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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C23C
審判 全部申し立て 2項進歩性  C23C
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C23C
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C23C
管理番号 1332277
異議申立番号 異議2016-700652  
総通号数 214 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-10-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-07-29 
確定日 2017-09-08 
異議申立件数
事件の表示 特許第5850619号発明「金属被覆スチールストリップ」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5850619号の請求項1ないし7に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第5850619号の請求項1ないし7に係る特許についての出願は、2009年3月13日(パリ条約による優先権主張 外国庁受理 2008年3月13日 オーストラリア(AU),2008年3月13日 オーストラリア(AU))を国際出願日とする出願であって、平成27年12月11日にその特許権の設定登録がなされ、その後、その特許について特許異議申立人伊達俊二より特許異議の申し立てがされ、当審において平成28年9月27日付けで取消理由が通知され、同年12月28日付けで特許権者より意見書が提出され、平成29年3月1日付けで取消理由(決定の予告)が通知され、同年6月2日付けで特許権者より意見書が提出されたものである。

第2 本件発明
本件特許の請求項1ないし7に係る発明(以下、「本件発明1」・・・「本件発明7」という。)は、以下のとおりである。

「【請求項1】
Al、Zn、Si、およびMgを含む溶融めっき浴にスチールストリップを通し、該ストリップ上に合金コーティングを生成し、該合金コーティングを被覆したストリップを、該めっき浴から、コーティング厚制御ステーションを通し、次いで冷却セクションを通し、該被覆したストリップを冷却し、ストリップ上に合金コーティングを生成する方法を制御し、コーティング中のMg_(2)Si粒子の分布がコーティングの表面にMg_(2)Si粒子の10wt.%以下が存在するように40%以下のコーティングの任意の直径5mmのセクションにおけるコーティングの厚さの変化で該ストリップ上に合金コーティングを生成し、該Al-Zn-Si-Mg合金が下記重量%範囲のアルミニウム元素、亜鉛元素、ケイ素元素、およびマグネシウム元素:
アルミニウム: 40?60%
亜鉛: 40?60%
ケイ素: 0.3?3%
マグネシウム: 0.3?10%
を含有することを特徴とする、耐食性Al-Zn-Si-Mg合金のコーティングをスチールストリップ上に生成するための溶融めっき方法。
【請求項2】
該コーティングの任意の直径5mmのセクションにおける該コーティングの厚さの変化が30%以下である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
コーティング厚22μmに関して、コーティングの直径が1mmよりも大きい領域の最大厚が27μmである、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
該めっき浴を出る被覆ストリップの冷却速度を、ストリップ表面1m^(2)あたりの片側のコーティング質量75グラム以下に対して80℃/秒未満になるように選択する工程を包含する、請求項1?請求項3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
該めっき浴を出る被覆ストリップの冷却速度をストリップ表面1m^(2)あたりの片側のコーティング質量75?100グラムに対して50℃/秒未満になるように選択する工程を包含する、請求項1?請求項3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
該コーティングがSrを250ppmよりも多く含み、Sr添加がコーティング中のMg_(2)Si粒子の上記分布の生成を促進する、請求項1?請求項5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
該溶融浴がSrを3000ppm未満含む、請求項1?請求項6のいずれか一項に記載の方法。」

第3 取消理由について
1 平成28年9月27日付け取消理由通知において通知した取消理由の内容
本件発明1ないし7に係る特許に対して平成28年9月27日付け取消理由通知において通知した取消理由の内容は以下のとおりである。(なお、該取消理由は、特許異議申立理由を全て採用している。)

「 1)本件特許の請求項4、5に係る発明は、本件特許に係る出願の優先日前日本国内または外国において頒布された下記刊行物1(甲第1号証)に記載された発明である。
2)本件特許の請求項4、5に係る発明は、本件特許に係る出願の優先日前日本国内または外国において頒布された下記刊行物1(甲第1号証)に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
3)本件特許は、明細書、特許請求の範囲及び図面の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第4項第1号及び第6項第2号に規定する要件を満たしていない。


ア 理由3)について
特許異議申立書の6頁9行?8頁下から3行を参照のこと。

イ 理由1)、2)について
・引用刊行物1(甲第1号証:特開2002-129300号公報)
・具体的理由は、特許異議申立書の8頁下から2行?12頁末行を参照のこと。 」

