• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C25D
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C25D
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C25D
審判 全部申し立て 2項進歩性  C25D
管理番号 1333169
異議申立番号 異議2016-700868  
総通号数 215 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-11-24 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-09-15 
確定日 2017-08-17 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第5885054号発明「銅張積層板用処理銅箔及び該処理銅箔を絶縁性樹脂基材に接着してなる銅張積層板並びに該銅張積層板を用いたプリント配線板。」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5885054号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?4〕に訂正することを認める。 特許第5885054号の請求項1?4に係る特許を維持する。 
理由
第1 手続の経緯

特許第5885054号の特許請求の範囲の請求項1?4に係る特許(以下、「本件特許」という。)についての出願は、平成22年4月6日に特許出願され、平成28年2月19日に特許の設定登録がされ、平成28年3月15日に特許掲載公報が発行され、その後、平成28年 9月15日付けで本件特許に対し、特許異議申立人である特許業務法人藤央特許事務所(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされ、平成28年11月22日付けで当審から取消理由が通知され、平成29年2月23日付けで特許権者から意見書の提出及び訂正請求(以下、「本件訂正請求」という。)があり、平成29年3月13日付けで当審から訂正拒絶理由が通知され、平成29年4月11日付けで特許権者から意見書及び手続補正書が提出され、これに対し、平成29年6月21日付けで申立人から意見書が提出され、平成29年7月26日(受付日)付けで特許権者から上申書が提出されたものである。

第2 訂正の適否

1 訂正の内容

平成29年4月11日付け手続補正書によって補正された本件訂正請求による訂正の内容(以下、「本件訂正」という。)は、以下のとおりである。なお、下線は訂正箇所を示すために当審が付与した。
願書に添付した特許請求の範囲の請求項1の「未処理銅箔の表面に処理層を形成してなる処理銅箔面を絶縁性樹脂基材に接着させる銅張積層板用処理銅箔であって、未処理銅箔の表面に粗化処理層、クロメート層及びシランカップリング剤層が順次処理層として形成されており、」という記載を、「未処理銅箔の表面に処理層を形成してなる処理銅箔面を絶縁性樹脂基材に接着させる銅張積層板用処理銅箔であって、未処理銅箔の表面に粗化処理層、クロメート層及びシランカップリング剤層が順次処理層として形成されており、前記粗化処理層はチタンイオン含有電解液にて形成された粗化粒子の集合体を銅イオン含有電解液にてカバーめっきした粗化粒子の集合体層であり、」と訂正する。

2 訂正の目的の適否、特許請求の範囲の拡張・変更の存否、一群の請求項、新規事項追加の有無、独立特許要件

(1)訂正の目的の適否、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否、一群の請求項

本件訂正は、訂正前の「粗化処理層」が「チタンイオン含有電解液にて形成された粗化粒子の集合体を銅イオン含有電解液にてカバーめっきした粗化粒子の集合体層」であることを限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
また、訂正前の請求項1?4について、請求項2及び3は請求項1を引用し、請求項4は請求項3を引用しているところ、本件訂正による請求項1の訂正に伴って請求項2?4も訂正されることになるから、本件訂正は一群の請求項に対して請求されたものである。

(2)新規事項追加の有無

ア 願書に添付した明細書(以下、「本件明細書」という。)の発明の詳細な説明には、以下の記載がある。なお「・・・」は、記載の省略を意味する。
「【0027】
・・・本発明の粗化処理層は二段の粗化処理により形成される・・・。一段目は銅イオンを含んだ電解液中で・・・微細な樹枝状の銅粉を未処理銅箔に付着させる工程である。二段目は一段目で得られた微細な樹枝状の銅粉が脱落しないようにカバーめっきを行う工程であ・・・る。本発明はこの二段の電気めっきで得られた粗化粒子の集合体層を粗化処理層と称す。
【0028】
(一段目粗化処理層)
一段目の電気めっきを行う電解液組成、液温、添加剤、電解条件、電極としては、例えば以下に示すものが挙げられる。
硫酸銅五水和物:12g/L?70g/L(更に好ましくは30g/L?60g/L)
硫酸:30g/L?200g/L(更に好ましくは50g/L?150g/L)
添加剤:塩素イオン、チタンイオン、タングステンイオン
・・・
【0029】
(二段目粗化処理層)
・・・二段目の電気めっきを行う電解液組成、液温、電解条件、電極としては、例えば以下に示すものが挙げられる・・・。
硫酸銅五水和物:150g/L?300g/L(更に好ましくは170g/L?280g/L)
硫酸:50g/L?200g/L(更に好ましくは60g/L?170g/L)
・・・」
「【実施例】
【0043】
実施例1
・・・作製した未処理電解銅箔の析出面に、以下の電解液組成、液温、添加剤、電極、電解条件で一段目粗化処理層を設けた。
【0044】
(一段目粗化処理層)
硫酸:80g/L、硫酸銅五水和物:45g/Lの硫酸-硫酸銅水溶液を調整し、液温:35℃に調整した。添加剤としてチタンイオン:600mg/L、タングステンイオン:25mg/L、塩素イオン:5mg/Lを添加し・・・の電解条件で一段目粗化処理層を設けた。
【0045】
次に一段目粗化処理層を設けた処理銅箔表面に以下の電解液組成、液温、電極、電解条件で二段目粗化処理層を設けた。
(二段目粗化処理層)
硫酸:120g/L、硫酸銅五水和物:250g/Lの硫酸-硫酸銅水溶液を調整し、液温を45℃に調整した。この電解液を・・・の電解条件で二段目粗化処理層を設けた。」

