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審決分類 審判 一部申し立て 発明同一  C09D
管理番号 1333234
異議申立番号 異議2016-701159  
総通号数 215 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-11-24 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-12-20 
確定日 2017-09-11 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第5943568号発明「インクジェット捺染用ブラックインク組成物及びそれを用いた繊維の捺染方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5943568号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?8〕について訂正することを認める。 特許第5943568号の請求項1?3、5?8に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第5943568号の請求項1?8に係る特許についての出願は、平成23年8月9日に特許出願され、平成28年6月3日にその特許権の設定登録がされ、その後、その特許について、特許異議申立人柏木里実(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされ、平成29年2月28日付けで取消理由が通知され、その指定期間内である同年4月12日に訂正の請求があり、その訂正の請求に対して、同年5月10日付けで訂正拒絶理由が通知され、その指定期間内である同年6月12日に意見書の提出及び手続補正があり、同年同月23日付けでその補正された訂正の請求を申立人に通知し、期間を指定して意見書を提出する機会を設けたが、申立人から何ら応答がなかったものである。


第2 訂正の適否についての判断
1.訂正の内容
本件訂正請求による訂正の内容は以下の訂正事項1?6のとおりである。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1の「・・・であるインクジェット捺染用ブラックインク組成物」を、「・・・であり、更に、(III)pH調整剤としてトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタンを含有するインクジェット捺染用ブラックインク組成物」に訂正する。
(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項1に記載の【化1】「

」を、「

」に訂正する。
(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項4を、削除する。
(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項5の「請求項1乃至4のいずれか一項に記載」を、「請求項1乃至3のいずれか一項に記載」に訂正する。
(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項6の「請求項1乃至5のいずれか一項に記載」を、「請求項1乃至3及び5のいずれか一項に記載」に訂正する。
(6)訂正事項6
特許請求の範囲の請求項7の「請求項1乃至5のいずれか一項に記載」を、「請求項1乃至3及び5のいずれか一項に記載」に訂正する。

2.訂正の目的、一群の請求項、新規事項、特許請求の範囲の拡張・変更について
上記訂正事項1は、請求項1に記載された「インクジェット捺染用ブラックインク組成物」に、「更に、(III)pH調整剤としてトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタンを含有する」ことを特定するものであり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
また、当該「インクジェット捺染用ブラックインク組成物」に、「更に、(III)pH調整剤としてトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタンを含有する」ことは、本件特許明細書【0034】に記載されており、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、または変更するものではない。
上記訂正事項2は、請求項1に記載された【化1】(1)で表される化学構造式の一部である「H_(3)NOCHN-」基(下線部)を「H_(2)NOCHN-」基に訂正するものであり、本願特許明細書【0008】の【化1】

で表される化学構造式から明らかなとおり、誤記の訂正を目的とするものであり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、または変更するものでもない。
上記訂正事項3は、請求項4を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、または変更するものでもない。
上記訂正事項4?6は、上記訂正事項3に対応して、特許請求の範囲の請求項5?7が引用する請求項4を引用から除くものであるから、他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすることを目的とするものであって、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、または変更するものでもない。
そして、これらの訂正は、一群の請求項に対して請求されたものである。

3.小括
以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号、第2号及び第4号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項、及び、同条第9項において準用する同法第126条第4項から第6項までの規定に適合するから、訂正後の請求項1?8について訂正を認める。


第3 特許異議の申立てについて
1.本件発明
本件訂正請求により訂正された訂正請求項1?3、5?8に係る発明(以下、請求項に係る各発明を項番に従って「本件特許発明1」などといい、併せて「本件特許発明」ということもある。)は、その特許請求の範囲の請求項1?3、5?8に記載された、次の事項により特定されるとおりのものである。
「【請求項1】
(I)色素中に、下記式(1)で表される化合物又はその塩と、更にC.I.Reactive Blue 176とを含有するインクジェット捺染用ブラックインク組成物であって、インク組成物総量中、下記式(1)で表される化合物の含有量が1?6質量%であり、C.I.Reactive Blue 176の含有量が5?15質量%であり、更に、(III)pH調整剤としてトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタンを含有するインクジェット捺染用ブラックインク組成物。
【化1】


【請求項2】
(I)色素中に、更にC.I.Reactive Red 3:1を、インク組成物総量中1?10質量%含有する請求項1に記載のインクジェット捺染用ブラックインク組成物。
【請求項3】
更に、(II)水溶性有機溶剤を含有する請求項1又は2に記載のインクジェット捺染用ブラックインク組成物。
【請求項4】
(削除)
【請求項5】
25℃におけるインク組成物の粘度が3?20mPa・sである請求項1及至3のいずれか一項に記載のインクジェット捺染用ブラックインク組成物。
【請求項6】
請求項1乃至3及び5のいずれか一項に記載のインクジェット捺染用ブラックインク組成物、シアンインク組成物、マゼンタインク組成物、及びイエローインク組成物を有するインクジェット捺染用インクセット。
【請求項7】
請求項1乃至3及び5のいずれか一項に記載のインクジェット捺染用ブラックインク組成物をインクとして用い、インクジェットプリンタによりセルロース系繊維に該インクを付与する工程Aと、該工程により付与したインク中の着色剤を熱により繊維に反応固着させる工程Bと、繊維中に残存する未固着の着色剤を洗浄する工程Cとを含むことを特徴とするセルロース系繊維の捺染方法。
【請求項8】
1種以上の糊材、アルカリ性物質、還元防止剤及びヒドロトロピー剤を少なくとも含む水溶液を、インクを付与する前の繊維に付与する、繊維の前処理工程Dをさらに含むことを特徴とする請求項7に記載のセルロース系繊維の捺染方法。」