2 平成29年3月1日付け取消理由通知(決定の予告)の内容
平成29年3月1日付け取消理由通知(決定の予告)の内容は以下のとおりである。

『当審において、本件発明1ないし7に係る特許に対して通知した取消理由の内、取消理由3(特許法第36条第6項第2号)についての具体的理由は、以下のとおりである。

「本件特許発明1は、ストリップ上に合金コーティングを生成する方法を制御し、コーティング中のMg_(2)Si粒子の分布がコーティングの表面にMg_(2)Si粒子の10wt.%以下が存在するように、ストリップ上に合金コーティングを生成すること、すなわち、ストリップ上に合金コーティングを生成する際に、コーティングの表面にMg_(2)Si粒子の10wt.%以下が存在するようにコーティング中のMg_(2)Si粒子の分布を制御することを必須の構成とする。
・・・
A コーティングの表面に存在するMg_(2)Si粒子の量を求める場合、対象とする表面の範囲、すなわち、当該表面は厚みを有するか否か、厚みを有する場合、どの程度の厚みであるかといった点が重要であるが、発明の詳細な説明には、対象とする表面の範囲が示されていない。

B さらに、Mg_(2)Siの析出形状は、樹脂状形状(「樹枝状形状」の誤記)のような複雑な立体形状をしているため、コーティング表面に存在するのは、当該表面は厚みを有するか否かによらず、複雑な立体形状をしたMg2Si粒子のいわば”氷山の一角”と言える。
よって、Mg_(2)Si粒子の一部でもコーティング表面に存在していれば、そのMg_(2)Si粒子全体がコーティング表面に存在するとするのか、それとも当該粒子のコーティング表面から特定の深さまでの部分がコーティング表面に存在するのか等、何らかの定義が必要と考えられるが、発明の詳細な説明には示されていない。

C また、上述したいずれの場合についても、そのような複雑な立体形状の粒子の重量をどのような方法で決定するのかという点も発明の詳細な説明には示されていない。

D そうすると、「コーティングの表面にMg_(2)Si粒子の10wt.%以下が存在する」は、技術的に十分特定されてないことが明らかであり、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮しても、本件請求項1の記載から発明を明確に把握することができない。
本件特許発明1の従属発明である、本件特許発明2?本件特許発明7についても本件請求項1の記載から発明を明確に把握することができない。」(異議申立書第7頁第18行?第8頁下から3行、なお、「A」?「D」は当審において付与した)である。
・・・ ・・・
・・・ ・・・
第4 本件特許明細書の記載
本件特許明細書中には、以下の記載がある。
(ア)「【0024】
本出願人は、更に、コーティングの厚さの変化を微小化することが、表面が少量のMg_(2)Si粒子しか有さないかまたは少なくとも実質的にMg_(2)Si粒子を有さないようにMg_(2)Si相の分布特性を制御し、それによってMg_(2)Siまだらのリスクが相当低くなることも発見した。Sr添加および固化中の冷却速度の選択と同様に、生じるコーティング微細構造は、外観、耐食性の増加およびコーティング延性の改良に関して有利である。
【0025】
本発明によると、コーティングの微細構造がMg_(2)Si粒子を含有し、上記Mg_(2)Si粒子の分布がコーティングの表面に少量のMg_(2)Si粒子しか存在しないかまたは少なくとも実質的にMg_(2)Si粒子が存在しないAl-Zn-Si-Mg合金のコーティングをスチールストリップ上に備えるAl-Zn-Si-Mg合金被覆スチールストリップが提供される。
【0026】
コーティングの表面領域における少量のMg_(2)Si粒子は、Mg_(2)Si粒子の10wt.%以下であってもよい。」

(イ)「【0052】
本発明によると、コーティング微細構造中のMg_(2)Si粒子の分布がコーティングの表面に少量のMg_(2)Si粒子しか存在しないかまたは実質的にMg_(2)Si粒子が存在しないようになるようにAl、Zn、SiおよびMgおよび要すれば別の元素を含む溶融めっき浴にスチールストリップを通し、合金コーティングをコーティングの厚さを微小変化でストリップ上に生成することを特徴とする耐食性Al-Zn-Si-Mg合金のコーティングをスチールストリップ上に生成するための溶融めっき法も提供される。
【0053】
コーティングの表面領域における少量のMg_(2)Si粒子は、Mg_(2)Si粒子の10wt.%以下である。
【0054】
好ましくは、コーティングの任意の直径5mmのセクションにおけるコーティングの厚さの変化は40%以下であるべきである。」