イ 前記アによれば、本件明細書には、粗化処理層は、銅イオンを含んだ電解液中で微細な樹枝状の銅粉を未処理銅箔に付着させる一段目の粗化処理工程と、一段目の粗化処理工程で得られた微細な樹枝状の銅粉が脱落しないようにカバーめっきを行う二段目の粗化処理工程によって形成された粗化粒子の集合体層であり(【0027】)、一段目の粗化処理工程では、電解液にチタンイオンが添加され(【0028】、【0044】)、二段目の粗化処理工程では、硫酸-硫酸銅水溶液という銅イオンを含有する電解液を用いていること(【0029】、【0045】)が記載されている。
したがって、本件訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものである。

(3)独立特許要件

本件訂正請求では、請求項1?4の一群の請求項に対して特許異議の申立てがされているので、特許法第120条の5第9項において読み替えて準用する同法第126条第7項の適用はない。

3 小括

以上によれば、本件訂正は、特許法第120条の5第2項第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、同条第4項、及び、同条第9項において準用する準用する同法126条第4項?第6項の規定に適合するから、訂正後の請求項〔1?4〕について訂正を認める。

第3 特許異議の申立てについて

1 本件訂正発明

前記第2のとおり、本件訂正は認められるから、本件訂正請求により訂正された請求項1?4に係る発明(以下、「本件訂正発明1?4」といい、これらをまとめて「本件訂正発明」という。)は、それぞれ、平成29年4月11日付け手続補正書に添付された訂正後の特許請求の範囲の請求項1?4に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】
未処理銅箔の表面に処理層を形成してなる処理銅箔面を絶縁性樹脂基材に接着させる銅張積層板用処理銅箔であって、未処理銅箔の表面に粗化処理層、クロメート層及びシランカップリング剤層が順次処理層として形成されており、前記粗化処理層はチタンイオン含有電解液にて形成された粗化粒子の集合体を銅イオン含有電解液にてカバーめっきした粗化粒子の集合体層であり、前記処理銅箔の処理面の十点平均粗さRzが1.0μm?2.7μmであり、かつ、触針式表面粗さ計によって測定されたJISB0601-1994に規定される局部山頂の平均間隔Sが0.0230mm以下(但し0は含まない)であって算術平均粗さRaが0.18μm?0.36μmであり、かつ、前記Raと前記Sとが下記式(1)の関係を有する銅張積層板用処理銅箔。
式(1)
50.0<{(S×1000)/Ra}≦100.0(式(1)中、S×1000の単位はμmである。)
【請求項2】
前記粗化処理層とクロメート層との間にモリブデンを含有するニッケル及び/又はコバルト層が処理層として形成されており、当該モリブデンを含有するニッケル及び/又はコバルト層の析出付着量が20mg/m2?300mg/m2であり、かつ、モリブデンの含有率が10wt%以上であって残部がニッケル及び/又はコバルトである請求項1記載の銅張積層板用処理銅箔。
【請求項3】
請求項1又は2記載の銅張積層板用処理銅箔を絶縁性樹脂基材に加熱圧着させた銅張積層板。
【請求項4】
請求項3記載の銅張積層板を用いて得られるプリント配線板。」

2 取消理由の概要

訂正前の請求項1?4に係る特許に対し、当審から平成28年11月22日付けで特許権者に通知した取消理由の概要は、以下のとおりである。
「(実施可能要件)この特許は、発明の詳細な説明の記載が下記(1)の点で、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。
(サポート要件)この特許は、特許請求の範囲の記載が下記(2)の点で、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。
(明確性要件)この特許は、特許請求の範囲の記載が下記(3)の点で、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。



(1)請求項1?4について
本件特許の請求項1に係る発明である「銅張積層板用処理銅箔」について、発明の詳細な説明に記載される「引き剥がし強さ」の測定方法が理解できないことから、本件特許の発明の詳細な説明は、当業者が請求項1に係る発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されていない。その理由は、特許異議申立書第31頁第22行から第33頁第9行までに記載のとおりである。
よって、請求項1及び請求項1を引用する請求項2?4に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

(2)請求項1?4について
本件特許の請求項1に係る発明の「前記処理銅箔の処理面の十点平均粗さRzが1.0μm?2.7μmであり、かつ、触針式表面粗さ計によって測定されたJISB0601-1994に規定される局部山頂の平均間隔Sが0.0230mm以下(但し0は含まない)であって算術平均粗さRaが0.18μm?0.36μmであり、かつ、前記Raと前記Sとが下記式(1)の関係・・・
式(1)
50.0<{(S×1000)/Ra}≦100.0(式(1)中、S×1000の単位はμmである。)」
との特定は、発明の課題を解決するための手段が反映されていないことから、請求項1に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものでない。その理由は、特許異議申立書第30頁第11行から第31頁第21行までに記載のとおりである。
よって、請求項1及び請求項1を引用する請求項2?4に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

