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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録 H05B
審判 査定不服 1項3号刊行物記載 取り消して特許、登録 H05B
管理番号 1332831
審判番号 不服2016-18178  
総通号数 215 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-11-24 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2016-12-05 
確定日 2017-10-17 
事件の表示 特願2014-543281「透明電極、電子デバイスおよび有機エレクトロルミネッセンス素子」拒絶査定不服審判事件〔平成26年 5月 1日国際公開、WO2014/065236、請求項の数(7)〕について、次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は、特許すべきものとする。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2013年10月21日(優先権主張平成24年10月22日)の出願であって、平成28年4月19日付けで拒絶理由が通知され、同年6月24日に意見書の提出とともに手続補正がなされ、同年8月29日付けで拒絶査定(以下、「原査定」という。)がされ、これに対し同年12月5日に拒絶査定不服審判の請求と同時に手続補正がなされ、さらに、前置審査において、平成29年2月27日付けで拒絶理由が通知され、これに対し、同年4月10日付けで意見書の提出とともに手続補正がなされたものである。


第2 原査定の概要
原査定(平成28年8月29日付け拒絶査定)の概要は次のとおりである。

理由1(特許法第29条第1項第3号)について
本願請求項1,6,7に係る発明は、以下の引用文献1又は2に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。

理由2(特許法第29条第2項)について
本願請求項1?7に係る発明は、以下の引用文献3に記載された発明及び引用文献4に記載された周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

<引用文献等一覧>
1.国際公開第2011/135901号
2.特開2007-103174号公報
3.特開2011-77028号公報
4.国際公開第2012/098849号


第3 本願発明
本願請求項1?7に係る発明は、平成29年4月10日付けの手続補正で補正された特許請求の範囲の請求項1?7に記載された事項により特定される以下のとおりの発明と認められる。(以下「本願発明1」?「本願発明7」という。)
「 【請求項1】
基材上に設けられ、かつ、中間層と、前記中間層上に隣接して設けられる導電性層とを含む透明電極であって、
前記基材側から、前記中間層と、前記導電性層とが順次積層され、
前記導電性層が、銀を主成分として構成され、
前記中間層には、双極子モーメントが5.0?25.0デバイの範囲内である有機化合物が含有されていることを特徴とする透明電極。
【請求項2】
前記有機化合物が、芳香族性に関与しない非共有電子対を持つ窒素原子を有する芳香族複素環を有することを特徴とする請求項1に記載の透明電極。
【請求項3】
前記有機化合物が、一般式(I)で表されることを特徴とする請求項2に記載の透明電極。
【化1】

〔一般式(I)中、Xは、NR_(1)、酸素原子または硫黄原子を表す。E_(1)?E_(8)は、それぞれ独立にCR_(2)または窒素原子を表し、少なくとも1つは窒素原子を表す。R_(1)およびR_(2)は、それぞれ独立に水素原子または置換基を表す。〕
【請求項4】
前記有機化合物が、一般式(II)で表されることを特徴とする請求項2に記載の透明電極。
【化2】

〔一般式(II)中、E_(9)?E_(17)は、それぞれ独立にCR_(3)を表す。R_(3)は、水素原子または置換基を表す。〕
【請求項5】
前記一般式(I)または前記一般式(II)で表される前記有機化合物の双極子モーメントが、9.0?20.0デバイの範囲内であることを特徴とする請求項3または4に記載の透明電極。
【請求項6】
請求項1?5のいずれか一項に記載の透明電極を備えることを特徴とする電子デバイス。
【請求項7】
請求項1?5のいずれか一項に記載の透明電極を備えることを特徴とする有機エレクトロルミネッセンス素子。」


第4 引用文献の記載及び引用発明
1 引用文献1の記載及び引用発明1
ア 原査定の拒絶の理由に引用され、本願の優先権主張の日前の2011年11月3日に電気通信回路を通じて公衆に利用可能となった引用文献1には、図面とともに次の事項が記載されている。(下線部は、発明の認定に用いた箇所を示す。以下同様)

(ア)「発明が解決しようとする課題
[0008] 有機EL素子、有機TFT素子、有機薄膜太陽電池素子をはじめとする、有機層と隣接する電極を備えている有機機能性素子において、電極の仕事関数と、電極と隣接する有機層の仕事関数との差は、有機機能性素子の性能に大きく影響を及ぼす。電極と、電極と隣接する有機層との仕事関数の差を小さくするため、所望の仕事関数を有する電極素子を製造できることが強く望まれている。
[0009] しかし、電極を形成する電極材料(例えば金、銀、銅など)は、それぞれその電極材料特有の仕事関数を有する。所望の仕事関数に近づけるためには、電極材料として最適な材料を選択する以外にも、電極表面を修飾することによって、電極の仕事関数をさらに制御することが必要である。電極表面を修飾する方法としては、電極表面に、双極子モーメントを持つ有機分子を含む自己組織化単分子層を形成する(以下に、「SAM修飾」ともいう。)技術が知られている。

(中略)

[0013] そこで、本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、容易かつ安価に、所望の仕事関数を有する電極素子を製造できる製造方法を提供することを目的とする。」

(イ)「[0045] [2.本発明に係る電極素子の製造方法により得られる電極素子]
本発明に係る電極素子の製造方法(以下、「本発明に係る製造方法」という。)により得られる電極素子について、図1を参照して説明する。図1は、本発明の一実施形態に係る電極素子の模式図である。
[0046] 電極素子100は、基板1と電極2とを含む未修飾電極10、ならびに自己組織化単分子層3によって構成されている。
[0047] 電極2を形成する電極材料と、自己組織化単分子層3を形成する双極子モーメントを持つ自己組織化分子は、電極と、双極子モーメントを持つ自己組織化分子を含む溶液と、を反応させることによって、電極の表面に自己組織化単分子層を形成させできるものであればよく、特に限定されない。
[0048] 電極材料としては、例えば金、銀などを使用し、双極子モーメントを持つ自己組織化分子としては、チオール分子を使用できる。また、電極材料としては、ITOまたはIZOなどの導電性酸化物材料を使用し、双極子モーメントを持つ自己組織化分子としては、シランカップリング剤分子を使用できる。
[0049] 双極子モーメントを持つチオール分子としては、例えば、1,1,2,2-テトラヒドロパーフルオロデカンチオール、ペンタフルオロベンゼンチオール、4-フルオロベンゼンチオール、4-メチルベンゼンチオールなどを挙げることができるが、これらに限定されない。
[0050] また、双極子モーメントを持つシランカップリング剤分子としては、例えば、(パーフルオロオクチルエチル)トリクロロシラン、3-アミノプロピルトリメトキシシランなどを挙げることができるが、これらに限定されない。」
(合議体注:図1は以下に示すものである。)