(ウ)「【実施例】
・・・
【0064】
図1は、本出願人によって行われた本発明を説明する一連の実験の結果をまとめている。
【0065】
この図面の左側は、コーティングが55%Al-Zn-1.5%Si-2.0%Mg合金を含有し、Srを含まない、被覆スチール基材の上面図並びにこのコーティングを横切る断面図である。上記コーティングは、上で議論される固化中の冷却速度およびコーティング厚のバリエーションの選択に関して生成されなかった。
【0066】
そのようなコーティング組成物から生じるまだらは、上面図で矢印によって特定されている。断面図から、Mg_(2)Si粒子がコーティング厚全体に分布することが明らかである。このことは、上記理由で問題がある。
【0067】
この図面の右側は、コーティングが55%Al-Zn-1.5%Si-2.0%Mg合金およびSr 500ppmを含有する、被覆スチール基材の上面図並びにこのコーティングを横切る断面図である。まだらが全く存在しないことは、上面図から明らかである。
加えて、この断面図は、コーティング表面における上の領域およびスチール基材との界面における下の領域を示しており、これらがMg_(2)Si粒子を全く含まず、Mg_(2)Si粒子がコーティングの中央帯に閉じ込められていることを示している。このことは、上記理由から有利である。」

(エ)「




第5 判断
(1)上記Aについて
上記(ア)、(イ)によれば、本件特許発明1は、Al-Zn-Si-Mg合金コーティングの表面(領域)に、少量のMg_(2)Si粒子しか存在しないかまたは少なくとも実質的にMg_(2)Si粒子が存在しないようにすることで、Mg_(2)Si粒子によるまだらの発生を抑えるものと認められる。
そして、上記(ウ)によれば、図1において、被覆スチール基材上面図(左上図)には、まだらが存在し、その断面図(左下図)によると、コーティング厚全体にわたって、Mg_(2)Si粒子が分布していることが確認できる一方、被覆スチール基材上面図(右上図)には、まだらが全く存在せず、その断面図(右下図)によると、図中、それぞれ2本の点線で挟まれて示される、コーティング表面における上の領域およびスチール基材との界面における下の領域(「Mg_(2)Siフリーの領域」とされている)は、Mg_(2)Si粒子を全く含まず、Mg2Si粒子がコーティングの中央帯に閉じ込められていることが確認できる。
そうすると、請求項1に記載される「コーティングの表面にMg_(2)Si粒子の10wt.%以下が存在する」における「コーティングの表面」とは、コーティングの表面から特定の厚みを有する範囲を意味するものと解される。
しかしながら、上記点線で挟まれて示される領域がどの程度の厚さなのか、具体的な数値範囲は明らかではなく、また、本件明細書の記載を見ても、「特定の厚み」の数値範囲は明らかではない。
そうすると、「コーティングの表面にMg_(2)Si粒子の10wt.%以下が存在する」における、「表面」の領域が明確には確定できず、該発明特定事項の技術的意味が不明確である。

(2)上記Bについて
特許権者は、意見書において、「Mg_(2)Si粒子が10wt.%の範囲内であるかどうかを決定することに関して、3次元構造の任意の部分が表面にある場合、Mg_(2)Si粒子が10wt.%の範囲内であることは明細書の開示の結果として生じ、」(第6頁第14?16行)と述べており、3次元構造を有するMg_(2)Si粒子の全体ではなく、任意の部分が特定の範囲に存在する場合には、該粒子は該範囲に存在するものとすると解され、これは、上記(1)における、「コーティングの表面」とは、コーティングの表面からそれぞれ特定の厚みを有する範囲を意味するとの解釈に合致するものの、「特定の厚み」の数値範囲が明らかではない点にかわりはなく、「コーティングの表面にMg_(2)Si粒子の10wt.%以下が存在する」における、「表面」の領域が明確には確定できず、該発明特定事項の技術的意味が不明確である。

(3)上記Cについて
コーティングに含まれるMg_(2)Si粒子の全重量、及びコーティングの表面に存在するMg_(2)Si粒子の重量が、それぞれ、どのように測定されるか、本件明細書中には記載がなく、技術常識を勘案しても明らかではない。
そして、特許権者は、意見書においてこの点について特に釈明もしていない。
そうすると、この点において、「コーティングの表面にMg_(2)Si粒子の10wt.%以下が存在する」ことの技術的意味が不明確である。