2.取消理由の概要
本件特許の請求項1?3、5?8に係る発明は、本件特許の出願の日前の特許出願であって、本件特許の出願後に出願公開がされた甲第1号証または、甲第2号証の特許出願の願書に最初に添付された明細書、特許請求の範囲に記載された発明と同一であり、しかも、本件特許の出願の発明者が本件特許の出願前の特許出願に係る上記の発明をした者と同一ではなく、また本件特許の出願の時において、その出願人が上記特許出願の出願人と同一でもなく、特許法第29条の2の規定により特許を受けることができないから、その発明に係る特許は取り消すべきものである。
(なお、特許異議申立書に記載された特許異議申立理由も同趣旨である。)

3.甲第1号証及び甲第2号証の記載
(1)甲第1号証
申立人が、甲第1号証として提出した特開2011-195679号公報(公開日:平成23年10月6日)は、本件特許についての出願日(平成23年8月9日)より前の平成22年3月18日を出願日とする特願2010-062956号の公開公報であって、本件特許の出願後に公開されたものであり、その願書に最初に添付された明細書及び特許請求の範囲(以下、「甲1」という。)には、以下の事項が記載されている。
(1-1)「【請求項1】
色材として、ブルー系反応染料、レッド系反応染料およびオレンジ系反応染料と、水と、を少なくとも含んでなり、前記オレンジ系反応染料が、C.Iリアクティブオレンジ99を含んでなる、インクジェット捺染用インク組成物。
・・・・・・
【請求項3】
前記ブルー系反応染料が、インク組成物に対して、9.5?11.9質量%含まれ、前記レッド系反応染料が、インク組成物に対して、1.0?1.3質量%含まれ、前記オレンジ系反応染料が、インク組成物に対して、1.8?2.3質量%含まれる、請求項1または2に記載のインク組成物。
【請求項4】
前記ブルー系反応染料がC.I.リアクティブブルー176を含んでなり、前記レッド系反応染料がC.I.リアクティブレッド3:1を含んでなる、請求項1?3のいずれか一項に記載のインク組成物。」(特許請求の範囲)

(1-2)「【0004】
また、インクジェット方式は、イエロー、シアン、マゼンタおよびブラックの基本4色のインクセットにより、ほぼ全ての領域の色相をカバーできることも、その利点である。また、近年においては、印画品質を高め、より高精細な画像形成を行うために、上記基本4色に、中間色(例えば、レッドやブルーなど)を加えたインクセットを用いることも行われている。」

(1-3)「【0008】
したがって、本発明の目的は、従来のブラックインクよりも青みがかった独創的かつ特徴的な色相を呈するとともに、良好な染着濃度の布帛が得られ、かつ吐出安定性等のインクジェット適性にも優れたインクジェット捺染用インク組成物を提供することである。
【0009】
そして、本発明によるインクジェット捺染用インク組成物は、色材として、ブルー系反応染料、レッド系反応染料およびオレンジ系反応染料と、水と、を少なくとも含んでなり、前記オレンジ系反応染料が、C.Iリアクティブオレンジ99を含んでなるものである。
【0010】
本発明によれば、ブルー系反応染料、レッド系反応染料およびオレンジ系反応染料を色材として含むインク組成物において、オレンジ系反応染料としてC.Iリアクティブオレンジ99を含み、また、これら色材の反応染料と1,2-アルカンジオールとを併用することにより、従来のブラックインクよりも青みがかった独創的かつ特徴的な色相を呈するとともに、良好な染着濃度の布帛が得られ、かつ吐出安定性等のインクジェット適性にも優れたインク組成物を実現することができる。」

(1-4)「【0012】
<色材>
本発明によるインク組成物は、色材として、ブルー系反応染料、レッド系反応染料およびオレンジ系反応染料の少なくとも3種の反応染料を用いるものである。すなわち、ブラック系反応染料に代えて、ブルー系反応染料、レッド系反応染料およびオレンジ系反応染料を混合して用いる、いわゆるコンポジットブラック系のインク組成物である。本発明においては、上記の3種の反応染料のうち、オレンジ系反応染料が、C.Iリアクティブオレンジ99を含むものである。ブルー系反応染料、レッド系反応染料およびオレンジ系反応染料からなるコンポジットブラック系インク組成物において、オレンジ系反応染料としてC.Iリアクティブオレンジ99を用いることにより、従来のブラックインクよりも青みがかった独創的かつ特徴的な色相を実現することができる。」

(1-5)「【0021】
<水、その他の成分>
本発明によるインク組成物には、インクジェットプリンタの記録ヘッドのノズルからの吐出安定性を向上させる観点から、保湿剤を含有させることが好ましい。保湿剤としては、通常のインクジェット捺染用インク組成物に保湿剤として使用されている化合物を用いることができ、例えば、グリセリン、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコール、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、ポリプロピレングリコール、1,3-プロパンジオール、1,4-ブタンジオール、1,5-ペンタンジオール、1,6-ヘキサンジオール、1,2,6-ヘキサントリオール、またはペンタエリスリトール等のポリオール類、およびそのエーテルまたはエステル等の誘導体;N-メチル-2-ピロリドン、またはε-カプロラクタム等のラクタム類;尿素、チオ尿素、エチレン尿素、または1,3-ジメチルイミダゾリジノン類等の尿素類;マルチトール、ソルビトール、グルコノラクトン、またはマルトース等の糖類等を挙げることができ、これらの一種または二種以上を用いることができる。前記保湿剤の含有量は、インク組成物の全質量に対して、好ましくは4?40質量%である。」