(3)請求項1?4について
本件特許の請求項1に係る発明の「触針式表面粗さ計によって測定されたJISB0601-1994に規定される局部山頂の平均間隔Sが0.0230mm以下(但し0は含まない)」との記載は、明確でない。その理由は、特許異議申立書第25頁第18行から第28頁第18行までに記載のとおりである。
よって、請求項1及び請求項1を引用する請求項2?4に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。」

3 当審の判断

(1)取消理由通知に記載した取消理由について

ア 取消理由(1)(実施可能要件違反)について

(ア)前記取消理由通知の(1)の取消理由において引用した特許異議申立書の第31頁第22行?第33頁第9行に記載された申立理由の概要は、以下のとおりである。
本件明細書の【0055】には、銅張積層板Aの引きはがし強さを、1mm幅の銅の回路サンプルを作製し、JIS C 6481(甲第6号証。以下、「甲6」という。他の甲号証についても同様。)に準拠して測定したと記載されているが、JIS C 6481では、片面の中央部に幅10mm±0.1mmの銅はくを残し、両側の銅はくを除去したものを試料とするから、当業者は、測定に支障を来す程に切れ易いと思われる1mm幅の銅の回路サンプルについて、どのように対処して測定したのかを理解できない。
加えて、本件明細書には、JIS C 6481に規定される「常態」、「はんだ処理後」、「加熱時」の3つの条件で測定した旨の記載がなく、また、測定結果がいずれの条件で測定したものであるのかも定かではない。
また、本件明細書の【0071】には、銅張積層板Bの引きはがし強さを、1mm幅の銅の回路サンプルを作製し、JIS C 5016(甲7)に準拠して測定したと記載されているが、JIS C 5016では、両側の銅はくを除去した3mm幅の銅はくを測定することが記載されているから、当業者は、測定に支障を来す程に切れ易いと思われる1mm幅の銅の回路サンプルについて、どのように対処して測定したのかを理解できない。
さらに、JIS C 5016では縦横両方向の試料を各2枚ずつ測定することを求めているが、この点について、本件明細書には何らの記載もない。

(イ)前記(ア)の取消理由(1)について検討する。
取消理由(1)に関し、特許権者は、本件明細書記載の実施例1、比較例3及び比較例6の処理銅箔をFR-4基材に貼り合わせた銅張積層板Aにつき、それぞれ、1mm幅及び10mm幅の処理銅箔の回路サンプル(合計6種類)を作製し、各回路サンプルについて、JIS C 6481に準拠した引きはがし強さの測定を2つの外部機関(株式会社コベルコ科研、株式会社ケミトックス)に依頼し、その試験結果報告書を、乙第1号証及び乙第2号証(以下、「乙1」及び「乙2」という。他の乙号証についても同様。)として提出した。
乙1の図1?図8によれば、実施例1の10mm幅の処理銅箔の回路サンプル(試験No.1)を除き、試験力はストローク(剥離させた距離)によらずほぼ一定の値を示しており、実施例1の10mm幅の処理銅箔の回路サンプル(試験No.1)においても、処理銅箔が破断するストローク32mm程度までは、試験力はストロークによらずほぼ一定の値を示している。
また、表1によれば、このような回路サンプルについて、各種類毎に3つの回路サンプルから算出した単位幅当たりの試験力平均値(kN/m)は、実施例1で0.83(1mm幅)及び0.82(10mm幅)、比較例3で0.75(1mm幅)及び0.74(10mm幅)、比較例6で0.54(1mm幅)及び0.55(10mm幅)となっており、この結果から、1mm幅の処理銅箔の回路サンプルを用いても、10mm幅のものと同等に引きはがし強さを測定できることが分かり、1mm幅の処理銅箔の回路サンプルを用いることで、試験力が大きい場合でも処理銅箔を破断させずに所定長のストロークにわたって測定が可能になることが分かる。
乙2の結果についても、1mm幅の処理銅箔の回路サンプルについては1種類について6つ、10mm幅の処理銅箔の回路サンプルについては1種類について5つの回路サンプルを用いて測定を行った点と、実施例1の10mm幅の処理銅箔の回路サンプルNo.4の全てにおいて測定距離が50mmに達する前に処理銅箔が破断したことを除けば、乙1と同等の結果が得られていることが分かる。
以上によれば、JIS C 6481に準拠して銅張積層板Aの引張り強さを測定するに際し、1mm幅の処理銅箔の回路サンプルは、引きはがし強さが大きい場合に処理銅箔の破断を回避できる点で、10mm幅の処理銅箔の回路サンプルよりも好都合であって、10mm幅の処理銅箔の回路サンプルを用いた場合と同等の引きはがし強さを測定することが可能であるということができ、本件明細書の【0055】には特段の条件下で引きはがし強さを測定することは記載されていないから、測定を常態で行っていることも当業者にとって明らかである。
また、本件明細書の【0071】に記載された銅張積層板Bは、基材が可撓性を有するフレキシブル銅張積層板であるため、引きはがし強さをJIS C 5016に準拠して測定しているが、銅張積層板Aと同様の理由により、1mm幅の処理銅箔の回路サンプルを用いても、10mm幅の処理銅箔の回路サンプルを用いた場合と同等の引きはがし強さを測定することができるものと認められ、本件明細書には、縦横両方向の試料を各2枚ずつ測定することは明記されていないが、当業者であれば、縦横いずれの方向であっても、1mm幅の処理銅箔の回路サンプルを用いて引張り強さを測定することは可能であると認められる。
したがって、本件訂正発明について、当業者であれば、発明の詳細な説明に記載される「引き剥がし強さ」の測定方法は十分に理解できるから、本件明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件特許発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されていないとはいえない。
よって、取消理由(1)には理由がない。