(4)よって、上記Dのとおり、「コーティングの表面にMg_(2)Si粒子の10wt.%以下が存在する」は、技術的に十分特定されてないことが明らかであり、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮しても、本件請求項1の記載から発明を明確に把握することができない。
本件特許発明1の従属発明である、本件特許発明2?本件特許発明7についても本件請求項1の記載から発明を明確に把握することができない。』

3 特許権者の意見
平成29年6月2日付け意見書における特許権者の意見の内容は、概略、以下のとおりである。
(1)コーティングの「表面」について
本件特許明細書の[0015]?[0016]には、「まだら」欠陥について記載されており、これらの記載から、「まだら」欠陥とはコーティングの表面における欠陥であることは明らかである。また、[0016]の第1文には、「しみのような外観」と記載されており、「外観」と記載されていることからも明らかなように、「まだら」欠陥とは外部から目視可能な欠陥である。さらに、[0016]の第2文には、上記表面に「暗い領域」を生じることが記載されており、上記「まだら」欠陥は目視可能であり、さらに上記「まだら」欠陥が表面におけるものであることを強調している。・・・
以上のように「コーティングの表面」とは厚さを有さない表面である。
本取消理由通知では、請求項に記載した「コーティングの表面」が図1におけるコーティングの表面と点線の間の領域であると理解して、「コーティングの表面」は表面から特定の厚みを有する領域であると認定している。
しかしながら、図1におけるコーティングの表面と点線の間の領域は、当該領域にはMg_(2)Si粒子が存在していない領域を図示するものであり、請求項に記載した「コーティングの表面」を示すものではない。

(2)厚さを有さない「コーティングの表面」に、「Mg_(2)Si粒子の10wt%以下が存在する」ことの意味
本取消理由通知において、「コーティングの表面」は、表面から特定の厚みを有する領域であると認定している理由は、「Mg_(2)Si粒子の10wt.%以下が存在している」として重量比で特定している以上、「コーティングの表面」は、表面から特定の厚みが必要であると理解したものと推察される。
しかしながら、本件明細書の記載によれば、厚さを有さない「コーティングの表面」から一部でも露出したMg_(2)Si粒子を合計した重量が、全Mg_(2)Siの10wt.%以下であることが理解される。
(i)Mg_(2)Si粒子は3次元構造を有しており、以下の図Aに示すMg_(2)Si粒子(a)のように、Mg_(2)Si粒子のたとえ一部でも表面から露出していると、上面図において「まだら」欠陥として目視可能となる。逆に、Mg_(2)Si粒子(b)のように、Mg_(2)Si粒子コーティングの表面から全く露出していない場合には、コーティングの表面において「まだら」欠陥として目視されることはない。




(ii)以上のように、「コーティングの表面にMg_(2)Si粒子の10wt.%以下が存在する」は、表面欠陥である「まだら」の発生に関与する。言い換えれば、コーティングの表面からその少なくとも一部が露出しているMg_(2)Si粒子の合計重量がMg_(2)Si粒子の総重量の10wt.%以下であると解釈されることは明らかである。



(3)Mg_(2)Si粒子の重量の測定方法について
コーティング中のMg_(2)Si粒子の重量を測定する分析技術は、明細書に記載するまでもなく当業者にはよく知られたものである。このような方法として、コーティング試料を通る多数の断面画像を形成し、得られた複数の断面画像に基づいて、画像処理することによりコーティングの立体構造を把握し、これに基づいて、コーティング中のMg_(2)Si粒子の重量を測定する方法がある。上記断面画像の合計数は、コーティングの表面から少なくとも一部が露出しているMg_(2)Si粒子のパーセンテージを求めるのに十分であるように選択される。具体的な方法として、例えば、コーティング試料を順に断面研磨し、その都度得られる各断面を光学顕微鏡または電子顕微鏡によって観察し、例えば、上記図Bのような画像を形成する。各断面画像の目視評価を行って、上記断面画像ごとに、コーティングの表面からその少なくとも一部が露出しているMg_(2)Si粒子(a)の面積およびコーティング中の全てのMg_(2)Si粒子の面積を測定する。得られるコーティング中の全てのMg_(2)Si粒子の面積に対するMg_(2)Si粒子(a)の面積の比を求め、断面の合計数により平均して、コーティング中の全てのMg_(2)Si粒子に対するMg_(2)Si粒子の体積比とし、重量比に変換して、コーティングに含まれるMg_(2)Si粒子の全重量に対する、コーティングの表面に存在するMg_(2)Si粒子の割合[wt.%]を決定する。このような測定方法は、当業者によく知られたものである。