(1-6)「【0025】
本発明によるインク組成物には、さらに必要に応じて、防黴剤、防腐剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤、キレート剤、酸素吸収剤、pH調整剤(例えば、トリエタノールアミン)、または溶解助剤等のように、インクジェット捺染用のインク組成物において通常用いることができる各種添加剤の一種または二種以上を含有させることができる。」

(1-7)「【0027】
本発明によるインク組成物は、印字品質とインクジェット捺染用インク組成物としての信頼性とのバランスの観点から、表面張力が25?40mN/mであることが好ましく、28?35mN/mであることがさらに好ましい。また、同様の観点から、本発明によるインク組成物の20℃における粘度は、1.5?10mPa・sであることが好ましく、2?8mPa・sであることがさらに好ましい。表面張力および粘度を前記範囲内とするには、前記染料の濃度を調整する方法、前記保湿剤の種類や添加量等を調整する手段等を用いることができる。」

(1-8)「【0029】
本発明のインク組成物を用いて布帛に対してインクジェット捺染方法を実施する場合には、通常のインクジェット捺染と同様に、予め、前処理剤を用いて布帛を前処理しておくことが好ましい。布帛の前処理は、前処理剤中に布帛を浸積するか、前処理剤を布帛に塗布または噴霧する等の手段を用いて、布帛に前処理剤を付着させた後、布帛を乾燥することにより行われる。
【0030】
布帛の前処理剤としては、水溶性高分子化合物等の糊剤を0.01?20質量%の量とアルカリ発生剤を1?5質量%の量とで含有させた水溶液を用いることができる。前記糊剤としては、例えば、トウモロコシ、または小麦等のデンプン物質;カルボキシメチルセルロース、またはヒドロキシメチルセルロース等のセルロース系物質;アルギン酸ナトリウム、アラビヤゴム、ローカストビーンガム、トラントガム、グアーガム、またはタマリンド種子等の多糖類;ゼラチン、またはカゼイン等のタンパク質;タンニン;リグニン等の天然水溶性高分子や、ポリビニルアルコール系化合物、ポリエチレンオキサイド系化合物、アクリル酸系化合物、または無水マレイン酸系化合物等の合成水溶性高分子化合物を挙げることができる。上記のアルカリ発生剤としては、炭酸水素ナトリウム、炭酸ナトリウム等を挙げることができる。前処理剤には、必要に応じて、尿素、またはチオ尿素等の保湿剤、pH調整剤、還元防止剤、浸透剤、金属イオン封鎖剤、あるいは消泡剤等の各種添加剤を含有させることもできる。
【0031】
また、本発明のインク組成物を用いて布帛に対してインクジェット捺染方法を実施する場合には、布帛に対してインク組成物を吐出し、文字および/または画像を印刷した後に、染料固着処理を行う。染料固着処理方法としては、従来の捺染方法における染料固着処理方法と同様の方法、例えば、常圧スチーム法、高圧スチーム法、またはサーモフィックス法等を挙げることができる。染料固着処理後は、常法通り、布帛を水洗し、乾燥する。必要に応じソーピング処理(未固着の染料を熱石鹸液等で洗い落とす処理)を実施してもよい。」

(1-9)「【0033】
インク組成物の調製
下記の表1?表3に従って各成分を混合して、インク組成物を調製した。
【表1】


・・・・・・
【0035】
【表3】

【0036】
色相判定
下記の前処理液を綿布に塗布し、マングルにてピックアップ率20%で絞って乾燥させた。この前処理を行った絹布帛に、PX-G930プリンタ(セイコーエプソン社製)により、得られた例1?例21の各インク組成物を用いて印捺を行った。印捺した布を103℃×10分にてスチーミングして定着させた後、ラッコールSTA(明成化学社製)0.2%水溶液を用いて、55℃で10分間洗浄し、乾燥させたものを試験片とした。
<前処理液>
アルギン酸ナトリウム 1.0重量%
グアガム 1.0重量%
硫酸アンモニウム 4.0重量%
尿素 10.0重量%
超純水 残量
【0037】
得られた各試験片について、分光光度計スペクトリノ(グレタグマクベス社製)を用いてLab値の測色を行、a^(*)およびb^(*)値を算出した。なお、Lab値はCIE-Lab表示色系を採用した。得られたa^(*)およびb^(*)値から、下記の基準により色相の判定を行った。但し、色相が下記の範囲内にあるものでも、上記で測定したDb値が1.4以下のものは対象外とした。
ランクA: -4.19≦a^(*)≦-2.67、かつ-9.33≦b^(*)≦-6.19
ランクB: -6.00≦a^(*)≦-1.00、かつ-12.00≦b^(*)≦-3.50
(但し、-4.19≦a^(*)≦-2.67、かつ-9.33≦b^(*)≦-6.19の範囲内にあるものを除く)
ランクC:a^(*)およびb^(*)値が、ランクAおよびランクB以外の範囲にあるもの
判定結果は、下記の表4および表5に示される通りであった。
【0038】
【表4】


