)
【請求項7】
(削除)
【請求項8】
(削除)
【請求項9】
(削除)
【請求項10】
(削除)
【請求項11】
(削除)
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2017-07-20 
出願番号 特願2014-526901(P2014-526901)
審決分類 P 1 651・ 113- YAA (C08F)
P 1 651・ 537- YAA (C08F)
P 1 651・ 121- YAA (C08F)
P 1 651・ 536- YAA (C08F)
最終処分 維持  
前審関与審査官 繁田 えい子  
特許庁審判長 小野寺 務
特許庁審判官 橋本 栄和
渕野 留香
登録日 2016-04-15 
登録番号 特許第5915750号(P5915750)
権利者 東亞合成株式会社
発明の名称 アクリル酸系重合体組成物及びその製造方法、並びにその用途  
代理人 小島 清路  
代理人 平岩 康幸  
代理人 鈴木 勝雅  
代理人 鈴木 勝雅  
代理人 特許業務法人 安富国際特許事務所  
代理人 平岩 康幸  
代理人 小島 清路  

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