以上述べたように、本件明細書および図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮すると、「コーティングの表面にMg_(2)Si粒子の10wt.%以下が存在する」ことは、技術的に十分特定されていることが明らかであり、本件請求項1の記載から発明を明確に把握することができる。

4 当審の判断
ア 前記2で引用した取消理由A、Bについて
本件特許明細書中には、以下の記載がある。
「【0015】
本発明の焦点である特定の事項は、「まだら(mottling)」と呼ばれる表面欠陥である。本出願人は、ある固化条件のもとでAl-Zn-Si-Mg合金コーティングにまだらが生じることを発見した。まだらは、コーティング面におけるMg_(2)Si相の存在に関連する。
【0016】
より詳細には、まだらは、多数の粗いMg_(2)Si粒子がコーティングの表面上に互いに集まり、審美的観点から容認できないしみのような外観をもたらす欠陥である。とりわけ、集まったMg_(2)Si粒子は、サイズ約1?5mmの暗い領域を生じ、コーティングの外観に非均一性を導入し、均一な外観が重要な用途に望ましくない被覆製品をつくる。」

上記記載によると、「まだら」が生じる原因は、合金コーティングの表面上において、Mg_(2)Si粒子が集合することにより、しみのような外観をもたらすものであり、これは、表面から少なくとも一部が露出した状態のMg_(2)Si粒子が複数存在することによるものといえる。
そして、図1左下のコーティング断面の写真によれば、コーティング中に存在する粒子の内、コーティングの表面から少なくとも一部が露出した状態の粒子が複数認められ、コーティングの上面図にあたる図1左上の写真によれば、コーティングの表面上にまだら欠陥が発生していることが確認できる。
そうすると、「コーティングの表面」とは、まだら欠陥が発生する、「面」そのもののことであって、特定の厚さを有する「領域」を意味するものではなく、また、「コーティングの表面にMg_(2)Si粒子の10wt.%以下が存在する」とは、コーティング中に存在する全Mg_(2)Si粒子の内、前記「面」から少なくとも一部が露出した状態で存在するMg_(2)Si粒子の割合が10wt.%以下であることを意味するものと解されるから、「コーティングの表面」、「コーティングの表面にMg_(2)Si粒子の10wt.%以下が存在する」の技術的な意味が明確でないとはいえない。

イ 前記2で引用した取消理由C、Dについて
コーティング中に存在する析出物粒子において、所定の粒子の含有割合を求める方法として、コーティング試料を断面研磨して光学顕微鏡等で組織観察を行い、必要に応じて画像処理することにより、該所定の粒子の面積率を求めることは通常行われる手法である(例えば、特開2001-220690号公報(【0014】))。
そして、その含有割合を面積率で表現するか、多数の断面についての平均面積率を求め、それを重量比に変換して表現するかは表現上の差異といえる。

そうすると、コーティングに含まれるMg_(2)Si粒子の全重量、及びコーティングの表面に存在するMg_(2)Si粒子の重量が、それぞれ、どのように測定されるかについて本件明細書中に記載がなくとも、コーティングに含まれる全Mg_(2)Si粒子の内、コーティングの表面に存在するMg_(2)Si粒子の重量比を求めることは可能であるから、「コーティングの表面にMg_(2)Si粒子の10wt.%以下が存在する」の技術的な意味が明確でないとはいえない。
以上のとおり、本件発明1の記載は明確ではないとはいえず、特許法第36条第6項第2号の規定を満たしている。
また、本件請求項1を引用する請求項2?7についても同様である。

5 その他の取消理由について
(1)特許法第36条第4項第1号について
ア 具体的内容
前記2で採用されなかった取消理由のうち、特許法第36条第4項第1号に基づく理由の具体的内容は、概略、以下のとおりである。

「本件特許発明1は、コーティング中のMg_(2)Si粒子の分布がコーティングの表面にMg_(2)Si粒子の10wt.%以下が存在するように40%以下のコーティングの任意の直径5mmのセクションにおけるコーティングの厚さの変化で該ストリップ上に合金コーティングを生成すること、・・・
また、本件特許発明2は、コーティングの任意の直径5mmのセクションにおける該コーティングの厚さの変化が30%以下であることを必須の構成とする。
・・・
発明の詳細な説明の段落【0083】、【0084】の記載から、ストリップ表面を横切る5mmの距離内で公称コーティング厚を40%より多く超えないようにコーティング厚を制御することがコーティング表面に形成されるMg_(2)Si粒子の分布によるまだらを防止するのに重要と解する。
・・・ ・・・
しかしながら、発明の詳細な説明段落【0082】には、「しかしながら、本出願人は、狭い範囲のコーティング厚変化が非常に高くなることがあり、特別な操作手段を適用して変化を制御する必要があることを発見した。」と記載されている。
発明の詳細な説明【0082】の記載から、コーティング厚変化の制御には、特別な操作手段を適用する必要があると解されるが、発明の詳細な説明には、当該特別な操作手段が記載も示唆もされていない。