イ 図1の記載から、引用文献1に記載された電極素子は、基板側から、電極と、自己組織化単分子層とが順次積層されているといえる。

ウ 以上より、引用文献1には、以下の発明が記載されていると認められる。
「基板と電極材料として銀を使用した電極とを含む未修飾電極、ならびに双極子モーメントを持つ自己組織化分子で形成される自己組織化単分子層によって構成されており、基板側から、電極と、自己組織化単分子層とが順次積層されている電極素子。」(以下、「引用発明1」という。)


2 引用文献2の記載及び引用発明2
ア 原査定の拒絶の理由に引用され、本願の優先権主張の日前の平成19年4月19日に頒布された刊行物である引用文献2には、図面とともに以下の事項が記載されている。
「【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
本発明は、発光層に正孔を注入する陽極、発光層に電子を注入する陰極、発光層を備えたエレクトロルミネセンス素子であり、分子内に双極子モーメントを持ち、自己組織化単分子層を形成する有機分子で電極表面が化学的に修飾されており、陽極及び陰極がそれぞれ異なる有機分子で化学的に修飾されている。そして、陽極と陰極の両方の表面処理をそれぞれ最適に行うことで高効率の発光性能を維持することができる。
【0025】
自己組織化単分子層を形成する有機分子の構造は、自己組織化により単分子層の形成が可能であれば特に限定されないが、素子に電流を流すため有機分子が導電性を有することが好ましく、共役系有機分子であることがより好ましい。
【0026】
自己組織化単分子層は陽極、陰極のどちらにも形成されていれば、その形成方法は特に限定されない。例えば、真空蒸着法、スパッタリング法、分子線エピタキシー法(以後、MBEと称することがある)のようなドライプロセスや、スピンコート法のようなウェットプロセスが適用可能である。好ましくはウェットプロセスで、溶液中に電極が形成された基板を一定時間浸漬するディップ法や、ラングミュア-ブロジェット法(以後、LB法と称することがある)が挙げられる。
【0027】
ディップ法やLB法を用いた場合、各有機分子の濃度は特に限定されないが、希薄溶液の場合には単分子層の形成が不充分になり、また濃厚溶液の場合には第二層が形成される可能性があるため、好ましくは各有機分子に対して10^(-1)?10^(-6)M、より好ましくは10^(-3)?10^(-4)Mである。
【0028】
ディップ法やLB法を用いた場合、溶媒の種類には特に限定されず、有機分子が溶解すれば非極性溶媒でも極性溶媒でも構わない。例えばn-へキサン、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジクロロメタン、クロロホルム、四塩化炭素、1,2-ジクロロエタン、ベンゼン、トルエン、キシレン、アセトン、エタノール、メタノール、エトキシエタノール、2-プロパノール、水、等が挙げられる。
【0029】
適用される電極の形状については特に限定されず、積層型であっても良いし、素子の構造において陽極と陰極が同じ面に露出した形状になっていても構わない。積層型のように陽極と陰極が異なる面にある場合はそれぞれ個別に自己組織化単分子層を形成すれば良い。陽極と陰極が同じ面に露出している場合には、電極と結合する結合基の種類や性質が異なった複数の有機分子を混合して、電極表面に対する吸着性能の違いを利用すれば良い。
【0030】
陽極上に自己組織化単分子層を形成する有機分子は、電子吸引性の官能基を有し、マイナスからプラスの向きで定義される分子内の双極子モーメントの向きが、電極表面の方向に向いていることが好ましい。陽極上に修飾される自己組織化単分子層を形成する有機分子の双極子モーメントの向きを制御することで、より高効率な素子の作製が可能である。
【0031】
自己組織化単分子層を形成する有機分子は、その分子内において陽極表面と化学結合する結合基とおよそ反対側に電子吸引性の官能基を配置することで双極子モーメントを持つことになる。双極子モーメントの向きが電極表面の方向に向いていることで、陽極の静電ポテンシャルが変化し、電極の仕事関数をより大きな値にシフトさせることができる。その結果としてキャリア注入時のエネルギー障壁が低減されるために高効率な発光が期待できる。
【0032】
このような双極子モーメントを誘起させるために用いられる電子吸引性の官能基の種類は特に限定されないが、例えばニトロ基-NO_(2)、シアノ基-CN、また塩素、臭素、ヨウ素などのハロゲン、さらにジクロロメチル、トリクロロメチルなどのハロゲン化アルキル、等が挙げられる。
【0033】
有機分子の双極子モーメントの大きさは特に限定されないが、大きいほど電極表面の電気的なポテンシャルが変化し、電極の仕事関数を大きく変え、素子の性能を向上することができる。よって、好ましくは絶対値が0.1Debye以上、より好ましくは1Debye以上である。
【0034】
陰極上に自己組織化単分子層を形成する有機分子は、電子供与性の官能基を有し、マイナスからプラスの向きで定義される分子内の双極子モーメントの向きが、電極表面と逆の方向に向いているのが好ましい。陰極上に修飾される自己組織化単分子層を形成する有機分子の双極子モーメントの向きを制御することで、より高効率な素子の作製が可能である。
【0035】
自己組織化単分子層を形成する有機分子は、その分子内において陰極表面と化学結合する結合基とおよそ反対側に電子供与性の官能基を配置することで双極子モーメントを持つことになる。双極子モーメントの向きが電極表面と逆の方向に向いていることで、陰極の静電ポテンシャルが変化し、電極の仕事関数をより小さな値にシフトさせることができる。その結果としてキャリア注入時のエネルギー障壁が低減されるために高効率な発光が期待できる。
【0036】
このような双極子モーメントを誘起させるために用いられる電子供与性の官能基の種類は特に限定されないが、例えばアミノ基-NH_(2)、メトキシ基-OCH_(3)、トリフルオロメチル基-CF_(3)、等が挙げられる。
【0037】
有機分子の双極子モーメントの大きさは特に限定されないが、大きいほど電極表面の電気的なポテンシャルが変化し、電極の仕事関数を大きく変え、素子の性能を向上することができる。よって、好ましくは絶対値が0.1Debye以上、より好ましくは1Debye以上である
【0038】
陽極上に自己組織化単分子層を形成する有機分子は、チオール-SH、ホスホン酸-PO(OH)_(2)、カルボン酸-COOH、カルボニルクロライド-COCl、カルボニルブロミド-COBr、クロロシラン-SiCl、ブロモシラン-SiBrのいずれかの結合基を持つことが好ましい。これらを陽極との化学結合に用いることで、自己組織化単分子層を形成し、高効率な素子の作製が容易となる。
【0039】
有機分子と陽極の化学結合の例として、例えばチオールを含む有機分子はAu、Ag、Cu、Ptの表面と良く結合する。また、ホスホン酸やカルボン酸を含む有機分子は、-OH基を持つITO、IZO、ZnOの表面と結合する。
【0040】
陰極上に自己組織化単分子層を形成する有機分子は、ホスホン酸-PO(OH)_(2)、カルボン酸-COOH、カルボニルクロライド-COCl、カルボニルブロミド-COBr、クロロシラン-SiCl、ブロモシラン-SiBrのいずれかの結合基を持つことが好ましい。これらを陰極との化学結合に用いることで、自己組織化単分子層を形成し、高効率な素子の作製が容易となる。
【0041】
有機分子と陰極の化学結合の例として、例えばホスホン酸やカルボン酸を含む有機分子はITO、IZO、ZnOの表面や、大気中酸化により-OH基を有するAlの表面と結合する。
【0042】
陽極は、Pt、Au、Ag、Cu、ITO、IZO、ZnOのいずれかの元素か無機酸化物を含むことが好ましい。陽極に仕事関数が高い金属や無機物を使用することで高効率な素子の作製が容易となる。
【0043】
陽極はいずれか1種類の単独の材料で構成されても良いし、他の元素や化合物を添加しても構わない。例えば基板との密着性を改善するためにPt-Crの合金を用いても良い。また、他の元素で構成された層を加えた多層構造でも構わない。例えば密着性を改善するためにCrを積層後にAuを積層して陽極として用いても良く、また例えばTiを積層後にPtを積層して陽極として用いても良い。また、例えば基板の透明性を保持するためにITOやIZOなどの透明導電層を設け、その上に薄くAuやPtを積層する構造でも構わない。いずれにせよ、前記元素もしくは無機化合物を含めば、元素の組成や層構造には限定されない。
【0044】
陰極は、Al、Mg、Ag、ITO、IZO、ZnOのいずれかの元素か無機酸化物を含むことが好ましい。陰極に仕事関数が低い金属や無機物を使用することで高効率な素子の作製が容易となる。
【0045】
陰極はいずれか1種類の単独の材料で構成されても良いし、他の元素や化合物を添加しても構わない。例えば陰極の仕事関数を低くするためにAl-Li、Mg-Al、Mg-Ag、Mg-Auの合金を用いても良い。また、他の元素で構成された層を加えた多層構造でも構わない。例えば基板の透明性を保持するためにITOやIZOなどの透明導電層を設け、その上に薄くAlやMg-Agを積層する構造でも構わない。いずれにせよ、前記元素もしくは無機化合物を含めば、元素の組成や層構造には限定されない。
【0046】
陽極及び陰極を修飾する自己組織化単分子層は、4-ニトロフェニルチオール、4-ニトロフェニルホスホン酸、アミノメチルホスホン酸、4-ニトロ安息香酸、4-シアノ安息香酸、4-クロロ安息香酸、4-ブロモ安息香酸、安息香酸、4-メトキシ安息香酸、4-クロロベンゾイルクロリド、4-ブロモベンゾイルクロリド、(ジクロロメチル)ジメチルクロロシラン、4-トリフルオロメチル安息香酸のいずれかを含むことが好ましい。これらの有機分子を用いることでより高効率な素子の作製が可能である。」