イ 取消理由(2)(サポート要件違反)について

(ア)前記取消理由通知の(2)の取消理由において引用した特許異議申立書の第30頁第11行?第31頁第21行に記載された申立理由の概要は、以下のとおりである。
「表面粗さ測定器におけるデータ処理と形状評価」、精密工学会誌、vol68、No.8、1995、1077?1081頁(甲5)には、図12(a)、(b)にあるとおり、JIS B 0601で規定される6つのパラメータのうち、Ra、Ry、Rz、Sm、Sが同じ表示値であっても表面形状が異なることが記載されている。
ここで、本件明細書の実施例6(S:0.0228mm)と比較例2(S:0.0231mm)とを比べると、両者のSの差は僅か0.0003mm(0.3μm)であるにもかかわらず、表2によれば、両者は「引きはがし強さ」、「吸湿処理後の引きはがし強さの劣化率」及び「活性処理液浸漬後の引きはがし強さの劣化率」に大きな差違があるところ、上記甲5の記載に照らせば、この差違は、Rz、S、Raの表示値の違いでは区別できない表面形状の違いに起因する可能性が高い。
しかし、訂正前の請求項1?4に係る発明では、処理銅箔の処理面の表面形状について、Rz、S、Raをそれぞれの数値範囲で特定するとともに、RaとSとの関係を式(1)で特定するのみであるから、訂正前の請求項1?4に係る発明は、発明の詳細な説明の記載において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものである。

(イ)前記(ア)の取消理由(2)について検討する。
前記第2にあるとおり、本件訂正請求によって、訂正後の請求項1では、「粗化処理層」が「チタンイオン含有電解液にて形成された粗化粒子の集合体を銅イオン含有電解液にてカバーめっきした粗化粒子の集合体層」であることが限定された。
ここで、実施例6と比較例2について、微細な樹枝状の銅粉からなる一段目粗化処理層形成用の電解液に添加される添加剤の種類と添加量を表1を参照して確認すると、実施例6では、チタンイオン:600ppm、タングステンイオン:25ppm、塩素イオン:5ppmとなっている一方、比較例2では、チタンイオンは添加されず、タングステンイオン:25ppm、塩素イオン:30ppmとなっており、両者は、タングステンイオン及び塩素イオンを共通に含有する一方、実施例6で、タングステンイオンの24倍、塩素イオンの120倍もの添加量で添加されたチタンイオンは、比較例2では一切添加されていないことが分かる。
そうすると、二段目粗化処理層は、微細な樹枝状の銅粉からなる一段目粗化処理層が脱落しないようにカバーするためのめっき層であって(【0027】、【0029】)、粗化処理層の表面形状は、一段目粗化処理層の表面形状に依存して決まることを踏まえると、本件明細書の発明の詳細な説明の記載に接した当業者であれば、実施例6と比較例2の間に「引きはがし強さ」、「吸湿処理後の引きはがし強さの劣化率」及び「活性処理液浸漬後の引きはがし強さの劣化率」に大きな差違があるのは、比較例2のSの値(0.0231mm)が、本件訂正発明で特定された上限値(0.0230mm)を越えるとともに、これによりRaとSとの関係を特定した式(1)が前提を欠くことに加えて、一段目粗化処理層形成用の電解液にチタンイオンが添加されていることによると理解できる。
したがって、処理銅箔の処理面の表面形状について、Rz、S、Raをそれぞれの数値範囲で特定するとともに、RaとSとの関係を式(1)で特定することに加えて、「粗化処理層」が「チタンイオン含有電解液にて形成された粗化粒子の集合体を銅イオン含有電解液にてカバーめっきした粗化粒子の集合体層」であることが限定された本件訂正発明は、本件明細書に記載された「絶縁性樹脂基材と強固な引きはがし強さが得られ、吸湿処理後の引きはがし強さの劣化率が小さく、活性処理液浸漬後の引きはがし強さの劣化率が小さく、活性処理液浸漬後のしみ込み量が少なく、エッチング性が良好である処理銅箔を得ること」(【0014】)という課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるとはいえない。
よって、取消理由(2)には理由がない。