したがって、発明の詳細な説明は、本件特許発明1,2について、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていない。
また、本件特許発明1および/または本件特許発明2の従属発明である本件特許発明3?7についても同様である。」

イ 当審の判断
【0082】には、コーティング厚変化に対して、特別な操作手段を適用すべきと記載されているが、【0083】?【0084】には、その特別な操作手段によって行なわれる制御の内容が記載され、また、【0008】には、ガスワイピングステーション等のコーティング厚制御手段が記載されているから、【0082】に記載されている特別な操作手段とは、例えばガスワイピングステーションにおいて、【0083】?【0084】に記載されるような内容の制御を行うことを意味していることは、発明の詳細な説明の記載から明らかであるため、当該特別な操作手段が記載も示唆もされてないとはいえない。
よって、発明の詳細な説明は、本件発明1、2について、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていないとはいえない。
また、本件発明1、2を引用する本件特許発明3?7についても同様である。
以上のとおり、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条
第4項第1号の規定を満たしている。

(2)特許法第29条第1項第3号、同条第2項について
ア 具体的理由
前記2で採用されなかった取消理由のうち、特許法第29条第1項第3号及び第2項に基づく理由の具体的内容は、以下のとおりである。
「1)本件特許の請求項4、5に係る発明は、本件特許に係る出願の優先日前日本国内または外国において頒布された下記刊行物1(甲第1号証)に記載された発明である。
2)本件特許の請求項4、5に係る発明は、本件特許に係る出願の優先日前日本国内または外国において頒布された下記刊行物1(甲第1号証)に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。」

イ 甲第1号証の記載事項
(a)「【特許請求の範囲】
【請求項1】 めっき層成分が質量%で、Mg:0.5?2%、Si:0.2?5%、Al:40?65%、Zn:30?60%を含有し、かつ、めっき層中に、Mg全Mg量の99%以上が固溶していることを特徴とする耐食性と加工性に優れた表面処理鋼板。
【請求項2】 鋼帯に質量%で、Mg:0.5?2%、Si:0.2?5%、Al:40?65%、Zn:30?60%を含有するめっきを施し、めっきされた鋼帯が浴から出た後の冷却速度の最大値を30℃/sec以上に制御することを特徴とする耐食性と加工性に優れた表面処理鋼板の製造方法。
【請求項3】 めっき浴に浸漬する鋼帯にNi,Fe,Cu,Crプレめっきを施した後溶融めっきを施すことを特徴とする請求項2記載の耐食性と加工性に優れた表面処理鋼板の製造方法。
【請求項4】 めっき層中に、Ca,Be,Bi,Cr,Coの一種もしくは二種以上を、合計で0.01?1.0%添加することを特徴とする請求項2又は3に記載の耐食性と加工性に優れた表面処理鋼板の製造方法。」

(b)「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、自動車用各種部材、家電、屋根壁等の金属建材等に使用される耐食性と加工性に優れたAl-Zn-Mg-Si系溶融めっき鋼板に関するものである。」

(c)「【0011】長期的に良好な耐食性を得るポイントは、めっき層中にMgを全Mg量の99%以上を固溶させることである。そのためには、めっき浴に浸漬し、めっきされた鋼帯が浴から出た後の冷却速度の最大を30℃/sec以上にすることが望ましい。冷却速度が遅くなると、Mg_(2)Si等の金属間化合物が晶出しやすくなるため、長期的な耐食性が劣化する。冷却速度の最大値は、鋼板の冷却カーブから求める。冷却カーブにおいて、一点でも冷却速度が30℃/sec以上を満足すれば、請求項2の範囲を満足することとなる。尚、めっき層中に固溶させるMg量は100%(完全固溶)とするのが極めて望ましい。」