イ 以上の記載事項に基づけば、引用文献2には、以下の発明が記載されていると認められる。
「発光層に正孔を注入する陽極、発光層に電子を注入する陰極、発光層を備えたエレクトロルミネセンス素子であり、分子内に双極子モーメントを持ち、溶液中に電極が形成された基板を一定時間浸漬して形成される自己組織化単分子層を形成する有機分子で電極表面が化学的に修飾されており、陽極及び陰極がそれぞれ異なる有機分子で化学的に修飾されているエレクトロルミネセンス素子。」(以下、「引用発明2」という。)

3 引用文献3の記載及び引用発明3
ア 原査定の拒絶の理由に引用され、本願の優先権主張の日前の平成23年4月14日に頒布された刊行物である引用文献3には、図面とともに以下の事項が記載されている。

(ア) 「【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に、複数の画素が配列された表示領域と、
前記表示領域から離れてその外側に配置され、前記複数の画素に電位を供給する電源部と、を有する有機EL表示装置であって、
前記複数の画素のそれぞれは、
下部電極と、
前記下部電極の上側に積層される発光層と、
銀薄膜を含み、前記発光層の上側で他の画素と共通する層により形成される上部電極と、
を有し、
前記上部電極は、前記表示領域から前記電源部に向かって延伸して、前記電源部と電気的に接続され、
前記銀薄膜は、前記表示領域と前記電源部の間において配置される部分を有し、
前記表示領域と前記電源部の間における前記銀薄膜の少なくとも一部の下地には、電子対供与体を有する下地層が配置される、
ことを特徴とする有機EL表示装置。」

(イ) 「【技術分野】
【0001】
本発明は、トップエミッション方式の有機EL表示装置に関する。」

(ウ) 「【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、銀薄膜を上部電極に用いることにより、必要な透過光量を維持するとともに電気抵抗を低下させつつ、電源部と表示領域の間において上部電極の断線を生じにくくさせた有機EL表示装置を提供することができる。」