【0039】
染着濃度評価
例15?例21の各インク組成物についても、上記と同様にして絹布帛に捺染を行い、試験片を作製した。得られた各試験片について、分光光度計スペクトリノ(グレタグマクベス社製)を用いて光学密度Density Black(Db値)を測定した。測定したDb値をもとに、以下の基準により染着濃度の評価を行った。
1点:Db値が1.50未満
2点:Db値が1.50以上、1.52未満
3点:Db値が1.52以上、1.54未満
4点:Db値が1.54以上、1.56未満
5点:Db値が1.56以上、1.58未満
6点:Db値が1.58以上、1.60未満
7点:Db値が1.60以上
評価結果は、下記の表5に示される通りであった。
【0040】
吐出安定性の評価
例15?例21の各インク組成物について、PX-G930プリンタ(セイコーエプソン社製)のインクカートリッジに充填し、記録紙500枚に連続して印刷した後、約1時間印字を停止し、その後、記録紙1000枚に連続して印刷した後、約12時間印字を停止し、その直後に印字を再開した際の吐出曲がりや吐出抜けを目視により確認した。なお、吐出曲がりや抜けが発生した場合には、ヘッドクリーニング操作を実施して全ノズルを復帰させてから、印字を再開し、吐出曲がりや吐出抜けの確認を行った。評価基準は以下の通りとした。
5点:曲がりおよび抜けがない
4点:曲がりまたは抜けが1回
3点:曲がりまたは抜けが2回
2点:曲がりまたは抜けが3回
1点:曲がりまたは抜けが6回
評価結果は、下記の表5に示される通りであった。
【0041】
【表5】




(2)甲第2号証
申立人が、甲第2号証として提出した特開2011-195680号公報(公開日:平成23年10月6日)は、本件特許についての出願日(平成23年8月9日)より前の平成22年3月18日を出願日とする特願2010-062961号の公開公報であって、本件特許の出願後に公開されたものであり、その願書に最初に添付された明細書及び特許請求の範囲(以下、「甲2」という。)には、以下の事項が記載されている。
(2-1)「【請求項1】
色材として、ブルー系反応染料、レッド系反応染料およびオレンジ系反応染料と、1,2-アルカンジオールと、水と、を少なくとも含んでなり、前記ブルー系反応染料がC.I.リアクティブブルー176を含んでなり、前記レッド系反応染料がC.I.リアクティブレッド3:1を含んでなり、前記オレンジ系反応染料が、C.Iリアクティブオレンジ99を含んでなる、インクジェット捺染用インク組成物。
【請求項2】
前記ブルー系反応染料が、インク組成物に対して、9.5?11.9質量%含まれ、前記レッド系反応染料が、インク組成物に対して、1.0?1.3質量%含まれ、前記オレンジ系反応染料が、インク組成物に対して、1.8?2.3質量%含まれる、請求項1に記載のインク組成物。」(特許請求の範囲)

(2-2)「【0004】
また、インクジェット方式は、イエロー、シアン、マゼンタおよびブラックの基本4色のインクセットにより、ほぼ全ての領域の色相をカバーできることも、その利点である。また、近年においては、印画品質を高め、より高精細な画像形成を行うために、上記基本4色に、中間色(例えば、レッドやブルーなど)を加えたインクセットを用いることも行われている。」

(2-3)「【0008】
したがって、本発明の目的は、従来のブラックインクよりも青みがかった独創的かつ特徴的な色相を呈するとともに、良好な染着濃度の布帛が得られ、かつ吐出安定性等のインクジェット適性にも優れたインクジェット捺染用インク組成物を提供することである。
・・・・・・
【0010】
本発明によれば、ブルー系反応染料、レッド系反応染料およびオレンジ系反応染料を色材として含むインク組成物において、特定の反応染料と1,2-アルカンジオールとを併用することにより、従来のブラックインクよりも青みがかった独創的かつ特徴的な色相を呈するとともに、良好な染着濃度の布帛が得られ、かつ吐出安定性等のインクジェット適性にも優れたインク組成物を実現することができる。」

(2-4)「【0012】
<色材>
本発明によるインク組成物は、色材として、ブルー系反応染料、レッド系反応染料およびオレンジ系反応染料の少なくとも3種の反応染料を用いるものである。すなわち、ブラック系反応染料に代えて、ブルー系反応染料、レッド系反応染料およびオレンジ系反応染料を混合して用いる、いわゆるコンポジットブラック系のインク組成物である。本発明において使用される色材である上記の3種の反応染料は、ブルー系反応染料としてC.I.リアクティブブルー176を含み、レッド系反応染料としてC.I.リアクティブレッド3:1を含み、オレンジ系反応染料としてC.Iリアクティブオレンジ99を含むものである。このような特定の反応染料を組み合わせて用いることにより、従来のブラックインクよりも青みがかった独創的かつ特徴的な色相を実現することができる。また、これら反応染料を色材として含むインク組成物において、1,2-アルカンジオールを添加することにより、優れた吐出安定性と高い染着濃度とを両立することができる。」