ウ 取消理由(3)(明確性要件違反)について

(ア)前記取消理由通知の(3)の取消理由において引用した特許異議申立書の第25頁第18行?第28頁第18行に記載された申立理由の概要は、以下のとおりである。
本件明細書において用いられた触針式表面粗さ計であるサーフコーダSE1700αの真直測定精度は、甲1(株式会社小坂研究所製「サーフコーダSE1700α」の仕様書)によれば「0.3μm/30mm以下」であり、通常は、0.0001mm(0.1μm)レベルまで測定する用途に利用されるものではない。
仮に、サーフコーダSE1700αによって、計測精度0.0001mm(0.1μm)レベルでSの計測ができたとしても、本件明細書には、重要なパラメータである送り速さの設定方法が記載されていない。
Sは、1994年版の古いJIS規格であるJIS B 0601-1994(甲2)に記載され、サーフコーダSE1700αが準拠するJIS B 0651:2001(甲3)では、Sの定義がなくなっているから、当業者は、どのようにしてSを計測するのかを理解できない。
本件明細書の【0051】では、Sの測定に際し測定距離を4.0mmとしており、JIS B 0601-1994(甲2)の表9では、一般的な標準値として、上記4.0mmの測定距離に相当する評価長さ4mmに対応するSの範囲は0.13mmを超え0.4mm以下とされているところ、本件明細書の表2によれば、Sの測定範囲は0.0175mm(比較例5)?0.0309mm(比較例6)となっており、この測定範囲は、上記標準値のSの範囲とは大きく異なるから、当業者はどのような基準長さ及び評価長さでSを測定すればよいのかを理解できない。
JIS B 0651:2001(甲3)には、「測定器の安定度」について「指定した測定範囲の3%未満」、「横倍率の相対誤差」について「許容差は,±6%」と記載されており、これを実施例6のSに適用すると、横倍率の相対誤差(+6%)、測定器の安定度(+3%)とした場合には、請求項1におけるSの範囲(0.0230mm以下(但し0は含まない))から外れ、逆に、比較例2のSにおいて、横倍率の相対誤差(-6%)、測定器の安定度(-3%)とした場合には、請求項1における上記Sの範囲内となるから、当業者はどのようにして、計測精度0.0001mm(0.1μm)レベルでSの計測をすればよいのかを理解できない。

(イ)前記(ア)の取消理由(3)について検討する。
「表面粗さ測定機 サーフコーダSE1700α 取扱説明書」(乙6)の「9章 仕様」の「測定パラメータ」の欄には、「JIS B601-1994」「粗さ曲線 Ra Ry Rz Sm S tp」と記載されているから、サーフコーダSE1700αは、本件訂正発明における「触針式表面粗さ計によって測定されたJISB0601-1994に規定される」「処理銅箔の処理面の十点平均粗さRz」「局部山頂の平均間隔S」「算術平均粗さRa」を測定する機能を備えている。
縦方向の分解能について、「9章 仕様」の「記録縦倍率と測定レンジ/分解能」の欄には、3つの区分の「分解能」が、それぞれ「0.0005μm」「0.005μm」「0.05μm」であることが記載され、これによれば、縦方向の分解能は最大で0.0005μm(0.5nm)であるところ、これは、サーフコーダSE1700αの仕様書として別途申立人から提出された甲1の「仕様」の「測定範囲」欄の「縦方向分解能:0.5nm」の記載と整合し、本件訂正発明における「Rzが1.0μm?2.7μm」「Raが0.18?0.36μm」の値は、縦方向分解能の範囲内で測定可能であることが分かる。
本件明細書の【0051】では、Sの測定に際し測定距離を4.0mmとしており、JIS B 0601-1994(甲2)の表9では、一般的な標準値として、上記4.0mmの測定距離に相当する評価長さ4mmに対応するSの範囲は0.13mmを超え0.4mm以下とされているところ、本件明細書の表2によれば、Sの測定範囲は0.0175mm(比較例5)?0.0309mm(比較例6)となっており、この測定範囲は、上記標準値のSの範囲とは異なっている。しかし、JIS B 0601-1994には「7.1.2 基準長さ Sを求める場合の基準長さは,一般に次の6種類から選ぶ。・・・」「7.1.3 基準長さの標準値 Sを求める場合の,Sの範囲に対応する基準長さ及び評価長さの標準値は,一般に表9の区分による。・・・」と記載されるとおり、基準長さ及び評価長さの標準値は、一般的な指標であって拘束的なものではなく、乙6の「9章 仕様」の「測定長さ」の欄には「評価長さ ・・・任意長さ(0.1mm毎max80mm)」「基準長さ ・・・任意長さ(0.1mm毎max80mm)」と記載されているから、Sの測定に際し、当業者がこの範囲内で基準長さ及び評価長さを選択することに格別の困難を要するとはいえない。
JIS B 0651:2001(甲3)の附属書1表3では「送り装置の送り運動の真直度」(許容される送り装置の上下動の範囲)について、評価長さが4mmの場合に、送り運動の真直度は、スキッド使用で0.3μm(0.3μm/4mm)、スキッドなしで0.6μm(0.6μm/4mm)であることが規定されているところ、乙6の「9章 仕様」の「検出器」「真直度」の欄には「0.3μm/32mm(12μin/1.2in)」と記載されているから、サーフコーダSE1700αの送り装置の送り運動の真直度は、JIS B 0651:2001の上記規定を8倍程度上回る精度で満たしており、また、Sの測定に際し、JISには送り速さの規定はなく、乙6の「9章 仕様」の「検出器」「送り速さ」の欄には「0.05,0.1,0.5,1,2mm/s」の送り速さが記載されているから、当業者がこの中から送り速度を選択することに格別の困難を要するとはいえない。そして、本件明細書には、Sの測定に際し、サーフコーダSE1700αの表示値に対して四捨五入等の操作を加えたことは記載されていないから、表2に記載されたSの測定値は上記表示値をそのまま記載したものと認められ、上記のとおり、サーフコーダSE1700αは送り装置の真直度を含め、必要なJISの規定を満たすものであるから、上記表示値は信頼性のある精度で表示されたものと認められる。
JIS B 0651:2001(甲3)には、「測定器の安定度」について「指定した測定範囲の3%未満」、「横倍率の相対誤差」について「許容差は、±6%」と記載されているが、これは、測定器に許容される誤差の上限を一般的に規定したものであって、これがそのままサーフコーダ1700αに妥当するとはいえない。
以上によれば、本件訂正発明に係る「触針式表面粗さ計によって測定されたJISB0601-1994に規定される局部山頂の平均間隔Sが0.0230mm以下(但し0は含まない)」という記載が明確でないということはできない。
よって、取消理由(3)には理由がない。