(エ) 「【0027】
[第1の実施形態]
本発明の第1の実施形態にかかる有機EL表示装置は、ガラス基板上に有機EL素子がマトリクス状に配列されて構成されるTFT基板と、当該TFT基板に貼り合わされて有機EL素子が配列された領域を封止する封止基板とを含んで構成されて、映像を表示する表示領域が封止基板側に形成されるトップエミッション型となっている。
【0028】
TFT基板には、多数の走査信号線が互いに等間隔を置いて敷設されるとともに、多数の映像信号線が、互いに等間隔をおいて走査信号線が敷設される方向とは垂直となる方向に敷設される。これら走査信号線と映像信号線とによって区画される画素領域には、MIS(Metal-Insulator-Semiconductor)構造のスイッチングに用いる薄膜トランジスタと、蓄積容量と、有機EL素子とが配置される。また、アノード電極(陽極)とカソード電極(陰極)は、各画素における発光層を挟むように形成されており、走査信号線および映像信号線から供給された信号に従ってこれらの電極間に電位差が生じて、発光層に電子又は正孔が供給されて発光する。
【0029】
図1Aは、第1の実施形態にかかる有機EL表示装置の断面を示す図である。同図で示されるように、ガラス基板GA1上には薄膜トランジスタがマトリクス状に形成されてTFT基板が構成され、薄膜トランジスタの配列に対応して有機膜ELがマトリクス状にパターン化されている。さらに、TFT基板には透明な封止基板GA2が貼付けられるとともに、封止膜SRが間に充填されて、有機膜ELが画素毎に形成された表示領域DRが封止される。各画素の有機膜ELは、バンク層BAによって互いに隔離されており、このバンク層BAは、表示領域DRにおける画素の区画に応じて枠状に形成される画素分離膜である。また、本実施形態における表示領域DRは、図1で示すように、複数の画素が配列される領域であり、バンク層BAを含む範囲の領域である。そして表示領域DRに配列された各画素は、下部電極Anと、発光層を含む有機膜ELと、銀薄膜AGを有する上部電極を有しており、これらは、下部電極An、有機膜EL、上部電極の順に基板GA1側から形成されている。
【0030】
本実施形態では、図1で示されるように、各画素の有機膜ELには、TFT基板SBにおける薄膜トランジスタに接続された下部電極An(アノード電極)から正孔が供給される。一方、有機膜ELの上側には、銀薄膜AGによって構成される上部電極(カソード電極)が形成されて、この上部電極の下側には電子注入層EIL(Electron Injection Layer)が介在して各画素の有機膜ELに電子が供給される。本実施形態における電子注入層EILは、複数の画素に共通する層を含んで形成されて、電子注入層EILにより、表示領域DRのバンク層BAと各有機膜ELとが共通して覆われる。また、銀薄膜AGは、電子注入層EILと同様に、複数の画素に共通する層により形成され、各画素の上部電極が連続的につながることとなる。
【0031】
表示領域DRの外部の領域には、表示領域DRから離れて配置され、複数の画素に電位を供給する電源部CC(カソードコンタクト)を配置される。ここで、上部電極を介して、各画素に電位が供給されるようにするため、上部電極は、表示領域DRから電源部CCに向かって延伸して電源部CCと電気的に接続する。さらに電源部CCには、封止基板GA2の外側に設けられた外部端子TEから一定の電位が供給される。電源部CCは、図1で示されるように、封止基板GA2が取り付けられた部分の下側における保護層PASに埋設された金属層を介して、外部端子TEと電気的に接続される。
【0032】
そして本実施形態では、銀薄膜AGは、表示領域DRと電源部CCの間において配置される部分を有しており、さらに銀薄膜AGは、表示領域DRから電源部CCに延伸して電源部CCに乗り上げて接触している。ここで特に、図1で示すように、電子注入層EILも同様に、表示領域DRから電源部CCに向かって延伸しており、表示領域DRおよび電源部CCの間における銀薄膜AGの下地の少なくとも一部には、電子注入層EILが配置される。
【0033】
また、本実施形態では、上部電極に用いる銀薄膜AGは、8nm以上20nm以下、好ましくは、8nm以上15nm以下、より好ましくは10nm以上14nm以下の厚みで形成され、これによりハーフミラーとして機能して、有機膜ELによる発光が、封止基板GA2側であるトップ側に取り出される。銀薄膜AGは、トップ側に取り出される光量が確保される厚みで形成すればよい。また、銀薄膜AGは、銀の比率が80重量%以上であれば、銀の凝集性により膜の連続性が低下して断線が生じやすくなり、銀の純度が向上することにより、さらに断線などが生じやすくなる。
【0034】
本実施形態の電子注入層EILは、30nm程度の厚みを有している。電子注入層EILは、上部電極である銀薄膜AGから電子を受け取って、発光層を含んで構成される有機膜ELに運ぶ機能を有している。また、バンク層BAによって分離された有機膜ELの各々は、一層以上の機能性有機材料によって構成されて、例えば、ホスト材料とドーパント材料とを含んで発光する発光層と、正孔輸送層や正孔注入層が含まれる。
【0035】
そして特に、電子注入層EILに含まれる電子輸送性の有機材料は、電子対供与体であり、銀原子に電子対を供与する。この電子注入層EILは、表示領域DRから電源部CCに向かって延伸し、銀薄膜AGの下地層として配置される。したがって、本実施形態における下地層は、表示領域DRにおける複数の画素の電子注入層EILと同一の材料で形成される。ここで、電子対供与体とは、非共有電子対(孤立電子対)を有するものである。この下地層を構成する電子対供与体の非共有電子対と銀薄膜AGの銀原子とが化学結合することにより、銀原子が下地層の上に広がって形成されるため、銀薄膜AGの凝集性の発現が抑えられると考えられる。
【0036】
また、電子対供与体であり、電子注入層EILに含まれる電子輸送性の有機材料としては、例えば、オキサジアゾール誘導体、オキサゾール誘導体、チアゾール誘導体、チアジアゾール誘導体、ピリジン誘導体、ピラジン誘導体、トリアゾール誘導体、トリアジン誘導体、キノリン誘導体、キノキサリン誘導体、フェナントロリン誘導体等が挙げられるが、もちろんこれらに限定されるものではない。
【0037】
さらに、電子注入層EILに上記の電子輸送性の有機材料が含まれていなくてもよく、この場合には、例えば、アルカリ金属、アルカリ土類金属、もしくはこれらの化合物が電子注入層EILに含まれるようにする。アルカリ金属等が電子注入層EILに添加されることにより、電子注入層EILの表面上の有機材料が電子対供与体となり、孤立電子対が銀原子に供与されることにより凝集性の発現が抑えられる。電子注入層EILにアルカリ金属等の電子密度が高い材料がドープされることで、有機膜ELには、アルカリ金属等を介して電子が注入されることとなる。また、上記のオキサジアゾール誘導体等を含む電子注入層EILに、さらにアルカリ金属等が含まれるようにしても良い。」
(合議体注:図1Aは以下に示すものである。)
【図1A】