(2-5)「【0019】
<水、その他の成分>
本発明によるインク組成物には、インクジェットプリンタの記録ヘッドのノズルからの吐出安定性を向上させる観点から、保湿剤を含有させることが好ましい。保湿剤としては、通常のインクジェット捺染用インク組成物に保湿剤として使用されている化合物を用いることができ、例えば、グリセリン、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコール、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、ポリプロピレングリコール、1,3-プロパンジオール、1,4-ブタンジオール、1,5-ペンタンジオール、1,6-ヘキサンジオール、1,2,6-ヘキサントリオール、またはペンタエリスリトール等のポリオール類、およびそのエーテルまたはエステル等の誘導体;N-メチル-2-ピロリドン、またはε-カプロラクタム等のラクタム類;尿素、チオ尿素、エチレン尿素、または1,3-ジメチルイミダゾリジノン類等の尿素類;マルチトール、ソルビトール、グルコノラクトン、またはマルトース等の糖類等を挙げることができ、これらの一種または二種以上を用いることができる。前記保湿剤の含有量は、インク組成物の全質量に対して、好ましくは4?40質量%である。」

(2-6)「【0023】
本発明によるインク組成物には、さらに必要に応じて、防黴剤、防腐剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤、キレート剤、酸素吸収剤、pH調整剤(例えば、トリエタノールアミン)、または溶解助剤等のように、インクジェット捺染用のインク組成物において通常用いることができる各種添加剤の一種または二種以上を含有させることができる。」

(2-7)「【0025】
本発明によるインク組成物は、印字品質とインクジェット捺染用インク組成物としての信頼性とのバランスの観点から、表面張力が25?40mN/mであることが好ましく、28?35mN/mであることがさらに好ましい。また、同様の観点から、本発明によるインク組成物の20℃における粘度は、1.5?10mPa・sであることが好ましく、2?8mPa・sであることがさらに好ましい。表面張力および粘度を前記範囲内とするには、前記染料の濃度を調整する方法、前記保湿剤の種類や添加量等を調整する手段等を用いることができる。」

(2-8)「【0027】
本発明のインク組成物を用いて布帛に対してインクジェット捺染方法を実施する場合には、通常のインクジェット捺染と同様に、予め、前処理剤を用いて布帛を前処理しておくことが好ましい。布帛の前処理は、前処理剤中に布帛を浸積するか、前処理剤を布帛に塗布または噴霧する等の手段を用いて、布帛に前処理剤を付着させた後、布帛を乾燥することにより行われる。
【0028】
布帛の前処理剤としては、水溶性高分子化合物等の糊剤を0.01?20質量%の量とアルカリ発生剤を1?5質量%の量とで含有させた水溶液を用いることができる。前記糊剤としては、例えば、トウモロコシ、または小麦等のデンプン物質;カルボキシメチルセルロース、またはヒドロキシメチルセルロース等のセルロース系物質;アルギン酸ナトリウム、アラビヤゴム、ローカストビーンガム、トラントガム、グアーガム、またはタマリンド種子等の多糖類;ゼラチン、またはカゼイン等のタンパク質;タンニン;リグニン等の天然水溶性高分子や、ポリビニルアルコール系化合物、ポリエチレンオキサイド系化合物、アクリル酸系化合物、または無水マレイン酸系化合物等の合成水溶性高分子化合物を挙げることができる。上記のアルカリ発生剤としては、炭酸水素ナトリウム、炭酸ナトリウム等を挙げることができる。前処理剤には、必要に応じて、尿素、またはチオ尿素等の保湿剤、pH調整剤、還元防止剤、浸透剤、金属イオン封鎖剤、あるいは消泡剤等の各種添加剤を含有させることもできる。
【0029】
また、本発明のインク組成物を用いて布帛に対してインクジェット捺染方法を実施する場合には、布帛に対してインク組成物を吐出し、文字および/または画像を印刷した後に、染料固着処理を行う。染料固着処理方法としては、従来の捺染方法における染料固着処理方法と同様の方法、例えば、常圧スチーム法、高圧スチーム法、またはサーモフィックス法等を挙げることができる。染料固着処理後は、常法通り、布帛を水洗し、乾燥する。必要に応じソーピング処理(未固着の染料を熱石鹸液等で洗い落とす処理)を実施してもよい。」