(2)取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について

実施可能要件違反・サポート要件違反

(ア)特許異議申立書の第28頁下から第10行?第30頁第10行に記載された申立理由(B)の概要は、以下のとおりである。
本件明細書の発明の詳細な説明には、塩素イオン、チタンイオン、タングステンイオンを添加して得られるチタン、タングステン及び塩素を含む粗化処理層からなる一段目粗化処理層(【0028】)と、銅を含む粗化処理層からなる二段目粗化処理層(【0029】)からなる「粗化処理層」以外の態様は記載されていないから、他の態様も含む訂正前の請求項1?4に係る発明について、その実施をするためには、当業者に過度の試行錯誤を要することになり、また、他の態様も含む訂正前の請求項1?4に係る発明は、発明の詳細な説明に記載されたものでもない。

(イ)前記(ア)の申立理由(B)について検討する。
前記第2にあるとおり、本件訂正請求によって、訂正後の請求項1では、「粗化処理層」が「チタンイオン含有電解液にて形成された粗化粒子の集合体を銅イオン含有電解液にてカバーめっきした粗化粒子の集合体層」であることが限定された。
そして、前記「(1)取消理由通知に記載した取消理由について」「イ 取消理由(2)(サポート要件違反)について」「(イ)」で検討したとおり、「絶縁性樹脂基材と強固な引きはがし強さが得られ、吸湿処理後の引きはがし強さの劣化率が小さく、活性処理液浸漬後の引きはがし強さの劣化率が小さく、活性処理液浸漬後のしみ込み量が少なく、エッチング性が良好である処理銅箔を得ること」(【0014】)という本件訂正発明の課題を解決するために、処理銅箔の処理面の表面形状について、Rz、S、Raをそれぞれの数値範囲で特定するとともに、RaとSとの関係を式(1)で特定することに加えて、「粗化処理層」が「チタンイオン含有電解液にて形成された粗化粒子の集合体を銅イオン含有電解液にてカバーめっきした粗化粒子の集合体層」であることが必要であると判断される一方、実施例6と比較例2で一段目粗化処理層形成用の電解液が共通して含有する添加剤であるタングステンイオン及び塩素イオンを電解液に添加することは、必要ではないと判断されるから、発明の詳細な説明の記載は、上記限定がされた本件訂正発明について、当業者がその実施することができる適度に明確かつ十分に記載されたものとなり、また、上記限定がされた本件訂正発明は、発明の詳細な説明に記載されたものとなった。
よって、申立理由(B)には理由がない。

イ サポート要件違反

(ア)特許異議申立書の第33頁第10行目?第34頁第11行に記載された申立理由(F)の概要は、以下のとおりである。
本件明細書における比較例7?9は、訂正前の請求項1に係る発明に含まれるにもかかわらず、表6によれば、いずれも加熱後の引きはがし強さの劣化率が大きくなっており、訂正前の請求項1に係る発明の「引きはがし強さの劣化率が小さい」という課題(【0014】)を解決しないから、発明の詳細な説明の記載は、訂正前の請求項1に係る発明について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。
また、訂正前の請求項1に係る発明は、粗化処理層、クロメート層及びシランカップリング層の間に任意の層を設けた態様も含み、これらの中には上記比較例7?9のように、訂正前の請求項1に係る発明の課題を解決しないものもあるから、訂正前の請求項1に係る発明は、発明の詳細な説明の記載において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものである。

(イ)前記(ア)の申立理由(F)について検討する。
本件訂正発明の解決課題は、本件明細書の【0014】に記載されるとおり「絶縁性樹脂基材と強固な引きはがし強さが得られ、吸湿処理後の引きはがし強さの劣化率が小さく、活性処理液浸漬後の引きはがし強さの劣化率が小さく、活性処理液浸漬後のしみ込み量が少なく、エッチング性が良好である処理銅箔を得ること」であり、「加熱処理後の引きはがし強さの劣化率が小さくなる」こと(【0017】、【0032】)は、上記解決課題には含まれておらず、「粗化処理層とクロメート層との間にモリブデンを含有するニッケル及び/又はコバルト層が処理層として形成されている」(【0017】)、「粗化処理層を備えた処理銅箔表面にモリブデンを含有するニッケル及び/又はコバルト層を設けること」という事項を採用することによって、追加的に奏される効果に過ぎない。
したがって、本件訂正発明1に含まれる比較例7?9が「加熱処理後の引きはがし強さの劣化率が小さくなる」という効果を奏さないとしても、本件特許発明1が、発明の詳細な説明の記載において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものであるとはいえず、また、発明の詳細な説明の記載は、本件訂正発明1について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものでないということもできない。
よって、申立理由(F)には理由がない。