(オ) 「【実施例1】
【0073】
以下に図面を参照して本発明に係る有機EL表示装置の実施例1について説明する。
【0074】
図4に示すように、ガラス基板GA1上に薄膜トランジスタを形成し、薄膜トランジスタを保護層PASで覆い、TFT基板SBを形成した。この保護層PASに、薄膜トランジスタと後に形成される下部電極Anとを電気的に接続させるアノードコンタクトホールと、表示領域DRから離れて外部に配置され、後に形成される上部電極(銀薄膜AG)に電位を供給する電源部CCを形成した。保護層PASの材料には、ポリイミド樹脂を用いた。
【0075】
次に、保護層PAS上に下部電極Anを形成した。下部電極Anは銀からなる反射層にIZO(商標)を積層した2層構成とした。下部電極Anの成膜方法にはスパッタリング法により成膜し、フォトリソパターニングによりパターニングした。下部電極Anはアノードコンタクトホールを介してTFT基板SBの薄膜トランジスタに電気的に接続されている。
【0076】
次に、バンク層BAを下部電極An端部の周縁を被覆する様に、且つ電源部CCを露出するように形成した。バンク層BAの材質にはポリイミド樹脂を使用し、スピンコートにより塗布した後、フォトリソパターニングにより形成した。
【0077】
次に、以上のようにして形成されたTFT基板SB上をドライエア雰囲気にされたチャンバーに移送し、紫外線処理(UV処理)を施した。紫外線処理を施すことによって、下部電極Anのホール注入性を上昇させることが可能である。またポリイミド樹脂が有するカルボニル基を分極し、電子対供与体を生成し、電子対供与性体を有する保護層PASVを形成することができる。
【0078】
次に、上記処理を行ったTFT基板SBを真空成膜チャンバーに移送し、各有機EL素子を形成した。本実施例においては、各有機EL素子の有機膜ELの構成はホール輸送層及び各色を発する発光層及び電子輸送層であり、さらに各有機EL素子は電子注入層EILを有する構成とした。
【0079】
ホール輸送層の材料としてはN,N’-α-ジナフチルベンジジン(α-NPD)を使用した。赤色を発する発光層の材料としてはIr錯体(18重量%)と4,4’-N,N’-ジカルバゾール-ビフェニル(CBP)とした。緑色を発する発光層の材料としてはクマリン色素(1.0重量%)とトリス[8-ヒドロキシキノリナート]アルミニウム(Alq3)とした。青色を発する発光層の材料としてはペリレン色素(1.0重量%)とトリス[8-ヒドロキシキノリナート]アルミニウム(Alq3)とした。
【0080】
電子輸送層の材料はバソフェナントロリン(Bphen)とした。また電子注入層EILのホスト材料としてはBphenであり、Cs_(2)CO_(3)をドーパントとして用いた。なお、Bhenは、電子輸送性の有機材料であり、且つ電子対供与体を有する材料である。
【0081】
有機膜ELおよび電子注入層EILは真空蒸着法により形成し、またシャドウマスクを用いてTFT基板SB上へパターン化して成膜した。
【0082】
各有機EL素子のホール輸送層の膜厚は、赤色を発する有機EL素子では180nm、緑色を発する有機EL素子では120nm、青色を発する有機EL素子では80nmとした。発光層の膜厚は、赤色を発する有機EL素子では30nm、緑色を発する有機EL素子では40nm、青色を発する有機EL素子では20nmとした。電子輸送層及び電子注入層EILの膜厚は各々、各有機EL素子共通で20nm、30nmとした。
【0083】
ここで電子注入層EILは、表示領域DRから電源部CCに向かって表示領域DRから延伸させて、保護層PASの一部を覆うように形成した。
【0084】
次に、電子注入層EIL上に銀を有する上部電極(銀薄膜AG)を真空蒸着によって形成した。また銀薄膜AGの膜厚は10nmであり、銀の比率は90重量%であった。銀薄膜AGの成膜領域は表示領域DR全域と電源部CCを被覆する様に形成した。つまり、銀薄膜AGの表示領域DRにおける下地には、Bhenを含む電子注入層EILが配置され、表示領域DRから電源部CCに向かって延伸する部分の下地には、紫外線処理されたポリイミドを有する層が下地層として配置される構成であった。
【0085】
そして、真空を破ることなくCVD成膜装置に移送し、封止膜SRとして窒化珪素膜を6μmの厚みで形成した。
【0086】
本実施例の形態では、銀薄膜AGは電子対供与体を有する層に接しているため、銀薄膜AGの凝集性が抑制され、高抵抗化することがなく、良好な発光が得られる有機EL表示装置を提供することができた。」
(合議体注:図4は以下に示すものである。)
【図4】