(2-9)「【0031】
インク組成物の調製
下記の表1に従って各成分を混合して、インク組成物を調製した。
【表1】

【0032】
染着濃度評価
下記の前処理液を綿布に塗布し、マングルにてピックアップ率20%で絞って乾燥させた。この前処理を行った絹布帛に、PX-G930プリンタ(セイコーエプソン社製)により、得られた例1?例8の各インクを用いて印捺を行った。印捺した布を103℃×10分にてスチーミングして定着させた後、ラッコールSTA(明成化学社製)0.2%水溶液を用いて、55℃で10分間洗浄し、乾燥させたものを試験片とした。得られた試験片に対して、分光光度計スペクトリノ(グレタグマクベス社製)を用いて光学密度Density Black(Db値)を測定した。
<前処理液>
アルギン酸ナトリウム 1.0重量%
グアガム 1.0重量%
硫酸アンモニウム 4.0重量%
尿素 10.0重量%
超純水 残量
【0033】
測定したDb値をもとに、以下の基準により染着濃度の評価を行った。
1点:Db値が1.50未満
2点:Db値が1.50以上、1.52未満
3点:Db値が1.52以上、1.54未満
4点:Db値が1.54以上、1.56未満
5点:Db値が1.56以上、1.58未満
6点:Db値が1.58以上、1.60未満
7点:Db値が1.60以上
評価結果は、下記の表2に示される通りであった。
【0034】
吐出安定性の評価
上記で得られた各インクを、PX-G930プリンタ(セイコーエプソン社製)のインクカートリッジに充填し、記録紙500枚に連続して印刷した後、約1時間印字を停止し、その後、記録紙1000枚に連続して印刷した後、約12時間印字を停止し、その直後に印字を再開した際の吐出曲がりや吐出抜けを目視により確認した。なお、吐出曲がりや抜けが発生した場合には、ヘッドクリーニング操作を実施して全ノズルを復帰させてから、印字を再開し、吐出曲がりや吐出抜けの確認を行った。評価基準は以下の通りとした。
5点:曲がりおよび抜けがない
4点:曲がりまたは抜けが1回
3点:曲がりまたは抜けが2回
2点:曲がりまたは抜けが3回
1点:曲がりまたは抜けが6回
評価結果は、下記の表2に示される通りであった。
【0035】
色相判定
上記で得られた各試験片について、分光光度計スペクトリノ(グレタグマクベス社製)を用いてLab値の測色を行、a^(*)およびb^(*)値を算出した。なお、Lab値はCIE-Lab表示色系を採用した。得られたa^(*)およびb^(*)値から、下記の基準により色相の判定を行った。但し、色相が下記の範囲内にあるものでも、上記で測定したDb値が1.4以下のものは対象外とした。
ランクA: -4.19≦a^(*)≦-2.67、かつ-9.33≦b^(*)≦-6.19
ランクB: -6.00≦a^(*)≦-1.00、かつ-12.00≦b^(*)≦-3.50
(但し、-4.19≦a^(*)≦-2.67、かつ-9.33≦b^(*)≦-6.19の範囲内にあるものを除く)
ランクC:a^(*)およびb^(*)値が、ランクAおよびランクB以外の範囲にあるもの
判定結果は、下記の表2に示される通りであった。
【0036】
【表2】



4.当審における判断
(1)甲1について
(1-1)甲1に記載された発明
甲1には、上記3.(1-1)より、色材として、ブルー系反応染料およびオレンジ系反応染料と、水と、を少なくとも含んでなり、前記オレンジ系反応染料が、C.Iリアクティブオレンジ99を含んでなる、インクジェット捺染用インク組成物であり、前記ブルー系反応染料が、インク組成物に対して、9.5?11.9質量%含まれ、前記オレンジ系反応染料が、インク組成物に対して、1.8?2.3質量%含まれること、更に、前記ブルー系反応染料がC.I.リアクティブブルー176を含んでいることが記載され、上記3.(1-9)に前記インクジェット捺染用インク組成物に対応した実施例も記載されている。
なお、甲1では、上記3.(1-9)の【表1】及び【表3】の「C.I.Reactive Orange 99」以外「C.Iリアクティブオレンジ99」と記載されているが、「C.I.」は「Color Index」の略称であることは色の技術分野において周知であり、「C.Iリアクティブオレンジ99」は、「C.I.リアクティブオレンジ99」(下線部)の誤記であることが明らかであるから、以下、「C.Iリアクティブオレンジ99」は、「C.I.リアクティブオレンジ99」と表記する。

これらの記載に基づくと、甲1には、「色材として、ブルー系反応染料であるC.I.リアクティブブルー176をインク組成物に対して9.5?11.9質量%およびオレンジ系反応染料であるC.I.リアクティブオレンジ99をインク組成物に対して、1.8?2.3質量%と、水と、を少なくとも含んでなるインクジェット捺染用インク組成物。」の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されているといえる。

(1-2)本件特許発明1と甲1発明の対比・判断
甲1発明の「色材として」は、本件特許発明1の「色素中に」に相当し、甲1発明の「インクジェット捺染用インク組成物」 は、上記3.(1-3)及び(1-4)の記載から ブルー系反応染料およびオレンジ系反応染料を含むコンポジットブラック系インク組成物であることから、本件特許発明1の「インクジェット捺染用ブラックインク組成物」に相当する。

そこで、 本件特許発明1と甲1発明とを対比すると、両者は、「色素中に、オレンジ系反応染料と、さらにC.I.リアクティブブルー176をとを含有するインクジェット捺染用ブラックインク組成物であって、インク組成物総量中、オレンジ系反応染料の含有量が1.8?2.3質量%であり、C.I.リアクティブブルー176の含有量が9.5?11.9質量%であるインクジェット捺染用ブラックインク組成物」である点で一致し、以下の点で相違している。

(相違点1)オレンジ系反応染料として、本件特許発明1は「式(1)で表される化合物又はその塩」(化学構造式は省略)であるのに対して、甲1発明は「C.I.リアクティブオレンジ99」である点。

(相違点2)インクジェット捺染用ブラックインク組成物において、本件特許発明1は、「更に、(III)pH調整剤としてトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタンを含有する」のに対して、甲1発明には、pH調整剤について特定されていない点。

以下、(相違点1)、(相違点2)について、検討する。
(相違点1)について
本件特許発明1の式(1)で表される化合物は、本件特許明細書にその化学構造式が記載され、その名称について記載されていないが、式(1)で表される化合物の化学構造式から7-[[2-[(アミノカルボニル)アミノ]-4-[[4-クロロ-6-[(2-スルホエチル)アミノ-1,3,5-トリアジン-2-イル]アミノ]フェニル]アゾ]-1,3,6-ナフタレントリスルホン酸という名称の化合物であることは、当業者に公知であり、また、当該化合物は、「C.I.リアクティブオレンジ99」の別名でも知られているものである(必要であれば、STN、Reactive Orange 99に関する検索報告(甲第3号証)参照。)。
したがって、(相違点1)は、結果的に同じ化合物を示しているから、実質的な相違点とはならない。