(d)「【0016】
【実施例】次に、実施例により本発明をさらに詳細に説明する。表1に示す成分の鋼を通常の転炉・真空脱ガス処理により溶製し、鋼片とした後、通常の条件で熱間圧延、冷延工程を行い、冷延鋼板(板厚0.8mm)を得た。これを材料として、90mpmで溶融めっきを行った。溶融アルミめっきは無酸化炉・還元炉タイプのラインを使用し、焼鈍もこの溶融めっきライン内で行った。焼鈍温度は800?850℃とした。めっき浴組成は、Al,Mg,Si量を種々変化させた。これ以外に不純物として、めっき機器やストリップから供給されるFeが0.1?1%含有されていた。めっき浴への侵入板温、浴温はともに580℃とした。めっき後のN_(2)ガスワイピング法でめっき付着量を両面約150g/m^(2) に調節し、冷却装置、後処理としてシランカップリング剤系のノンクロ処理をSiO_(2)量換算で片面約100mg/m^(2)施し、さらに0.5%で調質圧延した。こうして製造した試料を断面観察、EPMAを行い、合金層の厚みおよびめっき層中でのMgの存在状態を確認した。こうして製造しためっき鋼板の特性評価を下に記述する方法で行った。結果を表2に示す。
・・・ ・・・
【表2】


」(なお、下線は当審において付与した。)

ウ 甲第1号証記載の発明
上記(1a)?(1c)によれば、耐食性と加工性に優れたAl-Zn-Mg-Si溶融めっき鋼板及びその製造方法が記載されており、上記(1d)には、実施例として、鋼板をAl、Zn、Mg、Siを含む溶融めっき浴に通し、Al:56質量%、Mg:2.5質量%、Si:1.0質量%、Zn:40質量%を含むめっき層を被覆した鋼板を、ガスワイピングし、次いで冷却装置により被覆した鋼板を冷却速度35℃/secで冷却し、めっき付着量を両面で150g/m^(2) にする工程を有することが記載されている(【表2】中、試料No.13)。
そして、上記(1d)の記載によれば、前記めっき浴及びめっき層には、不純物としてFeが含有されている。

そうすると、甲第1号証には、以下の発明が記載されているといえる。
「Al、Zn、Si、およびMgを含む溶融めっき浴に鋼板を通し、該鋼板上にめっき層を生成し、該めっき層を被覆した鋼板をガスワイピングし、次いで冷却装置により、該めっき層を被覆した鋼板を冷却し、鋼板上にめっき層を生成する方法であって、該めっき浴を出る被覆した鋼板の冷却速度を35℃/secとし、めっき付着量を両面で150g/m^(2) とする工程を有し、該めっき層がAl:56質量%、Mg:2.5質量%、Si:1.0質量%、Zn:40質量%を含む、耐食性Al-Zn-Si-Mgめっき層を鋼板上に生成するための溶融めっき方法。」(以下、「甲1発明」という。)

エ 対比・判断
(エ-1)本件発明4
本件発明4と甲1発明とを対比すると、甲1発明における「鋼板」、「めっき層を被覆した鋼板をガスワイピングし、次いで冷却装置により、該めっき層を被覆した鋼板を冷却し」、「Al:56質量%、Mg:2.5質量%、Si:1.0質量%、Zn:40質量%を含」む「めっき層」は、それぞれ、本件発明4の「スチールストリップ」、「めっき浴から、コーティング厚制御ステーションを通し、次いで冷却セクションを通し、該被覆したストリップを冷却し、ストリップ上に合金コーティングを生成する方法を制御し」、「該Al-Zn-Si-Mg合金が下記重量%範囲のアルミニウム元素、亜鉛元素、ケイ素元素、およびマグネシウム元素:
アルミニウム: 40?60%
亜鉛: 40?60%
ケイ素: 0.3?3%
マグネシウム: 0.3?10%
を含有する」「合金コーティング」に相当する。
また、甲1発明における「めっき付着量が両面で150g/m^(2) となるように生成し、冷却装置によりめっき浴から出た後の冷却速度を35℃/secとする工程」と、本件発明4における「めっき浴を出る被覆ストリップの冷却速度を、ストリップ表面1m^(2)あたりの片側のコーティング質量75グラム以下に対して80℃/秒未満になるように選択する工程」とは、「めっき付着量が両面で150g/m^(2) となるように生成し、冷却装置によりめっき浴から出た後の冷却速度を35℃/secとする工程」である点で共通する。