イ 以上の記載事項に基づけば、引用文献3には、以下の発明が記載されていると認められる。
「基板上に、複数の画素が配列された表示領域と、前記表示領域から離れてその外側に配置され、前記複数の画素に電位を供給する電源部と、を有する有機EL表示装置であって、前記複数の画素のそれぞれは、下部電極と、前記下部電極の上側に積層される発光層と、銀薄膜を含み、前記発光層の上側で他の画素と共通する層により形成される上部電極と、を有し、前記上部電極は、前記表示領域から前記電源部に向かって延伸して、前記電源部と電気的に接続され、前記銀薄膜は、前記表示領域と前記電源部の間において配置される部分を有し、前記表示領域と前記電源部の間における前記銀薄膜の少なくとも一部の下地には、電子対供与体を有する下地層が配置される、銀薄膜を上部電極に用いることにより、必要な透過光量を維持するとともに電気抵抗を低下させつつ、電源部と表示領域の間において上部電極の断線を生じにくくさせたトップエミッション方式の有機EL表示装置。」(以下、「引用発明3」という。)

4 引用文献4の記載
ア 原査定の拒絶の理由に引用され、本願の優先権主張の日前の2012年7月26日に電気通信回路を通じて公衆に利用可能となった引用文献4には、次の事項が記載されている。

(ア) 「発明が解決しようとする課題
[0019] 本発明の目的は、高効率、高耐久性の有機EL素子用の材料として、電子の注入・輸送性能に優れ、正孔阻止能力を有し、薄膜状態での安定性が高い優れた特性を有する有機化合物を提供し、さらにこの化合物を用いて、高効率、高耐久性の有機EL素子を提供することにある。
[0020] 本発明が提供しようとする有機化合物が具備すべき物理的な特性としては、(1)電子の注入特性がよいこと、(2)電子の移動速度が速いこと、(3)正孔阻止能力に優れること、(4)薄膜状態が安定であること(5)耐熱性に優れていることをあげることができる。また、本発明が提供しようとする有機EL素子が具備すべき物理的な特性としては、(1)発光効率および電力効率が高いこと、(2)発光開始電圧が低いこと、(3)実用駆動電圧が低いことをあげることができる。
課題を解決するための手段
[0021] そこで本発明者らは上記の目的を達成するために、電子親和性であるピリジン環の窒素原子が金属に配位する能力を有していること、ピリドインドール環構造が高い電子輸送能力を有していること、ピリジン環やピリドインドール環構造が耐熱性に優れているということなどに着目して、置換されたビピリジル基とピリドインドール環構造がフェニレン基を介して連結した化合物を設計して化学合成し、該化合物を用いて種々の有機EL素子を試作し、素子の特性評価を鋭意行なった結果、本発明を完成するに至った。
[0022] すなわち、本発明は、一般式(1)で表される置換されたビピリジル基とピリドインドール環構造がフェニレン基を介して連結した化合物である。
[0023][化1]


[0024] (式中、Ar _(1) 、Ar _(2) は同一でも異なってもよく、置換もしくは無置換の芳香族炭化水素基、置換もしくは無置換の芳香族複素環基または置換もしくは無置換の縮合多環芳香族基を表し、R _(1) ?R _(17) は、同一でも異なってもよく、水素原子、重水素原子、フッ素原子、塩素原子、シアノ基、トリフルオロメチル基、炭素原子数1ないし6の直鎖状もしくは分岐状のアルキル基、置換もしくは無置換の芳香族炭化水素基、置換もしくは無置換の芳香族複素環基または置換もしくは無置換の縮合多環芳香族基を表し、W、X、Y、Zは炭素原子または窒素原子を表す。ここでW、X、Y、Zはそのいずれか1つのみが窒素原子であるものとし、この場合の窒素原子はR _(14) ?R _(17) の水素原子もしくは置換基を有さないものとする。)」

(イ) 「発明の効果
[0044] 本発明の置換されたビピリジル基とピリドインドール環構造がフェニレン基を介して連結した化合物は、有機EL素子の電子注入層、電子輸送層、正孔阻止層あるいは発光層の構成材料として有用であり、正孔阻止能力に優れ、薄膜状態が安定である。本発明の有機EL素子は発光効率および電力効率が高く、このことにより素子の実用駆動電圧を低くさせることができる。発光開始電圧を低くさせ、耐久性を改良することができる。」


第5 対比・判断
1 本願発明1について(引用文献3を主引用例とした場合)
ア 対比
本願発明1と引用発明3とを対比する。

(ア)引用発明3の「基板」は、本願発明1の「基材」に相当する。

(イ)引用発明3の「銀薄膜」は、本願発明1の「導電性層」に相当し、本願発明1の「銀を主成分として構成」されるとの要件を満たしている。

(ウ)引用発明3の「銀薄膜を含み、前記発光層の上側で他の画素と共通する層により形成される上部電極」は、「銀薄膜を上部電極に用いることにより、必要な透過光量を維持するとともに電気抵抗を低下させつつ、電源部と表示領域の間において上部電極の断線を生じにくくさせた」ものであるから、電源部と表示領域の間に延伸するものである。したがって、引用発明3の上部電極における「銀薄膜」は、本願発明1の「基板上に設けられ」た「透明電極」を構成しているといえる。また、引用発明3の「下地層」は、「基板」と「銀薄膜」との中間に配置されるものである。したがって、引用発明3の「下地層」は、本願発明1の「中間層」に相当する。そして、引用発明3の上部電極における「銀薄膜」は、「下地層」上に隣接して設けられるといえるものである。したがって、引用発明3の「銀薄膜を含み、前記発光層の上側で他の画素と共通する層により形成される上部電極」と本願発明1の「基材上に設けられ、かつ、中間層と、前記中間層上に隣接して設けられる導電性層とを含む透明電極」とは、「基材上に設けられ、かつ、中間層上に隣接して設けられる導電性層を含む透明電極」である点で共通する。

(エ)引用発明3の「電子対供与体」は、有機化合物に包含されるものである。したがって、引用発明3の「前記銀薄膜の少なくとも一部の下地には、電子対供与体を有する下地層が配置される」ことと、本願発明1の「前記中間層には、双極子モーメントが5.0?25.0デバイの範囲内である有機化合物が含有されている」こととは、「前記中間層には、有機化合物が含有されている」点で共通する。

(オ)引用発明3の有機EL表示装置は、基板上に、基板側から、下地層と、銀薄膜とが順次配置されているものであるから、引用発明3の有機EL表示装置を構成する「上部電極」は、本願発明1の「前記基材側から、前記中間層と、前記導電性層とが順次積層され」るとの要件を満たしている。