(相違点2)について
甲1には、上記3.(1-6)より当該「インクジェット捺染用インク組成物」に含有させることができる添加剤として、「pH調整剤(例えば、トリエタノールアミン)」が記載されている。
しかし、甲1には、「pH調整剤」として「トリエタノールアミン」が例示されているに過ぎず、本件特許発明1の「(III)pH調整剤」としての「トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン」は、甲1のどこにも記載されていない。
また、本件特許発明1の「トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン」は、本件特許発明の出願時における当業者において「pH調整剤」として選択することが技術常識であるという証拠に足る事実も認められない。
そうすると、(相違点2)は、実質的な相違点となる。
したがって、本件特許発明1は、甲1発明と(相違点2)において相違することから、甲1に記載された発明ということができない。

(1-3)本件特許発明2?3、5?8について
本件特許発明2は、本件特許発明1を引用し、色素中にさらに、「C.I.Reactive Red 3:1を、インク組成物総量中1?10質量%含有する」と特定するものである。
本件特許発明3は、本件特許発明1を引用し、インクジェット捺染用ブラックインク組成物にさらに「(II)水溶性有機溶剤を含有する」と特定するものである。
本件特許発明5は、本件特許発明1を引用し、インク組成物の25℃における粘度を「3?20mPa・s」の範囲に特定するものである。
本件特許発明6は、本件特許発明1のインク組成物を引用し、ほかに、シアンインク組成物、マゼンタインク組成物、及びイエローインク組成物を有するインクジェット捺染用インクセットとするものである。
本件特許発明7は、本件特許発明1に記載のインクジェット捺染用ブラックインク組成物を用い、工程A?工程Cを含むセルロース系繊維の捺染方法、本件特許発明8は、本願特許発明7を引用し、さらに、繊維の前処理工程Dを含むセルロース系繊維の捺染方法とするものである。
上記のとおり、本件特許発明2?8は、いずれも本件特許発明1を引用し、それぞれの発明特定事項を、さらに特定した発明である。
しかしながら、本件特許発明1は、上記4.(1-2)で検討したとおり、甲1に記載された発明ということができないから、本件特許発明を引用する本件特許発明2?3、5?8についても、本件特許発明1と同様に、甲1に記載された発明ということはできない。

(2)甲2について
(2-1)甲2に記載された発明
甲2には、上記3.(2-1)より、色材として、ブルー系反応染料およびオレンジ系反応染料と、水と、を少なくとも含んでなり、前記ブルー系反応染料がC.I.リアクティブブルー176を含んでなり、前記オレンジ系反応染料が、C.Iリアクティブオレンジ99を含んでなる、インクジェット捺染用インク組成物であること、前記ブルー系反応染料が、インク組成物に対して、9.5?11.9質量%含まれ、前記オレンジ系反応染料が、インク組成物に対して、1.8?2.3質量%含まれることが記載され、上記3.(2-9)に前記インクジェット捺染用インク組成物に対応する実施例が記載されている。
なお、甲2では、上記3.(2-9)の「C.I.Reactive Orange 99」以外「C.Iリアクティブオレンジ99」と記載されているが、「C.I.」は「Color Index」の略称であることは色を扱う技術分野においては周知であり、「C.Iリアクティブオレンジ99」は、「C.I.リアクティブオレンジ99」(下線部)の誤記であることが明らかであるから、以下、「C.Iリアクティブオレンジ99」は、「C.I.リアクティブオレンジ99」と表記する。

これらの記載に基づくと、甲2には、「色材として、ブルー系反応染料およびオレンジ系反応染料と、水と、を少なくとも含んでなり、前記ブルー系反応染料としてC.I.リアクティブブルー176をインク組成物に対して9.5?11.9質量%含んでなり、前記オレンジ系反応染料としてC.Iリアクティブオレンジ99をインク組成物に対して、1.8?2.3質量%含んでなる、インクジェット捺染用インク組成物。」の発明(以下、「甲2発明」という。)が記載されているといえる。

(2-2)本件特許発明1と甲2発明の対比・判断
甲2発明の「色材として」は、本件特許発明の「色素中に」に相当し、甲2発明の「インクジェット捺染用インク組成物」 は、上記(2-3)及び(2-4)の記載から ブルー系反応染料およびオレンジ系反応染料を含むコンポジットブラック系インク組成物であるから、本件特許発明1の「インクジェット捺染用ブラックインク組成物」に相当する。
そこで、 本件特許発明1と甲2発明とを対比すると、両者は、「色素中に、オレンジ系反応染料と、さらにC.I.リアクティブブルー176をとを含有するインクジェット捺染用ブラックインク組成物であって、インク組成物総量中、オレンジ系反応染料の含有量が1.8?2.3質量%であり、C.I.リアクティブブルー176の含有量が9.5?11.9質量%であるインクジェット捺染用ブラックインク組成物」である点で一致し、以下の点で相違している。

(相違点3)オレンジ系反応染料として、本願特許発明1は「式(1)で表される化合物又はその塩」(化学構造式は省略)であるのに対して、甲2発明は「C.I.リアクティブオレンジ99」である点。

(相違点4)インクジェット捺染用ブラックインク組成物において、本件特許発明1は、「更に、(III)pH調整剤としてトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタンを含有する」のに対して、甲2発明には、pH調整剤について特定されていない点。