新規性欠如、進歩性欠如

(ア)申立人は、下記dの甲4、8?26を提出し、特許異議申立書の第34頁下から第10行?第82頁第6行において、訂正前の請求項1?4に係る発明は、新規性又は進歩性を有さない旨の申立理由を主張するところ、その概要は、以下のa?cに記載されるとおりである。

a 訂正前の請求項1に係る発明について

(a)訂正前の請求項1に係る発明は、甲8に記載された発明であるか、甲8及び甲4、9?19に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(b)訂正前の請求項1に係る発明は、甲18に記載された発明であるか、甲18及び甲4、8?17、19に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(c)訂正前の請求項1に係る発明は、甲20に記載された発明であるか、甲20及び甲4、8?19に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(d)訂正前の請求項1に係る発明は、甲4に記載された発明であるか、甲4及び甲10に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(e)訂正前の請求項1に係る発明は、甲21に記載された発明であるか、甲21及び甲22、4、8、16?20、23、24、26に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(f)訂正前の請求項1に係る発明は、甲23に記載された発明であるか、甲23及び甲8?22に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

b 訂正前の請求項2に係る発明について

訂正前の請求項2に係る発明は、甲4、8?26に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

c 訂正前の請求項3、4に係る発明について

訂正前の請求項3、4に係る発明は、甲4、8?26に記載された発明であるか、甲4、8?26に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

d 甲4、8?26

甲4 :特開平7-202367号公報
甲8 :特開2001-355092号公報
甲9 :特開2004-263300号公報
甲10:特開2006-299291号公報
甲11:特開2001-295090号公報
甲12:特開2004-35932号公報
甲13:特開2005-8972号公報
甲14:特開2005-8973号公報
甲15:特開2005-48277号公報
甲16:特開2006-319286号公報
甲17:特開2005-353919号公報
甲18:特開2006-210689号公報
甲19:特開2001-11689号公報
甲20:特開2005-353920号公報
甲21:特開2002-246712号公報
甲22:特開2005-248323号公報
甲23:特開2006-28635号公報
甲24:特開2002-30481号公報
甲25:特開昭61-13688号公報
甲26:特開2003-171781号公報

(イ)しかし、前記各甲号証のいずれを参酌しても、本件訂正発明1の「処理銅箔の処理面の十点平均粗さRzが1.0μm?2.7μmであり、かつ、触針式表面粗さ計によって測定されたJISB0601-1994に規定される局部山頂の平均間隔Sが0.0230mm以下(但し0は含まない)であって算術平均粗さRaが0.18μm?0.36μmであり、かつ、前記Raと前記Sとが下記式(1)」「50.0<{(S×1000)/Ra}≦100.0(式(1)中、S×1000の単位はμmである。)」「の関係を有する」ことに相当する事項は記載されていない。
そして、上記の事項を有する本件訂正発明1は「絶縁性樹脂基材と強固な引きはがし強さが得られ、吸湿処理後の引きはがし強さの劣化率が小さく、活性処理液浸漬後の引きはがし強さの劣化率が小さく、活性処理液浸漬後のしみ込み量が少なく、エッチング性が良好である処理銅箔を得ること」ができるという格別の効果を奏する。
したがって、前記各甲号証のいずれによっても、本件訂正発明1の新規性及び進歩性を否定することはできず、本件訂正発明1の発明特定事項を全て備える本件訂正発明2?4についても同様である。
よって、前記(ア)の申立理由には理由がない。

(3)申立人の意見について

ア 申立人は、平成29年6月21日付け意見書の第9頁下から第10行?第10頁第5行において、以下の主張をしている。
「出願人は、訂正後請求項1に係る『銅張積層板用処理銅箔(物の発明)』の発明において『前記粗化処理層はチタンイオン含有電解液にて形成された粗化粒子の集合体を銅イオン含有電解液にてカバーめっきした粗化粒子の集合体層であり』という事項を新たに限定しているが、かかる限定事項は『チタンイオン含有電解液にて形成された』という製造方法が記載されている。
物の発明に係る請求項にその物の製造方法が記載されている場合において、当該請求項の記載が特許法第36条第6項第2号にいう『発明が明確であること』という要件に適合するといえるのは、出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情(『不可能・非実際的事情』)が存在するときに限られると解するのが相当である(最判平成27年6月5日 平成24年(受)第1204号、同2658号)が、不可能・非実際的事情が存在することについて、明細書等に記載がなく、その存在を認める理由が見いだせない。よって、訂正後請求項1及びこれに従属する訂正後請求項2?4に係る発明は明確でなく、特許法第36条第6項第2号(理由3)に規定する要件を満たしていない。」