以上より、本願発明1と引用発明3の「上部電極」とは、
「基材上に設けられ、かつ、中間層上に隣接して設けられる導電性層を含む透明電極であって、前記基材側から、前記中間層と、前記導電性層とが順次積層され、前記導電性層が、銀を主成分として構成され、前記中間層には、有機化合物が含有されている透明電極。」である点で一致し、以下の点で相違する。
[相違点3-1]本願発明1は、透明電極が中間層を含むのに対し、引用発明3の上部電極が下地層を含むとしていない点。
[相違点3-2]本願発明1は、中間層に含有される有機化合物が、双極子モーメントが5.0?25.0デバイの範囲内であるのに対し、引用発明3の上部電極は、下地層が有する電子対供与体の双極子モーメントの範囲を限定していない点。

イ 判断
[相違点3-2]について検討する。
引用文献3の記載事項(エ)の段落【0035】には、「本実施形態における下地層は、表示領域DRにおける複数の画素の電子注入層EILと同一の材料で形成される。ここで、電子対供与体とは、非共有電子対(孤立電子対)を有するものである。この下地層を構成する電子対供与体の非共有電子対と銀薄膜AGの銀原子とが化学結合することにより、銀原子が下地層の上に広がって形成されるため、銀薄膜AGの凝集性の発現が抑えられると考えられる。」と記載されている。当該記載事項によれば引用発明3の「電子対供与体」は、電子注入層に用いられる材料と同一のものを用いることができることが示唆されているといえる。また、電子対供与体の非共有電子対と銀薄膜の銀原子とが化学結合するものであることが示されている。しかし、引用文献3の実施例として示される記載事項(オ)には、「ポリイミド樹脂が有するカルボニル基を分極し、電子対供与体を生成」(段落【0077】)することが開示されているものの、生成する電子対供与体の双極子モーメントを特定の範囲のものとすることについては記載も示唆もされていない。また、電子輸送材料として「バソフェナントロリン」(段落【0080】)とすることも開示されているが、この化合物は電子対供与体であるものの、本願明細書に開示された比較例に用いられた材料であって、双極子モーメントが5.0?25.0デバイの範囲にない。そして、たとえ、引用文献4(第4 4(ア)及び(イ)を参照)に、「ビピリジル基とピリドインドール環構造がフェニレン基を介して連結した化合物」として記載された材料が周知のものであるとしても、引用文献4には、双極子モーメントを調整することについて何ら記載されておらず、化合物の双極子モーメントが5.0?25.0の範囲にあることも開示されていない。したがって、電子注入層の材料や、銀薄膜の凝集性の発現を抑えるための下地層に用いられる材料において、特にその双極子モーメントに着眼し、双極子モーメントを特定の範囲にすることが本願の優先権主張の日より前において当業者において知られていたとする根拠を見いだせない。
そして、効果について検討すると、本願明細書の段落[0022]によれば、本願発明1の効果は「十分な導電性と光透過性とを兼ね備え、かつ耐久性に優れた透明電極」を提供することができるというものである。一方、引用文献3には、記載事項(ウ)に示されるとおり、上部電極の断線を生じにくくさせるという効果を奏するものであるが、耐久性について開示しておらず、また、双極子モーメントを特定の範囲にすることで耐久性を優れたものとすることが自明であったともいえない。
以上のとおりであるから、引用発明3の上部電極において、電子対供与体の双極子モーメントを5.0?25.0デバイの範囲内とすることが当業者にとって容易になし得たこととはいえない。

ウ まとめ
以上のとおり、引用発明3の上部電極において、本願発明1の[相違点3-2]に係る構成とすることは、当業者が容易になし得たものとはいえないものであるから、[相違点3-1]について検討するまでもなく、本願発明1は、引用発明3の上部電極及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとはいえないものであり、進歩性を有する。

2 本願発明2?7について(引用文献3を主引用例とした場合)
本願発明2?7は、何れも、本願発明1の相違点[3-2]と同一の構成を具備するものである。本願発明1が、引用発明3の上部電極及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとはいえないものであるから、同じ[相違点3-2]を具備する本願発明2?7も、同様の理由によって、当業者が容易に発明をすることができたとはいえないものであり、進歩性を有する。

3 本願発明1について(引用文献1を主引用例とした場合)
ア 対比
本願発明1と引用発明1とを対比する。

(ア)引用発明1の「基板」は、本願発明1の「基材」に相当する。

(イ)引用発明1の「電極材料として銀を使用した」ものであることは、本願発明1の「導電性層が、銀を主成分として構成され」たものであることに相当する。そして、引用発明1の「電極材料として銀を使用した電極」は、「基板側から、電極と、自己組織化単分子層とが順次積層されている」ことから、本願発明1の「基材上に設けられ、かつ、中間層と、前記中間層上に隣接して設けられる導電性層とを含む透明電極」と、「基材上に設けられ、導電性層を含む電極」である点で共通する。

(ウ)引用発明1の「双極子モーメントを持つ自己組織化分子」と本願発明1の「双極子モーメントが5.0?25.0デバイの範囲内である有機化合物」とは、「双極子モーメントを持つ有機化合物」である点で共通する。また、引用発明1の「自己組織化単分子層」は、「基板側から、電極と、自己組織化単分子層とが順次積層されている」位置関係にあることから、本願発明1の「中間層」と「導電性層に隣接して設けられる層」である点で共通する。そして、引用発明1の「自己組織化単分子層」が「双極子モーメントを持つ自己組織化分子で形成される」ものであることと、本願発明1の「中間層には、双極子モーメントが5.0?25.0デバイの範囲内である有機化合物が含有されている」ものであることとは、「導電性層に隣接して設けられる層には、双極子モーメントを持つ有機化合物が含有されている」ものである点で共通する。