よって、両者は、下記の一致点、相違点を有する。
(一致点)
「 Al、Zn、Si、およびMgを含む溶融めっき浴にスチールストリップを通し、該ストリップ上に合金コーティングを生成し、該合金コーティングを被覆したストリップを、該めっき浴から、コーティング厚制御ステーションを通し、次いで冷却セクションを通し、該被覆したストリップを冷却し、ストリップ上に合金コーティングを生成する方法を制御し、めっき付着量が両面で150g/m^(2) となるように生成し、冷却装置によりめっき浴から出た後の冷却速度を35℃/secとする工程を有し、該Al-Zn-Si-Mg合金が下記重量%範囲のアルミニウム元素、亜鉛元素、ケイ素元素、およびマグネシウム元素:
アルミニウム: 40?60%
亜鉛: 40?60%
ケイ素: 0.3?3%
マグネシウム: 0.3?10%
を含有する、耐食性Al-Zn-Si-Mg合金のコーティングをスチールストリップ上に生成するための溶融めっき方法。」

(相違点)
本件発明4では、「合金コーティングを生成する方法を制御し、コーティング中のMg_(2)Si粒子の分布がコーティングの表面にMg_(2)Si粒子の10wt.%以下が存在するように40%以下のコーティングの任意の直径5mmのセクションにおけるコーティングの厚さの変化で該ストリップ上に合金コーティングを生成」するのに対し、甲1発明では、それが明らかではない点。

上記相違点について検討すると、「合金コーティングを生成する方法を制御し、コーティング中のMg_(2)Si粒子の分布がコーティングの表面にMg_(2)Si粒子の10wt.%以下が存在する」が、不明確であるとはいえず、また、「40%以下のコーティングの任意の直径5mmのセクションにおけるコーティングの厚さの変化で該ストリップ上に合金コーティングを生成」することを当業者が実施できる程度に明確かつ十分には発明の詳細な説明には記載されていないとまではいえないのは上記「4」、「5(1)」のとおりであるから、当該相違点は実質的な相違点である。

そして、【0080】-【0084】の記載によれば、本件発明4は、コーティング中のMg_(2)Si粒子の分布の存在を前提とし、該相違点に係る事項を有することにより、まだらを防止するものと認められるところ、甲1発明は、甲第1号証の【表2】によれば、めっき層中にMg_(2)Si等の金属間化合物が存在するものの、めっき層の表面に存在するMg_(2)Si粒子の割合は不明である上、甲第1号証に記載の発明は、そもそも、めっき層中にMg_(2)Si等の金属間化合物を存在させないものであり、前記の前提につき、記載も示唆もないのであるから、当業者が容易になし得ることであるとはいえない。

したがって、本件発明4は甲第1号証に記載された発明であるとはいえず、また、甲第1号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。

(エ-2)本件発明5
本件発明5と甲1発明とを対比すると、甲1発明における「めっき付着量が両面で150g/m^(2) となるように生成し、冷却装置によりめっき浴から出た後の冷却速度を35℃/secとする工程」と、本件発明5における「めっき浴を出る被覆ストリップの冷却速度を、ストリップ表面1m^(2)あたりの片側のコーティング質量75?100グラムに対して50℃/秒未満になるように選択する工程」とは、「めっき付着量が両面で150g/m^(2) となるように生成し、冷却装置によりめっき浴から出た後の冷却速度を35℃/secとする工程」である点で共通する。

よって、両者は、上記(エ-1)の本件発明4と甲1発明との相違点と同じ相違点を有する。
そして、該相違点についての判断は、上記(エ-1)のとおりである。

したがって、本件発明5は、甲第1号証に記載された発明であるとはいえず、また、甲第1号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。

第6 むすび
したがって、本件請求項1?7に係る特許は、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立理由によっては、取り消すことができない。
また、他に本件請求項1?7に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2017-08-29 
出願番号 特願2010-549998(P2010-549998)
審決分類 P 1 651・ 121- Y (C23C)
P 1 651・ 113- Y (C23C)
P 1 651・ 536- Y (C23C)
P 1 651・ 537- Y (C23C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 祢屋 健太郎  
特許庁審判長 板谷 一弘
特許庁審判官 小川 進
鈴木 正紀
登録日 2015-12-11 
登録番号 特許第5850619号(P5850619)
権利者 ブルースコープ・スティール・リミテッド
発明の名称 金属被覆スチールストリップ  
代理人 山田 卓二  
代理人 言上 惠一  
代理人 田中 光雄  
代理人 後藤 裕子  
代理人 中野 晴夫  

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