イ 前記アによれば、申立人は、訂正後の請求項1における「チタンイオン含有電解液にて形成された」という記載に対し、この記載は「粗化処理層」を製造方法により特定する記載であるにもかかわらず、上記特定をすることに不可能・非実際的事情が存在する理由が見いだせないから、訂正後の請求項1及びこれに従属する訂正後の請求項2?4に係る発明は明確ではないと主張している。
ここで、訂正後の請求項1において「粗化処理層」を「チタンイオン含有電解液にて形成」することの技術的意義については、本件明細書には記載はされていないものの、本件特許の特許権者が出願人である特願平11-184683号の公開公報である特開2001-11689号公報(甲19)には「銅箔の少なくとも一方の面を、アルミニウムイオン及び/又はチタンイオンを含む硫酸、硫酸銅電解浴中で限界電流密度付近又はそれ以上で陰極電解することにより銅の突起物を析出させ粗面化処理を行い、その上に銅又は銅合金の被覆めっきを行い、次いで、防錆処理を施すことを特徴とする銅箔の表面処理方法。」(請求項1)が記載されており、電解浴にチタンイオンを添加する技術的意義については「処理液にアルミニウムイオン及び/又はチタンイオンを添加させた場合は、アルミニウムイオン、チタンイオンは銅と共析しにくいが、銅の析出を抑制する働きがある。この働きによって、銅の析出を均一化することができる。また、チタンイオンは銅の析出突起物を微細化する働きもある。その傾向が強すぎる場合は、銅突起物の固着性が低下することがあるが、次いで行う銅又は銅合金の被覆めっき処理を多い目に施せば固着性は良くなる。」(【0013】)と記載されている。
甲19の上記記載によれば、訂正後の請求項1において「粗化処理層」を「チタンイオン含有電解液にて形成」することの技術的意義も、同様に「銅の析出を均一化すること」すなわち「チタンイオン含有電解液にて形成された粗化粒子の集合体」における粗化粒子を均一化することにあるものと認められる。
これを踏まえると、訂正後の請求項1における粗化粒子の均一化の程度を製造方法によることなく特定するためには、多数の粗化粒子のそれぞれについて、形状や寸法を計測し、統計的処理を行い、従来技術と有意に区別できる指標とその数値範囲を見いだすことが必要となるが、このような作業は、その可否も含め、過度の試行錯誤を要することになるから、およそ実際的であるとはいえない。
したがって、訂正後の請求項1において「粗化処理層」を「チタンイオン含有電解液にて形成された」ことによって特定することには、前記アにいう不可能・非実際的事情が存在する。
よって、訂正後請求項1及びこれに従属する訂正後請求項2?4に係る発明は、物の発明として明確でないから、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていないということはできず、前記アの申立人の主張を採用することはできない。

第4 結論

以上によれば、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件訂正請求により訂正された請求項1?4に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件訂正請求により訂正された請求項1?4に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
未処理銅箔の表面に処理層を形成してなる処理銅箔面を絶縁性樹脂基材に接着させる銅張積層板用処理銅箔であって、未処理銅箔の表面に粗化処理層、クロメート層及びシランカップリング剤層が順次処理層として形成されており、前記粗化処理層はチタンイオン含有電解液にて形成された粗化粒子の集合体を銅イオン含有電解液にてカバーめっきした粗化粒子の集合体層であり、前記処理銅箔の処理面の十点平均粗さRzが1.0μm?2.7μmであり、かつ、触針式表面粗さ計によって測定されたJISB0601-1994に規定される局部山頂の平均間隔Sが0.0230mm以下(但し0は含まない)であって算術平均粗さRaが0.18μm?0.36μmであり、かつ、前記Raと前記Sとが下記式(1)の関係を有する銅張積層板用処理銅箔。
式(1)
50.0<{(S×1000)/Ra}≦100.0(式(1)中、S×1000の単位はμmである。)
【請求項2】
前記粗化処理層とクロメート層との間にモリブデンを含有するニッケル及び/又はコバルト層が処理層として形成されており、当該モリブデンを含有するニッケル及び/又はコバルト層の析出付着量が20mg/m^(2)?300mg/m^(2)であり、かつ、モリブデンの含有率が10wt%以上であって残部がニッケル及び/又はコバルトである請求項1記載の銅張積層板用処理銅箔。
【請求項3】
請求項1又は2記載の銅張積層板用処理銅箔を絶縁性樹脂基材に加熱圧着させた銅張積層板。
【請求項4】
請求項3記載の銅張積層板を用いて得られるプリント配線板。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2017-08-01 
出願番号 特願2010-87794(P2010-87794)
審決分類 P 1 651・ 537- YAA (C25D)
P 1 651・ 113- YAA (C25D)
P 1 651・ 536- YAA (C25D)
P 1 651・ 121- YAA (C25D)
最終処分 維持  
前審関与審査官 山本 雄一菅原 愛粟野 正明祢屋 健太郎國方 康伸  
特許庁審判長 鈴木 正紀
特許庁審判官 長谷山 健
板谷 一弘
登録日 2016-02-19 
登録番号 特許第5885054号(P5885054)
権利者 福田金属箔粉工業株式会社
発明の名称 銅張積層板用処理銅箔及び該処理銅箔を絶縁性樹脂基材に接着してなる銅張積層板並びに該銅張積層板を用いたプリント配線板。  
代理人 上村 喜永  
代理人 安藤 順一  
代理人 安藤 順一  
代理人 上村 喜永  
代理人 前川 真貴子  
代理人 前川 真貴子  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