以上より、本願発明1と引用発明1とは、
「基材上に設けられ、導電性層を含む電極であって、前記導電性層が、銀を主成分として構成され、導電性層に隣接して設けられる層には、双極子モーメントを持つ有機化合物が含有されている電極。」である点で一致し、以下の点で相違する。
[相違点1-1]本願発明1では、導電性層に隣接して設けられる層が、基材と導電性層との中間に設けられた中間層であるのに対し、引用発明1では、基板と電極との中間に設けられていない点。
[相違点1-2]本願発明1では電極が、中間層と導電性層とを含む透明電極であるのに対し、引用発明1では自己組織化単分子層を含まず透明とされていない点。
[相違点1-3]本願発明1では有機化合物の双極子モーメントが5.0?25.0デバイの範囲内であるのに対し、引用発明1では双極子モーメントの範囲を特定していない点。

イ 判断
[相違点1-1]について検討する。
引用文献1の記載事項(イ)によれば、引用発明1の「自己組織化単分子層は「電極と、電極と隣接する有機層との仕事関数の差を小さくするため」に設けられた構成である。そうすると、自己組織化単分子層は、電極の有機層側に設けられるべき構成であって、電極と基板との中間に中間層として配置することは考えられない。
したがって、引用発明1において、自己組織化単分子層を基板と電極との中間に設けることが、当業者が容易になし得たとはいえないものである。

ウ まとめ
以上の通り、引用発明1において、本願発明の[相違点1-1]に係る構成とすることは、当業者が容易になし得たものとはいえないものであるから、その余の相違点について検討するまでもなく、本願発明1は、引用発明1と同一ということはできず、新規性を有する。また、引用発明1に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものともいえないものであり、進歩性を有する。

4 本願発明2?7について(引用文献1を主引用例とした場合)
本願発明2?7は、何れも、本願発明1の[相違点1-1]と同一の構成を具備するものである。本願発明1が、引用発明1と同一といえず、引用発明1に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとはいえないものであるから、同じ[相違点1-1]を具備する本願発明2?7も、同様の理由によって、同一または当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

5 本願発明1について(引用文献2を主引用例とした場合)
ア 対比
本願発明1と引用発明2とを対比する。

(ア)引用発明2の「基板」は、本願発明1の「基材」に相当する。

(イ)引用発明2の「陽極」及び「陰極」は、本願発明1の「導電性層」に相当する。そして、引用発明2の「陽極」及び「陰極」には、「自己組織化単分子層」が「溶液中に電極が形成された基板を一定時間浸漬」することにより形成されていることから、引用発明2の「陽極」及び「陰極」は、自己組織化単分子層上に隣接して設けられているといえるものである。そして、引用発明2の「陽極」及び「陰極」は、「自己組織化単分子層を形成する有機分子で電極表面が化学的に修飾されて」構成されることから、「自己組織化単分子層」と「陽極」或いは「陰極」とが、電極を構成しているといえる。

(ウ)引用発明2の「自己組織化単分子層を形成する有機分子」と、本願発明1の「双極子モーメントが5.0?25.0デバイの範囲内である有機化合物」とは、「双極子モーメントを有する有機化合物」である点で共通する。

以上より、本願発明1と引用発明2の電極とは、
「基材上に設けられ、導電性層を含む電極であって、隣接して設けられる層には、双極子モーメントを有する有機化合物が含有されている電極。」である点で一致し、以下の点で相違する。
[相違点2-1]本願発明1では、導電性層に隣接して設けられる層が、基材と導電性層との中間に設けられた中間層であるのに対し、引用発明2の電極では、基板と陽極或いは陰極との中間に設けられていない点。
[相違点2-2]本願発明1では、電極が、透明電極であるのに対し、引用発明2の電極では透明とされていない点。
[相違点2-3]本願発明1では、導電性層が、銀を主成分として構成されているのに対し、引用発明2の電極では、主成分を特定していない点。
[相違点2-4]本願発明1では、有機化合物の双極子モーメントが5.0?25.0デバイの範囲内であるのに対し、引用発明2の電極では双極子モーメントの範囲を特定していない点。

イ 判断
[相違点2-1]について検討する。
引用文献2の段落【0031】の「自己組織化単分子層を形成する有機分子は、その分子内において陽極表面と化学結合する結合基とおよそ反対側に電子吸引性の官能基を配置することで双極子モーメントを持つことになる。双極子モーメントの向きが電極表面の方向に向いていることで、陽極の静電ポテンシャルが変化し、電極の仕事関数をより大きな値にシフトさせることができる。その結果としてキャリア注入時のエネルギー障壁が低減されるために高効率な発光が期待できる。」との記載に基づけば、引用発明2の「自己組織化単分子層」は、キャリア注入時のエネルギー障壁を低減するための構成であるから、キャリアが注入される位置に設けられるべきものであって、基板と陽極又は陰極との中間に配置することは考えられない。
したがって、引用発明2の電極において、自己組織化単分子層を基板と陽極又は陰極との中間に配置される中間層とすることが、当業者が容易になし得たとはいえないものである。

ウ まとめ
以上のとおり、引用発明2の電極において、本願発明1の[相違点2-1]に係る構成とすることは、当業者が容易になし得たものとはいえないものであるから、その余の相違点について検討するまでもなく、本願発明1は、引用発明2の電極と同一ということはできず、新規性を有する。また、引用発明2の電極に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものともいえないものであり、進歩性を有する。

6 本願発明2?7について(引用文献2を主引用例とした場合)
本願発明2?7は、何れも、本願発明1の[相違点2-1]と同一の構成を具備するものである。本願発明1が、引用発明2の電極と同一といえず、引用発明2の電極に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとはいえないものであるから、同じ[相違点2-1]を具備する本願発明2?7も、同様の理由によって、同一または当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。


第6 むすび
以上のとおり、本願発明1?7は、引用文献1,2に記載された発明であるとはいえず、当業者が引用文献1?3に記載された発明及び周知技術に基づいて容易に発明をすることができたものともいえない。したがって、原査定の理由によっては、本願を拒絶することはできない。
また、他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審決日 2017-10-02 
出願番号 特願2014-543281(P2014-543281)
審決分類 P 1 8・ 121- WY (H05B)
P 1 8・ 113- WY (H05B)
最終処分 成立  
前審関与審査官 越河 勉  
特許庁審判長 樋口 信宏
特許庁審判官 宮澤 浩
河原 正
発明の名称 透明電極、電子デバイスおよび有機エレクトロルミネッセンス素子  
代理人 特許業務法人光陽国際特許事務所  

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