以下、(相違点3)、(相違点4)について、検討する。
(相違点3)については、上記4.(1-2)の(相違点1)で検討したとおり、「式(1)で表される化合物又はその塩」と「C.I.リアクティブオレンジ99」は、結果的に同じ化合物を示しているから、実質的な相違点とはならない。

(相違点4)について
甲2には、上記3.(2-6)によれば当該「インクジェット捺染用インク組成物」に含有させることができる添加剤として、「pH調整剤(例えば、トリエタノールアミン)」が記載されている。
しかし、甲2には、「pH調整剤」として「トリエタノールアミン」が例示されているに過ぎず、本件特許発明1の「(III)pH調整剤」としての「トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン」は甲2のどこにも記載されていない。
また、本件特許発明1の「トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン」は、本件特許発明の出願時における当業者において「pH調整剤」として選択することが技術常識であるという証拠に足る事実も認められない。
そうすると、(相違点4)は、実質的な相違点となる。
したがって、本件特許発明1は、甲2発明と(相違点4)において相違することから、甲2に記載された発明ということはできない。

(2-3)本件特許発明2?3、5?8について
本件特許発明2?3、5?8には、上記4.(1-3)で摘示した発明が記載されている。
そして、本件特許発明2?3、5?8は、いずれも本件特許発明1を引用し、それぞれの発明特定事項を、さらに、特定した発明であり、加えて、本件特許発明1は、上記4.(2-2)で検討したとおり、甲2に記載された発明ではないから、本件特許発明2?3、5?8も、本件特許発明1と同様に、甲2に記載された発明ということはできない。

(3)申立人の主張について
申立人は、訂正請求前の本件特許請求の範囲の請求項1?3及び5?8に係る発明に対し、甲1または甲2に記載された発明と同一であると主張して、特許異議の申立てを行った(なお、同請求項4に係る発明については、特許異議の申立てを行わなかった。)。
しかし、上記第2で検討したとおり、本件訂正請求が認められた結果、本件特許発明は、上記第3 1.のとおりとなり、申立人が特許異議の申立てを行わなかった訂正請求前の請求項4に係る発明の「更に、(III)pH調整剤としてトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタンを含有する」点を発明特定事項として含むものとなった。
そして、本件特許発明は、上記第3 4.(1)及び(2)で検討したとおり、申立人が主張する甲1または甲2に記載された発明と同一の発明ではないから、申立人の主張は採用することができない。
なお、申立人は、特許法第120条の5第5項による通知書を送付したが、意見書の提出を行わなかった。

5.小括
上記のとおり、本件特許発明1?3、5?8は、甲1または甲2に記載された発明ということはできないから、特許法第29条の2の規定に該当しないものである。


第4 むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由(特許異議申立書に記載した特許異議申立理由と同じ)によっては、本件請求項1?3、5?8に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1?3、5?8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(I)色素中に、下記式(1)で表される化合物又はその塩と、更にC.I.Reactive Blue 176とを含有するインクジェット捺染用ブラックインク組成物であって、インク組成物総量中、下記式(1)で表される化合物の含有量が1?6質量%であり、C.I.Reactive Blue 176の含有量が5?15質量%であり、更に、(III)pH調整剤としてトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタンを含有するインクジェット捺染用ブラックインク組成物。
【化1】

【請求項2】
(I)色素中に、更にC.I.Reactive Red 3:1を、インク組成物総量中1?10質量%含有する請求項1に記載のインクジェット捺染用ブラックインク組成物。
【請求項3】
更に、(II)水溶性有機溶剤を含有する請求項1又は2に記載のインクジェット捺染用ブラックインク組成物。
【請求項4】
(削除)
【請求項5】
25℃におけるインク組成物の粘度が3?20mPa・sである請求項1及至3のいずれか一項に記載のインクジェット捺染用ブラックインク組成物。
【請求項6】
請求項1乃至3及び5のいずれか一項に記載のインクジェット捺染用ブラックインク組成物、シアンインク組成物、マゼンタインク組成物、及びイエローインク組成物を有するインクジェット捺染用インクセット。
【請求項7】
請求項1乃至3及び5のいずれか一項に記載のインクジェット捺染用ブラックインク組成物をインクとして用い、インクジェットプリンタによりセルロース系繊維に該インクを付与する工程Aと、該工程により付与したインク中の着色剤を熱により繊維に反応固着させる工程Bと、繊維中に残存する未固着の着色剤を洗浄する工程Cとを含むことを特徴とするセルロース系繊維の捺染方法。
【請求項8】
1種以上の糊材、アルカリ性物質、還元防止剤及びヒドロトロピー剤を少なくとも含む水溶液を、インクを付与する前の繊維に付与する、繊維の前処理工程Dをさらに含むことを特徴とする請求項7に記載のセルロース系繊維の捺染方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2017-08-31 
出願番号 特願2011-173681(P2011-173681)
審決分類 P 1 652・ 161- YAA (C09D)
最終処分 維持  
前審関与審査官 加藤 幹内藤 康彰磯貝 香苗  
特許庁審判長 冨士 良宏
特許庁審判官 佐々木 秀次
天野 宏樹
登録日 2016-06-03 
登録番号 特許第5943568号(P5943568)
権利者 日本化薬株式会社
発明の名称 インクジェット捺染用ブラックインク組成物及びそれを用いた繊維の捺染方法  
代理人 小笠原 亜子佳  
代理人 小笠原 亜子佳  

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